若手の会自由集会報告
マングローブ域におけるカニ類の棲み分けと餌利用との関係
―セルロース分解能に着目して―
Habitat segregation of crabs in relation to resource utilization patterns in a mangrove estuary:
Focusing on cellulose digestion ability
川井田 俊
Shun Kawaida
はじめに マングローブは,熱帯や亜熱帯域の潮間帯,ある いはその周辺に生育する耐塩性の樹木群の総称であ る.これらは波の穏やかな湾内の岸辺や河口付近に みられ,マングローブ林とよばれる独特な群落を形 成する.東南アジアやオセアニアなどでは大規模な マングローブ林が発達することが多く,分布域の北 限に位置する日本では,その大部分が琉球列島にみ られる.マングローブ林とそれに隣接する干潟(以 下,マングローブ域)には,貝類や多毛類,甲殻類 など,多様なベントスが生息することが知られてお り,その中でもカニ類は種数や個体数で優占する動 物群である.カニ類は主要な低次消費者として生産 者と高次消費者の間を仲介することで食物連鎖を維 持したり,有機物の摂食と造巣に伴う底土への酸素 供給によって有機物分解を促進したりするなど,マ ングローブ生態系において極めて重要な役割を果た している(Lee, 2008; Le et al., 2017).しかし,その ような重要性に反し,マングローブ域のカニ類がど のように生息場を棲み分けているのか,またそれが どのような要因によって決まっているのかを明らか にした事例はほとんどない. マングローブ域のカニ類の多くは表層堆積物食者 であり,主に底土表面の有機物(以下,堆積有機 物)を餌としている(Jones, 1984).この有機物の 起源は,主にマングローブなどの高等植物に由来す る デ ト リ タ ス(以 下, 植 物 デ ト リ タ ス) で あ る (Alongi, 1998).植物デトリタスはマングローブ域 に大量に存在するものの,生物が消化しにくいセル ロースを主成分とするため,カニ類を含むベントス が餌とすることはほとんどなく,主に底生微細藻類 を利用すると考えられてきた.しかし,これまでの 筆者の研究により,植物デトリタスが豊富に存在す る温帯の塩性湿地にはセルロース分解酵素をもつカ ニ類が生息し,植物デトリタスを餌として利用して いることが明らかとなった.さらに,その活性(す なわち,分解能)が高いカニ類は植物デトリタスの 多い場所に分布し,分解能の低いカニ類はそれらの 少ない場所に分布することもわかった(Kawaida et al., 2013).これらの結果は,カニ類の棲み分けに セルロース分解能が影響を及ぼしていることを示唆 している.しかし,これは温帯の塩性湿地だけに特 有な現象であるかもしれず,同じようなことが熱帯 地方のマングローブ域でみられるかどうかは検討の 余地があった. そこで筆者は,沖縄県西表島のマングローブ域に 存在する3つの微細生息場所(砂干潟,泥干潟,マ ングローブ林内)において,カニ類の棲み分けパ ターンと餌利用,特にセルロース分解能との関係性 を検証することにした.本稿では,その主要な成果 の内容を紹介したい.なお,餌利用にかかわる詳細 な内容についてはKawaida et al. (2019)を参照して いただきたい. 島根大学エスチュアリー研究センター 〒690–8504 島根県松江市西川津町1060Estuary Research Center, Shimane University, Ni-shikawatsu, Matsue, Shimane 690–8504, Japan
材料および方法 調査地の概要 本研究は沖縄県西表島の北部に位置する浦内川の 支流に広がるマングローブ域で行った(図1).こ の場所には,主にヤエヤマヒルギRhizophora stylosa とオヒルギBruguiera gymnorrhizaによって構成され る大規模なマングローブ林が広がっており,満潮時 には林床が冠水し,干潮時には支流の両岸に沿って 砂干潟と泥干潟が出現する.本調査地には10科28 種のカニ類が生息し,砂干潟ではミナミコメツキガ ニMictyris guinotae, 泥干潟ではミナミヒメシオマネ キGelasimus jocelynae, 林 内 で は フ タ バ カ ク ガ ニ Parasesarma bidensが優占することが明らかとなっ ている(図2; Kawaida et al., 2017). 本研究では,これらの優占3種を対象に,まず炭 素・窒素安定同位体比分析を用いて餌資源を推定し た.また,堆積有機物中の植物デトリタスと底生微 細藻類の現存量が,微細生息場所間でどのように異 なるのかを生化学的な分析によって調べた.さら に,セルロースに富む植物デトリタスを消化する能 力を明らかにするために,セルロース分解酵素活性 の測定を行った. カニ類の餌資源推定 各微細生息場所において優占種をハンドサンプリ ングした後,歩脚部から筋肉組織を取り出し,分析 試料とした.また,カニ類の餌となり得るものとし て,堆積有機物,ヤエヤマヒルギとオヒルギの落 葉,底生微細藻類を採取した.堆積有機物は,各微 細生息場所において表層(深さ約0.5 cmまで)の底 土を採取し,分析試料とした.これらの試料につい て,燃焼型元素分析計前処理装置に連結した安定同 位体比質量分析計を用いて,炭素・窒素安定同位体 比を測定した. 図1. 沖縄県西表島浦内川のマングローブ域. 図2. 調査を行った3つの微細生息場所(砂干潟,泥干潟,マングローブ林内)と各微細生息場所の優占種.
砂干潟ではミナミコメツキガニMictyris guinotae, 泥干潟ではミナミヒメシオマネキGelasimus jocelynae, 林内ではフタバカクガニParasesarma bidensが優占していた.
堆積有機物中に含まれる植物デトリタス量と底生微 細藻類量の算出 植物デトリタスの現存量は,各微細生息場所にお ける底土表層中の全有機炭素量(TOC), 全有機窒素 量(TN), C/N比をCNコーダーで分析することで明 らかにした.C/N比からは有機物のおおまかな起源 を,TOCおよびTNからは有機物の現存量を把握す ることができる.また,底生微細藻類量はロレン ツェン法(Parsons et al., 1984)に従い,底土表層中 のクロロフィルa量を測定することで明らかにし た.この方法では,底土を有機溶媒に浸漬しクロロ フィルの抽出を促した後,得られた抽出液に対して 吸光度を測定することで,クロロフィルa量を算出 した. セルロース分解酵素活性の測定 各微細生息場所の優占種から酵素分泌器官の肝膵 臓(いわゆるカニ味噌)を摘出し,試薬の混合と遠 心分離を繰り返すことで,粗酵素液を調製した.得 られた粗酵素液中にどれほどの酵素タンパク質が含 まれているのかを明らかにするために,ブラッド フォード法(Bradford, 1976)を用いてタンパク質 濃度を算出した.次に,還元糖比色定量法(Jue & Lipke, 1985)に基づき,粗酵素液と人工セルロース (カルボキシメチルセルロース)を反応させた.セ ルロースはグルコースが直鎖上に繋がった構造をし ているため,セルロースが酵素によって分解される とグルコースなどの還元糖となる.本研究では,酵 素反応により産生した還元糖を染色し,その吸光度 を測定することで還元糖量を算出した.得られた還 元糖量を,あらかじめ求めた粗酵素液のタンパク質 濃度をもとに,1分間に酵素タンパク質1 mgから産 生される値に換算し,セルロース分解酵素活性とし た. 結果と考察 堆積物中のクロロフィルa量(すなわち,底生微 細藻類量)は,砂干潟と泥干潟よりも林内で少な かった.これは,マングローブの林冠による太陽光 の遮蔽によって,底生微細藻類の光合成が阻害され たためであると考えられる(Alongi, 1994).また C/N比分析の結果,調査地の堆積有機物は底生微細 藻類を含むものの,どの微細生息場所においてもマ ングローブの落葉に由来する植物デトリタスが主要 な起源であることが明らかとなった.さらに,堆積 有機物量(TOCとTN)は砂干潟よりも泥干潟と林 内で高かった.このことから,植物デトリタスの現 存量は,砂干潟よりも泥干潟と林内で多いことがわ かった. このように,本調査地では,植物デトリタスに比 べて底生微細藻類の現存量は限られていることが明 らかとなった.それにもかかわらず,砂干潟と泥干 潟に優占するミナミコメツキガニとミナミヒメシオ マネキは,餌源として底生微細藻類に強く依存して いた.その一方で,林内のフタバカクガニは底生微 細藻類に加え,マングローブの落葉や堆積物中の植 物デトリタスを利用していた.同様のことは,他の 地域に存在するマングローブ域や温帯の河口域に棲 むミナミコメツキガニ科,スナガニ科,ベンケイガ ニ科のカニ類においても報告されている(Bouillon
et al., 2004; Spilmont et al., 2009; Poon et al., 2010).
また,セルロース分解酵素活性測定の結果,本調
査地に優占する3種すべてで活性が検出された.近
年,いくつかの研究により,汽水性のカニ類を含む 様々なベントス(多毛類や貝類,甲殻類など)が, セルロース分解酵素をもつことが報告されている (Sakamoto et al., 2009; Ito et al., 2011; Bui & Lee,
2015).さらに,それらの酵素は消化管の共生微生 物由来ではなく,自身の遺伝子に由来する内源性の ものであることも明らかとなっている.本研究の分 析で用いたカニ類の肝膵臓は共生微生物がほとんど 存在しないと考えられていることから(Bui & Lee, 2015), 本調査地のカニ類のセルロース分解酵素も内 源性である可能性は高い.しかし,本研究で検出さ れたセルロース分解酵素が共生微生物由来なのか内 源性なのか,あるいは両方なのかを明らかにするた めには,今後,遺伝子解析を行う必要がある. 本研究では,すべての優占種でセルロース分解酵 素が検出されたものの,その分解能は種によって異 なっていた.すなわち,砂干潟と泥干潟のミナミコ メツキガニとミナミヒメシオマネキでは低く,林内 のフタバカクガニで高かった.一般的に,植物デト リタスはセルロースなどの難分解性物質を多く含む
ため消化しにくく,栄養価に乏しい.その一方で, 底生微細藻類は消化しやすく,窒素や必須脂肪酸と いった栄養素が豊富に含まれている(Lalli & Par-sons, 1993).したがって,セルロース分解能が低い ミナミコメツキガニとミナミヒメシオマネキは,植 物デトリタスを分解して栄養を得ることがほとんど できないため,底生微細藻類に強く依存する傾向が あるのではないかと考えられる.このため,両種は 林内に比べて底生微細藻類が多く存在する砂干潟や 泥干潟に生息していたのではないかと考えられる. 一方,林内のフタバカクガニはセルロース分解能が 高く,植物デトリタスを餌として利用していた.上述 のように,林内は砂干潟と泥干潟に比べてカニ類の一 般的な餌である底生微細藻類が少なく,植物デトリタ スが多い環境であった.同様のことは温帯の河口域で も報告されており,セルロース分解能の高いチゴガニ Ilyoplax pusillaは植物デトリタスの多い塩性湿地に分 布し,分解能の低いコメツキガニScopimera globosaは 植物デトリタスの少ない砂干潟に分布する傾向がある (Kawaida et al., 2013).これらのことから,本調査地 のフタバカクガニは高いセルロース分解能をもち,植 物デトリタスを餌として効率的に利用することで,底 生微細藻類に乏しい林内に適応し,優占種となってい るているのではないかと考えられる. 以上のように,セルロース分解能の違いに起因す る植物デトリタスの利用効率の違いが,マングロー ブ域のカニ類の棲み分けパターンを決める要因の1 つになっていることが本研究で明らかとなった(図 3; Kawaida et al., 2019). 今後の展望 本研究では主に群集生態学の視点から,マング ローブ域のカニ類の棲み分けとセルロース分解能と の関係について議論した.一方,生態系生態学的な 観点でみると,セルロース分解能が高く,植物デト リタスや落葉を餌として利用する林内のフタバカク ガニは,マングローブ生態系の物質循環において重 要な役割を果たしていると思われる.実際,筆者 は,本種が莫大な量の落葉を摂食・分解しているこ とを野外操作実験によって証明している(川井田 ら,2018).また本種を含めたベンケイガニ類は, 魚類や鳥類などの高次捕食者の主要な餌となること で,陸域から海域への物質移動に大きく貢献してい る と 考 え ら れ て い る(Sheaves & Molony, 2000; Luther & Greenberg, 2009).今後は,より多くのカ ニ類についてセルロース分解酵素の存在や活性の強 さを調べるとともに,高次捕食者がどのようなカニ 類種を餌としているのかを精査することで,マング ローブ域のカニ類が主役となる「陸域と海域のつな がり」の実体に迫りたいと考えている. 謝 辞 本研究を行うにあたり,河野裕美氏,崎原健氏, 水谷晃氏には野外調査の実施に際して様々な便宜を 図っていただいた.さらに,渡邊良朗氏,宮島利宏 氏,早乙女伸枝氏,田中裕一氏,山本正岳氏には, 試料分析において多大なご協力と貴重なアドバイス 図3. 本研究により明らかとなったマングローブ域のカニ類の棲み分けとセルロース分解能との関係.セル ロース分解能の低いカニ類は,底生微細藻類が多い砂干潟や泥干潟に生息する一方,分解能の高いフタ バカクガニは植物デトリタスが豊富なマングローブ林内に生息していた.
をいただいた.また,佐野光彦氏,岡本研氏,青木 茂氏,南條楠土氏,金井貴弘氏,大土直哉氏には, 本研究の計画段階あるいは論文投稿に際して建設的 なコメントをいただいた.各氏に厚くお礼申しあげ る.本研究は公益財団法人日本科学協会の平成28 年度笹川科学研究助成(28-730),公益財団法人水 産 無 脊 椎 動 物 研 究 所 の2016年 個 別 研 究 助 成 (2016KO-8), 日本学術振興会科学研究費補助金基盤 研究A(JP26252027), 東京大学大気海洋研究所共同 利用研究(111, 2016)によって実施した.ここに併 せて謝意を表す. 引用文献
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