The Carcinological Society of Japan
NII-Electronic Library Service The Carolnologloal Soolety of Japan
CANCER
,
1 (1991)29−
32 29日
本
甲 殻 類 学 会 創 立
30
周 年 記 念
に
際
して
の
想
い
出
小
田原 利
光
日本 甲 殻 類 学 会 は1961
年 (昭 和36
年 )に創 立 さ れ,1991 年 (平成 3 年
)で30 周
年 を 迎え た.
創
立か ら20 周年
迄の 記録
,各国
の学
者の 交 流 等 に関 して は前 会 長酒 井
恒 博士の 記
事
が学
会 誌No
11
号に詳 述 して ある の で,
同誌記 載以外の 事 務 的 事 項やエ ピソー
ドな ど を記 し たいと 思 う.
1961
年 (昭 和36
年 )4
月7
日小 田 原 甲
殻類博
物 館 (昭 和36
年2
月 創 立 )に於い て,英
国ゴル ド ン博 士,
岡田 要 博 士,
酒 井 恒 博 士, 三宅 貞 祥 博 士 等15
名の 専 門 学 者 を 中 心に甲 殻 類の同 好者
を 混えて細
や か な発会式
を行
っ た.
席上 岡 田要
・福井
玉夫 ・
澁 沢敬
三・1.GoRDoN
・
J
.
FoREsT ・
L
.
B
.
HOLTHUIs
の方
々を名誉会員
に推
選し て酒 井 恒 博士 が初 代 会 長に選 出さ れ た.
1962
年 (
昭和
37
)
11
月
19
日に,第 1
回 大 会が 神 奈 川 県 眞 鶴 町の横 浜 国 立 大 学 教 育 学部附属
理科
教 育 実 習 施 設 (こ こ は神 奈 川 師 範 学 校 卒 業 者の 団 体であ る友 松 会や酒 井 恒 先 生・
眞 鶴 岩 村の 故 山本
眞一
村 長・
遠 藤晴 雄 氏な ど
,
多 くの方
々 の ご 尽 力に よ っ て 昭 和29
年7
月 落 成 した) に於い て開
催さ れ た.40 名
の会員
が出
席 し て畳の大 広 間 に机 と黒板
を置
き一
同
座っ て の 開 会であっ た.
会長
酒井博
士・
名 誉会
員福井
玉夫博
士・久保
伊 津 男 博士・岩
佐正夫
博士 の祝辞
をいた だ い た後
,小
田 原 利 光が アマ チ ュ ア会 員 (同 好 者 )と して次
の様
に挨 拶 を した.
「こ ・ に集 ま ら れた専 門 学 者 及ア マ チ ュ ア 同 好 者は 同 じ 目 的の下に参 集さ れ た が,
私
は20
年 間 甲 殻 類に興味
を持
ち,
カニ な どの 採集
や飼 育 を して き ま した.
我が国にお ける甲 殻 類研究
の専 門学者
の数
は医学界等
その他
の学 界に比 べ て多い と はい え ない.熱
心な ア マ チ ュ ア の 研究
や知 見が学 問の進 歩に貢献
し た例
は少
な くな い.
専 門 学 者の教 示を受 け,
大げ さに い え ば学会
の 御 手 伝いを さ せて い た だ か ないと,
せ っ か くの アマ チュ ア の立 派な研 究や,
専 門 学 者と して も採 用に 値 する研 究が多々埋も れ る事 と 思 わ れ る.私
は 以 上の よ うな事 を 誰で もが考えて いる と思 い, 数 年 来 甲 殻 類 専 門の研 究 会や同 好 会がで き れ ば と念 願 して い た.
幸い 酒 井 博 士 等の 専 門 学 者 を 中 心に提 案された 日本
甲殻学 会
が設 立さ れ.
我々 ア マ チュ ア も参 加 入会出来
る事 とな り, 我々年来
の 念願
が叶っ た事
を衷
心 か ら喜
ぶ次第
で あ る.
」次
い で岩佐
正 夫副
会 長が座 長と な り, 規約
が決
め ら れ, 且数
人の 研 究 学 術 講 演が あっ た.現在
か ら思 う と細
や か な大 会だ っ たが,一
同 創 立の希 望 に燃えてお り感 無量 で あ っ た.
会 誌にっ い て は, 暫 くの 間は投 稿 も少
な く,
締 切 を 延 長 した の で 発 刊が遅 延 する事が多
々 あっ た.
そ の為
と宣 伝 不 足 もあ り,
新 入 会 員 の増 加が仲々進ま な か っ た.
創 立20
周 年 を 過 ぎ て国内
及び国外
か らの投稿
も増 加 し,
且又 九 州で の 第27
回大 会以来,
三 宅 会 長 の 御 盡 力で 会 員の 増 加と広い 分 野か らの本会
に対
す る 認識・関
心が高
ま り,
現在
の隆
盛を得るに至 っ た,
設 立 当 時
,
私が お世話
にな っ て いた澁沢敬
三先 生 (澁 沢 榮一
翁の直 孫で, 翁の 願い で財 界 入 りを さ れ 経 済 界の重 鎭 となり大 蔵 大 臣 も歴 任さ れ た.
少年時
代よ り動物学者
を 夢みて過され,
特に水 産動物学
に造詣深
く, 当 時の 沢 山の 水 産 学 者 を 後 援 さ れ,
且っ 良き 理解 者で あ ら れ た.
)
は, 日本 甲
殻 類 学 会の 趣 旨に賛 同さ れ, 顧 問 と な るこ と を心よ く引 き受けて下 さっ た.学会誌創
刊に際
し 「甲
殻 類の 研 究 」の 題 字 を 揮 毫 さ れ 且 っ 基 金の御
寄付
を い た だいた.
(甲 殻 類の研 究No
。
1
・
No
.
2
参照) 昭 和38
年10
月25
日の澁 沢 敬三先 生の ご逝 去 は痛恨
の極
みで あ っ た.前
述の様 に我 国 政 財 界は も と よ り,水
産動 物学界
の良き 理解 者で あ り, 陰の 大恩人で あ ら れ た.
1963
年 (
昭 和38
年)学会
の リ ク リエー
シ ョ ン と して 日本ア ク ア リス ト ク ラブ と共 催で三浦半 島
N工 工一
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30
日本 甲 殻 類 学 会 創 立 30 周 年 記 念に際 して の想い出下浦海岸
で地曳網
を引
き, 研 究用・
飼 育用の材 料 や標本
を採集
して專
門家
と同好者
との 交 流 親 睦 会 を行っ た.
1966
年 (昭 和41
年 )6
月25
日第5
回 学 会 大 会と して,
酒 井 会 長の特 別な ご配 慮に依り,
学 会 有 志が皇 居 生 物 学 御 研 究 所の見 学 をさせ て い た だ き,
質 素な研 究 室 と整 然と整 頓された標 本 資 料 室 に一
同深 く感銘
し た.
1969
年 (昭 和 44年
)8
月 神 奈川県 立 博 物 館に於
い て第
8
回学会
大会
と同時
に 「日本
の カ ニ・
世 界の カニ 展 」が開 催さ れ た.
1971
年 (昭 和46
年 )8
月 12
日第
9
回学会
大 会と同 時に東 武 百 貨 店に於い て 「かに の 世界 展 」 が開 催さ れ た.
1973
年 (昭 和48
年 )11
月17
日 (土 ) 東 京 都 港 区三田 「圓徳寺講
堂 」 に て第11
回 学 会 大 会を 開 催 し た.當
時は学 会 開 催の場 所の選 擇に苦 労 し た.
1973
年 (昭 和48 年)8 月千葉
市そ ご う百 貨 店 に於いて 「カニ の生 活 」と して生 態 及び標 本 展 示 と相
談 会を開 催 し,
同 時に学 会 員の親 睦 談 話 会を 開 催し た.
1973
年 (昭 和48 年) 8 月 31
日会
長 酒井
恒 博士 の叙勲 (勲
3
等
旭日章
)の祝 賀 会を赤 坂 の カ ニ 道 楽に て開 催 し た.
1976
年 (昭 和51
年 )11
月21
日第14
回学会
大 会 を 大 阪 行 岡 病 院 付 属 学 院 講 堂 に て 開 催 し た.
1979
年 (昭 和54
年 )10
月8
日 ド イッ国・
フ ラ ン ク フ ル ト の セ ン ケ ン ベ ル グ博 物 館 甲 殻 類 学 者 チ ュ ル カ イ 博 上 夫 妻 が来日 され 約1
ケ月 滞 日 さ れ, その間鳥羽市
で の第17
回学
会 大 会へ 出 席 講 演 され た後 高 知・
鹿 児 島 等 を 酒 井勝 司 博 士と 協 同 研 究
・
採 集さ れ た.
1980
年 (昭 和55
年 )8 月
小田原 記 念 甲殻 類研
究 振 興 基 金と して2000
万 円が寄 付さ れ た.
そ の 趣 旨は次の通りである.
小田原記 念甲 殻 類 研 究 振 興 基 金設定 趣 意 書 わ が国は, 世 界 有 数の海
洋国家
と して,南北
に長
い海岸線
を も ち, 暖 流 寒 流の複 雑な交 錯によ り,
極めて豊 富且っ 多 種 類な海
の動 ・植物 ・
魚 類.海
藻類
な どに恵ま れ,
これが国 民の 食 糧 資 源 と して 必 要 不 可 欠であると共に,
生 物 学上 か ら も 重要な研 究 対 象 と して,多
くの専
門学者
に よ り,
すぐ れ た研 究が行わ れ,
その成 果 も世 界 的に高 水 準にある.
然るに
,
甲 殻 類 (エ ビ,
カ ニ 類 )に関 して は,
例え ば,
カ ニ につ い て,
わ が国で記 録 発表
さ れ た もの が1000 種
以 上 あ り, 尚 新 種 発 見の望み を秘め る好 立 地に ある に も係 らず,
これ を専 門に研 究 す る学
者は,
他の学
界に比べ て必 ず しも多い もの で は な く,
熱 心な アマ チュ ア研 究 者 も加え て の 地 道 な努 力に支え ら れて い る とい っ て も 過 言で は ない.
こ こ に 甲 殻 類に っ い ての 知識を普 及す るため広 く情
報
の 提 供や資 料・
標 本の 収集 ・
製 作・
公 開な ど を行 うと共に,
す ぐれ た研究
を促 進 すること が,
わ が国の斯種
分野
の振興
と社会教育
の向
上に緊 要であ る と考え,
これ らを助 成 するた めに振 興 基 金を設 定 する もの で あ る.
1981
年 (昭 和56
年 )11
月8
日第19
回日本 甲 殻 類 学 会 大 会と同 時に学 会 創 立20
周 年 記 念 祝 賀 会を東 京 銀 座・
三井アー
バ ンホ テ ル で 開 催した.
祝日本甲 殻 類 学 会 設立20
周年 日本 甲殻 類 学会は 1961 年4
月 7 日,
19
回大 会終了の後,
同会場で,
学 会誌“
甲 殻類
の研 究,No .11
,1981
”
に掲 載さ れ た當時
の 模 様 と同 誌に寄せ ら れ た外 国 甲 殻 類 学 者3
氏の祝文
を再携
す る,
産声を あげま し たの で,
本 年で満20
歳 を迎 えた ことに なり ま す.
第 午 後5
時30
分か ら学 会 創 立 20周 年の記 念 会が催され ま した.
会 長を始め と して, 北は北 海 道,
南は沖 縄 まで, 各地よ り参 集さ れ た会員の みな様か ら は, お祝い の言 葉や創 立 当 時の エ ピ ソー
ドの披露な ど が あ りま し た.
ま た,
学 会の将 来 像 などにっ い て の討 議 まで もあ り,
記 念 会に相 応しい一
時 と な り 盛会で し た.
参 加 者は38
名で し た.
N工 工一
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小 田 原 利 光
31
次に学 会 設立
20
周 年に関して,
国の 内 外の会 員か らいた だいた祝 詞や 思 い出を綴ら れ たお 便りを 掲 載し ま す.
尚,
Dr.
LGoRDoN (イ ギ リス) ,Dr.
L.
B .
HoLTHuls (オラ ンダ),
Dr.
M.
TuRKAY (西ド イ ッ)か らい た だ い た祝 詞につ い て は,
その要 旨をこ こ に掲 げ ま す.
1.
GeDRON
1961 年
4
月7
日, 小田原 甲殻 類 博物館で開 か れた 日本 甲 殻 類 学 会の創 立総 会に出席する栄 誉を与え ら れ ま して か ら,
すで に 20 年が 過 ぎ去り ま し た.
日本 甲 殻 類 学 会は さ さ や か な発 足で し た が, その後,
酒 井 恒 会 長 と小 田 原 甲 殻 類 博 物 館の 創 設者,
小田原 利 光 博 士との すば ら しいパー
ト ナー
シ ッ プによっ て発 展して まい りま し た.
機 関 紙
“
甲殻類の研究”
は 1963 年 11 月に創 刊さ れ, 現 在は第10
号 (1980
) ま で発 行されて い ま す.
機 関 紙に は 日本人の みな らず,
外 国の研 究 者の論 文も掲 載さ れ,
十 脚 甲 殻 類 (エ ビ・
カニ 類 ) を あっ かっ た論文 が目立 ち ま す が, 他の甲殻 類の研 究 も発 表 さ れて い ま す,
論 文の内容は分 類・
生物地理等々多 岐にわ たっ て い ま す、
機 関 紙第10
号で は,
酒 井 恒 会 長によ る小 田 原利光 博士の還暦を祝う一
文 が 掲 載 され,
小 田 原 博士 が収 集さ れ た カニ 類の 標 本は IOOOO 点 を 下 らず,
精 力 的に活 動されてい る様 子 が 紹 介 されて い ます.
機関紙の“
会 言げ’
の項を み ますと, 大 会に はし ば しば外 国の研究 者も参加さ れ, 活 発な学 会 活 動が伺え ま す.
酒井 恒会 長 はこ の 20年 間に
,
相 模 湾 産 蟹 類 (1965
)・
シー
ボ ル トと日本の 動 物 相 :ホ ル サ イス と共 著 (1970
)・
日本 産 蟹 類 (1976) の三っ の大著を出刷さ れ, さ らに現 在は北 太 平 洋の カニ 類につ い て も精力 的に 研究さ れ ています.
酒 井 恒
・
小田原 利 光 博 士を は じ あ と して.
日本 甲殻 類 学 会のみ な様が益々 ご発 展さ れ る よ う念じ, お祝い の 言葉とい た し ます.
L.
B.
HOLTHUIs日本甲殻 類 学 会 創 立 20周 年を迎え るにあ たり, 心 か ら祝 詞 を 申し上 げる と共に
.
今 後の発 展 をお祈り致 し ます.
創 設 者の
一
人,
イ ザベ ラ・
ゴー
ル ドン博士によれば (Crustaceana,
N().
3,
pp.
170〜
172,
1961 ),
学 会が発 足 したの は 1961 年4
月7
日で, 設立総会は小 田原 甲殻 類 博 物 館で行 われ まし た.
この 博 物 館は私立 と して は 世 界で も最 高の位 置にありま す.
館長の 小田原 利 光 博 士は常に謙 虚で あ り,
学会の発展に寄 与されて こ られ ま し た.
また,
この学 会の水 準の高さ は創立以来, 会長を 勤め られて い る酒 井 恒 博 士に よ る とこ ろ も多と し ます.
機 関 誌は現 在,
第 10号まで出版さ れ,
多くの価 値 ある論 文は カ ラー
及び白 黒の質の高い ス ケッ チ と美 しい挿 図と 共に甲殻 類の知 識 を 深めて まい りま し た.
私 は 三回の訪 日の た びに, あ る面で は プロ 以上に興 味 と 知 識 を も
っ
た多 くの 日本の ア マ チ = ア の研 究 者の 方々 か ら深い印 象と感銘を受け ま し た.
こ の 方々 の助 力が,
学 会の発 展と甲殻類研 究の推 進に大 きな力と なっ てい るこ と を 確 信して おります.
甲 殻 類 学 会が発 展 し, すば ら し い業 績を 今 後 も上 げ られ る よ うに祈 っ て おります.
M 。TURAKAY
日本 甲殻 類 学 会の創立 20 周 年にあた り,
感 想を述べ さ せて いた だ き ま す.
20年はけっ して長い時間で はありませんが
,
学 会を設 立し,
学 会の た め に活 動し, 学会の発 展の た めに時 間を費や さ れ た方々 にとっ て は充 分に長い 時 間で あっ た といえましょ う,20
年を 過 て,
みな 様の学 会は 日本 国 内 ばか りで なく, 海外で も 良 く知 ら れる よ うに なりま し た.Senckenberg
の 学 会は,
設 立 後 20 年で は,
日本 甲 殻類学 会ほ ど知られてお り ませ んで した.
設 立 者の方々 と同じ よ う な熱 意を もっ 会 員の方々が お ら れ る か ぎ り,
この 学 会は益々 さ らに発 展 され ること と思います.
これ か ら も喜ん で 日本甲 殻 類 学 会の方々 と知 識や 意 見の交 換を して行 き たい と考え てお りま す.
1983
年 (昭和 58 年)
11月 12
日皇 居 内 生 物 学 御 研 究 所 を 見 学 し た,中
国台湾屏東
の蟹 研 究 家 魏軍養氏
が来日 さ れ見 学に参 加さ れ感激
さ れた.
翌13
日第21
回学会
大 会に て講 演 された.
1986
年 (昭和
61
年) 2 月 22
日 日本 甲 殻 類 学会
会 長 酒 井 恒 博士 は腎 不 全 症に て逝 去さ れ た.
82
N工 工一
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