13 人 工 知 能 30 巻 1 号(2015 年 1 月) 「編集委員会企画─社会と AI の羅針盤 2015 ─」 古くからの友人に,久しぶりに連絡をとる機会があっ た.その際に,友人から近年の人工知能ブームに言及が あった.改めて書くまでもないであろうが,IBM のワ トソンがクイズ番組のチャンピオンを打ち負かすなど, 人工知能が世間の話題になることが近年増えており,深 層学習のような要素技術まで,一般の新聞紙に取り上げ られるようになってきている.人工知能に対する社会の 注目度は,この数年で非常に高まっているであろう. 人工知能の研究では,人間の知的作業を代替させる機 械をつくるために,さまざまな研究が行われてきた.そ の過程においては,多様な問題設定とそれを解決するた めのアプローチが提起され,徐々に,人間にしかできな かった問題が人工知能をもつ機械によって代行できるよ うになっていった.古くは現在のコンパイラが行うよう な作業も,人間が知性を使って解決していたため,この 作業を行う機械は人工知能とみなされていた.そのよう な問題設定が,クイズ回答,自動車運転など,従来の人 工知能ではできなかった問題に徐々に高度化し,現在の 人工知能につながっている.当初,人工知能の問題と見 られた問題は,いったん,技術が確立すると,もはや人 工知能の問題とは見られずに,新たな問題設定を行いな がら,人工知能の技術は発展してきた.このような経緯 を見ると,人工知能は,社会において,機械で不可能な 知的作業を可能にする技術を開発する学問であるといえ る. このような人工知能研究の先に,何があるのであろう か.本稿では人工知能を,不可能な知的作業を機械で可 能にさせる学問としたが,技術進歩により,当然,不可 能な領域が少なくなり可能な領域が増加していくであろ う.そのことにより,従来,人間が従事しなければなら なかった作業から解放され,人間は新たな領域に取り組 むことができるようになる.しかし,社会の一部から, 人間の仕事が奪われるなどの人工知能脅威論も出現し, 人工知能の発展に対して,楽観的に賞賛を得られる状況 でなくなりつつある点も人工知能学者にとって留意が必 要な状況になってきている. 人工知能の発展に関する議論として,雇用や危険性に 関することは,これまでに多く語られてきたが,人間の 能力に対する影響の議論が置き去りにされてきたように 思われる.昔,アメリカにいたジョン・ヘンリーという 人物は,鉄道建設に使う蒸気ハンマーに伍するぐらいの 能力をもっていたそうだ.こういった作業に従事する人 は,日常の作業を通して,身体が物理的に鍛えられ,そ のような能力をもったのであろう.しかし,人間がその ような作業に従事する必要がなくなれば,そのような身 体能力をもった人物はいなくなっていくであろう.高度 な知能に関しても同等なことが起こり得る.三輪氏は, 道路ナビゲーションを機械にやらせることで,地図が思 い出せなくなることなどをあげ,認知的廃用性萎縮問 題として,この問題を議論している [三輪 14].つまり, 高度な知能を人工知能に代替させることにより,利便性 が高まるが,そのことにより,人間の知能の一部の機能 が使われなくなると,その能力が劣化してしまう可能性 があるという問題である.今後,社会のさまざまな問題 を人工知能が解決していくと,その問題を解決する能力 自体を人間が失っていくという問題に直面する可能性が ある.これから,社会に出ていく人工知能が多くなると, そのような部分の設計をどうするのかについて,真剣に 考えていく必要があるだろう. 従来の人工知能は,不可能を可能にする技術を追求し てきた.その一方で,新しい流れも見え始めている.将 棋はプロ棋士に人工知能が勝利し,人間の知性では機械 にかなわなくなりつつある.そのような中で,今後の研 究の方向として,接待将棋を行う人工知能を開発するべ きだといった声が一部から聞こえてきている.これまで の人間に勝つという不可能を可能にする人工知能を開発 するのではなく,人間に勝つという可能なことを不可能 にする人工知能技術を開発するのである.一見,逆説的 であるが,このような技術は,非常に重要に思う.なぜ ならば,なんでも機械が行うのではなく,一定の部分で 人間や社会に合わせて人工知能が能力を発揮し,そこか ら先の部分は人間が能力を発揮するという協調的なモデ ルになるからである.このようなことを動的に行うことで 認知的廃用性萎縮問題も解決することができるであろう. 人工知能が社会に受け入れられていく技術になるに は,人工知能ができることを人間が制御することが必要 である.そのためには,従来の人工知能が目指してきた 不可能を可能にする技術だけではなく,可能を不可能に する技術とセットになって,初めて人間にとってちょう どよい技術ができるのではないだろうか.社会の一員で ある人工知能の研究者として,そういった技術について も考えていくべき時期にきているように思う.
不可能を可能にする技術・可能を不可能にする技術(<特集>編集委員会企画-社会とAIの羅針盤2015-)
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