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生活を支えるための環境

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Academic year: 2021

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はじめに  動物は,高齢となり身体機能が低下したり身体に障害が現れ ると,それまでの生活環境のままでは生活に不便を感じたり, 生活行為ができなくなり死んでいく。しかし,人間は生殖期を 過ぎても生存する唯一の動物であり,道具を工夫や開発して発 展してきた動物であるから,高齢となったり身体に障害がでて きても道具や機器具,そして住環境や社会環境を工夫・改善・ 開発することで,不便を少なくしたり,できないことをできる ようにすることや介助者の負担を軽減することができるのであ る。たとえば,歩いていたときはなんの問題もなく玄関の上り 框の段差を越えて家へ出入りしたり,トイレまで歩いていって 便器に座り排便したり,浴室で身体を洗って浴槽への出入りな どを行っていた方が歩けなくなり足で移動できなくなると,車 椅子を使った生活方法や外出方法を知らない一般の方は,途端 に寝たきりになってしまうことが多いのである。歩けない身体 となった心理状態は,段差が多い環境では,「なにもできなく なった」とか「もう自分ひとりでは動けないし,介助が必要」 などと思いこみ,大きなショックを受けるのである。住環境改 善支援を行う前に,この心のショックを癒すことや障害受容を 支援することが大切である。これに関しては,周囲の家族や友 人,医療職,福祉職などは生活方法や補装具や福祉機器情報, 住宅改修情報などで支援していくことができる。しかし,本人 が心の中で障害を受け入れることがもっとも大切であるから, 焦らずに気持ちを聞き取りながら支えていくことが大切であ る。そして,身体の障害を受容して生活意欲が出現したら,補 装具や福祉機器を試用し,モデルルームなどの住環境での生活 方法を経験して,「住環境を改善すると自立できることが多く なる」という気持ちと自信をつくる生活行動支援を行うことが 望まれる。ここでは,生活を支えるための住環境への提言とし て,生活環境の考え方や生活行動支援方法について記述する。 生活環境の考え方  補装具や福祉機器,日常生活用具などの情報や住環境に関す る情報などの生活環境整備は,高齢者や身体障害者の日常生活 行為や生活の質(以下,QOL)を向上させるために不可欠な要 素であり,街へでかけるなどの社会参加する気持ちをつくるた めの基本情報であり,なくてはならないものである。したがっ て,本人や家族の生活に対する考え方に加え,福祉機器や住環 境の改善方法の情報だけでなく,その選び方や使い方,調整方 法,社会資源などに関する情報,および福祉機器メーカーや取 り扱い事業所,工務店などの情報も大変重要である。使用する 様々な福祉機器が,本人の身体機能や寸法,生活方法や住環境 に適合すれば,自立(律)度の高い生活となり生活道具として 活用されるようになるのである。そうなれば,介護負担を少な くできるだけでなく,自立度が高くなり,社会に参加する勇気 や希望も大きくなっていき,生活の質は高まっていくと考えて いる。逆に,使用する福祉機器が身体機能や寸法,生活方法, 住環境などに適合していない場合は,生活道具として使用でき ないばかりか,本人や介助者の身体への危険性を増大し,閉じ こもり生活や寝たきり生活になってしまう可能性が高くなるの である。したがって,身体に障害があっても QOL を向上させ, 楽しい生活を支援するためには,福祉機器を本人の身体機能や 寸法,生活方法に適合させ,住環境を改善することが考え方の 基本であると考えている。 生活環境要素と自立(律)生活の考え方 1.生活環境要素  高齢者や障害者を取り囲む生活環境要素を物理的要素と人的 要素でまとめた図を図 1 に示す。図 1 の円の内側は住宅内の要 素を示し,円の外側は社会環境や法律や条例,住む地域の気候 や習慣などを示している。  ここに示す用具と住環境という物理的要素の情報は,バリア フリーや自立(律)生活に必要なものであるから,本人や家 族,介助者などの人的要素へ伝達されることが,生活支援のひ とつである。伝達される内容は,福祉機器や住環境などの物理 的要素に関する情報,社会環境からの制度や社会資源などの情 報,福祉機器を製作する人や会社の情報,人生や生き方や障害

生活を支えるための環境

─住環境への提言─

松 尾 清 美

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シンポジウムⅠ

Welfare Apparatus and Housing Environmental Management for Supporting Life Operation of a Physically Handicapped Person and Elderly People

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佐賀大学大学院医学系研究科医学部附属地域医療科学教育研究セン ター福祉健康科学部門

(〒 849‒8501 佐賀市鍋島 5‒1‒1)

Kiyomi Matsuo, RE: Section of Physical and Behavioral Support System, Center for Comprehensive Community Medicine, Faculty of Medicine, Saga University

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生活を支えるための環境 479 に対する考え方,福祉機器に関する心構えなどの情報などがあ る。また,物理的要素の用具は,福祉機器だけでなく家具や家 電製品,設備機器,そして様々な道具がありますから,それら の情報も自立(律)生活支援や介助負担の軽減のためには不可 欠である。人的要素である本人や家族・介助者は,生活観や生 活習慣,身体寸法や機能,障害者観,人生観,意欲,器用・不 器用などが個々によって異なるので,本人の身体や生活方法に 物理的要素の機器具や住環境を適合させるには,本人のバリア フリーの考え方に加え,人生や生活,移動・移乗動作とコミュ ニケーションなどの考え方を知って,住環境の改善を支援する ことが重要である。 2.自立生活の考え方  本人が自立するためには,機器具と住宅を本人に適合するよ う,排泄や入浴,移動や移乗などの生活動作の方法を決め,毎 日繰り返すことで,安心感を得て生活に慣れることが大切であ る。そして,どうしても自立できないときに家族や介助者の協 力を得るという考え方が大切である。また,身体機能に四肢麻 痺などの重度の障害があり,自分の力ではまったく移動するこ とができない方の場合でも,自分で自分の生活方法や生活時 間,介助内容や方法を決めて介助者の協力を得て生活の基本行 為は介助してもらい,後は,仕事や目標などに向かってできる ことを増やしたり,生き甲斐を見つけることが大切なのであ る。このことを自律生活と呼んでいる。したがって,重度の身 体障害があっても自分で生活方法を思考できる方は,支援者と 協力して自律生活をめざすことができるシステムを構築してい かなければならない。図 1 の円の中は,住宅内の要素で,住宅 内での生活方法が安定してはじめて,社会環境へでて行く勇気 と希望が湧いてくるものである。障害者,高齢者の生活におけ る福祉用具や住環境の整備は,単に自立あるいは,介護といっ た枠組みでの生活維持の役割だけでなく,「いかに生きるか」 のメニューを提示する重要な地位を占めるものである。  身体障害者の中でも肢体不自由者にとって,身体機能や生活 方法に適した福祉用具の選択と住環境整備は,生活行為の問題 解決を図るだけでなく,本人の社会活動や生きがいを支援する 重要なものである。福祉用具の適用や住宅改修は,多くの場合, 情報提供,使用イメージの構築,入手支援,適応指導,生活動 作のシミュレーション,生活イメージの構築,住環境の整備, アフターフォローなどの様々な支援の過程と集積によって実現 し,本当の生活行動支援と呼ぶことができるのである。 生活環境設計や生活行動支援に関する 35 年の経験から  重度身体障害者のための福祉機器の開発と住環境改善設計に 関する研究を総合せき損センターで 24 年間,その後佐賀大学 医学部に移って 11 年間続けてきた。その生活行動支援の流れ は,総合せき損センターで構築した流れを図 2 に示す。脊髄損 傷者は現在の医学では完治させることができないため,入院し て退院するまでの間に,退院後の車いすでの生活方法を伝達 し,使用する車いすのことから住宅のトイレや浴室,出入り口, 寝室などでの動作と改造方法について話し合い,改造を行うの である。医師と看護師,ソーシャルワーカー,リハビリテー ション診療科そしてエンジニアが関わり,進行していく状況と 流れを図 2 に示した。専門職によるチームで仕事の分担を行い, 本人と家族を含め話し合いを行いながら進めていく状況がわか る。また,佐賀大学医学部附属地域医療科学教育研究センター の福祉健康科学部門では,附属病院のリハビリテーション診療 科や患者サービス科と協力して,図 3 に示すような支援体制を 整えて 1 年が経過した。ここでは,医師と看護師,PT,OT, ソーシャルワーカー,エンジニア,福祉用具業者,義肢装具士, 社会福祉士などの専門職が協力して支援を行いはじめた。日常 生活器機具と住宅改修や設備に関しては,身体機能の程度や状 況によって,自立(律)するために必要な準備内容が異なるこ とが,これまでの研究によってわかっている。その内容を図 4 に示す。これらのことを踏まえ,自立(律)生活のための事例 研究を行ってきた。 設計研究の調査方法と設計事例 1.設計研究における調査方法 1)調査内容:  ① 住宅(住宅の形態,改造設計・施工者,現状図と改造プラ ン図,改造前後の記録)  ② 本人・家族の状況(性別,年齢,障害名,障害部位,障害 等級,移動方法)  ③改造期間および費用等,制度活用の有無  ④本人の人生や生活および相談の概要  ⑤福祉用具の導入と住宅改修の状況 2)記録方法:記録は,筆記と写真や動画での記録を行った。 3)調査方法: ・概要と方針:佐賀市のソーシャルワーカーによるインテー ク,聞き取り。 ・動作シミュレーション:佐賀大学医学部地域医療科学教育 研究センター実験室 ・住宅での動作調査:事例の住宅にて,改造前後で行った。 4)事例研究における支援チーム体制  この調査は,当大学医学部附属地域医療科学教育研究セン ター福祉健康科学部門と佐賀市社会福祉課,佐賀市建築士会, バリアフリー研究会の協力で行った。 図 1 生活環境要素と情報 Japanese Physical Therapy Association

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2.設計事例  ここでは,調査し打ち合せ後に設計し,施工前後の住宅の状 況と改造後の生活の実態調査を行ったひとつの事例を示す。身 体機能が重度になり歩行できなくなったご婦人が,福祉機器の 適合と住宅の改造で,単身で自立(律)生活ができるように なった事例である。 事例:家族構成が変わったため,自立生活を目的とした生活環 境の改善を行った事例 1)住宅(所在地/佐賀市) 住宅形態/戸建て住宅(木造) 改造基本設計/松尾清美(佐賀大学) 改造設計・施行者/佐藤建設, 2)本人の状況 性別・年齢/女性・52 歳 障害名・部位/体幹機能障害により立ち上がり困難。両上肢 機能軽度の障害。 等級/ 1 級。移動方法/電動車いす(図 5) 家族構成/本人 3)概要  両親と長女,本人の 4 人同居の生活が長かったが,数年前に 両親が他界し長女と 2 人暮しであった。本人の生活の介助は, おもに長女が行っていたが体調を崩し入院,急変し他界した。 図 2 総合せき損センターで構築した生活行動支援の流れ(1995 年度報告,松尾清美) 図 3 車いすと住宅改修支援システムの流れ (佐賀大学医学部福祉健康科学部門)

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生活を支えるための環境 481 姉の入院中,できることは自分でやってみようと,家事全般を こなそうとしていたが,体力がもたず体調を崩し,嫁いだ姉妹 が手伝いに駆けつけることとなった。親族の不幸も重なり,本 人も今後の生活の仕方について考えがまとまらないでいた。し かし,できることは自分でしたいし,姉たちの世話に頼ること は最小限にしたいという意思は明確であった。日常生活で困っ ていることは,部屋から部屋への移動であり,板間をいざって 移動している状態であった。外出は車いすに乗って介助で移動 しており,玄関から外にでるのは,通院等月に 1 ∼ 2 回程度で あった。移乗動作は,半介助程度であったため,外出の機会を 増やすためにも電動車いすの利用を勧めたが「電動車いすに 乗って入れるお店は少ないから」という理由で,利用を断わら れた。 4)福祉用具の導入と住宅改修  そこで,疲労度の高い移動方法はやめて,立ち上がり動作が 楽にできるように日常生活用具の申請を行い,移動式座いす型 リフト,特殊寝台の申請を行うと同時に,その用具をどこに設 置して生活するか検討した。改めて,生活動線を確認し住環境 を改善することで得られるメリットについて簡単に説明を行 い,佐賀大学医学部の地域医療科学教育研究センター(以下, 研究センター)に相談することとなった。  本人と介助者と改造設計・施工者と一緒に研究センターを訪 問し,室内での生活動作(一日の生活リズムと寝室・居室・玄 関・トイレ・浴室・キッチンでの移乗・移動動作)を再アセス メントし,福祉用具(おもにリフト,車いす)の選び方・使い 方について説明を受け,実際に試乗した。建築士より,既存図 図 4 脊髄損傷者の残存機能レベルによる日常生活機器具と住宅設備の準備状況 図 5 事例1の移動方法 Japanese Physical Therapy Association

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生活を支えるための環境 483 面をもとに改築プランの提案を受け,研究センターで,実際の 場面(たとえば入浴動作や排泄動作,部屋から部屋への移動動 作など)を想定しながら動作分析を行い,各部屋の配置,手す りの高さ,家具の位置決定を行った。図 6 に改造計画図面の流 れを示している。図 7 に現状の外観図,図 8 に改造プランの鳥 瞰図を示す。これらの図面とシミュレーション動作は,本人が 生活イメージをつかむまで,繰り返し説明と練習を行った(図 9 ∼図 11)。 5)改修のポイント(図 12)と気づき  研究センターで生活動作の分析を関係者が一緒に行うこと で,各関係スタッフが本人の日常生活動作や身体機能をより理 解することができた。それによって支援チームと家族との意志 図 7 事例1の外観パース 図 8 事例1の改造プランの鳥瞰図 図 9 事例1の立ち上がり動作 図 10 事例 1 の浴槽への移乗動作 Japanese Physical Therapy Association

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図 11 事例1の洗い場への移乗動作の自立移乗確認

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生活を支えるための環境 485 の疎通がスムーズとなり,部屋や家具の配置などが決まりやす くなり,必要な福祉用具の採用が決まっていった。これらのこ とから,ヘルパーによる介護ニーズが明確になり,本人自身で ケアプランを立てることが可能となった。このような支援の流 れで,自立度の高い自立(律)生活が実現できたのである。 まとめ(住環境への提言)  高齢となって身体機能が低下したり,事故などで身体に障害 が現れて歩行できなくなるとその後の生活のイメージをもって いない方が多い。したがって,身体に障害のある方の住環境改 善のためには,出入口,寝室,トイレ,浴室,洗面所,扉など の広さや設備の高さなどを個々の住まい方に伴う移動や移乗方 法などに合わせるための情報が不可欠なのである。そして,身 体機能や身体の動きをみて訓練することのできるリハビリテー ションセラピストは,その方の身体機能や生活動作の代償方 法,福祉機器や住環境の適合方法を知って,様々な専門職と共 働することが必要であると考えている。  以上のことから提言は,「高齢者や障害者(児)とその家族 が生活したい方法を実現するためには,生活環境の情報を集積 し,実際の動きや生活動作を試して,QOL を向上させられる ように,福祉機器を適合し住環境を改善しなければならない」 ということである。また,これまで行ってきた住環境設計研究 で,実際の支援を通して感じていることは,「様々な専門職に よる支援体制チームを構築することと,改造後の実際の生活を 調査して,改造方法や内容を改善していく努力とシステムが必 要」ということである。 文  献 1) 社会生活行動支援概論 ─医工福祉連携による新展開─.佐賀大 学「社会生活行動支援概論」編集委員会(編),2007.6. 2) 松尾清美:実践報告─地域資源を利用した福祉用具供給システム, 特集:支え合うまちづくり.地域リハビリテーション.2006; 15 (8): 655‒660. 3) 松尾清美:社会復帰のための工学的支援,脊髄損傷者の社会参加 マニュアル.NPO 法人日本せきずい基金,2008,pp. 109‒120. 4) 松尾清美:リハビリテーション工学による高齢者や障害者の生

活 行 動 支 援.Japanese Journal of Rehabilitation Medicine.2010; 47(1): 42‒46. 5) 松尾清美:特集:災害と福祉②,開発機器での支援と仮説住宅の 段差解消支援.福祉介護 TECHNO プラス.2012; 5(1): 19‒23. 6) 小宮雅美,木村利和,他:中等度頸髄損傷(C6B Ⅱ),テクニカル エイド─生活の視点で役立つ選び方・使い方,第4章障害・疾患 特性からみたテクニカルエイド.作業療法ジャーナル.2012; 46(7): 872‒875. 7) 松尾清美:障害者(児)の生活環境改善による生活動作の改善. 地域リハビリテーション.2013; 8(1): 29‒35. 8) 松尾清美:万一,歩けなくなっても大丈夫,車椅子を活用して楽 しい生活を獲得できます! ─身体機能と生活方法,そして住環境 に応じた,車椅子での生活の基本動作─.日本リハビテーション 工学協会復興支援講習会テキスト.2013,pp. 5‒12.

図 6 改造設計図の変遷
図 11 事例1の洗い場への移乗動作の自立移乗確認

参照

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