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シームレス通信サービスとその研究開発の動向

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(1)

シームレス通信サービスとその研究開発の動向

今井

和雄

山崎

憲一

中村

††

ヴォルフガング ケレラー

†††

倉掛

正治

Seamless Communication Services and Their R&D Directions

Kazuo IMAI

, Kenichi YAMAZAKI

, Hiroshi NAKAMURA

††

, Wolfgang KELLERER

†††

,

and Shoji KURAKAKE

あらまし ユビキタスネットワーキング環境においてユーザが快適にサービスを享受するためには,利用する 端末の違いやネットワークの違いをユーザに意識させることなく継続的にサービスを提供するシームレス通信 サービスが求められる.本論文では,シームレス通信サービスの提供形態を分類し,端末モビリティとパーソナ ルモビリティという二つの要求条件を導く.更にパーソナルモビリティに着目して分析し,これがユーザ/プロ ファイル/セッションモビリティという要求条件からなることを明らかにする.次に,それぞれの要求条件を達成 するための技術課題と既存研究について概観し,それらの得失を議論する.最後に,それら要素技術のいくつか を統合した,シームレス通信サービス提供のためのプラットフォームのアーキテクチャを提案する. キーワード シームレス通信サービス,端末モビリティ,パーソナルモビリティ

1.

ま え が き

携帯電話を通したインターネット接続サービスは日 常のツールとなり,公衆エリアで無線LANを利用し てPDAやパソコンをネットワーク接続するサービス も大都市を中心に広まりつつある.家庭における固定 ブロードバンドアクセスの性能は向上し,無線LAN やBluetooth等の近距離無線を用いたホームネット ワークとの連携も今後広がっていくであろう.人々が いつでもどこでもインターネットに接続し,サービス を受けられるユビキタスなネットワーク環境が現実の ものとなりつつある. このような社会は,人々のモビリティを高めてくれ るが,一方で,ネットワークに対して新たな課題を課 す.すなわち,人々の移動に対して継続的に,快適に サービスを提供するという課題である.具体的には, NTTドコモネットワーク研究所,横須賀市

Network Laboratories, NTT DoCoMo, Inc., 3–5 Hikarinooka, Yokosuka-shi, 239–8536 Japan

††NTTドコモ研究開発企画部,東京都

R&D Planning Department, NTT DoCoMo, Inc., 2–11–1 Nagata-cho, Chiyoda-ku, Tokyo, 100–6150 Japan

†††DoCoMo Communications Laboratories Europe GmbH

Lardsberger Strasse, 308–312, 80687, Munich, Germany

ユーザの移動につれて変わるネットワーク環境をユー ザに意識させることなく,それぞれの環境に適した通 信サービスを切れ目なく提供できるような能力が求め られる.本論文では,ユーザの移動に起因して発生す る,通信サービス提供を疎外する様々な事象を“継ぎ 目”(シーム:seam)と呼び,それらを隠ぺいしなが ら継続的に提供される通信サービスをシームレス通信 サービスと呼ぶ. 本論文の目的は,シームレス通信サービスの要求条 件を明確にし,その実現技術の研究動向を示すことに ある.本論文は,以下のように構成される.2.におい ては,まずシームレス通信サービスの要求条件を述べ, 求められる能力を分類する.3.では,そのうち特に重 要な要素技術について,既存研究を概観し,それぞれ の適用上の課題を指摘する.4.においては,シームレ ス通信サービスを提供するトータルシステムとしての プラットフォーム化を提案し,アーキテクチャや各機 能要素が実現する能力について議論し,5.において今 後の展開に対するまとめを行う.

2.

シームレス通信サービスの定義と要求

条件

本論文で扱う「通信サービス」とは,ネットワーク

(2)

図 1 シームレス通信サービスのエンティティ関係図 Fig. 1 Relationship of entities for seamless

communication services. を介して,ユーザとユーザ,あるいはユーザと情報提 供者の間の通信を可能にすることで,ユーザに何らか の価値を提供することである.代表的なサービスとし ては,電話,電子メール,映像や音楽のストリーミン グ配信,Webブラウジングなどがある.本章において は,このような通信サービスを“シームレス”に提供 するための要求条件について述べる.なお,以下では, 通信サービスを単にサービスと呼ぶことがある. シームレス通信サービスの最も基本となる要求条件 は次の2点である. いつでもどこでも希望するサービスを受けられ ること いつでもどこにでもサービスを継続できること ここでは,前者をサービスの「任意開始性」,後者を サービスの「継続性」と呼ぶこととする. サービスの開始性には,二つの場合がある.一つは, ユーザがサービスを要求して自らアクションをとる 場合である.これが典型的なサービスの開始であり, 「サービス要求」と呼ぶ.一方,ユーザの意図とは関 係なく,(むろん,あらかじめ何らかの契約が結ばれ ていることは必要であるが)サービスが開始・提供さ れる場合がある.典型的には,電話の着信や電子メー ルの受信などである.これを「サービス着信」と呼ぶ. サービスの継続性は,ある種の持続性のあるサービス (このサービス継続中の状態をセッションと呼ぶこと が多い)において,これが移動に伴って切断されない という要求条件である. 前述のように,サービスの継ぎ目(シーム)が発生 する原因は,そのサービスを享受するユーザの移動に ある.分析を進めるために,移動に伴うサービスの提 供関係の変化点を,図1のように抽象化して考える. 移動するのはユーザであるが,このとき,端末が ユーザとともに移動するか(図1中で,Aの部分は固 定でBが変化),ユーザだけが移動するか(Aが変化 しBは固定)では,異なる種類の問題が発生する.A, B両者が同時に変化することも考えられるが,有用な サービスが想定できないことと,技術的な組合せによ り解決可能であることから,本論文では考えない.な お,ユーザと端末が集団となってネットワークとして 移動するという,いわゆるネットワークモビリティ[1] も考えられるが,これも端末移動(B点変化)の一種 の拡張と考えられるため,本論文では議論しない. 以上をまとめると,次のような分類が可能となる. (1) ユーザとともに端末が移動する状況下で任意 開始性が求められるケース (2) ユーザとともに端末が移動する状況下で継続 性が求められるケース (3) ユーザのみが移動する状況下で任意開始性が 求められるケース (4) ユーザのみが移動する状況下で継続性が求め られるケース それぞれのケースの詳細と求められる機能は,次の ようになる. [ケース1](端末移動+任意開始性):任意の場所か ら,ユーザの端末を用いてサービス開始が可能という 要求条件である.移動電話網においては,端末の位置 登録機能が求められる.IPネットワークにおいては, DHCP [2]などが代表的な実現技術である.この機能 に関しては,現時点で十分なレベルで達成されている といえる. [ケース2](端末移動+継続性):サービスを享受し た状態のまま,端末が移動しても,サービスが継続さ れるという要求条件である.移動電話網においては, ハンドオーバー技術がこれを実現している.IPネット ワークにおいては,例えば,Mobile IP [3]などが代 表的な技術である. 上記の二つのケースは,あわせて「端末モビリティ」 と呼ばれることが多い.端末モビリティでのシームレ ス化は,携帯電話サービスにおいては十分に実現され ており,IPネットワークにおける実現性についても, 数多く研究されている[4].このため,シームレス通信 サービスにおける重要なケースではあるが,端末モビ リティについて本論文では,これ以上立ち入らないも のとする. [ケース3](ユーザだけの移動+任意開始性):これ は,ユーザが移動した先にある端末を用いて,所望の サービスを開始できるという要求条件である.このた めには,次のような機能が必要となる.移動先で適切 な端末を発見し,必要なら認証を行って端末を利用可 能とする,所望のサービスを起動するために必要な情 報を端末が提供する,その端末能力に合わせてサービ スを変形する等である.一方,サービス着信について は,ユーザの手近な端末に向けてサービスを提供する

(3)

必要がある.電話サービスでいえば,いわゆる「追い かけ電話」が,このプリミティブな実現形態である. [ケース4](ユーザだけの移動+継続性):これは, ユーザの移動に合わせて,適切な端末を利用してサー ビスを継続できるという要求条件である.移動先の端 末を利用する機能等については,上記と同様であるが, それに加えて,提供中のサービスを端末から端末へ移 動させる機能が必要となる. ユーザの移動を対象としたケース3,4を,端末モビ リティに対して,本論文では「パーソナルモビリティ」 と呼ぶ.パーソナルモビリティにおいてシームレス化 を実現するには,上記のようにいくつかの要求条件が 生じるが,その中で特徴のある要求条件を次に抽出す る.自分専用ではない端末でも,その個人がサービス 要求/着信をしていることが(通信相手やサービス提 供者から)分かるという要求条件を,特に「ユーザモ ビリティ」条件と呼ぶ.これはユーザ個人の識別にか かわる問題であり,電話サービスにおいて特に議論さ れてきた[5].次に,サービスにアクセスするために 必要な,主として個人に依存した情報が自分専用で ない端末でも利用可能なことを「プロファイルモビリ ティ」条件と呼ぶ.プロファイルとは,例えば,電話帳 やWebブラウザのブックマークなどが該当する.サー ビスが複雑化するにつれ,人間の記憶だけではサービ スにアクセスすらできないという状況が今後ますます 増加すると想定され,プロファイルモビリティは,今 後強く求められる条件といえる.提供中のサービスを 端末間で移動するという要求条件を,「セッションモ ビリティ」条件と呼ぶ.ここでのセッションは,厳密 に定義されたものではなく,サービスの継続したひと まとまりの状態を表す概念であり,多くの場合,個々 のサービスを識別可能なシステム内データ表現に対応 する. 以上の要求条件とその分類は,本論文独自のもので あるが,いくつかの従来研究をベースとしている.文 献[6]においては,terminal,session,personal, ser-vice mobilityが挙げられている.personal mobility

は,電話番号ではない,個人に固有の番号で発着信 ができることを意味している.本論文のユーザモビ リティは,これに対応する意味で用いているが,電話 サービスを含む通信サービス全般に対する広い概念と してとらえている.また,service mobilityは,サー ビスを利用するための情報,例えば電話帳や呼出し履 歴などが,端末を変えても利用可能なことと定義して 表 1 シームレス通信サービスのための所要機能

Table 1 Technical functionalities for seamless communication services. 技術エリア 所要機能 トランスポート技術 ネットワーク QoS モビリティ制御技術 端末モビリティ制御 パーソナルモビリティ制御 エンドホスト管理系技 術 ユーザ・端末の位置・移動検知 ローカルな端末発見 端末・ユーザ・NW 間相互認証 コンテンツ管理系技術 サービス発見 サービスアダプテーション サービス課金及び権利管理 いる.本論文では,これをプロファイルモビリティと して,より明確に規定した. 第3世代移動体通信システムの標準化プロジェク

トである3GPPでは,Service requirements for an ALL-IP Networkの検討が進められている[7].3.1 Definitionsの節において,terminal,session, end-user mobilityが定義されている.end-user mobility

は,端末を自由に選んで通信ができること,と定義さ れており,本論文でのユーザモビリティとプロファイ ルモビリティを合わせたものに近い.

情報通信技術委員会TTCのIP-based IMT

Plat-form専門委員会でまとめられたサービスマネジメント の要求条件[8]においては,ネットワークシームレス, デバイスシームレス,メディアシームレスが挙げられ ている.ネットワークシームレスは端末モビリティに, デバイスシームレスはパーソナルモビリティにほぼ対 応する.メディアシームレスは,サービスを受けてい る環境に応じて,端末の設定やサービスの設定などを 動的に変更することを要求している.これはコンテク ストアウェア技術などにも関連する広範囲の技術を含 んでおり,本論文では扱わないものとする. 以上では,シームレス通信サービス実現のためのコ アとなる技術について述べた.トータルシステムとし てサービスを提供するためには,更に多くの技術が必 要となる.表1 に,技術エリアと所要機能の概要を 示す.トランスポート技術とモビリティ制御技術のエ リアにおいては,端末の移動や変化に対して,ネット ワークレベルでのコネクティビティや品質の維持のた めの技術が所要機能である.エンドホスト管理系とコ ンテンツ管理系技術エリアについては,4.にてプラッ トフォームにおける機能として更に説明する.

(4)

3.

シームレスサービスの主要実現技術

本章では,シームレス通信サービスの要求条件のう ち,ユーザモビリティ,プロファイルモビリティ,セッ ションモビリティに特に着目し,これを実現するため の代表的な既存提案とそれぞれの課題について述べる. 3. 1 ユーザモビリティ ユーザモビリティは,個人のアイデンティティ(ID) の表現方法と,システムにおけるID管理方法が最 も大きな技術課題である.現在の携帯電話でもUIM

(User Identity Module)カードを入れ換えることに より,自分の電話番号を持ち運ぶことができる.これ は複数端末を所有するユーザには便利であるが,移動 した先の端末を自由に利用する仕組みとしては不十分 である. Schulzrinneらは,文献[6]において1-to-n(1アド レスをn個の端末へ割り当てる)とm-to-1(m個の アドレスを一つの端末へ割り当てる)のマッピングを

SIP forking proxyでメッセージを多重配信すること で実現し,これによりユーザモビリティの基盤を実現 している.しかし,この方法では,マッピングが可能 というだけであって,システムが個人を識別している わけではない.例えば,プロファイルなどのように個 人ごとにまとめられるベき情報を扱うことはできない. また,m-to-1における発信者の指定方法にも問題が 残る.

Stanford大学のMPA(Mobile People Architec-ture)[9]では,個人レベルの到達性(person-to-person reachability)を実現することを目指している.person layerと呼ぶ最上位層を設け,ここでは個人をPOID

(Personal Online ID)で識別する.POIDへの通信 は,POID(すなわち個人)に1対1に対応するパーソ ナルプロキシがいったん受け付ける.パーソナルプロ キシは,ユーザの場所や可能なアクセス手段等に基づ いてPOIDをASA(Application-Specific Address) へと対応づけ,同時にコンテンツの変換を行い,到達性 を確保する.このように,パーソナルプロキシで受け た後でルーチングし直すことにより,ユーザのロケー ションプライバシーを保護している.問題点としては, 1)個人ごとに置かれたプロキシがpoint-of-failureに なる,2)すべてのプロキシ上に様々な通信に適した コンテンツへの変換方法が実装されている必要がある, 3)プロキシ経由の冗長なルーチングが発生するなど が挙げられる. UC Berkeley校 にお け るICEBERGプ ロジェク ト[10]の中の一つのアプリケーションとして Univer-sal Inboxと呼ばれるサービスがある.ICEBERGは, 電話網やセルラ網などをアクセス網と考え,インター ネットをコアとして,その上にオーバレイでサービス 提供機能を構築する.Universal Inboxは,このオー バレイ上に構築されたアプリケーションであり,ボイ スメール,電子メール,電話,FAXなどを,ユーザの 移動先に合わせた形式に相互変換して届けるサービス である.各ユーザは,iUID(iceberg Unique ID)で 識別され,位置管理が行われる.Universal Inboxは, オーバレイにより分散的に機能が実装されているため, 前述したMPAの欠点は基本的に解決される.一方, このような大規模な構想によるインフラをどのように 構築し,運用していくかは議論が不十分と思われる. ユーザモビリティに関しては,技術的な課題よりも, むしろ運用面での課題の方が大きい.すなわち,個人 のIDを誰がどう管理するのか,ユーザが信頼できる 範囲はどこまでとするか,といったことにより,基本 的なアーキテクチャが定まると考えられる. 3. 2 プロファイルモビリティ プロファイルモビリティは,サービス利用のために 端末側に必要な情報(プロファイル)が任意の端末で 利用可能なことをいう.どのような情報をプロファイ ルととらえるかによって,アプローチや要素技術は大 きく異なる.ここでは,プロファイル情報量の小さい 順に代表的な研究・技術を述べる.

VHE(Virtual Home Environment)[11]は,サー ビス制御ノードSCF(Service Control Function)と サービス実行ノードMSC(Mobile-services Switch-ing Center)との間のインタフェースを決めることで, ユーザが他網にローミングしても自分のホームのSCF の制御を受けられる技術である.ここでのプロファイ ルとは,例えば,ユーザの個々のサービスへの契約状 況等である.プロファイルはネットワーク内にあり, 端末には存在しない. 文献[12]は,SIPを用いて,サーバに置かれたプロ ファイルを端末側に取得する方式を提案している.プ ロファイルが更新されたときには,これを端末に通 知して,端末内のプロファイルをサーバのそれと一致 させることができる.また,データが部分的に変更 されたときには,差分だけを反映する.類似の技術 として,スケジューラやアドレス帳などのデータを二 つのコンピュータ間で同期させるための技術である

(5)

SyncML [13]もある.いずれの技術においても,プロ ファイルは端末側にも置かれるため,サーバと通信が できない状態でも,プロファイルを利用することがで きる. これらの研究で移動の対象となっているのは,プロ グラムから独立していて,その構造も明確に決められ たデータであるが,そのような単純なデータだけで なく,アプリケーション実行途中の状態まで含めて, 移動可能にするための研究として,BSPM(Browser Session Preservation and Migration)[14]がある.こ

れは,Webブラウザに特化した研究であり,Webブ ラウザの履歴,Cookie情報,スクリプトの大域変数 の値などが移動可能である.例えば,フォーム入力途 中の状態であっても,異なる端末に移すことができ る.専用ミドルウェア上にアプリケーションを記述す ることで,移動を実現する研究も多い.例えば[15]で は,アプリケーションフレームワークRoamを提案し ており,これを利用して記述されたアプリケーション Roamletは,移動元と移動先の端末能力の差に対して

GUI(Graphical User Interface)などを適応させて, 移動することが可能である. 一般のアプリケーションを動作中に移動させようと した場合には,アプリケーションごとに独自の方法で 動作状態を取得し,移動先において復帰する必要が あり,これが大きな問題となる.これに対する汎用的 な試みとして,端末のコンピューティング環境全体を 移動させる研究がある.これは,プロファイルが指す データの範囲を最も広げて考えることに相当し,[16] は,その研究例である.仮想マシン技術とネットワー クファイルシステムを組み合わせることにより,すべ てのアプリケーションを異なるコンピュータ間で継続 して実行できる. プロファイルモビリティの実現方式は,いわゆる thin端末かthick端末かの選択問題に深く関連する. thin端末にも様々な形態があるが,例えば,アプリ ケーションをサーバで実行し,端末側では画面表示と キー入力だけを行うようなもの(UNIXのX-Window やRealVNC社のVNC等)であれば,実行中のアプ リケーションを移動させる必要はなく,必然的にプロ ファイルも移動させる必要はない.しかし,ローカル な処理が多いアプリケーションや,コネクティビティ が確保できない状態では,スタンドアローンで動作す る端末(thick端末)の方が利便性が高い.このよう なトレードオフの中で,利用状況やサービスに合わせ て方式を決めていく必要がある. 3. 3 セッションモビリティ セッションモビリティは,シームレス通信サービス において,最も特徴的かつ重要な要求条件である.多 くの提案がこれまでになされており,代表的な研究を 概観する.

文献[6]では,SIPをベースとして3rd Party Call

とCall Transferに基づく二つの方法を提案している. 図2は,Aliceとの通信を,端末Bob@mobileから端 末Bob@fixedへと移動させる手順である.3rd Party Callでは,移動元端末Bob@mobileがSIPのコント ローラになってSDP(Session Description Protocol) による記述を受け渡すことでセッション移動を制御す る.この端末は,サービスが終るまでコントローラと してセッションに参加することになる.Call Transfer では,通信相手Aliceがコントローラとなって,移動 先にINVITEを送る.移動元端末Bob@mobileは, この時点で,セッションから切り離される.これら は,サービスの提供形態によって選ばれる.前者では, Bob@mobileはリモコンのようにセッションを制御で き,例えば,遠く離れた大きなディスプレイにセッショ ンを移したり,手元に戻したりが自由にできる.後者 では,Bob@mobileに関係なく,今利用している端末 Bob@fixedをそのまま利用すればよい. 上記の研究はSDPによって記述できるサービスが 対象であるが,SIPをベースとしつつ対象サービス

をより拡張した研究として,SSE(Seamless Service Environment)[17]がある.SSEでは,サービス状態 の記述を独自に定めており,ストリーミングやWebブ ラウジングなども扱うことができる.また,SSEサー バがサービス状態を転送する際に,そのデータを修正 することで,移動先の端末能力に適応した形で,セッ ションを移すこともできる. 上記の研究は,いずれもセッションの制御方式につ 図 2 SIPによるセッション移動

(6)

図 3 セッション層によるセッション移動 Fig. 3 Session transfer by session layer.

いて議論しているが,その制御を実現するために,ア プリケーションとのインターラクションが必要である. 例えばSSEでは,SSEミドルウェアがアプリケーショ ンの開始・停止を制御し,更にサービス状態を取得す るためのインタフェースをアプリケーション側に設け る必要もある.このため,任意のアプリケーションに より生成されたセッションを移動できるわけではない という問題がある. セッションの移動をアプリケーションから隠ぺいし, セッションを維持したまま移動させる研究として,[18] がある(図3).ここでは,BSDソケットに類似の独

自のSession Layer(SL)ソケットとAPIが提案され

る.SLソケットは,従来のような互いのアドレスと ポートの四つ組によってではなく,独自IDにより識 別される.図は,BSDソケットは張り替えられている が,SLソケットは維持されるため,相手端末のアプリ ケーションは張替えを意識する必要はないことを示し ている.セッションモビリティ実現のためには,厳密 な意味で,セッションの両端のアプリケーションがア ソシエーションを保てなければならない.例えば,セッ ションが移動した後で,移動前に参加していた端末が, そのセッションのデータを参照可能であってはならな い.このようなアソシエーションを,Key-insulated 公開鍵暗号を用いて実現している. セッション層での隠ぺいというアプローチは,概念 としては優れた方法である.しかし,実際のセッショ ン,例えばBSDソケットでは,前述のようにIPア ドレスを含む四つ組でソケットを識別しており,層に またがった情報を使っている.多くのアプリケーショ ンは,これを前提として実装されているため,新しい APIを使って,すべてのアプリケーションを作り直す ことは困難という問題があり,適用は限定されるかも しれない. そこで,従来のアプリケーションを利用可能なこと に重きを置くアプローチとして,プロキシ型がある. 文献[19]では,一つの端末に対応して一つのプロキ シを用意する.プロキシ群はオーバレイネットワーク を構成し,セッションモビリティは,このオーバレイ ネットワーク内のパスの切換により実現される.セッ ションモビリティ制御は,プロキシで隠ぺいされるた め,端末からは見えない.また,プロキシは,セッショ ン内の通信を観測することで,アプリケーションの状 態を推定し,移動先端末へのセッション移動を可能と する. プロキシ型はまた,セッションのデータそのものを 中継するため,リアルタイムマルチメディアサービス の移動といった高速制御が求められる場合にも対応が しやすい.文献[20]は,端末がローカルな範囲で,よ り良い端末を発見すると,自らがプロキシとなって, その端末にセッションを中継する方式を提案している. 更に,セッションのプロアクティブな確立,つまり,切 断前に移動先のセッションを張ることにより,リアル タイムマルチメディアに耐える良好な切換性能を達成 している. プロキシ型は既存のアプリケーションの利用が容 易な た め ,こ の ほ か に も 多 く の 研究 が な さ れ て い る[21], [22].プロキシ型の問題点は,対象とするセッ ションのデータ形式やプロトコルを,プロキシがあら かじめ知っている必要があるということである.例え ば,ストリーミングサービスを移動させるには,RTP などのビデオパケットを解釈し,適切な個所でセッショ ンを切り換える必要がある. セッションモビリティの実現方式は,対象とするセッ ション/アプリケーションに大きく依存する.リアル タイムメディアを途切れることなく移動させるのか, 任意のアプリケーションを対象とするのか等の要求条 件を明確にする必要がある.また,制御サーバ/プロ キシの配備方法,端末の能力なども実現品質に関係す る.個々の要求条件に従ってより良い方法を選定する ことが必要である.

4.

シームレス通信サービスプラットフォー

ムと今後の展望

ここまで概観してきた個々の要素技術を組み合わせ ていかに総合的なサービスとして提供するか,そのた めのプラットフォームの構築法について考察する.ま

(7)

図 4 シームレス通信サービスプラットフォーム Fig. 4 Platform for seamless communication services.

ず,シームレス通信サービスが有効となるいくつかの シーンとユーザメリットを例として挙げる. 出先で複雑なWeb検索を行いたくなった場合, インターネットカフェでキーボード付きパソコンを用 いて検索を行い,見つかったいくつかのページを携帯 電話へと移動する.[ユーザインタフェースの代替] 公共の場に置かれたディスプレイに表示された 広告のうちいくつかを携帯にコピーしてあとから見る. [コンテンツの容易な取得] 帰宅途中でストリーミングを見て,途中で状態 をサスペンドし,続きを家のテレビで見る.[サービ スの中断/移動/再開] 家の中で,1階のテレビ,携帯電話,2階のテレ ビと瞬断なく放送を見続けて移動する.[瞬時のサー ビス移動] 以上のようなサービスが実現されるためには,エン ド端末を含めたネットワーク全体を見たとき,表1に 掲げた機能が適切に連携できるように提供されている 必要がある.図4に示すシームレス通信サービスプ ラットフォームは,その一つの構成例であり,端末や コンテンツをネットワーク内で一元的に管理し,サー ビスを制御する.このようなプラットフォームは,典 型的にはキャリヤの提供するネットワークインフラの 一部として構築される.本アーキテクチャの利点は, 様々な管理が一元的になされており,以下に示すよう な各管理機能の連携動作が容易に行えることである. 以下,これらのネットワーク内に置かれた機能群と端 末上のミドルウェアについて,その役割を説明する. サービス制御系(Service control):SIP制御サー バ(SIP controller)が,ネットワーク集中管理型と して,次のような機能を提供する. ユーザモビリティ実現のため,ユーザと端末の 1-to-n,m-to-1のマッピング プロファイルモビリティ実現のため,プロファ イルのアップデートや端末への配付 セッションモビリティ実現のため,セッション 移動の制御 サービス状態DB(Service state DB)は,サービス 状態(セッション)の管理を行い,これに基づきセッ ション移動制御が実行される. コンテンツ管理系(Contents management):プロ キシ(Proxy)とコンテンツアダプタ(Contents

Adap-tor)は,コンテンツを直接制御する.プロキシは,ロ ケーションプライバシーの保護のためにも機能する. コンテンツアダプタは,異なる能力の端末へサービ スを移動した場合にメディア変換などを行う機能で あり,これはコンテンツプロバイダ側で提供される 場合もあり得る.コンテンツディレクトリ(Contents Directory)は,コンテンツを一元管理するためのDB である. エンドホスト管理系(End-host management):位 置管理DB(Location management DB)は,ユーザ と端末の位置を管理し,例えばある場所に置かれた端 末の一覧を形成する.端末管理DB(Terminal man-agement DB)は,管理下にある端末の能力を把握し ており,これに基づき,あるサービスが実行可能かを 判断できる.ユーザDB(User DB)は,各ユーザの プリファレンスに加えて,端末利用の契約状況なども 保持する.

端末ミドルウェア(Terminal middleware):SIP制 御サーバの指示に従い,サービス状態の処理をすると ともに,ローカル通信によってサービスを移動する場

(8)

合のプロキシとしても動作する. 最もベーシックなケースとして,携帯電話Mで受 けていたサービスを近くの固定端末Fに動かす場合の システム動作を例として述べる. (1) ユーザの移動を位置管理サーバが知り,SIP 制御サーバに通知する. (2) SIP制御サーバは,端末管理DBを用いて周 辺の端末を調べ,その中から適切な端末Fを決定す る.この際,ユーザが端末Fを利用可能かについて認 証する. (3) SIP制御サーバは,端末Mで現在実行中の サービス状態を送信するよう要求する. (4) 端末M上のミドルウェアが当該情報を返す. (5) SIP制御サーバは,このサービス状態情報を 端末Fに送信する.サービス状態には,必要に応じ て,プロファイル情報を含める. (6) 端末Fは当該情報を用いて,プロファイルの セットアップとサービスの実行を開始する. (7) SIP制御サーバは,端末Mにサービス停止 要求を発行する. ここで,ステップ(5)において,様々な処理が考 えられる.例えば,キャッシュ付きのプロキシが分散 的に配備されている場合には,最寄りのプロキシを 端末Fに指示することで,CDN(Contents Delivery Network)のような配信高速化の効果が期待できる. また,FとMとで端末能力が異なる場合は,コンテン ツアダプタを経由するようFに指示することで,サー ビスの端末への適応化が実現できる.更に,ユーザ DBに格納されたユーザのプリファレンスを用いて, コンテンツを選択することもできる. 以上のような様々な技術を総合して初めて,シーム レス通信サービスプラットフォームが完成する.端末 モビリティ制御,パーソナルモビリティ制御について は,本論文で示したように適応領域の違いはあるもの の,多くのソリューションが提案されている.一方, 次のような点については,今後の研究が望まれる. ユーザ移動管理・端末管理については,いわゆるコ ンテクストアウェアネス研究と深い関連がある.例え ば,公共の場では音声でなくテロップで情報を提示す ることを実現しようとした場合,適切な端末やサービ スの提供形態を判断するために,屋内・屋外の測位技 術やその他センサ等を用いて,ユーザとその周囲の状 況を理解する技術が必要となる. コンテンツ系技術については,例えば,セッション 移動において,どのタイミングでコンテンツを切り換 えるとユーザの認知的な負荷が少ないかといった基盤 的技術の積上げも必要である[23].更に,本論文では 通信サービスをWebやストリーミングといった限定 した形でとらえたが,目的地への到着をガイドしてほ しいといった高いレベルのサービス要求をシームレス に達成するには,状況に合わせて適切なサービスを発 見/合成する技術が求められる. 最後に,プラットフォームサービス全般における課 題であるが,このようなネットワーク全体にわたる大 規模なシステムをどのように立ち上げていくかという 点は問題である.導入方法についての工夫が求められ るところである.これはまた,どういった形でサービ スに課金していくかというビジネス上の問題とも関連 し,シームレス通信の提供によるビジネスモデルの確 立が求められる.

5.

む す び

本論文では,通信サービスを主として,そのシーム レス性について議論した.シームレス通信サービスの 要求条件について詳細に分析し,特にパーソナルモビ リティについて,ユーザモビリティ,プロファイルモ ビリティ,セッションモビリティの三つの要求条件を 示した.また,それぞれについて,技術課題と既存提 案について概観し,適用上の課題を述べた.最後に, シームレス通信サービスを実現するプラットフォーム のアーキテクチャの一形態について提案した.本文で も述べたように,本プラットフォーム全体をより高い レベルで実現するには,ユーザや環境の状況に応じて よりきめ細かく対応するためのコンテクストアウェア やパーソナライゼーション等の技術が求められる.そ ういったユーザ指向,実世界指向の技術とシームレス 化技術を合わせて発展させることで,ユーザにとって 優しく,障壁の少ないユビキタスネットワーキング社 会が実現されるものと考える. 文 献

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(10)

Wolfgang Kellerer

He is heading the Ubiquitous Ser-vices Platform group of NTT Do-CoMo’s European Research Laborato-ries in Munich, Germany. His research interests include mobile service plat-forms, peer-to-peer, sensor networks and cross-layer design. He received his Dipl.-Ing. (MSc) and Dr.-Ing. degree from Technische Universit¨at M¨unchen (TUM), Munich, Germany, in 1995 and 2002, respectively. In 2001 he was a visiting researcher in the Information Systems Lab at Stanford University. He is a member of IEEE ComSoc and ACM.

倉掛 正治 (正員)

昭 58 東大・工・計数卒,昭 60 同大大学 院修士課程了.同年日本電信電話(株)入 社.平 2 より 1 年間,米国南カリフォルニ ア大学に客員研究員として滞在.平 12 よ り 2 年間,米国 DoCoMo USA Labs に勤 務.文字認識,コンピュータビジョン,ユ ビキタスコンピューティング,モバイルサービス環境の研究に従 事.現在 NTT ドコモネットワーク研究所主幹研究員.IEEE,

図 2 は, Alice との通信を,端末 Bob@mobile から端 末 Bob@fixed へと移動させる手順である. 3rd Party Call では,移動元端末 Bob@mobile が SIP のコント ローラになって SDP ( Session Description Protocol ) による記述を受け渡すことでセッション移動を制御す る.この端末は,サービスが終るまでコントローラと してセッションに参加することになる. Call Transfer では,通信相手 Alice がコントロ
図 3 セッション層によるセッション移動 Fig. 3 Session transfer by session layer.
図 4 シームレス通信サービスプラットフォーム Fig. 4 Platform for seamless communication services.

参照

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