奇跡の意味するもの
その他のタイトル A Meaningful Miracle
著者 中農 晶三
雑誌名 関西大学社会学部紀要
巻 21
号 2
ページ 195‑205
発行年 1990‑01‑30
URL http://hdl.handle.net/10112/00022619
奇 跡 の 意 味 す る も の
中
農晶
A Meaningful Miracle
Shozo NAKANO
Abstract
Any religion in the world involves the phnomenon of miracle. Meaning of miracle in Buddhism are discussed here through Stupasamdar・sana in saddharma pundarika sutra, which expresses the eternal teaching of Shakya‑
muni as well as missionary message to the followers. Magnificently treasured tower of Prabhutaratna, an older Buddha than Shakyamuni, appeared together in the sky to tell infinite trust from Buddha. Turning to the world of Ca‑
tholicism, G. K. Chesterton, realizing the meaning of miracle, refuted the scientific materialism. I would also take the the positive side with miracle in the conflict between religion and science.
Key words: Miracle, Shakyamuni, Keep, Chant, Explanation, Copy, Religion & Science, Orthodoxy, Religious art
抄 録
世界のどの国の宗教でも,こと宗教となると必ず奇跡がつきまとう。ここでは仏教の見宝塔品 を採り上げて,奇跡の意味するところを考えてみた。意味するところは釈迦牟尼仏の永遠の教え と,後世に伝える者への強い要望である。釈迦牟尼仏よりも古い仏である多宝如来の壮大な宝塔 が空中に出現して,二仏が並んで座る宝塔から,仏の限りない委託が伝えられる。ひるがえって カトリックの世界では, G.K. チェスタトンがキリスト教の奇跡の意味を考えている。チェスタ トンは奇跡を否定する科学的な物質主義者に反論を加えている。宗教と科学の相克の問題であ る。ここでは奇跡を肯定する立場をとった。
キーワード:奇跡,釈迦牟尼,受持,読誦,解説,書写,宗教と科学,正統,宗教芸術
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関西大学「社会学部紀要』第21巻第2号
Itんほうとうほん
宗教上でいう奇跡について考えるとき,わたしがまず思い出すのは,法華経見宝塔品第11であ る。空中に巨大な宝塔が出現し,釈迦牟尼仏をめぐって,さまざまな奇跡が現われる。まずは法 華経見宝塔品を現代語に訳してみよう。
I
見 宝 塔 品
そのとき,仏の面前に,高さが500由旬(ヨージャナの音写で, 古代インドの距離または長さ の単位)で,縦横250由旬の七宝造りの塔が,地中から涌き出てきて, 空中に高くそびえた。色 とりどりの宝物でこれを飾り, 5,000の欄干があって,塔の下の室は1,000万である。無数の旗を 飾りとし,珠玉のかざりを垂らし,万億もある宝の鈴がその上に懸っていた。周囲にはクマラ樹
せんだん
の葉や栴檀が香りを出して, 世界に充満した。金・銀・瑠璃・しゃこ(玉に次ぐ美石)・めのう
•真珠• まいえ(一種の美石)の七宝で合成された天蓋の列は,高く四天王の宮殿に至るまで連
ま ん だ ら
なっていた。天上界第2の三十三天にいる帝釈天とその一門は天上の曼陀羅の花をふらして,宝
けんだつば か る ら 合 ん な ら ま ご ら か
塔を供養し,その他の天・竜・夜叉・乾閾婆・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩喉羅伽(仏を守護す る八部衆)と,人間と八部衆などの1,000万億の衆も, すぺての花と香り, 珠玉のかざりと天 蓋,音楽で宝塔を供養して,うやうやしく敬い,尊重し,感心してほめたたえた。
すると,宝塔の中から大音声が響き, ほめていった。「すばらしい, すばらしいことだ。釈迦 牟尼世尊は,衆生にすべて平等である仏の知恵,菩薩を教える法であって,仏に護り念じられる 妙法華経を,大衆のためによくぞ説かれた。その通り,その通りなのだ。釈迦牟尼世尊よ,説か れたところは,みなこれ真実である」
そのとたん,僧, 尼僧と在家の男女の信者の四衆は, 大きな宝塔が空中にそびえているのを 見,また塔の中から出された音声を聞いて,みな法の喜びを抱いた。かつてなかったことだと不 思議に思い,座から立ち上って,うやうやしく敬い,合掌し,退いて一面に立ちつくしていた。
だいgょう.,つ
そのとき,大楽説と名づける菩薩は,一切世間の神・人間・阿修羅らが好奇心を起こしたこと を知って,仏に申し上げた。「世尊よ, どのような因縁があって, このような宝塔が,地中から 涌き出たのですか。また塔の中からだれがこのような音声を響かせたのですか」
このことばを聞いて, 仏は大楽説菩薩に告げられた。「この宝塔の中には, 如来の全身が安置 されている。いにしえの過去に,東方の1,000万億というはかり知れない無数の世界に,宝浄と 名づける国があって,そこに号を多宝という仏がおられた。その仏は,菩薩の行を修めていたと きに,大きな誓願をたてられた。『もしわたしが,仏と成って,直偽に入った後に, 十方の国土 で,法華経を説くところがあれば,自分のみたまやの塔は,この経を聞くための理由で,その前 に出現して,これを証明するために,すばらしいといって,ほめよう』と。
その仏は仏道を成就し終わって,涅槃のときに当たり,神や人間など大勢の大衆の中で,もろ もろの僧に告げられた。『わたしが入滅した後に, わたしの全身を供養したいと望む者は, 1つ
の大塔を建立すべきである」と。
その仏は,神通力と願力を発揮された。十方世界のありとあらゆるところで,もし法華経を説 く者があれば, そこに宝塔をみな涌き出させてみせ, 全身を塔の中に置いて、『すばらしい。す ばらしいことだ』と,ほめていわれるのだ。大楽説よ,いま多宝如来の塔は,法華経を説いてい るのを聞こうとするために,地から湧き出して,ほめたたえ『すばらしい。すばらしいことだ」
といわれるのだ」
そこで,大楽説菩薩は,如来の神通力に頼って,仏に申し上げ「世尊よ,わたしたちはできる ことなら,この仏の身体を拝見したいと思います」といった。
仏は大楽説菩薩に告げられた。「この多宝仏には重大な誓願があった。『もしわたしの宝塔が,
法華経を聞くために,仏たちの前に湧き出るとき,仏たちがわたしの身体を,僧,尼僧など 4種 の会衆に示そうと望んでいるなら,かの仏の分身の仏たちが,十方世界において人びとに教えを 説いているのを,すべて呼び戻していっしょに集め,そうしてから,わたしの身体を出現させる べきである』と。大楽説よ,わたしの分身の仏たちで,十方世界において説法している者を,ぃ まこそ集めなければならない」 大楽説は仏に申し上げて「世尊よ,わたしたちもまた,できる ことなら,世尊の分身の諸仏を拝見し,礼拝して供養したいと思います」といった。
びやくごう
すると,仏は白峯(両眉の間にある白い巻き毛)から一条の光を放たれた。その瞬間,東方に おいて500万億那由他(ナユクの音写で,数の単位)ほどもあるガンジス河の砂の数にも等しい 国土の仏たちが見られた。それらの国土は,みな水晶を地面とし,宝の樹や宝の布で飾られ,無 数の1,000万億の菩薩がその中に満ち満ちて,宝の慢幕が張りめぐらされ,宝の網で覆われてい た。それぞれの国の仏たちは,美しく魅力ある声で,教えを説いておられた。また1,000万億と いうはかりしれない菩薩が,多くの国に満ちあふれて,大勢の人たちに教えを説いているのが見 られた。そのほか南方,西方,北方と西北方,西南方,東北方,東南方と上方,下方とも,白峯 の光に照らされるところは,すべてこのようであった。
そのとき,十方における仏たちは,それぞれ付き従う菩薩たちに告げて「善男子よ,わたしは いま,娑婆世界におられる釈迦牟尼仏のところへ行き,あわせて多宝如来の宝塔を供養しなけれ ばならない」といわれた。
すると,娑婆世界はたちまち変化して清浄となり,瑠璃をもって地面とし,宝の樹でうるわし くおごそかにし,黄金のなわで8つの都道の境が区切られた。しかもその世界には集落,村落,
都市や大海,大河,山川,林とやぶもなく,大きな宝玉のような香りをくゆらせ,曼陀羅の花を その地一面にまき散らし,宝の網と幕でその上を覆い,そこにたくさんの宝の小鈴をかけ,ただ この集会に集まってきたものだけをそこにとどめておいて, その他の娑婆世界の神や人間など は,すべて他の世界に移された。
そこで仏たちは,おのおの侍者としてひとりの大菩薩を連れて,この娑婆世界に集まって,宝 樹の下に到着された。それぞれの宝樹は高さ500由旬(ヨージャナ)で,枝と葉と花と果実で順
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序よくおごそかに飾られていた。それらの宝樹の下には,仏を人中の獅子にたとえるので,その 仏のための獅子座がしつらえてあった。獅子座の高さは5由旬で,大宝で飾ってあった。そこに 仏たちは,おのおの両足を組んで安座された。このように広がり移って,三千大千世界に仏たち が満ちあふれた。
ところが釈迦牟尼仏が,一方に派遣された分身は,まだ全然来ていなかった。そこで釈迦牟尼 仏は,身を分かたれた仏たちの空席をつくろうと望まれたので,あまねく八方に,さらに200万 億那由多(ナユク)の国を変化させて,すべて清浄にされた。地獄,餓鬼,畜生と阿修羅は存在 せず,また神や人間たちを移して,他の世界に置いた。
変化させた国もまた,瑠璃をもって地面とし,宝樹でおごそかに飾った。樹の高さは500由旬 で,枝と葉と花と果実で順序よく飾られていた。樹の下にはすべて宝石造りの獅子座があって,
もくしん
高さは500由旬,色とりどりのたくさんな宝石が,飾りに使われていた。また大海,大河や目真
り ん だ せ ん ま か て っ ち せ ん しゆみ甘ん
那陀山,摩詞目真那陀山,鉄囲山,大鉄囲山,須弥山(スメール山)などの高い山もなく,整然 とした一仏国土となり, 宝の大地は平坦であった。露が垂れ下がるように珠を結び合わせた幕 が,広くその上を覆い,多くの天蓋をかけ,大きな宝玉のような香りをくゆらせ,天上の宝の花 がその土地一面に散り敷いていた。
釈迦牟尼仏は,仏たちが集まってきて,座られる席を設けるために,また八方に,さらにそれ ぞれ200万億那由他の国を変化させて,すぺて清浄にされた。地獄,餓鬼,畜生と阿修羅は存在 せず,また神や人間たちを移して,他の批界に置いた。
変化させた国もまた,瑠璃をもって地面とし,宝樹でおごそかに飾った。樹の高さは500由旬 で,枝と葉と花と果実で順序よく飾られていた。樹の下にはすべて宝石造りの獅子座があって,
高さは5由旬,また大きな宝石が飾りに使われていた。そしてまた大海,大河や目真那陀山,摩 詞目真那陀山,鉄囲山,大鉄囲山,須弥山などの高い山もなく,整然とした一仏国土となり,宝 の大地は平坦であった。露が垂れ下がるように珠を結び合わせた幕が,広くその上を覆い,多く の天蓋をかけ,大きな宝玉のような香りをくゆらせ,天上の宝の花がその土地一面に散り敷いて いた。
そこで釈迦牟尼仏がつくられた分身で,東方において,百千万億那由多という,ガンジス河の 砂の数にも等しい国土で,それぞれ説法しておられた仏たちが,ここに集まってこられた。この ようにして順々に,十方の仏たちは,みなことごとく集まってきて,八方に座られた。するとそ のとき,それぞれの方角の400万億那由多の国土に,仏・如来たちが満ちあふれた。
そこで,これらの仏たちは,おのおの宝樹の下の獅子座に座って,みな侍者を遣わして,釈迦 牟尼仏を訪問させようとし, それぞれ両手に宝石造りの花束をもたせ, 侍者に告げた。「善男子
しやくつせん りようじゅせん
ょ,おまえは脊闇堀山(霊鷲山)の釈迦牟尼仏のところへ参詣して, わたしの伝言の通りにい
しよう
ぇ。『病も少なく,悩みも少なくて,お元気で安楽にしていらっしゃいますか』,また『菩薩や声
もん
聞の衆は,ことごとく安穏ですか,どうですか」と。そして,花束の宝石を仏にふりまいて,供
養したのち『それがしの仏は,この宝塔を開くことに賛成されました』といえ。他の仏たちが使 者を派遣されるのも,また同様の趣旨であります」
そのとき,釈迦牟尼仏は,自らつくった分身の仏たちが,全員すでに集まってきて,それぞれ 獅子座に座ったのをご覧になり, 仏たちがみな, 宝塔を開くことに同意されているのを聞かれ て,ただちに座から立ち上って,空中に立たれた。すべての四衆は,起立して合掌し,一心に仏 を観たてまつる。そこで,釈迦牟尼仏は右手の指で,七宝造りの大宝塔の戸を開かれた。ちょう
ど錠前とかんぬきをはずして,大都城の城門を開くような大きな音がした。
すると,すべての会衆はみな,多宝如来が宝塔の中で,入滅したあとも遺骨(仏舎利)が 8つ に分配されることなく,全身のままであたかも瞑想にふけっているかのように,獅子座に坐って おられるのを見た。また「すばらしい。すばらしいことです。釈迦牟尼仏は快くこの法華経を説 かれた。わたしはこの経を聞くために,ここに来たのです」といわれるのを聞いた。
そのとき四衆たちは,無量千万億劫(カルパ)の昔に入滅された仏が,このように語られたの を見て,不思議だとたたえた。そして天の宝石の花を集めて, 多宝仏と釈迦牟尼仏の上にまい た。すると,多宝仏は宝塔の中の獅子座の半分を,釈迦牟尼仏に譲って,このようにいわれた。
「釈迦牟尼仏よ,この座にお就きなさい」
そこで,釈迦牟尼仏は宝塔の中に入り, 譲られた半分の座に座って,両足を組んで安座され た。すると大衆は, 2人の如来が七宝造りの塔の中の獅子座に並んで座って,両足を組んで安座 されたのを見て,おのおのこのように考えた。「仏は高くて遠いところに座っていらっしゃる。
どうぞ,できることなら如来よ,わたしたちも神通力をもって,空中に昇ることができるように して下さい」
そのとき,釈迦牟尼仏は神通力をもって,大衆たちに触れて,みな空中に昇らせ,大音声をあ げてあまねく四衆に告げられた。
「おまえたちの中で,この娑婆世界で,広く妙法華経を説くことができるのは,だれなのだ。
いまや正にその時が迫っている。如来は近い将来に,必ず涅槃に入るだろう。仏はこの妙法華経 をだれかにゆだねて,のちの世にとどめておこうと望んでいるのだ」
そこで,世尊は,重ねてその意義を述べようと望んで,つぎの詩頌を唱えた。
すぐれた主である世尊は,久しい昔に入滅されたけれども,
宝塔の中にあって,なお仏法のためにここに来られた。
諸人はどうして,勤めて法のためにしないでおられようか。
この仏は無数劫の昔に,入滅されたのにもかかわらず,
どこへでも行って法を聞かれるのは,この教えには遭いがたいからだ。
かの仏の本願は,自分が入滅したのちにも,
ありとあらゆる行く先々で,いつも法を聞こうということだ。
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またわたしの分身であるガンジス河の砂の数にも等しい,
無量の仏たちが,ここに来て法を聞き,そして入滅された多宝如来を拝見しようと欲して,
それぞれ妙えなる国土と,また弟子たちと,
神,人間,奄神の,もろもろの供養のこととを捨てて,
法を永く存続させようとして,ここに来られたのだ。
これらの仏たちの席を設けるために,神通力をもって,
無量の衆生をほかに移して,国土を清浄にしている。
仏たちがおのおの,宝樹の下に到着されたことは,
清涼の池を,蓮の花でおごそかに飾ったかのようだ。
その宝樹の下に,多くの獅子の座がある,
仏はその上に座られて,光明で飾ることは,
夜の闇の中に,大きなたいまつをともしているようだ。
仏身から芳しい香りを出して,十方の国に広めると,
衆生はそのにおいを受けて,喜びに打ち震えること,
たとえば大風が,小さな樹の枝を吹くかのようだ。
このように巧みな教育方法で,法を永遠に存続させるのである。
もろもろの大衆に告ぐ。わたしが入滅したのちに,
この経を護持し読誦できるのは,だれなのだ。
いま仏の面前で,自ら誓いのことばを語れ。
それ多宝仏は,久しい昔に入滅されたけれども,
大きな誓願に従って,獅子吼された。
多宝如来と,そしてわが身と,
Itぶ つ
集まってきた分身の化仏とは,必ずその決意を知るだろう。
もろもろの仏の子らよ,だれがよく法を護るのだ。
まさに大願を起こして,永遠に存続させねばならない。
もし,よくこの経法を護るものがあるなら,
その者たちは,わたしと多宝如来を供養することになるのだ。
この多宝仏が,宝塔におられて,
いつも十方に旅されるのは,この経を聞くためである。
そしてまた,集まってこられた化仏が,もろもろの世界をうるわしくおごそかにし,光で飾 られた者をも供養することになる。
もしこの経を説くなら,すなわちそれはわたしと,
多宝如来と,そしてもろもろの化仏とを見ることになる。
もろもろの善男子よ,それぞれよく考えよ。
これはまことに難事である。よろしく大願を起こしなさい。
もろもろのほかの経典は,その数,ガンジス河の砂のように多い。
たとえこれらを説いても,まだむずかしいというに足りない。
もし須弥山を手にとって,他方の無数の仏国土に,
投げ捨てる者があったとしても,同様にまだむずかしいことではない。
もし足の指で,この三千大千世界を動かして,
遠く他国に投げうつ者があったとしても,同様にまだむずかしいことではない。
もし足の指で,この三千大千世界を動かして,
遠く他国に投げうつ者があったとしても,同じくむずかしいとはいわない。
もし生物の最高の天である有頂天に立って,人びとのために,
はかりしれない数の他の経典を説いても,またいまだむずかしいことではない。
しかし,もし仏が入滅したあとの,悪世の中で,
よくこの経を説くなら,これこそすなわち難事である。
たとえ,虚空を手ににぎって,
行脚する人があったとしても,まだむずかしいとはいわない。
けれどもわたしが入滅したのちの世で,この経典をあるいは自ら書いて受持し,あるいは人 に書写させるなら,これこそすなわち難事である。
もし大地を,足の爪の上に置き,
そのまま高く梵天(プラフマン)の世界まで昇って行くとしても,それでもまだむずかしい とはいわない。
仏が入滅したのちの,悪世の中で,
しばらくでもこの経を読むなら,これこそすなわち難事である。
たとえ劫火が世界を焼きつくすとき,乾草を担って,
火中に入って焼けない人があったとしても,まだむずかしいことではない。
わたしが入滅したあとに,もしこの経を受持して,
ただひとりの人のためにでも説くなら,これこそすなわち難事である。
もし84,000という数多い仏の教えの蔵と,
十二部経とを受持して,人のために説きひろめ,
多くの聴衆に, 6種の神通力を獲得させるなら,
よくやるといっても,まだむずかしいことではない。
わたしが入滅したのちの世で,この経を静かに聞き入れ,
その意義を問うのは,これこそすなわち難事である。
もしある人が法を説いて, 1,000万億という,
無量無数の,ガンジス河の砂の数ほどもある衆生に,
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理論的,感情的な迷いを脱した阿羅漢の位を得させ, 6種の神通力をそなえさせるなら,
その利益があるといっても,またいまだむずかしいことではない。
わたしが入滅したのちの世で,もしもよく,
このすぐれた経典を信奉して受持するなら,これこそすなわち難事である。
わたしは仏道のために,無量の国土において,
始めから今に至るまで,広くもろもろの経を説いたが,
しかもその中で,この経は第1である。
もしよく受持することがあれば,すなわち仏の分身を受持することになろう。
もろもろの善男子よ,わたしが入滅したのちの世で,
この経を受持し読誦できるのは,だれなのだ。
いま仏の面前で,自ら誓いのことばを語れ。
この経は受持しがたい。もししばらくの間でも受持する者があれば,
わたしは直ちに勇み喜ぶだろう。仏たちもまた同様のはずだ。
このような人は,仏たちが称賛する人だ。
この人はすなわち勇猛である。この人はすなわち精進である。
この人は戒を保ち,質素な衣食住を行ずる者と名づける。
そのため速やかに,無上の仏道を得たのである。
よく末世において,この経を読み受持すれば,
これこそまことの仏の実子であって,清らかな善境に到着した者だ。
仏が入滅したのちに,よくその教義を解けば,
まなこ
これこそ神と人間たちが住む,世間の眼となった者だ。
行く末もしれずに恐れる世の中で,よくしばらくの間でもこの経を説くなら,
すべての神と人間はみな,まさに供養するだろう。
I
I
奇跡について考える
見宝塔品の内容は,奇跡としかいいようがない。七宝で飾られた巨大な塔が大地から出現し て,空中に高くそびえたことにはじまり,釈迦牟尼仏がその分身を集めるために, 娑婆世界以 下, 3回にわたって国土を清浄にしたなど,西欧的合理主義の見地からは理解しにくい奇跡であ
る。ここに科学と宗教の相克の問題がある。
別に仏教でなくても,キリスト教にも奇跡がつきまとう。この問題に取り組んだ人に,チェス クトンがある。イギリスのチェスクトンという名前には,なじみのない人が多いかもしれない。
もし覚えている人がいるとすれば,その人はプラウン神父が登場する推理小説作家を連想するだ ろう。あの小柄でこっけいなカトリック神父を主人公とする一連の推理小説である。かれは作家
であるばかりでなく,明治末のイギリスの新聞雑誌に,健筆をふるった人気工ッセイストで,す でに夏目漱石が『文学論』(明治40年)の中で,かれの書いた評論を紹介している。
ロマンスということばの中に,ローマのもつ神秘と永遠の意味がこめられている,と語りはじ める『正統とは何か』は,かれの評論の最高傑作である (G.K. チェスクトン,福田恒存•安西 徹雄訳『正統とは何か』春秋社,昭和48年)。 この本は逆説に満ちている。それもたんなる逆説 ではなくて,どこかが間違っている世の中に,なにが正統であるかを説こうとする皮肉とユーモ アに富んだ逆説である。
チェスクトンの逆説の一例をあげると,オプティミストとペシミストがある。オプティミスト とは,この世の中がすべてよいと楽観的に見る人のことであり,ペシミストとは反対に,すべて 悪いと悲銀的に考える人のことである。ところがチェスクトンは,この定義は全然意味をなさな いと断定する。オプティミストはあらゆるものをよいと考え,悪は一切存在しないと考える,な どといったところで意味をなさない。あらゆるものでは右あって,左は一切存在しないというの と,同じだからだ。
かれが達した結論によると,オプティミストとは,この世の中からペシミストだけを例外とし て除けば,ほかのすべては善と考える人間であり,ペシミストとは,自分自身だけを例外として 除けば,ほかの一切は悪だと考える人間のことである。ここからさらに,かれ一流の皮肉とユー モアが生れてくる。それはある女の子がいったという不思議な,そして象徴的な定義である。
「オプティミストというのは,目のことを世話する人で,ペシミストというのは,足のことを 世話する人のことです」この女の子はオプティミストを,オプティシャン(眼鏡屋)と混同し,
ペシミストはラテン語のペース(足)と関係があるにちがいない, という誤りをおかしたのだ が,チェストンはこれを逆手に利用する。
人間に視力があることをまず考え,未来の行く手を選択する能力のことを考える陽気な思想家 と,時々刻々に大地との接触のことばかり気にしている陰気な思想家という,象徴的な意味であ る。かれにいわせると大事なのは,この世界があまりに悲しくて愛せないとか,あまりに楽しく て愛さずにはいられない,ということではなくて,もしなにかを愛すれば,その楽しさが愛する 理由となり,その悲しさがさらに深く愛する理由となることである。そして,人間が自己の世界 を大きくしようと思えば,いつでも自分を小さくしなければならない,という逆説を提示する。
自己の世界を大きくしようとすれば,人間の欲望の傲慢さをおさえ,それが無限にふくれあがる ことを抑制しなければならない。
近年わが国の青少年の間で,理由もなく自殺する人が増えている。カトリック教徒のチェスク トンは自殺についてそれを「自動自殺販売機」と呼んで,警告を発している。なぜ自殺が罪なの かというと, ひとりの人間を殺す男は, ひとりの人間を殺すにすぎないが, 自分自身を殺す男 は,あらゆる人間をみな殺す男である。なぜなら自分自身に関するかぎり,かれは全世界を抹消 してしまうからである。
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関西大学『社会学部紀要』第21巻第2号
泥棒ならダイヤを盗むことで満足するが,自殺者は違う。地上からなにひとつ盗もうとしない ことによって,地上のあらゆるものを侮辱するのだ。花のために生きることを拒否することで,
あらゆる花の命をけがすのである。かれがいう正統とは,宗教的絶対者が指し示す正統のことで ある。
そのようなかれが,科学的な物質主義者からの奇跡に対する攻撃に,反論したのは無理からぬ ところだろう。
「キリストが墓よりよみがえり給うたことを信じない自由を固執する人だけがいつでも自由主 義的と見なされて,自分の叔母さんが墓からよみがえったと信じる自由に固執する人は決して自 由であるとは考えて貰えないのだ。教区で問題が起こる時というのは,たいていの場合,聖ペテ 口が水の上を歩いたという奇跡を司祭が認めようとしない時であって,自分の父親がハイド・パ ークの水の上を歩いたと主張したからという例は滅多に聞いたことがない。議論の達者な世俗主 義者なら直ちにこう言うだろう一ーその理由なら箇単だ,奇跡などというものは,われわれの経 験に照らして信じられるはずがないからだ,と。だが実はそんなことが理由ではないのだ。ある いはまた,マシュー・アーノルドが単純に信じ切って主張したように,『奇跡は起こらぬ」から でもない。なぜといって,現に今日, 80年前には思いもよらなかったほど多くの超自然的な現象 が,たしかに起こったと主張されているではないか。現代の科学者は, 一時代前の科学者より
も,はるかにこうした不可思議な現象の可能性を信じている。現代の心理学では,実に奇妙な,
恐怖を催させるほどの異様な現象が人間の心に生起することを,実際毎日のように明らかにして いるではないか。旧式の科学なら,そんなものは奇跡だとして,少なくとも常識ではとても信じ
られぬと否定しただろう」
つづいてチェスクトンは「改革とか,正しい意味での進歩が何を意味するかと言えば,要する に精神が徐々に物質を支配して行く過程を指すにちがいない。ところで奇跡とは,精神が一瞬の うちに物質を支配することにほかならぬ」と述べ,人間の自由と同様に,奇跡は神の自由を意味 するといって「ところが科学的物質主義は,天地の創造者自身からさえ自由を奪った」と断定し た。
さらにかれは,奇跡の本体に肉迫する。
「たとえばバーナード・ショー氏がそれだ CG.B. ショー『人と超人』 1903年)。奇跡という 観念にたいして,臆面もない旧式の軽蔑を公言してはばからぬ。まるで奇跡は自然界の背信行為 だとでも言わんばかりである。だが,彼は本来,意志の万能を信奉する人ではなかったか。そし て奇跡とは,彼自身のこのお気に入りの思想の木がついに咲かせた究極の華であるはずだ。彼が これに気がつかぬのは実に奇妙と言うほかない。霊魂不滅の問題についてもまた,彼はまった<
同様の自己矛盾を犯している。霊魂の不滅を希求するなどは,けちな利己心の表われにすぎぬと 彼は言うのだが,その彼がたった今,生命の希求は健全にして英雄的な利己心だと言ったばかり であることを忘れている。自己の生命を無限に拡大しようとすることが高貴でありながら,霊魂
の永生を願うことがどうして卑怯なことでありうるのか。もし人間が残酷な自然や慣習を乗り越 えることが望ましいのなら,奇跡が望ましいことには疑問の余地はありえない」と(同上訳書)。
仏教でいう仏は,奇跡を現わすときに神通力を用いる。しかし,チェスタトンはあくまでもキ リスト者であって,仏教徒ではないから,キリスト教と仏教の矛盾についても述べている。相似 点としては,キリストも仏陀も,ともに天上から響きわたる声を聞いた点などをあげ,一方相違 点としては,宗教芸術において,仏教の聖者がいつでも目を半眼に閉じているのに対して,キリ スト教の聖人はいつでも目をかっと見開いている点などを指摘している。芸術表現の精神が違う というのだ。
わたしはいまここで両者の優劣を論じるつもりはない。ただ自分が見た弥勒菩薩像についてだ け述べておこう。弥勒というのはサンスクリットではマイトレーヤで,もともとはイラン系の神 が仏教に包摂されたのではないかといわれている。マイトレーヤとは慈悲で,真実の友情を意味 する。弥勒はまたの名を阿逸多,つまりアジタと呼ばれ,アジタとは不敗の者,征服されざる者 の意味である。
ところが,わたしがいままで中宮寺,広隆寺などで見た弥勒像は,目をうっすらと閉じて,半 珈思惟している幽玄な美女のイメージであった。だが昭和54年に,奈良国立博物館の「法華経の 美術展」で見た弥勒像は,まなじりの張り裂けた精悸な顔立ちの若者像で,真実の友情,または 征服されざる者という呼称にぴったりであった。
中国で仏教が大いに栄えた漢代から唐代に至る間,長安にはペルシャ人が約4,000人住んでい たという説があるから,東西文化の交流でさまざまな影響力があったであろう。
弥勒という仏は,釈尊入滅後56億7,000万年後,この世に現われて衆生を救う未来仏と信じら れているから,あるいは東西の世界を橋かけて救う奇跡を,その二通りの仏相に体現しているの かもしれない。
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