久保 自己紹介をお願いします。 月山 際立つものとしては、もともと 26 歳までシス テムエンジニアをしていて看護師に、という経歴を持 っていますね。29 歳から看護師デビューで、4 月で 8 年目になります。もともと昔からコンピューターを触 っていたから得意な部分ではあったし情報工学部に入 ったんですけれども。大学の研究室では、レントゲ ン,CT,MRI,いわゆる医療画像を扱った研究をしていま したね。だけどなかなか医療画像の分野で就職が決ま らないものだから、愛知ゆかりのある自動車関連の企 業でカーナビの開発をやっていました。 そこでは、運転しやすいような画面を作りましょ う、安全に現地にたどり着けるようなシステムで作り ましょう、という方針でカーナビの画面の開発をして いました。システムエンジニアってオタクでネクラな イメージがあると思うんですけれども、相手のニー ド、どういったものを求めているのか、発注元のエン ジニアが何を求めているのかを知るために人間性が求 められる必要があったので、僕の中ではシステムエン ジニアも看護師もすごく似た部分があります。 久保 システムエンジニアになられる前に既に大学で 医療分野にご興味があって、医療研究をされていたの には、理由があるんでしょうか。 月山 もともと宇宙飛行士になりたいっていう淡い夢 があったんです。高校 2 年の時、祖母が肺がんで、余 命幾ばくもない状況で。ちょうど第一志望の大学のオ ープンキャンパスがあって、おばあちゃんに相談した んですね。「自分の人生だから、自分で見てこないと 後悔するよ」って言われて、そして行ったわけです よ。 タイミングが悪く、オープンキャンパス同日におば あちゃんが亡くなってしまって。自分の中では後悔も したけど、これでいいのかなっていう思いがあった。 岐阜大学の研究室に医療画像を扱っているものがあ って、いかにがんを早期に発見するかという研究をし ていた。自分の中で処理しきれない自分の気持ちを納 めるには「これだな」と思って。当時の教授がぜひう ちに来なさいと言ってくれて、受験した。大学という よりもその研究室に行きたいという思いがあった。 久保 大学に入る前に考えが固まっていた。 月山 そういうことですね。医療自体には、母も医療 事務もやっていたこともあって、小さい子どもながら ドクターの当直室に預けられたりしていたので、まる で医療と遠い生活ではなかった。漠然と、医療職にな ろうとは思わなかったのですが、いい意味で抵抗感は
C
ase005. システムエンジニア ⇒ 病棟看護師
”ミライ”デザイン
–男性看護師のキャリア事例集-つ き や ま よ し ひ ろ
月山 佳大
さん(36)
キョーワ訪問看護リハビリステーション
寄り添い屋
■インタビュアー 久保 裕樹(男性看護師)システムエンジニアからの
シフトチェンジ
久保 縁あってシステムエンジニアになられて、医療 とは離れてお仕事をされていた中で、看護師に転向し ようと思ったきっかけはどんなものだったのでしょう か。 月山 大きな転換期を迎えたのは、母親が突如倒れて 一時 ER に入った時があって、その時母親に「あな た、看護師になったら?」と言われた。実は既に弟が 看護師をやっていたんですね。地元の看護大学に進学 して大学病院の ICU に配属されて。自分で勉強もし て、やりがいも感じていて…という話を聞いていた。 それに対して自分は、医療分野を専攻していたのに、 システムエンジニアという仕事に就いた。仲間にも上 司にも恵まれて、車づくりも好きだったのですが、ど こか消化しきれない部分がどこかにあったのでしょう ね、きっと。 人と関わっていたいっていう思いがあったのかな。 あとはえいや!っていうところですね。 久保 お母様が看護師を薦めたのには、理由があるん でしょうか。 月山 ひとつは、資格があると安心だということ。あ とは性格的に見抜いていたと思います。 久保 月山さんにとって向いているということです か。 月山 そうそう。母が医療事務の傍らケアマネージャ ーや介護福祉士として働いていた時期があって、自分 も高校生の時ボランティアで介護施設で働かせてもら っていた時期があって。 評価もいただいていたし高齢の方も抵抗はなかっ た。ただ当時は看護師は女性の仕事で 3K と言われ て、そんなのやりたくない、って思っていたんです ね。でも、やってみようって。 久保 カーナビの開発のお仕事も、やりがいがなかっ た訳ではなく? 月山 楽しかったし、自分の作った仕事も世に出回っ ていることで満足感はありましたね。 久保 それ以上に看護師に惹かれるものがあった。自 分の中で素質として適正を感じたと。 月山 今思うとそうかな?という程度で、当時ははっ きりしていなくて。暗中模索で、何かしら不満という か「どうしたらいいのかな」っていう思いがあったけ ど、まずやってみようと。 久保 実際看護学校に飛び込んでいって、全然違う畑 に入っていったときのリアリティ・ショックはいかが でしたか。 月山 ぶちのめされた(笑)。まず医療看護のショッ クではなく、周りは 18,9 の女の子。自分は看護師にな ろうと意気込んでくるけれども、周りは遊びたいとい う世代。そこでの自分との温度差に対して不満を持っ たり馴染みにくかったりというのがあったのかな。僕 以外の社会人入学者同志で「最近の若い子って」とい うところで、馴染んでいったのかな。まずひとつはジ ェネレーションギャップでしょうね。 もう一つは、看護学校の教員からの偏見。システム エンジニアって、オタクでしょ?コンピューターと会 話していたから、患者さんともうまく関われないの よ、そういうレッテルを貼られることはたまにありま したね。やっぱり男の子だからできないね、と。直接 言われましたね、悪気はないんでしょうが。「0 か 1 かで、そんなふうに人は看れませんよ!って、いやい や 0 か 1 かで議論すること自体もう古いでしょうと。 久保 教員の偏見と世代間のギャップを感じながら、 それでも最終的に「この部分で看護師がいい」と感じ た瞬間は、どこでしょうか。 月山 ありのままの自分でいることが、看護師として の第一条件だと思う。大きな転機は精神看護学実習で の出来事があります。看護学校に入って 1,2 年目は自 分は社会人としてのプライドがあった。周囲に対して 「あなた達よりも成績もいいし、がんばってるよ」と いう経験と自負が、余計に他人と壁を作っていたし、 壁を感じさせていた部分があると思うんですよ。 教員に対して評価を得られたり褒められるようなコ メントを考えることができたんです。それが精神看護 学実習では、患者さんの反応に対して自分がどう思っ たかを表現しなくてはいけないのに、優等生な振る舞 いをしていたから、ありのままの自分でいれなかっ た。 自分の中では年下の子は不真面目だし、どうかなっ ていう思いがあったのに、周りの学生がむしろ「そう 思っているのはあなただけだよ」って言ってくれた。 自然体でいいんだ、ありのままの人との付き合いでい いんだっていうことを、自分より年下の子から教えて くれたという実習での経験が、クラスメイトが大事な 存在に変わりましたね。 久保 社会人を経験されて「自分を演じる」コミュニ ケーションに慣れていた。実習中の学生同士の会話の 中で、アサーティブな、自分のありのままを表現する ことの大切さを認識できたと。最終的に、世代の違う 方とのコミュニケーションも、プラスに働いていった んですね。発見は大きかったですか。月山 大きかったですね。専門学校独特の濃密な関わ りあいとか、短い時間でグループワークしたりとか、 濃密に人と関わる訓練ができたんだと思います。
苦しんだ職場環境のギャップ
久保 そして看護学校を卒業されて、早速配属された のが ICU でいらした。 月山 看護学校の同じ系列病院で、奨学金を借りてい たので、そこに行かざるを得ない状況で。もともとは 循環器病棟がやりたかったんですが、当時ドラマで 「医龍」をみて、カッコイイなと思って、新人だから 通らんだろうと思って希望したら、通ってしまって (笑)。4 月は憂鬱な気持ちで始まった(笑)。 久保 実際には働いてみてどうでしたか。 月山 最終的には働いてみてよかったなと思いまし た。ただ ICU 独特の閉鎖空間で、厳しい先輩がいたこ とやや男性一人だったというマイノリティもあって、 内心辞めたい気持ちでいっぱいでしたね。 久保 ICU で仕事そのものも過酷でしょうし、職場環 境的にもつらい状況だったと。職場内で男性一人だけ だったのですか。 月山 病棟内で男性は一人でした。もちろん他の病棟 にはいたんですが…。心の支えがなかったのかな。ま あ人のせいにするとそうなんでしょうけど、最終的に は自分がストレスに対応できなかったのもあるだろう し。 久保 支えて下さった上司や同僚はいましたか。 月山 いたのかもしれないけど、なかなか当時は相談 相手を見つけられなかった。今思うとあの人が味方だ ったのかなと思うけど。そのときは辛い気持ちでいっ ぱいだったから。 職場は嫌だったけど、急性期治療は好きだったの で、勉強はできたのかなと思いますね。 あとは、ケアと治療の勉強以外に学んだのは、女性 の先輩との付き合い方。いくら正しくなくても、その 場では「はい」と言っておかないとダメだってこと。 男性の社会でしか生きてこなかったからそれを知らな くて。マニュアルではこれが正しいし、医療のトレン ドではこちらの方が正しいんだけれども、僕もしっか り自分で勉強してきたからというプライドが働いて、 新人ながらも「今はこうですよ」って言ってしまっ て。あいつ生意気だというレッテルを貼られて。今考 えると、うまくやれなかったな、と。 久保 前職では新人もベテランもとことん言い合うの が当たり前だったのが、女性の職場特有の空気は違う んだぞと感じた。 月山 カーナビ開発の会社は比較的新しい会社で、ク リエイティブで先進的な社員教育で楽しかったんです が、かたや看護の業界では「お局に逆らったら終わ り」っていうところで、実際終わったと(笑)。 久保 派閥とか、いろいろありますしね。 月山 一回そういうレッテルを貼られると噂もはびこ るものですから、一旦職場を変えようということで、 転職した訳ですね。終わりのない ターミナル と
スピリチュアルケア
久保 次に行かれたのは、神経難病の病棟。これは希 望でしたか。 月山 始めて病院見学行ったときに、人工呼吸器がつ いていて、気管切開していてというところで、ICU で の経験が活かせるからやってみなさいと言われて。確 かにそうだな、と。 そこで 3 年と。慢性期主体の病院、ALS(筋萎縮性 側索硬化症)、パーキンソン病、呼吸器をつけて 10 年、20 年とか。でも介護者が高齢化して看れない。呼 吸器つけるかつけないかという究極の選択を迫られる 患者さんのサポートという現場も看てきた。 「終わりのないターミナル」に近いんでしょうかね。 ICU では急性期的な心のケアもするんだけれど、助か らない、しかも終わりがいつくるか分からない、とい う人の心のケアというところで、身体的なケアだけじ ゃなくて、心のケアもしっかりやっていかないとダメ なんだって。もともとは神経症状、精神症状から来る 患者さんって多くて。精神科から来る患者さんってど ういうものなんだろうっていうのが精神科に移りたい なって思うきっかけでもありますね。 久保 先ほどの学生時代のご経験も含めて、こころ、 精神という分野にご興味がある印象がありますが、い かがですか。 月山 そうですね。もちろん、身体的ケアの興味もあ りますし、勉強はしていますが…。行き着くところ、それで幸せにはならないと思うし。 恥ずかしながら、高校生の時、エヴァンゲリオンが 流行って、多感な自分も影響を受けた一人で(笑)ア ニメとしてよりは、 あなたはなぜ存在するのか 、 あ なたは何を求めて生きているのか 孤独は何を持って 満たされるのか とかそういった目で見ていたベースが あるんですね。 精神というか、人間ってどういう存在なのかなって いうふうに思ったというベースがありますね。 いざ看護学校に入ったら、いろいろ勉強する中で WHO の定義する健康の定義ってありますよね。日本 ではあまり霊的なものっていうのは議論されないし、 どうなんだろう?って思ってて。ターミナルケアと か、ホスピスとか、いろいろ講演会も聴きに行ったん ですね。 人のこころというのは、自分もそうだけど家族も含 めて、ちゃんと見なくてはいけないと思ったし、行き 着くところはそこでしか人は幸せにはなれないのかな って今でも思ってるから、そういった部分でケアに取 り入れていきたい、とは思ってますね。 久保 医療現場そのものがスピリチュアルなところと 接点が大きいということは感じますね。先ほどの「終 わりのないターミナル」という、まさに、その方の 「生きるって何だろう」という部分に直結する部分だ と思いますね。月山さんの普段お考えの思考と職場が マッチングしていたと思います。これまでの仕事の内 容としては、充実感がありましたか。 月山 職場やライセンスはいろいろ変わっています が、自分の中では一貫しているのかなと思いますね。 病気にならないとターミナルなのかっていうと、そう ではなくて、僕だって明日交通事故で死ぬかも知れな いですよね。と思うと、我々も健康なターミナルなん ですよね。そういう場面に出くわすと、自分自身の生 き方も変わってくる。限られた人生、自分も一人の人 間としていつか死ぬ訳で。自分はどう選択していくの か。自分に選択の自由はある訳で、後悔なく生きてい きたいなって。患者さんの生き様、死に様をみて、自 分の生き様があるのかな、と思いますね。 久保 患者さんと付き合っていくなかで、自分とも対 峙できるというところは看護職って魅力だし、考えた り触れる機会が多いのかなと思います。
一緒に死んでも働きたいと
思える出会い
久保 その中で、まさにこれから更に新しいステージ に踏み切ったお気持ちというのは。 月山 この春から訪問看護に行く訳ですね。訪問看護 にもいろんな利用者さんが見えて、対象なのは癌だけ ど積極的治療を望まない方、家族と過ごしたい、とい う方を対象にしていくんですね。限られた時間をその 方が納得いく形でどう迎えることができるか、という ことをサポートしていく。精神科でも、できなくはな いですが、組織の特性上自由度が低いし、自分も自由 にフィールドを拡げてやっていけるといい。 今度行くところは、ゼロから作り上げてやろうとい う行動をする人が多いので、自分もその刺激を受けた いと。今の組織は安定志向、公務員なので。無難にこ となく仕事が終わればいい、という雰囲気ではある。 安定したケアはできるけど、何かチャレンジしようと 思うと大変な思いをするので。同じ時代を働いていく 仲間がいる環境に身を置いてみたいなという思いが大 きなきっかけですね。 久保 自分の基準を上げていきたい、アグレッシブな 人たちの中で、自分も刺激を受けたい、同じ空気を吸 いたい、というところに魅力を感じている訳ですね。 月山 そうですね。今までは収入や福利厚生とか、職 場や組織で選んできたんですが、そこのマネージャー に魅かれた部分が大きい。しっかりとしたビジョンを 持っていて、やる気を持っている人と出会って。この 人とだったら一緒に死んでもいいなと(笑)いっぺん やってみようと。 久保 共に腹を切る覚悟で(笑)リスク以上に、魅力 があったと。ベンチャーマインドにも、魅かれる訳で すね。 月山 そうです。物事を選択する時に、人を頼るのは 失敗するけど、その人に刺激を受けて、自分もやりた いと思った。その人についていく、というよりも、自 分も主体的にやっていきたい、同じポジションに立ち たいなと。 久保 仕事の選び方っていろいろあると思いますが、 女性と男性で明らかに違うのは、自分が何のために仕 事するのかという見方に差異があると思います。男性 の場合、やりがいとか、誰と一緒に仕事したいかって いうところに重きがあると思うので、非常に共感しま した。医療情報技師 であることの
強み
月山 あとは自分が持っているコンピューターの技 術、医療情報技師のライセンスを外に出ることでもっ と世の中に評価される形でアウトプットしたい。この まま病棟の便利屋さんで埋もれていくことは目に見え ている。自分の挑戦と、世の中での自分の役割を作っ ていきたいと思ったんですね。 久保 医療情報技師という資格のご説明をいただきた いと思うのですが。 月山 資格の歴史としては 10 年弱です。医師、看護 師、放射線技師などコメディカル向けの資格で、電子 カルテや IT、個人情報保護の法令遵守など、現代の医 療システムに特化して教育したり院内システムをバッ クアップする人材を育成するための資格です。 久保 実際に新しい職場でのミッションはあります か。 月山 訪問看護業務というのはスタッフが訪問先に分 散してケアしているので、患者さんの情報を共有する ことが課題。営業ツールや、利用者と訪看ステーショ ンが 24 時間 365 日つながれるシステム、入院中の状 態が退院支援先のケア提供者に伝わるとか、地域医療 連携にも使えるといいな、と思いますね。 久保 救急部門で、医療機関と救急隊が端末で情報共 有するという事例はよく聞きます。そういったことを 地域の中で情報共有ツールを創りたいと。これから正 に求められる分野で、月山さんが専門特化しておられ ることは非常に魅力的ですね。 月山 こういった取り組み将来的に行政から降りてく るかもしれませんが、技術がなければ対応できない。 最終的にはボトムアップするしかないけれど、パソコ ンができる人、医療ができる人それぞれをつなぐの は、やはり医療情報技師なのかなと。10 年先にはもっ と需要が伸びるライセンスなのかなと思いますね。 久保 付加価値の高いライセンスだと思います。現場 レベルで必要な技術を活かせる人が必要で、どちらか に精通している人はいるけれど、どちらの立場も理解 している人は稀少ですね。この資格がこれからの仕事 で活きてきますね。 月山 資格を持つ人の中にもメディカルサイドの人も いれば、エンジニアサイドの人もいる。そういった人 たちの情報交換も必要ですね。座学で終わらせずに、 おもしろい事が何かできるといいなと思います。 久保 今お考えのキャリアの中に、MBA(経営学修 士)というものを挙げていただきましたが、どういう 思いがあったのでしょうか。 月山 訪問看護に転向する前に、「このままじゃダメ だな」っていう時期があって。ちょうど病棟で、いか に診療報酬を算定するかといういわゆる QC 活動のチ ームリーダーをしていた。 病院経営、コスト管理、マーケティング、そういう ところにも活かしたいなと思ったんですね。でも品質 管理検定の資格も取ったけど評価もされないし、便利 屋で終わっちゃう。 そんな時、コンサルタントという業種を知って、 MBA を取っている方が多かった。コンサルでなくて も、経済の仕組みや経営そのものを勉強したいという 意識があった。 久保 コンサルへのキャリアを考えた時に、転職の前 段階としての資格取得だった? 月山 転職ありきではなくて、単純に勉強のプロセス に興味があった。MBA でなくても、それに近い形で経 営の勉強はしていきたいなと。今度の職場は訪問看護 で、経営については考えざるを得ない。 久保 訪問看護ステーションの経営マネジメントを考 えなくてはならないという意味では、ウエイトの高い 課題ですね。今度の職場でお考えの課題は、何でしょ うか。 月山 ケアの充実はもちろんですが、どんどん新しい 店舗で主体的にやっていかなければならない。営業、 スタッフ管理業務も覚えなくてはいけない。今までも 多少なりともやってきましたが、ダイレクトに評価さ れると思うので。 久保 新しい店舗のマネージャーをされるのですか。 月山 マネージャー候補として、ですね。来年の春か らは所長としてやって欲しいと言われています。そこ への目標、やらなくてはいけないことは、多いかな と。ワクワクしますね、大変だとは思うけど(笑)。 久保 これからが正念場というか、自分の 素 が出る わけですね。正に勝負の年ですね。 月山 36 歳ですので、この 5 年で、結果を出したい な、と。子どもに見せたい
父としての背中
久保 40 歳という区切りの年にご自身が見ている将 来像は、どんなものですか。 月山 はっきりとは見えないですね。5 年後、10 年 後というのは、日々の目標の積み重ねだと思うんで すね。まず毎日自分のやらなくてはいけないことを 常に考えて、着実にこなしていくことが大事かな と。 10 年前はというと、当時はシステムエンジニアを していて、まるで違う人生。描ききれていない自分 がいるけれども、納得はしている。10 年後も納得し ている自分でいたいなと思います。子どもも 10 年後 というと中学生ですから、ひとりの父としての背中 をちゃんと見せてあげたいなと思います。なあなあ で仕事をしている父ではなくて、苦労はしているけ ど、ちゃんと生きている。生き様、死に様を見せた いな、と。 久保 子どもができると、すごく感じますね。親父 何やってんだ、と言われないような生き方をしない と、と思いますね。 月山 子どもと関わる時間も大切ですが、母親には かなわない。父親にとってできることは、生き方を しっかり見せることなのかな、と。女性も働く社会 ですから一概には言えないけど。 自分には選択する自由があるんだよ、ということ を伝えたいですね。勿論責任もあります。 久保 時代として、選択肢はすごく多い時代。選択 肢が多いからこそ、選択できる意思、判断基準を養 ってほしいなと思いますね。 月山 信念ですね。職業や職場が変わっても、一貫 したものを持ってほしいと思いますね。 久保 月山さんが描いている理想の看護職とは、ど んなものでしょうか。 月山 自分らしさが活かせる職場、働き方、社会か らの評価があってほしいなと思います。 看護職の働き方が病院や訪問看護だけというの は、おそらく時代錯誤になる。場所にとらわれるこ となく、企業や保険会社、海外だったり、様々な場 所で看護を活かしていければいいなと思いますね。 ベッドサイドだけじゃないよということがみんなに 分かってもらえるといい。それが胸を張って言える ような時代になってほしいねと思いますね。患者さ んと関わることはもちろん学びにはなりますが。いろん な働き方があるっていうのを知ってほしい。皆が憧れる ような職業になって欲しいですね。 久保 医療や病院の枠にとわられず、様々な業種とのコ ラボレーションで看護師の枠を拡げていける、可能性の ある職業だと。それを意識してほしいということです ね。男性だからこそ強みがある。
男性ならではの悩みは、
きちんと解消する。
久保 男性の看護職としての強みがあれば教えていただ きたいのですが。 月山 経験してきた中では、物事に対して冷静に捉え、 ロジカルに考えられる人が多いのかなと。好き嫌いでは なく合理的に進められる部分はあるのかな、と思います ね。良くも悪くもいろいろな社会で揉まれてくるので、 柔軟性もありますね。 久保 女性は感情が先行することは往々にしてあります ね。合理的に物事を見れることは、強みではあります ね。 月山 患者さんにとっては、女性の感情的に表現してく れるほうがいいっていう人もいますから、一長一短では ある。ただ組織という点においては、強みですね。逆に 男性の冷静さを求めてくれたり、男性の方が細やかだ、 と言って下さる患者さんもいるから。 比較的クレームを処理する側に回ることも多いです ね。(患者さんが女性の看護師に)クレームを言うと看 護師に逆ギレされることもある(笑)。 久保 感情的議論になる前に、に男性が抑える(笑)。 月山 ひとまず「すみません」と言ってくれる男性看護 師は、患者さんから頼られることも。白衣という権力で 仕事しちゃう人も、まだまだいるので。 久保 男性看護師にこれからなりたいという方や、成り たてでどんな風に自分のビジョンを描きたいという方 に、メッセージをお願いします。 月山 男性特有の悩みがあると思うので、男性看護師同 志で話合うのはとても大事だと思いますね。病院内だけ ではなく、院外の研修やセミナーに出て、自分の可能性 を感じて欲しい。いろんな活躍をしている男性看護師がいるので、自分が目の当たりにして感じることで、 自分がどうしたいかというキャリアも描けると思う し。人脈を作っていくことが選択肢を拡げることに なるので。病院が就職先かもしれないけれども、そ こで終わらせないようにしてほしいなと思います ね。 久保 自分の創造性を最大限発揮して、自分の可能 性をフルに活かしてほしいと。 今まで月山さんがやってこられた中で、これはや っておいてよかったなということはありますか。 月山 学生の頃から日本看護学生会に参加してい て、いろんな看護学生や先輩の看護師とコネクショ ンを持っていたということは、病院外の情報を手に 入れたり人脈を作れたなと。 研修や勉強会も積極的に参加すると、病棟から離 れると見えるものもある。「こんなにがんばってる 人たちがいるんだ」と気づけると刺激を受けるの で。重い腰を上げて、休みでもいろいろ動いてみる といいのかな、と思いますね。 久保 月山さんが今受けてみたい研修やセミナー は、ありますか。 月山 コーチング、人材育成、やはりヒトを育てる ところ。自分を見つめて、相手も育てるような研修 ですね。 久保 これからの職場でスタッフとの対峙は必須で すよね。 月山 大学一年の時にいわゆる自己啓発セミナーに 通って、良くも悪くもいい体験ができた。内容とし ては、もちろん誘導もあったけれども、根本は自分 を見つめる、人生を選択していけるというきっかけ にはなった。高いお金を払ってしまったというのは あったけど(笑)。 看護って、本質的に己を見つめることが取り込ま れているように思う。自分を知ることができないと 人も理解できない。自分もまだまだ不十分だと思う し、常に自分を見ていないと、見失うものだと思う し。本来の事業だけではなくて、形にできるといい と思いますね。 最終的に、日本に住んでいる人みんながそういっ たことができたら、生き方、死に方が変わるんじゃ ないかと思うんですね。呼吸器を付けますかという 時に、「いや、俺は十分生きたから、いいよ」って 言えるかもしれないし、安易に延命っていうのが変 わるかもしれない。 久保 医療行為が単に医療サイドからの提案だけでは なくて、患者サイドが選択ができるだけのマインドに 対して教育的に関われたら、日本全体の「どう生きる か」という価値観に関わる部分まで影響力のある分野 ですよね。まだまだ患者さん側が医療者側と対等に接 触できるかというと、まだそうではない。 月山 最終的に自分が形にしたい分野はまた違う所に あるのかもしれないけれども、根本的には、「自分が どう生きるか。あなたは、どうですか」ということを 問い詰めていきたい。 昔の日本にはあったんじゃないかと。良くも悪く も、今の医療がオーバーテクノロジーなのかもしれな いですね。 久保 現代の医療は一部の人の肥大化したゲームに住 民が巻き込まれてしまっている感覚はある。世の中の 大きな流れとしては、厚労省の在宅指向が診療報酬に も反映されてきていますが、財政的な理由が有るにせ よ、在宅へという方向性は、最終的にはもともとの医 療の役割が住民レベルに合っているかということを考 える点においては重要だと、強く感じます。 月山 制度に合わせるのではなく、人々の生活に制度 がついてくる形が望ましい。 我々の働き方も診療報酬に頼った働き方になってい るけど、そこに依存している以上行政中心の人生にな ってしまっている。人々の自分たちの生き方が、自分 たちの制度を作っていくほうが、いいと思う。 久保 その意味では、現場から声を上げていくこと、 これから正に訪問看護の分野での月山さんの可能性が 拡がるということは素晴らしいなと感じました。あり がとうございました。 (2015.3 某所)