博 士 ( 農 学 ) 田 渕 直 子
学 位 論 文 題 名
農業協同組合における高齢者福祉事業の創造
―女性参画によるボランタリズムの再生一
学位論文内容の要旨
本論の目的は、「農協高 齢者福祉事業Jという新しい 協同活動・新事業を創造する過程を分析するこ と で、 農協 のみ なら ず、 協同 組合一般、さ らにはNPO等の非営利組織の 活動・組織・事業のあり方を 考察することにあった。
本論では、ボランタリズ ムという概念をキーワードにして分析を進めたが、この用語は単なるボラン ティア活動の原理を指すの ではない。ボランタリズムとは、社会的な意義を自覚した成員が、自分たち を統治しつつ、特定の目的 に添って進める組織的行為の原理である。ゆえに、それらの成員が活動に対 する手当てをもらい、「雇われる」形式であってもまったく問題はなぃ。同時に非営利が原則であるが、
活動・事業の結果として収 益が生じても、それを理由に、その組織がボランタリズム組織の範疇から外 れるわけではない。本論で は「農協高齢者福祉事業」をーつの素材として、ボランタリズムの多様なあ り方を模索し、ボランタリ ズムを失いかけている農協に、ボランタリズム再生のヒン卜を与えようとす るものであった。
まず、第1章では、農協組織におけるボランタリズム の未熟性とボランタリズム再構築の可能性を組 織論的に明らかにした。す なわち、集落を組織基盤にした農協組織は、当初から「自発性」を欠く可能 性が高かった。ただし、営 農関係組織においては集落を機能組織に再編することを通じて、集落の成員 による自発性を引き出すこ とに成功している。しかし、これは主として男性の参画を実現したのみであ り、女性の参画はあまり進んでおらず、農協組合員・役員の側面からも、職員の側面からもそうである。
その中で、農協高齢者福祉 活動・事業は女性組織の熱望によってスタートしているために、女性組織の
「 主 婦 規 範 の 強 さJを 克 服 さ え す れ ば 、 本 格 的 な 女 性 の 参 画 に っ な が る 可 能 性 が あ る 。 次いで第2章では、農協高齢者事業の客観的背景を明 らかにし、「農村型福祉」における農協の役割 を整理した。まず、現下の 社会福祉基礎構造改革は、一方で農村の高齢者福祉にとって、「保険あって 介護なし」という状況を生 みかねないが、他方では福祉ミックス論における「自発型」の福祉供給主体 の成長を促進するというニ面性を有する。そうした状況下で、農村の高齢者介護問題は、世帯員の減少.
(高齢)核家族化によって 、生活・営農の両面で深刻である。にもかかわらず、農村には介護サービス 需要の潜在化傾向があり、 問題をさらに深刻にしている。ゆえに、介護サービス需要の潜在化に対処す るには、農村に特有の社会 福祉システム=「農村型福祉」が必要であり、地域密着型の在宅サービスを 提供する複合型活動拠点の 分散配置といったあり方が望ましい。農協に期待されているのは、高齢者福
祉 サービ スの供給量を増やすことだけではない。農協には、福祉ミックス論の「自発型」福祉供給主体 として、「公共型」(行政)や「市場型」(民間)の主体では供給できないサービスを担うとぃう役割が 存 在する とぃえよう。特に、介護サービス需要を潜在化させている階層には、「農村型福祉」における
「自発型Jサービス供給主体として、農協に期待されるものが大きい。
さ らに第3章で は、農協高齢者福祉活動・事業におけるボランタリズムの可能性を、(1)ボランティ ア 活動の レベルと 、(2)事 業化し た際のレ ベルに 分けて検 討した 。農協系 統は1991年 以来、2000年ま でに女性組織メンノくーを中心にして、95,000人余のホームヘルノくーを養成してきた。この有資格者た ち の一部 は1000弱の高齢者助け合い組織を結成し、「有償ボランティア」を含むボランティア活動を行 っ てきた が、これらの活動は必ず事業へと発展するものではなぃ。助け合い活動がボランタリズムを保 持 した高 齢者福祉事業に発展するのは、ボランティア活動として組織運営・地域福祉への参画が実現さ れ た場合 に限られ よう。そ うした 場合には 「プロ としての 『JAによ る福祉事業化』」と「ボランティ アによる『助けあぃ活動』」が有機的にっながり、「プロによる事業であって同時にボランタリズムに基 づく事業」というあり方が実現可能である。
次 に3章の続き として、 公的介 護保険の 事業指定状況をもとに、農協事業の類型化を図り、ボランタ リ ズムと の関係を考察した。特に類型◎は、ホームヘルプサービスに加え、ケアマネージメント、デイ サ ービス を中心に総合的なサービスを供給できる高次の段階である。このように総合的発展を見せてい る 類型で は、ボランタリズムを喪失する可能性も大きくなるが、もしボランタリズム組織の特徴を維持 で きれば 、「農村 型福祉」 におけ る「自発 型」の 担い手と して独 特の役割を果たすことが出来よう。
第4章 .5章 の事例分 析では 、女性参 画を通 じて、ボ ランタリ ズムを保持しつつ、農協高齢者事業が 創 造 さ れる 過 程 を実 証 した。4章の北 海道T農協(1町1農協 )は、ボ ランタリ ズムの 強化とへ ルパー 養 成が、 相互循環的にプラスの効果を生んでいることに最大の特徴があった。事業としてはごく初期の 段 階であ るが、独 自のホー ムヘル パー養成 講座を 開講し、70名以上 のメンバーを擁する助け合い組織 を 結成し て、ボランティア活動とホームヘルプ事業・配食サービス事業を平行させている。助け合い組 織 におけ る「主婦規範」を無理のなぃ形で緩和し、農協全体ーの女性参画を進めながら、高齢者福祉活 動・事業を発展させている点に特長がある。
5章の 栃 木 県H農 協 は 、全 国 的 に見 て ト ップ ク ラ スの 事 業 量(2000年 度 で3億2,000万円) を誇る 広 域合併 農協であ る。110人以上 の高齢者 福祉事業のスタッフを抱えっつ、ボランタリズムが内部の人 材 を育成 すると同時に外部の人材を吸引、これらの人材がボランタリズムをさらに育てる循環を描いて い る点で 、特に評 価できる 。H農協では 、12人の ケアマネ ージャ ー.6カ所のデイサービスセンター・
約40名のホ ームヘル プ担当 者(2000年11月現在 )等とい う大き な事業体 ながらも 、機動 的で低コス.
卜 の業務 組織を実現しているところが注目される。ー見したところ、これらのスタッフはいわゆる非正 規 職員・ パートとして低い労働条件に甘んじているかのように見える。それも事実の一面であり、彼女 た ちが( 医療・福祉関係を含む)労働市場で、女性であることによって低い評価しか受けえず、機会費 用 が小さ いことの反映である。しかし、本論では彼女たちを単なるパートとしては捉えない。彼女たち は 、ボラ ンティア活動をくぐり抜け、あるいは地域の医療・福祉ネットワークに積極的に参画してきた こ とによ って、従来の賃労働とは異なる働き方を実現している。すなわち、経営者に完全制御されるの で はなく 、仕事の社会的意義を自ら考え、より良い仕事のあり方を提案・実行することを日常化してい るといえよう。
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以上の分析により、農協高齢者福祉事業では「プロによる事業であって同時にボランタリズムに基づ く事 業」の実現が不可能ではなぃことを明らかにした 。このことは、協同組合の他の事業やNPO等に も通用する普遍性を持っ分析と思われ る。
学位論 文審査の要旨 主査
副査 副査 副査
教授 教授 教授 助教授
太田原高 黒河 青木 坂 下 明
学 位 論 文 題 名
昭 功
紀(教育学研究科)
彦
農業 協同組合 におけ る高齢者福祉事業の創造
ー女性参画によるボランタリズムの再生―
本 論 文 は 、 序 章 、 終 章 を 合 わ せ7章 か ら な る 総 頁 数98ぺ ージ の 和 文論 文 で ある 。 図3、 表 32、 和 文92の 引 用 ・ 参 考 文 献 を 含 み 、 他 に 参 考 論 文19編 が 添 え ら れ て い る 。 本 論 の 目 的 は 、 「 農 協 高齢 者 福 祉 事業Jと いう 新 し い協 同 活 動・ 新 事 業を 創 造 する 過 程 を 分 析 す る こ と で 、 農 協 の み な ら ず 、 協 同 組 合 一 般 、 さ ら に はNPO等 の 非 営 利 組織 の 活 動 ・ 組織 ・ 事 業の あ り 方を 考 察 する こ と にあ る 。
本論 で は 、既 存 研 究の 整 理 のな か か らボ ラ ン タ リズ ム を キー 概 念 に採 用 し てい る が、こ れ は 単な る ボ ラン テ ィ ア活 動 の 原理 で は なく 、 社 会 的な 意 義 を自 覚 し た成 員 が 、自 分たち を 統 治し つ つ 、特 定 の 目的 に 添 って 進 め る組 織 的 行 為の 原 理 であ る 。 ゆえ に 、 それ らの成 員 が 有給 制 で あろ う と 、所 属 す る組 織 が 活動 ・ 事 業 の結 果 と して 収 益 を得 よ う とポ ランタ リ ズ ム組 織 の 範疇 か ら 外れ る わ けでiよ なぃ 。 本 論 では 、 ボランタ リズム を喪失し つっある 農 協 な ど の 協 同 組 合 活 動 に お け る そ の 再 生 の 手 だ て を 与 え よ う と す る も の で あ る 。 ま ず 、 第1章 で は 、 農 協組 織 に お ける ボ ラ ンタ リ ズ ムの 喪 失 過程 と 再 生の 可 能 性を 組 織 論 的 に明 ら か にし て い る。 す な わち 、 集 落を 組 織 基 盤と し た 農協 組 織 は、 当 初 から 「自発 性 」 を欠 く 可 能性 が 高 かっ た が 、各 種 営 農組 織 に お いて は 集 落を 機 能 組織 に 再 編す ること を 通 じて 、 そ の成 員 に よる 自 発 性を 引 き 出す こ と に 成功 し て いる 。 し かし 、 こ れは 主に男 性 の 参画 を 実 現し た の みで あ り 、農 協 組 合員 ・ 役 員 の側 面 か らも 職 員 の側 面 か らも 、女性 の 参 画は あ ま り進 ん で いな い 。 ただ し 、 農協 の 高 齢 者福 祉 活 動・ 事 業 は女 性 組 織を 基礎に す る た め 、 「 主 婦 規 範 の 強 さ 」 の 克 服 に よ り 、 本 格 的 な参 画 は 可能 で あ ると し て いる 。 っ い で 第2章 で は 、 農 協高 齢 者 事 業の 客 観 的背 景 を 明ら か に し、 「 農 村型 福 祉 」に お け る 農 協の 役 割 を整 理 し てい る 。 農村 の 高 齢者 介 護 問 題は 、 世 帯員 の 減 少・ 核 家 族化 によっ
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て、生活・営農の両面で深刻である。しかし、介護サービス需要の潜在化傾向があるため、
農村に特有の社会福祉システム〓「農村型福祉」が必要であり、地域密着型の在宅サービ スを提供する複合型活動拠点の分散配置という方式が適している。農協には、福祉ミック ス論の「自発型」福祉供給主体として、「公共型」(行政)や「市場型」(民間)の主体で は供給できないサービスを担うという役割が存在している。特に、介護サービス需要を潜 在化させている階層には、「農村型福祉」における「自発型」サービス供給主体として、
期待されるものが大きいとしている。
第3章 では、農協高齢者福祉活動・事業におけるポランタリズムの可能性を、ボランテ イア活動レベルと事業化レベルに分けて検討している。農協組織は女性組織メンバーを中 心に大量のホームヘルパーを養成し、それらを担い手として「有償ボランティア」を含む 高齢者助け合い組織を形成してきた。しかし、それが高齢者福祉事業に発展するためには 組織 運営・地 域福祉へ の参画が必 要であり、JAによる福祉事業化とボランティアによる
「助けあぃ活動」の有機的結合が不可欠であると指摘している。さらに、公的介護保険の 事業指定状況をもとに、`農協事業の類型化を図り、ボランタリズムとの関係を考察し、事 例の位置づけを行っている。
第4章 ・5章の事 例分析で は、農協高 齢者事業が、女性参画を通じてボランタリズムを 保持 したまま 創造され る過程を実 証した。4章の北海道T農協の活動は、ボランタリズム の強 化とへル パー養成が、相互循環的にプラスの効果を生んでいる事例である。5章の栃 木県
H
農協は、全国トップクラスの高齢者福祉事業行い、多数のスタッフを擁している。ボランタリズムが内部の人材を育成すると同時に外部の人材を吸引、これらの人材がボラ ンタリズムをさらに育てる循環を形成している事例である。スタッフはいわゆる非正規職 員として低い労働条件にあるが、ボランティア活動や地域の医療・福祉ネットワークヘの 参画により、仕事の社会的意義を自ら考え、自発的な提案・実行を行う存在となっている。