佐鳴湖の冬季の渦鞭毛藻類Heterocapsa rotundata による赤潮発生の環境特性
著者 辻野 兼範
雑誌名 静岡地学
巻 121
ページ 29‑40
発行年 2020‑06‑18
出版者 静岡県地学会
URL http://doi.org/10.14945/00028585
佐鳴湖の冬季の渦鞭毛藻類 Heterocapsa rotundata による赤潮発生の環境特性
辻 野 兼 範
1 .要約佐鳴湖は,浜名湖と新川でつながり潮汐により汽水が流入流出する汽水湖である(図 1).冬は渦 鞭毛藻の Heterocapsa rotundata が赤潮を形成し,水色は茶褐色になり透明度は 0.3~0.4m と低くな ることが多い.2017 年から 2018 年にかけての冬も同様に H. rotundata の赤潮が発生した.佐鳴湖 での H. rotundata の細胞数と水質との関係を調査し,また半自然培養法で塩分適正濃度と栄養塩の 要求性を試験した.その結果 H. rotundata は低~中鹹水に増殖適性があり,栄養塩は無機態リンが 増殖制限因子になることが明らかになった.また珪藻類の Cheatoceros spp. は,H. rotundata より約 10 日遅れて増殖し広範囲の塩分に増殖適性があり,栄養塩は H. rotundata 同様に無機態リンが増殖 制限因子になることが明らかになった.佐鳴湖では田畑からの窒素の流入負荷が問題にされてきた が,赤潮発生など内部生産が冨栄養化を促進しており,そのためにはリンの削減が重要である.H.
rotundata の増殖時に PO4-P が増加していることから独立栄養生物から従属栄養生物に栄養摂取方法 が変化することも示唆された.
2 .H. rotundata の増殖と COD,クロロフィル a の関係
(1)目的:H. rotundata の赤潮形成時の細胞数,増殖速度,適正塩分,栄養塩要求性を試験し,増 殖要因と佐鳴湖の環境特性との関係を明らかにする.
(2)方法:半自然培養法とは単離培養した株を用いるのではなく,現場のプランクトン群集を株と し現場の環境で培養する方法である.
佐鳴湖の東岸中央の接触酸化施設の前の垂直湖岸を定点(北緯 34°42'36'',東経 137°41'36'')とし て,2017 年 11 月から 2018 年 2 月まで,現場で YSI85 型溶存酸素計を用いて表層水の水温,塩分,
溶存酸素を,透明度板で透明度を測定した.表層水をポリビンで採水し実験室で直ちにワットマン GF/F でろ過し,水質分析のためにろ過水と原水を凍結保存した.ろ紙はクロロフィル測定用に凍結 保存した.クロロフィルはアセトン抽出法,COD は過マンガン酸カリウム酸性法 JIS K0102:1998 で T-COD を測定した.
H. rotundata の細胞数は枠付き罫線入りスライドガラスで 150 倍で容量 0.1mL を 4~6 回検鏡し細 胞数の平均値を求めた.H. rotundata は殻がなく壊れやすいので試薬で固定せずにそのまま検鏡した.
日増殖速度は次式で求めた.
(logN―logN0)/t・log2 N0:はじめの細胞数 N:t 日後の細胞数 t:所要日数
(3)結果と考察:図 2 に細胞数と水質の経日変化を,図 3 に細胞数と水質の相関を示した.
〒431-1207 浜松市西区村櫛町 2918-7
H. rotundata は 11 月に数万 cells/mL 生存し,12 月中旬に 200,000cells/mL に増殖した後一時減 少し,1 月下旬には 100,000cells/mL 以上に増殖し,2 月 18 日には最大で 430,000cells/mL に達した.
日増殖速度は 1.07 回 / 日(2018 年 2 月 5 日~7 日),0.46 回 / 日(2018 年 2 月 13 日~16 日)であった.
表層水温は 11 月中旬の 15℃から 2 月中旬の 3.0℃まで低下し,塩分は 2.0~5.1ppt(psu)の範囲で変 化した.透明度は約 0.5m から 0.3m まで下がり,最小値は 2 月 20 日の 0.26m であった.細胞数と透 明度の相関係数は r2=0.66 で H. rotundata の増殖が透明度を下げていると見られた.COD は 12 月末 の約 4.0mg/L から 2 月にかけて上昇し,2 月 20 日には最大値で 17mg/L にも達し,この日は透明度 が最も小さくなった.COD と細胞数との相関係数は r2=0.83 と高く H. rotundata の増殖が COD を上 昇させたといえる.
Cheatoceros spp.は小型の細胞が連鎖しない種であった.12 月末に約 2,800cells/mL 生存し,1 月 には約 40,000cells/mL に増殖し,2 月 27 日には最大で 103,000cells/mL に達した.増殖と減少は H.
rotundata よりも約 10 日遅れ,約 10 日間の時間差が見られた.日増殖速度は 0.13 回 / 日(2018 年,
1 月 25 日~2 月 2 日),0.17 回 / 日(2018 年 2 月 5 日~10 日)であった.細胞数は H. rotundata に 比べると少なく,増殖速度も小さく赤潮の 2 番目の優占種であった.
クロロフィル a は光合成を行う全ての微生物量を間接的に表す指標で,H. rotundata が約 80%,
Cheatoceros spp.が約 20% であったので,クロロフィル a 量はこの 2 種の量を現すと考えられる.
12 月下旬の 18 μg/L から 2 月下旬の 400 μg/L へと上昇し,COD との相関係数は r2= 0.81 と高く,
クロロフィル a の増加が COD を高くした.以上のように H. rotundata と Cheatoceros spp. の増殖が COD を高くし,透明度を低下させ水質汚濁を進める結果になった.水質汚濁の評価は COD を指標 にして行っているので,COD 評価に従うと赤潮期間中の COD は 12.7~16.7mg/L もあり,この値は 年平均約 8.0mg/L を大きく上まわり,佐鳴湖が日本一汚いと評価されていた約 10~15 年前の値であ る.赤潮の発生が COD を高くしていることから,赤潮の発生抑制が COD を低下させることになる ので,H. rotundata の増殖要因を解明することが重要な課題になる.
図₁.佐鳴湖の位置(Lake hamana landsat. jpgを一部改変.矢印は汽水の流入流出を示す).
右:2018年₂月20日の赤潮とH. rotundata(×600倍)
図₂.細胞数と水質の経日変化.
図₃.細胞数と水質の相関.
₃.塩分適正試験
(1)方法:冬の塩分は 2.0~5.0ppt 程度の低鹹水であり,2017 年は H. rotundata の増殖適性塩分試験 を,2018 年は H. rotundata と Cheatocerus spp. の試験を実施した.
2017 年は佐鳴湖東岸の表層水を 10L タンクに入れ静置し懸濁物が沈殿した後,塩分 5.3ppt の上澄 み液をワットマン GF/F でろ過しろ液に純水を加えて 2.5ppt に,市販の塩を加えて 10ppt,15.2ppt,
に調整し,200mL 採水し丸底フラスコに入れ,P 源(K2HPO40.7g/L)を 1.0mL 添加し培地とした.
丸底フラスコに培地 200mL を入れ,H. rotundata 群集を含む佐鳴湖水を 20mL 入れ,採光は特に行 わず室内の自然光とし直射日光が当たらないように室内の北側に静置した.2 月 22 日から 3 月 2 日 の 8 日間培養し,マイクロピペットで毎日 0.1mL 採水し,細胞が壊れやすいので試薬固定せずにそ のまま 150 倍で 3 回計測し平均値を求め 1.0mL あたりに換算した.
2018 年は佐鳴湖東岸で表層水を採水し,ワットマン GF/F でろ過し,2.5ppt は純水で希釈し,5.0ppt,
10ppt,15ppt,20ppt,25ppt は市販の塩を入れて調整し,ペットボトルに 200mL 入れ現場の H.
rotundata 群集を含む表層水を 35mL 入れて,栄養塩源として N 源(NaNO34.3g/L),P 源(K2HPO40.7g/
L),Fe 源(EDTA-Fe0.5g/L)を 0.8mL ずつ入れて,佐鳴湖の現場の水温,日射量で培養するため 採水場所と同じ東岸の表層に吊るし,2 月 26 日から 3 月 9 日の 11 日間行った.1 日おきに細胞数を 2017 年と同様に 4~6 回計測し,1mL あたりの平均値を求めた.
(2)結果と考察:2017 年と 2018 年の結果を図 4,図 5 に示した.
図₄.塩分適正試験(2017年).
2017 年は試験したすべての塩分で細胞数の初期値に対して 3.7~4.3 倍に増殖し,増殖速度は 2.5ppt で 0.24 回 / 日,5.3ppt で 0.33 回 / 日,10ppt で 0.47 回 / 日,15ppt で 0.48 回 / 日で低鹹水よりも 10
~15ppt で細胞数と増殖速度が大きい結果となった.
2018 年は,H. rotundata は 2.5~10ppt で増殖し,15ppt は横ばい,20ppt と 25ppt では減衰し増殖 しなかった.これより H. rotundata は高鹹水には適応しない種であり,冬季の佐鳴湖の塩分が 10ppt より大きくなることはめったになく,低塩分適応種であることが 2 年間の調査で示された.
Cheatocerus spp. は 5~20ppt の広範囲で増殖し,25ppt では減衰し増殖しなかった.2 月 26 日 か ら 3 月 4 日 の 増 殖 期 間 の 増 殖 速 度 は,15ppt で 0.67 回 / 日,20ppt で 0.47 回 / 日 で あ り,H.
rotundata が減衰した 20ppt でも増殖し広塩分適応種であった.佐鳴湖での Cheatocerus spp. の増殖 は H. rotundata よりも約 10 日遅れ最大細胞数に達していた.塩分適正試験でも同様に遅れが見られ,
現場の増殖傾向とよく似た結果を示した.
プランクトンの増殖曲線は誘導期,対数増殖期,定常期,死滅期に区分される.誘導期は H.
rotundata には誘導期が見られず開始翌日から増殖し,Cheatocerus spp.は誘導期が見られ,そのた め各ステージが遅れる結果となった.
図₅.塩分適正試験(2018年).
4 .栄養塩類の添加による増殖実験
H. rotundata と Cheatocerus spp.の増殖要因を検討するために,半自然培養法で栄養塩類の添加 試験を実施した.
(1)方法:佐鳴湖の表層水をワットマン GF/F でろ過し,ペットボトルに 350mL 入れ,これに N 源
(NaNO34.3g/L),P 源(K2HPO40.7g/L),Fe 源(EDTA-Fe0.5g/L)を各 0.5mL 単独,混合添加し培 養液とし,栄養塩を添加しないものを対照とした.これに現場の表層水を 50mL 入れて,佐鳴湖の現 場の水温,日射量で培養するため採水場所と同じ東岸の表層に吊るした.ペットボトルには空気が入っ ているため表層に浮いた状態であった.実験は 2018 年 2 月 5 日~2 月 24 日の 19 日間行い,2 月 11 日に栄養塩を各 0.5mL 追添加した.ペットボトルから連日採水し H. rotundata と Cheatocerus spp.
の細胞数を,現場の試水と同様に 4~6 回計測し,1mL あたりの平均値を求めた.日増殖速度も現場 と同様に求めた.
(2)結果と考察:図 6 に H. rotundata,図 7 に Cheatocerus spp. の増殖と増加量,日増殖速度を示し た.
H. rotundata は,P の単独,混合添加ともに実験開始から 8 日目まで増殖し,追添加をした 6 日目 から 8 目にかけて増殖量が大きく P 単独添加で実験開始時の 8.8 倍,PNFe 混合添加では 9.5 倍になっ た.対照,N,Fe の単独添加,NFe の混合添加では P 添加区ほどには増殖は見られず,P が制限因 子になっていると考えられた.指数的増殖期間は実験開始の 5 日目から 8 日目にかけてで,この期間 の日増殖速度は P 単独添加が 0.82 回 / 日,PNFe 混合添加で 0.69 回 / 日で,これは現場の増殖速度 に近い値であった.
Cheatocerus spp.は,P の添加区で増殖量が大きく,P 単独添加で実験開始時の 16 倍に,PNFe 混合添加では 15 倍,NP と PFe 混合添加で 14 倍に増殖した.増殖期間は PNFe 混合添加で最も長く,
栄養塩添加の相乗効果と考えられた.Fe 単独添加と NFe 混合添加では増殖はなく減衰し,N 単独添 加では 3.7 倍で対照程度の小さな増殖であった.H. rotundata 同様に P が制限因子になっている結果 を示した.日増殖速度は 0.40~0.67 回 / 日の範囲で,H. rotundata よりもやや小さな値となったが,
増殖期間が長く H. rotundata の減衰期にも増殖し優占種の交替が見られた.誘導期が 4 日間みられ 現場と同様な結果となった,H. rotundata には誘導期がみられずすぐに増殖し,現場と同様な結果と なった.H. rotundata は殻がなく分裂時に殻の修復を行う必要がなく,栄養を取り込み分裂までに時 間を要しないと考えられる.
図₆.H. rotundataの増殖と増加量,日増殖速度.
図₇.Cheatoceros spp.の増殖と増加量,日増殖速度.
5 .PO4-P の供給源
図 8 に 2 月の気象と雨量と細胞数,PO4-P の経日変化を示した.プランクトンを増殖させる栄養 塩類の供給は降雨による河川水の流入負荷がある.細胞数が増大する 2 月はじめから 25 日の PO4-P は 0.4µgat/L(12.4µg/L)から 1.0µgat/L(31.0µg/L)に大きく増加したが,2 月 1 日 2 日の降雨量 は 11mm,10 日は 6mm と少ない.3 月 1 日から 50mm 以上の降雨が 3 回あり,PO4-P は 0.9µgat/L
(27.9µg/L)に増加しているが,2 月の増加はこの時以上に大きく大量の降雨がなくても増加してい
図₈.₂月の気象,細胞数とPO4-Pの経日変化.
るので,PO4-P の供給は,降雨などの外部負荷以外の要因があることを示唆する.
増殖開始時の最大瞬間風速が 3 日 13.6m/s,4 日 17.4m/s,11 日 18.6m/s と急に大きくなり,佐鳴 湖の水深は平均 2.0m と浅いので,強風により湖水が撹拌されて底層水が表層まで湧き上がり,底層 から PO4-P の供給があったことも考えられる.しかし,風が弱くなった後も PO4-P は増加している ので PO4-P は H. rotundata の増殖時に吸収されなかったことも考えられる.
渦鞭毛藻の約半数は葉緑体を持たずに従属栄養生物であることが知られている(井上,2007).
Milette et al.(2017)は,アメリカ合衆国のマサチューセッツ州の首都ケンブリッジのチェサピーク 湾にそそぐチョプタンク川河口で,2016 年 1 月から 3 月に調査し,表層水の H. rotundata の細胞数は,
297~11475cells/mL の範囲で増殖し優占種となり,水温の平均は約 5.0℃,塩分は約 10ppt,PO4-P は約 0.1 μM /L であることを報告している.水温と塩分は佐鳴湖とほぼ同じ環境であるが,PO4-P は佐鳴湖の方が多く,細胞数も佐鳴湖の方が一桁多くなっている.Milette et al.(2017)の目的は,H.
rotundata の栄養摂取方法に関するもので,光強度が不足すると,独立栄養生物から従属栄養生物に 変化しバクテリアを摂取する可能性を示唆している.従属栄養生物になる時には PO4-P を必要とし ない.
佐鳴湖の 2 月の H. rotundata の増殖時に PO4-P は減少していない.もし光合成により増殖をし ているならば PO4-P は吸収されて減少するはずである.逆に増加しているのでバクテリアが H.
rotundata に捕食,分解されて PO4-P が排出され増加した可能性も考えられる.今後は栄養摂取につ いて光強度などの環境を変えて試験し検証する必要がある.
6 .問題点と課題
佐鳴湖の冬は水温が 5.0℃以下にも低下し,最も水温が低下する時期に赤潮を形成するほど H.
rotundata や Cheatoceros spp. が増殖するのは,佐鳴湖に特異な現象である.冬季の浜名湖は植物プ ランクトンの現存量は少なく,透明度は大きく見た目にきれいに見える.H. rotundata は汽水域(5
~10ppt)適応種で,低温で増殖する特性がある.プランクトンの増殖には水が滞留しやすい環境 も必要である.栄養塩類が多くても水の移動が速く,滞留しないのであればプランクトンは増殖し にくい.佐鳴湖水の滞留日数は 30~50 日と試算されており,この長い滞留日数が H. rotundata や Cheatoceros spp. の増殖の一因になっていると考えられる.潮汐による佐鳴湖からの流出や流入は,
出たり入ったりを繰り返し,例えるならばフラスコを揺すりながらプランクトンを培養しているよう なものである.北部からの河川の流入量が少なくなっており,滞留日数が長くなっていると推測でき る.夏は藍藻が優占し佐鳴湖は通年赤潮状態で,植物プランクトンなどの微生物の増殖を抑制するた めには,外部負荷の削減だけではなく内部負荷を抑制するために滞留日数を小さくすることが対策と して考えられる.
これまで佐鳴湖の浄化対策として,下水道整備などによる外部負荷量の削減を中心に実施してきた.
その成果は COD が近年 8.0mg/L に低下していることに現れているが,現在 COD 低下は頭打ちの状 態で,目標の 5.0mg/L には程遠い状態で,新たな対策が必要な段階に入っている.そのための方法 の一つとして①浜名湖から高塩分の導入量を増やす(夏の藍藻の増殖を抑制し珪藻の増殖を促す効果
が期待できる)こと,②天竜川から導水されている農業用水や工業用水を佐鳴湖に導入し,湖水の交 換を早くし滞留日数を小さくすることが考えられる.
引用文献
井上 馨(2007):藻類 30 億年の自然誌 第 2 版 藻類から見る生物進化・地球・環境.東海大学出 版会,676p.
Millette, N. C., Pierson, J. J., Aceves, A. and Stoecker, D. K. (2017): Mixotrophy in Heterocapsa rotundata: A mechanism for dominating the winter phytoplankton. Limnology and Oceanography, 62, 836-845.