研究論文
明治 ・大正期の工場法制定 と労務管理
丹 野 勲
要 旨
本稿 は、 日本で最初の労働法制である工場法について、歴史比較制 度の視点か ら、工場法制定 と労務管理 について考察 した。 日本の工場 法制定に関 して、国際比較の視点か らも言及 した。
工場法 は、明治44年3月に日本の最初 の労働者保護法 として成立 し た。本稿では、工場法制定 までの沿革 について詳細に研究 した。工場 法は、児童就業の禁止、女子 ・年少者の就業時間制限 ・夜業禁止、業 務上の事故 に対する工場主の扶助義務な どを規定 したが、法施行後15 年間は二組交替制 による昼夜作業 を認めて夜業禁止規定 は骨ぬきにさ れるなど、不徹底な内容にとどまった。 しか も施行期 日は明示 されず、
同法が施行 されたのは結局、公布か ら5年以上をも経た大正 5年(1916) 9月のことであった。
その後、工場法は大正15年 に改正施行 され、3年の猶予 を経て昭和 4年7月に実行 された。 この改正工場法では、常に10人以上使用す る 工場 に通用する、16歳未満の者お よび女子 に対 しては、労働時間1日 11時間、午後10時 より午前 5時 までの深夜業の禁止、毎月休 日2日、
休憩時間は就業6時間以上のもの1日30分、就業10時間以上のもの 1 日1時間を与えること、16歳未満女子の危険作業就業禁止、労働者 に 支払 う賃金 は通貨で毎月 1回以上支払 うこと、解雇 は少な くとも14冒 前に予告す ること、な どを規定 した。
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最後 に、紡績業 を中心 として改正工場法制定 と労務状況 について逮 べた。すなわち、改正工場法が制定 された以前 と以後の労務状況 につ いて紡績業 を事例 として研究 した。昭和4年7月に実行 された改正工 場法が、紡績業の労務管理 に どのような変化 を与 えたかに関 して当時 の実情 ・統計を検討 しなが ら考察 した。
辛 ‑ ワー ド :工場法、歴史比較制度分析、労務管理、深夜業、労働 時間
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はじめに
日本の労務管理の歴史制度分析の視点で重要なのは、工場法の制定である。
明治期末の工場法制定以前の日本においては、法的制度 としての労働法はなかっ た。そのため、工場法以前での日本企業の労務管理 は、企業の自主的に任 され ていた と言 える。 日本では、工場法が制定 されて法的制度 としての労働法制が 確立 されたのである。 また、 日本的経営を研究す る場合 において も、工場法制 定以前の労務管理 と工場法制定後の労務管理 を分析す ることは重要である。工 場法 は、 日本の法制度 と日本的雇用慣行 とい う視点で も興味深い。本稿では、
日本で最初の労働法制である工場法について、歴史比較制度の視点か ら工場法 制定 と労務管理について考察す る。具体的には、工場法制定の沿革について述 べ、工場法および改正工場法の内容について詳細 に分析 し、紡績業の事例 に関 して改正工場法制定 と労務状況 について研究す る。 また、 日本の工場法制定 に 関 して、国際比較の視点か らも言及す る。
1
工場法制定の沿革1. 1 明治31年の 「工場法案」
明治政府 は、労働者保護 に関す る立法について早い時期か ら関心を示 してい たが、その成立には長い時間 と粁余曲折があった。
明治14年 に農商務省が内務省 より分離 し、翌年同省の工務局内に調査課 を設 けて職工及び工場に関す る状況や慣習等の調査 を行なった。明治16年頃か ら、
農商務省 は工場法立案 に着手 した。明治20年6月に職工条例案及び職工徒弟条 例案 を作成 した(1)。
このように農商務省 を中心 として政府は明治10年代か ら労働問題 を調査 し、
法律案 を作成 してきたが、明治28年 に日清戦争が終 り、物価騰貴か ら労働争議 の発生が社会の注 目をあびた。産業革命の進展 によ り日清戦争前後か ら急速 に 勃興 してきた紡績工業 その他の工業 に吸収 された労働者の増大 により、各種の 労働問題が発生 し、ス トライキも誘発 した。女子少年の工場労働が増加 し、夜 業や長時間の労働 は憂慮すべき状況 となった。
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このような情勢下で、明治29年秋、政府 は第一回農商工高等会議 に 「職工 ノ 保護及取締 りこ関スル件」を諮問 した。明治30年には工務局 を設 けて工場調査
を行ない、 「職工法案」を作成 した。労働者保護法 としての工場法案の最初 は、
この 「職工法案」 とみ られる。明治31年 には、政府 はこの法案を農工商高等会 議の諮問に付する前に全国取引所の諮問に付 した。 この時の工場法案が以下で
ある(2)。
工場法案 (農工商高等会議に諮問の法案) 第一章 総則
第一傑 此法律 は五十名以上の職工徒弟を使役す る工場 に適用す。
第二備 前傑以外の工場 に して事業の性質危険なるもの健康 に害あるもの職工 徒弟の保護取締上必要あるもの其他特別の理由あるものは勅令を以て此法律の 全部叉は一部 を適用す る事を得。
第二章 工場
第三傑 工場 を建設改築増築せん とす るものは当該官憲に願出で認可を受 く可 し既設の建物 を工場 に使用せん とする者亦同じ。前項の工場 を他の工業 に使用 し又は工業の方法を著 しく変更せん とする時は更 に認可を受 く可 し。認可の手 続、傑件及効力に関す る規定は命令 を以て事を定む。
第四傑 工場の工事完成 したるときは当該官憲の検査を受 く可 し検査 に合格せ ざる工場 に於ては事業 を営む事を得ず。
第五傑 工場 には危険予防健康保全風儀維持 に公益保護の為 め必要なる設備 を 烏すべ し。
第六備 前候の設備 に欠陥を生 じたる時は当該官憲は左の処分 を為す事を得。
一期間を定めて相富の施設 を命ず る事。
一事業の全部叉は一部の停止を命ず る事。
前項第一号の場合 に於て工場主其期間内に指定の施設 を為さざる時は当該官憲 に於て之を執行 し工業主をして一切の費用 を負担せ しむる事を得。
第七傑 工場 に汽樺を装置せん とす る者 は当該官憲に届出で検査を受 く可 し。
前項の検査若 くは定期叉は臨時の検査 に合格せざる汽樺は之を使用す る事を得 ず。
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第八傑 職工社宅寄宿舎病室其他工場付属建物 には本章の規定 に之に関する罰 則を準用す。
第三章 職工
第九傑 十歳未満の幼者 は工場 に於て使役す る事を得ず。但 し特別の事由ある 工業 に就ては命令を以て本健の例外を設 くる事を得。
第十傑 十四歳未満の職工は一 日十時間を超 えて使役す る事を得ず。但 し特別 の事由ある時は当該官憲の許可を受 け之を延長する事 を得。
第十一傑 職工には少 くとも一ケ月二 日の休暇及一 日一時間の休憩を与ふべ し。
三大節 には事業 を休止すべ し。特別の事由あ りて前二項 に依 り難 きときは当該 官憲の許可を受 く可 し。
第十二傑 工業主 は尋常小学校の教科を卒 らざる十四歳未満の職工 に自己の費 用 を以て相当の教育を与ふ るの設備 を為す可 し。前項の職工 は工業主の定むる 教則 に服従すべ し。
第十三傑 職工業務上負傷 したる場合 に於ては工業主は之を療養 し若 しくは療 養費を支給すべ し。前項の負傷 に依 り休養 を要す る時は手当を支給 し不具叉は 発症 とな りたる時は扶助料 を支給す可 し。
第十四傑 職工 は左の場合 に於て直に契約 を解除す ることを得。
‑工業主、業務監督者叉は其の家族が職工叉は其家族 に到 し暴行虐 待 を加へ若 くは殺嚢の所為あ りたるとき。
一生命 を危ふ し叉は健康 に著 しき害を及ぼすべ き業務 を監督者 より 強ひ られた るとき。
第十五傑 工業主は左の場合に於て直に契約 を解除す ることを得。
‑職工が工業主、業務監督者叉は其の家族 に対 し暴行叉は侮辱 を加 へたるとき。
‑職工が工場叉は其の付属設備の秩序 を乱すべ き行為 を為 したると き。
第十六候 工業主 は職工 との関係 を定むる薦め職工規則 を設 け当該官憲の認可 を受 く可 し之を変更せん とす る時亦同じ職工の社宅寄宿舎取締 に関す る規則亦 前項に依 る当該官憲 に於て必要 と認むるときは職工規則社宅寄宿舎規則の変更 を命ず る事を得。
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第十七傑 職工規則 には左の事項を規定すべ し。
①雇傭契約 に関する規定。②休 日就業時間に関する規程。③監督組織 に関す る規程。
④賞与、懲戒に関する規程。⑤賃銭に関する規程。⑥第十三傑の給与及扶助 に関す る規程。(診積立金 に関す る規定O⑧危害を避 くる薦め特 に設 けたる禁 制。⑨第十二候の教則。
職工規則 は工業主及職工を束縛す。
第十八傑 工業主は職工の異動を明かにする馬め職工名簿 を備ふべ し0
第十九僚 職工の取締上必要の場合 に於ては命令 を以て工業及職工の種類 を定 め其職工 に職工証 を所持せ しむることを得。前項の職工に して職工証を所持せ ざるものは該工業 に於て工業主之を雇入 るることを得ず。
第二十傑 農商務大臣は同業組合の申請 に基 き必要 と認むるときは該組合の使 役する職工に職工証を所持せ しむることを得。前項の職工 にして職工証 を所有 せ ざるものは該組合員之を雇入 るることを得ず。
第二十一傑 職工証 は原籍地叉は住所地の市町村長之を交付すべ し。但 し前候 の場合 に於ては同業組合之を交付すべ し。
第二十二傑 職工証 は工業主之を保管 し解雇の際之を職工 に還附すべ し。
第二十三傑 職工名簿及職工証の方式並記載事項 は命令 を以て之を定む。
第四章 徒弟
第二十四傑 工業主徒弟を養成せん とするときは務め徒弟規則を設 け当該官憲 の許可を受 くべ し之を変更せむ とする時亦同じ。
第二十五傑 徒弟規則には左の事項 を規定すべ し。
(D修業契約 に関す る規程。②休 日修業時間及休憩時間に関す る規程。③授業 に関す る規程。④給与 に関する規程。⑤疾病、負傷、手当て関す る規程。⑥ 賞与、懲戒 に関する規程。⑦積立金に関す る規程。⑧第十二候の教則。
第二十六傑 第九傑乃至第十三傑第十四傑第十五傑第十六傑第二項第十七傑第 二項第十人傑乃至第二十二傑並に之に関する罰則 は徒弟の場合 に之を準用す。
第五章 監督
第二十七傑 農商務大臣は婦女及十四歳未満の職工、徒弟の就業 にして特 に危 険なるか又は健康若 くは風儀 に害あ りと認むるときは之を制限叉は禁止す るこ
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とを得。
第二十八傑 工場監督官更 は工場及其の付属建物 を臨検 し職工及徒弟 に関す る 書類 を検査 し、並工業主若 くは其 の代理人及被用者 に説明を求む ることを得。
工場監督官吏叉は工場監督官吏た りし者 は其の職務執行上知 り得た る管業上の 秘密を守 るの義務 あるもの とす。
第二十九傑 此の法律 に依 る行政上処分 に不服 ある者 は訴願法 に依 り訴願す る ことを得。
第三十傑 職工規則、徒弟親則、社宅寄宿舎規則、雇傭契約叉 は修業契約 に付 工業主 と職工又は徒弟問に起 りた る争議 は工場監督官更の裁定 を受 くることを 得。
第六章 罰則(第31条‑40条省略)
政府 はきらにこの法案 を修正 し、31年秋の第三回農商工高等会議 に諮問 した が、 これに対 し、労働組合期成会 は、労働者保護の規程が不十分であると考 え て、その修正運動を展開 した。労働組合期成会の具体的な修正意見 は以下であ
る(3)0
工場法案 に対す る意見書
第一傑修正 「此の法律 は諸種の原動力 を用 ひ叉 は五名以上の職工徒弟 を使役す る工場 に適用す。
(理由)衛生、労働時間、規律、風儀叉 は教育等の諸点 に就て弊害大 なるは反て 小工場 なればな り。
第二傑削除
(理由)第一僕 を修正せ し結果不要 とな りし為 めな り。
第九傑但書削除
(理 由)既 に 「十歳未満の幼者 は工場 に於 て使役す ることを得ず」 と規定 し置 き なが ら、但書 を付すのは何故ぞ、特別 の事由ある工業 とは何者 ぞ、吾等の不明 なる之を知 らず。
第十傑修正 「十四歳未満 の職工 は一 日八時間を超‑て使役 す るこ とを得ず」
「但非常の場合 に於ては当該官憲の許可 を受 け之を延長す ることを得」。
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(理由)幼年労働者てふ点 よりして十歳未満の幼者の労働 を禁 じたるが如 く十四 歳未満の職工 を八時間に制限せん とするな り。
第十一傑第一項修正 「職工には少 くも毎 日曜 日及一 日一時の休憩を与ふべ し」。
(理由)休 日少な く疲労に疲労を垂ぬれば遂に元気阻喪放逸 に流れ不識粗末な る製作品を造 るに至 り延いて工業界の評価 を卑 くするは必然な り。
第十二候第一項修正 「工業主は尋常小学校教科を卒 らざる十四歳未満の職工 に 自己の費用 を以て相当の教育を与ふべ し」。
(理由)是 を強制的 とな し雇主を して其執行の責を負は しむるにあ らずんば到底 其完全の施行 を望むべか らざればな り。
第十三傑第二項修正 「本傑第一項負傷 に依 り死亡 し叉業務上即死 したるときは 埋葬料及遺族手当てを支給すべ し。危害の原因自己の故意叉は天災に出づ る者 及危害 を避 くる薦特 に設 けたる禁制に違背 したるに出づ るものは本係の限 りに
あらず」。
(理由)‑職工の雇主 に対する故意の馬めに他職工が害 を受 けた る場合 は故意叉 は天災の場
合 と同一視すべ き者 にあらず。
第二十傑 「規定の職工証は徒弟 に限 り之を適用すべ し」。
(理由)一方に解雇の自由あれば他方に辞職あるは当然な り。職工証 は此の当然 を被 り、職工の自由を奪ふの恐れあるを以てな り。
以上のように、労働組合期成会は、5名以上の工場 に適用すること、14歳未 満の職工 は一 日8時間労働 とす ること、 日曜 日は休 日とすること、小学校 を卒 業 していない14歳未満の職工に対 して工場主は相当の教育を与えること、職工 証 は徒弟 に限 り適用す ること、な どを工場法案修正要求 として主張 した。
この明治31年の工場法案には、50名以上の従業者使用工場 をその適用範囲 と して10歳未満の幼児使用の禁止、および14歳未満の者の1日10時間以上使用の 禁止 という労働者保護条項が置かれていた。 しか し、 この工場法案に対 して、
商工会議所等の経営者側 は工業の発達を妨げ雇主被雇者間の和親を破 り、社会 の利益 を害するもの として法案修正要求や反対を求めた。すなわち、財界関係 者 には工場法導入への反対が根強 く、特に経営者側 は、労使間は権利義務関係
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によってではな く、主従関係に基づ く温情主義の美風によって規律 されるべきで あると主張 していた。 このような情勢の下で、農工省高等会議 は保護規定を緩 和する形で修正案を作ったが、32年政府 はこれを議会 に提出 しようとした矢先 に総辞職 とな り、 この工場法案の提出を断念 し、工場法は陽の目をみなかった。
1.2 工場法の成立
横山源之助が 『日本の下層社会』を明治32年 に刊行 した。 この本では、労働 者の抑圧 された状況を描いた労働組合が組織化 されはじめ、ス トライキが盛ん
になった。片山潜の指導の もとに 「労働組合期成会」が結成 された。
農商務省 は、明治35年には 「工場法案 ノ要領」 を作成 して地方長官や商工会 議所 に諮問 した。政府 は、 この 「工場法案 ノ要領」な どを基 として、明治35年 に新法案 を作成 した。 これは30名以上の使用工場 を適用範囲 とLll歳未満の者 の就業禁止、16歳未満の者および女子の深夜業制限、13歳未満の者の深夜業禁 止 と労働時間の制限等を定めていた(4)。以下がその工場法案 ノ要領の主要な内 容である(5)0
1.適用範囲は常時30人以上の職工徒弟を雇用す る工場(官営工揚を合む)とす る。
2.職工 と徒弟の年齢制限 として、11歳未満の者の雇用 を禁止す る。ただ し、
法律施行の当初 は8歳以上 とし、漸次引上げ10年後 にこの年齢規定を通用する。
3.深夜業の制限 として、16歳未満の男女 または16歳以上の女子は午後10時 よ り午前4時の問の労働 を禁止する。ただ し、 この規定に対 して特例 を設 け、 2 組以上の交替制勤務の場合な どは例外規定を設 ける。
4. 1日の労働時間の制限 として、16歳未満の男女 または16歳以上の女子 に通 用 し、勅令 により第一種工場 は12時間、第二種工場 は13時間以内 とする。ただ し法律施行の当初 は第一種工場13時間、第二種工場14時間以内 とし、漸次 これ を短縮 して10年後 にこの労働時間規定 を適用す る。休憩時間については16歳未 満の男女 または16歳以上の女子の職工 に対 して、勅令 により1時間30分以内の 食事及び休憩時間に関す る規定を定める。
5.休 日については、16歳未満の男女 または16歳以上の女子の職工に対 し勅令
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により1カ月に2日以内 と定める。
6.特 に危険または衛生に害ある業務 に関 して、16歳未満の男女 または16歳以 上の女子の職工 に対 して勅令 によりこれを禁止制限する。
しか しこれ も日露戦争のために具体化 しなかった。農商務省 は、当時の日本 における各種工業部門の実態調査に力を注 ぎ、その成果 として明治30年に 「工 場及び職工に関する通幣一斑(6)」 を、明治37年 に 「工場調査要領(7)」 を、明治 36年 に 『職工事情』な どを刊行 した。『職工事情』 は最 も知 られている古典的 な労働調査研究であ り、農商務省商工局工務掛が工場法案の基礎資料にしよう として行なった各種工業部門の労働事情 に関する調査報告書である。 このよう に工場法制定が難行 したのは、商工会議所 その他に代表 され る経営者の反対が 強かったか らである。その理由の一つは雇主 と労働者の関係 を法律 により権利 義務の関係で規定することに反対 したのである。 もう一つは経済的な問題であ り、資本蓄積が乏 しく、生産力の低い 日本の企業にとって低賃金 こそが武器で あり、工場法は日本商品か ら国際的競争力を奪い去るであろう、 という点にあっ た。
明治38年に日露戦争が終 ると政府 はふたたび法案の作成 にかか り、明治43年、
第26議会において工場法案は提出された。 しか し、特 に夜業禁止条項 に反発す る紡績業者 を中心に経営者側の強い反対にあって政府 は法案 を撤回 した。政府 は深夜業禁止の施行猶予期間を15年 とする妥協案によって紡績業経営者の反対 を回避 し、適用範囲を従業員15名以上に広 げることで中小企業団体 と妥協 し、
明治44年3月28日、第27議会 にあらためて法案を提出 し、 ようや く日本の最初 の労働者保護法 としての工場法は成立 した。工場法(44年法律第46号)は、児童 就業の禁止、女子 ・年少者の就業時間制限 ・夜業禁止、業務上の事故に対す る 工場主の扶助義務 な どを規定 したが、法施行後15年間は二組交替制 による昼夜 作業を認めて夜業禁止規定は骨ぬきにされ るなど、不徹底な内容にとどまった。
しか も施行期 日は明示 されず、同法が施行 されたのは結局、公布か ら5年以上 をも経た大正5(1916)年9月の ことであった。併せて同年工場法施行規則(5年 農商務省令第19号)および鉱業法に関連す る鉱夫労役扶助規則(同年農商務省令 第21号)が制定 された。
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1.3 大正15年の工場法の改正
大正5年工場法施行の後、社会の情勢は急激な変化 を遂 げた。第 1次大戦後 の平和条約 において国際労働憲章が成立 し、 日本 も1919(大正
8)
年 に国際労働 機関(ILO)に設立 とともに加盟国 となった。大正7(1918)年 に第 1次世界大戦 が終結 し、大正9年 には株式が大暴落 し、不況が本格化 した。 この時期、ス トライキが頻発 し、労働運動が盛んになった。労働組合の組織および運動は盛ん とな り、民衆の自覚 と思想の推移 は誠 に目覚 しいものがあった。国際情勢を見 ると、べェルサイ平和条約の規定に基 き、大正8年 ワシン トンにおいて第一回 国際労働会議が開かれ、労働時間、夜業禁止、最低年齢、産前産後 における女 子の保護等に関する条約案が採択 された。 このような国際情勢は、 日本 におい て も労働保護の徹底 と工場法の改正 を要求す るに至った。 日本 は、大正10年 に はベルン条約 に参加 した。加藤友三郎内閣の とき工場法の改正 を試みたが、大 正12年9月の関東大震災の影響 もあ り、工場法改正は実現 しなかった。
このような情勢の中で、若槻 内閣は工場法 を改正 し、改正工場法は大正15年 に施行、3年の猶予 を経て昭和4年7月 1日に実行 された。 また同じ く大正15 年に工場法施行令及同施行規則を改正すると共に労働争議調停法および健康保 険法等の労働立法を実施 した。
この改正工場法の主要な内容 は以下である。改正工場法では、常に10人以上 使用する工場 に適用す る。16歳未満の者および女子に対 しては、労働時間1日
11時間、午後10時 より午前 5時までの深夜業の禁止を定めた。毎月休 日2日、
休憩時間は就業6時間以上のもの1日30分、就業10時間以上の もの1日1時間 を与えること、16歳未満女子の危険作業就業禁止、労働者 に支払 う賃金 は通貨 で毎月 1回以上支払 うこと、解雇 は少な くとも14日前に予告す ること、な どを 規定 した。
2 工場法の内容
2. 1 工場法の適用範囲
明治44年 に成立 した当初の工場法(以下 「工場法」 と明記す る)の第 1条 に、
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工場法の適用範囲に関する規定がある。
第一条 本法は左 ノ各号 ノーニ該当スル工場二之 ヲ適用ス ー常時十五人以上 ノ職工 ヲ使用スルモノ
三事業 ノ性質危険ナルモノ又ハ衛生上有害 ノ虞 アルモノ
②本法 ノ適用 ヲ必要 トセサル工場ハ勅令 ヲ以テ之 ヲ除外スルコ トヲ得
当初の工場法では、常時15人以上使用および危険 ・衛生上有害な物 をあつか う工場 に適用 された。大正15年 に施行 された改正工場法(以下 「改正工場法」
と明記す る)は、工場の適用範囲を常時15人以上か ら10人以上 に改正 され、工 場法の適用範囲が拡大 された。 この改正は、議会 に提出きれた工揚法の政府原 案 に帰 るものであ り、 また、ワシン トンにおける第 1回労働会議の時間制条約 案中日本 に関する規定、ならびに1913年のベルン国際労働会議決議等 と一致す
ものである(8)0
工場法 においては、常時15名以上の職工 を使用する工場であっても、事業の 性質、または危険 ・衛生上有害ではない とい う事業では、工場法の適用 は除外 された(9)。 しか し、 このような事業であって も、原動機 を使用する工場 につい ては、工場法の通用 を受 けるとした。以上のように、適用 を除外 され るのは、
食品、家内工業、縫製などの事業であ り、現実 にはかな りの事業所 は通用除外 となっていた。改正工場法においては、適用対象は常時10人以上の職工を使用 す る工場 とされたか ら、小規模工場の労働者 は保護の対象外で、労働者の保護 立法 としては不十分なものであった。
2.2 就業における最低年齢
工場 に使用 し得 る労働者の最低年齢 を定めることは工場法の主要な規定の一 つである。工場法では、第2条において工場労働者 に関 して12歳未満の年少者 の使用 を禁止 した。以下が、最低年齢 に関す る工場法の規定である。
第二条 工業主ハ十二才未満 ノ者 ヲシテ工場二於テ就業セシムルコ トヲ得ス但 シ本法施行 ノ際十才以上ノ者 ヲ引続 キ就業セスムル場合ハ此 ノ限二在 ラス行 政官庁ハ軽易ナル業務二付就業こ関スル条件 ヲ附シテ十才以上 ノ者 ノ就業 ヲ
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許可スルコ トヲ得
以上のように、工場法では、12歳未満の就労は禁止 されたが、例外条項があ り官庁の許可を得れば、10歳未満の年少者 を使用することが出来た。
その後、改正工場法においては、 この第2条 を削除 して工業労働者最低年齢 法の規定によることとした。以下が、工場労働者最低年齢法による最低年齢の 規定 (第二傑)である。
第二僚 十四歳未満 ノ者ハ工業二之 ヲ使用スル コ トヲ得ズ
但シ十二歳以上 ノ者ニシテ尋常小学校 ノ教科 ヲ修了シタルモノニ付テハ此 ノ 限二在 ラズ
前項 ノ規定ハ同一 ノ家庭二属スル者 ノミヲ使用スル事業叉ハ行政官庁 ノ認可 ヲ受ケ工業 に関する学校二於 テ児童二鳥サシムル作業こ之 ヲ適用セズ
工業労働者最低年齢法 はワシン トンおける第‑回国際労働総会で採択 された
「工業労働 に関す る児童の最低年齢 に関す る条約案」 を国内において採用す る ために設 けられたる法律である。 この工業労働者最低年齢法では、14歳未満の 就労は禁止された。ただ し、12歳以上で義務教育である尋常小学校の教科 を終 了 している者の就業 を認めたが、尋常小学校の教科を終了 していない者および 12歳未満の者の就業 を禁止 した。
2.3 労働時間と深夜業
工場法では、年少者 と女子に対 して、以下のような労働時間 と深夜業の制限 に関する規定が盛 り込 まれた。
第三条 工業主ハ十五才未満 ノ者及女子 ヲシテ一日二付十二時間 ヲ超エテ就業 セシムル コ トヲ得ス主務大臣ハ業務 ノ種類二依 り本法施行後一五年間 ヲ限 り 前項 ノ就業時間 ヲ二時間以内延長スル コ トヲ得
就業時間ハ工場 ヲ異ニスル場合 卜維前二項 ノ規定 ノ適用こ付テハ之 ヲ通算ス
〔改正労働法〕
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「十五歳」 ヲ 「十六歳」こ、 「十二時間」 ヲ 「十一時間」ニ改ム
第四条 工業主ハ十五才未満 ノ者及女子 ヲシテ午後十時 ヨリ午前四時二重ル間 二於テ就業セシムルコ トヲ得ス
〔改正労働法〕
「十五歳」 ヲ 「十六歳」こ、 「午前四時」 ヲ 「午前五時」 ニ改メ左 ノ但書 ヲ加 フ。但シ行政官庁 ノ許可 ヲ受ケタル トキハ午後十一時迄就業セシムル コ トヲ得
第五条 左 ノ各号 ノーニ該当スル場合二於テハ前条 ノ規定 ヲ適用セス但シ本法 施行十五年後ハ一四才未満 ノ者及二十才未満 ノ女子 ヲシテ午後十時 ヨリ午前
四時二至ル間二於テ就業セスムルコ トヲ得ス
一一時二作業 ヲ為スコ トヲ必要 トスル特種 ノ事由アル業務二就カシムル トキ 二夜間ノ作業 ヲ必要 トスル特種 ノ事由アル業務二就カシムル トキ
三昼夜連続作業 ヲ必要 トスル特種 ノ事由アル業務二職工 ヲ二組以上二分チ交 替二就業セシムル トキ
前項二掲ケタル業務 ノ種類ハ主務大臣之 ヲ指定ス
〔改正労働法〕
第五条 削除
第六条 職工 ヲ二組以上二分チ交替二就業セシムル場合こ於テハ本法施行後十 五年間第四条 ノ規定 ヲ適用セス
〔改正労働法〕
第六条 削除
工場法では、15歳未満の者 または女子は 1日の労働時間は12時間を超 えるこ とはできない (第3条) とした。労働時間は職工の始業 より終業 までの時間で あ り、休憩時間 も労働時間に算入す る。現実 に作業 に従事 していな くて も作業 準備 にため事業主の指揮監督の下で行動 している時間は労働時間に含 まれ る。
工場法では原則 として15歳未満の者および女子は、午後10時 より午前4時間で の深夜業は禁止された (第4条)が、適用除外 (第5条) も盛 り込 まれてお り、
深夜業の全面禁止には至 らなかった。改正労働法では、15歳未満の者か ら16歳 未満の者に、女子 は1日の労働時間は12時間か ら11時間以内に、 また16歳未満
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の者および女子 は午後10時 より午前 5時間での深夜業 は禁止に改定 された。
以上のように、改正労働法において も全労働者 に適用 され る労働時間制限規 定は存在 しない。年少者 と女子のみ1日当た りの労働時間を工場法では12時間 以内、改正労働法では
1
1時間以内 と規定 しているのみである。その意味で、工 場法は労働時間の制限に関 しては、かな り不十分な内容であるといえよう。さらに、工場法では、法施行後15年間は15才未満の者 および女子 という保護 職工であって も2組交替制による昼夜作業 を認めて夜業禁止規定は骨ぬきにさ れ るな ど、不徹底な内容 にとどまった。器械製糸製造、紡績業、輸出絹織物な どの業種 については、例外 として法施行後15年間 (昭和6年9月まで)、保護 職工 を2組以上 に分 けて交替で就労す る12時間労働 による昼夜労働 を認めた。
紡績業な どでは女子による2組交代制 によ り勤務が当時一般的であったことか ら、紡績業の女子職工の深夜業を法施行後15年間法律で合法化 したことになる。
紡績業な どを含む年少者や女子の夜業禁止の全面施行は、改正労働法の施行 まで引き延ばされたのである。すなわち改正工場法が実行 された昭和4年7月 1日より、16歳未満の者および女子 は午後10時 よ り午前 5時 までの深夜業 は全 面的に禁止 されたのである。
2.4 休 日および休憩時間
工場法では、休 日と休憩時間に対 して、以下のような規定が盛 り込 まれた。
第七条 工業主ハ十五才未満 ノ者及女子二対シ毎月少 ク トモ二回ノ休 日ヲ設ケ、
職工 ヲ二組二分チ交替二午後十時 ヨリ午前四時二至ル間二就業セシムル場合 及第五条第一項第二号二該当スル場合こ於テハ少 ク トモ四回ノ休 日ヲ設ケ又 一 日ノ就業時間力六時間 ヲ超ユル トキハ少ク トモ三十分、十時間 ヲ超ユル ト
キハ少 ク トモー時間ノ休憩時間 ヲ就業時間中二於テ設 クへシ
職工 ヲ二組以上二分チ交替二午後十時 ヨリ午前四時二重ル間二於テ就業セシ ムル トキハ十 日ヲ越エサル期間毎二其 ノ就業時 ヲ転換ス‑シ
〔改正労働法〕
第七条 工業主ハ十六歳未満 ノ者及女子二対シ毎月少 ク トモ二回ノ休 日ヲ 設ケ、一 日ノ就業時間力六時間 ヲ超ユル トキハ少 ク トモ三十分、十時間 ヲ
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超ユル トキハ少 ク トモ一時間ノ休憩時間 ヲ就業時間中二於テ設 ク‑シ 前項 ノ休憩時間ハ一斉二之 ヲ与 7‑シ但シ行政官庁 ノ許可 ヲ受ケタル トキ ハ此ノ限こ在 ラス
夏季二於テ一時間 ヲ超ユル休憩時間 ヲ設 クル場合二於テハエ業主ハ行政官 庁 ノ許可 ヲ受ケ其 ノ超ユル時間以内就業時間 ヲ延長スル コ トヲ得但シ其 ノ 延長時間ハ一時間 ヲ超ユル コ トヲ得ス
工場法では休 日に関 しては、15歳未満の者(改正工場法では16歳未満の者)お よび女子に対 して毎月少な くとも2回の休 日を設 けることとした (第7条)0 ただ し、工場法では例外 として2組に分 け交替で就業する場合 には、毎月少な くとも4日の休 日を設 けることを定めている。休憩時間に関 しては、工場法、
改正工場法 とも保護職工については、就業6時間以上のもの1日30分、就業10 時間以上のもの1日1時間を与えることとした (第7条)0
以上のように、改正労働法においても全労働者 に通用 され る休 日規定は存在 しない。年少者 と女子 という保護職工のみ少な くとも月に2日の休 日を与 える という規定のみである。その意味で、工場法は休 日規定に関 しては、かな り不 十分な内容であるといえよう。
なお、ILOが1919年 に採択 した第 1号条約 「工業的企業 における労働時間を 1日8時間かつ 1週間48時間に制限する条約」を、 日本 は現在 において も採択 していない状況である。 また、ILOが1921年 に採択 した第14号条約 「工業的企 業 における週休の適用 に関する条約」 も、 日本 は現在 において も採択 していな
い状況である。
2.5 少年および女子の業務制限と保護
工場法では、少年お よび女子の業務制限 と保護 に対 して、以下のような規定 が盛 り込 まれた。
第九条 工業主ハ十五歳未満 ノ者及女子 ヲシテ運転中ノ機械若ハ動力伝導装置 ノ危険ナル部分 ノ掃除、注油、検査若ハ修繕 ヲ為サシメ又ハ運転中ノ機械若 ハ動力伝導装置こ調帯、調索ノ取附ケ若ハ取外シヲ為サシメ其 ノ他危険ナル
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業務二就カシムル コ トヲ得ス
〔改正工場法〕
「十五歳」 ヲ 「十六歳」ニ改ム
第十条 工業主ハ十五歳未満 ノ者 ヲシテ毒薬、劇薬其 ノ他有害料品又ハ爆発性 発火性若ハ引火性 ノ料品 ヲ取扱 フ業務及著シク塵挨、粉末 ヲ飛散シ又ハ有害 瓦斯 ヲ発散スル場所二於ケル業務其 ノ他危険又ハ衛生上有害ナル場所二於ケ ル業務二就カシムル コ トヲ得ス
〔改正労働法〕
「十五歳」 ヲ 「十六歳」ニ改ム
第十一条 前二条二掲ケタル業務 ノ範囲ハ主務大臣之 ヲ定ム
②前条 ノ規定ハ主務大臣ノ定ムル所二依 り十五歳以上 ノ女子二付之 ヲ適用ス ル コ トヲ得
〔改正工場法〕
「十五歳」 ヲ 「十六歳」ニ改ム
第十二条 主務大臣ハ病者又ハ産婦 ノ就業二付制限又ハ禁止 ノ規定 ヲ設 クルコ トヲ得
〔改正工場法〕
「産婦」 ヲ 「産前産後、若ハ生児保育中ノ女子」ニ改ム
工場法では、第9、第10条および第11条 において、女子および15歳未満 (改 正工場法では16歳未満)の少年 を危険有害業務 に従事 させ ることを禁止 した。
また、第12条では、産後5週 日を経過 していない者の就業を禁止 した。ただ し、
産後3週 日を経過 した後工業主 は医師の意見により支障な しと認める業務 に就 くことは差 し支えない とした。改正工場法においては、 1週間延長 し、工業主 は産後6週 日を経過 していていない者の就業 を禁止 し、産後4週 日を経過 した 後医師が認めた場合 は就労できるとした。
2.6 賃金
工場法施行令22条では、 「職工 に給与す る賃金 は通貨 をもって毎月1回以上 支払 うべ し」 と規定 している。通貨 とは法律 に依 り通用 を強制 され る貨幣をい
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う。 したがって、賃金 は硬貨および免換券等法貨 をもって支払 うことを要 し、
商品、手形や小切手等の証券な どで支払 うことは出来ない(10)。賃金の現物給付 制 は原則 として禁止 しているものの、例外 として例 えば寄宿舎 に収容するなど 地方 または工場の事情により現物給付を必要 とす る場合な どは認めた。工場法 施行令 はあらか じめ方法を定め地方長官の許可を受けた場合 は、職工の利益の ため賃金の一部 を実物 により給付す ることを認めた (工場法施行令24条)。 ま た、支払賃金 は毎月 1回以上支払 うことを要す るとしている。 この賃金毎月払 い規定は工業主が不当に賃金支払の義務 を遅延す ることを防 ぐ趣 旨である。
2.7 就業規則
就業規則 とは、工場内において職工の遵守すべ き雇用 ・労働 に関する規則で ある。当時の 日本 においても、相当の規模 を有す る工場 においては、名称 は職 工規則、工場規則、従業規程、工務規程等 と様々であったが、一定の規則を定 め雇用条件 を明かにし労働 に関する規律 を定めることは通常であった。就業規 則 には、雇人解雇の条件、労働時間、休 日、賃金、賞罰、その他重要な多数の 事項を包含するものであったが、ほ とん ど雇主の一方的意思によって制定 され るものであった。そのため、就業規則の記載事項 に関 して様々な労使紛争が生 じた。 また、法令の規定に違反 し、あるいは公の秩序善良の風俗 に反する規定 もかな り存在 した。 このような事情か ら、改正工場法施行令 において以下のよ うな新たに就業規則に関する規定を追加 し、行政官庁の監督によることにした。
改正工場法施行令第27条の4
「常時五十人以上の職工を使用する工場の工業主は遅滞な く就業規則を作成 し、
地方長官に届 け出るべ し、就業規則 を変更 した るときまた同じ。就業規則 に定 べ き事項は左の如 し。
‑始業終業の時間、休憩時間、休 日および職工を二組以上に分 け、交代 に就業 せ しむるときは就業時転換に関す る事項
一賃金支払の方法に関する事項
‑職工に食費その他の負担を烏 きしむるときはこれに関する事項
‑制裁の定あるときはこれに関する事項」
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改正工場法施行令では、常時50人以上の職工を使用す る工場の工業主 は遅滞 な く就業規則の作成 を義務づけた。かつ、その就業規則を地方長官に届 け出る 義務 を設 けた。 また、就業規則の必要的記載事項を義務づ けた。第 1は、始業 終業時間、休憩時間、休 日の事項である。第2は、賃金支払の方法である。賃 金 は、定額、出来高給、請負給 によるか明記す る必要がある。等級別および早 出 ・残業 ・夜勤 ・休 日出勤等に対す る手当、出来高払いにおける賃金の計算お よび検査の方法等をも明 らかにすることは望 ましい とした。 さらに、賃金の計 算方法はこれを職工に明示することが必要であるとした (施行規則第12条の2) 第3は、職工 に対する食費その他の負担に関す る事項である。例 えば食費負担 の有無、所定の作業服着用の義務 を課す る場合 にはその負担方法、共済組合の 加入を要す る場合 にはその旨、 また作業用品を職工の負担 とす る揚合 にはその 品目を記載す る、等が必要であるとした。第4は、制裁の定あるときはこれに 関する事項である。制裁の種類については、謹責、解雇および減給の3つが通 常認められてお り、その精細に関する内容を明記することが必要であるとした。
さらに、就業規則 に関 して工場法施行規則第12条 は 「工業主ハ就業規則 ヲ適 宜 ノ方法 ヲ以テ職工二周知セシム‑シ」 として、就業規則の公示を義務づけた。
2.8 解雇
工場法では、工業主 に対 して解雇権 を制限 し、かつ職工保護のため解雇の際 において一定の義務 を命 じたO工場法における解雇に関す る規定 は、(彰帰郷旅 費、②解雇の予告および予告手当て、③雇用証明書の3つのみに止 まっている。
帰郷旅費に関 しては、未成年者 または女子が工業主の都合 によ り解雇 され る場 合 は、職工 に対 してその帰郷 に必要 な族費 を負担す る義務 を負 うこととした
(工場法施行令第27条)0
解雇の予告および予告手当てに関 しては、工業主が職工に対 して雇用契約 を 解除 したい ときは少 くとも14日前にこの予告をす るか、 または賃金14日分以上 の予告手当てを支給す ることを要す るとした (工場法施行令第27条の2)。雇 用証明書 に関 しては、職工解雇の際において雇用証明書 を請求 した ときは、工 業主は遅滞な く交付 しなければならない としている (工場法施行令第27条の3)0
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雇用証明書 は、職工が離職する場合、 これによって業務 に関する履歴 を証明 し、
求職の便宜 を得 ることを目的 とした ものである。
以上の ように、工場法では、労働者解雇制限 としての視点か らみ ると、解雇 規定 は不十分なものであると言えるであろう。
2.9 徒弟
徒弟 とは一定の職業 に必要な知識技能を修得す ることを主たる目的 として一 定の指導者の下 に労務 に従事す る者 を言 う。工場法施行令では、徒弟 について
「第四章徒弟」 として第28条か ら第32条で規定 した。
工場法施行令第28条
「工場 に収容す る徒弟 は、左の各号の条件 を具現す ることを要す。
1 一定の職業 に必要なる知識技能を習得す る目的を以て業務 に就 くこと 2 一定の指揮監督の下 に教習を受 くること
3 品性の修養 に関 して常時一定の監督 を受 くること
4 地方長官の認可を受 けたる規程 に依 り収容せ らるること」
工場法施行令第29条
「工場主前条第4号の認可 を申請す るには左の事項 を具備すべ し。
1徒弟の員数、2徒弟の年齢、3指導者の資格、4教習の事項及期間、5就業 の方法及一 目に於 ける就業の時間、6休 日及休憩 に関す る事項、7品性修養 に 関す る監督の方法、8給与の方法、9徒弟未成年者叉 は女子なる場合 において 就業 に付危険を避 け衛生上の害 を防 ぐべ き方法、10徒弟契約の条項」
徒弟は工業主な どの指導者の許 に寄宿をす ること原則 とした。尋常小学校 の 教科 を修了 していない者 を徒弟 とす ることは工業労働者最低年齢法により禁止 した。 しか し、当時の現実 としては、 この工場法の徒弟 に関す る規定 に従 って 徒弟 を収容す る者 は極 めて少なかった。中小企業 においては煩雑なる手続 きを 経て法の要求す る条件 を具現 したかたちで徒弟 を育成す ることが極 めて困難で あ り、大企業 においては徒弟の慣習が薄れまた必要 と感 じなかったためである。
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3
改正工場法制定と労務状況一紡績業を中心 として本節では、改正工場法が制定 された以前 と以後の労務状況 について紡績業 を 事例 として研究する。昭和4年7月に実行 された改正工場法が、紡績業の労務 管理にどのような変化 を与えたかに関 して当時の実情 ・統計を検討 しなが ら考 察する。
協調会調査によると、改正工場法の適用紡績工場 は、工場数 においては全通 用工場数の0.9%にすぎないが、職工数 においては全適用職工数の16.1%を占め ている。 さらに改正工場法が適用 され る全女工の うち紡績業の女工 は22.9%を 占め、製糸業 に次いで多数の女工 を擁 している(ll)。 このように、紡績業はこの 当時多 くの女工 を抱えていた。 この紡績業の女工の多数は、改正工場法の実行 以前においては深夜業 に従事 していた。大正15年11月における調査 によると、
紡績工場の うち深夜業 を行なっている工場の割合 は70.8%であった。 また、15 歳未満の男工の うち深夜業 を行なっている割合 は69.4%、女工の うち深夜業 を 行なっている割合は66.1%であった(12)。 このように、改正工場法以前の時期 は、
紡績工場の多 くが深夜操業 を実施 してお り、深夜業務 に従事 していた労働者の 多 くが15歳未満の男工および女工 といった保護職工であった。
さらに、当時の紡績業においては寄宿舎制度がかな り一般的であ り、その寄 宿舎制度 は労働問題上極めて重要な意義を有 していた。昭和3年6月末におけ
る協調会調査 によると、紡績業の女工の うち、寄宿工女 は75.16%、通勤工女 は24.84%であ り、工女の約4分 の3は会社 の寄宿舎 にて生活 してい ることに なる(13)。 さらに、若い女工ほ ど寄宿女工が多かった。昭和3年12月末 におけ る紡績業の平均勤続年数 をみると、工男4年10ケ月、通勤工女3年9ケ月、寄 宿工女 1年9ケ月である。 このように勤続年数は短 く、移動の甚だ しい状況で あった(14)。 このため、紡績会社 は、 さまざまな勤続奨励策 を講 じた。 この中で は労働条件 を良好にし福利施設を完備す る事が最 も重要なものであるが、満期 賞与金 (富士紡、福島紡)、勤続賞 ・勤続手当 (福島紡、帝国製麻大阪工場、
合同紡天満工場、 日清紡本店工場、富士紡)、年金 ・年功加俸 (鐘紡、倉敷紡) 等の奨励策や満期帰郷の際旅費を支給 し、あるいは休暇、退職手当、解雇手当
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を勤続期間に応 じて増加す ること等が多 く行なわれた。
3. 1 労働時間と休 日
紡績業においては、明治15年大阪紡績で実行 して以来、 1日24時間昼夜操業 が一般的 となった。大正15年7月に改正工場法が制定 され保護職工 は 1日につ き11時間を超 えて労働す ることが出来な くなったので、 これ以降、全国の紡績 工揚 は一様 に労働時間を11時間 とし、内1時間を休憩時間 とした(15)。休憩時間 は、昼食 に30分、午前9時及午後3時に15分づつの3回制度が最 も多 く、11時 ごろ昼食 として40分、午後2時過 ぎに20分程度の2回制のものが次で、昼食の
1時間のみ とす る 1回制の工場は最 も少ない。
休 日は一般 に月4回で、昼夜業の交替 日にこれを当てていた。 これでは本当 に休養できる休 日とは言えないのが実情であった。交代制 については、工場 に よって異なるが、大体2通 りあった。第 1は、 日勤では始業6時終業17時、夜 勤では始業18時終業5時である。第2は、春 より秋の季節において 日勤始業6 時終業17時、夜勤始業19時終業6時、秋 よ り春の季節において 日勤始業7時終 業18時、夜勤始業18時終業5時である。例外 として大阪合同紡績今治第二工揚 においては日勤が始業2時10分終業12時で休憩時間6時30分 より30分、夜勤が 始業12時終業23時で休憩時間17時 より1時間である。
工場法改正 による深夜業禁止は昭和4年7月1日より実施 され ることになっ たので、紡績各社 は深夜業廃止に踏み切 った。昭和 4年 1月下旬 にまず 日清紡 績が深夜業務 を廃止 し、ついで大 日本紡、東洋紡、富士紡、合同紡、倉敷紡、
福島紡、鐘淵紡績等の大企業が深夜業務 を廃止 した。深夜業廃止工場 における 就業時間、休憩時間及び休 日は以下の2つのパ ターンが一般的である0
①始業5時、終業14時の9時間勤務のシフ ト。
始業14時、終業23時の9時間勤務のシフ ト。
②始業5時、終業15時の10時間勤務のシフ ト。
始業15時、終業23時の8時間勤務のシフ ト。
休憩時間は、①② のいずれ も食事時間 として30分。
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① は紡績工場で最 も一般的で、② は大 日本紡績橋場工場他若干の工場 において 行 ほれているシフ トパ ターンである。
以上のように、昭和4年7月か ら改正工場法の実施 により、従来認め られて いた深夜業が廃止 され、5時か ら23時までの操業 とな り、その中での2交代制 勤務 となった。 これ まで、深夜勤務 に苦 しんでいた多 くの女工や幼年工が深夜 勤務か ら開放 されたのである。
3.2 賃金
改正工場法が実行 された前後の昭和4年 ごろの紡漬菜の賃金状況 についてみ てみよう(16)。
賃金形態をみると、男工は主 として定額 日給制であるが、出来高払給 による ものも若干存在 した。 しか し、中には月給制 によるもの もある。女工 は、出来 高払給 (個人請負 と団体請負がある)を主 とし、定額 日給制 によるものは非常 に少ない。中には出来高払給に奨励加給を加 えた もの もある。当時一部の関東 の紡績企業 においては女工の日給額 を二分 し、 その30%か ら50%を勤続給 また は定給 と称 して定額 日給制同様 に取扱い、残 りの70%か ら50%を出来高払給に て支給 している工場 もある。定額 日給制度 は男工の大部分および女工 中の見習 工(養成工)、見回工、管理工、混揚、選綿、試験科、整理方等の女工 に対 して 行なわれた。ただ し、見回工、管揚工、選綿工 は出来高払の工場 もある。
初任給は、月額で男工80銭か ら 1円程度、女工は50銭か ら70銭位で工場や職 場 によって異 なる。女工 は1ケ月か ら3ケ月 してか ら出来高払になるのが一般 的である。賃金の支払は、毎月20日か ら25日位の月末 に通貨 をもって支払 うこ
とを常 としている。
賞与は、大別す ると以下のように分 けられ る。
①勤続奨励、出勤奨励 を目的 とするもの。
②機械の発明、能率増進、生産費節約等、主 として作業上の功績の表彰 を目的 とするもの。
③善行の表彰を目的 とす るもの。
④半期賞与。
④の半期賞与は、会社の利潤分配の性格を有す るもので、その支給額 は会社、
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職種、職階、男女によりかな り格差がある。協調会の調査事例 による賞与の支 給額 は以下である(17)0
社男女社男女社男女
最高支給額75円 最高支給額27円
最高支給額145円 最高支給額30円
性 最高支給額50円 性 最高支給額23円
平均支給額14円 平均支給額4円
平均支給額14円 平均支給額5円
平均支給額8円 平均支給額4円
以上の賞与支給額 を見 ると、男性従業員 と女性従業員の格差が大 き く、 また 最高支給額 と平均支給額 との格差 も大 きい。男性 を中心 とした管理職種の社員 と女性を中心 とした現場作業工 との間の賞与格差 は極めて大 きいものがあった ということが分かる。
おわ りに
明治維新 により日本 は近代化 を推 し進め、産業は急速に発展 したが、直接生 産 に従事す る労働者の労働条件はむ しろ低下す る状況 にあった。侍 に、その顕 著な事例 は労働時間の長 さ、特 に深夜業の問題であった。紡績業 を代表 とす る 産業では、ガス灯、電灯な どの普及 により深夜作業が一般化 した。その目的の 多 くは経済上の利益のために昼夜作業 をなす ものであった。紡績業の女子や年 少者の長時間にわた る深夜労働 は、心身の ともに健康上の障害を生 じさせ、大 きな社会問題 となった。女性や年少者の深夜業が実際に禁止 されたのは、明治 44年の工場法制定か らかな りの年月を経て改正工場法が実行 された昭和4年 7
月である。 この深夜業の実施後の状況 をみると深夜業禁止の結果 として、生産 はかえって増加 した とい う指摘 もある。すなわち、就業時間の減少にかかわ ら
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ず労働能率 の増進 に よって、生産量が減少せ ず、 む しろ増加 した との事で あ る(18)。 この事実 は、労働時間に関 して教訓 とな る。労働法制 による労働時間の 短縮 は、必ず しも生産量や仕事の成果 を低下 させ るもので はな く、む しろ労働 能率の向上 によって、 よい成果 を生む ことが あるので ある。
明治44(1911)年 に成立 した 日本で最初 の労働法 といえる工場法以前で は、
労働 に関す る規則 ・ルールの制度 としての労働法 は存在 していなか った といえ る。 その意味で、 内容的には不十分 な点 も多い工場法ではあったが、 この工場 法 はわが国の労働制度の確立の上で きわめて重要であった と評価 で きるであろ う。 しか しなが ら、 日本の労働法の成立は欧米諸国に比較す るときわめて遅かっ た といえる。 イギ リスで は、 日本 の工場法成立か ら100年 以上前 の1802年 に最 初 の工場法が成立 している。イギ リスでは、 「徒弟の健康及 び道徳 に関す る1802
年法」が議会で成立 している。 その主要 な条項 は、徒弟 の労働時間 は1日12時 間に制限す ること、深夜業 は漸次的に廃止す ること、な どが規定 されていた(19)。
ドイツにおいては、1839年 に最初 の工場法が制定 された。 その内容 としては、
9歳以下 の雇用禁止、16歳以下の年少者の労働時間を1日10時間以内、夜業禁 止、 日曜 ・祭 日労働 の禁止 とす る、な どを規定 した(20)。 フランスにおいては、
1841年 に最初 の工場法 として 「年少者保護法」が制定 された。 その内容 は、深 夜業 の制限がない ことな どイギ リスや ドイツの工場法 に比較 す ると不完全 な も のであったが、20人以上の工場 に適用す ること、8歳 以下 の雇用禁止 な どが定 め られていた(21)0
主要国の深夜業禁止の年代 を掲 げる と以下 の ようであ る(22)。
国名 年少者 の深夜業禁止 女子 の深夜業禁止
イギ リス 1833年
ドイツ 1839年 フランス 1874年 オース トラ リア 1842年 アメ リカ (マサチ ューセ ッツ)1890年
1844年
年年年年1250998988881111
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日本の労働制度 においては、伝統的に国による法規則 によるものではな く、
企業の自主性 に委ね るとい う思想が根強 く存在 して ともいえよう。すなわち、
労働制度 はまさに自由放任であるべ きであるとい う考 え方である。江戸時代の 奉公人制度、明治時代の労働 をみると、労働者 は滅私奉公すべきであ り、企業 は温情 によ り労働者 を雇 っているとい う思想である。国による労働の法的規制 は、 日本の伝統的労働思想 に反す るとす る。以下の工場法 に反対す る東京経済 雑誌の次の論説 はその代表的なものである(23)。
「我邦実業社会の事情果た して職工条例 を制定す る必要があるか。余輩末だ 此の如 き必要 あるを発見す るを能はず。欧州諸国が職工条例 を設 けた るは皆や
むを得 ざるの必要 に出でた るな り。 (中略)
顧みて我邦実業社会 を観察すれば実情大 に異な り。雇主 と職工 との関係 は古 来 の習慣道徳の制裁 あ りて之を規定せ り。或 は其間柄父子の如 きものあ り、君 臣の如 きものあ り、師弟の如 きものあ り、欧州諸国の雇主及び職工の関係 と同 一視すべか らず。」
以上のようないわゆる温情主義的労務管理の思想が、 日本の労働立法が長い 間確立 しなかった こと、 また労働立法の規制 内容が緩 い とい う1つの原因であ ろう。
注
(1)岡 (1985)2‑9頁 に 「職工条例案規定事項の要領」が記載 されている。
(2)この工場法案 は、岡 (1985)13‑23貢、片山 (1952)39‑48貢 による。
(3)この工場法案の意見書 は、片山 (1952)48‑50貢 による。
( 4)
大竹 ・牧編 (1975)『日本法制史』青林書院、318‑320貢。(5)この工場法案の要領 は、森 (1961)142頁、岡 (1985)39‑47貢 によるO (6)「工場及び職工 に関す る通幣一斑」 については、隅谷 (1970)51‑58頁 に 全文が掲載 されている。
(7)「工場調査要領」 については隅谷 (1970)59‑108貢 に全文が掲載 されて
研究論文 明治 ・大正期の工場法制定 と労務管理 いる。
(8)吉阪 (1926)33貢。
(9)改正工場法による工場法施行令に規定 された通用除外事業は、食品、清 酒、醤油、味噌、手工品、玩具、造花、裁縫などである。
(10)吉阪 (1926)207頁。
(ll)協調会 (1929)39頁。
(12)協調会 (1929)40頁。
(13)協調会 (1929)41頁。
(14)協調会 (1929)45頁。
(15)この労働時間 と休 日の実態については、協調会 (1929)46‑48頁による。
(16)この賃金及び賞与の実態については、協調会 (1929)46‑48貢による。
(17)協調会 (1929)、49‑50頁。
(18)北岡毒逸 (1930)論文、9‑12貢。
(19)B.L.Hutchins良 A.Harrison(1911)邦訳、16頁。
(20)岡(1985)、1059頁。
(21)岡(1985)、1069頁。
(22)北岡毒逸 (1930)論文、4頁。
(23)隅谷 (1955)、319頁。
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