「在宅医療」知っていますか?家で最期まで療養したい人に。
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(2) テーマ. 「在宅医療」を知っていますか?家で最期まで療養したい人に 申請者名 水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センター 所長 榮永徳博 助成対象年度 2016年度(前期) 提出期日 平成28年11月18日 助成により行ったこと (1) 在宅医療地域住民のつどい開催での在宅医療の理解と普及 1部 基調講演「在宅医療と時代背景の変化」 2部 討論会「在宅医療に取り組んで」 (2) ポスター掲示やチラシ配布、新聞折り込みでのつどいの地域住民への周知 (3) クリアケースを購入し、参加者(地域住民・医療介護関係者)へ配布 (4) 会議録作成による事業の記録保存 結果 (1) 参加者は77名 (2) 参加者の内訳は、津奈木町住民、水俣市住民、芦北町住民、在宅医療・介護関係 者、行政職員など (3) 宮島先生の基調講演では、時代の推移における生活の変化、家族形態の変化、核 家族化、人口構造の変化、高齢少子化、医療及び在宅医療の変化、死因の変化、 現在の在宅医療、死に場所の問題、人生の最終段階で過ごす場所、施設の増加、 在宅医療の変化とチーム医療化について講演されました。 (4) 討論会では在宅医療の実例報告で従事された主治医、薬剤師、ケアマネージャー、 訪問看護師、訪問入浴、福祉用具貸与の担当者がかかわった経過やその中での感 想や不足に思った点など振り返り発表されました。また、介護者で家族の方の発 表があり、看取りまでの苦悩、葛藤を言われましたが、 「さよならを言えてよかっ た。 」 「また同じ状態であれば、再度、在宅医療を選択する」との感想を言われ、 本音の討論会ができました。 効果 (1) 第1部で時代の変化に伴い在宅医療が変化してきたこと、今後、チーム医療の在 宅医療が必要であることを理解していただけたと思います。 (2) 第2部で在宅医療の実例の発表を聞かれて、チームの在宅医療のいい点を理解さ れたが、末期の患者さんの看取りの困難さや介護者の葛藤、不安なども感じられ たと思います。しかし最後に介護者が「でも在宅医療でさよならが言えた。 」「ま 2.
(3) た同じ状態にたってもたぶん在宅医療を選択する」と言われたことで参加者に在 宅医療をすすめる効果があったと思います。 (3) 医療・介護関係者には事例発表を聞いて、素晴らしいチームの在宅医療を感じら れたと思うし、このような在宅医療を目指したいと感じられたと思います。 反省 (1) 住民に対する在宅医療の啓発のための講演会であったが、もっと多くの住民に講 演や討論会を聞いていただけたらと思います。 (2) 医師の参加がなかったのが残念ですが、歯科医師や薬剤師、看護師、介護士など の職種の参加があり、今後のチームの在宅医療への発展が期待できると思います。 感想 (1) 勇美記念財団の補助による在宅医療地域住民のつどいは今年で3年になりますが、 水俣芦北地域の在宅医療の発展には非常に効果があり、このような講演会は続け ていくべきであると思います。勇美記念財団様には本当に感謝しております。 今後もさらにこの事業の継続を懇願するものです。 (2) 介護者の家族に出演依頼する時は、困難が予想されます。今回、介護者家族の杉 本和宣さんに出演していただきました。平成26年急きょお父さんを在宅で看る ことになり、パソコンでネット情報を調べられ、たまたま水俣の「在宅医療地域 住民のつどい」がヒットし、報告書を参考にされたそうです。そのため今度は自 分の経験が役に立つならと申し出していただき出演の運びとなりました。今後も この事業を続けていきたいと思います。. 3.
(4) ポスター・チラシ. 4.
(5) ~安心!この町に住んで良かった~ 平成28年11月6日 (日) 午後1時30分~3時30分. 日 時. 会 場 津奈木町文化センター会議室 参加料 無料(80名) プログラム 第1部 13:30 主催者挨拶 基調講演 「在宅医療と時代背景の変化」 (これからの在宅医療に必要なもの) 演者 宮島 伸治 (宮島医院院長) 14:20 第2部 14:30. 休憩 討論会「在宅医療に取り組んで」 シンポジスト 眞鍋 一孝 (まなべクリニック院長) 德冨 雅文 (ケアマネージャー). 座. 長. 森. 宮﨑 信子 (訪問看護師) 吉富 博樹 (薬剤師) 松田 はるみ(訪問入浴) 樋口 大輔 (福祉用具貸与) 杉本 和宣 (介護者) 健一郎(水俣市芦北郡医師会理事:竹本医院院長). 主 催 水俣市芦北郡医師会 主 管 水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センター 共. 催. 水俣・芦北郡市歯科医師会. 水俣芦北薬剤師会. 水俣市地域包括支援センター. 熊本県看護協会水俣・芦北支部. 芦北町地域包括支援センター. 津奈木町地域包括. 支援センター 熊本県介護支援専門員協会水俣支部 後. 援. 熊本県水俣保健所. 水俣市. 芦北町. 津奈木町. 水俣市社会福祉協議会. 芦北町. 社会福祉協議会 津奈木町社会福祉協議会 問合せ 水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センター(84-9996) この住民のつどいは、公益財団法人. 在宅医療助成 5. 勇美記念財団の助成を受けています.
(6) 第1部 基調講演 「在宅医療と時代背景の変化」~これからの在宅医療に必要なもの~. 基調講演を行う宮島伸治先生. 基調講演の後、質問する参加者. 6.
(7) 第2部 討論会. 「在宅医療に取組んで」. 在宅医療について討論を行う、左から杉本和宣(介護者家族)、德冨雅文(介護支援専門 員) 、吉富博樹(薬剤師)の各氏と座長の森健一郎先生. 左から眞鍋眞鍋一孝(医師)、宮﨑信子(訪問看護師)、樋口大輔(福祉用具 貸与) 、松田はるみ(訪問入浴)の各氏. 会場から質問 する参加者 7.
(8) 第1部 基調講演. 演者. 「在宅医療と時代背景の変化」 ~これからの在宅医療に必要なもの~ 宮島 伸治 先生 (宮島医院院長、水俣市芦北郡医師会理事). 8.
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(26) 第1部 基調講演 「在宅医療と時代背景の変化」~これからの在宅医療に必要なもの~ ○宮島伸治先生 御紹介ありがとうございます。宮島医院の宮島です。本日は お招きいただきありがとうございます。 水俣芦北圏域在宅医療・介護連携支援センターの栄永所長と栄永主任から、 今年の在宅医療の会の基調講演を私にとのお話しがありまして、また、竹本 医院の森先生からは、 「自分は2年続けて講演をやったから、今年はぜひやっ てくれ。」との事で、なぜか私がここに立っているわけです。 森先生には、日ごろから在宅医療の連携ということで、大変お世話になっ ておりますが、今年は1年お休みをいただいて、ネタを練って、ぜひともま た来年は基調講演をがんばっていただきたいと、ひそかに思っている次第で す。 私のところは、有床診療所と言われています。有床診療所とは、ベッド数 が19床以下の医療機関です。当院の医療サービスは外来・入院、そして訪 問診療で成り立っております。 私が在宅医療にかかわるようになって21年ほどになります。 私の父、当院の前院長が、在宅医療、当時は全部ひっくるめて「往診」と 言っていましたが。往診の患者さんをたくさん抱えており、必然的に自分も かかわらないといけないという状況になりました。 帰ってきた当初は、往診の場合も定期での往診だけではなく、結構、緊急 の往診といいますか「具合が悪かけんが来てくれ。」というのが非常に多かっ たです。往診に行き、麻痺があって、自分が救急車を呼ぶとか、そんなよう な状態ですので、非常に効率が悪かったことが多かったというのが印象です。 ポータブルのレントゲンの機械というのがありましたけども、写りも非常に 悪いですし、ポータブルのエコーの機械なんていうのも当然そのころはあり ませんし、検査でできることも非常に限られてきたんですけれども、最近で はいろいろ在宅にもっていける医療の機械も変わってきてますし、それと何 よりも在宅医療に対する考え方や、在宅医療のニーズというのも随分当時と は変わってきております。 それで、きょうは、 「在宅医療と時代背景の変化」というテーマで、戦後の 日本の時代の変化と医療の変化、それと、これからの在宅医療に必要なもの ということを皆さんと一緒に考えていけたらなというふうに思っております。 次、お願いします。 まずは、時代背景の変化ということで、経済、家族、人口といったことを お話しします。 26.
(27) 高度成長期というのが、昭和30年代から40年代ですね。それに伴って 就業構造の変化、第一次産業、農業とか漁業とか、そういうところから第二 次産業、鉄鋼業とか製造業、それから第三次産業、サービス業ですとか、い ろいろな物を売ったり買ったりする、そういう産業の方に就業構造というの は変化をしていきました。当然農業に従事する人たちが随分減ってきたとい うことですよね。そして、日本独自の、終身雇用とか、年功序列賃金、要す るに長くいればそれだけ給料が上がってきますよというふうな、そういう社 会が生まれました。そして、当時は主婦というのは家にいて家を守るもんだ というふうな時代だったんですけれども、共働きが多くなり、主婦の社会進 出、主婦の方、女性の方が働き出す、そういう時代になってまいりました。 その後現在は、バブル崩壊とか、経済のグローバル化というのを経まして、 リストラ、非正規雇用の拡大といった問題が出てまいりました。 次、お願いします。 日本の古き農村の写真です。こうやって水とか飼料とかですね、糞尿が入 ったのをこうやって、水や肥料を天秤で運び、畑の水まきも非常に重労働で ある。そういう時代です。 次、お願いします。 それからこういった鉄鋼業や製造業が非常に盛んになりました。 次、お願いします。 これは集団就職の写真でごす。上野駅ですね。 「あゝ上野駅」という歌を御 存じの方は非常に年配の方でございます。皆さん、知らない。若い方は知ら ない。そういった時代でございまして、こういうのがあって、農村から大都 市の方に人口の流入があったと、流れていったと、そういう時代ですね。昭 和30年代から40年代の初めぐらいにかけてが非常にこういう集団就職が 多かったということです。 次、お願いします。 これは昭和32年ごろです。向こうに見えますのが東京タワーですね。東 京タワーを建設中の写真ですね。非常に車もたくさんふえてきております。 次、お願いします。 家族はどうなったでしょうか。大都市への人口集中で、昭和20年、30 年代は3世代世帯が非常に多かったんですけれども、徐々に核家族化が進ん でまいりました。核家族というのはですね、夫婦あるいは、親と子どもです ね。片方の親御さんでもいいんですけども、御夫婦と子どもとか、一人親と 子どもとか、子どもさんは結婚はしてない、そういったのが核家族と言うん ですけれども、それが徐々に増えてまいりました。現在では、平均初婚年齢 の上昇、晩婚化、生涯未婚率の上昇、離婚件数の上昇、単身世帯の増加、な 27.
(28) んかあんまり良い話じゃないのばっかりなんですけれども、今後はですね、 また高齢化を迎えるということで、高齢者の単身世帯の増加というのが予測 されております。 次、お願いします。 昔はこういうふうにちゃぶ台を囲んでですね、ごはんを食べるのが日常の 風景でした。 次、お願いします。 これは映画の1シーンなんですけれども、大家族もおりましたよという話 かなと思いきや、これは実は「東京物語」という、1953年、昭和28年 の映画なんですけれども、これは実は核家族のお話でして、お父さんとお母 さんが、子どもたちは東京に住んでるんですね。東京に住んでて、お父さん とお母さんが上京して、子どもたちのところを回るんだけど、子どもたちは 非常に忙しいと、美容室をしとったり、お医者さんをしとったり、なかなか かまってくれない。それで、戦争でなくなったお嫁さんが一人おられるんで すけども、その方がお父さんとお母さんをいろいろ見物に連れていってくれ ると、そういうちょっと切ないお話なんですけれども。ただ、昭和28年か らのそういう核家族の問題というのは少しずつ、今聞いても決しておかしく ない話ですし、何年か前にはリバイバルがありましたね。山田洋次監督でリ バイバルがありました。 次、お願いします。 昭和のドラマはこういうのが非常に多かったですね。正面にお膳があって、 こっち側には人は座らなくて、お父さんとお母さんとばあちゃんがおってで すね、真ん中の人はお手伝いさんですね。ですけれども、こういったドラマ が普通にあったと、そういう時代ですね。 次、お願いします。 家族の世帯数というか、家族の形態はどういうふうになっているかという ことなんですけど、一番左の方が1955年、昭和30年ですね。世帯数も 非常に少なかったんでけども、世帯数はどんどん多くなっていきまして、ど こがふえているかというと、この上の紫の部分が単身ですね、単独世帯、単 身世帯です。単身世帯が非常にふえてきて、それとこのここの部分までは核 家族なんですけれども、核家族の中でも、この青い部分の夫婦のみの部分が ふえてきています。夫婦のみの部分と単身の部分が最近では非常に多いと。 次、お願いします。 今のパーセント、割合で見ていくと、核家族の割合というのは60%ぐら いであまり変わらないんですけども、さっき言ったような夫婦のみ部分がふ えて、それと単身の部分はやっぱふえていると、こういった家族構成の変化 28.
(29) が見られております。 次、お願いします。 人口は、戦後2度のベビーブームというのがございます。昭和22年から 24年ぐらいのベビーブームというのが1個ありまして、それと昭和40年 代に1回、そこの世代が子どもたちを産むような世代がありました。2回の ベビーブームで、非常に人口がふえていきました。 平均寿命の推移、1940年代の平均寿命は50代です。2015年には、 平均寿命はですね、女性が87歳、男性が80歳を超えました。女性は90歳 までいくんじゃないかというふうな話も出ております。 それと、65歳以上の高齢化率が非常にふえておりまして、1970年のこ ろは7%だったのが、現在、2016年には26%、4人に1人が高齢者、そ ういう時代になっております。 それと、出生率の低下ですね。高齢化と出生率の低下で、「人口減少社会の 到来」というふうなことが言われております。 2015年の国勢調査では、初めて日本人口が減りました。調査を始めてか らは人口が初めて減りましたというのが、この間も新聞で出てましたね。 次、お願いします。 平均寿命の推移です。40年代、50年代はまだ50歳代だったのが、どん どん伸びていきまして、87歳と80歳というふうなことでございまして、確 かにお元気な高齢の方が非常に多いです。自分が思いますけど、20年前のこ ろと比べますと、やっぱり平均10歳ぐらいはお若いですよね。昔の80歳が 大体70歳ぐらいの感覚、もっと若いかもしれないですね。非常にお若い方が 非常に多いですよね。 次、お願いします。 これは高齢化率の変化、これは国別なんですね。ちょっとわかりづらいです けどね、黒い部分が日本です。日本は断トツで多いんですよ、ずっと。高齢化。 非常に高齢化が、世界で類を見ないほど高齢化が進んでいるというふうに言わ れています。現在が2016年で26%ですね。外国に比べましても、日本は 突出して高齢化が進んでいますよということです。2030年ころには3割超 えていますので、そうなると3人に1人が高齢者と。65歳が3人に1人とい うふうな、そういう時代になってまいります。 次、お願いします。 人口の推移ですね。人口もだんだん減ってくることはもうわかっております。 今ちょっと人口が減りましたが、これからどんどん減ってきます。今が201 6年ですけども、もう2050年には1億人を切っております。それとともに 高齢化はどんどん進んでいきますし、この65歳以上が、紫の部分が非常に多 29.
(30) くなりますし、要するにこの産業にかかわるような生産年齢といいますか、こ この年代がだんだん少なくなってくるんですね。 次、お願いします。 そういった時代が来ているわけでございますけれども、日本の医療、在宅医 療の歴史ということを、次、見ていきましょう。 終戦直後の日本人の死因の非常に主なもので、一番多かったのは、感染症と 言われております。結核ですとか、肺炎とか、あと衛生状態が非常に悪かった ので胃腸炎ですね、そういうもので亡くなる方が非常に多かったそうです。そ れと大事なところは脳卒中ですね。塩分をたくさん摂っていましたので、脳卒 中が多かったと。それが死因の非常に多くの部分だったということです。当時 は、急性期の医療といっても非常に限られておりまして、まず、医療としては 安静第一、具合が悪くなって倒れたりしたら、動かしちゃならんと、そのまま 寝かせとかにゃいかんということで、安静第一。医師を自宅に呼ぶ往診が医療 のスタンダードな形態でした。古典的医療ということで書いておりますけど、 昔からの医療といいますと、外来の宅診、それと往診ですね。往診の部分は臨 時往診と定期の往診と、この2つの部分で成り立っていましたが、当時は医療 保険制度がございません。入院施設も非常に少なく、医療水準も今と比べると かなり劣るということで、当然病院での医療というのはできるんですけれども、 往診に行ってできる医療と、入院しての医療に、現代ほどの差がなかったんで すね。そういうところが非常に往診が多かったという理由のひとつと考えられ ます。 ただ、自宅で病人を診る場合は、どうしても共働きというふうなことではで きません。当時は女性が家にいたので、そういう家族構成の問題もあって、自 宅で診るというのが非常に多かったんだと思います。 次、お願いします。 在宅医療に限らず、日本の医療で大きな変化があったとのは、この1961 年、昭和36年の国民皆保険制度の始まりなんですね。これによりまして、非 常に日本の医療の水準が、大きく変わってまいりました。今までお金がなくて 治療を受けられなかった方も、皆さん保険に入って、医療が受けられるように なりました。それと、抗菌薬の進歩ですよね。抗生物質、抗菌薬が進歩したこ とで感染症で亡くなる方が非常に少なくなりました。それと急性期医療の発展、 こういう医療機器ですよね。診断医療機器も、CTや、MRI、超音波、血管 造影、そういうものが進んだことで急性期医療にも非常にスムーズに流れがい くようになったというのが、ひとつ大きな違いです。それと入院設備が非常に 整うことで、自宅での死亡率が非常に少なくなったんですね。 次、お願いします。 30.
(31) 1950年当時、自宅で亡くなる方は、この上の部分なんですけれど、80%。 80%の方がおうちで亡くなってたんですね。80%の方が自宅で亡くなっと ったんです。病院で亡くなる方が10%未満だったんです。それがどんどん病 院で亡くなる方がふえていき、自宅で亡くなる方はどんどん減っていきまして、 これでちょうど、この割合が逆転したのが1976年だそうです。1976年 には病院で亡くなる方が逆転して、ふえてきている。現在では、大体病院で亡 くなる方が8割、自宅で亡くなる方が10%ちょっとというふうになっており ます。 次、お願いします。 これは死因ですね。先ほどからちょっとお話しました、日本人の死因ですが、 当時は肺炎とか、胃腸炎とか、そういうところが非常に多くて、また、脳血管 疾患、脳卒中で亡くなる方が多く、1951年から1980年までは脳卒中が 一番の死因だったそうです。ただ、ここから脳卒中はだんだん減ってきており ます。これはなぜかといいますと、やはり急性期医療の発展なんですね。脳血 管障害で倒れたときに、脱水を防ぎましょうと、脳の浮腫を防ぎましょうと、 そういう急性期医療ががらっと、脳卒中に対する医療が変わってきたので、非 常に死亡率は低下してまいりました。ただし、これは皆さん御存知じのように、 脳卒中というのは、後遺症を残すという問題がやっぱりあります。現在では早 期に治療すればですね、血栓を溶かすとか、そういうふうなことで後遺症も少 なく済むようなこともあるんですけれども、やはり脳卒中を起こすことで寝た きりになるとか、そういった問題が逆に出てまいりまして、そういったことは じゃどうなるかというとですね、やっぱり当時は、家で、後遺症が残った場合、 家に帰るというのはなかなか難しくて、老人病院などで、寝たきりの方が増加 した。そういう時代が長く続いたんですね。現在では悪性新生物、がんで亡く なる方がどんどんふえてきまして、心疾患も多く、肺炎で亡くなる方が第3位 というふうに言われております。 次、お願いします。 現在の在宅医療と書いてますけども、基本的に在宅医療の場合ですね、定期 的な訪問と24時間対応するということがベースになっております。 先ほど言いました、寝たきりの老人の方ですね、そういうふうな寝たきりの 老人とか、寝たきりで脳卒中を起こして後遺症が出た方とかが非常に、この1 970年代、1980年代ふえたわけなんですけれども、やはりそういう方も 家に帰りたいと、そういったニーズが高まってきたというのが一つと、それと やはり病院の方でも老人の寝たきりを非常に多く抱え、今ほどリハビリという のもそんなに盛んな時代じゃないですから、もう寝かせっぱなしで、点滴だけ すると、そういうふうなのが社会問題となりました。それで家で少しでも家に 31.
(32) 帰しましょうということで、この1986年に寝たきり老人訪問診療料という のができました。これによって現在の訪問診療の概念というのが、ここから始 まったというふうに言われております。その後訪問看護ですとか、一番大きな のは2000年の介護保険制度の施行ですね、これによりまして、在宅医療と いうのは非常に大きく変わってまいりました。 次、お願いします。 在宅医療は病気の方が家に帰りたいというので、進化していったという面も あるんですけれども、一つには、先ほど言った病院の方で寝たきりの方が非常 にふえたと、そういうふうなことで医療費も高騰すると、そこで病院の機能を 外に広げましょうと、今もそうなんですけれども、家を一つの病室とみなして、 それを訪問して回診みたいな形で診ていきますと、そういうふうなことで病院 の機能を少し補充をするということで現在の在宅医療は発展したという面も あるんですね。ですから、昔からの訪問診療が進化して今のになったというこ ともありますが、それよりもむしろ病院側から在宅医療が広がったといいます かね、病院の機能をちょっと補充するような点から在宅医療が、今の現在の形 になったというのが大きな流れです。 これからの在宅医療ということですけれども… お願いします。 このようにですね、非常に高齢化というのは進んできているわけでございま す。 次、お願いします。 そこで、高齢化社会に求められる医療の変化ということなんですが、やはり 少しずつ社会の方でもですね、医療に対するニーズというのがちょっとずつち ょっとずつ変わってきております。急性期医療が大事なことは何も変わりはご ざいません。最近では、終末期医療、天寿、総合医、緩和ケアというふうなこ とが求められるような、そういった時代になってきました。非常に高齢な方が 多いですので、何でもかんでもがんがんやる治療じゃなくて、少し生活がしや すくなるような、そういう医療を考えていきましょうという、社会的機運は高 まってきているのかなと思います。「治す医療から支える医療へ」ということ ですね。 次、お願いします。 今後の在宅医療のあり方というのを少し考えていきましょう。 次、お願いします。 日本人の現在の死亡の場所なんですね。病院の方が8割、自宅で亡くなる方 が1割ちょいでございます。 次、お願いします。 32.
(33) 人生の最終段階を過ごしたい場所ということで、普通の住民の方がどういう ふうに考えているかと、家で亡くなりたいと思っておられる、家で過ごしたい ですよね。過ごしたいと思っている方が、7割以上の方は家の方で過ごしたい なというふうに考えられています。やっぱりおれは病院がいいばいという人も 中には2割ほどの方は思われていると。あとは介護施設ですよね。施設とかで 9%の方はこちらで過ごしたいなというふうに考えているということです。 ただ、自宅で亡くなられると、自宅で過ごしたいという方でも、決して苦し いのは嫌ですから、苦しむことは困りますので、少なくとも苦痛を伴わない状 態であればというのが一つの大きな条件ではあるんですね。 それと、これは2006年の、厚生労働省が出しました、要するに死亡場 所の今後の年次推移予測です。医療機関はもうふやす気はありませんよと、医 療機関は変わりませんと、自宅で亡くなる方はちょっとふえていくんじゃない かなと、介護施設もちょっとふえますけど、介護施設も大きくふやす…、介護 施設って、この場合はですね、老人保健施設と特別養護老人ホームのことなん ですけども、そこはちょっとあんまりふえませんよと。その他の部分ですね、 その他の部分はじゃ何ぞやということなんですけども、これも実は施設なんで すね。高齢者施設です。有料老人ホームとか、あとはサービス付きの高齢者住 宅、グループホームもこの中に入ります。そういった今いろいろふえている施 設の多くの部分はこの部分ですよと。ただ、これですね、死亡の場所をここに 持っていきましょうと、持っていきたいというのが、国の希望なんです。 次、お願いします。 じゃ実際のところ、一般の方がどんなふうに考えているかということなんで すけれども、最後まで自宅で療養することは可能かと、実際難しいやろと思っ てる方が、2003年で65%、2008年にやったときも66%。実際家で 亡くなるというのは、過ごしたいけど無理かなと、実現困難というふうに思っ とられる方が、6割以上の方は思っているということなんですね。 次、お願いします。 じゃ、最後まで自宅で療養することが困難なのは何ででしょうかということ で聞いてみますと、やっぱり介護してくれる家族に負担がかかる、家族に迷惑 かけたくないと思うんですね。それがやっぱ一番大きい。だから自分は施設に 入ると、最後は病院でええばいとかというふうに思われるということです。そ れと、症状が急に悪くなったときに、対応に不安があるなと、ちょっと心配だ からと、この辺が非常に大きい、最後まで家でいるのは難しいかなと考えられ る大きなところみたいです。 次、お願いします。 訪問診療の患者数の推移なんですけれども、この灰色の部分、この部分がで 33.
(34) すね、おうちの方ですね。本当に自宅の方の、訪問診療の部分で、この赤の部 分がですね、そういう施設ですね、有料老人ホームとか、そういったところの 施設の訪問診療の部分になります。訪問診療の数はどんどんふえてるんですね。 けどやっぱり大きくふえているところはこの施設に対しての訪問診療、この部 分が多くなっています。当院では、きちんと数字を出してるわけじゃないんで すけれども、個人の家へ訪問で行くのは、少なくともふえてはいないですね。 むしろちょっとうちは減っているかなという気もするんですけれども。やっぱ り大きくふえているのは、施設の方に行かせていただいている部分の訪問診療 の方がふえております。 次、お願いします。 これはですね、最後の看取りというふうなことで書いております。看取りと いう言葉というのは、介護とか医療の方で働いておられる方にとっては非常に もう聞き慣れた言葉ではあるんですけども、一般の方にはなかなか看取りとい う言葉は馴染みがないことかもしれません。看取りというのは、要するに、本 当の意味で言うと、最後の時期を見てあげる、世話をしてあげるというのが看 取りなんですけれども、最近の看取りという言葉では、ただ単に亡くなるとい うか、最後の時を迎えるということを看取りと言ったり、そういう意味合いで 使うことがほとんどです。場所別看取り数というふうなことなんですけれども、 2010年と2014年では、少しこの赤の部分、赤の部分はですね、老人ホ ーム、要するに施設の部分ですね、そういうのがふえてはきているんですね。 前に比べますと、少しそういった施設で亡くなられる方がちょっとふえていま す。 次、お願いします。 ただ、ここにあるんですけど、1年間の看取り実績がない介護施設と書いて あります。やっぱり施設の中ではですね、施設の方針として、うちは看取りは しませんよというふうなことでされているところも実際あると思います。それ は何でかといいますと、一番は人員の問題、人手の問題ですね。やっぱりそこ まで亡くなるということに対しては、非常に手厚くケアをしてあげないと、心 の問題とか、体の問題とかありますので、なかなかそこまでは回らないと、今 の人員で、今でさえも非常にきついのに、とてもとてもそんな、人が亡くなる のに、家族に対応する、本人に対応するというのは無理ですよとなります。一 番それが問題なのかもしれません。 それと、医療機器の問題や御家族のニーズも終末期のケアとなりますと、非 常に神経質になられる部分もありますので、やっぱり看取りをされてないとい うところも多いと思います。 この介護老人保健施設とか、特別養護老人ホームというのは、配置医がいた 34.
(35) りとか、当然老健施設だとドクターがいたりとかしますので、看取りも頑張っ てされているというふうなことですけれども、有料老人ホームですとか、グル ープホームでの看取りというのはなかなかまだまだ難しい、そういった状況で すね。 次、お願いします。 当然この看取りの問題というのはですね、今から超高齢化がどんどん進みま すので、我々が避けては通れない問題ではございます。国民全体で考えていか ないといけないような問題だと思います。 それに在宅医療、そういう看取りとか、そういったところを進めるためには、 やはり医療ばかりじゃございません、当然介護の方との連携、あとは医療にし ても、当然医療だけじゃなくて、何て言いますかね、訪問リハビリが入ったり とか、栄養士が入ったりとか、そういう多職種との連携というのは今後も強め ていかないと、なかなかそういったところは進まないのかなというふうに思っ てます。 また、最近思うのが、例えばああいう施設とかでも、結構、ぼくがいいなと 思うのは、やはり看護師さんとかがおられる。有料老人ホームとかでも看護師 さんを配置されているので、結構そういったところですと、患者さんの状態が 悪くなったときに連絡をいただくんですよね。いただくと、やはりその場で、 電話連絡、あるいはその状態を聞いて、普段診てますんでね、状態を聞いて、 看護師さんと連絡を密に取ることで来院しなくても、指示のみですむ場合があ ります。そういった点は、入所されている方の御家族もわざわざ呼ばれて、病 院に連れていってくれと言われて、連れていくような、そういうところも省け ますし、医療費の面でも、電話で済めば医療費がかかりませんので、そういっ たことからも施設との連携を蜜に取るというのは大事なことなのかなという ふうに私は思います。 まとめです。 戦後の時代の移り変わりとともに、日本の医療・在宅医療も大きく変貌しま した。現在は、超高齢化社会と、多死社会を迎えており、求められる医療の質 にも変化が見られています。治す医療から支える医療へと。これからの在宅医 療は、多職種との連携を深めることで今後さらに社会的ニーズが高まるものと 考えます。 非常にとりとめのない話で大変申しわけなかったんですけども、こういった 機会がないと私もなかなか勉強することがありません。この講演のため勉強す る機会を与えていただきまして、本当にありがとうございました。 本日はどうもありがとうございました。(拍手) ○司会 先生、どうもありがとうございました。 35.
(36) ここで質問をお受けしたいと思うんですけど。今の講演の中身も含めて、 普段在宅医療に取り組んでみたいなとか、取り組んでいらっしゃる方、ここ にいらっしゃるかと思うんですけど、何か御質問等ございませんでしょうか。 簡単なことでもいいと思いますけど。 じゃ、すみません、私の方から御指名させていただきます。 芝原さん、何か、津奈木町の社協に、地域包括支援センターで今なさって て、何かございませんでしょうか。たくさん事例とかお持ちじゃないかなと 思いますので。 ○芝原様 特に質問ではないんですけど、宮島先生の方で、地域包括センター とか、そういうケアマネジャーさんとの連携というのはどんな感じでされて いるのかなと思いまして、ちょっと思いつきました。 ○宮島伸治先生 そうですね、当然今の医療は特にケアマネさんを中心とした 介護保健は切っても切り離せない状況でございます。うちの方でも、やはり ベッドの問題がありまして、今、急性期病院とかでも、やはり非常に状態が、 何といいますか、自宅で生活できないような状態でも、今は出なきゃいけな いんですよね。ですから、例えばこちらから紹介をしたとしても、ああよか った、それで済んだじゃなくて、実際また帰ってこられるので、そういった ところは非常に大きな問題です。有床診療所ですから、当然ベッド数が少な いので、少ないベッド数をじゃどうするかと、いきなり在宅というふうには もっていくことは非常に難しいですから、やはりこちらもある程度の空きを つくっておかないと、また、大きい病院からも受け入れられないし、当然外 来の患者さんが悪くなるという部分もありますし、ですから非常にいろんな ところですね、入所のお願いですとか、あるいは退院調整の会議をしての、 またうちの方にするかどうするかとか、そういったことでも、特にケアマネ さんにはお世話になっておりますし、そういう地域包括ケアシステムという ことにしても、やはり今後大きい病院も含めて、いかに住民の方が、ここの 生活が基準になるかということを考えると、もっと連携を蜜にしていかんと いかんのかなというふうには思っております。 ○司会 芝原さん、よろしゅうございますでしょうか。 (「はい。」と言うものあり) ○司会 ほかにはございませんでしょうか。 すみません、津奈木町役場の山崎さん、介護保健を担当されてて、何かご ざいませんか。 ○山崎様 私、役場で働いているんですけれども、在宅医療という言葉を聞い てですね、研修会とかも出るんですけど、行政としても何から始めたらいい のかとか、国の方からはああしてくださいとか、こうしなさいという、モデ 36.
(37) ル地区とか、そういったのは事例は聞くんですけれども、なかなか取り組み 自体どうしたらいいのか、迷っているところです。きょうの話、質問じゃな いですけど、きょうの話を聞いてですね、これからまた第2部で討論会もあ りますので、そちらの話を聞いてですね、ちょっと行政としても何か取り組 めることがあったら頑張っていこうと思っております。 きょうはありがとうございました。 ○司会 総括みたいな話をしていただきましてありがとうございます。 宮島先生が一生懸命勉強されて、いろんな資料を出していただきました。 本当に宮島先生には無理を言いまして、基調講演していただきましたけど、 ためになりまして、ありがとうございました。 皆さん、もう一度宮島先生に大きな拍手をお願いいたします。(拍手) (休憩・再開) 第2部 討論会. 「在宅医療に取組んで」. ○司会 皆さん、お待たせいたしました。 ただいまから、第2部、討論会、演題が「在宅医療に取り組んで」という テーマで行います。 これからにつきましては、座長を森健一郎先生にお願いしたいと思います。 先生、よろしくお願いいたします。 ○座長(森 健一郎様) 改めまして、こんにちは。 今からの討論会の司会をさせていただきます、医師会の在宅担当の森と申 します。どうぞよろしくお願いいたします。 1部の講演で、宮島先生の方から在宅医療に関しての大まかというか、全 体を見渡すようなお話を聞かれて、大体在宅医療に流れがいってるというこ とは、皆さん理解していただけたんじゃないかと思います。 これからは、在宅医療の実際ですね、そこら辺をちょっと今からいろんな 職種の方にお話しをしていただきます。 そういうことで、あとは座らせてもらいます。 本日は、ここにも出席しておられます杉本さん、訪問医療を受けられた方 ですね。息子さんですけども。杉本さんについての訪問医療について、いろ んな職種の方からその内容を発表さしていただきたいと思っております。 それではまず最初に、まなべクリニックの院長の眞鍋先生、よろしくお願 いいたします。 ○まなべクリニック院長(眞鍋一孝様) こんにちは。眞鍋一孝と申します。 37.
(38) 在宅医療の地域住民のつどい、去年は芦北の方でありまして、去年も2部 のパネルディスカッションを自分がしました。今年は津奈木であるというお 話をいただいて、今年もパネルディスカッションの方をさせていただこうと 思います。 早速始めたいと思います。 まなべクリニックは、水俣の古賀町に内科、泌尿器科で開業して、ちょう ど2年ちょっとになります。午前中、午後の外来の間の昼休みを使って訪問 診療をさしていただいています。 在宅医療をまだ御存じでない方もおられますけれども、在宅医療はだれで も受け入れるのかというところもあると思います。在宅医療というのは、御 自宅や施設で療養を行っていて、病気や心身の障害のために通院が困難な方 ですね。訪問診療というのは、そういった通院困難な方に定期的に診察を、 大体月に1回とか2回とか、日にちと時間を決めて診察に行きます。往診と いうのは、そういった中でも突発的な症状が悪くなったりとかされて、患者 様とか御家族の要請を受けて、医師がその都度診察に行くと。在宅医療とい うのは、この訪問診療と往診、両方ともやっていきます。 在宅医療はだれでも受けれるか、受けれます。年齢が関係があるとか、そ ういったわけでもないです。特殊な病気を持ってないとだめとか、そういっ たことも全くないです。かかりつけの先生、主治医の先生との相談で、その 主治医の先生が御家族と話して決めていくということで、基本的にはだれで も受けれます。どういった方が来られるかというと、自力でとにかく近くの 病院ですね、通院することができない方です。比較的訪問診療の方のほとん どは、こういった、どうしても自分で行くことはできない、定期的に受診を することが。でも、比較的本人さんはお元気です。訪問診療の大半の方はこ んな方が多いです。その中でも、先ほどお話もあった高齢化が進んできまし て、年齢にはやっぱり勝つことはできないです。非常に御高齢のために通院 ができない方ですね、そういった方。もう一つが、大きな病気をされて、治 療が一段落して、その後長期療養が必要である方とか、悪性腫瘍の終末期、 末期がんと言われる方ですね。 今回話さしていただく杉本さんの訪問診療の話ですけど、この悪性腫瘍の 終末期の方でした。78歳男性ですね。妻と息子さんの3人暮らしです。近 くの病院の方で定期的にずっとかかられていましたけども、倦怠感、それと、 血液検査で肝臓、胆道系の数値が上がったということで、平成26年7月に 医療センターの消化器内科を紹介されました。PET、いろいろ画像の詳しい 検査をすると、肺と肝門部胆管という、その2カ所にがんがあるんではない かということで、治療が始まりました。肝門部胆管、ちょっとわかりやすく 38.
(39) 言うと、肝臓で消化液をつくって胆のうにためる、胆のうから消化器の方に 出す。つくってためて出す。この出すところですね。ここのところにできも のがあるんじゃないかということで、出るところが詰まっているんで、そこ の通りをよくするための管を入れて、通りをよくする処置。ものがあるんで、 そこに放射線治療をすると、そういった治療を医療センターの方でされまし た。ただ、通りが悪いので、通りがよくする処置をしても、やっぱり完全に 通りをよくすることはなかなか難しいです。詰まりかけたりすることで熱が 出る、痛みが出る、おなかが痛くなる、吐き気が出てくる、そういった胆管 炎を繰り返されるということで、全身状態はなかなか良いとは言えないので、 積極的な治療、手術とか、化学治療、抗がん剤ですね、そういったのはせず に、御本人さん、御家族もいろいろ話されて、平成27年4月7日に自宅へ と帰られました。退院日、同じ日の帰りにクリニックに寄っていただいて、 月2回の訪問診療で経過を診ていきましょうと計画さしていただきました。 大体訪問診療を計画さしていただくときは、総合病院を退院されるその帰 りに、そのままクリニックに寄って、お話をさせていただいて、計画を立て るというふうな感じにぼくはしております。 訪問診療が始まったんですけども、がんの方で非常に多く見られるのが、 昼夜逆転ですね。昼間もちょっとうとうとされるんですけど、やっぱり夜が なかなか眠ることができない。不安もありますので、時々起る呼吸苦であっ たり、しゃっくり、体を動かされるときの痛み、そういったのがたびたび見 らます。すぐそういった痛みとか、呼吸苦に対して、痛みどめですね、麻薬 を使います。麻薬の使い方としては、ベースの麻薬を使って、それでも痛い、 もう苦しい、そういったときに、レスキューというんですけど、頓服で飲め るお薬を出します。ミリ数、種類を調節、大体2日、3日で薬剤師の先生と 御家族、御本人さんと話しながら、そういった頻度で調節をしていきます。 夜間の不穏もあり、ベッドから転倒が見られて、抗精神病薬、眠剤、安定剤、 こういった量、種類もいろいろと数日ごとに調節をします。不穏が強い時は、 麻薬の量も少なくとか、微調節もさしていただきました。また、黄疸ですね、 白目の部分とか、皮膚が黄色くなるんですけども、黄色くなるだけならいい んですけども、こういった黄疸が皮膚のかゆみも出します。皮膚の乾燥を防 ぐ外用剤、かゆみ止めのお薬、どういったぬり方とか、ぬる頻度をお話しさ せていただいて、診ていきました。夜間不穏による転倒、昼夜逆転、そうい ったところがなかなかうまく落ち着かせることが難しく、奥様、御家族の方 が寝ずに、疲れて、非常に体力的にも限界というふうに私も感じました。在 宅で診ていくことは困難と判断して、5月12日、在宅で1カ月ちょっとで すね。病院に入院することを計画さしていただき、その後は入院、途中で医 39.
(40) 療センターであったり、白梅の里の方に上がられたりとかされて、入院から 約2カ月、7月10日に病院の方でお亡くなりになりました。 問題点です。杉本さんの今回の問題としては、昼夜逆転の改善が非常に難 しかったというところです。夜間、不穏による転倒もやっぱりたびたびあり ました。付き添われて御家族の負担を、軽減させることが難しかったのが問 題点としてあります。 今回の在宅医療を終えてですけれども、御家族の支えに勝るものはありま せん。在宅スタッフが御家族の代わりになり得ないということもあります。 医師、看護師だけの対応では全人的苦痛を緩和することというのもやっぱり なかなか不可能な部分も多々あります。医師、看護師だけでは無理で、いろ んな職業の方、薬局の先生、ヘルパーさん、訪問看護の方にも入っていただ き、いろんな方が御自宅を訪れてもらって話していただき、そしていろんな 情報を得て、自分も含めてその情報をやり取りして、チームアプローチが非 常に必要となってきます。 3人に1人はがんになる可能性があると言われています。今回、講演を聞 きに来られた方自身、もしくはその関係の方がいつがんになるかもわかりま せん。がんになった、がんでの治療が一通り落ち着き、じゃ自宅に帰ろう、 帰って、御自分のベッドの上で最期を迎えようと、現実的にはなかなかそう 簡単なものではないということを知っていただきたいと思います。 末期がんの方を介護する御家族の負担というのは、精神的にも体力的にも 非常に大変なものです。自分は、最後の最期を御自宅で迎えることが在宅医 療の目標ではないと思っております。 今回、がんという病に御本人さん、御家族が一緒に闘って、御自宅で過ご された1カ月という時間は決して無駄ではない貴重なものだったと、自分は 信じています。 エピソードとして、杉本さんの御自宅に訪問させていただいた、2回目か 3回目ぐらいですかね。杉本さんが寝られているベッドのところから裏庭の 花が咲いていて、ぼくが見てたら、杉本さんが、ふと「立てば芍薬、座れば 牡丹、歩く姿はユリの花」ということをおっしゃって、帰りにぜひ裏庭に回 って花を見てくださいと言われました。ぼくは、帰りに裏庭に回って、牡丹 と芍薬の花が咲いてて、じっと見て帰りました。 入院を予定した2日前ぐらいですかね、その日も夕方クリニックが終わっ て御自宅の方に行くと、本人さん、お刺身もすごく好きで、息子さんがちょ うど夕方帰ってこられて、刺身を買ってこられていました。ベッドの前にじ ゅうたんのスペースがあって、ちゃぶ台を出されて、息子さんが、 「お父さん の好きなお刺身買ってきたよ。」と言って、食べやすいサイズに切られて、温 40.
(41) かいごはんとお刺身を御自分でお箸で食べられてました。非常にぼくの中で は印象に残っております。 最後に、今回こういった場で話していただけることを快く受けてくださっ た杉本さんの息子さん、奥様、この場をかりてお礼を申し上げます。本当に ありがとうございました。 ぼくからは以上です。(拍手) ○座長(森 健一郎様) 眞鍋先生、ありがとうございます。 御本人の経過ですね、それから医療的な処置、いろんな問題点、最後には エピソードを交えられてお話をしていただきました。どうもありがとうござ いました。 続きまして、この職種も非常に重要である訪問看護ですね。訪問看護でか かわられた宮﨑さん、よろしくお願いいたします。 ○訪問看護師(宮﨑信子様) 皆さん、こんにちは。 訪問看護ステーションみやざきの宮﨑と申します。どうぞよろしくお願い いたします。 まず初めに、事業所の紹介をさせていただきます。 訪問看護ステーションみやざきは、平成19年に開設いたしました。現在 は、月50名程度の利用者の方を担当させていただいています。月訪問件数 は300件ほどです。在宅での看取りについても取り組んでおります。現在、 看護師5名、私を除く4名は30代で、ほとんど家庭を持ち、子育てもしな がら、日々研鑽しながら24時間体制を取り、皆様に安心を届けられるよう に、サービス提供を行っています。 次に、在宅医療に取り組んでいる状況としまして、できるだけ住み慣れた 在宅で、可能な限り暮らしたい、介護したい、家族との時間を過ごしたい、 最期まで自分らしく生きたいと思われている方々の思いに、ともに寄り添い、 主治医の先生を中心にケアマネジャーさん初め、他の職種の方々と連携を図 りながら、在宅支援活動をサポートさせていただいています。 訪問看護の内容として、療養生活の相談・支援、病状の観察や健康状態の 管理と看護、医療処置・治療上の看護、ナースでできる範囲のリハビリテー ション、認知症の方などへの看護、緩和ケア・終末期ケア、家族の相談と支 援、在宅移行支援、地域の社会資源の活用等を行っています。 次に、杉本さんとのかかわりについてお話しさせていただきます。 杉本さんは、先ほど眞鍋先生からもお話しされたように、昼夜逆転で、不 穏状態で、昼夜問わず介護が必要な状態の方でした。また、症状の変化もあ り、入退院を繰り返しながら、在宅での生活を過ごしておられました。 杉本さんは、奥様と息子さんと3人暮らしで、介護者の奥様を、息子さん 41.
(42) が仕事をしながらしっかりサポートしてくださっていました。 昼夜不眠状態で介護をされている中で、週1から2回ほどの訪問看護を行 いました。 御家族も寝ていらっしゃらない中での訪問看護は、かえって迷惑にならな いだろうかと心配しながらの訪問でしたが、奥様も訪問看護を受け入れてく ださり、温かく迎えてくださいました。 病状や状態の観察・御家族の介護状況の把握、健康状態、療養相談等受け ました。そして訪問時には、杉本さんの状態把握とともに、奥様のお話をし っかり傾聴して、できるだけ精神面のケア・不安の軽減ができるように努め ました。 都度、状況に応じて、眞鍋先生、ケアマネジャーさん、薬剤師さん等への 報告・相談・対応を行いました。 眞鍋先生も御家族とも直接連絡を取られ、いち早く対応してくださいまし た。服薬の変更・ペインコントロール等にも調剤薬局の吉富さんと連絡を取 り、速やかに対応していただきました。御家族の不安もいち早く解消されて いったように感じました。 また、眞鍋先生は、タイムリーに訪問してくださり、特に夕方等、杉本さ んが起きておられるとき、病気以外でも、先ほどの話とか、趣味の釣りの話 とかもしてくださったということで、杉本さんも喜ばれていたと、後で聞く ことができました。 厳しい状況での介護の中、奥様の介護疲労、体調不調があっても診察にも 行けない状況もありました。そんなときも眞鍋先生が対応してくださってい たと、最近薬剤師の先生から聞いたときには、そこまでしていただいていた と驚きました。 杉本さんのことを考えるとき、杉本さんは奥様、息子さんの介護を受けて、 可能な限り住み慣れた我が家で過ごすことができました。これがずっと病院 だったらと思いますと、我が家で杉本さんはありのままを受け入れてもらっ て、本当に今思えば幸せだったのではないかなと思っています。 杉本さんの最期は病院での看取りになりましたが、奥様も息子さんも最後 までしっかり向き合い頑張られました。自分たちの大切な人を看送るという ことは、どんなにつらく大変なことなのかと、さらに感じることになりまし た。でも、そこに自分たちも今後もできるだけ寄り添っていきたいと、思い を新たにすることができました。今回かかわらせていただいて、本当にあり がとうございました。 今回在宅医療チームとしてかかわる中で、主治医である眞鍋先生がしっか り舵取りをしてくださいました。私たちも安心して携わることができました。 42.
(43) 御家族も先生に直接連絡ができ、現状を伝え、その場で精神面のケアも受け、 対応を伝えられ、どんなにか心強かったかと思います。また、調剤薬局の薬 剤師さんと直結していることが、連携をより円滑にしていました。そんな中、 今後訪問看護も陰になり日なたになり、微力ながら力を発揮し、家に訪問看 護に来てもらってよかったとの声が多く聞けるようにしたいと思います。 在宅医療で不安なこととしては、訪問看護では24時間体制をとってはお りますが、どうしても御家族にかかる介護負担が大きいということです。老 老介護で介護者の健康が頼りだったりします。サービスを利用してどこまで サポートできるかだと思います。 今後、在宅医療に取り組みたい方へのアドバイスとして、できるだけ家で 看たいと思われたら、病院の相談窓口だったり、病棟だったり、介護関係者 だったり、相談していただいたら前に進みます。そして、必ずしも、最期ま で家でできなくても、できる範囲で、介護できる範囲でも大丈夫だと思いま す。病院から在宅、また在宅から病院と、それぞれの御家族の状況に応じて 方法はあります。自分たちの大切な人との最期の時間を少しでも在宅で過ご せる方法を探してみられたらと思います。できる限り在宅医療チームでサポ ートさせていただきたいと思います。 すみません、読むだけの形になりましたけど、本当にこの機会を与えてい ただいて、ありがとうございました。感謝いたします。(拍手) ○座長(森 健一郎様) 宮﨑さん、ありがとうございました。 やはり一番身近なかかわり、状況ですね。全体を見渡されたような話をさ れたと思います。どうもありがとうございました。 続きまして、薬剤師の吉富先生。皆さん、薬剤師の先生が在宅までかかわ られるということは、多分あまり聞かれたことないと思うんですね。そうい うことで、きょうは新しい話を聞かれるんじゃないかと思います。 どうぞよろしくお願いいたします。 ○薬剤師(吉富博樹様) 皆さん、こんにちは。 水俣市の陣内で吉富薬局をやっております吉富博樹と申します。 妻のしほ子と2人の薬剤師で、病院の前の薬局という形じゃありませんの で、比較的時間がとれる、あまりはやっていない薬局でございます。 きょうは、在宅での薬剤師の仕事ということで、形にとらわれず、ちょっ と話をしたいと思います。 今回の事例を通して、在宅での患者さん、それから患者さんの家族に対す る眞鍋先生のチームの中の薬剤師のかかわりをふりかえってみたいというふ うに思います。ちょっと日にちが、先ほどの眞鍋先生のお話の日にちが違っ てるんですけども、いつも眞鍋先生の方からお仕事の依頼がある場合は、事 43.
(44) 前に患者さんの情報をいただいております。今回も、退院の日に受診をされ まして、その日の情報も携帯で直接お話をいただきました。その日に、退院 時の処方もあるんですけども、院内処方箋が発行されまして、早速自宅に訪 問いたしました。そのところに德冨ケアマネさんと、それからちょうど宮﨑 さんがいらっしゃったと思いますけども、宮﨑さんと本人さん、奥様という 形でお会いすることができるわけです。 まず私たちが行うことは、まず、退院するときにお薬を持って帰られます。 しかし、そのお薬が在宅の服薬に適している服薬方法であるとは限らないで す。わかりやすく言いますと、病院のやりたいように一包化してあるという ような形です。非常に難しい、わらないという場合がありますので、それを まずは訪問しまして、一緒になって服薬しやすい形、わかりやすい形に変え るということです。今回は特に病院からの退院時処方もありますし、眞鍋先 生ところから処方箋が出ました。それを一緒にしないといけないということ がありますので、それがまず私たちの最初の仕事になります。 私たちの仕事というのは、在宅に行くというのは、医師の指示と、それか ら患者さんの同意書に対するサインが必要になります。あとは毎月の報告書、 計画書というのがありますが、そういったのが必ず要るということです。医 師からの指示というのは、口頭でも構わないようになっています。 医療センターの入院中からすでに麻薬の貼付剤が処方されていらっしゃい ました。退院のときに、ドクターからはレスキュー、さっき先生から話があ ってますけど、追加が提案されます。すぐに私は準備をするわけです。訪問 している途中で右手の甲がかゆいという話がありました。私は写メを、この 方だけじゃありませんけども、そこで写メを撮りまして、先生に写メを送り ます。そしてすぐその場で処方の追加をいただくというようなことがありま す。土、日、水俣にいますので、何かあったら電話くださいという形で、い つもこんな形で、写真でやったりということができますよということをお話 ししております。 麻薬での疼痛コントロール、副作用の便秘による排便、それから腹水によ る腹満感、いろんなことが起こってきます。これに対して敏速な薬剤の変更 というのが必要になってきます。飲食だけでなく、服薬もこの方は困難にな ってまいります。服薬の困難、ここなんですけども、いわゆる出された薬は 飲ませましょうということなんですけども、私たちの一つの職能なのかなと 思うものは、優先順位の選択ですね、これは薬剤師の機能じゃないかなとい うふうにも思います。それから絶対に必要なお薬、飲んでいただきたいとい う形は、例えばすぐに粉砕をするとかという形で、すべてを粉砕して全部飲 んでもらうんじゃなくて、優先順位というのが、こういう方々のときには大 44.
(45) 切になってまいります。もちろんそれは逐次主治医には報告しております。 先ほどもありましたが、奥様が非常に疲れてまいりました。私の方法の一 つとして、奥様への服薬の提案を先生にお願いして、漢方薬とビタミン剤を 処方していただいたというのもこの方の一つの話でした。 もともと飲食ができない方ですね。飲水が不能な方、これは非常に調子が 悪くなってからのことなんですけども、意識レベルが低下して、不穏が出て きております。本人さんが朦朧として輸液を拒否されている場面に出くわし ました。輸液をしているんですけども、できないという話を目の前で受けま す。その場で私は眞鍋先生に電話をして、 「先生、拒否です。もうできません。」、 先生が輸液を中止してくださいと、それをすぐ目の前の訪問看護師さんに伝 えます。この方は腹水がありましたんで、利尿剤が出てたんですけども、も う水も飲めない、輸液も拒否だということで、 「先生、利尿剤はいかがでしょ うか。」というふうに提案しましたら、ああそれもすぐにやめてくださいとい う形で指示をいただきました。 白梅病院の入院が決定しました。救急車の搬送の輸液の準備が必要になり ました。白梅病院の薬剤師への情報提供を行いました。それからおうちに残 っている麻薬の回収というのも私たちの大切な仕事になります。 居宅療養管理指導というのは、決して服薬の管理と指導をするだけではあ りません。いわゆる点数に載らないようないろんなさまざまな仕事がありま す。 一番私も大切だなと思うのは、患者の目の前、患者さんの家族の目の前で 今回もドクターに電話ができる、その報告や連絡や相談ができる、その報告 をしたり、連絡をしたりすることを、その場で患者さんや家族に報告をする ということがどれだけ患者さんや患者さんの家族の方に安心感を与えること ができているなというふうに、これは痛感しております。 駆け足で話しましたが、在宅で、先ほど森先生の方からも薬剤師がかかわ るのはちょっとめずらしいケースだというふうな話もありましたが、この方 ではなくてもですね、在宅で薬剤師に何ができるのというふうに聞かれれば、 私も返答に困ります。特に私は高度な病院での治療ということの経験がない 薬剤師です。ですから事前に何をするのか全く決まっていません。決まって いないので、私は何でもできます。といっても特別なことはできませんが、 薬剤師として当たり前のことを熱心にすることはできるんじゃないかなとい うふうに思います。 というところで、在宅における医療には、薬剤師も、医師プラス薬剤師で お願いできればなというふうに思います。 以上ですが、私の話です。ありがとうございました。(拍手) 45.
(46) ○座長(森 健一郎様) 吉富先生、ありがとうございました。 具体的な薬剤師の先生のかかわり方についてお話をしていただきました。 多分、皆さん御理解されたんじゃないでしょうかね。 続きましてですね、ケアマネジャー、この方は調整のキーパーソンなんで すね。 德冨さんによろしくお願いいたします。 ○ケアマネジャー(德冨雅文様) こんにちは。 居宅介護支援事業所白梅(ほっと白梅)の德冨と申します。 介護支援専門員・ケアマネジャーという仕事をしています。 ケアマネジャーの仕事とは、簡単に説明しますと、要介護認定の申請・更 新のお手伝い。要介護認定を受けられた方々への介護保険サービスの調整を 行います。また、提供されているサービスが、その方に合っているのか、ほ かに必要なサービスはないか、サービスを受けて、どう変化があったのかを 評価し、次につなげていく調整が主な仕事となります。その方が要介護状態 となっても、住み慣れた地域、御自宅で安心して生活を続けることができる よう支援することを基本とします。 介護保険サービスには、デイサービス、デイケアなどの通うサービス、ヘ ルパーさんや看護師さん、リハビリの専門家に自宅に来てもらう訪問のサー ビス、ベッドや歩行器などの福祉用具、手すり設置などの住宅改修などの紹 介、あと自宅で入浴が困難な方への訪問入浴サービスの提案、また、施設へ のショートステイの調整などがあります。 必要時には、お医者さんや薬剤師の方とも連携して、在宅でも必要な医療 を受けることができるよう調整することもあります。 今回の杉本さんに導入したサービスは、眞鍋先生、お医者さんによる訪問 診療、薬剤師さんによる居宅療養管理指導、そして訪問看護、訪問入浴、福 祉用具の利用を提案し、利用していただきました。 利用に当たっては、杉本さん、入退院を繰り返しておられましたので、入 院時の病院への情報提供、退院時は病院のソーシャルワーカーと連携し、退 院後のサービスを検討することで、御本人様はもちろんのこと、御家族の介 護負担、在宅介護の不安の軽減を考えながらかかわらせていただきました。 今回、かかわらせていただいた中で感じたことは、一番大変なのは一緒に 住んでいる、介護をされている御家族なのかなと、そこをチームケア、チー ムを組んで、少しでも負担を軽く、不安を軽くできるのかなと思いました。 今回、こういう場をいただいて、振り返ることができたことはとてもあり がたく思います。ありがとうございました。(拍手) ○座長(森 健一郎様) どうもありがとうございました。 46.
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