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`You'vecome a long way'

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Academic year: 2021

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̀ Yo u' vec o me a l o ng way'

‑ 橋本寓太郎 さんのこと ‑

今か ら十数年前 、まだ東大 に在職 していた頃の 話 で あ る あ る時 旧知 の ア メ リカの言 語 学 者 CharlesFillmoreさんが何 かの用事 で 日本 にや っ て きた。かつて神 田外語大の学長であった井上和 子先生 と私 に会いたい とい うことで、私の研 究室 に三人が集 まった。その時 にフィルモアさんが盛 んに話 して くれたことは、̀risk'という動詞のコー パス言語学的な分析 のこと、亡 くなる直前の橋本 寓太郎 さん を見舞 った時 の話 であった。̀risk' の話 はその時はよ く分か らなかったが、のちに論 文の形で発表 され、その論文 は神大の大学 院で読 んだ。その研究成果 は、私が編集 に参加 したある 英和辞典の中に しっか りと取 り入れてある

フィルモアさんの来訪の少 し前 に橋本寓太郎 さ んは胃が んのために五十台 とい う若 さで亡 くなっ ていた。寓太郎 さん と私 は共通の師である服部四 郎先生 を通 じて若い頃か ら知 り合いであったが、

同世代の言語学者の中で寓太郎 さんは私の もっと も尊敬す る人である。碩学で独創 的、私 など足元 に も及ばない と言 うもお こが ましいほ どである

この国際的な大言語学者 を余 りにも早 く失 って し まったことは、 日本の、否世界の言語学界 の一大 痛恨事であると言わねばな らない。最近、寓太郎 さんの論文集が出版 されることを知 り、 さもあ り なん と喜 んでいる

さて、フィルモアさんと寓太郎 さんはオハ イオ州 立大学時代以来の親友 であ った。寓太郎 さんが余 命幾 ば くも無い と聞いて フィルモアさんはアメリ カか ら見舞いに駆けつけた。その時嵩太郎 さんは、

̀You'vecomealongway.'

と言 った と、フィルモアさんは繰 り返 し語 った。

私 も井上先生 もただ黙 して聞 くのみであった。 こ

国 広 哲 弥

れか らは私の無知 をさらけ出す話 になるのである が、 これ を聞いた時 、「遠 い ところをはるばる よ く来て くれたブコ」 という文字通 りの意味にとって、

それ以上の ことは考 えなかった。 しか し今 に して 思 うと、ひ ょっ とす る と二人の親友 はこの言葉 に 何かほかのニュア ンス を込めていたのではないか とい う疑問が生 じるのである。それ とい うの も、

ある日 『小学館 ランダムハ ウス英和大辞典第二版』

の ̀way'の項 を見ていた ら、イディオム として

̀You'vecomealong way.'とい う句 が 出て いて、これは 「君 は大物 になった」 とい う意味で あ り、 ア メ リカの タバ コVirginia Slimsの標語 であると説明 してあったのである。 フィルモアさ んが私たちの前で何度 も感慨深 げにこの言葉 を繰 り返 していた時、寓太郎 さんはこの裏の意味 を込 めていたのだ とい うことを匂 わせていたのではな いだろうか と思 うわけである。私たち もその事 に 気付 いて、何 らかの反応 を示すべ きではなかった だろうか と、 自分の無知 を恥 じている。今度 フィ ルモアさんに会 った ら尋ねてみたい と思っている

橋本寓太郎 さんの独創的な碩学ぶ りは、その著 書 『言語類型地理論』(弘文堂)と 『現代博言学 一 言語研究の最前線 ‑ 』 (大修館書店 ) を読 めば分 る。私 は年来、一度読 んだ本 は再読 しない人間な のであるが、 この 『現代博言学』 だけは例外で、

いつ も暇があった ら再読 したい と狙 っている。そ こに見 られる考察の しかた、博読 に基づ く思い も かけない情報の提供 な どの研究態度 ・方法が魅力 的である。寓太郎 さんは、若い頃、魯迅の ような 口ひげを生や していたが、これ も魅力的であった。

口ひげの似合 う日本人 とい うのは非常に少ないが、

寓太郎 さんは例外 的な存在であった。

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(2)

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恩 師 徳 川 先 生 を 偲 ぶ

国 躍

国語学者 ・言語学者 ・学習院大学教授徳川宗賢 先生 は6月6日に急性心筋梗塞 によ り他界 され ま した。徳川先生 に教わった時の情景や先生のや さ しい笑顔 を思い浮かべ るたびに、残念 な気持 ちで いっぱいにな ります。

徳川先生 には じめてお 目にかかった時か らもう 11年の歳月が流れ ました。

わた しは1988年3月に、国際交流基金のフェロー シ ップで大阪大学客員研究員 として来 日しました。

その時の指導教官が徳川先生で した。1989年4月 か ら大学 院 日本学博士後期課程 に入 り、社会言語 学講座の徳川先生 と真田先生の もとで3年間の留 学生活 を送 りま した。大阪大学での4年 間は、た くさんの思い出を残 した と同時に、わた しのその 後の (おそ らく一生 の)研究姿勢、学問的態度 を 方向付 けた大事 な4年間で した。

徳川先生が国語学 、 日本語教育、社会言語学 な どの分野 において多 くの功績 を残 された ことは周 知の通 りですが、わた しは、徳川先生が多 くの若 い研 究者 を育てたことも教育者 としての先生の足 跡 をた どる時に忘れてな らない功績の一つではな いか と思い ます。留学生教育 もその うちの一つ と 言 えます。

徳川先生 は学問的造詣の深 さと独特の人間的魅 力 によって多 くの外国人留学生 をひきつけました。

わた しが阪大 に在学 していたころ、徳川ゼ ミは、

いつ も留学生でにぎわっていました。中国、韓国、

タイ、アメリカ、フランス、オース トラリアな ど の各国か ら留学生が来てい ま した。当時の留学生 の多 くは、阪大 を巣立 ち した後 も、 日本国内外の 大学 な どの研究機関で活躍 し続けています。徳川 先生 は留学生 にや さしく接 し、 きび しく指導す る

とい うのがわた しの当時の印象で した。

先生 は留学生たちの生活 をたいへ ん心配なきっ ていたようで、奨学金が下 りたか、家族や子供 は どうしているかなどいつ も暖か く声 をかけ、たず ねてい ま した。当時 日本はち ょうどバ ブル経済の 真 っ最 中だったので、留学生たちは将来の ことだ けでな く、 目前の生活や勉 強について も常 に不安 を感 じてい ました。特 にアジア系の学生 にとって 留学生活は勉強だけではな く、一種 のサバ イバ ル で もあった。奨学金が下 りなければ生活で きない、

アルバ イ トを増やせ ば勉強がで きない。明 日の生

活のために、落選 して も奨学金 を繰 り返 し申請 し なければな らない。先生 は留学生たちの状況 をよ く理解 し、奨学金の推薦状のためだけで もかな り の時間を費や した ようです。先生 はいつ も 「また 宝 くじの発行ですね、今回は当た りますように、

‑ ・ 」

とジ ョークを言 って、何度 も推薦状 を頼みに来 る 留学生 の重い気持 ちを和 ませて ください ました。

留学生 をわが子の ようにや さ しく見守 る先生の こ とをみんな 「お父 さん」 と呼 んでい ま した。わた したちにとって徳川先生 はまさにお父 さんの よう な存在で した。

先生の きび しさも定評のある もので した。わた しが入学 した時、ゼ ミで発表 した留学生が先生の きび しい質問に答 え られな くてひそか に涙 した う わ さを耳 に した ことがある。けれ ども、わた しは その きび しさこそが多 くの学生 を刺激 し成長 させ た事 を後 になって実感 しま した。留学生 に対す る 期待 もそれだけ大 きかった ように思い ます。

い ま徳川先生 は逝 きま したが、末学の弟子 とし て、わた しは国や民族 とい う狭 いわ くを越 えて、

先生が心血 をそそ ぎ初代会長 を勤め られた 「社会 言語科学会」の発展のために、微力 を尽 くしたい

と切 に思 ってお ります。

昨年か ら本草中国語学科で も 「社会言語学」ゼ ミ を設けました。「や さしさ」 と 「きび しき」の両方 とも足 りないわた しにとって恩師徳川先生が示 さ れたお手本 は、いっそ う大切 に思えてな りません。

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(3)

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直 説 法 に よ る ヒ ン デ ィ一 語 授 業 の 体 験

浅 山 佳 郎

1999年9月か ら11月 まで、 イ ン ドの ム ンバ イ にあ る印 日協会 日本語学校 の 日本語教師であるア グボー トワラ ・マ イ トリー さんが神奈川大学 の 日 本語教員養成課程 に研修生 として来 られた。彼女 のす ぐれた 日本語 能力やその研修結果 については おいておいて、 ここでは、彼女 に頼 んで行 って も らった 「ヒンデ イ一語授業」 について、参加 した 学生 か らの報告 を交 えて、記 したい と思 う

第2言語 としての 日本語 の教育 について学ぶの が、 日本語教員養成課程 の 目的である。毎年数名 の修了生が実際 に 日本語教 師 となる。 ところで、

母語話者 による 日本語教育 は、他 の多 くの言語教 育 と同様、直説法 をとる。ここで 「直説法」 とい う の は、H.PalmerのOra1‑AuralApproachの よ う な 、 今 世 紀 初 め に提 唱 され た い わ ゆ るDirect Methodを限定的に指すのではな く、日本語 によっ て 日本語 を数 えること全体 を指 して言 うことにす る

我 々の第2言語教育‑ の印象 は、中学校 での英 語教育 の経験 に基づ くこ とが多 い。そ こでは 日本 語 、つ ま り学習者 の母語 によって英語が数 え られ る。その こ との是非 は別 に して、いっぼ うで、神 奈川大学 の 日本語教員養成課程 を修了 して海外 で 日本語教 師 となる卒業生 の大半 は、その任地 の言 葉 をあ る程度学習 してか ら行 くものの、 日本語 だ

けで授業 を行 うことが多 い。

つ ま り、 自分 は母語で第2言語 を教 え られた経 験 しかない 日本語教 師が 、学習言語 となる 日本語 でその 日本語 を教 えるのである。次の ような疑 問 が浮かぶ。全 く知 らない言語 を学ぶ手段 としてそ の言語 自体が用 い られていて も人は言葉 を学べ る のか、そ うや って行 う最初 の授業 で全 く知 らない 言語 は どんなふ うに聞 こえるのか、授業が理解 さ れ学習が進 むためには 目標言語 をどれ くらい使 っ て もか まわないのか、な どな どである

そ こで、そ う した経験 とす るため、マ イ トリー さんにお願い して ヒンデ ィー語 によるヒンデ ィー 語 の初級 の授業 を行 って もらった。 日本語教員養 成課程で学ぶ学生 にこの予 定 を話 した ところ、10 名以上 の学生が参加 した。時 間の都合 でわずか2 回 しか開けなか ったが、ほ とん どの学生 に とって 見 るの も聞 くの もは じめて とい うヒンデ ィー語 の 授業 は、「直説法」 に よる第

2

言語教育が 、 どの ような印象の ものなのか をつかむ、 また とない機

会 になった ようである。

以下 は、参加者 の 1人である英語英文学科 の3 年生 が記 した感想であ る

「マ イ トリー さんの ヒ ンデ ィー語 講座 を受 けて」

若松 智美 イ ン ドか ら来 られたマ イ トリー さんの暇 を見て 行 われた ヒンデ イ一語講座 に参加 した

これは直説法で行 われた。私 はこれ まで直説法 に よ りまった く触 れた ことのない言語 を教 わるの は初 めてであ った。そのため先生 の言 ってい るこ とが わか るか どうか不安 であ った。 しか し、先生 の発す る ヒンデ ィー語 は限 られてお り、人名 の呼 び方 、我 々が これか ら習 う単語 、質問のために必 要 な語 な どであ った。その他 に言 いたい ことは、

ジェスチ ャーを用 い られた

そのおかげで、終始楽 しい ヒンデ イ一語講座 を 受 けるこ とがで きた。マ イ トリー さんは、 カー ド

にヒンデ ィー語 の単語 をカタカナで書 いて、我 々 に示 し、それを使 って簡単な文 を口頭で練習 させた。

私が学 んだ ヒンデ ィー語 は次の ような ものである

メラ ナム ワカマ ツ ジ.

私 の名前 は若松 です。

アブ テ イク へ .‑ハ メイ テ イク 7.

お元気 ですか。‑ はい元気 です。

メイ ヒンデ イバ シャ キ アデ イヤ ピカ ホ.

私 は ヒンデ ィー語 の先生 です。

また、 ヒンデ ィー語 に用 い られ る文字 の綴 りも 習 ったが、非常 に困難 に思 えた。音声 として覚 え るのは簡単 な ようだが、綴 りまで覚 える となる と か な りの時間 と労力がかか りそ うであ る

授業 ではマ イ トリー さんは、 カタカナ を発音記 号 と して用 いた。 アルフ ァベ ッ トで もか まわない ところであ るが、学習者 の便 を考 えての ことだっ た と思 う。その ように して提示 された単語 を使 っ て、基本的な名詞述語文 (「AハBデアル」 とい う 意味の文)の練習が行われた。 ヒンデ ィー語の名詞 には性 の別があるが 、それ に よって名詞述語文 を 作 る述語 (繋辞 または判定詞 な どの役割 をはたす 請 )の形がかわることな ど、言葉 に よって説明 し

なければ難 しいのではないか と思 われ る ようなこ とも、 ヒンデ ィー語 だけで繰 り返 し例文 を提示す ることに よって十分伝 わることなどを経験で きた。

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(4)

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性 による属格表示の区別が分かった時には、ク た時 に、無形の しか し確 実 な経験 となるだろうと ラス全体 に 「ああそ うだったのか」 とい う意味の 考 える

ため息が響 いた。 この授業 は、 日本語教師 となっ

学 生 に よ る授 業 評 価

私が今年度担 当 した授業の中に 「英語学演習

V」

というのがあ り、テキス トとして R.L.Trask,Lan‑

gu a g e: t h eBa s i c s( s e c o n de d i t i o n ,1 9 9 9 ,Ro u t l e d g e )

を用いた。今年度で定年 になるので、神大在職の 締 め くくりとして、その最後の授業の時に学生 に 私の授業の評価 を して もらった。 もちろん無記名 である。今 までの風評では私 は厳 しい先生 とい う ことになっているらしいので、 どの ような拒否的 な反応が出るか となかば覚悟 していたのであるが、

結果 として、大多数の学生が満足 して くれている ことが分か り、ほっと胸 をなで下 ろ している。一 般 に学生 による授業評価が歓迎 されないのは、マ イナスの評価 を恐れてのことであると思われるが、

案外 そ うで もない ようである。私 に対す る評価の 内容 を記す ことは、ほかの先生方のご参考 になる 面があると思 うので、 自慢 に響 くのを顧 みず に述 べてみる。

まずテキス トは とて も面 白かった とい う学生が 多かった。この初版 を実は数年前に別の授業で使っ てみて、私 自身 とて も気 に入 っていたのである

別の大学で も使 ったが、やは り好評であった。言 語学入門の一つであるが、核心的な部分 を分か り やす く、かつ興味深 く説いていて、類書の中では 出色の ものである と思 う。特 に手話の最近の研究 に基づいて人間の言語能力 は遺伝的に持 って生 ま

国 広 哲 弥

れた ものであることを説得 的に説いている 「子供 と言語」 の章 は圧巻である。

私の授業の仕方は厳 しくはあったが、最後になっ てみる とお陰で実力が付 いて よ く読めるようにな り、感謝 しているとい う評が多かった、 自慢 げに 響 くのを厭 わず に言 うと、大学 に来て私の ような 授業 に出会 ったのは初めてであ り、同 じような授 業 をす る先生 は神大 にはほか に一人 もい らっ しゃ

らない とい う。それでそれが どうい う授業であっ たのか、ご参考のために記 してみたい

まず学期初 めに受講生の リス トを作 って配布す る。 この リス ト順 に指名 して音読 して訳 させ る。

学生 は指名順があ らか じめ分かっているのは とて も有難い ことであったと言 う。学生が訳 したあ と、

私が もう一度説明を加 えなが ら訳 し直す。この時、

学生の不適切 な訳 を一つ一つ取 り上 げて直 して行 くとい う方法 を取 る。 これが学生 には好評であっ た。 これで とて もよ く理解で きた と言 う。その時 に誤訳 と適訳 の意味のずれ を詳 しく説明す る。例 えば、英語では同 じく

̀ yo ung'

で も 「若 い」 は 大人に しか使 えず、子供 には 「幼い」 を使 わなけ ればな らない といった類である

学生の 「先生が定年で去 って行かれるのは残念 です」 とい う言葉 を読 んで、私の ささやかな労 も 報い られた と感慨 ひとしおである。

共同研究 「 古代中国語の敬語に関する社会言語学的研究」経過報告

彰 国 躍

研究 目的 :

『礼記』 には 「天子死 目崩、諸侯 日義 、大夫 日 卒、土 日不禄 、庶人 日死 (天子の死去 を崩 と称 し、

諸侯 には菱、大夫 には卒、士 には不禄 、庶 には死 と称す る)」 とい う記述が ある。 これは古代 中国 語 において、「死」 とい う概 念 を表す言葉が社会

的身分の違いによって表現 し分 け られていたこと を示 している。 この記述 は古代 中国語の社会的属 性の一例 として多 くの文献 に引用 されている。 し か し、礼 にかな う行動規範 を示す ことを 目的 とす る 『礼記』 とい う書物の性格 を考 えれば、 この記 述 をその まま古代 中国語の運用事実その もの とし

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(5)

て理解す るのには、 まだ証拠不十分 といわざるを 得 ない

.

F礼記』 の記述 の真実性 を検証す るため に、古代 中国語 における 「死」 に関す るさまざま な表現の連用実態 を調べ る必要がある。 したが っ て、今 回は F礼記』 とほぼ同時代 のテキス ト 『史 記』の言語資料 を使 って 「死」 の表現異形 とその 社会的属性 について考察す る。

進行状況 :

① 『史記』 の版本調査 はす で に終 了 した

『史記』 は現在 い くつ もの版本が残 ってい る が、本研究 は、清朝金陵局本 を定本 とした中 華書局本 を調査 の対象 とす る。 このテキス ト は130巻 の完全版 と して現在 もっ とも広 く受 け入れ られている。

② 『史記』 に使われた 「死」の形態 と出現数 の調査 も終わった。結果 は次の通 りである。

一字 :辛(1034)、死(941)、崩(220)、蓑(181)、 亡(14)、終(10)、没(10)、故(6)、夫 (3)、 投 (2)、喪(2)、債 (1)、隈 (1)、貢 (1) 二字 :百歳(5)、没世(3)、物故(2)、寿終(2)、

千秋(2)、万歳(2)、没歯 (1)、物 身 (1)、

万世 (1)、棄指 (1)

三字 :棄群 臣(2)、填溝墾 (2)、指館舎(2)、 天年終(2)、山陵崩 (1)、指賓客 (1)、 不立朝 (1)

四字 :言草妾駕 (6)、千秋万歳 (3)、 登仙干天(2)、天子下席 (1)、 天年下世 (1)、天崩地塀 (1)

(彰 今後の研 究方向 として、 これ らの表現が使 わjtた人物の身分、年齢 、性別 な どの社会的 属性 を調べ 、それ と表現異形 との間に現れた 相 関関係 を分析 してい く

共同研究 「 初級フランス語教科書の研究および作成」経過報告

佐 藤

この共同研究は、初級 フランス語教科書 を作成 す ることと、教科書 に含 まれる語秦の研究 とい う 2つの部分か らなる。 まず、教科書の作成 は本学 の専任教員2名 に加 え、非常勤講師2名 (うち1 名はネイテ イヴス ピーカー)の助 けを借 りて進め

られている。当初 は、フランスの文化や風土 を紹 介す ることによ り大学生 に とって多少 な りとも読 んでお もしろい ようなテクス トを含んだ文法読本 を作 ろうと考 えていた。 しか しあるとき、教科書 関係 に通 じてお られる田島宏先生 とい う方か ら助 言 を受 けたのをきっかけに、 コミュニケーシ ョン を中心 に した もの を作 る方へ と方向転換 した。初 級の クラスは2種類あるので、教科書 も2種類作 る ことにした。一方はコミュニケーション表現 クラス で使 うものであ り、もう一方はコミュニケーシ ョン 理解 クラスで用いる予定の ものである。前者 も後 者 もダイアログを中心 に構成 される。前者では口 頭でのや りとりの練習問題が付加 されている。後 者では、やは り最低 限の文法 を学ぶ必要 はあるの で、文法的な説明 も加 え られるが、練習問題 はで

夏 生 ・ 西 野 清 治

きるだけ質問 一 返答形式 の もの にす る予定であ る。現在 は、来年度前期の授業で使 う部分の完成 を急いでいるところである。年明けか らは、残 り の部分の作成 に とりかか らない と後期 に間に合わ ない とい うような状況である。ちなみ に、こう し て作 られた教科書 は生協 で製本 して もらった もの を授業で使いなが ら修正 してい くつ もりである。

次 に教科書 の語桑 に関す る研 究では、対象 を動 詞 だけに しぼ り、動詞句 の一部 として現 れる もの の出現回数を調べている。今の ところ、調べ終わっ たのは、野村二郎 「パ リ一周12課」 だけであ るO この教科書の中で出た動詞 の種 類 は173種類 で、

出現 回数の多い上位5つは、1位8tre(です 、い る、ある)236回、 2位avoir(持つ )115回、3 位aller(行 く)65回、4位aimer(愛す る)29回、

4位parler(話す )29回、である。今後 、あ と何 冊かについて同様 に調べ、 日常使 われる頻度の高 い とされている動詞 の扱 われ方、あるいは個 々の 教科書の性質 と動詞の出現状況 との関係 などにつ いて考 える予定である。

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共同研究 「 ロシア語教育 における語桑 と文法」経過報告

堤 正

大学 における教養外 国語 としてのロシア語教育 を見直 し、現代 日本人が学 びやすい教育内容 ・教 材 の検討 を行 うのが、 この研 究の 目的である。 ま ず現在検討すべ き課題 として、本学で開講 されて いる 「ロシア語初級」程度の入 門段階で、導入す べ き語秦 と文法の検討 を行 っている。

ロシア語 は語形変化が豊富 な言語であ り、入 門 段階 において も様 々な語形変化 を記憶す ることが 必要 になる。語形変化 に も頻度が高い もの と低 い ものがあ り、当然頻度が高い ものか ら記憶すべ き である。例 えば、 ロシア語の形容詞 (長語尾形 ) の変化 には全部で6つのパ ター ンがある。基本的 な2つ と・そのバ リエーシ ョン4つ と考 えることが で きる。 しか し、基本的なパ ター ン2つの うち、

片方の変化パ ター ンの形容詞 は、入門段階に学習 すべ き語の中には非常に少数である。 したがって、

基本的パ ター ンであるとして も、それを第一 に学 習者 に導入す る必要 はな く、形容詞変化パ ター ン

の導入 にはこのあた りの ことを反映 した ものにす べ きである。 この ような問題が ロシア語文法の至 る ところに見受け られる。

入門段階で導入すべ き表現 も検討が必要である。

ロシア語では簡単 な表現 において も文法事項が関 わって くるが、中には語形変化 の導入 な しに用い られることがで きる ものが、い くつかある。その ような ものか らまず導入 し、学習者 に過度の負担 がかか らない ように して、ロシア語 の有用 な表現 を覚 えてい くことも考 えられる。

現在 、外 国語科 目において も、本学 をは じめ、

多 くの大学で学期制の導入が検討 されていた り、

実際に導入 されていた りす る。 しか し、国内のロ シア語教育界では、それに向けての議論や、必要 な教科書 ・参考書 の編纂が活発 に行 われていると は言い難い。本研 究はその ような欠落 を補 い、新 しい視点 にたつ ロシア語教材 の開発 に取 り組 もう とす る ものである

言 語 研 究 セ ン タ ー の 多 言 語 化 を

日本では英語 さえ出来れば世界 を閥歩で きると い う思い込みが強い。英語の万国通用性の信仰 は 当の英米人 より強い と思 う。 こjtが必ず しも当を 得ていない ことは、 ヨーロ ッパや ラテ ンアメリカ を一寸旅行 してみればわかろはず なのだが・・・。確 かに国際貿易の一連の荷為替書類 には世界的に英 語が使 われる。 しか しすべての国際取引がそ うで あるわけではない。た とえば海外子会社 の運営 に は現地語 を欠かせ ない。 しか し、それす らも、英 語の出来 る現地職貞 を通訳 に雇い、その地の英字 新 聞で情報 を取れば よい と多寡 を くくる傾 向があ る。 しか しそれでは相手の本当の ところが わか ら ない。 また 日本人の英語依存症が反感 を招 く。

海外取引ばか りでな く、少子化時代の副作用 と して、 日本 では遠か らず若手労働力の補完 として 特殊語学国か らの外 国人労働者の導入 を余儀 な く されることは 目に見 えている。国内で人 を使 うこ とに も特殊語学が必要 になる。 また、人が来れば

石 井 陽

一 犯罪 も起 こる。今 で もタイ語 、アラビア語、ペル

シャ語、タガログ語 な どの司法通訳が不足 してい るのは周知の通 りである

早稲 田大学の言語教育研究所 、慶応大学の言語 文化研 究所 には、 これ らの特殊語学の講座があっ て、何学部の学生で もそ こで とった単位が卒業単 位 に算入 され る。本学 の本セ ンターに も特殊語学 の講座 を設け られ、そ こで とった単位 を卒業単位 に換算す るようにした らよいのではないだろうか。

優先順位 としては、 タイ語か らだ と思 う。本学 は、 タマサ ト大学、マ ヒ ドン大学 とい うタイの二 大学 と協定 を結 んでい るが、休眠状態 になってい る。 タイ語 を設ければ、教員 の招碑 、学生 の短期 または長期の派遣 も可能 にな り、眠れる協定 を呼 び覚 ます ことも出来 る訳 だ。そ うい うメリッ トも ある。海外協定校 は、 ただTheWayに列挙 すれ ば よい と言 うものではない。

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