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トリの視覚世界から見える,ヒトの視覚世界

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DOI: http://dx.doi.org/10.14947/psychono.33.18

トリの視覚世界から見える,ヒトの視覚世界

中 村 哲 之

千葉大学

Humans’

visual world revealed by birds’

visual world

Noriyuki Nakamura

Chiba University

Visual illusions in animals are important to study because they magnify how the perceptual system in each ani-mal works. This paper reviews comparative studies on visual illusions in birds (pigeons and bantam chickens) and humans. Not only similarities but also dissimilarities in the perception of illusory figures between these animals have been shown, suggesting that the same physical environments may induce different visual worlds among the species.

Keywords: visual illusions, species difference, birds, humans

は じ め に 比較知覚研究の意義 私たちが生活を営むうえで,適切な環境認識をおこな うことは必須である。しかし,我々の情報処理能力には 限界があり,外界をありのまま認識することはできな い。そのため,感覚器や脳によって「解釈された」世界 を知覚することで,環境認識を実現している。こうした 環境認識の方法はヒトを含めた動物に共通して当てはま るものであるが,動物種間における感覚器や脳構造の違 い,あるいは生活環境,移動様式,食性などの違いを考 えると,環境から引き出している情報は動物によってさ まざまであると考えられる。 我々の環境認識の仕方には,どのような特徴があるの だろうか。ヒトのみを対象とした研究をおこなっている だけではこの問いに答えることはできない。ここでは, 環境認識を実現するさまざまな知覚のなかでも,ヒトに とって特に重要であると思われる視覚に焦点を当て,ヒ トと鳥類(ハト,ニワトリ)の比較研究の成果を中心に 取り上げた。鳥類を比較の対象とした理由として,ま ず,トリもヒトも視覚優位の動物であることが挙げられ る。このような種間類似性に加えて,視覚情報処理を担 う脳構造や生活様式に関しては種間で大きな違いがある (移動様式を例に挙げると,ヒトは地上を歩いたり走っ たりというように水平方向の移動がメインであるのに対 し,ハトでは飛行による垂直方向の移動も加わる)。こ うした種間相違点は,環境から取り出すべき情報の種間 相違,さらには視覚世界の種間相違を生みだす可能性が あると考えられる。 日本基礎心理学会2013年度第2回フォーラム「動物行 動学と基礎心理学」における筆者の講演では,静止図形 (錯視図形)の知覚に関する比較研究と運動図形の知覚 に関する比較研究をそれぞれいくつか紹介した。本稿で は,そのうちの前者に関する研究を中心に取り上げるこ とで,トリの視覚世界から見えるヒトの視覚世界につい て議論する。 なぜ動物の錯視研究か? 外界の物体が持つ物理的性質と視覚システムによって 復元された「物体」がもつ知覚的な性質の間には常に 「ズレ」が生じている。視覚システムの優れた復元能力 のおかげで,日常生活においてそうしたズレを実感する 機会は少ないが,ある特定の状況下においては,そのズ レが顕著に現れることがある。それが錯視である。錯視 は私たちのものの見方を分かりやすい形で示してくれる ものであると言い換えることもできる。つまり,ヒトを 含めた動物の錯視を比較することによって,それぞれの 動物の視覚系の処理特性を明らかにすることが期待でき るのである。こうした学術的な重要性もあって,ヒトの Copyright 2014. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. * Corresponding address: Faculty of Human Sciences, Toyo

Gakuen University, 1660 Hiregasaki, Nagareyama-shi, Chiba 270–0161, Japan. E-mail: [email protected]

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錯視に関してはこれまでに数多くの研究がおこなわれて きた(e.g., Coren & Girgus, 1978; 後藤・田中,2005; 今井, 1984; Robinson, 1998)。 一方で動物の錯視に関しては,約 90年の歴史(ニワ トリのジャストロー錯視の研究: Révész, 1924)はある ものの,研究法の難しさもあってその数は決して多いと は言えない。さらに,これまでの動物の錯視研究には1 つの大きな問題点があった。それは,基本的に「『ヒト と同じ』錯視が動物でも生じていることを確かめよう」 という立場に則って研究がおこなわれた点である。よっ て,これまでに報告されている結果はほぼすべて「○○ という動物で××錯視が生じていたことが明らかとなっ た」というものであり,ヒトの錯視から予想されるもの とは異なる結果が確認された場合,それは実験上の何ら かの不備によるものとして扱われることさえあった(例 えば,Dücker, 1966)。少なくとも著者にはこうした研究 スタンスは奇妙に感じる。すべての動物がヒトと全く同 じ視覚情報処理をしているとは考えにくいためである。 動物の視覚世界の特徴を明らかにしていくことを錯視研 究の目的に掲げるのであれば,ヒトとは錯視の生じ方が 異なる事例こそを丁寧に扱っていくべきである。 動物の錯視を調べる方法 動物に対しては言語を用いた教示をおこなうことがで きないため,彼らの視覚世界を調べるためには工夫が必 要となる。ここでは,ハトがミュラー・リヤー錯視図形 (Figure 1(a))をどのように知覚しているのかを調べる 研究を例に挙げることで,その研究法を紹介する。 Nakamura, Fujita, Ushitani, & Miyata (2006)は,すでに モニター画面上に呈示される線分につつき反応すること と餌呈示装置から餌を食べることを学習したハトに対 し,2選択課題によって線分の長さを報告させることを 訓練した(Figure 2)。3秒の試行間間隔後に,モニター 画面の中央に2種類のうちどちらか一方の長さ(30また は60ピクセル,100ピクセルは29.7 mm)の水平線分を 呈示した。線分の長さに違いに注意を向けさせるため, この段階では矢羽は呈示しなかった。この線分に対して 被験体がつつき反応を3∼10回(被験体によって回数を 操作)おこなうと,線分の左下と右下に正方形のアイコ ン(■と□)を呈示した。ある個体は,長い線分が呈示 される試行では■,短い線分が呈示される試行では□に 対してつつき反応があれば正答とみなし,餌もしくは光 (二次性強化子)による強化を与えた。別の個体につい ては正解のアイコンを逆にすることでカウンターバラン スをとった。正答率 90%の学習基準達成の後,線分の 長さを6種類にし,短い3本と長い3本の2選択課題に移 行した。正答率 80%の基準に到達した段階で,線分長 を報告できるようになったとみなした。 次に,被験体を矢羽に慣れさせるため,矢羽を線分の 上下に呈示した。突然現れた矢羽によって,被験体の反 応が乱れることを避けるため,最初は薄い灰色の矢羽を 呈示し,その後矢羽の色を黒にした。矢羽なしのときと 同様の線分長の2選択課題をおこなった。 最終訓練段階では,同方向を向いた矢羽を線分の両端 に呈示した。テストでは,最終訓練で用いた図形を呈示 する試行とミュラー・リヤー錯視図形を呈示する試行を 3 : 1の割合で実施した。ミュラー・リヤー錯視図形を呈 示する試行では,実際に知覚された線分長を答えてもら うため,長・短いずれの反応に対しても正答とした。 錯視研究から見える,トリの視覚世界 このような方法で実験をおこなった結果,ミュラー・ リヤー錯視図に対しては,ハトでもヒトと同じように錯 視が生じている(Figure 1(a)で下の図の水平線分のほ うが長く見える)ことが示唆された。なお,ハトが水平 線分の長さ以外の手がかりを用いていた可能性(例え ば,矢羽を含めた図形全体の長さ)についても検討した が,そうした手がかりでは本実験の結果を説明すること はできなかった。さらに先行研究から,ハト以外にヒヨ コ(Winslow, 1933), オ マ キ ザ ル(Suganuma, Pessoa, Monge-Fuentes, Castro, & Tavares, 2007),ヨウム(Pepperberg, Vicinay, & Cavanagh, 2008),ハエ(Geiger & Poggio, 1975) でも,ミュラー・リヤー錯視が生じていると報告されて いる(ただし,被験体が線分長以外の手がかりを用いて いた可能性が検討されていない実験報告も含む)。もし これらの研究結果が正しいものであるとするならば,こ の錯視は多くの動物で同じように生じている可能性が高 いと結論することができる。ヒトのミュラー・リヤー錯 視がどのように生じているかに関する理論的な説明はい くつかあるが,Post et al. (1998)の研究によれば,この 錯視は図形「全体」に働く相互作用ではなく,線分と矢 羽の接点付近という図形部分間の「局所的」な相互作用 によって生じていることが示唆されている。動物につい てはさらなる研究が必要であるものの,ハトなど鳥類で も局所的な相互作用によってミュラー・リヤー錯視が生 じていた可能性が考えられる。 しかし,他の図形でも同様の方法でテストしていくう ちに,すべての錯視が動物間で共通に生じているわけで はないことも分かった。例えば,Figure 1(b)のエビン グハウス錯視図に対して,左右それぞれの図形の中心に

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ある円の大きさを比べた場合,ヒトには小さな円に囲ま れた左側の中心円のほうが大きく見える。Murayama, Usui, Takeda, Kato, & Maejima (2012)によれば,ハンドウ イルカ(Tursiops truncatus)でも同様の錯視が生じてい る こ と が示 唆 さ れ て い る。 と こ ろ が,Paron & Fagot (2007)によれば,ヒヒには左右の円は同じ大きさに見 えていると報告されている。さらに我々の研究から,ハ トやニワトリでは,大きな円に囲まれた左側の円のほう が大きく見えていること,つまり,ヒトとは逆方向の錯 視が生じていることが示唆された(Nakamura, Watanabe, & Fujita, 2008, 2014)。トリが示した結果は一見奇妙に映 るかもしれないが, 実はヒトでも特殊な状況を作れば, Figure 1. Examples of geometric illusory figures. (A) Müller–Lyer illusory figures. (B) Ebbinghaus–Titchener illusory

cir-cles. (C) A reversed Ebbinghaus–Titchener illusory circir-cles. (D) Various possible perceptions of the pattern at the left. (E) Various possible perceptions of the pattern at the top. (F) Navon figures.

Figure 2. A schematic drawing of the task used for test-ing birds.

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トリのような錯視が生じることが分かっている。Figure 1(c)について,中央に位置する円の大きさを比べた場 合,実際には左右とも同じ大きさであるが,多くのヒト には左側の円が大きく見える(盛永,1956; Weintraub, 1979)。左の図は,右の図の外側に位置する円の一部 (中心から離れた部分3/4)を削ったものである。つまり この現象は,ヒトのエビングハウス錯視が図形全体を知 覚的に体制化することによって生じる現象であり(Rob-erts, Harris, & Yates, 2005),強制的に中心に位置する円の 近傍のみしか知覚できない状況を作り出すと錯視の生じ る方向が逆になりうることを示唆すると考えられる。以 上の結果をまとめると,Figure 1(b)の図に対して,ヒ トは「図形全体との関係性」のなかで中心の円を見るの に対し,ハトやニワトリ,ヒヒは「中心の円に重きを置 いた処理」をするということができる。 全体志向的な情報処理傾向の強いヒト, 局所志向的な情報処理傾向の強いハト 「全体との関係性のなかでターゲットを見る」といっ たヒトの視覚的な特徴は,他の図形を用いた種間比較研 究でも示されている。Figure 1(d)左の図を見たとき, ヒトは白色正方形の背後に45度回転した灰色の正方形 の一部が“隠れている”と認識する。つまり,アモーダ ル補間が生じる(Figure 1(d)右上)。しかし,ヒトに とっての灰色の“正方形”は,ハトやニワトリにとって は灰色の切り欠け図形として認識されている(Figure 1 (d)の右下)。つまり,これらの動物ではアモーダル補 間が生じないことが報告されている(ハト: Fujita & Ushitani, 2005; ニワトリ: Nakamura, Watanabe, Betsuyaku, & Fujita, 2010)。このような現象は,Figure 1(e)の図に 対しても生じる。ヒト(厳密には生後4カ月以降,Kell-man & Spelke, 1983)は,1本の長い棒が直方体の箱の“背 後”を左右に動いていると認識するが,ハトは2本の短 い棒が動いていると認識すると報告されている(Ushi-tani, Fujita, & Yamanaka, 2001)。これらの図形に対して, ヒトは,見えない部分は手前の物体に“遮蔽”されてい ると認識し,その部分を補うことによって図形全体を一 つのまとまりとして処理する。しかし,ハトやニワトリ は,見えない部分は存在しないといった“シンプルな” 見方をしているといえる1 こうしたヒトの全体志向的な情報処理傾向は,Figure 1(f)のような階層構造を持つ図形を用いた研究からも 示唆されている。この図を見たとき,多くのヒトは左か らSHと並んでいると認識する。つまり,局所(大きな Sを構成する小さなHもしくは大きなHを構成する小さ なS)よりも全体を重視する傾向が強い(Navon, 1977)。 しかしハトの場合,特殊な状況を除いては,左からHS と並んでいると認識する,つまり,全体よりも局所を重 視する傾向が強いことが分かっている(Cavoto & Cook, 2001; 関口・牛谷・実森,2011)。ヒトは「木よりも森を 見る」傾向が強いのに対して,ハトは「森よりも木を見 る」傾向が強いといえる。なおNavon型階層図形に対し て は, ア カ ゲ ザ ル(Hopkins & Washburn, 2002), ヒ ヒ (Deruelle & Fagot, 1998; Fagot & Deruelle, 1997),フサオマ キザル(Spinozzi, De Lillo, & Salvi, 2006; Spinozzi, De Lillo, & Truppa, 2003),チンパンジー(Fagot & Tomonaga, 1999) といった霊長類でも,ヒトに比べて全体より個々の要素 に注意を向ける傾向が強いことが報告されている(詳細 は,後藤,2009を参照)。 視覚世界の多様性 ヒトの錯視(=ヒトのものの見方)が多くの動物にお いて生じている多様な錯視の1つに過ぎないことを示す 研究をいくつか紹介した。同じ物体を目の当たりにして も全ての動物が必ずしも同じ見方をするわけではないこ と,場合によってはそれぞれの動物の視覚世界は大きく 異なること,そして動物の視覚世界にはそれぞれ個性が あり,どの動物の見方が“正しい”あるいは“間違って いる”というものではないこと,これらの事実を明らか にしていくことが比較知覚研究の重要な役割であり,今 後,動物行動学と基礎心理学をつなぐ一つの架け橋とな るに違いない。 引用文献

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1 本文で紹介したもの以外にも,ハトのアモーダル補

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Figure 2. A schematic drawing of the task used for test- test-ing birds.

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