印度學佛敎學硏究第六十八巻第一号 令和元年十二月
顕意の
﹁唯心浄土﹂批判
中
村
玲
太
一
はじめに
﹁浄 土﹂ と 言 え ば﹁ 西 方 0 0 極 楽 浄 土﹂ な ど と も 言 わ れ る よ う にこの世界より遥か彼方の世界であり、その世界の教主が阿 弥陀如来と言われる。こうしたことは﹃阿弥陀経﹄等の諸経 典 に も 説 か れ る と こ ろ で あ る が、 ﹁浄 土﹂ = 遥 か 彼 方 の 世 界、 という理解は中国仏教、特に宋代の浄土教ではむしろ否定的 に捉えられるものであり、代わりに ﹁唯心浄土﹂ ﹁本性 ︵自性︶ 弥 陀﹂ と 標 榜 さ れ る 思 想 が 説 か れ た。 浄 土 ︵あ る い は 阿 弥 陀 如 来︶ と は 自 己 の 心 そ の も の で あ る、 と し て 自 己 の 外 に あ る ﹁西 方﹂ に 求 む べ き 真 実 の 覚 り は な い、 と す る の が い わ ゆ る ﹁唯心浄土本性弥陀﹂ の思想である。 中国仏教の唯心浄土の思想については、すでに柴田泰が網 羅的な研究を発表し ︵柴田[一九九〇] 、[一九九六] ︶ 、唯心浄土 の思想に対抗・超克しようとする日本の法然、法然門下の思 想 動 向 に つ い て は 旧 稿 で 論 じ た こ と が あ る ︵中 村 [二 〇 一 六] ︶ 。 唯 心 浄 土 の 思 想 を 語 る 上 で 今 ま で 取 り 上 げ ら れ てこなかったが、本論で着目したいのは法然の門流に位置す る 道 教 顕 意 ︵一 二 三 八 ︱ 一 三 〇 四、 證 空 の 孫 弟 子︶ で あ る。 顕 意 に着目する所以は、明瞭に宋代浄土教を意識して﹁唯心浄土 本 性 弥 陀﹂ を 批 判 的 に 捉 え、 か つ そ れ だ け で は な く、 ﹁西 方 の 弥 陀﹂ ︵己 心 を 離 れ た 如 来︶ の 実 在 性 を 論 究 し た 特 殊 性 に あ る。そこで本論では、中国浄土教典籍と交渉する中で顕意が 新たに投げかけた ﹁心﹂ の問題について明らかにしたい。二
﹁唯心浄土本性弥陀﹂概観とその受容について
まず、 ﹁唯心 ︵まれに即心︶ 浄土本性 ︵自性︶ 弥陀﹂ というフ レーズについて概観しておきたい。中国天台の僧である宗暁 ︵一 一 五 一 ︱ 一 二 一 四︶ が 浄 土 教 の 諸 資 料 を 集 め て 編 纂 し た ﹃楽 邦 文 類﹄ ︵一 二 〇 〇 年 成 立︶ は、 法 然 門 下 の 親 鸞 や 聖 光 な ど も引用する典籍である。この﹃楽邦文類﹄に収録される文献 には﹁唯心浄土本性弥陀﹂について多数の言及がある。今代顕意の﹁唯心浄土﹂批判︵中 村︶ 表的なものを挙げれば、 ﹁復楊文公請住世書 四明法師知礼﹂ に は、 ﹁求 往 唯 心 0 0 之 浄 土、 願 見 本 性 0 0 之 弥 陀。 然 後 運 同 体 之 大 悲、度法界之含識﹂ ︵大正四七、二〇二頁下︶ とあり、また ﹁無 量 寿 仏 讃 大 智 律 師 元 照﹂ に は、 ﹁八 万 四 千 之 妙 相、 得 非 本 0 性 0 之弥陀。十万億刹之遐方、的是 唯心 0 0 之浄土。浄穢雖隔、豈 越自心。生仏乃殊、寧乖己性﹂ ︵大正四七、一八〇頁中︶ などと あ る。 元 照﹁無 量 寿 仏 讃﹂ に 端 的 に 現 わ れ て い る が、 ﹁唯 心 浄 土﹂ ﹁本 性 弥 陀﹂ が 示 す と こ ろ は、 ﹁浄 穢 雖 隔、 豈 越 自 心﹂ とあるように﹁自心﹂にすべてを見ていくのであり、己の心 を離れた超越的な存在を認めない思想だということが分かる ︵た だ、 元 照 の 仏 身 論 を 単 に﹁本 性 弥 陀﹂ と い う 語 に 収 斂 さ せ る の は 適当ではない。吉水[二〇一五]一七一頁参照︶ 。 宋 代 浄 土 教 の 典 籍 に﹁唯 心 浄 土﹂ ﹁本 性 弥 陀﹂ に つ い て 多 数 言 及 さ れ る 中、 顕 意﹃定 善 義 楷 定 記﹄ 巻 六 に は、 ﹁問。 若 爾、 台 宗 知 礼 等 云 唯 心 0 0 浄 土 本 性 0 0 弥 陀。 其 義 云 何﹂ ︵西 全 七、 四 二 五 頁︶ と い う 問 い が あ る。 ﹁台 宗 知 礼 ︵九 六 〇 ︱ 一 〇 二 八︶ 等﹂と言及することから、宋代における天台浄土教の流れを 念頭に置いての問いであると考えられる。この﹃楷定記﹄の 問い部分は顕意以外の人物の発言であるが、浄土教への問い を 顕 意 自 ら ま と め た﹃浄 土 疑 端﹄ で も、 ﹁方 即 無 方、 相 即 無 相。 三 身 三 土 体 一 故 也。 故 天 台 云 唯 心 浄 土 本 性 弥 陀﹂ ︵大 正 五 七、 四 六 二 頁 下︶ と し て 天 台 の 教 義 を 俎 上 に あ げ て い る。 な お、先の﹃楷定記﹄の後すぐに割で﹁ 今人口伝 唯心浄土本 性 弥 陀﹂ ︵西 全 七、 四 二 五 頁︶ と あ る。 宋 代 浄 土 教 典 籍 に 端 を 発する﹁唯心浄土本性弥陀﹂というフレーズは、ある程度人 口に膾炙したものであったのであろう。 顕意の活躍した時代は、法然以前の浄土教理解に対応する だけではなく、中国宋代の浄土教文献が多量に流入した時代 で あ り こ れ に 対 応 す る こ と が 迫 ら れ て い た。 一 例 と し て は、 入 宋 僧 俊 ︵一 一 六 六 ︱ 一 二 二 七︶ が も た ら し た 霊 芝 元 照 ︵一 〇 四 八 ︱ 一 一 一 六︶ の 浄 土 教 は 日 本 に お い て 幅 広 く 受 容 さ れていたのであるが、元照の主張には法然浄土教において信 奉される善導に反する内容も多く含まれている。顕意は、こ う し た 元 照 を 中 心 に し て、 ﹁末 学 迷 乱﹂ だ と 言 葉 厳 し く 批 判 を展開している ︵中村[二〇一五]参照︶ 。宋代浄土教に強い関 心を払っていた︱︱払わざるを得なかったのが顕意の置かれ た環境であったと言ってよい。そうした状況の中で、宋代浄 土教の特徴的なフレーズである﹁唯心浄土本性弥陀﹂に対応 する必要もあったものだと考えられる。
三
凡夫は
﹁唯心浄土本性弥陀﹂
を理解し得るか
上 述﹃楷 定 記﹄ の 問 い へ の 顕 意 の 返 答 を 確 認 す る。 顕 意 は、知礼だけではなく他の天台諸師の浄土教理解を挙げなが ら、 ﹁此 上 対 弁 天 台 理 観・ 此 経 正 観 不 同 之 相。 文 広 不 載﹂ ︵西顕意の﹁唯心浄土﹂批判︵中 村︶ 全 七、 四 二 五 頁︶ と 結 論 す る。 顕 意 か ら す れ ば、 天 台 の 諸 師 が 理 解 す る と こ ろ は﹁理 観﹂ な の で あ っ て、 ﹃観 無 量 寿 経﹄ ︵= ﹁此 経﹂ ︶ が 説 く 正 し き 観 と は 違 う 様 相 で あ る と い う こ と に な る。顕意は天台学自体を否定するわけではないが、天台の諸 師が﹃観無量寿経﹄を正当に理解していないと主張するもの である。この﹁理観﹂とは﹁理﹂を観察に依って体得すると いうことになろうが、顕意は﹁理﹂をどのように理解してい たのか。 ﹃玄義分楷定記﹄巻三には、 ﹁理・事﹂について﹁理 者 法 性 、 事 者 其 相﹂ ︵西 全 六、 六 五 頁︶ だ と 定 義 し て い る。 さ らにこの﹁法性﹂に関しては、 ﹃散善義楷定記﹄巻五に、 ﹁此 依法相、作 分別 0 0 説。若入法性、 平等 0 0 無二、染浄体一、善悪皆 如。 故 説 三 道 即 三 徳 也﹂ ︵西 全 七、 五 四 一 頁︶ と あ る。 顕 意 に 依 れ ば、 ﹁相﹂ と﹁性﹂ と は﹁分 別﹂ と﹁平 等﹂ の 違 い で あ る。つまり、個々の存在の形を超えた平等な真理そのものが ﹁性﹂ で あ り、 色・ 形 を 持 ち 個 々 具 体 的 な 存 在 と し て 別 々 に 現われる様相が﹁相﹂だということになろう。ここから上述 の﹃楷 定 記﹄ の 続 き に は、 ﹁ 然 常 没 位 取 相 凡 夫、 如 我 等 比、 今時行者依相厭欣、不入其性。縦言善解第一義空、初心開解 未 破 相 故 。[⋮⋮] 然 則 談 前 法 相・ 法 性、 雖 復 甚 深、 非 宗 正 意。 正 意 唯 存 一 心 専 称。 応 知﹂ ︵西 全 七、 五 四 一 頁︶ と 結 論 さ れ る。 我 等 の よ う な 凡 夫 は﹁相﹂ 、 分 別 の 境 界 を 離 れ き れ な い﹁常 没 位 取 相 凡 夫﹂ で あ り、 ﹁相﹂ に よ っ て 浄 土 を 欣 う 心 や穢土を厭う心を起こすが、平等の境界である﹁性﹂には入 らないとしている。 顕意としては、分別の世界を破り﹁法性﹂の理を体得する ことは我等凡夫には不可能なことであり、それを自覚すると ころに浄土教があると考えていた。つまり、自己と如来の分 別を超えた﹁唯心浄土本性弥陀﹂の境界などは﹁理観﹂の範 疇であり、浄土教の真意を理解した思想だとは到底言えない ということになる。ただし、これ自体は證空にすでに見える 解釈であり ︵中村[二〇一六]参照︶ 、顕意の独創性があるとは 言えない。顕意特有の思索については次に﹁是心是仏﹂の解 釈を通して見ていきたい。
四
﹁是心作仏是心是仏﹂
と水月の譬喩
﹃観無量寿経﹄ の第八真身観には、 ﹁是心作仏是心是仏﹂ ︵大 正 一 二、 三 四 三 頁 上︶ と あ る。 ﹃楽 邦 文 類﹄ の 序 に は、 こ の 文 を 典 拠 と し な が ら、 ﹁仏 指 示 曰、 是 心 作 仏 是 心 是 仏。 諸 仏 正 遍知海従心想生。是故応当一心繫念。 若因是而論、則弥陀果 覚即我性、是極楽遐方即我心 ﹂ ︵大正四七、一四八頁下︶ と言わ れる。弥陀を﹁我性﹂ 、浄土を﹁我心﹂とするのであるから、 上述に論じてきた﹁唯心浄土本性弥陀﹂と言わんとしている こ と は 同 じ で あ る。 そ う し た 主 張 の 典 拠 と し て﹃観 無 量 寿 経﹄ の﹁是 心 作 仏 是 心 是 仏﹂ が 挙 げ ら れ て い る わ け で あ る。顕意の﹁唯心浄土﹂批判︵中 村︶ 顕意は﹃観無量寿経﹄の経説すべてを称名念仏に導く言葉で あると見ており ︵中村[二〇一五]参照︶ 、当然、この自心と弥 陀の隔絶を否定するような﹁是心作仏是心是仏﹂という語を 如何に解釈するかが問題となる。 顕 意﹃定 善 義 楷 定 記﹄ 巻 六 に は、 ﹁是 心 作 仏 是 心 是 仏﹂ を 解釈する中、 ﹁即是心仏者、即是 心内 之仏也﹂ ︵西全七、四二二 頁︶ と し て い る。 こ れ に 端 を 発 し て、 ﹁問。 若 爾、 但 有 心 内 之 仏、 実 無 西 方 之 他 仏 耶。 答。 此 義 不 然 。 今 明 観 心 所 見 仏 身、不離能観心有別体。然此仏相影現心中、西方仏身為本性 相。譬如天月影現水中、 離此水外雖無異月、然其月体実在空 中 ﹂と問答される。まず、 ﹁西方仏身為本性相﹂という語は、 顕 意 も 度 々 参 照 す る、 中 国 唐 代 の 学 僧 で あ る 懐 感 ︵? ︱ 六九五︱?︶ 述﹃釈浄土群疑論﹄ の ﹁阿弥陀仏為本性相﹂ ︵大 正 四 七、 六 六 頁 上︶ と 言 わ れ る 一 段 を 受 け て い る と 考 え ら れ る。 ま た 詳 し く は 後 に 見 る が、 ﹁別 体﹂ も﹃釈 浄 土 群 疑 論﹄ を前提とした解釈であると見られ、この問答は﹃釈浄土群疑 論﹄ の議論を念頭に置いたものであると推察される。 問 答 内 容 の 検 討 に 移 る と、 ﹁心 内 の 仏﹂ の み あ り、 実 に は ﹁西 方 の 他 仏﹂ は な い の か、 と 問 わ れ て い る。 そ し て そ れ を 即座に否定する。この答えにおいて﹁観心﹂に見られる所の 仏 身 は そ の 仏 身 を 見 る 主 体 で あ る 心 ︵能 観 心︶ を 離 れ て﹁別 体﹂ が あ る も の で は な い と し て い る。 ﹃釈 浄 土 群 疑 論﹄ に お い て は、 唯 識 の 思 想 か ら 心 を す べ て の 根 本 と 見 て、 ﹁ 無 別 有 体 故 名 是 心 是 仏﹂ ︵大 正 四 七、 六 六 頁 上︶ と し て 心 を 離 れ て 別 に体がないと主張している。顕意の主張は、こうした懐感の 所説をひとまず引き写すものであろう。 しかし、その後の水月の譬喩において顕意独自の主張が現 れる。なお師である立信も﹁是心是仏﹂と関連する箇所で水 月 の 譬 喩 を 説 く の で あ る が、 立 信 は 仏 ︵= 天 上 の 月︶ と 観 ず る 心 ︵= 水 中︶ と の 関 係 を 喩 え て、 ﹁こ の 水 中 の 月 は、 水 を 離 れて別にこれ無し。それ若し水の外に月ありと云えば、水を み干す時に、本の水中の月、これあるべしや。然るを、 水 無 き 時 は、 月 無 し ﹂ ︵﹃深 草 抄﹄ 巻 八、 ﹃深 草 教 学﹄ 一 八 号 翻 刻 本、 三 〇 四 頁︶ と し て い る。 ﹁不 二 の 義﹂ を 強 調 す る 文 脈 に こ の 譬 喩が使われる。顕意は立信と同様に水月の譬喩を用いている が、その譬喩をもって主張したいところが違う。顕意は水月 の譬喩を通して、水に映る月を指して水を離れて月があるわ けではないとしながらも、月そのものは実には空中にあると し て い る ︵然 其 月 体 実 在 空 中 ︶ 。 確 か に 水 中 の 月 が 水 を 離 れ て存在し得ないとは言い得ても、その主張は水から独立した 月の実在を常に想起するものではないだろうか。水に映し出 される月の像を観ることは、水とは独立した月の実在を想定 することと不可分であると顕意は考えたのだと推察される。 確かに顕意は﹁不離能観心有別体﹂という懐感の所説を引
顕意の﹁唯心浄土﹂批判︵中 村︶ き写してはいるが、顕意における水月の譬喩が強調するとこ ろ か ら 見 れ ば、 ﹁観 心﹂ も 主 体 た る 己 心 と は 独 立 し た 仏 身 を 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 想定した上で 0 0 0 0 0 0 、我々が観る仏身は己心の作用を離れて存在し 得ない、 という形で理解されると言える。 顕意は仏と己心の同一性を強調する前提にある仏と己心の 差別にこそ注目し、心と独立した仏の存在を主張するのであ る。 そ れ が﹁西 方 の 弥 陀﹂ ︵己 心 を 離 れ た 如 来︶ の 実 在 性 の 証 明だということになる。この証明の成否はひとまず置くとし て、これは﹁唯心浄土本性弥陀﹂しか認めない思想を批判す る以上、必然的に証明すべき課題であったと言えよう。