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巻頭言

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Academic year: 2021

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巻頭言

著者 北垣 宗治

雑誌名 同志社大学英語英文学研究

号 100

ページ iii‑iv

発行年 2019‑03

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000410

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巻 頭 言

北 垣 宗 治

 『同志社大学英語英文学研究』がめでたく第100号を迎えることになった。

若い頃この研究誌の編纂に携わった者の一人として、感慨無量である。

 若い頃の私たちは論文の発表機関に恵まれていた。同志社大学英文学科の 卒業生だというだけの理由で、私たちは『主流』に投稿することができたし、

英文の論文であれば Doshisha Literature に投稿した。もちろんこの『同志社 大学英語英文学研究』も有力な発表機関だった。当時はレフェリー制度も緩 やかで、投稿された論文は投稿者への礼儀から、掲載されることが普通だっ た。私の先生であり、同僚でもあったアメリカ文化史の故Otis Cary教授のコ メントを思い出す。「アメリカの大学では、各大学が独自で研究誌を出して いるところはないよ。これは日本の大学の独特の慣行だね。アメリカでは American Historical Review のように、学会ごとに全国的な機関誌があり、広 く全国からの投稿を受け付けている。論文の審査はとっても厳しいよ。」

 私達の場合、助手から専任講師、専任講師から助教授(今は准教授という らしい)、助教授から教授へと昇任することが会議にかけられるとき、いく つ論文を書いてきたのかが基礎資料で、論文の質は必ずしも問われなかった。

そのため、大学の各部門は、発表機関を各大学が持つことによって、論文を 書く事を奨励してきたのであろう。それでも進んで論文を書く人の数は少な くて、編集委員が頼みこんで書いて貰うようなこともあった。

 私が現在関係している学会(日本英学史学会)ではレフェリー制度がだん だん厳しくなってきているという印象を受ける。学会なのだから当然のこと である。編集委員は国立・私立を問わず、異なる大学から出ており、所属大

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iv

学の基準が知らず識らず反映されていく。すると、外の編集委員も厳しい水 準に合わせざるを得なくなる。それは明らかに良いことである。それは学問 水準の向上につながる。学会誌の編集委員をしていると、こんな経験をする ことがある。初歩的なミスが多々ある論文に出くわすのである。この人は大 学院で指導教授の指導を受けたことがあったのだろうかと、つい思ってしま う。

 序文にふさわしくないようなことを書いた。しかし私の言いたいことは、

百号を迎えた『同志社大学英語英文学研究』が、今後更に水準の高い研究誌 に成長していくことである。

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