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国際の平和及び安全の維持に関する拒否権の行使・

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国際の平和及び安全の維持に関する拒否権の行使・

威嚇に対する批判的検討 : スエズ危機における英 仏の拒否権行使に対する国連加盟国の対応を素材と して

著者 瀬岡 直

雑誌名 同志社法學

巻 63

号 4

ページ 1757‑1805

発行年 2011‑11‑30

権利 同志社法學會

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000013847

(2)

(    使同志社法学 六三巻四号

使

―スエズ危機における英仏の拒否権行使に対する国連加盟国の対応を素材として―

瀬    岡       

章 

章    使  使

七五七

(3)

(    同志社法学 六三巻四号使

  使

                   

はじめに

 本稿の目的は、スエズ危機における英仏両国の拒否権行使に対する国連加盟国の対応を詳しく検討することによって、国際の平和及び安全の維持に関わる拒否権の行使・威嚇に対する制約の可能性を探る手掛かりを得ることである。 国際連合は、人類未曾有の惨禍をもたらした第次世界大戦の過ちを繰り返さないために、いわゆる集団安全保障体制を強化する制度として出発した。この国連集団安全保障体制の仕組みを概観するならば、まず国連憲章は加盟国の紛争の平和的な解決義務を定めると共に、国際関係における武力による威嚇又は武力の行使を般的に禁止する。そして、ある加盟国が武力の行使等によって国際の平和及び安全を脅かした場合、この分野に関して主要な責任を担う安全保障 七五八

(4)

(    使同志社法学 六三巻四号 理事会は、平和に対する脅威、平和の破壊又は侵略行為の存在を決定し、非軍事的措置又は軍事的措置を発動する。安全保障理事会の決定は全加盟国を拘束するけれども、手続き以外の事項(実質事項)に関する安全保障理事会の決定は﹁常任理事国の同意投票を含む九理事国の賛成投票によって行われる﹂(国連憲章第七条三項)。しかしこれを裏返せば、常任理事国がヵ国でも実質事項に関する安保理決議案に対して反対票を投ずれば、当該決議案は葬り去られることになる。これが般に常任理事国の﹁拒否権﹂と呼ばれるものである。 従来、常任理事国が拒否権を頻繁に行使してきた結果、安全保障理事会は国際連合の最大の目的たる国際の平和及び安全の維持について必ずしも主要な責任を果たし得ていない状況が続いている 1

。常任理事国が実に様々な状況において拒否権を行使してきたこともあって、多くの国際法学者は、厳格な法実証主義に立ったうえで、実質事項に関する拒否権の行使・威嚇を全面的に黙認し続けている。つまり、拒否権の行使・威嚇は基本的に政治的な問題であり、実質事項に関する拒否権の行使・威嚇に対して現行法上(

lex lata

)いかなる制約も課すことはできないと論じてきているのである 2

。彼らはまた、実質事項に関する拒否権の行使・威嚇に対して法的な制約を加えることがそもそも可能か、あるいは、どの程度可能かを立法論(

lex ferenda

)の観点から考察することに対しても消極的なままである

)3

。 しかしながら、とりわけ冷戦終焉後、国際社会における五大国の力関係が大きく変化すると共に、人権の国際的保障をはじめとする国際社会の共通利益がより強く意識されていくにつれて、国際社会は、従来の拒否権制度に疑義を懐かせる事態に少なからず直面し始めている。その結果、国際社会の共通利益を著しく阻害するような五大国の拒否権行使に対して何らかの制限を加えていこうとする動きが徐々に高まりつつあるように見受けられる

)4

。たとえば、九九九年のNATOのコソボ空爆に対する中国・ロシアの拒否権行使の威嚇を契機として、重大な人権侵害に関わる拒否権の行使あるいは威嚇の制約をめぐる議論が展開されたのはその例である 5

。この点に関しては、〇〇年に﹁干渉と国家

七五九

(5)

(    同志社法学 六三巻四号使

主権に関する国際委員会﹂(ICISS)が発表した﹁保護する責任﹂の報告書、及び〇〇四年に国連ハイレベル・パネル委員会が公表した﹁より安全な世界﹂と題する報告書における拒否権の行使・威嚇の制約の提案が注目される。その要旨は、常任理事国が自国の死活的利益が絡まない事例において、重大な人権侵害を阻止する趣旨の決議案に対して拒否権の行使・威嚇を控えるよう提案するものである 6

。 では、国連憲章が制定されてから半世紀以上も経つ今日、国際法学は常任理事国による拒否権の行使・威嚇の問題に対してどのように向き合えばよいのだろうか。言うまでもなく、国際社会は根本的には依然として力・利益・価値の鋭く対立する主権国家が並存する分権的な社会である。その結果、拒否権の行使・威嚇を制限する試みは五大国間の分裂を誘発しひいては大規模な武力闘争を勃発させかねない。そのため、拒否権の制約を推し進めるこうした近年の試みに対して強硬に反発する主張も決して少なくない。たとえば、常任理事国、とりわけ米国、ロシア、及び中国は拒否権の行使・威嚇に対して制約を課すことにきわめて慎重である。実際、〇〇五年の世界サミット成果文書の草案は、ジェノサイド、民族浄化、及び人道に対する罪に関わる拒否権の行使を慎むよう要求する条項を置いていたけれども、この条項は最終的に米国の強硬な反発の前に削除されてしまったと言われている 7

。 しかし、その方で、いくつかの中小国のみならず常任理事国自身が、定の状況における拒否権行使の制約に言及し始めていることも紛れもない事実である。たとえば、〇〇年、フランスの外務大臣ユベール・ヴェドゥリン(

H ub er t

V éd er in e

)は、﹁保護する責任﹂の報告書をまとめた﹁干渉と国家主権に関する国際委員会﹂のラウンド・テーブルにおいて常任理事国による拒否権の行使に関する﹁行動指針﹂(

C od e o f C on du ct

)を提案した 8

。また、英国のトニー・ブレア(

To ny B la ir

)首相は、〇〇三年のイラク戦争の文脈において、安全保障理事会の決議が﹁不合理な﹂(

un re as on ab le

)拒否権の行使によって阻止されうることを認めるに至ったように見受けられる 9

。さらに、保護する責任を明記した〇 七六〇

(6)

(    使同志社法学 六三巻四号 〇五年の世界サミット及び安保理決議六七四号採択の審議において、いくつかの中小国は、常任理事国が重大かつ組織的な人権侵害の絡む状況において拒否権の行使ないし威嚇を慎むべきことを力説していた ₁₀

。 このような最近の展開を踏まえれば、国際法学の立場から、国連安全保障理事会の常任理事国による拒否権の行使・威嚇に対して制約を課すことがそもそも可能か、またどの程度ないしどのように可能かを正面から検討する時期に差し掛かっているように思われる。こうした問題意識に基づき、筆者はこれまで、ダンバートン・オークス会議、ヤルタ会談、及びサンフランシスコ会議を素材として、そもそも安全保障理事会における常任理事国の拒否権はいかなる制約を持つ権利として誕生したのかを貫して考察してきた ₁₁

。拒否権の成立過程に関するこれらの論考を踏まえて、本稿は、九五六年に勃発したスエズ危機を掘り下げて考察しようとするものである。 スエズ危機を取り上げる理由は主に次のつである。第に、スエズ危機は、安全保障理事会が英仏両国の拒否権行使のためにいわば機能麻痺に陥った結果、緊急特別総会が﹁平和のための結集﹂決議に基づき招集された最初の事例である ₁₂

。九五〇年に採択された﹁平和のための結集﹂決議は、総会の勧告的な権限を拡大強化することによって拒否権の行使を制約しようとする最初の主要な試みであったと考えられている。この決議の核心部分は次のように規定する。すなわち、﹁もし安全保障理事会が、常任理事国の全会致の欠如のために、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為が存在するように見受けられるあらゆる場合において、国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を果たすことができないならば、総会は、国際の平和及び安全を維持ないし回復するために、集団的措置(平和の破壊ないし侵略行為の場合は必要であれば軍事力の行使も含む)に関して加盟国に適切な勧告を出す観点から、当該問題を即時に審議しなければならない。もしその時に会期中でない場合は、総会は要請があってから四時間以内に緊急特別会期において会合することができる。この緊急特別会期は、安全保障理事会のいずれかの七理事国(現在は九理事国:筆者注)

七六

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(    同志社法学 六三巻四号使

の投票に基づく要請、又は、国際連合加盟国の過半数の要請があったときに招集されるものとする ₁₃

﹂。これらの点を踏まえれば、国連加盟国が他でもないこのスエズ危機において﹁平和のための結集﹂決議に基づき緊急特別総会をはじめて開催した理由は、英仏両国の拒否権行使のために、安全保障理事会がスエズ運河地帯の平和及び安全を維持する主要な責任を果たし得なくなったことが加盟国の間で広く認識されたからであろうと思われる。 第に、安全保障理事会が英仏両国の拒否権行使によっていわば機能麻痺に陥った後、緊急特別総会が国連緊急軍(UNEF)の設置を勧告する決議を実際に採択し、それに基づきスエズ危機が世界的な武力紛争に転化する前にひとまず沈静化したことである。このような国際連合の対応は、安全保障理事会が英仏の拒否権行使のために主要な責任を果たし得なくなっても、総会がスエズ運河地帯の平和及び安全を回復するために引き続き具体的な措置を講ずべきであると考えられた証左ではないだろうか。 要するに、スエズ危機は、常任理事国の拒否権行使のために安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持について主要な責任を果たすことができなくなった結果、総会が旦拒否権によって否決された安保理決議案の目的を達成するために定の決議を採択し、現実に紛争の悪化を食い止めることができた典型例であると評価されうる。こうしたスエズ危機の興味深い側面を踏まえれば、英仏両国の拒否権行使にもかかわらず、それでもなお国連集団安全保障体制がスエズ危機を解決するために効果的に機能した理由を詳細に検討することは、実質事項、とくに国際連合の最大の目的たる国際の平和及び安全の維持に関わる拒否権の行使・威嚇に対する制約の可能性を探る出発点となりうるだろう。 以上の問題意識を踏まえて、本稿はまず、拒否権の成立過程に関する筆者のこれまでの研究を概観し、拒否権の本質、すなわち、常任理事国に拒否権が本来認められた前提条件を確認する。ついで、スエズ危機における英仏両国の拒否権行使及びそれに対する国連加盟国の対応を詳しく検討し、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為に関わる拒否 七六

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(    使同志社法学 六三巻四号 権の行使・威嚇に対する制約の可能性を探ることにしたい。そして最後に、本稿の検討の結果得られる手掛かりをもとに、拒否権の制約可能性を模索する本研究の今後の課題を具体的に提示することにしよう。

第章 拒否権の本質:常任理事国の特別な責任

 先に述べたとおり、拒否権制度に対する批判がとりわけ冷戦終焉後に高まっているにもかかわらず、従来の学説は実質事項に関する拒否権の行使ないし威嚇を依然として全面的に黙認し続けている。たしかに、国際社会は根本的には力・利益・価値の鋭く対立する主権国家が並存する分権的な基本構造を有している。その結果、拒否権の行使を制限する試みは五大国間の対立を助長しひいては大規模な武力紛争を勃発させかねない。現に、常任理事国、なかでも米国、ロシア、及び中国は拒否権の制約を推し進める近年の試みに対して強硬に反発する姿勢を崩していない。これらの諸点を踏まえれば、実質事項に関する拒否権の行使・威嚇を無制約に認めることが、国際秩序の安定に資することになり、結局、国際連合の最大の目的である国際の平和及び安全の維持に合致することになるのかも知れない。したがって、国際の平和及び安全の維持に関わる拒否権の行使・威嚇を黙認してきた従来の学説もあながち不当ではなかろう ₁₄

。 しかしながら、成立の経緯を顧みれば、そもそも五大国の拒否権は基本的に自国の死活的利益を守るために止むなく認められたものではなかったのか。だとすれば、五大国自身が紛争当事国である場合に行使する拒否権はともかく、紛争の当事国でない五大国が行使する拒否権は何らかの制約に服すべきものとして誕生したのではないか。したがって、拒否権制度に疑義を抱かせているように思われる近年の事態を評価する序論的考察として、拒否権制度の意義と限界を国連憲章の起草過程にまで遡って今度検討すべきであるように思われる。このような問題意識に基づき、筆者はこれ

七六三

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(    同志社法学 六三巻四号使

まで、拒否権の成立過程、具体的には、ダンバートン・オークス会議、ヤルタ会談、及びサンフランシスコ会議を素材として、そもそも常任理事国の拒否権はいかなる制約を持つ権利として誕生したのかを貫して考察してきた。検討の結果、少なくとも以下の三点が明らかとなった。 第に、たしかに、五大国、とくに当時の大軍事大国たる米ソの圧倒的な力が拒否権制度の成立過程に多大な影響を及ぼしたことは厳然たる事実であり、その意味で、常任理事国の拒否権はきわめて政治的な色彩が濃い制度として誕生したと言えよう。その結果、国際の平和及び安全の維持に関わる紛争の当事国たる常任理事国の拒否権は、何よりもまず、五大国自身の死活的利益を守るために認められた。実際、国際連盟において少数派の悲哀を痛感していたソ連の最高指導者ヨセフ・スターリン(

Jo se f S ta lin

)は、ソ連がフィンランド侵攻のかどで国際連盟の歴史上唯除名されたことをきわめて重く受け止めていた。そのため、彼はヤルタ会談において、国際連合がソ連自身に対して矛先を向けることを阻止するために拒否権を手中に納めることが国際連合に加わる大前提であると考えていた ₁₅

。同様に、ヤルタ会談において英国のウィンストン・チャーチル(

W in st on S . C hu rc hil l

)首相は、自国の死活的利益が危機に瀕するスエズ運河問題や香港問題について間違いなく拒否権を投ずると明言した ₁₆

。さらに、米国のフランクリン・ルーズベルト(

F ra nk lin D . R oo se ve lt

)大統領は、上院に連盟規約の批准を拒まれたウッドロー・ウィルソン(

W oo dr ow W ils on

)元大統領と同じ轍を踏まないように、孤立主義の伝統が根強い国内議会の意向を重視せざるを得なかった。その結果、紛争当事国としての常任理事国の拒否権を認めることは、国際連合の強制措置が自国に矛先を向けない確実な制度的保障を得るために、何よりも米国自身が国際連合へ加わる絶対条件であった ₁₇

。こうした死活的利益に関する大国の断固たる姿勢を考慮すれば、そもそも五大国に対して拒否権を認めなければ、国際連合において加盟国の普遍性を実現することは不可能であった。そして、サンフランシスコ会議に参加していた諸国家は、国際連盟がおよそ〇年足らずで崩壊し 七六四

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(    使同志社法学 六三巻四号 た主な理由が加盟国の普遍性の欠如、とくに米ソの不参加にあったと考えていた。そのため、五大国を含む普遍的な国際連合を樹立することは、拒否権を認めてもなお実現すべき至上命題と理解されていたのである。くわえて、未だ世界政府、世界議会、世界裁判所が存在しない分権的な構造を有する国際社会において、いずれかの常任理事国に対する国際連合の制裁は第三次世界大戦の勃発を助長し、ひいては国際連合の崩壊を招くことを意味した。こうして、国際の平和及び安全の維持に関する紛争の当事国である常任理事国の拒否権は、第三次世界大戦を阻止するいわば安全弁として、また、何よりも五大国を含む普遍的な国際連合を樹立するために認められることになった ₁₈

。 さらに、力の集中が実現していない国際社会において集団安全保障体制が実効的に機能するためには、大国の力の集中を核とする圧倒的な力の優位が保障されねばならない。そのため、安全保障理事会が中小国間の紛争について何らかの措置を発動する場合においても、力に裏付けられた五大国の全会致を律に切り捨てることはできないだろう。もしこのような力の集中を欠いたまま国際連合が無理に介入しようとすれば、たとえ中小国間の紛争であろうともそれについて具体的な利害を有する大国間の衝突を誘発し歩誤れば全世界的な動乱を勃発させる導火線にならないとも限らない。したがって、常任理事国の全会致の原則は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持のために実効的な強制措置を発動しうるためにも必要不可欠であった。こうした成立過程を踏まえれば、国際の平和及び安全の維持に関する常任理事国の拒否権制度が明確な法的制約を伴って誕生したと断定することはできないと言わざるを得ない ₁₉

。 第に、しかし、同時に、中小国が拒否権制度を最終的に受け入れたのは、五大国が中小国間の紛争に対して特別な責任を負うこと、五大国が共通の利益のために稀にしか拒否権を行使しない旨の声明を行ったこと、拒否権制度に対して近い将来何らかの改正が加えられること、等を前提条件とするものであった ₂₀

。すなわち、拒否権制度は、五大国の拒否権行使を制約する糸口となりうるこれらのいわば制約事由とも言うべきものを前提に成立したことも否定できない。

七六五

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(    同志社法学 六三巻四号使

たしかに、これらの制約事由は法的と言うよりはむしろ政治的なものであろう。しかし、それでもなお、五大国はこれらの制約事由を般的ながらも受け入れた結果、拒否権の行使ないし威嚇に対して何らかの制約を加える可能性を生み出す素地を作り出したとも分析できるように思われる ₂₁

。要するに、中小国が拒否権制度を最終的に受け入れたのは、常任理事国が国際連合の最大の目的たる国際の平和及び安全の維持に関して特別な責任を負うことが大前提となっていたのである ₂₂

。そして、常任理事国自身も、拒否権制度を擁護する四招請国声明において、拒否権が認められるのは五大国が国際の平和及び安全の維持に関して特別な責任を負うからであることを明確に主張していたのである ₂₃

。 第三に、国際の平和及び安全を維持する常任理事国の特別な責任は、国際連合からの加盟国の脱退に関する報告書がサンフランシスコ会議の終盤に採決されたことからも伺い知ることができる。すなわち、拒否権制度の改正に対しても全面的に拒否権が適用されることになったこともあり、サンフランシスコ会議に参加していた諸国家は、国際連合が人類の希望を裏切り平和を維持し得ないことが露呈されるか、あるいは法と正義を犠牲にすることによってしか平和を維持し得ないことが判明する場合、もしくは、将来国連憲章に対して何らかの改正の発効に必要な批准を確保し得ない場合において、国際連合からの加盟国の脱退あるいは国際連合の解体が不可避である旨の報告書を圧倒的多数で採決した。この報告書を採択することによってはじめて、拒否権制度を含む国連憲章が全体会合において正式に成立するに至ったのである ₂₄

。こうした経緯を踏まえれば、国際の平和及び安全の維持に関して主要な責任を担う安全保障理事会において五大国がどの程度常任理事国として特別な責任を負うかが、拒否権制度、ひいては国連集団安全保障体制の命運を握ると考えられていたと言っても過言ではないだろう ₂₅

。 拒否権の成立過程に関する以上の考察を踏まえれば、拒否権の行使・威嚇の問題は、常任理事国の特別な責任の問題といわば表裏体であり、このつの問題を切り離して議論すべきではない。これこそが、拒否権の行使・威嚇に対す 七六六

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(    使同志社法学 六三巻四号 る制約の可能性を模索する本研究にとって、いわば出発点であることを確認しておきたい。 ところが、冷戦勃発後、常任理事国は、サンフランシスコ会議において自らに課したこうした拒否権の制約事由を大幅に軽減する形で拒否権を様々な状況において行使していった。その意味で、サンフランシスコ会議で示された拒否権の制約事由は、全く無意味になったとまで断定し得ないとしても、その存在意義を著しく軽減したと言えるかも知れない。しかしながら、他方で、このような常任理事国による拒否権の頻繁な行使を克服するために、国連集団安全保障体制は紆余曲折を経ながらも着実に国際の平和及び安全を維持するための方策を生み出していった。その最初の試みが、九五〇年に採択された﹁平和のための結集﹂決議である。﹁平和のための結集﹂決議は、国連憲章制定後に五大国とりわけ総会における少数派のソ連が拒否権を乱発してきた状況を打開するために、拒否権の行使を正面から制約しようとする試みであった ₂₆

。この決議は、安全保障理事会が常任理事国の拒否権行使のために主要な責任を果たし得なくなった場合、総会が国際の平和及び安全を維持するために定の措置を勧告すべき状況に適用されるものと考えられた。政治的な観点からすれば、﹁平和のための結集﹂決議は、米国を中心とする西側諸国が、ソ連が拒否権を持つ安全保障理事会から西側諸国が多数を占める総会へ国際の平和及び安全の維持に関する国際連合の機能を移して、その数的優位を活用しようとするものであったと言えよう。これに対して、西側諸国のこうした政治的な意図を敏感に感じ取ったソ連は、﹁平和のための結集﹂決議が安全保障理事会の主要な責任を定める国連憲章第四条項などに違反すると激しく反発した ₂₇

。しかし、この決議が採択された当時の加盟国の対立がどのようなものであれ、旦成立した﹁平和のための結集﹂決議は後の実行に基づきいわば発展的に解釈されていくのである ₂₈

。 九五六年のスエズ危機はまさにこのような状況において勃発した。第章では、拒否権が本来認められた前提たる常任理事国の特別な責任を十分踏まえて、スエズ危機における英仏両国の拒否権行使に対する国連加盟国の対応を検討

七六七

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(    同志社法学 六三巻四号使

し、国際の平和及び安全の維持に関わる拒否権の行使・威嚇に対する制約の可能性を探っていくことにしよう。

第章 スエズ危機

 1.安全保障理事会の﹁主要な責任﹂の欠如

  ( 1 )  英 仏 の 拒 否 権 行 使

 九五六年七月、エジプトのガマル・ナセル(

G am al A . N as se r

)大統領は、ナイル川上流のダムを建設するための融資調達に失敗した。そのため、彼はスエズ運河会社を国有化し、運河の通航料をその資金に充てることを試みた。これに反発した英仏両国は、エジプトと休戦中のイスラエルと共謀してエジプトを攻撃させ、運河の自由航行を保障する名目で運河地帯に出兵することを目論むことになった ₂₉

。 同年〇月九日、イスラエルがエジプトのシナイ半島へ軍事進行を開始した。その直後、安全保障理事会の審議が開催された ₃₀

。イスラエルは、自国の軍事行動がエジプト領域内におけるアラブゲリラ(

fe da ye en

)基地からの攻撃に対する自衛の固有の権利の行使であると主張した ₃₁

。これに対してエジプトは、イスラエルの軍事行動が第次中東戦争後の休戦協定、安全保障理事会の関連決議、及び国連憲章の違反であるとして強く非難し、この軍事行動が国連憲章第七章の平和の破壊及び重大な侵略行為を構成すると主張した ₃₂

。 こうした事態を受けて、米国は、イスラエルに対して休戦ラインまで軍隊を撤退させることを要請し、かつ、全ての加盟国に対してスエズ地帯における武力の行使及びその威嚇を国連憲章の目的と両立しないいかなる方法によるものも慎むことを要請する安保理決議案を提出した ₃₃

。しかし、〇月三〇日、この決議案は英仏両国の拒否権によって否決さ 七六八

(14)

(    使同志社法学 六三巻四号 れた ₃₄

。英国はこの拒否権を次のように正当化した。すなわち、﹁この草案は安全保障理事会が進むべき正しい道筋を示しているとは思わない。もし感傷に浸ってこの提案だけを考慮すれば、むやみに反対すべきものではないだろう。しかし、この提案は、我々の見解では現実の状況に合致するものではない ₃₅

﹂。 米国決議案が否決された後、ソ連は、全ての関係当事国に即時停戦を要求し、とくにイスラエルに即時撤退を要請する決議案を提出した ₃₆

。ソ連決議案はイスラエルの軍事行動に焦点を絞ることによって、英仏両国の拒否権を回避することを狙ったものであった。しかし、この決議案も、米国案の拒絶と同じ理由に基づき、英仏の拒否権によって葬り去られた ₃₇

。〇月三〇日、英仏両国は、事前に計画した通り、戦闘を中止しなければ英仏がスエズ地域を占領することも辞さない旨の最後通牒をエジプトとイスラエルに突きつけた ₃₈

。その直後に英仏両国が軍事干渉を開始したことを受けて、安全保障理事会の理事国はこの軍事干渉をめぐって侃々諤々の討議を行った ₃₉

。英仏の拒否権行使及びそれに続く露骨な軍事干渉に対して、ユーゴスラビアは〇月三日に決議案を提出した ₄₀

。この決議案は、﹁安全保障理事会の七四九会合及び七五〇会合における常任理事国の全会致の欠如が、国際の平和及び安全の維持に関する安全保障理事会の主要な責任を果たすことを妨げていることを考慮して﹂、スエズ地域における平和及び安全を回復するための適切な勧告をするために、﹁平和のための結集﹂決議に定められた緊急特別総会の招集を要請するものであった。この決議案は﹁平和のための結集﹂決議の関連規定に基づき、賛成七、反対、棄権によって採択された ₄₁

。この決議がユーゴスラビアのイニシアチブによって実現したことは興味深い。なぜなら、当時のユーゴスラビア大統領ジョセフ・チトー(

Jo sh ip

B . T ito

)は、緊急特別総会における国連緊急軍の設置に大きな影響を及ぼすことになるいわゆる非同盟運動の中心になりつつあったからである ₄₂

。また、後に詳しく分析するとおり、﹁平和のための結集﹂決議に貫して反対していたソ連が、この決議案に対して賛成票を投じたことも無視できない。

七六九

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(    同志社法学 六三巻四号使

  ( 2 )  英 仏 の 拒 否 権 行 使 を 正 当 化 す る 議 論

 なぜ安全保障理事会においてほとんどの理事国は、安全保障理事会がスエズ運河地帯の平和及び安全の維持に関して主要な責任を果たしていないことを認めて、﹁平和のための結集﹂決議を援用するユーゴスラビアの決議案を採択したのだろうか。拒否権の制約可能性を探る本稿の目的に照らせば、安全保障理事会における米ソの安保理決議案に対する英仏の拒否権行使、及び、それに対する国連加盟国の対応を掘り下げて検討することが必須である ₄₃

。ここではまず、英仏両国の拒否権行使を正当化するためにいかなる議論が展開されてきたのかを検討しよう。そのうえで、次節では、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為に関わる拒否権の行使・威嚇を制約する可能性の観点から、それらの議論を批判的に検討していこう。 まず、拒否権の起草過程を踏まえれば、国連憲章上、英仏両国が米ソの安保理決議案に対して拒否権の行使を控える明確な法的義務を負うと主張することはきわめて難しいと言わざるを得ないように思われる。厳密に言えば、米ソの安保理決議案が国連憲章第六章を援用しているのか、それとも、第七章を援用しているのか必ずしも明らかではない。実際、このつの決議案は国連憲章の特定の規定に全く触れていない。この点を踏まえ英仏両国は、イスラエルとエジプト間の紛争に直接関係しない国家として、国連憲章第六章に基づく﹁紛争の平和的解決﹂を扱う米ソの安保理決議案に対して拒否権を行使したと主張しているように思われる ₄₄

。この正当化に対して反論を加えることは難しい。なぜなら、国連憲章の起草過程において、常任理事国は、直接の紛争当事国でない場合であっても、いわゆる﹁事件連鎖理論﹂に基づき国連憲章第六章において拒否権を行使しうることが認められたからである ₄₅

。もっとも、英仏両国は共謀作戦のためにイスラエルとエジプト間の紛争の当事国であり、その結果、この常任理事国は国連憲章第七条三項の第文に基づいて投票を棄権する義務を負っていたと反論しうるかも知れない。しかし、いかなる国家も、英仏両国に対して、 七七〇

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(    使同志社法学 六三巻四号 米ソの安保理決議案が国連憲章第六章の﹁紛争の平和的解決﹂を扱っているために投票を棄権すべきであるとは要請しなかった。また、正確に言えば、米ソの安保理決議案が投票に付されたのは、英仏両国自身が軍事干渉を開始する前であった。そうだとすれば、さきに挙げた英仏自身の正当化、すなわち、英仏両国がエジプトとイスラエル間の紛争に直接関係しない国家として、国連憲章第六章を扱う米ソの決議案に拒否権を行使しうると論ずる余地もあろう。もっとも、このような英仏の正当化が他の加盟国によってどの程度受け入れられたのかは必ずしも明らかではない ₄₆

。 したがって、英仏両国は、国連憲章第七章に関わる米ソの安保理決議案に対して拒否権を行使したと理解することも可能である。実際、多くの加盟国、とりわけ米国とソ連は、イスラエルの軍事行動が平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為に該当すると主張していた。さらに、ソ連が自国の決議案の投票前に決議案の文言を﹁全ての関係当事国﹂から﹁イスラエルとエジプト﹂へ変更する英仏両国の要求に譲歩した経緯を踏まえると、英仏両国は、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為に関わるエジプトとイスラエル間の紛争の当事国でない国家として拒否権を投じたと解しうるようにも見受けられる ₄₇

。 しかし、それでもなお、英仏の拒否権行使は国連憲章において認められると評価せざるを得ないだろう。なぜなら、国連憲章の起草過程において、常任理事国は、国連憲章第七章における﹁平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動﹂を扱う決議案に対して拒否権を行使することを妨げられないことになったからである。第章において指摘したとおり、国際の平和及び安全の維持に関する拒否権は、第三次世界大戦ひいては国際連合の崩壊を防止するため、安全保障理事会が五大国の力に裏付けられた実効的な措置を発動するため、そして、何より五大国を含む普遍的な国際連合を樹立するために認められざるを得なかった。これらの点を踏まえるならば、常任理事国が、たとえ国連憲章第七章における紛争の当事国でない場合であっても、拒否権を行使することが国連憲章上認められていると言わざるを

七七

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(    同志社法学 六三巻四号使

得ない。 たしかに、こうした正当化に反論するためにいくつかの国連憲章の規定を援用することはできよう。たとえば、国連憲章第四条項は、﹁国際連合の迅速かつ有効な行動を確保するために、国際連合加盟国は、国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を安全保障理事会に負わせるものとし、かつ安全保障理事会がこの責任に基づく義務を果たすにあたって加盟国に代わって行動することに同意する﹂と規定する。加えて、同条項は、﹁前記の義務を果たすにあたっては、安全保障理事会は、国際連合の目的及び原則に従って行動しなければならない。この義務を果たすために安全保障理事会に与えられる特定の権限は、第六章、第七章、第八章及び第章で定める﹂と定めている。このつの規定は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を果たすために、五大国が常任理事国として国際連合の目的及び原則と合致するように拒否権を行使しなければならないことを示唆しているようにも見受けられる。 しかしながら、国際連合の目的を定める国連憲章第条の第項によれば、国際連合は、平和を破壊するに至るおそれのある国際的な紛争又は事態においては﹁正義と国際法の原則に従って﹂当該紛争又は事態の平和的な解決を実現することになっているけれども、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為を鎮圧するために集団的な措置を執る際には、必ずしも﹁正義と国際法の原則に合致するように﹂行動する必要がないと般に解されている ₄₈

。そのため、安全保障理事会は、問題となっている状況が国連憲章第三九条に基づく平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為であるかどうかを決定する際に広範な裁量を有している。その結果、安全保障理事会の常任理事国も、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為が存在すると思われるような状況において拒否権を投ずるかどうかを決定する際に、幅広い裁量を有していると言わざるを得ない。これこそ、従来の学説が、拒否権の行使・威嚇は基本的に政治的な問題であり、 七七

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(    使同志社法学 六三巻四号 実質事項に関する拒否権の行使・威嚇に対して憲章上いかなる制約も課すことができないと主張してきた主たる理由であると言って良いだろう。以上の議論を踏まえれば、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為を扱うと考えられる米ソの安保理決議案に対する英仏両国の拒否権行使を、国連憲章上、制限することはきわめて難しいと結論せざるを得ないように思われる ₄₉

  ( 3 )  英 仏 の 拒 否 権 行 使 に 対 す る 批 判 的 検 討 : 常 任 理 事 国 の 特 別 な 責 任

 英仏両国の拒否権行使を正当化するこうした議論はきわめて説得力があり現行法(

lex lata

)の観点から広く受け入れられているように思われる。しかし、これらの議論は、拒否権の行使・威嚇に対する制約の可能性を立法論(

lex ferenda

)の観点から模索する本研究にとって十分であるとは言い難い。では、平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為に関わる拒否権の行使・威嚇の制約の可能性を探る手掛かりを得るために、いかなる視点から、スエズ危機における英仏の拒否権行使及びそれに対する国連加盟国の対応を考察していくべきだろうか。 この点に関しては、何よりもまず、第章において明らかにした拒否権の本質、すなわち、拒否権が本来認められたのは、常任理事国が国際の平和及び安全の維持のために特別な責任を果たすことが大前提であったことを再確認しなければならない。つまり、拒否権の行使・威嚇の問題は常任理事国の特別な責任の問題といわば表裏体であり、このつの問題を切り離して議論すべきではないのである。これこそが、拒否権の行使・威嚇に対する制約の可能性を模索する本研究の出発点である。 この点を踏まえれば、スエズ危機においてほとんどの国連加盟国が、国連憲章第四条項に基づく安全保障理事会の主要な責任と並んで、スエズ運河地帯の平和及び安全を維持するための英仏両国の常任理事国としての特別な責任を

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強調していたことは、より層意味深いように思われる ₅₀

。たとえばレバノンは、﹁英国は同盟国たるフランスと共に侵略の犠牲国(エジプト:筆者注)を突き殺した。この醜い情勢を引き起こした英仏両国の責任は、世界中の平和及び安全の維持を任務とする機関である安全保障理事会の理事国としてこの国に課されている特別な責任に照らせば、より層大きくなる。また、英仏両国の責任は次のような理由に基づきより層重くなる。すなわち、国連憲章はこの国を、安全保障理事会において自らの義務をより効果的に果たしうるように特別の権限と特権を与えている常任理事国と定めているからである ₅₁

﹂と主張した。 では、国連加盟国が、英仏両国はスエズ運河地帯の平和及び安全を回復するために特別な責任を負うと主張したことに、どのような意味合いがあるのだろうか。これは、スエズ危機における英仏両国の拒否権行使に対する国連加盟国の対応の先例的な意味合いを探るうえで慎重な検討を要する問題である。今日まで、多くの論者は、拒否権の行使・威嚇と表裏体である常任理事国の特別な責任が政治的な問題であり、厳密な法的制約に服さないと主張している。また彼らは、常任理事国の特別な責任がどの程度法的な意味合い(

le ga l im pli ca tio n

)ないし法的な重要性(

le ga l r ele va nc e

)を有するかを検討することついても消極的な態度に終始している。彼らは、通常、法と政治、法と道徳、現行法と立法論の区別を強調する厳格な法実証主義に依拠したうえで、国際の平和及び安全の維持の分野において常任理事国が担う特別な責任の法的な意味合いあるいは重要性をもう歩踏み込んで検討しようとしない ₅₂

。 しかしながら、この方法論は本稿の目的に照らせば不適切である。なぜなら、本稿の目的は、立法論の観点から拒否権の行使・威嚇に対する制約の可能性を探る手掛かりを得ることだからである。したがって、たとえもしスエズ危機における英仏両国の拒否権行使が現行法たる国連憲章の下で合法でないとまで主張し得ないとしても、英仏両国が常任理事国として特別な責任をどの程度果たしたかを国連加盟国の対応から検討することは、拒否権の制約可能性を探る立法 七七四

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(    使同志社法学 六三巻四号 論の観点から重要な作業として浮かび上がってくるように思われる。そして、安全保障理事会の審議における各国の発言を子細に検討するならば、スエズ危機における英仏両国の特別な責任について踏み込んで検討する際、少なくとも次の五点を確認しておかなければならない。 第に、ほぼすべての国連加盟国は、英仏の軍事行動がイスラエルとの共謀であることを見抜いたうえで、この共謀作戦が国連憲章に違反すると判断した。国連加盟国は、この軍事行動が、英仏の主張する時的な警察行動であるどころか、実際には国連憲章第七章における平和に対する脅威、平和の破壊、又は侵略行為に該当し、その結果、﹁平和のための結集﹂決議を援用する最も重要な前提条件のつが満たされたと考えるに至ったように思われる ₅₃

。 第に、米国とソ連がそれぞれ提出した安保理決議案の主要な目的は、全ての関係当事国、とくにイスラエルに対して即時停戦及び休戦ラインまでの即時撤退を要請するものであった。これは、少なくとも建前上、まさに英仏両国がスエズ運河地帯へ出兵しようとした目的であった。にもかかわらず、この大国は、米ソ安保理決議案に対して拒否権を投じたばかりか、露骨な植民地政策を押し進めるために軍事作戦を展開したのであった ₅₄

。 第三に、国際連合は、九四八年の第次中東戦争の後に国連休戦監視団(UNTSO)を派遣したのみならず、九五〇年代からスエズ運河の管理問題を継続的に討議することによって、すでにスエズ地域に相当程度関与していた。それにもかかわらず、英仏及びイスラエルの三国が国際連合、とくに安全保障理事会を蚊帳の外において軍事行動を開始したことに多くの安保理事国が憤慨した。この文脈において、ほぼ全ての国家は、エジプトに対するイスラエルの侵略が、国連休戦監視団によって監視されていた休戦ラインの明確な違反であることを繰り返し強調していたのである ₅₅

。 第四に、当時の大軍事大国たる米国とソ連は、お互いに異なる動機に基づきながらも、英仏及びイスラエルの共謀軍事行動が継続されるべきでないことで致していた。この米ソのいわば消極的な協調は、国連加盟国の発言から直接

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(    同志社法学 六三巻四号使

導き出されるわけではない。しかし、それは、スエズ危機が緊急特別総会において取り上げられた主要な背景のつであった ₅₆

。なぜなら、もし安全保障理事会において米国とソ連のいずれかがユーゴスラビア決議案に反対票を投じていたら、この決議案は採択されず、緊急特別総会が﹁平和のための結集﹂決議に基づき開催されることはなかったであろうからである。 最後に、より大きな背景として、国連加盟国は、地域的なスエズ危機が世界的な核戦争へ転化することを防ぐ共通の利益を有していたことが挙げられる。このような加盟国の共通利益は、ソ連がスエズ危機の解決のためには核兵器の使用も辞さない強硬な態度を誇示し、全面的な核戦争が勃発する危険性が現実味を帯びていたことからも伺い知ることができる ₅₇

。なお、国連加盟国の共通の利益については、アジア・アフリカ諸国が、東西いすれのブロックにも属さない第三勢力として、当時台頭し始めていたことが重要である。九五五年、アジア・アフリカ諸国を含む六の国家が国際連合に加盟し、国連加盟国数は七六に達した。その結果、アメリカの投票マシーンといわれたラテン・アメリカ諸国の〇票が、いつでも総会決議の採択を阻止するのに十分な総会の三分のを占める時代は終焉を迎えることになった。これは、国際連合におけるアメリカの影響力の低下をもたらす方で、非同盟諸国と呼ばれるアジア・アフリカ諸国の発言力が急速に高まっていくことを意味した。このように国連加盟国の全体的な構成が大きく変化しつつあったことが、安全保障理事会の審議に対してもかなりの影響を及ぼしていた。ユーゴスラビアの主導により﹁平和のための結集﹂決議を援用する安保理決議が採択されたことは、非同盟諸国が東西冷戦の構図から歩引いて国際の平和及び安全を維持する加盟国の共通利益の推進に腐心した成果であろう ₅₈

。 以上を総合すれば、少なくともこの五つの実質的な理由・背景が複雑に絡み合ったからこそ、ほとんどの国連加盟国は、英仏両国が国際の平和及び安全の維持に関する常任理事国の特別な責任を果たさなかったと認識するに至ったよう 七七六

参照

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