著者
松村 良平
雑誌名
経営論集
号
68
ページ
17-33
発行年
2006-11
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00004626/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja内発的動機付けと動機付けコスト概念について
松 村 良 平
1.はじめに 2.エージェンシー・モデルについて 3.エージェントの効用関数に内発的効用を導入したモデル 4.個人目的と組織目的の葛藤を考慮に入れたモデル 5.動機付けコストモデル 6.おわりに 参考文献1.はじめに
動機付け問題は、組織におけるもっとも重要な課題のひとつであるといわれている。この問題を 分析するために、様々なアプローチが存在するが、その中のひとつに、エージェンシー・モデル (詳しくは2節で述べる)とよばれる数理モデルによる分析がある。著者らは、従来のエージェン シー・モデルにおいては無視されていた、内発的動機付け(詳しくは3節で述べる)という要素を 考慮に入れてモデルを拡張し、分析を行ってきた[1,2,3]。本稿は、それら一連の研究を、統一 的視点から整理し、今後の展望、研究計画までを一本の流れでまとめようというものである。特に、 モデル研究と実証研究の相互作用の可能性について意識しながら、メタ的視点でまとめてみた。 即ち、本稿の新規性は、 1 内発的動機付けを考慮に入れた数理モデル分析をひとつの流れとしてまとめた。 2 モデル研究の結論を発展させた。 3 モデル研究から実証研究への提案を行った。 の3点である。 組織における動機付けには、大きく分けて外発的動機付けと内発的動機付けの2つのタイプが存 在する。外発的動機付けの研究については、組織における実態調査のようなことも行われているが、 エージェンシー・モデルという数理モデルが標準的な分析ツールとしてしばしば用いられてきてい る。しかし、従来のエージェンシー・モデルでは、仕事のやりがいその他の内発的な側面を捨象し ているので、現実を正確に反映していないという面は否めない。一方、内発的動機付けについては、 主に社会心理学的実証研究が行われているが、これに関する数理モデル研究というものは、心理学者による簡単な数式表現以外はまったく行われてきていなかった。著者らは、心理学者達による実 証研究で得られた知見をモデル分析に取り入れ、動機付け問題に関するモデル研究を発展させてき た。 このモデル分析で得られた知見が、実証研究へフィードバックされることをひとつのねらいとし ている。一般に、モデル分析は、結論をそのまま現実に応用するためというよりは、思考の枠組み を整理するのに有用である。たとえば、動機付けコスト(詳しくは5節で述べる)というような概 念は、実証分析だけでは、まず出てこない。一方、実証分析はその知見をモデルに取り入れること で、より精緻で現実的な分析を可能にする。そして、著者らは、その相互作用のスパイラルの中で、 動機付け研究が発展するものと考える。また、著者らの研究がその先鞭をつけるものになればと考 えている。 本稿の構成は以下の通りである。第2節では、エージェンシー・モデルの概略について説明した。 第3節では、エージェントの効用関数に内発的動機付けを導入したモデルについて、第4節では、 個人目的と組織目的の葛藤を考慮に入れたモデルについて、第5節では、動機付けコストモデルに ついてをそれぞれ紹介し、そこで得られた知見、展望等を最終節で述べた。
2.エージェンシー・モデルについて
エージェンシー理論とは、情報の経済学あるいは、オペレーションズ・リサーチの一分野をなす もので、具体的には、非対称な情報をもつ主体からなる不完備情報ゲームのひとつのクラスとして、 位置づけることが可能である。プリンシパルとよばれる経済主体が、報酬=インセンティブと引き 換えに、不確実な環境、即ち、努力しても必ずしも成果があがる保証のない環境での行動を、エー ジェントとよばれる経済主体に依頼するという状況を分析するものである[4,5]。通常、プリン シパルはエージェントの行動(努力水準)を正確に知ることはできないと仮定される。環境が不確 実であり、プリンシパルがエージェントの行動を直接把握できないという状況においては、プリン シパルはエージェントのあげた成果から、エージェントの努力水準、つまり、一生懸命やったか、 怠けたかを特定化することはできない。このような場合、逆にエージェントの方も、そのような状 況を利用して、プリンシパルの望むような行動をとらない可能性がある。プリンシパルはエージェ ントに一生懸命働くことを望んでいても、エージェントは怠けてしまうかもしれないし、あるいは、 プリンシパルのまったく望んでいないタスクに、大きな努力を投入するかもしれない。これはエー ジェントのモラル・ハザードとよばれる。このモラル・ハザードを防ぐために、プリンシパルは 様々な方法をとりうる。たとえば 1 モニタリングコストとよばれるコストをかけて、エージェントの行動を直接観察する(これは実際に、通常の組織でもある程度行われているものである。たとえば、セールスマンの評価 において、実際のセールスだけでなく、上司の意見なども考慮されることがあるのは、上司の 直接観察を考慮することによって、環境の不確実性によるリスクを減らそうという行動でもあ るといえる)。 2 仕事の面白さ、自己決定の感覚等、金銭以外のインセンティブによる動機付けを考える。つ まり、内発的動機付けを高めるための努力をするというものである(これについてモデル化し たものが、5節で紹介するモデルである)。 3 与える金銭を強く成果に連動させる、つまりいわゆる業績給の導入を行う。 などが考えられる。特に3に焦点をあてたエージェンシー・モデル分析が多い。しかし、3のやり 方はエージェントに大きなリスクを負担させることにもなる。他の組織と契約させずに、プリンシ パルが自らとの契約を成り立たせるために、エージェントに対して、支払わなくてはならない効用 (労働市場の状況によってきまる機会費用)を留保効用と呼ぶのだが、この留保効用をかんがみる と、業績給の割合を大きくすることは、動機付け効果もあるが、大きなリスク・プレミアムを支払 うということにもつながる。このような状況で、どの程度、業績給を与えればプリンシパルの効用 が最大となるのかを分析するのが、従来の標準的なエージェンシー・モデルの主目的のひとつであ る。 エージェンシー・モデルの基本構造は次の通りである。まずプリンシパルはエージェントに、ど れだけ働けばどれだけの金銭的報酬を与えるといったとりきめ、つまりインセンティブ・システム (IS)を提示する。次にエージェントは、この IS のもとでトータルの効用(即ち、金銭、リスク、 努力することによるコスト等を総合したもの)を最大にするように努力水準を決定する。そしてこ のときの総合的な効用の値が、エージェントが最低限要求する効用(市場で得られると期待される 値)である留保効用以上になればエージェントは契約に応じ、下回れば契約に応じない。契約に応 じなければプリンシパルの効用はゼロである。このような条件のもとで、プリンシパルは自らの効 用の値(通常は得られる金銭の期待値)が最大になるように、提示する契約、つまり IS を決定す るわけである。
3.エージェントの効用関数に内発的効用を導入したモデル
従来のエージェンシー・モデルでは、組織の成員は、外発的な報酬のみによって動機付けられて いるものと仮定されていた。しかし、人間が金銭だけで動機付けられる存在ではないことは、多く の研究者、実務家の知るところである。 金銭以外による動機付けに関しては、たとえば、Deci らの内発的動機付けの研究が知られている。Deci によれば、内発的動機付けとは、職務の遂行それ自身が直接もたらす効用のことであり、 具体的には、仕事の面白さ、達成感などによる効用をさす[6]。この内発的動機付けの計量法につ いては、Hackman and Oldham などの研究が有名である。文献[7]によると、内発的な動機付けの 強さを測定する数式として次のものが妥当性をもつと考えられている。
MPS (motivating potential scale)
= (技能多様性+職務完結性+職務重要性) / 3
×
自律性×
フィードバック 式中の用語の意味は次のとおりである。即ち、 技能多様性…仕事に要求される技能、知識の多様さがどれほどか 職務完結性…仕事がどれだけまとまりをもっているか 職務重要性…どれだけ意義のある重要な仕事をしているか 自律性…仕事のやり方などの意思決定にどれだけ自分の意見を反映できるか フィードバック…仕事の結果に関する情報がどれだけ得られるか 彼らは、この MPS の値が高いほど、高い内発的動機付けをもたらしやすいことを実証したとし ている。 以下、モデルにおいて用いられる変数、関数等を順に説明していく。e
:エージェントの努力水準 O=O(p,e,θ
) :成果 pは生産性である。θ
は環境の不確実性を表す確率変数で、文献[1]では、平均1
分散σ
2の正 規分布に従うものとした。ここで、変数および関数に以下の仮定をおくことが妥当であると考える。 0 > ∂ ∂ p O および >0 ∂ ∂ e O 文献[1]においては、具体的な関数形として、e
の線形関数pe
θ
(これにより、成果の収穫逓 減性、逓増性は考慮に入れないことになる)というものを用いた。3,4節ではpe
θ
という関数 形を用い、5節では、O= p(e+θ
)という関数形を用いるのであるが、これは、解析的分析(数値 実験等を用いず、具体的な解を求め、比較静学分析しようというもの)のために必要な設定である。 しかし、このような設定が結論に大きな影響を及ぼすことはないという予想が、数値実験等でも得 られている(ただし、より一般的で、正確な議論をということになると、シミュレーションでは不 可能である。少しずつ関数制約をゆるめ、一般形に近づけていくしかない)。s
:業績給の配分係数 (0< s<1) エージェントのあげた成果のうちs
をエージェントが、1−sをプリンシパルが得る。f
:固定給 エージェントは、業績給とは別に、固定給f
を得る。エージェントが普通の従業員の場合は、 固定給は正の値をとることが普通であると考えられるが、エージェントがフランチャイズの店主な どの場合は、暖簾代、場所代を負の固定給と考えることもできる。ここでは、固定給について符号 の制約をおかないことにする。 ) , , (s pσ
R R= :リスク関数 エージェントのリスクに関する金銭的不効用を、リスク関数として表すことにする。 文献[1] においては、リスクは得られる金銭(アウトプットが確率変数θ
を含むので、アウトプットの関数 である、得られる金銭も確率変数になる)の標準偏差の定数倍として表現した。具体的にはσ
rspe R= という形である。ただしrはリスク回避度を表すパラメータである。これは線形トレー ド・オフ・モデルとよばれているもので、5節で用いている(通常はこちらの方が頻繁に用いられ る)期待効用の確実同値額とは形が違うが、文献[1]では前者を用いている。関数形を使い分けて いる理由は、分析の対象となるパラメータおよび変数の関係にノイズが入らないようにすること、 および、比較静学分析をやりやすくするためのみであり、結論を先取りするための恣意的な設定で はない。m
:内発的動機付けの強さ ) , (m e I I= : 内発的効用関数 ここでは、節の冒頭で述べた MPS を、内発的動機付けの強さm
と表すことにする。このm
を用いて内発的効用関数を定義する。基本的には、職務の遂行それ自身が直接もたらす効用を、内 発的効用関数として表すことにする(文献[1]では、「職務の遂行それ自身が直接もたらす効用お よび不効用を、内発的効用関数として表す」とのべているが、ここでは統一的視点で過去の研究を まとめ、新たな視点、提案をするのが目的であるので、あえて、過去の研究における解釈には固執 しない)。これには仕事の面白さ、達成感などによる効用が含まれる。一般に、変数および関数に 以下の仮定をおくことが妥当であると考える。0
>
∂
∂
m
I
および >0 ∂ ∂ e I 具体的な関数形として、I=meというものを考える。 2 ce C= :コスト関数 エージェントの肉体的、精神的疲労および、余暇の減少などの機会損失に関する不効用をコスト 関数で表す(これも、内発的効用関数と同様、過去の文献と違う解釈であるが、上の内発的効用関 数と同様の理由で、ここでは、こちらの解釈を主張したい)。変数および関数に以下の仮定をおくことが妥当であると考える。 0 > ∂ ∂ e C および 2 0 2 > ∂ ∂ e C 具体的な関数形として、 2 ce C= というものを考えたい。
c
は職務の遂行がもたらす不効用の大 きさを表すパラメータである。 f O E s P=(1− ) ( )− :プリンシパルの効用関数 通常のエージェンシー・モデルと同様に、プリンシパルの効用は自分の得る金銭のみであると、 またリスク中立的であるものと仮定する。 R f ) O ( sE M = + − :エージェントの金銭的効用関数 エージェントの金銭的効用は業績給と固定給からリスクを引いたものとして表現した。 C I M A= + − :エージェントの目的関数 エージェントの目的関数は、金銭的効用(リスクを含む)と内発的効用の和からコストを引いた もので考える。文献[1]においては、金銭的効用と内発的効用の相互作用については無視したモデ ル設定となっていることに注意しておきたい。その理由は以下のとおりである。Deci は文献[6] の中で、「勤労動機を取り扱っているほとんどの理論は、内発的報酬と外的報酬の効果が加算的な ものであると仮定している。たとえばポーターとローラーは、満足は、(中略)、内発的報酬と外的 報酬の効果の総和の関数であると主張している。(中略)両者は加算的であるとは思えない。つま り、両者は相互作用の関係にある。外的報酬は内発的動機付けに影響をおよぼすのであり、一般に、 外的報酬が大きいほど内発的動機付けの低下も大きくなるのである。」と述べている。一方、Staw は上記の実証研究の結果が現実の経営組織において適用できるためには次の三つの条件が満たされ ている必要があると述べている。即ち、 1)タスクが面白いものであること 2)報酬が目立ったも のであること 3)報酬を与えるというノルムが前もって存在していないこと そしてこれらの条件 が満たされていないときは、むしろ外発的動機付けが内発的動機付けを強化することの方が起こり やすいこと、また現実に多くの経営組織ではこれらは満たされるものではないので Deci の研究結 果を経営組織の問題に応用するのは難しいと結論づけている[8]。3節のみならず、本稿で紹介す るモデル研究においては、外発的動機付けと内発的動機付けの相互作用を考えず、ポーターとロー ラーをはじめとする多くの研究と同様、トータルの効用は、金銭的効用と内発的効用の和によって きまるという仮定をおく[9]。また、次元の異なる効用を足しあわせることは、通常のミクロ経済 学、意思決定理論でも行われており、研究方法論としては不自然なことではない(もちろん、これ を仮定しない議論も多数存在するが)。 B :留保効用エージェントが最低限要求する目的関数の値を留保効用
B
で表す。 以上より、プリンシパルの意思決定問題は次のように表せる。A
e
B
A
t
s
P
e s f ′∈
≥
max
arg
.
.
max
, 具体的に関数設定した最適化問題を解くと、 ) 1 ( ) ( 2 2σ
σ
r p r p m p s − + − = となる。ここで、s
とパラメータm, p,σ
の関係に着目してみる。パラメータの値によらず次の 関係が成り立つ。 0 ≤ ∂ ∂ m s , ∂ ≥0 ∂ p s , ∂ ≤0 ∂σ
s 上記の比較静学分析の結果を、経営者の意思決定問題に即して解釈すると、次のようになる。 1.内発的動機付けが低いほど業績給の導入が効果的になる。 2.生産性が高いほど業績給の導入が効果的になる。 3.成果の不確実性が低いほど業績給の導入が効果的になる。 よりくわしい分析結果は、文献[1]を参照していただきたいのだが、ここでは、1について文 献[1]以後発展した解釈について述べてみたい。 現在、年俸制等の業績給の導入効果について、様々な議論がなされている。特に、業績給に批判 的な論者の多くは、内発的動機付けを高めることの重要性を唱えているが、実際に、内発的動機付 けを高める努力が十分なされて、そのような状態が実現したならば、ますます業績給の意義がなく なるということをこの結論は示している。しかし、変数の説明でも述べたように、ここでは、内発 的動機付けと外発的動機付けの相互作用については無視したモデル設定となっている。つまり、社 会心理学者らが唱える内発的動機付けを重視せよという論理とは別の理由で、内発的動機付けが高 まった状態では、業績給の意義がなくなるという数理経済学的主張をしているわけである。 ところで、外発的動機付けと内発的動機付けの相互作用をモデルに取り入れなかったのは、分 析を簡単にするためだけではない。別の理由として、効用関数の説明の部分でも述べたように、現 実の組織における職務において、普遍的に妥当な命題が存在しているわけではないということがあ げられる。当該分野の多くの研究は、実験室におけるパズル解き等による調査であるし、また、実態調査にしても、職務の性質に依存しない結論を主張しているものはない。この点については、実 験室だけでなく、実際の組織における調査、また職務に応じた調査などがすすむのに応じて、モデ ル分析も発展させていく必要があると考える。
4.個人目的と組織目的の葛藤を考慮に入れたモデル
前節の研究では、エージェントは、組織から与えられたひとつの目的に対して内発的動機付けを もつものとしてモデル化されていた。しかし、現実には、エージェントは、複数の目的を持ちうる ものであり、それらの目的が、それぞれ異なるレベルで、外発的にも内発的にも動機付けるもので あろう。そして、ここで問題なのは、複数の目的の間に葛藤が存在するか否かである。ある目的に 労働時間を投入したとき、別の目的への労働時間に影響があるのとないのとでは、IS の設計方針 に大きな違いが存在するものと考える。ここでは、個人目的と組織目的の二つの目的をもったエー ジェントへの IS の設計問題をモデル化した研究を紹介する。 以下、モデルにおいて用いられる記号を順に説明していく。 i:個人目的のための努力水準o
:組織目的のための努力水準 ) , , , , (i o p qθ
O O= :アウトプット関数 pは個人目的の生産性、qは組織目的の生産性である。p(q)が大きくなるほど、エージェン トは個人(組織)目的のために努力を投入することで大きなアウトプットをあげることができるよ うになる。またθ
は3節と同じものである。一般に、0
>
∂
∂
i
O
,∂
>
0
∂
o
O
,∂
>
0
∂
p
O
,∂
>
0
∂
q
O
と仮定するのが自然であるが、文献[2]では、分析を簡単にするために、O=qoθ
つまり、個人 目的のための努力からは組織に対するアウトプットは生まれないものと仮定した。また、3節と同 様に線形トレードオフ・モデルを用いることにしている。f
:固定給 これについては3節と同様である。s
:業績給の配分係数(
0
≤ s
≤
1
)
これについては3節と同様である。)
,
,
,
(
i o u v I I= :内発的効用関数(
u>v)
3節と同様、職務の遂行それ自身が直接もたらす効用を、内発的効用関数として表す(u
は個人目的の内発的動機付けの強さ、
v
は組織目的の内発的動機付けの強さである)。ただし、個人目的 からも内発的効用が得られるところが3節と異なる。逆に、3節のモデルは、この節でのモデルに おいて、u=0と仮定したケースであるというようにも考えることができる。u
(v
)が大きくなる につれて、エージェントは個人(組織)目的に大きく内発的に動機付けられることになる。一般に、 変数および関数に以下の仮定をおくことが妥当であると考える。 0 > ∂ ∂ i I , ∂ >0 ∂ o I , ∂ >0 ∂ u I , ∂ >0 ∂ v I 文献においては、具体的な関数形として、I=ui+voというものを用いた。 (文献[2]では、「職務の遂行によって得られる金銭以外の効用および不効用を、非金銭的効用 関数として表す」とのべているが、3節と同様の理由で、あえて過去の研究における解釈には固執 しない)。 C:コスト関数 3節と同様、エージェントの肉体的、精神的疲労および、余暇の減少などの機会損失に関する不 効用をコスト関数で表す(これも、内発的効用関数と同様、過去の文献と違う解釈であるが、上の 関数と同様の理由で、ここでは、こちらの解釈を主張したい)。文献[2]においては、具体的な関 数形として、次のように考えた。 複数の目的が存在する状況では、目的間の葛藤を考えることが重要である。文献[2]では、目的 間の葛藤を次のように考え、2つの理念型で表現した(c,dは両目的のもたらす不効用の大きさを 表すパラメータである)。 (イ)個人目的のための努力と組織目的のための努力に葛藤がある場合のコスト関数 組織の財務的理由などで、エージェントの総労働時間が一定水準を超えないことが望まれるよう なとき、一方の目的のための努力水準を増やすことは、もう一方の目的のための努力水準を減らす ことになりやすい。このとき、両目的の間には葛藤があると言ってよいだろう。また、一方の目的 のための努力による疲労が、もう一方の目的のための努力による疲労を増大させるとき、即ち、コ ストにシナジーが働くときにも葛藤があると言える。このような状況におけるコスト関数を文献 [2]では次のようにモデル化した。 2 ) (ci do C= + ただし i+o=T (Tは定数) 総労働時間Tは一定と仮定した。一方の疲労が他方の疲労を増加させるという状況を考慮した 関数である。これはコストのシナジーを表現したものである。 (ロ)両目的の間に葛藤がない場合のコスト関数 労働時間に関する制約がなく、また、コストにシナジーが存在しないとき、つまりエージェントがiと
o
を独立に決定できるというケースは次のようにモデル化した。 2 2 do ci C= − ) , , (s qσ
R R= :リスク関数 3節と同様、線形トレードオフ・モデルを用いたので、リスク関数はR=rsqoσ
となる。 R f ) O ( sE M = + − :エージェントの金銭的効用関数 これについては3節と同様である。 B:留保効用 これについては3節と同様である。 f O E s P=(1− ) ( )− :プリンシパルの目的関数 これについては3節と同様である。 C I M A= + − :エージェントの目的関数 これについては3節と同様である。 以上よりプリンシパルの意思決定問題は次のように表せる。 A o i B A t s P o i s f , , max arg , . . max ∈ ≥ 具体的に関数設定した最適化問題を解くと、 (イ)葛藤があるとき ) 1 ( ) ( 2 ) ( ) 1 ( 2 2σ
σ
σ
σ
r q c d cTr u v r r q s − − + − − − = (ロ)葛藤がないとき ) 1 ( ) ( 2 2σ
σ
r q r q v q s − + − = となる。ここで、s
とパラメータu ,,vqの関係に着目してみる。パラメータの値によらず次の関係 が成り立つ。 (イ)葛藤があるとき≤
0
∂
∂
q
s
, ∂ ≥0 ∂ u s , ∂ ≤0 ∂ v s(ロ)葛藤がないとき
0
≥
∂
∂
q
s
, =0 ∂ ∂ u s , ∂ ≤0 ∂ v s 上記の比較静学分析の結果を経営者の意思決定問題に即して解釈すると、次のようになる。 (イ)個人目的のための努力と組織目的のための努力の間に葛藤があるとき 1 組織目的の生産性が低いとき業績給の導入が効果的となる。 2 個人目的の内発的動機付けが高いとき業績給の導入が効果的となる。 3 組織目的の内発的動機付けが低いとき業績給の導入が効果的となる。 (ロ)個人目的のための努力と組織目的のための努力の間に葛藤がないとき 1 組織目的の生産性が高いとき業績給の導入が効果的となる。 2 個人目的の内発的動機付けは業績給の導入効果に影響を与えない。 3 組織目的の内発的動機付けが低いとき業績給の導入が効果的となる。 このように、両目的の間に葛藤が存在するかどうかによって、IS の設計方針が大きく異なるこ とがわかる。ここで、次のように実証研究への提案を行いたい。従来の社会心理学的研究では、基 本的に単一のタスクを考えていた(実験室におけるパズル解きのようなケースもそうだし、現実の 組織における実態調査を行うようなケースにおいても、成員が複数のタスク、目的に努力量を投じ 分けている状況を考慮したものは存在しない)。ところが、この節で紹介した研究の結論からもわ かるように、両目的の間に葛藤が存在するかどうかによって、IS の設計方針が異なる可能性があ るわけである。そこで、実証研究でも、複数の目的とその目的間の葛藤を考慮に入れた研究が行わ れることが望まれる。5.動機付けコストモデル
3,4節では、エージェントの効用関数に内発的効用を加えた場合の、金銭的報酬の与え方に関 するモデル研究を紹介した。これらの研究はあくまで、「仕事に対する内発的動機付けをもった エージェントに対する、外発的動機付けの方法論」に関する分析である。この節では、内発的動機 付けを高めるためにどれだけのコスト(これを動機付けコストと呼ぶ)をかけるべきかという意思 決定変数を導入し、さらなる拡張を行った研究を紹介する[3]。内発的動機付けを高めるためのコ ストをいかにかけるか、さらに、このようなコストを考慮した場合に、金銭的 IS をいかに与える かという問題を同時に分析するモデルの紹介である。現実の組織において、いかに内発的動機付け を高めるかという問題については、研究者、マネージャー、コンサルタント等が精力的に効果的な 手法を模索している最中である[10]。しかし、実際に、内発的動機付けを高めるためには、成員との面談、実態調査、専門家への依頼 などに、金銭的、時間的コストがかかるものと考えるべきである。内発的動機付けに関する社会心 理学的研究においては、このコストについて目を向けることが少ない(これは心理学における直接 の課題ではないし、このようなコストを定量的に測定することは困難でもあるので、当然のことで はあるのだが)ので、ともすれば、必要以上に内発的動機付け向上のメリットを強調することにな りやすい傾向がある。しかし、経営者の意思決定問題として、内発的動機付け問題を考える時、こ のようなコスト感覚は欠くことができないものであることは明らかである。内発的動機付けを金銭 的動機付けに対してどの程度行うのが適当かという問題について論じた研究は、従来まったく存在 しなかったのであるが、著者らのモデル分析がその先鞭をつけたと考えている。具体的には、「ど のようなときに動機付けコストを大きくするのが効果的であるのか、さらに、動機付けコストを考 慮した場合の金銭的 IS の設計問題はどうあるべきか」について同時分析を行った。 提案するモデルの基本構造は以下の通りである。プリンシパルは、成果に応じた金銭的報酬の 与え方、および、動機付けコストのレベルをエージェントに伝える。次にエージェントは、この金 銭的 IS、動機付けコストレベルのもとで自らの効用関数の値を最大にするような努力水準を決定 する。これらをかんがみて、プリンシパルは自らの効用関数(金銭的利得)の値を最大にするよう に金銭的 IS と動機付けコストレベルを決定する。 次に、実際に分析に用いるモデルを説明する。
e
:エージェントの努力水準 ) , , (p eθ
O O= :成果 pは生産性である。θ
は平均0分散σ
2の正規分布に従う確率変数とする。具体的な関数表現に 関しては、様々な方法がありうることは、3節で述べたとおりであるが、ここでは、期待効用の確 実同値額のモデルO= p(e+θ
)を用いた(詳しくはリスク関数のところで述べる)。s
:業績給の配分係数 (0< s<1) これについては3,4節と同様である。f
:固定給 これについては3,4節と同様である。 ) , , (s pσ
R R= :リスク関数 リスクに関する不効用の表現法にはさまざまなタイプがあることは3節で述べたが、ここでは、 3,4節とは別のタイプの関数形を用いる。これは、3節の生産性とアウトプットの説明でも述べ たように、解析的分析のために必要な設定であり、特定の結論を導くための恣意的な関数設定ではない。文献[3]においては、具体的な関数形として、R=rs2p2
σ
2/2というものを用いた。つま り、エージェントの得る金銭(これは確率変数である)の分散の定数倍で評価するというわけであ る。これは期待効用の確実同値額モデルである(あるいは、平均―分散アプローチともよばれるも のである)。エージェントの効用関数をD(x~)としたとき(x
~
は確率変数)、−D
′′/
D
′=r
(
const
)
となるならば、D
(x
~
)
の確実同値額はE
(
~
x
)
−(
r
/
2
)
VAR
(
~
x
)
となることが、一般に知られている [5]。つまり、上のアウトプット関数と合わせれば、エージェントの金銭的効用は確率変数の確実 同値額になっているわけである。 2 m : 動機付けコスト)
,
(
me I I= : 内発的効用関数 この部分が拡張モデルの核にあたる。エージェントの内発的効用を増大させるのにかかる時間的、 金銭的コストを総称して、動機付けコストとよんでいるが、一般に、動機付けコストに関しても、 収穫逓減(収穫とはこの場合、エージェントの内発的動機付けの向上度合いのことである)を想定 し、文献においては、具体的な関数形として、 2 m というものを用いた。また、職務の遂行がエー ジェントにもたらす内発的効用を、内発的効用関数として表す。a
は、動機付けコストをかけたと きの内発的動機付けの向上の度合いを表すパラメータで、これを内発的効用係数とよぶことにする。 この値が大きいほど、単位コストあたりの動機付け向上の度合いが大きい。3,4節と同様、変数 および関数に以下の仮定をおくことが妥当であると考える。0
>
∂
∂
m
I
および >0 ∂ ∂ e I 文献においては、具体的な関数形として、I =maeというものを用いた。 2 ce C= :コスト関数 3,4節と同様に、エージェントの肉体的、精神的疲労および、余暇の減少などの機会損失に関 する不効用をコスト関数で表す。文献[3]においては、具体的な関数形として、C=ce2というも のを用いた。f
m
)
O
(
E
)
s
1
(
P
=
−
−
2−
:プリンシパルの効用関数 3,4節と同様に、プリンシパルの効用は自分の得る金銭のみであり、リスク中立的であるもの と仮定する。R
f
)
O
(
sE
M
=
+
−
:エージェントの金銭的効用関数 これについては3,4節と同様である。C
I
M
A
=
+
−
:エージェントの目的関数 これについては3,4節と同様である。B :留保効用 これについては3,4節と同様である。 以上より、プリンシパルの意思決定問題は次のように表せる。 A max arg e B A . t. s P max e m , s , f ′ ∈ ≥ 具体的に関数設定した最適化問題を解くと、 2 2 1 1
σ
cr s + = , 2 4c a ap m − = , c B ma sp B f = − + + 4 ) ( 2 となる。ここで、s,m,f とパラメータσ
,a,p,cの関係に着目してみる。パラメータの値によらず 次の関係が成り立つ。 0 = ∂ ∂σ
m ,∂ <0 ∂σ
s ,∂ >0 ∂σ
f 0 > ∂ ∂ a m ,∂ =0 ∂ a s ,∂ <0 ∂ a f ,0
>
∂
∂
p
m
,∂
=
0
∂
p
s
,0
<
∂
∂
c
m
,∂
<
0
∂
c
s
, 上記の比較静学分析の結果を経営者の意思決定問題に即して解釈すると、次のようになる。 1 環境の不確実性が小さいときは、業績給の割合を大きくして、固定給を減らすのが効果的にな る。 2 内発的効用係数が大きいときは動機付けコストを大きくするのが効果的になる。 3 内発的効用係数が大きいときは固定給を減らすのが効果的になる。 4 生産性が高いときは動機付けコストを大きくするのが効果的になる。 5 職務のコストが小さいときは、業績給の割合を大きするのが効果的になる。 6 職務のコストが小さいときは動機付けコストを大きくするのが効果的になる。 よりくわしい分析結果は、文献[3]を参照していただきたいのだが、ここでは、文献[3]以後発展した解釈について述べてみたい。 業績給の導入効果に関する知見は、ほぼ、3,4節と同じである。より拡張されたモデルでも同 様の結論が得られたということに意義はあるが、新しい知見ではない。重要なのは、動機付けコス トとパラメータの関係である。ここでは特に、6について注目してみたい。 職務のコストが大きい(小さい)ということは、主に、職務のもたらす倦怠感、疲労が大きい (小さい)ということと、余暇の減少による機会損失が大きい(小さい)ということの2通りが考 えられる。このモデルでは、職務のもたらす疲労や倦怠感は内発的動機付けの強さ(MPS)とは無 関係という仮定をおいていた。直感的には、正の内発的動機付けの強さと、負の非金銭的効用であ る疲労や倦怠感の強さは、反比例の関係にありそうにも思えるが、ハーツバーグの研究などからも わかるように、単純に、そうともいいきれない[11]。実際には、内発的動機付けを構成する要素を より詳細に完備な形で分析されるのをまち、モデル分析に応用するのがよいと考えている。現時点 では、あくまで、コストと MPS は無関係といういわば理念型における結果しか得られていないこと を断っておきたい。 6は、余暇の減少による機会損失が大きいときは、動機付けコストをかけるのは効率的でないと いう結果であるが、これは、本研究で得られた結論のうちもっとも重要なものであると考える。先 にも述べたが、社会心理学的研究においては、必要以上に内発的動機付け向上のメリットを強調す ることになりやすい傾向がある。しかし、すべての組織人が仕事に面白さを求めているのかどうか 不明であるし、また、仕事の面白さよりも余暇の充実に生きがいを強く感じる人間も見受けられる のは事実である。このようなケースにおいても、大きなコストをかけて、内発的動機付けを高める のは、組織として望ましいといえるだろうか。この命題は、そのような疑問を、一定の根拠ととも に提案するものである。 今後の課題は、次の通りである。まず、モデル分析自体に関しては、以下のような方向での拡張 が考えられる。今回は、金銭的報酬システムと動機付けコストレベルを同時に決定するという意思 決定問題を考えた。しかし、現実には、既に金銭的 IS が決定した状況で、動機付けコストレベル のみを決定するというような場合もあるだろう。これは、固定給や業績給の割合(シェア)を定数 として、動機付けコストのみをプリンシパルの意思決定変数とするモデルで分析することができる。 また、この節の冒頭でも述べたように、従来の実証研究、実態調査においては、コストについて 目を向けてこなかった。それゆえ、傾向として、内発的動機付け向上のメリットが強調されやすい という面が存在していると考える。1節でも述べたように、モデル分析の観点から、このようなコ ストを考慮に入れた調査を、実証研究側に提案することは、まさに、1節で示した両研究アプロー チの相互作用によるスパイラル的な発展に寄与する第一歩になりうる。
さらに、組織の実態調査において、動機付けの向上度合いと動機付けコストレベルの関係につい て分析することも提案したい。
6.おわりに
本稿は、動機付け問題に対する数理的アプローチとして、著者らが行ってきた一連の研究を統一 的視点でまとめ、さらに、新たな知見の追加、実証研究への提案まで行ったものである。 新たな知見としては、 1 モデル研究の結論である、職務のコストが小さいときは動機付けコストを大きくするのが効果 的になるという命題より、従来社会心理学が強調してきた、内発的動機付けを高めるのは組織と して望ましいという命題の「普遍的」な妥当性について疑問を呈することができる。 2 モデル研究の結論である、内発的動機付けが低いほど業績給の導入が効果的になるという命題 より、内発的動機付けを高める努力が十分なされて、そのような状態が実現したならば、ますま す業績給の意義がなくなるという解釈が可能である。 実証研究への提案としては、 1 内発的動機付けと、疲労や倦怠感の強さについて正確な関係を分析することが望まれる(内発 的動機付けを構成する要素をより詳細に完備な形で分析することが望まれる)。 2 組織の実態調査において、動機付けの向上度合いと動機付けコストレベルの関係について分析 することが望まれる。 3 実験室におけるパズル解き等だけでなく、実際の組織において、様々な職務に応じて外発的動 機付けと内発的動機付けの関係について分析することが望まれる。 4 複数の目的とその目的間の葛藤を考慮に入れた研究が行われることが望まれる。 といったものが得られた。 今後は、実証研究の進歩とともに、モデルを精緻化し、より現実的な研究をすすめたいと、ま た関数制約によらない、普遍的な命題を得るために、より一般的な関数形で分析したいと考えてい る。参考文献 [1] 松村良平,中野文平,猪原健弘,高橋真吾, 「職務の性質に応じたインセンティブ・システムの設計方法 に関する分析」, 経営情報学会誌, Vol7, No3, pp.65-78, 1998. [2] 松村良平,中野文平,猪原健弘,高橋真吾, 「複数の目的をもった労働者に対するインセンティブ・シス テムの設計方法に関する分析」, オペレーションズ・リサーチ 1999年11月号, pp.621-626 [3] 松村良平,小林憲正, 「内発的動機づけを導入したエージェンシー・モデルの分析」, オペレーション ズ・リサーチ 2004年12月号, pp.751-755 [4] 谷内正文, 「エージェンシー・モデルについて」, オペレーションズ・リサーチ, 1983年11月号, pp.558-564
[5] Spremann,K., ‘Agent and Principal’, in “Agency Theory, Information, and Incentives”, Springer-Vertag, 1987.
[6] Deci,E.L., “Intrinsic Motivation”, Plenum Press, 1975. (安藤延男,石田梅男 訳「内発的動機づけ」, 誠心書房, 1980.)
[7] Hackman,J.R. and G.R.Oldham, “Motivation Through the Design of Work: Test of a Theory”, Organizational Behavior and Human Performance, 16, pp.250-279, 1976.
[ 8 ] Staw,B.M., ‘Motivation in Organizations: Toward Synthesis and Redirection’, in “New Directions in Organizational Behavior”, Chicago: St.Clair Press, 1977
[9] Porter,L.W. and Lawler,E.E., “Managerial Attitudes and Performance”, Homewood, Irwin-Dorsey, 1968. [10] 小笹芳央, 「モチベーション・マネジメント」, PHP 研究所, 1999.
[11] Herzberg, F., 1966, “Work and the Nature of Man”, World.