神秘家Henry David Thoreauの挫折
六 川 信
HenryDavidThoreau(1817‑1862)の作品や 日誌には, 自然観照の詩人,自然科学者, 政治社会批評家,古典学者,哲学者,超絶主義者,文学作家,測量技師等の顔が現われてい る.研究家は,彼を節倹家,禁欲主義者,無神論者,変人,人間嫌いなどと論 じてきた.こ れ らのどの側面をとっても,彼の全体像の一部を表わすにすぎない.彼を貫いて流れる実体 ない し本質は何であろ うか.
文学史的視点か らは,Thoreauは超絶主義を代表する作家の一人である. しか し,「超絶 主義者」は彼の本質を語 るには不十分な言葉だ.何故なら,超絶主義は明確な思想体系ではな く超絶主義者各々により色合いが異なるか らである.彼の本源的な人物像についての定説は ないのではなかろ うか.それは,Thoreauが きわめてとらえに くい作家であることに起因 していると考えられる.さて,古来の神秘家を見 るとき,その実像は常に把握困難であるこ とに気ず く.Thoreauに神秘主義の光をあて距離をおいて彼を見るとき,その光が彼の内 面の深 くに達 し彼の其の姿を映 し出す ように思われ る.従 って,この小論では, 「Thoreau は神秘主義の実践家であった. 自然観察やその記録などは彼にとって第二義的なことであっ た」 とい う佼説をたて,その仮説の うらずけを しつつ,Thoreauの本質を検討 したい.
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Thoreauは,実体把握の困難な文学者であ り彼の生前の親友にも其の姿は 理解 されてい なかった. Thoreauの師RalphWaldoEmersonの Nature(1836)はThoreauに大 きな 衝撃を与え彼の世界観形成の根底 となったことは周知のことである.このEmersonです ら Thoreauを自然主義者 (naturalist)として理解 していたにす ぎない.この事実はEmerson の追悼文 "Thoreau''に明白である."Yet,hermitandstoicashewas,hewasreally fondofsympathy,andthrew himselfheartilyand childlike intothecompany of youngpeople,‑‑Icannothelpcountingitafaultinhim thathehad no ambi‑ tion."(1)このことばは, 隠者, 禁欲主義者としての Thoreau像を初めて世に示 したが, Emersonは禁欲主義の 庇深 く眠っているThoreauの本質的魂を 理解できたかったのだ.
Thoreauに野望のないのは欠点だと述べているのは,神秘的合一の達成 とい う冒険にい どん でいたThoreauの目標を洞察できなか った証拠である.Emersonは超絶主義の思想家で Thoreauはその思想の実践家であったところに両者の本質的相違が あ り(幻, 神秘主義の実 践の中味はEmersonの理解を超えていたといえよう.神秘家ThoreauをもEmersonの 思想の中に閉じこめてお く意見があるが(3),それは誤 りとしなければならない.
* 昭和53年10月 第17回日本アメリカ文学会全国大会において発表
**一般科 英語 助教授
原稿受付 昭和54年9月26日
Thoreauの晩年15年間の親友 ElleryChanningは "Ihaveneverbeenabletounde‑
rstandwhathemeantbyhislife‑・・・Whywashesodisappointed with everybody else&C.Whywashesomuchinterestedintheriverandthewoodsand the sky
&C.SomethingpeculiarIjudge.''(4)"HisEastIndianstudiesneverwentdeep,‑‑
"whatisOm?"heenterednot."(5)と述べているように,Thoreauの神秘的な面につい ては全 く無知であったと言 ってよい.
Harrison G.0.Blakeは Thoreauの弟子格で生淀にわた り書簡の交換を続けた.その 書簡か ら判断するとき,彼 もThoreauの次元の高い霊的要素には気付いていなかったと見 てよい.Thoreauの霊的大志に気付いていたのはBronsonAIcottのみではなかろ うか.
AIcott は,"He is lessthinkerthan observer;a naturalist in tendency but of a mystic habit,and a genius for detecting the essence in form and givingforththesoulofthingsseen.‑‑Hismysticism isalikesolidandorganic, animalandideal.〟(6)と述べる.Thoreauも彼をHoneofthelastofthephilosophers"(7)
と呼び,"atruefriendofman"(Walden,269)と称えている.
次にThoreau研究家はどうだろうか.MarkVan Dorenは "Thoreau'smainproduct wasnothing,andhismaineffortvain,hisownJournalbestbetrays."(8)と述べてお
り,Thoreauの神秘的実践については 殆ん ど無知であったと思われる. Sherman Paul もWaldenの年代に続 くThoreauの生涯を絶望の時代と考えている."Thelastdecade ofThoreau'Slifewasadecadeofincreasinglyfrequentcrises,the testimony of whichwasalltooclearinthethirteenJournalsoftheyearsfrom 1850 to 1861. TheseJournalsrecord thedesperation ofthespiritualseekerwho haslosthis communion."(9). この両者は Thoreauの神秘主義を無視 しているに等 しい. HelenA.
Snyderは東洋の神秘思想 と Thoreauの思想を比較 し,印度経典か らの原文 と Thoreau の作品に表われた引用 との実証研究を行っている的.しか し,Thoreauを神秘家とし て 把 握 してはいない.ArthurChristyは Thoreauの印度思想をかな り詳細に研究 し,彼の神 秘主義を無条件で肯定 している. TI10reauをニュー ・イングラン ドのyogiと断定 し印度 思想の影響を強調する. しか し,彼の主旨は,自分の思想の補強のために印度思想を借用 し たのであって本当の yogiにはなれなか ったとい うものであるOD.JosephWoodKrutchは Thoreauの神秘主義を論 じた Christyの主張を再確認 しているがThoreauを神秘主義の 実践家としてとらえその実践 (mysticalpractices)について詳細に検討 してはいない的.秤 秘主義者 Thoreauを最 も詳細に論 じているのは CharlesCalvin Koppである. 彼は Thoreauをアメリカの神秘主義の 伝統の中に位置ずけ世界の偉大な神秘家の列に加える.
自己と白魚との完全な調和の中で自然の中に神の啓示を発見 し神 との神秘的融合の実体験を し,神秘家として成功者であったと論 じている佃.
要す るに,Thoreauが神秘家であるか否か,また研究家の結論の正否など,神秘主義の 視点か らのThoreauへのアプローチは議論の余地を残 している.
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Mysticismの訳語には神秘思想 と神秘説があるとい う意見もあるが叫,Mysticism(神秘
神秘家 HenryDavidThoreauの挫折 77 主義)とMysticalThought(神秘思想)は区別 されなければな らない.神秘主義には,ユ
ダヤーキ リス ト教的伝統の絶対的他者 とのunion,spiritualmarriage, ウパニシ ャッ ドの 形而上学的 ヨーガ体系の二者 との合一体扱 Sam豆dhi,仏教の身心脱落の 悟 りの 境地な ど諸 形態がある的. 神体畝では,修道の形態は神秘的であっても,証倍においては絶対者 と自己
との融合とい う神秘的合一 として規定できない的.
神秘主義 とい う言葉は多義的であるが, 0ccultismを含め奇跡や超 自然現象と結びつけ た偏狭な意味に解 してはならない.神秘主義の定義は移 しい数にのはるが,二,三を挙げる.
「神秘主義は,心の中に,また自然界の中に,生 きた神の存在を実感しようとする試みであ る」(William R.Inge)的.「神秘主義は,いわゆる神秘不思議に対 しての 知的探求 とは全 く異なった ものであ り,絶対者 との間に意識された関係を創る営みである」(EvelynUnder‑ hill)的. 「自己と自己よりはるかに偉大な,世界の魂 と呼ばれるもの,すな わ ち絶対者 との 結合が現われる内面的な状態が 神秘主義である」 (HenriS6rouya)的.東京大学出版会 『宗 教学辞典』 (1973)には,「神秘主義とは,神最高実在,あるいは宇宙の究極的根拠などとし て考えられ る絶対者を,その絶対性のままに自己の内面で直接に体験 しようとする立場,そ してその体険によって自己が真実の自己となるとす る立場をい う」 と記 されている. これ ら の定義にも見 られるように,神秘主義は見えない世界,心理学的に言えば無意識の領域にか かわ っている. 日常の平常経験 とは異なった合理的思惟を超えた直観的な独特な神秘体験を その内容とする. この神秘体験はどんな特質をもつものなのか. William Jones,Evelyn Underhill,岸本英夫, 藤田富雄の所説を参考に, 何人 も認め うると思 う神秘体験の特質を 簡明に要約 してみようCO.(1)純個人的体験であ り言語表現不能の状態, (2)直観的に心の奥 ま で透徹する思惟を絶 した直接体験,(3)瞬時的に超絶的神性に触れる実体感,(4)心の歓喜 と高 揚感,(5)自己の意識が停止 したような受動的状態.
Thoreauは Emersonの弟子 として熱心な超絶主義者 として生涯を歩み出 し,Emerson か らorganicな宇宙観を修得した軸.そ して, 自然の中に神の啓示があるか ら, 自然に投入
し自然 と融合することによって,物象 としての背後に存在する時間 と空間を超えた永劫なる 究桂の実在に到達することが真の生き方であると学んだのである. この自然 との融合 とか, 見えざる永遠なる真実在 と自己の肉体に宿 る霊的本体 (超絶主義者はクェーカーの用語を借 用 し"innerlight"と呼んだ)の合一などとい うことは,先に掲げた神秘体験の特質にて ら して考えると,きわめて宗教的であ り神秘的なことである. Thoreauがこの神秘的なこと の実践家‑ と変貌 していったのは, Emersonの影響によるとい うよ り彼の導きで 知 った
『マヌの法典』 と TIieBhagavad‑Gilaとの絶大な 影響によると考えるのが 至当であろ う田.
Emersonの紹介でThoreauが読んだ最初の印度思想関係の文献は,SirWilliamJones の訳 TheOrdinancesofMenuAccordingiotheGlossofCullucaである.彼のJournal に明らかなように,1840年から翌年にかけて耽読 していった.彼はこの 『マ ヌの法典』か ら 宇宙の最高の神を知 るにはpurityの原理を貫 き静寂 と院想を通 してであることを学んだ.
"Menusaysthatthe"supremeomnipresentintelligence" is"a spiritwhich can onlybeconceivedbyamindslumbering." Wisdom and holinessalwaysslumber; theyareneveractiveinthewaysoftheworld."(Jouynal,March,1841)め.院想 と禁
欲 と孤独を求めて Walden湖畔の独居生活に入 る動機 とな ったのは, 当時流行の森への隠 棲生活への追従 とい うよ りも 『マ ヌの法典』の教義 の影響であ った.従 って,彼は真剣にそ の生活にと りくんだ. それは HIwenttothewoodsbecauseiwishedtolivedeliber‑ ately,・・・・・・"で始 まる独居生活の 目的 を語 るかの有名な一節 (Walden,90‑91)に端的に暗 示 され てい る.
Thoreauが神秘主義の 実践家へ とmetamorphosisす るのに大 きな 影響を及ぼ した もう 一つの聖典は TheBhagavad‑Giia朗 であ る.彼は,19世紀の標準版 とな っていたWarren Hastingsの序文のある CharlesWilkinsの訳 TheBhagavai‑Geela(London:Nourse, 1785)で読んだ.独居生活を開始 した1845年の冬の ことであ る.その後,GitaはThoreau の生涯 の愛読書 とな る.彼は A Weekの中で, HThereaderisnowhereraised into andsustainedinahigher,Orrarerregionofthoughtthan in theBhagvaトGeeta.
・・‑・Itisunquestionablyoneofthenoblestandmostsacredscriptureswhich have comedowntous.''(W.I.142)と Gitaを称 え,"It(‑theOrientalphilophy)only assignstheirduerankrespectivelytoActionandContemplation,orratherdoesfull justicetothelatter.Westernphilosophershavenotconceivedofthesignificanceof Contemplationintheirsense." (W.Ⅰ.142‑143)と述べてい る. この聖典か ら Thoreau が学んだ最大の ものは 静かな る院想であった ことは この引用文か らも 明 らかである. Giza の影響 とい う角度か ら考 えるとき,グ ィシ ェヌ神は Brahmaと同一祝 され クリシェナはヴ
ィシ ェヌ神の化身であるか ら,A Weekの〃everlastingSomething''(W.Ⅰ.182)と"the Universal Soul''(W.Ⅰ.131), また Waldenの 〃the perennialsource ofour life"
(Walden,133)は Brahmaと一致すると考えていい.従 って,Thoreauの 目指 したことは現 象界 (maya)‑の依存か ら脱却L Brahmaとの融合にあ った と換言できる. こ う見て くる と,Thoreauの希求 した根源的実在 (theUltimateReality)は東洋の神秘家の求めたも の と塀似 してい る, と言えるだろ う.
Thoreauは1849年11月HarrisonG.0.Blakeへ の書簡で "∫wouldfainpracticethe yogafaithfully.‑ ・・・Iam ayogi."餌 と述べ,Journalで "ThefactisIam amystic, atranscendentalist,andanaturalphilosophertoboot.〟(March5,1853)と自称 して い る. この言葉 は, ワシン トンの科学振興協会の事務局か ら科学の関心のある分野の回答を 釆め られ,当協会‑の加入をすすめられた, とい う記述に続 いて記 されている. この文脈の 中で考えるとき, これを神秘家 丁血oreauの高 らかな宣言 と解 していいだろ う.事実,1847 年以降 JeanLouisRodolpheAgassizの影響の下に 自然科学への興味がか きたてられてい
ったが餌, WalterHardingや Miriam AliceJeswineも述べ てい るよ うに,神秘家 とし て生 きるThoreauの膜望は生涯 にわた り不変であった. 彼は上記 の二大聖典か ら神秘主義 の実 践の方法を借用 し,神秘家の道を歩み深めていった といえる.
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神秘家に入 る第一要件は, 日常生活を浄化 し事物‑の欲望 と執着を離脱 し清貧 と至誠心に 生 きることであ り,院想に よって精神の純化 と高揚をはか ることで あ る. これはPlotinus 以来幾多の神秘家の伝統的常套的手段であ った.Thoreauが これを 『マ ヌの法典』 とGiia
神秘家HenryDavidThoreauの挫折 79 か ら学んだ ことは先に述べた.次に彼の神秘主義の実践について考察する.
当時のNew Englandにはまだ簡素 と 禁欲の生活理念は残 っていたが, 都市化が進み酉 漸運動が高 まり,人 々の心は富の追求へ と向いてい った. 神秘家 Thoreauは都市に充満す る機械物質文明の害毒を排撃 し,富を求めて西部‑進む人 々を蔑視 した.彼は同時代の人 々 の富を求める流儀を拒否 し衣食住にわ た る 日常生活を 簡素化 した. これは Waldenの
"Economy"の章に くわ しく記 されている."Simplicity,simplicity,simplicity!‑Simplify, simplify."(Walden,90‑91)この言葉は彼の生活信条であ り生涯 にわた る基本的教義であ
った.生活の余分な虚飾を取 り除き内面生活の向上を求めた ことは次の引用か らも明 らかで ある. "Mostoftheluxuries,andmanyofthesocalledcomfortsoflife,are not onlynotindispensable,butpositivehindrancestotheelevationofmankind. With respecttoluxuriesandcomforts,thewisestIlaVe everlived a more simple and meagerlifethanthepoor.''(Walden,14)この一節には印度聖典の影響が顕著である.
俗世か ら離脱 し過去をす っぽ りと捨て去 り,因習 と伝統を放棄 し,事物への執着を脱するた め,彼は簡素化の原理を極限にまで押 し進めていった. この彼の有 り様を知 るとき,我 々は 俗界を捨てた ヨ‑ガ行者の姿 とThoreauの類似に気ず く.
都市文明に決別 した Thoreauは,『西部』(‑Arcadiaとしても自然)へのSaunterer=
HolyLanderとなった的.聖地巡礼者はひたす ら「歩 く」のだ."IthinkIcannotpreserve myhealthandspirits,unlesslspendfourhoursadayatleast‑anditiscommonly morethanthat‑saunteringthroughthewoodsandoverthehillsand丘elds."(W.V 207)彼の歩みはサ ドゥウ (ヒンズー教の修業僧)や山獄修行僧の行 と,苦行の点で異質では
あるが,聖地‑の儀式 として極めて摂似 してい る.歩 くことが事業であ り職業なのだ,と彼 自 身が述べ る.歩 くとい う単純な身体的行為の反復は精神集中を生み出す ものであ り,千 日回 蜂に も見 られ るよ うに,宗教的修業 の術である. "∫am alarmedwhenithappensthat Ihavewalkedamileintothewoodsbodily,withoutgettingthereinspirit."(W.
Ⅴ.211)彼は身心両面で歩む.身心の修業は不立文字の境地‑の不可欠の条件で もあること を我 々は思い出す.
Thoreauが好んで赴 くのは原生林で覆われた人跡未踏な沼地であった."Ienteraswamp asasacredplace,asanctum sanclorum."(W.V.228)そ こは, 自然を敬虎祝 し自然の 生命 と調和 して生 きた無垢で清純素朴な古代人の原始世界を暗示 してお り,霊感 と直覚力を 鋭敏に保持 し自己の innocenceを保つ最適な場所なのだ.夏は毎朝,Walden湖で水浴を したが, ガンジス河の水 とまざ り合 うその水での水浴は清めの宗教的儀式であった.そ もそ もWalden湖そのものが神秘家Thoreauの目指す境地の象徴であった."Igotomywell forwater,andlo‡thereImeettheservantoftheBramin,priestofBrallma and Vishnuandlndra,whostillsitsinhistempleontheGangesreadingtheVedas‑‑
Imeethisservantcometodraw waterforhismaster,andourbucketsasitwere gratetogetherinthesamewell.ThepureWaldenwaterismingledwiththesecred wateroftheGanges."(Walden,298)
Thoreauは孤独を愛 した."Ⅰ丘nditwholesometobealonethegreaterpartofthe time・‑‑Ilovetobealone.Ineverfoundthecompanionthatwassocompanionable
assolitude.〟(Walden,135)彼は人 との交わ りより 自然を愛 したのだ.独居する小舎の戸 口に,孤独 と静寂 の中, 日の出前の水浴の後正午 まで坐 っていた Thoreauは,夜の トウそ
。コシのように成長す るのだ った.院想の意味を悟 ったのである.天険のいかんにかかわ ら ず 自然を遣造 したのも,植物群や動物群の研究 よ り言葉で表現困難な境地を発見 したい神秘 家の願いか らであ った軸.
Thoreauは,清貧,禁欲,孤独, 無垢な荒野 との共感, 院想による精神の 高揚と意識の 無限への拡大な ど,神秘家に入る要件をそなえていた.重要な ことは,彼がこれを一つの思 想 として集大成す る意思は全 くな く, 自然 との霊的融合を求めてひたす ら近遷 し院想にふけ
った とい う事実である.彼を神秘主義の実践家 と呼び うる十分な理由がここにある.
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次に, Thoreauの 神秘体験について 考察する. 夏に ワイシ ャツの袖をまくり上げて石 の多い湖の 岸を歩いているとすべての物が 常 と変わ って 親 しみ深 く感 じられ るのだ った.
Thoreauは, この体験を Waldenの "Solitude"の章の冒頭で次のように記 している.
Thisisadeliciousevening,whenthewholebodyisone sense,and imbibes delightthrougheverypore.∫goandcomewith a strangeliberty in Nature,a partofherself.‑alltheelementsareunusuallycongenialtome.‑Sympathywith themltteringalderandpoplarleavesalmosttakesawaymybreadth;yet,likethe lake,myserenityisrippled butnotru爪ed.These smallwavesraised by the eveningwindareasremotefrom storm asthesmoothre8ectingsurface.(Walden, 129)
この一節について, JohannZimmermanのSoLitudeの影響があるとい う説 もあるが69, Thoreauの実体験があったことは確実である."evening"の語がその証 しの錘 とな ってい
る.太陽が西‑沈む直前の時は,禅的に言えば陽が陰に変わ る時であ り,天地 と共に 自己が 死にきっていき大 自然 との一体感がわ き易い時なのだ. この夕暮れ どき, Thoreauは院想
しつつ独 りで歩いていた.心は静寂そのものだ.木の葉にす ら共感 し彼の息はつまりそ うだ.
彼は自然 と一体にな っている.森の小舎に住みは じめて数週間た った頃,静かに降る雨の 日 に も,彼はこの境地を体験す る.
Iwassuddenlysensibleofsuchsweetandbene丘centsocietyinNature,inthe verypatteringofthedrops,andineverysoundandsightaround my 血ouse,an in丘niteandunaccountablefriendlinessallatoncelike an atmosphere sustaining me,asmadethefanciedadvantagesofhuman neighborhood insignincant,and I haveneverthoughtofthem since.Everylittlepineneedleexpanded and swelled withsympathyandbefriendedme.Iwassodistinctlymadeawareofthepresence ofsomethingkindredtome,eveninsceneswhichweareaccustomedtocallwild anddreary,andalsothatthenearestofblood tomeand humanestwasnota