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認知的評価理論に基づく個別のネガティブ感情のリスク・テイキングに及ぼす影響について 利用統計を見る

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認知的評価理論に基づく個別のネガティブ感情のリ

スク・テイキングに及ぼす影響について

著者

佐藤 重隆, 戸梶 亜紀彦

著者別名

SATO Shigetaka, TOKAJI Akihiko

雑誌名

東洋大学大学院紀要

50

ページ

33-54

発行年

2014-03-15

(2)

認知的評価理論に基づく個別のネガティブ感情の

リスク・テイキングに及ぼす影響について

社会学研究科社会心理学専攻博士後期課程 3 年

佐藤 重隆

社会学部社会心理学科教授

戸梶亜紀彦

キーワード:感情、意思決定、認知的評価理論

要旨

 リスク認知とリスク・テイキングにおいて感情が及ぼす影響の研究をレビューし、そこで 得られた知見から、これまで考えられていたプロセスに関する新たなモデルを構成した。感 情がリスク認知や意思決定に及ぼす影響はポジティブ感情 / ネガティブ感情が及ぼす影響に ついて研究されていた。そしてこれらの研究から、ネガティブ感情の効果は個別の感情によっ て異なる可能性が示された。Lerner & Keltner(2000; 2001)は、この不一致性について、 認知傾向フレームワークを用いて説明を試みた。Lerner らのモデルは感情の認知的評価理 論に基づくもので、個別のネガティブ感情の認知的評価における違いがリスク認知や意思決 定に及ぼす影響を変えると考えられた。彼らのモデルはリスクに関する認知と意思決定にお ける感情の影響を説明するが、その影響のプロセスを仮定しなかった。そこで我々は、感情 の認知的評価が認知に及ぼす影響を仮定する認知的評価プロセスモデルを提案する。加えて、 このモデルの実証的検討についての方法論的問題について、これまでに行われた感情がリス ク認知と意思決定及ぼす影響の研究に基づいて議論する。

1. はじめに

 感情状態が認知的側面に及ぼす影響に関して、Bower(1981)がポジティブ感情 / ネガティ ブ感情喚起時にそれぞれに対応した事象の記憶が再生されやすいことを示した研究以降、 様々な検討が行われた。このような感情が認知的側面に及ぼす影響に関する研究では、感情

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状態がポジティブかネガティブかという感情価(valence)に基づいて分類されていた。こ の分類に基づく研究では、ポジティブ感情はポジティブな内容の記憶の再生促進や対象の評 価をポジティブにする一方で、ネガティブ感情はネガティブな内容の記憶の再生促進や対象 の評価をネガティブにするという知見が得られている。これらの効果は気分一致効果として 知られている。  その後、特にポジティブ感情 / ネガティブ感情が評価対象への印象を誘導された感情の方 向に評価するという効果は、リスクに関する認知や意思決定への影響でも指摘されるように なった。ところが、感情価による分類に基づいて行われた研究の中でも、特にネガティブ感 情状態におけるリスク認知やリスクに関する意思決定への影響に関する研究結果は一貫しな い傾向にあった。そのため、研究の視点は感情価による二分法に基づくものではなく、感情 の内容に着目されるようになり、個別のネガティブ感情(例えば、怒り / 不安 / 悲しみ)に よる影響に関する研究が行われるようになった。このような個別のネガティブ感情の研究か ら、Lerner & Keltner(2000; 2001) は 評 価 傾 向 フ レ ー ム ワ ー ク(Appraisal Tendency Framework)を提案し、感情の認知的評価理論に基づいて、個別のネガティブ感情による リスク認知やリスク・テイキングへの影響について説明を試みた。このモデルは個別の感情 による認知的評価の違いが思考や意思決定に異なった影響を及ぼすというモデルである。本 論文では、この感情の認知的評価理論に基づいた、個別のネガティブ感情がリスク認知やリ スク・テイキングに及ぼす影響に関する研究を概観する。  本論文の目的は、これまでに行われたリスク認知や意思決定に感情が及ぼす影響の研究と そこで示されたモデルの問題点を指摘し、それを改善した新たな認知的プロセスモデルを提 示することである。これまで行われた感情の認知評価理論に基づく研究は個別のネガティブ 感情間の相対的な比較(例えば、怒りと不安)が中心だった。一方で、感情の認知的評価次 元が情報処理に与える影響について、どのようなプロセスを通してリスク認知や意思決定に 影響するのかについての議論は少なかった。また、これらの研究の基本となっている評価傾 向フレームワークは感情ごとの認知的評価による思考や意思決定への影響を説明するモデル であるため、具体的なプロセスを提示したモデルとはなっていない。感情価の違いが認知的 情報処理に及ぼす影響に関する研究では、すでに多くの知見の蓄積から、感情が認知に及ぼ す影響に関するいくつかの具体的なプロセスモデルが提示されている。個別のネガティブ感 情がリスク認知や意思決定に及ぼす影響について具体的なプロセスをモデルとして示すこと は、リスクに関する感情が及ぼす影響に関する知見の統合を可能にし、さらに他の認知的側 面へ拡張することが可能になると考えられる。  本論文は以下の内容で構成される。2 節では、ポジティブ感情 / ネガティブ感情がリスク 認知や意思決定に及ぼす影響について、感情を情報として用いる立場と感情の動機づけに及 ぼす影響に基づく立場で行われた研究を概観する。3 節では、ネガティブ感情がリスク認知

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と意思決定に与える影響が一貫しないことについて、感情の認知的評価理論に基づいて検討 を行った Lerner & Keltner(2000; 2001)の研究とその結果から提示された評価傾向フレー ムワークについて説明し、この考えに基づいて行われた研究を概観する。4 節では、評価傾 向フレームワークの問題点を指摘し、それを改善したモデルとして認知的評価プロセスモデ ルを提案し、さらにこれまでの実証研究における問題点を再度示した上で、今後のモデルの 実証に向けた方法論的側面での検討を行う。  本論文における感情に関する用語について説明する。まず感情に関する用語については、 北村・木村(2006)に基づき、ムード(mood)は「比較的持続的で、認知の背景にあるよ うな弱い感情」、情動(emotion)は「感情の原因や対象が明確である一時的な強い感情」、 感情(affect)は気分と情動を包括するものとする。本論文においては基本的に感情という 用語を用いていく。また、リスクの定義として「望ましくない事象の起こる確率(吉川 , 2010)」と定義し、望ましくない事象の生じる確率がある状況において利得を追求すること をリスク・テイキング、望ましくない事象の生じる確率がある状況において利得よりも損失 の回避を行うことをリスク回避とする。

2. ポジティブ感情 / ネガティブ感情のリスク認知に及ぼす影響に関する研究

2.1. 感情情報機能説に基づく感情のリスク認知に及ぼす影響に関する研究

 Bower(1981)や Forgas & Bower(1987)で示されたポジティブ感情とネガティブ感情 が記憶に及ぼす影響のように、ポジティブ感情はポジティブな事象と、ネガティブ感情はネ ガティブな事象と関連していると考えられてきた。例えば、対象の評価に及ぼす影響は操作 された感情状態と一致する方向に変化することが示されている(例えば、Isen, Shalker, Clark, & Karp, 1978; Schwarz & Clore, 1983)。

 Schwarz(1990)は、自己の感情状態を参照することが判断の基盤となるという、感情情 報機能説を示した。この考えに基づけば、ポジティブ感情状態はポジティブな予測を導き、 ポジティブな出来事が起こる確率を高く、ネガティブなことが起こる確率を低く見積もり、 リスクを低くみなす傾向を示すと考えられる。一方で、ネガティブ感情状態はネガティブな 予測を導き、ポジティブな出来事が起こる確率を低く、ネガティブな出来事が起こる確率を 高く見積もり、リスクを高くみなす傾向を示すと考えられる。

 この考えから、Johnson & Tversky(1983)は実験参加者に読ませる新聞記事の内容によ りポジティブ感情 / ネガティブ感情を喚起させ、その後に致命的なリスク(例えば、航空機 事故や胃がん)や致命的ではないリスク(例えば、竜巻や洪水)、生活上の問題(例えば、 破産やアルコール中毒)の被害に遭遇する確率について回答させた。その結果、ポジティブ 感情状態よりネガティブ感情状態のほうがこれらのリスクに対する高い遭遇確率を回答し

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た。また、Wright & Bower(1992)は、実験参加者に幸せな / 悲しい記憶を想起させるこ とでそれぞれポジティブ感情 / ネガティブ感情状態に誘導した後、ポジティブな出来事(例 えば、今後 3 年以内にヨーロッパで休暇を過ごせる)もしくはネガティブな出来事(例えば、 1 年以内に財布を無くす)が起きる主観的確率の推定に及ぼす影響を検討した。その結果、 ポジティブ感情状態ではポジティブな出来事、ネガティブ感情状態ではネガティブな出来事 が起こることに対する主観的確率が高く回答されることを示した。同様の結果は、実験操作 の行われなかった研究でも得られている。例えば、Mayer, Gaschke, Braverman, & Evans (1992)は、質問紙で測定されたポジティブ感情について、ポジティブ感情と楽観性の得点 との間に正の相関があり、ポジティブな出来事の起こる確率の推定とは正の相関がある一方 で、ネガティブな出来事の起こる確率の推定とは負の相関があることを明らかにした。  このような感情価と一致したリスク認知は感情ヒューリスティック(Finucane, Alhakami, Slovic, & Johnson, 2000)や“risk as feeling”(Loewenstein, Weber, Hsee, & Welch, 2001) としても検討され、ポジティブ感情と関連するもの(例えば、自転車やスケートボード)の リスクは低いとみなされ、ネガティブ感情と関連するもの(例えば、病気や原子力発電所) はリスクが高いとみなされることが示されている。このように、リスク認知は感情と一致す る方向で変化するという傾向が明らかになっている。

2.2. 動機づけモデルに基づく感情のリスク・テイキングに及ぼす影響に関する研究

 感情状態がリスク認知に及ぼす影響から、ポジティブ感情はリスク・テイキングを導き、 ネガティブ感情はリスク回避を導く事が予測される。しかし、実際に行われたリスク・テイ キングに関する研究において、このような結果が得られないことが明らかになっている。 Isen & Patrick(1983)はキャンディのプレゼントでポジティブ感情を導出した条件と、コ ントロール条件とを比較し、くじ引きにおける選択を用いてリスク・テイキングに及ぼす影 響を検討した。その結果、ポジティブ感情に誘導された参加者は、プレゼントの無かったコ ントロール条件の参加者に比べて、リスクの高いくじの選択を避ける傾向を示した。この結 果から Isen らは、人はポジティブ感情状態にある時、損失の発生により感情状態がネガティ ブにならないようにリスクを避けるように動機づけられていると考えた。  このような感情状態と動機づけの関連は、感情の動機づけモデルとして提示されている(例 えば、Isen, 1987; Wegener & Petty, 1994; Wegener, Petty, & Smith, 1995)。このモデルでは、 ポジティブ感情またはネガティブ感情における周囲の状況に対する認知との関連(Frijda, 1998)から、ポジティブ感情は状況が安全であるという認知から状況の維持を動機づけ、リ スクを回避することを導くとされる。一方、ネガティブ感情は状況に問題があるという認知 から状況の改善・回避を動機づけるとされる。このため、ネガティブ感情では利得を得るた めにリスク志向の傾向を示すことが考えられる。このような感情の動機づけモデルの考えに

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基づく研究は、ポジティブ感情とネガティブ感情のリスク・テイキングに及ぼす影響が感情 情報機能説に基づく予測とは異なることを明らかにした。以下では、この動機づけモデルに 基づいて行われた研究について概説する。

2.2.1. ポジティブ感情のリスク・テイキングに及ぼす影響に関する研究

 ポジティブ感情がリスク・テイキングに及ぼす影響については、コントロール条件との比 較を中心に行われてきた。Isen & Geva(1987)はキャンディのプレゼントで感情状態を操 作し、実験の参加報酬を賭けるルーレットを行わせた。その結果、コントロール条件と比較 して、ポジティブ感情条件では当たる確率が大きく、外れる確率が小さいときにのみリスク 志向傾向が認められた。Arkes, Herren, & Isen(1988)では同様の感情操作の後、当選確 率と当選金額が決まっているくじの購入金額および、損害の生じる確率と補償される金額が 決まっている保険の掛け金を決める課題を参加者に行わせた。その結果、ポジティブ感情状 態ではくじ引きの購入金額は下がり、保険の掛け金は上がった。このことから、彼らはポジ ティブ感情状態がリスクを回避する傾向を持つと結論づけた。Isen, Nygren, & Ashby(1988) も同様の感情誘導の後、確率を 50%に固定して主観的効用がマイナスもしくはプラスにな るギャンブル課題を行わせることで、実験参加者のギャンブルに対する効用を評価させた。 その結果、ポジティブ感情に誘導された場合、主観的効用がマイナスのギャンブルにおける 評価がコントロール条件より低くなった。この結果は、ポジティブ感情状態は主観的効用の 低いギャンブルを避けることを示している。さらに、Nygren, Isen, Taylor, & Dulin(1996) は、参加報酬を賭けた 3 つの結果(勝ち / 負け / 損得なし)のあるギャンブルにおける選択 とギャンブルが成功する可能性を推定させた。このギャンブルは期待値がゼロに設定され、 勝つ確率が低 / 中 / 高の 3 種類が設定されていた。ランダム化された順序で提示されたギャ ンブル課題に対して、ポジティブ感情に誘導された条件では損失を避ける選択を行う一方、 気分一致効果のように成功可能性の推定についてはコントロール条件よりも高く見積もるこ とを示した。  また、フレーミングを用いたギャンブル課題において、選択を行う前に快・不快・ニュー トラルの画像を提示した場合、不快とニュートラルの画像ではフレーミングの効果のように 損失フレームでリスクを取る選択が増える傾向を示したが、快画像を提示された場合ではフ レーミングの効果はなく、リスクを回避する選択を行う傾向が示されている(Cassotti, Habib, Poirel, Aïte, Houdé, & Moutier, 2012)。

 加えて、集団状況での調査で期待値が固定されたくじの購入金額と感情尺度の得点を比較 した結果、ポジティブ感情とくじの購入金額に負の相関が見られ、共分散分析の結果からも ポジティブ感情の高い方がくじの購入金額を低くする傾向が示されている(佐藤・北村 , 2012)。

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 以上の知見から、リスクを伴う選択において、ポジティブ感情はリスクを回避し潜在的な 損失を避けるように影響することが明らかになっている。 2.2.2. ネガティブ感情のリスク・テイキングに及ぼす影響  ネガティブ感情 / ポジティブ感情はコントロール条件との比較から、ネガティブ感情が現 状の改善を動機づけることでリスク・テイキングを促進する可能性について検討されている。 Mano(1992)はプレゼンテーション課題の有無によってネガティブ感情と覚醒度を操作し、 その後に当たる確率が決まっているくじの購入金額を決定する課題を行わせた。その結果、 プレゼンテーションを行ってネガティブな感情が喚起した時にくじの購入金額が高くなるこ とを示した。Nygren(1998)は、ポジティブ / ネガティブな文章を読み感情状態を操作す るヴェルテン法(Velten, 1968)による感情操作を行った後で、ギャンブル課題の実施の有 無について選択を行った。この研究で用いられたギャンブル課題はギャンブルをするかしな いかを選択するもので、ギャンブルの内容には損失リスクが低いものと高いものがあった。 実験の結果、リスクの低いギャンブルではポジティブ感情条件の方がギャンブルを行う選択 が多かったのに対して、リスクの高い時ではネガティブ感情条件の方がよりギャンブルを行 う選択が多くなることが示された。Mittal & Ross(1999)はポジティブ / ネガティブな記 憶の再生やテスト結果の良い結果 / 悪い結果のフィードバックによる感情操作を行った後、 投資した広告プランが成功する確率と得られる利得の量が決まっている広告プランへの投資 金額を決定する課題を行わせた。その結果、ネガティブ感情条件がポジティブ感情条件より 高い金額を投資すると回答した。Chuang & Lin(2007)は、ポジティブもしくはネガティ ブ な 記 憶 の 再 生 で 感 情 状 態 を 操 作 し た 後、Personal Risk Inventory(Hockey, Maule, Clough, & Bdzola, 2000)を用いて、複数のリスクのある状況におけるリスクの高い選択肢 と低い選択肢でどちらを多く選択するかどうかに感情が及ぼす影響を検討した。その結果、 特に感情への解放性(openness-to-feelings)が高い人においてポジティブ感情の方がネガティ ブ感情よりも安全な選択が増えることが示された。

 加えて、ポジティブ感情と同様にネガティブ感情においてもフレーミング効果に及ぼす影 響が検討されている。Keller, Lipkus, & Rimer(2003)は幸せなもしくは悲しいライフイベ ントについての記憶の再生により感情操作を行った後、利得 / 損失にフレーム化された説得 メッセージに及ぼす影響の違いを検討した。その結果、ポジティブ感情条件では損失フレー ム、ネガティブ感情条件では利得フレームで説得メッセージの影響が強くなることが示され た。  これらの知見から、ネガティブ感情はリスクのある選択において、状況を改善するよう動 機づけられることで、利得を求めるリスク志向傾向を示すことが明らかになった。

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2.2.3. 個別のネガティブ感情がリスク・テイキングに及ぼす影響

 前述したように、ネガティブ感情状態がリスク・テイキングを促進することを示す知見が ある一方で、いくつかの研究では必ずしもすべてのネガティブ感情状態がリスク・テイキン グを導くわけではないことを明らかにしている。以下に示す知見では、同じネガティブな感 情価を持つ感情でもその種類によってリスク・テイキングに及ぼす影響が異なることが示さ れている。例えば、Leith & Baumeister(1996)は、3 分間の運動の後に感情状態を測定し、 快・不快・ニュートラルに分けて、その後のハイリスク・ハイリターンもしくはローリスク・ ローリターンのくじ引きでどちらを選ぶかを検討した。その結果、不快に分類された参加者 はハイリスク・ハイリターンのくじを選ぶことを示した。一方で、歌を歌わせて恥ずかしさ を喚起した時や怒っている人の映像を見せてその内容を後に再生させることで怒り感情を喚 起した時には、ニュートラルやポジティブ感情の条件よりもハイリスク・ハイリターンのく じを選択した。しかしその一方で、映像提示により誘導された悲しみ感情を喚起した際のハ イリスク・ハイリターンの選択ではニュートラル条件と同程度となることも示された。また、 Raghunathan & Pham(1999)はエピソードを読むことで不安 / 悲しみを喚起した時、ニュー トラル条件と比較して、悲しみ感情を喚起した時にハイリスク・ハイリターンのくじや、高 報酬だが危険性の高い仕事を選択しやすくなることを示す一方で、不安感情を喚起した時に はこのような選択は行われない傾向がみられた。さらに、Hockey ら(2000)は、Personal Risk Inventory(Hockey et al., 2000)における複数のリスクのある状況におけるリスクの 高い選択肢を選んだ回数と不安 / 抑うつ / 疲労を 2 週間測定した平均との関連について検討 し、疲労と Personal Risk Inventory のリスキーな選択に関連があり、疲労がリスキーな選 択を促進することを明らかにした。

 これらの研究が示すように、ネガティブ感情状態がリスク・テイキングに及ぼす影響は一 定ではなく、怒り / 悲しみ / 不安といった感情の種類によって異なる可能性がある。では、 このような個別のネガティブ感情がリスク認知や意思決定に及ぼす影響の様相が異なる原因 は何であろうか。Lerner & Keltner(2000; 2001)は、個別のネガティブ感情状態間におけ る結果の不一致を説明するため、感情の認知的評価理論に基づく評価傾向フレームワークを 提唱している。次節では、評価傾向フレームワークとこの考えに基づき行われた研究を概観 する。

3. 感情の認知的評価理論と評価傾向フレームワーク

3.1. 感情の認知的評価理論

 感情の認知的評価理論とは出来事の「認知的評価」により経験する感情が決まるという考 え方である(Smith & Ellsworth, 1985; 1987; Ellsworth & Smith, 1988)。Smith & Ellsworth

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(1985)では、評価次元として、「状況の状態(pleasantness)/ 予期された努力(anticipated effort)/ 注意活性(attentional activity)/ 確実性(certain)/ 自己もしくは他者の責任と コ ン ト ロ ー ル(self/other-responsibility/control)/ 状 況 の コ ン ト ロ ー ル(situational control)」が挙げられ、それぞれの評価次元における評価の程度が異なれば喚起される感情 も異なるとされている。例えば、怒りは「不快、高い予期された努力、確実性、他者のコン トロール」、悲しみは「不快、相対的に低い予期された努力、不確実性、状況のコントロール」、 恐怖は「不快、高い努力、高い不確実性、状況のコントロール」、といったように、感情価 の分類ではネガティブ感情と捉えられる感情でも、種類によって認知的評価の様相が異なる ことがわかる。Lerner & Keltner(2000; 2001)は、この感情の認知的評価理論に基づき、 個別のネガティブ感情がリスク認知やリスク志向性に及ぼす影響を検討した。

3.2. 感情の認知的評価理論に基づく個別の感情の影響

3.2.1.Lerner と Keltner の研究

 Lerner & Keltner(2000)は Smith & Ellsworth(1985)の評価次元に基づき、確実性と コントロールの認知的評価が異なる「恐怖(確実性・コントロールともに低)」と「怒り(確 実性・コントロールともに高)」がリスク認知に及ぼす影響を比較した。彼らは質問紙で参 加者の恐怖感情と怒り感情を測定し、Johnson & Tversky(1983)で用いられたリスク認知 の質問紙に回答させ、それぞれの感情とリスク認知に及ぼす影響を検討した。その結果、恐 怖感情はより悲観的なリスク認知を導くことが示されたが、怒り感情はより楽観的なリスク 認知を導くことが示された。

 Lerner & Keltner(2001)は Lerner & Keltner(2000)と同じように恐怖と怒りを測定 した後、アジア病気課題(Tversky & Kahneman, 1981)の利得 / 損失フレームでの選択肢 の選好との関連を分析した。この課題は、600 人が死ぬことが予想されている病気について、 「200 人が確実に助かる計画か、1/3 の確率で 600 人が全員助かる計画」を提示されてどちら かを選ぶ場合(利得フレーム)と「400 人が死ぬ計画か、2/3 の確率で全員死ぬ計画」を提 示されてどちらかを選ぶ場合(損失フレーム)において、どちらも期待値が等しいにも関わ らず、前者では 200 人が助かるリスク回避タイプの計画が選ばれる一方で、後者では 2/3 の 確率で全員が死ぬリスク志向タイプの計画が選ばれやすくなるというものである。Lerner らは、この課題で示される選択肢のどちらが好ましいかを評価させることで怒り感情と恐怖 感情でリスクを伴う判断における選好の違いを検討した。その結果、怒り感情が高まるとリ スク志向の選択肢が好まれる一方で、恐怖感情が高まるとリスク回避の選択肢が好まれるこ とが示された。また、彼らはネガティブな出来事の起こる可能性が曖昧なときに、恐怖感情 では出来事の起こる可能性が高くなり悲観的な評価になる一方で、怒り感情ではネガティブ

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な出来事の起こる可能性を低く楽観的な評価を行う傾向を示した。記憶の再生による感情誘 導で生じた恐怖感情と怒り感情においても、怒り感情を生じさせた条件のほうが楽観性の尺 度得点(Weinstain, 1980)が高くなることが示された。  このように、確実性とコントロールという 2 つの認知的評価が異なる怒りと恐怖という 2 つのネガティブ感情は、リスク認知や意思決定において異なる影響のあることが示された。 恐怖感情は、確実性の低さとコントロールが難しいという評価からリスク回避傾向や悲観的 なリスク認知を示した。一方、怒り感情は確実性の高さやコントロールが可能であるという 評価からリスク志向傾向や楽観的なリスク認知を示した。このような感情の種類よって様相 の異なる認知的評価がリスク認知や意思決定に及ぼす影響を説明するモデルとして、彼らは 評価傾向フレームワークを提案した。 3.2.2 評価傾向フレームワーク

 Lerner & Keltner(2000; 2001)の評価傾向フレームワークは、「出来事への反応として 生じた感情の評価次元と認知的側面に及ぼす影響が一致する時に、将来の出来事に関する認 知を一致した方向に促進させる」という考えである。例えば、怒り感情の場合、確実性と個 人のコントロールに対する評価が高いことから、将来の事象が安定していてコントロール可 能であると考える。一方、恐怖感情は、確実性が低くコントロールが難しいと評価している ことから、将来の事象が不安定でコントロールできないと考える。このような評価次元の認 知的側面に及ぼす影響の違いが情報処理や意思決定における個別のネガティブ感情の影響を 異なるものにするとされる。

 Han, Lerner, & Keltner(2007)は、この評価傾向フレームワークの実証的研究における 5 つの原則を示している。それらは、「1. 実験的に操作可能なことと意思決定者が無関係な 感情の影響を『望まないもの』とみなしている(Wilson & Brekke, 1994)ことから、偶発 的感情の影響に注目する。」、「2. 感情の評価パターンに基づく『認知的評価次元』とそれぞ れの感情が持つ特徴である『核となる評価テーマ(Lazarus, 1991)』のセットで影響が予測 される。」、「3. 感情は思考の内容と思考の深さに影響する。」、「4. 個別の感情が認知的側面に 及ぼす影響の範囲は、感情の評価次元と評価に関連した領域に限られる。」、「5. 感情の影響 は感情が引き出された状況が解決するか、認知プロセスを自覚しながら行うと消失する。」 というものである(図 1)。それぞれの原則は、彼らが行なってきた研究から導かれたもの や感情の認知的側面に及ぼす影響に関する研究から導かれたものである。この評価傾向フ レームワークと実証的研究に関する原則に従って以後の実証的研究が進められ、個別のネガ ティブ感情によるリスク認知やリスク・テイキングの成され方の相違は認知的評価の違いに よることが示唆された。

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3.3. 個別のネガティブ感情がリスク認知とリスク・テイキングに及ぼす影響

 Lerner & Keltner(2000; 2001)以降、個別のネガティブ感情がリスク認知や意思決定に 及ぼす影響に関する研究が行われるようになった。主な研究は方法論的に、質問紙を用いて 感情状態や特性を測定するものと実験的操作を用いて感情状態を誘導したものに分けられ る。以下の節では、それぞれの方法を用いて行われた研究について概観する。

3.3.1. 質問紙測定を用いた感情のリスク認知と意思決定に及ぼす影響に関する研究

 個別の感情がリスク認知に及ぼす影響について、Maner & Gerend(2007)は測定された 恐怖感情がネガティブな出来事の頻度を高く認知することを示した。また、Fischhoff, Gonzales, Lerner, & Small(2012)ではテロの起こる確率の評定について、測定された恐怖 感情は、怒り感情と比較して、テロの起こる確率を高く見積もることを示した。

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 加えて、リスクのある意思決定に個別の感情が及ぼす影響について、Gambetti & Giusberti(2012)は特性感情として測定された怒り感情と不安感情において、架空の投資 シナリオにおける選択と投資金額に及ぼす影響を比較した。その結果、怒り感情はリスク志 向傾向と投資金額を増やす傾向を促進する一方で、不安感情はリスク回避傾向と投資金額を 減らす傾向を促進した。特性不安が意思決定に及ぼす影響として、Giorgetta, Grecucci, Zuanon, Perini, Balestieri, Bonini, Sanfey, & Brambilla(2012)は、不安障害患者およびパニッ ク障害患者(不安条件)と健常者において、安全を取るかリスクを取るかの選択を行うギャ ンブル課題を用いて両者を比較した。その結果、不安条件の人のほうが健常者よりもリスク のある選択を行わなくなることを明らかにした。特性不安がリスク回避傾向を導く知見は Maner ら(Maner & Schmidt, 2006 ; Maner, Richey, Cromer, Mallott, Lejuez, Joiner, & Schmidt, 2007)や Mitte(2007)によっても示されている。  以上より、特性感情や測定された個別のネガティブ感情がリスク・テイキングに及ぼす影 響は感情の種類によって異なり、同じネガティブ感情でも怒り感情のようにリスク志向傾向 を示す場合と不安 / 恐怖感情のようにリスク回避志向を示す場合のあることが明らかになっ た。 3.3.2. 実験的操作を用いた感情がリスク認知と意思決定に及ぼす影響に関する研究  この節では、個別の感情がリスク認知と意思決定に及ぼす影響について、実験的手続きを 用いて感情状態を誘導して行われた研究を概説する。感情誘導の方法として、記憶の再生や 映像提示による実験が行われているが、概ね質問紙を用いた研究と同様の結果を得ている。 実験的な感情誘導の方法として、記憶の想起を用いた研究がいくつか挙げられる。この方法 を用いて、リスク認知に対して個別の感情が及ぼす影響について検討されている。例えば、 Lench & Levine(2005)は過去の記憶の再生により怒り / 恐怖 / 幸福感を誘導し、ニュー トラル条件との比較を行った。彼らはネガティブな出来事が起こる可能性に対する楽観性に 対して、感情が及ぼす影響を検討した。その結果、恐怖感情が最も楽観性が低く、怒りと他 の感情条件はほぼ同じであった。また、Tsai & Young(2010)でも同様の操作を用いて怒 り感情と恐怖感情が直前に行った架空の人事雇用に関する意思決定ついて、その決定に含ま れるリスクの高さに及ぼす影響を検討している。その結果、リスクの高さに関する評定は、 怒り条件よりも恐怖条件の方が高く、悲観的になることがわかった。

 個別の感情が意思決定に及ぼす影響について、Rydell, Mackie, Maitner, Claypool, Ryan, & Smith(2008)は記憶の再生により生起された怒り感情と恐怖感情の比較をリスクのある 意思決定課題を用いて行っている。彼らは Lerner & Keltner(2001)と同じように、アジ ア病気課題(Tversky & Kahneman, 1981)におけるリスキーな選択肢に対する選好の程度 について比較を行った。その結果、怒り感情のほうが恐怖感情よりもリスキーな選択を好む

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ことを示した。また、Kugler, Connolly, & Ordóñez(2010)では恐怖感情と怒り感情が選択 に及ぼす影響について検討し、自分で選択できる状況では怒り感情がリスク志向性を示すが、 恐怖感情はリスク回避傾向を示した。Fessler, Pillsworth, & Flamson(2004)では怒りと嫌 悪がギャンブル課題の選択に及ぼす影響について比較し、男性は怒りが生じるとリスク志向 傾向を示すが、女性は嫌悪が生じるとリスク回避傾向を示すことを明らかにした。さらに、 他の実験的操作として映像による感情誘導法を用いた研究が挙げられる。Bollon & Bagneux(2013)は悲しみと嫌悪感におけるアイオワギャンブル課題(Bechara, Damasio, Damasio, & Anderson, 1994)での選択に及ぼす影響を検討し、悲しみ条件の特に確実性の 評価が低い参加者でリスクの高い不利益な選択の数が増えることを示した。

 リスクに関する認知的バイアスにネガティブ感情が及ぼす影響について、Lerner, Li, & Weber(2013)は悲しみ / 嫌悪 / ニュートラルを比較し、悲しみ感情は後に得られる大きな 利得より今得られる小さい利得の方を選択するという遅延割引のバイアスを促進し、目先の 利得を求める傾向があることを示した。また、Lerner, Small, & Loewenstein(2004)は授 かり効果(Kahneman, Knetsch, & Thaler, 1991)における嫌悪感情と悲しみ感情が及ぼす 影響を比較した。授かり効果とは、ある商品に対して値段を付けるとき、自分の物を売ると きに付ける値段のほうが同じ商品を自分が買いたいと感じる値段よりも高くなるというバイ アスである。このバイアスの課題において、嫌悪感情を喚起すると効果が消失する一方、悲 しみ感情を喚起したときは効果が逆転し、自分の物を売る金額よりも同じものを手に入れる 金額のほうが高くなることを示した。Cryder, Lerner, Gross, & Dahl(2008)でも悲しみを 導出された人で特に自己注目度の高い人は、商品の購入金額がより高くなることを示した。  以上より、測定された特性感情だけではなく、実験的操作により誘導された感情によって も、個別のネガティブ感情においてリスク志向を示す場合とリスク回避を示す場合のあるこ とが示されている。

4. 認知的評価プロセスモデルと今後の研究の展開

4.1. 認知的評価プロセスモデルの提案  ここまでに示した知見の通り、ネガティブ感情の質的な違いがリスク認知やリスクのある 意思決定に及ぼす影響について多くの検討が行われ、その結果からネガティブ感情の種類に よって結果にかなりの違いがあることが示された。例えば、リスク認知において、怒り感情 はリスクに対する楽観性を示す一方で、不安感情は悲観的なリスク認知を行うことが示され た。また、利得が関連する意思決定において、怒り感情や悲しみ感情は利得とリスクの大き い選択を行う一方で、不安感情や恐怖感情は利得とリスクの小さい選択を行うことが明らか になった。

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 評価傾向フレームワークは、個別のネガティブ感情がリスク認知や意思決定に及ぼす影響 を説明するものの、その詳細な影響過程について言及した研究は見当たらない。そこで、先 行研究の結果に基づき、個別の感情がリスク認知や意思決定に及ぼす影響についてより詳細 な影響プロセスを仮定したモデルを構成し、その検討を進める必要があると考え、独自の認 知的評価プロセスモデルを考案した。  認知的評価プロセスモデル(図2)は、評価傾向フレームワークを基本として認知的情報 処理プロセスに及ぼす影響を考慮したモデルである。そして、このモデルはこれまでの知見 を総合し、喚起した感情の種類によって異なる認知的評価とその後の認知的情報処理と行動 に及ぼす影響のプロセスを仮定する。  認知的評価プロセスモデルでは、感情の喚起に関わる認知的評価次元と評価テーマの認知 的情報処理プロセスに及ぼす影響を以下のように考える。まず、評価テーマには損害に関連 するテーマと脅威に関連するテーマが存在し、それぞれのテーマは状況に対して、それを回 避もしくは接近する方向に動機づける。認知的評価は状況への評価から単に認知的プロセス に影響するだけではなく、評価次元ごとで異なる認知的側面に影響を及ぼす。例えば、確実 性は予測可能性の認知に影響し、確実性が高く評価されると将来の出来事の生じる可能性を 予測可能であると考える、確実性が低く評価されると将来の出来事の起こる可能性を予測不 可能であると考える。また、コントロールは状況への接近 / 回避の側面に影響する。コント ロールの評価として、コントロールが可能であるという評価は状況に接近する傾向を示す一 方で、コントロールができないと評価される場合は回避的な傾向を示すと考えられる。この ように生じた感情に関する評価テーマと認知的評価に基づき、リスクを伴う選択についてリ スク志向動機もしくはリスク回避動機が生じ、それぞれリスク・テイキングもしくはリスク 回避の選択が行われる。評価次元が及ぼす影響の程度は課題によって異なり、特にリスク認 知については予測可能性に関連する確実性の認知的評価の影響が強くなる可能性がある。一 方、利得や損失に関わる選択の側面にはコントロールの認知的評価も含んで影響することが 考えられる。  評価傾向フレームワークと比較して、認知的評価プロセスモデルは人間の認知プロセスと 意思決定のプロセスに認知的評価次元が及ぼす影響が評価次元の内容で異なるものと考え る。つまり、評価傾向フレームワークは評価次元と評価テーマを総体として認知や意思決定 とそのプロセスに影響すると考えるが、認知的評価プロセスモデルではそれぞれの認知的評 価次元において影響する認知的側面が異なると考えている。例えば、確実性の評価は出来事 の予測可能性と関連し、コントロールの次元は状況がコントロール可能か不可能かという認 知的側面に関連していると考える。このような評価次元とその影響の範囲を設定することで、 個別のネガティブ感情がリスク認知やリスク・テイキングに及ぼす影響をよりよく予測でき るモデルになると考えられる。

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4.2. 認知的評価プロセスモデルの検証に関する方法論的問題

 認知的評価プロセスモデルは、現在までの知見を基に構成されたモデルである。しかし、 このモデルが感情による認知的側面に及ぼす影響を正確に予測しているかどうかを確認する ためには、実証的検討が必要である。そこで、このモデルについての実証的検討について、 基礎となる個別のネガティブ感情がリスク認知と意思決定に及ぼす影響に関する研究の方法 論的問題について議論する。問題は大きく分けて 2 つあり、1 つは課題とそれを行う状況に ついての問題で、もう 1 つは感情の問題である。 4.2.1. リスク認知および意思決定の「課題」と実施状況に関する問題  課題における問題は、感情の動機づけモデルの検討の段階からすでに指摘されている。 Isen & Patrick(1983)では、実施する課題の内容が「実際の選択」か「仮定の選択」かが 選択に大きく影響することを指摘している。彼らは Slovic(1969)を引用し、仮定のギャン ブル課題の方が実際に金銭を賭けるギャンブル課題よりもリスクある選択を行いやすくなる ことを指摘している。実際に、Isen & Patrick(1983)では、参加謝礼を賭けたギャンブル ではリスクのある選択を避ける傾向が見られたが、架空の職業選択で同様の効果が得られな かった。このことから、課題の内容は効果を検討する上で重要なことがわかる。

 認知的評価プロセスモデルの基礎となる知見では、様々な課題が用いられている。例えば、 評価傾向フレームワークの基となった Lerner & Keltner(2000)では、Johnson & Tversky

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(1983)のリスク認知評価のリストが用いられており、感情がリスク認知に及ぼす影響に関 するその他の研究でも同様のリストを用いたり、ポジティブ / ネガティブな出来事の起こる 可能性について推測を行う課題などによって検討が行われている。  リスク・テイキングに感情が及ぼす影響に関する研究でも、様々な課題が用いられている。 例えば、ギャンブル課題においては、参加報酬を賭けるものが多く、カードやくじ引きを行っ たり、当たる確率と報酬をコンピュータの画面に提示して賭けを行わせるものなどが挙げら れる。従属変数は、賭け金の量やリスクとリターンの量を操作したくじについてどのくじを 選択したか、といった形で測定される。実際に参加報酬を賭けないもので、架空のリスクの ある課題では、架空のギャンブル課題、投資の選択や投資金額の設定、仕事の選択、保険の 掛け金などを挙げることができる。また、意思決定課題として、認知的バイアスに感情が及 ぼす影響に関する検討として、遅延バイアスや授かり効果に関する課題が用いられており、 様々な手法を用いた検討が行われている。  このように多様な方法が用いられることから、課題が及ぼす影響として、課題の内容が実 験参加者のリスク・テイキングに影響することが考えられる。架空のギャンブル課題や意思 決定についてはリスク志向を示しやすいことが指摘されている。また、実際のギャンブル課 題は実際のリスク・テイキングに近い行動指標となる。モデルの実証的検討のためにどのよ うな課題を用いるかについては、測定する概念との関連や測定しやすさ、実験参加者が理解 しやすい形で提示できるものにしなければならないと考えられる。  加えて、課題を行う状況も感情の効果を変化させることがわかっている。気分入力説 (Martin & Stoner, 1996; Martin, Ward, Achee, & Wyer, 1993)によれば、感情の認知に及 ぼす影響は状況依存的であり、感情喚起の原因を除く状況要因の影響を受ける可能性がある。 Martin らは、課題を実行する際の目標に関する教示が感情の影響を変えてしまうことを指 摘している。同様の効果は、個別の感情がリスク・テイキングに影響を及ぼす場合について も指摘できる。例えば、Kashdan, Collins, & Elhai(2006)は、社交不安尺度(Mattick & Clarke, 1998)を使って高社交不安者と低社交不安者を比較し、高い利益を認知した時には 高不安者でもリスクの高い行動への意図を示すことを明らかにした。また、Bagneux, Bollon, & Dantzer(2012)は、映像提示により生じた怒り、恐怖、幸福感を比較し、サイ コロを使ったギャンブルでの安全な選択の量において、怒り感情条件は幸福感や恐怖感情に 誘導された条件よりもリスクの少ない選択を行うことを示した。  これらの知見から、課題や提示される目標などを含めた選択を行う状況を精査することは、 個別のネガティブ感情に及ぼす影響を検討する上で重要であることが示唆される。Han ら (Han et al, 2007)が示す評価傾向フレームワークにおける実証的研究の原則にもあるよう に、生じた感情の評価次元が関連する課題に影響が限られることから、従属変数となる課題 の内容とそれを行う状況を精査することは今後の実証的検討において重要となろう。

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4.2.2. 感情の問題  実証的検討を行うにあたり、感情の取り扱いは重要な問題である。まず方法論的な問題と して、感情状態を測定して検討するか実験的な操作を用いて検討するかを考えなければなら ない。また、課題と関連する形で生じた感情か、課題と関連が無い形で生じた感情かを考慮 することも注意すべき点である。  評価傾向フレームワークの原則(Han et al., 2007)において、実証的検討の対象となる感 情は課題とは関連のない偶発的感情であることが示されている。しかし、評価テーマは感情 が生じる状況や喚起原因にも関連する可能性がある。また、喚起された感情の原因が、その 後の行動面に影響を及ぼすことは田中(2004)により指摘されている。このことから、対象 を偶発的感情として考えるならば、課題とは関連の無い方法での感情の喚起を行うことが望 ましいであろう。

5. まとめ

 本論文は、リスク認知や意思決定における感情の影響について、これまでの研究を概観し て新たなモデルを提案し、さらに実証における方法論的問題を検討した。感情価に基づくリ スク認知や意思決定に関する研究では、ポジティブ感情 / ネガティブ感情の状態に一致する 方向でリスク認知や意思決定に及ぼす影響が見られたものの、特にネガティブ感情が及ぼす 影響について結果が一貫しなかった。このような感情の影響と認知的側面に及ぼす影響の不 一致について、感情価のように一次元的に感情を捉えるのではなく、「怒り」や「悲しみ」 といった個別のネガティブ感情として捉えることでそれぞれの影響を検討できる可能性が示 された。

 Lerner & Keltner(2000; 2001)は感情の認知的評価理論に基づき、感情の生起する際の 評価次元と評価テーマがその後のリスク認知と意思決定に影響するという評価傾向フレーム ワークを提案した。このモデルは、感情状態の評価次元と評価テーマがリスク認知や意思決 定に及ぼす影響を説明するものの、詳細なプロセスについては未検討の部分が多かった。そ こで、これまでの知見から予想される感情がリスク認知と意思決定に及ぼす影響に関する認 知的評価プロセスモデルを新たに提案した。  このモデルは、評価次元と評価テーマの認知的情報処理に及ぼす影響のプロセスを推定し たモデルである。評価テーマは生じた感情から新たな状況に対する対応の方向性を決定し、 評価次元はそれぞれの評価内容の状態から認知的側面に影響する。このため、個別のネガティ ブ感情が及ぼすリスク認知や意思決定に及ぼす影響は感情の種類によって異なる形で現れる ことが考えられる。  さらに本論文では、認知的評価プロセスモデルの検証を行うため、これまでに行われてき

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た実証研究の方法論的問題について、測定対象となる課題とそれを行う状況に関する問題、 および感情状態に関する問題を指摘した。今後は、認知的評価プロセスモデルで仮定されて いる情報処理と意思決定への影響について実証的に検討し、その結果を吟味することによっ てモデルの修正を行っていく必要があろう。

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