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スターパネルをゲットだぜ!
『クインティ』
STAGE 18
008
三国志演義のテーゼ
『三國志Ⅱ』
STAGE 19
018
2年目に衝撃の展開が!
『スーパーモナコGP』
STAGE 20
026
長い長い
『ストリートファイターⅡ』
の話
STAGE 21
034
てぃっす! ゲイムマンです。2008年発売の「昭和編」に続き、今回「平成編」を発 売することができました。 平成と言うと、昭和と違ってあんまり古いように感じられませんが、考えてみれば平 成の初期には、まだインターネットも携帯電話も普及してなくて、ソ連があって、ドイ ツが東西に分かれていて、バブルがまだ崩壊してなくて、Jリーグがまだなくて、レイ ンボーブリッジもなくて、郵便番号がまだ5ケタでした。そもそも平成12年までは20世 紀でしたよ。 平成元年(1989年)当時のゲーム業界がどうだったかと言いますと、ファミコンの後 継機種となるスーパーファミコンはまだ発売されていませんでしたが(翌平成2年11月 21日発売)、4月21日にゲームボーイが発売されて大ヒット。その後は一時廃れかけま したが、平成8年発売の『ポケットモンスター』で息を吹き返し、ゲームボーイが切り 拓いた携帯ゲーム機市場は、現在まで続いています。 また、PCエンジンのCD-ROMシステム「CDロムロム」や、セガのメガドライブが、 平成に入る直前の昭和63年に発売されたばかり。 平成3年、『ストリートファイターⅡ』がゲームセンターに登場。これに端を発した 対戦格闘ゲームや、『テトリス』『ぷよぷよ』ブームに始まる落ちものパズルが、平成初 期の人気ジャンルでした。 平成6年に、3DO、セガサターン、プレイステーション、PC-FXなどのいわゆる“次 世代ゲーム機”が相次いで発売されました。平成8年発売のニンテンドウ64まで含めた 次世代ゲーム機競争では、結局プレイステーションがトップシェアを占め、「独占に近 い寡占市場業界でのトップ交代」という、経済的にも珍しい現象が起こったのです。 このように平成ひとケタ年代は、ゲーム業界が大きく様変わりした時期と言えるでしょう。 あと私事なんですが、「ウォーロック」という雑誌 でライターデビューしたのが平成2年でして、自分 にとっても平成初期は節目となる時期でした。以後 19年ライターやってますけど、ゲームがその間にど んどん進化しているのに対して、わたしは一向に進 化できてません。というか、進化とか退化とか関係 なく、あさっての方向に突っ走ってますね。ゲイムマン
INTRODUCTION
前
書
STAGE SELECT
目
次
009
たガールフレンド・ジェニーを救う ため、魔法で操られた人形たちと戦 う。 床に並んだパネルをめくり、人形 を壁まで吹っ飛ばして倒すのだ。 『クインティ』挑戦開始。まずは左 上の「レストラン」へ。ここにいる のは「ウォークマン」。名前のとおり、 ただ歩いて向かってくるだけの敵だが……。 いきなりラウンド1でミス。 『クインティ』のパネルには、取ると特殊な効果のあるもの がある。ラウンド1から出てくるスターパネルは、100枚集 めるとカートンがひとり増え、また移動速度が上がる。 ゲイムマンは、スターパネルをいっぱい取ろうとして、こ のラウンドに設けられた制限時間をオーバー。スピードアッ プしたウォークマンにやられてしまったのだ。 気を取り直してラウンド1をクリアするが、ラウンド2で 2回もミスし、開始わずか2分でゲームオーバー。先行き不 安。再開はラウンド2から。コンティニューができるので助 かる。敵をまとめて倒せる、クロスパネルやサンパネルを使 って、ラウンド5までクリア。 ラウンド6以降は分裂するウォークマンが出てきて、てこ ずるが、開始7分でいよいよラウンド10へ。ボス戦に備えて 身構えるゲイムマン。しかし……。 ラウンド10は、カートンの彼女・ジェニーが、カートンの 兄にさらわれるだけで、何もせずに終了。ちょっと拍子抜け したが、とにかくこれでレストランはクリア。 続いて「コテージ」を選択。ここで出てくる人形は「プラ ンプ」。太っているので、カートンがパネルをめくっても少 ししか動かせない。 フィールドは7×5枚のパネルで構 成されている。ラウンド1ではスター パネルは6枚見えているが、別のパ ネルの下にも隠れている 「クロスパネル」は4方向のパネ ルを一度にめくる。「サンパネル」 は全部のパネルがめくれるふやけるスイマーズ
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『クインティ』は、前々から取り上げたかったゲームだった。 でも、資料として、とみさわ昭仁氏の著書「ゲームフリー ク 遊びの世界標準を塗り替えるクリエイティブ集団」(メ ディアファクトリー)を読んだら、このゲームの開発経緯か ら内容に至るまで、事細かに書かれていたので、わたしの書 くことがなくなってしまった。 なのでどういう形の記事にしようか、ない知恵絞って考え たあげく、有野晋哉さんがフジテレビ721でやってる、「ゲー ムセンターCX」の「有野の挑戦」っぽくやってみることに した。 今回ゲイムマンが挑戦するのは、1989年にナムコから発売 された『クインティ』。 『ポケットモンスター』シリーズの作者として知られる、田 尻智氏とゲームフリークのデビュー作だ。 主人公のカートン少年が、妹のクインティたちにさらわれ
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スターパネルをゲットだぜ!
『クインティ』
あの『ポケットモンスター』を作った田尻智氏とゲームフリークの、デビュー作 が『クインティ』(ナムコ※現・バンダイナムコゲームス)です。 今回の文章はCSの人気番組風に書いてみました。 はたしてゲイムマンは、クインティを倒せるのか?STAGE 18
『クインティ』 (ナムコ)※現・バンダイナムコゲームス カートリッジの端子に息を吹きかけるのはお約束ゲイムマンの挑戦
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当時としては珍しい、画面がスク ロールしないアクションゲーム。 ゲームの原点に立ち返った、隠れ た名作だ マップ画面。8種類の人形が、8 つのエリアにいて、どこからでも 攻略することができる
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16ビットだったこと。 セガにとってこれは大きなアピールポイントだったよう で、メガドライブの本体そのものにも、「16-BIT」の文字が 入っていた。 日本ではファミコン→スーパーファミコンという、任天堂 の牙城を崩すまでには至らなかった。しかしアメリカでは、 『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』の大ヒットなどにより、メ ガドライブ(アメリカでの名前はジェネシス)はファミコン (アメリカでの名前はNES)と堂々と渡り合っていたようだ。 セガのゲーム機と言うと、どうしても“マニア向け”のイ メージが先行するが、メガドライブでは『ソニック・ザ・ヘ ッジホッグ』のほか、『シャイニング&ザ・ダクネス』『シャ イニング・フォース』『まじかる☆タルるートくん』『ぷよぷ よ』など、ゲーム初心者が楽しめるゲームも、意外と多かっ た。 とは言え、やはりメガドライブといえば、アーケード(ゲ ームセンター)からの移植が印象に残る。 当時のセガは、アーケードで大きなムーブメントを起こし ていた。巨大な体感ゲーム筐体(『ハングオン』、『アウトラ ン』、『R360』など)や、パズルゲーム(『テトリス』、『コラ ムス』)、そしてUFOキャッチャーがヒット。またゲームセ ンターのインテリアも明るく変えたことで、若い人々、特に 女性客に受けていたのだ。 従って、『コラムス』や『アウトラン』など、アーケード のヒット作がメガドライブに移植されるのは、当然のことと 言える。 今回取り上げる『スーパーモナコGP』も、アーケードか らの移植。しかしその内容は、アーケード版とはかなり違う。 まず見た目。アーケード版では、コース脇ぎりぎりにそび えるガードレールや、リタイヤしたマシンをつり上げるクレ ーンなど、モナコGPらしい景色がよく描かれていた。しか しメガドライブ版では、ハード性能の差からか、それをその まま再現することはできなかった。 大観覧車「ジュピター」から見た、 鈴鹿サーキットのシケイン 鈴鹿サーキットへは、近鉄特急で 白子駅へ行き、バスに乗り換えて 20分ほど 近鉄のほか、第三セクターの伊勢 鉄道も、鈴鹿サーキットの近くへ 通じている 伊勢鉄道の鈴鹿サーキット稲生い の う駅。 駅舎のないローカル駅だが、徒歩20 分で鈴鹿サーキットに行ける STAGE 20|2年目に衝撃の展開が!『スーパーモナコGP』アーケードと家庭用ではゲームも変わる
今回取り上げるゲームは、『スーパーモナコGP』(セガ) である。 スーパー“モナコ”GPと言うくらいだから当然、今週わ たしが向かった“ゲームゆかりの場所”は……、 鈴鹿サーキットである。 別に、モナコへ行く時間とお金がないから鈴鹿、というわ けではない。ゲームセンターの『スーパーモナコGP』しか 知らない方には意外かもしれないが、メガドライブ版には鈴 鹿サーキットも登場するのだ。 ファミコンに参入せず、独自のゲーム機を販売して家庭用 ゲーム市場で勝負してきたセガ。そのセガが1988年に発売し たゲーム機が、メガドライブだった。 最大の売りは、ファミコンやPCエンジンが8ビットなのに 対し、メガドライブはより多くのデータが同時に処理できる、026
2年目に衝撃の展開が!
『スーパーモナコGP』
セガがかつて発売していたゲーム機、メガドライブ。アーケードからの移植作品 が多かった印象がありますが、その中のひとつ『スーパーモナコGP』は、アー ケード版とメガドライブ版で内容が大きく異なります。それはゲーム機の性能差 と言うより、両者の遊ばれ方の差によるものと言えるでしょう。STAGE 20
『スーパーモナコGP』(セガ) 1987年からF1グランプリが開催されてきた鈴鹿サ ーキット。2009年には、3年ぶりにF1が帰ってくるメガドライブは16ビット
© SEGA 1979年のアーケードゲーム『モ ナコGP』の続編的存在。だが10 年間でゲームはここまで進化した 鈴鹿サーキットの入り口。遊園地 が併設されている026_033(20_スパモナ).xdoc 09.2.18 2:12 PM ページ 026
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STAGE 22|『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』エクスプレス 1990年11月21日、任天堂が満を持して、ファミコンの後継 機、スーパーファミコンを発売した。 すでに16ビット機のメガドライブを発売していたセガにと って、任天堂の16ビット機が脅威となることは間違いない。 そこで、対スーパーファミコンの秘密兵器として、1991年7 月26日に投入したのが、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』で ある。 『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』最大の売りは、やはりその スピード感だろう。とにかくスクロールが速いのだ。 方向キーの右か左を押したときの、ソニックの基本移動が 「歩き」ではなく「走り」であることからも、スピード感を 意識して、ゲームが作られていることがわかる。 丸まって坂道を転がると、一層スピードアップ。加速しな いと通れないルートも多い。 ソニックの攻撃方法は、ダッシュやジャンプで丸まってい る状態での体当たり。多くの敵はこれで倒すことができる。 ハイスピードで、通り道にいる敵を次々となぎ倒すのは爽快 アイテムボックスに入っているリ ングもある。ボックスを壊すと、 リングが10枚手に入るサウスアイランドを走る走る
© SEGA 今回取り上げるのは、1991年に発売された、メガドライブ を代表するアクションゲーム、『ソニック・ザ・ヘッジホッ グ』(セガ)。 というわけで、別府にやってきた。 別府の鉄輪 か ん な わ ・亀川温泉では、真っ赤なお湯の“血の池地獄” や、コバルトブルーの“海地獄”、白く輝く“白池地獄”な ど、多彩な熱泉源を見ることができる。 ……なぜここが「ソニック」に関係するかというと。 実は、大分−博多間(一部は佐伯−博多間)を走る特急の 名前が「ソニック」で、この特急が別府に停車するからだ。 特急ソニックに使用される883系電車は、最高速度130キロ で、しかも振り子車両。水戸岡鋭治氏によるシャープなデザ インも光る。 『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』もまた、速さとルックスの 良さで、テレビゲーム史に名を残す作品となった。 『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』 のタイトル画面。セガのロゴが表 示されたとき、「セーガー」と声 が出るのも斬新だった 色までそっくり。リニューアルさ れてますます似てきた046
『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』
エクスプレス
『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』(セガ)の主人公は、 青くて速くてカッコいい、ハリネズミのソニック。 でも、“青くて速くてカッコいいソニック”は、 あのソニックのほかにもまだいたのです。STAGE 22
『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』 (セガ) 血の池地獄の鬼と記念撮影別府でソニックに遭遇!
© SEGA ゆっくり動いているときも、ソニ ックは明らかに走っている 敵は、動物が閉じこめられたロボ ットたち。倒すと中にいた動物が 走り去っていく ジェットコースターのようなルー プもある。勢いをつけ、ぐるんと 回って通過。降下中にさらに加速 できる046_053(22_ソニック).xdoc 09.2.18 2:13 PM ページ 046
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当時のゲームソフトは、発売日に売れなければ、その後は ほとんど売れない。“生鮮食料品”とまで言われていた。 しかし『ぷよぷよ』は、いったん市場から消えかけながら も、その後、不死鳥のごとくよみがえった、極めて珍しいソ フトである。 『ぷよぷよ』。その栄光と挫折の歴史をたどっていく。 “ばよえ∼ん”。 『ぷよぷよ』で、大きな連鎖を決めたときに、主人公のアル ル・ナジャが叫ぶこの言葉。もともとは、『魔導物語』とい うRPGに登場する魔法だった。 「この魔法を唱えると、敵は感動の嵐につつまれる。感動し ている間は攻撃してこない」(コンパイル発行・ソフトバン ク発売「魔導大全1996年版」より) 考えてみれば、不思議な魔法である。映画やドラマ、音楽 などを思い起こせばいい。老若男女すべての人を、一様に感 動させることなど、できるのだろうか? 人々の趣味や好み が多様化した現代においては、なおのこと実現は難しい。 しかし、ほかならぬ『ぷよぷよ』自身が、この魔法を使っ たかのように、マニアからライトユーザーまで、あらゆる 人々に支持されている。このゲームはなぜ、万人に受け入れ られるようになったのだろうか? ※『魔導物語』は、コンパイルが発売していた3Dタイプの RPG。一流の魔導師になることを志す少女アルルが、闇の魔 導師シェゾらの妨害をはねのけながら、古代魔導スクールへ 向けて旅をする。アルルの体力、敵に与えるダメージなどを 数値化せず、表情や「充分」「少ない」などの文字によって 表現している。アルルや敵が声を出すことでも話題になった。 ※「ばよえ∼ん」というユニークな名前の由来は、『魔導物 語』『ぷよぷよ』を作った米光一成さんによると、まんが道 (「筋肉少女帯」の大槻ケンヂさんと内田雄一郎さんのユニッ ト)の「ボヨヨンロック」という歌を、伊集院光さんがオペ ラ調に歌ったのが「ばよえんばよえん」と聞こえたところか らだとか。 『ぷよぷよ』の全盛期、コンパイ ルの本社があったのは、広島駅前 のこの辺り STAGE 23|『ぷよぷよ』の思い出 1995年1月15日。 「第1回全日本ぷよマスターズ大会」が、有明コロシアムで 行われた。 5千人もの人々が、『ぷよぷよ』日本一の座をかけて戦っ た。 翌年は舞台を幕張メッセに移して、1万8千人。さらに次 の年には、3万人を超える“ぷよらー”たちが参加。名実と もに世界一のゲーム大会だ。 パズルゲーム『ぷよぷよ』。 広島県のソフトハウス、コンパイルが作ったこのゲームは、 テレビゲーム界を代表する、人気作品のひとつだった。ぷよ ぷよ型もみじまんじゅう「ぷよまん」をはじめとするキャラ クターグッズも続々登場し、人気を博してきた。 だがこのゲーム、発売当初はまったく売れなかった。054
『ぷよぷよ』
の思い出
ファミコンとMSX2の末期に生まれ、多くのゲーム機に移植されて大ヒット。イ ベントには3万人を集め、数々のグッズやまんじゅうまで発売されるほどの人気 ゲームになりながら、メーカーが倒産。数奇な運命をたどりつつ、最近また人気 を取り戻している『ぷよぷよ』。その歴史をたどってみましょう。STAGE 23
『ぷよぷよ』(セガ) 厳島神社の大鳥居から。コンパイルは一時期、対岸 の旧大野町(現・廿日市市)に本社を構えていたこ とがあった「ばよえ∼ん」の魔法
© SEGA メガドライブ版のタイトル。「ぷ よぷよぉ∼」という気の抜けたタ イトルコールがグー (※初出:2003年「All About」)054_075(23_ぷよぷよ).xdoc 09.2.18 2:14 PM ページ 054
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わたしは、「駆け出しの状態からのし上がっていくシミュ レーションゲームがないかなあ」とずっと思っていた。当時 PCに『斬∼陽炎の時代∼』(ウルフチーム)というゲームが あったが、まだ家庭用ゲーム機に移植されていなかった。 それから少したった1992年。光栄(現・コーエー)が、 “リコエイションゲーム”シリーズの一作として、豊臣秀吉 を主人公にしたゲームを発売した。それが『太閤立志伝』で ある。 “リコエイションゲーム”とは、シミュレーションゲームに RPGの要素を取り入れたもので、ひとりの主人公が成長しな がら、だんだん目的に近づいていく。1988年の『維新の嵐』 に端を発し、『太閤立志伝』のほかに、『大航海時代』『伊忍 道 打倒信長』『三國志英傑伝』なども登場した。 『太閤立志伝』は、豊臣秀吉の人生をシミュレートしたゲー ム。本能寺の変が起こってからは独立した大名となるが、そ れまではもっぱら織田信長の家中での出世を目指すことにな © 1993 KOEI Co.,LTD. 『信長の野望』や『三國志』は、シリアスゲームのはしりみ たいなもので、組織を運営するうえで大事な要素が盛り込ま れている。生産力を上げなければ軍事力も上がらない、民の 暮らしを良くして忠誠度を上げる、などなど。実際のビジネ スシーンにおいても役に立ちそうなゲームであり、事実、社 員教育に使った会社もあったらしい(参考:「電脳遊技考」 山下章著、電波新聞社)。 わたしも学生時代からハマった。これらのゲームをプレイ した経験が実生活で役に立ちそうだな、と思いつつプレイし ていたが、当時から始めていたライター業において、その経 験はあまり役に立たなかった。 主人公が最初から、組織の長だったからである。 どちらのゲームも、組織を率いる人(編集長とか)にとっ ては大いに参考になるかもしれないが、駆け出しのライター が参考にできる要素は少ない。076
出世指南のシリアスゲーム
『太閤立志伝』
この本ではたいがい昔のことばかり書いてますが、 今回は一気に戦国時代まで飛んでみます。『太閤立志伝』(コーエー)。 個人的に思い入れのあったゲームなんで、 ゆかりの場所もあちこち回ってみました。STAGE 24
『太閤立志伝』(コーエー) 豊臣秀吉の居城だった大阪城にて。 今回は秀吉ゆかりの地を巡ってみたわたしがこのゲームにハマった理由
© 1993 KOEI Co.,LTD. 画面はスーパーファミコン版。ほ かにメガドライブ版なども発売さ れている オープニングデモの木下藤吉郎。 『太閤立志伝』は彼に焦点を当て て戦国時代を描いた作品だ076_095(24_太閤立志伝)xdoc 09.2.18 2:14 PM ページ 076
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STAGE 25|総合芸術としての『超兄貴』 その頃のシューティングゲームでは、ボスキャラの大きさ を競う傾向があった。巨大なボスキャラを動かすことで、開 発スタッフの技術力の高さを示せる。『超兄貴』にも巨大な ボスキャラが多数登場するが、ただ大きいだけではなく、そ の造形で大きなインパクトを残した。 正確に言えば、まったく“突然”現れたというわけではな い。メサイヤが『超兄貴』の少し前にメガドライブで出した 『ジノーグ』というゲームでも、巨大かつ異色なボスキャラ が話題となった。 だが『超兄貴』の逝きっぷりは、それをはるかにしのぐも のだった。 とにかく全編にわたって、筋肉野郎が狂喜乱舞なのだ! マッチョマッチョで日が暮れて、マッチョマッチョで夜が 明けるのだ! あまりのマッチョ攻勢にやられて、思わず家を飛び出して、 気がついたら浜マッチョ 松 町 にいたよ。 浜マッチョの世界貿易センタービル40階は、展望スペース になっている。汐留のビル群やレインボーブリッジ、六本木 ヒルズ、そしてすぐそばに東京タワー。 やっぱりマッチョは最高だ! 羽田空港へ向かう東京モノレール 世界貿易センタービル展望台から の眺め。おなじみの建物が多くて 楽しい © NCS/extreme 『イースⅠ・Ⅱ』や『天外魔境』、『ヴァリスⅡ』の成功によ り、PCエンジンCDロムロムでは、アニメ調のビジュアルシ ーンを挿入したゲームが花ざかりとなった。 CD-ROMの大容量を使えば、大きなグラフィックをアニ メーションさせることが可能だし、音楽CDと同じ生音が使 えるから、声優さんの声が高音質で流せる。表示できる色の 数や処理速度に限界があるので、実写映像を表示させるには やや難があるが、アニメ調なら大丈夫だ。 かくして、PCエンジンではアニメを意識したゲームが席 巻するようになった。『コズミックファンタジー』『うる星や つら STAY WITH YOU』『銀河お嬢様伝説ユナ』……。そんな1992年、ヤツは突然現れた! スーパーCDロムロム用シューティングゲーム、『超兄貴』 である。 そもそも、『超兄貴』というタイ トルがまず強烈だった 「もうダメだ!」
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総合芸術としての
『超兄貴』
『超兄貴』(1992年・メサイヤ)は熱い。変な方向に熱い。 わたしも原稿執筆中、あまりの熱さにアテられて、39度の熱出してダウーン。 薬の副作用でまだ眠いけど、そんな状態で原稿書いたらどうなるかってところを 見せてやるぜ!(←変な方向に熱い)STAGE 25
『超兄貴』(メサイヤ) 東京モノレールが頭上を通る。 竹芝桟橋や日の出埠頭も近いマッチョで巨大なすごいヤツ
© NCS/extreme サムソーン! アドーン!096_105(25_超兄貴).xdoc 09.2.18 2:15 PM ページ 096
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『ファイターズヒストリー』にも、そんなデータイーストら しさが受け継がれている。とにかく、登場する格闘家たちの キャラが濃いのだ。 まずは日本代表、溝口誠。27歳の高校生。……誤植ではな い。本当に27歳で高校生なのだ。“ケンカ百段”を自称し、 我流で格闘術を身につけた。必殺技を出すときの言葉も、 「タイガーバズーカじゃー!」「チェストー! チェストー!」 など、アクが強い。 次は、中国の劉飛鈴 リュウフェイリン 。蟷螂拳 と う ろ う け ん の使い手かつ、京劇の女優と いう設定もすごいが、それ以上にすごいのが顔。 格闘ゲームの女性キャラといえば、 『ストリートファイターⅡ』の春麗 チュンリー や、 『ワールドヒーローズ』のジャンヌ、 『龍虎の拳』のキング、『餓狼伝説2』 の不知火舞など、そのゲームにおけ るアイドル的な存在となる。 しかしフェイリンの場合、おせじ にもアイドルと言えるようなルック スではない。 STAGE 26|強烈キャラが大集合!『ファイターズヒストリー』 © G-mode 『ストリートファイターⅡ』(カプコン)の大ヒット以降、 各メーカーから続々と、対戦格闘ゲームが登場。ひとつのジ ャンルとして確立した。 『ストリートファイターⅡ』は別格として、それ以外にゲー ムセンターでよく見かけたのが、『餓狼伝説』(SNK)、『ワ ールドヒーローズ』(ADK=アルファ電子工業)、そして今 回取り上げる『ファイターズヒストリー』(データイースト) など。 データイーストといえば、1980年代後半から1990年代まで は大手ソフトメーカーのひとつだったが、奇妙なゲームを作 ることで有名だった。主人公にはなりえないルックスの男が 主人公となった『カルノフ』。設定が危なすぎて物議を醸し た『チェルノブ』。意味不明な要素満載の『トリオ・ザ・パ ンチ』。106
強烈キャラが大集合!
『ファイターズヒストリー』
続いて取り上げるゲームは、『ファイターズヒストリー』です。 いかにもデータイーストらしい、 強烈なキャラ満載の対戦格闘ゲームでした。 同社のほかのゲームの主人公も登場します。STAGE 26
『ファイターズヒストリー』 (データイースト) 『ファイターズヒストリー』の登場人物・溝口誠の 地元、大阪にやってきた。道頓堀にかかる戎橋 えびすばし にて奇妙な大手メーカー、
データイースト
2人の女性格闘家
© G-mode 今回の写真は、スーパーファミコ ン版を使用。1993年、アーケー ドに登場した『ファイターズヒス トリー』は、翌1994年、スーパ ーファミコンに移植された 溝口は、繰り返してコマンドを入れると、5 回まで空中で連続蹴りができる。1回ごとに 「チェストー!」と叫ぶ 対戦格闘ゲームブームの初期を彩った作品の ひとつ。この画面だけ見ると、ごく普通の格 闘ゲームのようだが…… ありていに言えば、顔がキツい。 性格もキツいが、これはほかの格 闘ゲームの女性キャラにも言える こと106_115(26_ファイターズ).xdoc 09.2.18 2:19 PM ページ 106
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るが、 「マリオがプレイできるのは任天堂機だけだし、ソニックが できるのはセガ機だけ」 プレイステーションで、『スーパーマリオ』シリーズや 『ソニック』シリーズのようなキラータイトルは、そう出な いだろうと思っていた。 実際、先行して発売された“次世代ゲーム機”の3DOや レーザーアクティブ、またプレイステーションとほぼ同時期 に発売されたPC‐FXは、ソフトウェアの不足から苦戦を強 いられた。 1994年、プレイステーションは発売され、ナムコの『リッ ジレーサー』がアーケードから移植された。立ち上げ時から のナムコの参入は、確かに大きなプラスとなる。『リッジレ ーサー』は、プレイステーションというハードウェアの性能 をまざまざと見せつけた。 しかしナムコは過去、PCエンジンにも早い段階から参入 していたし、メガドライブでもソフトを出していた。それで も任天堂の優位は動かなかったし、いずれ任天堂の新機種が 発売されたら、ナムコも参入するだろうと思った。 どんなに綺麗な映像だって、やがて見飽きる時が来る。ポ リゴンが動かせるからといって、それがゲームの面白さに直 結するわけではない。わたしはそう考えていた。 『ジャンピングフラッシュ!』が出るまでは。 「ジャンプして敵を踏みつぶして倒す」というアクションは、 はっきり言って『スーパーマリオ』と同じである。だが、フ ィールドが立体となったことで、まるっきり違うゲームにな っている。 “ポリゴンを使った立体CGの表示に秀でている”という、 プレイステーションの特性を生かし、「プレイステーション ならではのアクション」を追求したことで、『ジャンピング フラッシュ!』は、このゲーム機の看板タイトルとなり得た のだ。 ちなみにわたしがスーパーあずさ に乗っていた時間は約3時間。日 帰りだったので現地滞在はわずか 2時間だ。どこへ行ったかは後述 『ジャンピングフラッシュ!』で は、決められた道筋は特になく、 フィールドを自由に動き回れる 足場さえあれば、ジャンプを繰り 返すことで、かなり高い所まで行 くことが可能 STAGE 30|ムームー星人の悲哀『ジャンピングフラッシュ!』プレイステーションの機能を生かした
ゲームシステム
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豊田−八王子間で線路内に人が入った影響で20分遅れとな った、特急スーパーあずさ11号に乗る。 乗っている間に、この原稿を書くことにしよう。今回取り 上げるゲームは、1995年に発売された、『ジャンピングフラ ッシュ! アロハ男爵ファンキー大作戦の巻』(ソニー・コン ピュータエンタテインメント)だ。 ソニーが新たな家庭用ゲーム機「PS‐X」(後のプレイス テーション)を開発するという発表は、確かに衝撃的だった。 雑誌では、ポリゴンで立体表示されたフォーミュラカーの 写真が公開されていた。それを見て、家庭用ゲーム機でアー ケードの大型機(『ドライバーズアイ』や『バーチャレーシ ング』)以上のポリゴンが動かせるのかと驚いたものだ。 ただしわたしは、任天堂の優位は揺るがないだろうと思っ ていた。当時「マイコンBASICマガジン」で書いたことがあ
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ムームー星人の悲哀
『ジャンピングフラッシュ!』
初期のプレイステーションには、次世代ゲーム機競争を勝ち抜いた後とは違った、 独特の雰囲気が漂っていたように思います。 今回はそんな時代のヒット作、『ジャンピングフラッシュ!』を 取り上げてみました。STAGE 30
『ジャンピングフラッシュ! アロハ男爵ファンキー大作戦の巻』 (ソニー・コンピュータエンタテインメント) ひどい雪が降ってる真っただ中に撮影したので、 背景がかすんで、どこで撮ったのかわかりにくいプレイステーションがこんなに売れるとは
思っていなかった
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ゲームシステムも雰囲気も、プレ イステーションならではといっ た、新しさが感じられたゲームだ