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Vol.66 , No.2(2018)068木内 英実「インドの昔話における「争いの方略」――ゲーム論的分析――」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

インドの昔話における「争いの方略」

―ゲーム論的分析―

木 内 英 実

1.

 はじめに

昔話には,それらが生まれた地域性を背景に人々が伝承してきた知恵が含まれ ている.古来より異民族の侵入と統治による影響を受け,民族,宗教,言語を異 にする人々が共存してきた歴史的背景から,インドの昔話には,環境や他者との 藤を解消するべく「争いの方略」を要素とするものが多い.インドの昔話の近 代日本における初期の受容を概観すると,玉木[1902]に示されるように,世界 文学として認知された経緯が認められる.子ども向け再話の経緯を知るために, 絵本としての出版も多いジャータカを一例に挙げると,仏教童話の一つとしての 位置づけと,世界文学の一つとしての位置づけという二面性を持つことが分か る.前者の証左として長井[1932],後者の証左として水田[1916]を挙げるこ とができる. 長井[1932]はジャータカを子どもに与える意味を「ジャータカは,今から少 くとも二千年前の印度を背景にして出来てゐる物語で,大変面白い話が多くある が,中には仏教の波羅蜜行と遠ざかつてゐるものもあり,又今日の時代と伴はぬ ものもあるから,それを子供にそのまゝ話してよいものばかりと限らない.そこ は適宜に筋を変へて,教訓になるやうに話される用意が必要である」と,その教 訓性とした.また同論「五.ジャータカの道徳」の中で「教訓」の内容を「菩 の波羅蜜,殊に人の為に自分を犠牲にするといふ犠牲的の菩 道」であると述べ る一方で「仏教の道徳を犠牲にしてまでも,印度のすべての物語を仏教の物語の 中に収めてくれたといふことは,世界文学の方から見れば,ありがたいことだと もいへる」とジャータカの世界文学としての位置づけにも言及する.後者(水田 [1916])の文献には,子どもに与えるべきお話を含む世界文学の具体的書籍とし て「(A)和漢の書籍(B)印度の書籍(C)西洋の書籍」の区分のもと,「(B) 印度の書籍」下には「(イ)パンチャタントラ(ロ)ヒトパデサ(ハ)ヂャータ

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カ(二)カタサリツツアーガラ(ホ)ラーマーヤナ(へ)マハーバーラタ(ト) 諸種の仏典等」が挙げられた.この理由について具体的な解説は附されていない ものの,同書における「童話の教育的価値」として「(A)児童に深大な歓喜を 与へること(B)児童に教訓を感銘させること(C)児童に文学的教養を与へる こと」の3要素が示されていることから,これらを満たすとものとしてジャータ カを始めとする印度の書籍が挙げられたと言えよう. 以上より,本論は(1)インドの昔話中「争いの方略」が描かれた作品の構造 解析を行い,ジャータカを中心とした作品の中の教訓性とは何かを示すこと(2) それらの昔話を日本の子どもに与える意味について考察することを目的とする. 2.

 研究方法

2.1. 作品選択の理由 パーリ語『ジャータカ』(「南伝大蔵経」)中より「菩 の波羅蜜」を示した「 本生」,提婆達多との関係性を示した「葦飲み本生」,これらと比較対照する目的 で,ブラーフマナ文献(辻[1978])より「シュナハ・シェーパの物語」,「マヌと 大洪水の物語」,日本昔話より「異常誕生譚」に位置づけられる「桃太郎」(関 [1978])を取り上げる. 2.2. 分析方法 互いの行為が自分だけでなく相手の利害も左右するという相互作用的状況下に おける最適行為を選択するための理論として,1944年にジョン・フォン・ノイ マンとオスカー・モルゲンシュテルンによって提唱され,ジョン・ナッシュに よって進化したゲーム理論を用いる. 3.

 研究結果

3.1. 分析結果 (1)「 本生」 婆羅門 火に入る 火に入らない 真の火 △, 〇 (本望) 〇, × 偽の火 〇, 〇 (本望) 〇, × 1) は火の真偽は問わず,布施を行うことが本望〈利得表(1,1)(2,1)要素〉.2)

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は「火に入らない」ことを望んでいない〈利得表(1,2)(2,2)要素〉.3)僧は の真意を知ることが目的であり,これを達成する(〇)には偽の火で十分であ る〈利得表(2,2)要素〉.4)僧が「真の火」を用いると は死ぬことになり,僧 は の命を奪いたくないので△〈利得表(1,1)要素〉.5)火の真偽は問わず, が「火に入らない」場合, の真意は分かるので僧は〇〈利得表(1,2)(2,2)要 素〉.以上より,[偽の火,火に入る]が支配戦略となり物語の展開と一致する. (2)「葦飲み本生」 鬼(水棲) サル サルを食べる サルを食べない 水を飲む N-C, M N, -M 水を飲まない -N, M-C -N, -M M(鬼の利得)とN(サルの利得)の大小関係は不問.Cはお互いに要する代償. 当初N-C>0,M-C>0と仮定する. 1)サルが水を飲み鬼がサルを食べないのならば,サルは利得Nを得て,鬼は-M の利得を得る〈利得表(1,2)要素〉.2)サルが水を飲まず鬼がサルを食べるなら ば,サルは-Nの利得を得て,鬼はM-C(池から出るという代償を払う)の利得を得 る〈利得表(2,1)要素〉.3)サルが水を飲まず鬼がサルを食べないのならば,そ れぞれ-N,-Mの利得を得る〈利得表(2,2)要素〉.4)サルが水を飲み鬼がサルを 食べるならば,サルは利得N-Cを得て,鬼はMの利得を得る〈利得表(1,1)要 素〉.以上より,鬼は水を飲むサルを捕まえて食べる戦略が最大の利得を得る (物語と整合する).サルは鬼がサルを食べないように水を飲む戦略をとるのが最大 の利得を得る(蘆を用いて遠方から水を飲むという物語の展開に整合性がある). (3)「シュナハ・シェーパの物語」 1)ハリシュチャンドラ王と息子ローヒタ A:ハリシュチャンドラ王 B: ヴァルナ神 Cを維持 Cを放棄 Cを奪還 〇,〇 〇,× Cを放棄 ×,〇 ×,× BがAにローヒタ(以下,Cと略す)を犠牲として返すことを要求.A,B共に 支配戦略は[奪還,維持]〈利得表(1,1)要素〉.AとBとでは決着がつかない.

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2)アジーガルダ仙と息子シュナハ・シェーパ D: アジーガルダ仙 B: ヴァルナ神 C′ を維持 C′ を放棄 C′ を奪還 〇,× 〇,〇 C′ を放棄 ×,× ×,〇 CがDから自分の身代わりとしてシュナハ・シェーパ(以下,C′ と略す)を牛 300頭と引き換えに買う.D,B共に支配戦略は[奪還,放棄]〈利得表(1,2)要 素〉で決着がつく.しかしC′ が諸々の神に祈り,ソーマ祭を行いBの怒りを解く. 3)アジーガルダ仙,ヴィシュヴァーミトラ仙とシュナハ・シェーパ ①アジーガルダ仙とヴィシュヴァーミトラ仙 C′ は神授としてヴィシュヴァーミトラ仙(以下,Eと略す)の養子となる.C′ の実父DがEにC′ を返すことを要求.上記1)と同様,DとEとでは決着が つかない. E: ヴィシュヴァーミトラ仙 D: アジーガルダ仙 C′ を維持 C′ を放棄 C′ を奪還 〇,〇 〇,× C′ を放棄 ×,〇 ×,× ②アジーガルダ仙とシュナハ・シェーパ C′: シュナハ・シェーパ D: アジーガルダ仙 Dに戻る Eに留まる C′ を奪還 〇, x 〇, y C′ を放棄 ×, x ×, y C′ は実父Dへの思いxと養父Eへの思いyとの間で揺れ動く. ③ヴィシュヴァーミトラ仙とシュナハ・シェーパ C′: シュナハ・シェーパ E: ヴィシュヴァーミトラ仙 Dに戻る Eに留まる C′ を奪還 〇, x 〇, y C′ を放棄 ×, x ×, y

(5)

C′ はDが牛300頭と引き換えに解体しようとしたことを許さない.EはC′ に 対し自分の聖なる遺産を受け継ぐ長子にすると約束する.その結果x<yとな り,C′,E共に支配戦略は[C′ を維持,Eに留まる]〈利得表(1,2)要素〉となる. (4)「マヌと大洪水の物語」 マヌ 魚 魚を助ける 魚を助けない マヌを助ける N-C, M-C -N, -M マヌを助けない N, -M -N, -M M(マヌの利得)とN(魚の利得)の大小関係は不問.Cはお互いに要する代償. 当初N-C>0,M-C>0と仮定する. 1)マヌが魚を助け,魚がマヌを助けなければ,魚は利得Nを得て,マヌは-M の利得を得る〈利得表(2,1)要素〉.2)マヌが魚を助けなければ,魚は成長せ ずマヌを助けることができないので,魚は-Nの利得を得て,マヌは-Mの利得を 得る〈利得表(1,2)(2,2)要素〉.3)マヌが魚を助け,魚がマヌを助ければ,魚 は利得N-Cを得て,マヌは利得M-Cを得る〈利得表(1,1)要素〉.以上より,マ ヌは魚を助け,魚がマヌを助ける戦略が最大の利得を得る(物語と整合する).魚 はマヌが魚を助け,魚がマヌを助けない戦略が最大の利得を得る.しかし,マヌ が魚を助けないということがないよう魚は当初に予言(大洪水の発生,船を事前に 建造すること,大洪水の際に助けること)を与えているので,マヌを助けないという 選択肢はない(日本昔話「動物報恩譚」では当初に予言はない).[魚を助ける,マヌを 助ける]が支配戦略となり互恵的利他関係となる. (5)「桃太郎」 鬼 桃太郎 戦う 不戦 戦う N-C, M-C N, -M 不戦 -N, M -N, -M M(鬼の利得)とN(桃太郎の利得)の大小関係は不問.Cはお互いに要する代 償.当初N-C>0,M-C>0と仮定する. 1)桃太郎が戦い,鬼が不戦ならば桃太郎はNの利得を得て,鬼は-Mの利得を 得る〈利得表(1,2)要素〉.2)桃太郎が不戦,鬼が戦うならば,桃太郎は-Nの

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利得を得て,鬼はMの利得を得る〈利得表(2,1)要素〉.3)桃太郎,鬼共に不 戦ならば,それぞれ-N,-Mの利得を得る〈利得表(2,2)要素〉.4)桃太郎,鬼 共に戦うならば,それぞれN-C,M-Cの利得を得る〈利得表(1,1)要素〉.以上 より,鬼が戦う,不戦にかかわらず桃太郎は戦う戦略をとる方が利得が大きい. 桃太郎が戦う,不戦にかかわらず鬼も戦う戦略をとる方が利得は大きい.すなわ ち[戦う,戦う]がナッシュ均衡となりパレート優位になる.戦わざるを得ない 状況であり,勝敗にかかわらず戦う方が利得が大きい.桃太郎は勝ってN-Cと いう利得を得,鬼は負けてM-Cという利得を得た. 3.2. 考察 (1)(2)の利得表よりプレイヤー(登場人物)の性格付けに伴う戦略が明確で 分かりやすい.(3)1)2)の神の戦略が3)①の人間の戦略と同じであることが 分かる.3)より実の父により売られ殺されそうになった息子が養子となり幸福 を掴む話であると位置づけられる.幼い子どもに与えるには道徳的な問題がある と思われる.(4)は(1)と比較し,契約の締結が前提となる互恵的利他関係を 示す話である.(5)は(2)と同様に行動原理が明確で分かりやすいが,両プレ イヤーの行動原理が同じである点が意外である. 4.

 まとめ

ジャータカの教訓性は菩 並びに神・鬼の行為とその背景にある性格付けに明 確に反映されていた.神の行いに矛盾がある(息子を与え後に奪う)等,複雑な要 素を含むブラーフマナ文献と比較し,子どもに分かりやすいという特徴を持つ. 日本の代表的昔話「桃太郎」が鬼・桃太郎共に同一戦略という単純な構造を持つ ことから,日本の子どもに与えても理解が容易であると言えよう. ゲーム理論をご指導くださった東京都市大学名誉教授野原勉先生に感謝申し上げる. 〈参考文献〉 玉木蘿月 1902「印度史詩ラーマーヤナ〈訳文〉」『明星』3(2): 18–20. 長井真琴 1932「仏教童話各論(第二)パーリ語ジャータカ概論」『童話研究』11(8): 2–12. 水田光 1916『お話の研究』大日本図書. 辻直四郎 1978『古代インドの説話』春秋社. 関敬吾 1978『日本昔話大成』角川書店. 〈キーワード〉 インドの昔話,ジャータカ,ゲーム理論 (東京都市大学准教授,文博)

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