心理療法
著者名(日)
井上 円了
雑誌名
井上円了選集
巻
10
ページ
169-255
発行年
1991-03-20
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00002929/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja劇王里
よ1
縁t
梓全
1.冊数
1冊
2.サイズ(タテ×ヨコ) 151×223m 3.ページ 総数:189 緒言: 3 本文:186 (巻頭) 4.刊行年月日 初版: 明治37年11月28日 底本:再版 明治38年2月14日 5.句読点 あり 6.その他 (1)本書では,緒言に記された 趣旨を尊重し,多数に及ぶ引用 文も現代表記にした。緒 言 心理療法は余が数年前より唱うるところにして、先年発行の﹃妖怪学講義録﹄中に、生理療法はこの療法と相 まちて始めて治療の目的を達すべきゆえんを論じたることありき。その後詳細の方法を尋問しきたれるものある に対し、他日 冊子として別に世に公にせんことを約しおきたれば、ここに本書を起草してその責めをふさぐこ ととなせり。 本書中には、心理療法は古今東西に行われおることを証明し、かつ療法の分類を掲げて、その方法に種々ある ことを示せるのみ。しかしていずれの病症にいずれの方法が適するかは、病者の性質、境遇等の諸事情に関係す ることなれば、あらかじめ一定し難し。されど、すべての病気に心理療法の必要なることは、ほとんど疑いをい れず。今その理由を広く世人に知らしめんと欲し、文章は平易を旨とし、義理は簡明を主とし、通俗をして読み やすく解しやすからしむることをつとめ、その例証のごときは多く古今の随筆中に出ずるものを取れり。けだし 随筆は比較的その当時の事実を伝えたるものなればなり。 本書中の編目は左︹前出︺のごとし。 心理療法 169
第一 総論
人の貴ぶところ生命より重きはなし。金銭も貴重なり、衣食も貴重なり、財産も貴重なるも、みな生命の貴重 なるに基づく。身を立て道を行い、名を後世に揚げて、もって父母をあらわすところの孝道も、義勇公に奉じて 天壌無窮の皇運を扶翼するところの忠道も、またみな生命を待ちて始めてこれを全うすべし。されば諺に﹁命あ りての物種﹂という。生命の貴重なることかくのごとし。しかしてその生命を人より託せられ、よく死を起こし て生をめぐらすものは医術なり、医者なり。医の責任の重大なること推して知るべし。古来、医は仁術なりと称 せるが、余おもえらく、医は仁術中の最も大なるものなり。なんとなれば、その術たるや、人生中最も貴重なる 生命を救うものなればなり。またこれを司命の職という。司命の職とは死生の命をつかさどる職の意なり。﹃医家 初訓﹄にこれを解して、﹁人は万物の霊にして、人の命より重きはなし。その重き命をつかさどる任なれば、凡百 の技芸中において医業ほど重きはなかるべし。﹂と説き、﹃国語﹄には﹁上医は国を医し、そのつぎは人を医し、 そのつぎは病を医す。﹂とあり。余案ずるに、病を医するはすなわち人を医するゆえん、人を医するはすなわち国 を医するゆえんなれば、上医と下医とを問わず、医はすべて国を医するものと解して不可なきがごとし。しかる に和漢の学風によるに、古来、医を損斥して末技となせしは、儒教の弊たること明らかなり。 医の職の重大にして、その術の至仁なることは、今すでに述ぶるがごとし。されば医たるもの、平素その心得 をもって職に当たるべきはもちろんなり。たとえば人に対して仁術を行わんとするには、まずその心に仁慈の至 170心理療法 情を有せざるべからず。﹃論語﹄に﹁人にしてつねなくんば、もって巫医となるべからず。﹂とあるは、このこと を戒めたるなり。また医術を施すには学術の熟達を要す。世に学術未熟のために人を薬殺することあり。故に蘇 翁︹蘇東披︺は﹁書を学ぶものは紙を費やし、医を学ぶものは人を費やす。﹂といえり。わが僅諺に﹁薬、人を殺さ ず、医者、人を殺す。﹂とあるは、すなわちこれに基づく。﹃生々堂養生訓﹄に﹁古今和漢、人を病ましめ人を殺 すものはまた医よりはなはだしきはなし。虎狼の毒も及ぶところにあらず。﹂とあり。また古人の歌に﹁世の中に 虎おほかみは何ならず、医者のやぶこそなほまさりけれ﹂とありて、世に虎狼よりなお恐ろしきものは医者なり とは、実に驚かざるを得ず。されば﹃橘庵漫筆﹄に﹁医師どもの不自由な里の賀振舞︹がぶるまい︺﹂とあるも一 理あるに似たり。その意は、世に医者に乏しきために幸いに早死を免れ、.長寿を得たるものあるをいうなり。ま た同書に医を解して﹁医は衣なり、衣服美ならざれば行われず。医は威なり、威儀敦重ならざれば服せられず。 医は異なり、異言異体よく用いらる。医は夷なり、ややもすれば人を夷︵そこな︶う。医は稲荷︵いなり︶、よく尾 を出さず人を証︵たぶら︶かす。﹂とあるも、医の弊を指摘せる警語というべし。されば﹃本朝医談﹄に﹁医の字読 みてクスシというは奇なり。その術の奇効あるをいいしなり。薬石をクスリというもまた奇の義なり。﹂とあるも、 人を活かすべき医にして人を殺すは、これまた奇の義なりと解しても可ならん。 医に名医と庸医との別あり。﹁医家初訓﹄にこれを比較して、﹁名医の失治は非命に命を限︹おと︺すに至らず。 庸医は眼中に定見なく、胸裏に準縄なし。これ故に病人を診する初めより瞥者︹こしゃ︺の暗夜に土礫を榔︹なげ う︺つがごとく、あたるも偶中、またあたらざるも偶中なり。﹂とす。かくのごとき療法は、ト笠︹ぼくぜい︺に考 えて薬方を定むると異なるところなし。﹃随意録﹄に出でたる天道医となんぞ選ばんや。 171
’ 江都の市街にかつて一医あり。病人きたりて治療を請えば、すなわちひそかに小薬袋十数を掬︹きく︺し、閉 目して南無天道と称してこれを榔散︹てきさん︺し、その仰ぐものを撮︵とり︶てすなわちこれを配剤し、もっ てこれに与えり。当時これを天道医と号す。 著者これを評して、その知らざるところを天に任ずるは、なお藪医の知らずして不中の薬を与うるにまされり となせり。これ古来、病を医するにト笠、祈薦、禁厭等の行われしゆえんなり。 ある人曰く﹁名医は人を活かし、庸医は人を殺す。しかして庸医の進んで名医となるには、その間に多くの人 を殺さざるべからず。﹂と。この言に従わば、名医はその初めにおいて多くの人を殺したるものとなるべし。西︹洋︺ 人の言に﹁人を殺して罰を受けざるものはひとり医師あるのみ。﹂とありて、人を殺すは医の本職にして世の許す ところなりとするも、庸医はもとより人を殺し、名医もまた人を殺すとせぱ、医は仁術にあらずして不仁のはな はだしきものといわざるべからず。諺に﹁医者、ボン、カボチャ﹂と称することあり。ボンとは坊主のことなり。 けだしこの三者は、ともに老いたるをよしとするの意なりという。医者の老いたるはすなわち経験に富めるの意 にして、経験に富めるは多くの人を殺せる意なり。しかれども医の人を殺すはすなわち人を活かすゆえんにして、 人を活かすこと人を殺すよりも多ければ、もとよりこれを称して仁術というを得べし。ただし己の職責を重んぜ ずして人を殺すに至るものは、これを藪医と称せんより、むしろ賊医と呼ばざるべからず。 以上は昔時の医につきての言のみ。方今にありては大政維新とともに医術も大いに面目を一新し、昔日のいわ ゆる藪医なるものほとんど跡を絶つに至り、いやしくも開業医の看板を掛くるものにして医学の一斑を知らざる はなく、また世に警者の暗夜に石を投ずるがごときもの一人も見ることあたわざるに至れり。韓近わが国の諸学 172
心理.療法 諸術ことごとく進歩したるも、なかんずく最も発達せるものは医術にして、その勢い欧米の医界を凌駕せんとす、 実に盛んなりというべし。しかりしこうして、今日なお医の人を殺すことなしと断言すべからず。これを昔日に 比するに五十歩百歩の相違あるも、誤診、失治また少なしとせず。したがって薬殺する場合なきにあらず。しか れども余が今論ぜんと欲する点は、決してかかる薬殺云々を争わんとするにあらず。ただ余が局外よりこれをみ るに、今日医術の進歩に伴って自然に起これる一種の弊害あるを知り、ここにいささかそのことを開陳して世の 識者に問わんと欲するなり。 昔日の医学は空想に基づき、今日の医学は実験に基づき、したがって治術の上にも巧拙の大差あるを見るに至 るといえども、今日の医道をもっていまだ完全したるものというべからず。余思うに、昔日の諸法中にも一長あ り、今日の諸術中にも一短あり。その長を取りてその短を補わば、始めて医術の完成を期すべし。しかるに世間 の通弊たるや、昔日の医法は一切これを放棄して、すこしも参考とするに足らざるものとなすがごときは、余の いささか怪しむところなり。古語に﹁智者千慮必ず一失あり、愚者千慮必ず一得あり。﹂といえり。もししから ば、今日の千術中に一失あり、昔日の千術中に一得ありというを得べき理なり。すなわち余は今日の医術に一失 ありて、昔日の方に一得ありといわんとす。今その理由を述ぶるに、昔日は学理いまだ明らかならず、治方いま だくわしからず。これに加うるに医者に乏しく、医薬もその類少なく、たまたま病人あるも軽症は医を頼まず、 薬を用いず、ただ自然の勢いに任ずるのみ。もし薬を用うるも、一、二種の売薬をもって万病に応用し、もって 平癒を待つは、やはり病運を自然に決するものなり。重病に至りても医者に乏しき山家にありては、日夜平臥し て、ただ死生を自然の命運に帰するのみ。もし服薬するも、越中の売薬をもって最後の療方となす。紀州熊野辺 173
のごときは医に乏しく、また薬に乏し。いかなる重症難患も、白米のかゆを食せしむるをもって最上の良薬とな せりという。要するに、その時代は治病を人力に待たずして、天運に任ぜしものなり。 今日はしからず。病気の軽重難易を問わず、ことごとく医診医療の力によりて全癒するものと信じ、一も医者、 二も医者、今日も薬、明日も薬といい、やや人力一方に依頼し過ぐる風あり。故をもって医療の力の幸いに効験 あるを見れば、病気もますます快方に進むことを得るも、もしその効の予期するがごとく見えざる場合には、疑 罹の念を生じ、これがためにかえって病苦を増し、病勢を進ましむることあり。これに加うるに、病者が医診の 当否を怪しみ、医薬の適不適を疑い、医師その人を信ぜざるに至り、その結果、病気の回復を妨ぐるに至るべし。 ことに近来知識の進歩とともに、一般の人も多少生理の初歩、病理の一端を知り、これがために発病ごとに神経 を用い、精神を労すること、その度に過ぐることあり。たとえば口中より血痕の混じたるものを吐出すれば、た ちまち不治の肺病にかかりたるがごとく憂慮し、ために自然に治すべきものも、自ら迎えて不治症に陥らしむる ことなしとせず。これを昔日の天道に一任して自ら安んずるに比すれば、病者の利害得失いかんは識者を待たず して判知すべし。これもとより今日の医学の害にもあらず、医師の罪にもあらざるも、医術の進歩に伴って自然 に起これる一種の余弊というべきものなり。 昔日は医学医術の進歩せざりしために、いちいち生理解剖の実験に考えて診断施術することあたわず。ただ古 書に信拠し、古方に信頼して、治療するのみなりき。また病者も医師医薬を信懸し、あるいは神仏を信念して、 ただ一心に病気の平癒を祈る風ありき。今日はしからず。一切かかる信仰を打破して、すべて道理と実験とによ らんとし、その病理は物質的方面に偏し、その療法は器械的方法に偏し、単に肉体の構造機能の上に耳目を注ぎ、 174
すこしも精神の方面における状態、影響を問わざる風あり。これ医術の本領としては正当の道なるべきも、精神 の最も発達せる人体の上に治療を行うに当たりては、精神の方面の観察もまた決して等閑に付すべからず。しか れども医術進歩の結果として、精神の方面を疎んずるに至るは勢いの免れざるところなり。故にこれまた医術の 進歩に伴うところの 短なりとす。その理由は後に至りて証明すべし。 以上述ぶるところ、これを要するに、天運に一任して平癒を待つは、これを名付けて自然療法といい、信頼、 祈念によりて平癒を望むは信仰療法という。しかして余が意は、自然療法と信仰療法とは昔日の長所にして、今 日この法を採用する必要ありというにあり。しかしてこの二者は、帰するところ肉体の方面にあらずして、精神 の方面に属する療法なり。病気の結果を自然に↓任するがごときは、畢寛これによりて自ら安んずるに外ならず、 すなわち慰安療法なり。すでにこれを慰安とすれば、精神療法なること問わずして知るべし。故に余は自然療法 と信仰療法とを合して、ここに心理療法と名付くるなり。
第二 身心二面論
心理療法 そもそも宇宙間には森羅の万象の現立するあり、これを指して物という。これに対して万象を見聞覚知する作 用を心という。物は所観の体にして、心は能観の体なり。故に前者を客観と名付け、後者を主観と名付く。主は 客に対して・王となり、客は・王に対して客となるがごとく、心は物に対し、物は心に対し、二者両立してしかも相 m 離るべからざるものなり。これを物心相対という。けだし宇宙は物心の相対より成るものとす。この物心の直接に融合する所は吾人の身体なり。その五臓六腋、耳目手足の諸部は物質より成り、これを知覚し意識するものは 精神なり。すなわち吾人の体は身心二面より成るを知るべし。いやしくも生命ある間は、身体中いずれの部分と いえども、身心二者の相関にあらざるはなし。たとえば耳朶をつねるも、足端をかくも、必ず痛療を感ぜざるな きは、身心二者の融合を自明するものなり。もしその痛廣を感ぜざるに至らば、肉体上に損所あるか、しからざ れば生命を失えるものと断定して可なり。かく身心二者が密接に相合し相関する以上は、一挙一動、一言一語、 一笑 泣、みな二者の合同作用に出でざるはなし。 古語に﹁思内にあれば色外にあらわる﹂とありて、心内の思想に異動あれば、その状態を顔色、面貌の上に表 顕するを常とす。これに反して外貌に変動あれば、必ず内想に異状あるを知るべし。人身の疾病におけるもまた しかり。疾病は今日の病理学の解するところによるに、生活体の組織機能の変化異状あるより生ずとし、その原 因を主として肉体の方に立つるも、肉体と精神とは相まちて離れざるものなれば、精神の方面をもあわせて考え ざるべからず。ある病気は肉体の方面より起こるも、他の病気は精神の方面より生ずることあり。しかして精神 上より発するものは、必ずその異状を肉体の上に表示すると同じく、肉体上の異状は必ず精神上に影響するなり。 たとえば車馬より落下して身体を殿損せる場合のごとき、あるいは不消化物を食して腸胃病を起こせる場合のご ときは、肉体上より発する病患なるも、必ず心中に苦痛を感じ、不快を覚ゆるに至る。これに反して精神の過労 によりて脳病を起こし、あるいは壁憂のために諸病を誘発したる場合のごときは、精神上より発するものにして、 必ずその結果を身体の組織機関の上に現ずるに至る。これによりてこれをみるに、一切の疾病はみな身心二者に 関係せざるはなきを知るべし。 176
心理療法 かくして一切の疾病は身心相関の上に現ぜざるはなしといえども、その原因の身面より生ずるものと、心面よ り発するものとの別あり。故にこの二者の混同を避けんために、しばらく肉体的、すなわち身的疾病と、精神的、 すなわち心的疾病との名称を与うること便なりとす。あるいはこれを単に身病、心病と名付くるも可なり。すで に疾病そのものにこの二者の別ある以上は、これを治療する方法にもまたこの二方面あるべき理なり。その一は 肉体の方面より治病を行うもの、これを身的療法と名付くべく、その二は精神の方面より治病を施すもの、これ を心的療法というべし。身的療法は今日の医学医術のもっぱら任ずるところにして、生理学、解剖学等の学理に 基づき、身体の組織機能の上より治療するものなれば、あるいはこれを生理療法と名付けて可なり。これに対し て心的療法はここに心理療法と称するなり。この心理療法は古代医術のいまだ進まざりしときに当たりては、一 般の治療中に加わりしといえども、近世医学の開くるに従い、医術はその本領たる生理療法に限ることとなり、 心理療法は全く度外におかるるに至れり。しかして心理療法は今日なお宗教の一部において行わるるを見る。お もうに古代心理療法の医法中に加わりしは、医術と宗教とを混同せる故ならん。故に余はその療法は医術の本領 にあらざることを知るも、医家の必ずしも排斥すべきものにあらずして、かえって参考として採用すべきものと なす。またその療法は宗教の本旨とするところにあらず、ただ古来宗教の応用上、自然にこれに付帯して行いた りしのみ。すなわち加持祈濤のごとき、これによりて病気を治せんとするはその本意にあらざるなり。されど宗 教は元来信仰をもととするものなれば、いやしくも信仰の元素の療法中に加わることあらば、これを宗教の応用 の一種と見てもあえて不可なかるべし。ただしこれをもって宗教の本領とはいうべからず。ことに民間に行わる る信仰療法は多く迷信に陥り、今後の心理療法とはなし難し。もしその迷信を避けんと欲せば、高等の宗教によ 177
らざるべからず。しからざれば哲学もしくは心理学の道理に考えて、その方法を改定するを要す。余おもえらく、 今より後、心理学を治療の方面に応用するに至らば、必ず今日に適応する療法を案出するを得べし。その一例は 催眠術なり。この術たるや西洋にて治療に応用せんと欲して、その発明者をもって目せらるるメスマーもすでに これを試みたりという。わが国にありても近来その試験をなすものあり。余かつてこのことに関し、馬嶋東伯氏 の問いに答えたることあれば、左に掲ぐべし。 馬嶋東伯氏、一日余が駒込の寓居を訪うて曰く、拙者は西洋伝来の催眠術を利用して治療上に施し、これを 数十人に試みたるに、みな好成績を得たりと。かつ曰く、本術はいかなる重症難患といえども、薬石を用い ず、診断を要せずして、たやすく全治することを得る奇法なり。願わくばこれを心理学の道理に照らして、 その理由を示されんことを。余これに答えて曰く、そもそも人は身心の両部より成り、その動作一としてこ の両部の結合作用にあらざるはなし。諸病諸患もまたみな二者の関係より起こる。身部より起こる病は必ず その影響を心部の上に及ぼし、心部より生ずる病は必ずその結果を身部の上に及ぼすは、なにびともよく知 るところなり。たとえば暴食過飲して腸胃の上に病患を起こし、過度労役して四肢の上に傷害をきたすがご ときは、いわゆる身部より生ずる病なり。しかしてその心に病苦を感じ、不快を生ずるは、いわゆる身部の 影響が心部の上に及ぼすものなり。これに反して憂苦欝閉して疾病を発するがごときは、いわゆる心部より 生ずる病なり。しかして生理機関の上に損害を見るに至るは、いわゆる心部の結果を身部の上に現ずるもの なり。故に病患は身部より生ずるものと、心部より生ずるものの二種あり。かつ身心二者は全く相離れざる をもって、一方の病は必ず他方の病となるを免れず。語を換えていえば、諸病諸患はみな身心の両部に関す 178
心理療法 るものなり。果たしてしからば、人の病患を医するにも、身部より療するものと、心部より治するものの二 方なかるべからず。しかるに古来、医家の療法はひとり身部よりの療法にして、いまだ世に心部よりの療法 あるを聞かざるは、かえって怪しむべきことなり。今、足下︵馬嶋氏︶の実験にかかる療法は、全く心部より の療法なること明らかなり。すでにその法が薬石診断を要せずして、よく医家の治すべからざる重症を治し 得るとあるは、身部よりの療法にあらざること言をまたず云々。 その要旨は前に述べしところに同じ。当時余もこの法を実地に試みんと欲し、馬嶋氏を哲学館に招き、数回病 者に施して実験せしめたることあり。そのとき氏の伝を受けて自ら試みしもの数名ありしも、今日まで継続した るものは五十嵐光龍氏一人のみ。同氏は十数年の間において数万人に試みたるに、いずれも効験ありたりといえ り。近年はこの術大いに流行し、諸方においてこれを専門の業務となせるものあるがごとし。もとよりその術た るや今日なお試験中に属すといえども、すでに治病に多少の効験ありとすれば、余がいわゆる心理療法なること 瞭然たり。 催眠術の外に仏家にて伝うるところの止観法、坐禅法のごときも、治病に効験あること明らかにして、これま た心理療法の一種なり。神水をもって人を医し、禁厭をもって病を治するがごときも、その効験を神力に帰せず して、信仰作用に帰するときは、もとより心理療法の一種となるべし。ただし神水、禁厭のごときは、愚民のこ れを迷信せるより弊害も少なからざれば、余はなるべく害あるものを避けて利あるものを選び、道理なきものを 捨てて道理あるものを取らんとす。畢寛するに、今日まで心理療法が信ずべき道理と見るべき効験のありしにも かかわらず、ただ一に医家の排斥するところとなり、ために愚民の迷信中に陥りしはかえって遺憾の次第なり。 179
今、余はこの法を改良振興して、治病衛生の一助となさんとするにあたり、まず医家の反省を促し、世人の注意 を請わんと欲するなり。以上述べたるところ、これを約するに、人の身体は身心二面より成り、一切の病患はこ の二面相関の上に生ずる以上は、これを治する療法にも身心二方なかるべからず。すなわち生理療法および心理 療法なり。しかして今日の医家が生理療法を本領とするは当然なれども、心理療法を排斥せんとするは偏見狭量 を免れ難し。されば医家においてもこの法を参考する必要ありというにあり。 180
第三 内外二科論
すでに述べしがごとく、医家の療法は自然療法にあらずして人為療法なり、信仰療法にあらずして実験療法な り。換言すれば、心理療法にあらずして生理療法なりというも、その中に自然療法および信仰療法の多く加わり おることは、医家といえども決して否定すべからず。今、医術を内外二科に分かちて考うるに、内科、外科とも に自然、信仰の二療法を待ちて、始めてその効験を見るべし。なかんずく内科にはこの二療法の加わること多し。 まず自然療法につきて考うるに、その要旨は病気の回復を自然に一任するの謂︹いい︺にして、太古未開の時代に ありては、別に医師もなく医薬もなければ、みなこの自然療法によりたること明らかなり。今日にありても軽症 の病気、たとえば風邪のごときは多く自然療法を用う。貧民のごときはことにしかりとす。ただ学術の進歩する に従い、人為療法がようやく進みて自然療法の範囲を減縮するに至るは当然のことなり。もし一切の病気が自然 に任じて平癒するものならば、医術医薬の必要なかるべし。すでにこれを名付けて医術という以上は、自然にあ心理療法 らずして人為なることもちろんなり。けだし世の文明の進歩とは、自然を離れて人為に就くの意にして、自然を 去ることいよいよ遠きは、社会のいよいよ進みたるを証するに足る。故に療法が日一日より自然をして人為に帰 せしむるに至れるは、全く医道の進歩を証し、外科の範囲が年を追って内科の領内に侵入するも、その術の発達 を示すものなり。されば医家の療法に自然を加えんとするは、医術の本意にあらざること明らかなりと知るべし。 しかれども、もし人為そのものを推究するときは、全く自然を離れたるものにあらずして、自然の変態に外な らざるを見るべし。すなわち人為もまた自然の一種なり。今その理由を医家の療法につきて述ぶるに、生あるも のは必ず死に帰し、盛んなるものは必ず衰うるは自然の規律にして、人寿に長短の別あるも、およそ一定の命数 あれば、医術いかほど進むも到底一〇〇歳の人を二〇〇歳、三〇〇歳に延長せしむることあたわず。しかるに人 は種々の原因より天然の命数を全うすることを得ざる場合あり。これ人が自然の法則に違戻するところあるによ る。故に医家は衛生の法、生理の学を講じて、人をして自然に準拠せしむるのみ。換言すれば、自然の法則の許 す限りにおいて、種々の妨害を除き、でき得るだけ人寿を延長せしむるに過ぎず。また肺患にかかるものあるに、 これを治するの法は、大工が家屋の修繕をなすに、朽ちたる柱を除き、新材を取りてこれに代わらしむるがごと く、肺の一部を除き去り、他物をしてこれに代用せしむることあたわず。足を折り手をくじくにおけるもこれに 同じ。ただ医療の目的は人身自然の性に従い、種々の妨害を除き、もってそのもとに復せんとする勢いを助成す るに過ぎず。換言すれば、自然の媒介となりてその性を助長するの手段を取るに外ならざるなり。故に医術は表 面において人為なるも、裏面においては自然に待つところあるを知るべし。果たしてしからば、医家は人為の治 療を施しながら、自然の法則に準拠することを記せざるべからざるはもちろん、自然療法の力を要することを忘 181
るべからず。 82 人身自然の性がそのもとに復せんとするに当たり、この勢いを妨ぐる事情は身心内外二面より生ずるものにし ー て、今日の医家は外部の妨害を除くことのみをつとめ、内部の妨害を顧みざる風あるは、医家の欠点といわざる を得ず。もしその欠点を補わんと欲せば、内部すなわち精神の方面を考察せざるべからず。これ余が心理療法の 必要を唱うるゆえんなり。このことに関し余が先年講述せるものあれば、その一端を左に引用すべし。 医家の療法はすでに殿損せる部分を、あたかも物品、器具の修繕のごとく、新たに外より補増してもとに復 せしむるにあらず、ただ身体発達の自然の勢いに任ずるのみ。すなわち人の身体はその自然の勢い、もとに 復せんとするの性ありて、いったん損所をその一部分に生ずるも、これをその性に任じて他よりその発達に 妨害を加えざれば、自然の勢い、そのもとに復すべき理なり。今、医家の療法は全くこの理に基づき、妨害 を防ぎ、発達を促し、もってそのもとに復する自然の性を助長するに外ならず。かの薬石のごときも、この 道理の外に出でず。されば医家の療法は自然助成法と名付くべきなり。しかるにこの自然の性を妨害し、あ るいは助長するものに内外の事情あり。しかして内部の事情は精神作用なり。前述のごとくいかなる軽症、 微患といえども、身部の諸病は必ずその影響を心部の上に及ぼすをもって、多少の精神作用のこれに加わら ざるはなし。世にいわゆる神経を起こすものこれなり。重病、旧病に至りてはことにはなはだし。かくして 他の事情はすべて全快すべき位置にあるも、ひとり精神の作用の内部よりこれを妨ぐるありて、治すべき病 のついに不治に陥ることなしとせず。もしかかる場合に治療を施さんと欲せば、心理療法によらざるべから ざるは明らかなり云々。
心理療法 これを要するに、医家の療法、すなわち余がいわゆる生理療法は、その本領とするところ人為療法にして、自 然療法にあらずといえども、人為療法はもと自然療法の助成法に過ぎざれば、人為の裏面に自然の存するを知り、 人為の療法を受けながら、その心は自然に安んずるように心掛けざるべからず。今日世間に名医をもって称せら るものの病者に施す術は生理療法によるも、これを助くる手段としては自然に安んぜしむる方法を取ることは、 事実に照らして疑いなかるべし。また名医にあらざるも、医家一般に病者に応じて転地旅行、温泉療養等を勧む るは、暗に自然療法の意を含むものなり。その理由は後に述ぶるところを見て知るべし。かく余が自然療法を主 唱するも、その意決して生理療法を排して自然療法のみを勧むるにあらず。力の及ぶ限り生理療法を尽くしなが ら、これと同時にその心内にては、自然に 任するの心掛けあるを要すというにあり。これすなわち余が心理療 法の本意なり。 また病気中には医療を要せずして、自然に平癒すべきものあり。﹃本朝医談﹄にこれを自癒と名付けり。その文 に曰く﹁それ聖賢も病なきことあたわず。常業なれば治せず、もしそれ非業なるは、病むといえども天命に委任 し、薬せざれどもまた自然にして癒ゆるなり。このこと医家も病人も心得べきことなり。﹂とあり。この常業と非 業とは仏語にして、病気中に自然に任じて治すべきものと、治せざるものとの二種あるをいう。世に簡短なる呪 法あるいは奇怪なる禁厭によりて、病気の治することあるは、信仰の力の内より助くることあるべきも、また自 癒の病症の存するによる。しかるに今日にありては多少の資産あるものは、自癒と不自癒とを問わず、病気と聞 けばすぐに薬石を用い、治療を受けんとする風あり。また医師は己の営業上、みだりに薬石治療を勧むる傾きあ り。病者が一日も早く平癒せんことを望むの一念より、みだりに医師を呼び、服薬をもとむるは、勢いの免るべ 183
からざるところなれども、これ人為を偏信するより生ずる弊なれば、医術進歩の余弊中にかぞうべきものなり。 今日医家が心理療法を排斥しながら、なお自ら信仰を利用することは覆うべからざる事実なり。内科の治療に おいて、ことにはなはだしとす。まず病者が医師の治療を受くるに、その人を信ずること最も肝要なり。もし医 師を疑わば、その治療の効験を見ること難し。世に名医と庸医との別あるもこれより起こる。すでに名医の評判 あれば、人みなこれを信じ、庸医と聞けば、人みなこれを疑う。故をもって、たとえ名医の診断に誤りありて、 庸医の処方に正しきことあるも、その効験に至りては、これに反対せる結果を見ることあり。これ全く信仰の作 用あり。諺に﹁医者の玄関﹂と称することあるはなんぞや。医者にしてその玄関を壮にし、その衣服を美にし、 容貌風采、言語挙動等の人の意を引くを要するがごときは、みな信仰を起こさしむる方便に過ぎざるなり。ある いは学士博士の称号のごとき、あるいはドイツ留学の看板のごときは、いくぶんか世人の信仰を釣る一種の魔睡 薬なることなきか。ある地方に藪医をもって目せられし医師あり。近隣の者といえども、きたりて診察を請うも のなかりき。ここにおいて医師一策をめぐらし、毎日遠方に病家あるがごとく装い、早朝家を出でて晩に入りて 帰ること数日に及べり。近隣の者これをみて、遠方にかく病客ある以上は、必ず治療に巧みなるに相違なからん と思い、ようやくきたりて診察を請うものあるに至り、ついに名医となれりという。されば医師の病者を引く手 段は、よく人の信仰を利用するにありと断定して可なり。諺に﹁医者三分、看病七分﹂という語あり。余はこれ に対して﹁医者三分、信仰七分﹂といわんとす。 つぎに病者は医薬を信ずる必要あり。もし疑って服薬するも、効験を見ること難し。もし信じて服すれば、鰯 の頭もよく万病に利あるべし。世に薬の功能書と称して、誇大に功能を吹き立つる風あるは、やはり人をして信 184
心理療法 仰の心を起こさしむるの手段に外ならず。﹃療治夜話﹄に﹁信心の意生ずるときは、服薬せざる前、すでに病勢十 中の一を減ずべし。しかして薬を投ずるときは、その効実に速やかなり。﹂と説けるは、あに名言にあらずや。﹃技 療録﹄に医は貴ばざるべからざるゆえんを論じて、後世良医なきは、人のこれを貴ばざるによるとなす。その中 あるいは上工の医師なるも、その身卑にあるために人多く威あらず、威あらざれば服せず、服せざれば信ぜずと あるも、医師と信仰との関係を示すもののごとし。故に余は古書に﹁もし薬、瞑眩せざればその疾㎏えず。﹂とあ るを改変して、﹁もし薬、信仰を欠かばその病癒えず。﹂となさんとす。また古人の言に﹁人の病は薬を軽んずる を病む﹂とあるも、同じく信仰の意を含む。余が聞くところによるに、東京市内にその名最も高き某病院にて、 遠来の病人の自宅に帰りて服する薬品は、病者の濫用を恐れて、なるべく効力の薄きものを選びてこれを与う。 しかしてその効験の著しくあらわるるは、薬品の力にあらずして信仰の力なりという。医療服薬に信仰の重要な ること、すべてかくのごとし。 その他、病者は医師の来診に会すれば、いくぶんか苦痛を減ずるがごとくに覚え、医師の来診なきときは、病 勢の加わりたるがごとくに感ずるも、みな信仰の作用なり。また医師が病者を診断するに、往々その実を告げざ ることあり。たとえば医師の診断にては全治の見込みなしと思い、あるいは薬石その効なしと信ずることも、病 人に対してはこの薬を服すれば日ならずして必ず全癒すべしというがごとき、あるいはまた医師の心中にては真 症の肺病と思うても、病人には、咽喉病もしくは気管病なりと告ぐるがごときは、病者の心に疑擢、不安、憂慮 の念を起こさざらしむる 時の方便に過ぎず。その方便たるやもとより生理療法の本意にあらずして、心理療法 の問題なること瞭然たり。かくのごとく今口の医家は内科はもちろん、外科といえども自ら信仰作用を利用して、 185
治療の功績を挙げながら、信仰療法を排するは、自家撞着のそしりを免るべからず。今日なお民間に加持祈薦、 神水禁厭等の療法の行わるるはなんぞや。前に一言せるごとく、病気中に薬石診察を待たず、自然に平癒すべき ものあるによるも、別にまた信仰安慰の治病に効験あるによること、また明らかなり。これを要するに、心理療 法は治病に欠くべからざるものなりというにあり。 古来、医家に内外二科を分かつも、余はこの各科にまた内科外科あるべきを知る。すなわちその外科は身科に して、生理療法をいい、その内科は心科にして、心理療法をいうなり。左にこれを表示すべし。 その理由は上来述べたるところによりてすでに了解すべしと信ず。 186
第四 インド医法論
これより心理療法の古今東西に行われたるゆえんを示さんとするに、まずインドの療法を述べざるべからず。 インドは宗教と医術とを混同し、世界中最も心理療法の行われたる国なり。されど余はここにインド一般の療法 を述ぶるにあらず、ただわが国に伝われる仏書につきて、仏教と医術との関係を示すにとどめんとす。そもそも心理療法 仏教中には身病と心病との別あり。その名称は﹃法華経﹄に出ず。すなわち薬王品に曰く、﹁願わくばわが未来も よく衆生の身心両病を治し、世を挙げて歓喜せん。号して薬王となす。﹂とあり。また﹃四諦論﹄に﹁病に二種あ り、一は身、一は心。﹂とあり。日蓮宗の録外中に﹃二病御書﹄を掲げり。その文に曰く、﹁それ人に二病あり、 一には身の病、二には心の病とありて、身病は書婆扁鵠︹ぎばへんじゃく︺等の方薬をもって治すべく、心病は仏 にあらざれば治し難し。﹂とあり。﹃啓蒙﹄に更にその意を解して、﹁身病は医方をもってこれを治す、心病は法力 にあらざればこれを治するを得ず。﹂とありて、身心二病の別、判然たり。また﹃書域奈女因縁経﹄をひもとくに、 ﹁仏、書婆に告げていわく、汝まずゆきて身病を治せよ、われ後にゆきて心病を治せん。﹂とあるを見れば、世間 の医方は身病を治する術にして、仏教は心病を治する法となせしこと明らかなり。 古来インドの学術は五種に大別せられたり。すなわち五明と称するものこれなり。そのうちの医方明は身病を 治する法にして、内明は心病を治する法なり。医方明につきてはその書別に伝わらず、ただ仏書中にまれに散見 せるのみ。まず﹃智度論﹄によるに、病に内病外病の二種ありとす。内病は五臓の不調より起こり、外病は奔車、 逸馬、兵匁等より起こると解せり。すなわち医家のいわゆる内科外科なり。またインドにては、病気の種類を総 括して四〇四種ありとす。そのもとは地水火風の四大不調より起こるという。地の不調より起こるものに一〇一 種あり、水の不調より起こるものに一〇一種あり、火風のおのおのに一〇一種あり、総じて四百四病となる。そ のことは﹃仏説医経﹄﹃修行道地経﹄等に出ず。しかして仏教の自ら任ずるところは身病にあらずして、心病を治 するにあり。 瑠 ﹃浬築経﹄には現病品あり。﹃維摩経﹄には問疾品あり。そのいわゆる疾病は、もとより身病にあらずして心病
なり。﹃維摩経﹄の病のごときは大悲の病なり。その間疾品に曰く﹁衆生病めばすなわち菩薩も病む﹂、また曰く ﹁菩薩の病は大悲をもって起こる﹂とあり。古来、仏教にて釈迦を大医王となし、法を大良薬となせり。そのこ と﹃智度論﹄に出ず。同論に曰く﹁仏は医王のごとく、法は良薬のごとく、僧は謄病人のごとし。﹂とあり。また 曰く﹁釈迦牟尼仏の本身のごときは、大医王となり、一切の病を療し名利を求めず、衆生を憐慰するが故に。﹂と あり。﹃法華経﹄薬草喩品には、﹁如来の一音よく三薬草を生じ、小中大の病を救療す。﹂とあり。﹃無量寿経﹄に も﹁もろもろの法薬をもって三苦を救療す。﹂とあり。その他、﹃本生心地観経﹄には﹁薄伽梵大医王善く世間煩 悩の苦を治す。﹂とあり、﹁浬築経﹄には﹁仏を新医と名付く﹂とあり、﹃華厳経﹄には﹁もろもろの衆生の病同じ からざるに従い、ことごとく法薬をもって対治す。﹂とあり。これみな仏をもって医王となせるなり。 また経論中に心病を説きたるもの枚挙にいとまあらず。﹃浬築経﹄には二切衆生に四の毒箭ありてすなわち病 因となる。﹂とあり。その四とは倉欲、瞑惑、愚痴、僑慢なり。﹃仁王経﹄には﹁仏は衆生に三種の病あることを 知る。一には貧病、二には瞑病、三には痴病﹂という。しかしてこれを治する法は施、慈、慧の三種善根なりと す。﹃増一阿含経﹄には﹁比丘に倉欲、瞑志、愚痴の三大患あり。﹂と説き、これを治する良薬には不浄法、慈心 法、智慧法の三種ありとなす。﹃出梵摩喩経﹄には欲、瞑、愚、僑、愛、痴、利、疑を八病となせり。この八者は よく善をやぶる病なればなりという。また﹃智度論﹄にも心病の種類を掲げて、﹁般若波羅蜜はよく八万四千病の 根本を除く。この八万四千はみな四病より起こる。﹂と説けり。四病とは倉、瞑、痴および三毒等分なり。これを 医するには不浄観、慈悲観、因縁観およびこの三観総体をもってすることを出だせり。以上説くところ大同小異 ありといえども、心内の妄想迷苦を指して病体とし、また病因とするは一なり。普通これを煩悩という。あるい 188
心理療法 は単に迷とも惑とも障ともいう。もしその大数を挙ぐるときは、八万四〇〇〇種ありとなす。すなわち身病の方 に四〇四種ありて、心病の方に八万四〇〇〇種あるなり。もしまた﹃四諦論﹄によらば、身病に縁内起、縁外起 の二科を分かち、心病に内門惑、外門惑の二種を分かてり。すなわち心内より自発する煩悩を内門惑とし、身外 より誘起する惑障を外門惑となすなり。 以上の考証によるに、身病を治するは医術にして、心病を治するは仏教となせるなり。心中の煩悩を指して病 と名付けたるがごときは警喩に過ぎず。されば医術と仏教とは、おのずからその別あるを知るべし。しかりしこ うして、仏教には心病を医すればその影響を身病の上に及ぼし、四百四病を医するに多少の効験あることを説け り。これ古代医術の開けざりしときにありては当然のことにして、あえて怪しむに足らずといえども、今日にあ りてもいくぶんの効力あるべきは、道理に考え事実に徴して証明するを得べし。今その証を仏書中に求むるに、 ﹃仏医経﹄に身病のよりて起こる原因を挙げて一〇種となせり。その一〇因中には憂愁、膜志等の諸因までも加 われり。これすなわち病気の起こるには精神の方面より生ずるものあるゆえんを知るに足る。すでに精神により て病気を起こすことありとすれば、これを治するにも精神の方面によることを得る理なり。故に仏書中には、心 病を医する方法によりて身病を医したる例はなはだ多し。これすなわち余が心理療法なり。今その二、三を挙ぐ れば、﹃中阿含経﹄に﹁須達長者病重し。使をして舎利子の訓を請わしめしに、長者のために七勝財法を説きて、 怖ることなからしむ。須達悟解し、ひとたびその法を聞きて、ついですなわち病癒ゆ。﹂とあり。また﹃国清百録﹄ および﹃仏祖統記﹄によるに、智者大師は息法をもって脚気を治したることを記せり。またもろもろの病処に従 89 1 って、明らかに心をもってこれをとどむること三日を出でずして癒ゆることを示せり。かつ曰く、﹁心は王のごと
く、病は賊のごとくなれば、心を病処に安んずれば、賊すなわち散じ壊る。﹂とあり。かくのごとき例話は、仏書 90 中の伝記類にはいくたあるを知らず。元来、人の伝記はその人を非凡ならしめんために、殊更に修飾を加えて誇 1 大にしたること多ければ、決してそのいちいちを信拠すべからず。ことに宗教家の伝記をもって最もはなはだし となす。故に古人は、ことごとく書を信ぜば書なきにしかずと戒められたり。しかれどもこれと同時に、ことご とく書を疑わば書なきにしかずということを得べき理なり。古書に見るところにて事実を伝うるもの少なからず。 たとえ妄誕なるも、その中にまたいくぶんの取るべきものあり。いわんや心病を治する方法をもって身病を治す るがごときは、信ずべき道理の存するところなるをや。 ﹃天台小止観﹄に記するところによるに、 それ坐禅の法、もしよく心を用うれば、四百四病自然に除差す。もし用心所を失すれば、すなわち四百四病 これによりて発生す。 その方法につきては、 あるいはいう、心をとどめ、丹田︵膀下一寸︶を守りて散ぜざれば多く治することありとす。あるいはいう、 常に心を足下にとどめて、行住寝臥を問うことなければ、すなわちよく病を治す。 その理由につきては、 人は四大の不調なるをもって疾患多し。しかして四大の不調は心識の上縁するによる。故にもし心を安んじ て下に置けば、四大自然に調適して衆病除くべし。また一説に、心の憶想四大を鼓作するによりて病の生ず ることあり。心をやすめて和悦すれば、衆病すなわち癒ゆ。故に善く止法を修すればよく衆病を治す︵止法
心理療法 とは坐禅の法なり︶。 その止観の方法につきては、ここにこれを略す。つぎに﹃病堂策﹄と題する書中に、病を治する法に六種あり とし、一には止法、二には気法、三には息法、四には仮想法、五には観心法、六には方術法を掲げり。その説明 あまり長ければ、左にその要を摘載すべし。 一、止法とは、まず衣を解きてへそを豆の大のごとくなりと諦観し、のち目を閉じ口を合わせ、舌をあごに 支え、心をへそに置き、気をして調順ならしむ。かくして心を丹田にとどむれば、よく万病を医するを得。 もしなお苦痛を感ぜば、心を移して三里に向かえよ。痛なお除かずば、更に心を移して両脚の大栂指のつめ の横文の上に向かえよ。もし頭痛み目赤く、口熱し耳聾し、腹痛む等には、心を両足の中間にとどむれば癒 ゆることを得べし。また心を足にとどむれば、よく諸病を治するに良効あり。 二、気法とは、呼吸の気をもって病を治する法にして、もし冷を病むときは吹を用い、熱を病むときは呼を 用い、気を病むときは呵を用うる等の規則あり。その法、毎日、子の刻より巳の刻に至るまで、東に向かい 静坐して、窓を開かず風を入れず、歯をたたき舌にて口中を撹︵か︶けば、舌下に水おのずから満つ。これに て数度くちすすぎ、三口に分かちてのみ下し、意をもってこれを丹田に送り至らしめ、徐々に口に曝︵つぐ︶ んで呵字を念じ、呵して心中の濁気を出だす。そのとき声あることなかれ、声あればかえって心気を損ず。 すなわち口を閉じ、鼻に清気を吸い、もって心を補う。吸うときもまた吸う声を聞くことを得ず。ただし呵 の出ずるは短く、吸の入るは長からしめよ。かくのごとくすること六度とす。その功を積みて験あるを見る 皿 べし。
三、息法とは、息の強軟を察して身の健病を験する法なり。息に四種の相あり。風、喘、気、息なり。坐す るとき、鼻中の息、出入声あるを覚ゆるは風相なり。坐するとき、息声なしといえども、出入結滞して通ぜ ざるはこれ喘相なり。坐するとき、息声なく結滞せざるも、出入細ならざるはこれ気相なり。以上の三者は 不調の相とす。そのよく調和を得たるは息相なり。かくして息を調うるときは衆患生ぜず。 四、仮想法とは、前の気息の中に兼帯して想を用うるなり。﹃阿含経﹄に蘇を観ずるがごとき煙︹鞭︺蘇︵なん ぞ︶、頂にあり。滴々として脳に入り、五臓に濃︵そそ︶ぎ、偏身に流潤するをおもえ、これすなわち労損治す とあるの類なり。もし﹃雑阿含経﹄によれば、かえって七十二法ありという。 五、観心法とは、ただちに心を観じてこの病を推し求むるに、内にあらず外にあらず、中間にあらず心不可 得なり。病きたりてだれを責むる、だれか病を受くる者ぞ。かく観力を用いて病を治するをいう。 六、方術法とは呪法禁厭のことなり。 以上の六法中、多少身部に関するものなきにあらずといえども、要するに心理療法に属するものと知るべし。 その諸法は今日に適用し難く、その法のみによりて諸病を治することあたわざるは明らかなりといえども、その 中にいくぶんの参考すべきところあり。かつ仏教は心理療法を唱うると同時に医家の治療法を勧め、身心両面よ り諸病を平治せんことを期するものなれば、決して今日の生理療法を妨害するがごときことあるべからず。ただ 愚俗中にはこれを濫用して迷信に陥らしむることあるも、かくのごときは教育の方面より漸次にその弊を除去す るを得べし。もしインド一般の療治に至りては婆羅門の支配するところとなり、その迷信のはなはだしき、仏教 徒と同日の論にあらざるなり。 192
心理療法
第五 シナ医法論
仏書の外にわが国伝来の諸書につきて、シナの医道および養生に関する書を閲するに、心気をもととなせる説 往々見るところなり。わが国の医法は神代より起これりというも、その実シナより伝われり。しかしてシナの医 法は肉体の方面より病を治するを目的とせるも、その中にいくぶんの心理療法を混じ、ことに病因および養生法 を論ずるに至りては、心をもととする説多し。今その例証を挙ぐるに﹃准南子﹄に曰く﹁憂悲多志は病すなわち 積となる﹂とあり、﹃管子﹄に曰く﹁憂穆疾を生ず。疾困すればすなわち死す。﹂とあり、﹃充倉子﹄に曰く﹁草穆 すればすなわち腐となり、樹聾すればすなわち憲︹むし︺となり、人縷すればすなわち百態並び起こる。﹂とあり、 ﹃荘子﹄にも﹁平易活淡なれば、すなわち憂患入ることあたわず、邪気襲うことあたわず。﹂とあり、﹃古今医統﹄ には太史公の言を引きて、病の心より生ずる理を示せり。その言に曰く、 およそ人の生ずるところのものは神なり。託するところのものは形なり。神大いに用うればすなわち形を傷 つけ、大いに労すればすなわちやぶる。形、神離るればすなわち死す。故に聖人これを重んず。これにより てこれをみるに、神は生のもとなり、形は生の具なり。 また同書には﹁形は生の気なり、心は形の主なり、神は心の宝なり。故に神静にしてしかして心和し、心和し てしかして形全し。神躁なればすなわち心蕩す。心蕩すればすなわち形傷る。﹂の説明あり。これみな身心の関係 を説きて、病気の起こるゆえんを示したるものなり。 193﹃医方類聚﹄に﹃素問内経﹄を引きて曰く、﹁憂うるときはすなわち気結び、喜ぶときはすなわち百脈寄和す。﹂ とあり。また﹃療治夜話﹄に古経を引きて曰く、﹁心乱るればすなわち百病生じ、心静にしてしかして万病やす む。﹂とあり。また同書に﹁人常に無我無心なるときは、病も得て生ずることなし。発狂の人、外に病なきをもっ て知るべし。﹂とあり。﹃梨窓随筆﹄に病の起こるは心によることを示して、 人病に臥す、多くは心の労役より起こる。善覚僧都曰く、世俗盆池に魚を放つ、その水中に石の山を置くと きは魚痩せず。もし置かざるときは魚肥ゆることあたわず。その故は魚の心病なり。小石山に似たるときは、 この魚、山をめぐりて水の端なき故に、江河の心をなしてやせず。もし石なきときは水の端を知る。魚、鉢 の内にとらわれたる心をなす。この故にその形やせてついに死す。百病は気より生ずとは、ひとり人倫のみ にあらず。 この説明すこぶる奇なりといえども、精神の労役より病を起こすこと多きは疑うべからず。﹃技療録﹄に、心内 に守れば病入ることを得ざるゆえんを示して曰く、﹁平岡某兵術においてその妙を得たり。しかして自ら曰く、わ れ中年以後兵術大いに進むも、他に証すべきなし。ただ外感の病を得たることなし。﹂と。著者これを評して曰く、 ﹁けだしこの心機内に守りて少しもゆるむところなければなり。素問にいう悟澹虚無なれば真気これに従い、神 心内に守り、病いずくよりきたらんやと。これ平岡氏の謂なり﹂とあり。﹃医学源流論﹄に﹁それ人の精神完固な れば外邪あえて犯さず。ただそのこれをふせぐゆえんの具闇︹か︺くることあれば、すなわちこれを侮るものここ に集まる﹂というも同意なり。 以上の例証はみな﹃素問﹄の精神内守、病安従来の語に基づきたること明らかなり。その他、﹃素問﹄中に聖人 194
心理療法 を解して﹁外、形を事に労せず、内思想の患いなく、悟愉をもって務めとなし、自得をもって功となす。形体や ぶれず、精神散ぜず。﹂といい、また岐伯の言に﹁神を得るものはさかえ、神を失うものはほろぶ。﹂とあるは、 みな後人の病因を説明する本拠となれり。かく解説するときは、一切の病患はみな精神より生ずるがごときも、 その実しからず。ある医書に病に内外二因あることを示して、外因は寒熱、風湿、内因は喜怒憂思といえり。こ れを要するに、病因に身部より生ずるものと、心部より発するものあり。しかして今は心的方面の説明のみを掲 げしなり。 病因に身心二種ありとすれば、治病の方法にも身的心的の二面なかるべからず。これを和漢の諸書に考うるに、 ﹃朱子文集﹄には、病気のときに静坐して自療すべき方法を示されたり。その法は、病中は一切を放下してもっ ぱら存心養気をもって務めとなす。ただし伽扶して静坐し、目に鼻端を視、心を膀腹の下に注ぐ。久しうして自 ら温暖すなわちようやく功を見るという。また﹃本朝医談﹄には、わが国の医師は医学に長じ、脈経に明らかな る上は、叡山に登りて止観の法を授かりしことを記せり。また﹃療治夜話﹄には﹁坐禅は気を鎮むるの術、養生 の道にして、あらかじめ心気病を防ぐの妙法なり。﹂と説けり。また﹃素問﹄には﹁いにしえの病を治するはただ それ精を移し気を変ず。﹂との語あり。この移精変気は、余がいわゆる心理療法なること疑いなし。故に﹃療治夜 話﹄にこれを解説して曰く、 それ移精変気とは、移は移しかうるなり。すなわち精神を移しかうるなり。変は変え改むるなり。すなわち 心気を変え改むるなり。すなわちこれ心に迷いを生じて病を醸しなすことあり。そのときその病の根元を尋 ね求めて、その迷いを説き解きてその病を已︵いや︶すの法なり。医の万病を療治する、必ずこの意を心に含 195
みて療法すべし。中にも心気病のごときはぜひにこの法を行わざれば、ただに服薬のみにてはなかなか治す 96 ることあたわざるものなり。人は七情によりて病を生ずること最も多きものにて、世に心気病をうれうる人 1 もまた多きものなれば、よくその心気病たるを診し得て、この移精変気の法を行うときは、言外の奇効を得 ることあるものなり。 この心気病とは精神病のことなれども、ひとり精神病に限りてこの法を施すべしというにあらず、万病を医す るにこの心得の必要なることを説けり。かつその方法の二、三を示して、 一、術をもって病者の心を転じて治することあり。 一、言語をもって病者を説諭して治することあり。 一、法をもって病者の心を変じて治することあり。 一、疑惑によりて病を生じ、その疑惑を解きて病治することあり。 その他、移精変気の法に至りては、古法いちいち枚挙にいとまあらずといえり。これによりてこれをみるに、 和漢の医家は従来心理療法を用いたりしこと明らかなり。 治病法に関連して養生法もまた論ぜざるべからず。和漢にて古来唱うるところの養生法は、主として精神を安 静する方法によりたるものなり。これを心理的衛生法というべし。その中には、老荘の虚無悟澹の主義に基づく もの多きがごとし。前に挙げたる﹃素問﹄の精神内守、病安従来の語のごとき、また同書の真人は独立して神を 守り、至人は精を積みて神を全うす。聖人は括愉をもって務めとなすの語のごときは、養生法の本拠となりしこ と問わずして知るべし。今更に他書の上に考うるに、﹃孟子﹄の語に﹁心を養うは欲をすくなくするより善きはな
心理療法 し。﹂とあり。﹃准南子﹄に﹁神清く志平らかに百節みなやすきは性を養うのもとなり。﹂とあり、﹃達生録﹄に﹁精 気神を内の三宝となし、耳目口を外の三宝となし、常に内の三宝をして物を追いて流れず、外の三宝をして中を 誘うて擾︵みだ︶れざらしむ。﹂とあり、﹃省心録﹄に﹁欲多ければすなわち生をそこなう﹂とあり、その説くとこ ろ大同小異なるのみ。左に養生を詠じたる詩を録す。 老子は明らかに衆妙の門を開くに、一開一闇は乾坤に応ず。果たせるかな、岡象にして無形の処において、 箇の長生、不死の根あり。 口を爽する物も多ければついには疾を作り、心に快なることも過ぐれば必ずわざわいをなす。その病の後に よく薬を求むるよりも、病の前によく自ら防ぐにしかず。 自身に病あるは自らの心が知れり。身病は還りてまさに心自らが医なり。心境静かなるとき、心もまた静か なり。心生ずれば還りてこれ病生ずるときなり。 老子明開二衆妙門ハ一開一闇応二乾坤べ果於”岡象無形処べ有二箇長生不死根べ 爽レロ物多終作レ疾、快レ心事過必為レ映、与二其病後能求P薬、不レ若二病前能自防べ 自身有レ病自心知、身病還将心自医、心境静時心亦静、心生還是病生時、 貝原の﹃養生訓﹄には、養生の道はまず心気を養うべしと戒め、遊斎の﹃養生主論﹄には、養生の道は平生心 の持ちよう第一の肝要なりとおしえたり。その他の諸書に見るところ、みなこれに同じく、いずれも心理的衛生 を説きたるものなり。 97 1 以上述ぶるところによりて、和漢諸家の病を防ぐの要法は、精神を安静にするにあること瞭然たり。果たして
しからば、これを療するにも精神を安静するを要することは自然の理なり。すなわち和漢の医法中に心理療法を 用いたりしこと疑いなし。左に﹃寿養叢書﹄の一節を引用してその参考となす。 腫仙曰く、いにしえの神聖の医はよく人の心を療す。およそこの病をいたすは、みな心にもとつく。調養よ ろしきを失い、風寒の感ずるところ、酒色の傷むるところなり。七情六欲内に生じ、陰陽二気外に攻む。こ れを病、心に生じ、害、体を攻むというなり。今ただ人の知りやすく見やすきものをもってこれを論ぜん。 人心火を思えば久しうして体熱し、人心氷を思えば久しうして体寒し。棟︵おそ︶るるときは髪立ち、驚くと きは汗出でて、おそるるときは肉おののく。はずるときは面赤く、悲しめば涙生じ、慌つれば心跳り、気は すなわち麻痺す。酸を言えばよだれを垂れ、臭を言えばつばを吐き、喜を言えば笑い、哀を言えば実し、笑 えばすなわち貌研︵うるわ︶しく、実すればすなわち貌姻︵みにく︶し。また日間見るところあるがごとき、夜 に至れば魂夢む。思うところあれば夜間すなわち詰︵せん︶語す。これみな心によりて生ずるなり。大白真人 曰く、その疾を治せんと欲せば、まずその心を治せよと。使者をしてことごとく心中一切の思想を去り身心 を放下し、われの天をもってつかえるところの天に合せしむれば、すなわち自然に心君泰寧に、性地平和に して、疾病自然に安く癒ゆ。薬いまだ口に至らずして病すでに忘る。 この論、自然に余が心理療法の理由を説明せるがごとし。 198
心理療法
第六 西洋医法論
すでに仏書中に見るところのインドの医法と、漢籍中に存するところのシナの医法とにつきて、その中に心理 療法の混入せることを証明したれば、これより西洋の医法を考うるに、東洋と大いにその趣を異にするところあ り。すなわち東洋は精神の方面に重きを置き、西洋は物質の方面に重きを置くの別あり。西洋文明と東洋文明と の異なる点も要するにここにあり。故をもって西洋の医法は全然生理的にして、東洋の医法は一半心理的なり。 なかんずくインドおよびエジプトをもって最もはなはだしとす。インドの医法は、さきに挙ぐるところは仏教の 方面より観察せるもののみ。もし婆羅門の方面よりみるときは、これを心理的といわんより、むしろ全然宗教的 といわざるべからず。けだし仏教中に宗教的医法、あるいは呪術的療法を混入せるは、婆羅門の余波を伝えたる ものに過ぎず。かの五明の分類のごときは婆羅門の設くるところなるも、その源は上古の神話より出ず。その伝 説は仏書中にも散見せり。﹃観仏三昧経﹄によるに、太初に当たりて大梵王、五面を現じて五明を説けり。その東 方の所説を医方明となすという。すなわちこれを左面の所説となす。また﹃南海寄帰伝﹄によるに、これら医明 は帝釈より伝わるという。かくして医法そのものが神話より起こりたれば、医術は僧侶これを兼ね、諸天を礼拝 供養して平癒を祈ることとなれり。エジプトもこれと同じく、僧官が医業を兼ね、医法と宗教と相混じおれり。 しかるに欧州は近世はもちろん、ギリシアの古代にありても、医術は宗教を離れて発達しきたれり。その上古の ㎜ ことはつまびらかならざるも、ホメロスの詩中に見るところによるに、多少宗教とその道を異にせしもののごとし。ただし全く宗教の外に独立せしにはあらず。その当時アスクレビオス神を医王として崇拝し、病者あれば必 ずこれをこの神を祭れる所に送り、神前に平臥せしめ、かくして夢中に見るところに従って治療の方法を定めた りという。もしその法によりて治したるときは、その顛末を記してこれを壁上に掛くるを例となせり。アスクレ ビオス神はアポロ神の子なりという。この神話によれば、医術と宗教とを混同せしに似たるも、僧侶必ずしも医 師を兼ねたるにあらず。医家はようやく宗教家とその業を分かつの傾向ありてヒポクラテスに至れり。ヒポクラ テスは神前の壁面に掛ける病者の記事につきて研究し、大いに発見するところありて医祖となるに至れり。また 哲学の方面より医術を唱えたるものあり。すなわちピタゴラスなり。その門弟もみな医を兼ねたりというも、そ の方法に至りてはつまびらかに知ることを得ず。 ヒポクラテスの医法はひとり理論のみならず、実地につきて医療の方法を示し、実に今日の医術の源を開けり。 しかしてその唱うるところは、自然は病気を平治する力を有するをもって、医はただこれを補助するにありとな せり。氏はまた地水火風の四元説を唱え、この四元より血液、粘液、黄胆液、黒胆液を生ずるものとし、疾病は この四液の変化により起こるものとなせり。そもそも四元説は哲学者エンペドクレスの初めて唱うるところにし て、この理を病気の上に当てはめたるものはヒポクラテスなり。これインドの四大不調をもって病因となせる説 に同じ。近世、人の性質も多血質、神経質、淋巴質、胆液質の四種に分かつことあるは、この四液説に基づくと いう。ヒポクラテスの後に医学の進歩に功労ありし人は、プラトンおよびアリストテレスの二大哲学者なりとな す。その後、医学の中興ともいうべきものはガレノスなり。これらの諸家の学説をいちいち詳述するの余地なけ ればこれを略す。これを要するに、ギリシア古代の医術は神話に関連し、宗教と混同するところなきにあらざる 200