智豊合 同教 学大会紀要
Newar
仏教
の
重
層構 造
と
出
家
式
森
口
光
俊
〈論 旨〉 現 在常用 の
Newar
出 家 式 次 第の紀 年に は18
.C
.初の記 録があ る。 そ れら が、いつ ご ろ定形 を得たか は定か で は無 い 。出 家 式が 主 と して依 拠 す る 思 想 的 資 料 は、
Adikarmapradipa
(〜11
.C
.),Kriyasa
graha (12
.C
.),Acaryakriyasanluccaya
(
13
.C
.)である。こ こで は、Newar
出 家 式 次 第の 有 す る 意 味につ い て、「Newar
仏教の出家式に と もな う還 俗 式 は、密教におい て声 聞 乗と大 乗を 抱 摂する意 図にもとつ く も
の で あり、Newar 仏教の 密教 と声聞乗(大乗)との 重層構造の あ りか たを証明 し保証す る もの であ る」 こ とを考察する。
[
1
]
初め にNewar
仏教
の 出家
式につ い て は既にHogison
B
.H
.(1972
)、Locke
J
.K
.(
1975
、1980
)
等
の 実 際 的 な報 告が あ り、 近 くはGellner
.D
.N
.(
1988
)
に よ る 現 行Newar
儀 軌
の テ キス トク リ テ イク と訳 を伴
う研 究が あ る。 ま たLocke
J
.K
.(1985
、1989
)、 高 岡 (1984
)、 立川 (1987
)、 吉崎 一美
(1990
)等
のNewar
仏教
につ い ての 総 合 的、歴 史 的、儀 礼 的、図像
学 的、 社会 的論考
が ある。1992
年
、人 類学
者Gellner
.D
.N
.は、Newar
仏 教 と社 会 につ い て フ ィール ドワー クに よる自
己の研究
の 総体
を出版
した。 当稿の考
察は こ れ らの研 究
に負 う
も の で ある。 始め に、考察
の 視 点に そっ てNewar
仏教
の 特 色 を要約 す
れ ば 以下の 如 くで ある。1
.Newar
仏教
の 主 たる構
成 員は、Vajracarya
種姓 とSakyabhik6u
種 姓で ある。 両者は通 婚 し、 その
男
子 は通 過 儀 礼 と して 人生の 一時期
に出家 す
る。出 家 式は各種姓 と その 寺 院の メ ンバ ー と
な
っ たこ と を証
明す る もの であ
る。 一442
一 (1
)
Newar
仏 教の重層構造 と出家式ノ ノ
2
.Sakya
種 姓は 還俗
し、在 家
のSakyabhik
§u と して僧 院の経 営 を分担 し、本尊
で ある釈 尊 を祭 る。Vajracarya
種姓 は声聞
乗 を捨 て金剛 乗
のAcah
luyegu
(
Vajracaryabhi
鼻eka)を受
ける(
赤 衣、 白ロ ン グス カー ト
)
。
後
、儀
礼執 行
の専
門職
とな
り誘
akya
種 その他
の儀 礼 を執
行す
る。 主 たる祭儀
に於い て、 両種 は布 施 を
受
け る資 格 を有 して い る。3
.Newar
仏教
は密教 (徒 )と声聞 (
を自称 す
る大 乗 者 )の 重層構 造
にあ
る。4
.寺 院 (Baha
,bahi
)
とKwapa
(
本
堂 ;釈 迦 堂)
とAgam
(
秘密
堂 )とい う建築構i
造上 の 重 層性 とKwapa
−dya
(
釈尊 像
)がAk
§obhya と し ての 二 重 価を内包 す
るこ とに 、Newar
仏教
の特
色が ある。5
. 出家
式 は、Newar
仏 教の 特 徴 を示す
キ ー ワー ドである。6
.式 次 第は 、 密教の 文脈で構
成 されて い る。7
. 出家後
、 声 聞 乗の形に したが っ て、 四日間行 乞 す る(
黄
衣)
。8
. 式 次 第 は、 還 俗 式 を有
してい る。9
.Newar
仏教
の 出家 式に と もな う還 俗 式 は、 密教 に おい て声聞乗 と大 乗を抱 摂 する意 図に もとつ く もの で あり、 仏
教
史の 具 体 と地 域 的展開の特 殊を示 して 、
Newar
仏教
の密 教 と声聞乗 (
大乗 )
との重層構
造の あ りか た を証明 し、 保 証 す る もの で ある。
10
.式次第
の 成 立の年代
は明 らか で はない が、 その依 拠 す る資 料 によれ ば、11
.C
.〜13
.C
.に、Newar
仏教
とその 大 乗 密教
化の 具 体 を見 るこ とが できる。
[
II
]
Newar
仏 教 につ い て(
A
)
Newar
仏教
僧 徒 につ い てNewar
の 仏教
僧 徒は一般
に次の 四 種 に 分け られ る。Vajracarya
kula
、§
akya
Bhik
甼ukula
、Brahmacarya
Bhik
§ukula
、Chailaka
kula
であ る
。
Vajracarya
(以 下V
種 姓)
は妻
帯、 世 襲 の 金剛 乗
の儀
式僧
と して§akya
Bhik
$u(
以 下、s
種姓)等
、 他の 仏教徒
の 通 過儀
礼 を執 行 する。s
種姓 は出 家 し て サ ン ガの経営
に係 わ り、責務
と して の 日常 供 養 (Nitya
puja
) 等 を行 じ、前智畳合同教学大会紀要
者
と同様 に妻帯
世襲
して い る。 この両
者 は僧
院(
Bah
旬
を拠
点 と してお り、Brahmacarya
bhik
§u(
以 下、B
種 姓 )は僧 院 (Bahi
)を拠点
とす
る。
S
種 姓、B
種姓
の者
は ネパ ー ル 先 住のNewar
比
丘 の末 裔
であ
る と称
し て§
ravaka の 独身
比 丘 にその 出 自 を置 い て お り 、B
種 姓 はS
種 姓 よ り、 よ り§
ravakayana の伝 統 にある もの との意識 を持 っ て い る 。S
、B
種姓 とChaila
−ka
は金 剛乗
の 儀式 で あるHoma
を行
な わず
、B
種 姓は サ ン ガ独 自の儀
式僧
が出家儀
式等
の儀
式を執
行す
る。Chailaka
は仏 塔 ;Caitya
の面前
で出 家 して サ ン ガ を形
成 してい る 。Newar
仏教
は 「独身
主義
の声
聞乗
の形態
が 、金剛 乗
の進
展 と優勢
に共 なっ て衰 退 して ゆき、声聞
比丘 は独 身の 形 態 を捨
て妻帯
の 形 をと る よ うになっ た。 ノ結婚
してBrahmacarya
−bhikusu
を
称 した。 現在
のSaRyabhik
馨u種姓の者達
はかつ て
独身比
丘 であ
っ たという伝
承を今
に主張
してい るの で ある」(
」.K
.Locke
.1989
.P
.105
) と言う
歴 史と原
状にあ
る 。(
B
)
Newar
仏 教に関 する二 つ の体 系(
a)
DaSakarma
;仏教徒
の通過儀礼
としての10
の体 系
1
.234
.5
。Jataka
abhi§eka :macabuibyarpkegu
9imantavidhinAmakarmAbhi §eka ;nama cchuy ¢
gu
dipavali
yamarajapajavi
(ihi
annapra §anabhi §eka ;maca
jarpku
upanayavidhikuladevadarSana
cU娯akar紐 abh菫鉾
k2
;vrataba !まdhana
bh
至k
§ujuigu
§ravakabuddhacaryavid
・hic
韻akarmavls 瞬 anabhl §eka ;
pratyekayana
b
。dhisattva
−g;hasthicaryavidhi
6
・一
;ba
競ddha
霧uruj
疑ya 照hayanacarya
upadeSa vigUvratade §avidhi
7
.Svaya 耳〕Varabhipeka ;puru爭aStri nimha Samagama samavartavidhi
8
. vivahabhi §eka ;vajrayanatantracarya
sahajakriya p註阜igrahapavidhi
9
.dik6abhi
§eka :guhyacarya mantragrahana agnikarmav {dh
孟10. stbavirabhi §eka ;siddhacarya yogavidhi
budhabu4hi
jarpku
(
b
)
Acarya
となるための体
系(1) §ravakacary 翫
buddhaytina
;pafictibhi寧ek.a
1
.bahyakaia
§abhi§eka ;pa
蠢cabu 齦hasva
喞 ap {蘿akalaSajaiabhi
§eka
2
.namabhi §eka ;tvam
bhik
§unama 甲 abhavatNewar
仏 教の重層構造と出家式
3
.civarabhiseka ;civaravastradharanam
サ
4
。 p童尊くIapatrabhi
§eka ;pi44ap 含tradharanam
5
.buddhacihnadap
σadhara 孕abhi§eka ;buddhacihnadapga
dharanam
(2)_
;buddhavajrayana
guruk 梺rma −−mahayana
1
.guhyakalaSabhipeka
;霧uhyapja
ka
蓋aSajal’abhi§eka
2
.namabhi 爭eka ;tvalp
v日jracaryagurulp
abhavat
3
. va3rabh 圭§eka ;b
犠d
(韮hacihna
導 vajra 卑dharayet
4
.ghap
ζabhi
§eka :prajfiacihnaip
ghatpa
町1dharayet
5
。ma 瞭 a脚
seka
:valrasattva 獗 ntra !ndharayet
(3)
dik
調karma
.vidhi ;vajrayana −− tantramantrasahitasahajayana caturdaSab ・
h
三§eka ,14
krama
.
1
.bahyakalaSabhi
§eka ;bahyakalaSajalabhi
§eka
2
。muku 書abh至§eka ;pa
負cabuddhacihna 卑 muku 髪adhara4am
3
. vajrabhi §eka ;わuddhacihnarp vajradharapam
4
。gha 襲abh置§eka ;praj負acihna甲 gha 堪adharapam
5
. mantrabhi 爭eka :gUhyamantra
Sa 甲Varamantradharapam
6
. guhyakalaSabhi §eka :guhyakala §ajalabhi §eka7
.a旬a轟abh三seka
;netre afijana sud 蝉1abh
跚8
。prajfiabhi
罪ka
;prajfiajfiana
labhaya
(devl
)9
.jfianabh
至§eka ;budd
圭lajfianaia
曇>haya
〈pur犠§a>
10
.guhyapatrabhi 爭eka ;guhyarn ζtapana
labhaya
iti
daStibhipeka
11
.da
ゴpa
穿abhi畧ka
;曲 eka 甲pra
雛bi
寧va 重轟a
飜aπ}
12
. Sarak§epabhi 鎚ka
;vaparapi cittapu §pa prak §ipet
budhapadau
13
.prajfiajfianabhi
§eka ;matadevijfianadhara
聡aya
14
。guhyam
;tabhipeka ;guhyamaham ζtapanam
iti
caturda §abhi
爭ekam ..
ida
甲likhitam
palp . vai 、齲akaji
vajracarya .(march .28th
.1992
)(
a)
は専 門の僧 職
者 ;Vajracarya
(
以 下、VA
)
に よっ て執 行
されるNewar
仏教徒
の 通過儀 礼
であ
り、 順に誕 生 式、命 名
式、 お喰
い 初め式、 出家
式、 還 俗 式、 婚 約 式、 結 婚 式、秘 密 潅項 式、 寿老 武で ある 。(
b
>
はV
種 姓の者
、 その 専 門 僧職
者た らん とす
る者
が経 なけ れ ばなら ない 密教
行の階程で あ る。(
a)−4
, 出家 式は 、 (b
) 一(1
)をその内 容 とする 。S
、V
両 種 姓が それぞれの 種 姓、 サ ン ガ に属 す
るこ とを
証 明す
る儀
式 であ
り、密教
の体系
か ら声 聞
乗
に醍 されて い る。(a)−
5
,還俗
式 (衣 鉢返 還 式、COqakarmavisarjana
;Civaratoteya
)は声聞
乗の 出家 者の シ ン ボル で ある衣 鉢等
を返 還す
る。 独覚乗
、 あるい は菩薩
、 即 ち在 家 仏 教 者 となる儀式 と配 さ れ る よう
に、V
、S
種姓の者は 、還俗 して在 家 者、 菩 薩とな る。 この 儀 式は、V
種
姓で専門僧職 を望
む者
にあ
っ て は声 聞乗
を智豊合 同教 学大会紀要
超 えて 大 乗 者、 密
教
に進む た めの儀
式を意
味す
る。 この 者が(
a)
−
6
, 即 ち
(
b
)
一
(
2
):Vajracaryabhi
§eka
(
Aca
り
luyegu
)の儀 式 に よ り、 金 剛薩
堙 の 真 言 を受
けてGur
;VA
と しての 道 を歩
む 。(
a)
−8
,結婚
式 はSahaja
に配さ れ る。S
、V
種姓の結婚
を祝 して 、Sahaja
の 男 尊 女 尊の結 合 に象徴 さ れ る形式 的 儀 式 (男女
が手 を取 り合 う)が為
さ れ る。 その実質
はNewar
仏教
の体 系の究極
で ある(a)−9
, 秘密 潅頂
式、 即 ち (b
) 一(3
) として なされ る。 専 門の僧 職
;VA
は こ こ に その 仏教
者 と して 階位 を成 満 し、Homa
執 行の資格 を得
る。Ac
的
1uyegu
を受
け ないS
種 姓の者 も、 サ ンガ の 長 老 (Sthavira
)
となるに はこ の儀
式 を受 け な け れ ば な らな
い 。Newar
には 、チベ ッ ト仏 教の 如 くの教
相 批 判の体
系は遺されて い ない 。 こ の(
a)
,(
b
)
両体
系は 、KS
、 orAK
に よっ て い る と考え られ るが 、実践 的に声聞
乗 よ り無
上瑜伽
;Sahaja
の階程 を究極 と してNewar
仏 教 の現状 をとら え て い る。在 家 菩薩の道、大 乗をべ 一ス として 、声 聞
乗
;独身
比丘 に な るこ と(
出家
式)
か ら、 衣 鉢返 還 とい う儀
式 を経
るこ とに よっ て、 その出家
者 の 本来の 在 り方
か ら在 家 菩薩
へ の転 身 を
正当化す
る、一方、 金剛乗
の 者 も同一 の儀 式を経 る こ とに よっ て声聞乗
を受 容す
る。Newar
の 仏教
僧 徒 ;V
種 姓、S
種 姓 等 その他 を歴 史 的に主張 す る者達
の 現状 を仏教
思想
の体
系に おい て保 証す
るも
の な の で ある。[
III
]
出家 式
と衣鉢
返還 式につ い て (A
)Newar
仏教徒
の司祭
階級で あ るV
種 とS
種
の 男 子は 、世襲
の通 過儀礼
と して、 幼 児 期か ら少 年 期 (生後
6
ヶ月か ら12
、15
歳頃)
に出家
受戒
す る。 式 全体
は所属
サ ン ガの最 長老 に統
轄 され、実 際の儀
式 は儀
式僧
;VA
とその助僧
(
Upadhyaya
)によっ て執
行 さ れ る。出
家受戒
の 儀 式は金剛乗
の儀 式 によっ て構 成 され て お り1
.受戒
、II
.還俗
、 か ら成 る。式は
中
心 となる剃髪
受 戒の 当日 よ り3
日前に開 始 さ れ る。 そ して当
日より 一438
一 (5
)Newar
仏教の重層構造と出家式4
日後
に還俗
の 式が行
わ れ る が、 この4
日間に比丘 と しての乞食
行がな
され る。 式は総 じて8H
間に わたっ て お こなわ れ る。剃
髪
し五戒、 十 戒、比丘名 を授 け られ 声聞
比 丘償
衣 を着
す る)
と して4
日間 を
過ご して後
、S
種は還俗
す
る。V
種の 者は声聞乗
を捨て、 成 人 結婚
の後
(
現
在
は結 婚
式の祝 際を兼
ね て同 時
に行
わ れ る〉
、Guru
;VA
と して の 五潅頂
(
Ac
的
1uyegu
)
を受 ける。 彼 らは これ らの 儀i
礼
を受
け るこ とに よっ て それぞ れの所属す
る サ ンガの一員 と して 認 知 され、 在 家 (妻
帯 比丘)、 金 鰯 乗の妻
帯僧
と して僧
院の儀礼
に参 加す
る資
格 を得る。(
B
)
式 次第要綱
こ の貳 次 第は私 本N
儀 軌 (Newar
語の指 示、 解 説 とサ ン ス クU
ッ ト要 文 より成る
)
とKriyasa
甲graha
(Pravrajyagrahapavidhi
)に よっ て作成
さ れ た。Locke
J
.K
.(1975
)、GeMner
.D
.N
.(1988
)
を参考
に して次 第 進行
に欠
くことの
出来
ない 主要
の所作
を補
っ たが 、Kathma
磁 u武 とPatan
式の 順序等
の違い は考 慮 して い ない , 私 本
N
儀 軌 に はNS
.960
(1839
AD
)の 奥 書が あ る。Locke
は より古いNS
.825
(
i705
AD
)
等
を参
照 して お り、
Geillnerl9
紀
年を
欠
い たPracarit
script本
、 私本
と同様
の19
世 紀の もの と、現
刊行 本 (
Pad
・masrivajra
V
.1983
)
等
に よっ て い る。1
。式前
行a .三 臼
前
.Gvay
da
甼Tayegu
.b
.一 日前
.(Dusa
).沐 浴、Gurumapaalapaja
,Kala
§apaja .匚
AP
−
AK
、
KS
]
II
.出家
式(
Pravrajyagrahapavidhi
)
.[
当
日 :四 日目]
caitya ,
prajfiaparamita
、10kegvara
(仏、 法、 僧 を意 味 する)etc を祭 って
1
.Gurumapdalapthja
,kala6apaja
2
.i
弍の典拠
[
−KS
−]
3
. 三帰智豊 合 同教学大会紀要
4
. 五戒
の 授 与5
. 出 家 要 請 (百 字の明、 灯明加 持、 授与
腰 帯mekarabandana 一髪
床 屋一部
分残
して髪
ke
§a
を剃
る、髪
は受
け集
め後
に河
に流 す
一)
6
. 意 志の確
認、 弟子決
意披
露7
.剃髪
ca4a 、 出家
の た めの 潅 水 (Pravrajyabhi
§eka ,長老 に よる潅 四 海水 )
着
下 衣一[
浄化真
言]
8
. 出 家の 意 志再 確 認 (pravrajyalihga
の 保 持 )9
.在 家 名の放棄10
. 出 家 名の 授 与 (Buddha
直 弟 子 達の 名 前 )11
. 仏、 法 、僧マ ン ダ ラ (trmandala
釈迦 牟 尼、 般若 母 、観 自在 菩 薩 )真言、 供 花
[
cf ,AK
]
a .五
仏
、 四金 剛女 [
−AP
−KS
−AK
−]
b
.九法
宝c .九サ ン ガ
(
僧)
12
. 三帰[
−KS
−]
13
.十学処
の授 与
14
.衣、鉢、水 瓶、仏 杖の 授与
(導
師 、助僧、 サ ン ガの 三者に要 請一受 持を 誓
う
。守
戒、 布薩
実行の 誓 )15
.金剛杵
三処 加持
[
KS
.Ak
, etc]
16
.一遊
七歩
一[
−LV
−]
17
.護方
神施食 [
KS
.Ak
,etc]
18
.一比丘 と しての 行 乞 (四 日間 )−HI
. 衣、 鉢、 仏杖
の 返 還[
八 日 目] [
−Ks
. etc . に欠
一]
a .
Gurumarpdarapaj
a etc .灯 明 加 持、金 剛杵
加持b
.還俗
に関す
る質
疑、受金剛乗 潅頂
の希
望の有 無
c ,マ ン トラ授
与
d
.剃髪
etc , 河 に流 す
一436
一 (7
)Newar
仏教の重層構造 と出家 式(
C
)式次
第
の 内容 と出典につ い て《
a》
式前
行儀
式 開始
の 一週 間前
に所属
サン ガの僧 院
門前
に受者
の名前 を
記 して儀式
開 始の告 示が なされる。
(
2
)受戒
当日より三 日前の この 日、Gvay
Dalp
tayegu
(ビ ン ロ ウジ ュ の実 と硬
貨 を献 ず
る)儀
式を
行う
。本 尊
、導
師(
Malaguru
)
、次 導
師(
Upad
・hyaya
)
、 五 長 老 (Paficasthavira
)
な ど、そ れ ぞ れに献 ず る。 この 儀 式 は結婚 式 等 に も行 わ れてお り、祝 福 を受 け、受 戒の許 可 を乞 うた めの
儀
式である。
献 ず
るナッ ツの 数も定
め られ てい る。(
3
)一 日前
の この 日、Gurumapdara
p
両a
,KalaSa
pUja等
が 行わ れる。Gur
−umapdala
pUja
(
以 下、GM
.P
)
は、 こ の出家儀
式の各部
分の初頭
に必ず行
わ れ る が 、他の 日常供 養
等
にお い て も必 ず修せ られて お り、Newar
仏教
に お い て最 も
基 本
的で 重要
な儀
式 と さ れ て い る。GM
.P
とKala
§apaja
の具 体 は、Locke
J
.K
.(1980
)に詳 説 さ れ、 高 岡(
1984
)
、島
岩(
1991
)
の論
が あ る。GM
.P
のNewar
テ キス トと和 訳 (
氏家
、1974
)
、Advayavajra
作
とす るNewar
刊本
;Gurumapdararcana
Pustaka
(A
§akaji
V
.1989
)が あ り、 こ れ らの 出 典 と考 え ら れ るSkt
.文 献 に、L
V
Pussin
;Adikarmapradipa
(1988
)、高 橋 (1992
、3
)とAcaryakriyasamuccaya
(
部
分テ キス ト と訳 ;森
口、1991
)
が ある(
後
述、 cf)。GM
はイン ド古
来の 宇 宙 観 に基づ い て、 須 弥 山 項 にGuru
;金 剛 薩 墟 (Va
−jradhara
)を配 した 、四大、八州
に遍満 する諸仏の 世界
で ある。Guru
金剛薩
堙 は 三 宝の 具 現 者、 宇 宙は金 剛 薩唾 の しろ しめす所なの で あ る。GM
,P
はこ の 世界
を砂マ ン ダラ と して描 き供 養す
る。「こ の (供 養 )の 目的は 、鏡の 中に 自己 の 姿 を見 る よ
う
にグル マ ン ダラを 自 己 と見 て、 そ の マ ン ダ ラ が 一切 の 知 恵 と徳 (
guna
)を そ なえ た 宝 な る 心 (cittaratna )で ある と観 じて、 六波 羅 蜜 を実践 し、これか ら行お うとする本 儀礼
を正 し く完全 に成 し遂 げ る ため に行う
もの であ る。」GM
.P
に よっ て「一切の 苦 を離れ 、知 恵 (jfiana
)を心 に成就 す る。 そ して こ智豊合 同教学 大会紀要
の 自己は 三宝に
帰依
し、 ウポーサ ダ 八斎戒 (
arya
§喜
afigopo
§at§ila)
を保
ち、一 切
衆
生 救 済のため に有
る、 と以 上の よ うに観ず
るの で あ る」(
高岡
、1984
)
。儀
式 の導
師は、 こ のGM
.P
に よっ て 自ら金 剛 薩唾 と成 り、 これ よ り後の儀 式 を執 行 する。 受 者はこの 日の早 朝、沐 浴 して寺 院 に詣 で 、GM
.P
を習い 供 養す
る。《
b
》式 当
日、式 次第
の出典
に つ い て次 第
の 依 拠す
る 主 た る儀 軌
はKS
(Kriyasalpgrahapa
幻ika
)、A
.P
(Adikarmapradlpa
)、AK
(Acaryakriyasamuccaya
)で あ る。(
1
)KS
はNibsapga
Kuladatta
(12
.C
.)編の 儀 軌集
成 書 ;金 剛 界 法 を中
心 とした
儀軌集
であ
り、Bu
sTon は これを
ユ ガタント
ラ階梯
に配す
る 。授 戒
の 儀 式 次 第は
KS
所 収の 「Pravrajyagrahanavidhi
」 を典拠
と して構
成 さ れ てい る。 先の 「式 次 第 要 綱 」 に 「2
.式 典 拠」 と した ように、Newar
現行の 次 第は
KS
本
文初 頭の 、 比丘 を対象
とす
るGur
;Va
に よ る儀
式 の執行
云々 か ら始 まる
Skt
文 「Pravrajyagrahanavidhi
」 その ま まを用い て為
され、式の
要
文、 授戒
の徳
目 はSkt
語
によっ て応答
される。KS
に加 え られた項 目は
11
.の仏、 法、 僧 (Trimandara
)供 養の部 分で あ る 。a .仏 ;五仏、 四金 剛女
(
AP
、KS
、AK
に共 通 尊格 )、b
,法 ;九法 宝、 即ち
大 乗
の 九典
(般
若、 華厳
、 十地、 三昧
王、楞
伽、 法 華、 如 来 秘密
、 遊行
、金 光
明)
、C
.僧
;Avalokite
§vara ,Maitreya
,Gaganagafija
,Samantabhadra
,Vajrapani
,MafijughoSa
,SarvapivararpaVi
爭kambhin
,K
§itigarbha
,Khagarbha
(KS
、AK
共 通 )とす
る。15
、17
(KS
、AK
共通)、
16
. はLalitavistara
に よ る と言 う。10
.の 出 家 名 はAnanda
,ノ
Saliputra
,Maudgalyayana
,KaSyapa
,DharmaSri
,Srimitra
,Salasagara
,VinayaSri
,Vitaraga
比丘 であ り釈尊直
弟 子、 声 聞の徒
と な るこ とを示 す 名が授 けられ る。 又 、 当然の こ となが らKS
そ れ 自体はIII
の 「還俗の
儀
式 J は有
して はい ない 。(
2
)AK
.はMahamapqalacaryapanditavadhata
§rimajJagaddarpana (12
−13
.C
.)
が集
成 し、KS
よ り広範
な儀軌 集
で あ り、Abhayakaraguputa
(11
Newar
仏教の重層構造 と 出 家 式一
12
.C
.)と密 接 な 関係
をも
つ 編 著であ
る。AK
は無
上瑜伽
階程の潅頂 次第
の
前
提 と して、 以 下に述べ るAP
によ りそのGM
.P
を配 してい る。AP
は大 乗
の 仏教
者 に 「発 露 懺悔
」、 「三 宝 帰 依」、 「発 菩 提心 」、 「五戒
」、 「十善
戒
」、 「八 斎戒」、 「衆
生 利益
」を
その前提
の資
格とす
る。 その為 に、 そ して その 者が
GM
.P
を修 す
る。AK
も
こ のAP
に従
っ て、 これ らの
徳
目を金剛乗
の者
となる ための 前提
の資
格 と して求
め る。(
3
)式次第
とAdikarmapradipa
につ い てAK
潅頂
品の序
に言 う
、 「仏 陀 は次の如 く説 か れてい る。 善男 子に して、若 し信 を もっ て善逝の教え を (求め)来 た れ る 者 は、 初め に、三帰 を 授 け、次に菩 提心 を (発生 せ し め)、 次い で学処 た る 五 浄 戒 を具是す るこ と、十 不善業を捨 棄するこ とを授け、仏教の信 者 と作 すべ し と。初 めにこ の こ と につ い て 説かれ る。 そこで、初め に上尊の マ ン ダラ(
Guru
−rnapqdala ) を 造 り、以 下の次第に よ り (修せ よ〉」。「以 下の 」 とい
う
GM
.P
次第
はAP
に従
っ て そ れ と同様
で ある。KS
、AK
の 両 儀 軌 は現 在 に到 るNewar
仏教
の儀
礼の 典 拠 と もさ れ て い る。 編者
Kur
− adatta はネパ ール 人、Jagaddarpana
は東
イン ドに活動
した とされ る 。AP
.はVikrama
§lra
寺に住
し たAcarya
Anupamavajra
の作
と さ れ る。大
乗 在 家、密
教
者、 「初業
の 者 の た め の 正 しい 道 」 (Adikarmikasattvanam
marga )を金 剛 乗の立場か ら書
い た もの で あ る。奥 書
にSalpvat
.218
(AD
. ノ1098
)と あ り、Nepal
、Patan
現 存 の 「Srividyadharavarmasomakarita
Sriya
§odharavarmamahavihara 」(
Ba
Baha
)
の住 者
「Vajracarya
に してSri
§akyabhik
§u」 な る者
が書写
してい る。当 書 は、
Advayavaj
ra (10
−11
.C
. )の 著作
と さ れ る 「Kudl
婁tinirghtana
」 (KN
) とその 内容 を一致 してお り密接 な依 存 関係 にある。AP
、AK
等に よれ ばNewar
現 行GM
.P
は 全 くこ のAP
に依
っ て お り、GM
.P
がNewar
仏教
の基
本 思 想 とな り、 出家 式に も修せ られ る よ うになっ たその歴 史 的起 源 を もこ こ に有
して い る もの と考
え られ る 。AP
は 「初 業の 者の た めの正 しい 道 」 を早 期 よ り睡 眠 時に至 る一 日 の 正 しい智豊合 同教学大会紀要 行
為 (
所 作 )
と して 示す
。 初 業 の 者 と は 「初 業 の 菩 薩 (Adikarmikabod
・hisattva
)、ひ い て は全ての 菩薩
、善
男子、善女 人
」を言
い 、 「初業
」(
Adikarma
)
と はその彼 らに よっ て作
さ るべ き必 須の 基 本 的 な行 為の こ とで ある。 こ の初
業 を儀 則の 如 く正 し く行 うこ と、特にGM
.P
を修
するこ と に よっ て「か く作 し つ つ ある善
男 子 、善
女 人に は、久 しか らず して、 必 ずや菩提
の 座に生ぜ ん 」 と作
者 は 結 論 す る。AP
初 頭 に 「初業
の者
の ため の 正 しい 道J の要
旨 を掲 げ て、 頌 に言 う。1
.敬信もて 吉祥な る 諸 仏、諸 如来、 諸師方に帰依 したて まつ る。 こ の 初業の光 は、そをよみ せ る方々 より許さ れ しものな り。 2 .(こは)弟 子等の速や かなる覚 りの た め に書かれ、争い の ため に は有らず、 か るが故に、苦 を寂め し方々 は、我が た め に須ら く寛大 な らんこ と を。3
.こ こ に先 ず、供 養の初業に関する諸マ ン トラ が 示 さ れる、 そは、 (各初業に係わる)一所にま と め 記 さ れて、別 異には為さず。 4 .始め に洗 顔 を作 し て、 早朝の 静慮と念 誦、 ナーマ サ ンギーテ イの読 誦を作すべ し。誓 願 も又、 5 .普 賢行 (願讃)を初 め と して (唱 え作 し)、次い で、作礼し、 ジャ ンバ ラ神に、虫の入 ら ざ る清 浄な る 水 を 儀 則の 如 く、6
.108
回捧 ぐべ し。 同 じ く餓鬼のた めに 一掬の 水 を施すべ し。 次い で、泥塔 (を造る)所作等 、諸 仏の 供 養を(作 すべ し)。 7 .グルマ ンダラを造り、 自己 の崇 敬 する本 尊のマ ンダラを (造 り)、 般若波羅蜜 など(の経 )を 随 意に読 誦 すべ し。 8 .尊諸の 右繞数行を作 し、特に誓 願 して、 菩薩の バ リを捧じ 、 正法久住を、9
.三昧に安 住せ る者は歓びの 心 もて為 すべ し。 作礼を 初 め と して、次い で上尊た る諸仏 を奉送申しあ ぐべ し。10
.また、 食時に は食事の相 好 を もっ て (為 し)、 一切 の生類 (の た めの )マ ン トラを もっ て儀則 ど お りにバ 11を 施 すべ し。 11.天 食 を 三 宝に、ハ ーリ神に 三瓶を、 高 貴なる座 を 本尊に(捧 じて)、後に儀 則の如 く食すべ し。12
.残食の小 塊 を (餓 鬼 )に施 して後、口を そ そ ぐべ し。 施食の 偈等を 誦 して後、賢 者は歩遊すべ し。13
.菩薩の諸所作はあ ま ね く四 時にわた りて、喜び の 心 もて (な さ るべ し、) 又、夜分には 正 法 を学ぶ こ と等を、為し て、 14.心 と五体を もて全ての 勝 者 を 敬 礼 し て、 本尊との 瑜伽に よ りて、獅 子のふ せ る様に て寝るべ し。15
.あくれ ば、又、作さ るべ きこと ど も、作礼等の 儀則の所作が (為 さ るべ し。)初行の者達の た めの 正 し き道、これ 即 ち、 (諸菩薩の)認 め ら る るとこ ろの もの なり。 一
432
一 (11
)
Newar
仏教の重層構造と出家 式AP
本論
によ
れ ば初業
の者
は、大 乗
;金 剛乗
の 初学
の者
、 ウバ ソク、 ウバ イ の全 て を指 してい る。 彼 らは当然 三 宝に 帰依 して い る者
でな けれ ば な らない し、大
乗の者 として の戒
律 ;十善
戒、 五戒 を保つ もの で な け れ ば な らない 。 初 発心の ウバ ソク 、 ウバ イであ
れ ば、 それを要 請
しな
けれ ばな
らない 。 そこ で 「三宝
と 師 の た め に 諸 マ ン ダ ラを 作 り
て」(
triratnebhyo
gurave
ca mandalakanikrtva
)
、 三 宝 と諸 如来
の面前
で、 ア ー チ ャ ljヤ 師に誓戒
の 授与
と 自 ら が 持
す
る こ と の 護 持 を乞 う
(tri
§arapagatarp mamacaryadhar
・ayatu
>
こ とが な され れ る。 これ はNewar
現 行の出 家儀
式の 内容
に相 当す
るも
の で
あ
る 。GM
に関
し て作者
は特
に論 じて い る。「初め に
Gurumapdala
を造るべ し、その後、 他の (初
業
あ り)。 何 故に初め にGurumandara
の造作
あるや 。1 (adau
tavd
guror
mapgalakarpkuryat
/
pa
§cad anyat//
kasmad
adav
evagur
・ uma ¥Calakopanyasa
与
)。 初業
の 根 本 と してGM
.P
を と らえる。また、
Guru
;師 とは ア ーチ
ャ リャ の こ とかの疑 問
が ある。 そ れ につ い て、「
Guru
、 彼 は仏で あ り、 法で あ り、僧 伽 で あ る」、
「一切 諸 仏に 等 同 な 腸
(
sarvabuddhasamohy
asau/
gurur
buddho
bhaved
dharma
り
sa 即gha
§ capi sa evahi
)、「師 と持
金 剛
と を 区 別す
べ か らず
」 〈ntinatvarp nalva
kurvita
guror
vajradharasya)
と言う
。さ らに、 「
牟
尼の マ ン ダラ」(
muner mandala)
とも言う
この マ ン ダラが造 ら れ な けれ ば な らない理由
と して、 「福智
の 二資
糧の 成満
は 六波 羅蜜
を成満 す
るこ とに よっ て
作
さ れ る」 (anayo尊
p
瓠塗ya
鎖anasa
】筆bharayo
亭
paripara
撃a単興
paramitaparipUrapad
evabhavati
)
か ち であ
り、「それ (六
波
羅蜜
の完 成 ) はGM
を造 るこ とに よっ て 成 満 さ れ る」 (ta
即 ruma輿
alakakara韓
t
par
−iparyante
)か らで あ る とす
る。AP
は大乗
と金 剛乗
の、 そ して在 家
の もの、 菩 薩の 初業
を生 きん とす る者に とっ て、師 :上 尊 :諸 仏 :持 金鰯
の マ ン ダラの造作
と、 その供養
は最 も重要 な所作
であ
る とす
る。AK
も先 きの如 く、 金 剛 乗に おい て もっ とも重
要
な 潅項の儀
式の前
提 と して授戒
を含む このGM
.P
を位
智 豊合 同教 学大会紀 要
本尊
でも
あり、 そ れを供
養す
るこ と は師弟
が悟
りの 道 にあ
るこ とを示す も
の なの で ある。GM
.P
はAP
の 思 想の 全体
を象
徴す
る儀
式である。菩薩
の 初業
: 基本
の行 法の故
をも
っ て、Newar
仏教
のV
,S
両
種 姓 に おい て重 要 視 さ れ、 出家
式、 日常供 養の 儀礼
に常に修せ られてい るの である。 又 、AP
初 頭の要
頌 に 示され る初 業 は 、現 在のNewar
仏 教の 諸儀 式 におい て実践 されて い る。 ナー マ サ ン ギーテイの 読 誦、泥 塔の 造作
、般 若 経 典の 供 養、施 食 (Bali
)で ある 。Newar
仏教
の 歴史
の中
で、 これ らの行
道は他の さ まざまな経典
に説
か れ て も来たはずでは あ るが、 こ れ らの 諸 業 は、在 家の 初 業、大 乗 ;密教
の 基本
行 を教
示 したAP
とAP
の精 神 に発 して 、その反映で ある と考
え られ る。 た だ、 無 数のSkt
写 本 を作
成、尊 重 して きたネパ ール にAP
・Skt
本は 二 本が 残される の みであ る 。《
c》
衣鉢 返 還 式につ い て衣
、鉢
、瓶
、仏杖 を返還
して、俗服
に着替
え る。出家
式 と還俗 式
のNewar
仏 教 にお け る意 味につ い て は既に述べ た。 こ こ で は還 俗の 意 志 と意 味 を伝 え る返 還 式の要文 を掲 げ る。 (a)はS
種 姓 に対す
る もの で あ りAP
、KN
、AK
に その 部分 を見 出す る 。 (b
)はV
種姓 に対 して の もの で ある。 (a )○彼の如 来、ア ラカ ン、正等覚者方は仏智に因O
、 仏 眼によっ て、 こ の善根がい かなる種の もの であり、い かなる部に属 するもの であ り、い か な る形で、い か なる自性 を 持 ち、い か な る相 を持 ち、い かな る法 性に 因っ て存 るの か を 知っ て お ら れる。 (如来方が)、常にその善根 を 無 上 正 等 菩 提 に廻 向 さ れ た 如 くに、 我 も又、廻 向せ ん。(弟 子 ) ○見、 聞き、想い 、 談 話 す る、い かな る時 も、全て の こ とを 衆生の利益 と安楽のた めに、 我 れ、常に為 さ ん。 (弟 子 ) 今よ り、出 家の徴 (衣 )を 脱 ぎ、再 び 在 家の徴 依 )を 着 る を 許せ り、 汝、種姓の法に従 うべ し。 (師) o 生 き物を 殺すべ か らず、酒 を 飲むべ か らず、虚 言 を 為 すべ か らず、 他の物を 盗むべか らず、他の妻 を 想い欲 すべ か ら ず、 在家(の 法 )に従 う者、 天 なる福徳を も得ん。(師) (b
)ア ア尊 師 よ、御身の 慈 愛に よ り、私 は 出 家の 誓 戒 を持 し、 五戒、 八斎戒を もっ て 十 不善の悪 を捨 て、声聞の行 を な し ま し た。 これ より、 私は大乗の行 を 持 そうと お もい ます、 慈悲 をた れ た ま わ んこ と を。 師、 言 う。 善い か な、善い かな、在 家の 弟 子 よ、大 乗の行道 を持せ よ、 持せ よ、 大 解 脱の 主、尊 っ と き師 な る金剛薩堙、転輪 自在者の行を保つ べ し。 一430
一 (13
)Newar
仏教の重層構 造と出家式 大乗の行と はい かなる か を説か ん、聞くべ し。 大乗の行なる根 本の法は、シャ クテイに よ ら ざ れ ばい か なるも成就 する あたわ ず。 大乗の法 性 は 又、(その)禁戒と秘 密 瑜伽 潅項 (を受ける こ と)な く してはい かな る も解脱 あ るべ か ら ず。大乗の 行 を持 し、 声聞の行 を捨つ べ し。[
IV
]
Newar
にお け る金剛乗の進展 につ い て秘 密
の出家儀
礼の起 源 に関 す る、Ba
Baha
寺縁 起の解
釈 ノ11
.C
.末Vajracarya
に してSakyabhik
§uで ある者が 「Adikarma
Pradipa
」
を書
写 し た。 その 者が住
んだ僧
院 名はNewar
,Patan
現存
のBtt
baha
で あ り、ノ
正 規 の 名 削 を 「
Vidyadhara
Sarma
Sarpskarita
YaSodhara
(
Brahma
)Mahavihara
」 と称 してい る。 このBa
baha
に僧
院建
立の縁 起が 残されて いる。 縁 起は出 家儀 式に
関す
る もの で あ り、金
剛乗
の秘 密の儀 式に係
わる。時
代
の 金剛乗
のNewar
進 展の様 子 を伝
えるも
の と考
えられ る。BU
baha
の 縁 起 は次の よ うで ある 。「
VaiSya
−Thakuri
王 朝、Shankara
−deva
王の時世に、
Jhul
の村の何 人かの者 がBen
−ga1の
Gaur
へ 行き、Kapi
とい う 町に住 ん だ。幾人か がJhul
に帰っ て来た と き、これ ら の 者は毎日、神聖な場所でYagya
(ホーマ )を修 した。 不断の 炎が輝 き続い た。 これ らの バ ラモ ン の うち 正妻を持 っ て い ない 一人が、バ ラモ ン の 未亡 入の
YaSedhara
を妻とした。 その 後のある日、彼 が ホーマ を修 してい る時 、そ の火が燃えあが り彼を焼 き殺
し、 つ い に は村全体 を焼 き尽 く して し まっ た。
Jhu1
の 村が 焼 け た 時、バ ラモ ンの未 亡 人YaSodhara
は小塔 (caitya )と般若 経 典 (vi・krama
S
245
<AD
.188
> に金 字で書かれて い る)と、幼い 息子YaSodhara
を伴っ てPatan
の地に 逃 げた。彼 女 はGala
−bahal
でVidyadhara
−varma (v =d
>が 造っ た 僧 院(vihar )を修復 し、こ の 僧 院の一所に小塔を安置し た。
彼女は息子の
Chara
−karma
(剃髪式 )を す ませ 、出家 (Bandya
;Bare
)さ せ た。彼 女の 親戚の アグニ ホー ト リ達に こ の こ とを 秘 密にする た め に、 彼 女 は剃髪式に伴う儀 式 を こ の 僧院のAgama
−devata
(秘 密 仏 )の面前で (公 開で)行 うこ とを許
さなか っ た。」 「こ の僧院の 出家儀 式は今日 にい たる まで、こ の (Agama
内で秘 密に行 う)習慣に従 っ てい る。他の僧院は この習慣と は異なる 。 こ の僧院は以前、Vidyadhara
−varma −sanskarit −maha −vihar と呼ば れ て い た が、
Ya
§odhara の 剃髪式 以 来Yagodhara
−maha −vihar 、ま たは、
Buya
−bahal
(Bu
−Baha
)と して知 ら れて い る。」こ の縁 起 文の 主題は金
剛乗
による出家儀
式であ
る。 秘密
の この 儀 式が、 ホ ーマをす
るバ ラモ ン との関係
で問
題 とされて い る 。縁起
文は時代
につ い て指摘
して い る。 タ ク ー リ 王朝(
Thakurl
、AD
.7500r
879
一一1200
)
のShankar
一智豊 合同教学大会紀要 adeVaiE の時 世である と言い 、他の 一 つ は、
僧
院所蔵
の般
若経につ い てV
.S
.245
(AD
.188
.)〈筆
者、存 否未確
認〉 で ある。10
.C
.−13
.C
.さ まざ まな金剛乗
のAcarya
達
がNewar
に来
て活
躍 し てい る。Advayavajra
のNewar
人 を含む弟 子達
もそ うである。AP
の書
写者
は11
.C
.末
に大 乗
一密教
の基本
の所作
、「在 家の菩 薩の初 業 」の教 え を書 写 した 。 自身
をVajracarya
に して§akyabhik
§u と称
し て い る。 こ れ はSakyabhik
§u がVa
−jracarya
になっ た者であるこ とを示 して、Vajracarya
がその 出 自(戒 行 具 足 ) を誇 る た めに併
記 したも
の で はな
い 。 比丘 の妻
帯 と言う
問題 を別 と してAP
の書
写者
は、 その彼 らに金剛乗
を学
び、Vajracarya
、Sakyabhiksu
と してAP
の書 写 者 に ふ さわ しい 仏教 者
、時代
の 中の 一 入であっ たで あろ う。AP
に説か れ た 「在 家
の菩薩
の初 業」の 実 践 と、 「GuruMaggala
」の修
習 に よっ て 金 剛 薩 擡 を敬
い 、金 剛薩唾
に成
る という
思 想 は、既 述の 如 くGM
が 出家 式の前提
とさ れV
種、S
種 共に修 す
る よう
に、現代
のNewar
仏教
の全 て の根 幹
に置か れて い る。こ の縁 起 文は仏 教の 寺 院に係 る もの で ある。 初頭 の バ ラモ ン の文 は論 旨に
お い て矛
盾
してい る。Jhul
村
の 者がバ ラモ ン と な る た めにBengal
のGaur
へ 行 っ た。 バ ラモ ン の儀
式で あ るHoma
を習 っ て帰
り、 そ れ を修
した と言 う
。Homa
をするこ と、バ ラモ ン の妻帯
は〜般
の こ とが らであ
る 。 こ の こ とを因 と して事
件が あ り、 こ の 寺の縁 起の主 題、 密教の 秘 密の 儀 礼の 成 立が述べ られ る 。 時代
のバ ラモ ン の勢 力
が 一体
い かなるも
の であ
っ たのかを
と ら えて い ない が、 この 文を次の よ うに考え る。この
僧
院 を舞
台 と した、 こ の縁
起文
の ア グ ニ ホ ー ト リな るバ ラモ ン達
、 実 は、 声 聞乗 (
or、大 乗)
の独身
比丘達
で あっ た と考
えるこ と は出来
ない であろ うか。大
乗に して、 金 剛 乗のNewar
伝 播 以 来、声聞
の 比丘達は漸 時、大乗
で ある 金剛乗
に改宗
して い っ た。 現在
のNewar
仏教
サ ン ガ は、 声聞比
丘の末 裔
と称
して実
は在家
の大 乗者
と、金 剛乗
の者
とか ら成
っ て い る。 比丘 の末裔
は独 身 の 比丘 でも
な け れ ば、完
全 に在 家
でも
ない 。金 剛乗
のVA
でも無
い 。 しか し、 一428
− 一 (15
)
Newar
仏教の重層構造 と出家 式 同 じ仏教
に属す
る者 として 両者
の 了解
が なされて きた。 縁 起 文の 一 つ の背景
で あ る。 両 者の敵
対 を回避す
る意図
の 下に共通
の 外 道であるバ ラモ ンを
、 こ との 対象
と して と りあ げ たの であ
る。縁 起 文 は次の如
く解
釈 され る。シャ ン カ ラ デ ーバ 王の
時
世 に、Jhul
の村 の 何 人か の 独身 比丘(
声聞
or大 乗
) がBenga1
のGaur
(
ベ ン ガル は当 時、 既 に金 剛 乗が盛
ん で あっ た)へ 行 き 、Kapi
という
町に住
ん だ。(
その )幾
人 かが(
金剛 乗 を学
んで)帰っ て来た とき、 こ れ らの者
は毎
日、神
聖 な場 所
で密教
の ホーマ を修
した 。 不断
の炎
が輝 き続
い た。 これ らの、か つ て独 身で あっ て金 剛 乗のVA
と成っ た者の うち、 妻を持
っ てい ない 一人 (大 乗、金剛 乗 はyogini
= 妻 を許 容 し た)が 、 ある比丘 の 親族の 未亡 人で あっ たYa
§odara (縁 起の作 者 達サ ン ガ の者
はこ の 名 前の 女性
が歴 史 上 、 釈尊
の 妻で あるこ とを知 っ て い る。金
剛 乗 と声聞乗 (
大 乗
)の 共 存 状 態 に 内在す
る問
題 を回避す
る ため に、 縁 起の作
者はYa
§odhara を両 者に とっ て外道
で あるバ ラモ ン の未
亡 人 と して象
徴 させ た)を妻 と した 。 その後 の ある 日、 彼が ホ ーマ を修 して い る時、 その火
が燃
えあ
が り彼 を焼 き殺
し、 つ い に は村
全 体 を焼 き尽く
して しまっ た(
新
興の金 剛乗
に対 す
る 旧仏教
比丘 サ ンガ or、大
乗の 反 感に よる所
以であ
る)。Jhul
の村
が焼
けた時
、 金 剛乗
のVA
の未
亡人Ya
§odhara は 小塔 と般 若 経典
(大乗
の仏教
徒で ある こ とを示 して い る)と、幼 い息
子Ya
§odhara を伴
っ てPatan
の地 (大 乗と密教
の人 々 の い る町中)
に逃 げた 。 彼 女 はGala
−bahal
で、Vidyadharavarma
が造っ た僧
院 を修復
し、 この僧
院の 一所に 小 塔 を安 置 し た。 彼 女は息子 の 剃髪
式 を為
し(金 剛乗
の僧
と して ;Ac
的
luyegu
)出家 させ た。 彼 女の親
戚(
独身
比丘 に係
る一族 )の 者に、 この こ とを秘 密にする ため に 、 剃髪
式 に伴 う儀 式 を僧院のAgam
−devata
の 面前
で (公 開)
で行 う
こ とを許 さ なか っ た。そ れ以 来、
Bha
−baha
では出 家儀 式はAgam
−devata
の 面前で秘 密の儀 式に従っ て行 わ れる よ
う
になっ た。他
の僧
院は この 習慣
と は異な る。 また 彼女が修復
し、息
子が この僧
院で金 剛 乗に よる密教
の 出家 を遂 げて以来
智豊合同教学大会紀要 は
Ya
§odhara −maha −vihar と言わ れてい る。縁起 文
の作
られ た年代
は 明 らか で はない 。 タク ー リ王朝
、Shankaradeva
に つ い て確
実 な紀 年、N
.S
.40
(925AD
.)の ある資
料が指 摘 されてい る 。Ya
§od −hara
所 持 と さ れ る般 若 経の 紀 年VS
はNS
の誤 り(1124
.AD
) で あ る とい う。縁
起文
の 上 記の解釈
によれ ば、 縁 起 文はAdvayavajra
の 弟子達がNewar
に おい て 「大
印の 法 」を
伝 え、金剛 乗化
に努
め た時代
、AP
を書写
した僧
院 ;Ba
Baha
の住
者であるSakyabhik
§uがVajracarya
となっ た11
.C
.末
、12
.C
。ア テイ ー シャ が滞 在 した 町 に お け る
10
〜12
.C
.の金剛乗
進展の 具 体、す な わ ち金剛乗
の秘
密の 形 式に よる出家
儀礼
の開始
、homa
執
行、それ に伴
う金 剛 乗 と声聞
乗の有
りかた、 利益
関係
の状況 を
示 してい るの であ
る。時
代
の6akyabhikSu
達
につ い て、 別の資
料 ;Uka
Baha
(
Patan
の僧
院 )で 発 見 された土地 売 買の140
葉か らなる貝 葉 証 文 〈N
.S
.103
(982
−3AD
)〜Malla
ノ 王朝 初期 (1200AD
)
を含む〉農地、30
枚 の 証 文は 、 その 大 部分 がSakyabhik
§u あ るい はbhiksu
の 名で 、 幾 人か がVajracarya
の名前
で 土地 と住
居 を売
買 して い る事
を告
げ 、幾
つ かの証書
にサン ガ、 ビ ハ ー ラの 僧 院 名 によるも
の があ
る と言 う。Locke
は これ を時 代 の比丘達の 強 い 世 俗 化 と し て指 摘
し て い る(
Locke
J
.K
.1989
.p
.99
)
。[
V
]
Newar
仏 教の重層構造
に つ い て(
A
)
Newar
寺 院、Baha
,Bahi
の 建 築構
造の 一般
に、 一 階のKwapa
(
本
堂)
、二 階に
Agam
(秘 密 堂)という特 色
が ある。Kwapa
にはKwapa
−
dya
(釈尊
)像
、