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事情を表わさないノダはどこから来たのか

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事情を表わさないノダはどこから来たのか

― 近世後期資料に見るノダ系表現の様相 ―

幸松英恵

キーワード:ノダ文、事情を表さないノダ、近世後期、洒落本、人情本

1. 研究の背景と目的 1-1. ノダ文研究の現在

 ノダ文研究は、形式名詞ノの一用法として言及された松下大三郎(1924)から始まり、構文論と して論じられた三上章(1953)、林大(1964)、山口佳也(1975)などを経て、寺村秀夫(1984)、吉 田茂晃(1988)、田野村忠温(1990)、奥田靖雄(1990, 2001)、野田春美(1997)、益岡隆志(2007)

らによって具体的な用法が論じられ、モダリティ研究の発展とともに深められてきた。最近では 菊地康人(2000)、石黒圭(2003)、名嶋義直(2007)、井島正博(2012)らによって語用論の観点 から見た使用条件が提示されている1

 構文論に立脚した用法研究で述べられている概要は以下の通りである。

 1) ノダ文は前後文脈(先行談話、発話場の状況)の中に所与としての事態が提示されており、

その事態がなぜ起こったのか、その事態が何を意味するのか等を明らかにする文として現 れるのが典型であり、〈事情説明〉とでも言うべきものである2

 2) ノダ文が〈事情説明〉を表すに至った根拠は〈準体助詞ノ+断定辞ダ〉という組成にある。

準体助詞ノによって命題を体言相当句にし、その後に断定をするのがノダであり、ノダは 文を「―(ノ)ハ―ノダ」という《主題―解説》構造に持ち込む。発話中に主題が明示さ れない場合でも、ノダ文であることによって隠れた主題があることが含意され、ノダ文は 解説文(=事情説明の文)として理解される。

 3) 2 つの事態をつなぐ「(―は)―ということだ」とパラフレーズされる構造を基底にして いることから、ある事態を別側面から言い直すいわゆる《換言》用法が中心であったと考 えられる。ここから、時間的・空間的に隔たる 2 つの事態を結ぶ《原因・理由》用法に広 がったと考えられる3

東京外国語大学国際日本学研究 プレ創刊号 Tokyo University of Foreign Studies Japan Studies Review №0

1 以下、先行研究を挙げる際、初出時には姓名とも記し、再出時には姓のみを記す。

2 「事情」を用いた研究者としては、松下 1924、田野村 1990、野田 1997、野村 2012 らがいる。「説明」を

用いているのは寺村 1984、奥田 1990、益岡 2001 らである。

3 《換言》用法とは「やがてパタパタ書斎の中を叩き散らす音がするのは例によって例の如き掃除を始め

たのである」(『吾輩は猫である』)のような一事態の言い換えである。ここから「自治体はダムの放流 を決定した。台風によりダムの貯水量が超過したのである」のような《原因・理由》用法に広がったと 考えられる。

(2)

 以上の内容は、枝葉末節を切り捨てれば、おおよそ共通認識として保持されている事項であ る。ノダの意味の成り立ちの根拠は名詞文との共通性から説明するのが一般である。三上(1953)

「名詞文の結びに変えるもの」、寺村(1984)「名詞文「XハYダ」と同じ文型を持ち、Yの部分 に事物ではなく事態がはめ込まれたもの」、益岡(2007)「拡大名詞文」などの言説がある。山口

(1975)は、ノダ文が「―ノハ―ノダ」を基本構造として持ち、そこから様々な型に広がっていっ たと指摘、吉田(1988)はノダという要素が持つ「叙述の体言化とその再述語化」という機能に よって様々な意味を結果的に獲得していると述べているが、どれも基本用法として 3)の換言用 法を設定する。ノダ文が名詞文と共通する題述構造をもち、しかも事態と事態を関連づけている ことから、ある事態に対する解説(=事情説明4)の意味を帯びるのは当然の帰結とも言える。

 一方、未だ課題として残されている問題もある。その一つがノダの本性論である。裏表の関係 として「ノダの多義をどう考えるのか」という問題でもある。ノダは、その用法の多様さに起因 して全体の用法を覆う統一的な見方、およびそこから抽象して得られる本質に迫るのが難しい。

 野田(1997:16)が「「の(だ)」の本質としては、文を名詞文に準じる形に変えるものだとい うところにとどめておく」と、まさに「止めて」いるように、ノの準体化機能をノダの本質とし ている先行研究も見られる。三上(1953:239)でノダを定義するにあたり、ノによる体言化を

「命題の既成命題化」、ダによる断定を「話手の主観的責任において提出している」と言い換えてい るのも然り、吉田(1988:46)による「叙述の体言化とその再述語化」という本質規定も同様で ある。これと異なる立場として、基本―派生関係を設定する研究もある。本来は題述関係という 構造に根ざす意味であったものが、一助辞として文法化した結果、あたかも終助詞のように様々 な意味を持つようになったという見方である。また、ノダの多義を語用論的な解釈の結果と考え る立場もある。

 このようにノダの基本的・典型的な意味およびその理論的な裏付けに関しては、ある程度の共 通認識が得られた状況と言えるにしても、ノダ文の幅広い用法間の関係の解明となると、未だ通 説らしきものが見出せない状況である。

1-2. ノダの多義

 ノダは〈事情説明〉の文として用いられるのが典型ではあるが、中には〈事情〉を表している と読み取れない文もある。以下にそれぞれの例を示す。

〈事情説明〉の文

 (1)亘は驚いて飛び退いた。ネジ巻き虫が大きな口をこちらに向けてきたのだ。

 (2)「昨日は頭が痛くて大変でした」(どうしてと聞かれて)「いやー飲み過ぎちゃったんです よ」

4 筆者は幸松(2012)以降、ノダ文に対して〈事情説明〉という用語を用いる。〈事情〉は文の意味であり〈説明〉

は発話機能と考える。〈事情〉の対立概念は〈事実〉であり〈説明〉と対立する機能は〈報告〉もしく は(単なる)〈伝達〉である。「太郎は欠席した。風邪をひいたのだ」と述べるとき、非ノダの動詞文「太 郎は欠席した」は〈事実〉を報告・伝達する文であり、「風邪をひいたのだ」というノダ文はその〈事情〉

を説明していると考える。このように〈事実〉と〈事情〉が文の内容的な面における組み合わせであり、〈報 告〉するのか〈説明〉するのかが発話機能面における組み合わせだと考える。〈事情〉は、〈事実〉がな ぜ起こったか、〈事実〉が何を意味するのかなどを表す。

(3)

〈事情〉ではない文

 (3)(すみませんねと謝られて)「いえいえ、いいんです」

 (4)「実はこの前、転職したい会社の面接を受けたんです。この会社では先が見えてきちゃった し、色々と探していたら、良さそうなところが見つかってね。今、結果待ちなんですよ」

 (1)は小説の地の文(宮部みゆき著『ブレイブ・ストーリー』)からの例で、(2)は筆者が作例 した会話文である。それぞれ「亘は驚いて飛び退いた」「昨日は頭が痛くて大変でした」という事 態が先行文脈や先行発話内に所与として存在しており、ノダ文はそれらに対する〈事情説明〉に なっている。文脈や発話場における所与を〈事実〉と呼ぶと、〈事実〉と〈事情〉という 2 つの事 態がノダの働きによって結び付けられている。

      〈事実〉            〈事情〉

(1)(亘が)驚いて飛び退いた (のは)(ネジ巻き虫が)大きな口をこちらに向けて来た のだ

(2)(私が)頭が痛くて大変だった (のは)(私が)飲み過ぎてしまった のだ

 (3)と(4)に目を転じると(3)は話し手の判断を述べる文であり、(4)は話し手の過去の経 験を述べる文である。両者とも説明すべき〈事実〉があるとは考えられない。こうしたノダ文を 本稿では「〈事情〉を表さないノダ」と呼ぶ。ノダは明示的であれ非明示的であれ題述構造を基底 としていた筈であり、無題である「〈事情〉を表さないノダ」は、ノダの用法の中では異端であ る。

 「〈事情〉を表さないノダ」は、先行研究においてどのように扱われてきたのだろうか。上掲(3)

(4)のようなノダ文を包括して全体を定義する際の立場としては、それでもなお〈事情説明〉を 貫く立場と〈事情説明〉を表さない場合もあることを認める立場がある。前者の例を挙げると、

小説の地の文に現れるノダ文を対象とした奥田(1990)では、「ノダ=説明」とする際の「説明」

を「物事を明らかにすること」と定義していた。説明される事態に対して、その原因や理由、根 拠を明らかにするのが説明の本義であった。しかし話し言葉を扱った奥田(2001)においてその

「説明」は変質する。「説明=聞き手に教えること」と、対人的機能に拡大・変化した結果、所与 に対する〈事情〉を表していない文も説明の文として認められることになった5。田野村(1990)

ではノダについて「背後の事情を表す」としながらも、「事情を表現しているとは言いがたい場合 がある」ことを認め、「それでは、この種の「のダ」の用法は、あることがらを受けてその背後の 事情を表すとした上述の一般化には無縁であるかと言うと、そうではないであろう。むしろ、背 後の事情を表す用法におけるα(筆者注:ノダによって説明される主題部分)がその内容の具体 性を失ったところに成立し定着しているのが、この用法であろうと思われる」と述べている。つ まり本稿のいう「〈事情〉を表さないノダ」は、非明示的ではあるが何らかの問題意識があるとい

5 「説明」という用語の定義次第では(3)(4)は「説明」の文とは言える可能性もあると考え、本稿では

これらのノダを“〈事情説明〉を表さない”ではなく“〈事情〉を表さない”ノダと呼ぶ。

(4)

う見方をとり、この用法は「実情を表すノダ」と名付けられる6。同様の記述は益岡(2007:260)

でも見られる。(3)(4)と同タイプの文を挙げ「非明示的ではあるが主題はある」と述べている が、実際に主題として何を想定しているのかは書かれていない。

 対して〈事情〉を表さないノダの存在を認める立場としては野田(1997)がある。野田(1997:

67)が示すノダの全体像は「関係づけが見られるかどうか」「対事的ムードか対人的ムードか」と いう 2 つの軸で十字分類された結果の 4 つの象限によって図式化される。本稿が挙げた(3)(4)

のようなノダは「非関係づけ」の「対人的ムード」に分類される。「関係づけ」が見られないノダ の存在を認め「非関係づけ」用法を立項するのは、産出されたノダを分類する方法としては正し いと言えるであろうが、名詞文相当にすることで題述関係に持ち込み、二事態を関係づけること が本来の機能であったノダが、なぜ「非関係づけ」用法を有するのかについては、理由を解明す る必要があるだろう。

 こうした研究史を踏まえ、本研究では、用法間の関係を整理する手がかりを得るために、ノダ の創生期である近世語資料を用いて調査をすることにした。題述構造に根ざした意味から語用論 的解釈を介して多義になっていったと考えるにしても、用法間の基本―派生関係を設定するにし ても、そこには通時的な視点が不可欠である。近世資料においてノダの用法はどのような様相を 見せていたのか、特にノダの組成から説明がしにくい「〈事情〉を表さないノダ」がどのように用 いられていたのかを明らかにしたい。

2. 近世資料を用いた用例調査 2-1. 使用した資料と用例の収集

 使用した言語資料は以下の通りである。

【洒落本】 

 大阪:聖遊廓、月花余情、新月花余情、陽台遺編・𡝂閣秘言、異本郭中奇譚、短華蘂葉、北華 通情、南遊記、粋の曙(当世粋の曙)、色深猍睡夢

 京都:原柳巷花語、無論里問答、風流裸人形、阿蘭陀鏡(青楼阿蘭陀鏡)、昇平楽、嘘之川(当 世嘘之川)、竊潜妻(滑稽酔言竊潜妻)、誰が面影(浮世滑稽誰が面影)、箱まくら(河東方言箱ま くら)、興斗月

 江戸:郭中奇譚、侠者方言、南閨雑話、甲駅新話、当世左様候、深川新話、総籬、仕懸文庫、

花街鑑(玉菊全伝花街鑑)、花街寿々女(廓鑑余興花街寿々女)

【人情本】

 江戸:花廼志満台(比翼連理花迺志満台)、春色梅児与美、春色江戸紫(おくみ惣次郎春色江戸 紫)、春色辰巳園(梅暦余興春色辰巳園)、仮名文章娘節用(小三金五郎仮名文章娘節用)、恋の 花染(浮世新形恋の花染)、春色連理の梅、明烏後の正夢(浦里時次郎明烏後の正夢)、閑情末摘 花、今様操文庫、風俗吾妻男、清談峯初花

6 田野村(1990)による詳細説明は以下の通りである。「詳しく述べるならば、次のようになる。すなわち、

この種の「βのダ」の用法においては、すべての者には必ずしも容易には知り得ないにせよ、すでに定まっ ていると想定される事情αが話し手の念頭に問題意識としてあり、それがβである(かどうか)という ことが問題とされている。(中略)すべての者には容易には知り得ない種類の事情が問題とされている という意味では、背後の事情を表すという言い方をここでも用いることはあながち不可能でもないと思 われるが、以後、具体的なことがらを受けない「のダ」の用法を特に問題とするときには、「のダ」は「実 情」を表す、と短く表現することにする。(p.7-8)」

(5)

 土屋信一(1987)によればノダは近世初期に発生した形式で、近世後期、化政期周辺から豊富 に現れるようになったという。そこで本調査においては国立国語研究所編「日本語歴史コーパス

(CHJ)江戸時代編」を使用した。このコーパスは近世後期に江戸・京都・大阪で刊行された洒落 本 30 作品と、近世後期江戸で出版された人情本のうち 8 作品の、計 38 作品が収められている。

人情本が少ないことから人情本を 4 作品足し、これらは筆者が手作業で用例収集を行った。最終 的に用例調査の対象とした資料は以上の 42 作品である。

 ノダ文に相当する表現としては、ノに断定の助動詞が後置したものと、ノに終助詞がついたもの がある。断定の助動詞ダとジヤは前者が江戸語、後者が上方語として知られているが、これと並 行して準体助詞を介するノダは江戸語話者によりで用いられ、ノジヤは上方語話者により用いら れる。また、近世語における終助詞は断定辞としての機能を強く持っていたと言われており(例

「あれは犬サ」)、活用語に「ノ+終助詞」がついた文はノダ文と用法が重なる。この「ノ+終助 詞」も近世江戸語で用いられた表現であり、江戸語資料にのみ現れる。

 その他、本調査における用例抽出の範囲は以下の通りとする。以降、カタカナで表記するのは 代表形式であり、「カギカッコ」付きでひらがな表記するのは実現形式である。

 ・ ノダ系のノデゴザイマス、ノデアリマス、ノデゴザル等の文体的なバリアントも対象とする。

 ・ 発音変化のバリアントも含める。ノに関しては発音変化形であるンを含む形式「んだ」があ

り断定辞に関わる部分では、例えばノデゴザイマスには「のでござります」「のでごぜえま す」「のでございやす」等も含める。

 ・ 仮名表記のバリアントも含める。例えばノダヘとした中には「のだヘ」「のだえ」「のだゑ」

があり、ノジヤは「のぢや」「のじや」、ノサは「のさ」「のサ」「ノサ」等がある。全てを抽 出できるよう検索を実行する。

 ・ 疑問の終助詞カと否定辞ナイを含む、ノカとノデハナイは別形式と考え、対象としない。

 ・ 文末・終止の位置に現れる場合のみ対象とし、「のだから」等の従属節述語の場合は対象とし

ない。

2-2. 語形式別の出現数

 上記の言語資料からはノダ文に該当する用例が 609 例得られた。洒落本、人情本の地の文は文 語文でありノダは現れないので、全て会話文からの例である。江戸語の「ノダ系」と「ノ+終助 詞」、上方語の「ノジヤ系」に大きく分け、それぞれの実現形式ごとに出現数を調査した。結果を 以下の表に示す。右端の代表形式の用例数は、その代表形に含まれる実現形式の用例数の合算で ある。例えばノダの場合「のだ」「のでございます」「のであります」それぞれの用例数を合算し た数値が 184 例になるということである。

(6)

表 1:近世後期洒落本と人情本 44 作品によるノダ系表現の用例数

 形式を整理すると以下の通りである。

〈ノ+断定の助動詞〉

 ―ノダ系(ノダと、これに終助詞が後置したもの 例:ノダエ、ノダス、ノダナ、ノダネ、ノ ダノウ、ノダヨ、ノダワ)

 ―ノジヤ系(ノジヤと、これに終助詞が後置したもの 例:ノジヤエ、ノジヤナ、ノジヤノウ、

ノジヤワイ(ナ))

〈ノ+終助詞〉

 ―ノサ、ノス、ノヨ

 小松寿雄(1985:39-49)は「東西の相違として、断定のダとヂャが有名である。ヂャは、現在 の京阪語では用いられないが、後期上方語では使われていた。江戸語では主として「ダ」を用い たが、少数ながらヂャも一定の範囲を守って使用された」と述べている。本調査ではノダとそれ に準ずる表現は江戸刊行の洒落本、人情本に現れ、ノジヤとそれに準ずる表現は京都、大阪の洒 落本にのみ現れた。本調査の結果に限って言えば、ノダとノヂャの東西の使い分けは明確に存し ていると言える。また、湯沢幸吉郎(1954)『江戸言葉の研究』に挙げられた文末助詞(終助詞)

のうち、準体助詞ノを介して文末で用いられるのは、本調査の資料からは、ノサ、ノス、ノヨの みであった。

6 2

2--22.. 語語形形式式別別のの出出現現数数

上記の言語資料からはノダ文に該当する用例が 609 例得られた。洒落本、人情本の地の文は文語 文でありノダは現れないので、全て会話文からの例である。江戸語の「ノダ系」と「ノ+終助 詞」、上方語の「ノジヤ系」に大きく分け、それぞれの実現形式ごとに出現数を調査した。結果を 以下の表に示す。右端の代表形式の用例数は、その代表形に含まれる実現形式の用例数の合算であ る。例えばノダの場合「のだ」「のでございます」「のであります」それぞれの用例数を合算した 数値が 184 例になるということである。

表1:近世後期洒落本と人情本 44 作品によるノダ系表現の用例数

系列 普通体 ⽤例

「でございます」丁寧体

⽤例 丁寧体

「であります」系 ⽤例

代表

形式 ⽤例

ノダ

のだ 157 のでございます 26 のであります 1 ノダ 184

のだへ 57 のでございますへ 3 のでありますへ 1 ノダへ 61

のだよ 21 のでございますよ 10 のでありますよ 1 ノダヨ 32

のだね 14 のでございますね 1 ノダネ 15

のだな 15 ノダナ 15

のだは 9 ノダハ 9

のだのう 5 ノダノウ 5

のだす 1 ノダス 1

終助詞 ノ+

のさ 214 ノサ 214

のよ 7 ノヨ 7

のす 3 ノス 3

ノジヤ

のじや 51 ノジヤ 51

のじやわい 7 ノジヤワイ 7

のじやへ 2 ノジヤヘ 2

のじやのう 2 ノジヤノウ 2

のじやな 1 ノジヤナ 1

609

形式を整理すると以下の通りである。

<ノ+断定の助動詞>

―ノダ系(ノダと、これに終助詞が後置したもの 例:ノダエ、ノダス、ノダナ、ノダネ、ノダノウ、ノダヨ、ノダワ)

―ノジヤ系(ノジヤと、これに終助詞が後置したもの 例:ノジヤエ、ノジヤナ、ノジヤノウ、ノジヤワイ(ナ))

<ノ+終助詞>

―ノサ、ノス、ノヨ

(7)

2-3. 疑問詞疑問文として用いられるノダ系表現

 用法分析を始める前に、平叙文としての用法と疑問詞疑問文としての用法を切り分けておく。

 疑問詞疑問文「何をしているのか」「どうして行くのか」といった文は、「何かをしている」「あ る場所に行く」ことは既に定まっており、「聞き手がしている行動は何か」「聞き手がその場所に 行くのはなぜか」を問う文である。述語は前提なので、述語以外の部分(疑問詞部分)を疑問の 焦点とするため―疑問という機能が及ぶ範囲(スコープ)を広げるため―文を名詞文相当にする 必要があり、疑問詞疑問文は準体助詞ノを含むノカ文になることが知られている。ところでこの 疑問詞疑問文はノカ文ではなくノダ文で表される場合もある。現代語で言えば「何をするんだ」

「どうして行くのよ」のような文である。

 これは近世後期でも同様で、本調査によって収集されたノダ表現 609 例中 171 例が疑問詞疑問 文であった7。以下にその調査結果を示す。

表 2:用例に占める疑問詞疑問文の用例数(内数)

 表 2 から読み取れる顕著な特徴は、以下の通りである。

 ・ 終助詞ヘが後置するノダヘ 61 例(含「のだへ」「のでございますへ」「のでありますへ」)、ノ

ジヤヘ 2 例の全例が疑問詞疑問文である。

 ・ ノダ(含「のだ」「のでございます」「のであります」)は 184 例中 92 例が疑問詞疑問文であ

る。およそ半数が疑問詞疑問文だということになる。このノダと比較すると、ノジヤは 51 例 中 8 例であるので、疑問詞疑問文の割合が相対的に低いと言える。

 ・ ノサは 214 例中疑問詞疑問文が 1 例も現れない。ノヨ、ノスは用例自体が少ないため断言は

できないが、本調査で用いた用例からは「ノ+終助詞」は平叙の例に限られていると言える。

 江戸語のノダ系における疑問詞疑問文率の高さと、反対の現象として「ノ+終助詞」には 1 例 も疑問詞疑問文が現れなかったことを指摘した上で、次節からは平叙文の用法分析をしていく。

7 ここでの「疑問詞疑問文」とは形式上の分類であり、機能として「非難」や「反語解釈」などを表して いる場合も含んでいる。例えば「平 あいたたたたたた こりや何しやがるのじや とふりはなせば又 ひざにむしやぶり付」(大阪・洒「色深猍睡夢」)のノダ文は形式的には疑問詞疑問文であるが、語用論 的な意味としては「非難」である。

7

小松寿雄(1985:39-49)は「東西の相違として、断定のダとヂャが有名である。ヂャは、現在の京 阪語では用いられないが、後期上方語では使われていた。江戸語では主として「ダ」を用いたが、

少数ながらヂャも一定の範囲を守って使用された」と述べている。本調査ではノダとそれに準ずる 表現は江戸刊行の洒落本、人情本に現れ、ノジヤとそれに準ずる表現は京都、大阪の洒落本にのみ 現れた。本調査の結果に限って言えば、ノダとノヂャの東西の使い分けは明確に存していると言え る。また、湯沢幸吉郎(1954)『江戸言葉の研究』に挙げられた文末助詞(終助詞)のうち、準体助 詞ノを介して文末で用いられるのは、本調査の資料からは、ノサ、ノス、ノヨのみであった。

2

2--33.. 疑疑問問詞詞疑疑問問文文ととししてて用用いいらられれるるノノダダ系系表表現現

用法分析を始める前に、平叙文としての用法と疑問詞疑問文としての用法を切り分けておく。

疑問詞疑問文「何をしているのか」「どうして行くのか」は、「何かをしている」「ある場所に 行く」ことは既に定まっており、「聞き手がしている行動は何か」「聞き手がその場所に行くのは なぜか」を問う文である。述語は前提なので、述語以外の部分(疑問詞部分)を疑問の焦点とする ため―疑問という機能が及ぶ範囲(スコープ)を広げるため―文を名詞文相当にする必要があり、

疑問詞疑問文は準体助詞ノを含むノカ文になることが知られている。ところでこの疑問詞疑問文は ノカ文ではなくノダ文で表される場合もある。現代語で言えば「何をするんだ」「どうして行くの よ」のような文である。

これは近世後期でも同様で、本調査によって収集されたノダ表現 609 例中 171 例が疑問詞疑問文 であった7。以下にその調査結果を示す。

表2:用例に占める疑問詞疑問文の用例数(内数)

代表形式 全⽤例数 疑問詞疑問文(内数) 代表形式 全⽤例数 疑問詞疑問文(内数)

ノダ 184 92 ノサ 214 0

ノダへ 61 61 ノヨ 7 0

ノダヨ 32 2 ノス 3 0

ノダネ 15 3 ノジヤ 51

ノダナ 15 3 ノジヤワ 7 0

ノダハ 9 0 ノジヤヘ 2 2

ノダノウ 5 1 ノジヤノ 2 0

ノダス 1 0 ノジヤナ 1 0

7 ここでの「疑問詞疑問文」とは形式上の分類であり、機能として「非難」や「反語解釈」などを表し ている場合も含んでいる。例えば「平 あいたたたたたた こりや何しやがるのじや とふりはなせば 又ひざにむしやぶり付」(大阪・洒「色深猍睡夢」)のノダ文は形式的には疑問詞疑問文であるが、語用 論的な意味としては「非難」である。

(8)

3. 用法の分析 3-1. ノダ、ノジヤ

 平叙文のノダ文、ノジヤ文を観察すると、形式名詞文かノダ文かの判断が難しい例も見られる8。 明らかに形式名詞文であるものを除くと、全て〈事情説明〉と言える文であった。以下例を示す。

説明対象となる〈事実〉が現れる場合には波線を、ノダ文には直線を付す。出典として(地域名 /人(人情本)・洒(洒落本)の別、「書名」)を付す。

 (5)金「そりやあ其筈でございやす 彼方の内証も貴君の働きでどのくらゐ金もうけを仕てゐ るか知れやあ仕ません 惣「なに自己の働きといふわけじやあねへああ どん〳〵拍子に 金のまうかつたのは全あすこの家の福のあるのだ」(江戸・人「春色江戸紫」)

 (6)八内「やあ〳〵可介何だか大そうな音がしたが。たしか井戸のなかへ何かおちたよふだ 可

「それは大事だ〳〵あかりを付て中を見ろ盗人だろう引ずり出してぶち殺せ〳〵 角「やあ 引窓が明て居るは引窓から井戸のなかへ人がおちたのだ」(江戸・人「明烏後の正夢」)

 (7)長「米八さんを案じて此御屋敷へも一所においでか 丹「なに〳〵そふいふ訳じやあねへ が。米八にすこし頼んだことがあつて来たのだ。」(江戸・人「春色梅児与美」)

 (8)「…然してまあ此衣裳は如何被成のでございますゑ」 由「ははははこの衣裳は此頃他家に 祝事があつて己の友だちが素狂言を頼れたに付て翌日下ざらひに座しきをかして遣る約そ くをしたものだから今しがた衣裳つづらだの諸道具を運で来たのだ。」(江戸・人「春色連 理の梅」)

 (9)「御前様なんで其様にじやけんになりなはつた。コレ此むねが割て見せたいわいナア」ト平 のひざにとりつきなく 平「おれもわがみの狂言じやあろとは思ふてゐたけれど。木津甚 のやつらかおれをしゝいなしにいなしたさかい。ついかんしやくがおこつたのじや。」(大 阪・洒「色深猍睡夢」)

 (10)母親 「万介さんナゼゆふべ御いでなんだ。よいさかなをもらふたに」 万介「さふかいな。

8 非活用語に接続する(「はいあなたにいただきました。人形のでございます。」「春色連理の梅」)のよう な場合は形式名詞文であることが自明であり本調査の対象外としている。しかし活用語に接続する文に おいては形式名詞文かノダ文か判断に迷う場合がしばしば存在する。例えば「仇「いいゑそりやあ成程 金は外でこしらへて段〻にも米八さんにかへすけれど米八さんの恩はわすれないよ たとへおまへと愛 想づかしが出来ても米さんとは縁をつなひで信切をつくしますは 丹「その心で居てくれりやあおれも 是から浮薄でなく いやこのまあ土産ものをそつちへ片付ねへ これでも米八があれのこれのとおめへ に嬉しがらせるつもりで撰わけてよこしたのだ。」(「春色辰巳園」)におけるノダのノは、モノに言い換 え可能であり(「これでも選り分けてよこしたものだ」)形式名詞文とも考えられる。同時に「土産もの をそっちへ片付けなさい」と命令する理由として述べたノダ文とも考えられる。近世後期はノダ文にとっ て準体助詞(形式名詞)文としての用法から一助辞としての用法に熟していく過程であり、どちらも理 解できる例が見られるのである。

(9)

ゆふべもこふと思ふたれど。またかゑりがたいぎなと思ふてやめた」 母「さういふおまへ さんのしんていじやによつて。あれがやかましういふのじや。」(京都・洒「箱まくら」)

 (5)(6)のように「―ノハ―ノダ」構文をとる文もあれば、主題部分と述語部分が切り離され 2 文に跨って現れる文もあるが、どの例も「のだ」や「のじや」が二事態を結びつけていると言 える。

(5) 金が儲かった (のは) あそこの家に福がある のだ

(7)( 丹次郎がこの屋敷に来ている ) 米八にすこし頼んだことがあつて来た のだ

(9)( 其様に邪険になった ) ついかんしゃくがおこった のじや

 「金が儲かったのは、あそこの家に福のあるせいだ」とパラフレーズできるように〈事実〉に対 する原因・理由を表している文もあれば、(6)の「引窓が開いているのは、引窓から井戸のなか に人がおちたということだ」のように〈事実〉が何を意味するのかを述べている文もある。

 また現代語ノダとの比較において、より準体助詞の機能が残存している例が散見される。例え ば(5)を見ると「(あそこの家に)福のあるのだ」とノが用いられており、連体節の意識が高かっ たことが伺える9。(8)は「この衣装は如何なさるのでございますか」と聞かれ「この衣装は」を 主題とした長い形式名詞文で答えているようにも見える。しかし「頼れたに付て」「約束をしたも のだから」といった従属節を含んでおり、しかも従属節中には主格ガが現れている。全体を連体 節と考えるには苦しいだろうということでノダ表現と判断した。

 このように、江戸語の「ノダ系」と上方語の「ノジヤ系」には準体助詞の機能の残存を伺わせ る例が多く、形式名詞文かノダ文かの截然とした区別が難しい場合もあるものの、明らかに形式 名詞文と判断される文以外は、上に挙げたような〈事情説明〉文と言えた10。現代語に見られる

〈事情〉を表さないノダは、江戸語「ノダ系」上方語「ノジヤ」系には見当たらなかったことにな る。

3-2. ノサ

 次に「ノ+終助詞」のノサを見る。ノサは 214 例現れており、本調査で扱った形式の中で最も 使用頻度が高い。江戸語における終助詞サを詳細に論じた長崎(1998)によると、仲間内のぞん ざいな会話に使用される現代語のサとは異なり、近世のサは改まった会話、丁寧な会話にも用い られていたという。本調査によってノサ文を収集し、その発話者を確認した結果でも、確かにノ サは(洒落本、人情本に登場する人物という限られた位相ではあるが)性別、年齢、社会的階層 において幅広く用いられていた。さらに江戸語のサは、機能においても現代語のサとは異なって おり、そのため構文的振る舞いにも差異が認められるという。長崎(1998)は、サの主な機能は 断定辞としての働きだった可能性があり、故に活用語に接続するものが少なかったと指摘する。

9 現代語ではノダは助辞として文法化しており連体節という意識はない。いわゆる「ガノ可変」(三上)

がきかず、「あそこの家には福があるんだ」と主格ガが用いられるだろう。

10 数例、聞き手のなすべき行為を述べる〈命令〉の用法が見られた。

(10)

体言や体言相当句について断定を下すダやデスと同様の構文的特徴を持つという訳である11。活 用語に承接しにくかった近世語のサが活用語に承接するためには、ダがそうであったように準体 助詞によって命題を体言相当句にまとめあげる必要があった。サの使用範囲の広さと並行して、

ノを介したノサも幅広く用いられていたのだと考えられる。

 ところで長崎(1998)はサの位相調査を中心課題として論が展開されており、ノサの意味や機 能についての言及はなかったが、本調査でノサ文の用法を観察したところ興味深い事実が見られ た。前節で見た江戸語の「ノダ系」、上方語の「ノジヤ系」はどちらも〈事情説明〉と言える文 ばかりであったことは既に述べた。一方のノサ文からは〈事情〉とは考えられない文が多く現れ た。以下に用例を挙げる。

 (11)(湯呑みで酒を飲みながら) よね ぐつと干て「藤さん湯呑じやあ お否かへ 藤「随分 いいのさ。よね「よかあおあがりなさあ (江戸・人「春色梅児与美」)

 (12)夫が門辺に至りければ 惣「をい 爰だ〳〵 花「をや。まあとんだ奇麗な。お住居でご ざいますねへ 惣「余まり奇麗でもないのさ。(江戸・人「春色江戸紫」)

 (13)はる「どうも私きやあ 馬鹿な性でね。あんな活業をしてゐるときから左様 突倒しなこ とは誠に嫌ひでね。夫だから蔭では他がのろま唄女だと悪く言ましたつさ。これも生れ付 だから詮方がないねへ 老母さん ばば「なに〳〵それが宜のさ。左様してせへゐれば間 ちげへはねへのさ。はははは (江戸・人「花廼志満台」)

 (14)惣「…ときに夜食だがなんぞ喰物があるか 金「左様 さお飯に塩押の瓜がござぜへやす  惣「いいやさ菜があるかといふ事よ 金「菜なら菜と被仰ばいいのさ。喰物と被仰からさ 

(江戸・人「春色江戸紫」)

 (15)杣「叔母さんがお在ならさぞ。お歓びだらうのに。寿命と言て詮方のないものだ。ヲヤま ア私とした事が何だろう。ご挨拶もせずにさ 萬「何も改まつて挨拶にも及ばねへのサ。

まアお息才で宜。」(江戸・人「閑情末摘花」)

 (16)美の「…運の悪いと廻り合せで、どふも詮方もねへことさ」千代「実にそふでもざんせう が、思ひまはせば廻すほど、心ほそく悲くなりイすヨ」美の「そりやア誰しも同じこと。

便りすくない身となつては、万事に心細いのさ。 (江戸・人「今様操文庫」)

11 現代語サについて日本記述文法研究会編(2003:249-250)は「「さ」は話し手にとって当然と思える内容 を聞き手に説明しようとする伝達的な機能をもっている。おもに男性が用いる」と説明する。例として「田 中さん、疲れているみたいだね」「無理ないさ。このところ休みなしだもの」/「パソコン使えるんだね」「今 どき、パソコンぐらいだれでも使えるさ」などが挙げられている。聞き手に対する伝達的態度を添える ために用いられる終助詞であり、活用語にも自由に後置することがわかる。

(11)

 (11)~(16)の命題は「話し手の評価判断」である。話し手が自身の意見や見解を伝える際に ノサを伴って発話している。こうした文が 214 例中 70 例見られた。大意を示すと以下の通りであ る。

 (11) →(お酒を継ぐのが湯呑みでもいい?と聞かれて)「いいのさ」

 (12) →(綺麗なお住まいですねと言われて)「綺麗でもないのさ」

 (13) →(私は馬鹿な性分でねと言うのを聞いて)「何、それがいいのさ」

 (14) →(「喰い物」ではなく「菜」が欲しいと言われて)「菜なら菜とおっしゃればいいのさ」

 (15) →(ご挨拶していなくて…と言われて)「改まって挨拶にも及ばないのさ」

 (16) →(対話相手が心細いと言うのを聞いて)「誰でも心細いのさ」

 この評価判断を表す文の殆どが形容詞文であり、明示的ではないが「お湯呑みで酒を飲むのは いい」「自分の家は綺麗ではない」のように主題を見出すことができる。しかしそれは評価判断の 対象となる事物(事柄)を取り上げたものであり、〈事情説明〉の対象となる主題ではない。前節 で見た江戸語の「ノダ系」、上方語の「ノジヤ系」が、談話中に現れている〈事実〉を対象にし て、その原因・理由や意義づけを述べているのとは明らかに異なる。

 また、上とは異なるタイプの〈事情〉を表さない文も見られた。

 (17)佐「旦那この間ね。あなたがお出なすつたのを見とどけまして。ちよつぴり趣向してめへ りましたら。もうあとのお祭りで。大きに鼻をあきましたのさ」金「ははあさうだつたか。

そいつあ残念だつけの。(江戸・人「仮名文章娘節用」)

 (18)袖「ヲヤ否な旦那さまだ。ホンニ貴君にもどうぞ宜蛤をお揚げ申したいものでございます。

この間も慈母様がつくづくと仰いますのさ。何卒米にも。早く嫁を貰つて預けたいのが。

扨何様も丁度能のはないもので困るヨ。(江戸・人「閑情末摘花」)

 (19)吉「なにおまへさん引かけておくといふ訳じやあございませんはね 私もどうぞしてと思 つてね あの子の宅へも たび〳〵往ますけれど 爺さんは石部金吉といふ堅造なり 当 人は年がいかず誠に私もこまりますのさ (江戸・人「花廼志満台」)

 (20)(真に惚れた客がいたらという話で)そしてその客人のうはさより外にやあ。致しいせんか ら。直にそれと朋輩衆にまで。さとられへすのさ。只一ち図にどふぞ呼とげて。見てへと おもふ心から。いろ〳〵な呪ひや願がけを致しいす。それも人に知られると。笑れ草のた ねで。おざりいすから。隠して塩断をしたり。病気のつもりで断食をしたり。独りでいつ そ気を揉いすのさ。(江戸・洒「花街寿々女」)

 (21)鬼「…楽みにして居た所が斯成て見ちやあ誠に仕様がない。紙治さんも直朴な優しい人だ けれど。了張を極めて斯と言出した日にやあ。誠に錠を卸した様な気めへだから。をい夫 と仲〳〵承知しては呉なさるめへと思ふと。哀しく斗り成てならねへと此頃はちつと間が

(12)

あるとかげへ這入てめそ〳〵と。泣てばかり居やすのさ。」(江戸・人「花廼志満台」)

 

 (17)~(21)は話し手の体験や伝聞など、概して「話し手の知識」を聞き手に披瀝する文であ る。聞き手に欠けている情報を「教える」文でもあることから「説明」ではあるかもしれないが、

命題内容を聞き手に伝達すること自体に発話の目的がある文であり、所与に対する〈事情〉を述 べる文ではない。先に見た評価判断のノサ文を除くと、残りはこの知識披瀝の文だと言える。

 ここで、冒頭に挙げた現代語の〈事情〉を表さないノダの例に戻ると:

 

 (3)(すみませんねと謝られて)「いえいえ、いいんです」

 (4)「実は、この前、転職したい会社の面接を受けたんです。この会社では先が見えてきちゃっ たし、色々と探していたら、良さそうなところが見つかってね。今、結果待ちなんですよ」

 

 (3)は評価判断を表すノサ文に通じ、(4)は知識を披瀝するノサ文に通じる。〈事情〉を表さな いノサは題述構造をとらない文であり、二事態を関連付けてはいない。そのためノサを用いずに 発話しても文法的適格性に変化はないと考えられる。話し手が自身の評価を述べたり、知識を述 べたりする際に、聞き手に披瀝する、説明するという態度を伝えるために添えられる形式だと言 える。すなわちノサは聞き手めあてに働く終助詞的な表現と考えるのが適当だと思われる。

3-3. 一終助詞としてのノサ

 近世語のサを取り上げて論じた長崎(1998)では、サにはダやデスに準ずる断定辞としての機 能があるとし、それ故に用言承接に制限があるという推測を述べていた。用言に承接するために は、ノダのようにノサになる必要があるという。しかし本研究における調査の結果、近世後期江 戸語の洒落本と人情本に現れるノサに関して言えば、本来的に断定辞であったダやジヤを含むノ ダやノジヤとの比較において、より終助詞としての機能が強いのではないかと思われた。

 その仮説を支える構文的根拠を 3 点挙げる。まず一つ目の根拠として、ノダ文、ノヂヤ文の命 題述語と、ノサ文の命題述語の品詞性が異なるという事実を挙げる。

表 3:命題述語の品詞調査

― 173 ―

(3)は評価判断を表すノサ文に通じ、(4)は知識を披瀝するノサ文に通じる。〈事情〉を表さない ノサは題述構造をとらない文であり、二事態を関連付けてはいない。そのためノサを用いずに発話 しても文法的適格性に変化はないと考えられる。話し手が自身の評価を述べたり、知識を述べたり する際に、聞き手に披瀝する、説明するという態度を伝えるために添えられる形式だと言える。す なわちノサは聞き手めあてに働く終助詞的な表現と考えるのが適当だと思われる。

3

3--33.. 一一終終助助詞詞ととししててののノノササ

近世語のサを取り上げて論じた長崎(1998)では、サにはダやデスに準ずる断定辞としての機能 があるとし、それ故に用言承接に制限があるという推測を述べていた。用言に承接するためには、

ノダのようにノサになる必要があるという。しかし本研究における調査の結果、近世後期江戸語の 洒落本と人情本に現れるノサに関して言えば、本来的に断定辞であったダやジヤを含むノダやノジ ヤとの比較において、より終助詞としての機能が強いのではないかと思われた。

その仮説を支える構文的根拠を3点挙げる。まず一つ目の根拠として、ノダ文、ノヂヤ文の命題 述語と、ノサ文の命題述語の品詞性が異なるという事実を挙げる。

表2:命題述語の品詞調査

「のだ」 ⽤例数 割合 (%) 「のぢや」 ⽤例数 割合(%)

動詞 173 94.0 動詞 51 100.0

形容詞 11 6.0 形容詞 0 0

名詞+助動詞 0 0 名詞+助動詞 0 0

184 100 51 100.0

「のさ」 ⽤例数 割合(%)

動詞 140 65.4

形容詞 65 30.4

名詞+助動詞 9 4.2

214 100.0

表2が示す通り、近世後期江戸語の「のだ」文、近世後期上方語の「のじや」文の命題の述語は 殆ど動詞であった。「殆ど」と述べたものの、「のぢや」に関して言えば本調査が用いた例の限り では全例が動詞であった。現在のノダは動詞に限らず、形容詞にも、名詞に助動詞が承接した述語 にも自由に承接するので、近世の様相は現代語のそれとは大きく異なっている。一方のノサは、形 容詞と名詞述語の割合が相対的に高い。ノダとノサそれぞれの形容詞述語の例を挙げる。

(22)房「うるさいどころか嬉くつて戦粟するよ こら此様に毛孔が立ほど 菊「をや是は実にお寒い の

のだだ」(江戸・人「春色連理の梅」)

(13)

 表 3 が示す通り、近世後期江戸語の「のだ」文、近世後期上方語の「のじや」文の命題の述語 は殆ど動詞であった。「殆ど」と述べたものの、「のぢや」に関して言えば本調査が用いた例の限 りでは全例が動詞であった。現在のノダは動詞に限らず、形容詞にも、名詞に助動詞が承接した 述語にも自由に承接するので、近世の様相は現代語のそれとは大きく異なっている。一方のノサ は、形容詞と名詞述語の割合が相対的に高い。ノダとノサそれぞれの形容詞述語の例を挙げる。

 (22)房「うるさいどころか嬉くつて戦粟するよ こら此様に毛孔が立ほど 菊「をや是は実に お寒いのだ」(江戸・人「春色連理の梅」)

 (23)茶碗へ土瓶の茶をつぎ一口呑で 米「ををつめた 水だよばか〳〵しい火鉢の火ぐらゐは おこしてお置なねへ夢中になつてお出か 丹「なぜそんなに叱言をいふだろう 米「言て も能のさ。」(江戸・人「春色梅児与美」)

 (22)のノダの方は「毛穴が立つほど戦慄するのは、実にお寒いのだ」と題述構造に換言でき る。「(―のは)実にお寒いということだ」とパラフレーズできるように、ノの準体化機能により 命題を体言相当句にした上でダで断定しているものである。一方(23)のノサはと言えば、主題 に当たる事態が想定できず、聞き手に「披瀝する」「教える」という話し手の伝達的態度を命題の 外側から添えているに過ぎないと思われる。

さらにノサは、名詞に断定の助動詞がついた命題にも承接するが、ノダとノジヤは承接しない。

ノダとノジヤは連体形の弱化に伴って発生した形式であり、準体化(=名詞化)が機能の要であ る以上、用言承接の例しか見られないのは当然である。ところがノサには次のような例が見られ る。

(24) どうせお前様方のような通りもんぢゃあありませんのさ。(江戸・人「閑情末摘花」)

(25) 夫は左様でもお慈母さまが自己はマア知らぬ振もして居やうが。何分店の者の前が済ないと

被仰て。夫で久さんをお頼みなすったのでございますのさ。(江戸・人「閑情末摘花」)

 (24)は「通りもんじゃあない」自体が名詞文であるので、名詞化のためにノ(サ)が用いられ ているとは考え難い。(25)は「のでございます」というノダ文にさらにノサが後置している。仮 にノダとノサが同じ機能であったなら冗長表現と言わざるを得ない。「お頼みなすった」という用 言に承接する「のでございます」は〈準体助詞ノ+断定辞ダ〉によるノダであり、「お頼みなすっ たのでございます」に承接するノサはノサ全体で一終助詞と考えるのが妥当ではないだろうか。

 もう一つの根拠は、前述した通り、近世後期のノサには疑問詞疑問文としての用法がないとい う点である。疑問詞疑問文とは、ノの準体化機能により用言述語による命題を体言相当句にする ことでスコープを広げ、疑問詞を疑問の焦点に収めた文である。江戸語ノダはその半数が疑問詞 疑問文であった。ノには準体化機能があったことの証左であり、この機能を最大に利用した用法 だと言える。一方のノサ文にはこの用法がない。現代語の感覚からは「どこへ行くのさ」のよう な例が見られても不自然ではない気がするが、214 例中 1 例も現れない。これは、ノサにおける

(14)

ノの準体化機能を疑うべきなのだろう。「ノサ=一終助詞」と考える所以の一つである。

 最後の根拠として、ノサ文の命題述語にはしばしば敬体が含まれるという現象も指摘しておく。

本調査で扱った用例からは「~ますのさ」が 26 例、廓言葉の敬体である「~いすのさ」が 8 例、

「ございますのさ」が 7 例、「~やすのさ」が 5 例見られた。敬体が現れるということは連体節の 意識が相対的に低いということである。つまりノは準体化機能を失っている可能性があるという ことである。対してノダとノジヤの命題に敬体が含まれるケースは 1 例も見られなかった。これ はノダやノジヤのノには準体化の機能が残っており、ノに接続する命題は連体節であるという意 識が相対的に残存しているためと考えられる。

 ノサのノが命題を名詞文に変換する機能を持たないということは、命題述語が形容詞のノサ文 は形容詞文であり、命題述語が動詞のノサ文は動詞文ということになる。動詞文、形容詞文、名 詞述語文の文末に添えられて伝達的機能のために働く終助詞的表現、ということになる。

3-4. 近世後期のノサから現代語のノダ文へ

 近世後期においてノダ文、ノジヤ文は〈事情〉を表していた。この用法はそのまま現代語のノダ の典型的な用法として維持されたと考えられる。一方、近世後期江戸語のノサ文は〈事情〉を表 していなかった。自身の意見や経験などを伝える際、聞き手に「披瀝する」という話し手の伝達 的態度を添えるために用いられる終助詞的用法の文だったと考えられる。しかし(平叙文の用法 としては)ノダ以上に高い頻度で用いられていたノサは、現在では一般的には用いられなくなっ ている。そして現代語のノダには、かつてノサが担っていた用法が見られる。ここから推測でき る歴史的変化の過程は一つであろう。ノサは消滅し、その用法はノダに集約していったのではな いだろうか。

 長崎(1998:24)は、丁寧な会話に用いられていた江戸語のサが消滅した理由として、江戸語 から東京語に移行していく過程で、断定辞の働きがダ、デスに集約されることにより、江戸語の サが有していた断定という機能が薄れていったという仮説を立てている。本研究では、サの消滅 と軌を一にしてノサも同時に消滅の方向に向かい、ノサが表していた終助詞的な用法がノダに流 れ込んでいったのではないかと考える。その結果、現代語のノダには近世後期ノダによる〈事情〉

を表す典型的用法と、近世後期ノサによる〈事情〉を表さない用法が並存することになったので はないだろうか。

4. 結び

4-1. 本研究の意義

 近世後期滑稽本に見られるノダ文を分析した土屋(1987:2009 再録)では、近世後期のノダは 現代語と同様の形式と内容を持っており、事情に説明を添え断定する形式だったと述べている12。 しかしこれは現代語のノダの用法の多様さを視野に入れていない結論に思われる。一方、現代共

12 土屋(1987 再録 2009:228-234)においても、現代語とは異なるノダ文の存在が指摘されている。しかし それは、本稿が指摘するような〈事情〉を表さないノダではなく、明らかに形式名詞文と判断される文 である。また、その中には形式名詞文かノダ文か判然としない例も含まれている。例えば「おいらはい や。夫じやア幸さんに扇で打れるのだア」は「わけだ、段だ」を表しており形式名詞文だとしているが、

この区別が難しいと考えるのは上述した通りである。

(15)

時態の研究においてノダの多義の記述は進んでいるが、〈事情〉を表さない用法がなぜ存在するの かについて明確な説明ができずにいた。〈事情〉を表さないノダは終助詞的な用法と考えられる が、本調査により近世後期江戸語のノサの用法と重なることがわかった。近世語サが消滅しダや デスに集約されたのと並行して、ノサもノダやノデスに集約されたと考えれば、現代語ノダにお ける一見矛盾するかのような用法が並存する説明がつく。つまり〈事情〉を表すノダと〈事情〉

を表さないノダは、元来、別形式であったということである。

4-2. 課題

 本稿ではノサ文を終助詞的用法の文だと述べたが、仮説を検証するためには用例をさらに掘り 下げて分析する必要がある。紙面の関係もあり紹介しきれなかったが、質問文への返答にノサを 伴って発話する場合がしばしば見られた。これも知識を披瀝するノサ文と考えて良いと思われる が、理由を述べる必要がある状況でこれを披瀝するためにノサを用いる場合は、限りなくノダや ノジヤの用法に近づいていく。またノサのノの準体化機能の残存の程度についても主題や主格の 現れ方を詳細に分析する必要がある。

 さらに〈事情〉を表さないノダには、ノサが担っていた話し手の評価判断を述べる文、知識を 披瀝する文のほかに、聞き手がなすべき行為を指示する文(命令のノダ)、発話現場で発見したこ とをそのまま言語化する文(発見のノダ)などもある。今回はこれらの用法については述べるこ とができなかった。命令のノダは動作概念を提示するために用いられる形式名詞の機能が生きて いる用法であり(そのため他の形式名詞「学生は勉強するものだ」「今のうちに勉強しておくこと だ」等にも共通する)典型的なノダとは別の文法化の経路を辿ったと考えられる。発見用法につ いては、やはり近世江戸語の終助詞が後置する文にその萌芽が見られた。次稿へ譲りたい。

謝辞

 本研究は、科研費(課題番号:19163504)の助成を受けた。

参考文献

石黒圭(2003)「「のだ」の中核的機能と派生的機能」『一橋大学留学生センター紀要』6 pp.3-26 井島正博(2012)「ノダ文の機能と構造」『国語と国文学』89(11) pp.101-113

奥田靖雄(1990)「説明(その 1)―のだ、のである、のです―」『ことばの科学』4 むぎ書房 奥田靖雄(2001)「説明(その 4)―話しあいのなかでの「のだ」―」『ことばの科学』10 むぎ書房 菊地康人(2000)「「のだ(んです)」の本質」『東京大学留学生センター紀要』10 pp.25-51

小松寿雄(1985)『江戸時代の国語 江戸語』国語学叢書 7 東京堂出版

田野村忠温(1990)『現代日本語の文法Ⅰ「のだ」の意味と用法』(復刊 和泉書院 2002 年)

土屋信一(1969:再録 2009)「江戸語の「だ」の一用法」『国語学論集:佐伯梅友博士古稀記念』表現社 再 録『江戸・東京語研究―共通語への道』勉誠出版

土屋信一(1987:再録 2009)「浮世風呂・浮世床の「のだ」文」『近代語研究』7 武蔵野書院 再録『江 戸・東京語研究―共通語への道』勉誠出版

鶴橋俊宏(2018)「滑稽本におけるノダとその周辺」『國學院雑誌』119(11) pp.69-83 寺村秀夫(1984)『日本語のシンタクスと意味 Ⅱ』 くろしお出版

長崎靖子(1998)「江戸語の終助詞「さ」の機能に関する一考察」『国語学』192 pp.13-26 名嶋義直(2007)『ノダの意味・機能―関連性理論の観点から (日本語研究叢書)』くろしお出版

(16)

日本記述文法研究会(2003)『現代日本語文法 4 第 8 部 モダリティ』くろしお出版 野田春美(1997)『「の(だ)」の機能』くろしお出版

野村剛史(2019)「ノダ文の通時態と共時態」『認知言語学を拓く (成蹊大学アジア太平洋研究センター叢 書)』くろしお出版

林大(1964)「ダとナノダ」『講座現代語 6 口語文法の問題点』明治書院

黄孝善(2017)「近世後期江戸語終助詞「サ」の意味」『文化』80(3・4) pp.229-212 益岡隆志(2007)『日本語モダリティ探究』くろしお出版

松下大三郎(1924)『標準日本文法』紀元社

三上章(1953)『現代語法序説』刀江書院(復刊 くろしお出版 1972 年)

山口佳也(1975)「「のだ」の文について」『国文学研究』56 pp.12-24 幸松英恵(2012)「「ノダ」文による《説明の構造》」博士論文 東京大学 湯沢幸吉郎(1954)『江戸言葉の研究』明治書院

吉田茂晃(1988)「ノダ形式の構造と表現効果」『國文論叢』15 pp.46-55 使用した資料

国立国語研究所編「日本語歴史コーパス(CHJ)」江戸時代編 高田衛/原道生(1995)『叢書江戸文庫 36 人情本集』

日本名著全集刊行会(1928)『日本名著全集 15 人情本集』

(ゆきまつ はなえ 東京外国語大学世界言語社会教育センター 特任講師)

(17)

Tracing the Origins of NODA that does not Connote ‘Reason’:

Analyzing Sentences from the Late Edo Period Sharebon and Ninjobon

YUKIMATSU Hanae KEYWORDS: NODA sentence, Late Edo period, Sharebon, Ninjobon

This paper studies NODA sentences that do not connote ‘reason’ by analyzing examples seen in the late Edo period to explain the ambiguity in the modern usages NODA sentences. For this purpose, this paper examined Sharebon and Ninjobon from the Corpus of Historical Japanese (CHJ) developed by NINJAL and found various forms such as NODA, NOJA and NOSA.

NODA (Edo dialect) and NOJA (Kamigata dialect), which contain the auxiliary verb DA and JA, both principally used to express ‘reason’. While NOSA (Edo dialect), which includes the sentence final particle SA, was used to exhibit the speaker’s certain attitudes of the mind towards the addressee at the time of conveying opinion, assessment, knowledge, etc.

This paper emphasizes that the NOSA predicate is not only represented by verbs and adjectives but also by noun predicates as well as NOSA itself acts as a ‘sentence-ending-particle’. This paper also highlights that the propositions of NOSA sentences can also be in polite styles, such as the MASU-form. These phenomena indicate that NO(SA) clauses are no more ‘adnominal clauses‘.

From a historical point of view, the sentence-ending SA particle, which is also assumed to represent the meaning of ‘assertion,’ disappeared in late Edo period, leading to the attribution of the meaning expressed by NOSA to NODA sentences.

表 1:近世後期洒落本と人情本 44 作品によるノダ系表現の用例数  形式を整理すると以下の通りである。 〈ノ+断定の助動詞〉  ―ノダ系(ノダと、これに終助詞が後置したもの 例:ノダエ、ノダス、ノダナ、ノダネ、ノ ダノウ、ノダヨ、ノダワ)  ―ノジヤ系(ノジヤと、これに終助詞が後置したもの 例:ノジヤエ、ノジヤナ、ノジヤノウ、 ノジヤワイ(ナ)) 〈ノ+終助詞〉  ―ノサ、ノス、ノヨ  小松寿雄(1985:39-49)は「東西の相違として、断定のダとヂャが有名である。ヂャは、現在 の京阪語では用いられない

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