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「新女性」の愛と性、そして「恋愛至上主義」 ―有島武郎「石にひしがれた雑草」と廉想渉「除夜」を手掛かりとして

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Academic year: 2021

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一、はじめに―恋愛イデオロギー 近代に入って 「恋愛」 が脱封建主義的命題として浮上した。 なかでも日本では、 「恋愛」は啓蒙性、つまり政治性を帯び、 近代化に伴う形で現われた。このような政治性を含む 「恋愛」 は 英 語 の「 LOVE 」 を 翻 訳 す る 過 程 の 中 で 作 ら れ た 造 語 で あ る (( ( 。そもそも 「古代日本人には 「恋」 はあっても恋愛はなかっ た。 ( 中 略 ) な ぜ な ら「 恋 愛 」 は 西 ヨ ー ロ ッ パ に 発 生 し た 観 念だか ら (( ( 」 である。それは既存の 「愛」 「情」 「恋」 が家族的、 宗 教 的 観 念 に 絡 ん で い た た め に「 LOVE 」 の 近 代 的 含 意、 つ ま り 個 人 と 個 人 と の 自 由 な 選 択 に よ る「 LOVE 」 の 観 念 を 表 現しきれなかったからである。そこにキリスト教的な神聖さ を加味させた「恋愛」が登場してきたのであ る (( ( 。 この「恋愛」という近代の産物は日本を経由して韓国にも 伝わった。日本に留学した韓国近代文学の父と言われる李光 洙 の「 自 由 恋 愛 」 啓 蒙 運 動 を は じ め、 日 本 留 学 派 の 廉 想 渉、 金東仁、田榮澤など、韓国近代文学者によって「新」を内包 する魅力的なテーマとして扱われたのである。 しかし、 「恋愛」 啓蒙期において李光洙が強調した「妹のように愛するこ と (( ( 」、 つまりプラトニック・ラブは、一九二〇年代に入ると、性解 放をかかげた「恋愛至上主義」に変貌し、結婚に結びつかな い「恋愛」観が新たに形成されていくのであった。それは今 まで社会の中心に君臨し続けてきた男性にとって代わり、こ の「恋愛」の主体となったのが近代的知識を身につけた「新 女性」たちであったからだ。彼女たちは自分の人生を直接見 つ め よ う と し て い た。 「 新 女 性 」 は「 自 由 恋 愛 」 の 賛 美 と、 それに伴い愛する男女が結ばれるという「恋愛」観を持って いた。封建時代における階級内婚、早婚、売春婦、寡婦の再

「新女性」の愛と性、そして「恋愛至上主義」

―有島武郎「石にひしがれた雑草」と廉想渉「除夜」を手掛かりとして―

   

 

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婚禁止など、 伝統社会の結婚観が支配的であった時代に、 「新 女 性 」 た ち は 従 来 の 価 値 観 と 正 面 か ら ぶ つ か っ た の で あ る。 こうした状況下で一九二〇年代の韓国では空前の 「恋愛」 ブー ムが巻き起こったのである。 本稿では、前述した「恋愛」の歴史的な変遷を踏まえ、日 本の「恋愛」観念が韓国的「恋愛」観念へと変わっていく実 情 を、 有 島 武 郎 の「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」( 一 九 一 八 ) と 廉 想渉の「除夜」 (一九二一)を手がかりとして明らかにする。 と同時に、 日本と韓国における「恋愛」観念と、 その「恋愛」 観における女性の描き方について比較考察を行いたい。 二、 「除夜」の源泉としての「石にひしがれた雑草」 その一、 「石にひしがれた雑草」とそのあらすじ 一 九 一 七 年、 「 自 由 恋 愛 」 思 想 を 背 景 に 書 か れ た 李 光 洙 の 「幼き友へ」 が発表されたのを皮切りに、 韓国では 「自由恋愛」 をモチーフにした小説が多く描かれるようになった。 しかし、 一九二〇年代に入ると、結婚を理想とした「自由恋愛」はも はや色あせ、女性自身が主体となって性解放を主張する「恋 愛至上主義」に向かっていくのであった。まさしくその過程 で書かれたのが廉想渉の「除夜」 (『開闢』一九二二年二月~ 六月)である。 廉想渉は、一九一二年十五才で渡日し、麻布中学校を経て 一九一八年京都府立第二中学校を卒業後、同年慶応大学予科 に 入 学 し た。 し か し、 学 費 の 調 達 が 苦 し く な り、 京 都 や 大 阪、神戸、横浜などを転々とした末、一九二〇年、創刊され たばかりの『東亜日報』の政経部記者となって帰国した。わ ず か 一 年 足 ら ず で 記 者 を 辞 め た 廉 想 渉 は、 一 九 二 一 年、 『 標 本 室 の 青 蛙 』 を 以 て 華 々 し く 文 壇 デ ビ ュ ー を 果 た し、 以 後、 韓 国 近 代 文 学 を 代 表 す る 作 家 と し て 文 壇 を リ ー ド し た。 留 学 中 の 廉 想 渉 は、 徳 富 蘆 花 や 尾 崎 紅 葉、 夏 目 漱 石、 高 山 樗 牛、二葉亭四迷訳のツルゲーネフなどを愛読するなど文学青 年であった。帰国後も、取材で知り合った柳宗悦を通じて志 賀直哉など白樺派作家と交流するなど、日本の文壇及び日本 文学に深い関心を示していた。とりわけ有島武郎の作品に心 酔 (( ( し、後に朝鮮近代文学史を塗り替える三部作「標本室の青 蛙 」( 一 九 二 一 )「 暗 夜 」( 一 九 二 二 )「 除 夜 」( 一 九 二 二 ) を 書 き 上 げ て い る。 こ の 三 部 作 に 有 島 の「 生 ま れ 出 づ る 悩 み 」

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( 一 九 一 七 ) と「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」( 一 九 一 八 ) が 強 い 影 響 を 与 え て い た の は よ く 知 ら れ た 事 実 で あ る (( ( が、 有 島 の 影 響 を 受 け て い た の は 廉 想 渉 だ け で は な い。 金 東 仁、 田 榮 澤、 朴 錫 胤、 朴 鐘 和 な ど、 一 九 一 〇 年 代 に 日 本 に 留 学 し て い た 文 学 者 の 間 で は「 宣 言 」( 一 九 一 五 )、 「 生 ま れ 出 づ る 悩 み」 (一九一七) 、「平凡人の手紙」 (一九一七) 、「小さき者へ」 ( 一 九 一 八、 「 死 と そ の 前 後 」( 一 九 一 七 )、 「 カ イ ン の 末 裔 」 ( 一 九 一 七 )「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」( 一 九 一 八 ) な ど、 有 島 の代表的な作品が広く読まれていた。廉想渉ら韓国の文学者 た ち が『 或 る 女 』( 一 九 一 一 ~ 一 九 一 三 )『 宣 言 』「 石 に ひ し がれた雑草」など、いわゆる自我に目覚め始めた女性の自立 や自覚、自我の実現を扱った作品に深い関心を示し、その影 響を強く受けていたことは注目に値する。金東仁の「心の浅 き 者 よ 」( 一 九 一 九「 弱 き 者 の 悲 し み 」( 一 九 一 九 )、 田 榮 澤 の「運命」 (一九二〇) 、廉想渉の「除夜」 (一九二二) 「ひま わ り 」( 一 九 二 三 )、 李 光 洙 の『 再 生 』( 一 九 二 五 ) な ど は、 いずれも自由恋愛を通して自我を実現しようとした女性たち の苦悩と挫折を描いた作品であるが、これらの作品に有島の 『 或 る 女 』「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」「 宣 言 」 な ど が 深 い 影 響 を 与えていた。中でも廉想渉の「除夜」は夫を裏切った妻が自 分の過ちを自覚し、自殺する直前に夫に置手紙を書き残す点 など、 「石にひしがれた雑草」から多くのヒントを得てい る (( ( 。 そこで両作品の影響関係を分析するに先だって、まず「石に ひしがれた雑草」について見ていく。 「石にひしがれた雑草」は中村白葉から聞いた実話をもと に描かれた作品である。有島はそのことを初出稿の末尾に次 のように明かしている。 「一人の男がいてある女と婚約していた。所がその男 が洋行中女は他の男と恋に陥つた。最初の男が洋行から 帰ると、女はすべてを白状した。男は慇懃にそれを許し 結婚した。而して心に不断の嫉妬を潜みながら、その女 に親切の限りを尽くした。女は肺病になつた。而して死 んだ」これだけの事実を中村白葉氏が材料として持つて 居られた。私がそれを懇願したら譲つて下さつた。この 創作は以上の材料から構出されたもの だ (( ( 。 だが有島は、中村白葉から聞いた実話を基にしながら別の

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物語を創った。不貞を犯した女は本能を抑えられず結婚後も 引き続きその相手と不倫を犯すだけではなく、情念のために 美少年と密会を楽しむのである。さらに恋人である加藤から 見放されると、Aにそれを求めるという異常なまでに性に執 着する「娼婦型の女」に造形している。それゆえこの作品は 発表当初、菊池寛から、 △全体として、虚構だと思ふ。が大きな華やかな立派 な虚構である。そして、全体が虚構であるに拘はらず部 分々々は飽迄、現実的である。そして全体が大きな心理 的演習である。人間の心理を解剖し、その真諦を掴んで 之を創作台上に置き之を駆使して、 心ゆくばかりの心理 的演習を行はしめた作品 であ る ((1 ( 。 と絶賛されるなど、文壇の注目を集められたが、ここではひ とまずあらすじを見ておこう。 二十歳の大学生であったAは、友人の加藤と招かれたB先 生ひきつけられていった。やがて二人は結婚の約束を交わす ま で 懇 意 に な っ た が、 社 会 的 地 位、 財 産 に 乏 し か っ た A は、 M子の親の意見で洋行し、商売のやり方などを懸命に働き学 ぶことを結婚承諾の条件とされた。外遊の三年間Aは死にも の 狂 い で 努 力 し、 実 業 家 と し て の 素 養 を 身 に つ け た。 そ の 間、M子から送られてくる手紙はAを励ました。しかし、A がアメリカで暮らしはじめて二年になる頃、突然M子からの 消息が途切れた。不安に駆られたAは誰にも知らせず、三年 ぶりに帰国した。Aの疑いの通り、M子は大学時代の知り合 いであった加藤と親しく交際を重ねていたのである。三人で 話し合った末、加藤はM子と別れることを誓った。その一ケ 月後、AとM子は結婚式を挙げた。M子は生まれ変わったか のように慎ましい主婦になった。そして、Aは海外での実務 を生かして一年足らずで事業を成功させた。AはM子に対し て 徐 々 に 警 戒 心 を 緩 め、 二 人 の 愛 を 確 信 す る よ う に な っ た。 しかし、加藤の字を思わせる紙切れを拾ったAは、M子の裏 切りに衝撃を受ける。以来、AはM子の密会の現場を探らせ るために私設探偵を雇うなど、あらゆる手段を講じて彼女へ の復讐の念を募らせた。Aの罠にはまったM子は再び加藤と 密会を重ねるにとどまらず、情欲から美少年と遊ぶようにな り、そのことが原因で加藤との関係も悪化する。そのことを

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ひ そ か に 見 て い る A は「 嫉 妬 の orgasm 」 の よ う な 快 楽 を 覚 える。追い詰められたM子はどんどんヒステリックになって いった。しかし、Aは復讐の手を緩めるどころか、むしろ彼 女への精神的攻撃を強め、性の飢餓状態に陥ったM子は強度 のヒステリーに陥って発狂してしまう。復讐のためにすべて を失ったAは復讐に至った経緯を認めた手紙とともにもぬけ の殻になったM子を加藤に送り、二人の前から姿を消し た ((( ( 。 以上が「石にひしがれた雑草」のあらすじであるが、有島 は M 子 の み な ら ず、 A の 異 常 さ を も 描 い て い る。 「 あ の 女 が 誰にも独占されるのでなければ、俺れも別に独占する気はな い 」( 四 七 一 頁 ) と、 M 子 に 出 会 っ て す ぐ 異 常 な ま で の 執 着 心に駆られるAは、M子と同様に本能のままに生きる人物と して描かれている。有島自身も恋愛と結婚が親の反対によっ て挫折し、厳格なキリスト教的倫理の中で本能を押さえて生 き て き た 人 生 で あ っ た こ と を 考 え る と、 「 石 に ひ し が れ た 雑 草」に描かれている「M子」と「A」の異常な行動は、有島 自 身 の 内 面 世 界 を 表 し て い た も の で は な い か と 思 わ れ る が、 この作品に深く共鳴し、その影響を強く受けていたのがほか ならぬ韓国からの留学生たちであった。 その二、 「除夜」とそのあらすじ 一九一〇年代から二〇年代にかけて日本に留学していた学 生たちは、まさにモダン都市へと生まれ変わろうとしている 東京を目の当たりにした。街にはデパートやカフェ、おしゃ れ な ビ ル が 建 ち 並 び、 断 髪 と 洋 装 の モ ダ ン ガ ー ル と モ ダ ン ボーイが闊歩していた。このモガ、モボたちは誰にも憚るこ となくカフェやダンス・ホールに遊び、大衆都市文化の花開 く東京をリードしていた。留学生達は、モダンでおしゃれで 猥雑で危険で、そしてミステリアスな東京という大都会に戸 惑いながらも、その自由な雰囲気に引き込まれていった。と りわけ、留学生達を強く惹きつけたのは若い男女の自由な交 際と恋愛、そして女性の社交の自由であった。親の決めた結 婚の形しか知らなかった留学生達は、この新しい習俗に違和 感を覚えつつも、自分の意思で配偶者を選択するという斬新 な行為に魅力を感じずにはいられなかった。すでに一部の留 学生の間では親睦会や講習会、講演会などを通じて恋愛関係 に陥る者もいた。 と こ ろ が、 彼 ら の 前 に は 早 婚 と い う 現 実 の 壁 が 立 ち は だ かっていた。当時朝鮮の中流、上流階級の家庭では息子が十

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代半ばになると、年上の女性と結婚させて早目に跡継ぎをも うける習慣があり、当然男子学生のほとんどは故郷に妻子を もつ既婚者であった。それに対して女子学生はほとんど未婚 であった。それゆえ彼女たちは自分に見合う恋愛相手や結婚 相手を既婚者の中から選ぶしかなかった。新女性の中に妾や 後妻になった者が多 い ((1 ( のは、彼女たちにとって伝統的な結婚 制度の壁が如何に高かったかを意味する。このような矛盾に 満 ち た 現 実 を 乗 り 越 え よ う と す る 女 性 た ち も い た。 し か し、 その代価はあまりにも大きかった。朝鮮最初のソプラノ歌手 として知られる尹心悳が妻子のいる男と無理心中を図ったの はよく知られた事実である。 尹心悳は、東京音楽学校に在学中の一九二一年に在日朝鮮 人留学生親睦会を通じて知り合った早稲田大学生、金祐鎮と 恋に落ちた。しかし、大富豪の長男であった金裕鎮は当時の 習慣に従ってすでに結婚していた。だから二人の恋は社会的 に許されない、いわゆる不倫なのであった。二人は愛情と倫 理の間で苦しんだが、結局因習の壁を越えられず、一九二六 年八月四日、玄界灘に身を投げ た ((1 ( 。ジャーナリズムは競って この心中事件を報道し、高等教育を受けた女性の恋愛と結婚 【図 1.尹心悳と金宇鎮の玄界灘心中事件を報道した『東亜日報』 (1()

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問題が社会的に注目された。 一九二〇年代当時、女子の普通学校就学率はまだ十%にも 達していなかったという教育事情を考慮すると、尹心悳のよ うに高等教育を受けた女性は非常に恵まれた、かつ貴重な存 在なのである。本来ならば、彼女たちは留学などを通じて学 ん だ 知 識 を 社 会 に 広 め る 重 要 な 役 割 を 担 っ て い た は ず で あ る。しかし、知識など因習的な結婚制度の前では邪魔もの以 外の何物でもなかった。 このような現実に強い不満をもつ知識人達は、自由な男女 交際と結婚の実践こそが朝鮮社会を封建的因習から救い出す ことだと思い、自由恋愛を近代化のための重要なテーマとし て取り上げるようになったのであ る ((1 ( 。一九二二年に発表され た 廉 想 渉 の「 除 夜 」 は、 自 由 恋 愛 を 渇 望 す る 新 女 性 た ち が、 現実の壁にぶつかって挫折する様子を描いて文壇の注目を集 めた作品である。廉想渉は、置手紙という形式を借りて、女 性にのみ貞操を求める現実を告発することによって、当時批 判の対象となっていた新女性の生き方に理解を示したが、こ の作品には留学時代に愛読していた有島武郎の「石にひしが れた雑草」が深い影響を及ぼしている。まず、あらすじから 見て行く。 六年間の日本留学を終えて帰国したばかりの崔貞仁は、母 校で教鞭を取る一方、講演会で女性問題について講演するな ど、忙しい日々を送っていた。そんな彼女に結婚の話が持ち 上がった。貞仁に結婚を申し込んだのは東京高等商業学校出 身の堅実なA(安氏)である。一度結婚に失敗したAには貞 仁を後妻にしたい事情があった。それは彼女に若干の名声と 知識があったことと、妾の子であること、また二十五歳とい う初婚には難しい年齢であるということだった。Aは彼女に 結婚を申し込んだのだが、彼女は愛なき因習的な結婚には懐 疑的であった。貞仁は、XX女学校を卒業した十八歳のとき にはもう処女ではなかった。 彼女は一人の男性とだけでなく、 さまざまな男性との恋愛を謳歌したい自由恋愛論者であった が、留学生活はまさしくそれを果たすことができた。そこで 彼女はPという男性に出会った。またEという男性に出会っ たのは帰国後それほど日が経っていない頃だった。貞仁を中 心にした女子講演会があった日、彼女はPからEを紹介され た。貞仁はEを見た瞬間心が魅かれた。彼女はPが日本に戻 るや否やEを誘惑し始めた。それからまもなく彼女はEと関

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係を結んだ。しかし、貞仁はそれに満足せず、Eを離婚させ ようとした。Eが自分と結婚してドイツ留学に連れて行くこ とを狙うようになった。その間もAとの結婚話は父親を中心 に 着 実 に 進 め ら れ て い っ た。 そ の 後 貞 仁 は 教 師 を 辞 め、 結 婚 を 延 期 し て ほ し い と 両 親 に 頼 ん だ が、 父 親 の 猛 反 対 に 遭 い、家出をしてしまう。釜山に逃げた彼女は、すぐEに電報 を打ち、Eも釜山にやってきた。しかし、Eはドイツ留学に 貞仁を同伴する気持ちはもはや薄れていた。家に戻った貞仁 は、妹に頼んでEに手紙を出すのだが、Eはすでに心変わり をしたので冷たい返事しか返って来なかった。まもなく妊娠 していることに気づいた貞仁は、Eに妾でもいいからドイツ 留学に同伴しくれるようにと、手紙を出すのだが、Eの態度 はあくまでも冷淡だった。貞仁とAとの結婚式が近付いてい たが、妊娠ももはや隠せない事実になっていた。貞仁はAが 自分を許してくれることだけを祈った。その後、貞仁とAは 東京で三週間の新婚旅行を終えて大邱に新居を構えた。新婚 旅行の途中、Aが見せる愛情に心を動かされ、貞仁は生れて 初めて後悔というものをした。だが、偽善の上で始まったこ の結婚は七十五日でピリオドが打たれた。妊娠が発覚し、ま た新婚旅行でもずっとAとの関係を拒み続けたことでAの疑 いがますます深くなったからである。だが、彼女には逃げ道 があった。新婚旅行の際、逢ったPと話がついていたのであ る。P自身も故郷にいる妻との離婚をずっとねがっていたの である。そして、 ついに貞仁はAから見捨てられるのである。 ソウルに戻ってきた彼女は親を説得して独り暮らしをはじめ る。Aが再婚するという噂は彼女を絶望させた。その後四カ 月近く貞仁は悩み続けていたが、クリスマスイブにすべてを 許し、新しく生まれる命も受け入れるというAの手紙が届い た。Aの手紙に衝撃を受けた貞仁は自分の生き方が間違って いたことを悟った。大晦日の夜、A宛てに自分のこれまでの 生活を告白する手紙を書き残した後、貞仁はスカートのひも で首をくくるのであっ た ((1 ( 。 以 上 の あ ら す じ か ら も 窺 え る よ う に、 「 除 夜 」 は そ の 筋 立 てにおいて明らかに「石にひしがれた雑草」の影響を受けて いる。つまり、性的に自由奔放な貞仁=M子、その女性のた めに苦しめられる羽目になる夫のA=A、そして貞仁とM子 をめぐる男、E=加藤といった構図は偶然の一致とは思えな いほど類似している。そこでここではとりわけ次の三つの点

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に注目し、両者の影響関係を明らかにする。 その三、 「石にひしがれた雑草」から「除夜」へ 第一に、叙述形式の類似が指摘できる。あらすじからも分 か る よ う に、 「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」 は 不 貞 を 働 い た 妻 に 復 讐を果たした夫が自殺する前に、妻の不倫相手の男に復讐の 顛 末 を 一 通 の 手 紙 で 告 白 す る と い う 書 簡 体 小 説 で あ る。 一 方「除夜」は、他の男の子をみごもったまま結婚した女がす べてを許すという夫に死を以て詫びる前に、不貞に至った経 緯と原因を一通の手紙で赤裸々に告白するという書簡体小説 である。つまり、両作品ともに自殺を決意した主人公が過去 を振りかえり、今の自分の心境を一通の手紙で書き表す書簡 体小説である。しかも双方とも、復讐や不貞に至った顛末を 描くに際して他者の意見や立場を全く考慮せず、あくまでも 告白を一方的に送りつける「一方送信型」を使っている。小 坂 晋 は、 「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」 が こ の よ う な 形 式 を と っ た 理由を、 「主人公の内面を描くために最も適した手法である。 作者は(中略)主人公Aの内面を描くためにこの形式を選ん だ ((1 ( 」 と 指 摘 し て い る。 確 か に、 「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」 に は 妻に不貞を働かれた一人の男が妻に執着するあまり嫉妬心を 抑えきれず、あらゆる手段を使って彼女を窮地に追いこむ苦 悩や葛藤が一方的に吐露されている。それに対して廉想渉は 不貞を働いた女を主人公と設定し、彼女を告白者に据えてい る。 「石にひしがれた雑草」のAは、 「除夜」の中では脇役に 回され、結婚に至るまでの心境は貞仁という女によって説明 されている。つまり、貞仁の内面に焦点が当てられているの で あ る。 こ こ に 廉 想 渉 の 意 図 が 読 み と れ る。 そ の 意 図 と は、 貞 仁 が な ぜ 不 貞 を 働 い た の か、 そ の 内 面 世 界 を 描 く こ と に よって、一九二〇年代の韓国における新女性の恋愛至上主義 の 顛 末 を 表 現 し よ う と し た の で あ る。 そ の た め 男 で は な く、 女を語り手として選んだのである。この点については次節で 詳しく述べることにする。 第二は、作品の構成の一致と、細部における事柄の類似性 が 指 摘 で き る。 こ こ で は 両 作 品 を 導 入 部、 発 端 部、 展 開 部、 上昇部、結末部と五つの段階に分けて考察する。 まず導入部だが、両作品とも物語は、それぞれの主人公が 手 紙 を 書 き 残 す 理 由 を 述 べ る と こ ろ か ら 始 ま っ て い る。 「 石 にひしがれた雑草」は次のような書き出しで始まる。

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姿を隠すときが来た。何を愚図々々のさばっているの だと心の中で君に苛まれる時も果てた。君と一緒にこの 地球の上にいながら姿を隠すのか、あるいはあの世に姿 を隠すのか、そんな事は詮議してくれるな。縦令詮議し た所で無駄だ、僕が姿を隠した後に、君はこの置手紙一 つ以外の外は何物も見出さないだろうから。 (中略) 姿を隠す前に、僕は君の恋人であり、僕の妻であるM 子を生殺しにした顛末を君にだけ知らせて置きたいと思 ふのだ。僕が何か目的があつてそんな事をしたと思つて はいけない、 僕には目的はない。目的なぞがあるものか。 (中略)僕は唯何だか君に書き残した い ((1 ( 。 これに対して「除夜」は次のように始まっている。 最後の瞬間は一番重大な使命を遂行します。そして絶 対的な終結を告げます。その結果、残るものは何でしょ う。ただの空っぽです。空から空へ流れてそこに永遠な 安住があり、絶対的な解脱があり、純然があり、神聖が あり、至る善があるかと思います。 しかし、いまこの手紙は何の必要で書くのか、自分も 疑問であります。最後の結末と何の関係があってこの手 紙を書く気になったのか、 自分もよく分かりません。 (中 略) この手紙を口実にあなたの同情を買おうとするとか、 もしくは私があなたの心情を理解し同情しているという 良 心 の 片 影 を 見 せ る た め で も あ り ま せ ん。 ( 中 略 ) 第 一 に私にはあまりにも苛酷な刑罰で す ((1 ( 。(拙訳) 「最後の瞬間」という言葉ではじまる冒頭から自殺をほの めかす口調、手紙を書く理由の提示、手紙を書かずにはいら れない主人公の心境、目的のないまま自分の過去の顛末を告 白 し よ う と す る 心 情 な ど、 「 除 夜 」 の 冒 頭 が「 石 に ひ し が れ た雑草」を手がかりに書かれていることは明らかである。 次の発端部では、両作品ともM子とA、また貞仁とAがど のようにして出会い、結婚に向かっていったのかが描かれて いる。 展 開 部 で は、 「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」 の 場 合、 A が ア メ リ カ留学へと旅立った後、M子の新たな恋人である加藤の出現

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と、 A の 帰 国 に よ る 二 人 の 破 局 が 描 か れ る。 こ れ は「 除 夜 」 では、貞仁とEの新しい出会いと、二人の深い関係が、Eが 既 婚 者 で あ る 現 実 の 壁 に ぶ つ か り 破 局 す る 内 容 に と っ て か わっている。 上昇部では、M子が結婚した後も不貞を犯し、Aがその復 讐を決意する。その結果、M子はヒステリーに陥り、発狂す るのである。この部分は「除夜」では貞仁が他の男の子供を 身 ご も っ た ま ま A と の 結 婚 を 強 行 し た こ と が 明 る み に な り、 A は 苦 し ん だ あ げ く 貞 仁 を 実 家 へ 帰 す こ と に す る。 つ ま り、 両作品とも結婚に終止符が打たれる原因が、女性側の不貞で ある点が一致していると言える。 そして結末部では、 両作品ともそれぞれ「凡てが終わった」 (「石にひしがれた雑草」五二八頁) 、「最後の微かな音さえも 切る時がすぐそこまで来ました」 (「除夜」 一〇八頁) と告げ、 自殺へと向かう様子が描かれている。 このように、 両作品を五段階に分けて比較考察すると、 「除 夜」が「石にひしがれた雑草」の構成の影響を受けているこ とは明らかである。 第 三 は、 女 性 の 描 き 方 の 類 似 が 指 摘 で き る。 つ ま り、 「 娼 婦型の女」として描かれるM子の性質は、そのまま「淫蕩な 気質で娼婦的な不倫を犯した」貞仁の性質に置きかえられて いる。しかも、この「娼婦型の女」の性に対する執着は貞仁 の自由奔放な男性遍歴を際立たせる仕掛けとなっている。次 の文は貞仁の「娼婦型」の性質がよく表現されている場面で ある。 「私の前に集まってくる色とりどりの青年たちの群れ は、宝石店のショーケースの前に立った婦人よりも、私 に と っ て は も っ と 輝 い て、 満 足 に 見 え ま し た。 ( 中 略 ) はめたければどれでもはめられるし、はめたくなければ 一つも手をつけなくてもよかったのです」 (「除夜」七二 ~七三頁、拙訳) つまり、 「石にひしがれた雑草」 のAにとって 「娼婦型の女」 であったM子の周りを取り囲む男たちの姿を、廉想渉は貞仁 から見た男性たちに置き換えて描いているのである。作者は 「石にひしがれた雑草」 におけるM子の性質をそのまま 「除夜」 の貞仁に適用していると言えるであろう。

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以上、書簡形式とプロットの構成、そして女性の描き方と いう三つの要素を比較考察してきたが、結論として廉想渉は 「 除 夜 」 を 執 筆 す る に 当 た っ て 有 島 武 郎 の「 石 に ひ し が れ た 雑草」から多くのヒントや示唆を受けていると言える。しか し、ここで注目すべきは、なぜ、廉想渉は男性ではなく、女 性を語り手として描いているのか、という点である。その理 由を次節で探りたい。 三、 もう一人のM子―「良妻賢母」 と「娼婦型の女」 の間で 「 除 夜 」 は、 「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」 の 中 で A を 苦 し め る M子を主人公に据え、 その視点から物語が語られている。 いっ たいなぜ廉想渉はA(男性)から貞仁(女性)へと視点を変 えたのであろうか。これには近代とともに新たに登場してき た「新女性」の存在が深くかかわっている。 近 代 化 の 波 に 乗 っ て 西 洋 か ら「 自 由 」「 平 等 」 と い う 思 想 が伝えられたのを契機に、 それまでの儒教式教育が見直され、 女性も男性と同じく近代的教育を受けるようになった。女子 師範学校、官立女学校、ミッションスクールなど各地に女学 校が設立され、女学生たちは欧米の新しい知識を意欲的に身 につけはじめた。その結果、一八九〇年代頃から男女平等や 女性の地位、権利を主張する新しい価値観を持った女性たち が現われた。いわゆる新女性である。 と こ ろ が 、 日 清 戦 争 後 、 大 国 化 を 目 指 し た 明 治 政 府 に よ っ て 良 妻 賢 母 思 想 が 女 子 教 育 の 中 心 と な っ て か ら 、 女 学 校 で は そ れ ま で 行 っ て い た 男 女 平 等 に 基 づ く 近 代 教 育 か ら 男 性 に 従 っ て 家 を 守 り 、 育 児 に い そ し む 女 と し て の し つ け を 重 視 す る 良 妻 賢 母 主 義 に 基 づ く 教 育 に 切 り 替 え ら れ 、 男 女 平 等 へ の 道 は 急 激 に ふ さ が れ て し ま っ た (11 ( 。 無 論 、 女 性 た ち も 黙 っ て お ら ず 、 一 九 一 一 年 、 平 塚 ら い て う た ち に よ っ て 結 成 さ れ た 「 青 鞜 社 」 が 、 機 関 誌 『 青 鞜 』 を 通 じ て 女 を 束 縛 す る 既 成 道 徳 に 反 旗 を 翻 し 、 因 習 の 中 で 出 口 を 模 索 し て い た 多 く の 女 性 の 共 感 を 呼 ん だ の は 周 知 の 事 実 で あ る 。 家 族 制 度 批 判 を 始 め 母 性 、 貞 操 、 堕 胎 、 公 娼 な ど あ ら ゆ る 婦 人 問 題 を 議 論 の 対 象 と し た 『 青 鞜 』 の 活 動 (1( ( は 、 日 本 に お け る 婦 人 論 興 隆 の 引 き 金 に な っ た だ け で は な く 、 韓 国 や 中 国 の 女 性 解 放 運 動 に も 大 き な 影 響 を 及 ぼ し て い る (11 ( 。 そ の 担 い 手 た ち は 他 で も な く 、 一 九 一 〇 年 代 か ら 二 〇 年 代 に か け て 日 本 に 留 学 し た 女 子 留 学 生 た ち で あ る 。

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中 で も 韓 国 か ら 来 日 し た 女 子 留 学 生 た ち は 『 青 鞜 』 を は じ め と す る 日 本 の 女 性 運 動 に 刺 激 さ れ 、 留 学 生 会 の 機 関 誌 を 通 じ て 女 性 の 自 我 を 主 張 し 、 儒 教 道 徳 に お け る 男 尊 女 卑 思 想 を 批 判 し 男 女 平 等 論 を 展 開 し て 注 目 を 集 め た 。 帰 国 後 も 、 封 建 的 価 値 観 か ら 女 性 を 救 い 出 す 運 動 を 展 開 す る な ど 、 女 性 の 地 位 向 上 の た め に 活 動 し 、 社 会 的 に 期 待 さ れ た 。 し か し 、 そ う し た 運 動 を し た の は ご く 一 部 の 女 性 で あ っ て 、 多 く の 新 女 性 た ち は 世 間 や 周 囲 の 期 待 と は 裏 腹 に 仕 事 に 就 く こ と も な く 、 中 に は 派 手 な 男 性 遍 歴 を 繰 り 返 す 女 と し て ジ ャ ー ナ リ ズ ム を 賑 わ す 、 い わ ば 時 代 の 「 ト ラ ブ ル メ ー カ ー 」 と さ れ て い た 。 新 聞 や 雑 誌 、 さ ら に 小 説 で は 伝 統 的 な モ ラ ル に 捉 わ れ ず 自 分 の 意 志 で 生 き る 新 女 性 を 連 日 の よ う に 取 り 上 げ 、 そ の 生 き 方 を 批 判 し た が 、 と り わ け 廉 想 渉 を は じ め と す る 留 学 帰 り の 男 性 作 家 は 新 女 性 の 生 き 方 に 対 し て 厳 し い ま な ざ し を 送 っ て い た 。 前節で見てきたように、廉想渉の描く「除夜」のヒロイン の 貞 仁 は、 日 本 に 留 学 し た エ リ ー ト で あ る に も か か わ ら ず、 帰国後、ろくに仕事もせずひたすら結婚にこだわり、その過 程で不倫や姦通、裏切りを繰り返す、いわゆる性的に奔放な 女 に 造 型 さ れ て い る。 「 除 夜 」 だ け で は な い。 金 東 仁 の「 心 の浅き者よ」 (一九一九) 「弱き者の悲しみ」 (一九一九) 、田 榮 澤 の「 運 命 」( 一 九 二 〇 )、 李 光 洙 の『 再 生 』( 一 九 二 五 ) に描かれたヒロインたちも、社会をリードすべき立場にいな がら、仕事よりも恋愛や結婚にしか関心を示さない人物とし て描かれているのである。確かに、 新女性たちは仕事よりも、 結婚にこだわっていた。 しかし、彼女たちは始めから結婚にこだわっていたのでは な い。 女 学 校 を 卒 業 し て も、 そ の 知 識 を 生 か す 職 場 も な く (11 ( 、 【図 2.就職できず卒業証書の前で泣く女学生 ((()

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女性を家庭に押し込めようとする当時の社会的風潮がそうさ せたのである。 廉想渉たちもそうした事情をよく知っていた。 だ か ら こ そ、 当 時 の 韓 国 社 会 が 求 め て い た 理 想 的 な 女 性 像、 すなわち対等なパートナーとして家庭を築き、子供の教育に 努める良妻賢母とは正反対の女性像を通して、結婚以外に選 択肢のない新女性の置かれた現状を浮き彫りにしたのである が、その際、彼らがモデルにしていたのがほかならぬ有島の 描き上げたヒロインたちである。 『或る女』の葉子、 「石にひしがれた雑草」のM子、 「宣言」 のY子は、いずれも女学校を出たエリートでありながら、職 に就くこともなく、仕事をしようともしない。だからといっ て、 男に従って家を守り、 育児にいそしむ良妻賢母でもない。 彼女たちはただひたすら恋愛を楽しみ、愛に忠実に生きるが 故に不貞を働き、男を苦しめる人物として描かれている。注 目すべきは 「石にひしがれた雑草」 のM子である。彼女は 「先 天的な娼婦型」の性質で二度も夫を裏切って愛人の加藤のも とに走るが、その娼婦性とは「童貞に惹かれ、他の女に与え るのを妬み征服しようとするエリス 説 (11 ( 」に支えられているの であ る (11 ( 。 ところが、このような娼婦型のM子の心理、すなわち有島 武郎が描こうとした女性の性に対する欲望は、貞仁の「娼婦 型」の中から探ることはできない。なぜなら、廉想渉が描く 貞仁の「娼婦」性は遺伝によるものであるからだ。 今になって大胆、無礼に父母の欠点を暴露して不肖の 罪 を 繰 り 返 そ う と す る の で は な い け れ ど、 私 の 生 命 が、 その発芽の第一歩を不倫の結合から出発したことは(中 略)疑いのない事実です。口にするだけでも恥ずかしい ですが、私の祖父は言うまでもなく、父親の絶倫な精力 は 祖 父 の 子 供 で あ る こ と を も っ と も 正 確 に 証 明 し ま す。 (0歳近い今でも、妾が二人もいます。その中では自分の 孫といってもおかしくない幼い女学生上がりまでいるそ うです。しかし、私の母も決して貞淑な婦人ではなかっ た で す。 ( 中 略 ) と も か く、 私 が 彼 ら の 娘 で あ る 事 実 を 忘れてはなりません。 (中略) 嗚呼、 私は私生児です。 (中 略)私は姦夫姦婦が作り出した醜い肉の塊というわけで す。 ( 中 略 ) 小 さ い 時 か ら 見 慣 れ た 濃 厚 な 色 彩 は 私 の 感 情を体質以上に早熟にさせました。もう一度言うと、家

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庭の空気がまさしく私の雰囲気であったことを看過して は な り ま せ ん。 ( 中 略 ) い ま い ま し い 崔 家 の 血! あ あ! (「除夜」六八~六九頁、拙訳) この遺伝による 「娼婦型」 は 「悪い血」 と表現され、 当時 「自 由恋愛」を主張し、実践した理由として、他の作品でも取り 上げられていたのであ る (11 ( 。この「悪い血」について崔ヘシル は次のように指摘している。 妾との間にもうけた私生児が社会的に認められない事 実を、貞淑ではない女性の子孫は悪い血を受け継いで生 まれたので、生来貞淑な家庭の主婦にはなれないという 迷信と結びつけてい る (11 ( 。(拙訳) つまり、貞仁の生涯こそ結婚家族制度という社会制度を守 るために「性」がどのように管理され、規定されたのかを克 明 に 表 し た 身 体 の 政 治 学( body politics ) (11 ( の 具 現 で あ っ た。 それだけではなく、堕落したヒロインが結局、死の運命を免 れ得ないという伝統的な文学テキストの叙事構造に従ってい る点も注目に値する。そのために「石にひしがれた雑草」の M子がヒステリーに追い込まれる場面での有島武郎の女性の 性に対する心理描写は貞仁には見出すことができないのであ る。 廉想渉は、最後に貞仁の過ちを許すという寛大な夫を設定 し、貞仁は不貞な妻のまま、その償いの道として身ごもった まま自殺を選ばせている。そして、これで「二つの生命は救 わ れ ま し た 」( 一 一 〇 頁 ) と 言 い 放 っ て い る の で あ る。 こ こ では少なからず作家自身の主観、つまり社会の中心である男 性たちの、女性は純潔でなければならないというエゴイズム が窺える。貞仁は、社会、つまり男性のエゴイズムによって 殺されたのではないだろうか。作者は「除夜」の中で家父長 制を批判してはいるが、貞仁が自ら死を選ぶというプロット は、結局、その家父長制をより堅固なものにしているに過ぎ ない。その意味において廉想渉も結局のところ、時代の制約 から自由ではなかったと言えよう。 しかし、廉想渉が有島武郎の造型したM子を通し、近代化 の真只中で、韓国社会に現われた新女性の姿を見出そうとし た点は意味深い。つまり、日本留学出身といったインテリ女

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性が、一夫一婦や女性の権利を主張しつつ、自分は「文明化 された女性にふさわしい」ドイツやアメリカ留学のために不 倫 を し、 さ ら に 結 婚 を し よ う と す る の で あ る。 「 自 由 恋 愛 」 という新しい観念を自分に都合よく解釈しようとした価値観 の混乱は、その末路が見えるものであった。そのため貞仁に とってのAは性的対象としてではなく、貞仁の両親を目覚め さ せ る 相 手 な の で あ る。 そ れ は、 「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」 の M子がヒステリーの果てに自殺を図ろうとしたこととは異な り、貞仁は自分の自由奔放な恋愛観の末路として自殺を選ん でいるからである。貞仁の後悔は、新女性たちが履き違えた 恋愛の自由という意味を裏に含んでいる。もしかしたら貞仁 の口から後悔が語られることによって、より新女性の行動に 真正性を与えようとしたのではないだろうか。ここに貞仁を 主 人 公 に 据 え た 意 味 が 窺 え る の で あ る。 「 除 夜 」 と い う 題 目 が示す通り、貞仁は夫の許しの手紙を見て、 私は泣きました(中略)一生を通じてたった一回、可 愛 い 涙 を 流 し ま し た。 ( 中 略 ) 私 の 涙 は …… 新 た な 生 命 の 泉 で し た。 私 は 生 き ま す。 永 遠 に 生 き ま す。 あ な た の 胸 の 中 に 包 ま れ て 永 遠 に 生 き ま す。 あ あ!( 「 除 夜 」 一〇九頁、拙訳) と叫ぶのである。つまり、彼女は夫の許しによって少女の心 を取り戻し、 また自殺することによって夜の世界は幕を閉じ、 Aの愛という新たな「光」の世界へと出発するのである。し かし、このような「除夜」の構造は、娼婦が死を通して処女 に戻れるという歪な結末と、ヒロインに純潔だけを求める社 会の中心、すなわち男性たちの利己主義を露呈していると言 わざるを得ない。 四、自由恋愛の行方 「 新 女 性 」 と い う 言 葉 が 封 建 的 、 つ ま り 儒 教 的 な 価 値 観 を 打 ち 破 る 女 性 に つ け ら れ た 言 葉 で あ っ た だ け に 、 未 だ 伝 統 的 な 思想から抜け出すことのできないほとんどの人々にとって彼 女 た ち は 芳 し く な い 存 在 で あ っ た 。 こ の よ う な 社 会 的 風 潮 を 代 弁 す る か の ご と く 、「 除 夜 」 の ヒ ロ イ ン で あ る 貞 仁 は ま さ に そ の よ う な 新 女 性 で あ る 。 彼 女 は 日 本 留 学 を し た 当 時 と し て は

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数 少 な い エ リ ー ト 女 性 で あ る 。 帰 国 し た 後 も 女 性 界 の 先 頭 に 立 つ 人 物 と し て 講 演 会 を し た り 、 教 師 と し て 働 い た り す る 職 業 女 性 で あ り 、 ま た 進 ん だ 女 性 で あ る 。 そ の よ う な 彼 女 に と っ て 「 自 我 」 の 省 察 は 自 分 の 生 き ざ ま を 規 定 す る こ と で あ っ た 。 一体、生というのは何だろうか?(中略)運命?それ も 疑 わ し い 不 正 確 な 観 念 に 過 ぎ な い 言 葉 で す が( 中 略 ) すると、死は何だろうか?シャボン玉のように瞬間的な 消滅の名ですか?感情というのは何ですか?恋愛とは何 ですか?生殖とは何ですか?神とは何ですか?道徳とい うのは何ですか?(中略)――すべてが幼い子供が作っ た玩具に過ぎない。そこに何の権威があって意味がある だろうか。主観は絶対である。自己の主観のみが唯一の 標準ではないだろうか。自分の主観が許すなら、それま で の 話 だ。 社 会 が 何 と 言 お う と、 道 徳 が 何 と 言 お う と、 神が警鐘を鳴らそうと、 耳を傾ける必要はないのだ。 (「除 夜」六一頁、拙訳) このように、貞仁は既存の道徳や社会の習わしを否定する と同時に、その反動で自我、すなわち自分の思想、個性を主 張している。そして、自由恋愛は彼女の存在、あるいは個性 を表せる行動であり、また外に向かっての自己表出でもあっ た。 ど ん な 社 会 が ど ん な 新 道 徳 を 作 ろ う と 、 あ な た は 到 底 許 さ な い だ ろ う ― ― と 、 考 え る と き は 絶 望 に 泣 き 叫 び な が ら 神 の 救 い を 哀 願 し ま し た 。 そ し て 、 自 己 嫌 悪 が 極 に 達 し て 自 分 の 体 が 醜 悪 の 象 徴 の よ う に 見 え ま し た 。( 中 略 ) ― ― 一 体 石 を 投 げ つ け ら れ る 者 は 誰 で し ょ う ? 何 が 罪 だ ろ う 。 堕 落 ? そ れ は 自 由 恋 愛 を 渇 望 す る 幼 い 乙 女 に の み 、 被 せ る 絞 首 台 の 上 に 立 つ 死 刑 囚 の 覆 面 巾 の 名 な の か ?( 中 略)少なくとも私は人間性の第一の美しい部分だけは売 ら な か っ た 自 信 が あ り ま す 。( 「 除 夜 」 六 二 頁 、 拙 訳 ) 性とは何だろうという疑問の一環として彼女は、愛と性に 対する考察をし、真の自我のための社会的な偏見からの解放 を叫んでいる。愛のない結婚という桎梏から脱し、不倫をし てでも自分の正当性を次のように主張しているのであ る ((1 ( 。

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Aとの情交が続く時には、Aに対して貞操を守る情夫 になるでしょうし、Bと夫婦関係を持続する間は、また B に 対 し て 貞 淑 な 妻 に な れ ば い い の で は な い で し ょ う か。Aに対してもはや少しも愛着を感じないならAとの 夫婦関係を持続することこそ、かえって姦淫です。 (「除 夜」七五頁、拙訳) 貞仁にとって男女間の恋愛は愛に支えられている。がしか し、 相 手 は 必 ず し も 一 人 と は 限 ら な い。 こ こ で 言 う 恋 愛 は、 霊と肉を同格にしたものである。貞仁のこのような恋愛観は 愛より情念が先走った時、崩れて行くのである。PとEとの 関 係 が そ う で あ り、 E か ら 見 放 さ れ た 時、 虚 栄 心 の あ ま り、 Aとの結婚を決心することによるものである。その虚栄心は 「 新 女 性 」 と し て 留 学 す る こ と だ っ た。 こ こ で 彼 女 の 自 由 恋 愛に対する誤解が生じていると考えられる。口では愛に基づ く霊と肉を同格した恋愛と言いつつも、自分の虚栄心を満た すためにEとの恋愛を利用しようとしているのである。 Eの学職、名声、風采が気に入らないということでは ないです。離婚が成立するように願わないということで もないです。しかし何より逃してはならないことは、ド イツ留学の計画でした。 もしもドイツまで行けなくても、 とにかく洋行さえすればよかったです。学問も学問です が、日本に行くだけでは、到底私の虚栄心が満たされな かったからです。 (「除夜」八二頁、拙訳) そして、それがうまく行かなくなった時、Aとの結婚を受 け入れるのである。貞仁のこのような大胆な行動は、彼女一 人に限られた問題ではかった。この作品の中でも貞仁のよう な新女性に対する批判があちらこちらに見られる。 Y の よ う な 女 は 結 婚 し た 後 ま で、 夫 が 留 学 す る 間 に、 それも教師勤め、○○勤めをやたらにしたせいで、それ こそ山のようなお腹を抱えても、 夫が許してあげたので、 今も相変わらず皆を騙して先生と呼ばれているし……そ れだけではない!呆れたことに、Sは○○を始末して前 もって妊娠する心配もなくしてから、ありとあらゆるふ

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るまいをしていても、講演会という講演会には抜けるこ となく、新聞に毎日騒がれても有志淑女としてもてはや されているではないか……「除夜」一〇七頁、拙訳) このように新女性の「恋愛」は自由を放縦と誤解するのと 同 じ よ う に、 「 恋 愛 」 こ そ 真 の 女 性 解 放 で あ り、 伝 統 思 想 か らの脱皮として捉えられたのである。それは封建思想の中で 抑圧されてきた女権の回復に向けての道のりであり、その先 頭に立ったエリート女性の環境も看過してはならない。つま り、この作品では貞仁の思想の底流にある家庭環境の問題が 取り上げられているが、言い換えれば、当時留学した女性が 出 会 っ た 男 性 の 持 つ「 恋 愛 」 対 象 者 と し て の 弱 点 が あ っ た。 つまり、早婚という因習に縛られていた時代なので、彼女た ちが求める男性は既婚者であった。従って、彼女たちの選択 条件は既に制限されたものであった。それは「新女性」たち が打開することのできない厚い壁だったのである。そこで彼 女たちが叫ぶ「自由恋愛」はプラトニック・ラブを越えた霊 と肉を同格にする新たな恋愛観、つまり「恋愛至上主義」に 向かうのである。親や地域社会の目が届かない留学という環 境が浅薄な「恋愛観」を生むのである。浅薄という表現を使 う理由は、この作品でも扱われている貞仁のような新女性の 虚栄と社会道徳の基準を越えた多くの男性との肉体関係は決 して尊い恋愛に結びつかないからである。つまり、貞仁が自 殺を選んだ理由は、封建社会の規範に押しつぶされる女性の 「 愛 」 で は な く、 自 分 自 身 の 自 由 へ の 錯 覚 に よ る 後 悔 で あ っ たと言えるだろう。 五、おわりに 韓国に「恋愛」をもたらしたのは日本であった。次の文は 一九二〇年、雑誌『ソウル』に掲載された恋愛に対する当時 の論評である。 今、 私 た ち の 社 会 は 段 々 恋 愛 化 さ れ よ う と し て い る。 恋愛の中でも俗恋愛である。この俗恋愛化されようとす る今の社会状態は大変、恐ろしい現象である。この恋愛 は西洋から日本に入り、 日本から我国に入ってき た ((( ( 。(拙 訳)

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小説は、その作家が生きた時代と社会を如実に記録すると い う 反 映 論 の 観 点 か ら、 「 恋 愛 」 も ま た そ の よ う な 視 点 で 見 ることが出来るであろう。 「除夜」をその脈略から考えると、 「 恋 愛 至 上 主 義 」 が 韓 国 社 会 に 与 え た 影 響 は 大 き い。 そ れ は 女性に一途な従順から「主観の絶対さ」を認識させ、さらに 家から社会へ、そして社会において主体となる可能性を示唆 したのである。 しかしながら、有島武郎の「石にひしがれた雑草」は社会 反映論とは無縁な、あくまでも作者の内面世界を表現した作 品である。つまり、有島武郎が求めてやまなかった霊と肉の 一元的な満足、すなわち「一元的な個 性 ((1 ( 」は、人間が本能的 に欲するものである。その中でM子が求める 「肉」 の本能は、 「 霊 」 が 排 除 さ れ た 人 間 の 歪 ん だ 心 理 状 態 を 露 呈 し た も の で あろう。 一 方、 「 除 夜 」 は 有 島 武 郎 の 観 念 的 な 世 界 に 立 ち 入 る も の で は な く、 「 恋 愛 至 上 主 義 」 と い う 観 念 的 な 世 界 を よ り「 実 体化」させようとした作品である。その「実体化」は、M子 と彼女の自由奔放な性質をかたどった貞仁であっと言えるの ではないだろうか。 注 ( 1) 本 論 文 は 、 二 〇 一 二 年 度 ( 平 成 二 十 四 年 度 ) 科 学 研 究 費 補 助 金 ( 基 盤 研 究 C )「 有 島 武 郎 と 外 国 文 学 ― 韓 国 近 代 文 学 を 手 が か り と し て 」( 課 題 番 号 (( (( 0( (( の 成 果 の 一 部 で あ る 。 ( () 柳 父 章『 翻 訳 語 成 立 事 情 」( 岩 波 書 店 、 二 〇 〇 一 年 ) 八 九 ~ 一 〇 五 頁 参 照 。 ( () 柄 谷 行 人 『 日 本 近 代 文 学 の 起 源 』( 講 談 社 、 一 九 八 〇 年 ) 九 五 頁 。 ( () 佐 伯 順 子 『「 色 」 と 「 恋 」 の 比 較 文 学 史 』( 岩 波 書 店 、 二 〇 〇 〇 年 ) 十 六 頁 に よ れ ば 、「 神 の 愛 と 隣 人 愛 を 併 置 す る キ リ ス ト 教 的 な「 愛 」の 思 想 に 基 づ け ば 、単 に「 愛 」と い っ た だ け で は 、 人 間 と 神 、あ る い は 親 子 、 兄 弟 姉 妹 、 友 人 と い っ た 広 範 囲 な 関 係 が 含 ま れ る の で 、 特 に 異 性 間 の 好 意 に 特 定 し た い 場 合 に は 、 従 来 の 日 本 語 の「 恋 」と い う 語 と 、 翻 訳 語 と し て の「 愛 」と を 合 体 さ せ て 、「 恋 愛 」と い う 表 現 を 使 用 す る よ う に な っ た 」と 指 摘 し て い る 。 ( () 李 光 洙「 幼 き 友 へ 」(『 青 春 』九 号 、 一 九 一 七 年 十 二 月 )。 ( () 廉 想 渉 が 有 島 武 郎 の 作 品 を 深 く 読 ん で い る ば か り で な

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く 、そ の 影 響 を 強 く 受 け て い た こ と は 、 金 允 植 『 廉 想 渉 研 究 』( ソ ウ ル 大 学 校 出 版 部 、 一 九 八 七 年 ) を 皮 切 り に 、 姜 仁 淑『 自 然 主 義 文 学 論 Ⅱ 』( 高 麗 苑 、 一 九 九 一 )、 李 甫 永『 乱 世 の 文 学 』( 図 書 出 版 芸 知 閣 、 一 九 九 一 ) な ど に よ っ て よ く 指 摘 さ れ て い る 。 ( () 金 允 植 、 前 掲 書 ( 註 () 一 八 七 頁 。 ( () 金 充 植 、 前 掲 書 ( 註 () 一 七 三 ~ 一 八 八 頁 。 ( () 山 田 昭 夫 「 解 題 」(『 有 島 武 郎 全 集 第 三 巻 』 筑 摩 書 房 、 一 九 八 〇 ) 六 八 九 頁 。 ( 10) 菊 池 寛 「 四 月 の 文 壇 に 就 い て の 雑 感 」(『 帝 国 文 学 』 一 九 一 九 年 五 月 )。 ( 11)『 有 島 武 郎 全 集 第 三 巻 』( 筑 摩 書 房 、 一 九 八 〇 年 )、 た だ し 初 出 は『 太 陽 』第 二 十 四 巻 四 号 ( 博 文 館 、一 九 一 八 年 四 月 )。 ( 1() 一 九 二 〇 年 代 当 時 、 高 学 歴 の 女 性 の 結 婚 は 非 常 に 厳 し く 、 教 育 の 上 で も 価 値 観 の 上 で も 自 分 に 見 合 う 男 性 と 結 婚 す る た め に は 、 妾 に な る か 、 後 妻 に な る か 、そ れ と も 結 婚 せ ず 独 身 を 通 す か の 三 つ の 選 択 し か な か っ た 。 ( 1()『 東 亜 日 報 』一 九 二 六 年 八 月 五 日 二 面 。 ( 1() ユ ・ ミ ン ヨ ン『 尹 心 悳   死 の 賛 美 ― 尹 心 悳 評 伝 』( ミ ン ソ ン 社 、 一 九 八 七 ) と『 金 裕 鎮 全 集 Ⅰ ・ Ⅱ 』( チ ョ ン イ ェ ウ ォ ン 、 一 九 八 三 ) 参 照 。 ( 1() 崔 柄 宇 「 韓 国 近 代 一 人 称 小 説 研 究 」(『 一 九 九 二 年 度 ソ ウ ル 大 学 大 学 院 博 士 論 文 』) 一 二 二 頁 ~ 三 頁 。 ( 1()『 廉 想 渉 全 集 第 九 巻 』( 民 音 社 、 一 九 八 七 )。 た だ し 初 出 は 『 開 闢 』( 開 闢 社 、ソ ウ ル 、 一 九 二 二 年 二 月 ~ 六 月 に 渡 っ て 五 回 掲 載 )。 ( 1() 小 坂 晋 『 有 島 武 郎 文 学 の 心 理 的 考 察 』( 桜 風 社 、 一 九 七 九 ) 一 八 〇 頁 。 ( 1() 有 島 武 郎「 石 に ひ し が れ た 雑 草 」(『 有 島 武 郎 全 集 第 三 巻 』 筑 摩 書 房 、 一 九 八 〇 ) 四 六 七 頁 。以 下 頁 数 の み 記 載 。 ( 1() 廉 想 渉「 除 夜 」(『 廉 想 渉 全 集 』民 音 社 、 一 九 八 七 年 ) 五 九 頁 。以 下 頁 数 の み 記 載 。 ( (0) 牟 田 和 恵「 新 し い 女 ・ モ ガ ・ 良 妻 賢 母 ― 近 代 日 本 の 女 性 像 の コ ン フ ィ ギ ュ レ ー シ ョ ン 」(『 モ ダ ン ガ ー ル と 植 民 地 的 近 代 ― 東 ア ジ ア に お け る 帝 国 ・ 資 本 ・ ジ ェ ン ダ ー 』岩 波 書 店 、 二 〇 一 〇 年 ) 参 照 。 ( (1) 米 田 佐 代 子 ・ 石 崎 昇 子「 『 青 鞜 』以 後 の 新 し い 女 た ち ― 平 塚 ら い て う と「 産 婦 人 協 会 」の 運 動 を 中 心 に 」(『 新 女 性 ― 韓

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国 と 日 本 の 近 代 の 女 性 像 』青 年 社 、 二 〇 〇 三 ) 参 照 。 ( (() ム ン ・ オ ク ピ ョ ウ「 朝 鮮 と 日 本 の 新 女 性 ― 羅 蕙 錫 と 平 塚 ら い て う の 生 涯 の 比 較 」( ム ン ・ オ ク ピ ョ ウ 編『 新 女 性 ― 韓 国 と 日 本 の 近 代 女 性 像 』青 年 社 、 二 〇 〇 三 ) 参 照 。 ( (() 三 山 人「 女 学 校 に 通 う と 結 婚 が で き な く な る 」(『 別 乾 坤 』 一 九 二 八 年 二 月 ) 一 〇 四 頁 。 ( (() 本 格 的 な 女 性 雑 誌 と し て 知 ら れ る『 新 女 性 』( 一 九 二 三 年 九 月 か ら 一 九 三 四 年 四 月 ) は 、 一 九 二 六 年 二 月 号 で「 婦 人 職 業 問 題 」 と い う 特 集 を 組 み 、 女 学 校 を 卒 業 し て も 「 行 く と こ ろ が あ り ま せ ん 」、「 金 の な い 境 遇 」、「 一 人 で 生 活 が 出 き る よ う に な れ ば 」、「 嫁 に 行 け と い わ ん ば か り の 親 」 と 訴 え る 女 学 生 の 投 稿 を 紹 介 し て い る 。ま た 、京 城 ( 現 ソ ウ ル ) に あ る 進 明 女 学 校 の 一 九 二 四 年 度 卒 業 生 四 八 五 名 の う ち 、 職 に 就 い た 女 学 生 は 、 学 校 教 員 四 七 名 、 外 国 留 学 十 四 名 、 銀 行 会 社 事 務 二 名 に 過 ぎ ず 、そ の 他 の 卒 業 生 は 家 事 手 伝 い で あ る と い う 事 実 を 紹 介 し て い る 。 ( (() 小 坂 晋 、 前 掲 書 ( 註 1() 一 六 六 頁 。 ( (() 有 島 は 、 一 九 一 六 年 三 月 二 八 日 、 H ・ エ リ ス の『 性 心 理 学 の 研 究 』 を 読 み 終 え た 後 、 日 記 に 「 多 く の 知 識 と 示 唆 を 与 え ら れ た 。性 生 活 に お け る 女 性 の 心 理 や 、ヒ ス テ リ ー と 性 本 能 と の 間 の 関 係 な ど 、い く つ か の 事 実 を 学 ん だ 。こ れ は う ま く 扱 え ば 稀 に 見 る 文 学 作 品 に 仕 上 が る だ ろ う 。『 或 る 女 の グ リ ン プ ス 』を 書 き 換 え る の に 有 用 な 点 が 数 々 得 ら れ た 。」 と 記 し て い る 。「 観 想 録 」 第 十 五 巻︹ 訳 ︺」( 『 有 島 武 郎 全 集 第 十 二 巻 』四 五 九 頁 。 ( (() 金 東 仁 の『 金 妍 実 伝 』( 一 九 三 九 ) の 中 で も 性 的 に 放 縦 な 父 と 妾 の 母 と の 間 に 生 ま れ た 主 人 公 が 、そ の 悪 い 環 境 の ゆ え に 貞 操 観 念 が 薄 い と さ れ て い る 。 ( (() 崔 ヘ シ ル 『 新 女 性 た ち は 何 を 夢 見 た の だ ろ う か 』( 考 と 木 、 二 〇 〇 〇 年 ) 三 三 七 頁 。 ( (() 崔 ヘ シ ル 、 前 掲 書 ( 註 (() 三 六 七 頁 。 ( (0) 鄭 明 煥「 廉 想 渉 と ゾ ラ ー ― 性 に 関 す る 見 解 を 中 心 に 」( 権 ヨ ン ミ ン 編 『 廉 想 渉 文 学 研 究 ― 廉 想 渉 全 集 別 巻 』 民 音 社 、 一 九 八 七 年 ) 三 二 五 頁 。 ( (1) 林 蚩 出「 俗 恋 愛 は 反 対 」(『 ソ ウ ル 』一 九 二 〇 年 四 月 号 ) 但 し 、 金 ジ ン ソ ン『 現 代 性 の 形 成 ― ソ ウ ル に ダ ン ス ・ ホ ー ル を 許 せ よ 』( 現 実 文 化 研 究 。二 〇 〇 三 年 、二 九 〇 頁 ) に 収 録 。 ( (() 安 川 定 男『 有 島 武 郎 論 』( 明 治 書 院 、一 九 六 七 年 ) 七 八 頁 。

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SST を活用し、ひとり ひとりの個 性に合 わせた   

 講義後の時点において、性感染症に対する知識をもっと早く習得しておきたかったと思うか、その場