1.は じ め に
中小企業庁(2017)によると,大企業の労働生産性はリーマン・ショック 後に大きく落ち込んだものの,その後は回復傾向にあるが,中小企業の労働 生産性は一貫して横ばいで推移している。特に,2009年以降は大企業と中小 企業の労働生産性の格差は広がり続けている(図表1)。
また,労働生産性の国際比較を見ても,大企業製造業の生産性は高い水準 で推移しているが,中小製造業は他国より低い水準で推移していることがわ かる(図表2)。
これらのことからすると,日本経済の持続的な成長・発展のためには,中 小企業の労働生産性を高めていくことが必須条件と考えられる。近年の中小 企業白書でも毎年のように中小企業の労働生産性向上について取り上げられ てはいるが,なかなか効果的な方策を見いだせないでいるのが現状である。
しかし,後述するが,同業大企業の平均を上回る労働生産性の高い中小企業 が一定数存在するのも事実である。
そこで,本稿では,労働生産性が高い中小企業に見られる生産性向上策に ついて,事例企業の分析を行うことにより,その有効性を明らかにしたい。
中小企業の労働生産性に関する一考察
〜中小建設業の事例を中心に〜
井 上 善 海
( 1 )
999
1,307
1,080
1,296
501 549
521 558
0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600
2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
大企業製造業 大企業非製造業 中小企業製造業 中小企業非製造業
(万円)
(年度)
中小企業製造業
+48万円(+9.6%)
大企業非製造業
+216万円(+20.0%)
大企業製造業
+308万円(+30.8%)
中小企業非製造業
+37万円(+7.1%)
英国 フランス ドイツ 日本
中小製造業
2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 31.5 29.7 31.3
24.6
15 20 25 30 35
(年)
大企業製造業
2001 2003 2005 2007 2009 2011 2013 55.3 46.154.3 60.0
15 20 25 30 35 40 45 50 55 60 65 70
(年)
(購買力平価換算 USドル/人・時間)
(購買力平価換算 USドル/人・時間)
なお,労働生産性とは,日本生産性本部(2018)によれば,「労働投入量 1単位当たりの産出量・産出額」としてあらわされ,労働者1人当たり,あ るいは労働1時間当たりでどれだけ成果を生み出したかを示し,労働生産性
図表1 企業規模別従業員1人当たり付加価値額(労働生産性)の推移
資料:財務省「法人企業統計調査年報」
(注)ここでいう大企業とは資本金10億円以上,中小企業とは資本金1億円未満の企業とする。
出所:中小企業庁(2017)
図表2 時間当たり労働生産性の国際比較(製造業)
出所:中小企業庁(2016)
( 2 )
の向上は,同じ労働量でより多くの生産物をつくり出したか,より少ない労 働量でこれまでと同じ量の生産物をつくり出したことを意味する。
2.中小企業における労働生産性向上
2.1 中小企業の労働生産性に関する議論
中小企業の労働生産性に関する議論は,古くて新しい問題である。1950年 代からの日本の高度経済成長時代において,大企業と中小企業との間に労働 の付加価値生産性格差が存在することが指摘され,これが大企業と中小企業 との間の賃金格差の背景にあると論じられた(佐竹,2008)。いわゆる二重 構造問題である。
近年では,中小企業が新たな付加価値の創出等に取り組むことにより生産 性を向上させることが日本経済の持続的な成長に資するだけでなく,個々の 中小企業が業況を改善させるためにも必要であると国が提言したことによ り,中小企業の労働生産性問題がクローズアップされてきた(中小企業庁,
2008)。
現在議論されている中小企業の労働生産性は,大企業との格差是正といっ た過去の二重構造問題とは違い,グローバル化や
IT
化,少子高齢化等の大 きな社会経済構造の変化に中小企業が対応していくための方策の一つとして 位置付けられている。青山他(2012)では,中小企業信用リスク情報データベースと日経
NEEDS
を組み合わせた網羅的統合データを活用し,労働生産性の広がりを視座に,日本の中小企業の実態分析を行っている。分析の結果,中小企業は生産性の 低い母体グループと少数の企業からなる高い生産性をもつ先導グループに分 かれていることを明らかにし,中小企業政策を検討するにあたっては,「中 小企業の労働生産性の水準は大企業と比べて低い」との紋切り型理解から脱
( 3 )
却する必要があることを提言している。
また,高労働生産性中小企業には,以下のような特徴があることも示され ている。「中小企業と大企業との間でイノベーションの創発割合に有意な違 いはない」「製造業においては,中小企業のイノベーションの方が大企業に 比べて質が高い(対立的な労働生産性の向上と資本生産性の向上とを両立)」
「非製造業における中小企業の高い労働生産性は,非常に高い資本装備率に よってもたらされたものであり(応じて資本生産性は低下),真のイノベー ションからはほど遠い」「製造業については,生産性の向上をもたらす技術 革新が,産業のインキュベーターの役割を果たしている低生産性グループの なかで中立的に起こっている(業種ごとにイノベーションの発生確率は大き く変わらない)」「非製造業については,経済を支えるべき主要業種(建設業, 卸業,小売業)において確率的に見合う刷新的な生産性向上が著しく欠けて いる」の5点である(青山他,2012)。
赤松(2013)は,中小企業は大企業と比較して付加価値率が高く,労働生 産性の規模間格差の要因は一人当たり売上高の違いにあるとしている。ただ, 中小企業は資本装備率において大企業より劣っており,労働生産性の規模間 格差の原因になっているとしている。
金井他(2016)は,中小企業が労働生産性を向上していくためには,資本 装備率を高めるとともに,イノベーションと経営の環境への迅速な適応を通 じた全要素生産性の向上が求められとしている。
滝沢・宮川(2018)は,産業別労働生産性に関する成長パターンを,その 構成要素である「付加価値」と「労働投入」の変動に分解して検証を行って いる。その結果,日本の非製造業における近年の低い労働生産性水準が,労 働投入の減少ではカバー出来ない付加価値の低下を主因として生じているこ とを確認したほか,製造業の幾つかの業種では,これらの両要素に関する多 様な変動を通じて労働生産性の成長を実現していたことを明らかにしている。
( 4 )
2.2 中小企業における労働生産性向上に対する意識
中小企業の各種経営指標に対する意識調査によると,「利益額」や「顧客 満足度」「売上高利益率」「売上高」といった指標については意識が高いが,
「労働生産性」については意識が低く1割程度にとどまっていた。
しかし,「労働生産性」を意識している企業では,過去5年間の企業業績 との関係を見てみると,意識していない企業に比べて売上高経常利益率が顕 著に高く,また,労働生産性の水準の高低と企業業績の関係を見てみると,
労働生産性の水準が相対的に高い企業では,過去5年間の企業業績が良好で あることもわかった。
この調査結果から,労働生産性の向上が企業業績を向上させる効果がある ことを示唆しており,労働投入量の削減で労働生産性を高めるだけでなく,
付加価値額の増大に取り組むことで労働生産性を向上させることがわかって いる(中小企業庁,2008)。
さらに,中小企業庁(2008)では,労働生産性が高い中小企業に見られる 生産性向上の取り組みを,「IT化と生産性」「グローバル化と生産性」「企業 の競争優位性と生産性」「設備投資と生産性」「人的資本と生産性」「企業外 部の経営資源の活用と生産性」の6つの視点から取り上げている。
次項では,労働生産性と人的資本は密接な関係にあることから,上記6つ の視点の中でも,人的資本に焦点を当てた労働生産性向上策について,中小 企業庁(2008)で明らかにされた具体的な分析結果を見ていく。
2.3 人的資本と労働生産性 2.3.1 最も重要な経営資源
中小企業が最も重要と考える経営資源は「従業員」であるが,労働生産性 の水準の高低で分析すると,労働生産性の水準が高い企業は低い企業に比べ て,従業員が最も重要な経営資源であると考える企業の割合が,製造業・非
( 5 )
9.2 8.7 9.3
9.1 8.7 8.1
6.5
6.6
36.8 31.0 16.4
13.2
47.3 24.3
33.8 30.9 13.9 12.1
46.2 27.9
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100(%)
製造業非製造業
労働生産性の水準が低い企業 労働生産性の水準が高い企業 労働生産性の水準が低い企業 労働生産性の水準が高い企業
従業員 資金 企業イメージ・ブランド 設備 情報
製造業ともに顕著に高い(図表3)。
2.3.2 雇用形態と賃金体系
労働生産性の水準が高い企業では,終身雇用を前提としている。また,労 働生産性の水準が高い企業では,賃金体系が成果給よりも年功序列を重視し ている(図表4)。
2.3.4 正社員の定着率
「終身雇用」や「年功序列型の賃金体系」を重視している企業では,正社 員の定着率が高く,労働生産性の水準が高い企業では低い企業に比べて,正 社員の定着率が高い傾向にある(図表5)。
2.4 小 括
大企業では,終身雇用と右肩上がりの年功序列賃金を維持する前提となっ ていた経済成長が鈍化したことで,高止まりした労働コストが経営の重荷に
図表3 最も重要と考える経営資源
資料:中小企業庁「中小企業実態基本調査」,厚生労働省「毎月勤労統計調査」再編加工,㈱日本 アプライドリサーチ研究所「生産性に関するアンケート調査」(2007年11月)
(注)中小企業のみ集計している。
出所:中小企業庁(2008)
( 6 )
68.3 31.7
59.7 40.3
35.1 64.9
30.0 70.0 0 20 40 60 80 100
(%)
労働生産性の 水準が低い企業
労働生産性の 水準が高い企業
労働生産性の 水準が低い企業
労働生産性の 水準が高い企業
雇用形態賃金体系
終身雇用を前提 としている
終身雇用を前提 としていない
年功序列を 重視している
成果給を 重視している
5.4 4.6
4.3 1.7
30.7 26.8 32.8 35.9 30.3 27.4
0 20 40 60 80 100(%)
労働生産性の 水準が低い企業
労働生産性の 水準が高い企業
高い
低い やや低い
どちらともいえない やや高い
図表4 雇用形態および賃金体系
資料:中小企業庁「中小企業実態基本調査」,厚生 労働省「毎月勤労統計調査」再編加工,㈱日 本アプライドリサーチ研究所「生産性に関す るアンケート調査」(2007年11月)
(注)中小企業のみ集計している。
出所:中小企業庁(2008)
図表5 正社員の定着率
資料:中小企業庁「中小企業実態基本調査」,厚生 労働省「毎月勤労統計調査」再編加工,㈱日 本アプライドリサーチ研究所「生産性に関す るアンケート調査」(2007年11月)
(注)中小企業のみ集計している。
出所:中小企業庁(2008)
( 7 )
なった。特に,円高やバブル経済崩壊後の不況の中で,人件費の負担増と過 剰雇用に直面し,雇用の調整が大きな経営課題となったのである。そこで,
新規採用を抑制し,若年層の非正規雇用を増やしたり,能力主義・成果主義 を導入する企業も増え,終身雇用を放棄するような企業も出てきた。
現代の大企業では日本的雇用慣行の重要性は低下してきたといわれる中で, 中小企業庁(2008)では,「終身雇用」「年功序列賃金」が中小企業の労働生 産性向上に貢献していることを明らかにしている。
つまり,日本的雇用慣行により従業員の勤続年数が長くなり,従業員のス キルが向上すると同時に社内にもノウハウが蓄積されることで,高い労働生 産性を実現してきた可能性を示唆している。
このため,中小企業が労働生産性の向上を図るためには,人的資本の蓄積 に取り組むことが必要であり,そのためには人材の意欲や能力を高める仕組 みを構築するとともに,教育訓練等を通じた人材の育成に取り組むことが重 要となる。ただ,先行研究の分析は,統計分析の結果から労働生産性向上に ついて考察されており,具体的な労働生産性向上策までは明らかにされてい ない。
そこで,本稿では,人的資本に焦点を当てた労働生産性向上策の考察は,
統計的な分析には馴染まず,先行研究でも十分に検討がなされていないこと から,事例研究法を用いて人的資本に焦点を当てた労働生産性向上策の分 析・考察を行うことにした。
3.研 究 方 法
3.1 研究対象
川上(2016)によれば,大企業を研究対象とする「一般経営学」から中小 企業研究へアプローチするには限界があり,中小企業を研究対象とするには
( 8 )
「特殊経営学」としての中小企業経営論からのアプローチが必要とされる。
本稿も圧倒的多数の中小企業の中から,研究対象を抽出して行うことから,
「特殊経営学」としての中小企業経営論からの研究アプローチであることは いうまでもない。
本稿では,青山他(2012)で,経済を支えるべき主要業種であるにもかか わらず,刷新的な生産性向上が著しく欠けていると指摘された建設業界を対 象にする。青山他は,前述のように,中小企業は生産性の低い母体グループ と少数の企業からなる高い生産性をもつ先導グループに分かれていることを 明らかにしていることから,本事例分析では,高い生産性をもつ先導グルー プに所属すると考えられる企業を抽出し考察を行う。
研究方法としては,シングル・ケーススタディ(単一事例研究)を採用し た。Yin(1994)によれば,シングル・ケーススタディは,ケースが極端あ るいはユニークな場合など,新事実のケースの発見において有用であり,複 数のケースを扱うマルチプル・ケーススタディに比べて研究戦略が脆弱であ るわけではないとして,シングル・ケーススタディが持っている未知の条件 への知的で創造的な適応性を高く評価している。
本事例企業は,比較的長いスパンで継続的な分析を行うことによって,研 究の正当性と妥当性を図った事例である。
3.2 建設業の労働生産性
図表6は,労働生産性のトレンドを概観するため,2010年時点の実質付 加価値労働生産性水準を1として指数化し,主要先進7カ国の1995年以降 (1995年〜2015年)の推移を比較したものである(日本生産性本部,2017)。
建設業の労働生産性は,ほとんどの国で長期停滞傾向にあり,最も高い英 国でも+0.6%にとどまり,米国(−1.4%),イタリア(−1.2%),カナダ (−0.7%),フランス(−1.1%),日本(−0.2%)とマイナスになっている。
( 9 )
0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4
米国 英国 イタリア
カナダ ドイツ フランス
日本
1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
2010年以降も各国,実質労働生産性上昇率がマイナスと停滞傾向が続いて いるが,日本は2010年代前半の震災復興工事などを契機に需給が逼迫する状 況が続いていることもあり,長期低落傾向から緩やかな回復基調へと転じて いる。
また,日本における中小企業の時間当たり労働生産性の水準を見てみると, 不動産業・物品賃貸業が最も高く,宿泊業・飲食サービス業が最も低い。中 小建設業は中小製造業とほぼ同じ水準となっている(図表7)。
3.3 分析視座と事例企業の抽出
本稿では,前述したように,労働生産性と人的資本は密接な関係にあるこ とから,人的資本に焦点を当てた労働生産性向上策について分析・考察を行 うことにしている。
事例企業の抽出に当たっては,2010年代前半の震災復興工事などを契機に 図表6 建設業の労働生産性の時系列比較(2010年=1)
出所:日本生産性本部(2017)
( 10 )
2,785 2,856 3,273
2,306
建設業 製造業 情報通信業 運輸業,
郵便業 2,709
5,097
2,981
1,749 2,828
1,920
卸売・
小売業
不動産業,
物品賃貸業 学術研究,
専門・技術 サービス業
宿泊業,飲食 サービス業
生活関連 サービス業,
娯楽業 0
1,000 2,000 3,000 4,000 5,000 6,000
(円 / 人時)
サービス業
(他に分類 されないもの)
需給が逼迫する状況下にある建設業以外で,長期的かつ安定的に業績が推移 している高労働生産性中小建設業とした。
4.事例の分析と考察
4.1 事例企業の概要
1998年に福岡県福岡市で創業した健康住宅株式会社(以下,健康住宅)は,
「夏はひんやり,冬はぽかぽかの健康な住まいづくり」をテーマに,外断熱 工法を用いた高性能住宅建築に特化した企業で,これまでの建築棟数は福岡 県を中心に1,330棟にのぼる。
社長の畑中直氏は,1959年福岡市生まれで,福岡県立修猷館高校,上智大 学文学部を卒業後,大手マンションメーカー勤務を経て父親の経営するマン
図表7 中小企業の時間当たり労働生産性の水準
資料:中小企業庁「中小企業実態基本調査」,厚生労働省「賃金構造基本統計調査」再編加工 (注)1.2015年度における労働時間1時間当たりの付加価値額を示している。
2.付加価値額=労務費+売上原価の減価償却費+人件費+地代家賃+販売費及び一般管理 費の減価償却費+従業員教育費+租税公課+支払利息・割引料+経常利益
出所:中小企業庁(2018)
( 11 )
ション・一戸建て分譲会社に就職している。
父親の会社でマンション分譲の営業に携わっていた時の原体験が,「感動 の提供を経営の機軸とし,社員の幸せの先にお客様の感動の住まいづくりが ある」という企業姿勢を形作っている。たまたま,夕方に外回りから会社へ 戻っている途中で,顧客が初めて家族のいる家に帰宅する瞬間に出会った。
マンションを見ながら,笑みを浮かべて帰っている姿を見た時,家づくりが 急に好きになり,「住宅を通じてお客様に笑顔と幸せを」という気持ちが湧 いてきた。その後,1998年に自ら健康住宅を設立し,「本当に売れる家,売 りたい家」をと,「夏はひんやり,冬はぽかぽか」を実現する「外断熱工 法」に特化した住宅建設に取り組んだ。
建築理論の勉強や情報収集を重ねながら,外断熱の効能を活かしきる工夫 や素材までこだわり抜き,独自に開発した高気密・高断熱の外断熱工法は,
屋根から基礎まで家全体が断熱材で覆った魔法瓶のような構造で,外気温の 影響を受けにくく保温性が高いため熱が逃げない。そのため,リビングや廊 下,浴室などの温度差がほとんどなく,夏は冷暖房をかけていない部屋も気 持ちの良い温度で過ごせる。また,スウェーデン製の換気装置による24時間 換気は,大気汚染物質や花粉の除去にも役に立っている。
この外断熱工法と自然素材を組み合わせた家づくりは,防露・防カビや空 気中の汚染物質の除去といった効果も期待される。その断熱性能や高い省エ ネ性が高く評価され,最も省エネルギー性に優れた住宅シリーズに贈られる 国土交通省管轄の「ハウス・オブ・ザ・イヤー・イン・エナジー2016」にお いて大賞を受賞している。ちなみに,会社のロゴマーク「くにがまえ&家」
は外断熱をあらわしている。
外断熱工法の魅力を顧客に体感してもらうため,体感型の住宅資料館や住 宅展示場の見学だけでなく,モデルハウスでの宿泊体験や同社で家を建てた 顧客宅の見学ツアーなど,顧客が安心して家づくりに取り組める工夫を行っ
( 12 )
ている。住宅を建ててからも施主家族との付き合いを大切にしており,入居 して初めて真の 心地よさ を実感した施主から届いた大量の手紙や写真が 本社のエントランスホールに飾られている。
4.2 事例企業における生産性向上のための具体的方策
以下では,健康住宅における生産性向上のための方策について具体的に考 察していく。健康住宅の2017年7月期での従業員一人当たり売上高は44,394 千円で,TKC(2018)の木造建築工事業の黒字企業平均38,746千円と比べ高 い労働生産性をあげている。
4.2.1 理念共有
「私たちは『感動の提供』を経営の機軸とし,社員全員で『物心両面の幸 せ』を追求します」が,健康住宅の経営理念である。それを実現するため,
企業
vision「GOOD COMPANY with GOOD PEOPLE」を掲げ,どんなに素晴
らしい理念を掲げ,どんなに素晴らしい商品を提供しても,素晴らしい人格 を持った人たちが集まる会社でなければ愛されることはない,誰でもいつか図表8 健康住宅の企業概要 社 名 健康住宅株式会社
代 表 者 畑中 直
所 在 地 福岡県福岡市城南区別府5丁目25‑21 設 立 1998年8月1日
資 本 金 2,000万円
売 上 高 31億5,200万円(2017年7月期実績)
従業員数 71名
事業内容 外断熱工法に特化した高性能住宅の設計・施工・販売・
メンテナンス・リフォーム・不動産 出所:企業資料をもとに筆者作成
( 13 )
必ず会社を去る,その時,「健康住宅で働いた○○年間は素晴らしかった」
と実感する,そんな組織でありたいと畑中社長は願っている。
これは,畑中社長が父親の会社で営業に携わっていた時,バブル経済崩壊 後の不景気の中で,業績を必死に立て直そうとする父の想いとは反対に,大 切にしていた社員が次々去っていったことが原体験としてある。残ってくれ た社員を何とか幸せにできないか,社員の幸せの先に顧客が感動する住まい づくりがあるのではないか,との想いが現在の経営理念と企業
vision
にあら わされている。経営理念は,「K-J HEART(健康住宅の心)」という小冊子に掲載され,全 社員が携行し,朝礼や毎週金曜日の朝9時に実施している社長塾等で人間力 や価値観を学びながら,経営理念の共有に努めている。勉強会は全員参加が 原則で,参加できない人はビデオを見て所感を書くよう徹底している。5〜
6年かけて理念や大切にしている価値観を伝えてきた結果,社員が
K-J
HEART
について語れるようになってきたという。本冊子は,時代の変化や会社の成熟度に合わせ,見直しも毎年行われている。
4.2.2 労働条件
健康住宅では,社員の働き易さを第一に考えた働き方改革が進められてい る。徹夜してでも働くことが当たり前のように考えられてきた建設業界だが, 同社では19時半には全員が退社するルールがあり,火曜・水曜の完全週休2 日制も徹底されている(現場監督は水曜・日曜)。これを実現するために,
CAD
オペレーター等のサポート部門の人員増加やコーポレート部門を充実 させることで業務分担を図っている。営業に歩合はなく,個人の受注目標件数もないが,給与水準は業界平均を 上回っている。評価は仕事のスキル以上に人間性を重視している。
その結果からか,社員71名の中で,健康住宅で家を建て入居後に入社した
( 14 )
人(2名),夫を入社させた女性社員(3名),夫婦で働く社員(7組14名), 親子で働く社員(2組4名),健康住宅で家を建てた社員(12名),そしてな んと健康住宅を退職し競合企業へ移ったが再入社した社員が7名もいる。
「社員全員で物心両面の幸せを追求する」という経営理念が社員構成に如実 にあらわれている。
4.2.3 職場環境整備
社員で構成される5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)委員会が中心となっ て,職場環境整備に取り組んでいる。リーダー会議を定期的に行い,委員会 活動でも清掃や在庫の確認など,より具体的な実践活動を継続実践し,社内 に5Sを根付かせている。
たとえば,毎朝,全社員で一斉清掃を行っている。清掃をする企業はいく つもあるが,健康住宅では,「掃除は3つの場所をきれいにする,その場が きれいになる,掃除をする人の心がきれいになる,一生懸命掃除をする人を 見た人の心もきれいになる」と,清掃することの意義を明確にして取り組ん でいる。
また,建築現場では,裸足で上がれる現場を目指し,1日5回(始業時,
10時,12時,15時,終業時)の掃除を徹底している。一見すると,現場社員 にとっては大変な作業のようだが,整理・整頓を徹底することで図面や資機 材を探す手間が省け,現場作業の生産性が向上している。
さらに,現場の環境整備による生産性向上効果だけでなく,突然,施主や 近隣住民が来ても,安全できれいな現場を見学してもらえ,見られることで 現場の意識も変わり,間接的に生産性が高まっている。まさに,美しい現場 活動と生産性の両立ができているのである。
( 15 )
4.2.4 顧客との関係性
営業の歩合や受注目標件数もないため,営業は顧客に購入を無理強いせず, 顧客にゆっくり選ぶ時間を提供することが出来る。このため,高気密・高断 熱の外断熱工法の魅力に加え,社員の親身な接客が顧客に安心感を与え,結 果として契約につながるという労働生産性の高い営業スタイルが実現できて いる。
経営理念の「感動の提供」を形にしたものが,顧客に対する「感動セレモ ニー」である。契約から始まり着工式,棟上げ式,引き渡し式まで,その場 その場でいかに顧客に感動してもらえるか,社員一人一人が考えたセレモ ニーが行われる。たとえば,着工式ではサプライズで手紙を読み上げたり,
出産を迎える顧客のためにお守りを渡すなど枚挙に暇がない。引き渡しの際 には,契約から始まる記念写真の数々を
DVD
に編集して渡す。顧客に対す る社員の高い意識が細やかな気配りへとつながっているのである。作りっぱなしにならないよう,引渡しから1週間後に1回,1ヶ月後に1 回,3ヶ月後に1回,その後,住宅が存在する限り毎年定期点検を行い,健 康住宅整備手帳に点検内容を記載していく。健康住宅には,建物20年保証,
住宅設備機器10年保証,修繕積立制度を含む長期アフターメンテナンスが自 動付帯されている。
「引き渡しが済み,ひと月を経過してからの方が本音を引き出しやすい。
それこそが上質な情報である」と,引き渡し1か月後には畑中社長自らが全 棟を訪問して顧客の声を聞き,喜びの声や指摘を社内で共有し,日々の改善 に活かしている。それに加えて,ホームページ上の掲示板に寄せられた苦情 や質問もすべて公開し,畑中社長自らが答えている。
「家は建てていただいてからが,本当のお付き合いの始まり」と,健康住 宅では感動の提供のために住宅建築だけに留まらず,顧客との交流活動にも 力を入れている。年に1回開催される感謝イベントは,定員は先着500名だ
( 16 )
が,毎回定員を上回り,社員スタッフも含めると7〜800人規模になる大イベ ントである。地引網や潮干狩りなど様々な催しで終日賑わう。驚くべきは,
参加者が住宅を建てる見込み客ではなく,全員が健康住宅で家を建てた顧客 だということである。毎年楽しみにしている顧客が多く,社員が家族の成長 や変化を顧客と一緒に共有し寄りそう関係が構築されている。
このような徹底したアフターフォローにより顧客満足度が高まり,現在で は営業をしなくても,健康住宅で家を建てた顧客が知り合いや友人に薦めて くれ,紹介受注率が全受注案件の47%を占めるまでに至っている。また,住 宅建築を申し込んでから着工まで1年待たないといけないほど盛況である。
2014年度には,このような「感動の提供」が評価され,経済産業省が主催 する「おもてなし経営企業選」に選出された。
4.2.5 人材育成
畑中社長によると,「家づくりとは,家を建てることが目的ではなく,お 客様が幸せになるための一つの手段であり,これをすべての社員がしっかり と意識できているか,それが大事だ」という。
その意識はトラブル対応でも発揮される。トラブルが発生した場合にどの ような行動をとり,どのような言葉遣いで接するかが重要で,社員と顧客の 関係性,社員の人間性の向上が大切だと考えている。
「人がブランド」ととらえ,前述したように社内勉強会が毎週開かれ人材 育成に余念がないが,健康住宅ならではの人材育成法も数多くある。
週1回金曜日の昼の1時間でバーベキューを全員で実施しているのもその 一つである。毎回交代で担当を決め,担当者が考えたメニューを全員で作り, 全員で食べて,全員で後片付けを行い,これを1時間で終わらせる。家づく りにはチームワークが求められ,コミュニケーション力も求められる。限ら れた時間の中でバーベキューを行うことでこれらを学ぶことができ,工程管
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理の疑似体験もできる大きな学びの場となっている。この取り組みは2014年 10月に
NHK
の番組「サラメシ」にも取り上げられ,自社のブランディング にも役立つという副次的効果も発揮した。内勤スタッフによる現場パトロールは,現場清掃の徹底や職人さんとの交 流の場として役立っている。普段現場に行くことの少ない内勤スタッフが建 築現場を見ることで様々な気づきが得られる。パトロールが終わったら,現 場を採点し,良かった所や改善点を報告し,さらなる現場の改善に役立てて いる。
また,健康住宅では,社員大工の育成にも力を入れている。地元の工業高 校から毎年2名ずつ新卒を採用し,社員の身分で社外の専属大工のもとに修 行に行かせ,将来の棟梁育成を図っている。現在は社外の専属大工が30名ほ どいて問題ないが,徐々に高齢化が進んでおり,後継者不足も深刻化してい る。社員大工を増やすことで,技術の継承,後継者不足,雇用の創出といっ た課題解決に取り組んでいる。
健康住宅では,社内だけではなく社外の人材育成にも取り組んでいる。毎 月1回パートナー勉強会(協力業者会)を開催している。健康住宅では,協 力業者のことを,ともに仕事をする仲間という意味で「パートナーさん」と 呼んでいる。月に一度の勉強会で,顧客からの喜びの声や,良い現場にする ための工夫など情報共有を行い,経営理念である「感動の提供」と「物心両 面の幸せ」についてベクトル合わせを行っている。つまり,情報共有の仕組 みを構築することで,労働生産性を高めているのである。
4.2.6 適正規模
建設業の場合,営業や工事打合せなどは顧客の家へ出向いて行うのが一般 的だが,健康住宅ではすべて本社で行われる。本社は,標準仕様の最新設備, キッチン,トイレ,洗面,バスルーム,壁材や床材などの内装材,各種サン
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プルが取り揃えられた住宅資料館となっている。実際の建材を用いた構造模 型が展示され,開口部の気密性,断熱性,防音性,結露の状態などを実際に 体感することができる実験装置もあり,カタログでは伝わらない手触りや足 裏の感触を確かめることができるようになっている。
ここで,常時10数組の顧客との工事打ち合わせや商談が行われると,大変 賑やかな場となる。これを畑中社長は「場力」と呼んでいる。言葉だけでは なかなか伝わらない外断熱工法を用いた高性能住宅を,疑似体感させること により営業効率が高まり,結果として営業の労働生産性が高まることになる。
また,顧客の了承を得て引き渡し前の住まいに見込み客を招いて,高性能 住宅を体験してもらう「体感ハウス」という取り組みや,3つの住宅展示場 での宿泊体験も行っている。これも「場力」を発揮し,営業の労働生産性を 高めている。
月に7〜8棟,年間で96棟程度しか受注しないのは,この規模が労働生産 性を最も高めることができる適正規模だからである。
4.3 考 察
本稿では,労働生産性がほとんどの国で長期停滞傾向にある建設業に着目 し,かつ2010年代前半の震災復興工事などを契機に需給が逼迫する状況下に ある建設業以外で,長期的かつ安定的に業績が推移している高労働生産性中 小建設業を事例に,人的資本に焦点を当てた中小企業の労働生産性を高める 具体的方策について,分析・考察を行ってきた。
その結果,日本的雇用慣行が中小企業の労働生産性向上に貢献しているこ とを追認できた。
事例研究では,「理念共有」「労働条件」「職場環境整備」「顧客との関係 性」「人材の育成」「適正規模」の6つの視点から分析を行い,それらが中小 企業の労働生産性向上に貢献していることを明らかにすることができた。特
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に事例企業では,以下のような独自性のある労働生産性向上策を講じていた。
「理念共有」では,理念を共有するための「K-J HEART(健康住宅の心)」
という小冊子をもとに社内勉強会である社長塾が開催され,それが事業展開 に落とし込まれ,労働生産性を高めるための指針の役割を担っていた。「労 働条件」では,営業の歩合や受注目標件数もなく,人間性を重視した評価が 行われ,それにもかかわらず給与水準は業界平均を上回っていた。労働生産 性が高いから働き方改革ができるのであり,社員構成も「社員全員で物心両 面の幸せを追求する」という経営理念が体現されたものになっていた。
「職場環境整備」では,5Sが徹底され,特に現場では1日5回の掃除が現 場作業の労働生産性を高めていた。「顧客との関係性」では,感動セレモニー や長期のアフターメンテナンス,クレーム対応,感謝イベントなど手のかか る取り組みを行っているが,反対に顧客による紹介受注が全受注の半数近く にのぼるほど営業の労働生産性が高まっていた。
「人材の育成」では,社内勉強会だけでなく,1時間のバーベキューによ り工程管理を学び,内勤スタッフによる現場パトロールや社員大工の育成,
パートナー勉強会と,独特の人材育成の方策を講じていた。「適正規模」で は,住宅資料館や体感ハウス,住宅展示場での宿泊体験などによる「場力」
により営業の労働生産性を高めていた。また,1年待ちが出るほど受注件数 が多くなっても,1年96棟と受注数を制限し,適正な労働生産性の分岐点を 維持していた。
健康住宅が講じている様々な方策は,短期的には手間暇がかかり労働生産 性が低下するように見えるが,実は長期的には労働生産性がそれ以上に高ま る仕組みとなっていた。このことから,労働生産性の向上は,短期的志向で はなく長期的な志向で組み立てていくことが重要であるということが,本事 例から得られた最大の知見である。
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5.お わ り に
近年,大企業と中小企業の労働生産性の格差が広がり続けているが,現在 議論されている中小企業の労働生産性向上は,大企業との格差是正といった 過去の二重構造問題とは違い,グローバル化や
IT
化,少子高齢化等の大き な社会経済構造の変化に中小企業が対応していくためである。過去の二重構造問題が長い期間をかけて徐々に解消されていったように,
労働生産性の向上は短期的に達成できるものではない。本事例研究の企業は,
「効率」化で労働生産性を高めたのではなく,具体的な方策を「創造」する ことで労働生産性を高めていた。目の前の成果に一喜一憂するのではなく,
長期的な志向で労働生産性向上策に中小企業は取り組むことが必要であろう。
謝 辞
筆者は,2003年3月に福岡大学より博士(商学)の学位を授与されたが,
その際に学位審査の主査を担当していただいたのが川上義明先生(福岡大学 商学部教授)である。中小企業経営論をご専門とされる川上先生の的確かつ 緻密なご指導のおかげで,博士論文の質を高めることができた。現在,曲が りなりにも中小企業経営の研究・教育者として職を得ているのは,川上先生 のご指導・ご支援のおかげである。
その川上先生がめでたく古希をお迎えになり,記念すべき本号に執筆の機 会を与えられたのは,身に余る光栄なことである。川上先生のこれからのご 健勝と更なるご活躍を祈念し,この場を借りてお礼を申し述べさせていただ きたい。
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参考文献
青山秀明・家富洋・池田裕一・相馬亘・藤原義久・吉川洋(2012)「中小企業の労働 生産性 −労働者数と労働生産性分布に見る高生産性中小企業−」RIETI Discus- sion Paper Series 12-J-026,独立行政法人経済産業研究所
赤松健治(2013) 中小企業の収益力と生産性の動向』商工総合研究所
金井一賴・安田弘・越谷重友・杉村光二・志賀広治(2016)関西生産性本部編『中 堅・中小企業の生産性向上戦略』清文社
川上義明(2016) 中小企業経営研究のフロンティア』梓書院 佐竹隆幸(2008) 中小企業存立論』ミネルヴァ書房
滝澤美帆・宮川大介(2018)「産業別労働生産性の国際比較:水準とダイナミクス」
RIETI Policy Discussion Paper Series 18-P-007,独立行政法人経済産業研究所 中小企業庁(2008) 中小企業白書2008年版』ぎょうせい
中小企業庁(2016) 中小企業白書2016年版』日経印刷 中小企業庁(2018) 中小企業白書2018年版』日経印刷 日本生産性本部(2017)「労働生産性の国際比較2017年版」
https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2017.pdf(2018/12/9アクセス) 日本生産性本部(2018)「生産性とは」
https://www.jpc-net.jp/movement/productivity.html(2018/12/9アクセス)
TKC(2018)「TKC経営指標」速報版(建設業)
https://www.tkc.co.jp/bast/disp_bast.asp?param=site:zenkokukai,gyosyu :kensetsu (2018/12/9アクセス)
Yin, Robert K., (1994) Case Study Research : Design and Methods, 2nd ed ., Sage Publica-
tions(近藤公彦訳, ケース・スタディの方法』千倉書房,1996年)
※本稿は,下記研究の一部である。
独立行政法人日本学術振興会:科学研究費助成事業(基盤研究(C))研究課題番 号:17K03957,「大企業と中小企業におけるオープン・イノベーションの関係性メ カニズムの解明」,研究期間:2017年−2019年,代表者:井上善海
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