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民衆 ・社会主義及 び現代 中国 一 妾克実著 『現代 中国 をみ る目』 を読む-

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文化紀要」第

4 6

号 (最終号)

,1 9 9 7

7 5

民衆 ・社会主義及 び現代 中国

一 妾克実著 『現代 中国 をみ る目』 を読む‑

李 梁

書 評

かねてか ら、 日本 の中国学界 には二つ 目立 ってい る現象が存在 している と思 われ る。 その一 つ は、現代 中国問題及 びその研究が、戦前で は学界 の主流か ら 殆 ど無視 されていたが、戦後 で はまさにコペルニ クス的旋 回 とい うべ きなのか、

それが一変 して一躍学界 の主流 また は原動力 となった、 とい うことである。 も う一 つは、戦後 の中国学界 では研究の方法論 において、広 く一般 に上 か ら下へ とい う問題提起 の傾 向、 また はそうい う研究 のパ ラダイムがみ られ る、 とい う ことである。 その原因 は ともか くとして、要す るに、 そ うい う状況 またその趨 勢 は、今 日に至 って もなお改 まっていないのみな らず、 ここ二十年来 の、 いわ ゆる中国の改革開放時代 にあた って、む しろ更 に一層 目立 って きた といって よ い。例 えば、国別 でみてい くと、現代中国関係 の論著 の刊行部数 は目下 の出版 界 で は間違 いな くトップを走 っているが、 その洋々た る景観 をつぶ さに検証 し てみ る と、 その多 くは大抵 「某某 の時代」、「某某 の中国」或 は 「某其 の後 の中 「中国のゆ くえ次 のスーパーパ ワー :中国」 な どといった大人物、大枠 組 み を重ん じ、マ クロな推測 を好 む ような ものだ とす ぐ気づ くだ ろう。勿論、

そ うした上 か ら下 へのアプローチの意義 またその必要性 を完全 に否定 す ること はで きないが、 しか し事実上、 その多 くはブーム的 もの に属 し、マスメデ ィア の需要や一般大衆 の好奇心 に応 えている とい うものの、現代 中国への県の理解

(2)

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には無益なばか りか有害 とさえ言わ ざるを得 ないのである。 なぜ な ら、 自覚 的 か否か にかかわ らず、世俗迎合 の動機 が ある以上、 それ はー大衆 のグロテスク な心理 お よびその需要品の氾濫 を助長す るのみな らず、 さらに大概 問題 の本質 並 びにわれわれの視野 を覆 い隠 して しまうか らであ る。 目下、巷 間で は人 々 を 五里霧中に陥れ させ るような憶測推論が飛 び交 い、 直の知見 に富 んだ研究力作 が少 ない とい うのは、恐 ら くその原因が そ こにこそある と言 えまいか0

ところが、最近 出版 された、妻克実著 F現代 中国 をみ る眼一民衆 か らみた社 会 主義』 (丸善 ライブラ リー、平成

9

3

月発行)は、 まさに上述 した流弊 を 一掃 し、我 々の耳 目を一新 させ る好著だ と言 える。本書 は

2 5 0

ペー ジに及 ばぬ文 庫本 の体裁 をな しているが、 しか し著者 は、社会主義 とい うキー ワー ド及 びそ の問題意識 を論軸 に、多 くの異 なる身分 の証人‑ 現代 中国の真実 をみずか ら 体験 した民衆‑ を通 してい きい きとした現代 中国 における立体 的断面図 を次 か ら次へ と見事 に描 き出 してい る。 その方法論並 びに論理 の明快 さ といい、論 拠 お よび洞察力の確 か さ といい、 いずれ も近年来 の類似す る論著 か らめったに 見 られず、 まさに再三吟味 すべ き好著 だ と言 って過言ではない。

さて、本書 は、全部 で三大部 に分 け られ、各部 に更 に若干の章節が設 け られ てい る。第一部 「中国 を見 る眼」 は、本書の方法序論 である。第二部 「中国民 衆 の意識意識変遷史一一九四九〜八五」 は、本書の主体部分であ り、 また著者 の中心論題 の全論拠 の所在 で もある。第三部 「社会 主義 とは何か」 は、本書 の 総括 であって、またその奥義 の所在 で もある。以下、筆者 の読後 の管見 によ り、

その特色 を個条 に具体的 に述 べてみ ることにしよう。

あたか も本書 のサ ブタイ トル 「民衆か ら見た社会主義」が示 しているように、

いか に社会主義 を理解 す るか とい う問題 は、本書 における最 も中心的な論点で ある とともに、 またその全部 の方法論 の出発点で もあるO それ は、 もしも社会 主義 とい う概 念 とその実体 の推移経緯 を名実 ともに明 らか にせねば、現代 中国 への兵の理解 には到底至 れ る ものにな らない とい うことに起因 しているか らで

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民衆 ・社会主義及 び現代中国

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あろう。

いわ ば、一九八九年 に発生 した中国の天安 門事件、 とりわ け、 その産 を接 し て ドミノの ように崩れ去 った ソ連 ・東欧社会主義陣営 の崩壊劇 が見 られた後、

中国 を含 め、 ソ連 ・東欧の社会主義の実践 が事実上失敗 に終わった とい うの は、

それ らの国々で実施 されていたのが経典 的意味 の正統社会主義 で はな く似 て非 な る社会主義 だったか らだ とい う見方 は、 日本学界 の左翼側 を含 めてひろ く世 界的 に流行 ってい る。 この ような流行 の見解 に対 し、著者 は、 あえて本書 の手 法の違 いを強調 して次 の ように主張 してい る。す なわ ち、本書 において は、 中 国・ソ連 な ど二〇世紀 の社会主義国家 の存在 を、「エセ」また 「粗野 な社会主義」

と見 なさず、 それ を「唯一存在可能、 あ るい は必然 的 な社会主義 の形態 と見 て、

考察 の対象 とす る

( 1 5

貢) のであ る。

本書が、その方法論 において も内容 において もひ ときわ抜 きんでているの は、

煎 じ詰 めて言 えば、 そ うした前提 の明確性 に負 ってい る といって よか ろ う。 と い うの は、 自由主義 ない し右翼の言説 はさておいて、相次 いで見 られた社会主 義 の敗北の原因 を、 その歴史発展段階の 「後進性」、 お よび独裁者 と特権 階級、

また は腐敗現象の出現 ない し共産党 の政治経済政策 の誤 りな どといった要素 に 求 め ようとす る外 因論者、 つ ま り理想的社会主義者達 は、事実上、 そ うい うシ ステムの内部構造 への洞察 と追究 とを蔑 ろに し、歴史 の偶然性 と必然性 との関 係 を混清 して しまったので あ るO そのゆえ、彼 らは、様 々な不毛 の仮説 を持 ち 出す以外 に、何 ら問題 の解決 に役立 つ ような理論 や政策 を練 りあげることがで きていないばか りか、か えって 「歴史学 の堕落 とい う結果 をきたす

」(9

貢)の であ る。

著者が同時 に周到 に指摘 した ように、 そ うした 「堕落 」 を来 した背景 に 日本 独特 の歴史社会 の要因がひそんでい る とい う。すなわ ち、戦後 で は、学界 で大 きな勢力 をはっていた左翼、 とりわ け中国学界 の左翼 は、かつて戦前の天皇制 国家主義 お よび軍 国主義 に対 す る批判が行 われれ ば行 われ るほ ど、社会主義、

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ことに共産主義革命 の成功 を勝 ち取 った ばか りの現代 中国への賛美が声高 く唱 えられていたのである。 当時 の歴史的状況か らみて、 こうした二元的論法 はそ れほ ど理解 に難 くないだ ろう。 だが、 そ うはいって も、かれ らは、いつ まで も そ うい う特定的 な時空下 に築 かれた認識 また は情緒 を固持 して捨 てず、言 い換 えれ ば、 あ ま りに も理想的情感世界 に耽 り込 んでいるため、つねに変化 してや まぬ現実社会への直視 を避 けるか、見て も明確 には見ず、要す るに理想的情感 世界 を厳 しい社会現実 にその まま置 き換 えようとしたため、結局、だんだん と その社会観察 の 目お よび学 問の方法論 の硬直化 を招 いて しまったのである。 と ころが、 それだ けな ら、 まだ歴 史お よび現実社会への認識能力 を完全 に失 うほ ど 「堕落」す るには至 らなか ったが、不幸 なのは、かれ らはその方法論 におけ る もう一つの欠陥、 つ ま り前述 した 「上 か ら下へ」 とい う直線型 の方法論 お よ びその史観 によって、ついにそ うい う能力 を完全 に失 ったのである。 ある意味 か ら言 えば、八九年 ソ連 ・東欧社会主義陣営が崩壊 した直後 か ら、一時、学界 お よび論壇 を大 いに賑 わ した中国予測が今 日となってほ とん ど見事 に外れて し まったの も、 そ うした方法論 にお ける欠陥 による自然 な結果 だ と言 って よか ろ う。

言 うまで もな く、 そ うい う方法論 の樫樵 を打 ち破 り、かつ その欠陥 を補 い、

それ によって、下 (民衆 お よびその心理意識 また精神状態の変化 な ど)か ら上 (制度、イデオ ロギー及 びその領袖人物 な ど)へ と現代 中国の発展変化 を捉 え ようとす ることを、著者 は予 め意図 してい るだ ろう。 それ は、極 めて巨大で困 難 な作業 に違 いない。 つ まり、 ほ とん ど浩瀞 と言 って よいほ どの さまざまな資 料 に対 し、地味 で しか も煩墳 な収集、整理、分析 の仕事 に慎 重 に取 り組 まなね ばな らないか らで ある。 ところが、著者 は、 その一貫 した問題意識 に基づ き、

鋭敏 に も民衆意識 の変遷 とい う主軸 をめ ぐって、一九四九年 の人民 中国の成立 か ら今 日に至 る までの現代 中国 とその変貌ぶ りを一体 に貫 き、‑駒 のい きい き とした人間社会 の連続 ドラマ を見事 に描 き出 したのである。 その明快 な論理 と

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民衆 ・社会主義及び現代中国

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見事 な手法 とには思わず脱帽 して しまうが、紙幅 の制 限 によ り、 ここでは、 そ の主な特色 について簡単 に論 じてみることにす る。

まず、前述 した ように、著者がいち早 く民衆意識 の変遷 に着眼 したのは、 ま さにその一貫 した問題意識 お よびその方法論 に負 う結果だ と言 って よい。 いわ ば、社会主義 イデオ ロギーの核心が 「公」意識 その ものである. そのゆえ、上 か らは、いわ ゆる 「大公無私」や 「滅私奉 公」 とい う精神が提唱 され、かつ全 国の民衆 に「雷鉾 に学 べ」 (雷鉾 とは党 とその領袖 に限 りな く忠誠心 をもち、本 職 の仕事 と大衆奉仕 のた めに献 身 した模範 的な解放軍兵士だ った) と呼び掛 け て、 そのキャン‑ペ ンを大々的 に行 わねばな らないのである。 しか し、特定 な 環境 または時期 に置 かれた場合以外 に、人 間の本性 に してみれ ば、 そ うい う精 神 お よびその行為 を持続 させ るのは、事実上不可能 な ことであ る。人民解放軍 の兵士が 「雷鉾 にな ることは戦場 の英雄 にな ることよ りも難 しい

( 1 7 6

貢) と ため息 をもらしたの はその好例 の一つであ ろう。 そ うい う意味 で、かつて、毛 沢東が 「大躍進運動」 を起 こし、 さらに著名 な 「継続革命論」の もと、十年の 長 きにわた って 「無産階級文化大革命運動」 を発動 し展開 したの も、正 にそ う い う特定の社会情勢 を保持 し、或 はた えず そ うい う情勢の再現 によって、民衆 を一刻た りとも 「公」意識 か ら離れ させず、以 て最終的 に共産主義 の理想社会 の実現 とい う目標 を達成 させ ようとしたか らである。 ちなみに、一九四九年以 降、益々 白熱化 していった毛沢東の劉少奇、部小平等 いわ ゆる実務派党政官僚 達 との政争分岐、お よび昨今大流行 の最中 にある社会主義市場経済が名実 とも 相惇 っているの も、 そ うした発想か らその論理のイロハ を多少伺 い知 ることが で きよう。 したが って、社会主義制度 の下の民衆意識 の変遷諸因及 びその過程 を解明 しようとす るのは、現代 中国、殊 に改革開放 を的確 に理解 す る鍵だ とみ てよい。 まさに 「慧眼」 と称 すべ きであ る。

次 に、そ うい う過程 を再現 させ るために、著者 は、出来 るだ け異 なる階層、

また異 なる身分 を持 つ人物 を登場 させ、かれ らの口を通 してその真実 の体験 を

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8 0

語 らせたのである。 そして、 その登場人物 の中には労働者、農民、知識人、中 小学生並びに一般市民のほか に、党や政府 の高級役人、軍人 ない し中国滞在歴 のある外国人 も含 まれている。だが、著者 の 目的 は 「決 して登場人物 たち一人 一人 の人間 ドラマ を描 くので はない。 よ りた くさんの実例 を通 じて、社会主義 制度の下 に演 じられたある民族全体 の ドラマ を仕上 げ、未知 の歴史像 を紐解 く

ことにある」 (はしが き)のである。 この一見 してアナール派心性史学風 の手法 は、本書 を生彩 あ らしめているのみな らず、 またその説得力 を もさらにつ よめ たのである。

更 に、同時代 の人 として、 あるいはかつて労働者、農民お よび兵士 とい う多 彩 なキャリアのある 「歴史の生 き証人」 としての著者 は、本来 な ら、 自らも登 場 して 自分の体験 を語 って聞かせ る資格 を十分 に持 っているはずだが、 しか し 著者 は、鄭念 (r上海 の夜』の著者)や張戎 (世界的ベ ス トセラー Fヮイル ド・

スワン』の著者)の ように、 あえて自分 を自著の中 に登場 させ なかったのであ る。 それは、「自分一人 の経験 を語 るよ りも、 この経験 を生か して1

00

人の経験 を正 しく伝 えることこそ、歴史の学徒た る私 の使命 なのではないか と、感 じた か らである」(あ とが き)。そのため、著者 は終始本書 において、「資料 の価値 ・ 真偽 の弁別役、 また ドラマの解説者の役 を演 じ」ていたのである (同上)。 そう した冷徹 な姿勢 は、少々誇張的 に言 えば、成熟 した学者 としての人格力量 を現 してい るのみな らず、 また本書 の客観真実性 および卓見 に富んでいる最長の保 証 で もあると言 えよう。

最後 に、本書 における最大 または最 も注 目すべ き特色 は、なん と言 って もや は り著者の一貫 した問題意識お よびその明快 な論理 にある、 と言わねばな らな い。 よ り具体的 に言 うと、つ ま り今 ここ日本 で引 っ張 りだ こみたいな観 ある一 部 の中国大陸出身の新米学者 と違 って、著者の現代 中国 に対 す る一貫 した関心 は、時勢の需要 に駆 り立 て られた もので はな く、「ある宿命的義務感」 (はしが き、あ とが き)か ら来たのである。ついで にふれ るが、年齢 か らみてみれば、

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民衆 ・社会主義及 び現代 中国

8 1

著者がいわゆる「老三届」 (主 として文革 によって、七十年代後半の改革開放時 代、つ まり十年 ほ ど遅れては じめて入試 を通 して大学 に入 った人々 を指す) に 近 い。 いわば、著者 は、高校 を出てか ら大学 に入 るまでの間、前後 に して労働 者、農民及 び兵士 を経験 して、 あ しか け十年 ほ どの歳月が費や されたが、その おかげで豊富でかつ切実 な社会体験 を積 んで きた訳である。 そ して、 こうした 体験 とその史学専攻 の素養 こそ、著者 にいち早 く社会主義 とい う問題 について 思考 させ関心 を もたせた原動力 である とともに、 また既存の社会主義 における 根本的な病巣が 「人間」 とい う問題が真 に解決で きていなか った ことにある、

とい う認識 に至 らせた鍵で もある。著者の明快 な論理が、 まさにそ うした認識 の上 において展開 されていたのである。 それ は本書の立論の根本 に関わ る問題 で もあるため、 ここでは、煩 を厭わず に、 もう少 し立 ち入 って検証 してみ るこ

とに しよう。

周知 の通 り、社会主義お よびその国家の根本的な原理 は 「公」概念 その もの である。それ によって、各種 の社会制度お よび国家 イデオロギー、た とえば国 家計画経済、生産資料、生産方式、分配手段 ひいては個々の人々の公有化 な ど が構築 されている。著者 の見方 によれば、 このような原理 に基づいてつ くられ た社会主義国家では、 システムにおいて、次 のような四大特徴がみ られ る。す なわち、 まず第‑ に、思想方法 における絶対主義の こと ;第二 に、思想意識 の 面で 「国家」、「社会」、「公」の利益が重視 され、それに対す る「民衆」、「個人」、

私」の献身、 自己犠牲が要求 され ること ;第三 に、中央集権 的専制政治、一 党 ・一階級の独裁、少数人 による終身政治の組織形態の こと ;第四に、経済上 の国有 ・公有制、非利潤追求の統制経済。分配上 の平均主義方式 と国家 による 社会保障、国民福祉の こと、な どである

( 2 1 9 ‑2 2 2

貢) とい う。

前述 のごとく、そ うい う 「公」 とい う根本的原理 によってつ くられた一連 の 社会制度 をもつ既存 の社会主義国家 に とって、たんに制度 としての具現化 ばか りでな く、同時 に、全民衆 に持続的でかつ益々高揚 してい くべ き 「公」意識 を

(8)

8 2

もしっか りと持たせねばな らないのである。 ところが、 そ うい う考 え、つ ま り 公意識 はただ 「特定 の条件 の下」 において しか十分 に芽生 え、かつ効力 を生 じ る ことが出来 ない とい うのが事実である。 いわ ゆる 「特定 の条件」 とは、著者 の言葉 を借 りて表現す る と、つ ま り階級矛盾 の激化、「三座大 山」 (封建 主義、

植民地主義 と帝国主義) の圧迫や侵略 にひ ど く苦 しみ、人々が個 として生存 を 続 ける ことが困難 になった時 こそ、 そのエ ネルギーは、 は じめて 「公」お よび

「国家」の方 に傾注 していける、 とい うことである。十九世紀 なか ばか ら今世 紀 の初頭 にか けての西欧、 ロシア、お よび一 九四九年 までの中国 には、すなわ ちそ うした歴史事実がかつて存在 していたのである。 しか も、 そ うい う民衆 の 精神状態がた とえ革命成功後 の一定 の時期 内 にお いて なお維持 で きる として も、永続 す ることはあ りえないので ある。なぜ な ら、「いったん階級 的矛盾、あ るいは民族的矛盾 の激化 した非常時がおわ って しまうと、一時的 に退 いていた 自我、人間の欲望が遭 って くるのはご く自然 な ことで、 い くら政治運動や思想 教育 を施 して も変 わ らない ものである。 (中略)社会主義 を没落 させた内在的 ・ 決定 的要素 は、 まさにこの 自我 の 目覚 め とい う、人間性 に基づ く自然発生的現 象 なのである

」( 2 27

貢)、 とい うか らである。

更 に分か りやす く言 えば、特定条件 がいったん消 え失せ る と、民衆生来 の 自 我 とい う意識が 自ず と芽生 えて きて、 そ こで、彼 らは「公」、或 はその観念の集 大成 としての社会主義国家 にふたたび全神経 を注 ぐことがで きな くなる訳であ る。 そ して、 そのあ らわれ として、人々の働 く意欲が 日に日に衰 えてい くに し たがい、社会生産力 の衰退 による民衆全体 にわた る物質生活 の 日々窮乏化、最 後 に 「飯 が食 えな くなった」 ことによって体制が余儀 な く崩壊 されて しまう、

とい う歴史の 自然法則 を辿 るのである。 ソ連 ・東欧の実例 は言 うまで もないが、

現 に中国 は、な し崩 しの体制崩壊 を避 けよう とす る以上、事実 として非公有化、

つ ま り非社会主義化 の改革開放が行 われ ざるを得 ないの も同 じ訳 なのである。

ところが、基本 的原理 か ら社会主義 とそのイデオ ロギーの現実可能性 が否定

(9)

民衆 ・社会主義及び現代中国 83 され、更 に、それ によって、現代中国における最大 な社会的病巣 は 「人間」 と い う問題が未だ解決出来 ていない ところにあると指摘 しえた以上、著者が、わ れわれのために描 いて くれた未来中国の青写真‑ つ まり俗 に言 う現代中国の ゆ くえ‑ はいったい如何 なるものだろうか。 それ は、無論、われわれに大 い に興味 を感 じさせ る問題 である。だが残念 なが ら、著者の この間題 に対す る論 述 はあ まりに も簡略で摩味の感 さえある。いわば、著者 はただ一つの、通俗 的 な折衷案 しか私たちに開示 して くれなかったのである。すなわち 「将来の中国 は、 もしうま くい くな らば、 それは、社会主義の中国で もな く資本主義の中国 で もない。 その両者の長所 を吸収 し短所 を克服 した新 しいシステムをもつ国で なければな らない」 (233貢) というのはそれである。確かに、 この大 きな問題 を取 り扱 うには文庫本 とい う限 られる紙幅では至難だ と言わねばな らないが、

しか しそれが、著者の一貫 した問題意識の延長である とともに、 また上述 した 著者の立論 を構築す るための重要な、不可欠 なもう一面で もある以上、われわ れは、やは り著者の将来 の解答 に対す る期待 を禁 じえないだ ろう。

もちろん、指摘 しうる問題点 はそれだけではない。た とえば、本書の論理か らいえば、既存 の社会主義の参照数 としての資本主義の経済制度 に対 して十分 に説明 を行 っていない こと、 とりわ け近代的経済制度が もた らした資源や環境 破壊 お よび人類社会の未来への影響 な どといった環境倫理の問題 には殆 ど言及 していない こと、 な どである。ただ、 ここに、そういった諸々の問題 に対す る 論評 を一々行 う余裕 はないため、筆者 は、ただその中において重大 な理論問題

と関連 している一点のみ を取 り上 げて、著者の教 えを乞いたい。

すなわち、基本的原理 に して も具体的な歴史事実 にして も、上述 した著者 の 立論 は筋が通 っているとひ とまず言 って よいだろう。 ところが、視角 を換 えれ ば、つ まり形而上的 にみれ ば、人間が人間である以上、理想王国への憧れの情 を永遠 に捨て きれないの もまた事実であろう。いわば、具体的な歴史社会か ら みれば、社会主義 はむろん資本主義のア ンチテーゼ として歴史の桧舞台の うえ

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に登場 して きたのであるが、 しか し、 まさにそのア ンチテーゼの深層 には人間 た るゆえんの、 しか も人類社会 が存続 さえすれ ば、一 日た りとも捨 て られ ない 理想王国、言い換 えれ ば、つ ま りユー トピアへの憧れの情 が見 え隠れ している ので はあるまいか。 さらに敷術 していえば、近代産業社会 の発達、 とくに現代 ハ イテク社会 の到来 に したがい、元来有機 的共 同体 としての人 間社会が技術的 にアナ ログ化 され、人 間が技術至上主義 の虜 とな りいわ ゆる 「故郷喪失」の憂 苦症 に苦 しんでい る昨今 において、従来 よ り思想史上除 け者視 されが ちのユー トピアの思想 とその精神 は改 めて再確認 し見直 す必 要 が あ るので はあ る まい か。事実、具体 的 な中味 は ともか くとすれ ば、少 な くとも形式上、東西 の歴史 社会 において、ユー トピアの思想 とその精神 は絶 えることな く延々 と今 日まで 引 き続 いて きてい るわ けであ る。仏教 にお ける 「六欲天」思想、中国思想 にお ける桃源郷 言説 とその心性 、 さらにプラ トンの F理想 国』か ら トーマス ・モア の 『ユー トピア』 をへて、エル ンス ト・プロツホの 『ユー トピアの精神』 にい た るものな どは、 いずれ もその証 だ とみて よか ろう。 まさに、オスカー ・ワイ ル ドがかつて 『社会主義下 の人 間の魂』とい う著書 の中 において書 いた とお り、

「ユー トピアを含 まない世界地 図 は一瞥 にす ら値 しない。 なぜ な らそ こには人 間性 がつね に立 ち寄 る国が欠 けてい るか らである。人 間性 が そ こに立 ち寄 る と き、 それ は外 に目を向 け、 よ り良 き世界 を目にして、出帆す る。進歩 とはユー トピアの実現 であ る」 (オ スカー ・ワイル ド全集第 四巻、青土社

、1 9 89

年。 ここ で は、月森左知訳 、ルイス ・マ ンス フォー ド著 『ユー トピアの思想史的省察』、

新評論

、1 9 97

、3 5

頁か らの孫 引 き)0

すなわち、一言でいえば、生産手段 の私有 を本 とす る資本 主義 と生産手段 の 社会所有 (公有) を本 とす る社会主義 との根本的 な違 いは、 その現実 における 様 々 な実践 の次元 にある とい うよ り、 その 目指 してい る、 また は確信 してい る あ りうべ き未来像 にある とい うべ きであ る。 そ うい う意味で、全人類 の解放 を 夢 み、道徳 の王国 と永遠 な正義 と (共産 主義社会) を実現 させ よう とす る社会

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民衆 ・社会主義及び現代 中国

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主義 は、 まざれ もな くす ぐれてユー トピア的だ と言 えるだ ろ う。確 か に、既存 の社会主義国家 の一連 の 「大 いなる失敗」が げんに見 られてい るが、 しか し一 方、最近見 られた ように、 ヨーロ ッパで社会主義 を標樺 す る政 治集 団 (政党) が権 力の座 に返 り咲 く現象が現れて きたの も歴然 とした事実で あ る。 それがた とえ特殊 な事例又 は一過性 的な現象だ として も、 そ うい う現象か らみて、未来 の人類社会 において も、如何 なる主義や レ トリックを主張 し用 い ようとす るか は関係 な く、今 日でみ られ る資本主義対社会主義 とい う二元対立 の社会構 図が ふたたび再現 され る可能性が十分 にある と言 えまいか。 それ は、 まさにわれわ れが人間であ り、 しか も人 間た るゆえんの社会 の中で、いつ まで も存続 してい こうとす る願望 を もってい る人 間だか らであ る。

最後 に、本書の理解 の一助 として著者 自身 について簡単 に紹介 してお こう。

著者 は、一九八二年秋、中国天津市 にある南開大学歴史系 (学部)卒業 し、 そ の後、上海 の復旦大学研究生院 (大学院) に進学 したが、 まもな く早稲 田大学 に留学す るため来 日した。一九九一年 に、 『石橋湛 山の思想史的研 究』 (早稲 田 大学 出版部、1

992

年) を以 て、早稲 田大学か ら文学博 士 の学位 を授与 され、 そ の後 同大学文学部助手 をへて、現在 岡山大学文学部助教授 として 日本近現代史 と現代 中国論 の教育 と研究 に精力的 に取 り組 んでい る。 ついで に言 うが、上述 の著書 と陶徳 民 (元米国マサチ ューセ ッツ州立 ブ リッジウォーター ・カレッジ 助教授 、現在関西大学助教授)著 『懐徳堂朱子学 の研究』(大 阪大学 出版会、1

994

午) は、管見 で は、戦後人文 ・社会科学領域 にお ける中国大 陸出身 の留 日学生

による日本語著書 の中でい ままで最 も優 れてい る ものだ と思 う。 なぜ な ら、 そ うい う著書 の中 に中国伝統史学 において ことに重 ん じられてい る「才、学、識」

(才能、学力 と識見。唐 の劉子玄が 『史通』 において提起 され る史学専攻者 の 三大要件) を兼 ね備 えた流風余静が み られ るのみな らず、 また それ らは、 目下 中国大 陸出身の学人 の一部 か ら蔑 ろにされがちの「史徳」 (清代 中期 の史家章学 誠 は 『文史通義 ・内第三』 において提起 され る史学者 の もう一 つの要件。 なお、

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彼 は、史徳 について、「徳 とい うものは何か。著書者 の心術 を謂 うな り」と定義 している) を も現 しているか らである。以上 をもって本書の評 とす るが、当否 いかんは、識者 は自ず とそれ を知 るだろうと思 う。

(本稿 は初校 の際、 日本語 の表現 について、山田史生氏 か らの貴重 な助言 をい ただ き、 ここに記 して謝意 を表す る。)

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