ア メ リカ州 ・地 方債制度 の形成過程
義 山 秋 H 只 I は じめ に 本稿 は,1820年 代 か ら1930年代 までに及ぶ期 間 を取 り上 げ,第 2次 大戦後 に おけ るア メ リカ州 ・地 方債 制 度 の特質 が いか に して その期 間にお いて形成 され たのか を論 じよ うとす る もの であ る。 こ うしたテーマに取 り組 もうとした最大の理由は,近 年アメ リカにおいては 州 ・地方債制度につ いての本格的な研究が表れて きているのに,わ が国におい ては未だにそれに匹敵す る研究が表れていない とい うことである。アメ リカに おけ る州 ・地方債制度の研究は,1980年 代か ら活発化 していたが,そ の 1つ の 到達点が D.ツ ィンマーマ ンに よる,The Private Use of Tax‐Exempt Bonds (1991)であ る。 そこでは,州 ・地方債の利子所得が連邦税法によって免税 と なっているが,そ の免税措置 をめ ぐる連邦政府 と州 。地方政府の政府間財政関 係が歴史的な視野 を含めて詳細 に論 じられ る。 そ してそ うした利子免税債 とし ての州 ・地方債の うち,「収入債」 (revenue bond)と 呼ばれ る租税以外の受 益者負担金等 を担保 として発行 され る州・地方債, とりわけ民間企業などに直 接的に利用 され る 「私的 目的債」 (private purpose bond)が増 えたために, 地方公共事業 な どに利用 され るはずの 「公共 目的債」 (public purpose bond) が起債 困難 となっているので,私 的 目的債の起債 をコン トロールすべ きことが1)D.Zimmerman,The Private Use of Tax―Exempt Bonds i Controlling Public Subsidy o f P r i v a t e A c t i v i t y , 1 9 9 1 , また, 私 的 目的債の うち, 住 宅関連の収入債 につ いては, D . W . Durning,ed.,酌Iortgage Revenue Bonds : Housing WIarkets,Home Buyers and Public P o l i c y , 1 9 9 2 . がこの分野について もっともまとまった近年の研究 と言える。
64 彦 根論叢 第 310号 強調 され て い る。 わが 国では,こ うした1980年代 以降 におけ る州 。地方債制度 の構造変化 を正 面 か ら検 討 した研 究 は,非 常 に少 ない。 もっ とも,わ が 国にお いては,20世 紀初頭 か ら1930年代 のニ ュー デ ィー ル期 までの連邦政府 と地 方政府, と りわけ大都 市 との政府 間財政 関係 の形成過程 を 経費,財 政収入,財 政支出,公 債 という4つ の領域から詳細に検討 した,片 桐 正俊 『アメリカ連邦 ・都市行財政関係形成論』(1993年)が ,ルH・地方債制度 2 ) の形成期研究 として も有意義 である。 本稿 は,ア メ リカにおけ る州 ・地方債制度研究の現状 をふ まえ,現 在の州 ・ 地方債制度の特質,利 子免税債 であ り,収 入債 中心であ り, しか もそれは地方 の公社 ・公団等がその担い手になっているとい う,言 わば く三位一体的構造〉 が どの ように して形成 されて きたか,そ の源流 を探 ることに したい。それな し には,D.ツ ィンマーマ ンが指摘す るような州 ・地方債制度 の構造変化の 意味 を正確 に とらえられないだろうか らである。時期的には,片 桐氏 と重 なってい る時期が多いのだが,片 桐氏の業績はそのテーマに規定 されて,上 述 したよう な州 ・地方債制度の三位一体的構造の形成 とい う視角か らの研究ではない。そ れゆえ,そ こに本稿の意義 もあろう。 以下 では,IIに おいて州 。地方債が どのように して利子免税債 となったか, IIIでは19世紀 を通 じて州 レベ ルで州債 と地方債への起債制限が行 われ るよう になった背景 と方法,IVで は1920年代 を中心に一般的な起債制 限の枠組み を 回避す るような起債方法が どの よ うして登場 したのか,Vで はニューデ ィー ル を通 じて現代的な州 ・地方債制度の三位一体的構造が どのように して確立さ れたのか, を検討す る。 なお,わ が国では,ニ ューディール研究史の蓄積 は相 当な ものであ り,先 に 指摘 した片桐 氏の研究 もその成果 と見 ることもできる。本稿 において も,ニ ュ ーディール期 を扱 うが,資 料的には何か新 しいものを提出しているわけではな 2 ) 片 桐正俊 『ア メ リカ連邦 ・都市行財政関係形成論一ニューディール と大都市財政一』 1 9 9 3 年。
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 65 い。 む しろ従 来 か らの研 究 で利 用 され て きた資料 を,本 稿 の研 究視 角 か ら位 置
づけ直し, 検 討する, という研究方法を採用していることを予め断っておきた
い 。 II 州 ・地方債 の利子免税 1 合 衆 国憲法 と政 府 間の課税権 の分 割 問題 州 ・地 方債 の利 子免税 措 置 につ いて検 討 す るに は,連 邦政府 と州 政府 の課税 権 の分 割 問題 に立 ち入 らねば な らない。 そ こで最初 に,連 邦政府 と州政 府 との 課税権 の分 割 につ いて規定 した合 衆 国憲法か ら始 め るこ とに しよ う。 1787年に制定 され た合 衆 国の憲法典 の第 1章 第 2条 第 3項 は,下 院議員 とと もに直接税 は,連 邦 に加 入す る各州 の人 口に比例 して各州 の間に配分 されねば 3 ) ならない と,規 定 している。 これは人 口の多いヴァー ジエア州やペ ンシルヴェ エア州等の強い要望に もとづ くものであったが,要 す るに州が課税権 を持つの は不動産税 などの直接税 であることが合衆国憲法において明確 にされたのであ る。 当時,連 邦政府の主要 な税収入は関税や内国消費税 であったか ら,こ うし た形で州 の課税権 を認めて も,連 邦政府の財政運営上大 きな支障はなかったの である。 しか し,1861年 に起 きた南北戦争は連邦債 だけでは資金調達ができず,連 邦 政府は内国消費税の増税 と直接税への依存 を余儀 な くされた。 このなかで,所 得源泉 の如何 を問わず,ア メ リカ居住者の場合,800ド ルの免税点 を超 える所 得 については一律 に 3%の 所得税が課せ られ るこ とになった。合衆国憲法 では 所得税が直接税 であ る以上,そ の ままでは州 に課税権 が帰属す ることになる。 そこで連邦政府は合衆国憲法の直接税条項は修正せずに,こ の所得税 を問接税 の範鳴に属す るもの として消費税項 目のなかに含めたのである。 そこでこの所 3 ) 塚 本 重頼 ・長 内 了 『註解 ア メ リカ憲 法 全 訂新 版 』 1 9 9 0 年, 2 0 - 2 3 頁 . 4 ) R . G . B l a k e y a n d G . G . B l a k e y , T h e F e d e r a l l n c O m e T a x , 1 9 4 0 , P . 4 . ; J o h n F . W i t t e , T h e Politics and Development of the Federallncome Tax,1985,pp.75-78.; D.Zilnmerman, op.cit.,p.42.66 彦 根論叢 第 310号
4 )
得税 は``the income duty"と呼ばれた。
1894年には,ウ ィル ソン ・ゴーマン関税法の一環 として,4000ド ル以上の所 得 につ いて一律 に 2%で 課税す るとい う連邦所得税が採用 された。 この所得税 の場合 には,所 得 の源泉 の如何 を問わず 「すべ ての利得,利 潤,所 得」,さ ら に贈与 と相続によって得 た動産 も,課 税所得 を構成す る 「所得」 とした。 こう した課税標準概念は,連 邦所得税の合憲性 にかかわる議論へ と発展 したのであ り,1894年10月に連邦最高裁判所に持ち込 まれた時の論点は,以 下のようなも のであった。①不動産所得への課税は憲法で規定された直接税であり,こ の税 は州への直接税配分のルールによって課せ られないなら違憲ではないのか。② 動産所得に課す税は直接税なのかどうか。③州 ・地方政府の公債利子所得への 課税は合憲なのか どうか。1895年5月 に連邦最高裁判所は以上のような論フ点に ついて次のような判決 を下 した。①については,不 動産への課税は直接税であ り,不 動産の賃貸料ないし所得への課税 も同様に直接税である。②動産および 動産投資による所得への課税 も直接税である。つまり,1894年関税法によって 課せ られる税は不動産および動産から生ずる所得に関する限 り,合 衆国憲法で 規定された直接税であ り, したがって違憲 とされたのである。③については, 連邦政府は州 ・地方政府への課税徴収権について何 ら権限を持っていないので, それにもとづ き発行 される州 ・地方債に対 してもどのような課税 も行 うことが 5 ) できないという違憲判決 を下 したのである。 この③の解釈によって州 ・地方債の利子所得に課す運邦課税は違憲 という解 釈が権立されたのである。逆に,連 邦債か ら言えば,連 邦債の利子所得に対す る州課税 も違憲 という解釈になる。そこで州 ・地方債の利子免税 を,連 邦政府 と州政府間の課税権の不公使 とい う観点か ら連邦政府 と州政府間の互恵原則 0 (“reciprOcalimmunity")の1つ の適用 とする見方が成立することになった。 5)斉 藤 忠雄 「19世 紀末 におけ るア メ リカ税 制 」m『 研 究年 報 7年 6月 , 66-68頁 。
6)A.C.I.R.,Strengthening the Federal Revenue Systern: Local Taxing and Borrowing,1984,pp.116-117.
経済学』Vol.39 No.1,197 1mplications for State and
ア メ リカ州 ・地方債制度の形成過程 67 以上 の ように,連 邦最高裁判所 によって不動産,動 産か ら生ず る所得,州 ・ 地方債か ら生ず る利子所得,に ついての連邦課税 は違憲 とい う判断が示 された のである。 2 憲 法修正第16条,1913年 連邦所得税法 と州 ・地方債の利子免税 しか し,1895年 の連邦最高裁判所の結論が不 当であるとして合衆国憲法の修 正が1909年に連邦議会 に提案 され,1913年 に憲法修正第16条が制定 された。 こ の憲法修正第16条は,「連邦議会 はいか なる源泉か ら生ず る所得 に対 して も, 各州 の間に配分せず,か つ,国 勢調査 または人 口の算定に準拠 しないで,所 得 税 を賦課徴収す る権 限 を有す る」 と規定 した。 これによって連邦政府は所得の 源泉にかかわ りな く, また人 口に比例 して州間に税 を酉己分す ることな しに,連 7 ) 邦所得税 を課す ことがで きるようになった。 行論 とのかかわ りで注 目すべ きは,所 得 の源泉 にかかわ りな く連邦所得税 を 課す ことがで きるとい う憲法修正第16条の規定 と州 ・地方債の利子免税 との関 係 であった。憲法修正第16条を額面 どお りに受け止めれば,州 ・地方債の利子 所得 も連邦所得税 の対象 となるか らである。 しか し,憲 法修正第16条案が連邦 議会 を通過 中に,各 州の知事 に対 してそれが人 口に応 じて州間に配分 され ると い う直接税の規定 をな くすための修正にす ぎない とい う保証 と了解が与えられ た。 そ うす ることによって,課 税標準の広い連邦所得税の採用による連邦課税 権 の拡大が可能 となる一方,州 ・地方政府には州 ・地方債への利子免税の持続 を認め るこ とを通 じて連邦政府 に対す る州課税権 の分割問題の論議 を回避す る D こ とが で きるか らであ った。 7)塚 本重頼 ・長 内了,前 掲書,227228頁 。 なお,憲 法修正 第16条を受けた連邦所得税制 全般 の内容 につ いては,赤 石考次 「ア メ リカにおけ る連邦所得税制度 の確 立-1841∼1921 -」 『経済論究』 第65号 1986年 7月 を参照 の こ と。
8)Anthony Conlinission on Public Finance,Preserving the Federal‐State―Local Partner‐ ship ! The Role of Tax― Exempt Financing,1989,p。 11 ; K.John, "State and Local Debt,"in Financing State and Local Government,ed.J.R,Aronson and J.L.Hilley,1985, p.171.
68 彦 根論議 第 310号 以上の よ うな経過か ら言えば,1913年 の憲法修正第16条に もとづ く連邦所得 税法は,州 ・地方債の利子免税 を税法上正 当化す るものだった と言える。 しか し,こ の連邦所得税法はその利子免税が,憲 法上の要請 ―州の課税権限や借 り 入れ権 限に連邦が介入 しない とい う一を税法上追認 した ものにす ぎないのか, あるいは連邦議会 によって州 ・地方債 に付与 された租税特別措置なのかは説明 していない。 ここに州 ・地方債 の利子免税 を維持す るのか廃止す るのか をめ ぐ 9 ) って議論 が錯綜 す る制度 史的 な根 拠が あ る と言 え る。 ともあれ,1913年 の憲法修正 第16条 とそれ に もとづ く連邦所得税法 に よって, 州 ・地 方債 の利 子所得 が連邦所得 税 か ら免税 とな る一 方,社 債 の利 子所得 は連 邦所得税 の対象 となったのであ る。 この ため 同等 な満期 と利子率 を もつ社債 と 州 ・地 方債 を比べ る と,税 引前利子率 では社債 よ りも州 。地方債 の方が低 くな り,税 引後利子率 では社債 よ りも州 ・地方債 の方が高 くな るのであ る。税 引後 利 子率 では,社 債 よ りも州 ・地 方債 の方が高 くな るため に,州 ・地方債 は税 引 後利子率に関心 を持つような比較的高所得層の投資家やあまり節税手段のなか った機関投資家に とって有力な投資対象 となったのである。こうした投資家か らの借 り入れは州 ・地方債の税引前利子率の引き下げを通 じて州 ・地方債の借 り入れコス トを低下させ る機能をはたしてきた。 なお,州 ・地方債の借 り入れコス トの引き下げに関連 して指摘 しておかねば ならないのは,1917年連邦歳入法以来,商 業銀行や貯蓄貸付組合に対 しては, 州 ・地方債への投資にともなう借 り入れ利子について連邦税からの控除が認め られてきたということである。州 ・地方債は利子免税債であるから,そ の債券 に投資するためにかかった借 り入れ利子までも連邦税から控除するのは二重の 租税優遇措置 とも考えられるが, こうした措置が適用された理由としては以下 9)な お, こ うした制度史的な議論 を含めて,1980年 代 には,州 ・地方債 の利子免税の維持 論 と廃 止論が さまざまな観点か ら議論 されてい る点につ いては,Senate Committee on Fi‐ nance,′rax_Exempt Bonds,Hearing,99th Congり l St Sess.,1985.
10)Office Of State and Local Finance Department of the Treasury,Federal― State‐Local Relations : Report to the President and the Congress,1985,p.284.
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 69 のようなものが挙げられている。第 1に,商 業銀行などが貸付 を行 うために資 金を借 り入れるという事業活動 を行 っているという″点において,他 の一般的な 利子免税債投資家 とは異なってお り,課 税上 も区別 されてよい。第 2に ,商 業 銀行などは借 り手である州 ・地方政府のエーズや信用を良 く理解 しているため に,彼 らが取引関係のある州 ・地方政府の公債 を購入するのに独特の位置にあ るということである。商業銀行などに限定 して適用されてきた上述 したような 州 ・地方債投資にかかわる借 り入れ利子の控除措置は,そ うでない場合 と比べ て税引前利回りが低 くても,州 ・地方債への投資が税引後利回りでは実質的に ペイする役害Jをはたしてきたと言えよう。 III 州 に おけ る起債制 限の枠 組 みの成 立過程 1 1820∼ 30年代 の州債 の大 量発行 独 立戦争 の時 の戦 費調達 に伴 い生 じた州債務 を運邦政府が肩代 わ りしたので, 第 2次 対英戦争 までは,州 債 の発行 は低 調 であ った。 しか し,1817年 にニ ュー ヨー ク州 が発行 した州債 に もとづ き1825年にエ リー 湖 とハ ドソン河 を結 ぶ エ リー運 河が 開通 し,ニ ュー ヨー クは ヨー ロ ッパ諸 国 と の商業取 引の 中心地 となった。 この運 河の成功 は,近 隣の州や都 市 を刺激 して 運河建 設 ブー ム をつ くる契機 とな った。 そ して 多 くの州 では,運 河 を始 め鉄 道, 道路,銀 行 な どの 「国内改 良投 資」 (Internal lmprovements)力ざ積 極 的 に推 進 され るこ とに な った。 多 くの州 では,国 内改良投 資 を促 進す るため の権 限 を 州議会に与えたり,そ のような方向を含む,州 憲法を採用 した。こうした州憲 法の規定にもとづ き,国 内改良投資を賄 うために州債が大量に発行 されたので ある。1820年に約1,300万ドルであった州債残高は,30年 には約2,600万ドルに 増加 し,40年 には 2億 ドル近 くにまで急増 した。1930年代における残高の膨脹
11)Anthony Conllnission on Public Finance,op.cit.,p.28.
1 2 ) J . T . B e n n e t t a n d T . J . D i l o r e n z o , U n d e r g r o u n d G o v e r n m e n t : T h e O f f ―B u d g e t P u b l i c Sector,1983,P.13.
70 彦 根論叢 第 310号 傾 向が明確 であ る。 また,1820∼ 37年 までの各州政府 に よる事業 目的別 の州債 の発行 内訳 は,運 河35。2%,銀 行 30.8%,鉄 道25。1%,そ の他8.9%と な って 1 4 ) い た。 エ リー運 河 の成功 に刺 激 されて州 に よる運 河建 設が進 み,1860年 までに運 河 へ の総投 資額 は1.88億 ドル とな り,そ の 4分 の 3ま でが州 ・地方 に よって行 わ れ たの であ る。 また,地 形的 に運河 に不 向 きであ った南部州 では,そ れ ぞれの 州債 を発行 して取得 した資金 を民 間の鉄 道会社 に貸付 たの であ る。つ ま り,州 債 発行 金 を民 間鉄 道会社 の株 式 に投 資す る とい うや り方 を通 じて鉄 道建 設支援 が行 われ たの であ る。州債 に よる鉄 道建 設支援 には,金 融的 に も一定 の根 拠が あ った。 当時,ア メ リカ国 内の証券 市場 は相対 的 に未発達 であ り,鉄 道会社 が 株 式 を発行 して も,鉄 道 の敷 設 を希望 す る付近 の住 民 をよ うや く株 主 にで きる 位 であ ったか らであ る。 む ろん,州 債 自身につ いて も国 内証券市場 の相対 的未発達 とい う状 況 に変 わ りは なか っが,イ ギ リス を中心 とした海外投 資家が ア メ リカの州債 に投 資 を積 極 化 す る条件 は形成 されていた。 イギ リスか らア メ リカの州債 へ の投 資が積極 化 した条件 として,以 下 の よ う な点 が指摘 で きる。 第 1に ,ロ ン ドンが アム ステル ダムに代 わ って1815年以降, 世 界の金 融 (貸付 )セ ンター に なった。 第 2に ,ナ ポ レオ ン戦争後,イ ギ リス の投 資家 は金利面 で イギ リス国内で投 資す るよ りもア メ リカの州債 に投 資 した 方 が有 利 とな った (イギ リスの 国 内の平均 金 利 が1.5%に 対 して ア メ リカの州 14)入 江節次郎 『世 界金融史』1991年,216頁 。
15)M.G,Myers,A Financial History ofthe United States,1970,p.112.
16)Ibid.,p.115.なお,運 河,鉄 道の他 に銀行への投資支援 も行 われた。 これは交通手段 の
改良投 資事業 の資金調達 を行 うため になされ た。 そこでは,発 行 した州債 の資金の一部 を 銀行へ の出資に充て,州 は銀行か ら株式の配当を受け取 るのだが,な かにはその配当を州 債 の利払 いに充 当 した り,州 債へ の利払 い額 と銀行 か らの受取配 当額の差額 を交通手段 の 改良へ の追力目的資金 に充 当す るもの もあった。 入江節次郎,前 掲書,1991年 ,202∼ 203頁。 17)J.C.Rlley,International Government Finance and the Amsterdam Capital Market,
1740-1815,1980,pp.8-14.
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 71 債 の 金 利 は 5∼ 10%押 。 第 3に ,す で に信 用 度 の 高 さか ら ロ ン ドンで 流 通 して い た合 衆 国連 邦 債 の償 遠 力湖頂調 に進 み,1833年 に は ほ とん ど償 遠 され て しま っ た。 こうした条件の もとでは,イ ギ リス人に とって馴染みの少ないアメ リカの 国内会社の株式 よ りも,州 政府の発行す る州債 の方が信用度の高 さか ら優 良な 投資対象 となったのである。 イギ リス人 を中心 とす る海外投資家によって購入 されたアメ リカの州債 は, 1836年で5000万ドル,43年 で1.5億 ドルであった。1836年の数字 は得 られない が,43年 の州債残高は2.3億 ドルであった。 このため1843年では,州 債残高の 65.2%が 海外投資家によって保有 されていたことになる。 2 州 債の元利償遠の困難化 と州憲法による起債制限 国内改良投資のために大量発行 された州債 は,1837年 の恐慌 によって元利償 還の危機 に直面す ることになった。 この時期の州債 はエ リー運河に見 られ るように租税だけでな く,通 行料 など も元利償還財源 としていたか らである。ベ ンシルヴェニア, メ リー ラン ド, ミ シガン,イ ンディアナ,イ リノイ, ミシシッピの各州は元利償還が遅れ, ミズ ー リ州は返済期 日を一時延期す るという支払い猶予法 を成立させ た。 さらに, ミシシッピとフロ リダの両州 は,最 終的に債務 の返済 を完全に拒否 した。 こうした状況のなかで,海 外投資家か らの要望 もあ り,債 務残高の大 きい州 政府 を中心 として,州 債残高の全額 を連邦政府が引 き受け るよう活発 な働 きか けが行 われた。1843年3月 に,ジ ョンソン下院議員 を座長 とす る議会の委員会 は,州 債 の連邦引 き受けの可能性 を検討 した。 そこでは州債の連邦引 き受けが 債務 を負 ってい る州 を助け るであろ うとい う議論 と,逆 にそれに よって州の放 漫 な財政運営 を促進す るこ とになるだろうとい う議論が対立 していた。 19)Ibid.,pp.35-39. 20)M.G.Myers,op.cit.,p.144.
21)D,C.MI.Platt,Foreign Finance in Continental Europe and the United States,1815-1870 :Quantities,Origins,Functions,and Distribution,1984,p.191.
72 彦 根論叢 第 310号 しか しジョンソン委員会の報告書は,州 債2.3億 ドルの うち海外投資家は1.5 億 ドル位 の州債 を保有 してお り,年 々の利払 い合計額は1,200万 ドルになる。 そ してその年々の利払い合計額 は,ア メ リカ合衆国の総輸出額の約14%に 匹敵 す るであろ うと指摘 した。つ まり,州 債の連邦引き受けは,連 邦政府による海 外投資家への正貨支払いを通 じて合衆国 を貧困にするであろうということが示 唆 されたのであった。連邦政府はこうした観点か ら州債の引き受けを拒否 した のである。 とはいえ,州 債の連邦引 き受け を求め る動 きが活発化 した背景には,州 の節 度 なき借 り入れに対す る,各 州の納税者 と国内外投資家か らの強い懸念 ・不安 があったことは間違 いないだろ う。 しか も,ペ ンシルヴェニア合衆国銀行の破 綻後は,ア メ リカの証券 を国内で も海外 でも売却す ることが困難 となった。そ こで各州 は,投 資家 と納税者の信頼 を回復 し,財 政秩序 を建て直すために,州 憲法によって州債 の起債 に初めて制限を加 えることに したのである。1840年以 前には, ど の州 で も州債 に対 しては州憲法上のいかなる制限 も加 えられていな か った。 しか し南北戦争 までには,19州 が州債への起債制限をす るために州憲 法 を修正 したのである。 そ して南北戦争後に認め られた州はすべて何 らかの起 債制限規定 を州憲法に盛 り込んだのである。 一般に,起 債制限の内容 としては,州 債の起債に際 して住民投票による承認 が必要 であること,民 間企業のために州債 を利用す ることは認め られないこと が盛 り込 まれていた。 1870年 か らの州債発行 の減少の結果 として1890年の州債残高が2.25億 ドル と い う1840宕以来最低の水準に到達 したことか らも州による起債制限の影響は, 明確 である。 と同時に,州 政府の運輸投資支援か らの撤退は,地 方政府 を運輸 投資支援の中心的な担い手へ と変化 させ たのである。 22)M.G.Myers,Op.cit.,PP.98-100. 23)D.Zimmerman,op.cit.,p.22.
24)B.U.Ratchford,American State Debts,1941,p.112.
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 73 これ は,地 方政府 には州憲法 に よる起債制 限が適用 されていなか った こ と, 良好 な運 輸網 の整備 が都 市 間競 争 に生 き残 るのに重要 だ とい う認識が強 まった こ と,な どが その理 由 ととして挙 げ られ る。 そ して地方政府 は州 の創造物 であ るとい う一般的な政府編成原理 (ディロンズ ・ルール)が 支配的な もとで,州 政府は地方政府が民間鉄道会社支援 を行 うことを認め る州法 を成立 させていっ たのである。 こ うして1860年代か ら地方債 の急増傾 向が表れ るが,そ れについては 3で 改 めて検討す ることに しよう。 3 地 方債の大量発行 と元利償遠の困難化 まず最初 に州 ・地方債残高の推移 を表 1で 見てみよう。1840∼90年までの期 間につ いて見 ると,州 債 は 1億 7500万ドルか ら2億 1100万ドルヘ1.2倍の増加 倍率 にす ぎないが,地 方債 は2500万ドルか ら9億 2600万ドルまで37.0倍の増加 倍率 となっている。 さらに1860∼90年にかけて見 ると,州 債 は 2億 5700万ドル か ら 2億 1100万ドル まで4600万ドルの減少 となっているのに対 して,地 方債 は 2億 ドルか ら 9億 2600万ドルヘ 7億 2600万ドル も増加 しているのである。1860 年以降,地 方債が州債 に とって代 わ り州 ・地方債の増発の中心 であったことが わか る。 1 8 6 0 年代 か ら急増傾 向 を示す地方債 は,鉄 道建 設支援 な ど運輸投 資支援 を中 心 とす る もの であ った。 また,地 方債 は比較 的人 口の 多い都 市 にお いて よ り増 発 され た。 た とえば,1866∼ 76年までの間に限定 して も,人 口10万人以上 の20 の都 市 では,市 債 残 高が176%も 増加 したのであ る。 26)合 衆国では,地 方公共団体 の確 立に関す る固有の権 限は存在せず,そ れは各州の基本的 な留保権 限である。 このため各州 は地方公共団体 の創造主であ り, どの ような地方団体御1 度 をその統治機構 の一環 として導入 しようと自由であ り,連 邦が これに何 らかの制限 を加 えるこ とは許 されない。 これが通常“Dillon's Ruleルと呼ばれているものである。 27)A.M.Hlllhouse,op.citも,p.34.
28)J,C.TeafOrd,The Unheralded Triumph:City Government in America,1870-1900, 1984,p.285.
7 4 表 彦根論叢 第 310号 州 ・地 方債 残 高 の推 移 (単位 100万 ドル) 年 度 債 地 方 債 1840 1850 1860 1870 1880 1890 1902 1912 1922 1932 175 190 257 353 275 211 239 346 936 2,374 2 5 N A 200 516 821 926 1,630 3,476 7,754 15,216 (出所 )A.M.HlllhOuse,Municipal BOnds,1975,P。 36. 東部か ら拡大 した鉄道路線は,1850年 には9000マイルに到達 し,次 第に,西 部,南 部,に 至 る広が りを見せ た。 こうした鉄道建設は,西 部農業地帯 を東部 に結びつけ るとともに,東 部工業製品の市場 をフロンティアの移行につれて拡 大す る役割 を呆 た した。都市の側か ら言えば,都 市間競争に勝 ち抜 き,都 市の 経済的な活力 を維持す るには,そ のような意義 を持つ鉄道建設を積極的に進め なければならなか ったのである。 このため都市は,民 間の鉄道会社 による鉄道建設を支援するために,鉄 道会 社 の社債 に信用保証 を行 った り,鉄 道会社の株式に投資す るために地方債の発 行金 を利用 したのである。州政府が国内改良投資を進め るに際 して行 ったよう な鉄道会社支援が地方政府によって も採用 されたのである。 1860年代か ら運輸投資支援のために大量発行 された地方債は, しか し1873年 の恐慌 に直面 してその元利償還が困難 となった。投機的な目的による鉄道建設 の場合には,な おさらそうであった。当時,鉄 道会社はかな りの程度 まで土地 会社 で もあったために,土 地価格の上昇が当該す る鉄道建設事業の資金調達 を 助け るであろ うこと, また鉄道の建設あるいはその期待が彼 らの保有する土地 2 9 ) D . Z i m m e r m a n , o p . c i t . , p p . 2 0 - 2 2 . 3 0 ) A . M . H i l l h O u s e . o p . c i t . , p p . 1 4 6 - 1 4 8 t
ア メ リカ州 ・地方債制度の形成過程 7 5 3 0 ) の価格 を高め るであろうとい う前提 に立っていたのである。 したがつて,鉄 道 建設に遅 れが出れば,土 地価格 も低下 して,そ れが鉄道建設事業の資金調達 を 困難化 させ るこ とに もなったのである。1873年の恐慌 は まさにそ うした事態 を つ くり出 したのであ り,そ のため鉄道会社の収益 は圧迫 されて,投 資家 として の地方政府への配当の支払いは困難化 したのである。1873年恐慌 は,鉄 道建設 事業 の困難化 を通 じて市債 の元利償還 をも困難化 させ ることになった。1870年 3 1 ) 代半ば までに,全 地方債残高の うち20%位 がデフォル トした と言われている。 4 州 による地方への起債制限 1873年恐慌 による地方債 の相 当なデフォル トに直面 して,州 政府は自らの借 り入れに対 してのみならず,地 方政府の借 り入れについて も何 らかの制限を加 える必要 に迫 られた。 このため大半の州 において,1865∼ 79年までの間に,州 憲法や州法に よって州 内の地方政府が発行す る地方債への起債制 限が加 えられ るこ とになったのである。 州憲法上の起債制 限の具体的な内容 としては,(1)民間企業へ の支援 の制 限, 修)ある地方政府が負担 を認め られ る債務負担合計額の制限 (地方政府の主要 な 税源 であった財産税 の財産評価額 の一定比率に起債額 を制限)す る,(3)起債承 認につ いて住民投票 を義務づ け るとい うものであった。 (1)が鉄道会社への支援の制限を主眼に していたことは言 うまで もない。 この 種 の起債制限は,1872∼ 79年の間に18州において導入 された。 いずれ も州憲法 の修正 とい う形 をとるものだった。(幼は,1870年 代 の債務危機 に対応す るべ く 多 くの州 において州憲法の修正がで きない場合 に新 しい州法 をつ くることに よ って導入 された ものである。 ただ し,(2)の起債制限のや り方は,1853年 にニュ 31)Ibid.ルp.39, 3 2 ) D . Z i m m e r m a n , o p . c i t . , P , 8 4 . ; L . A . S h a t t u c k , J r . , M u n i c i p a l l n d e b t n e s s : A S t u d y o f the Debt―to―Property Ratio,1940,PP.27-47.;ヽ V,C.Dikerinan and Peter R.Nehemkis
Jr.,"出生unicipal lmprovernents as Affected by Constitutional Debt Lilnitations,"Colum― b i a L a 、、アR e v i e w 3 7 , N o . 2 , F e b . , 1 9 3 7 , p . 1 8 1 .
76 彦 根論叢 第 310号 ― ヨー ク州,1857年 にアイオワ州,1870年 にイ リノイ州が州憲法や州法におい て地方債 の発行額 を財産税 の財産評価額 の一定比率 と結 びつけた先例 の後 に少 欺ずつ普 及 し,1873年 の恐慌 を契機 として 多 くの州 に普及 し,広 まったのであ る。●)は,起 債 について 3分 の 2や 5分 の 3と い う住民の多数の承認を必要 と す るものである。 以上の ような1870∼80年位 までに成立 した州憲法,州 法による地方債への起 債制限の枠組みは,1890年 頃までは比較的有効 に機能 し,現 金払主義的な財政 運営 (pay‐as‐you‐go basis)が行 われた と言われている。実際,地 方債 は1880 ∼90年まで 1億 ドル強の増カロにとどまっている。1850∼60年で3.16億ドル,60 ∼70年で 3億 ドル強の地方債の増加であったことか ら見ても,80∼ 90年位の10 年間は地方債への起債制限の一定の効果があったことがわかる。 しか し,20世 紀に入 ると,都 市への人 口集中,工 業 と商業の発達,都 市化の 進展は,い わゆる都市的公共事業 (上下水道 システム,運 輸施設,電 灯や公益 事業,街 路の改善)を 必要 とした。 こうした都市的公共事業にかかわる需要膨 脹 と, と りわけ地方債 の起債 限度枠 を財産税の財産評価額の一定比率に リンク させ た地方債への起債制限のあ り方は,不 可避的に矛盾 したもの となった。 た とえば,1903年 当時,ニ ュー ヨー ク市, シカゴ市の起債限度比率はそれぞ れ10,0%,5.0%で あったが,総 市債残高の財産評価額 に対す る比率 はそれぞ れ11.2%,13.0%に 到達 していたのである。 フィラディルフィア市,ボ ス トン 市 なども同様 であ り,州 憲法や州法によって確立 された地方政府への起債制限 の枠組みは,都 市化 の進む地方政府の起債 に とって障害 となっていたのである。 もちろん付け加 えておかねばならないのは,財 産税の財産評イ面額が,地 方政 3 3 ) I b i d . , p p . 1 8 0 - 1 8 4 . ; A , C . I . R . , S t a t e C o n s t i t u t i O n a l a n d S t a t u t o r y R e s t r i c t i O n s , 1 9 6 1 , p . 9 1 . 34)Ibid.,p.184. 3 5 ) 片 桐 正 俊,前 掲 書,139頁 。 また,1920年 代 のニ ュー ヨー ク市 を中心 とした都 市化 と都 市 的公 共事 業 の膨 脹 が財 産税 の評価 額 と結 びつ いた起債 制 限方法 と矛盾 してい く点 につ い て は,山 田明 「都 市 の公 共事 業 と起 債 」 『経 営研 究』 第27巻第 3号 ,1976年 9月 ,121132 頁 を参 照 の こ と。
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 77 府 間 の合 併 や , 人 日の 増加 , 物 価 の上 昇 な どに よ っ て増 大 す る限 り, そ れ に応 じて地 方 債 を増 発 す る こ とは可 能 で あ っ た。 しか し, 1 9 2 0 年 代 に入 る と, 自動 車産業,住 宅産業,公 益事業 などの産業が リーディング産業 とな り,こ うした 産業の発展 は,郊 外化 と大都市圏の形成 を必然化 した。アメ リカ国勢調査局に よれば,1920年 段階でさえ,大 都市圏の人 口は2,900万人 を超 え,ア メ リカ全 体 の 3割 以上の人 口がそこに居住す るようになっていた。 そこでこうした大都 市圏域 での膨大 なインフラ需要が発生 したのである。むろん,大 都市では人 口 集中が進んだのであるか ら,財 産税 を中心 とす る税収は増大 したのである。 し か し,財 産税 を中心 とした経常収入で,急 激に膨脹 した公共事業の財源 を賄 う こ とは困難であった。経常収入の大半は,教 育 を始め とす る経常的な支 出に充 当せ ざるをえなか ったか らである。 その結果,地 方政府 では,財 産税の起債限度枠一杯 まで地方債 を発行するだ けでは足 りず,地 方債への起債制限の一般的な枠組みの外において起債 を行 う ような起債制限回避の方法 を次第に開発 してい くようになるのである。 こうし た要 因によって,20世 紀に入 ると地方債 は著 しい膨脹傾向を示す ようになるの である。 そこで次に,20世 紀に入 って本格化 して くる起債制限回避の方法につ いて検討 してい くことに しよう。 IV 起 債制限回避方法 と地方債-20世 紀初頭か ら1920年代 までを中心 に一 1 起 債制限回避方法の開発 起債制限回避方法は以下の 3つ に大別 され る。第 1に ,特 定の型の借 り入れ について州憲法上の特別 な修正 を行 う。第 2に , 自償的な公共事業か らの収入 を元利償還財源 とした特別 な債券 (specia1 0bligation)の発行,第 3に ,特 3 6 ) C o m m i t t e e o n M e t r o p o l i t a n G o v e r n m e n t o f N a t i o n a l M u n i c i p a l L c a g u e , T h e G o v e r n ― ment of酌Ietropolitan Areas,1930,p.18.
3 7 ) た とえば, ニ ュー ヨー クでは当時, 歳 出におけ る教育費の割合が高 く, 公 共事業費 を起 債 に よって賄 わなければ な らなか った。 山田明, 前 掲論文, 1 3 0 頁 を参照 の こ と。 38)W.C.Dickerman and P,R.Nehemkis,Jr.,op.cit.,pp.181-206.
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78 彦 根論叢 第 310号 別 区 ( s p e c i a l d i s t r i c t ) や公 社 ・公 団 ( a u t h o r i t y ) の発 行 す る債 券 の利 用 。 以下,そ れぞれについて見てい くことに しよう。 第 1の 型の方法はさらに 2つ にわけることがで きる。 1つ は,特 定の債務 を 起債 限度枠か らすべ て除外す るとい うものである。た とえば,ニ ュー ヨー ク市 は,キ ャ ッツキル上下水道の建設のための水道債 (1905年),地 下鉄建設 と港 湾改良のための債券 (1909年),租 税 引当債券 とい う短期債 を,州 憲法の修正 によって起債 限度枠の対象か ら外 したのである。 もう 1つ は,特 定の 目的のた めになされ る債務 をさまざまな比率 で従来の起債限度枠に追加す るとい うもの である。 た とえば,ア ラバマ州 では,水 道,下 水道,ガ スあるいは電カプ ラン トの建設や購入,街 路の改良のために通常の起債限度枠 を財産税の財産評価額 の 3%だ け超 えることを認めたのである。具体的な内容 に違 いがあるものの, ミシガ ン州,マ サチューセ ッツ州,イ リノイ州 などで もそ うした起債制限回避 方法が利用 されたのである。 第 2の 型の方法は,特 別 な債券の発行 による起債制限回避方法なのだが,こ れは第 1の 型の前者の起債制限回避方法 とほぼ重なっている部分 と見なされる。 ここでは,な ぜ 「特別 な債券」の発行が起債限度枠の対象外 となるのか,そ の 論理 を明確 にす るために 「特別課徴金債」 (special_assessment bond)を取 り 上げたい。この特丹U課徴金債 は,1930年 代以降に州 ・地方債市場に定着す る「収 入債」 (revenue bond)の 原型 となるとい う意味で も詳 しく取 り上げねばなら ない ものである。最初 に,特 別課徴金 とは,特 定公共事業経費 を,事 業により 便益 を受 け る地主に受益 に応 じて負担 させ るものである。た とえば,道 路の開 通や その後の舗装等によって利益 を受け る地主に課せ られ るものであ り,イ ギ リスか らアメ リカに導入 された ものである。資金調達手段 としての特別課徴金 は,ニ ュー ヨー ク州 において最初 に利用 され,徐 々に他州へ広 まった。 そのよ うな動 きに対 して,当 初州の裁判所か らは異論が出されたのだが,特 別課徴金 は一般的な意味におけ る租税 とは異なるとい う理由づ けか ら合法的なもの としア メ リカ州 ・地方債制度の形成過程 7 9 3 9 ) てルール化 された。 しか し,最 初の特別課徴金だけで資金が不足す る場合 には, 追加的な特ガU課徴金 を課す場合があった。 これは地主の反発 を招 いたので,次 第に事業完成後に特別課徴金 を課す ようになった。だが,事 業完成後に しか特 別課徴金がえられない以上,そ の間の事業を行 うための資金が必要 となった。 そこで事業完成後に徴収 される特別課徴金 を元利償還財源 とした特別課徴金債 が発行 されるようになったのである。 この特別課徴金債は,全 般的な課税権 (信用力)に よって元利償還 を保証さ れる通常の州 ・地方債 (一般財源債)と は区別 される。 というのも,特 別課徴 金債は特別課徴金 といういわば目的税 (earmarked tax)によって元利償還 を 保証されているか らである。州の裁判所はそのような債券が発行者の全般的な 課税権 (信用力)と は無関係なので,州 の起債制限の適用を受けるような 「債 務」 (debt)ではないというルールをつ くった。こうして特定公共事業経費の ための債券 として,特 別課徴金債は通常の起債限度枠から外 されることになっ たのである。
特別課徴金債 という考え方は, さらに 「特別基金主義」 (special fund doc‐
trine)という考 え方につながっていった。そこでは特別基金にもとづ いて発 行 される債券は,特 定された収入によって元利償還 を保証された債券である。 この特別基金主義 という考え方は,す でに1890年代には登場 していた。特別基 金主義の具体例 として,ワ シン トン州スポーケン市における上水道の場合 を取 り上げてみよう。 スポーケン市は1895年に上水道の資金 を調達するために市債 を発行 しようと したが,す でに起債限度枠一杯になるまで市債 を発行 していたので,別 の資金 調達の手段 を開発 しなければならなかった。そこでスポーケン市は,上 水道設 備の収入からなる特別基金 を設定 し,そ れを元利償遠財源 とする債券 (ワラン ト債)を 発行することによって上水道設備の資金調達 を行 うことにしたのであ る。1895年の判決においてワシン トン州最高裁判所は,特 男U基金にもとづ く資 4 0 ) R . H . B o w m a r , ルT h e A n a c h r o n i s m C a l l e d D e b t L i m i t a t i o n , " I o w a L a w R e v i e w , V o l . 5 2 , April 1967,p.873.;ヽV.C.Dickerman and P.R.Nehemkis,」r.,Op.cit.,pp.187-188.
■ 騒 F ト ト ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー 80 彦 根論叢 第 310号 金調達 と元利償還の仕組みについて,次 のように主張 した。すなわち,そ うし た仕組みは,地 域開発によって利益 をうる財産 に依拠 して徴収 される特別課徴 金 を原資 として特別基金 を設定 し,そ れ を元利償還財源 としてワラン ト債 を発 行す るの と全 く同義 である, と。特別課徴金債の変形が特別基金の設定に もと づ く債券の発行― ここではワラン ト債の発行― に他 ならない とい う論理である。 このワラン ト債 は,特 別基金の原資 となる特別 な収入によって元利償還 を担保 された債券 とい う意味では収入債 と言えるが,特 別基金が起債 した と見れば特 別基金債 とも言える。 その後, こうした特別基金主義 は州の裁判所によって次第に拡張的に理解 さ れ るようになっていった。 た とえば,イ リノイ州の最高裁判所は,1902年 当時 は非常 に制限的な特別基金主義の立場 を採用 していたが,1930年 には緩やかな 特別基金主義の採用に転換 した。 そこでは新規に借 り入れがなされた施設の収 入 と同様 に既存の施設か らの収入 も特別基金の原資 とす ることがで きるように なった。つ ま り,特 別基金に もとづ いて発行 された債券による融資が,租 税以 外 の特定 された収入によって元利償還 を保証 され る限 り,地 方政府は自償的な プ ロジェク トのために借 り入れ を行 うことがで きるとい う解釈の仕方が普及 し たのである。 もっ とも,拡 張主義的な特別基金主義の場合 で も,租 税以外の特 定 された収入が 自償的な事業 に もとづ いて生み出され ることがその場合 におけ る債券発行 の前提 となっている。 しか し,州 債務 にかかわって物品税や,土 地 補助金の よ うな州の特別 な収入か ら元利償還 され る債券 を特別基金債 と考 える 州 も表れたのである。 この段階になれば,特 丹U基金の原資の性格 とい うものが 4 1 ) D . J . H e l l , " A n o t h e r D a y 0 1 d e r a n d D e e p e r i n D e b t i D e b t L i m i t a t i o n , t h e B r o a d S p e ‐ cial Fund Doctrine,andヽ VPPSS 4 and 5,"University of Puget Sound La、 v Review,7
fall 1983,p.87.
4 2 ) ヽV . C . D i c k e r l l l a n a n d P . R . N e h e m k i s , o p . c i t ` , p p 。1 9 2 - 1 9 7 , ; A . C . I . R , , S t a t e C o n s t i t u ― tional and Statutory Restrictions on Local Government Debt : A Comlnission Report, 1961,PP.33-34.
43)E.H.Foley,Jr.,ルLow―Rent Housing and State Financing,"University of Pennsylvania L a w R e v i e w , V o l . 8 5 n o . 3 J a n u a r y 1 9 3 7 , p 。2 4 8 .
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 81 自償 的 なプ ロジェ ク トか ら生 ず る収 入 であ る必要 は全 くな くな る。州税 の一部 も補 助 金 も特別 基金 の原 資 を構 成 す るこ とに な るか らであ る。 これ は,後 で見 るよ うな ロー ズヴェル ト期 の連方政府機 関 に よる収 入債 の購 入条件 としてのプ ロ ジェ ク トの 自償性規定 の削除 とあい まって,収 入債 プ ロジェ ク トの 自償性概 念 を拡 張 ・緩和 す る よ うな役 害Jを持 って いた と考 え られ る。 第 3の 型 の方法 は,特 別 区や公社 ・公 団 を利用 した特別 な債券 の発行 であ る。 特別 区 とい うの は,特 定 の機能 を果 たす ため に設立 され た準地方政府単位 を指 す もの で あ る。 この特別 区の設置 は州法 に従 って,一 定数 の署名 を集め た上 で, 住 民投 票 の結果 として実 現 す る場合 が 多い。 また,機 構 的 には,一 般 に任命 に よ る理事会 では な く選挙 に よって選 出 され た理事会 に よって管理 され る。 この 特 別 区の特徴 としては,準 地方政府 として料金や財産税 を課す こ とが で きるこ と,通 常 の地 方債 であ る一般財源債 も受益 者負担金 を引 き当て とした収 入債 も ともに起債 で きるこ と, さ らにそれ らの債 券 は どち らもナ明に よって課せ られ る 一般 的な起債 限度枠 の対象外 であることが挙 げ られ る。一般的な起債 限度枠外 に置か れ るこ とが, この特別 区 を設置す る 1つ の 目的 とも言 え る。 また,住 民 投票 につ いては一般 の地 方政 府 が選挙 民 の 3分 の 2を 必要 とす る時 に,特 別 区 は単純 多数 で よい場 合 が あ る。特 別 区 に は,学 校 施 設 の建 設 に あ た る学校 区 (speciai district)を始 め,土 壌保 全 区,都 市下水道 区,排 水 区,衛 生 区な ど が その典 型 であ る。 一 方,公 社 ・公団 とは,法 人格 をもち,単 一 または複数 の機能 を持つ州 ・地 方機 関 で あ るが,特 別 区 よ りも一般 地方政府 との関係 は 自立性 が低 い。 それ は 理事会 の メンバー が選挙 で選 ばれ るのではな く,任 命 であ る ところに も表れ て い る。公社 。公 団は特定 のプ ロジェ ク トか らの収 入 を収 入債 の元利償還財源 と
44)H.A.Davis,"Borrowing M〔 achines,ルNational Municipal Review,June 1935,pp.328-334.;A.C.I.R.,The Problem of Special Districts in America,1964,pp.28-41.;者 卜市に
とっての特別 区の設立の意義 につ いては,EoR.Fuch,Mayors and Money:Fiscal Policy in New York and Chicago,1992,pp.192193.;村上芳夫 『ア メ リカにおけ る広域行政 と 政府 間関係』九州大学出版会,1993年 .
■ 颯 H r i l l l l l l l 82 彦 根論叢 第 310号 す る。 このために公社 ・公団は,基 本的に 自償的なプロジェク トに依存 してい る。 この裏面 とも言えるが,借 り手によって融資が返済可能あるいは物的な施 設の建 設によって特徴づけ られ るような機能分野― た とえば運輸,港 湾― にお いて典型的に見出されるのである。 この例 として有名 なのが,1921年 に設立さ れた,ニ ュー ヨー ク=ニ ュー ジャー ジー港湾庁 (New York=New Jersey Port Authority)で ある。 これはニュー ヨー ク州 とニュー ジャー ジー州の州間の契 約 に よって広域的な港湾管理 を行 うために設立 された ものであったが,橋 梁 ・ トンネルなどの利用者の料金収入 を特定プ ロジェク ト向けに起債 され る債券の 元利償還財源 としたのである。それ以後公社 ・公団への関心が高 まるようにな ったのである。 こうした公社 ・公団が設立 された最大の理由は,収 入債 を起債 す ることによって州 による起債制限 を回避す ることができるとい うことにあっ た。 それに加 えて,従 来,租 税負担に もとづ きなされて きた一般的な行政サー ビス を納税者の反対 な しに受益者負担に もとづ く特定 されたサー ビス として供 給す ることがで きるとい うことも,設 立 を促進 した要因 と言えよう。 これは公 社 ・公国の行 う事業活動が 自償性 を要求 され ること,す なわち収益事業 となる こ とと裏腹の関係 にあると言える。 以上 で見たような 3つ の方法が起債制限回避の主要 な方法である。 しか し, その発展の流れにそ くして言えば,特 丹U課徴金債か ら拡張的な特別基金主義の 普及,そ れに もとづ く特別 区や公社 ・公団による収入債の起債へ とい う整理が で きよう。 2 起 債 限度枠外の公債発行 ここで表 2に よって起債限度枠外の公債発行の動向を発行主体別に見てみよ う。表では学校 区 とそれ以外の特別区にわけ られているが,そ れ以外の特別 区 にはい くつかの公社 ・公団が含 まれてお り,そ れ以上の細かい区分がないので 4 5 ) ニ ュー ヨー ク= ニ ュー ジャー ジー港湾庁 などに見 られ るタイプの公社 ・公団については, 以下 の論文 を参照 の こ と。M . S . E d e l s t e i n , ルT h e A u t h o r i t y P l a n ―T O o l o f M o d e r n G o v ― e r n r n e n t , ' ' C o r n e l L a w Q u a r t e r l y , V o l . 2 8 , J a n u a r y 1 9 4 3 , p p . 1 7 7 - 1 9 1 .
ア メ リカ州 ・地方債制度の形成過程 表 2 学 校 区,そ の他 の特別 区の公債発行 の推移 発行体 年 度 学校 区債 (単位100万ドル) ( 1 ) 特 別 区債 (単位100万ドル) ( 2 ) 地 方債 合 計 額 (単位100万ドル) ( 3 ) (1)/(3) (単位%) ( 4 ) 修)/(3) (単位%) ( 5 ) 1880 1890 1902 1913 1922 1932 1942 18 37 46 119 1,053 2,034 1,662 5 36 626 1,369 2,791 8 4 9 9 2 6 1 , 6 3 0 3 , 4 7 7 7 , 7 5 4 1 5 , 2 1 6 1 4 , 9 6 5 2 . 1 4 . 0 2 . 8 3 . 4 1 3 . 6 1 3 . 3 1 1 ▲1 0 . 3 1 . 0 8 . 1 9 . 0 1 8 . 7
(出所)Bureau Of the Cencus,Governlnents in United States in 1946,in 1952 よ り作成。 ここでは学校 区 とそれ以外の特別区の公債発行動向を見 ることに しよう。見 ら れ るよ うに,1902年 以前の段階では学校 区以外の特別区による公債発行 はネグ リジブルな ものである。学校 区お よびそれ以外の特別区による公債発行が徐々 に増 えて くるのは1910年代か らであ り,20年 代,30年 代 に ともに急増傾 向を示 してい ることがわか る。 これ を反映 して地方債合計額 に占め る学校 区債 とその 他特別 区債 の割合 も次第に高 まっている。前者の割合 について見 ると,1902年 では2.8%に す ぎなか ったが,13年 には3.4%,22年 には13.6%に 上昇 し,32年 にはわずかに低下 して13.3%に なっている。同様 に後者の割合 について見ると, 1902年には0.3%,13年 に1.0%,22年 に8.1%,32年 には9.0%に 上昇 している。 次に,表 3で 満期 1年 以上の長期債 の発行動向 を一般財源債 と収入債にわけ て見てみ よう。見 られ るように,収 入債 は,1910年 代 まではほ とん どネグ リジ ブルな発行額 であった。 し か し,1925年 に1300万ドルの発行額になってか らは 年度間でかな りの変動はあるもののほぼ1000万ドル以上 の発行額の水準になっ ている。 さらに,収 入債 の発行額が1920∼30年で14倍化 しているのに対 して, 起債限度枠の対象 となる一般財源債 のそれは約1.8倍化 しているにす ぎないこ とがわか る。
日 r ト ト ⋮ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ ︱ 彦根論叢 第 310号 表 3 長 期 債 の発 行 動 向 (単位 100万 ドル)
ズ
一般財源債( a ) 収 入債 1905 1910 1915 1920 1925 1930 1935 1940 198 324 292 773 1,392 1,369 1,080 1,288 1 1 13 14 116 188 (a)一般 財 源債 総 長期 債 ― (公共 住 宅債 十収 入債 )十一定 の特別課徴 金債 (出所 )G.H.Hempel,The Postwar Qualityof State and LOcal Debt, 1971, pp.150--151。 特別 区などによる公債発行 と長期債 としての収入債が ともに1920年代以降急 増 しているのであ り,両 者の間に一定の結びつ きがあると見てよいだろう。 こ うした起債 限度枠外 での起債の進展には,そ れ を支 えるそれな りの金融的な条 件があったはずである。 これ を最後に見ておこう。 さて,ア メ リカでは19世紀後半か ら20世紀初頭にかけて,企 業の合併 と垂直 的統合が進み,石 油,銅 ,鉄 などの基礎産業部 門で大企業が形成 されていった。 こうした産業におけ る大企業の形成に ともない,そ の資金調達の場 としての資 本市場 も急速に発展 していった。すでに19世紀末 までに,株 式市場の発展や企 業 モーゲ ッジによって担保 された社債が市場に表われている。第 1次 世界大戦 終 了後か ら1929年にかけて,ア メ リカ経済は急速 な発展 を遂げ,電 力,電 話, 石油, 自動車,化 学,非 鉄金属 などの産業が リーディング産業 となった。 こう した リーディング産業は, 自動車 を除 き,外 部資金需要が強 く資本市場か らの 資金調達 を増大 させ た。 そ して社債市場 においては,1920年 代か ら無担保の社 4 6 ) 西 川純子 「20 年代 の繁栄 と破綻」,西 川純子 ・松井和夫著 『ア メ リカ金融史』有斐閣, 1989年, 156∼ 158頁。
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 85 債 が徐 々 に 増 加 し始 め た の で あ る。 無 担保 の社 債 で あ るか らそ の 元 利 償 還 財 源 は,借 り手の行 う事業か らの収入に依存せ ざるをえな くなった。民間企業が無 担保の社債 を発行 しうる段階になれば,特 男U区や公社 ・公団 も,将 来の事業か らの収入 を元利償還財源 として収入債 を発行す ることも可能 となってこよう。 しか も,1920年 代 の証券発行ブームのなかで, と りわけ新果の有力な投資銀行 は,公 益事業会社債 と州 ・地方債の引 き受け と分売の業務 を基盤 として発展 し ていったのである。社債 の無担保化 と新果の有力な投資銀行 による社債 と州 ・ 地方債 を基盤 とした発展は,特 別 区や公社 ・公団による収入債の発行 を支持す るような金融的条件 を形成 した と考 えられ る。 また,第 1次 大戦以降は,収 入債 を含めた州 ・地方債全般の起債 に とって有 利 な条件が形成 されて もいた。すなわち,第 1次 大戦 中および大戦終 了後には 公社債市場におけ る資金吸収の主要 な担い手であった連邦債 は1920年代にはそ の 3分 の 1も が元利償還 され,さ らに1917年以来の戦費調達のために高い税率 を適用 されていた連邦所得税負担 を軽減す るための格好の節税型金融商品 とし て利子免税債 である州 ・地方債が注 目されたか らである。 とはいえ,特 別区や公社 ・公団 と収入債 との結びつ きが本格的に定着す るに は,1930年 代 のニューディール期 を経 なければならなかった。 V ニ ューデ ィール と州 ・地方債 1 大 恐慌下 の州 ・地方財政 1 9 3 0 年代 の大 恐慌 は州 ・地方財政, と りわけ地方財政 に深刻 な影響 を与 えた。
州政府は売上げ税などの新設によって大恐慌による減収をある程度補 うことが
47)黒 沢義孝 『債券格付 けの実際』東洋経済出版社,1987年 ,128∼ 134頁。 48)ホ ル シー ・スチュアー トとブライス ・アン ド・カンパニー などが シカゴ,サ ンフランシ ス コを拠フ点として,公 益事業会社債や州 ・地方債 の引 き受け ・分売業務 を基盤 として発展 した。井手正介 ・高橋 由人 『ア メ リカの投 資銀行』 日本経済新聞社,1980年 ,155-156頁。 49)森 恒夫 『現代 ア メ リカ財政論』 日本評論社,1979年 ,p.91∼95頁。50)A.Sharp,A Study of the Counter、cyclical Aspects of the Total Government Fiscal Policy,1929-1940,1956,p.72.大半の)Hが1933年までに所得税率 のBIき上げ, ガ ソ リン税, 一般売上げ税 などの消費税や 自動車登録税 などを新設ない し税率の引 き上げを行 った。
86 彦 根論叢 第 310号 5 0 ) で きたのに対 して,地 方政府 は州憲法や州法 に よって課税権 を制約 されていた ため に そ うした対 応 を行 うこ とが 困難 だ ったこ とがその 1つ の要 因である。 し か し,州 財政 が大恐慌 に よって何 の影響 も受 け なか ったわけではない。事実, 州 税 の新 設や税率 の引 き上 げ を行 ったに もかか わ らず,財 産税 の財産評価額 の 低 下や財産税 の滞納,所 得水準 の低 下 に よって,州 全体 の税収 が30年の21億 ド ルか ら32年の19億 ドルヘ減少 したの であ る。 また,1933年 には,ア ー カンソー 州 ,サ ウスカ ロライナ州,ル イジアナ州 の州債 がデ フォル トに追 い込 まれたの で あ る。 したが って,州 財政 は地 方財政 と比べ て大恐慌へ の対応力 を持 ってい た と言 うほ どであ って,州 ・地方財政全体 としては厳 しい財政状況 に置かれて いた。 ここでは と くに厳 しか った地方財政 の状 況 を 『政府 センサ ス』 (Cencus of Govemments)に よ り簡単 に振 り返 ってお こ う。 地 方財政 の歳入面か ら言 えば, まず税収減少 が表 われた。 当時,地 方税収 の 9割 以上 が財産税収 だ ったの で,財 産税 の動 向 を見 る と,1930年 の48億 ドル を ピー ク として34年の39億 ドル まで 9億 ドル も減少 している。 その後 も,1930年 代 を通 じて ピー クの30年水準 を回復 す るこ とは なか った。財産税 の減少 ・低迷 に は,財 産税 の課税標準 であ る財産評価額 が大恐慌 の影響 を受 けて引 き下げ ら れ た こ と,財 産税 の滞納や不納 が増加 した こ と,産 業 と人 日の郊外へ の移動 に よ る課税客体 の伸 び悩 みが あげ られ る。 地 方税収 の大半 が財産税 に依 存 していた以上,財 産税 の減少 ・低迷 が地方債 の発行 を困難化 させ たのは当然 だが,1920年 代 に大量発行 された地方債 のデフ ォル トが さ らに それ を困難化 させ た。 1930年代 を通 じて州 ・地方債全体 でのデ フォル ト率 は10%と 言 われ て い る。 また,都 市 に焦点 を絞 れば1934年3月 で, 人 口 3万 人以上 の都 市310の うち37都市 にお いて市債 がデ フォル トしてお り, デ フォル ト率 は11.9%と されてい る。 こ うした地方債 のデフォル トは地方債 の 新規発行 を困難 な もの としたの であ って,実 際,相 当な短期 ・高利 でよ うや く
5 1 ) T . N . E . C 。 ,酌質onograph,No.20,Taxation,Recovery and Defense,1941,p.84.
5 2 ) P o S t u d e n s k i a n d H o E . K r o s s , F i n a n c i a l I I i s t O r y O f t h e U n i t e d S t a t e s , 1 9 6 3 , p . 4 3 3 . 5 3 ) A . M . H l l l h O u s e , o p . c i t . , p . 2 2 .
ア メ リカ州 ・地方債制度の形成過程 87 5 4 ) 新規発行がで きるか どうかであった。 すでに指摘 したように,大 半の州 において地方債 の起債 限度枠は財産税の財 産評価額 の一定比率 と定め られていた。 したが って,大 恐慌 の影響 を受けてそ の評価額が引 き下げ らると,そ れ とリンクしていた起債限度枠 も引 き下げ られ た。起債限度枠が引 き下げ られ るなかで,現 債高がその限度枠 を上 回るような 事態が生 じたために,地 方政府は通常の方法 で地方債 を発行す ることが困難 と なったのであ る。 他 方,歳 出面で言えば,1930年 代 は,20年 代 に続いて教育費 と道路費のウエ イ トが大 きく,合 計す ると40%以 上 となっていた。 しか し,1920年 に全体 の23 %を 占めていたハ イウェイの比率が38年には約14%に 低下 したのに対 して,社 会福祉費は1920年の約 2%か ら38年には10%ま で上昇 したのである。言 うまで もな く大恐慌 によって失業者や貧 困者が増加 したためである。 む ろん,地 方政府だけでな く州政府 も失業救済は取 り組むべ き最重要課題 で あった。 しか し,地 方政府がそ うした課題に取 り組むためには,他 段階の政府 単位か らの財源移転 と州 に よる地方債へ の起債制限 を回避す るような方法 を利 用す る必要があった。すでに見たように,地 方政府は地方税収の減少 ・低迷, 通常の方法に よる起債 困難 とい う状況 に追 い込 まれていたか らである。連邦政 府の側か らも失業救済 を進め るには,州 。地方政府 とりわけ困窮 している地方 政府 に対 して何 らかの政策対応 を行 う必要があった。 以下,フ ーヴァー期 とローズヴェル ト期 を取 り上げ,ニ ューディール期 にお いて連邦政府が州 ・地方債の起債制限回避 をいかに進めていったのか を見てい こ う。
54)A.H.Hansen and H,S.Perloff,State and Local Finance in the National Economy, 1944,p.57.
55)た とえば,フ ィラデ ィルフィア市では,起 債 限度枠は財産税の財産評イ面額 の10%で あっ
た。大恐慌の影響 を受けたために,そ の評価額が引 き下げ られ,結 果 としてフィラデ ィル フィア市の起債可能額 は,1931年 の 4億 8000万 ドルか ら1934年には 3億 9000万 ドル まで低 下ごした。 K.Scholz,切 Municipal Borrowing and Legal Debt Lilnits,ルNational Municipal Review,June 1935,p.323.
8 8 2 彦根論叢 第 310号 1 9 3 2 年緊 急 救 済建 設 法 と州 ・地 方債 フー ヴァー大統領は,個 人主義,地 方分権主義,均 衡財政主義 という彼の信 念 と両立す る限 りで大恐慌による失業問題に取 り組 もうとした。フーヴァーは 1930年10月に大統領失業救済委員会 を設立 した。同委員会は,地 方政府や民間 社会事業団体 に失業救済事業の活動に着手す るよう働 きかけたが,連 邦政府に よる財政支援がな く,そ れ らは資金難に陥った。 フーヴァーは信用の流れを維 持 して民間雇用 を維持 しつつ,若 子の公共事業 と民間や地方政府の救済活動 を 維持すれば,失 業問題 に対処 できると考 えていたのである。 しか し,失 業問題は深刻 になる一方であ り,こ のため1932年7月 に緊急救済 建 設法が成立 した。同法は1932年1月 に 5億 ドルの連邦政府出資によって設立 された復興金融公社 (ReconstructiOn Finance COrpOration,RFC)に,民 間 銀行救 済の他 に州 。地方政府 の失業救済事業 を担 当させ た。 ところで,こ の RFCq詩 行 す る債券 は,元 利償還金全額 を連邦政府が信用保証す ることにな つていた。つ ま り,連 邦政府の信用保証に支持 されて RFC債 による資金調達 が行 われ,そ の資金が州 。地方政府の失業救済融資に対 しても配分 されるとい う政策金融の仕組みが形成 されたのである。 さて緊急救済建設法におけ る融資プログラムは次のようなものであった。第 1は ,州 。地方政府 に対 して失業救済のために RFCよ り3億 ドルを限度 とし て融資 され るプ ログラムである。 1つ の州への融資限度は 3億 ドルの15%で あ 5 6 ) な お, 本 稿 ではフー ヴァー政権 の諸政策 を相対的に評価す る動 きを考慮 して,フ ーヴァ ー政権期 もニューディール期の 1つ としてとらえることにする。こうしたものとして差 し 当た り, J.S.01son,Saving Capitalisrll : The ReconstructiOn Finance cOrpOration and the New Deal,19331940,1988.を挙げてお く。
57)連 邦政府 による財政支援がなか ったのは,フ ーヴァーの従来か らの信念にもとづ くもの であったが,伝 統的に,失 業対策や救済事業は連邦政府の関与すべ きものではな く,州 ・ 地方政府や民間慈善 団体 が対処すべ きとい う考 え方が根強かったか らでもある。右 田紀久 恵 ・高澤武司 ・古河隆順編 『社会福祉の歴史』有斐閣,1977年 。 また,連 邦政府か らの財 政支援 が なか った こ とは,デ ィロンズ ・ルールに よって連邦政府が州政府 を飛び越えて地 方政府 に財政支援 を行 うことが困難であったこ とに も対応 しているように思われ る。 58)L.S.Knappen,Revenue BOnds and the lnvestOr,1939,p.172.
アメリカ州 ・地方債制度の形成過程 89 り,貸 出利率 は 3%で あ った。 第 2は ,州 。地方政府 に対 して 自償性 の あ る公 共事業 を対 象 として RFCか ら15億 ドルが融 資 され るプ ログラム であ る。 この 場合 の貸 出利率 は 5%以 上 で あ った。RFCの 融 資 は,州 ・地 方政 府 の発行 す る州 ・地方債 の購 入等 に よって行 われ る。 第 3は ,3.22億 ドルの連邦 資金 を非 自償 的 な公共事 業 に支 出す るプ ログラムであ った。 こ こで興 味深 いの は,緊 急救 済建 設法 が RFCの 融 資適格 とな る公共事 業 を 非 自償 的 な もの と, 自償 的 な ものにわけてい るこ とであ る。 第 1と 第 3の プ ロ グ ラムは非 自償 的 な もの であ り,合 計 して6.22億 ドルのプ ログラムであ る。 し か し第 2の プ ログラムは 自償的な ものであ り,15億 ドル とい う最大規模のプ ロ グラムである。 こうした公共事業の分類 と自償的な公共事業への資金配分の重 視 は,フ ーヴァー政権が均衡予算主義の維持 とい う原則の もとでの失業救済 と い う課題 に迫 られていたか らだ と言ってよい。 均衡予算主義の維持の必要性は次のように理解 されていた。すなわち,失 業 救済のための連邦債 の発行 は民間資本の借 り入れ と競合 し,資 本投資 を遅延 さ せ,経 済の基礎 である通貨制度 =金 本位制度 を危 うくす るので,均 衡予算主義 の維持が望 ましい, と。 こ うした観点か ら均衡予算主義の維持が求め られたのだが,他 方では深刻化 す る失業問題 に対処 しなければならなかった。 そ こで浮上 して きたのが,RFC融 資 を介 した州 ・地方政府 の 自償 的 な公共 事業 の拡大 であった。緊急救済建 設法の成立以前 に,民 主党の B.バ ルー クと J.ロビンソンが打 ち出 していた提案がそれであった。彼 らの提案 においては, RFCに よって州 ・地方政府への融資がなされた後,建 設 された施設の運営収 入か ら融資の元利償還 を行 う仕組み となっていた。 フーヴァー大統領 は,彼 ら
59)Federal Reserve Bulletin,August 1932,p.473.
60)大 恐慌 の最 中に,フ ー ヴァー大統領 は1932年歳入法において 「平時におけ る史上最高の 増税」 を実施 したのだが, こ れは財政赤字 を削減す るために増税 を行 い,金 融市場への負 担 を緩和 して民間企業 の資金調達 を容易 にす るとともに,金 本位制度 を維持す るためで も
あった。加藤栄一 「ニ ュー デ ィ_ル 財政 の成果 と限界」 『社会科 学研 究』第26巻 第 5号 ,
90 彦 根論議 第 310号 の案の基本的な考 え方に同意 し,そ れを具体化 していったのだが,そ のなかで 次のような公共事業観 を示 し, 自償的な公共事業の優位性 を強調 した。 まず, 公共事業 を生産的 (自償的)な 公共事業 と,不 産的 (非自償的)な 公共事業に わける。そして前者はコス トに見合 うような雇用 をつ くり出すが,後 者はコス トに見合 うような雇用をつ くり出さないと評イ面する。その上で,不 生産的 (非 自償的)な 公共事業への連邦資金投入に反対するという見解 を示 したのである。 以上のような経過 を踏 まえれば,均 衡予算主義の維持 と失業救済の両立を行 うための主要なルー トとして RFC融 資を経由 した州 ・地方政府の自償的な公 共事業が位置づけられ,そ れが緊急救済建設法の第 2プ ログラムに具体化 され たと評イ面できよう。この第 2プ ログラムは,RFCが 州 ・地方政府の発行 した 州 ・地方債 を購入するというルー トを通 じての融資であった。融資対象プロジ ェク トが借 り手に求める自慣性 とは,「もし当該するプロジェク トが自立的で 財政的に健全でかつ建設 コス トが料金,手 数料,賃 貸料,あ るいはその他の受 益者負担金や,租 税以外の収入によって一定の妥当な期間内に回収 されるであ ろう。…」ことであった。 したがって, これに最 も適合する州 ・地方債は収入 債 ということになる。だが,第 2プ ログラムにおいてはそれ以外に,租 税によ って収入債の元利償還 を追加的に保証するような債券や,当 該するプロジェク トが提供 されたサー ビスに対する料金システムによって自償的であることが明 らかな場合には一般財源債であって もRFC購 入適格債券 としたのである。な
お,借 り手には,元 利返済を 「十分かつ適切に保証すること」(“fully and ade‐
quately secured")が義務づけられていた。
では,こ の第 2プ ログラムの融資実績はどうだったのだろうか。端的に言え ば,そ の実績は低調であった。州 ・地方政府に対するRFC融 資の合計額は19
61)J.S.C)lson,op.cit.,pp.67-68.
62)」 A.Sch、 varz,The lnterregnum of Despair i Hoover,Congress,and the Depression, 1970,p.162.
63)L.S.Knappen,op.cit.,p.172. 64)Ibid.,p.187.