本邦肺結核死亡率に幽する一考察儲湘報告)
一一一セ治32年戦艦性年齢別特別死亡率及び訂正死亡峯に就て一
東京女子馨學専門學校衛生學教室ぐ主任.吉岡心入教授)
秋 田 喜 美
ア串 タ 十 ミ
郷同報告よ喚に鱗を遡って・鱒βに野薄魔關する統計資料の最i!fとも鴨べ糊治
32年度の本邦肺結核死亡を,前震と同様な見地から研究を試みた。
資料並びに硯究方法
人口資料としては内閣統計局:明治31年日本画國入口統計本籍入口,結核死亡實敷は内務省衛
生局:自明治32年大正2年結核死亡統計表第2編を使用し,前同同様膿性年齢別特別死亡率及び
訂正死亡率を道府縣別に算出した。尚,各死亡率の算出方法並びに親察方法は前同と全く同檬であ
る。たN“こNに問題となるのは今同の入口資料が死亡商事と同一年度でないことではあるが,算出
せる死亡率のありのまSを観察し槍討した。術,今回も前同同様本籍人口を使用したので,從來の
それとは多少趣を異にしてみるのではあるが,短呼の「人口補正鮎漁「に櫨つ七現佳人口に近からし
むるには,年度に10年ものひらきが存するので,今同はこれも考慮にいれないで研究をすxめた。
研究の結語
前軍報告とほとんど同じ所見がみとめられたが,これについて概括すれば次の通りである。
工 肺結櫨特別死亡率
艦性年齢別特別死亡率曲線を道府縣別にみるに,前同と同じく男子はほとんど所謂「都會型」を
しめし,女子は所謂「地方型」が非常に多い◎前面向様,今同においても男子のほとんどが所謂
「都會型」をしめしてみることは注目すべきである。と塀っけ北海道,秋田,山形,輻島,栃木,群
馬,紳奈規,大阪,奈良,鳥取,佐賀,長崎,熊本,宮崎及び鹿児島の諸道府縣は現代の敏米諸國
の如く,青年期に比し老年期の山が著しく高い曲線をしめしてみる。沖綴縣は前記諸縣の極端なる
型をしめし,前同にのべた如く現今の壷藩と非常に似通った曲線をしめしてみる○
男子青年及び老年死亡牽よb「都愈化係船」をもとめて親察するに,道府縣ことごとく40以上で
都會型である。前同より一般匠「都會化係激」は大で,とりわけ100以上をしめす府縣は前同に比
していちじるしく多く,老年死亡の占める割合が大であったことを意味してみる。「型」三婆みるに
「地方型」は杢くみとめられす,「中間型」は茨城,輻井,長野,岐阜,晶晶及び宮崎の6縣,他の
40道府縣といふ魔倒的多歎は「都會型」,沖縄縣は「異型」である。、
以上の結果を寸寸のそれと比較するに,「都會化野雲緯」40を痘とせる道府縣激は,年度を遡るに
從ひ40以下は漸滅し,40以上は増加し,明治32年にいたると道府縣すべてが40以上で,現代
の農村諸王にみるやうな高率の育年死亡率をしめす縣はほとんどみとめられない。しかも前述の「都
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倉化晶晶」の所見からも,當時の男子肺結核死亡の年齢分布において,青年の占める割合は前圃よ
り一滴小さく,高傘の青年死亡…率をしめす縣は前同より…そうみとめられない。「型」別の結果に
ついての年代的推移をみるに,年度を遡るに從ひ「地方型」は減少し,明治、32年においては「地
方型」は全く沿失して「軌間型」「都議型」及び「異型」の3型となり,そのほとんどが「都河魚」
である。「都會型」は年度を遡るに從って整然と増加をしめし,40府縣の簾倒的多撒である。「中
闇型」は前同よりさらに1縣の減少をしめしてみる。これによってみれば,昭和年代は「地方型」,
大正末期から牟ばは「中間型」,大正初期から明治にかけては「都會型」をもって代表されるといふ
も過言ではなからう。
術,當時も八病と同檬,批年期の汕が著明にみとめられるが,露盤に比し顯著ではない。
女子が所謂「地方型」をしめすのは,前同同様大都市をふくむ府縣並びに輕工業の盛んな地方の
諸病で,前同同様幼少年期より青肚年期にかけて男子を凌駕してみるり女子青年死亡率は前記と同
じく男子ま9高率であるが,前同に比し男女青年死亡率聞の差異は小い。その他の農村諸縣の女子
青年期の山は概して低く,男子と同様老年期の山とほとんど同程度の曲線をしめしてみる。沖縄縣
の女子のみは男子と同檬年齢とともに急峻なる上昇をしめしてみる。
當時の青年死亡率を再槍討するに,當時の青年死亡率の最高は,男女性とも3府で,と.りわけ東
京府は墜倒的高率をしめし,最低は男女性とも農村諸縣である。さらに青年死亡の頂黙をみると,
男女性とも近年にはあまりみられない25∼29歳聞といふ批年の年齢階級に頂窯のある府縣が柏當
みとめられる。
皿 肺結核訂正死亡率
1)粗死亡率との比較
道府縣別訂正死亡率を,それぞれ粗死亡率と比較するに,全道府縣が現今の大都市をふくむ7府
縣と同檬,粗死亡率より低率の訂正死亡率をしめしてみる。
かくの如き爾死亡率間の關係を年代的に凱察するに,昭和10年より大正9年にかけては同じ欺
態であるが,大正9年と大正2年の間で一塗し,それよ)1年度を遡るに從ひ粗死亡率より低率の訂
正死亡率をしめす愚論が著しく増加し,明治32年に、ハたると全道面長が粗死亡率より低率の.訂正
死亡率をしめしてみる。このやうに爾死亡語間の差異が年代的の塗遷をしめすのは,いふまでもな
くその當時の道府縣別死亡率と入口構成によるものである。
2)全國及び道府縣別訂正死亡率の観察
訂正死亡率自身について観察するに,全國としては人ロー一夕に封して12.37で,從來の報告に比
較すると最も低率である。道府縣中の最高は前同と同様3府で,就中東京府な他縣よ夢野1倒的高率
で人ロー萬に面して33.16である。最低は秋田5.60,宮崎6.29及び鳥取の6.94諸縣である。:概し
て高率を止めすのは前同と同じ地:方の諸縣である。北海道と沖縄縣は内地諸縣よb比較的高率をし
めし,大都市をふくむ府縣につy“く高率である。農村諸縣は前記と同様概して低率で,近年とは甚
しV・懸i隔がある。
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