平成22 年度 修士論文
温帯広葉樹の葉組織中の 酸素安定同位体比の季節変化
三重大学大学院 生物資源学研究科 共生環境学科 自然環境システム学講座 緑環境計画学研究室 隠岐 健児
目次
第1章 はじめに 1
第2章 葉組織中のセルロースと葉の全有機物の酸素安定同位体比 2
2-1 安定同位体比 2
2-2 葉の中の水の酸素安定同位体濃縮(D18OLW) 3
2-3 セルロース合成の際のトリオーリン酸と葉内水のあいだでの酸素原子の交換 3 2-4 葉組織中のセルロースと葉の全有機物の酸素安定同位体比(d18O) 4
第3章 解析手法 6
3-1 調査地と対象樹種 6
3-2 環境条件の測定 7
3-3 個葉の蒸散速度,気孔コンダクタンスの測定 7
3-4 サンプリング方法 7
3-5 セルロース抽出の方法 7
3-6 葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体比(d18O) 8
3-7 茎の中の水の酸素安定同位体比(d18O) 8
3-8 葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の 酸素安定同位体濃縮(D18OC,D18OOM) 8
3-9 個葉の光合成速度の測定 9
3-10 葉面積,葉の乾燥重量,単位葉面積あたりの乾燥重量(LMA)の測定 9
第4章 結果 10
4-1 環境条件 10
4-2 個葉の蒸散速度,気孔コンダクタンス 12
4-3 葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体比(d18O) 15
4-4 茎内水の酸素安定同位体比(d18O) 17
4-5 葉組織中のセルロースおよび 葉の全有機物の酸素安定同位体濃縮(D18OC,D18OOM) 18
4-6 個葉の光合成速度 21
4-7 葉面積,葉の乾燥重量,単位葉面積あたりの乾燥重量(LMA) 21
第5章 考察 24
5-1 葉組織中のセルロースのd18Oの季節変動 24
5-2 葉組織中のセルロースの酸素安定同位体濃縮(D18OC)の季節変動の要因 27
5-3 葉の全有機物の酸素安定同位体濃縮(D18OOM)の季節変動の要因 30
第6章 結論 34
謝辞 35
引用文献 36
第1章 はじめに
葉内の水の酸素安定同位体比(d18O)は蒸散に伴って変化するため,短期的な蒸散特性 の指標となることが理論と室内実験により示されている(Farquhar et al., 1998など).さら に,セルロース合成の際に葉内の水とセルロースのカルボニル基との間で酸素原子の交換 が起こるため,葉組織中のセルロースのd18Oやセルロースを含む葉の全有機物のd18Oは長 期平均的な蒸散特性を反映していると考えられている(Barbour et al., 2004など).
葉は一日で形成されるわけではないので,葉の有機物の安定同位体比は日々の変動の履 歴を蓄積した長期平均的な情報を持つと考えられる.したがって,一度のサンプリングで 長期平均的な特性が評価できることになり,海外の砂漠など頻繁に観測を行うことが困難 な地域でも適用可能である.現地での作業が葉を採取するだけで簡単なので,マングロー ブ林や乾燥地など電子精密機器を用いた観測が困難な場所でも有効である.したがって,
海岸や乾燥地などでの緑化における植栽樹種の選択や植栽後の水管理などに応用可能であ る.また一度にたくさんの数のサンプルが分析できるので,多点や多種間,多個体間の比 較にも有効である.これは例えば,熱帯雨林のような多様な樹種・樹高からなる森林にお いて炭素収支を推定する際の葉のガス交換特性の空間的・時間的不均一性の評価に応用可 能であると考えられる.
しかし,葉組織中のd18Oを用いて蒸散特性を評価する手法はまだ確立されていない.例 えば,上で長期平均的な情報が得られると記したが,どれぐらいの期間かはわかっていな い.
気温や湿度などの環境を一定にコントロールした条件の植物では,蒸散量と葉内水や有 機物のd18Oの関係が明らかにされつつあるが(Barbour & Farquhar, 2000; Barbour et al. 2000;
Helliker & Ehleringer, 2002など),環境が刻々と変動する野外の植物におけるそれらの関係
は明らかにされていない.葉の有機物中のd18Oは展葉期にはどのように変動するのか,葉 の構造が見かけ上完成したのちは変化しないのかなど不明な点が多く残されている.
そこで本研究では,葉の全有機物のd18Oから蒸散特性を評価する手法を自然環境の植物 に適用するための条件を明らかにすることを目指し,自然環境に生育する植物の葉組織中 のセルロースのd18Oと葉の全有機物のd18Oの長期間にわたる季節変動を観測し,その決定 要因を考察した.
第2章 葉組織中のセルロースと葉の全有機物の酸素安定同位体比
2-1 安定同位体比
同位体とは陽子の数は同じだが,中性子の数が異なるため質量が異なる原子のことをい う.同位体には不安定で時間が経つと放射能を発して原子番号が変わっていく放射性同位 体と,安定して存在する安定同位体がある.
生態系の研究に最も広く使用されているのは,水素(H),炭素(C),窒素(N),酸素(O) の4種類の安定同位体で,本研究では酸素の安定同位体を利用して解析を行った.酸素に は16O ,17O,18Oの安定同位体が存在し,自然界における存在比は16O:17O:18O=99.763:
0.037:0.200である.
ある物質において,相変化や化学反応の前後で安定同位体の存在比率が変化することを 同位体分別という.これを利用して生態系におけるさまざまな現象を解析することができ る.
安定同位体の存在比率(R)は質量数の小さい同位体に対する質量数の大きい同位体の 存在比率で表される.酸素の安定同位体の存在比率(18R)は,
O / O 16
18
18R= (2-1-1)
と表せる.
元素のなかでもある1つの安定同位体の存在比が高く,その他の安定同位体の存在比は 極めて小さい.そのためサンプルに含まれる安定同位体の絶対量を正確に測定することは 困難だが,安定同位体の存在比率が既知である国際標準試料と比較することによって,サ ンプルの同位体の存在比率を正確に測定することができる.したがってサンプル中の安定 同位体の存在比率を,標準物質中の安定同位体の存在比率からの偏差で表す安定同位体比
(d値)を用いる.
酸素についての安定同位体比は
1000 1
O
standard sample
18 ÷÷ø´
çç ö è
æ -
=
d R
R (2-1-2)
と表される.ここでd18Oは酸素の安定同位体比(‰),Rsampleはサンプル中の安定同位体の 存在比率,Rstandardは標準物質の安定同位体の存在比率を示す.
酸素の国際標準試料にはSMOW(Standard Mean Ocean Water)とよばれる標準海水が用 いられていたが,現在はIAEA(International Atomic Energy Agency)が配布しているV-SMOW
(Vienna- Standard Mean Ocean Water)が使われている.
国際標準試料は希少であるため実際の測定には,国際標準試料に対して安定同位体比が
既知である標準物質を用いた.
2-2 葉の中の水の酸素安定同位体濃縮(D18OLW)
葉の中の水(以下,葉内水)の酸素安定同位体比(d18O)は蒸散の影響を受けて変動し ている.したがって,葉内水のd18Oは瞬間的な蒸散特性の指標となることが理論や室内実 験などにより示されている(Farquhar et al., 1998など).葉内水の同位体濃縮(D18OLW)は 根から吸水した水のd18Oと蒸散によって変化した葉内水のd18Oとの差で定義される.
D18OLW = d18Oleaf water−d18Osource water (‰) (2-2-1)
ここで,d18Oleaf waterは葉内水の酸素安定同位体比,d18Osource waterは給水した水の酸素安定同 位体比である.ただし,d18Osource waterと茎の中の水(以下,茎内水)のd18O の値がほとん ど変わらないことが実験により確認されていることから(Yakir, 1992),本研究では茎内水 の酸素安定同位体比(d18Ostem water)がd18Osource waterと等しいとし,次式を用いてD18OLWを算 出した.
D18OLW = d18Oleaf water−d18Ostem water (‰) (2-2-2)
2-3 セルロース合成の際のトリオーリン酸と葉内水のあいだでの酸素原子の交換
セルロースが合成される際に,中間物質であるトリオースリン酸のカルボニル基と葉内 水のあいだで酸素原子の交換が起こる(Hill et al.,1995)(図2-2-1.).1度セルロースが合成 されると酸素原子の交換は起こらないため,葉組織中のセルロースのd18Oは葉が形成され るまでの長期にわたる葉内水のd18Oを反映していると考えられている(Barbour & Farquhar, 2000; Barbour et al., 2004など).
図2-2-1. カルボニル基と水分子の間での酸素原子の交換
葉組織中のセルロースの同位体濃縮(D18OC)は葉組織中のセルロースのd18O と茎内水 のd18Oとの差で定義される.
D18OC = d18Ocellulose−d18Ostem water (‰) (2-3-1)
ここで,d18Ocelluloseは葉組織中のセルロースの酸素安定同位体比,d18Ostem waterは茎内水の 酸素安定同位体比である.
現在Barbour & Farquhar(2000)では葉組織中のセルロースのD18OCと葉内水のD18OLWは 次式の関係にあると提案されている.
D18OC = D18OLW (1−PexPx) + ewc (‰) (2-3-2)
ここで,Pexはセルロースとセルロース合成サイトの水の酸素原子の交換率,Pxはセルロー ス合成サイトの水のうち同位体濃縮を受けてない水の割合を表す.また,ewcはカルボニル 基 と水 の酸 素原 子 の 平衡 同位 体効 果を 表し ,ewc=27‰ の実 験値が 提案され てい る
(Sternberg & DeNiro 1983).
2-4 葉組織中のセルロースと葉の全有機物の酸素安定同位体比(d18O)
葉は骨格を形成する構造部分とそれ以外の糖などの有機物(非構造部分)で構成されて いる.さらに構造部分はセルロースとセルロース以外の構造部分(リグニン,ヘミセルロ ースなど)に分けられる(図2-4-1).
リグニン 多糖類
タンパク質 脂質
炭水化物 等
その他の
構造部分 非構造部分
セル ロース
構造部分
f g
図2-4-1. 葉の構造の模式図
葉の全有機物の同位体濃縮(D18OOM)は葉の全有機物のd18Oと茎内水のd18Oとの差で定
義される.
D18OOM = d18Oorganic matter−d18Ostem water (‰) (2-4-1)
ここで,d18Oorganic matterは葉の全有機物の酸素安定同位体比,d18Ostem waterは茎内水の酸素 安定同位体比である.
葉の全有機物のD18OはセルロースのD18O,セルロース以外の構造部分のD18O,非構造部 分のD18Oとその三者の割合で決まると考えられる.
D18Oom = f・D18OC + g・D18Oother-st + (1-f-g)・D18Onon-st (2-4-2)
ここで葉全体の葉重量を1としたとき,fは全葉重量に占めるセルロースの割合,gは全 葉重量に占めるセルロース以外の構造部分の割合,D18OC,D18Oother-st,D18Onon-stはそれぞれ 葉組織中のセルロースのd18O,セルロース以外の構造部分のd18O,非構造部分のd18Oと茎 の中の水のd18Oとの差を表す.
D18OC = d18OCellulose−d18Ostem water (‰) (2-4-3)
D18Oother-st= d18Oother-structural compounds−d18Ostem water (‰) (2-4-4)
D18Onon-st = d18Onon-structural compounds−d18Ostem water (‰) (2-4-5)
第3章 解析手法
3-1 調査地と対象樹種
本研究の調査は,三重県津市にある三重大学の生物資源学部棟前庭において,2009年の 6月から2010年の10月に行った.2009年6月から2009年12月までは1ヶ月に1度,2010 年3月から2010年5月までは4日に1度,2010年6月から2010年10月までは1ヶ月に2 度の頻度で観測とサンプリングを行った.2009年6月から2009年12月までは各日12:00
〜13:00,2010年3月から2010年10月までは各日10:00〜11:00に観測を行った.表 3-1-1 に三重県津市にある津地方気象台で1971〜2000年に観測された気象データを示す.年平均
気温は15.5℃,年平均降水量は1650.3mmである.
本研究では落葉広葉樹のサクラ(Prunus X yedonesis Matsum.)3個体と,常緑広葉樹の クスノキ(Cinnamomum camphora Linn.)2個体を調査対象とした.
図 3-1-1 観測地の位置
表 3-1-1 津の気候(津地方気象台観測データより)
Jan. Feb. Mar. Apr. May. Jun. Jul. Aug. Sep. Oct. Nov. Dec. Annual
降水量(mm) 41 61.3 110.1 145.1 166.3 213.1 209.3 155 286.6 139 89.2 34.4 1650.3
平均気温(℃) 5.1 5.1 8.1 13.6 18.2 22 25.9 27.1 23.4 17.7 12.3 7.4 15.5
相対湿度(%) 63 63 63 67 71 77 79 76 75 70 67 65 70
風速(m/s) 4.7 4.9 4.9 4.4 4.3 4 3.8 4.2 4 3.7 3.9 4.3 4.2
日照時間(時間) 163.9 154.6 175.2 180.4 191.4 143.6 176.1 203.3 143.6 160.8 156.1 169.7 2018.8
3-2 環境条件の測定
観測日の気温と相対湿度を温湿度センサー(Themo Recoder RS –12,Espec),光合成有効 放射量(PAR)を簡易光量子計(UZ-PAR,Prede)を用いて10分おきに測定した.飽差は携帯式 蒸散測定装置(LI-1600, Li-Cor)から得られた気温,葉温,相対湿度から計算した.
また2010年4月から気温,相対湿度,PARを10分おきに連続自記測定した.
3-3 個葉の蒸散速度,気孔コンダクタンスの測定
サクラ,クスノキともに各個体から面積の大きい(展葉が進行している)葉を3枚選び,
個葉の蒸散速度と気孔コンダクタンスを携帯式蒸散測定装置(Li-1600, Li-Cor)を用いて測 定した.葉面積あたりの蒸発散速度を算出するため,携帯式蒸散測定装置のチャンバーで 挟まれた状態で葉の写真を撮影し,葉面積ソフト (LIA for WIN32) を用いて葉面積を算出 した.
3-4 サンプリング方法
個葉の蒸散速度を測定した葉とその周囲の葉を30ccのガラスバイアルに採取した.また,
採取した葉がついた茎を30ccのガラスバイアルに採取した.さらに展葉が進行している葉 を各個体から10枚ほど選び, 80℃のオーブンで48時間乾燥させ,粉末化・均一化した.
3-5 セルロース抽出の方法
まず粉末化した葉の全有機物から非構造部分の物質とリグニンを溶出除去し,ホロセル ロース(セルロースとヘミセルロースを合わせてホロセルロースと称する)を得た.ホロ セルロースを抽出するさいにワイズ法と言われる亜塩素酸塩法を用いた.まず葉有機物試 料30mgに対し蒸留水を1.5ml加え,そこに亜塩素酸ナトリウムを10mg加えた.その後5%
酢酸を0.04ml加えて反応させることでリグニンを溶出除去した.80℃のオーブンで温めな
がら反応している黄色の液が透明になるのを待ち,液が透明になっているのを確認したら,
サンプルを吸わないように気を付けながらピペットで上澄み液のみ捨てた.この蒸留水と 亜塩素酸ナトリウムと酢酸を加え,捨てる作業を2回ほど繰り返した.試料が透明になっ ているのを確認したら,上澄み液を捨て蒸留水を注いで捨てる洗浄作業を2〜3回行った.
その後エタノールを加えてオーブンで揮発させ,ホロセルロースを得た.
次に得られたホロセルロースからヘミセルロースを溶出除去し,αーセルロースを得た.
得られたホロセルロース10mgに25%水酸化ナトリウム溶液0.175ml加え5分待った.そ の後ガラス棒で押し潰し,約30分間放置した.30分経ったら蒸留水を加え1分間混ぜた.
5分間放置し,上澄み液を捨てて,蒸留水で洗浄した.0.1規定の塩酸をピペットで極めて 少量ずつ入れ,pH試験紙を使って確認しながらpH7になるまで中和させた.中和後蒸留 水で洗浄し,乾燥機で乾燥させαーセルロースを得た.
3-6 葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体比(d18O)の測定
抽出した葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体比(d18O)は,総 合地球環境学研究所が所有する熱分解式元素分析計(TC/EA,Thermo Fisher Scientific)−
質量分析計(Delta-plus-XP,Thermo Fisher Scientific)システムおよび三重大学生物資源学 研究科が所有する熱分解式元素分析計(TC/EA,Thermo Fisher Scientific)−質量分析計
(Delta-V,Thermo Fisher Scientific)システムを用いて測定を行った.抽出した葉組織中の セルロースと粉末化した葉の全有機物のサンプルを銀箔で包み,ヘリウム気流中で1350℃
で熱分解させた.サンプル中の酸素は一酸化炭素ガスになり,ヘリウムキャリアーガスと ともに質量分析計に導入され,酸素安定同位体比の測定が行われる.
本研究ではV-SMOW(Vienna- Standard Mean Ocean Water)に対してd18O が既知である Merck celluloseを標準物質として用いた.Merck celluloseのd18O は28.03 ‰で,測定した際 の測定精度は0.466‰である.
3-7 茎の中の水の酸素安定同位体比(d18O)の測定
バイアルに採取したサクラとクスノキの枝から,真空蒸留法によりサンプル中の水を抽 出した.サンプルをセットし液体窒素でサンプルを凍結させた後,抽出ライン内をポンプ により真空にした状態で,サンプルをヒーターで暖めて水を蒸発させ,もう一方のトラッ プ管を液体窒素で冷却し水を氷結させることで水を抽出した.
得られた水の酸素安定同位体比(d18O)は京都大学生態学研究センターが所有する平衡 装置付き質量分析計(MAT-252,Thermo Fisher Scientific)を用いて測定した.水のd18Oの 測定は反応管に1.0mlの水と疎水性白金触媒(Hokko Beads)を入れ,自動平衡装置に取り 付け自動分析した.Hokko Beadsは水と水素ガスの同位体交換反応の際の触媒である.
本研究ではV-SMOW(Vienna- Standard Mean Ocean Water)に対してd18Oが既知である
OTSU-2を標準物質として用いた.OTSU-2 のd18Oは-6.78656 ‰で,測定した際の測定精
度は0.045‰である.
3-8 葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体濃縮(D18OC,D18OOM)
の測定
測定した葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物のd18Oと茎内の水のd18Oから,葉組
織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体濃縮(それぞれD18OC,D18OOM) を求めた.
D18OCは葉組織中のセルロースのd18O(d18Ocellulose)と茎内水のd18O(d18Ostem water)との差 より求められる.
D18OC = d18Ocellulose−d18Ostem water (‰) (3-8-1)
D18OOMは葉の全有機物のd18O(d18Oorganic matter)と茎内水のd18Oとの差から求められる.
D18OOM = d18Oorganic matter−d18Ostem water (‰) (3-8-2)
3-9 個葉の光合成速度の測定
サクラ,クスノキともに2010年4月から2010年7月まで各個体から展葉の進行してい る葉を5枚選び,個葉の光合成速度を京都大学農学研究科森林水文学研究室所有の携帯式 光合成蒸散測定装置(LI-6400, Li-Cor)を用いて測定した.測定時の光量は1000μmol/m2/s に設定した.
3-10 葉面積,葉の乾燥重量,単位葉面積あたりの乾燥重量(LMA)の測定
2010年4月から2010年10月までの期間,3-4で採取した葉を粉末化する前に,葉の写 真を撮影し葉面積ソフト (LIA for WIN32) を用いて葉面積を算出した.採取した葉は80℃
のオーブンで48時間乾燥させたのち乾燥重量を測定した.葉の乾燥重量を葉面積で割り,
単位葉面積あたりの乾燥重量(LMA, Leaf Mass per Area)を計算した.
第4章 結果
4-1 環境条件
2009年6月から2010年10月までの光合成有効放射光量子束密度(PPFD),気温,相対 湿度,飽差の10時から13時までの平均値の推移をそれぞれ図4-1-1,図4-1-2,図4-1-3,
図4-1-4に示す.PPFDは6月から8月にかけて上昇していた.気温は3月から7月にかけ
て上昇していた.相対湿度は測定日ごとに大きく変化した.飽差は7月ごろに高い値を示 した.
0 500 1000 1500 2000
2009/
6/1
2009/
7/31
2009/
9/29
2009/
11/28
2010/
1/27
2010/
3/28
2010/
5/27
2010/
7/26
2010/
9/24
2010/
11/23 PPFD (μmol/m2 /s)
図4-1-1 光合成有効放射光量子束密度の季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○は平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 10 20 30 40
2009/
6/1
2009/
7/31
2009/
9/29
2009/
11/28
2010/
1/27
2010/
3/28
2010/
5/27
2010/
7/26
2010/
9/24
2010/
11/23
Air temperature(℃)
図4-1-2 気温の季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○は平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 20 40 60 80 100
2009/
6/1
2009/
7/31
2009/
9/29
2009/
11/28
2010/
1/27
2010/
3/28
2010/
5/27
2010/
7/26
2010/
9/24
2010/
11/23
Relative humidity(%)
図4-1-3 相対湿度の季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○は平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 10 20 30 40
2009/6 /1
2009/7 /31
2009/9 /29
2009/1 1/28
2010/1 /27
2010/3 /28
2010/5 /27
2010/7 /26
2010/9 /24
2010/1 1/23
VPD(hPa)
図4-1-4 飽差の季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○は平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
4-2 個葉の蒸散速度,気孔コンダクタンス
サクラとクスノキの個葉の蒸散速度と気孔コンダクタンスの平均値の季節変化を図
4-2-1と図4-2-3に示す.気孔コンダクタンスと蒸散速度は 4月から7月にかけて上昇し,
その後低下していた.サクラとクスノキの蒸散速度と気孔コンダクタンスを比較すると,
どちらもサクラのほうが高い値を示した.また,標準偏差もサクラのほうが大きかった.
0 0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006 0.007 0.008
2009/
6/1
2009/
7/31
2009/
9/29
2009/
11/28 2010/
1/27
2010/
3/28
2010/
5/27
2010/
7/26
2010/
9/24
2010/
11/23
transpiration rate (mol/m2/s)
図4-2-1 サクラとクスノキの蒸散速度の季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 0.001 0.002 0.003 0.004 0.005 0.006 0.007 0.008
2010/
4/1
2010/
5/1
2010/
5/31
2010/
6/30
2010/
7/30
2010/
8/29
2010/
9/28
2010/
10/28
transpiration rate (mol/m2/s)
図4-2-2 サクラとクスノキの蒸散速度の季節変化(2010年4月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
2009/
6/1
2009/
7/31
2009/
9/29 2009/
11/28 2010/
1/27
2010/
3/28 2010/
5/27
2010/
7/26
2010/
9/24
2010/
11/23
stomatel conductance (mol/m2/s)
図 4-2-3 サクラとクスノキの気孔コンダクタンスの季節変化(2009年 6 月〜2010 年10
月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35
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stomatel conductance (mol/m2/s)
図 4-2-4 サクラとクスノキの気孔コンダクタンスの季節変化(2010年 4 月〜2010 年10
月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
4-3 葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体比(d18O)
サクラとクスノキの葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物のd18O の平均値の季節
変化を図 4-3-1と図 4-3-3に示す.クスノキ,サクラの葉組織中のセルロースのd18Oは 8
月から11月にかけて低下した.サクラ,クスノキともに4月から6月ごろの葉組織中のセ ルロースのd18Oは値が激しく増減しており,各測定日の標準偏差も大きく明確な傾向はわ からなかった.
4月から5月にかけて葉の全有機物のd18Oは一度上昇し,5月から9月にかけてわずか に低下していた.葉組織中のセルロースのd18Oと葉の全有機物のd18Oの標準偏差を比較す ると,葉の全有機物のd18Oのほうが標準偏差は小さかった.また葉組織中のセルロースの d18Oと葉の全有機物のd18Oの標準偏差を比較すると,葉の全有機物のd18Oのほうが年間を 通じて季節変化は緩やかだった.
15 20 25 30 35 40
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d
18O c (‰ )
図4-3-1 サクラとクスノキの葉組織中のセルロースのd18Oの季節変化(2009年6月〜2010
年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
15 20 25 30 35 40
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d18 Oc(‰)
図4-3-2 サクラとクスノキの葉組織中のセルロースのd18Oの季節変化(2010年4月〜2010
年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
15 20 25 30 35 40
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11/23 d18 Oom(‰)
図4-3-3 サクラとクスノキの葉の全有機物のd18Oの季節変化(2009年6月〜2010年10
月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
15 20 25 30 35 40
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d18 Oom(‰)
図4-3-4 サクラとクスノキの葉の全有機物のd18Oの季節変化(2010年4月〜2010年10
月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
4-4 茎内水の酸素安定同位体比(d18O)
図4-4-1にサクラとクスノキの茎内水のd18Oの季節変化を示す.サクラとクスノキの茎内
水のd18Oにあまり差はなく互いに近い値を示した.またサクラ,クスノキともに茎内水の d18Oは,-4‰から-9‰の間で変動していた.
-10 -9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0 2009/
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d18 Ostem water (‰)
図4-4-1 サクラとクスノキの茎内水のd18Oの季節変化(2010年4月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
4-5 葉組織中のセルロースおよび葉の全有機物の酸素安定同位体濃縮(D18OC,D18OOM)
サクラとクスノキの葉組織中のセルロースのd18Oと茎内水のd18Oの差(D18OC),葉の全 有機物のd18Oと茎内水のd18Oの差(D18OOM)の平均値の季節変化を図4-5-1と図4-5-3に 示す.サクラとクスノキのD18OCは8月から11月にかけて低下していた.また,D18OCは4 月から6月ごろにかけて大きく変動しており,各測定日の標準偏差も大きかった. D18OOM
はサクラ,クスノキともに4月から5月にかけて一度上昇し,5月から6月にかけてわず かに低下していた.D18OCとD18OOMの標準偏差を比較すると,D18OOMのほうが標準偏差は 小さく,またサクラとクスノキのD18OOMはD18OCと比較すると年間を通じて季節変化は緩 やかだった.
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11/23 D18 Oc(‰)
図4-5-1 サクラとクスノキのD18OCの季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
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18O c ( ‰ )
図4-5-2 サクラとクスノキのD18OCの季節変化(2010年4月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
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11/23 D18 Oom(‰)
図4-5-3 サクラとクスノキのD18OOMの季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
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18O o m ( ‰ )
図4-5-4 サクラとクスノキのD18OOMの季節変化(2010年4月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
4-6 個葉の光合成速度
サクラとクスノキの個葉の光合成速度の平均値の展葉期における変化を図4-6-1に示す.
サクラでは3月から5月にかけて急激に上昇し,その後あまり上昇がみられなかったが,
クスノキでは3月から7月にかけて緩やかに上昇していた.またサクラとクスノキの光合 成速度を比較すると,展葉期においてサクラの光合成速度のほうが大きいことがわかった.
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photosynthesis rate (μmol/m2/s)
図4-6-1サクラとクスノキの光合成速度の平均値の季節変化(2010年4月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
4-7 葉面積,葉の乾燥重量,単位葉面積あたりの乾燥重量(LMA)
図4-7-1,図4-7-2,図4-7-3にそれぞれサクラとクスノキの葉面積,葉の乾燥重量,単位
葉面積あたりの乾燥重量(LMA)の季節変化を示す.
展葉期における葉面積の変動をみると,サクラ,クスノキともに5月中旬に最大に達し ていた.サクラとクスノキの葉の乾燥重量は6月中旬には最大に達し,その後は増加が見 られなかった.サクラ,クスノキともに LMAは7月には最大に達して,その後増加は見 られなかった.4月〜6月に葉の構造が大きく変わり,7月から葉の構造に大きな変化がみ られないため,4〜6月を展葉期と定義した.
0 10 20 30 40 50 60 70
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Leaf Area (cm2)
図4-7-1 サクラとクスノキの葉面積の平均値の季節変化(2010年4月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 100 200 300 400 500 600 700 800
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Leaf Dry Weight (g)
図4-7-2 サクラとクスノキの葉の乾燥重量の平均値の季節変化(2010年4月〜2010年10
月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
0 2 4 6 8 10 12 14 16 18
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LMA (g/cm2)
図 4-7-3 サクラとクスノキの単位葉面積あたりの乾燥重量(LMA)の平均値の季節変化
(2010年4月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
第5章 考察
5-1 葉組織中のセルロースのd18Oの季節変動
葉組織中のセルロースのd18Oの季節変動の要因として,①降水のd18Oの変動による植物 が吸っている水のd18Oの変動,②蒸散にともなう葉内水のd18Oの変動(葉内水のd18Oと吸 っている水のd18Oの差を同位体濃縮(isotope enrichment)と呼び,D18Oと表記する),③セル ロース合成の際の中間物質と葉内水の間の酸素原子の交換率の変動,の3つが考えられる.
サクラ,クスノキの葉組織中のセルロースのd18Oは11月ごろに減少がみられ,4月から 6 月にかけての展葉期には激しく増減していた(図 5-1-1).それに対し,吸っている水の d18Oと等しいと考えられる茎内水のd18Oは変動していたが,その変動幅は葉組織中のセル ロースのd18Oと比較して小さかった(図5-1-3).葉組織中のセルロースのd18Oと茎内水の
d18O の差(D18OC)は葉組織中のセルロースのd18O と線形の関係にあった(図 5-1-4).こ
れらのことは,葉組織中のセルロースのd18Oの季節変動に対し,①に挙げた茎内水のd18O
(=吸っている水のd18O)の変動の影響は小さかったことを示している.
この後考察では,葉組織中のセルロースのd18O と茎内水のd18O の差(D18OC)の季節変 動を見ることで,上記の①の要因を排除し,葉組織中のセルロースのd18Oの季節変動に対 する②と③の要因の影響について考察する.ただし,葉組織中のセルロースのd18Oは長期 平均的な情報を持つのに対し,茎内水のd18Oは降雨毎に変動すると考えられるため,両者 のタイムスケールが異なる.したがって,D18OCの算出に用いる茎内水のd18O は期間平均 値を用いるべきであると考えられるが,どのぐらいの期間の平均値を用いればよいかまだ 検討できておらず,茎内水のd18Oの変動は小さかったため,同日に採取したセルロースと 茎のd18O値を用いて算出した.
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18O c (‰ )
図5-1-1 サクラとクスノキの葉組織中のセルロースのd18Oの季節変化(2009年6月〜2010
年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
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図5-1-2 サクラとクスノキのD18OCの季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
-10 -9 -8 -7 -6 -5 -4 -3 -2 -1 0 2009/
6/1
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d18 Ostem water (‰)
図5-1-3 サクラとクスノキの茎内水のd18Oの季節変化(2009年6月〜2010年10月)
○はサクラの平均値,△はクスノキの平均値,エラーバーは標準偏差を表す.
10 20 30 40 50
10 20 30 40 50
D18Oc (‰)
d18 Oc (‰)
図5-1-4 サクラとクスノキの葉組織中のセルロースのd18OとD18OCの関係
○はサクラの測定値,△はクスノキの測定値を表す