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元曲に於ける雪の表現

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元曲に於ける雪の表現

その他のタイトル The Portrayal of Snow in Yuan qu Poetry

著者 西川 芳樹

雑誌名 關西大學中國文學會紀要

巻 42

ページ 59‑79

発行年 2021‑03‑31

URL http://doi.org/10.32286/00023302

(2)

五九

元曲に於ける雪の表現

西   川   芳   樹

  漢詩の研究には詩語という術語がある。詩語とは、好んで漢詩に取り上げられるうちに特定のイメージが付帯した

言葉をいう

((

。元曲、すなわち元雑劇と散曲にも、この詩語と同じく、複数の作品で取り上げられるうちに特定のイメージを持つに至った表現が存在するように思われる。そこで本論では、その中でも特に元曲が持つ雪のイメージにつ

いて分析し、その効果について考えたい。更に元雑劇と散曲の差異から両者の関係についても併せて論じたい。

一、元雑劇の貧者を苦しめる雪

  はじめに元雑劇に見える雪の表現から紹介してゆく。元雑劇中の雪については、岡本不二明氏が「雪と乞食という組合せは元雑劇中にきわめて多くみられる。」と指摘する

。執筆者も氏の見方に同意するが、氏の論は伝奇小説につい

て論じたものであり、元曲の視点から見れば、まだ少し議論の余地が残されていそうである。そこで、まずは貧者を苦しめる雪から見てゆこう。元雑劇について論じる際には、テキストの選択が大きな問題となる。なぜなら、元雑劇

のテキストは版本間の異同が大きく、別の作品といえる程、その内容が異なる場合もあるからである。そこで、原作

(3)

六〇

に最も近い字句を留めていると考えられる、元刊本所収の作品に記された雪の場面から見てゆく。まず、「追韓信」劇の雪の場面を紹介する。論考の便に供するためにその梗概を示しておく。「追韓信」劇のテキストは、元刊本のみが現

存する。このテキストは、白の大部分を欠くため、その詳細な作品内容の把握は困難であるが、残された字句を頼りに梗概を示すと次の通りである。

  (第一折

(韓信は、立身出世を志して学問を修めるが、仕官の機会を得られずに困窮する。(第二折(韓信は、初め

に項羽、次に劉邦に仕えるが、重用されない。これに不満を抱いた韓信が劉邦のもとを出奔すると、蕭何が追いかけて引き止め、劉邦に韓信を推薦する。(第三折(韓信は、劉邦に認められて元帥となり、項羽を討つ作戦を示す。(第

四折(呂馬童の口から項羽が自決する様子が報告される。

  梗概で示したとおり、「追韓信」劇では、第一折から第三折にかけて韓信の立身出世譚が展開される。第一折、吹雪

のなか韓信が登場し、自分の才能を認めて取り立ててくれる主君がいないため、不遇を託ち、貧しい暮らしを送って

いると嘆く。続いて、雪が吹りしきる銀世界を次のようにうたう

【雀(鵲(踏枝】音(昔(零零灑瓊瑤。亂紛紛剪鵝毛。越映的江闊天低,水遠山遙。冰雪堂蘇秦凍倒。漏星堂顏子難熬。

【寄生草】凜凜寒風刮,揚揚大雪飄。如銀河滾下飛□,似玉龍噴出梨花落。比白雲滿地無人掃。我則見敗殘鱗甲滿天飛,抵多少西風落葉長安道。

【鵲踏枝】ひゅるひゅると吹くまき散らした玉、ひらりひらりと舞う刈られた羽毛。雪の向こうに見えるのは、一

(4)

六一 つになった河と空、遥かに続く道のり。氷雪堂で有名な蘇秦でさえも凍えて倒れ、漏星堂のあばら屋に住む顔回といえど耐えられまい。【寄生草】凍てつく風が吹き、ひらひらと舞う大雪が降る。銀河が溢れ飛散する虹が降ったよう……、玉の竜がはき出した梨の花が落ちたよう、地面いっぱい広がる雲を誰も掃除しないよう。ただ見るは、空いっぱいにちらばる鱗、いったい何の、秋風に長安道へと散る落ち葉か。

  【鵲踏枝】

の「冰雪堂蘇秦」は、後述する「凍蘇秦」故事を踏まえており、貧しい蘇秦が寒さに苦しむ話である。「漏

星堂顏子」は、清貧だった孔子の高弟顔回の故事である。貧しい彼らが凍え苦しむことから、この曲は美しい反面、貧しい者にとっては厳しい寒さの象徴ともなる雪の持つ二面性がうたわれている。この後、洗濯女に食事の施しを受

けたと推定できる白が続き、韓信は更にうたう。

【ㄠ篇】你道我秋夏間由(猶(難過。冬月天怎地熬。可不春來依舊生芳草。你道我白身無靠何時了。可不說青霄有

路終須到。子我這男兒未濟婦人嫌,真乃是龍歸淺水蟆笑。【ㄠ篇】あなたは言う、夏から秋への変わり目ですら凌ぐのが難しいのに、冬をどうして耐えられようか。春が来

たれば草花はいつも通りに芽を生やす。あなたは言う、寄る辺ない無位無官の身はいつ終わる。いうではないか、空へとのぼる仕官の道もいつかはきっとたどり着く。男子たるもの成功せねば女にも遠ざけられて、まことこれ、

浅瀬に行けば竜も蛙に笑われる。

(5)

六二

では、「憑着我五陵豪気、不信道一生窮暴。(豪放な我が気概を頼みとすれば、一生涯貧しいままとは思えない(」と、   【ㄠ篇】では、冬を耐えられないと言われた韓信が、仕官を果たせない自身の不遇を嘆く。更に続く【村里迓古(鼓(】

栄達を果せば貧困を脱するとうたい、韓信は冬を越せぬ程の貧困状態にあることが示されている。

  もう一例、「合汗衫」劇の雪の場面を挙げよう

。本作には、元刊本、脈望館鈔校本古今雜劇本(以降、本論では「脈

望館本」と記す(、『元曲選』本の三種のテキストが現存する。本論では、元刊本を用いてその作品内容を確認してゆ

くが、「合汗衫」劇の元刊本も白の大部分を欠くため、梗概はその次に古い内容を留めるとされる脈望館本に従い示すことにする。

  (第一折

(金持ち張義(元刊本では張文秀(は雪の日に行き倒れの陳虎を救う。陳虎は張義の息子である張孝友と義兄弟の契りを交わす。一方、張義は、島流しの道中であった趙興孫に援助を与える。趙は張義の妻と義姑姪となる。

陳虎は趙興孫の金を横取りしてその恨みを買う。(第二折(陳虎は張孝友夫婦を唆し共に東岳廟へと向かう。張義は、

引き止めたが叶わず、汗衫を割いて半分を孝友の妻に与える。直後、張義は失火のために財産を失い乞食となる。(第三折(陳虎は、張孝友を川に落としてその妻を奪う。孝友の妻は陳豹という男児を産む。十八年後、陳豹は汗衫を母

より預かり応挙の旅に出る。道中、張義夫婦と出会い、汗衫が証拠となり孫と判明する。(第四折(母からこれまでの経緯を聞いた陳豹は、陳虎を捕らえに行き、その道すがら、趙興義、張孝友と再会する。趙興義が陳虎を捕らえ、離

散していた張義一家は再会を果たす。

  元刊本「合汗衫」劇の第三折で、乞食にまで落ちぶれた張文秀は、次にようにうたう

(6)

六三 【朝天子】老邁。正該。命運拙飢寒煞、無鋪也末無蓋冷難捱。風雪緊没遮塞。俺不敢翻身、拳做一塊。您敢救氷雪堂地獄災。俺這裏跪在大街、把救苦的爺娘来拝。(等卜兒云了((正末唱(

【四辺静】冬寒天色。零落窯中又没根柴。凍死屍骸。無人偢倸。誰肯着杴土埋。少不的撇在荒郊外。

【朝天子】年老いて、これもまさに運命。運の巡りが悪いため、ひどい飢えと寒さに遭う。敷くものも、かぶるものもないために、寒さにとても耐えられない。風雪は強く吹くが、遮るものはない。寝返り打てず、こぶしはぎ

ゅっと握ったまま。氷雪堂という地獄の災難から救ってくれるのなら、私は通りに跪き、救いの父、母に拝謝する。

(卜兒せりふ(

(正末唱う(【四辺静】冬の寒空のなか、竈へとたどりついたが、薪はない。凍死体、構う人は誰もなし。誰がもっこで土を掛

け埋葬してくれようか。荒れ果てた郊外に捨てられよう。

  張文秀は、乞食にまで身をやつして赤貧洗うがごときであり、この例も、やはり、貧者が寒さに苦しむ場面を描いている。ここでは更に【朝天子】で「饑寒煞(ひどい飢えと寒さ(」と飢えにも苦しんでいる。【朝天子】の直前で詠

まれた【粉蝶兒】でも「繞着後巷前街、叫化些余食剰湯残菜。受了些霜欺雪圧風篩(表通りや裏道を巡りつつ、多かっ

(7)

六四

た食べ物や余ったスープ、残った料理を恵んでもらい、霜の苛み、雪の責め苦、吹き付ける雪を受ける(」と、食べ物にも事欠き、雪の降る中、物乞いをしている姿が詠まれている。

  元雑劇では、「追韓信」劇の韓信や「合汗衫」劇の張文秀と同じく、貧困のなか風雪に晒され、飢えと寒さに苦しむ人物がしばしば登場し、その様を曲に詠む。

  元刊本所収の作品では、「遇上皇」劇の趙元、「看銭奴」劇の賈仁がそうであり、明刊のテキストに収録された作品

にまで対象を広げると、「殺狗勧夫」劇の孫華、「燕青博魚」劇の燕青、「曲江池」劇の鄭元和、「黄粱夢」劇の呂洞賓、「漁樵記」劇の朱買臣、「誶范叔」劇の范雎、「酷寒亭」劇の鄭嵩、「灰欄記」劇の張海棠、「忍字記」劇の劉均佑、「裴

度還帯」劇の裴度、「凍蘇秦」劇の蘇秦など、実に十五作品で貧者が雪に苦しむ場面が描かれている

((

。更には、『永楽大典』所収の戯文「張協状元」に登場する貧女も、貧しい時に雪に苦しむ。戯文は現存する作品数が少なく、雪に苦

しむ貧者の描写が、多くの作品に取り込まれていたかまでは、把握できない。ただ、雪に苦しむ貧者は、元雑劇にと

どまらず元代の戯曲作品で広く扱われた主題であった可能性もあるだろう。

  この貧者が飢えと寒さに苦しむというイメージは、かなり古い時代から存在し、歴代の文献で「饑寒」が貧困の比

喩として頻用されている。元雑劇はこの饑寒の持つイメージを取り込んだのであろう

((

  では、元雑劇はどのような効果を狙い寒さに苦しむ貧者を描こうとしたのだろうか。このことについて再び「追韓

信」劇と「合汗衫」劇を例に考えてゆきたい。

  先ほど梗概で示した通り、「追韓信」劇は韓信の立身出世譚としての側面を持つ。第一折、第二折前半で不遇を託っ

ていた韓信は、第二折後半で蕭何の知遇を得て推薦され、劉邦に認められる。そして、第三折では【剔銀燈】に「量

(8)

六五 這個提牌將,執戟人。霎時間官封一品。(この盾持ちや矛持ちしていた下郎めが、またたく内に一品官に取り立てられる。(」とあるように大出世を遂げている。一方、「合汗衫」劇では資産家の張文秀が乞食にまで落ちぶれる。このよう

に、雪に苦しむ登場人物は、その身分や経済状況が劇の途中で激変する。雪に苦しむ登場人物とその貧富貴賤の変遷と雪に遭った時期に絞り、梗概を紹介すると次の通りである。

  ① 「殺狗勧夫」劇の孫華は、資産家の子に生まれるが、遺産を独占した兄に家を追い出されて貧しい暮らしを送

る。わずかな稼ぎを得た帰り道で風雪に苦しむ。その後、兄嫁の働きもあり、兄と和解して質屋を任され、最後に表彰されて県令になる。

  ② 「燕青博魚」劇の燕青は、梁山泊の頭領の一人であったが、罪を犯して梁山泊を追放される。燕青は目を患い、困窮のあまり宿代が払えず、雪の降るなか追い出され、厳寒に苦しむ。

  ③ 「曲江池」劇の鄭元和は、金持ちの子弟で、科挙受験のため都に来たが、妓女の李亜仙に入れ込み、亜仙の母に

有り金をむしり取られる。父からも勘当された鄭元和は、乞食となり、雪の降るなかをさまよう。後に李亜仙に救われて改心し、勉学に励んで県令となる。

  ④ 「黄粱夢」劇の呂洞賓は、漢鍾離に見せられた夢の中で、大元帥となるが、敵と内通して故意に戦に敗れたため罪に問われ、雪の降る中、罪人として牢城へ向かう旅をする。

  ⑤ 「漁樵記」劇の朱買臣は、学識がありながらも認められず、降りしきる雪の中、漁師や木こりと不遇を託つ。妻に離婚を迫られて発憤し、科挙を受けて太守となる。

  ⑥ 「誶范叔」劇の范雎は、敵国との内通を疑われて寒空のなか拷問を受ける。仮死状態になると便所に棄てられる

(9)

六六

が、便所の中で息を吹き返し、院公に救われる。後に范雎は秦の宰相となる。

  ⑦ 「酷寒亭」劇の鄭嵩は、鄭州の孔目であったが、妻の密通現場に乗り込んで妻を斬ったために罪を得て流刑とな

る。刑場へと向かう道中、酷寒亭で吹雪に遭う。だが、義兄弟の宋彬に救われる。

  ⑧  「灰欄記」劇の張海棠は、側室として馬均卿に嫁ぐ。馬均卿の本妻は、趙令史と密通しており、馬均卿を殺して

その罪を張海棠に着せる。張海棠は開封へと護送されるさなか雪に遭う。包公が事件を解決し、張海棠は趙令

史の財産を得る。

  ⑨ 「忍字記」劇の劉均佑は、遊学中に金が底を突き、雪の降るなか行き倒れになったところを金持ちの劉均佐に命

を救われる。その後、劉均佐の仕事を手伝うようになる。

  ⑩ 「看銭奴」劇の賈弘義((『元曲選』本では賈仁(は、元々貧民であり雪に苦しむが、壁の中から周栄祖の財産を

盗んだことで金持ちになる。その後、周の財産を奪ったことが露見して処罰される。

  ⑪ 「遇上皇」劇の趙元は、小役人であり、公文書伝達の旅に出て道中で雪に遭う。雪を避けて入った酒屋で趙匡胤の目にとまり、南京府尹に任命される。

  ⑫ 「裴度還帯」劇の裴度は、貧しく城外の廟に住んでいたが、学問で身を立てようと志していた。叔父に商売せよと勧められたが、これを拒む。怒った伯父に雪が降るなか追い出され、食べ物を恵んでもらうたに大雪の中を

白馬寺へと向かう。後に及第し吏部尚書となる。

  ⑬

  「涷蘇秦」劇の蘇秦は、不遇を脱するために、張儀を頼るがかえって寒さ責めにあう。

  右に挙げた十三の登場人物は、無位無官から立身出世を遂げた「追韓信」劇の韓信や、金持ちから乞食へと没落し

(10)

六七 た「合汗衫」劇の張文秀と同じく、いずれも作中で貧富貴賤の変遷が見られる。そして、最も経済的に貧しく社会的地位が低い状態で雪に遭うのである。  つまり、元雑劇の雪に苦しむ貧者は、ただ貧しい姿を描くだけでなく、その人物が人生の浮き沈みで最も落ち込んだ、いうなれば「人生のどん底」にあることを示しているのである。そして、この落ちぶれた惨めさを描くことこそが、元雑劇の雪が持つ効果なのである。また、貧しさが悲惨なものであるほど、貧困を脱して栄達を勝ち取った時の感動や没落のみじめさが鮮烈な印象を残す効果も期待していたであろう。清貧をよしとし、栄達や没落とは無縁の、神仙劇に登場する仙人には雪に苦しむ描写がないことも、雪がただ貧しさを描くだけのものではないという、執筆者の考えを裏付けていよう。  ところで、これら雪に苦しむ貧者を描く作品のなかでも「凍蘇秦」劇は、他の作品には見られない特色を持つ。「凍

蘇秦」劇のテキストは、現時点では『元曲選』本が伝わるのみである。まずは『元曲選』に従い梗概を示す。

  (楔子

(蘇秦は、学友の張儀と共に仕官の旅に出る。(第一折(道中、蘇秦は病臥し、張儀は蘇秦を残して一人で旅を進める。蘇秦が病のために路銀を使い果たすと、大尽の王真が援助する。(第二折(蘇秦は旅を再開するも、また病

にかかって困窮する。蘇秦は帰郷するが、家族は仕官せずに戻った蘇秦を冷遇し、寒空のもと家から追い出す。(第三折(蘇秦は宰相となった張儀を頼る。張儀は蘇秦を発憤させるため故意に冷遇し、これに怒った蘇秦が辞去すると、

張儀は家人を通じて暗に援助する。(第四折(蘇秦は、栄達を果たして故郷に錦を飾るが、自分を冷遇した家族と張儀に冷たく当たる。張儀が、故意に冷遇し、秘かに援助していたことを告げると、蘇秦は、張儀に感謝して家族とも和

解する。

(11)

六八   「凍蘇秦」

劇のように、立身出世を目指す人物が、親しい者から冷遇を受けて発憤し、親しい者は秘かに支援して栄達後に真相を明かすという話の筋は、清の梁廷枏がつとに指摘するように、元雑劇の中で一つの類型をなしている

類型化した内容を持つ作品は、話の大筋が似ているため、冷遇の方法に創意工夫をこらして変化をつけることで作品の差別化を図る傾向にある。「凍蘇秦」劇では、第二折で蘇秦の家族が、第三折で張儀が蘇秦を冷遇し、その際に寒さ

に苦しむことになるのだが、この張儀による寒さ責めは、他の作品には見られない個性的な内容となっている。

  当該場面は、蘇秦が、先に栄達を遂げた張儀を訪ねて窮状を訴えるところから始まる。張儀は事情を知ると、蘇秦を「氷雪堂」に招じ入れる。そして、蘇秦と堂で対面した張儀は、張千に命じて堂の窓を開け放ち、四方に雪山を作っ

て風車で扇ぎ、冷気を堂内に流し込む。蘇秦が凍えると、張儀は、張千に食酒を持って来させる

((

張千,你近前來。我分付你,你將兩壺酒來,我吃的酒放熱著,蘇秦的那壺酒,去那大雪裡冰一冰,再著上些雪在

裡面。張千、近うよれ。よいか、酒壺を二つ持って来て、わしが飲む酒は湯気が立ったもの、蘇秦が飲む酒は雪の中に

持って行き、きんきんに冷やし、更に雪をいくらか入れておけ。

  自分には温かい酒、蘇秦には冷たい酒を出す。蘇秦が再び寒さを訴えると、張儀は自分だけ綿入れを着込む。凍える蘇秦を尻目に、張儀の挑発はさらに続く。

(12)

六九 我的饅頭粉湯蒸的熱,著蘇秦吃的饅頭,是那二年前祭丁的冷饅頭,放在他根前,粉湯裡面放上些冰凌與他食用。わしの饅頭と春雨スープは熱く蒸し、蘇秦に食べさせる饅頭は、二年前の丁祭の冷たい饅頭を目の前に置くのだ。

春雨スープの中には氷を入れて出すのだ。

  この後冷たい食事を供された蘇秦が怒ると、張儀は蘇秦を追い出す。紙幅の都合上一部しか紹介できないが、第三

折では、一幕の大半を割き、張儀の徹底した寒さ責めが描かれる。だがその責め苦は、蘇秦に冷たいもの食べさせながら自分は温かい食事を取るなど、児戯のようであり、滑稽にすら感じられる。

  元雑劇では、しばしば定型表現をパロディ化して通俗的表現に転化する手法がとられる。「凍蘇秦」劇で見られた寒さ責めも、寒さに苦しむ貧者という定表現を逆手に取り、蘇秦を徹底的に寒さ責めにしていじめ倒すことで観客の笑

いを取ったのであろう。

  見方をかえれば、元雑劇では、この様なパロディ的手法が成立するほどまでに、雪に苦しむ貧者の描写が一般化していたとも言える。

二、元雑劇と散曲に於ける雪の描写の差異

  ここまで、元雑劇作品に於ける雪とそれに苦しむ貧者の描写について見てきた。本節では、散曲が同じ主題をどのように扱っているかを示し、元雑劇と比較することで、両者の差異について考えてゆきたい。

  散曲は、元代に流行した歌曲のことで、元雑劇の歌唱部分にも取り込まれたことから、両者をまとめて元曲と呼ぶ。

(13)

七〇

そして、散曲と元雑劇の歌曲部分とは、共通の宮調と曲牌を用い、押韻に於ける平仄通押と入声の消滅、襯字使用の緩和、口語の許容など、型式面での共通点が多い。さらに、散曲の作者は、同時に元雑劇の作家を兼ねている者が多

く元雑劇の大家とされる関漢卿、白樸、馬致遠らは、散曲にも数多くの秀作を残している。このように、散曲と元雑劇は共通点が多い。それゆえ、元雑劇と散曲に於ける雪の描写を比較すれば、その性格の違いが明らかになるだろう。

  散曲の調査には『全元散曲』を用いた。収録された作品の内、「雪」を主題、あるいは歌辞に含む作品は三百四十五

作存在した。そして、これら作品では、散曲では金持ちが雪を愛で風雅な遊びをする様子を描いた作品がしばしば見られる (1

  ・劉秉忠〔双調〕【蟾宮曲】

朔風瑞雪飄飄。煖閣紅爐,酒泛羊羔。如飛柳絮,似舞胡蝶,亂剪鵝毛。銀砌就樓臺殿閣,粉粧成野外荒郊。冬景

寂寥。浩然踏雪,散誕逍遙。北風に瑞雪ひらひら。暖かい部屋、真っ赤に燃える炉、飲む酒は羊羔の美酒。雪はまるで飛ぶ柳絮、舞う胡蝶、

切られて千々に散る羽毛。宮殿は銀を重ねたよう、野山はおしろいしたかのよう。冬の景色は静かそのもの。孟浩然はのんびりきままに雪を愛でつつそぞろ歩く。

  ・馬致遠〔双調〕【撥不断】

笑陶家。雪烹茶。就鵝毛瑞雪初成臘。見蝶翅寒梅正有花。怕羊羔美酒新添價。拖得人冷齋裏閑話。

(14)

七一 陶穀が雪で茶を煮るのを笑う。羽毛のような瑞雪は、初めて蝋のようになり、蝶の羽のような寒梅を見れば、正に花あり。羊羔の美酒が値上がりしてやしないかと、引き延ばす、寒い部屋での無駄話。

  元雑劇でもこのような金持ちの風雅な趣味を描いた場面が見られる。一例として「殺狗勧夫」劇第二折で貧乏に喘

ぐ孫華が詠んだ曲を挙げよう。

【滾繡球】有那等富漢每。他道是壓瘴氣。下的是國家祥瑞。怎知俺窮漢每少衣無食。我則見滿天裏飛磨旗。半空裏

下砲石。俺須是死無個葬身之地。只落的抱雙肩緊把頭低。我如今冒他大雪窯中去,抵多少袖得春風馬上歸,凍的我腳步兒難移。

(云(嗨,那富漢每下著雪他倒歡喜,卻不知俺窮漢每好苦楚也。(唱(

【倘秀才】有等人道宜掃雪烹茶在讀書舎裏,又道是宜羊羔爛醉在銷金帳底,不知他陶學士風流可也勝如黨太尉。誰說起,寒江上一蓑歸,那漁翁的凍餒。

【滾繡球】あの金持ちたち、彼らは思う、瘴気を覆い、降ってきたのは国の瑞兆。どうして知ろう、私たち貧乏人が服や食べ物にこと欠くと。我が目に入るは、天を覆ってはためく軍旗、空から降り注ぐ投石の弾。私には、死

んでもこの身を葬る場所はきっとなし。両肩をしっかと抱えて首をすくめるしかできぬ。大雪をおして窯へと向かう今の私は、いったい何の、袖で春風払いつつ馬に乗ってのお帰りだ。足は凍えて動かせず。

(せりふ(はあ、あの金持ちたちは雪が降ったらかえって喜び、私たち貧乏人がどれほど辛い思いをしているのか

(15)

七二

を知らない。(うた(【倘秀才】ある人は、雪を掃いて書斎で茶を入れるのもよかろうと思い、またある人は、金糸で飾った幔幕のもと

燗した銘酒で酔うのもよかろうと思い、かの陶学士の風流が党太尉に勝っていると知りはせず。だが誰が言うであろうか、冬の河に蓑一枚着て帰途に就く、かの漁翁の餓えと寒さを。

  この場面では、金持ちが雪を国家の瑞兆と喜び、雪を愛でながら風雅な遊びに興じる姿が詠まれ、続いて、孫華がその雪に餓え凍える様が描かれており、対比的な描写からその貧しさが強調されている。このような例は、「漁樵記」

劇などほかの元雑劇作品にも見える。

  劉秉忠〔双調〕【蟾宮曲】、馬致遠〔双調〕【撥不断】と元雑劇「殺狗勧夫」の例は、いずれも金持ちが雪が降る中、

酒宴や風流な遊びに興じる様子が詠まれている。加えて、「暖閣」、「羊羔」、陶穀(陶学士(の「雪烹茶」などの歌辞

が共通しており、同じ題材を詠んだ作品といえる。しかし、散曲が金持ちの風雅な遊びの描写に終始するのに対して、元雑劇では金持ちの遊びに続いて貧者の様子が描かれている。そして、この貧者の描写の有無こそが、散曲と元雑劇

に於ける雪の描写の大きな違いとなっている。

  散曲では、雪を詠んだ作品がしばしば見られるが、その大部分は、雪景色の叙景、寒気のために一人寝の寒さがよ

り増すという閨怨、梅に残る残雪を詠む作品などである。散曲のなかで雪に苦しむ貧者を描いた作品は、管見の及ぶ限りでは、三百四十五作中で六作しかない。しかも、そのうちの四作は、劉時中「詠鄭元和」で「風雪狂,衣衫破。

凍損多情鄭元和。哩哩嗹嗹嗹哩囉。學打蓮花落。不甫能逢着亞仙,肯分的撞着李婆。怎奈何。」とある様に作品の一部

(16)

七三 でわずかに触れられるに止まる。  散曲作品のなかで、雪に苦しむ貧者を主題として扱う作品に蘇彦文の套数「越調鬥鵪鶉・冬景」、唐毅夫の「南呂一

枝花・怨雪」がある。両作とも套数型式の作品でかなり長く、紙幅の都合もあり、そのすべてを載せることは困難であるため、蘇彦文の「景冬」の一部のみを紹介することにする。

〔越調〕【鬥鵪鶉】冬景地冷天寒,陰風亂刮。歲久冬深,嚴霜遍撒。夜永更長,寒浸臥榻。夢不成,愁轉加。杳杳冥冥,瀟瀟灑灑。

【紫花兒序】早是我衣服破碎,鋪蓋單薄,凍的我手腳酸麻。冷彎做一塊,聽鼓打三撾。天那,幾時捱的雞兒叫更兒盡點兒煞。曉鐘打罷。巴到天明,剗地波查。

〔越調〕【鬥鵪鶉】冬景

大地は冷たく空は冷え、寒風はやたらと吹きすさぶ。年の終わりの冬の末、くまなく凍てつく霜が立つ。夜は長くいつまでも、寒気は布団の中まで染みる。夢も見られず、憂いはうたた増すばかり。はてしなく、なるにまか

せて。【紫花兒序】もはや私の衣服は破れ、布団も薄く、凍えて手足はしびれてしまう。冷えて一つに体を丸め、聞くは

三段鳴る太鼓。ああ天よ、いつまで耐えれば雄鶏鳴いて、夜は終わり、暁更迎える。夜明けの鐘が鳴り終わり、空が明けるのが待ち遠しく、ただただ辛い。

(17)

七四

  この作品は、ぼろぼろの服を着た貧者が雪降る夜に凍える姿を、一人称の視点から詠んでおり、前節で見てきた元雑劇の雪の描写と酷似している。そして、この様な雪に苦しむ貧者を主題とした散曲作品はわずかにこの二作しかな

く、雪見の風雅な遊びを詠んだ曲と併せて考えると、散曲は雪に苦しむ貧者を詠むことにかなり消極的である。

  一方、元雑劇は、意識的に雪に苦しむ貧者を描こうとしているように思われる。このことは、作品数だけでなく、

元雑劇に先行する作品との比較からも明らかである ((

  「追韓信」

劇の韓信は、『史記』「淮陰侯列伝」や『漢書』に原型となる話が見える。これら史書には仕官する以前は貧しく、洗濯女に施しを受けたこと、項羽に用いられなかったことが記されている。だが、韓信が雪に苦しむ記述は

ない。「凍蘇秦」の原型となった故事は、『史記』「蘇秦列伝」と「張儀列伝」に見える。「蘇秦列伝」では、蘇秦が仕官の旅で苦労し、家に戻ると家族に嘲笑され勉学に打ち込んだことが記されている。だが、『史記』には、家を追い出

されて風雪にさらされる記述はない。張儀による寒さ責めの題材となったと思われる故事は、「張儀列伝」に見える。

ただし、両者の立場は「凍蘇秦」劇とは逆で、先に栄達を果たした蘇秦が、うだつの上がらない張儀を故意に侮辱し発憤させている。だがやはり、『史記』には寒さ責めにした記述はない。このほか、「誶范叔」劇は『史記』「范雎蔡澤

列伝」に、「漁樵記」劇は『漢書』「朱買臣伝」に原型を見ることができるが、やはり寒さに苦しむ場面は描かれていない。

  「曲江池」

劇で描かれた、鄭元和と李亜仙の恋物語のもっとも早い文献は、伝奇小説の「李娃伝」である。「李娃伝」には、「一旦大雪、生為凍餒所駆、冒雪而出、乞食之声甚苦、聞見者莫不悽惻。時雪方甚、人家外戸多不發。至安邑東

門、循里垣北轉第七八、有一門獨啓左扉、即娃之第也。生不知之、遂連聲疾呼、饑凍之甚。音響凄切、所不忍聞」と

(18)

七五 かなりの文字数を割いて鄭元和の原型となる「生」が、雪に吹きさらされ飢えと寒さに苦しむ様子が丁寧に描かれている。ところが、宋代に成立した『緑窗新話』「李娃使鄭子登科」は「李娃伝」を約めて作られたとされるが、作中に

雪に関する記述は一切ない。『酔翁談録』「李亜仙不負鄭元和」も「李娃伝」を短くして書かれたとされる。しかし、この作品でも、「一旦大雪、乞食之声甚苦、有一門獨啓左扉、即娃之第也。」と雪に遭ったことがわずかに記されるの

みで、「李娃伝」と比べて雪の持つ効果も限定的といえる (1

。「黄粱夢」劇の先行作品には伝奇小説『枕中記』があるが、

雪に関する記述はない。「裴度還帯」劇の裴度に関する故事は、『摭言』、『旧唐書』に見えるが、やはり雪に苦しむ記述はない。

  先行する資料と元雑劇を比較すると、「曲江池」劇に先行する「李娃伝」を除けば、雪に関する記述はほとんどなく、あったとしてもわずか数文字である。先行する作品と比較からも、元雑劇が雪に苦しむ貧者を積極的に作中に取

り入れていたことが分かる。

  ではどうして、元雑劇では雪に苦しむ貧者が多く描かれたのであろうか。まず考えられるのは作者の投影である。元雑劇の作者の中には、元朝による科挙の中断のために、官途を閉ざされた没落書生が多くいたことが指摘されてい

(1

。この様な作者たちが、日の目を見ずに雪に苦しむ登場人物たちと自分を重ね、これら作品を書いた可能性は十分に考えられよう。だが、元雑劇の作家が散曲の作家を兼ねる場合が多いのであれば、散曲でも同じ表現を用いて自身

の立場を投影した作品がもっと多く作られてもよさそうなものである。実際に、蘇彦文「景冬」では散曲でも日の目を見ない嘆きを表白している。だが、ここまで見てきたようにこれら僅かな作品を除けば、同じ元曲でありながら、

散曲は、雪に苦しむ貧者の描写にかなり消極的といえる。

(19)

七六

  何故、同じ雪に苦しむ貧者という題材を扱いながら、元雑劇と散曲にこのような差違が生じたのであろうか。これは、両者の鑑賞者と鑑賞された場の違いにその原因があるのではなかろうかと考える。

  小松謙氏によると散曲は、「官妓の侍る官僚の宴席や、妓楼」で作られ、その場にいた高級官僚やその取り巻き連中、妓女を担い手としていたという (1

。一方、元雑劇は、妓楼と深く関わり、女たちがその役者をつとめる場合もあっ

た。だが同時に、これまで多くの先人たちがつとに指摘するように、皇帝から庶民までが鑑賞してきた演劇で、多く

の庶民を観劇者としてきた (1

  そして、元雑劇が、勾欄などの劇場で上演された、経済活動を目的とした芸能という側面を持つ以上、観劇者であ

る庶民の支持を得る必要があったはずである。庶民からすれば、冬の寒気がもたらす寒さと餓え、そしてその背景にある貧困は、散曲の担い手である高級官僚たちに比べてより身近で切実な話題であったに違いない。庶民は、雪と厳

寒に苦しむ登場人物に、自分たちを重ね合わせて同情し、後に貧困を脱出する姿に明日への希望を抱いたのであろう。

そして、経済的利益を得る目的で、観劇者の好みに合う内容の作品が作られた結果、複数の類似した話柄が作られ、特定のイメージを持つに到ったのであろう。雪に苦しむ貧者という社会的弱者へ目配りは、庶民をもその鑑賞者とし

た元雑劇だからこそ現れた表現なのではなかろうか。

  一方、散曲では、雪に苦しむ貧者の姿がほとんど描かれていなかった。散曲は高級官僚やその取り巻き連中、妓女

たちが宴席で鑑賞したものであるならば、自身の窮状とその苦衷をうたう曲は、楽しい宴席にはふさわしくない内容であり、忌避された結果、作品があまり作られなかったのであろう。

  ところで、元雑劇で雪に苦しむ貧者の描写が一つの類型表現となっていることについて岡本不二明氏は、二つの理

(20)

七七 由を挙げている (1

  一つ目は、乞食には卑賤にして神聖という両義性があり、乞食に近い存在である芸人を主催者が招き、言祝ぎを受

けたことに娯楽性、祝福性があったからという。

  二つ目の理由として、乞食や貧者が最後に仙人になるという度脱劇との関係を指摘する。

  一つ目の原因については、比較的裕福な者が個人的に芸人を招き、鑑賞する演劇を念頭に置いた見方であろうと思

われる。貴族など金持ちが芸人を招き、その劇を鑑賞することは古くから行われており、説得力のある見方である。しかし、元雑劇と散曲の差異から筆者のような見方も同時に可能となるのではなかろうか。ここまで、貧者を苦しめ

る雪についてのみ見てきたが、今後、機会を設けて、その他の雪の表現についても紹介したい。

注(

( 四年(がある。 久行他著『唐詩の事典』(大修館書店、一九九九年(、松原朗氏『漢詩の流儀

その真髄を味わう』(大修館書店、二〇一 ((代表的な詩語の研究としては、松浦友久氏『詩語の諸相:唐詩ノート』(研文出版、一九九五年(、及び松浦友久編、植木 ((岡本不二明氏「唐代伝奇「李娃伝」の読み方」(『唐宋の小説と社会』、汲古書院、二〇〇三年、五

( 明』十八号、二〇〇〇年三月( -四六頁。初出は『未

( 寧希元氏『元刊雑劇三十種新校』(蘭州大学出版社、一九八八年(も適宜参考にした。 は、鄭騫氏『校訂元刊雑劇三十種』(世界書局、一九六二年(、徐沁君氏『新校元刊雑劇三十種』(中華書局、一九八〇年(、 ((「追韓信」劇のテキストは、『古本戯曲叢刊』第四集(商務印書舘、一九五八年(所収の影印本を用いた。字句の確定に ((「合汗衫」は、元刊本、脈望館本、『元曲選』本の間で異同が多く、簡名も元刊本、脈望館本に従い「汗衫記」とするべき

(21)

七八

との意見もあるが、本論では広く通用している「合汗衫」を簡名として用いる。三種のテキストの異同については、赤松紀彦氏「汗衫記劇について

元刊本・明抄本と明刊本

」(『中国文学報』第三十四冊、一九八二年(に詳しい。(

((「合汗衫」劇のテキストは前掲注

(を参照。字句の確定には、前掲注

( 究紀要』第二〇巻、一九九九年三月(も参考とした。 井上泰山氏、大島立子氏、金文京氏、日下翠氏、小松謙氏、高橋文治氏、古屋昭弘氏「新校訂元刊雑劇三十種(二(」(『研 (で紹介した諸本に加え、高橋繁樹氏、赤松紀彦氏、

( 「時遇冬天、下着如此般大雪」と語るだけであり、実際に寒さに苦しむ場合がないため、今回は考察の対象から外した。 である。だが、現存する唯一のテキストである脈望館本では、第二折で寺に炊き出しをもらいに行く呂蒙正が、その白で ((王実甫の「破窯記」は「呂蒙正風雪破窯記」という正名からも分かるように、本来は呂蒙正が雪に苦しむ話があったはず

( して用いる例は歴代の文献に見られ、枚挙にいとまがない。 ((『国語』に「而無饑寒乏匱之患」とあり、小説では「杜子春伝」に「饑寒之色可掬」とあるなど、「饑寒」を貧乏の比喩と

( ((梁廷枏氏『曲話』(『中国古典戯曲論著集成』第八集、中国戯劇出版社、一九六〇年(二六二頁参照。

( 用いた。 ((「凍蘇秦」劇のテキストには、王雲五主編『国学基本叢書』(台湾商務印書館、一九六八年(所収の『元曲選』の影印本を

( ている。 (0(本論では散曲の調査に隋樹林氏『全元散曲』(中華書局、二〇一八年(を用いた。引用した作品もすべてこの本に依拠し

( 総社、二〇一七年(及び趙景深氏・邵曾祺氏『元明北雑劇総目考略』(中州古籍出版社、一九八五年(を参考にした。 (((本論で取り上げた元雑劇の先行作品については、羅錦堂氏「元雑劇本事考」(『羅錦堂曲学研究叢書』、陝西師範大学出版 は、注 『緑窗新話』(上海古籍出版社、一九九一年(、『酔翁談録』が『酔翁談録』(世界書局、一九六五年(である。岡本不二明氏 (((各作品で用いたテキストは、「李娃伝」が李剣国氏『唐五代伝奇集』(中華書局、二〇一五年(、『緑窗新話』が周楞伽氏

( た可能性を指摘している。 (前掲書でこの「李妓伝」や『太平広記』の記述を根拠として雪と乞食との組合せが、唐代すでに類型化しつつあっ

( (((吉川幸次郎氏『元雑劇研究』(岩波書店、一九四八年(

(((小松謙氏「元代散曲考」(『和漢語文研究』第十二号、二〇一四年(、及び小松謙氏「元雑劇を生んだもの

散曲との関

(22)

七九 わりを中心に」(『京都府立大学学術報告  人文』第六十六号、二〇一四(。(

(((注

( ((前掲書。

(((注

(前掲論文。

(23)

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