農村地域における文化的・社会的資本蓄積―甲良町 グラウンドワークをモデルとして―
著者 古池 嘉和
雑誌名 同志社政策研究
号 2
ページ 111‑124
発行年 2008‑03‑15
権利 同志社大学政策学会
URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000011409
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「農村地域における文化的・社会的資本蓄積」
― 甲良町グラウンドワークをモデルとして ―
名古屋学院大学経済学部
古池 嘉和
Yoshikazu Koike
概要
農村集落共同体は、時代の流れとともに変容している。本稿では、水との関わりを 共通の文化として共有化し、そのプロセスの中で、相互関係を構築してきた甲良町の グラウンドワークによる環境整備事業を集落モデルとして位置づけ、その活動を経済 資本ではない文化的・社会的な資本蓄積として評価するとともに、今日的な課題を明 らかにする。
はじめに
グラウンドワーク事業は、英国において始まり、我が国においても身近な環境整備の 手法として導入された。我が国において、その事業をいち早く取り入れた先進事例とし て「東の三島 西の甲良」と称されるのが甲良町(滋賀県)である。
本稿では、まず、このような甲良町におけるグラウンドワークによる環境整備・まちづく りを集落モデルとして位置付け、その特徴を明らかにする。その上で、そのモデルが果 たした役割を「文化資本」「社会関係資本」を手がかりとして考察していく。
1 .
グラウンドワークの意義と役割本章では、まず「グラウンドワーク事業」が生まれた、英国における取組を整理し、そ の活動の理念となっている点を明らかにしておく。
1.1.設立経緯と理念
グラウンドワーク(以下、GW)は、1980年代以降、英国で実験的に始められた制度で あり、市民、企業、行政のパートナーシップによる身近な環境形成の仕組みである。G Wは、地域環境づくりの基盤を整備する意味での「グラウンド」で行なう創造活動(ワー ク)と、地域からの「行動とそのためのパートナーシップ(Partnership for action)」という 意味を包含している。このことから分かるように、GWは、地域社会の構成員が自らの環 境整備を自覚的に取り組むことが必要である。
次に、英国におけるGW設立の経緯を概観してみる。GWは、元々、「田園地域委員 会(Countryside Commission)」が考案した方式である。英国においても都市近郊の農 地は、都市的な利用と農村的利用の鬩ぎあう場となり、無秩序な開発とともに劣悪な 景観が生まれていた。そこで、秩序ある土地利用とともに景観を保全する手法として、
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規制方式ではなく、オーガナイザーが利害を調整しつつ、こうした問題に対処する方式 を実験的に実施していったのである。そして、より大規模な仕組みとして、組織的な専 門家集団が常設の地域団体を組織化し、それを行政が支援するプロジェクト「UFEX80
(Urban Fringe Experiment 1980)」となった。こうして、1981年にグラウンドワークトラス トの第1号が設立されたのである。
1.2.グラウンドワークトラスト
GWは、ともすると利害対立的な行政、企業、住民の間の関係を、地域という場におい て、協働関係に変えていくものである。同時に、そのことは、地域政策を、行政主導から民 間主導へと転換することを意味する。英国の場合、その実行組織は、トラストの形をとる1)。 その特徴は、民間の公益(ボランタリー)団体であり、有給の専属スタッフを有する専門家 集団である。行政は、トラストが自立するために資金的な支援を行うが、トラスト自体も収益 事業を展開し、そこでの利益を収益性の乏しいコミュニティ活動に充てている。トラストは、
専門組織ではあるが、住民に代わって事業を行うのではない。コミュニティが自らの問題を 自覚的に行動できるよう、住民と環境を一体的にマネジメントしていく組織である。
2 .
甲良町の概要本章では、ケーススタディとなる甲良町の特徴を概括する。ここでは、甲良町GWが、
町の歴史的・文化的な特徴と、どのように関係しているのかを概括しておきたい。
2.1.地勢的特徴
甲良町は、琵琶湖の東部に位置する湖東地区の中心都市である彦根市と接してい る。面積は、13.66km2(東西5.32km、南北5.15km)であり、犬上川左岸の扇状地である 湖東平野に位置する。土地利用としては、農用地(784ha)と宅地(158ha)が中心であ り、その他は林野、原野などとなっている。また、扇状地で形成されていることから、
全体的に緩やかな傾斜地形である。
2.2.歴史的特徴
甲良町は、洪水と旱魃を繰り返した歴史を持っている。1932年(昭和7年)の大旱魃 においては、犬上川両岸に農民が大挙して水争いを行い、大惨事となった歴史がある。
さらに、日本で最初の灌漑用ダムとして犬上ダムが築造されるなど、水をめぐる先人の 苦悩の歴史を持っている。
2.3.人口動態
人口は、逓減傾向にある。データで見ると、平成2年の国勢調査では9,024人、同平 成7年が8,878人、同12年が8,700人、同17年が8,600人となっている。基本的には、13 の集落が固定的な居住の場となっており、一団の土地に、新たな住宅地が整備される ことはない。滋賀県は湖南地方を中心に、京阪神都市圏の外延化の影響により、人口
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が増加しているが、甲良町まではその影響が及んでいない。一方、高齢化率は、急速 に高まっている。平成2年は、13.3%であったが、平成17年では22.1%にまで高まって おり、集落ごとに差があるものの全体としては、高齢化が急速に進んでいると言える。
2.4.産業構造
平成12年の国勢調査によれば、第一次産業の比率は、僅か5.2%にすぎない。それに対 して、第二次産業は51.7%と高く、甲良町の主たる産業は建設・土木である。また、第三次 産業は、42.1%となっており、相対的に第二次産業の比率が高くなっていることが分かる。
2.5.財政状況
甲良町の財政状況は、極めて厳しい状況にある。とりわけ、表1に示すとおり、1980 年度前後の数年間は、極めて厳しい状況に置かれていたことが分かる。この時期は、
慢性的な財政危機に陥っており、1986年には「財政健全化計画」を策定し、一般公共 事業の中断、抑制により、何とか最悪の事態を乗り切ることができた。こうしたことから、
住民の中には「予算がないので何も出来ないのでは」という諦観ムードが蔓延していた。
表1 甲良町の財政状況
2.6.総括
これまで見てきたように、甲良町は、農用地の中に、13の集落を基礎とする居住地 区が点在しており、集落営農を基礎とする共同性を保持してきた。歴史的に見ても、生 産/生活の両面において、水との関わりは重要な位置を占めており、水辺は景観とし ての価値以上の価値を持った資源であったと言える。このような水辺の景観が消え、
水に纏わる文化が消滅することへの危惧が、GWの精神を支えた一つの要因になって いる。
3 .
甲良町GWの仕組みここで甲良町のGWの仕組みを見て見よう。まず、甲良町の取り組みについて、
1981年の「ほ場整備事業」以降を概観し、その中で、特に、組織についての特徴を整理 し、最後に取り組み事例を紹介する。
財政力指数 0.328 0.251 0.25 0.27 0.274 0.313 0.407 経常費比率 71.2 89.7 97.1 90.8 73.2 79 88.2
(年度)
* 2005年度については、財政力指数は3ヵ年平均 * 2005年度は、「平成17年度地方財政状況調査」より
* その他は、甲良町より入手した「普通会計決算分析指数等の推移」より論者作成
1970 1975 1980 1985 1990 1995 (参考)2005
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3.1.取組の経緯
ここでは、せせらぎ遊園が形作られた経緯を、時系列で整理しておきたい。財政状 況が厳しい状況にあった1980年頃、甲良町に対して、「ほ場整備事業(1981年)」が、ま た、集落内水路のパイプライン化による「用水改良計画(1983年)」が、相次いで提示さ れた。住民の間には、こうした計画の推進により、水と共にあった甲良町の暮らしが大 きく変化することへの危惧から、水辺環境を守ろうとする意識が醸成されていった。こ のような住民意識の盛り上がりを背景に、「犬上地区環境検討委員会」が設置され、集 落内水路の水量の低下や環境変化に対する調査が実施され、その対策が検討された。
その結果、1985年に「甲良町農村景観形成構想(水と緑あふれる農村を守り育てるた めに)」が纏められ、住民の参加意識がさらに高まっていくこととなった。
そして、町では、1990年に策定した「第1次総合計画」の中で、「せせらぎ遊園構想」
を提示、集落景観の保全・整備を最優先する方針を打ち出した。その際「ふるさと創生 事業」にて得た資金を元に、各集落に一律百万円を交付し「花いっぱい運動」と「集落 の顔づくり事業」の支援を行った。こうした事業が契機となって、住民が主体となる個性 あるむらづくり運動が継続していくこととなる。
一方、1988年からは、「農業水利施設高度利用事業」「水環境整備事業」の導入が始 まり、地下のパイプラインによって供給される農業用水の分水工を利用して、「滝」や「湧 水」を設けた親水公園14か所、集落内水路7路線の景観整備事業が進むこととなる。
また、「ふるさと創生事業」の後、「地域づくり推進事業(1990年〜1992年)」により、ほ場 地区内の樹林を残した「虫たちの森(3ヶ所)」の保全や、「ふるさとの道路景観整備事業」
なども導入された。このように国・県の各種補助制度を活用し、また、自ら制度化する 中で、住民と協働で行うむらづくりが実現したのである。
これらの事業は、専門家の指導の元、住民と行政が協働で計画、設計、工事まで実 施するものである。いわゆるGWによる事業化である。その際、集落の抱えている諸課 題を、住民と行政が協働しつつ解決するための組織として、各集落に「むらづくり委員 会」が設置されることとなる。これは、1990年に町が制度化した「水と緑の景観整備事 業2)」に基づき、集落が要望する景観整備の際に、必要な組織として位置づけたもの である。さらに、1991年からは、人材育成と町全体のまちづくりを考えていく場として、「せ せらぎ夢現塾」が開講される。これらの組織については、次項で詳細に検討していく。
その後、1994年には「日本グラウンドワーク協会」に参加、また、「甲良町グラウンドワー ク準備会」を設立するなど組織体制の整備が進む。さらに1994・1997年には、英国グラ ウンドワーク視察団に2名参加、1998年からは「甲良町グラウンドワーク・トラスト」設立に 向けて共同研究が始まり、1999年には、甲良町GW準備会事務所が設立される。
その後、財団法人日本グラウンドワーク協会アクションプランに基づくパイロット地区に 認定され、トラスト設立に向け活発な動きを見せるものの、結果的には、独立した運営で 協働 をコーディネートしていく役割を果たす組織ではなく、住民のネットワークの核に 留まることとなった。
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3.2.組織の特徴 3.2.1.むらづくり委員会
甲良町GWの推進母体は、むらづくり委員会である。同委員会は、13集落のすべてに 設置され、集落ごとの環境整備事業を推進していくものである。しかし集落には、従来か らの自治組織が存在する。むらづくり委員会の特徴は、従来の自治組織が行政と縦の 関係にあるのに対して、横の関係にあることである。その点を、甲良町役場の山田3)は、
以下のように記している。
集落間で多少の違いはあるが、自治会、農業組合、公民館など既設の縦割 り組織ではなく、その集落を構成している多種多様な人材により組織され、集 落計画作成だけではなく、実際に汗を流す地域活動も担い、各集落自治組織 の中に位置付けられて編成されており、集落執行部である従来の集落役員組 織を補完する諮問的組織として、実践活動組織として、多様な住民が参画でき、
いろいろな提案を柔軟に受け止めながら様々な成果をあげている。
むらづくり委員会は、こうして自治組織との関係を保持しつつも、これまで自治組織に 参加していない多様な人々が集落計画策定に参加することができ、それを自ら実践す ることに意義がある。従来の自治組織が前近代的であり、意思決定の仕組みが硬直的 であったのに対して、それを補完する形で柔軟な組織として制度化されたものである。
その態様は、各集落において多様であるが、代表的な二つの集落を見ておきたい。
1)北落
① 特徴
犬上川左岸に近接する純農村である。純粋農村であるものの、農業は稲作 単一型で60歳〜70歳代の農業従事者を除くと100%が第二種兼業である。
② 人口 371人 世帯数105世帯(2006年町勢要覧より)
③ 設立経過
他の字に先駆けて、より良い北落の将来づくりを目指して区長の付属機関と して発足(1994年、10名で発足)
④ 設立の背景
区内自治を進める諸案件を体系的に進める協議機関が不十分であったこと、
ほ場整備事業(平成3〜5年)とあいまって、多様な関連事業を整理、推進する 時期にあったことを挙げている。
⑤ 委員会組織4)
・営農部会………集落営農ビジョンづくり(後継者育成、共同作業、機械共同 作業、施設整備(農業倉庫他))
・生活文化部会…文化・スポーツ、生活改善、人材バンク、歴史・文化の掘り起 こし、各種意向調査
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・集落内環境整備…集落内道路、日吉神社(森)、集落下水道、河川、新屋敷、
ポケットパーク、居住空間、せせらぎ池、もえないゴミ
・集落外環境整備…第一次事業(柿道・火舞の森・墓地公園・農村公園)、集 落周辺道路、河川・排水、道しるべ、せせらぎ池
(平成10年3月23日;「せせらぎ遊園を語ろう会」配布資料より)
2)尼子
① 特徴
尼子は、13集落の中では、総人口(2006年町勢要覧データ)で3番目に大き な集落である。町内で唯一の公共交通(鉄軌道系)である近江鉄道の尼子駅を 抱えており、外部との玄関口でもある。そのため、農村に暮らす住民のみならず 都市住民にとってもかけがえのない空間づくりを目指し、ハード・ソフト事業を積 極的に展開している。
② 人口 997人 世帯数105世帯(2006年町勢要覧より)
③ 委員会構成
区長―会長―事務局(実行委員長、副委員長(28名)、書記、会計
・歴史班(歴史)
・県道・河川班(自然)
・グランド班(ふれあい)
・記録班(ビデオ製作)
・総務班
④ 事業内容
「歴史の村」尼子づくり(尼子館跡土塁の保存、殿城池の保存と修景等)
「主要道路及び河川の整備修景」(尼子川景観整備、ポケットパークの設置等)
「草の根広場」(親水公園の建設、憩いの家建設、農業機械格納庫の建設等)
「ホタルの森と散策道の設置」(ホタルの川の改修工事、ホタルの森の景観整備等)
「まちづくり活動への住民意識を高める活動」(シンボルマーク・尼子の歌等)
「尼子案内PR活動等」(住宅及び観光案内図の製作と設置、ビデオ製作等)
「将来につなげる活動」(川すじサミットの開催、せせらぎ農園、特産品開発等)
(「甲良町大字尼子区/尼子むらづくり推進委員会」資料より)
上記のことから、むらづくり委員会の特徴として、三つの点に注目したい。ひとつは、
集落営農を基盤とする農村コミュニティ5)が基礎となっている点である。このことからも 分かるように、甲良町では、生産面における地域の結びつきが強いことが特徴となって いる。北落では、営農部会が集落営農のビジョン(後継者育成、共同作業、機械共同 作業、施設整備(農業倉庫他))を作成すると同時に、生活文化部会が暮らしの質を高 める活動を展開している。すなわち、生業/生活が一体的に強く結びついた集落機能 を基礎として、GW事業が成り立っていると言える。
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次は、むらづくり委員会が、環境整備事業を核としながらも、多様な面で役割を果た している点である。北落では、近年、健康推進部会が中心となって食事の減塩や料理 教室のような健康推進事業に力を入れるなど、ソフトなテーマにも積極的に取り組んで いる。一方、尼子では、地区の特徴を活かし、特産品の開発や外部を意識した交流事 業も展開している。すなわち、むらづくり委員会は、環境整備の枠を超えて、集落の総 合的な計画づくり、実践活動を行っていることが分かる。
最後に、行政との強い結びつきである。論者がむらづくり委員会に参加した経験からは、
行政職員が、むらづくり委員会でも中心的な役割を発揮していることが分かった。甲良町 は、総人口1万人に満たない小さな自治体であり、お互いが顔の見える関係にある6)。そし て、彼/彼女らは、集落に帰れば地域コミュミティのリーダーでもあることは容易に想像でき よう。このように、行政と住民の強い協働性がGWを支える基盤であることが分かる。
3.2.2. せせらぎ夢現塾
せせらぎ遊園のまちづくりは、1994年度からスタートし、集落ごとに住民主導で環境 づくりが推進されていた。せせらぎ夢現塾は、その初期段階に、各集落のむらづくり委 員会をリードする人材を育てる役割を発揮していた。その後、せせらぎ夢現塾は、年度 を増すごとに、リーダー養成機能に加えて、集落のむらづくりの共通の課題に対応し、
町としてのビジョンづくりのための「まちづくり塾」としての機能を強化していった。
例えば、平成8年度の夢現塾を見てみよう。塾生の構成委員は、各集落のむらづく り委員が18名、小・中学校の教員が5名、区民(むらづくり委員以外)が13名、琵琶湖 研究所所員1名の計37名である。年度の目標は、平成7年度からの継続として、「せせ らぎ遊園のまちづくり(町全体として、各集落のむらづくり)」に、直接的・間接的に関 わることを目指している。そのため、「塾生によるせせらぎ遊園の点検活動(①せせらぎ 遊園の水利用についての点検、②せせらぎ遊園のまちづくりを支える各集落づくり、
人づくりの点検)」をテーマとしている。
ここで、具体的な事業の例を幾つか挙げておきたい。平成8年6月30日に開催された「せ せらぎ夢現塾現地点検活動」では、上記の目標を達成するため、①集落内水路が日常生 活に使われている場所、②水路や親水施設にどんな生き物や植物がいるのかについての 点検、③水路や親水公園の中でのマイナス面の点検、の3つの項目により点検活動を行 っている。また、平成8年7月15日には、東京農工大学の学生とともに、金屋集落内水路や 在土・尼子集落内水路の生物実態調査を行っている。こうした調査・点検活動の成果を、
集落にフィードバックさせ、むらづくり委員会の活動を評価・支援しているのである。
同時に、せせらぎ夢現塾は、専門家(大学教員4名)からの指導を受け、住民自らが 見識を高めるための講座を開催している。例えば、「見つけよう、水の宝さがし(平成8 年12月12日)」「次世代へ生態系を!ビオトープを学ぶ(平成9年1月20日)」などである。
また、塾生の中に地元の小・中学校の教員も多数参加しているが、例えば、ホタル観察 会などでは、こうした塾生が講師となり、水路における生物観察などを行っている。この ような活動は、学校との協働・連携を行う上でも、重要なことである。
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以上のような各組織の相関関係を図1に示した。
図1 協働関係相関図
3.3.せせらぎ遊園の整備例
次に、GWで整備された実際の整備事例を見ておきたい。図2は、筆者が2007年9月 に撮影したものである。写真1は、尼子集落の「水辺の花」である。写真2は下之郷集落 の「神明の滝」である。いずれも、住民の手による公共事業であり、整備後の管理も行 き届いている様子が伺える。
図2 GWで整備された環境整備事例 写真1 尼子 写真2 下之郷
筆者撮影 小中学校
せせらぎ夢現塾
(学習組織)
地域環境整備の実践 住民・個人・企業
核組織
*集落単位のむらづくり 委員会
行 政 担当課
(関係部署)
専門家
長期間に関わり 専門的なアドヴァイス
資料「せせらぎ遊園のまちづくり(甲良町)資料」より筆者作成
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4 .
文化資本としてのグラウンドワークこれまで見てきたようなGWによる環境整備事業は、農村集落における文化的・社会 的資本の蓄積であると評価できるのではないだろうか。本章では「文化資本」、「社会関 係資本」の概念を手がかりに、甲良町におけるGW事業との関わりを検証してみたい。
4.1.文化資本とは
P. ブルデューは、広い意味での文化に関わる有形・無形の所有物の総体を文化資 本として位置付け、それを「身体化された文化資本」、「客体化された文化資本」、「制度 化された文化資本」に区分している。この場合、身体化された文化資本とは、家庭環 境や学校教育などを通じて各個人のうちに蓄積された知識や教養などを、客体化され た文化資本とは、書物・絵画・道具などのように物質として所有可能な文化的財物を 指す。さらに制度化された文化資本は、学校制度や賦与された資格など制度により担 保された資本を意味する。
この枠組みを、甲良町のGWについて当てはめてみると、次のように評価することが できる。まず、せせらぎ夢現塾は、身近な環境整備に対する理解を深める「場」となって いる。それは、町の歴史に関して、あるいは水に纏わる文化について再認識する場で もある。塾生にとっては、水に関する文化的知識を得、文化を身体化する機会であっ たと理解すべきであろう。こうして、むらづくり委員会におけるリーダーは、せせらぎ夢現 塾で育成され、むらづくりのリーダーとなっていく。すなわちそれは、集落を超えた、水 に纏わる文化資本の身体化のプロセスとして理解することができる。
また、実際の環境整備活動は、各集落単位で実践されることとなる。その活動の成 果は、主として集落の水辺環境の整備という形で具現化される。それは、自らの生活 環境を改善する場としての機能に加え、水との歴史を現代の形に表象するものとして、
客体化された文化資本といえるだろう。すなわち、表象として外在化されるのである。
一方、こうした文化資本は、「集落という地縁集団」において得られる人間関係の総 体として、社会関係資本として捉えることもできる。社会関係資本を、「相互認知と相互 承認の持続的な諸関係のネットワークを所有していることから生じる、現実的な、あるい は潜在的な資力の総体」として捉えるならば、むらづくり委員会での活動を通じて、集 落内部で形成される人間関係は、こうした社会関係資本の構築過程であるといえるだ ろう。以下、プロセスごとに、より詳細に検証しておこう。
4.2.文化資本から見た甲良町GWの評価 4.2.1.計画段階での資本蓄積
身近な環境整備に関して、構想から計画段階にかけては、ワークショップによる議論 が展開される。その大まかな流れは、図2に示すとおりである。そこでは、専門家を交 え、住民と行政が協働で計画を策定することとなる。
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図2 ワークショップでの計画策定から実施まで
例えば、ワークショップにおいては、次のような議論が展開されたという。
水路を整備する際には、「整備する水路の近くの神社の境内にはどのような意味があ るのだろうか。この場所を将来的にどうするのか、子どもたちはどこで遊ぶのか、昔はどん な遊びがあって、この水路でどんな遊びをしていたのだろうかなど、様々な視点から、議論 される」のであった。体験的な遊びなど地域の記憶の糸を辿り、その「意味」を理解し、そ れが今日、どのような環境整備で実現できるのか、を専門家を交えて議論されるのである。
また、他の集落では、「「昔のようにホタルがたくさん飛び交う水路にしたいな」とイメー ジが出されると(中略)、ホタルの一生について学習し、水路整備された後に、「この水 路はホタルを育てています。草刈り7月中旬までしていません。みんなで育てましょう。」 という看板が村づくりで設置された」という。ここでも、草があることが、ホタルの生育環 境にとって重要であることを「学習」し、共同で環境整備することとなったのである。
こうした学習活動は、外部の有識者とのコミュニケーションによる集落の価値の再認識 のプロセスであるとともに、実施に向けた活動への動機づけにも繋がっていくものである。
4.2.2.実施段階での資本蓄積
GWの特徴は、計画段階における住民参加に留まらず、設計、実施に至るまで可能 な限り手作りで場に関わる仕組みにある。その過程においても、相互の協働関係が構 築されている。例えば、設計に関して以下のようなやり取りが行われていたという。
「平板測量だったら、うちの建設課にだれだれという担当者がいるし、日曜日 に平板測量を集落の方と役場の職員が一緒に行って、測量された図面に集 落の方が思い々の絵を描いていくというようなことなど、集落に必要な能力や 技術が行政職員にあったら集落に出かけて、一緒に活動する」
出典:「せせらぎ遊園のまちづくり」リーフレットより 住民・行政・専門家による 実践設計協議
完成予想図 整備前の様子 整備後
住民によるイメージ構想
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そして、事業実施段階においてもそれぞれの役割分担と協力関係の元で、環境整備 事業が実現することとなる。ここでは、協働により「場と関わる」ことで、社会関係資本 が蓄積されたものと評価できよう。
4.3.文化資本の蓄積を弱体化させる諸要因
今日、甲良町を取り巻く環境は、大きく変化しようとしている。一つには、合併問題で ある。甲良町では、隣接する彦根市・豊郷町・多賀町とともに、法定協議会を設置した ものの、2005年3月に解散した経緯がある。そのため現状では、合併が急速に進むこと は考えられないが、甲良町の厳しい財政状況を考えると、長期的には視野に入るであ ろう。また、生活実態としても、彦根市を核とする都市圏に組み込まれつつあり、集落 を単位とするコミュニティのつながりが、徐々に弱体化することが懸念される。そして、水 と関わる生活様式は、都市化の進展とともに徐々に希薄化することとなる。さらに、集 落における高齢化が進み、生産形態としても非農家が増えていくと、集落を前提とする GWの仕組みで、文化資本、社会関係資本を蓄積していくことは、より困難になってくる。
一方、GW事業やそれを支える組織についても変化が見られる。親水公園(せせらぎ 遊園)という目に見える形で表象された社会資本は、その制作プロセスにおいては、社 会関係資本の強化を伴ってきたが、社会資本整備の目的が達成された後は、むらづく り委員会におけるテーマそのものが、徐々に健康や福祉などの暮らしの質を高めるもの に変わっていった。そして、このような段階における、社会関係の構築は、これまでのよ うな強度を持つことがなく、資本としての蓄積が弱まっていったのである。
5 .
総括5.1.甲良町GWと資本蓄積
これまで見てきたように、甲良町GWは、集落をベースとした住民と行政のパートナー シップによる文化的・社会的資本蓄積のプロセスであると評価されよう。そして、こうし た集落モデルを支えているのは、本稿で考察したように、住民相互、あるいは行政と住 民の日常的で濃密なコミュニケーションが可能であること、また、集落そのものが生産/
生活が一体化した強い共同性を保持していることが前提となる。しかしながら、今後は、
こうした行政と住民の紐帯の強さを保持している要因が、希薄化する方向に進むであ ろう。先に、考察したとおり、一方では、合併による行政の広域化であり、他方では、高 齢化や人口減少などに伴う集落自治機能の低下である。加えて、目標となる環境整備 が一定の成果を挙げたことで、プロセスとして機能してきた社会関係資本の蓄積が弱体 化した。
以上のようなことから、前近代的な集落の結びつきと、それに対する水平的なコミュ ニケーションを加えた集落モデルにより、文化的・社会的資本の構築を実現してきた甲 良町GWの仕組みは、さらなる近代化要因が外部環境として避けられない状況になると、
文化的・社会的資本としての蓄積が困難になる事態が予想される。そこで、新たな共 同体の構築による資本蓄積が必要となる。
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5.2.新しい共同体の構築に向けて
甲良町では、身近な環境づくりというGW事業が一定の成果を得た後、その社会資 本を活かし、自立した個々人の集合体としての新たな共同体の構築と、そこにおける開 かれた社会関係の構築を図ることが必要となる。
これまで考察してきたように、集落モデルは、前近代的な集落の文化を基礎に住民 相互が自由に議論できる「場」を作ることで成立した仕組みである。すなわち、GW事業 の導入に於いて、集落という前近代的な場の中に、柔軟で多様なコミュニケーションが できる場を導入して行ったのである。そのことで、文化的・社会的な資本の蓄積を可能 とした。しかしながら、その「場」は、あくまで集落を前提とした閉じた場である点は否め ない。今後は、このような集落の文化を踏襲しつつも、住民・行政に加え、学校、企業 など多様なアクターが、資本形成に関わっていく「開かれた集落モデル」の構築に向け た段階になる。従って、閉じたモデルとして資本蓄積を実現してきた甲良町が、新たな 文化的・社会的資本の蓄積を目指していくためには、集落という場をつなぎ、広域的な 交流や連携とともに、企業を含めた協働関係の構築が必要となる。
5.3.共同体構築への2つの視点
集落という小さなコミュニティを超えた、広い意味での共同体を考える際には、1)広 域的な視点と、2)ネットワーク上で広げていく視点がある。広域的な視点とは、集落を 超えた町を単位とする共同性、あるいはさらに広域的なエリアを睨んだ共同性を考えて いくことである。その枠組みにおいては、企業、教育機関(大学、高校、小中学校)など を含んだ、新たなパートナーシップの可能性が出てくる。その中で、改めて集落の今日 的な役割が浮かび上がるであろう。
第二の点は、広域的/国際的なネットワークの形成である。既に、集落間の繋がりや、
他地域の集落との交流、さらには、国際的な広がりの中での交流が促進されている7)。 今後は、情報ネットワークを活用しながら、国際的な視野の元で集落間の繋がりを考え ることが必要である。このような国を超えた連携を実現していくことは、甲良町の集落 にとって、水とともにあった自らの文化や暮らしの価値を見直す機会となり、新たな文化 的・社会的資本形成の契機が生まれてくることになるからである。
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残された課題本稿では、甲良町GW活動を事例に、短期的な利益追求としての「経済資本」とは異 なる「文化資本」、「社会関係資本」の概念を手がかりとして、考察してきた。こうした知 的財産は、集落で共有化され、人々の水と関わる文化の表象として親水公園を創造し てきたのである。そのような公共空間での成果を、今後は、どのように集落の人々の生 活の質を高めていくことに繋げていくのか、が課題となろう。ここにおいて、公共性と 個々人の暮らしの質とが鬩ぎ合う。その中で、自立的な個々人の集合体としての共同 体像をいかに描き、実現するのかが課題となる。
すなわち、公共空間形成が、個々人の暮らしの質を高めていくことへ結びつくような、
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新たな社会関係を構築するような共同性を実現させ、集落での生活する価値を、現代 的な意味で再評価することが必要であろう。それが、どのようなものか、そして、その段 階では、どのような形で資本蓄積し得るのか、については、今後の課題として受け止め ておきたい。
註
1)トラストは、グラウンドワーク事業団、地方自治体、その他の団体、地元企業などが 共同で出資する有限責任の会社として設立される。グラウンドワーク事業団は、トラ ストのように現場でのプロジェクトを行わず、GW事業の普及啓発のために努める組 織である。
2)県の「郷づくり事業補助」制度を活用したものである。
3)甲良町役場でまちづくりを担当し、GW事業を推進してきた職員である。
4)部会は、時代に応じて変化しており、2006年現在では、農村振興部会、生活文化 部会、健康推進部会、地域用水部会が部門別に活動している。
5)13集落のひとつである法養寺は、全国でも名高い集落営農のモデル地区であり、
全国から視察者が跡をたたない。
6)1998年10月に開催された「せせらぎ遊園を語ろう会」尼子集落配布資料には、住民 参加のまちづくりが推進され現在も尚、元気に活動されている要因に、行政の
「柔軟な対応」、「個人、集落との信頼関係」を挙げている。
7)JICA(国際協力機構)のプロジェクトの一環で、2002年6月より、2〜3週間程度の研 修プログラムを甲良町で実施している。そこでは、集落点検地図の作成などが行わ れ、集落の人々との交流が生まれている。
【参考文献】
池上惇『文化と固有価値の経済学』岩波書店、2003年 池上惇・小暮宣雄・大和滋『現代のまちづくり』丸善、2000年 石井洋二郎『差異と欲望』藤原書店、1993年
小山喜彦「英国における環境づくりの新方向―グラウンドワークの理念と実践―」
(財)自治体国際化協会、1996年
木全洋一郎「開発協力への日本の自治体リソースマネジメント」〜その成果と「しかけ」
〜『日本開発研究(第15巻、第2号)』国際開発学会、2006年
村落社会研究会編『村落社会研究(第一集)』御茶の水書房、1982年
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村落社会研究会編『村落社会研究(第二集)』御茶の水書房、1982年 藤垣裕子『専門知と公共性』東京大学出版会、2003年
山田禎夫「―農村集落の潜在的な自治力を新しく回復させた―せせらぎ遊園の まちづくり」(甲良町視察時に拝受した甲良町役場の山田氏の論文、公表場所、
日時不明)
山本哲士『文化資本論』新曜社、1999年
ピエール・ブルデュー『ディスタンクシオンⅠ』藤原書店、1990年 ピエール・ブルデュー『ディスタンクシオンⅡ』藤原書店、1990年
【参考資料】
平成8年度「せせらぎ夢現塾報告書」滋賀県甲良町 甲良町「甲良町町勢要覧〜まちづくり編〜」2006年12月 甲良町「財政収支計画(平成7年度〜17年度)」
甲良町「第2次甲良町総合計画策定作業「せせらぎ遊園を語ろう会」(第二回集落 懇談会)会議資料」1998年
甲良町大字尼子区/尼子むらづくり推進委員会「せせらぎ遊園を語ろう会」資料 1998年3月16日
「北落むらづくり委員会の再編について」1996年5月