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教育委員会の行政統制と 新たな教育行政制度の創設

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教育委員会の行政統制と 新たな教育行政制度の創設

外 川 伸 一

はじめに

本稿執筆時点で、「大阪府教育基本条例案」が物議を醸している。それによると、

教育行政は公選によって選ばれた首長と議会、それと教育委員会及び学校組織が役割 分担し、協力し、補完し合うことによってその理想が実現されるという。後に詳しく 見ていくが、確かに、現在の関連法規を繋ぎ合わせて読んでいくと、教育行政は世上 言われているように、首長からある程度距離を置いた行政委員会としての教育委員会 が執行するようにはなっていない。教育行政は、首長と教育委員会の両者で執行する 形になっている。しかし、両者の関係は決して対等ではないし、どちらかがもう一方 を補完するという形にもなっていない。明らかに、自治体を統轄する首長の方が絶大 な権限を有している。大阪府の橋下前知事が教育基本条例案を提起することが可能で あったのも、この首長の権限に淵源を持っている。しかし、条例案は議会によって議 決されて初めて、「案」がとれ効力が発生することになる。教育基本条例案だけでな く、橋下前知事は、こうした二元代表制の作動様式を巧みに利用して自らの主張を実 現させようとしてきた。そのために橋下氏は、政治団体である「大阪維新の会」を旗 揚げし、同会の構成員等を府議会に送り込むことによって多数派工作を図ってきた。

ここには、教育行政に限られない危険性――「首長の暴走」――を見て取ることがで きる。

一方、教育行政には、こうした手法によっても首長自身の意図を実現できない側面 があることも確かである。中央省庁、つまり文部科学省による「絶大」な教育行政権 限がそれである。もちろん、文部科学省一人が強大な権力を持つのではなく、そこに は時の政権・政治勢力の党派的イデオロギーが色濃い影響を与えている。これらは政 策共同体とも言えるが、政策共同体の構成員は、必ずしも当該共同体において同程度 の権力を有している訳ではない。一般的に、ある構成員の政策共同体でのポジション と権限は、それが保有する政策諸資源によって規定され、現代においてはそれらの諸 資源は社会の中に広範に拡散されていると言っても、自治体の教育委員会は、今まで 重要な政策諸資源を保有する位置にはなかった。そのために、基本的には「垂直的行 政統制」に甘んじなければならないことになったのだと言えよう。

本稿では、わが国自治体の教育委員会が、首長による強力な「水平的行政統制」と

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(文部科学省)による「垂直的行政統制」によって、いわば「格子状」に統制され、

それが教育委員会の機能不全を招来しているという実態を理論的に分析する。そし て、こうした状況を打破することは、制度の部分的修正ではもはや不可能であり、根 本的な制度改正、新たな制度構築が必要とされる訳であるが、その一例として、民主 党が提起する教育行政制度改正案を素材として取り上げる。結論から言うと、民主党 の教育行政制度改正案では、現下の教育行政が抱える諸問題を解決することは困難で あり、抜本的解決を図るためには、特定目的の政府としての教育政府の創設が不可避 であることを述べる。ただし、教育政府の具体的内容については、既にいくつかの論 考によって詳細に論じた(外川 2011a;2011b;2012a;2012b)ので、本稿では触れな い。関心のある読者諸賢はこれらの諸論考を参照願いたい。

教育行政における首長の「水平的行政統制」

周知のとおり、わが国自治体の教育行政は、行政委員会としての教育委員会によっ て執行されていると言われている。行政委員会とは、国であれば内閣、自治体であれ ば首長から一定程度独立した位置にあって、行政の執行権限の一部を分担する行政機 関であり、一般的には複数の委員によって構成され、当該委員による合議制によって 担当する政策領域の意思決定が行われる。いわゆる執行機関の多元主義である。ま た、こうした行政委員会には、通常、行政作用のほかに、準立法的作用と準司法的作 用が与えられている。この行政委員会制度は、第二次世界大戦前にはわが国には存在 しなかったが、それまでの天皇中心の絶対主義的・官僚主義的政治行政体制の民主化 を図るために、連合国総司令部によって強力に推進されたと言われている(1)。もちろ ん、政治行政体制の民主化は行政委員会創設の大きな駆動因であったことは間違いな いが、戦後、自治体の処理すべき事務事業は広範多岐にわたり、これらすべてを公選 の首長に委ねると、首長への権力集中が進むことから、それを回避することや、次第 に専門技術化する事務事業に対処するため、しかも、そうした事務事業の中には政治 から独立し公正中立な立場に立って執行することが要請されるものもあったことか ら、これらについて首長にその執行を委ねることは必ずしも適切ではないということ も行政委員会制度導入の理由であった(2)

もっとも、特定の政策領域を行政委員会によって執行させる具体的理由は、それぞ れによって若干の相違があり、一律に語られている訳ではないが、教育委員会の場 合、その性格から特定の政治的イデオロギーによって介入されることを排除し、教育 及び教育行政の中立性を確保することが最も大きな理由であった(3)。これについて は、筆者も同意するものであるが、筆者の場合、これに加え、先に述べた教育行政へ の民主性導入の必要性と教育行政固有の専門性も教育行政への行政委員会制度導入の

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大きな理由であったと考える(4)

しかしながら、教育委員会制度に限って言えば、上に掲げたこの政策領域への行政 委員会導入の効果は見られず、この制度は完全に形骸化していると言わざるを得な い。次に、それを具体的に見ていくことにしよう。

6年に、混乱の極みの中で教育委員会法が廃止され、新たに地方教育行政の組織 及び運営に関する法律(以下、地教行法という)が制定され公選制教育委員会は任命制 へと重大な変更が加えられた。このことは行政委員会としての教育委員会制度の「根 幹」が崩壊したことを意味するが、この崩壊と、自治体の代表で統轄権を持ち、教育 委員の任命権者である首長の巨大な権限との「融合」「連結」によって、教育委員会 は実質的に本来の行政委員会の性格を一変させることになった。つまり、これ以降、

行政委員会としての教育委員会は教育行政を一手に担う存在ではなく、自治体の教育 行政機構は首長と教育委員会とに「二元化」し、教育行政は教育委員会が専属的に執 行しているという理解は完全に誤りとなったのである(市川 2000:97;青木 2008:

14)。もっとも、青木は、首長が教育政策に関与するようになったのは最近、つまり 分権改革前後であるとしている(青木 2008 14−15)が、分権改革への機運がそうし た傾向を助長したことは確かだとしても、教育行政機構の「二元化」によって行政委 員会としての教育委員会の存在が、徐々にそして明らかに変容を遂げていったという 事実には留意しなければならない(5)

まず、現在の教育委員は、「人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有す るもののうちから」首長が議会の同意を得て任命している(地教行法4条)。また、教 育委員会の権限に属するすべての事務を司る教育委員たる教育長についても、法的に は教育委員会が任命することになってはいる(地教行法16条2項)が、教育長候補者で ある教育委員として首長が議会の同意を得た上で「事実上」の任命を行っている。こ のことは、橋下大阪府政時代のように議会の多数派が首長を支持している場合、首長 は自身と政策選好(policy preference)が同一又は極めて類似した人物を教育委員として 任命することが可能であることを意味している。特に教育委員を兼任し教育委員会の 権限に属するすべての事務を司る(地教行法17条1項)教育長の事実上の任命権を首長 が有することは、そもそも首長と教育委員会との間に――執行機関の多元主義が採用 されており、教育委員会の意思決定の独立性が保障されているにも拘わらず――決定 的な対立が生起する筈などないことが「保証」されることと同義なのである。もっと も、議会の多数派が首長の反対勢力である場合――竹原市長時代の鹿児島県阿久根市 における副市長選任人事等に見られるように――教育委員の選任に関し紛糾すること が考えられるが、この場合も――竹原前市長とは一般的に異なり――首長は議会を敵 に回さないように両者から中立的な政策選好を有する人物を教育委員に選任すること が一般的傾向であろう。そうでない場合には――阿久根市のように――首長と議会は

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徹底交戦状態に陥るからである。

いずれにしても、実質的に首長によって任命された教育長は、教育委員会の権限に 属する重要施策について、頻繁に首長に報告や相談を行うとともに、フォーマル・イ ンフォーマルの意見交換を通じて両者は日頃から密接な連絡を取り合うことになるの である。村上祐介は、府県知事と市町村長へのアンケート調査によって、首長と教育 長との意思疎通の良好さを明らかにし、現行の自治体教育行政制度を政治学における 本人代理人論(principal-agent theory)の視角からみると、首長は本人、教育長は代理人 として捉えることができ、本人たる首長と代理人たる教育長との間の意思の乖離

(agency slack:エージェンシー・スラック)はほとんどないか、非常に小さいと推論でき ると結論を下している(村上 2011:225)。また、青木も、「教育委員の任命は首長が 行うため、理論的にはここにプリンシパルとエージェントの関係が成立するので、首 長の影響力が明示的に行使されることがなくても、黙示的な影響力は存在する」とし ている(青木 2008:14)。この結論は、先の論理から言えば、予め想定できていたと 言えよう。

また、首長は自治体を統轄するとともに、当該自治体の代表権を有する立場にある

(自治法147条)ことは行政委員会としての教育委員会が大きな制約を被ることへとつ ながる。

ここでの「統轄」とは、自治体の事務の全般について首長が総合的統一を確保する 権限のことを言う。様々な事項にわたる首長の総合調整権は、この首長の統轄権に淵 源を有すると言って良い。たとえば、自治体には一般的に「庁議」(府県では「部長会 議」等、市町村では「四役会議」など名称は様々である)が設置されている。この庁議は、

首長の補助的機構であり、「行政執行機関の内部的補助機構として運営される会議体 の最高管理組織」と位置づけられ、「その管理機能は、行政庁の内部において最高段 階の意志の統一と透徹のためにコミュニケーションならびに意思決定ないし政策形成 段階からその執行過程にわたって調整及び統制を行うことも重要な任務とするもので ある」(田中 1965:339,403)。実は、教育委員会の事務局長であり、事務局を統括し 管理する教育長は、一般的にこの庁議の構成メンバーであり――教育長の補佐役であ る教育次長も何らかの形で庁議に参加している――この会議を通じて教育委員会の制 度・政策は、それのみが異質の方向性を持つベクトルとならないように他の政策領域 と相互に調整されることになる。もっとも、江口は、庁議は形式的色彩が強く、不定 期に開催され、関係構成員が少人数である「調整会議」(「政策会議」など名称は様々で ある)が「庁議に代わって実質的に調整機能を果たす」としている(江口 1994:150) たとえば、教育委員会における重要案件は教育委員会事務局幹部(教育長、教育委員会 事務局の主管課長など)と知事部局幹部(副知事、総務部長、企画部長、財政課長、企画課 長、調整担当主幹など)との「調整会議」によって事前の調整が行われ、そこでの調整

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の結果は、教育長・教育次長等による「知事レク」(レクはレクチャーの略)という形 で直接知事に報告・相談され、また必要な指示を受けることになる。しかし、こうし た調整の最終意思決定が庁議によって行われ実質的に確定するという意味で、庁議は やはり首長の統轄権に由来する最高意思決定機関の役割を果たすことには変わりはな いと言えよう。換言すると、このことは、国における閣議の案件が、事前の事務次官 会議(政権交代によって民主党政権によって廃止されたが、事実上、復活している)等で調 整済みであるため、閣議は内閣総理大臣以下が、各案件にその署名と「花押」をほど こすだけという意味で「サイン会」と言われていることと類似しているが、それで も、そもそも閣議が開かれなければ、各種案件の最終決定が公定力を持たないことと 同義だと言えよう。

さらに、首長は自治体の予算を総合調整し、これを執行する権限を有している(自 治法149条2号、自治法180条の6、1号)。教育委員会法による公選制教育委員会の時代 には、教育行政に係る予算については、教育委員会に予算編成権があり、教育委員会 は自らが編成した予算を首長に送付するとともに、首長は、その予算を減額した場合 には、その理由を付記した上で教育委員会の原案と合わせて議会に諮るという二本建 て予算制度がとられていた。当然のことながら、議会が予算を承認すると、教育委員 会は予算の執行についても首長からその配当を受けた上で、支出負担行為、支出命 令、あるいは収入に関しては収入調定を行うなど、自ら教育予算を執行し、教育委員 会関連の収入を確保する権限を有していた。

もっとも、この権限によって、いくつかの自治体では、他の部局と比較して明らか に膨大な予算を要求してきたり、特に、教育委員会法の時代は、戦後復興の過程の中 で自治体の財政が急激に悪化し、各自治体では財政再建に躍起になり徹底的な緊縮財 政を行っていたにも拘わらず、こうした事態を教育委員会が深刻に受け止めることな く、教育予算については、「蚊帳の外」的要求をするなど全く問題がなかった訳では ない。しかし、教育行政の執行において、予算支出を伴わないものは数えるほどしか ないことから、教育委員会法の時代のように、教育予算の編成や予算執行に関し何ら かの権限を持つことは、行政委員会としての教育委員会の相当程度の独立性を実現・

確保するためにも重要なことである。

ところが、現在の任命制教育委員会の時代にあっては、教育委員会には独自の予算 編成権はなく、委員会の所掌に係る予算の執行権まで首長が有することになった(自 治法180条の6、1号、地教行法24条5号)。もっとも、この予算執行については、首長の 補助執行という形で実際には教育委員会が行っている(新藤 1997:259)が、法的に は予算編成権もなく予算執行権もないとなると、首長からある程度独立している筈の 行政委員会としての教育委員会の教育政策の立案・執行は首長の意志によって大きな 制約を受けざるを得なくなるのである。

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たとえば、教育委員会が所管する学校の設置や廃止、あるいは学級編制の決定権限 は教育委員会にある(地教行法23条)が、学校の新設・廃止、あるいは公立義務諸学 校の学級編制及び教職員の定数に関する法律(以下、義務教育標準法と言う。)に定めら れた「標準」を下回る少人数学級の編制には新たな予算(特に自主財源)が伴うため、

教育委員会はこれについて審議し一応の決定を行うが、最終決定はあくまでも首長次 第となる。その証拠に、山梨県甲府市では、少子化と中心部のドーナツ化によって、

中心部の小中学校の児童・生徒数が激減したため、教育委員会では「甲府市立学校適 正配置審議会」を設置し、その答申に基づき教育委員会としての方針を固めたが、こ れについての最終決定は平成14年6月定例市議会において、当時の山本市長の所信表 明という形で明らかにされた(6)。また、山梨県では、現在、義務教育標準法によって 定められている一学級の編制人数40人(ただし、小学校1年は35人)を下回る、小学校 1・2年で30人、中学校1年で35人という学級編制を実施しているが、横内知事は、

これを他の学年にも拡大したいと述べ、この方針は、知事選における横内知事のマニ フェストにも掲げられた。つまり、学級編制も事実上、首長の政策領域となっている のである(7)。要するに、「予算を伴う教育政策については、教育行政も既に総合行政 の一環として動いているのである」(堀・柳林 2009:143)

また、公選制教育委員会の時代には、教育委員会は当該委員会に係る条例の原案を 首長に送付する権限を持ち、首長が当該原案を修正した場合には、首長は教育委員会 の原案とともにその修正に対する教育委員会の意見を附記した上で、議会の議決を経 ることとなっていたが、現行自治法では、条例案の作成など議決事件のすべてが首長 の権限となった(自治法149条)。これによって、教育委員会は、条例案の作成・議会 への提案はもとより、義務教育諸学校の授業料や教育施設の使用料の決定・減免措置

(これらはいずれも条例事項である)など教育委員会の重要施策に関する権限を首長に 奪われることになったのである。これも大きな制約と言わざるを得ない。

首長は、公有財産の効率的運用を図るために公有財産に関し総合調整権を有する

(自治法238条の2)。その一環として学校、その他の教育機関の用に供する財産である 教育財産を取得し処分する権限は首長にあり(地教行法24条3号)、教育委員会は管理 権しか持たない(地教行法23条2号)。そうであれば、教育委員会が小学校の新設を決 定した場合など、具体的にどのような手続きが取られるのだろうか。補助執行等を考 慮の外に置くと、小学校の新設を首長が最終決定した後に、必要となる予算を議会に 諮り、それが議決された後、首長部局の財産担当課の職員などが用地取得を行い、用 地の売買契約(支出負担行為)は首長と用地提供者で取り交わすことになる(契約締結 権者は首長である)。そして、首長が取得した用地は、教育委員会に引き継がれ、管理 行為は教育委員会が行うことになる。これについては、建物等学校施設の契約につい ても基本的に同様である。つまり、首長は小学校新設に係る予算付与の権限を持つだ

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けでなく、それに係る具体的な用地取得等についても全権限を持つのである。今まで の議論だけからも、教育委員会が行政委員会というのは名ばかりに過ぎないことが良 く分かるが、さらにそのことを決定付けるのが、人事と組織に関する首長の権限であ る。

教育委員会は、法的にはその事務局職員及び学校その他の教育機関の職員の人事権 を有する(地教行法23条3号)が、特に事務局職員の人事は自治体職員全体の人事の一 環として行われ、実質的権限は首長が握っていると言って良い。首長部局職員は、教 育委員会への出向人事を首長部局における部課への人事異動と全く同様に捉え、それ が首長からある程度独立した執行機関である行政委員会としての教育委員会への出向 であり、そもそも任命権者が異なるといった意識を持つことはほとんどないと言って 良い。それもその筈である。たとえば、ある府県の幹部職員(課長級)の人事異動に ついて見ると、行政委員会の該当職も含め、府県全体の人事異動案を作成するのは知 事部局の総務部人事課長である。人事課長は、新年度において、知事部局総務部A 課の課長を教育委員会事務局主管課のB課の課長に配置換えする案を自ら作成す る。こうした案の中には、教育委員会事務局内のC課からD課への配置換えの例も 含まれることになる。そして、この案は当該府県の総務部長レクや副知事レク、さら には知事レクを経て、最高意思決定会議である庁議に諮られ、同時に形式的な起案が なされ幹部間での稟議に付され、最終的に記者に資料が配布され翌日、ないし翌々日 の新聞に掲載されることになる。元知事で、その後大学教授に転身したX氏から筆 者が実際に聞いた話によると、教育委員会事務局内の人事について、知事は自ら実質 的人事異動を決定しており、それを当然のこととして受け止めている。現行の教育委 員会制度は、教育行政の意思決定機関である教育委員会の委員を兼務する教育長が、

事実上、首長によって任命され、教育官僚集団である事務局を統括することによっ て、教育委員会の意思決定及びその具体的執行を一手に担っているという意味でいわ ば「教育長制」となっている(安達 2001:165;市川 2000:107)という事実と、教育 委員会事務局職員の人事も首長が担っているという事実をつなぎ合わせると、教育委 員会は、もはや行政委員会などではなく、首長部局の「教育部」に過ぎないと言えよ う。

さらに、自治体の組織は首長の所轄の下に明確な範囲の所掌事務と権限を有する執 行機関として系統的に構成されるとともに、相互の連絡を図り一体として行政機能を 発揮しなければならないのである(自治法138条の3、1項及び2項)が、首長はこうし たことについて総合調整ができることになっている(自治法138条の3、3項)。また、

このことと関連して首長は教育委員会の事務局等の組織や職員定数に関して総合調整 権を有する(自治法180条の4)。したがって、教育委員会は、独自に所掌事務の範囲を 確定できないのであり、また独自に事務局を充実強化したり、必要と思われる部課に

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手厚い人事配置を行うことは不可能となっているのである。要するに、いくら独立の 行政委員会だとは言っても、教育委員会は自主組織権をまったく有していないのであ る。

以上に見てきたように、自治体教育行政機構は、少なくとも任命制教育委員会に なって以降、首長と教育委員会との「二元体制」に変容した。しかも、首長は、教育 長を含む教育委員の任命に加え、その統轄権に由来する、事務局人事・事務局組織

(ヒト)、公有財産(モノ)、予算(カネ)に関する総合調整権を一手に掌握し、首長優 位の「いびつな二元体制」となっているのである。こうした点を考慮すると、教育委 員会が独立の行政委員会だというのは、全く説得力を欠くと言わざるを得ない。教育 委員会は、その実質は明らかに首長に従属する「教育部」なのである。

教育行政における文部科学省の「垂直的行政統制」

もっとも、首長が教育委員会に対して優位に立つのは、教育施設の整備廃止や教職 員の配置(したがって学級の編制)、教育設備の設置・購入などのあくまでも教育条件 整備施策にすぎず、教育課程の編成、学習指導、生徒指導、職業指導、教科書の採択・

教材の選択、あるいは教育・教育行政に関する資料・手引き書等の作成・活用などの いわゆる教育内容関連施策については、首長ではなく行政委員会としての教育委員会 が優位に立つとする向きもあるだろう。しかし、これについては、文部科学省初等中 等教育局―都道府県教育委員会―市町村教育委員会に至る行政系列を透徹した「垂直 的行政統制」が支配していると言って良い(新藤 2005a:49)。そして、その基は「精 神的権威を有する主体の専門的・技術的な指導、助言、勧告に客体は従うべきとの論 理」であり、「この論理を共有した上意下達のチャンネルが築かれ」「戦後教育行政 制度は、教育における民衆統制を一種の『隠れ蓑』として『精神的権威』に服従する 集権的かつ権威主義的な指導・助言体制」が作り上げられてきたとされるのである

(新藤 2005a:51)。青木によれば、教育行政領域は、確かに政策共同体の典型であっ て、そこに関与するアクターも文部科学省、教育委員会、学校、教員、教育研究者な どに固定化されており、他の領域のアクターによる影響から遮断されてきた。その証 拠として、第一に一部の例外を除き、教育政策の方向性を決定してきた中央教育審議 会をコントロールしていたのは明らかにその所管省である文部科学省であったこと、

第二に、先にも述べたように、首長が教育政策に関与するようになったのは分権改革 が本格化して以降であること、第三に、各自治体の教育が教員集団の自律的運営に支 えられてきたとともに、カリキュラムについても指導主事をはじめとした教員集団に よって作成されてきたことを挙げている(青木 2008:14−15)

こうした政策共同体においては、一般的に考えると文部科学省のプレゼンスが圧倒

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的に強力と言えそうであるが、それは、過大評価・事実誤認であり、そうした過大評 価を招来したのは、従来の研究者達が教育政策における全国画一的アウトプットと特 定イシューに見られる文部科学省の行動に専ら着目してきたからだと青木は指摘する

(青木 2008:13−14)

確かに、教育政策領域が典型的な政策共同体を形成しており、当該共同体に関与す るアクター間で教育政策の基本方針が決定され、そのアクターの中には文部科学省以 外に自治体の教育委員会なども大きく関与していることは事実であろう。したがっ て、そこには村松岐夫のいう「水平的政治競争」(8)が働くことは確かにあるが、問題 は、政策共同体を構成するアクターの中で文部科学省とその他の、特に自治体教育委 員会の力量にどの程度の相違があるかということである。これについては、文部科学 省のプレゼンスは圧倒的なのである。もっとも、民主化が透徹し、地方分権改革が進 展している状況を考えると、文部科学省のプレゼンスも徐々にではあるが縮小傾向に あることは事実であろう。しかしながら、教育政策を立案するための、有形(予算、

人員等)・無形(力量、情報等)、さらにフォーマル(法的権限等)・インフォーマル(精 神的権威、潜在的圧力行使主体等)な諸資源の多くはいまだに文部科学省が有しており、

教育委員会との相違は歴然としていることは否めない。

たとえば、学校教育法や同法施行規則などに基づき文部科学大臣が定める、小中学 校等の教育課程に関する基準である学習指導要領は、教育内容に関する教育行政の中 心に位置づけられるものであるが、この要領が教科書検定の基準となるとともに、入 試等における出題範囲をも規定している。この学習指導要領は、18年の改訂で施行 規則に文部大臣の作成権限が規定され、官報に告示されることになった。しかし、

3年からは「地方自治体や学校の裁量幅を拡大し創意工夫を生かした教育課程編成 を図る観点から……『最低基準』であることが明確にされた」(小川 2010:55−56)

が、判例では、これに法規的性格を持たせるか否かについて必ずしも明確となってい る訳ではない(学力テスト事件最高裁判決と伝習館高校事件最高裁判決の相違)。このこと からも理解できるように、文部科学大臣が定め、教育課程に関する基準となる学習指 導要領については、文部科学省による「垂直的行政統制」が透徹している。確かに、

これに加え郷土の歴史等を学ぶための地域独自のカリキュラムが組まれ、そのための 副教材が活用されることなどはあるが、文部科学省に作成権限のある学習指導要領の

「法規的性格」は学校現場に浸透していると言って良い。

学級編制について言えば、義務教育標準法に規定されている学級編制の定数の標準 は、あくまでも「標準」であり、これに基づき都道府県教育委員会が具体的な「基準」

を設けることにされたが、この「標準」は県費負担教職員に係る義務教育費国庫負担 を算定する際の基礎となることから、財源に乏しい自治体は思うがまま少人数教育を 進めることはできない。また、義務教育費国庫負担制度に総額裁量制を取り入れたと

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は言え、学級編制の「標準」が定まっている以上、自治体は自主財源でやりくりをし ながら、「標準」を下回る少人数学級を進める以外に方途はない。しかも、総額裁量 制は、正規職員の不足を埋め合わせる形で非常勤職員の増大に結びついており、これ では教員が教育活動に全力投球をすることは不可能である。したがって、これも財政 という重要な教育資源を握る文部科学省の「垂直的行政統制」が当てはまると言って 良いだろう。もっとも、学級編制の問題については、文部科学省自体が改善の意思を 示していることから、徐々にではあるが、「垂直的行政統制」は弱まっていくことが 予想される。

また、教育行政については、指導・助言・援助行政が文部科学省を頂点とする「垂 直的行政統制」に結びついている。事務局に置かれる指導主事は、上司(「上司」とい う用語からも分かるように、この「上司」は最終的には教育長であり、教育委員ではない) 命を受け、学校における教育課程、学習指導その他学校教育に関する専門的事項の指 導に関する事務に従事する(地教行法19条、1〜3項)が、その指導の仕方については、

文部科学省初等中等教育局から夥しい数の通達等が発出されている。教育委員会の職 務活動の本質は教育専門性に支えられた行政、すなわち指導行政(加地佐 2001:6−

7)と言われているが、これらの指導の細目が文部科学省によって作成・通知され、

それを範として都道府県教育委員会がさらに指導通達を増幅させている状況は、まさ に「垂直的行政統制」の増幅現象と呼ぶこともできよう。この「垂直的行政統制」は、

学校現場における生徒指導主事や進路指導主事にもこと細かに及んでいる(9) さらに言えば、校長の「職務遂行上の職員会議」の設置や主幹教諭の配置など、学 校現場の階統制の強化も「垂直的行政統制」に基づいて規定化された。

いずれにしても、「教育委員会は、『非権力的』な『指導助言』の名の下に、文部省 統制と画一的学校管理を結節する機構としての役割を果たしてきた」(伊藤 2002:

48)だけでなく、文部科学省の統制を媒介・増幅・助長する機関となってきたとは言 えないだろうか。もっとも、前川(元文部省初等中等教育局教職員課長)は、政権を持 つ政治勢力がそのイデオロギーを公教育に反映させようとし、教育の中立性の要請と のせめぎ合いや現場のニーズとの乖離が起こり、文部省(文科省)自体も「政治」と

「教育」の狭間で苦悩していることを率直に吐露している(前川 2002:198−199) しかし、文部科学省のプレゼンスの大きさを指弾する場合、多くの場合、時の政権の 教育イデオロギーと融合した教育官僚機構としての文科省を念頭に置いているのであ るから、この前川の「告白」は――本人の心情はさておき――さしたる重要性を持た ないと言えよう。

いずれにしても、以上、見てきたように、現在の「地方自治法―地教行法」体制下 では、教育条件整備関連施策については、首長による「水平的行政統制」が、また、

教育内容関連施策については、もちろん時の政権党の教育イデオロギーを背景とし

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て、文部科学省を頂点とし、都道府県教育委員会―市町村教育委員会を順次、結節点 として、現場の学校に至る「垂直的行政統制」がいわば「格子状」になって強固に作 用しており、行政委員会としての教育委員会は完全に形骸化していると言っても過言 ではない。片山は、現在の自治法では、教育委員会が首長と並ぶ執行機関として位置 づけられているにも拘わらず、任命された教育委員の一人ひとりがその責任に対して 無自覚なことや、それらの委員を任命した首長の任命責任、同じく議会の同意責任の 自覚のなさを厳しく糾弾し、教育委員の認識とこの制度の建前との間に存する大いな る乖離こそが、現行教育委員会制度が有する大きな矛盾と問題点を象徴するものだと している(片山 2007:162−164,170)が、教育委員会の形骸化・機能不全は、根本的 にはこの体制に内在する、上で述べた複合要因によるものであることを自覚すべきで ある。

民主党の教育行政制度改正案

こうした閉塞的状況は、現在の教育委員会の根本に宿るものであるから、多少の修 正を施し現在の教育委員会を活性化する試みに出ても、その再生は不可能であること が理解できるのではなかろうか。だとすれば、現在の教育委員会を根底から解消し、

新たな制度構築を図る以外に救済策はないと言えよう。そこで、本節では、まだ不確 定な要素があるものの、26年に当時の政府提案の教育基本法改正案に対抗して第 5回国会に民主党によって提出された「日本国教育基本法案」(以下、新教育基本法案 と言う。)やそれを具体化した「地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案」

(以下、新地教行法案と言う。)などによって明らかにされている新たな教育行政制度案 を題材として、それを検討することにしたい(10)

民主党は、新教育基本法案18条2項で、地方公共団体が行う教育行政は、その施策 に民意を反映させるものとした上で、その長が行わなければならないとし、教育行政 の執行主体を首長とする。要するに、これは、「首長と教育委員会の二元行政の問題 に対して、教育委員会の廃止を前提に、地方教育行政の最終的な権限は、民意を反映 した教育行政が行われるように、選挙によって選ばれる首長に付与」するということ である(佐々木 2009:64)

つまり、自治体教育行政機構の「二元化」に伴う諸問題は、政治的正統性を持つ首 長に一元化し、解決を図ろうということだと思われる。しかし、これでは、教育及び 教育行政の政治的中立性が損なわれる可能性もない訳ではないことから、新教育基本 法案は、同条3項で、教育行政に関する民主的な組織を整備するとする。これは、「首 長が行う教育行政を監査するオンブズパーソン的な組織である教育監査委員会を創設 することを想定」した条項である(佐々木 2009:64)

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この教育監査委員会の具体的内容は、新地教行法案の第三章に規定されている。教 育監査委員会は、都道府県、市町村(特別区を含む)、教育に関する事務の全部又は一 部を処理する地方公共団体の組合に置かれ(新地教行法案8条)、その権限はおよそ以 下のとおりである(同法案9条各号)。まず、首長が処理する教育に関する事務の実施 状況に関し必要な評価及び監視を行う。また、その結果に基づき、首長に対し教育に 関する事務の改善のために必要な勧告を行う。同様に、苦情の申し出について必要な 斡旋を行うなどである。委員会による勧告内容の公表、首長のとった措置の委員会に 対する報告、その報告に係る事項の委員会による公表、委員会による毎年の事務の処 理状況の公表などが当然のことながら規定されている(同法案9条2〜4項)。委員会 は、評価・監視のために必要な資料の提出要求と説明要求、また実地調査を行うこと ができる(同法案10条)

委員会は、5人以上(町村又は地方公共団体の組合のうち町村のみが加入するものにあっ ては3人以上)とし、具体的な人数は条例で定め(同法案11条)、これらの委員は当該地 方公共団体の首長の被選挙権を有する者で、人格が高潔で、教育に関し識見を有する 者のうちから、当該団体の議会で選挙を行い選ぶことになる。また、このなかには保 護者が必ず含まれなければならない(同法案12条1項、5項)。任期は四年である(同法 案13項)。以下、兼職禁止、罷免・解職請求、失職、退職、服務、委員長、委員会の 会議、規則制定権、委員会の議事運営、事務局の設置、事務局職員の身分取り扱い、

抗告訴訟に関する諸規定が続く。これらの諸規定から類推すると、教育行政自体は首 長が専属的に執行する一方、教育監査委員会は、首長の教育行政が適切であるか否か を必要な権限を与えられて評価・監視する役割を担う外部評価機関に徹することにな る。ここが現行の自治体教育行政制度との最大の相違である。そして、この教育監査 委員会の委員は、現行教育委員会と異なり、地域住民や保護者の中から議会が選挙を 行って選出する。教育監査委員会は教育行政の執行者である首長の教育行政を評価・

監視することを役割とすることから、また、この委員会の政治的正統性を多少なりと も担保するために、このような規定になったと思われる。しかし、この教育監査委員 会は、相変わらずレイマン(layman)で構成されることに留意されたい。なお、民主 党案では、保護者、地域住民、学校関係者、教育専門家等が参画する学校理事会を設 置することとしている(新地教行法案18条4項)。これは、「学校や地域で起きている問 題は現場で解決するため」であり、学校理事会には、「学校の基本的な経営方針、教 育課程や教職員人事等の権限を与えることを意味している」(佐々木 2009:67)

ところで、民主党案では、教育及び教育行政に党派的イデオロギーが介入しないよ うに、教育行政に関する国家行政組織の変革も視野に入れている。「民主党政策集 INDEX9」の「文部科学」の箇所には「日本国教育基本法案」や「学校理事会の 設置」などと並んで、「中央教育委員会の設置」が謳われている。すなわち、「教育行

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政における国(中央教育委員会)の役割は、①学習指導要領などの全国基準を設定し、

教育の機会均等に責任を持つ②教育に対する財政支出の基準を定め、国の予算の確保 に責任を持つ③教職員の確保や法整備など、教育行政の枠組みを決定する―などに限 定し、その他の権限は、最終的に地方公共団体が行使できるものとします」とある(22 頁)。項目の表題は、「中央教育委員会の設置」でありながら、この組織については具 体的に触れられていない。たとえば、おそらく行政委員会としての教育委員会を中央 に設置するということであろうが、そして、上で述べた事項を中心に意思決定を行う ことになるのであろうが、それでは文部科学省はどうなるのか、また中央教育委員会 はどこに置かれるのか全く分からない。これについて、佐々木は次のような注釈を加 えている。すなわち、「民主党の笠浩史は、私見として、官邸のもとに教育中央委員 会を設置し、改革に特化させるべきであるとしている(衆2007.5.17)。なお、国会の 参考人として梶田叡一は、政党政治から距離を置いた中央教育委員会の設置を提言 し、中央教育委員会委員は国会によって任命され、文部科学省は中央教育委員会の事 務局とする構想を示している(衆2006.6.6)」と(佐々木 2009:63−64)

こうした中央教育委員会設置の考え方は、新藤によってかねてから提唱されてい た。新藤によると、「国家の無謬性」神話から解放されるためにも、「独立行政委員会 として学校教育行政部門を設けることによってはじめて、国家統治機能としての教育 行政概念を実体として否定でき、『国権の最高機関』のコントロール下に最低基準の 設定を置くことができる。「要するに、中央教育行政機関を内閣統轄からはずすこと によって、市民自治に立脚した教育行政の基礎条件がつくられるとともに、身近な自 治体を基礎とした上昇型の教育行政システムが創造できる」とするのである(新藤 2002:286−287)

こうした民主党案によって、自治体教育行政は復活を遂げるであろうか。筆者には そうは思えないのである。その理由をランダムに挙げると、第一に、これによって大 阪府前知事の橋下氏のような「首長の暴走」を阻止することはできないことである。

自治体教育行政を独任の首長に任せれば「二元化」は確かに解消されるが、今でも優 位な首長の教育行政に関する権限はさらに強化されることは間違いない。第二に、政 治的中立性と同様に重要とされる教育及び教育行政の専門性に関する改革は全く謳わ れていない。人格の完成と社会の立派な形成者となることを目的として行われる教育 及び教育行政は、個人の精神活動に踏み込まざるを得ないという教育特有の専門性を 有する。したがって、これを具体的にどういう制度によってどのような形で実行して いくかは極めて重要である。第三に、教育監査委員会も、現在の教育委員会と同様 に、レイマンによって構成されることから、この教育監査委員会が、首長の行う教育 行政を的確に評価・監視できるかということについては、大きな疑問が残る。現在の 教育委員会を支える根本原理は、教育について高い識見を有するが、しかし教育行政

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に関しては素人である教育委員(レイマン)のコントロールと教育行政のプロフェッ ショナルである教育長のリーダーシップとの均衡であるが、この均衡はナイフエッジ

(knife edge)の如きもので容易には成立しない。同じことは、教育行政に関してはレ イマンである教育監査委員と教育行政のプロフェッショナルである首長とその補助機 構についても言えるのではないか。第四に、小規模町村では、教育監査委員会に適切 な人材が得られず、首長の教育行政を的確に評価・監視することは不可能に近い。要 するに小規模町村においては、教育監査委員会は機能しない可能性が高いということ である。第五に、現在の市町村規模を念頭に置くならば、民主党案によっても変則極 まりない制度である県費負担教職員制度は解決されない。もちろん、市町村合併に よってそれを緩和することは可能であるが、筆者は、市町村合併は住民自治を脆弱化 させることから、これには合理的理由がなければ賛成し難いという立場である。区域 問題に起因する県費負担教職員問題の不合理性を根本的に解決するためには、別の制 度設計が必要とされると考える。

それでは、別の制度設計とはどのようなものであろうか。それは、筆者が何度も指 摘してきた学校教育という目的に特化した教育政府を創設することである(外川 2011a;2011b;2012a;2012b)。もちろん、現在の法制度では教育政府の創設は不可能で ある。したがって、これは、中長期的提案ということになる。したがって、短期的に は、教育委員会の必置規制を外し、首長部局における教育部と行政委員会としての教 育委員会の選択制がセカンンド・ベストということになるが、この場合も、教育及び 教育行政の政治的中立性と教育及び教育行政に固有の専門性を確保するための法制度 の整備は必至となる。首長部局における教育部を選択した自治体においては、たとえ ば、首長の党派的イデオロギーの介入を阻止するために、教育及び教育行政の専門家 で構成される「教育行政監視団」の設置が必要かもしれない。監視団の構成員は、専 門家であるが、構成員の選定に当たっては、行政区域にとらわれない広い範囲からの 公募制を採用し、応募者の討論会などと合わせた地域住民による熟議によって決定す ることも一つの方法であろう。また、これと併せて、保護者を含む住民からなる「教 育審議会」を設置し、首長はここでの提言を尊重しながら教育行政を進めることも必 要なのではなかろうか。行政委員会としての教育委員会を選択した自治体は、教育委 員会直属の「教育審議会」を設置し、重要事項については、ここへの諮問を行い、得 られた答申に従って、委員会自らが事務局を動かすということが必要ではないだろう か。

教育及び教育行政特有の専門性を確保するためには、首長下の教育部においては、

独自の専門官群を効果的に配置する必要がある。行政委員会としての教育委員会の場 合は、文科省の方針にとらわれない教育専門官を、やはり、「教育審議会」の答申や 地域住民の熟議によって選定するなどの工夫が必要かもしれない。いずれにしても、

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(15)

現行の法制度は大きく変更されることだけは間違いない。

結論に代えて

上にも述べたように、現下の教育問題を根本から解決するためには、筆者は、教育 政府の創設がベストであると考えている。こうした政府の創設は、教育行政の領域に 限られる訳ではない。筆者は、現在の「総合性」「一般性」に執着し、多様性を許容 しない自治制度は、地方分権の精神に違背するばかりでなく、現代における多様性の 増幅という必然性を回避することにより、困難な諸問題を何ら解決しないと考えてい る。さらに言えば、この国を創造性に満ちた真に豊かな国へと飛躍させていくことも 不可能だと考えている。それにも拘わらず、この国は、そしてまた地方自治の研究者 たちは、自治制度の「画一性」にこだわるのであろうか。たとえば、市川は次のよう に主張する。すなわち、「自治体は、主要な政策領域を包括的に担当していることに よって、分野間の相互の連携をとることができ、課題解決の有効性も高まる。特定分 野だけ切り離されてしまっては、それが困難になるし、住民からもわかりにくい。筆 者には、特定目的自治体の積極的な容認は政府体系の複雑化・断片化という負の結果 を招くだけのように思われる」(市川 2011:355)と。また、礒崎も、「地域における 事務は相互に関連していることから、『特定目的』に限定した自治体を設けてもこれ が機能するかが問題となる」とし、「現行の府県制度に『特定目的の自治体』制度を 組み込むことには無理がある」と結論づける(礒崎 2010:61)

こうした論理がどういう結果に至るのかということについては、筆者は既に指摘し (外川 2011b)。確かに、行政区域を横断するような広域問題をすべて、しかも一 気に、特定目的の政府制度によって解決しようとすることには無理があるであろう。

しかし、特定目的の政府制度への道はいわば不可避だと筆者は考えるのである。その 一歩は、教育政府かもしれない。この教育政府の特定目的を学校教育に限定すれば、

関連領域をある程度限定することができる。個人の精神領域に踏み入る特殊性を有 し、そのための専門性を必要とする教育及び教育行政は、相対的に見て関連領域間と の調整もやりやすいと思われる。また、もともと教育行政は行政委員会としての教育 委員会によって、首長部局から一歩離れたところで行われてきている。しかも、その 出発は、公選制教育委員会として、かなり教育政府に近いところに位置していたと 言っても過言ではない。もちろん、公選制教育委員会にもそれなりの問題があったこ とは多くの専門家が指摘しているとおりであり、筆者はそれらすべてに異議を唱える つもりは全くない。しかも、公選制教育委員会と教育政府とは全く異なる制度であ る。公選制教育委員会の失敗は、必ずしも教育政府の失敗に繋がるものではない。

いずれにしても、現代は多様性の時代であり、どのような政策についても相当程度

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(16)

の調整が不可避となる。「総合性」「一般性」を有した自治制度であれば、すべてが 安泰などということはないし、その逆もない。筆者が強調したいのは、一方で「総合 性」「一般性」に固執しながら、他方で広域連携の制度を複雑化するなど、実は現在 の自治制度は世上言われているほど分かりやすい制度ではないということである。現 行制度の下でも住民に関わる諸課題の解決方策の全体像を住民は把握できていない し、各種政策の意思決定ポイントは確実に住民から遠ざかっているのである。一言で 言えば、「総合性」「一般性」に固執すればするほど、住民自治は脆弱化するのであ る。

これを打破するための制度が特定目的の政府制度である。あらゆる領域で一気呵成 にという訳にはいかないとしたら、先にも述べたように、まず教育政府の実現に向け 議論を始めていくのはどうであろうか。

西村清司(1996)、357頁 田中二郎(1956)、6頁

たとえば、足立忠夫(1971)、248頁。しかし、足立以外にも教育委員会を行政委員会と した理由の第一はその政治的中立性を確保することであるとする論者が圧倒的に多い。

田中(1956:8)は、行政委員会の設置目的を次の3つに類型化している。すなわち、

第一に、政治的中立性を確保・保障するために、首長から独立した委員会を設け、事務 の執行にあたらせるもの、第二に、事務自体が技術的・専門的性格を有していることか ら、その処理に適した委員で構成される委員会を設けて当該事務の執行にあたらせるも の、第三に、争訟の判断のように、特に慎重を期する必要のあるものについて、職務権 限の独立と身分保障の下に、合議制の機関によって判断をさせることが妥当なものであ る。教育行政がこのうちの第二に該当するか否かについては議論があるが、教育は、個 人の人格の完成と個人を社会の形成者として育成することを目的としているので、教育 行政は必然的に個人の「精神作用」を対象とすることになり、この意味から教育行政に は他の政策領域とは異なる教育行政固有の専門性・技術性が要請されると考えられる。

また、民主性については、公選制教育委員会時代には、教育委員の直接公選によってそ れを実現しようとした訳であり、任命制教育委員会に代わってからは、教育委員の任命 を公選の首長が、これまた公選の議員で構成される議会の同意を得て行うというところ で実現しようとした訳であるが、それが現実的に機能していたか否かは別として、そも そもレイマン・コントロールの制度が民主性を体現したものと考えられていたと言えよ う。

青木は、首長の教育政策の影響力の行使は法制度上、過去にも可能であったが、影響力 を行使するだけの状況ではなく、一般的に、首長の教育政策への影響力の行使は、分権 改革が本格化する前には観察されなかったと言い切っている(青木 2008 14−15)。 甲府市ホームページ(http : //www.city.kofu.yamanashi.jp)及び甲府市議会会議録(http : //

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gikainet.city.kofu.yamanashi.jp)

『山梨日々新聞』2010年10月31日。なお、義務教育標準法の学級編制の「標準」を作成 している文科省では、2012年の通常国会で公立中学校3年までの義務教育全学年を対象 に、順次35人学級にすることの明記を検討しているという(『山梨日々新聞』2011年9月 11日)。ただし、2012年度には、現在の小学1年生に続き、2年生を35人学級とする方針

は既に固まっている。

村松が提起した「水平的政治競争」は、強大な権力・権限を有する中央政府であっても、

様々な面で相互依存関係にある状態では、その一方的な圧力が地方政府にかかる訳では なく、その目的遂行のためには地方政府の圧力をいわば飲まなければならないというこ とだと思われるが、村松は、こうした地方政府は自律性を持つと考えている(村松 1988)。

たとえば、進路指導主事は、「校長の監督を受け、進路指導に関する学校の全体計画の立 案、進路情報の収集、整理及び生徒の進路相談等進路指導に関する事項をつかさどり、

当該事項について教職員間の連絡調整に当たるとともに、関係教職員に対する指導、助 言に当たるものであること」(昭和51年1月13日文初地第136号、事務次官通達)とする 通達が発せられている。また、進路指導主事は、「校長の意見を徴し、教育長が選考の 上、教育委員会が発令する」(昭和28年11月30日文総審130号、事務次官通知)など、本 来であれば学校教育法施行規則等に規定されるべきことも通達によっている。

以下、「日本国教育基本法案」は、http : //www.shugiin.go.jp/itdp_gian.nsf/html/gian/honbun/

houan/g16401028htmに、また、「地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案」につ

いては、http : //www/shugiin.go.jp/itdb_nsf/html/gian/honbun/houan/g16502005.htmによる。

(参考文献)

青 木 栄 一(2008)「評 価 制 度 と 教 育 のNPM型 ガ バ ナ ン ス 改 革(続・完)」『評 価 ク ォ ー タ リー』行政管理研究センター

安達和志(2001)「教育委員会制度と教育における直接責任の原理」日本教育法学会編

『自治・分権と教育法』三省堂 足立忠夫(1971)『行政学』日本評論社

礒崎初仁(2010)「都道府県制度の改革と道州制―府県のアイデンティティとは何か―」礒崎 初仁編著『変革の中の地方政府―自治・分権の制度設計』中央大学出版部

市川昭午(2000)「分権改革と教育委員会制度」西尾勝・小川正人編著『分権改革と教育行政

―教育委員会・学校・地域』ぎょうせい

市川嘉崇(2011)「市町村総合行政主体論と『平成の大合併』―市町村自己完結主義の批判と

『総合性』の擁護」寄本勝美・小原隆治編『新しい公共と自治の現場』コモンズ

伊藤正次(2002)「教育委員会」松下圭一・西尾勝・新藤宗幸編『岩波講座 自治体の構想4 機構』岩波書店

江口清三郎(1994)『自治体行政の組織と職員の役割』公職研 小川正人(2010)『現代の教育改革と教育行政』放送大学教育振興会

加地佐哲也(2001)「教育委員会の専門性と行政能力の向上」堀内孜編集代表『地方分権と教

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参照

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・学校教育法においては、上記の規定を踏まえ、義務教育の目標(第 21 条) 、小学 校の目的(第 29 条)及び目標(第 30 条)

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