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戦後日本の生命保険業における企業形態

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戦後日本の生命保険業における企業形態

所有権理論による分析

姜 英 英

■アブストラクト

本稿の目的は,戦後日本の生命保険業に最適な企業形態が何であるのかを 検討することである。歴史的・制度的条件に即して,1945年から1995年まで の期間を 護送船団方式 の時代,1996年以降の期間を金融自由化の時代と 時期区分した。前者の時期において,多くの株式会社が相互会社への組織転 換を行った終戦直後の事例は,戦略的な意思決定であることを明らかにした。

さらに,所有権理論の枠組みを用いて分析した結果,この時期においては相 互会社形態と株式会社形態のいずれがより優れていたかを判別できなかった。

他方,生命保険システムの抜本的な見直しが進められている後者の時代につ いて,同様に所有権理論の枠組みを用いて検討した結果,株式会社のほうが より市場に適する企業形態となってきているという結論が導かれた。

■キーワード

生命保険,企業形態,所有権理論

1.はじめに

生命保険業の歴史では,様々な企業形態が登場している。たとえば,株式 会社形態をはじめとして,相互会社形態や協同組合形態など多様な企業形態 がみられる。しかし,時代によって主流となる企業形態が異なっている。主

*平成23年12月10日の日本保険学会関東部会報告による。

/平成24年

8月13日原稿受領。

(2)

流となる企業形態が変わると,既存の企業形態が主流の企業形態へと組織転 換を行うはずである。企業形態を転換することは簡単ではないので,この変 化を確認するためには長期的な観察が必要である。

19世紀末から20世紀半ば頃までのアメリカでは,相互会社形態が主流の企 業形態であった。そして確かに主要生保の多くは相互会社形態を採用してい た。ところが,19世紀80年代以降,相互会社から株式会社への組織転換が多 く見られるようになった。このことは,資本市場などの発達に伴い,アメリ カにおいて株式会社形態が主流の企業形態に転換した結果であると考えられ る。

企業の組織転換は,以下のような経営戦略の結果であると考えられる。つ まり,ある一定の歴史的条件の下では,生命保険会社にとって特定の企業形 態が効率的であるが,歴史的条件が変化すると,最適な企業形態が変わる。

そこで企業は最適な企業形態への組織転換を行うインセンティブをもつこと になる。保険会社の組織転換の意思決定は,現実にはより複雑なものである が,少なくともある歴史的・制度的条件のもとで転換する企業形態が最適で あるという判断がなければ,経営者は意思決定を下さないであろう。

ところで,戦後日本の生命保険会社による相互会社化については,必ずし も個別企業の自由な意思決定によるものではないという考え方もある。つま り占領下における

GHQ

(連合軍)の強い指導によるものだという主張であ る。ところがその後,相互会社形態が定着すると,生命保険業にとって相互 会社形態が本来的に最適な企業形態であるという主張が行われるようになっ た 。しかし,保険業の自由化の進展に伴い,生保の株式会社化が多く見ら れ,また新規参入会社のすべてが株式会社形態であることなどから,相互会 社形態に対して否定的な議論が目立つようにもなっている。とりわけ,相互 会社のコーポレート・ガバナンスの問題に対する批判が見られる。

本稿では,それぞれの時代に適した企業形態が異なるという仮説のもとに,

1995年を境目にして戦後の生命保険業を二つの時代に分けた。1995年までの 1) 生命保険実務講座:(第一巻)総説編 (1957)pp.315‑325を参照せよ。

(3)

期間を 護送船団方式 の時代,それ以降を金融自由化の時代と呼ぶ。前者 の時代について,以下の二点を中心に議論を展開したい。まず,敗戦直後に,

相互会社形態が選択されたことがどの程度個別企業の経営者の合理的な判断 であったのかを明らかにする。そのうえで,選択された相互会社形態が戦後 の生命保険システムにより適した企業形態であったか否かについて,実態を 踏まえながら検討する。続いて,生命保険システムに対する抜本的な見直し が進められている金融自由化の時代において,新しい歴史的・制度的条件に 適した企業形態が,依然として相互会社であるのかどうかについて考察した い。

本稿は5節によって構成される。第2節では企業形態に関する先行研究を レビューしながら,本稿の理論的枠組みである所有権理論について簡潔に説 明する。第3節は, 護送船団方式 の時代における最適な企業形態につい て,実態を踏まえて分析を行う。第4節では,金融自由化の時代における生 命保険市場に適した企業形態について,所有権理論を用いて検討する。最後 の節では,本稿の分析結果を要約し,本稿の残された課題について明らかに する。

2.本稿の理論枠組み

経済学において,企業という組織に関する研究は,1937年に発表された

Coaseの論文をきっかけに始められた。この論文では,Coaseがのちに 取

引コスト (

transaction cost

) という名で知られるようになった概念を初 めて提起し,企業という組織は市場を代替するもう一つ 取引の場 である と主張した。これを契機に,企業の本質(nature of the firm)や企業境界

(boundary of the firm)をめぐる研究が盛んに行われるようになった。特 に1970年代以降, 組織の経済学(organizational economics) と呼ばれ る分野が大きな発展を遂げている。

この分野における典型的な研究としては以下の二つが挙げられる。第一は,

2) 取引費用とも呼ばれている。

(4)

契約の不完備性に起因するインセンティブ問題を解決するために,契約の当 事者に投資資産の所有権を割り当てるという財産権アプローチ(property

approach

) である。第二は,企業を一連の契約の束とみなし,これらの契

 

約の当事者の間に生じるエージェンシー・コストの最適化に関心をもつエー ジェンシー理論のアプローチ である。これらの研究は,最初は製造業を初 めとする一般事業会社を対象とするものが多かった。しかし,理論の精緻化 に伴い,保険業にも応用されるようになっている。

たとえば,財産権のアプローチ,とりわけ保険契約のインセンティブ設計 という視点から,株式会社と相互会社との並存を解明しようとする論文とし て,Smith and Stutzer(1990),Doherty and Dionne(1993),Doherty

(1991)および

Hansmann

(1985)などが挙げられる。Smith and Stutzer

(1990)においては,保険料が実質的に事後的に精算される相互会社の有配 当契約および,保険料が事前的に決められる株式会社の無配当契約は,逆選 択の問題を有効に緩和できるというモデル分析と実証分析の結果が提示され ている 。これによると,低リスク者が相互会社から有配当契約,高リスク 者が株式会社から無配当契約を購入することとなる。

対照的に,Doherty and Dionne(1993)と

Doherty

(1991)は,同じく 保険契約にある情報の非対称性の問題を取扱っているが,逆の結果を示して いる。すなわち,リスクが分散されにくい場合,保険契約と企業の残余財産 請求権と一体化させたほうがより合理的であるため,相互会社はよりリスク の高い保険契約の引き受けにおいて,株式会社より効果的であるという結論 である。このほかに,Hansmann(1985)において,相互会社は生命保険契 約に関する不完全契約の問題を解決するための有効な手段であると指摘され ている。

3) このアプローチをより精 緻 な も の に し た 論 文 と し て は,Grossman and

Hart(1986)と Hart and Moore

(1990)がある。

 

4)

Jensen and Meckling(1976)を参照せよ。

5) 論文では,株式会社も有配当契約を取扱うことができるとの認識を示すうえ で,サンプルデータの期間中の無配当契約のみを取扱っている。

(5)

一方,エージェンシー理論のアプローチから保険会社に関する研究の うち,代表的なものとしては,Fama and Jensen(1983

a,

1983

b

)および

Mayers and Smith

(1981

,

1988

,

1992)がある。Fama and Jensen(1983

a,

1983

b

)は一般の金融相互機関における経営者の機会主義を如何にコントロ ールすべきかについて議論している。株式会社の場合は,資本市場のメカニ ズム,主にテイクオーバーの可能性によって抑制できると主張する一方,相 互会社の場合は,所有者が残余財産請求権の償還可能性を利用して,経営者 による機会主義の問題を軽減することでできると指摘している 。

これに対して,Mayers and Smith(1981

,

1988

,

1992)は保険契約者と 所有者,所有者と経営者との間にあるインセンティブ問題に着目し,それぞ れのインセンティブ問題の解決にかかるコストが企業形態の選択に影響を与 えるとしたうえで,経営者裁量権仮説を提起し,データによる検証を行って いる。その結果,相互会社は,経営者に大きな裁量権をもたせないような商 品ラインや資産運用を行うのに対して,株式会社の場合は,経営者により大 きな裁量権が求められる商品ラインや資産運用を行うという結論が実証され ている。

保険業における相互会社形態の存在意義について,助け合いという理念の 実現にふさわしい組織形態であるという説明がされることがある。しかし,

こうした理念とは別に経済学的な根拠もありうることがこれらの先行研究を 通して示されている。とりわけ財産権のアプローチは,保険契約をめぐる取 引が市場で行われる場合の取引コストに焦点を当てて,株式会社形態より相 互会社形態のほうが取引コストの節約に有効である場合があることを明らか にしている。また,エージェンシー理論のアプローチは,保険契約に関する 取引が内部化されることに伴って生じる組織のコストに注目し,相互会社が 株式会社と並存しうると分析している。

ところで,本稿の理論的枠組みとなる所有権理論(Hansmann(1996))

6) 保険契約の場合においては,解約控除があるので,償還可能性が制約されて いる。そのため,この手段による効果が限定的なものであると考えられる。

(6)

は,企業組織における所有権の配分という視点から,ある産業にある企業形 態が存在する経済的合理性を包括的に解明しようとするものである。この理 論によれば,取引を実現させる方法は二つがある。第一は市場メカニズムを 利用する方法である。すなわち市場契約を通して取引を実現させる。しかし,

市場の失敗などの問題によって市場契約の取引コストが割高となる場合があ る。そこで取引の当事者に当該企業の所有権を付与することによって,取引 を内部化し実現させるのが第二の方法である。言い換えれば,企業における 所有権の配分は,取引の市場契約コストを節約し,取引を実現させるための 手段にすぎない。

さらに

Hansmann

(1996)は,所有権の配分に伴って新たなコスト,す なわち所有権コストが生じてくると指摘している。このコストには,エージ ェンシー・コスト,所有者による集団意思決定のコストおよび企業の固有リ スクのベアリング・コストが含まれている。したがって,既存の所有権配分 が効率的であるか否かを考える際に,所有権の配分によって節約される市場 契約取引コストだけではなく,所有権の配分に伴う所有権コストも取り入れ て総合的に判断する必要がある。つまり,この二つのコストの和を最小化さ せる所有権配分が行われている企業は,最も効率的である。

財産権のアプローチは市場での取引コストに焦点を当てているのに対して,

エージェンシー理論のアプローチは取引が内部化された後に生じる取引コス ト,言い換えれば組織化のコストに重点をおいて考察している。これに対し て,所有権理論は前者のコストを市場契約取引コスト,後者のコストを所有 権コストの一つとして取り入れている点に特徴がある。

企業形態の経済的合理性を解明するために,所有権理論は一定の有効性を もっているものと考える 。この考え方によれば,市場環境や規制環境を初 めとする歴史的条件の変化は,企業形態における市場契約取引コストと所有

7) 所有権理論のより詳しい説明については,拙稿 保険会社の企業形態に関す る経済学的分析:所有権理論の視点から ( 損害保険研究 第71巻第4号,

2010年)を参考されたい。

(7)

権コストという構成要素に影響を及ぼすため,その時代に適合する企業形態 は歴史的に変化する。本稿では,このような理論的枠組みを用いて,生命保 険の企業形態の歴史的変遷を検討する。

3. 護送船団方式 時代の生命保険会社の企業形態

3.1 戦後の再建を契機とした企業形態の転換

敗戦直後の生命保険市場は,需要が縮小するなかで,供給側としてコスト の増加による保険料の引き上げを避けられないというジレンマに陥っていた。

保険産業の存続自体が危うくなっていたといってよい。こうした状況のなか で,国民に安定した保険サービスを供給できるシステムを構築するために,

一定の監督規制が欠かせないという認識が強くなっていた。戦時体制の下で 形成された保険規制システムが,大きな変更をされずそのまま戦後まで存続 した理由は,この認識にあった。

政府主導のもとで,戦後いちはやく生命保険業の復興に向けて一連の法的 整備が行われていた。たとえば,保険会社の資産と負債の整理を促進するこ とを目的として, 金融機関経理応急措置法 および 金融機関再建整備法 が公布・施行された。これらの法律の下で新旧勘定を分離することによって 不良な資産を整理が進められた。この過程において一部の生命保険会社では,

新たに第二会社を作り,新勘定にある保険契約をそれに包括移転するという 構想が生まれた。

その結果,多くの生命保険会社は短期間のうちに新会社の設立に着手した。

そこで企業形態の選択が大きな課題となった。株式会社のうち,四社を除い てすべて相互会社形態をとる第二会社を作ることにしたのに対して,既存の 相互会社は第二会社を作らず,新勘定増資のかたちで再建を図った 。なお,

株式会社形態をそのまま維持したのは,日本団体生命と大正生命および平和 生命と協栄生命との四社である 。

8) 第一生命,千代田生命と富国生命との3社である。

9) 日本団体生命と大正生命は戦争による損害が比較的小さかったため,再建を

(8)

第二会社の企業形態の選択については,GHQが指導したという説がある が,その裏づけとなる明確な論拠はない。しかしながら,それでもなお,

GHQによる民主化政策の推進は少なからず各生命保険会社の企業形態の選

択に関する意思決定に一定の影響を与えたことは否めない 。しかし,当時 の経済状況や市場環境を考えると,相互会社形態の選択は以下に述べる理由 から各生命保険会社の自主的な経営戦略によるものであると考えられる。

まず,戦後の生命保険市場の現状からみると,投資家にとって,生命保険 業が投資事業としての魅力が薄れていた。さらに,インフレの進行と資産家 に対する財産税などの課税政策の実施が,資産家に大きな打撃を与えた。そ のため,仮に新会社を株式会社形態としても,出資者が見つかりにくく,設 立に必要な資本を調達できない可能性が高かった。これに対して,相互会社 形態にした場合,基金による設立資金の確保で設立できるため,設立が比較 的容易であった 。

また,相互会社形態がもつ助け合いというイメージや非営利主義という理 念が,消費者に受け入れやすく,新契約の獲得に有利になるという思惑もあ

目的とする第二会社の設立が必要ではなかった。他方,平和生命と協栄生命は,

それぞれ株式会社である板谷生命と協栄生命再保険会社の第二会社として設立 された。板谷生命は元々小規模な企業であり,在外資産の喪失による損害がさ ほど大きくなかったほか,その大株主は,財閥系に所属するものではないこと から,当社の経営陣が最初から相互会社への組織転換を考えていなかったとい われている。これに対して,協栄生命は,実際に相互会社形態としての設立を 希望したものの,監督当局に認められなかった経緯がある。なおその前身であ る協栄生命再保険会社は,戦時中に準国家機関である生命保険中央会に吸収合 併されて,戦争保険の再保険の引受けを行っていた。敗戦後に,生命保険中央 会が解散されて,現在の協栄生命が設立された。

10) 財閥系企業とされた保険会社は,GHQの民主化政策によって制限会社と指 定され,資産処分などにおいて様々な制約が受けた。そのため,新会社の設立 にあたって,相互会社形態にすれば,制限会社として受けざるえない制約から 解放されるのではないかという思惑があったといわれている。

11) 相互会社の設立には,100人以上の社員を集めることも必要とされている。

これら社員は基金の拠出を申し込むこともできる。

(9)

った。戦後インフレの高進によって生命保険に対する信頼が著しく損なわれ ていたなかで,保険契約者が所有者である相互会社形態は,所有者が株主で ある株式会社形態より,消費者の理解を得られやすかった。GHQの経済民 主化政策の推進により,労働市場における民主化運動が盛んに行われるよう になっていた。生命保険会社では内勤職員や外務職員のそれぞれの労働組合 が設立され,会社間にわたる労働組合の連合も作られた。こうした民主化運 動の進行を背景に,第二会社の企業形態を相互会社形態にすることが従業員 をはじめとして,社会的に受け入れられやすかったと考えられる。

3.2 生命保険会社の経営目的の変質

生命保険業は復興期を経て,1950年代後半から新たな成長段階に入った 。 戦前と異なり,価格規制によって生命保険は基本的には同一商品・同一価格 となっていた。この時代には相互会社が会社数で圧倒的に多数を占める企業 形態であったが,少数の株式会社も並存していた。しかし,価格規制や配当 規制が行われていたため,保険株式会社は,企業形態の相違に基づいた経営 戦略を展開することが困難であった。

株式会社の場合は,株主利益最大化が経営目的であると想定される。しか し,この時期の株主配当性向からみると,これはこの時期の株式会社に,必 ずしもあてはまるとは限らない。すなわち,これらの株式会社の株主配当性 向は1990年代初めまで非常に低い水準であった。なかでも大正生命は1963年 から1973年まで10年間にわたって無配を続けていた。

一方,相互会社の所有者は保険契約者であり,保険契約者の利益を最大化 することが,企業の公式的な経営目的である。しかし,戦後の生命保険シス テムにおいて,相互会社の所有者として配分される企業の剰余,すなわち契 約者配当は,監督当局によって規制されていた。これにより,この時代の相 互会社の経営者は,所有者である保険契約者の利益を最大化させる行動を契

12) 生命保険会社全社の新契約高が1957年度,保有契約高が1958年度に戦前のレ ベルまで回復し,生保にとっての 戦後 は終わった。

(10)

約者配当の増加というかたちで示す必要はなかった。実際の契約者配当は,

会社ごとに異なっていた。しかしながら,監督当局が公表した配当情報にお いては,個別会社名が明らかにされていなかったため,どの会社が優れてい るのかを判別できない 。

ところで,監督当局の価格画一化政策によって,一部の効率的な保険会社 は超過利潤を享受できるようになった。これらの保険会社は,当局によって 決められた保険料率より低い価格で保険商品を提供できるようになっても,

直ちには保険料率の引き下げが認められないため,ほかの会社より大きな利 潤を得られることになる 。このような超過利潤は,価格競争が行われてい るならば,保険料の引き下げを通して保険契約者に帰属するものであろう。

図表1:株式会社における株主配当性向(=(株主配当額╱利益金)×100)

(出典: インシュアランス生命保険統計号 をもとに筆者作成)

13) 詳細については,佐藤(2012)pp.56‑57を参照せよ。

14) この超過利潤は レント とも呼ばれている。 レント が得られた会社に は,株式会社は存在しなかった。また レント の発生システムについて,よ り詳しい説明は,田村編著(2002)pp.28‑29を参照せよ。

ンター揃えは先 方指示 キャプションの フォントサイズ 下げ、出典のセ

(11)

にもかかわらず,実際にはこれらの会社に内部留保された。内部留保された 超過利潤は,保有契約高の最大化を目的とする販売チャネルの投資に利用さ れていたという見解がある 。こうした超過利潤を販売競争力の強化に投じ るという経営戦略は,相互会社および株式会社の所有者の利益最大化の実現 と必ずしも一致しているわけではない。

たとえば,このような経営戦略は,コア従業員の生涯所得の最大化が目的 であるという説がある 。コア従業員とは,将来に昇進の可能性がある従業 員のことである。内部昇進制度のもとでは,経営者とコア従業員との利害関 係が一致し,コア従業員は経営者に従うと同時に経営者の意思決定に影響を 及ぼすようになったと考えられる 。

コア従業員または経営者にとって,在職期間中の報酬だけではなく,退職 後に長期的かつ安定的な保障をもらえることが重要である。すなわち,コア 従業員の生涯所得の最大化が重要な課題となる。これを実現するために,企 業の長期的な発展は必要不可欠である。戦後の生命保険会社において,この 目的を達成する方法が,新規契約の獲得と保有契約高の増大である。このよ うに考えると,超過利潤を販売チャネルの拡充に投じるという保険会社の行 動は,コア従業員の利益を最大化させる行動であると理解することができる。

このような解釈が妥当であるとすれば,戦後の監督規制政策の下で,生命保 険会社は,所有者利益の最大化という経営目的から逸脱していたものといえ る。

15) 超過利潤の処分に関する詳細な分析は,米山(1997)pp.79‑81を参照せよ。

16) 日本の生保相互会社の行動仮説の詳細については,小宮(1989)を参照せよ。

17) 日本企業における長期雇用慣行は,従業員が企業に対するコントロール権を 持つことを可能にした。すなわち,日本的雇用システムにおいて,従業員は,

企業の所有者と同様に企業に対するコントロール権を持っている。換言すれば,

こうした日本企業においては, 双対的コントロール が働いている可能性が ある(青木・奥野(2007)pp.187‑200を参照)。

(12)

3.3 所有権理論からみた最適な企業形態

戦後の同一商品・同一価格という保険システムの下では,価格競争のメカ ニズムが機能しなかった。したがって,規制によって価格競争が不完全なも のとなり,保険契約者は少なくとも表定保険料レベルでは割高な保険料を徴 収されていた。このことは,保険契約をめぐる市場契約取引コストを割高に する大きな要因であった。

このような市場を前提に考えると,株式会社から無配当保険を購入すれば,

割高な市場契約取引コストを負う危険性がある。しかしながら,保険契約者 が相互会社から保険契約を購入すれば,余分に徴収された保険料の一部は,

契約者配当のかたちで保険契約者に事後的に還元される。ところが,戦後の 保険行政は,契約者配当についても規制を課していたため,保険契約者に直 接に還元できる部分は制限され,保険会社の内部に留保されてしまった。そ の結果,相互会社の商品において達成されることを期待された市場契約取引 コストの節約効果は,極めて限定的なものとなった。

Hansmann

(1996)によれば,企業形態の効率性を決定する要素は,市場 契約取引コストだけではない。所有権を特定のパトロンに付与することによ って生じる 所有権コスト も重要な要素である。そこで,この時代の生命 保険会社における所有権コストについて確認してみよう。なお,前述したよ うに所有権コストを構成する要素として,エージェンシー・コストと集団意 思決定コストおよび企業の固有リスクのベアリング・コストが考えられる。

まず,エージェンシー・コストについて,企業形態の相違に起因する差異 はほとんど存在しなかったと考えられる。当時の株式会社は上場していなか ったので,資本市場による規律が大きかったとはいえない。また厳格な規制 環境の下において,株式会社の所有者である株主,および相互会社の所有者 である保険契約者は,経営者をモニタリングするインセンティブを強くもつ 必要がなかった。このように監督規制は,所有者の代わりに経営者をモニタ リングするメカニズムとみなすことができる。

戦後の保険行政は,商品に関する規制のほかに,保険会社の資産運用や利

(13)

益処分などについても厳しい規制を課していた。このことは,会社経営に関 する経営者の裁量権が大きく制限されることを意味する。結果的にこうした 規制政策は,経営者の機会主義を抑止する効果があると同時に,会社の所有 者にかわって経営者の行動をモニタリングする機能もあった。さらに,従業 員の終身雇用や経営者の内部昇進制度という日本的雇用システムも,経営者 による機会主義の抑止や経営に対するモニタリングのメカニズムとして,一 定の効果を発揮した。これらのメカニズムは,株式会社と相互会社の違いを 問わず共通したものであった。

次に,所有者による集団意思決定のコストについて考えてみよう。結論的 にいえば,企業形態による相違はなかったと考えられる。一般的には所有者 は,取締役会の選出や企業利益の分配または企業の清算や吸収合併をはじめ とする重大事項に限って集団的な意思決定を行う必要がある。しかし,これ らの重大事項は,すべて監督当局の厳しい規制の下に置かれていたため,た とえ所有者による非効率的な集団意思決定が行われたとしても,最終的に監 督当局によって是正される。実際に当時の株式会社は上場しておらず,一般 株主の影響力が弱く,効率的な集団意思決定を行っていたとは考えられにく い。他方,相互会社は,1980年代後半までに社員総会を開催することが少な く,社員自治の形骸化が社会問題として大きく取りあげられていた 。

さらに,厳格な規制のもとで,生命保険会社の破綻リスクは,無視できる ほど小さいものとなった。この意味において,企業の固有リスクのベアリン グ・コストについては,相互会社と株式会社との間で大きく異なっていなか ったといえる。しかし,実際上においては,株式会社は上場しておらず,外 部ガバナンスが監督規制にのみ委ねられていたため,破綻リスクは主観的に は株式会社のほうが大きかったと思われる。また,相互会社は,公式的には 18) 1980年代以降,相互会社の管理・運営の実態に関する批判的検討が盛んに行 われるようになった。1989年5月26日に,大蔵省銀行局保険部長主催の保険問 題研究会は 相互会社運営の改善について と題する報告書を取りまとめ,相 互会社の社員自治問題の改善について提言した。また保険審議会においても,

こうした問題について検討を重ねていた。

(14)

保険金削減規定を利用して,固有の保険引受けリスクを軽減することができ るのに対して,上場していない株式会社は,資本市場を通じて保険引受けリ スクのベアリングを行う効果が限定的であった。

したがって,Hansmann(1996)の所有権理論に踏まえ,市場契約取引コ ストと所有権コストを総合的に考えれば,この時代において,相互会社と株 式会社のいずれが効率的な企業形態であるかについては,判別できない。

4.金融自由化の時代における生命保険会社の企業形態

4.1 生命保険業を取り巻く経営環境の変化

1985年のプラザ合意によって,円高が急速に進んだにもかかわらず,国内 では低金利政策が継続された。低金利政策は,不動産や株式などに対する投 機ブームを生み出し,日本経済にバブル景気をもたらした。こうした経済環 境の変化は,生命保険業に大きな影響を及ぼした。個人保有の金融資産が急 激に増大し,消費者の金利選好の意識が高まり,いわゆる金融商品といわれ る保険商品が注目されるようになった。

こうした消費者のニーズに合わせて,1986年10月に変額保険が発売された。

これに続いて金融商品が続々と保険市場に登場した。その結果,保険会社の 契約ポートフォリオに大きな変化が見られるようになった。さらに,金融市 場の自由化の進展は,生命保険会社の資産運用にも影響を与えた。下記の図 表2で示されているように,1980年代の生命保険会社の資産構成は,貸付金 の割合を減らし,有価証券の割合を増大させていた。有価証券のうち,特に 外国証券の割合の増加が大きかった。

(15)

こうした生命保険市場に起きた変化は,戦後の生命保険システムの抜本的 な変革を引き起こすものではなかった。しかし,80年代末のバブル経済の崩 壊を契機に,日本の金融システム全般の変革が始まった。1995年の保険業法 の改正によって戦後の保険行政が大きく転換されることとなり,生命保険業 は組織的競争の時代から金融自由化の時代に転換した。新しい時代における 保険行政は,保険契約者により効率的に保険サービスを提供するために,保 険商品の設計や保険価格の設定および募集チャネルや他事業への進出などを 規制緩和の対象にし,自由競争の導入によって効率性の向上を図るものであ った。

4.2 保険会社における所有権コストの変化

1996年の新保険業法の施行およびその後の改正は,保険会社の企業形態を めぐるコスト構造に大きな影響を及ぼしている。そのうち,相互会社形態の コスト構造に不利に働くような改正内容を示せば以下のとおりである。相互

(出典: 第一生命百年史

p.

559

,

709をもとに加筆) 図表2:生命保険会社全社における資産構成の推移(%)

キ プションの

ンター揃えは先 方指示 フォントサイズ 下げ、出典の

(16)

会社における保険金削減規定を廃止したこと,および破たん前の契約条件の 変更について,株式会社に対しても容認したことである。さらに,相互会社 の株式会社化に関する法的整備が整えられた。これまでは,相互会社が株式 会社に転換する規定がなかった。また,相互会社における非社員契約の販売 が制限付きで認められることになった 。これらについて少し説明しておき たい。

相互会社の場合,保険引き受けリスクをベアリングする手段は,保険金の 削減規定である。この規定の廃止は,相互会社の所有者の残余財産の請求権 に伴うコストを割高なものとした。その結果,固有リスクのベアリングにお ける相互会社形態の優位性が減る 。さらに,破たん前に既契約の予定利率 の引き下げなどの契約条件の変更を,企業形態を問わず容認したことは,株 式会社形態における固有リスクのベアリング・コストを低下させた。また,

相互会社における非社員契約の販売によって,保険契約者と所有者との間に 新たな利害衝突を生じさせる可能性を生むことになった。このように保険業 法の改正は,相互会社形態が本来もっている優位性を発揮しにくくなる条件 を生みだした。

さらに,保険技術の進歩や資本市場の発展および消費者ニーズの変化など,

保険事業を巡る市場環境も株式会社形態に有利に働くような傾向を見せてい る。たとえば,近年における目覚しい金融工学技術の進歩により,保険会社 はこれを利用して,伝統的な保険商品をさらに進化させたり,あるいはより 複合的な保険商品を開発したりすることができるようになった。そうするこ とで,事業経営においてより多くの選択肢をもつようになった。戦略展開の 迅速性において,株式会社形態は,相互会社形態より柔軟性をもっている。

19) 保険業法施行規則第三十三条によれば,非社員契約の割合が二割を超えては ならない。

20) 保険金削減規定は,法的に存在したとしても,現実には使われることのない 死文 であるという考え方もある。しかし現実に使われているかどうかにつ いては,その時点での歴史的条件によるものであり,この規定が 死文 であ ると断定することは難しい。

(17)

また,資本市場の発展につれて,資本調達の手段が多様化し,資本調達コス トがより低下する傾向がみられる。

他方,生命保険市場の成熟化 に伴い,伝統的な生命保険商品に対する 需要が減少しつつある 。また情報通信技術の発展と相まって,商品価格な どに関する情報収集コストがより安くなっており,保険会社間の競争が激し さを増している。一般的には市場競争の激化は,企業形態を問わず,すべて の保険会社に経営の効率性を向上しようとするインセンティブを与える。し かし,それと同時に,市場競争の戦略や資産運用などに関する経営者の意思 決定をモニタリングするメカニズムの構築や強化が一層重要になる。

資本市場の発展や金融自由化の推進に伴って,株式の持ち合い制度が解消 されつつあり,経営者に対しての株主によるモニタリング・メカニズムが以 前と比べ,かなり改善されている。対照的に,相互会社の経営者に対するモ ニタリング・メカニズムは,依然として効果的に機能していないという批判 もある。そのうえ,相互会社の形骸化したモニタリング・メカニズムを補完 する役割を果たしてきたと考えられる日本的雇用制度もバブル経済の崩壊や 自由化の進展に伴って崩れ始めている。ゆえに,エージェンシー・コストに ついて,相互会社は株式会社より高くなっているといえる。

そして,所有者による集団意思決定のコストについても,相互会社は株式 会社と比べよりかかる可能性が高いと考えられる。まず,規制緩和の推進に よって経営者の裁量権が大きくなる一方,所有者の集団意思決定が求められ ることが多くなっている。こうしたなか,多様化した消費者のニーズに対応 する結果として,保険会社の保有契約ポートフォリオが複雑になり,相互会 社における契約者間の異質性の問題が深刻化する恐れは否めない。その結果,

比較的同質性の高い所有者をもつ株式会社は,集団意思決定コストにおいて 21) 生命保険文化センターの 平成21年度 生命保険に関する全国実態調査

によると,民保や簡保および

JA,生協,全労済共済を含めた世帯加入率は

90.3%である。

22) 医療保険や介護保険などのような新種保険は,依然として需要が大きいと考 えられる。

(18)

相互会社より有利になると考えられる。

以上をまとめてみると,株式会社形態は,所有権コストにおいて相対的に 優位にあることが分かった。ところで,市場契約取引コストの観点からみた 場合,金融自由化の時代においては,保険に関する知識が相当に普及されて おり,市場自体も非常に競争的になりつつある。そのため,保険契約をめぐ る市場契約取引コストの節約の観点において,相互会社形態の優位性の重要 性が小さくなっている。したがって,所有権理論の枠組みで総合的に考えれ ば,この時代の生命保険市場にとってより優れた企業形態は,相互会社形態 ではなく株式会社形態である。

5.終わりに

本稿は,戦後日本の生命保険業における企業形態のコスト構造の変化につ いて,所有権理論の枠組みを用いて,分析を行った。敗戦直後から保険業法 の改正が行われた1995年までの期間を 護送船団方式 の時代,1996年以降 の期間を金融自由化の時代と区分して,それぞれの時代の生命保険市場によ り適した企業形態を検討した。結論だけを示せば,前者の場合は判別不能で あり,後者の場合は株式会社形態が適切な企業形態であった。

この検討の結果,戦後の70年代に現われた 相互会社は,保険事業に特有 な企業形態であるが,なかでも生命保険事業に最も適した経営形態である という主張 が必ずしも正しくないことを明らかにした。生命保険業にと って最適な企業形態は,歴史的条件の変化に伴って変わるのである。

本稿は主に理論的な分析や検討にとどまっているため,より説得力のある 結論を示すには,データによる実証分析が欠かせない。たとえば,いわゆる 主流の企業形態に転換した保険会社がより効率的になったのかについては,

計量的な手法による検証を行う必要がある。これらの残された課題について は,今後の研究課題としたい。

(筆者は一橋大学商学研究科特任講師) 23) 新生命保険実務講座:(第1巻)総説

p.

261。

(19)

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