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即席麺業界

日清食品・東洋水産

福田哲也ゼミナール

人間環境学部

4 期生

小久保 奈菜子

曽我 美千子

津山 剛

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目次

1 はじめに……….3 2 業界概要 ……….………..3 2-1 即席麺とは ……….………..3 2-2 安藤百福の生涯……….4 2-3 即席麺の歴史………...6 2-4 即席麺業界の現状 ……….12 2-5 即席麺業界の動向 ……….14 2-6 即席麺のおいしさの秘密………...…17 3 企業概要 ……….21 3-1 日清食品 ……….23 3-2 東洋水産……….. 26 4 財務分析 ……….30 4-1 成長性分析 ……….30 4-2 収益性分析………..38. 4-3 安全性分析 ……….48 4-4 キャッシュフロー分析 ……….51 4-5 財務分析まとめ……….. 55 5 企業分析 ……….56 5-1 経営理念……….. 56 (1)日清食品 (2)東洋水産 5-2 リーダーシップ……….. 58 (1)日清食品 (2)東洋水産 5-3 経営戦略 ……….59 (1)日清食品 (2)東洋水産 6 戦略課題………..…………61 6-1 日清食品 6-2 東洋水産 7 終わりに……….63 参考文献 ………65

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1. はじめに

(津山 剛) 1958 年、即席麺の歴史は始まった。安藤百福氏がほぼ一人で開発した即席麺という商品 は、2008 年現在、世界で 900 億食が消費されている。現在、即席麺は主食として、嗜好品 として、保存食として、世界中で必要とされている。即席麺市場は今では巨大だが、一人 の日本人によって開発されるまで、全く存在しない市場だった。一人の人間のアイディア で生まれた市場が、現在どうなっているのか。参入する企業の経営戦略や、特有の課題を 明らかにするために本論文に取り組んだ。 本論文では、シェア上位 2 社である日清食品と東洋水産を取り上げる。この 2 社だけで 国内70%に迫るシェアを持っている。日清食品は新機軸の商品を開発し、高付加価値商品 を販売する戦略をとっている。東洋水産は、従来からある市場に、価格訴求で販売する高 効率型の戦略をとっている。全く異なる戦略をとる 2 社が、市場を占有する背景を見てい きたい。 最初に業界の持つ特徴と、現在の動向など、即席麺業界を語る上で欠かせない点を確認 する。次に取り上げる2 社の概要や、成り立ち、特筆すべき点をまとめる。 そして財務諸表をもとに、両社の財政状態や経営状態を見ていく。それらをもとに、両社 の経営戦略をまとめ、最後に課題を示して終わりとする。

2. 業界概要

(小久保 奈菜子)

2‐1. 即席麺とは

即席麺とは、別名インスタントラーメンと呼ばれる加工食品の事である。乾燥している 麺にお湯をかけるだけで、手間をかけず簡単に食べられる。 主原料を小麦粉またはそば粉とし、加薬または薬味が添付されている。カップ麺の場合、 容器は使い捨ての場合が多い。 主食性、簡便性、保存性といった商品特性があり、比較的単価が安いので年代を問わ ず多くの人に親しまれている。 また即席麺は食事の時だけではなく、様々な場面で利用される。例えば子供のおやつ や夜食、仕事の合間の食事など、時間がない時もすぐに食べることが出来る為、専ら一 人暮らしの人に利用されることが多い。

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2‐2. 安藤百福の生涯

(小久保 奈菜子) ここでは、世界で初めて即席麺を開発した安藤百福の生涯について述べ、即席麺をどの ような経緯で生みだしたのかをみていく。 1910 年 3 月 5 日に安藤は誕生し、幼い頃に両親を亡くしたので祖父母のもとで育てられ た。祖父の仕事は繊維や織物を扱う呉服屋で、祖父の仕事をみながら商売に興味をもつ。 学校を卒業すると街に初めて出来た図書館の司書に就職するが、起業したいという野心を 抑えきれずに2 年で退職する。 1932 年、資本金 19 万円で編み物のメリヤスを扱う「東洋莫大小」という会社を設立し た。メリヤス商売は始めてからすぐ大ヒットし、仕入れを多大にしても間に合わない状況 であった。 1933 年、事業の拡大のため大阪市に「日東商会」を設立し、メリヤスの日本一のメーカ ー「丸松」と手を組んだ。安藤は、社長を務める傍ら夜間に京都の立命館大学専門部経済 学科に通い、卒業後の1996 年に同大学から「名誉経営学博士号」を受賞した。また、メリ ヤス事業以外にも資本金 50 万円で蚕糸事業を始めたが、当時は太平洋戦争が真っ只中で、 戦局が悪化した為に、中止せざるをえなくなった。 一方、軌道にのっていたメリヤス事業も1941 年に物資統制令が公布された為、自由に繊 維の仕事を打ち込める状況ではなくなったので、軍需工場で幻灯機の製造を始めた。そこ で軍の部品横流疑惑が出た時に、安藤は被害者にもかかわらず罪をなすりつけられ、留置 所に入れられた。 留置所では不潔な食事を出され、安藤は絶食を続ける中で、食というものに突き当たり、 人間にとって食こそが最も崇高なものだと感じた。当時の食の大切さを感じた事が、即席 麺の開発の源であるといえる。その後、昔の知り合いに助けられ45 日間の留置所生活は終 わった。 終戦後、空襲によって事務所や工場を失い、今まで取り組んできた事業は全て灰化した。 街には飢餓状態の人が溢れ、餓死者が道端で倒れていることもあった。それを見て「衣食 住というが、食がなければ衣も住も、芸術も文化もあったものではない。」と改めて食の大 切さを感じる。 1946 年、再出発として「食」に転向する決意をし、大阪府南部の泉大津市で製塩事業を 始めた。また、街には疎開先からの帰省者など短銃を持つ物騒な若者が溢れていたので、 安藤が面倒をみようと若者達に声をかけ、共に働いた。この製塩事業は、一部市販をした

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が事件となる。 1948 年には、事業を発展させようと泉大津市に中交総社を設立し、翌年の 1949 年には 「サンシー殖産」と商号を変えたが、一時事業を休止し、専門家を集めて国民栄養化学研 究所を設立した。当時、街では栄養失調の人が後を絶たなかった為、安藤は栄養食品を開 発しようとしたのである。そして牛や豚の骨からタンパク栄養食品になるエキスを抽出し、 初めての食品加工の成功となった。 しかし、1948 年に前述した製塩事業の際に若者達に支給していた奨学金が所得とみなさ れ、二度目の留置所生活を送る。安藤は納得がいかず弁護団に頼み、処分の取り消しを求 めて裁判を進めた。しかし、訴えを取り下げれば即刻に放免すると言われ、家族の生活も 考え訴えを取り下げた。 放免された後に、信用組合の理事長に就任するが、1957 年に信用組合が倒産した事によ り安藤は全ての負債を弁済することにより、財産を失った。この経験は借金返済の苦労を 教訓とし、後に日清食品を創業して以来、無借金経営を貫いている。 無一文になった安藤は、戦時中に食に対する強い思いを起こし、即席麺の開発を試みた。 なぜ即席麺であるかは理由が2 つある。1 つは過去にラーメンの屋台で人々が寒さに震えな がら並ぶ長い行列を見た時に、ラーメンという食べ物に深く関心を持ち、大きな需要があ るのではないかと感じたからである。2 つ目は安藤が昔から日本人は麺類を好むが、粉食奨 励にないことが疑問であった。その事を厚生省に尋ねると、安藤が研究することを勧めら れたからだ。 安藤は即席麺の開発の為に、自宅の庭に研究小屋を造り、天井から下がるたった一つの 電球の光の下で、早朝から夜中まで一日も休まず、丸一年間研究を続けた。手探りの状態 で研究を始めた為、開発するまで何度も壁にぶつかり、決して簡単なものではなかった。 それでも家族からの助けを借りながら、試行錯誤を繰り返し、1958 年 8 月 25 日に世界で 初めての即席麺「チキンラーメン」を開発することに成功した。スープをチキン味にした のは、チキンのスープは洋の東西を問わず、古くから料理の基本となる味だからである。 戦時中の食に対する思いと、ラーメンの屋台の行列や厚生省でのやり取りが、安藤を即席 麺の開発に導かせた。

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2‐3. 即席麺の歴史

次に、即席麺が誕生してからどのように発展していったのかをみていく。 即席麺の誕生 即席麺は、安藤百福の歴史でも触れたが、1958 年に日清食品の創業者安藤百福が世界で 初めて「チキンラーメン」を開発したことから始まる。自宅に研究小屋を設け、試行錯誤 を繰り返しながら「おいしいこと、保存できること、調理が簡単なこと、価格が適正な こと、安全なこと、この5 つを目標に、開発を進め、味付即席中華麺の『チキンラーメ ン』は誕生した。」(『即席麺家頁』,社団法人 日本即席食品工業協会, http://www.instantramen.or.jp/history/history01.html ,2008 年 10 月 7 日) 記念すべき第一号となるチキンラーメンは、1 食 35 円の価格をつけたものの、開発 当時は中華そばを店で食べるのと変わらない値段だった為、高すぎると問屋は扱うのを 拒んだ。そこで安藤氏自ら百貨店に出向き、直接試食販売を行ったところ、消費者から 「美味しい」と大きな支持を受け、持参した 500 食は瞬く間に売れた。こうして簡単 で便利なチキンラーメンは後に「魔法のラーメン」と呼ばれるようになり、爆発的な売 れ行きを見せた。 進化する即席麺 好評な売れ行きの為、最初は半信半疑で反応が冷たかった問屋も次々とチキンラーメン を求めるようになった。急激な需要の増加で品不足に陥ったチキンラーメンだが、そこに 目をつけた200 社~300 社のメーカーが市場参入を図り、1961 年には市場は 5 億 5 千万食 と多量の即席麺が出回った。ここで即席麺というだけで珍しがられる黄金時代は終わった といえる。また、生産量が増えるにつれて、消費者から味や品質に対しての目が厳しくな ってきたので、その改善策として、明星食品が1962 年に味付けタイプからスープ別添えタ イプに踏み切り、消費者の好感を得ることに成功した。スープ別添えタイプは、味付けタ イプに比べて麺やスープに味わいを深めることができ、他の具材を加えることも可能であ る。これを機に、スープ別添えタイプが主流となり、他社を刺激して即席麺の新しい流れ を作りだすこととなった。 翌年には日清食品、東洋水産、エースコックの各社から焼きそば、和風麺、ワンタン麺 等の新製品が次々に登場した。サンヨー食品からは坦坦麺の新製品がブームを巻き起こし、 同社は一躍大手メーカーの仲間入りを果たした。「1961 年の生産食数 5 億 5 千万食に対し、 1963 年には 20 億食、1965 年になると 25 億食に達した。 この60 年代中盤は、インスタントラーメンにとって第二期黄金時代とも言える時期となり、

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頁』,社団法人 日本即席食品工業協会, http://www.instantramen.or.jp/history/history02.html,2008 年 10 月 7 日) 高品質時代へ 先程も述べたが、新しく開発したスープ別添えタイプを皮切りに、1963 年から即席麺市 場は焼きそば、和風麺、ワンタン麺、坦坦麺と、多様化をみせていく。この商品の多様化 は、原材料の品質改良や加工技術の向上につながった。その具体例としてはサンヨー食品 からガーリック味、乾燥ネギ入りの「サッポロ一番」や日清食品から高品質化商品として 胡麻ラー油付きの「出前一丁」、明星食品から麺の原料の小麦粉を特等粉にした「明星チャ ルメラ」等、少しの工夫がヒット商品となり、「各メーカーは高品質化をキーワードに、自 社の主力商品を超える商品開発を急いだ。」(『即席麺家頁』,社団法人 日本即席食品工業 協会, http://www.instantramen.or.jp/history/history03.html,2009 年 1 月 4 日) また、1968 年には明星食品の子会社、ダイヤ食品から始めてのノンフライ麺が誕生した。 これは、油で揚げずに熱風で乾燥させた物であり、食感が生麺に近くスープの風味を生か しているという事で業界の注目を集め、市場にノンフライ麺ブームを起こした。 カップ麺登場 1970 年は生活費に占める嗜好品費と外食費の割合が増え始め、前年にチクロショック1 加工食品全般が敬遠されたことや、希望小売価格の値上げ等により、初めて即席麺の販売 数量が減少した。 市場が飽和状態になった頃、発泡スチロール容器に入った味付け麺「カップヌードル」 を日清食品が開発した。100 円という高価格で売り出し、容器は包装材、調理器、食器とい う3 つの機能を果たす事で、今までにない商品として業界に新しい風を吹かせた。 そのことで「1973 年までにカップ麺に参入した企業は日清食品のほか 14 社、ブランド 数27 に及び、カップ麺の成功は『カップしるこ』、『カップコーヒー』などの登場に見られ るように、即席麺以外の食品にも影響を与えた。」(『即席麺家頁 』,社団法人 日本即席食 品工業協会,http://www.instantramen.or.jp/history/history04.html, 2008 年 10 月 7 日) 高度経済成長時代の終わり 1972 年の秋から、石油ショックにより日本の経済は深刻なインフレに陥った。即席麺は 小麦、油脂類、包装資材類などの値上げが響き大きなコストアップとなった。 石油ショックは約半年で終わったが、「世界は深刻な景気の落ち込みに見舞われ、日本の 1.チクロショックとは、1969 年にアメリカでチクロ(人工甘味料)に発がん性の疑いが発覚した為、それを機に日本では

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高度成長時代はにわかに低成長時代へと移行していった。その経験から、日本人は考える 消費生活者へと変わり、より厳しい商品選択の目をもつようになった。」よって大手食品メ ーカーは即席麺業界など新たな市場へ新規参入に踏み切る傾向が見られる。 (『即席麺家頁 』,社団法人 日本即席食品工業協会, http://www.instantramen.or.jp/history/history04.html,2008 年 10 月 7 日) 大手食品メーカーの市場参入 1973 年にはハウス食品、カネボウフーズ、丸大食品など大手食品メーカーが即席麺市場 の参入を果たした。その中でもハウス食品の「ハウスシャンメンしょうゆ味」は好調な売 上で、翌年には塩味、みそ味を加え、売上げ100 億円の大台に乗せる勢いであった。 このことは即席麺業界に良い刺激を与え、後に競って新商品を開発することになる。大 手食品メーカーが発売したつけ麺や、明星食品が発売したノンフライ麺「明星ラーメンめ ん吉」が再び消費者からの人気を呼んだ。 続々と新商品発売 その後、「カップ麺の総生産量は、『カップヌードル』が発売された翌年1972 年には 1 億 食、順調に伸び続け、3 年後の 1975 年には 11 億食と、驚異的な伸びを示した。 1974 年、恵比寿産業が『エビスカップ焼そば』を出し、引き続きエースコックが『カッ プ焼きそばバンバン』を出した。1975 年、まるか食品が初めて四角い容器に入れた『ペヤ ングソース焼きそば』を発売、そして1976 年には日清食品の『焼きそば UFO』が登場し カップ焼きそばは、全てヒットした。 和風麺では、1975 年に日清食品の『カップヌードル天そば』に続いて、東洋水産の『マ ルちゃん・きつねうどん』、『マルちゃん・天ぷらそば』、エースコックの『きつねうどん』、 サンヨー食品の『カップスターきつねうどん』、カネボウフーズ『もち入りきつねうどん』、 翌年に日清食品の『きつねどん兵衛』などが出揃った。」(『即席麺家頁』,社団法人 日本 即席食品工業協会,http://www.instantramen.or.jp/history/history04.html,2008 年 10 月 7 日) カップ麺の売れ行きは特に焼きそばと和風麺が目立ち、1976 年にはカネボウフーズから 中華麺の初めてのカップ入りノンフライ麺が誕生した。1977 年には明星食品が初めて丼ぶ り型容器に入ったカップ麺を発売した。その後の第二次石油ショックと、後述する海外進 出によって、消費者の選択の目が厳しくなった。そうした消費者に選ばれるため、今まで のような画一的な商品展開だけでなく、商品の差別化や高級化の傾向がみられるようにな った。 差別化の例としてエリア限定商品が挙げられる。九州独特のとんこつ味や、北海道や関

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以来、続々と高級価格の商品が発売され、即席麺は安いというイメージをくつがえした。 1980 年の一般的な小売価格は、袋麺 70 円、カップ麺 130 円だったが、「1983 年 2 月に小 麦の政府売り渡し価格が8.7%引き上げられたことにより、各社は一般の袋麺を 80 円、カ ップ麺を 140 円に改定した。」(即席麺家頁 ,社団法人 日本即席食品工業協会, http://www.instantramen.or.jp/history/history05.html,2008 年 10 月 7 日) また、1991 年に市場に新しい商品明星食品から初めて生タイプ即席麺「食亭」が誕生し、 続いて翌年に日清食品から「日清ラ王」が生タイプ即席麺が発売された。 即席麺市場に新しい「生タイプ麺」が登場して売上げが伸び、1955 年には総生産量 を袋麺、カップ麺と合わせると、51 億 9000 万食となった。 また、1993 年から比べると約 4.74%の伸びであり、初めて 50 億を超えた。(図2-3-1 を参照) 図2-3-1 即席麺市場の総生産量の推移

生産量

0.0 100.0 200.0 300.0 400.0 500.0 600.0 1958 196 1 1964 196 7 1970 1973 1976 1979 1982 1985 1988 1991 1994 1997 2000 2003 200 6 年次 千万食

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海外進出 この後、新製品が続々と登場し、国内即席麺市場は飽和状態となったのをきっかけに、 1970 年に即席麺メーカー各社の本格的な海外進出が始まる。 日本企業による海外進出は、国内商社や海外企業をパートナーとして、技術提携、技術 供与などさまざまな形で相次ぎ、全世界へと広がりを見せる。その後も時代の変化に対応 し、グルメ嗜好への対応などをしてきた即席麺業界に大きな動きが見られた。1990 年代に 農林水産省や厚生省が日本型食生活の再評価を提言したこともあり、健康志向が高まる 中、1993(平成 5)年1月1日から、即席麺類の「栄養成分表示に関する基準」に基づ いて、エネルギー、たんぱく質、脂肪、炭水化物、食塩の5項目については表示を義務付 けたり、「第1回世界ラーメンサミット」の開催、世界ラーメン協会2の設立など大きな動 きが見られた。 この世界ラーメン協会や日本即席食品工業協会、日本ラーメン公正取引協議会などの設立 で、即席麺業界は、情報収集や課題について議論する場が設けられた。 以下は、世界ラーメン協会に参加している国別のメーカーである。 ベトナム「Acecook Vietnam Co., Ltd.」,

フィリピン「Monde Nissin Corporation」, マレーシア「Nestle Products Sdn. Bhd」, ブラジル「Nissin-Ajinomoto Alimentos Ltda.」, 日本「日清食品ホールディングス株式会社」, 韓国「Nong Shim Co., Ltd」,

インドネシア「PT. Indofood Sukses Makmur Tbk.」, タイ「Thai President Foods P.C.L.」,

中国「Tingyi (Cayman Islands)Holding Corporation」, 台湾地区「Uni-President Enterprises Corporation」

2005 年には、日清食品が即席麺を宇宙食として開発した。また 2008 年 4 月からはカッ プヌードルの発泡スチロール容器が紙製の容器に変わり、エコロジーに取り組む面もみら れる。 即席麺が開発された当初は、問屋に高いと拒まれ消費者からも半信半疑の目で見られた 2世界ラーメン協会とは、1977 年 3 月に海外 9 ヶ国を代表するメーカー10 社が、「第 1 回世界ラーメンサミット」を 開催した時に設立された。これは国際食として即席麺の「共通する環境的な問題や、技術的な問題などについて世界中 のメーカーが話し合い、情報交換をはかっていくことを目的としたものである。」

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が、簡便性が高く単価が安くて安全面にも気を使い、改良を重ねたところ、事態は好転し、 即席麺はまたたく間に人気が出た。 前述したように、即席麺は、一種類しかなかった味が各メーカーにより次々と開発され、 生産方法・工程も変わり、今までの常識を壊してきた。その後、種類が多様化し数が豊富 になっていく中、競争はますます激しくなった。今では国内だけでなく、海外にも宇宙に も進出している。このような歴史を経て、今では即席麺は国民にとってなくてはならない 存在となっている。 ここまで即席麺業界の歴史をみてきた。次に、即席麺業界の現状をみていく。

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2‐4.即席麺業界の現状

4 社による寡占市場 図2-4-1. 現在の国内の即席麺業界は上位4社で全体のほぼ 51%を占め、寡占化状態にある。図 2-4-1 のように、平成 18 年度即席麺業界市場シェアは 1 位の日清食品に続き、2 位が東洋 水産、3 位がサンヨー食品、4 位がエースコックで占め、大手メーカーによる寡占状態が揺 ぎないものになっている。 しかし、昨年までの即席麺市場シェアは4 社ではなく 5 社で占めており、前述した会社 の他に、4 位に明星食品がランクインしていた。その明星食品を同年 3 月に日清食品が買収 し、完全子会社化した。その結果、日清食品は明星食品が持っていたシェアを合わせて市 場シェアの半分以上を独占し、2 位以下を大きく引き離す結果となった。 前述したように、5 社から 4 社に減り寡占化が続く即席麺市場だが、寡占市場になるま では厳しい競争が背景にあった。即席麺の歴史に述べたように、即席麺が開発された翌年 1959 年からたくさんのメーカーが即席麺市場に参入してきたことが原因である。その数は 200 社から 300 社と言われ、東洋水産、サンヨー食品、明星食品、エースコックが参入し たのもこの時期である。前述したが、メーカーが増えたことにより即席麺は多量に生産さ れ、市場に出回った。売り出された当時は消費者にめずらしがられ好調な売れ行きをみせ ていたが、そのうち商品を差別化しなくては売れなくなった。その為、各メーカーは市場 の中で生き残る為に、激しい競争をみせる。研究を重ねより良い物を生み出そうとし、「カ ップヌードル」(日清食品)、「赤いきつね」(東洋水産)、「サッポロ一番」(サンヨー食品)、 「スーパーカップ」(エースコック)等、自社のブランド商品となる商品を作り出した。消

平成18年度即席めん市場シェア

51% 20% 12% 7% 10% 日清食品 東洋水産 サンヨー食品 エースコック その他

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占し現在までに至る。この競争があったからこそ、スープ別添えタイプ、ノンフライ麺の 開発など製造技術の発達が伺える。 また、競争する一方で協調する面もみられる。1964 年に日本即席食品工業協会、1966 年 に日本即席食品工業公正取引協議会、1997 年に世界ラーメン協会が設立した。この協会は 即席食品の品質向上や製造技術改善に関する調査研究、消費者に対する広報宣伝活動や情 報の提供等を目的としている。つまり情報と意見を交換、共有し合い、競争しながらも助 け合うという環境が出来上がったのがこの時代であった。これにより、現在まで企業間の 生き残りをかけた競争の激化を協会が管理することによって、バランスを取りながら成長 してきたといえる。 原材料価格高騰 図2-4-2. 燃料及び包装資材の企業物価指数の推移 「小麦の政府売渡価格は、国際価格の上昇を反映して、2007 年 4 月から前年度比平均 1.3%の引上げ。10 月からは前期比平均 10%の引上げを行った。これを受けて、製粉各社 はそれぞれ値上げを実施している。」 (資料:『最近の農産物・食品価格の動向について』,平成 20 年 1 月農林水産省 , http://www.maff.go.jp/j/study/syoku_mirai/04/pdf/ref_data2.pdf ,2008 年 10 月 30 日) 上記で述べたように、輸入小麦の価格が上昇して食品業界は苦しい状況にある。その中

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でも主原料を小麦粉とする即席麺業界は、厳しい状況に陥っている。図2-4-2 のように、主 原料の小麦粉だけにとどまらず、商品を輸送する際に関わってくる重油・ガソリン等の燃 料費、容器に関わってくるポリスチレン等が上がっていることが起因している。原材料価 格高騰により麺の主原料の小麦粉、容器、重油など必要な原材料価格が全て上がった。 原材料価格高騰の事実を踏まえて、これからの即席麺業界の動向を見ていく。

2‐5. 即席麺業界の動向

商品の価格改定 前章で述べた原材料価格高騰の影響で、加工食品業界は小麦製品の価格改定を平成 19 年 から始めた。国内即席麺業界の各メーカーも 20 年 1 月出荷分から商品を価格改定した。(図 2-5-1 参照) 図2-5-1. 大手加工食品企業の小麦製品の価格改定 (資料:『最近の農産物・食品価格の動向について』,平成 20 年 1 月農林水産省 , http://www.maff.go.jp/j/study/syoku_mirai/04/pdf/ref_data2.pdf ,2008 年 10 月 30 日)

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即席麺商品の価格改定は、業界1位の日清食品の商品を例にあげてみると具体的に分か る。各商品が約7~11%値上がりしている。(図 2-5-2 参照) 図2-5-2. 日清食品の引き上げ価格一覧 ( 資料:『Garbagenews.com』,http://www.gamenews.ne.jp/archives/2007/09/17_5.html, 2008 年 10 月 29 日) 即席麺は低価格というイメージが定着しているので、業界を取り巻く環境は一層厳しい。 しかし、2008 年度末にかけて原材料価格高騰は収束し、それに伴い即席麺の小売単価の上 昇も終えた。原材料価格が製品小売単価に反映されるには時間差があるが、即席麺の小売 単価に下落圧力がかかっていると言える。 消費者離れの対策 2008 年の原料価格高騰は短期に収束したが、今後も加工食品メーカーにとって看過でき ないリスクである。その対策として経営の多角化が挙げられる。 値上げによる消費者離れを防ぐために、業界では総合食品メーカーに向けての経営の多 角化がみられる。即席麺のみの販売は原材料を小麦にのみ依存し、経営に不利になる。そ こで即席麺以外の新たな経営に乗り出し、市場開拓を行うことで、価格改定による消費者 離れを補う事で経営の多角化を狙う。また、即席麺の高度な技術を他の分野に活かすとい う目的も考えられる。

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海外進出 国内だけでなく、海外進出の動きがみられる。業界は飽和状態で市場拡大は厳しい上に 少子高齢化の影響により今後も国内人口の減少が予測できる。図2-5-3 をみて分かるように 平成15 年(2003 年)から 62 年(2050 年)に生まれてくる子供の数が約7分の 5 に減少 している。 図2-5-3. また、図2-5-4 の即席麺消費量の多い国をみると中国が他の国を大きく引き離してトップで ある。日本は年間に54.6 億食を消費しているのに対して、新興国は 978.7 億食消費してお り、その差は約18 倍である。現在の日清食品、東洋水産の売上高に占める海外の輸出比率 は16%前後である。少子高齢化、中国の消費量の多さの 2 つの点を踏まえて、これからは 更なる海外進出が必要となってくる。

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図2-5-4. 即席麺消費量の国際比較

2‐6. 即席麺のおいしさの秘密

(曽我 美千子) 即席麺は当初、お湯をかけて三分待てばすぐにおいしいラーメンを食べることができる と言う点から、「魔法のラーメン」と呼ばれていた。魔法と呼ばれた即席麺も、消費者のニ ーズに合わせて現在では味、種類、形態ともにバリエーションが増え、更なる進化を遂げ てきた。その即席麺の歴史のスタートとなるチキンラーメンを元に、カップ麺のカップヌ ードルを開発した過程は創始者安藤百福をはじめとした研究者たちのさまざまな工夫と知 恵が詰まっている。ここでは日清食品の代表商品であるチキンラーメン、カップヌードル の開発過程を追いながら、おいしさの秘密に迫ってゆく。 1、おいしさをそのままに保存する秘密 チキンラーメンは今から40 年以上も前に、世界初の即席麺として日清食品の創始者であ る、安藤百福が開発したものである。おいしさの秘密は開発において最も苦労した点に集 約されていると考えられる。チキンラーメンの場合、それは「保存方法」であった。チキ ンラーメンの保存方法は「瞬間湯熱乾燥法」と言われるものであるが、これは創始者安藤 が夕飯のてんぷらを揚げている時、「材料を熱い油におとすと水分が蒸発してコロモにたく さんの穴があく。麺も同じでは?」とひらめいたことがきっかけである。ひらめきを実際

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穴から水分がラーメン全体に行き渡って元の状態に戻り、目指していたラーメンが完成し た。「瞬間油熱乾燥法」こそ、おいしさを損なわず保存できる方法であった。 また、この「瞬間湯熱乾燥法」と、味付けに関する

味付乾麺の製法

は日清食品が特 許を取得している。 1、「即席ラーメンの製造法」の特許(油熱乾燥が特徴) 1959 年1月出願⇒1962 年 6 月 12 日登録 特許299524 号 発明の名称:即席ラーメンの製造法 2、「味付乾麺の製法」の特許 1958 年 12 月出願⇒1962 年 6 月 12 日登録 特許299525 号 発明の名称:味付乾麺の製法 2、即席麺の国際化 チキンラーメンは誕生してから、そのおいしさ、手軽さで、日本では爆破的人気を記録 したが成長期に入り、生産量の伸びが鈍化した。しかし、チキンラーメンをアメリカに送 ってみたところ合理性と将来性が評価され、期待以上の評価を受けた。袋麺の伸びの鈍化 と、即席麺の国際化を目指す気持ちが契機となって、新商品開発のために、安藤百福は1961 年研究所を開設し研究体制を整えた後、1966 年に欧米視察に旅立った。その結果生まれた 新商品がカップ麺の代表的商品であるカップヌードルである。 カップ麺の国際化にあたり、創始者安藤が重視したことは味覚の国際化、より迅速な即 席性、新しい包装容器の開発の三点である。 アメリカでチキンラーメンを紹介した際、アメリカ人バイヤーが即席麺をフォークで食 したこと、町を歩く人々がサンドウィッチなどを歩きながら食べる姿などにインスピレー ションを受け、味覚・即効性・包装容器ともに向上させる新しいアイディアが次々と登場 した。アメリカ視察で刺激を受けたことが現在のカップラーメンのおいしさを作るのに役 立ったのである。 3、カップヌードルの開発と味の改良 アメリカ視察から帰った安藤氏は味の向上を目指し、具と添加物にこだわった。フリー ズドライ製法を取り入れることにより、食管や栄養素を生の状態と同じようにそっくりそ のまま生かすことに成功した。また、具材の水分を 15%以下に抑えたことにより、長期保 存が可能になった。防腐剤、合成保存料、合成着色料などを一切使用しないことで、味の 向上に加え、健康や安全性にも配慮した。

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4、麺の戻りの即効性の追求 次に、より早く麺を戻すために工夫をした。容器の中に麺をつめる際、下はまばら、上 にいくほどぎっしり詰め、宙づり状態になるようにした。これにより、熱湯が下からも麺 全体を包み込み、素早く麺を戻すことに成功した。 また、麺の戻りを早くするためには、容器の工夫も不可欠であった。「新しいインスタント ラーメンを入れる容器は、お湯がさめにくく手に持ってもあつくないものでなければなら ない。そして片手で持てて座りが良く、手から滑り落ちない形を」との安藤の要望で、欧 米視察から帰国した研究チームでは約40 種類ものカップの試作品を用意した。その中から 選び出されたのが発泡スチロールだった。形は紙コップをやや大きくしたような形で決定 した。発泡スチロールを食品容器として登用するのはこれが初めてであった。 この発泡スチロールを登用した即席麺の容器は「知恵のかたまり」と呼ばれるほどさま ざまな工夫がなされている。その理由としてあがるのはこのカップが 3 役をこなすところ にある。1 つ目は麺を保護する包装材料、2 つ目は麺をゆでるおなべの役割、3 つ目は食器 の役割である。その素材についても、詳しく説明すると、ふたはアルミキャップで密閉さ れ、衛生的で長持ちさせることに役立っている。カップ全体を覆う外装フィルムはシュク 包装になっており、ポリプロピレンのフィルムを熱風で縮めてぴっちり包んでいる。底部 のタックシールは熱湯を注いだあともう一度ふたを閉じるのに再利用できる。パッケージ のデザインは1970 年日本万博のシンボルマークを考えた有名デザイナー大高猛さんである。 このように、国際化を目指し、海外の文化を取り入れたアイディアを採用することによ り、即席麺はカップ麺へと更なる進化を成し遂げたのである。 図2-6-1 5、アイディアの源、安藤百福 ここまで、カップラーメンの製造の秘密や製造工程を追っていくことによってそのおい しさに迫っていったのだが、前述した様々なアイディアや発想はすべて日清食品創始者で ある安藤百福が生み出したものである。安藤は多忙な生活の中どのようにしてアイディア を生み出していたのだろうか。その秘密は郷土料理にあった。 安藤は即席麺開発のためのアイディアを練るために郷土料理食べ歩くことがあるそうだ。 一見すると「食生活の簡便性を極めた即席商品と、手作りの最たるものである郷土料理と は、食文化の対極に位置する」(出典:安藤百福,『食の未来を考える』, 日 清 食 品 総 務 部

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広 報 課 ,1986 年発行,25 頁 )と考えることもできるが、郷土料理の中には即席麺に通ず るヒントが数多く隠されているのだ。代表例を挙げると、長野県の松本市にある「凍豆腐」 が挙げられる。豆腐を氷点下の野外につるしておくと、豆腐の水分が抜け、多孔質を形成 し、保存が効く状態になる。この保存が効く状態になったものを凍豆腐というのだが、こ の作り方が即席麺の製造方法にそっくりなのである。他にも、直接即席麺の製造方法には 結びつかなくとも、様々な土地を訪ね、「訪れた土地の郷土料理の起源や、歴史、風土との 関わりなどを調べ、加工食品や保存の方法などを色々な人から勉強」(出典:安藤百福,『食 の未来を考える』, 日 清 食 品 総 務 部 広 報 課 ,1986 年発行,18 ページ)することが、安藤の アイディアや発想のヒントとなり、やがては即席麺のおいしさの秘密へと変貌するのであ る。

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3. 企業概要

(曽我 美千子) ここでは企業概要を受けて、本論分で取り上げる日清食品ホールディングスと東洋水産 の概要の比較とこれまでの歩みを見ていく。 即席麺業界のシェア順位について述べる。業界 1 位は日清食品ホールディングスで全体 シェアのうち50.1%を保有している。日清食品は 2008 年から明星食品を買収し、日清食品 ホールディングスと名称を変更した。これによって元々日清食品が持つシェアに明星食品 が保有していたシェアが加わって業界全体の約半分を占めるようになった。 2 位は東洋水産で、20.2%のシェアを保有している。続いて、3 位がサンヨー食品で 12.0%、 4 位がエースコックで 7.4%のシェアを保有している。業界全体で見ると日清食品が他四社 を大きく引き離し、独走状態にある。続く東洋水産は、日清食品ホールディングスが明星 食品を買収してからは約 30%も大きく引き離されたが、買収以前の日清食品のシェア占有 率が 39.3%であったことを考慮すると、日清食品ホールディングスに続いて即席麺業界を リードする企業であると言える。 ここでは企業概要を受けて、即席麺業界をリードする日清食品ホールディングスと東洋 水産の概要の比較とこれまでの歩みを見ていく。 (出展:日経ナビシェア調査 2009, http://job.nikkei.co.jp/2009/contents/business/share/share06.html,2009/1/29

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日清食品ホールディングス 東洋水産 社名 日清食品ホールディングス株式会社 東洋水産株式会社 創立 1948年9月4日 1953年3月25日 本社所在地 大阪本社淀川区、東京本社新宿区 東京都港区 代表者 安藤宏基(あんどう こうき) 深川清司(ふかがわ きよし) 従業員数 7,203名 3,407名 資本金 251億2,271万8,774円 160億2,232万円 売上高 3,854億69百万円 3,147億44百万円 グループ企業 国内関連会社・・・23社 国内関連会社・・・16社 海外関連会社・・・27社 海外関連会社・・・6社 売上構成比 即席麺類事業…78.5% 即席麺類事業…46.6% チルド・冷凍食品事業…11.5% 生麺類事業…19.4% その他の事業…10.0% 魚介類事業…10.4% その他加工食品事業…9.1% チルド・冷凍食品事業…7.8%   冷蔵庫…5.9% その他の事業…0.8% 即席麺ブランド カップヌードル、チキンラーメン、 赤いきつね、緑のたぬき ラ王、出前一丁、UFO ホットヌードル 持株会社として、グループ全体の経営戦略の策 定・推進、グループ経営の監査、その他経営管 理など。 日清食品グループが手がける事業内容は以下。 1. 即席麺の製造および販売 2. チルド食品の製造および販売 3. 冷凍食品の製造および販売 4. 菓子、シリアル食品の製造および販売 5. 乳製品、清涼飲料、チルドデザート等の製造 及び販売 加工食品事業、水産事業、冷蔵事業など 事業内容 日清食品の前身は中交総社である。日清食品と東洋水産を比較する。 設立は業界第1 位の日清食品の方が 5 年早い。安藤百福の歴史の部分でも述べたとおり、 日清食品は、即席麺業界を切り開いた会社である。前述したが、前身は中交総社であり、 2008 年に代表的商品であるチキンラーメンが発売 50 周年を迎えている。東洋水産の前身 は横須賀水産で、元は水産加工業者として創設された。 本社所在地に注目すると、東洋水産が東京 1 箇所のみに本社を置いているのに対し、日 清食品ホールディングスは東京と大阪の2 箇所に本社を置いている。 両社の違いとして最も顕著な違いが現れているのは、事業内容である。上記の表を見て もわかるように、日清食品は自社の売上のうち 79.5%が即席麺類事業であるのに対し、東 洋水産は 65%3と日清食品より 15%近く低い。これは、前述した東洋水産が元は水産加工 を主な事業としていたことが関係する。このように、近年までは日清食品は主に即席麺事 業に力を入れ、一方、東洋水産は即席麺事業の他に魚介類事業、チルド・冷凍食品事業、 冷蔵庫事業など多角的な経営を行っており、両社の経営方針は異なるものであった。しか

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し、2008 年に日清食品が日清食品ホールディングスと名前を変えた。これは、日清食品が 今までの即席麺事業中心の経営から、「食」の創造グループとしてより多角的な事業展開を 目指すようになったことを示す。以下より両社の歴史を追っていく。

3-1. 日清食品

以下は日清食品年表の中で特筆すべき事柄をまとめたものである。 1958年 安藤百福が世界初インスタントラーメン「チキンラーメン」を 35 円で発売 1959年 大阪府高槻市に工場竣工 1963年 袋入りやきそば「日清焼きそば」発売 1968年 袋入りラーメン「出前一丁」発売 1971年 世界初のカップラーメン「カップヌードル」発売 1976 年 カップ焼きそば「UFO」、カップうどん「どん兵衛」発売 1990 年 ブランド・マネージャー制度導入 1997年 「サイリウムシリーズ」厚生省(当時)から「特定保健用食品」の認可取得 2000年 直轄 4 工場が ISO14001 認証取得 2003 年 カップヌードル全世界販売累計 200 億食達成 2007年 世界初宇宙食ラーメン「スペース・ラム」がスペースシャトルに搭載 2008年 10 月 1 日 - 旧・日清食品株式会社が持株会社制移行に伴い「日清食品ホール ディングス株式会社」へ社名変更。 2009年 「グループ会社として新会社「日清食品株式会社」設立、同時に新会社2 社(日 清食品冷凍株式会社(冷凍食品製造・販売)、日清食品チルド株式会社(チル ド食品製造・販売))も設立される。」(出展:Wikipedia, http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%B8%85%E9%A3%9F%E5%93%81, 2008 年12 月 5 日) 創業期 ~日清食品創業~ 日清食品は「革新者」という言葉がぴったり当てはまる企業である。 即席麺は日清食品の創始者である安藤百福により開発されたものであり、開発から現在 に至るまで、宇宙、健康、環境など、即席麺事業をさまざまな分野と結びつけ、一企業と しての成長にとどまらず業界全体を進化・発展させてきたからである。その日清食品が誕 生したときから現在に至るまでの歴史を大まかに振り返ってみたいと思う。

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~即席麺の誕生~ 日清食品の創始者であり、即席麺の生みの親でもあるのが安藤百福である。 安藤が終戦直後にラーメン屋台に並ぶ行列を見て、「もっと手軽にラーメンが食べられれ ば」と言う思いを抱いたことが、開発のきっかけとなった。当時の社名はサンシー殖産で ある。工場は大阪市淀川区に残されていた自動車部品工場の倉庫を改造して工場とし、そ こで、1958 年 8 月チキンラーメンとして世界初の即席麺を開発することに成功した。 また、「もはや戦後ではない。」と経済白書が示すように、日本の生活水準も向上してい た。 成長期 ~6 事業 4 軸体制~ 日清食品は1989 年初頭に 6 事業 4 軸体制という構想を打ち出し、経営の多角化を狙い始 めた。この構想の実行として、乳製品メーカーのヨーク社、シリアルフーズメーカーのシ スコ社をはじめとして多様な分野の企業を傘下に収めた。上記した動きはすべて、後に予 測される即席麺市場成熟化による企業成長の停滞を防ぐためと、将来性が期待できる新し い分野への積極的な進出をし、経営の多角化を図ることで、更なる企業発展へのステップ とすることが目的である。 ~バラエティーに富んだ商品展開~ 日清食品はチキンラーメンを皮切りに様々な即席麺を発売し、業界を切り開いてきたが、 注目すべきはその多様性にある。焼きそばやうどん、後にはスパゲッティーに至るまで、 ラーメンにこだわることなく、次々と常に時代をリードする新しい商品を開発していった。 上記製品に見られるように、日清食品は新製品の開発に力を入れ、「従来にはなかった新し いタイプの画期的な新製品開発を目指し、新しいコンセプトの元に新しい製品カテゴリー を創造するという、正に『製品革新』に相応しい新製品の開発」(木島 実,『食品企業の 発展と企業者活動』,筑波書房,1999 年発行,57 頁)を目指したのである。 ~世代交代と、カップヌードルを超える商品開発~ 1985 年、安藤百福の息子である安藤広基が取締役社長に就任した。新生日清食品の合言 葉は「打倒!カップヌードル」であり、カップヌードルを超える新たな大ブランドを作り 出すため、ブランドマネージャー制度を設けた。ブランドマネージャー制度の概要は経営 戦略分析の箇所で後述する。

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成熟期 ~即席麺の種類の多様化~ サイリウムシリーズ(即席麺のイメージ改革) 1997 年、サイリウムシリーズを発売した。これは消費者の「即席麺は健康に良くない。」 という認識を取り払うため、厚生省から特定健康保険用食品の認可を受けて発売したもの である。 同社は広告や包装で即席麺の栄養面の充実と安全性をアピールしたが、消費者の「即席 麺=体に悪い」と言う認識が根付いている消費者、特に主婦層の意識は変化しなかった。 それならばむしろ、体に良いことを売りにした即席麺を作ってしまおうということで発売 されたのがサイリウムシリーズである。 スペース・ラム(即席麺技術の応用) 2007 年、世界初の宇宙食ラーメン「スペース・ラム」がスペースシャトルに搭載された。 「2001 年の 8 月 24 日には安藤百福が「宇宙食ラーメンを作りたい」と発案し、2002 年 1 月に宇宙食ラーメンの開発を本格的に開始した。同年、日本や米国、ロシアなど 15 ヵ国で 建設を進めている「国際宇宙ステーション」に組み立て予定の日本実験棟「きぼう」で、 JAXA(当時 NASDA)が推進する「きぼう利用フィジビリティスタディ(可能性調査)」の活動を 行う間、飛行士の滞在中の食事用として提案、採用に至った。また、NASA(米航空宇宙局) の厳しい安全・品質基準にも合格した。 2002 年 8 月には、しょうゆとみそ、カレー味の開発を完了し、2003 年にディスカバリー に搭乗している野口聡一氏からリクエストを受け、みそ味とカレー味に加えて、とんこつ 味も開発を開始し、2005 年 1 月に完成した」。 (出典:『ライブドア・ニュース』,http://news.livedoor.com/article/detail/1307166/,2008 年 5 月 14 日)この商品名はスペース・ラムと言う。上記のように、即席麺の技術をさまざ まな分野に生かしていることがわかる。 まとめ 様々な段階を経て、現在即席麺市場は成熟期に入り、市場は完全なる寡占状態となった。 この状況の中、日清食品は2008 年 10 月 1 日に完全持ち株会社制へ移行することを発表し、 社名も日清食品から日清食品ホールディングスへと変更した。前述したとおり、日清食品 は 1989 年初頭から経営の多角化に乗り出し、様々な分野の企業を傘下に収めていたが、 2008 年に入り、会社の体制を変えることにより、総合食品メーカーを目指す新たなる意気 込みを表明したのである。 それでは次に東洋水産について見ていく。

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3-2. 東洋水産

以下は東洋水産年表の中で特筆すべき事柄をまとめたものである。 1953年 横須賀水産(株)として築地市場内にて創業。 (冷凍マグロの輸出、国内水産物の取り扱いを開始) 1956年 社名を東洋水産(株)に改称 1962年 マルちゃんマーク誕生 ハイラーメン発売 1966年 品川・天王洲に大型冷蔵庫を建設 冷蔵庫事業の開始 1969年 だしの素発売 1970年 福島東洋(株)設立、関係会社となる (現、フクシマフーズ) 1973 年 ホットワンタン発売 1975 年 即席和風麺「マルちゃん・きつねうどん」発売 (赤いきつねうどんの前身) 1976 年 豊醤油(株)関係会社となる (現、ユタカフーズ) 1978 年 赤いきつねうどん発売 1980 年 緑のたぬき天そば発売 1981 年 白米(レトルトパウチ)発売 1982年 餃子(チルド品)発売。 1987年 シュウマイ(チルド品)発売 1992 年 麺づくり発売 創業期 ~東洋水産誕生~ 1953 年 3 月に冷凍マグロの輸出や水産物を取り扱う会社として、横須賀水産株式会社と いう名で築地市場で創業した。 「当初は水産物の取引および輸出と加工食品(魚肉ハム・魚肉ソーセージなど)の製造・ 販売が主体であり設立当初はインスタントラーメンの製造は行っていなかった」。 (出典:『Wikipedia』 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E6%B4%8B%E6%B0%B4%E7%94%A3,2008 年5 月 21 日)

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るにつれ、周囲から横須賀という限定されたイメージの社名はよくないとの声が上がり、 改名をする流れとなった。その際、日本を飛び出し「東洋一の会社になるように」との思 いも込められ、現在の社名に改名した。 革命期 ~即席麺事業への参入~ 東洋水産が即席麺分野に参入したのは、1961 年である。この年、小田原に即席麺生産の ためにラーメン工場を設立し、生産を開始した。 東洋水産での即席麺事業への参入の決定は、社内の情報収集力と創始者である森和夫の 決断力によるものであった。社内の営業日報と国内食品加工物の売れ筋に常に目を配って いた森氏は、「巷で即席麺が売れている。」という情報をいち早くつかむことができた。 1950 年台以降、業種を問わず多くの会社が即席麺事業に参入していたが、その後水産会 社で生き残れたのは東洋水産のみである。 成長期 ~独自ブランドの誕生~ 東洋水産が発売した最初の即席麺は1962 年マルちゃんブランドとして発売した「ハイラ ーメン」である。赤いきつねシリーズの方が有名なイメージがあるが、実はこのハイラー メンは現在でも静岡限定で発売されているロングセラー商品である。 1975 年 9 月に即席ラーメン業界の他社に先駆けて、和風即席麺の「マルちゃんのたぬき そば」を発売した。 当時の即席ラーメンスープは、「醤油味」「しお味」「みそ味」が主流であったが、この製 品は「粉末そばつゆ付即席麺」であり、この粉末そばつゆのスープ味は消費者からの非常 に高い支持を得ている。 東洋水産は、和風そばの開発と「マルちゃん」ブランドの確立によってこの即席麺を1963 年の総売上で39 億 7 千万円のうち、そばやラーメン類が 40%の約 16 億円を記録し、1964 年には売上高60 億円計画でラーメン類 50%を目標とするほどの売上高とした。特にこの和 風そばにマッチしたカツオだしスープの開発は、その原料を取り扱う水産加工業者ならで はのアイディアであり、このような企業努力が、市場の拡大や業界の発展に大きく貢献し たものであるといえる。その後1978 年に「マルちゃんのたぬきそば」をリニューアルさせ、 「赤いきつねうどん」を発売し、大ヒットとなり「マルちゃん」の名前が広く一般に浸透 する事になった。 東洋水産の商品の歴史をたどってみると、「ハイラーメン」を皮切りとして、その後「イ ンスタントの冷やしラーメン(中華)や天ぷらそば(カップ・袋麺ともに)、カレーうどん (カップ・袋麺ともに)、即席ワンタンなど個性的な商品も登場させ、チルド・レトルト食 品なども製造・販売しており、」

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日清食品と比較するとラーメン等の中華麺よりもうどん、そば等の和風麺の分野で自社 カラーを発揮できていることがわかる。 展開期 ~生き残った東洋水産とその理由~ 1958 年に日清食品が発売したチキンラーメンが、爆発的なヒットを記録すると同時に、 その売行きの良さと消費者の需要の大きさを感じ、即席麺業界に参入する企業の数はとて も多かった。もその流れを受け宝幸水産など大手水産会社が続々と即席麺分野に参入して いたが、現在水産会社で生き残っているのは東洋水産だけである。数ある参入企業の中で 東洋水産が生き残れたのは偶然ではなく、森氏の指導力とこだわりによるところが大きい。 森氏は常に誠実に品質にこだわり続けることを絶えず支持し続け、スタッフもそれに忠実 に従った。このリーダーである森氏の指導力とスタッフの間にある信頼関係こそが、東洋 水産が生き残るための基盤を築きあげたのだ。また、他の水産会社が即席麺の製造を下請 け会社に頼っていたのに対し、東洋水産は自社工場で製造をスタートしたことが成果を挙 げたことも要因であったといえる。森氏は、誠実に品質にこだわり続けることを絶えずス タッフに指示し続け、スタッフはその指示に忠実に従った。この森氏とスタッフの連携は 自社工場で製造をスタートしなければ成し得なかったことである。 こうした背景の下、上記のヒット商品が生まれたことで経営が安定し、ますます東洋水 産の事業は拡大し、相次ぎ、焼津・埼玉県飯高町・札幌・伊勢原に工場を設立するにいた った。前述したが、設立当初資本金 1 億円ほどだった会社が短期間に次々と工場を作れた のは、即席麺のヒットに乗っていたことと、前述した水産加工業時代から培ったリーダー の指導力、スタッフ間の信頼、営業力などをはじめとする会社全体としてのパワーがつい ていたからであった。 成熟期 ~冷蔵庫事業の開始~ 東洋水産が、冷蔵庫事業を始めたのは1966 年の 7 月品川・天王洲に約 5,000 トンもの大 型冷蔵庫を建設したことがきっかけであった。元々海苔組合が海苔干し場として使用して いた土地で、譲ってもらったことが場所を天王洲にした理由だった。一度に大量に保管で きる冷蔵庫を所有していることが会社としての大きな信用につながり、その後事業が軌道 に乗るきっかけとなった。設備も当時としては最新鋭の冷蔵庫で、顧客からの評判も良好 であった。この天王洲の冷蔵庫は都営住宅建設を承諾する形で1991 年には売却したが、こ の土地が高く売れたことで、代替地を購入することもできた。この売却が契機となり、事

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海外進出 東洋水産は 2006 年の時点で、メキシコで約 85%のシェアを保有している。東洋水産が即 席麺の輸出を開始したのは 1986 年頃からであった。地元の企業との厳しい競争の中で高い シェアを獲得できたのは 1994 年に発生したメキシコ・ペソの大暴落によりライバル企業が 撤退する中で販売を継続したことが理由である。 まとめ 日清食品と東洋水産の違いが顕著に現れている部分として、商品展開が挙げられる。日 清食品が基本的に即席麺を中心に展開しているのに対し、東洋水産は上記年表にもあるよ うに白米、シュウマイ、餃子などを発売していることから水産加工業やチルド・冷凍食品 にも力を入れていることがわかる。これは、東洋水産がユタカフーズやフクシマフーズな ど自社と異なる分野の会社との関係を持つことで成し得た結果である。この多角化経営に より、即席麺以外からも売り上げが得られ、安定した経営につながっていることがわかる。 以上2 つの会社の企業概要とこれまでの歩みをみてきた。 互いの企業の成長発展は少なからず互いに影響を与えてきたはずである。それではこれま での成長を踏まえ、財務面の分析に移る。

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4. 財務分析

(津山 剛) 財務分析とは、企業の経営成績、並びに財政状態を把握するため行う。 ここでは、企業の開示資料を基にする。分析手法は、期間比較や企業間の比較を主とし、 実数分析、比率分析の両方を用いる。分析項目を、成長性、収益性、安全性に分けて分析 し、最後に財務分析を総括する。

4‐1 成長性分析

成長性分析では、企業の売上高や利益の期間ごとの推移を見る。期間を追うごとに売上 高、利益が増加する速度が成長性である。

売上高推移

200,000 220,000 240,000 260,000 280,000 300,000 320,000 340,000 360,000 380,000 400,000 百万円

日清食品

315,279

320,032

316,972

321,700

358,238

385,469

東洋水産

319,373

310,292

307,561

325,679

321,356

314,744

平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年 平成19年

図は、日清食品と東洋水産の直近6 ヵ年の売上高推移をまとめたものである。 日清食品は平成18 年以降に売上高を伸ばしている。明星食品を完全子会社化したことが 要因である。これに対し、東洋水産は6 か年で見るとマイナス成長をしている。平成 14 年 と平成19 年の売上高を比較すると、日清食品は 22.26%の成長、東洋水産は-1.44%のマイ ナス成長となっている。 日清食品は、同業者である明星食品に投資をしている。市場の成長性が乏しくても、収 益を拡大させる事が出来る。日清食品が売上高拡大のための投資に積極的な事を示してい る。東洋水産の売上高が伸びていないのは、東洋水産が収益拡大のための投資を控えてい

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増収率

-20.00%

-10.00%

0.00%

10.00%

20.00%

30.00%

日清食品

1.51%

-0.96%

1.49%

11.36%

7.60%

東洋水産

-2.84%

-0.88%

5.89%

-1.33%

-2.06%

平成15年

平成16年

平成17年

平成18年

平成19年

増収率とは、売上高が前年度と比べてどれだけ増加しているかを表す。企業の売上高の 変化がどう推移しているかを確認できる。 日清食品の増収率は、平成 17 年までは、-1~2%の間を横ばいで推移していた。しかし、 平成 18 年に入ると約 10%の伸びを見せる。これは、日清食品が明星食品を買収したことと 関連する。平成 18 年 11 月の時点で日清食品は明星食品の株式を約 86.32%を所有し、将来 的に完全子会社化を目指すことを表明している。そして、実際に平成 19 年 3 月に完全子会 社化を実現した。このことから、平成 17 年以降、徐々に所有株式の割合を増やしているこ とが読みとれる。 東洋水産は平成 17 年に売上高が約 6%増収した。理由として、当年の気候の寒暖が激し く、全体として商品が売れやすい状態にあったこと、また、新商品・リニューアル品の売 れ行きが好調だったことが挙げられる。商品の具体例としては、新製品が即席麺の山菜乱 切りそば、リニューアル品が、ノンフライ麺の主力商品である「麺づくり」が挙げられる。 また、その他加工食品のスープ事業においてはカップ入りスープの市場拡大を理由に、「も ずく・めかぶ・野菜卵」のカップ入りスープを新たにコンビニエンスストア向けに導入す ることに成功し、これも増収につながった。 (参照:東洋水産HP,『2007 年連結財務諸表』,3.経営成績および財政状態,2008 年 10 月 14 日 http://www.maruchan.co.jp/company/ir/tanshin/documents/0603renketsu.pdf) しかし、平成 18 年には減収に転じた。その主な理由は魚介類部門、即席麺部門と 2 つに分 けて考えられる。まず、魚介類部門だが、中国・ロシア・欧米諸国が旺盛な買い付け意欲 を見せたこと、水産資源の減少に伴い価格が高騰したこと、また、国内水産事情が低迷し、 取扱高が減少したこと、以上 3 つの理由が重なり、魚介部門の売上高は前年度に比べ約 1.3% の減収となった。次に、即席麺部門であるが、新製品を発売したり、映画とのタイアップ

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商品である「UDON 讃岐風うどん」を発売するなど、積極的な姿勢を見せたものの、暖冬 が影響し、全体として前年度よりやや減少した売上となった。(参照:東洋水産 HP,『2008 年連結財務諸表』,1.経営成績,2008 年 10 月 14 日 http://www.maruchan.co.jp/company/ir/tanshin/documents/070514kessantanshin.pdf) 総括すると、両社の変化の時期は平成 18 年に集中している。この年、シェアの拡大を大 きな目的とし、明星食品の買収を進めた日清食品はその後も高い増収率を維持した。一方 東洋水産は既存の自社商品を積極的にアピールしてゆく戦略をとったが増収率は低下した。 現時点の結果だけを見れば日清食品が東洋水産に差をつけた形になるが、日清食品の明星 食品の買収が成功したといえるかどうかは、現時点ではなんとも言えない。平成 18 年をき っかけに両社の戦略の違いが明確化してきたといえるであろう。

(33)

総資産推移

0 50,000 100,000 150,000 200,000 250,000 300,000 350,000 400,000 450,000 百万円

日清食品 331,994

343,644

361,104

366,801

410,417

392,694

東洋水産 224,791

222,379

220,191

223,306

219,852

206,043

平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年 平成19年

図は総資産の推移である。総資産は企業の所有している資産すべてを表している。資産 は付加価値を産み出す源泉である。 日清食品の総資産は年々増加し、平成18 年には前年度比 11.89%増加している。平成 18 年は明星食品を連結子会社にした年であるため、そのための増加と見える。平成19 年に減 少しているのは明星食品株式の投資有価証券評価損を計上したことによる。日清食品の総 資産が増加傾向にあるのは、その戦略に関係がある。日清食品は、即席麺メーカーから総 合食品メーカーへの転換を以下のように標榜している。 即席めんの最大手であり、パイオニアとしての地位を確立してきた日清食品は、 設立以来50 年間、様々な「食」の可能性を追求してきましたが、 これからの50 年で「総合めんメーカー」から「総合食品メーカー」を目指します。 日清食品 求人情報から抜粋 また、明星食品の子会社化からも、規模の経済のメリットを享受しようとしていること がわかる。総合食品メーカーとなるため、また、規模の経済のメリットを供するために、 総資産を増加させる傾向にある。 東洋水産は、日清食品とは対極的に、総資産を圧縮させる傾向にある。製造拠点の統廃 合などにより、固定資産、特に有形固定資産を削減したからである。負債の部から見ると、 有利子負債が圧縮されている。つまり、東洋水産はここ 6 年で、収益を拡大するための投 資を控え、今の収益を維持しつつ生産費用を削減する事で増益を達成した。さらに、利益 とキャッシュフローの大部分を有利子負債圧縮に費やし財務体質を健全化する戦略をとっ ていたと言える。東洋水産の有利子負債圧縮については、安全性分析で、キャッシュフロ ーの観点からは、キャッシュフロー分析で後述する。

(34)

営業利益推移

0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000 40,000 百万円

日清食品

26,400

23,203

28,962

31,979

33,734

27,671

東洋水産

19,395

18,644

20,245

19,935

19,570

20,222

平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年 平成19年

図は両社の営業利益の推移である。日清食品は、営業利益が平成16 年に増大し、平成 19 年に大きく減少している。これは平成15 年と平成 19 年に退職給付金を計上のしたためで ある。また、平成18 年と平成 19 年に売上高が増えているにもかかわらず、営業利益が増 えていない。これは完全子会社化した明星食品の売上高利益率が低いためである。明星食 品については後述する。東洋水産は年々緩やかに成長している。

(35)

経常利益推移

0 5,000 10,000 15,000 20,000 25,000 30,000 35,000 40,000 45,000 百万円

日清食品

28,676

25,620

33,183

39,526

37,843

32,798

東洋水産

18,971

18,117

20,259

21,151

21,546

22,623

平成14年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年 平成19年

図は両社の経常利益の推移である。両社とも経常利益は営業利益よりも全般的に高い。 これは、受取利息と受取配当金の収益が要因である。東洋水産は受取配当金を増加させて いる。東洋水産の平成19 年の受取配当金は、1,684 百万円、投資有価証券残高は 11,200 百 万円である。東洋水産は、食品メーカーや金融会社の株式を10,000 百万円程保有している が、そこから支払われる配当金は受取配当金の中で占める割合は金額的に多くないと見ら れる。東洋水産の子会社や関連会社の中には貸借対照表掲載額よりも、価値の高い会社が ある。実際に平成19 年時点で、時価のある子会社や関連会社の株式の含み益が 5,687 百万 円ある。時価の無い子会社や関連会社も含めると、東洋水産の投資有価証券の価値は貸借 対照表掲載額との差が年々広がっていると考えられる。そのため投資有価証券や売買目的 有価証券の額と比較して、受取配当の額が高いとと考えられる。

(36)

経常増益率

-20.00% -15.00% -10.00% -5.00% 0.00% 5.00% 10.00% 15.00% 20.00% 25.00% 30.00% 35.00%

日清食品

-10.66%

29.52%

19.12%

-4.26%

-13.33%

東洋水産

-4.50%

11.82%

4.40%

1.87%

5.00%

平成15年

平成16年

平成17年

平成18年

平成19年

経常増益率とは、経常利益が前年度よりも何%増加したかを示す。経常利益とは、企業 の本業に関わる営業損益に、財務活動などの経常的に発生する営業外損益を加えたもので ある。経常増益率推移は、企業の経常的に発生する損益が、前年度と比べてどのように変 化しているかを連年で確認するものである。これにより企業が資本に分配される付加価値 を産み出す力がどう推移しているかを確認できる。 日清食品の平成 16 年の経常増益率は高い。そのため平成 15 年に退職給付金が連年より も多く計上された事による。これは、日清食品が退職給付金を発生した翌期に一括計上し ているためである。続いて平成17 年も高い増益率であるが、これは平成 17 年に有価証券 売却益が3,072 百万円計上された事が要因である。順調に増益していたが、平成 18、19 年 には経常増益率はマイナスとなった。この平成18 年の減益の要因は、先程の有価証券売却 益が無くなった事による。また、平成19 年には退職金の数理計算上の問題で減益があった。 具体的な金額は現在調査中である。なお、平成18、19 年に明星食品の連結子会社化による 増収があったが、明星食品の売上高経常利益率は極めて低いため、増益には寄与していな い。詳しくは収益性分析で後述する。 総括すると、日清食品は、退職給付金の数理計算上の差異や有価証券の売却など、営業 損益区分や営業外損益区分に属しながら、経常的に発生しない損益が大きく変化していた。 それを除くと、変化は少ないといえる。 東洋水産は平成16 年の経常増益率が高くなっている。この年、減収となったが売上原価 の低下が営業利益を押し上げた。なお、営業外損益区分に大きな変化はないため、売上原

図 2-5-4.  即席麺消費量の国際比較  2‐6.  即席麺のおいしさの秘密                                                                                                      (曽我  美千子)  即席麺は当初、お湯をかけて三分待てばすぐにおいしいラーメンを食べることができる と言う点から、「魔法のラーメン」と呼ばれていた。魔法と呼ばれた即席麺も、消費者のニ ーズに合わせて現在では味、種類、形態ともに

参照

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