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イニシエーションとしての初潮儀礼

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全文

(1)

イニシエーションとしての初潮儀礼

著者

今村 薫

雑誌名

名古屋学院大学論集 人文・自然科学篇

37

2

ページ

43-61

発行年

2001-01-31

URL

http://doi.org/10.15012/00000832

Copyright (c) 2001 今村薫

(2)

名古屋学院大学論集 人文 。自然科 学篇 第37巻 第2号 (2001年 1月)

イニ シエー シ ョン としての初潮儀礼

I

は じ め に ミルチァ・エ リアーデが 1958年 に発行 され た著書『生 と再生』において,「近代人はもはや 伝統的な型のいかなる加入礼 も持 っていない」 と述べて久 しい。加入儀礼(イ ニシエーション) とは

,あ

る社会的 。宗教的地位 を変更 し

,別

の 集団への加入を認めるための一連の定式化 した 行為のことである。エ リアーデは同書の中で, 部族社会における成人式

,秘

密結社への加入儀 礼,シャーマ ンの加入儀礼などについて考察 し, それ らに共通 して「死 と再生」,「人格の根本的変 革」 という宗教の基本的構造が存在することを 見いだ した。加入儀礼がおこなわれるのは

,限

られたメンバーがある特定の集団に入る場合が 多い力ヽ 成人式だけは

,社

会の構成員すべてを 対象 として行われる。 成人式はまた,通過儀礼 としても分類 される。 通過儀礼 とは

,誕

,成

,結

,死

などの人 生の節目にともなう儀礼のことである。人は, それぞれの段階に応 した新 しい役割や身分 を獲 得 しなが ら成長 してい くものであ り

,社

会 は 人々の通過に際 して儀礼を用意 している。通過 儀礼は

,そ

の過渡期にある者に試練や課題 を与 えることもあるが

,む

しろ不連続な, ときには 危険をともなう移行を安全に成 し遂げるための 支 え とな る もの で あ る。ファン・ヘ ネップ (1909=1977)は

,さ

まざまな文化における通 過儀礼を比較

,分

析 し, これまでの位置か らの 「分離期」,中間の境界上にある「過渡期」,そ し て新 しい位置への「統合期」 という儀礼の過程 を明らかにした。 成人式をイニシエーションと捉えるか

,通

過 儀礼 と見なすかは

,1つ

は形式上の違いによる。 成人式をイニシエーションと捉えた場合

,儀

礼 を終えた若者が加入すべ き集団あるいは結社の ようなものの存在 を前提 としている。一方

,成

人式を通過儀礼 と見な した場合は

,儀

礼を通過 した若者は特定の集団を構成する必要がない。 したがって,イニシエーションとしての成人式 と

,通

過儀礼 としての成人式は理念的に区別す べ きであるという立場 もある(アレン

,1967=

1978)。 また,イニシエーションが秘儀的性格 を 持ち

,加

入者の心理的変容に焦点がおかれるの に対 し

,通

過儀礼は公開され

,参

加する若者た ちには社会的な役割が期待される場合が多い。 しか しなが ら,実際におこなわれる成人式には, 秘儀的要素 と

,祝

祭的

,公

共的な要素が交互 に 織 りまぜ られているものである。 この小論では,グイ/ガナ。ブ ッシュマン(1)の 初潮儀礼 をとりあは この儀礼の全過程 と構造 を明らかにする。彼 らはアフ リカ南部カラハ リ 砂漠にすむ狩猟採集民である。グイ/ガナの初潮 儀礼については

,少

女 を祝福 して女性たちが踊 るエラン ド・ ダンスが知 られてお り(Silber‐ baue■ 1963,田中

,1978),こ

れはオハ1朝儀ネLの 中の もっとも祝祭的で華やかな部分である。 し か し

,エ

ラン ド・ ダンスが踊 られている間 も少 女は薄暗い小屋の中に隔離 されてお り

,小

屋の 外の賑わいとは対称的である。 また

,初

潮儀礼

(3)

の全容は数年間という長期間に及ぶ試練 と自制 の連続なのである。 ところで,グイ/ガナは,かつて男性の成人儀 礼 もおこなっていた。男性の成人儀礼は

,20代

前後の若者を集め

,キ

ャンプ (居住地

)か

ら離 れたブ ッシュの中で

,厳

格な「女人禁制」でお こなわれた。約lヵ 月間の規律正 しい集団生活 をお くり

,年

長者に「ものを見 るための分別(菅 原,1996:51)」を教わったという。ただ し

,こ

の儀礼への参加は任意であ り加わらなかった若 者 も多数いた (今村,1998:67)。 成人儀礼は,1960年代に 1度 行われたのを最 後 に廃止 された。理 由はいろいろ挙 げ られ る が(2),筆者は男性の成人儀礼の舞台装置が単調 だったことが重要な原因であると考える。成人 儀礼力ヽ 年長者からの一方的な訓戒に終始 し, 秘儀性のみが強調 され

,初

潮儀礼のような祝祭 性や相互性 に欠けていたか らではないだろ う か。 また

,人

間 と自然 との豊かな相互作用の思 想を

,男

性の成人儀礼には反映 させ ることに失 敗 したのではないだろうか。現在は

,女

性 を対 象に したネか朝儀礼のみが実施 されている。 一般に初潮儀礼は成女式 ともいわれ

,成

人儀 礼の一種 とみなされる。男性の成人儀礼は

,一

定の年齢に達 した若者を集めて集団でおこなわ れ

,年

長者 たちがその儀礼 を執行す ることに よって

,若

者たちを正式に共同体のメンパーに 加入 させ るという機能をもつ。 しか し

,女

性 を対象 とした成女式はネが朝とい う個人の身体的変化 に合わせ て個別 に行われ る。 また

,男

性の成人式のような

,あ

る年齢階 梯の集団や秘密結社 といった加入先の集団が無 い場合が多い。 とくに父系が厳密な社会では, 女性は他の集団へ婚出するものであ り

,彼

女が 生 まれ育った共同体のメ ンパーにはな りえな い。これ らの こ とか ら

,エ

リアーデ (1958= 1971:94)は 成女式の特徴として,「第一に男の 成人式ほど広 くは分布 していない。第二に男の 成人式ほど発達 していない。第二に成女式は個 人的なものである」ことをオ副商した。 このように女性の成女式は社会的に周辺部に あるにもかかわらず

,多

くの伝統社会で少女が 初潮を迎える度に儀礼がおこなわれるのは

,初

潮 という「生理的成熟」の兆候が少女個人に突 然あらわれるからである。社会がこの生理的現 象に「社会的成熟」を合わせるかぎり

, 2つ

の 「成熟」のギャップを埋めるためには儀礼が必 要なのである。 社会的成熟

,す

なわち社会的心理的に大人に なることを

,彼

らはどのように考えているのだ ろうか。グイ/ガナの一連のネが朝儀礼に流れる主 題は「影響力」である。大人とは

,社

会的に他 人に影響力を及ぼすものであり

,ま

,人

間以 外のすべての存在物

,つ

まり自然に対 しても無 視 しえない力を行使する主体である。少女が自 然に与える影響力についてしばしば言及される のは「感応する」という概念である。儀礼中の 少女に「感応 して」

,雲

や風は怒気をはらみ

,動

物たちは敏感さを増 して凶暴になるという。そ して

,少

女のおこない次第では

,す

べての人々 に多大な災いが降 り懸かることにもなりうる。 それぞれの少女に課せ られた儀礼を通 して

,彼

女たちは「その社会と宇宙における責任 (エリ アーデ,1958=1971:95)」 を直接に知るのであ る。 グイ/ガナ語で「儀礼」にあたるツォー(tsoo) という単語は

,本

来「治療」や「薬」を表す言 葉である(3ゝ 私は

,別

稿 (今村

,1998)で

グイ/ ガナの儀礼全般について分析 した力ち 初潮儀礼 についても

,人

間関係を調整 したり, 自然を慰 撫するという「癒 し」を目的にしている。そし て

,そ

の癒 しの源泉力は

,少

女が自分の影響力

(4)

を自覚 し, 自身の感受性 を鋭敏にすることにあ る。この自己の感受性 を高め

,人

格の根本的変 革を促す という点で,グイ/ガナの初潮儀礼はき わめて宗教的であり,イ ニシエーションとして の条件 を備 えているといえよう。 本稿において

,筆

者は参与観察 と高齢の女性 か らの聞 き取 りをもとに

,あ

るべ き姿 としての

「正統」

なグイ

/ガ

ナの儀礼像を描き出すことに

努めた

(4ゝ

ポツワナ共和国カデ地区に住むグイ

/

ガナたちは,急速な近代化の波を受け,1980年

ごろよリデ ィーゼル・ エ ンジンの付いた井戸の 周辺 に定住 し

,食

糧配給 を受 けるようになった (田中,1986)。 狩猟採集 は堅実 におこなわれて い るが

,技

術的 に難 しい弓矢猟だけは完全 に廃 れて しまった。 また

,か

つての ように初潮 まえ の少女が婚約者 と暮 らしているとい うこともな い。 したがって

,以

下の章で述べ る,〈水場の治 療 〉く弓矢の治療〉く初潮儀礼 に組み込 まれた結婚 の治療〉は現在 はおこなわれていない。 また, 近年

,小

屋 に隔離 され る期間を短縮 した り, 2 回 目の儀礼 を省略 した りと儀礼が簡略化 され る 傾 向が ある。 しか し

,こ

れ らを除けば

,初

潮儀 礼 は一通 りの形式 を今 日もおお よそ踏襲 してい る。

II

初潮儀礼 の概 要

1

儀礼の期間 初潮を迎えると同時に少女は「ツィヤーハ」 (/kiyaha)の状態に入る。ツィヤーハとは

,動

詞ツィー(/kii)の完了形である。ツィーは月経 一般を指すのではなく

,儀

礼中の特殊な状態を 意味する。男性の成人儀礼においても

,儀

礼中 の男性はツィヤーハ と表現される(5)。 伝統的な 治療師の見習い期間にある人もまたツィヤーハ であるといわれる。ツィヤーハとは,「通常を超 イニ シエー シ ョンと しての初潮儀礼 えた能力を得 るための修練期間」のことであろ つ 。 少女はいつまで

,ツ

ィヤーハ という儀礼状態 を続けるのだろうか。儀礼の始 まりは明確だが, 儀礼を終える時期は決 まっていない。 また

,儀

礼を完了 したという明確な境界があるわけで も ない。少女は少な くとも3回 目の月経が終わる までは

,儀

礼用の帽子を被 り続けた り

,13種

類 の動物の呼び名を変えた りするなどの決 まり事 を守 らなければならない。 しか し

,そ

れ以上儀 礼の状態を続けるか否かは

,そ

の年の雨の状況 や少女の意志などの個別の事情によって異なる のである。少女がこれ らの行動規制を怠 ると, 少女 自身 とまわ りの人々に災厄が もたらされる と信 じられている。災難の最 も甚大なものは日 照 りである。 日照 りによって狩猟採集活動は壊 滅的なダメージを受けるので

,少

女は雨季が始 まり充分に雨が もたらされるまで自分の行動を 規制する。長い人では1年近 くも儀礼用の帽子 を被 り続けるという。帽子を脱いだあとも

,食

物回避や動物名を変えるという儀礼状態をさら に数年間続ける。

2隔

2-1

小屋に隔離する 採集に出ていた少女は,ネが朝が始 まったこと に気づ くとその場 に坐 りこむ。一緒 に採集 に 行っていた女たちが少女の変調に気づ き

,少

女 を横たえさせ る。女たちの中の年長者が,saasa (木本

,未

同定

)と

いう薬木 を噛んでから唾を 少女の足に吐 きかける。まず,少女の足の甲に, 次に足の裏に

,そ

れから経血の染み込んだ砂に 唾を吐 きかける。 さらにその砂は灌木の根元に 捨てる。これをおこなうことによって,「水の重 みで草が倒れるくらい雨が降る」「雨が降って食 べ物が育つ」「土地が貧弱にならない」と表現 さ

(5)

れるような雨と豊かな実 りがもたらされるとい つ 。 少女は,皮のロープ(6)を頭か らすっぽ り被っ てキャンプの近 くまでつく 。キャンプが近 くな ると女たちは少女 を取 り囲み

,男

から少女 を見 えないようにする。その輪の中で少女は年長の 女性 に背負われてキャンプ までたどり着 く。以 上の儀礼を く帰 らせ る〉 という。 キャンプに着 くと

,女

たちは他の小屋から少 し離れたところに手早 く少女 を隔離するための 小屋を建てる(7)。 小屋の入 り日は,キャンプの方 を向けず につ くる。イネ科 の草 コム

//kOam

(E4多

θsお π勿″ηsグ

s)の

穂先の柔 らかい部 分をつんで集め,小屋の中に敷 き詰める(8)。準備 がで きると

,女

たちは小屋の周 りで初潮儀礼の 歌 くエラン ド〉を歌って少女を小屋に入れる。 少女は穂 を敷 き詰めた所に横たわ り

,上

から皮 のロープをかけられる。 エラン ドはカラハ リ砂漠に生息する大型のレ イヨウである。脂肪が多 くまるまると大った動 物であるが

,敏

捷で跳躍力にす ぐれている。グ イ/ガナにとって,エラン ドは理想の女性像を表 象 している。ネが朝儀礼 とエランドの結びつきは 深 く

,初

潮儀礼で踊 られる歌 とダンスのことを くエラン ド〉 という。また

,初

回と2回 目の月 経 も雌雄のエラン ドでいい表 される (表1)。

2-2

隔離中の儀礼 小屋に隔離されている期間中は

,少

女は排泄 の ときを除いて小屋か ら外に出てはいけない。 とくに男性 には絶対 に姿 を見 られてはいけな い。男性 も少女カギ隅離 されている小屋に近づい てはいけない。少女は

,小

屋にいるときも頭か ら皮のロープを被って じっと横たわっていなけ ればならず,人に話 しかけることも許 されない。 初潮儀礼 を中心になって執 り仕切 るオバ(9)は , 少女のそばに付 き添って訓戒 を伝授する。それ には後述するように

,動

物の呼び名を変えるこ とや,儀ネL中に気 をつけなければならないこと, また,ものを人々と分け合 うことなどのグイ/ガ ナの社会で守 らねばならないことが含 まれる。 少女は儀礼全般 を通 じて慎み深 くしていなけれ ばならない。 少女が小屋 に隠ってか ら最初の食事の とき に

,オ

バは く食べさせ る〉という儀礼を少女に 施す。オバが少女の手のひらの拇指球に剃刀で 表

1

月経 の名称 1回 目の月経 2回目の 月経 1回 日と2回目の 月経 を合 わせ て qx'ao gyuu「オスのエランド」 //gae gyuu「メスのエランド」 gyuu/kii「エランドのツィー・」 qx'ao/k 「オスの (大きな

)ツ

ィー'」 //gae/kii「メスの (小さな

)ツ

ィー中」 3回目の 月経 4回目の 月経 5回 目以降の月経 //noe‐ ma ts'aoo「月をつ くる」

(月経一般の表現) /Pee ts'ene owa ha「 焚 き火の煙の中にいる」

!gari「 (小屋を

)葺

く」

ii‐ma ts'aoo「(小屋の

)木

をつ くる」

≠kena≠ noena「 (小屋に

)す

わっている」

//nua ts'ii//Poa‐ ma!gan「 キネを投げる」

≠qx'aro‐

ma//noo「

カロの木 杉後わ力餐 π

“πα″

)を

通 り過ぎる」

(6)

イニ シエー シ ョン と しての初潮儀礼 傷 をつけてか ら

,そ

の上 に く食べ る薬(1° )〉をの

,オ

バが少女の手首を掴んで彼女にその く食 べ る薬〉を傷 日から滲み出る血 とともに嘗めと らせ る。この儀礼を経て少女は食事を日にする ことができる。この後

,少

女は食事の度に

,料

理の半分を先にオバに分けなければならない。 これ らの行為 を怠ると

,少

女は下痢 と嘔吐が続 いて痩せ衰えるという。 隔離 されている間の少女は

,空

腹や

,尿

意, 便意などを自分か ら訴えてはいけない。オバに 尋ね られてからは じめて

,少

女は食事や排泄な どの欲求をはたすことがで きる。排泄は

,オ

バ に付 き添われて夜陰に紛れておこなう。儀礼中 の最初の排便時に

,オ

バが く排便させる〉をお こなう。グイ/ガナたちは排便後,小枝で肛門に ついた便 をとりのぞ く習慣 を持 ってお り,く排便 させ る〉において

,オ

バは saasaを 噛んだ唾を 吐 きかけた小枝で少女の尻 をされいに してや る。この儀礼を怠 ると

,少

女に関わるすべての 人々が

,排

便時に小枝で尻を傷つける災難に遭 うとされる。

2-3

過渡期の踊 り くエラン ド〉 初潮を迎えた少女 を祝福 して

,同

じキャンプ に住む女たちだけでな く

,他

のキャンプの女た ちも少女の小屋 を訪れる。女たちが集まると, くエラン ド(H)〉を踊る。この踊 りは,動物のエラ ン ドを真似 て

,上

体 を前 に倒 して小刻みのス テップを踏み

,身

体 を上下に揺するというもの である。女たちは皮のロープや腰蒔 きを脱 ぎ, 皮の前掛けだけをまとった姿になる。そ して, 大 きなお尻を突 き出 し

,尻

と乳房を左右 に揺 ら して誇示 しなが ら踊る。集まった女の半数は歌 い手にまわ り

,立

ったまま手をたたき

,甲

高い 声で くエラン ド〉をうたう。踊 り手は踊 りなが ら一列 になって小屋の周 りをまわ り

,数

回 ま わ った ところで先頭の女が手 を振 りかざ して小 屋の入 り口に一歩足 を踏 み入れ る。 これをきっ かけに

,歌

声 とダンスはぴた りを終 わ る。続 い て女たちの笑い声や「うまくいった」 という賞 賛の声がわき起 こる。女たちは

,小

体止をはさ みなが ら何回 も心ゆ くまで くエラン ド〉を踊る が,必ず 日中には踊 り終わらなければならない。 くエラン ド〉に合わせて野生動物が凶暴 になる と信 じられてお り

,夜

間はとくに危険性が増す か らである。 小屋の中では

,少

女が横たわ り

,数

人のオバ たちが少女に付 き添 っている。くエラン ド〉に合 わせてオパの1人がノミの刃で斧の刃を打ちつ け,「カーン

,カ

ーン」と高い金属音を出す。こ の金属音を少女の耳元に美 しく響かせ ると

,少

女は人々のいうことに心から従 うようになると いう。 この踊 りには

,男

性は近づいてはいけないこ とになっている。 しか し

,例

外的に1人ない し 2人の老齢の男性が踊 りに加わることがある。 老人は

, 2本

のエラン ドの角に似せた枝を頭に つけて女たちの踊 りに加わる。これは

, 1頭

の オスのまわ りに複数のメスが戯れているエラン ドの群の様子を描写 した ものである。 くエラン ド〉を踊っている間は

,少

女 と同 じ キャンプ に住む男 たちは決 して大型動物の狩 り(12)には行かない。ブッシュの動物は初潮儀 礼中の少女に「感応」 し

,こ

のことによって獲 物は狩人をいち早 く発見 し

,怒

り狂い

,狩

人に 攻撃 して くるという。少女が小屋に隠っている ときに男たちが狩猟に行けは 彼 らはは狩 りに 成功 しないばか りか

,命

を落 とす とまで信 じら れている。

2-4

く(垢を

)こ

す って (小屋 か ら

)出

す〉 やがて少女の出血 も止 まり

,オ

バ たちは少女

(7)

を小屋か ら出す 日取 りを決める。オバは

,少

女 の経血が止 まっていることを確かめるだけでな く

,脇

の臭いをかいで少女の体調 も観察する。 小屋から出す 日は満月のころが望 ましいので, 月齢 を見計 らって く(垢を)こすって(小屋から) 出す〉儀礼 をおこなう日を決定する。彼 らは月 によって日数を数えている(表2)。 少女力判ヽ屋 に隔離される期間は

,平

均 して2週間 くらいに なる。 満月の 日の朝 に,くこすって出す〉が遂行され る。オバが

//nan 02″

郷 ″πα″循

)と

いう 野生メロンの種子を粉にしたものを

,少

女の身 体 に塗 り付けて垢 と一緒にこす り落 とす(13)。 れか ら

,少

女に入れ墨を入れる。オバは

,少

女 の眉間

,胸,両

肩先

,両

,背

,腰,へ

その 両側

,両

膝に剃刀で小さな傷 をつけ

,そ

の傷 口 に植物の根 を焼 き焦が してつ くった く薬〉をい れる。この く薬〉は黒色だが

,傷

口に入れて時 間が経つ と美 しい青色に変化する。傷 口には, オバが日に合んだ く食べ る薬〉を吹 きかける。 これは少女の身体 と心を大 らせて

,成

長させ る ためであるとされる。 身体に傷 をつけ入れ墨 をいれることは

,次

節 で述べるように本来少女のいいなずけの男性 と 2人でおこなうものであ り

,互

いの血を混ぜ合 うことによってこのまま結婚の儀礼へ進行する 性質の ものである。少女が1人でこの儀礼を受 ける場合は

,少

女の健康 と成長を祈願すること が目的になる。 入れ墨 をいれた後

,少

女のイ トコ(“)た ちが 少女の髪を刈った り編み込んだ り, ときには顔 に化粧を施 して

,少

女 を美 しく見せ る。仕上げ に少女の首に首飾 りをかけ

,さ

らにスティーン ポックの皮で作った儀礼用の帽子(15)を被 らせ る。この帽子は少女の父やオジ

,い

いなずけが 作ったものである。「雲が彼女の頭を見 ると,雨 を降 らさずに通 り過 ぎて しまう」 といわれ

,少

女はこの 日から数力月間

,雨

が降るまで帽子を 被 り続けなければならない。 儀礼用の帽子を被った少女は

,

ようや く小屋 から出る。少女は長期間

,薄

暗い小屋に居たの で

,外

の光で目が くらむ。オバカt lk'ao(S′″α‐ g/θstt ψ。

)と

い うイネ科 の草で少女の 目を 覆ったまま少女 を小屋の入 り口に立たせ る。そ れか ら

,オ

バがその草を真中で折って外の明る い世界を少女に見せ る。これを く額 を開 く〉 と いう。この行為は

,年

長者によって目が開か才

L

知恵を授かるという意味がある。少女は

,そ

の 日は再び小屋に入って休む。 翌 日,〈訪間させ る〉をおこなう。少女は同性 のイ トコたちに付 き添われて

,最

初小屋か ら3 方向に歩 く。この 日のために集 まってきた女た ちの間を通って

,頼

りなげにゆらゆら歩 く。次 に

,最

も近い小屋か ら順に人々を訪ねる。訪間 表

2

月齢の数え方 月齢 グイ語による月の表現 0 3∼4 15 16 17 22前後 28 月 月 月 日 新 三 満 「月が寝返 りをうつ」 「新 しい月」「月が横たわっている」 「月と太陽はイ トコどうしだ」「月と太陽はからかい合 う」 「月と太陽は同 じ小屋に住む」(朝方に月を観ていう) 「月が若い女の小屋の中を建々と照 らす」 朝方見える月の総称を,Pane‐siという 「月が入った」「月が死んだ」 [下 弦]

(8)

イニ シエー シ ョンと しての初潮儀 礼 されると

,そ

れぞれの小屋では少女に食物を与 える。3日 日か ら

,少

女は1人で外出すること がで きるようになる。

3

「いいなずけ」との結婚

グイ

/ガ

ナの少女は

,初

潮前の子どものころか

ら「いいなずけ」力゛

決まっていることが普通で

ぁった

(16)。

ぃぃなずけから肉や皮製品の贈り物

だけを受け取っている少女 もいたが

,両

親の キャンプ を出ていいなずけ と同居す る場合 も あった。初潮前の少女 との性行為は「無益無害」 とされるので

,い

かに寝食をともにしていて も 結婚 しているとはみなされない。やがて少女が ネか朝を迎え

,初

潮儀礼に組み込まれた結婚のた めの儀礼を執行することによって

,少

女 といい なずけは正式に結婚 したことになる。 初潮儀礼は原則的に男子禁制で, しか もオバ などの限 られた女性だけが直接少女に接するこ とがで きるのだが

,例

外的に

,い

いなずけの男 性は初潮儀礼中の少女の小屋に招 き入れ られ以 下のことをおこなう。 少女が初潮を迎えて小屋に隔離 されると

,オ

バはいいなずけを呼びつけ「火を私たちにくれ」 という。すると彼は火おこし棒 を持 って少女の 小屋に入る。少女は起 きあがって

,皮

のローブ を頭か ら被ってうつむいたまま

,い

いなずけと 背中合わせに坐 る。彼は「この女 を取 ること(結 婚すること

)が

できたらなあ」 といいなが ら, 火おこし棒 を錐 もみ状に受け本にこす り合わせ る。火が点いたら

,い

いなずけは火おこし棒 と 受け木の

2本

を少女の枕元に刺 し立てて帰 る。 この2本の棒は

,少

女力Ⅵヽ屋に隔離 されている 間ずっと立ててお く。 その後

,い

いなずけは朝 になるとオバから呼 び出され 少女 と一緒に身体のく垢 を混ぜ合い〉, お互いに薬本 を混ぜた野生の豆の粉を く食べ さ せ合 う〉 ということを毎 日繰 り返す。 約2週間が経ちいよいよ少女 を くこすって出 す〉 日が来 ると

,い

いなずけは少女 と再び垢を こす り合って混ぜ合い, さらに

,互

いの血を混 ぜ合 うという儀礼をおこなう。オバが男女の額, 胸

,背

,腰

,両

,両

膝を剃刀で傷つけ

,傷

日か ら滲み出る血液を混ぜ合わせ る。これは, 結婚の儀礼であ り,く血 を混ぜ合 う〉 といわれ る(17)。 垢 を混ぜ合 う〉ことで互いのことが好 き にな り,く血を混ぜ合 う〉ことで愛 し合 うように なる。とくに胸の血を混ぜ合 うことは,く心を混 ぜ合 う〉 といわれ 互いのことを深 く欲するよ うになるといわれる。 初潮を経て

,少

女は一人前の大人の女性 と見 なされ

,彼

女の夫 との結婚生活は

,実

質的に意 味 を持つ もの と社会的に承認 され るようにな る。

4

日常生活を送 りながらおこなう儀礼

4-1

く弓の治療〉 ネ朔朝を迎えた少女力判ヽ屋に隔離 されている期 間中は,男性は弓矢猟に行かない。「ネが朝儀礼中 の少女は

,動

物 を凶暴にさせ る」からである。 とくに女性たちが集 まって くエラン ド〉を踊る と

,ブ

ッシュの中にいる動物たちは「儀礼中の 少女 に感応 して

,怒

り狂 う」 とされる。そのた め

,少

女力判ヽ屋に隔離 されている間

,同

じキャ ンプに住む男たちは猟に行かずに矢尻 と矢軸を 分け

,そ

れぞれを別の所にしまってお く(18ゝ く雄のエラン ド〉が終わって

,少

女力 ヽ屋か ら出ると

,少

女はオバに手伝われなが ら

,キ

ャ ンプのすべての弓矢を集める。そ して,く薬〉を 弓矢に塗 り

,猟

での成功 をもたらすために

,弓

を握 って次々に矢を放つ。この儀礼を く弓の治 療〉という。「この とき少女のお しが言 う。「わ し のメイがわ しの矢を治療 したので

,わ

しは運 よ

(9)

く動物を仕留めた。これでわしらは生きてゆけ る。さあ肉を食べて寝よう。』」

4-2

ブ ッシュと水場の儀礼 少女は隔離 されていた小屋から出ると

,

もは や通常の生活に戻 ったかに見える。 しか し

,ま

,い

くつかの儀礼が残 されてお り

,生

活に関 わる採集活動や水汲みの際にも少女は自分の行 動 を律 しなければならない。 少女はオバたちと採集に出かけ

,食

用の根茎 を掘 り

,薪

を折 り取 り

,小

屋葺 き用の草を集め るという行為 を儀礼的になぞる。これ らは

,そ

れぞれく根茎 を掘 らせ る〉く薪を担がせ る〉く草を 引かせ る〉 と呼ばれる。 どの儀礼 も

,オ

バが少 女に手を添 えた り

,オ

バが一度やって見せた行 為 を少女が真似 して繰 り返す ということをおこ なう。少女はあたか も初めて採集をするかのよ うに振 る舞い

,オ

バに従 う。これらの儀礼は, 少女が小屋か ら出たのち最初の採集でのみ執行 され次回か ら少女は普通に採集をおこなう。た だ し

,根

茎 を掘 った場合は

,儀

礼期間中の数カ 月間は

,毎

回掘った穴に砂 を戻 して埋めな くて はならない。これを怠ると,「掘 った穴に風が吹 き抜け

,湿

った砂が乾 き

,水

も失せ

,人

々は焼 け死んで しまう」 とされる。 したがって

,少

女 がおこなう根茎掘 りの儀礼は雨をもたらすため の もので,「彼女は雨の治療 をおこなう」とも表 現 される。 薪 と草については

,こ

の儀礼を怠ると

,人

々 が薪や草で手足 を切 って怪我 をす るといわれ る。採集に関する3つ の儀礼は

,少

女が年長者 に恭順 さを示すことの他に

,採

集場であるブ ッ シュを清めて人々を怪我か ら守 り

,さ

らにブ ッ シュに雨をもたらすことを目指 している。 少女は水汲みの際にも儀礼をおこなう。グイ/ ガナが表面水を利用できたのは

, 1年

のうちの 数力月だけである。雨季に集中的に降った雨水 がパ ン (石灰土壌の窪地

)に

溜 まっている間, 人々はその水をダチ ョウの卵で作った水筒など に汲み上げた。 水場の儀礼 も

,採

集での儀礼 と同様

,少

女は オバに指示 されて水汲みの作業をなぞるという 行為で成 り立っているが

,力

り/qari(4θ αθ″ πιι%捌観・z・

)と

いう木 をわざわざ儀礼用に使 う 点が採集での儀礼 と異なる。カ リはパ ンに生え るアカシアの一種であ り

,こ

の枝で水面 を打っ て水 しぶ きを上l九 それを水場の池に放 り投げ て浮かべる。 一度儀礼をおこなった水場では少女は次回か ら通常どお り水 を汲めるれ 初潮儀礼中に移住 して新たな水場を利用することになれば

,そ

の 都度この儀礼を施 さなければならない。これを 怠 ると

,パ

ンに溜 まった水はたちまち千上がっ て しまうという。少女は

,水

場の水力→固れない ように く治療〉する。カ リの枝は

,少

女が儀礼 を施 したという証拠で もある。「その

,パ

ンに浮 かんでいるカ リこそが

,ツ

ェヤーハ (儀礼期間 中

)の

少女力寸曼げ入れたものである。」

5

月経の繰 り返 しと儀礼 やがて

,少

女 は2回目の月経 く雌のエ ラン ド〉 を迎 える。く雌のエ ラン ド〉の儀礼 は

,初

回の月 経 く雄 のエ ラン ド〉の際の儀礼 と全 く同 じ事 を 繰 り返す ことになっている。すなわち

,少

女 を キャンプ にく帰 らせ〉

,小

屋 に隔離 し

,女

たちが 集 まって くエ ラン ド〉 を踊 り

,満

月の 日の朝 に 少女 に入れ墨 を入れてく擦 って出 し〉

,採

集や水 汲みの ときの儀礼 をもう一度おこな う。 3回目の月経が始 まって も少女 は もはや隔離 され るこ とはな く

,通

常の生活 を送 る(19ヽ 3回 目の月経 も出血が止 まって終 了す ると

,少

女 は オバ に付 き添われて,同 じキャンプ に住む若者,

(10)

および近 くのキャンプに住む親族の若者全員を 集める。オバが若者たちの顎 と胃の ところの皮 膚を剃刀で傷つけ

,少

女はその傷 口に く薬〉 と 彼女の唾液を塗 り付け

,さ

らに く食べ る薬〉を 食べ させ る。集め られた男性はみな独身の若者 ばか りであ り

,少

女が採集

,料

理 した食べ物を 食べ る可能性のある男たちである。この儀礼は く歯 と胃の治療〉 といわれ

,初

潮儀礼中の少女 が採集

,料

理 した食べ物を食べた男たちが

,歯

痛 と胃痛に苦 しむのを防 ぐとされる。

6

動物の回避 初潮 を迎 えるころの少女 は

,ク

ーズー とダイ カーの肉を食べてはいけない。そ して初潮が始 まると

,少

女 はこの2種類 の肉を食べ て もいい が

,今

度 はゲムスポ ック

,ス

テ ィー ンポ ック, ハーテピース ト

,

トビウサ ギ

,ヤ

マアラシの5 イニ シエー シ ョン としての初潮儀 礼 表

3

動物 の忌み名 種類の動物を食べてはいけな くなる。これら5 種の動物は,「強 くて毒がある」といわれ

,若

い 女性が食べ ると激 しい下痢 と嘔吐

,場

合によっ ては発熱や湿疹 に苦 しむ とされる。 したがって 一定期間これらの肉食を回避 しなければならな い。肉食を再開するときは

,腹

部に切 り傷 をつ けて く薬〉を塗 りこむ という儀礼 をおこなう(20L これ ら5種類の中で

,ゲ

ムスポックは一番早 い時期に規制を解いてよく,く雄のエラン ド〉と く雌のエラン ド〉の間にこの肉を食べ始めて も よい。ゲムスポック以外の

4種

類は

,数

力月か ら数年間回避 しつづ ける。 また

,こ

の5種類の 肉は新生児にとって「強い」 とされるので

,新

生児を持つ両親は子どもに食べ させないと同時 に

,彼

ら自身 もこれ らの肉を食べないようにす る。そのため

,女

性 によっては最初はネか朝にと もなう自身の身体のために

,の

ちには自分の子 動物名

通 常の グイ語 忌 み名 忌み名の意味 ステ ィー ンポ ック ブ ッシュダイカー ゲムス ポ ック エ ラン ド キ リン ワイル デ ビース ト ハ ーテ ビス ト クーズー ダチ ョウ ア フ リカオオ ノガ ン ヒ ョウ

/gam/gam

!Poe xa //nhoe xa /?ero xa //karan ma //khabe ma //nhaa xaba(F) //khoo xa O.0 //goa≠kee !kao lqx'ao /'oa//Paba kx'。am Ⅲ2 ≠xariⅢ3(D

kx'oam≠qx'aa Oの

//Pame sa /xae ne 小 さな足 で ち ょこち ょこ歩 く 鼻面 が長 くて黒 い 顔 の 自黒 の模 様 額 のふ さ毛 カ ラの木 (キ リンが好 んで食べ る) 外 に広が って曲が った角 ね じれ て短 い角 ね じれ て短 い角 大 きな耳 長 い首 脚 の腱 コムの本 とカ リの木 (2つ とも植物名) コムの本 とコムの小 さな実 蟻 の巣 (ツチブ タの食べ物) 星 の名

!gae

︲nua

/xoo

・gyuu

!nabe

/kee

・¨

gyua /gero

+geu

!?oe ツチブ タ ヤマ ア ラシ !g00 !noe

*1

アカシアの一種 (4“″α′物 あろα)

*2 kx'oam(G″

″″′αυα)果実を食する。

*3

≠xari(Pαυοπη sιηのα′′πsお)根が心臓や腹の薬になる。 (F)は女性の呼び方。いは男性の呼び方。(FXmが無い ものは男女共通。

(11)

どものために,特定の動物の肉食を連続 して10 年間以上回避 し続ける人 もいる(今村,1998)。 さらに,ネが朝儀礼中の少女は

,13種

類の動物 の呼び名を変える。この動物の「忌み名」のこ とをナーホ(!naa‐xo)と いう。ナーホは前段落 で述べた「肉食回避」 している動物 も意味する が

,食

べ ることを避 けているもの(21)だけでな

,名

前を呼ぶことを避けている動物のことも ナーホと言 う。儀礼中であるために動物の名称 を変えている状態を,「私はナーホの中に入って いる」 と表現する。 忌み名があるのは

,狩

猟において重要な動物 (表3の 上か ら10種)と

,危

険な動物(表3の 下か ら

3種

)で

ある。 どちらの動物 も初潮儀礼 中の少女がその本名を呼ぶ と「感応 して」凶暴 にな り

,人

々力巧守猟に失敗 した り

,ブ

ッシュで 動物に襲われると信 じられている。これらの忌 み名は

,少

女力判ヽ屋に隔離 されている間にオバ か ら教わ る。動物の外見やその動物の食物 に よって忌み名をつけている。 危険な動物のうちツチブタとヤマアラシは, 狩猟の対象で もある。 また

,人

々が最 も恐れる ライオンは

,あ

まりに危険な動物なので別名す らない。少女はその名を決 して日にしてはなら なぃ(22)。

7

初潮儀礼の完了 少女は,く雄のエラン ド〉以来かぶ り続けてい た皮の帽子を

, 3回

目の月経

,あ

るいは4回目 の月経が終了すると脱 ぐことができる。この帽 子を脱 ぐ時が

,少

女が儀礼期間をほぼ修了する 時期である。このころか ら

,採

集で根茎 を掘 る たびに穴を埋めていたことや

,新

しい水場に行 くたびにおこなっていた儀礼をしな くてもよく なる。ただ し

,あ

る日を境 に儀礼がすべて完了 するのではな く,次第に通常の状態に移行する。 帽子を脱 ぐ日は基本的には少女本人力゛決め, 特別な儀礼 もおこなわれない。雨が降るまで被 ろうと決めた人は

,長

く帽子を被 り続ける。 ま た

,雨

が来な くても

, 3回

目の月経 を迎えたこ とでよじとする人は

,す

みやかに帽子を脱 ぐ。 動物の呼び名を変えることは

,帽

子を脱いでか らさらに1年ほど続ける。これ も

,本

人の判断 で

,次

第に通常の呼び方に戻す。少 しずつ規制 を解いてい くので

,い

つのまにか「初潮前の少 女」は,「儀礼中の状態」を経て,「若い女」になっ ているのである(23)。 Ⅱ

I

1

エ ラン ドと豊饒性 初潮 は 〈エラン ド〉 と呼ばれ, このカラハ リ 砂漠 に生 きる大型動物であるエラン ドは

,女

性 の「豊饒性」を表 している。初潮儀礼は,「性 と 豊饒の秘儀を教えるため(エリアーデ

,1958=

1977)」におこなわれ

,他

民族においても初潮儀 礼は豊饒をテーマにしたものが多い。たとえば 農耕民の場合は,「おまえが10人の子どもを産 むことができるように」と

,多

産を祈願 した言 葉を少女に投げかける(阿久津

,1996に

おける アシャンティの例など)。 これに対 し

,グ

イ/ガ ナの1か朝儀礼には

,生

殖や多産を直接意味する ようなものはない。「豊饒」というものの形が, 農耕民と狩猟採集民で異なるのである。 ここで

,エ

ランドと世界の始まりについての 民話を紹介する。この民話に登場するピーシ

ツォワゴ

(p si/kowago)と

,財

霊であり造

物主であるガマ(//gama)(菅 原

,2000)」

が民

話の世界で語 られる際のニ ックネームのことで ある。 土

,ピ

_シ

ッォヮゴはェラン ドを

1頭

(12)

イニ シエー シ ョン と しての初潮儀 礼 飼 っていた。 そ してアカシアの花の蜜 を集 めては

,エ

ラン ドに食べ させ ていた。 とこ ろが

,あ

る日, ピー シツォワゴが蜜 を集め に出掛 けたす きに, ピー シツォワゴの息子 たち (人間の こ と

)が

そのエ ラン ドを食べ て しまった。 ピー シツ ォワゴは怒 ってそのエラン ドの 屍体の腸 か ら糞 を絞 りとり

,そ

の糞 をあた りにまき散 らした。す ると

,糞

はた くさん のエ ラン ドになった。人々はエラン ドの肉 をた らふ く食べ た。 そこで, ピー シツ ォワゴはアフ リカオオ ノガ ンの羽根でゼネー (羽根つ きの ような 遊具

)を

作 り空高 く打 ち上 げた。す ると, それは太陽 にな り

,地

上の ものすべてを焼 き尽 くした。 人々は砂 を掘 り

,灼

熱の太陽か ら身 を隠 した。それで も熱 さに絶 えきれず

,見

悶 え して叫んだ。す ると

,そ

の叫び声が木々に 変わ り

,人

々はその木陰で可木んだ。 やがて夜 になった。 あた りは暗 くて何 も 見 えない。そこで人々は

,ガ

ラー (球形の 白いキノコ)を空 に投 げた。す ると

,ガ

ラー は満 月にな り

,人

々は月光 に照 らされて家 路 についた。 この民話によると

,太

陽は神が人間を制裁す るために造ったものであり

,人

間はそれに対抗 して林や月を造ったことになる。神 と人間の関 係は

,か

なり対等だ。エランドは

,神

から人間 が奪った「肉」である。そして

,人

間の仕業に 怒って神が撒 き散 らした糞の中から再びエラン ドが生まれるという

,い

ささか虫のいい話が続 く。この民話におけるエランドの増殖は,「単為 生殖」的である。 グイ/ガナにとって動物 とは,植物が大地から 生えて くるように土地から湧 き出す ものであ り,「雨が動物を大 らせる」と表現する。このよ うな雨と土地 と動物が結びついた世界が彼らに とっての「豊饒」であり

,こ

の豊饒の連鎖の中 にしっか りと人間 も組み込まれているのであ る。

2

初潮儀礼の要素 少女の初潮 を機 におこなわれ る数 々の儀礼的 行為 には, どの ような意味があるのだろうか。 彼 らの説明 を整理す ると以下の ようになる。 初潮儀礼 はい くつかの要素か ら成 り立 ってい る。

1つ

は共同体の論理 を少女 に理解 させ るこ とで ある。年少の者 は年長者 にイ週1頂でなければ な らない。少女 は食事か ら排泄 までの世話 をオ バ たちか ら受け

,オ

バ がく額 を開 く〉ことによっ て知恵を授か り

,採

集や水汲 みの仕方 も年長者 に教わ らなければな らないような未熟な存在で ある。 また

,す

べ ての ものは共有 しなければな らない とい うイデオロギー も醐 す る。少女 は

,食

事の度 にオバ に食物の半分 を分 け,くエ ラ ン ド〉 を踊 りに来 る人々に祝福 され

,少

女の親 族 は集 まって きた人々に食事 を分 け与える。少 女力ψ高離 されていた小屋 を出て人々の小屋 を訪 ねた ときは

,今

度 は人々か ら少女 に もてな しの 食事が提 供 され る。 また

,生

理的成熟に ともなって少女 には結婚 が用意 されている。大 と毎 日「互 いの垢 をこす り落とし合い」,「互いの手から食べさせ合う」こ とで

,互

いを愛 し

,支

え合って生きていくこと を学ぶ。性交によって男女が罹るとされるく病〉 を予防するための儀礼 もおこなう。〈病〉とは, く汚れ〉に沿t 1998)と いう船 で`表されるよ うな,社会的葛藤に起因する身体的不調であり, 個人を超えて家族

,

ときには共同体全体が病に 苦 しむといった強い「共有性」をもつ。

(13)

儀礼の要素の2つめは

,少

女を保護すること である。初潮 という身体の突然の変化に対 して, オバたちは少女 を気遣って背負ってキャンプ ま で帰 り

,儀

礼用に建てられた小屋の中に少女 を 横たえさせ る。少女力Ⅵヽ屋に隠っている間

,関

節などが痛 くならないようオバたちが少女の身 体 をさすってやる。く食べ させ る〉で

,少

女の手 の甲の傷 にく薬〉を入れるの も,くこすって出す〉 日の朝に身体に入れ墨を施すのも

,少

女の健や かな成長を祈願 したものであるという。 3つ めの要素は

,

しか し

,少

女を「危険な」 存在であるとみなし

,そ

の危険な影響力を遮断 しようとすることである。少女がさまざまな儀 礼的行為を遂行することは,「雨をもたらし,水 場 と土地を豊かにする」「少女に儀礼を施された 弓矢によって狩猟が成功する」といった幸福を 約束するが

,同

時に儀礼をおこなわなければさ まざまな厄災が人々に降 り懸かるという「脅迫」 が用意されている。「少女の料理を食べた男性た ちが歯痛 と胃痛に苦 しむ」「人々に草木が突き刺 さる」と直接人々を病傷に陥れるだけでなく, 「動物が敏感になって狩猟に失敗する」「動物が 凶暴になって人を襲う」という不運 も招 く。最 も人々が恐れるのは,「雨雲が怒って通 り過 ぎ る」と表現されるような「自然」の怒 りをかい, 早魃を招 くことである。 オバたちが,ネか朝の始まりの時に少女の足元 の砂に唾を吐き

,排

便

,採

,水

汲みをおこな うブッシュにおいて少女が触れる物々に く薬〉 を合んだ唾を吐きかけること

,少

女をロープで 覆って人目から隠すこと

,キ

ャンプに戻す際に 少女を背負うこと,少女を小屋に隔離すること, これらは少女の「危険な影響力」を恐れて外界 に直接触れさせないようにするための行為であ る。

グイ

/ガ

ナのおこなう嗜

癒朝儀礼は

,さ

まざまな

意味の要素が絡み合い

,複

雑な様相を呈 してい る。これは,「儀礼のデ ッサ ン」とで もいえるよ うな理念が先にあってそれに沿って個々の儀礼 行為が組み立てられているのではな く

,彼

らが 実践的に

,あ

るいは経験的に複数の儀礼をつな ぎ合わせているか らではないだろうか。このた めに,境界の明確なゴールを目指すのではな く, 少女の社会的成熟を促す「修練」である実践の 一つ一つが

,完

結的に儀礼的世界を構成 してい るのである(24)。

3

感応する世界 儀礼中の少女が動物 と影響 を与 え合 うこと を

,グ

イ/ガナ語ではナ レ(!nare)と いう動詞で 表現 される。例文を挙げると以下のようになる。

1)(肉

食回避 している動物を食べると)それを 食べた人はナ レして腹をこわす。

2)(儀

礼中の 少女が動物 を本名で呼ぶ と

)動

物はナレして怒 り狂 う。

3)動

物が

,儀

礼中の少女にナレして 狩人に襲いかか り

,彼

を殺す。 ナ レという動詞の意味論について日常生活の 会話分析から検討 した菅原によると,ナレは「感 づ く」「予感する」「酔 う」という概念を包括 した 「人間のみならず動物や無生物の世界にまでは りめ ぐらされた相互影響の回路 を表 している (菅原,2000)」 という。 本稿 においては

,初

潮儀礼における少女 と動 物の相互関係に注 目し

,ナ

レを「感応する」 と 訳 した。少女がッィヤーハ (初潮儀礼中

)で

あ るときに

,野

生動物はブ ッシュに居ながらその 少女に「感応 して」立ち止 まり

,

じっと狩人を 見つめるという。狩人はそのために狩猟に失敗 するばか りでな く

,動

物が角を振 りかざし脚を 蹴 り上げて攻撃 して くるので

,殺

されることさ えあるとされる。狩人だけでな く

,ブ

ッシュの 中を歩 く人すべてがこの危険にさらされること

(14)

イニ シエーシ ョンとしての初潮儀礼 になる。動物の感応度が最 も強 まるのは

,長

い 初潮儀礼期間中の うちでも,くエランド〉のダン スを女たちが踊るときであるとされる。 大人になるということは

,人

,雨,土

地, 動物などまわ りの ものすべてに影響力を持つ と いうことである。ネか朝儀礼中の少女は

,隔

離 さ れた薄暗い小屋の中でオパの語る話やまわ りの 音

,匂

いに感覚 を集中させ ることによって

,彼

女 自身の影響力に対する意識 を高める。小屋か ら出たあとも, 日常生活を意識的にお くること によって

,日

常の行為が もう一つの世界 と重 なっていることを実感する。感応 した動物が人 間を見つめるその眼差 しは, とりもなおさず人 間が動物を凝視する視線その ものなのである。 ネ "朝 儀礼は

,思

春期の少女の自意識を高め, 感受性 を鋭敏にし

,少

女力弩斤しく生 まれ変わる ことを目指 している。少女は「イ1易陳者」であり, その意味で この儀礼 はイニ シエーションであ る。 また

,相

互的な「感応 し合 う」世界では, 少女の自然への意識は

,そ

のまま自然から人間 への意識 として返 され

,少

女の変容は自然の変 化で もある。人々は

,少

女の感受性 を使い

,少

女の成熟 とともに自然が豊饒になることを願っ ているのである。その意味で,グイ/ガナの初潮 儀礼 とは

,大

いなる自然を「治癒」させ彼 らの 生活世界すべてを豊潤にさせ ようとしたものな のである。 *この論文は,2000年度名古屋学院大学研究奨 励金 に よる研究成果の一部である。 圧 (1)調査対象 はグイ と〃ナの2つの言語集団か らな る。彼 らの言語の違いは方言程度で,彼らどうしは 十分に言葉が通 し合 う。 また,通婚 も日常的におこ なわれている。 (2)「 厳密な女人禁制で,知らずに儀礼場に近づいた 女性を殺さなければならないほど厳 しいので嫌気が さした」というのが,彼らが「成人儀礼を止めた理 由」について述べる型にはまった言い方である。「政 府が禁 した」という人もおり,1967年のポツワナ共 和国独立にともない「前近代的」なものとして禁止 された可能性 もある。 (3)結婚式,ネ戒朝儀礼など,明らかな「儀礼」を指す 言葉 としてツォーがあるが,現代の医療行為や,薬 全般 もッォーといい,「治療」「治癒」がもとの概念で あることがわかる。初潮儀礼の中の個々の行為には, 「∼のツォー」という名称がついていることが多い が,グイ語を直訳 したものは く〉で くくり,たと えば く弓矢の治療〉のように「治療」と訳すことに する。 (4)本 研究の資料は,私が 1988年度より参与観察を 始めた初潮儀礼に関す る記 `■ 1994年度および 1995年度に集中的におこなった儀礼に関する聞 き 取 り調査の結果をもとにしたものである。 (5)`ノィヤーハには,「巧みだ」「精通 している」という 意味 もある(菅原,1999)。 ツィーは呪術 も意味 し, 「彼は雨雲をツィー (呪術で操作)する」という。 ツィーは名詞で歌や踊 りをさし,「ダンスを歌い,踊 る」ことを「ツィーを言い,踏む」 と表現する。ま た,「ツィーにおいて死ぬ」とは「踊って トランス状 態になる」ことである。これらから,ツ ィーとは「超 自然的な力にかかわる(菅原1998:154)」 概念だけ でなく,「修練によって日常を超える能力を得る」と いう意味があると想像される。 (6)動 物の毛皮を四角 く切ったもので,大きさによっ てマントのように身体全体を覆ったり,ケープのよ うに上半身にまとったりする。皮のロープを風呂敷 のように使って,採集物や家財道具を包んで運搬す ることもある。かつては寝具の役割もはたしていた ようだ。現在は,市販の毛布がこれの代用をしてい るが,高齢者は今日も洋服の上から皮のロープをま とうことを愛用 している。 (7)少女を隔離するための小屋にはとくに名称はつい ていない。ただ,「新たな小屋」という。ブッシュか ら木を切ってきて,囲いだけの屋根の無い小屋を急

(15)

ごしらえで建てることもあるが,キャンプの古い建 材 を利用 した り, ときには,空き家をそのままネ戒朝 儀礼に使 うこともある。新婚の夫婦 も「新たな小屋」 を建てて住むが,かつては初潮儀礼は結婚 と直結 し ていたので,初潮儀礼のために建てた小屋をそのま ま新居に使 うこともあったらしい。 (8)かつては床に敷 き詰めた草は,月経が終わるまで 替えなかった。現在は,市販の毛布 を敷いて横たわ り, F着をこまめに洗っては付け替 えることで衛生 を保っている。 (9)グイの親族名称では,父または母 を共有する兄弟 姉妹のほかに,父母の同性の兄弟姉妹の子 どもたち (人類学でいう平行イ トコ)も同 じカテゴリーに入 る。 これ らをここではキ ョウダイとする。 また,父 母 と同性で父母 より年長のキ ョウダイ,父母 と異性 のキ ョウダイは,オジ,オパ といわれる。また,オ ジと祖父,オパ と祖母は親族名称において同一であ る。グイの規族名称については,Ono(1996)の詳 細な研究がある。本稿では,オ′、 キョウダイなど 片仮名で表記 したものは,グイの親族カテゴリーを 指すことにする。 儀礼を執 りおこなう人は,少女 と親族関係にある オパ以外にも,少女が住んでいるキャンプの年長者 の女性がなる。また,1人とは限 らず数人力編舌し合っ ておこなうこともある。本稿では,中心的に儀礼を 執 りおこなう女性 を便宜的に「オパ」 と記すことに する。

00黒

い「薬用植物」の根/kee ii Cレ″勧 ′グ′グα ″π “ ″埓)と,≠nan≠ ke(1%lπカグπ″ ´ι″容″πα) とい う野生の豆 を一緒 に杵でついて粉状 に した も の。子 どもの成長促進の働 きがあると考えられてお り,「補助食品」の ように, 日常的に子どもに食べ さ せ ることもある。初潮儀礼は少女の成長 も祈願 して いるので,〈食べ る薬〉が多用 される。 (■

)初

潮儀礼で踊 られるダンスの名称は「エラン ド」 の他に,ツェレ(/kere)(「女だけの歌 と踊 り」の意 味)ともいう。また,「鳥の羽ばたきを歌 う!naa‐ma// nadとも表現する。これは,女たちが手をたた く様 子が鳥の羽ばたきに似ているからである。 (10 大型動物 を狙 う狩猟方法は,弓矢猟,大槍猟,騎 馬猟がある。弓矢猟は技術的に難 しいので,現在は おこなわれない。猟法については,池谷 (1989), Osaki(1984)に 詳 しい。 (1, これは,遊動生活を送っていたときの,身体を清 める一般的なや り方であった。初潮儀礼で小屋に 隠っている少女は,毎日オパに経血と垢を種子の粉 と一1緒に擦 り落としてもらう。 (10 グイ/ガナの規族名称にしたがって,ここでは平行 イ トコはキョウダイと表 し,交又イ トコのみを「イ トコ」 と書 くことにする。

CD伝

統的には,スティーンポックの皮で特別に作っ た。少女の父,オジ,夫 (いいなずけ)などの親近 者の男性が作った。現在は,市販のスカーフで代用 するようになり,少女の親近者が町で買って少女に 与えている。 (16)1970年代までこの習慣は続いていたようである。 現在は,初潮前から婚約者力゛決まっている人はまっ たく見かけない。結婚 も,初潮を経て数年たってか ら20才 前後でおこなっている。伝統的生活 をお くっていた頃の初潮儀礼は,別の言語グループであ るクン(!kun」 をつ子究 した Howell(1979)に よる と,お よそ 16歳であった。現在のグイ/ガナの少女 の初潮年齢は,12-13歳まで`低.年齢化 しているとい う印象をもつ。 「いいなずけ」も「大」もグイ語では「私の男」(第 二者がいう場合は「彼女の男」)と,所有格をつけて 同 じ表現をする。 (1つ 儀礼一般についての論文(今オ

t1998)で

述べた ように,彼らがおこなう結婚の儀礼は,形式的に結 婚前と結婚を分けるものではなく,性行為にともな う「病気」の実質的な「治療」であると見なされて いる。 (10 かつては弓矢猟が中心だったから,こ のように弓 矢を片づけた。現代は騎馬猟が中心であり,初潮が 始 まる前に男たちが狩に出かけてしまった場合は, 男たちが帰って来るまで踊 りはおどらないというハ プニングが 1990年 に観察された。 (19)一般の月経中のタブーは少ない。タブーの1つが 性交を禁するものであり,こ のタブーを破ると男性 は1生器から血を流す病気にかかるという。また,狩 猟についてもタブーがある。月経中の女性は大の弓 矢や槍に触れてはいけない。月経中の妻は,大が獲っ

(16)

イニ シエ ー シ ョンと しての初潮儀 礼 てきた肉を自分が熾 した火で調理 してはいけない。 これらのタブーを破ると,矢や槍が命中した動物が 「(月経中の女性のように)血を流 しながら平気で逃 げ去って しまい」,大の狩猟は成功 しな くなるとい つ。 しかし,こ れ以外のタブーはなく,女性は月経中 も通常どおり水汲み,採集,訪間に出かけている。 20)こ の儀礼の詳細は,今村 (1990を 参照されたい。 11)ナ ーホは儀礼にともなう食物だけでなく,個人的 に体質が合わないなどの理由で口にしない飲食物 (酒や煙草 も含む)の ことも指す。菅原 (1998)は 「食べると病気になる」 ものがナーホの意味である と述べているが,本稿で明らかにするように,動物 との関係は「食物関係」にのみ限定されるのではな い 。 12)こ のように動物の呼び名を変えたり,肉食を回避 することは,成人儀礼に参加 した男性,ま た,治療 師に見習い中の者 もおこなう。 13)ネ戒朝前の少女を ドパーナハ辛gobanaha初潮儀 礼中の少女をッィヤーハ またはガエコロハ//gae‐ koroha(「女になっている」の意味か?),儀礼後の 「若い女性」をガ レガエ//gare//gaeと いう。ド バーナハは,成人儀礼前の男性をも意味する。

20

く弓矢の治療〉が,弓矢猟が衰退 してもおこなわ れるといった,儀礼だけが形骸化 して残るというこ とがない。これは,かれらの儀礼が,実用的な「治 療」であり,実践のともなわない部分は簡単に廃止 されるからである。 引 用文献 アレン, l R. 1978(1967)「 メラネシアの秘儀 と イニシエーション」中山和芳訳,弘文堂 エ リアーデ,M1 1971(1958)「生 と再生」堀一郎訳, 東大出版会 フレーザー, J.G. 1951-52(1890)「 金枝篇」全 5冊,永橋卓介訳,岩波書店 HOwell,N.1979D′ ποg“αクλ夕げ 滋′DOι′ノκ″ηg. Academic Press,London 池谷和信 1989「 カラハ リ中部・サンの狩猟活動― 大猟を中心にして」,『季刊人類学』20(4):284-332 今村 薫 1998「 グイ。ブッシュマンにおける儀礼と 治療」,「名古屋学院大学論集 (人文。自然科学編)」 34-2:43-83 今村 薫 1999「 グイとガナの民族生殖理論 と父性」, 「名古屋学院大学論集 (人文。自然科学編)」 36-1: 11-20

0nO,H.1996 An ethnosernantic analysis of(〕 ui

relatiOnship terrninology.zZlノケ

;σαπ S′Zグノlイοπο‐

ったs%ppル″′π″η おs″22:125-144

MA:()saki, M. 1984 ′I`he social influence of cllange in hunting teChnique arnong the Central

Kalahari Hunter‐gatherers. 4/″ σα″ Sι%′ツ

ルイο″οgzαρ力s,5: 49-62.

大崎雅- 1996「歴史的観点か ら見 たI Guiと ‖

Ganaブッシュマンの現状一 セントラル・カラハ リの事例より」,『民族学研究』61(2):263-276

Silberbauer, G. :B. 1963 Marriage and Girl's Puberty cerelnOny. 4/″ `α vol.33(3): 12-24 菅原和孝 1993『身体の人類学一 カラハ リ狩猟採集 民グウィの日常行動』,河出書房新社 菅原和孝 1994「ひとりのグウィの女が死んだ一 セ ントラル・サンにおける『死のコンテキス ト」」,井 上・祖田・福井編 F文化の地平線一 人類学からの 挑単

u,世

界思想社,393-413頁 菅原和孝 1996「 狩猟採集民の宗教的世界と自然観 ― アフリカ南部グイ 。ブッシュマンの社会より」, 有福孝岳編著「現代における人間と宗教― 何故に 人間は宗教を求めるのか」,京都大学学術出版会, 29-59:頁 菅原和孝 1998「語る身体の民族誌一 ブッシュマン の生活世界(I)1,京都大学学術出版会 菅原和孝 2000『 もし,みんながブ ッシュマンだった ら』,福音館書店 田中二郎 1978踊 `城 莫の狩人一 人類始源の姿を求め て』,中央公論社 田中二郎 1986「 集住化・定住化にともなう変化の過 程一 セントラル・ブッシュマンの事例から」伊谷 純一郎・田中二郎編『自然社会の人類学一 アフリ カに生きる」,アカデ ミア出版会,313-348頁 ファン・ヘネップ

,A.1977(1900『

通過儀ネロ 綾部

(17)

恒雄・裕子訳,弘文堂 付表 ネか朝儀礼の手順

1

日常生活か らの分離 (1)く'帰らtとる〉

①オバが

Saasa(木

,未

同定

)を

噛んでから

唾を少女の足に吐きかける。

②唾を経血の染み込んだ砂に吐きかけ,そ の

砂を灌木の根元に捨てる。 ③少女を頭からロープで覆って隠し

,女

たち が取 り囲んで歩 く。 ④キャンプが近 くなると

,オ

バが少女を背負 つ 。 (2)く食べさせる〉 ①オバがsaasaを 噛んでから唾を少女に吐 きかける ②少女の利 き手の拇指丘に,弟」刀で2本 の傷 をつける。 ③傷口に く食べる薬〉をのせる。 ④オバが少女の手首を握 り,傷口にのったく食 べる薬〉を少女に食べさせる。 (3)くJ目更さ‐せ・る〉 ①オバが saasaを 噛み

,排

便用の小枝に唾を 吐 きかける。 ②その小枝で

,オ

バは少女の尻をきれいにし てや る。 (4)「

いいなずけ」とおこなう儀礼

(4)-1

火をおこす〉

①オバがいいなずけを呼び「火を私たちにく

れ」という

②少女といいなずけが背中合わせに坐る。

③いいなずけは「この女を警れたらなあ」と

いいながら火おこし棒で火を点ける。

④いいなずけは火おこし棒と受け本の

2本

少女 の枕元 に刺 し立てて帰 る。 (4)-2

垢を混ぜ合う〉

①オバが薬木

!gari ii(Pα

υ

θ

%″

θ

″πル惚滋

)

をナイフで細かくけずる。

②オバがいいなずけを小屋に呼ぶ。少女とい

いなずけは薬木を混ぜた水で手を洗う。

③オバが

,い いなずけに「おまえの汚れを彼

女の腿の上でふきとれ」という。いいなずけは

少女の腿に濡れた手をこすりつけ,さ らに ‖

nan(α

減鶴 ″π″パ)の種子の粉を腿にまぶ

して垢と一緒にこすり落とす。

④同様に

,少

女がいいなずけの腿に濡れた手

をこすりつけ

,粉

をまぶして垢と落とす。

(4)-3

食べさせ合う〉 ①オバがいいなずけの手のひらにく食べる薬〉 をのせる。彼は少女の日に く食べる薬〉を放 り 込むように入れて食べさせる。 ②オバが少女の手のひらに く食べる薬〉をの せ

,少

女がいいなずけに食べさせる。 (いいなずけと少女の順序はどちらが先でも よい。)

③いいなずけは少女の小屋を出て帰る。

(5)く(垢を

)こ

すって (小屋から

)出

す〉

(5)-1

血を混ぜ合う〉 いいなずけとの 結婚 ① ‖

nanの

種を粉にしたものを,身体に付け て垢 と一緒にこすり落とす。 ①オバれ 少女 といいなずけの

,眉

,胸

の 中心部

,両

肩先

,両

,両

,背

,腰,へ

そ の下 (男性

),へ

その両側 (女性

)に

剃刀で傷を つける。 ②オバが

,そ

れぞれの傷日からにしみでてい

(18)

イニシエーシ ョンとしての初潮儀礼 る血をとり

,男

性の血を女性の傷 口へ

,女

性の 血を男性の傷 口へ,同じ傷 日の場所へ塗 りこむ。 ③男女の

,眉

,胸,背

,腰

の傷 口に

,薬

木 を 入 れ る。薬 本 は,!goё

/kOa(Cα

ss″ ぅ″π “ ″),!gari ii(Rαυθπtt θ″π厖名α滋)また は

simexa(π

ι″漱 ″ι″″滋 ′′π “ 法 )の 根 を黒 く焼いたものを

,混

ぜて細か くす りつぶ したも のである。 ④男女の

,肩

,肘

,へ

その下

,膝

の傷 口に, く食べ る薬〉をのせ る。 ⑤ォバが,く食べ る薬〉を口にふ くませて

,そ

の粉を

,男

女の肩

,肘,へ

その下

,膝,胸

に吹 きかける。 ⑥オバが男性の手のひらに く食べ る薬〉をの せ

,男

性は女性の口に放 り込むように食べ させ る。 ⑦オバが女性の手のひらに く食べる薬〉をの せ

,女

性が男性 に食べさせ る。 (男女の順番はどちらが先で も良い) その後,傷口が痛めば,エラン ドの脂肪で作っ た薬を塗 り付ける。

(5)-2

く帽子を被 らせ る〉 少女のイ トコたちが少女に儀礼用の帽子を被 らせ る。 (6)く額を開 く〉 ォバが

,lk'a06″

物 “ θtts、ψ.)というイネ 科の草で少女の目を覆ったまま少女を小屋の入 り口に立たせ る。それか ら

,オ

バがその草を真 ん中で折 って外の明るい世界を少女に見せ る。 (7)く訪間させ る〉 少女はイ トコたちに付 き添われて

,小

屋か ら 3方向に歩 く。集まってきた女たちの間を通っ て

,頼

りなげにゆらゆら歩 く。次に

,最

も近い 小屋か ら順 に人 々を訪間す る。

2

日常生活 を送 りなが らおこなう儀礼 (8)く弓矢の治療 〉 少女の く雄 のエ ラン ド〉が終 わ ると

,少

女 は オバ に教わ りなが ら次の ことをおこな う。 ①キャンプの男たち全員の矢尻 と矢軸を集め る。

②矢軸を砂に刺し立てて

,エ

ランドの脂肪で

つくった塗り薬

(/xaa―xo)を

矢軸の矢

尻を受

ける部分に塗る。

③矢軸に矢尻を差 し込み

,今

度は矢尻に同 じ 塗 り薬 を塗る。 ④キャンプの中で

,オ

バ と少女が一緒に弓を 持ち,薬を塗った矢を次々とつがえては 放つ。 的 として動物の皮を置 く。

⑤矢を男たちに返す。

男たちは

,こ

の矢を持っ

て狩猟 に行 く。 (9)く根茎 を掘 らせ る〉 ① ォバが saasaを 少女 に噛 ませ て 自分 も噛 み, 自分の掘 り棒に唾をはきかけてから

,少

女 にもオパの掘 り棒に唾をはきかけさせ る。 ②採集する根茎の地上部に

,オ

バが唾をはき かけ

,少

女 も同様 に唾をはきかける。 ③オバが少女に掘 り棒 を握 らせ

,オ

バ もその 上か ら手を添えて

, 2人

で掘 り棒 を握 る。 ④2人で一緒に砂 を掘 り

,根

茎に達 したら, 再び

2人

で saasaを 噛んでか ら根茎 に唾 をは きかける。それか ら2人で根茎 をひき抜 く。 ⑤一度掘 った根茎 を

,オ

バが今掘った穴に埋 める。

⑥その根茎を

,今

度は少女が

1人

で掘り棒で

掘 り出す。

⑦オバと少女の

2人

,掘

った根茎のツルを

ちぎって穴に入れ その穴をきれいに埋

める。

参照

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