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タイ国北部の言語調査について

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(1)

タイ国北部 の言 語調 査 に つい て

西

1 ま え が き 19

6

4'

l

ii9)j,私 と三谷恭 之,桂満希郎の三 (]は,バ ンコクか ら,ジープを使 って チ ュンマ イ市 に到着 した 。 タイ国北部 に居住す るELけ出民の言葉 を調査す るためで あるo三谷君は,主 としてモ ン ・クメール系 の ラワ語 (Lawa), カメ- 卜語 (Khamet)の調査 に,私 と桂 川・まチベ リ ト ・ビルマ系の言葉 を調べ るのを 目標にし ていた。数 日後,三谷君は,飯 島さんのお 世話 で無目i ボール ワンの ラワ村 に落着 いた。私 と桂君 は, まず Lu 地民 の言語調査に必要な北方 タイ語 (普通は カム・ムア ンとい っている)を勉強す ることか らは じめる。 ひと 口に北方 タイ語 とい っても,チ ェンマ イ(Chiangmai) と,チ ェンライ(Chiangrai)や ランパ ー ン(Lampang) な どで,それぞれ少 しづつ ちが っている。桂君はすで に,バ ンコクで, ランパ ー ンの タイ語 を調査 していた のでかな りの知識 を も っていた。 ともか く,準備 した 調査 リス トに,つきつき と,チ ェンマ イの北方 タイ語形 を記録 し,録 音す る。 インホーマ ン トは,は じめは坊 さんを選 び,つきにかな り年輩 の一般人にな ってもら った。 この二人 の インホーマ ン トは,発音 の面 で も語 柔の面 で もそれぞれの特徴 を も っていて,有益であ っ た。最 後に別 の一人か ら,物 語 をい くつ も話 して もら って録 音す るO この人は期待 した以 ヒに話が上手で あ ったO この物語 な ど,チ ェンマ イ・タイ語 の文法形態 を 分析す る質料 になる。 チ ェンマ イ ・ラオ又字 と呼ばれ る古体の文字 がか って使われていて,一 部の人 は 今で も旺 っている。 この文字 の止 しい読み方 を教 えてもら って詔卜在を一一一応打 ち切 った。調査語 嚢は1500程度で, さほど多 いというわけにはいかないが,それ までにあ ま り明際にわか らなか った北方 タイ語の体系 がかな り は っき りとわか って きた ことと, この北方 タイ語 の知 識が, あとの山地民言語 の調査 におおいに役jrT_つ こと にな ったo このような準備 を して,私 と桂 君は, チ ェンライに

向 った。10月の中頃で ある。 2 山地民言語研究 の概況 チ ュンライ.県 と クー ク県 (Tak)で,私 はいろいろ の山地民 と接触 した。 ミヤ オ 族 (miao), ヤ オ 族 (ya°), ラフ族 (lahu),ア カ族 (akha)な ど十 部族 を こえる山地民 を見 て きた。その中で,実 際にかな り の時 間をかけて調査す ることがで き た 言 葉 は,ア カ 語, ラフ ・シ語 (1ahu-shi),ラフ ・ナ語 (1ahu--na),

リス語 (lisu), ビス語 (bisu)の五つの部族語 で あ る。 も っとも, このほかにチ ェンライj具で ヤオ語 を少 し記録 し, タイヤ イ (taiyai)語 を長時間録音す る機 会 をえたが, まとま った調査はしていない。 これ らの言葉 の実体はいずれ も,今 までにほ とんど 知 られていなか った。 ア カ語にして も

,報

割 まあるに はあ ったが, もちろん言語学 的な記述ではな く, タイ 国内にいるアカ族の報告で もなか った。 ことに ビス語 は,今回は じめてその存在がわか った 言葉で ある。新 発見 の 言葉 とはい って も, これに類似す る性格 をも っ た 言葉の存在 は, ビス語 という名称 を 与えられてはい ないが,従来断片的に多少の語費が発表 され ていた。 Rouxが報 告した ラオスの P'u noiと呼ぶ部族の言

葉が ビス語の性格に近 く (Roux,H.Deuxtribusde laregiondePhongsaly,(Laosseptentrional)BEFEO (24)1924),A.F.G.Keerの発表 したKElnburiの

ラワ語 というのも ち ょっと ビス語に似 て い る (Two rlawa'vocabularies,JSS 21,1927). また調査す る 止揚か らいえば,さきにあげた アカ語 とか ラフ・シ語 な どもその存在はわか っていたけれ ども, どのような言 葉で あるかの詳 しい報告 は,今 までになか ったので あ るか ら, ま った く新 たな 立場か ら出発 して記録 してい かねばな らない点 では,新 発見の言葉 と異るところが ないのであるo このあた りの少数部族語 は.同 じ部族 であ って も,部族 ごとにかな り違 っ て い て,正確 に は, どこそ この何語 というようにい う必 要 が あ る か - 117

(2)

-ら,事実はそれ以上に厄介な ことにな って くる。 アカ 語 や ラフ ・シ語 に比べて, ラフ ・ナ語 と リス語 には, まとまった資料が発表 されていた。 ラフ ・ナ語 には,

J.H.Telford

Handbookof thelahu (Muhso) ZangLLage.Rangoon1938があ り, リス語 には, J.

0. Fraser

Handbook of theLisa (Yawyin) language.Rangoon1922 と中国科学院少数民族語 言研究所編 『傑便 語語法綱要』1959がある。 こ れ ら の資料 はかな りの量があ り,たしかに有用ではある。 しか し, Telford の書物は ビルマにいる ラフ ・ナ族 の言葉 についての報告で あ り,Fraserの対象 にな っ たのは, ビルマの リス語勝越方言であ り,中国科学院 の報告は,雲南 省怒江にいる リス族 の言葉の研究であ って, タイ国にいる ラフ ・ナ族, リス族, もっと限定 して, 私の調査 した タ- ク県 の ドー イ ・ム ッ ソ ー (DoiMussuh)にいる ラフ・ナ族, リス族の言葉 の実 体は, ま った くわか っていなか ったCその意味では, 今 回の私 の調査はいずれ もは じめての言語調査である とい って差安 えない。 それぞれの地点でたずねてみる と, これ までに言語学 の専門家がお とずれた ことがな いという返事であ ったか ら,すでに調査 されていて, 未発表の状態 にある資料 も全然ない ことになる。 これ らの部落の原任地 は今では明らかではないが, 中国の西北部か らチベ ッ ト一帯にかけて居住 した こと のある民族集団の一員であ った ことはほぼまちがいが ない。その大 きいグループが次第に南下 して, ビルマ に入 り,そして タイ国に移 って来た。何故 これ らの部 族 7)言葉を調査す るか という理由をここで少 し説 明し て :∂きたい。 も ちろんいま述べたように, これ らの言 葉 がまだ言語学 的に調査 されていないことも大 きい理 由であるが,そのほかにもなお理 由がある。 この五つの言葉 は,系統的にいうと, いずれ もチベ ッ ト ・ビルマ語派の ビルマ ・ロ口語系 に所 属 し て い る。 チベ ッ ト ・ビルマ語派 と一概 にい って も,実は, それに所 属す る言葉相互の関係がよ く証 明されていな いのが現状で ある。た とえば,その語派の代表的言語 であるチベ ッ ト語 と ビルマ語 をつ き合わす と,全体の Constructionはよ く似ているけれ ども,両者の対応 関係を法則的に証 明で きる単語 の数は300語程度 を こ えない。 チベ ッ ト語 には,古代語 ・文語 ・口語 を含め て大 きい語嚢のス トックがある。 ビルマ語 もそれには 及ばな いが,やは り豊富な語嚢を貯 えている。それ ら の中で両者に共通 した形を もつ語柔がわずかに300語 というのは,いかに も少ない。 この事実は,チベ ッ ト語 と ビルマ言吾が同系統 の言葉ではないことを示唆 してい るのではな くて, この二つの言語 は実 際には同 じ語根 か ら来源 した形をず っと多 くもっているのであるが, 文献に記録 された時期にはすでにそれ らが変形 してし ま っていて,両者のつなが りが不明瞭にな っていた こ とを意味している。それ故

,

両者の間のか くれた関係 を まず見付 けだしていかねばな らない。そのためには, チベ ッ ト語 と ビルマ語 を直接 につ き合わすのではな く て, チベ ッ ト語 にも ビルマ語 に もそれぞれを中心 とす るグル-プをたてて,その グループの内部で まず比較 す るという手順 を経 ておけば,言語変化の一般的な性 格 か らい って,二つの グループの閲にず っと多 くの共 通点が生 まれ るに らがいな いと私 は考 えた。つ まり, 両言語 のつなぎの役割 を果すような性格の言葉が要求 されて くる。 しか も,多 くの生 きた言葉が, とくに未 調査の現在話 されている言葉が,そのつなぎのために 有力な根拠を提供する可能性 が非常に強 い。私 はこの ような 目的から Iink languagesをい くつか求 めて きた。 以前に ビルマのカテン州 (Kachin)で, この linkの一端をにな う言葉 として,マル語 (Maru)と ラシ語 (Lashi) を調査 したO この両言語 の形態は明 らかに ビルマ語系 の性格を具えていて, ビルマ語形 と 極めて近 くしか もチベ ッ ト語 とのか くれたつなが りを 部分的に証 明す るo link languageの形が どのよう な証明力をもっているかについて,簡単な見本 を一つ 示 してみよう。た とえば,基本的な単語 の一つである <橋>は, ラッサ方言では sam-pa, チベ ッ ト文語で は zam-paである。 古代 チベ ッ ト語では*dzam-pa の形が想定で きる。 これ に対 し て ビ ル マ 口 語 で は tadaaまたは dadaaといい,文語では tam taa2と 書 く。 この両者 の形が直接つながるか どうかは,は っ き りしない。一方,マル語 と ラシ語では,<橋>はつ きの形をしている。 Maru(M.ミッチ ィナの方言), dzeg(B・バ モ-の方言), dz的 (下 降 塑), Lashi dzam (低平型),マル語 の-eg と, ラシ語 の-am は 規則的な対応形であ って, ともに ビルマ語 の -am に あたる。 この対応規則にあてはまる別 の例を出す と, <hair> Maru(M)tsh占g:(B)tsh8g (下 降 型 ): Lashitsham (低 平 型 )- Bur. t邑ham-pagがあ る。そして,マル語 の dz- と ラシ語 の dz-は,とも

(3)

タイ国北部 の言 語調査 につ い て

に ビルマ語 の t邑h-に, これ も規則 的にあたるo ビル マ語 では dz- も tsh- もともに t昌h一にな る)0ex. <thorn>, Maru(M) dzao(商il''・型 ):(B)dzd

(高車 型 ):Lashidzd (高 車 型)- BUT. t昌huu?。 それ故

,

法LITJからいえば, <橋> の古代 ビルマ語形は

*t昌hamlaaでな ければな らず , そ の 前 の 段 階 は *dzam一であ った と推定で きる。そ して,その形が チ ベ ッ ト語形 zam<dzam とは っき りと対応 す ること にな る

(

r

f.

Tib.dz-Z:Bur.t菖h- には,<建 てる>

Tib.hdzug-pa-zug-pa.Bur. t昌h〇k-於aetc.の

例が ある)。 この関係を表にす るとつ きのようにな る。 <bridge> Ancientform Modern form Tibetan dzam-pa>zam-pa - sam-pa Burmese *dzam>t菖ham- - tadaa Maru *dzam - dze王) link languageの形は, 簡 単にはこの種 の証明力 を も って いる。 しか し, このような証明に成功す るた めには,適 切な 言葉 を見 付けることと,その言葉 を正 確 に記述 することが必須の要件にな る。 へ と 言葉 が変遷す る場合 ,いろいろ と複雑な現象 が起 りうるが,形の上か らは,つきの3つの タイプがある。 1) もとの形がその まま受け継がれ てい く。2) もと の形 自体 がある音 韻変 化をお こして要 形 し,融合 した り分裂 した C)しなが ら受けつがれ てい く0 3) もとの 形が全部 または 一部の環境で ま った く別 の形によ って illiT.:き換 えられて しまう。 ある一つの共通体か ら分離 したい くつかの 言語 が, 第 1の タイプを と って変 化した場合 は,言語間の対応 関係が非常には っき りしているのが普通である。第2 の タイプをとるときには,その変 化が規則的にあらわ れ ておれば問題 はさほど繁雑ではな いが,その変 化が 個別 的に不規則的に起 った とな ると,あ との時 代の事 実か ら,それ らを跡 付けるためには,王 として同系統 の言葉 の形にた よるよ り外はな い。弟 3の変 化もまた 多いので ある0倍用語 によ って,あるいは別 の派吐形 式を作 ることによ って,多 くの単語 の形が新 しい形に 氾き換 えられ てい く。 この場合 にもやは り,同系統 の 言葉 の形 によ って, もともとの形式を再構成 しなけれ ばな らない。 チベ ッ ト語系 と ビルマ語系 に属す る言語 には, 2), 3)の タイプの変化がはげし く起 っ た ら し

い。

東南ア ジア地域 の

葉 の中には, タイ語系 の言 葉は さほ どではな いが, モ ン ・クメール系 の

葉 もやは り この タイプの変 化が著 しいO 私 は, タイ国の北部 には, ビルマ ・ロ口語系 の

言葉

で 起 った 2),.'3)の タイプの変 化を跡 什ることので き る, そ してチベ ット語系 との link の役割を果 し

るような適 切な

葉 が多 く存 在す るに らがいないとか ね がね考 えて いた。 その意図の一一一・瑞が,今回の

調

査で

現で きたわ 再で ある( 写真1 Saenchaiのアカ部落 の村長 さん 3 セーンチ ャイのアカ部落 にて- アカ族とアカ語 10月18日 私 と梓 イ引まチ ェンマ イか ら空路 チ ェンラ イ刷 こ到着 した。早速, この現 の副知 事二に再会す る。 NationalResearch Councilか らの紹介状 のおかげ で, 今後 の調査 に支障 のな いよう便宜をはか ってもら えることにな った。翌 日県庁の ジ- プで Nikhom の ある メ ・チ ャン (Mae°han)郡 の郡長冒舎 まで送 っ てもらう。そ こか らは郡長 の所車割こな って,郡長 の派 遣 した ジ-プで秘 書とともに Nikhom に向うことに - 119

(4)

-な った。 この手続 をふ ま -な い と Nikhom に入れな い。少 くとも Nikhom で何らの便宜をも与 えられな いだろう。 メ ・チ ャンから Nikhom へ の道は,泥地 が各処にあ って, ジープを四輪動力全開にしてや っと 通れ るところが多い。雨 のあとな どは橋がお ちて, メ ・チ ャンで足 どめを くうことがある。 ともか くひどい 通である。 ア カ部落は Nikhom か ら西北5km ほどの地点 に ある。かねて聞 き及んでいたように,な るほどアカ族 は汚い。 タイ人にアカ部落にい くといえば,何 と物好 きな とゲ ラゲ ラ笑い出す しまつで,アカ族 は山地民 の 中で も, ピ ィ一 ・トン・ルア ンという怪 げな一群 を除け ば,最低級だ と考 えられている。その村長に会 うので あるか ら,な るべ く直接 身体にふれないように,挨拶 もタイ式に 自分で 両手を胸 の前 に合わせ ようとした。 ところがそれ よ りもす速 く村長は長 い猿轡を伸 して握 手を求 める。 このことか らで も, この部落 の ア カ 族 は,すでに外来者 ことに外国人 との接触がかな り頻繁 で あることを十分に示 している。 このセー ン チ ャ イ (Saenchai) のアカ族 は,アカ族の中で もっとも開け 写 真

2

アカ族 の女性 (村長 の家 の前 にて) た部落であ って,われわれに とって便利な点 もあれば 反面悪 い面 も少な くない。私た ちにアカ語 を教 えるの にも,早速,一 日20バー ツの契約 を要求す る。 アカ語 の調査は,桂君と二人では じめたo村長 の何 人 目かの息子 Amyaが インホーマ ン トにな って,わ れわれの質 問に応 じて くれた。 もちろん見物人が大勢 で ある。 ともか く見物人は笑いが多いO テ-プ コーダ -は,見物人 の笑声 も用捨な く吸収 してしまう。 あと で録音 を再生す ると,それが案外調査 の雰囲気を も再 現 して,なかなかよいもので ある。言語調査 の インホ ーマ ン トには,誰で もがな りうるわけではない。適度 の理解力をも って勘がよ くないとでき な い。 こ の 点 Amyaは乱暴ではあ ったが,よい インホーマ ン トであ った。Amyaにかわ って,父親が村長 の名にかけて も と一度や って来た。 この村長は, タイ語は不 自由な く 話すので あるが,単語 を一つづったずね るとな ると,止 確 には返答ができない。少 くともす ぐには返答が出て こない。それに一語 を聞けば,数語 を答 え,一語がや たらに長 った らしい。 どうや ら余分 のことをい くつ も つけ加 えているらしい。村長は一 日で手をあげてしま った。やは り若 い息子の方が勘が よ くて,や り易い。 アカ語 の調査は順調 に進 んだ。 この言葉 の性格が次第 にわか ってきた。 まず,その発音 には全体 として著 し い特徴がある。閉鎖音 と破擦音 には,無声音 と有声音 の対立があ って,無声音 には また無気音 と出気音 の対 立が ある

.

無声無気音 は普通 の [pコLt][kコ[tsコ[tJ] であるが,無声 出気音 と有 声音 は素直な性格ではない。 IPAで書 くと前者は,Lp'hコFt'hコLk'hコ[ts'h]FtJ'h] となるように無声 の摩擦音 を ともな ってお り,有声音 の方は,[bR][dR]Lgfi][dza]亡d5丘コのように有 声摩擦音が <出わた り>にあらわれ るOそのほか

[

x

]

[tf],[h]lA][?],[S][Z]

[

J],[1][j],[m][n]

[

9

]L

n

,

コ とい った音声が記録 され る。 あとで整理する と,子音 の機能単位は29種 にな った。子音結合 は

L

pi

]

Lp'hj]Lbfij][mj]の4種で,母音は [¢]亡α],[Lu] [ち]Li][U]

[

E

][

]

[a]の9位が観察 され,いずれ も機能単 位 と認めうるものであ った。。一 つ の 音 節 は,子音 +母音, (母音は鼻音化母音一 種 を 含 む) の型 を とり, それに一つの声調が加わ る。 そして, た とえば [dm]/dm/のよ うに母音 の位置に 亡mコが あらわれ るのむ, この言葉 のおもしろい特徴で ある。 声調は,南平型,中平型,低平型 (最後がゆるい下 降

(5)

タイ国北部 の言語調査 につい て 型になる)の三種の平板型 トー ンの対立か ら 成 り た ち,register tone システムである。 もっともこの 基本声調が連続す るときに,いろいろ ともとの調子に 変 化を与 える現象が認められ る。た とえば,低平型 と 低車型がつづいた ときに,中平型 と低平型にな るとい うよ うにC ア カ語 のいま一つの大 きい特徴は,声調 と は 別 に stressが あることであ って, enclitic でない最後 の 音節に は, は っき りとした stress が お か れ る。 ex.[k`LuJJ丘:l]<flea>,[JEJm6:1]<louse>。 こ のLJ丘:1]と[J'E」]は ,同一 の単 位であるが, 前者に は stressが あ り,後者にはない。 stress のない音 節 の母音は短か く, stress のある音節の 母 音 は つ ねに長い。 2音節 の単語では母音 は い つ も,短 ・長 [Ⅴ・÷:] の型を とる。 この タイプの単語がア カ語 のな かで圧倒的に多い。 数詞は1か ら10まではそれぞれ個有 の声 調 を も つ が,20以上は 2音節ですべて同 じ型 の声調 と stress をとることにな る。 これ もおもしろい現象である。 1.ti:1 2.ni:1 3.sm1 4.?¢:」 5.9a・.」

6.k〇fi1 7.Ji:」 8. jrl:19. g丘α:」1O.tshE:1 20.lliJtsh丘:1 30.smJtsh去.・1 40.?¢」tsh丘:1 5O.pa一tsh丘:160.k36」tsh丘.・1 70.JiJtsh丘:1 80.jt..」tsh丘:1 9O.gRα」tsh丘:1 100.t

i

」jA:1 2OO.ni」拍:1etc. 私は, この言葉が ヒルマ ・ロロ系言語一般に見 られ る<音節高ア クセ ン ト>から,日本語的な <単語高ア クセン ト>に移項 しつつ あるのではないか という疑い をも っている。そして,またこの系統 の言語 と日本語 との系統的な関連をも, くわし く研究す る前 に,全面 的に否定 しさることはで きないと思 う。単語 の配列方 法が似ているとか, アカ語 の動詞がすべて /-BLu/に 終 っているとかの外面的な類 似だけではな く, もっと 本質的な並行関係を何か発見で きるか もわか らない。 しかし,そのような問題 に先走 るまえに, この系統 の 言葉 自体 の調査 を押 し進 める必要が ある。 タイ国には, アカ族 は全体で12,562人いて (1,998 戸),110村落があると報告 されている。おそら く村落 ご とに言葉が違 っているのであろ う。桂君は,その後, 2, 3の村落をお とずれているか ら,その相達 につい ての報吾を発表す るものと期待で きる。 ア カ部落への入LHま,普通は- カ所 に限 られて,部 落の東 の方にある。その入 口には,精霊よけの門と, 門の脇に性 のシンボルがおかれている。 これがアカ族 の特徴 の一つ とされ ているO木彫 りの女

休 の 股

に, 捌 ′l.のシンボルが挿 入された形をしていて,等身 大の 大きいものである。 アカ族 の子供は,男女 とも大 ていは裸体で,少 し 人き くな って,下腹部に腰 巻の短 かいのを まきつける。女 予はご く年少 のときか ら,頭 に コインを縫い付けた飾 り物 (アカ語で フ

t

l

t

g

h

(

右 と いう )を離 さない。 これは病気で も,眠 るときで も, 死んでからで もなおつ日てお くらしいO セー ンチ ャイ のアカ族 の宏は, 村長 の宏 のみが 木造 りで,そのはか は廿と- ,パ作 りである (約45JTで350-400人 位 が 写 真3 7 カ 部 落 の 玄 関 - 1

21-住

む0 I-JT'ぁた り7- 8人)O アカ族は何とい っても不紫であ るO身体を洗わない。女の 子はそ うでもないのであろうが,普通は 一 年に 2,三日珂しか水あ ぴ を し な いO彼 等の絶対的な恐怖 は精霊で あるから,水 あぴによ って水の粘 蒜が身体に侵入す ることを極度に 恐れ るのである。人用の死は,

かの精霊が身体に入 りす ぎたため に起 るものであると信 じて疑わな い,人用が死にかけると,水師が 二三日三晩祈 りつづける。 この部落 では村長の長男が必師 を ・し て い て,村では2番 目の実権をにき っ

(6)

写真

4

アカ族の男の子たち (村長の宏にて) ている。それが帽子をかぶ り,手に精霊を払う杖をも って祈 りつづける。その扮装は Na-khi 族の砿師 と ま った くよ く似ているが,残念なこと に,こ こ に は Na-khi族がも っているような経典知は- EJJ存追三しな い。 アカ族は文字をもたない。アカ族だけではな く, メ イ国北部の少数部族た ちは,依然 として文字 のない社 会 を今 まで維持 してきている。近 くに タイ 文 字 が あ り, ラオス又字があ り, ビルマ文字がある環境のなか で,文字のない生活を保持 して きたことは,不思議に 思われてならない。文字が使われていないということ は,ただ文字がないことのみではな く,何らかの文字 で書 きあらわされ うるにたるように言葉 自体がまだ整 理 されていないことを意味す る。言葉が一応整理 され ておれば,たとえ自分 ら固有の文字を創作 し な く て ち,近隣の文字を借用することが容易にできたはずで ある。私は 自分 らの言葉を文字で書 き表わす というこ とがいかにむつかしいかを,つ くづ く痛感した。やは り,この部落か らす ぐれた人物が出て こないと,実現 しないのであろう。 アカ語には,文字 という言 葉 は あ る。そして <書 物>を意味す る単語 もあるが, <紙> と同 じ形をもっ ている. /st

hg

a

/という

言葉 の形の上では,文字 を書いた紙 (-書物)と紙 とは区別しないのである。 そして<よむ> とく数える> も同じ形で

/

rLiI丘ul/と いう。それ故

/

s

d

igaγdltnn/ といえば, <書物を 読む>のか<紙を数える>のかわか らない。 もっとも <本を読む>ためには貢をめ くって いかねばならないから,書かれた文 字を無視すれば, <紙を数える> こ とになる。 日本語 で も <読む> と く数える> (数をよむ)は同じ形を とっている。 ここにはおもしろい表現がだいぶ ある。<暑い>j6-tshA tshaは<暑 さが暑い> と表現 し,<寒い>j6-ga ga は<寒さが寒い> という。 これ に対して<暖かい>はく暑 さが暑 く ない> jb tshA ma-tsha, <涼 し い>はく寒 さ が 寒 くない> j6-ga ma-gaと表現す る。 <暑 さ> <寒 さ> というのがあ って,それがどう いう状態にあるかを

明するわけである。 アカ族の方からも,われわれにいろいろと質 問が放 たれ る。真面 目な

皿を二三紹介しよう。 日本にもアカ族がいますか ? 日本では太陽は西か ら出て東に沈むのですか ? あなたは 日本から自動蛍 で来たのですか ? 私は一 カ月バ ンコクにいたことが あ りますが,あなたはバ ンコクに行 ったことがあ りま すか ? もっとも因 ったのは, 日本から自動小銃の弾丸を送 ってほしいという村長からの要求である。 アカ族は陸稲を作 って,10月から11月にかけて稲刈 りをす る。 日本 と同 じように鎌で茎の下 の ほう か ら 切りとる。彼等の常食は,米に稗のような ものをまぜ て食べる。副食は大抵は,生肉と gonpatyshe という 漬物である。アカ族は犬を食べ るとい ってほかの山地 民か ら,か らかわれ るが,今はほとんど食べないらし い。ここには トイ レがない。人間の排胆物は,つきのよ うな循環で 自然に処理される。人間の糞を犬が食 う。 犬の糞を豚が食 う。豚の糞を鶏が食う。鶏 とその卵を 人間が食 う。 この部族にもタイ語を教える小学校がある。小学校 とはい っても,屋根 と机 と黒板だけがある小屋で,そ こに タイ人の教師が二人いる。その中の一人は,およ そ標準 タイ語 を教えるのにはふさわし くない タイ語を 話 していた。授業は休んで,彼等はいつも自動小銃を 携帯し,スクータで近辺を走 り廻わ っている。実はそ の方が本職であ って,学校の先生の方が余業である。

(7)

タ イ国北 部 の言 語調 査 につ い て というのは彼等の正体はボ-ダー ・ポ リス な の で あ る。学校のあるところは非常に地 の利を占めてい

て,

そこか ら双眼鏡でのぞ くと ビルマ側の山山が手にとる ように見 える。 このアカ部落は, ビルマか らの公では ない通路の要処にあた っているらし く, シ JL′ン州か ら の避難尺がいつ もや って くるところである〔 この部落 で, タイ国にはいないはず のパ ラウン族 (Palallng), り族 (Wa) をも見かけたことがある。 このあた りに は また,かつての中r印t聴く党 の精鋭 部隊がいる。定

地 がな く, テ ン トをは って野宿 し, ジープと馬の機動 力で, タイ側 と ビルマ側を往 来している。そのうえ山 地

民部

落を略奪す るらしい。 ビルマからの移住艮がは げし く入国して くることも関通して,作咋 (19641ll

i

-摘、ら12月にかけてのア カ部

落近

辺は,かな りの緊張 感につつ まれていた。 4 ラフ ・シ族とラフ ・シ語 メ ・チ ャンの ラフ ・シ族 は, ビルマか らの新 しい避 難民である。昨年 の 6月

(?)

頃に タイ田に移 って来 た とい っていた。 私た ちがは じ め て メ ・チ ャンの 写真

5

ラフ ・シ族 の娘 さん Nikhom に行 った とき, immigration officerが, ラフ ・シ族 の家族調査を していて,各家族 ごとに登録 表に書 き込み写真を とって,個人 ごとに指紋を押 させ ていた。それ までは,まだ タイ同籍にな っていなか った のである。今で も北部 タイには,タイ

籍をもたない少 数部族がかな りいる。その多 くは ビルマか らの移住民 であるが,ここ1,2年のうちには,北部 タイの部族間に なお少数の部族 名をつ け加 えねばな らないであろう。 この ラフ ・シ族は,戸数にす ると30戸 あま りの小 さ い集団で,共通語は ラフ ・シ語 のほかに, ビルマ語 ま たは シ ャン語が通 じる。 タイ語はまだ よ く話 さない。 彼等 は全部 ク リスチ ャンで,教会 こそないが 日曜 日に は讃美歌を歌い,仕草 も完全に休 んでしまうo まれに ビルマで教 った ロ-マIl;・で大イ/机 1分の言葉を 苦くこと がで きる人 もいる〔彼 等はもはや アカ族 のように精霊 を怖れた りはしな い( 多 くの点で,アカ族 とラフ ・シ 族 は対照的な感を受けた。アカ族 の村長の息 子は,私 には っきりとい った ことがある。 "アカ語 には尊敬す るという言葉はないのです。私達は他人を尊敬な どし ないのです

O

"彼 等は 自分の力のみを信 じ込んでいるO ラフ ・シ族は, も っと教 養がある。外国人には ちゃん と敬意を払うし,礼儀 も心得ている。 私が三度 目に ラフ ・シ部落をお とずれた ときには, 部落全休がチ ェンライの南 の メ ・サル イに移動 して し まっていた。 Nikhom の代表者の話では一夜 のうち に全部移住した という。末日ま驚いて,なかは

吾の

行をあ きらめていたが, ちゃんと約束 の 日に,私 の イ ンホ-マ ン トはあらわれたOそして,は じめにいた とこ ろでは発蛙性がないか ら移動 したのだ という。 これ ら は 宣教師のの こした人 きい功精の一つであると思 う。 ラフ ・シ語 の インホ-マ ン トは

1

1

-

既婚 7)

性 であ ら . ラフ ・シ語 とラフ ・ナ語を話 し, ビルマ語をJ醐 押 す る。調 佃 二はその主 人がいつ もついて来た。 盲.人は シ ャンの名門のrlHで,数種類 ,I

)言

葉を許すが. 奥さん とは 主に ラフ ・ナ語で通達していた。調出 土,私の ビ ルマ語での矧 棚 こ奥さんが答 えて,わか らないところ は,主人がわか り易い ラフ ・ナ語で説明して くれ るの で

常にうま くい った。

語調査で もっとも不安な こ とは, インホ-マ ン トが明 日もまたた しかにつづけて 来て くれ るか どうか ということである。 この点,私 の インホ-マ ン トはよか った。主 人は頭痛にも鋸 プず, 腹痛にも耐 えて奥 さんについてや って 来て くれたO頭 - 12

(8)

3-痛にも腹痛 にも私のも って いた薬が効 果をあ らわした のでよ り以上に協力 して もらえるようにな った。 ラフ ・シ語 はアカ語 とは大分違 っている。第一に声調の数 が多 いO七声もある。そ して,文法構造はかな りシス テマテ ィックである。動詞にはつねに -v台iがつき, 大部分 の名詞には ?^3,a-がつけられるoたとえば, h正一vei< (蓋をついてないものに)蓋をす る> に対 し て?3-ha<(くっついていない)蓋> が あ り,b良一vei <(蓋のついているものに)蓋をす る > に 対 し て, ?^3-b主<(くっついている)蓋>がある。そ して,?^3-hd

h正一vei,95-b主bE-veiといえる。-Ⅴ占iのかわ りにtd

をつけると道具をあらわす。 phei-vei<扇 ぐ>から pheトtA<団扇> が 作 ら れ,γ5-Ⅴ台i<漕 ぐ> から, γ5-tG<(漕 ぐもの)-確> が派生する。 おもしろい表 現 もあるo <故 める>は 1g-V占iで, <塩> は?a-1昌

(砥めるもの), <甘い塩>?a-1gmもとなると,これは <砂糖>の意味になる。 <読 む> と<数える>が同 じ 形であるのはアカ語 と同 じであるが,ラフ ・シ語では, <書物> とく紙>は違 った形であらわ さ れ る か ら, <書物を読 む>は 1トkd γ5-Ⅴ占i, <紙を数える> は ka-1a γ5-veiとな って, アカ語のように形 の上で混 同 しない。 ラフ ・シ語 には, <深い> とい う言葉はあ るが, <浅い>はない。 <深 くない> と表現す る。問 いつめると<短かい> と同 じ言葉で答 える。山地艮の 生活では実際には<浅い>が とくに必要ではないので ある。た とえば, 河を渡 るのに, <深 い> <深 くな い>で十分である。 この言葉には, このほかにも興味のある特徴がい く つ も観察 された。 5 タ-クの ドイ ・ム ッソー (DoiMussuh) にて- ラフ ・ナ語の調査 今年 (1965)に入 って,私は調査地点を南 の クーク に移 した。 1月8日, チ ェンマイか らジープで ター ク につ き,翌 日,やは りタ- ク県庁副知事の紹介で Ni・ khom に落 ち着いた。 クーク市か ら Nikhom まで は38km, ここで 2月 4日まで私は ラフ ・ナ語 と リス 語 の調査に集中 した。 ラフ ・ナ語 の調査 は 2人 の インホーマ ン トについて 行 った。一人は18才の育年A,いま一人 Bは50才であ る。 2人 ともタイ語 を話す。調査 を進 めてい くと, こ の2人の話す ラフ ・ナ語にかな りのくい違いがあるこ とがわか ってきた。言語学 にとって, このような相違 はむしろ有難い。 この 2人の年令層の相違が,吉葉 の 面 に反映 しているものとは じめは理解 した か ら で あ る。 ところが次第にそうでないことがは っきりとして きた。 というのは,青年の方は タイ語がず っと上手で ある。上手ではあるが, タイ語 を習得するのに熱中 し たためか,母国語であるはすの ラフ ・ナ言吾をあま り正 確におぼえて いないのである。 この傾向は,山地民 の 若者の潤に全般的に広 ま ってい くのではな い だ ろ う か。 ことに タイ人 との接触が多い ラフ ・ナ人の間では 十分に 予測できることである。 アイヌ族な どとも共通 す る文字 をもたない少数部族の宿命であろう。数 日後 か ら,調査は インホ-マン トB一人に しぼ ったO ラフ ・ナ語の調査は,さきに メ ・チ ャンで ラフ ・シ 語の調査 を終 えていたために,かな り調子よ くは こん だ。短か い期間に,多 くの資料 を集めるこ と が で き た。山地民の言葉の中で,一番 むつか しいのは リス語 で,一一番易 しいのが ラフ ・ナ語である。山地民 の問の 通達は,普通は ラフ ・ナ語でな されている。私 も ラフ ・ナ語をかな りわか るようにな った。 この調査では, -応 えた資料を,別 のいろいろの面か ら再確認 した。 私の今回の調査の中でも っともうま く資料をえた対象 は, この ラフ ・ナ語である。 インホ-マ ン トが誤 った 答を しても,やがて見破れ るようにな った。山地民相 手の調査では,彼等 の教えて くれ ることをすべて素直 にそのまま信頼で きないことも多いのである。 その原 因の半分は こちら側にもある。 というのは,提出 した 質 問が相手に十分理解されなか った ことか ら起 る場合 が多いか らである。た とえば <蝿>のつ も りでいろい ろ説明して聞 いた ところ,その答は LpaJtJi」]とい う。 どうもおか しい。 これを気に していたところに, ちようど蝿が数匹飛んできて,その誤 りがわか った。 <蝿>は Fsu:I,ma「コであるO [palHJi・.」]という のは <いなご> のことであ った。そ して <いな ご> に 対 して答 えた [paltJiJn〇e:」] は く苗いなご>の 意味であ った。<咳をする> の意味で聞いた [tstn:」 TE:」na・.」コが正 しくは <風邪>であ って (直訳す る と <咳が出る 病>), <咳 を す る> に は [tsu:」 luI:1] という単語があ った りす る。<母親が子供を しか る>が, <母親が 子供を教える>であ っ た り す る。 これ らの誤 りはいろいろ検討 しているうちに, 人 ていは発見できる。

(9)

タイ国北部 の言 語調 査 につ い て 年をとった インホーマ ン トの方は,村一番 の物知 り であ ったのは幸なのだが,長時間質 問をつづけると頭 がもうろ うとな って きて とん ちんかんな返答をす る。 とい うのは, この人は阿片中毒者なので,だ んだんと 薬が U]れて くるらしい,数 日して,かならず薬をのん で来るように約-L来する。その 上 この人はアル コ-ル の方にもいかれている。11]-一日調査を終 えると,酒代の 無心である (1日3バ- ツほど). 酒代のサー ビスが 習慣 とな って しまった。私は ラフ ・ナ語 を 一 応 終 え て, リス語に取 っ組むつも りであ ったために,かな り 急いで牛前中3

F

TF.i,休息2時l乱

後 3

時H

lは いう ように-1日約6

冊ほど頑張 った。 インホーマン トに は気 の毒であ ったが,それだけの収 穫はあ った。 ラフ ・ナとは<黒い ラフ>の意味であ って,その呼 称の とう りに,r)lも女 も黒い服をまとっている。小 さ い 子供は

冊は裸体のもいる。馬をかな り飼 っ て い て,子供でも じょうずに裸馬を乗 りこな していた。男 は仕 車に出掛けるときは,腰に錠 (ath5) をぶらさ け, 手には円筒形の手箱 (i-ktl) を大 切にそうにも ってい く,手簡の中には,おやつが入 っている0日い 写 真6 ラ7 ・ナ族の壮年 塊,青 い葉 っぱ,赤色の種 子,色 とりど りである。 ち ょっと一服 となると白い塊 り (thap)を青い葉 っぱ (桑 の葉のごとし)に塗 って 口に入れ る。それでス-とする。何度 も口の中で噛んでか らはき出す。彼等 の 構・涼剤である。 ラフ ・ナ族は, インコ (pEtsGl) を飼 うことでも 知 られている。畑仕事に行 くときも,いつもインコを +字 の木に とまらせてつれてい くO これは単なる趣味 で飼 っているのではない。 一つの 収 入 源 で あ る。 Nikhom の タイ人のお医者さんに頼 んで ターク の 町 で売 ってもらう。-羽い くらかたずねたが,いわなか った。 この部落はかな り大 きく,全体で1(池 戸 ぐらいはあ る。ほかの部落のように斜面にた っている の で は な く,広 い平面 の 日こある。Nikhomがそ こか ら500米 ぐらいのところにあるのも, この部落の闇放さを示 し ている。も っと特徴的な印象を与 えるのは,部落の中 に物を売 る小 さい店家が二,三軒 もあることである。 閑ブラシ,卵,乾燥麺(香港製),布類 などを売 って い るo しか し,その商Jftをしているのは,北方 タイ人で あ って, ラフ ・シ人ではない

。1

11地民はまだ商売をさ せてもらえない。部落か ら少 し下 ったところに寛があ って

,

山の上か ら水を引いて きて,水浴びがで きるよ うにな っている。そこにも雀をは った茶店が三軒ほど 並 んで建 っていて, ち ょっとした食物 とか衣斬%JfI.っ ている。ただ水浴びす るためだけの場所 ではな く, ラ フ .ナ人は一 切の水を ここか ら運 んでい く

部落の唯 一 の給水源であるo水汲みは,大抵は子供の仕J,串では あるが私な どはや っと持 ちあげられ るほどの重さの水 につめ込んで,は ちまきノⅢニ背負 って急な山道をかけ 昇 ってい く。 い木を切 って部落 まで運んで来る。その運搬には象を 使 う。象住いは カ レン人 (Karen)の仕事にな ってい て,一 日3バー ツか ら5バ ー ツ (約60円か ら9()=) が,彼等の 日当である0- 日とはい っても実際には半 日ぐらいしか働かないらしい。 しか し, この

r

わー実は, 山地民が別 の山地民を使 っている点で,そ して仕 車の 分業が成 りた っている点で人へん興味がある〔 ラフ ・ ナ人の 木材の販売は,おそらくタイ人をつうじてなさ れ,と くにNikhomの管轄 のもとになされているよう 一一1-

(10)

35--写真7 ラフ ・ナ族 の娘 さん に,私 は理解 した。彼等の住居 は,大体竹 製 で あ る が,木造 のも数軒 あ った。そ して大抵の家 は,近 くに 別 棟の小 さい穀物入れをも っているO古 い 家 も 多 い が,新 しい宏 に建てか えて いるのがめだ った。 この部落は, 山地民 の中では, クー クの ミヤオ族 と ともに最高の段階にい ってい るのであろ う。 少 く と ち,私がお とずれた限 りではそ うであ る。 さきに述べ た茶店 とともに食草 らしいもの も一軒 ある。 も っとも 食堂 とはい って も, 日本 のめ し星のごときを想像 され ると実 際 とは大分距離が あるO ラフ ・ナ人 の説 明によ ると,独身のもの とか 身体 の悪 い者が利用す る一種 の 共済施設だ そ うである。 これはも ちろん ラフ ・ナ人が や って い る. 6 リス語 の調査を 中心 に 山地民 の インホ-マ ン トに理解されに くい単語 は, 大体共通 しているようで ある。

勿の名前で あると, へ たでも絵 を書 けばたいていは通 じる。 どんなに まず く書 いて も,多 くの場合 感心 してみて いる。山地民 の ほ とんどは物の輪郭を とれないか らで ある。 ところが <動 く> とか <は じまる> とか <終 る> とい った抽象 的な状態 にな るとなかなかわか らない。 くつづ ける> な ども何かに託 して説 明 して も,多 くの場合 は誤解が [生じる。 <変 る> とか <変 える> も, い くら説明 して もよ くわか って もらえない。 た とえば,手 もとにあ る ものを取 り出 して "rn 〇phi(垂師 ) が これ を鶏に変 える"な どと説 明 しよ うものな ら, =うちの m 〇phi" にはそのような魔力がない" と反撃 され るだ けで これに はまずお手 上げ で ある。受身の形を聞 き出す のも苦 労で ある。受身形 はた しかにあるこ とはある。 も ちろんそれが受身形だ とい うことを

知 していない し, あ ま り使 いもしない。 た とえば, <私 は蛇を打つ> <蛇は私に打 たれ る> これがわか らない。 そ こで説 明を加 える。蛇を打つ し ぐさを して, ここ に二 つ の立場が ある, 私 の方 は蛇を 打つが,蛇 の方 はどうい う立場にあ るか ? 答 えて日 く "蛇は人目郡こ食 いつ く,間違 ってい るか ?" これで は調査が進 まない。少 し使 えるよ う にな った ラフ ・ナ語 を用 いて, リス語 の受身形がや っ とわか った。 私 は蛇を打つ, 9uafu:d喜:a私 ・蛇 ・打つ . 蛇 は私に打たれ る。 fugu去 dを f

br

,3蛇 ・私 ・打 つ ・得 る。 や は り, ラフ ・ナ語 と同 じ構文 を と って いる。自動 詞 と他動詞 の区別 もこまる。 リス語で は形態素 の形 の 上での対立 はなさそ うであるO も っともつ きのよ うな のはあ る。 <われ る> b

喜一

γuJ <わ る>d去 b

喜一

ru 後者は実 際には<打 ちわ る> の意味で, <泣 く> 9u-a<たた いて泣かせ る> d音pu-aと同 じ構成 であ るO ター クの リス語 は,雲南省 の リス語, ビルマの リス 語 と多 くの点 で違 って いる。 まず声 調が ちが う。 子音 の体系,母音 の体系 も同 じではない。 ここの リス語で <勝つ> と<利 口>, <負 け る> とく馬鹿>は, それ ぞれ同 じ単語で あるとい う。 この二 つの組 み合 わせに は少なか らず驚 いた。 この社会では,何でも勝 った者 は利 口で,負 けた者は馬鹿 な ので あろ うか。 これ とよ く似た ことが ラフ ・シ語 に も あ る。 <悪 い> とく愚 か>が同 じで ある。 t昌h5hae<愚 か 者,馬 鹿 者> は,再訳す ると<悪者> とい うことにな る。 ラフ ・ナ 語 では <馬鹿者> とく唖者> の区別 があいまいで あ っ た。彼等 に とっては,馬鹿 とか利 口とか の基準が, わ れわれの考 えとはすい分 とずれてい るためであろ う。

(11)

タイ同北部 の言 語調査 につ い て 7 ビス語 について- バ ン ・ルア方言 2月11日,私 は,ター クか らチ ェンマイを経 て帰 った バ ンコ ノクか ら,ふたたびチ ェンマ イに もど ったO北 方 タイ語 の勉楯,をつづ けるたy)である。その翌 日チ ュ ン ライ県に ラワ語 の調査にい っていた三谷

/

帯が,やは りチ ェンマ イに帰 って来て, チ ェンラ/‖汀の南方 に, 近辺 の 人は ラrj族 とい っているが, ラワ語ではないL-, 葉を話 している

落があることを教えて くれ た。飯 F.T, さんU)すすy)で,

三谷

伴と私はさ っそ r(そ(

I

)

日商をお とずれ ることに した。それが ビス村である, ビス族は かな り、付加こ近 い ところにいる。辛地 とはい って も簡 l勘こ近苓 ることがで きない。 三谷君 の記憶 をたよ りに 串で行 きつけ るところか ら,なお二つほどの タイ人 の 部落 を くぐl)抜 けて.道のない ところを進 んだ。 廿 十 戸 ほどの小 さい村落である。私 た ちは一週冊 あま りか か って,約八百ほ どの 購 7・;・と数十 の文 章を ノ- トに記 録 しテープに収 めて ひきあげた。彼 らは ビスと自称す るか ら, これを ビス語 と名付 ける。 そ して,そのほか に も三 ヶ所 ほどで同類 の言葉が話されていることがわ か っているか ら, この村落の ビス浩 を,バ ン・ホ ォイ・ サ ン(tうanHtlaisan)のバ ン・ル了 万言,(BanLua)

簡 車にバ ン ・ルア 万言とILf,Sミことにす る〔 これ は'H,II ろい 言葉であ った。 こJ)言葉U).

記述

的な【(滴 、Ll)Jr'*た特徴ri,ご つとLf)ける とつ げのようである。 1. この 言葉 の音素体系は

3

1

種 の千首,11種のj'膏 結 合,9柿の母告, 3種の声調か らな って いるO-一つ の苦節は 仁許+廿打, または J′-[:Il'・+付音十日■ll'-の型 を とる( I)

]子には閉鎖 音に も, 鼻 音に も.

洋に も無声 音と首声 音の

立があ る。 二与

. 三

種の声調 ,高辛Jf-j・中辛理

低平ノ1LEjv)申

,

申半

里の声調を とる母音はつねに緊喉音であ る。 1. 一・つの 単語 は--・つ または ーr),あるいは三つU)形 態右V)結合か らな り, と くに L-_つ rj)形態素が結合 し が 一昔姉であ る。 5. 動作状態をあらわす 単語 と,それ11外 U)

語 とU) 区別はは っき りしていて,前 苦はつねに -i)三 を と もな う。 177物 の名前は 人部分は ?a9-了 a-,1,的接 す るが,-baを後接す る

語 もある。 6. 人称代 名詞には,単数形,複数形のほ か に 双 数 (われわれ二人,あなたがた二人 )の形がある。 7. 指示 代名詞には,近称 (これ)遠称 (それ)

最遠

称 (′あれ )のほか

に最

最],1Lf称があ り, さらにそJ)さ き,+i,あらわす 形もある0 8. <来 る>

<

行 く> の 二動詞には,方向を ともな っ て, <南か ら

へ行 く(来る)>か, <北か ら

へ行

く(来 る)>かによ って違 った快い方 をす るそれぞれ 9. 他 動詞 と tLl動詞の

立が 彬の 上では っきりとわか るEij・記I;-75ミ

L;

十ある0 10. タイ言吾か らの借用語が多 く (約150-200) もとも との形 と<

補的分配> をな して いる里語があるO 数詞 とか十二支は, タイ語か らひ とまとま りとして 入 って きたJlH廿日言吾で あるO 系統 論的な札 互か ら見た この言葉 の件桁はつきのよ うにいえる。 1. ビス語 は,あきちかにアカ

吾, ビルマ語 と同系統 で あ って, ビルマ ・ロ口語 系に属す る言葉である。 2. ビス語 の形式は, アカ語に比べて,よ (_川 1古ビル マ語吾形式に近 い。 二‡. 合体 榊

(

)語 ほどのl巨 ビルマ.J・;と刷 L

頂nljをたて J)る形熊 封 土,約 25()ほどあ り, ビス語 とア カ浩 と (J)E制こも(封書同数州 司

語がある。 も ←「とも しス ・ ヒルマ,J)日日, ヒス ・ア カの冊で同llJ!ill語が必ず しも市 複 しな いか ら, この三言語 を まとめ る と,全 休 で 3()()以 仁の

同源

語があることにな る。 4. ビス語 には, タイ語か らの

借用

語のほかに, ビル マ語に もアカ語に も対応す る形をもはや 発見で きな い形態素が 含まれている。それ らは他 の何らかの言 葉 (た とえば チベ ッ ト語 とか チ ン系統 の

言葉)

と一 定の対応関係をも ちうるか どうかは 今は わ か ら な い〔 しか し ビス

語(

ブ)中に, チベ リ ト語 と桐応 じる

格を,た しかに い くつか指摘 で きる,,ビス語は Iink lとmgtlageの一・つである( 8 言語調査の 目標 私た ちの 言語調査の

口腔

は」 両こ特定 の

語で, あ る 車物 とか状態 とか動作 とかが どのよ うに表現 され る か,その表現が具体的に どのような調音方法 を とって な されてい るかを知 るのみではない∩ もちろんそのよ - 127

(12)

--うな観察を通 じて進 めねばな らないが,その言語行動 の背後にある特定言語 の体系を発見 して整理す ること にも っとも大 きい 目標がある。 この仕 事は したが って 簡 単にはいかない。 どうしてその体系を発見 して い く かには,いろいろの方法があるし,研究 者 白身の流儀 もある。そ してまた言語 の体系が一つではな く,い く つ もの体系が入 り組 んでいるか らなお厄介である。普 通は,それ らをい くつ もの レベルに分 けて扱 うことに している。音素の レベル,文法 の レベル,語嚢 の レベ ルな ど,上にあげたおのおのの言葉について観察 し発 見 した体系の-輔である。つま り何 よ りもまず特定 言 語 の記述的な研究が調査 の 目標にな る。私 の別 の

目標

は, このよ うな レベルに分 け,記述 した一 つの言語体 系が,そのほかの言語 と一体 どのような関係にあるか を見極める点にある。 この 目的には,二つの立場が考 え られ る。 その一つは言語類型学的な考察である。 こ れはなかなか興味のある課題 であ って,原 二相 と し て は,たとえばAとい う言語を と りあげると,A言言吾の 体 系 と構造は,それ以外 のすべての言葉 の体系 と構造 と比べ うることにな る。第二には系統的 考察, これに ついてはは じめにも吉いたが,繰返 して簡 単 に い う と,個個の言語について,たとえばアカ譜の系統 はど うか, ラフ語 の系統はどうか,その言語支派の中で と の点に位吊すけるかについて の論証である。 た とえば,ア カ語 と ビス語 は,全休 の構造がよ く似 て いるし,その体系も類似 していて, 大ざっはに見れ ば,ほぼ同 じ類型に属す る.言葉であるとして扱 える。と ころが,それを系統的に見 ると,

個の体系を形成す る成員が,各言語 の組み二立ての中で, ちが った面 をに な っていることがわか る。 このことについて もう少 し 述べてみ よう。子音の体系全体を扱 うと面倒 にな るか ら,その中,閉鎖音のみを取 り出 してみ る こ と に す る。 アカ語に も ビス語に も

,

無声無気音,無声出気音 と有声音の対 立がある。 Akha /k kh g p ph b tth d/ Bisu /k kh g p ph b tth d/ これ らの9つの単位が,各言語 の体系の中で張 りあ う関係がまず らが っている (アカ語は 子音29種な どの 体系の中での9単位, ビス語 は 子音31種な どの体系の 中での9単位)上に,さきに述べたごとくア カ語 の

/

g/

は実際には FgB]であ った り, ビス語 の /g/が [gコ または [

g

]であるように

,/

g/

に該当す る音声 の性 格が ちが っているが,閉鎖音 のみに限定 して対立関係 を見 るときには, ま った く同 じ類型に属す ることにな る。 ところが これを系統的に考 えると, ビス語 の

/

g

d b/はア カ語 の

/

g

d b/に対 応 し な い で

,/

p ∩

m/

の方にあたる。そ して ビルマ語 の

/

gnm/

にも あたるのである (一方,アカ語 の

/

gdb/

は ビス語 の

/

k

t

p/

に対応す る)。た とえば `Ⅰ' `pain' `fire' Akha 王)a ?a-na mト Bisu ga ?a9-da bトth3 Old Bur. 9a ?a-na mi2 Modern Bur. ga ?a-na mi2 よ り古い時代で有声鼻音には じま った形式を, ビス語 では鼻音でになわないで閉鈴音で受け継いだ ことにな る。 ビス語ではの ちのある時期に 9→ gg-g ([右g∼ g]),n-nd-d([hd∼d]),m-mdrb (〔rflb∼b]) の変化 と,g-k,drt,b→ pの変化が起 って,結果 か ら見れば,音素の対立関係 自体には大 きい改変はあ らわれなか ったが,受け継がれた意味,形式のにない 手が大 き く変 った。 このような古い時代 の意味形式を どのようににな っているかを知 ることがで きる規則的 な対応 関係を,言語冊にい くつも設定す ることに成功 して,は じめて言葉 の系統が証 明され る。もちろんアカ 請, ビス語, ラフ ・シ語, ラフ ・ナ語, リス語, ビル マ語 の問に対応原則をい くつも設定する こ と が で き る。その対応 関係 の とに, さらに有力な証明力をもつ 里美 もある。それは一 つの意味分野の中で相対二立した 概念を表 明す る形式を,言語間で一対 として対応 す る 却実である。た とえば <大 きい> と<小 さい>, <多 い> とく少 い>が,その中のどれかが他 の形 と入れ替 らないで,それぞれ一対 として対応 しているとすれば, その親近性 はず いぶん と増大する。

Akha Bisu Burmese <big> J3-h品 aヨーhLa a-kri2 <small> j3-最 ag-一ji a-Day <many> j3-mjfl a9-bja a-mya2 <few> p-nl a9-ni a-na

n

y2 今一つ例を あ げ よ う。 <高 い> とく低い>, <長 い> と<短かい>, この両者のプ ラスとマ イナスの対 立は, <高 さ>に求 めているか <長 さ>においている かの相遵だけで,実は同 じ相対関係である。 ビス語で は, この二対の対立関係 を,ただ声調だけが違 う同 じ

(13)

タイ国北部 の言 語調 査 につ い て 音 素連続 であ らわす。 <高 い> <低 い> は中平 gJ., <長 い> <短か い> は南平型で ある。 high low long short BL11・. a-mraが allim 3 a-hralyl a-1uI ア カ

は <長> :<短> が ビス語 に対 応 す るが, <高> :<低> の方 は, 他 の形にllIt,3'・.き換 えている (g5 ば チベ ./ト語 の mgo<頭,頂>に, フ5 は チベIt'ト 語 70g<下>, ビルマ語 ?〇liに あた る形である。cf・ 漢語 高 ,磨 )〔 ビルマ語では< 高> :<低> は ビス語形 にあた るが, <長> :<

> の

J

jLは別の形 に 替 っ て い るo もし ビス語 のもつ完全な セ ソトがわか らない とす ると, ア カ語 の<長> :<短> と ビ ル マ語 の <高> : <低>を結 び付けるか, あるいは全然つ なが りのない 形として扱 って しまうで あろう 。 ラフ.語・・リス.JIA吊こな あや しくな って くる。 このよ うな意味分野 ご との 対応 関係を見 てい くことは, これ らの.詰 l:-の変遷 を あとず 日 るためのfl'力な 方法 となるのみならず,言語間の親 近 さの度合を測 る重要な 手段に もな る。 今回,私 が調査 した言葉は rjlj)ブル- ゾにわかれ る∩ ア カ語 と ビス語は ビルマ

に近 いいわば主流派 の 吉葉 で, それに対 して ラフ ・シ語, ラフ ・ナ語 と リス 語 は,それ らとはやや離れ た ロロ諸 語 の系統 に属す る 言葉 で ある〔 さきにあげた ビルマJ)北 ノJ-に い る7 JL 語, ラシ語 も この主流派のほうに属す る。 この二つ の subgrotlp を分 け るも っとも 人きい特 徴 の--一つ は声調 の システムであろ うo ロロ系統 の言葉 は,声調が4つか ら7つに分割 され ているが,二目桐 FJtl の 言葉 は, いずれ も三種 17)registertonesystemを と っている。 ・付りに 対応 し, 7 カ語 の低平理 は, ビス浩 の低-辛型, ヒルマ語 の高一平輿に, ア カ語 の申平 里は, ヒス語の中 平 7L.-J_に,そ して ビルマ語のr矧)I/iノt.-rJ. (-k.-p.-t. 一C に終 る音節は合めない。高降 ノ凹ま本来緊喉母 音を とも とえば bowels egg head I)01 AkhとI t'17(High〕 ?u(Middle) でl(Low).:?cB-I/:・D

Bisu af卜?tl(H)hja・?u(M) Ⅹ ?山一h159

Old Bur. uu〔M) u3(F) uu2(H).uI2

この対応原則 はほ とん ど一貫 している。一見例外 に 見 えるつ きの形熊 ノ1,三で も実 は例外では加 ヽことが証明 で きる。 st;lr tOnglle rO()I Akha ?a-gLh(H) mLla(H) ?a-kh丘l(H) Bisu ?ttl-ktil(L) mEn-hla(い 1ムーkhtム(IJ) O一d Btlr. kraj(M、) hlya(M ) khrij(M) へ/1.BLlr. Ce hlya cheユ ビス671;.の形態素khLil<foot>は, 甲語<tr()usel・S> khLa-tsh59 で は高 辛型を とるか ら,低車型 につづ く 第二音節 の位 帯では高半里か ら低平ArJ_へ の移動が起 っ た もの と推定で きる。 この推定 は三谷君 の調査 した タ コ-の方 言で, これ らの単語がいずれ も低平一高 平の 形を と っていることか ら支持 で きるであろ う。 帰国 して以来,資料 の整理 を進 めている中に,言葉 の伝 承の確実 さに,私 は少なか らず驚 いている。ア カ 語 も ビス語 も,他 の言葉 の形に とらわれ ることな く調 査 したものである。 ビス語の調杏の ときは, 真実 この 言葉 が ア カ請出二近 いなどとは気がつかなか ったO とこ ろが, あ とで この両 者をつ き合わす と, 表面 的にはい しているではないか。 ア カ

, ビス語, それに ビルマ 語が極めて密接 した形を も ったのはず っと過去 の段

であ り, それが文字 に記録 され ることもな く,腔代を 重ねて受け継がれ, しか もそれぞれの時期で変速 しな が ら, さらに部族 そのものが長 い移動を経 て 今 日に

ったに もかかわ らず, いまL両者を比べてみ ると,北本 的な構造面 に, そ して声調 まで もがは っき りとした対 応 関係を保存 してい るのは驚異でもあるO 私は この経験 か ら,一 般に 言語吾の比較 研究が も って いる証明力に,改 めてよ り大きい信 種をお くことがで きるよ うにな ったo Lこの調査に 多くの便宜を 与えていただいたNaliol l-al Research C()uncilな らびに 内務省の Divisioll ofhilltribes,Dcpt.of Public W elfare=tに } -チ ャンと ク- クの Nikhom の方ノJの fieldにお け る搾 助に 対して厚 く感謝 しなければな らない

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