日本の歴史 22
日本の歴史 55
『図書館と江戸時代の人びと』
本書の請求記号 010.21‖Shi新藤透著 (柏書房 2017)稲垣宏行
明治期に海外から取り入れられたばかりの「図 書館」が、何故当時の日本人に易々と受け入れら れたのか。図書館学と近世史を専攻とする著者 は、江戸時代の書物の利用事情を中心に、その 謎に迫っています。
本書によると「図書館」の最初の原型は、聖 徳太子の飛鳥時代に建立された法隆寺などの宝 物殿にあったと述べられています。そこに納めら れていた国内や海外の経典や漢籍などが図書に 当たり、実際に利用されていたのです。利用者は ごく一握りでしたが、それらを管理する図ず書しょりょう寮 も存在しました。
貴族層が個人の書庫を公開していた例もあ りました。日本最古の公共図書館とも言われる 石いそのかみのやかつぐ
上宅 嗣の「芸うんてい亭」や菅原道真の「紅こうばいかん梅館」な どが挙げられます。中世以降、実権が武士に移っ ても、武家文庫や寺院文庫という形で発展し、
貴族層も朝廷文庫を拵え、書物を保存していまし た。
「図書館」の発展が最も著しかったのは、学問 を愛好する徳川家康開祖の江戸時代でした。特 に8代将軍吉宗は書物の利用や所蔵などに熱心 で、度々書物奉行を酷使していたことが本書で述 べられています。書物奉行は現在の司書に当たる 役職ですが、これが創設されたのは3代将軍家光 の治世でした。
武士層が学んでいた藩校でも、書物が度々利 用されました。そのため、教師が片手間で出納を 行っていたのを、負担の増大から「司書」が担当 することになりました。
熱心に読書をしていたのは武士だけではありま せん。町民や農民層の間でも盛んに書物が貸し 出されていたのです。町には貸本屋だけでなく、
所蔵する多くの書物を外部に公開し、町人や学者、
中下級武士などの間で交友関係を形成する蔵書 家がいました。代表的な一人が、5万巻もの蔵書 家である武蔵(東京)の村出身の小お山やま田だ与とも清きよです。
彼は国学の研究に心血を注ぎ、23点もの著書を
刊行し、月に4 ~ 6回も友人同士で書物の貸借を 行い、本職の国学者たちからも注目されていまし た。
ところで、農村ではどのように書物を入手して いたのでしょうか。本書では「蔵書の家(日本史 学者の小林文雄氏の命名)」と呼ばれる、知識 や情報の収集に執心する庄屋たちの存在が挙げ られています。元々の動機は、村の防衛策を考え てのことでした。しかし、書物の貸借を村内や隣 村だけでなく、町の豪商や学者、果ては大名とま で行っていたことから、太平天国の乱やペリー来 航など海外からの情報まで掴んでいたという、当 時の一村落ではあり得ない情報収集能力を有して いたことも本書で述べられています。
書物は江戸時代に入っても部数が少なく、所有 出来る人は限られていたそうです。それでもこれ ほどの読書熱が幅広い層に及んでいたのは、著 者も指摘しているように高い識字率と蔵書が外部 にも開かれていたことが大きな要因だったと思わ れます。また、どの時代でも現代と同じく、貸借 による書物の紛失や増大する書物に対する保管 場所の確保といった問題に苦慮していました。利 用者がいつまでも書物を返却しない、勝手に又 貸しをする、汚損してしまうといった現在に通じ る問題なども散見されます。それらへの対策も兼 ねて、貸出冊数や期限を設けていたことも興味深 い話です。
コピー機や電話もなく、言論の自由も制限され ており、量産や情報収集すら困難だった時代。
それでも彼らは書物を活用し、町人や農民ですら 貸本屋や蔵書家と繋がる交友のネットワークを活 用し、海外からの情報をも得ていました。遠い過 去にありながら、とても身近に思える「図書館」。
当時の人々の並々ならぬ意欲が紡いだその歴史と 知恵を、本書を通じて学んで行きましょう。
いながき ひろゆき(司書・管理運営課)
図書館員の文献紹介と 資料の活用
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