自己意識と養育態度認知からみた青年期非臨床群における離人体験の基礎的研究 [ PDF
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(2) 如し,離人感へとつながると述べている。また,離人体験. 項目によりばらつきがみられる。この項目による差が,非. を伴っている者の中には子どもの頃過剰に褒められていた. 臨床群と臨床群における離人体験の差である可能性が考え. 者もおり,離人を体験している点においてネグレクトを受. られる。. けていた者と変わらないという報告もある(Schilder,. 2)因子分析. 1939) 。以上のことから,程よい親の養育を受けているこ. 尺度の構造を明らかにするために,離人程度の因子分析. とが離人体験を引き起こし難く,過保護な,またはその逆. を行なった。回転後の因子パターンを表 3 に示す。第 1 因. であるネグレクトのような全か無かというような養育状況. 子は自分の動作感覚や嗅覚を記述した項目で構成されてい. は離人体験と関連があると考えられる。. るので「感覚異常」因子とした。第 2 因子は現実感喪失の. 以上のことから,本研究では離人体験のとらえ方につい. 感覚の記述や,感情の喪失感覚を表したものが高い負荷量. て,より多面的に測定し基礎的データを得ること,離人の. を示していたので「現実感・感情の喪失」因子とした。第 3. 主観的体験が両親の養育態度と自己意識とによってどのよ. 因子は身体知覚が疎外されている状態を記述するものが高. うに影響を受けるかを探索的に検討することを目的とする。. い負荷量を示したので「身体知覚の異常」因子とした。と. 2. 方法. らえ方に関しては,暫定的に共通性の低い「びっくり」 「わ. 調査時期は 2009 年 11 月∼12 月,調査協力者は大学生. くわく」を除いた「ネガティブなとらえ方」の 1 因子構造. 230 名(平均年齢 20.14,SD=1.64,男:女=84:146)であ. であると仮定した(α=.82). った。. 3)自己意識と離人の主観的体験. 離人体験の程度については,臨床群において報告される. 自尊感情尺度の合計点と MEIS の各下位因子の得点を用. 29 項目に回答を求める日本語版ケンブリッジ離人尺度(田. いて,Ward 法によるクラスタ分析を行なった。その結果,. 辺,2004)を用いた。また,とらえ方については田中・北. 全てが平均前後である「平均群」 ,バランスのよい同一性は. 山(2009)を参考に項目を作成した尺度を用い,日本語版. 確立していないものの,自身がなりたい自己に近づいてい. ケンブリッジ離人尺度より因子を代表する項目を 2 項目選. ると主観的に感じている「自己実現群」 ,自己を確立できて. 定し,それぞれについて回答を求めた。自己意識の測定に. おらず,あまりうまく機能していない「不全群」 ,全てが平. は Rosenberg(1965)の自尊感情尺度と多次元自我同一性. 均以上で高い値を示している「安定群」の 4 クラスタが生. 尺度(MEIS;谷,2001)を用いた。MEIS は「自己斉一性・. 成された(図 2) 。その後,クラスタによって離人の主観的. 同一性」 (自己の普遍性および時間的連続性の感覚) , 「対自. 体験がどのように異なってくるかを検討するために分散分. 的同一性」 (自己の明確さ) , 「対他的同一性」 (本当の自分. 析を行なった結果,離人体験の程度, 「感覚異常」 「現実感・. 自身と他者から見られているであろう自分自身とが一致す. 感情の喪失」で有意差がみられた。結果から,自己意識が. るという感覚) , 「心理社会的同一性」 (自分が理解している. 安定していればいる程離人を体験しにくいということであ. 社会的現実の中で定義された自我へと発達しつつあるとい. るが(図 3) , 「感覚異常」 「身体知覚の異常」では自己の安. う感覚)という 4 因子からなる。親の養育態度認知はシモ. 定性が獲得されていなければ体験しにくいとはいえない. ンズの養育態度尺度日本語版(東京都生活文化局,1982). (図 4)結果であった。これらの因子には自己の時間的連続. を改変し,リッカート法にて回答を求めた。これは受容と. 性と自分らしさが日常生活で発揮できるか否かが影響して. 拒否からなる愛情軸と,干渉と放任からなる統制軸とで構. いる可能性が示唆される。この傾向は野沢(1964)が報告. 成され,軸の高低により養育態度を 4 類型に父親と母親そ. している症例群を実証的に示していると考えられる。また,. れぞれを分類するものである。本研究では幼少期の親の養. 「ネガティブなとらえ方」においても有意差がみられた(図. 育態度を検討するため,小学校入学以前の親の養育態度を. 5) 。その結果から,自己の様相が安定していると離人体験. 回想してもらうという形式をとった。本研究では非臨床群. をより肯定的にとらえるというよりは,自己の様相が不安. を協力者と設定していることを考慮すると,親の養育態度. 定であると離人体験が否定的体験となると言える。. に時間的一貫性を想定できると考えられる。. また,自己意識の各因子の離人体験への影響を検討した. 3. 結果と考察. ところ, 「斉一性・連続性」のみが強い負の影響を示した(β =-67, p<.01) 。この側面は Erikson(1959)が述べている. 1)離人体験の基本統計量 離人程度の基本統計量を表 2 に,ヒストグラムを図 1 に. ように,まず重要と考えられる同一性であるが,この結果. 示す。まれな現象ではあるがほとんどの者が何らかの形で. は従来いわれてきた自己の斉一性や連続性と離人体験とが. 体験している。 しかし, 1項目あたりの平均値は.93であり,. 関連し,影響しているということを実証的に示している。 "!.
(3) また,他の因子においては有意な影響はみられなかったが,. からネガティブなとらえ方への影響よりも,ネガティブな. 分散分析の結果を考慮すると自尊感情や自己の同一性とい. とらえ方から程度への正の影響が大きく,相互に影響し合. った単体のものでは影響がみられにくいが,複合的には離. うものの,とらえ方に介入することによる離人体験の程度. 人程度に影響を与えているということが示唆される。この. への影響の可能性が示された。このことは,離人体験のネ. 点は,臨床心理学的な援助を行う際の手がかりになると考. ガティブなとらえ方が減少することで離人程度が低くなる. えられる。次にとらえ方とへの自己意識の影響であるが,. ということを示している。 「カウンセリングは自己意識や対. 「対他的同一性」のみが「ネガティブなとらえ方」に負の. 人関係性に介入し,ともに考えて行く場面である」 (信田,. 影響を与えていた。離人体験は一見すると主体の中で完結. 2007)ことを考慮すると,臨床心理学的な関わりが離人体. しているようにみえるが,とらえ方,特に「ネガティブな. 験に対して有益であると考えられる。. とらえ方」をするか否かには他者の存在が関係している可. 総合考察. 能性を本結果は示唆している。. 本研究では自己の時間的連続性が離人体験に影響を与え. 4)親の養育態度と離人の主観的体験. ていること,自己意識が安定している方が離人体験を体験. 親の養育態度よって離人の主観的体験がどのように異な. しにくく,とらえ方もネガティブでないことが明らかにな. ってくるかを検討するために分散分析を行なった。その結. った。特に, 「他人にみられる自分自身と本来の自分自身が. 果,母親の「溺愛型」より「無視型」の方が体験程度と「身. 一致している感覚」という他者を介した同一性が離人体験. 体知覚の異常」が有意に高かった。 「溺愛型」 「無視型」は. の程度を左右しているという新しい視点であると考えられ. それぞれ「溺愛ぎみ」 「無視ぎみ」ということを示しており,. る。また,ネガティブなとらえ方が離人体験に影響を与え. 本結果は母親から無視された,かまってもらえなかったと. ているということが示唆されたが,感情や感覚,現実感が. 感じている者の方が,いろいろとかまってくれ,自分の気. 疎外されているにもかかわらず,離人体験そのものや体験. 持ちを大切にしてくれたと感じている者よりも離人体験を. している主体を「どのように感じているか」が臨床報告で. しているということである。この傾向が体験全体の程度で. は報告されている。これらのことから,疎隔感がありなが. 差が見られただけでなく「身体知覚の異常」において差が. らもこの点においては生き生きとした感情があることが想. 見られたことは,Winnicott(1958)が述べる様に幼少期. 定され,臨床的な関わりにおける糸口になる可能性が考え. の主な養育者である母親の程よい世話の達成がなされてい. られる。. 本研究の限界と今後の展望. ない(無視ぎみ)ということが心身の離人化を促進すると いうことを表していると考えられる。また,野沢(1964). 本研究は非臨床群を対象に質問紙を用いて行っているが,. は臨床素材を通して無関心な母親に育てられた者は離人を. 質問項目が抽象的・難解であるものが多い。田辺ら(1992). 体験するようなパーソナリティを形成するということを述. が DES による調査において述べているように,そこでは細. べており,これを部分的に実証する結果である。次に,親. かいニュアンスのとり違いや誤解が生じる可能性が高く,. の養育態度認知が離人体験へ与える影響を検討したところ,. 質問紙調査ではその分の誤差が大きく出ている可能性が考. 「父親の暖かさ」 (β=-.24) 「母の理解」 (β=.-23)が離人. えられる。また,共分散構造分析によるモデルはあくまで. 程度に負の影響を及ぼすことが明らかとなった(p<.01) 。. も非臨床群において抽出されたものであり,臨床群におい. これは,父母の養育態度が受容的であることによって離人. ては異なったモデルが示される可能性がある。また適合率. 程度が低下することを示しているが,説明率がそれぞれ.20. も GFI=.87 程度と必要十分とは言い難い。よって,今後は. 程度と低く,一概に受容的な父母の養育態度であればよい. 面接調査などを用いながら,本研究で得られた知見が臨床. という訳ではないと考えられる。. 群においても適応できるものなのかを検討し,より実践的. 5)自己意識と親の養育態度認知の離人体験への影響. な知見を蓄積していきたいと考える。. 自己意識と親の養育態度認知が離人の主観的体験に及ぼ 引用文献. す影響を調べるために,共分散構造分析を行った。その結 果を図 6 に示す。親の養育態度認知が離人の主観的体験に. 田中裕記・北山修(2009) :大学生における離人体験の. 対して与える影響よりも,自己意識が与える影響の方が大. とらえ方:自由記述式質問紙による研究 九州大学心理学. きいことが示された。また,自己意識から離人程度・ 「ネガ. 研究,10,125-131.. ティブなとらえ方」それぞれに有意な正の影響がみられた。. 野沢栄司(1964) :離人症の精神療法的研究 千葉医学. 離人の主観的体験内での関係性についてみてみると,程度. 会雑誌 40,106-124. #!.
(4) 表 2 基本統計量. 表 3 離人程度の因子分析(Promax 回転後の因子パターン). 図 1 離人程度のヒストグラム. ** **p<.01, *p<.05. 図 2 クラスタごとの自己意識(Z 得点). **. *. **p<.01. 図 5 クラスタごとの「ネガティブなとらえ方」. **p<.01,*p<.05. 図 3 クラスタごとの体験程度. ** **. *. * *. **p<.01, *p<.05. 図 6 共分散構造分析の結果. 図 4 クラスタごとの離人程度の下位因子得点. $!.
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