≪抄録≫ 本論文では『初会金剛頂経』降三世品における思想背景を他経典との関連を中 心に考察を行った。まず「理趣経」類本との関係を探り、『理趣経』との成立関 係についても私見を述べた。次に栂尾祥雲によって指摘されたDevīmāhātmya と の関係について考察を行った。また両経典において重要となるスンバとニスンバ について、仏典には降三世品以前から既に説かれており、特に「降三世明王の 大呪」の前身が『蘇悉地羯羅経』に説かれていることから、栂尾氏が主張する Devīmāhātmya から降三世品へという成立の順序に対して異見を示した。最後に 『金剛手灌頂タントラ』における諸天降伏との関連について考察を行った。降伏 のプロセスなど類似している点がある一方、諸尊の数やグループなど、降三世品 において発展的に整理が行われていることが理解された。 以上の内容を総じて降三世品の思想背景について考察を行った。 0、はじめに Sarvatathāgatatattvasaṃgraha(所謂る『初会金剛頂経』、以下 STTS)は『大日経』 のように先駆経典と目される経典が未だ定説をみていない。とは言え、関連する 経典や影響を受けたとされる経典、思想などは多岐に亘って研究がされている。 例えば、ルシャナ仏等に関して『華厳経』、『理趣経』類本との関係、真言や灌頂 儀礼においては『金剛手灌頂タントラ』、唯識思想、またヒンドゥー教との関連 などが挙げられる。しかしこれらの研究は STTS の経典全体、もしくは金剛界品 や大マンダラの説示部分に焦点をあてたものが多い。STTS は四大品によって構 成され、その基本的構造は殆ど同じではあるが、説示されている思想や教理など 各品の持つ主題はそれぞれ異なっている。 本稿ではこれまでの研究の一端として、降三世品に関連するとされる仏典や聖 典を中心にその思想背景について考察を行う。
降三世品の思想背景について
宮坂 宥峻1、理趣分にみる降三世品の基本構成 STTS は、『大般若経』第 578 巻「般若理趣分」から展開される所謂る「理趣経」 類本と極めて近しい立場の経典であるとされている。その根拠の一つとして、「理 趣経」類本における第三段から第五段までが STTS 四大品の降三世品から一切義 成就品に対応しており、また初段に説かれる八大菩薩が順にそれぞれの主尊と なっていることが挙げられる1。ちなみに、「理趣経」類本の五段目以降が STTS に説かれていないのは、STTS 独自の思想体系である四印(四種印智)が四大品 の構成に組み込まれているためであると考えられる2。 降三世品に派生したとされる「般若理趣分」第三段には、次のように説かれて いる。 『大般若経』(T.7 p.987 c7-c28.) 爾時世尊復依調伏一切悪法釈迦牟尼如来之相。為諸菩薩宣説般若波羅蜜多摂 受一切法平等性甚深理趣普勝法門。謂貪欲性無戯論故瞋恚性亦無戯論。瞋恚 性無戯論故愚癡性亦無戯論。愚癡性無戯論故猶預性亦無戯論 -中略- 一切法性無戯論故當知般若波羅蜜多亦無戯論。佛説如是調伏衆悪般若理趣普 勝法已。告金剛手菩薩等言。若有得聞如是般若波羅蜜多甚深理趣。信解受持 読誦修習。仮使殺害三界所摂一切有情。而不由斯復墮於地獄傍生鬼界。以能 調伏一切煩悩及随煩悩悪業等故。常生善趣受勝妙楽。修諸菩薩摩訶薩行。疾 證無上正等菩提 【書き下し】 爾の時、世尊は復た一切悪法を調伏する釈迦牟尼如来の相に依って、諸菩薩 の為に般若波羅蜜多の一切法の平等性を摂受する甚深の理趣、普門の法門を 宣説したもう。 謂く貪欲性無戯論なるが故に瞋恚性無戯論なり。瞋恚性無戯論なるが故に愚 癡性もまた無戯論なり。愚癡性無戯論なるが故に、 -中略- 一切法性無戯論なるが故に当に知るべし。般若波羅蜜多もまた無戯論なり。 仏、是の如き衆悪を調伏する般若の理趣、普勝の法を説き已り、金剛手菩薩 等に告げて言く。若し是の如き般若波羅蜜多の甚深なる理趣を聞くことを得
て、信解し受持し読誦し修習すること有らば、仮使え三界所摂の一切有情を 殺害すとも、而も斯に由りて復た地獄傍生鬼界に墮せず。能く一切の煩悩、 及び随煩悩悪業等を調伏するを以ての故に常に善趣に生じ勝妙楽を受け、諸 菩薩摩訶薩行を修さば疾やかに無上正等菩提を證す。 「般若理趣分」は各段において異なる相をとった世尊が般若の理趣を説くという 構成であり、上掲の通り第三段は「一切悪法を調伏する釈迦牟尼如来」が教主で ある。説かれている理趣は「衆悪を調伏する般若」「能く一切の煩悩、及び随煩 悩悪業等を調伏する」とあるように、第三段では「悪の調伏」が主題であり、こ れは降三世品にもそのまま引き継がれている。仔細な箇所を見れば、理趣の最後 にある「一切法性無戯論」という語は、降三世品において金剛手が忿怒相となる 場面にも説かれている3。 「般若理趣分」では「悪」についての具体的な表現はなく、「三界所摂の一切有情」 と説かれるのみであるが、降三世品における降伏対象は大自在天へと変遷してい る。特に降三世品の大自在天は自らを「三界主(trailokyādhipati)」4と呼称する ように「般若理趣分」における「三界」から派生していることが理解される。ま た降三世品において金剛手が大自在天を一時でも死に至らしめることについて、 「般若理趣分」には「一切有情を殺害すとも、而も斯に由りて復た地獄傍生鬼界 に墮せず。云々」と説かれ、これを背景とすることによって殺生の正統性を示し ているものと考えられる。 一方、STTS との成立関係が注目される『理趣経』(または『百五十頌般若』) の第三段では、「般若理趣分」の内容に加え理趣を聴聞した金剛手が忿怒となる 描写が説かれている。 Adhyardhaśatikā Prajñāpāramitā(Chp.12.)
atha vajrapāṇir imam eva dharmatārthaṃ bhuyasyā mātrayoddīpayaṃs trilokavijayavajrāṃ nāma mudrāṃ baddhvā sabhrukuṭibhrūbhaṅgadīptadṛṣṭivihasita ruṣiteṣaddrāṃṣṭrākarālavadanakamalaḥ pratyālīḍhasthānastha idaṃ vajrahuṃkāraṃ nāma hṛdayam abhāṣata / vajrahūṃ //
『理趣経』(T.8 p.784 c15-c18.)
利牙出現。住降伏立相。説此金剛吽迦心吽 金剛手が忿怒となる説示は、既出の「般若理趣分」を始め、菩提流志訳(T.8 No.240)や金剛智訳(T.8 No.242)にも説かれず、『理趣経』において初めて付加 されたものである。降三世品における金剛手の忿怒相変現は次のように説かれて いる。 STTS(§651-653.)
bhagavān vajradharaḥ samantajvālāgarbhāḥ
sabhrukuṭibhrūbhaṅgakuñcita-lalāṭavikaṭadaṃṣtrākarālamukhā vajrāṅkuśakośapāśādivajrajvālāgnipradīpta-praharaṇavyagrakarā anekavidhavarṇālaṃkāravicitraveṣadharā vajrapāṇivigrahā viniścaritvā sarvalokadhātuṣu sarvaduṣtavinayaṃ kṛtvā,
【試訳】 世尊持金剛は、普く光焔を有し、眉間に皺を寄せ、眉を顰め、恐ろしい牙で 畏怖する面にして、金剛の鉤・剣・索を始めとする金剛火焔に照らされた武 器を手にし、種々の色の装飾と種々の衣服を身に纏った金剛手の姿を持った ものたちとして生じ、一切世間界において、一切悪の調伏をなし… また、マンダラ図絵の箇所における金剛手は次のようにも説かれている。 STTS(§867-868.) mahānīlotpalarucaṃ vajrahuṃkārasaṃgraham // īṣaddaṃṣṭrākarālāsyaṃ saroṣahasitānanam / pratyālīḍhasusaṃsthitaṃ jvālamālākulaprabham // 【試訳】 大青蓮華を好み、金剛フン字を発し、 わずかに恐ろしげな牙を口から出し、忿怒と笑の面を有し、 弓を引くが如くの姿勢(展左)をとり、輝く焔の環で輝いている者である。 上掲の通り両経典には多くの類似箇所が見受けられ、どちらかが依処しているも のと考えられる。それがどちらに依処しているのかは現段階で明確にすることは
できない。しかしながら、大乗仏教が密教に推移していく中で「般若理趣分」も また密教に展開する形で類本が存在している。それを前提とした場合、経典や教 理の変遷は他に影響を受けておきるものであり、『理趣経』における金剛手が忿 怒となる記述の付加もまた、他に影響を受けた形であると考えられる。その場合、 第三段に関して言えば STTS に影響を受けた結果、『理趣経』が成立したと見る のが妥当ではないだろうか。尤も添田隆昭5が主張するような「原金剛頂経」や 両者に先駆する思想が明らかにされた場合はその限りではないであろう。 以上をまとめると、降三世品は『理趣経』以前の「理趣経」類本を基本的構成 の背景としていると考えられ、『理趣経』との関係性について現段階では降三世 品が先駆して成立したものと推測される。 2、Devīmāhātmya との関係性について 十八大プラーナの一つ、Mārkandeyapurāṇa のうちの第 81 章から 93 章まで の 13 章が Devīmāhātmya(以下 DM)として説かれている。DM はシヴァ、特に シャークタの聖典として知られているが、降三世品との関係について栂尾祥雲6 が指摘している。その要点をまとめると次の二点がある。 ・両経典ともにスンバとニスンバが説かれる。 ・ 降三世品では金剛手(スンバ・ニスンバ)が大自在天(シヴァ)を降伏する が、DM ではシヴァの妻であるパールヴァティーがスンバ・ニスンバを降伏 する。 栂尾は両経典について「密教と印度教との関係交渉を知る上に於て、極めて興味 深きこと」とし、また降三世品については「南方印度を経て、東方ベンガル地方 に栄へて居った湿婆教徒を仏教に引入するために編成せられたもの」7と記して おり、明言はしていないが DM に影響を受けて降三世品が成立したという立場 をとっている。堀内寛仁を始め、スンバ・ニスンバについて記述するものは、栂 尾に則り DM を典拠とするものが殆どである。(『密教大辞典』等)近年では両 者の成立時期についても明らかにされつつあり、改めて両経典の関係性について みていきたい。 Mārkandeyapurāṇa は、段階的に 6 世紀から 8 世紀頃に成立したとするのが通 説であり、DM はその中でも比較的に新しい時代のものとされている。横地優子 (1999)によれば、DM は 7 世紀以前に作られた可能性は低く、8 世紀頃として
いる8。その根拠として写本・碑文・図像・他文献との比較の観点を挙げ、特に アスラの一員であるマヒシャが水牛から人型で描写されるようになるのが 8 世紀 以降であることは注目すべき点である。 一方 STTS の成立時期については 7 世紀後半であるとされ、教理分に至るまで が段階的に成立したとしても 8 世紀初頭には現在の形になったとされている。僅 かに STTS のほうが先に成立したとも見受けられるが、インド史としては誤差の 範囲であり、これらの情報のみではどちらが先行して成立したか断言することは できない。また STTS の成立地域とされる南インド(パッラヴァ朝、頼富(1995) はシルプール近郊と指摘9)はシヴァ教の隆盛した地域とも重なり、土着の信仰 を両経典が同時期に取り入れたとも考えられる。 両経典をつなぐ大きな要因であるスンバとニスンバは、STTS では真言の中に のみ説かれているが、DM では女神に敵対するアスラの主として、その詳細が説 かれている。そのため両アスラについて記述する場合に DM を出典とせざるを 得ない状況であるのは確かである。DM においてスンバとニスンバが登場する冒 頭箇所には次のように説かれている。なお、訳に関しては横地(2009)を参照する。 DM(Ⅴ 2-5.)
purā śumbhaniśumbhābhyām asurābhayāṃ śacīpateḥ / trailokyaṃ yajñabhāgāś ca hṛtā madabalāśrayāt // tāv eva sūryatāṃ tadvad adhikāraṃ tathaindavam / kauberam atha yāmyaṃ ca cakrāte varuṇasya ca // tāv eva pavanarddhiṃ ca cakratur vahnikarma ca / tato devā vinirdhūtā bhraṣṭarājyāḥ parājitāḥ // hṛtādhikārās tridaśāstābhyāṃ sarve nirākṛtāḥ / mahāsurābhyāṃ tāṃ devīṃ saṃsmaranty aparājitām // 【和訳】横地(2009)pp.167-168,(1)-(4) かつてスンバとニスンバという二人のアスラは、 傲慢と力を頼りに、シャチーの夫から三界と祭祀の分け前を奪った。 同様に、両者は太陽神と月神の権限、 またクベーラとヤマとヴァルナの権限を行使した。 また、風の能力と火の祀りも。
そして神々は掃討され、王権を失い、制覇された。 大アスラ二人に権限を奪われ追放されて、神々はみな あのアパラージター女神のことを思い出した。 また女神が登場する場面では次のような記述もある。 DM(Ⅴ 86.)
stotraṃ mamaitas kriyate śumbhadaityanirākṛtaiḥ / devaiḥ sametaiḥ samare niśumbhena parājitaiḥ // 【和訳】横地(2009)p.172,(39) この賛歌は私に捧げられている、魔神スンバに追放され、 ニスンバに戦いで敗れて集まった神々によって。 DM は女神がスンバとニスンバ率いるアスラの軍勢を打倒していくという物語が 説かれているが、上掲にあるようにスンバとニスンバによって男神が既に敗れて いることが前提となっている。これらは女神信仰が隆盛する時期であったことを 踏まえれば、女神をより強力にするための設定であるとも考えられるが、降三世 品の諸天降伏を受けて加えられた設定とも捉えることが可能ではないだろうか。 DM にはまた次のような記述もある。 DM(V 118.)
satyam uktaṃ tvayā nātra mithyā kiṃcit tvayoditam / trailokyādhipatiḥ śumbho niśumbhaś cāpi tāḍṛśaḥ // 【和訳】横地(2009)p.176,(67) あなたは真実を語られた。このことで少しも嘘をつかれていない。 スンバは三界の帝王、ニスンバもそう。 「trailokyādhipati」という単語はプラーナ文献等でもしばしば見かけるが、降三 世品では大自在天が自らを呼称する際に用いているものである。降三世品では 「trailokyādhipati」たる大自在天を金剛手がスンバ・ニスンバを含む真言によって 降伏している。一方、プラーナ文献においてスンバとニスンバが説かれるのは
DM が初出であると思われる。そのため STTS 以後に DM が成立したと仮定する と、DM においてスンバとニスンバを「trailokyādhipati」と呼称していることに 筋が通る。尤も、仮に DM の前に STTS が成立していたとしても、栂尾が述べて いるように降三世品が印度教もしくは湿婆教との関係を探る上で重要なものであ ることに変わりはない。 降三世品においてキーワードとなる「降三世(trilokavijaya/trailokyavijaya)」は、 「三界(triloka)主」を名乗る大自在天を降伏(vijaya)することを示しているが、 同じく「降三世」が説かれている『大日経』や『金剛手灌頂タントラ』において そういった意味合いはない。つまり「降三世」が「大自在天を降伏する」という 意味を持つようになったのは降三世品に至ってから付加された設定であることが 理解される。 ではなぜ降三世品に至って大自在天の降伏が付加されるようになったのか。そ れは降三世品後半の三世輪大マンダラ儀軌以降の一切金剛部にヒントが隠されて いるように思われる。一切金剛部では大自在天を始めとする降伏された諸天をマ ンダラの諸尊として配置し、それを信仰する外道を仏教に改宗するための儀軌が 説かれている。これらは A.Sanderson10や種村隆元11が指摘しているように、当 時のインドにおいてシヴァ教、ヒンドゥー教などが仏教に多大な影響を及ぼして いたことが伺え、降三世品はそれを反映したものであると考えられる。それをさ らに対応する形で DM が説かれていると考えられる。 3、スンバ・ニスンバについて これまで既に見てきたように、降三世品の思想を探る上でスンバとニスンバの 両アスラが重要な位置を占めている。降三世品においてスンバとニスンバは真言 の中にのみ説かれ、その真言は複数ある。降三世大マンダラ儀軌に限定すれば次 の四つの真言が説かれている。
① oṃ sumbha nisumbha huṃ gṛhṇa gṛhṇa huṃ gṛhṇāpaya huṃ ānaya ho bhagavan vajra huṃ phaṭ //(§656.)
② oṃ nisumbha vajra hūm phaṭ //(§683.) ③ oṃ vajrasumbha nisumbha huṃ phaṭ // (§798.)
①②は金剛手が忿怒相となる時に説かれている真言であり、③④はまさに降伏せ んとする場面において説かれている真言である。これらの真言は降三世品におい て重要な場面で説かれており、スンバとニスンバもまた重要なものであることが 再確認される。特に①は、日本密教において「降三世明王の大呪」として、現行 の次第においても用いられている。因みに降三世明王の小呪とされる真言と全同 のものは降三世品には説かれていない。 繰り返しになるが、現在のところ DM 以外のプラーナ文献やインド叙事詩に おいてスンバとニスンバを見出すことはできないが、仏典においては両アスラと 思われる名称がいくつか見出すことができる。例として『魔訶僧祇律』には次の ように説かれている。 『魔訶僧祇律』(T.22 p.461 c2-c3.) 復次仏住孫婆白土聚落。爾時孫婆天神来至仏所白仏言。 【書き下し】 復次に、仏、孫婆白土聚落に住したもう。爾の時、孫婆天神、仏所に来至し て仏に白して言さく。 『魔訶僧祇律』は律書であり、梵本もないため正確に把握しえないが、「孫婆」が スンバの音写であると考えられる。『魔訶僧祇律』は仏陀跋陀羅(359-429)・法 顕(337-422)の共訳とされることから、遅くとも 5 世紀前半にはスンバが仏教 に摂受されていたと思われる。 またいくつかの経典にもその名前を見出すことができる。そのうちの一つに『蘇 悉地羯羅経』がある。『蘇悉地羯羅経』「請問品」には三部のうちの金剛部の明王 として「明王蘇皤」(Tib. に尊名はなく、Ch. にのみ見られる12)の真言が次のよ うに説かれている。 『蘇悉地羯羅経』(D.188b5-6. P.251a3.)
namo ratnatrayāya namaś caṇḍavajrapāṇaye mahāyakṣasenāpatya oṃ sumbha nisumbha hūṃ gṛhṇa gṛhṇa hūṃ gṛhṇāpaya hūṃ ānaya ho bhagavan vajrārāja huṃ phaṭ svāhā.
これは一見して明らかなように、「oṃ」から「phaṭ」に至るまでが、「vajra」が 「vajrārāja」になっている以外、降三世品の①の真言と一致している。また「oṃ」 以前が「caṇḍavajrapāṇi(憤怒金剛手)」「mahāyakṣa(大ヤクシャ)」とあること、 金剛部の真言であることからも、『蘇悉地羯羅経』における上掲の真言が降三世 品に影響、もしくは継承されているものとみて間違いないと考えられる。 他にも『陀羅尼集経』や『蕤呬耶経』等にもスンバとニスンバと思しきものが 点在しており、少なくともプラーナ文献より先に仏教に説かれていたと考えられ る。それをあえて降三世品が DM から摂受したとは考え難いものである。 4、金剛手灌頂タントラとの関連 降三世品では大自在天(シヴァ)を主として降伏しているが、他にも五類諸天 等の多くのヒンドゥー神も降伏されている。ヒンドゥー神は初期仏教の段階から 仏典中にも説かれ、共存する形が多くみられるが、降伏を目的とした経典は少な い。その内の一つに『金剛手灌頂タントラ』がある。 『金剛手灌頂タントラ』は『大日経』の先駆経典として注目を集めた経典であ るが、近年では真言や灌頂儀礼などの観点から STTS との関連も指摘されてお り、降三世品との関連を指摘するものもある13。 『金剛手灌頂タントラ』は経題にある通り金剛手が中心となる経典であり、同 じく金剛手が主尊である降三世品との関連は十分に予測される。例えば、降三世 品の冒頭において、金剛手を「sarvatathāgatamahācakravartin」14(Ch.「金剛手菩薩 摩訶薩大転輪王」15)と呼称する場面があるが、経典中に金剛手が「大転輪」た る説示はこの箇所以外にない。一方『金剛手灌頂タントラ』所説のマンダラでは その中尊が「cakravartin」であり、両者の関係を示すものであると考えられる。 また既述の通り『金剛手灌頂タントラ』には明王として「降三世」という尊格が 説かれていることなども挙げられる。 『金剛手灌頂タントラ』における諸天はマンダラの最外院に位置するものとし て説かれているが、別段の金剛手の神通神変を示す場面において諸天の降伏が説 かれている。その冒頭には次ように説かれている。 『金剛手灌頂タントラ』(D.55b2-7 P.56a4-b2.)
rgyas thams cad dang/ lha dang/ klu dang/ gnod sbyin dang/ dri za dang/ lha ma yin dang/ nam mkha' lding dang/ mi 'am ci dang/ lto 'phye chen po dang/ mi dang mi ma yin pa la sogs pa sems can thams cad kyi srog la dbab pa'i tshogs kyis bye ba bsreg pa zhes bya ba'i ting nge 'dzin la snyoms par zhugs nas 'jig pa'i dus chen po'i tshe 'byung ba'i nyi ma bdun ltar 'bar ba rgya mtsho'i gling chen po'i me'i sgro ltar sems can thams cad kyi sems dang sems las byung ba'i tshogs za ba 'jig pa'i me chen po zhes bya ba rdo rje snying po'i mchog 'di smras so//
na maḥ sa rba ta thā ga te bhyaḥ/ sa rba mu khe bhyaḥ/ sa rba thā phaṭ hūṃ/
'jig pa'i me chen po'i snying po smras ma thag tu/ de nas thams cad dang ldang pa'i 'khor de chu shing gi tshal rtsa ba bcad pa lta bu dang/ rlung drag po chen pos bskyod pa bzhin du 'gul nas stan thams cad las kha *sbub(D;bub P) tu 'khor lo chen po'i rdo rje'i dkyil 'khor gyi steng du bsgyel to// byang chub sems dpa' sems dpa' chen po sa bcu la gnas pa rnams ni ma gtogs so// lag na rdo rje'i mthus thams cad dang ldang pa'i 'khor des sangs rgyas kyi zhing 'di thams cad dang/ ri rab dang / ri rab chen po dang/ khor yug dang/ khor yug chen po 'bar zhing me lce gcig tu gyur pa dang/ rgya mtsho dang/ rgya mtsho chen po thams cad bskams nas rnam par tshig ste thal bar gyur pa mthong ngo//
【試訳】 その時、金剛手はその禅定より起きあがり、再び一切の声聞縁覚と天と龍と ヤクシャとガンダルヴァとアスラとカルラとキンナラとマホーラガと人と非 人を始めとする一切衆生の生命を奪う一千万回焼くという禅定に入り、大い なる滅時の時に生じる七つの太陽の如く燃え、海の大洲の火の羽の如く、一 切衆生の心と心所を喰らう破壊の大火という名のこの最高の金剛心呪を説い た。
namaḥ sarvatathāgatebhyaḥ sarvamukhebhyaḥ sarvathā phaṭ hūṃ.
破壊の大火の心呪が説かれるや否や、その時、一切と倶なるその集会者は芭 蕉の林が根を切断されるが如く大暴風によって揺さぶられるように震動し、 十地に住する諸菩薩大士を除くすべてが座より下向きに大金剛鉄囲山マンダ ラの上に投げ出された。 金剛手の威力によって一切と倶なるその集会者は、全てのこの仏国土と須弥 山と大須弥山と鉄囲山と大鉄囲山が燃えて一塊の火炎となり全ての海と大海
が乾き焼かれて灰塵となるのを見た。
禅定に入り真言を出すというプロセスは STTS に通じるものがあるが、ここで特 に注目すべきは金剛手によってすべてを焼き灰塵とする描写である。さらにそれ を見た文珠によって次のように説かれている。
『金剛手灌頂タントラ』(D.56a5 P.56b7-8.)
rigs kyi bu 'khor 'di la dam tshig la 'jug pa'i sgo cung zad cig stsol cig dang / des bstan pa di la srog gi re ba thob cing dad pa thob nas rang rang gi gsang sngags kyi snying po 'bul bar gyur to//
【試訳】 この集会者に三昧耶に入る幾つかの門を与えよ。それによってこの教説にお いて生命の希望を獲得し、信を獲得し、各々の心呪を捧げるであろう。 これらと似た形が降三世品における大自在天以外の諸天の降伏において説かれて いる。降三世品では世尊(ビルシャナ如来)が諸天の降伏を終えた金剛手に次の ように告げている。 STTS(§686.)
pratipadyasva vajrapāṇe 'sya sakalatrilokacakrasyābhayāya mā pañcatvam āpādaya // 【試訳】
よいか、金剛手よ。かの全三界の集団が畏怖のないように死なせてはならない。 その後、金剛手と世尊と諸天のやりとりがあり、金剛手は諸天に次のように告げ ている。
STTS(§699.)
haṃ bho duṣṭāḥ pratipadyata mama śāsane mā vo 'ham anena vajreṇaikajvālī-kṛtya sarvān eva bhasmīkuryām iti //
【試訳】
それを一塊の火焔として、汝ら一切を焼き払って灰塵にしてしまうことがな いように。と。 この後、救護を嘆願する諸天を金剛手が救う流れとなるが、降伏の全体的構造が 『金剛手灌頂タントラ』と類似している。降三世品では実際に焼き払い灰塵とし てしまうことはないが、このやり取りには『金剛手灌頂タントラ』が背景にある のではないかと考えられる。 『金剛手灌頂タントラ』では降伏された諸天が各々真言を捧げており、これに よって所説の諸天が明らかとなっている。降三世品においても三世輪大マンダラ 儀軌に諸天が金剛手の足元に頂礼しながら自らの真言を説いており、これも『金 剛手灌頂タントラ』と類似する点である。『金剛手灌頂タントラ』における諸天 を一覧すると次の通りである。 (表1) 『金剛手灌頂タントラ』における降伏される諸天16 1 梵天 31 カーラダンダ 2 帝釈天(Śakradeveindra) 32 カーラプルシャ 3 一切の龍王 33 ムルティユ 4 毘沙門天 34 アルジュナ 5 太元帥 35 カーラカルナー 6 持国天 36 ブラーフマニー 7 広目天 37 ラウドリー
8 Chu dbang rmug byed 'jin (宝蔵神) 38 ヴァイシュナヴィー 9 Lag pa brgyad pa(八手) 39 クマーリー
10 パンチカ 40 チャームンダー 11 ヴェーマチトラを始めとするアス ラ王 41 ヴァーラーヒー 12 種々の花鬘を有する者を始めとす るガンダルヴァ王 42 カウヴェーリー 13 大樹(ljon pa)キンナラを始めと するキンナラ王 43 ヴァイラヴィー 14 ヴァイナテーヤを始めとする一切 のカルラ王 44 ガンガーを始めとする大河
15 バヤーナカを始めとする一切の ラークシャサ王 45 種々の花鬘を有するものを始めとするガンダルヴァ王 16 火天大仙 46 幢持明王を始めとする持明王 17 雲の花鬘を有するものを始めとす る風天 47 牙を有するものを始めとする一切の大ラークシャシー 18 月天などの星宿王 48 クータブータ王を始めとする一切 のブータ王 19 日天を始めとする一切の執曜 49 ゴーパーラを始めとする一切のピ シャーチャ 20 バロダ龍王などの多くの龍王 50 震動オースターラカを始めとする 一切のオースターラカ 21 ヴィシュヌ 51 離愛を始めとするチャーヤー 22 ルドラ 52 クンビーラを始めとする一切の オージョーハーラ 23 ブータのイーシャナ 53 醜顔を始めとする一切の餓鬼衆 24 ウマー 54 善勝を始めとする一切のマーラ衆 の天子 25 昴宿などの大執曜 55 ジャヤー
26 Lha'i bu ssprin dkar(白雲天子)と
一切の雲天 56 ヴィジャヤー
27 Glog sprin 'jom pa(破壊雷雲)Glog gzi brjid(雷威光)Glog 'od snang(雷 光線)Glog phreng bzang(妙雷鬘)
57 アジター
28 スメール王を始めとする山大王 58 アパラジター
29 ヤマ 59 トゥンプル
30 Mtshan mo bzang mo(黒夜)
『金剛手灌頂タントラ』において降伏され、真言を捧げる諸天は上掲の通り 59 種にも及び、数の上では 42 種の STTS より多い。特に降三世品には説かれてい ない八部衆や四天王、四姉妹といった既存のグループが目に留まる。また男女神 が混在して説かれ、区別しているようには見受けられない。一方、降三世品の諸 天は従来のグループを用いず、五類という新たな枠を作り、男女神も区別され対 となるように説かれている。
(表2) 降三世品において降伏される諸天 三 界 主 1 大自在天 三 界 主 后 母 天 22 ウマー 2 那羅延天 23 ルクミニー 3 童子天 24 サスティー 4 梵天 25 ブラフマニー 5 帝釈天 26 インドラーニー 飛 行 諸 天 主 6 甘露軍荼利 飛行 諸 母 天 27 アムリター 7 月天(Indu) 28 ローヒニー 8 大勝杖(Mahādaṇḍāgri) 29 持杖母天(Daṇḍadhāriṇī) 9 ピンガラ 30 ジャータハーリニー(Jātahāriṇī) 虚 空 行 諸 天 主 10 マドゥマタ 虚空 行 諸 母 天 31 マーラニー 11 作甘露(Madhukara) 32 アシャナー 12 最勝(Jaya) 33 ヴァサナー 13 勝(Jayāvaha) 34 ラティ 地 居 諸 天 主 14 守蔵 地居 諸 母 天 35 シヴァー 15 風天 36 ヴァーヤヴィー 16 火天 37 アグネーヤー17 17 クベーラ 38 クヴェーリー 水 居 諸 天 18 ヴァラーハ 水居 諸 母 天 39 ヴァーラヒー 19 ヤマ 40 チャームンダー 20 プリティビー地天(Pṛthivīcūlika) 41 チンナナーサー(Chinnanāsā) 21 水天 42 ヴァルニー 一見して明らかなように、降三世品では諸天の分類・整理が効率的に行われてい ることが理解される。これはマンダラからも理解されるように、STTS の特徴と も言えよう。また降三世品では諸天の中心となる大自在天(シヴァ)が筆頭に説 かれているが、『金剛手灌頂タントラ』では梵天が筆頭に説かれ、シヴァ(ルドラ) は特別重要な位置にいない。つまりシヴァを特別視する傾向はやはり降三世品に 至ってからであることが再確認できる。 降三世品における降伏の一形式、とくに多くの諸天を降伏するという点につい ては『金剛手灌頂タントラ』から影響を受けているものと考えられる。
5、結び 以上、STTS 降三世品において関連、もしくは影響を及ぼしたとされる経典を 中心に考察を行ってきた。最後に改めて整理しておく。 まず「理趣経」類本と関係について、STTS は少なくとも「般若理趣分」以降 の影響を受けていることは既に指摘されているが、各品においてもそれは顕著で ある。特に降三世品において不殺生戒が犯されることは「理趣経」を背景として 見ることによって正当性を見出すことができる。 次に DM との関係性について、DM ⇒降三世品という栂尾の主張に対して僅か ながら一石を投じたと思う。また両者を繋ぐスンバ・ニスンバは仏典において STTS 以前にも説かれている可能性が高く、特に『蘇悉地羯羅経』には「降三世 明王の大呪」の前身となる真言が説かれており、改めて降三世品が DM に先駆 する経典であると推測した。 最後に『金剛手灌頂タントラ』との関係について、諸天降伏という観点から考 察を行った。両経典には類似した降伏が見られた一方で、諸天の順序、数、分類 など降三世品に至って大部分の整理が行われていることが理解された。 本稿では既に関連が指摘されている経典類を中心に且つ断片的に取り上げた が、経典全体としての関連性や、上掲以外の経典との関連なども十分に考えられ、 研究の余地がある。また本論にてしばしば触れたが、降三世品の背景を理解する 上でヒンドゥー教との関係は無視することのできない問題である。今回は比較対 象として適切な文献を得られなかったため考察はしていないが、STTS 以後、後 期密教へと展開する中でヒンドゥー教の影響が強くなることを踏まえると、ヒン ドゥー教と多くの接点を持つ降三世品は極めて重要なものとなってくる。それら を含め、今後の研究課題としたい。 〈略号表および使用テキスト〉 DM Devīmāhātmya
Harikṛṣṇa Śarma, ed., durgāsaptaśati saptaṭīkā-saṃvalitā, Bombay, 1916. 小倉泰 横地優子『ヒンドゥー教の聖典 二篇 ―ギータ・ゴーヴィン ダ デーヴィー・マーハートミャ』(平凡社、2009)
STTS Sarvatathāgatatattvasaṃgraha T18 No.882
1983)
T 大正新脩大蔵経
『大般若経』 『大般若波羅蜜多経』T5-7 No.220 『理趣経』 『大楽金剛不空真実三昧耶経』T.8 No.243
Tomabechi, Toru, ed., Adhyardhaśatikā Prajñāpāramitā: Sanskrit and Ti-betan Texts, Vienna and Beijing, 2009.
『蘇悉地羯羅経』T.18 No.898
Legs par grub par byed pa'i rgyud chen po las sgrub pa'i thabs rim par bhye ba (D:Toh.807, P:Ota.421.)
『魔訶僧祇律』T.22 No.1425 『金剛手灌頂タントラ』
'Phags pa lag na rdo rje dbang bskur ba'i rgyud chen po(D: Toh.496, P: Ota.130.) 〈参考文献〉 ・乾仁志 1998: 「『初会金剛頂経』の背景にある大乗仏教―如来蔵思想との関係を中心に」 『インド密教の形成と展開』法蔵館 pp.204-224 ・大塚伸夫 2013:『インド初期密教成立過程の研究』春秋社 ・川崎一洋 2007: 「『理趣経』十七尊曼荼羅の成立に関する一試論」『智山学報』56 pp.249-261 ・駒井信勝 2016:『中期密教に至る灌頂儀礼の発展』大正大学 ・添田隆昭 1979:「真実摂経と理趣分」『密教学研究』11 pp.45-61 ・田中公明 2010:『インドのおける曼荼羅の成立と発展』春秋社 ・種村隆元 2013: 「シヴァ教と密教」『シリーズ大乗仏教第十巻 大乗仏教のアジア』
pp.73-102 ・栂尾祥雲 1958:『曼荼羅の研究』密教文化研究所 ・宮坂宥峻 2012:「『金剛頂経』の構成について」『智山学報』61 pp.81-93 ・元山公寿 2004: 「中期密教における真言について『金剛頂タントラ』を中心として」『日本 仏教学会年報』70 pp.153-167 ・横地優子
1999: “The Warrior Goddess in the Devīmāhātmya,” Living with Śakti : Gender, Sexuality and Religion in South Asia (Senri Ethnogical Studies, 50), ed. by Masakazu Tanaka and Musashi Tachikawa, National Museum of Ethnology, Osaka,pp.71-113
・頼富本宏
1995: 「密教の成立―『大日経』と『金剛頂経』の成立と思想」立川武蔵・頼富 本宏編『インド密教』 pp.32-56
・Sanderson, Alexis
2009: “The Śaiva Age: the Rise and Dominance of Śaivism During the Early Medieval Period. ”Genesis and Development of Tantrism, ed. by Einoo.Shingo, To-kyo:University of Tokyo. 1 川崎一洋(2007)田中公明(2010)等。 2 拙稿(2012) 3 STTS §655. 4 STTS §670. 他。 5 添田隆昭(1979) 6 栂尾祥雲(1958) 7 栂尾祥雲(1958)p337. 8 横地優子(1999)(2009) 9 頼富本宏(1995) 10 Sanderson,Alexis (2009)
11 種村隆元(2013) 12 T.18 p.664 a29. 13 元山公寿(2004)、乾仁志(1998)、大塚伸夫(2013)等。 14 STTS §619. 15 T.18 p.369 c8. 16 還梵・訳語が確定していないものについては駒井信勝(2016)を参照した。 17 Agini の女性形について、A Sanskrit-English Dictionary, Monier-Williams, Ox-ford,First
ed.1899. によると Agnāyī と Agneyī はあるが Agneyā は見当たらない。ただし Agni の女性形であることに相違ないと判断した。
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