• 検索結果がありません。

明治後期における教員現職教育の展開

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "明治後期における教員現職教育の展開"

Copied!
15
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)Title. 明治後期における教員現職教育の展開. Author(s). 佐竹, 道盛. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 30(1): 1-14. Issue Date. 1979-09. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/4793. Rights. Hokkaido University of Education.

(2) . 明治後期における教員現職教育の展開. 佐. は. じ. め. 竹. 道. 盛. に. 小論は, 明治後期において現職教員を対象としてその資質向上およ び検定による免許状上進にそ なえ実施された公設および私設の講習 会について, その実態と問題を明らかにすることを 意図する も の であ る.. 我が国の近代教育史の中で教員 がどのように形成されてきたかについての研究は, 従来主として 師範教育史の形です すめられてきた, しかし, これは教員の形成史としては不十分なものといわざ. るを得ない, そもそも, 師範学校を中心とする教員養成機関の卒業者は, 教育界におけるその指導 1 ) したがっ て 教員の形 的位置は別として, 教員総数の中 で相対的に低い比率をしめるに す ぎない( , , 成に関する歴史的研究の進展を期 するならば, 他の方法による教員の形 成を究明することも不可欠. であり, さらに教職従事者を対象として実施された各種の教育活動も無視することはできない. 明治23年の教育勅語による天皇制教育の理念の確 定を背景に,同年に制定された小学校令および その付帯諸規則と密接 な関連をもって,明治25年には関係諸法令の整備によっ て師範学校制度の原. 6号に基づ 6年の文部省達第1 型が形成されるに至っ た. 師範学校制度の 整備にともなっ て, 明治1 づけられて制度的な基礎を確立する 現職教育も 師範学校の一課程に位置 き多様に展開されていた , こ と と な っ た.. このような現職教育制 度の整備によ って, 教職従事者の教育が恒常化 し, その資質向上をはかる とともに, 教育政策の転換を伝達して教師像の統一をはかる上で重要な役割を果すこととなっ た. また, 明治20年代には, 教員検定の実施にともない, 現職者を対象に検定にそなえて準備教育 を 施す私設の講習会が広範に普及 していくこととなった, 小論は, これら明治後期における公私の講習会の実態と問題点を明らかに して, その教師像形成 に果たした意義を究明するもの である.. 1 現職教育制度の整備 1. 「尋常師範学校ノ学科及其程度」 と現職教育. 「教員ヲ益々改良スルハ目下緊要ノ事ニ有之候条或ノ・教員講習所ヲ・設ケ又ノ・督業訓導ヲ置ク等適 2 )(明治16年8月1 宜計画」 するよう督励 した文部省達第1 6号( 8日) に基づいて, 全国に普及して 3 )は その後 「尋常師範学校ノ学科及其程度」(明治25年文部省令第8号) いっ た現職教員の講習( , ,.

(3) . 佐 竹. 道. 盛. によ って, 師範学校の一課程に位置づけ られて制度的に整備されるに至っ た 省令第8号第4条は . , 4 )得」(圏点 「土地ノ情況ニ依り尋常師範学校ニ簡易料小学校教員講習科幼 稚園講習科ヲ置クコトラ{ 引用者) と規定しているが, この規定が明治前期における教員 講習の盛況を基盤に 20年代初期の , 教員検定制度の改革と関連づけて, 現職教育制度を整備することを意図したもの であることは 「省 , 令第8号説明」(文部省) にも明らかである. 従 来地方ニ 於 テ 小学校 教育 ノ改良ヲ図ルノ目的ヲ以テ適宜小学校教員講習規程ヲ設ケ之ヲ実施. セルモノ砂ナカラス殊ニ小学校正教員ノ免許状ヲ終身有数ノモノト規定シタル今日ニ在りテハ免 許状授与ノ後時々 之ヲ招集シ必須ノ学術ヲ講習セシメテ世ノ進歩ニ後レサラシメン コトラ務ムル ノ緊要ナルハ勿論又或ノ・此講習科ニ於テ新ニ小学校教員タラント欲スル者ニ必須ナ ル学術ヲ教授 シ其品行学力ヲ検定 シテノ 」 ・学校教員ノ鉄乏ヲ補充スルコト亦緊要ナ ルヘシ是し尋常師範学校ニ小 5 } 学校教員講習科ヲ置クコトラ得シメタ ル所以ナリ( 6 ( )条 このように、 教員 講習科は,「小学校教員検定等ニ関スル規則」(明治24年1 1月1 7日)第1 4 に基づき終身有効の免許状を取得して 資格面で行政当局の規制を離れて行く 現職の教員に対して , 7 ) 随時学術の教授を行なうとともに,「教員 ノ数甚タ乏シク普通教育 ノ普及上関クル所アル{ 」ような 慢性的な教員欠乏に対処するため, 教員養成の機能をも担うもの であった しかも, 講習科を設置 . 8 ) する時は, 「北海道庁長官府県知事ニ於テ其事由及方法ヲ具シ文部大臣ノ許可ヲ受クヘ{ 」 きこと, 具体的には,「之ヲ置クラ要 スル事由並 学科及其程度修業年限学級ノ編制教 授日数教授時間学資ノ給 9 } 否ヲ始メ其他設置上重要ナ ル方法ヲ具陳{ 」すべきことが求められ,全国的に講習内容に中央の統制 がおよぶよう考慮されており, 現職者の教師像統一の意図もうかがえるの である .. こうして, 明治26年には早くも, 「四月ヨリ尋常師範学校ニ小学校教員 講習科ヲ設置シ目下四十 1 0 } 名ノ生徒ニ講習ヲ為サシメ{ 」るもの(大分)や,「四月小学校教員講習科規則ヲ発布シ教員ラシテ 1 1 ( ) 1 2 } 入学講習セシメ 」 る岐阜県, さらに 「十月本校ニ於テ始テ小学校教員講習科ヲ開設( 」 する岡山 1 3 ) 県など,「小学校教員 講習科ノ・之ヲ設置スルモノ頗多ク三府二十五県ニ上( 」る活況を呈することと な っ た.. こ れ ら2 8府県の講習科は, その目的から, およそ次の三つのタイ プに分けられる. . その第1は, 「小学校本科正教員中ヨリ三十名ヲ召集シ本校教員ラシテ十月ヨリ十二月マテ三箇月間教育 国語 , , 1 4 } 数学, 体操ノ四科目ヲ講習 セシメ{ 」 た沖縄県や 「小学校教員ノ内新規 ノ学理ニ通暁セサル者或ノ・ 目ラ進テ学習スル気力ニ乏シキ者或ハー回ノ乙種検定試験ヲ経テ教員ノ資格ヲ得タル者等ニ必須ノ 1 5 ) 学術ヲ講習シ兼テ新主義ヲ会得セシムルノ必要ヲ認メ妥ニ小学校教員講習科ヲ設ケ( 」た秋田県な ′ものであ● どのように, 主として正教員の学力補足に力点を置く る. 第2には,「小学校教員講習科ヲ 置キ尋常小学校正 教員及高等小学校本科准教員タルヘキ者ヲ養成スルコト・シ其講習員ノ・准教員ヲ 1 6 } 以テ之ニ充( 」 てた鹿児島県のような養成機能を重視するも のがあげられる さらに第3には 養 , , 成と学力補足の両機能をあわせ,「生徒ヲ三種ニ区分シ第一種ノ・高等小学校教員 第二種ノ・尋常小学 , 校教員ヲ召集シテ 二箇月間講習スルモノト第三種′・尋常小学校礎教員 タラント欲スル者ノタメ ニ必 1 7 )メ」 た福井 県などがあげられる これら三つのタイ プのうちでは 第1表 要ナル学科ヲ予習セ シ( . , にみるとおり, 第3の, 講習科を複数の種類に区分するものが数の上で優勢であり その後も次第 , に増加していくの である. 明治前期の講習が, 府県レベルでは, 専ら有資格教員を対象に, ペ スタロ ッチ主義の開発主義教 授法を伝達して, その資質を向上させる ことを目 ざす いわば補習型の講習 であったのに対し 省 , , 令第8号によっ て組織された20年代の講習は, 教員 欠乏の事態を背景に 新に養成機能を加え 機 , , 能分化をすすめたところに第1の特徴があるといえ る。.

(4) . 明治後期における教員現職教育 の展開. 第1 表. 小学校教員 講習科の修業期 限一覧 (明治26年). 類型 府 県 補 習 型. 秋. 修 業期 限 1 カ 月 な いし. 田. 1ヵ年. B④. 栃 木. 8. 週. 間. A⑦. 沖 縄. 3. ヵ. 月. A◎. 千 葉. 3. カ. 月. A⑮. 東 京. 養. 典拠 類型 府 県. 2. ヵ. 年. A◎. 神奈川. A◎. 週. 間. 型. B◎. 一種- 6 月 滋 賀 ニ種- 6ヵ月 カ 7. 成. 兵. 典拠 類型 府 県 AS. 新 潟. 3. カ. 月. A①. 京 都. 6. カ. 月. A⑦. 山. 1. ヵ. 年. Aの. 形. 奈 良. 複. 修業期 限. 50日以 上 庫 90日 以 下. 福 井 熊 本. 6 ヵ月ないし 1ヵ年. 1 2カ月 三種. A⑩. 合. 甲 -3 ヵ月 A⑦ 乙-1年6ヵ月. 愛 媛. 香 川. A◎. 蛋. 典拠. 岐 阜 甲乙- 3カ月 A⑦. 岡 山 型. 修業期 限. A⑰. 110日 5. 月. カ 6. カ. A◎ 月 A⑦. 宮 崎. 乙- 6 ヵ月. 福 島. 甲乙-6 カ月 A⑦. 佐 賀. 90日. A⑰. A⑦. 1 )補習型-専ら正教員の学力補足を行なうもの 養成型-教員養成を重視するもの (備考)( 複合型-補習と養成をあわせ行なうもの 988号 4 48号 ⑭3 45o号 ◎34 40号 ⑯2 42 9号 ◎3 ( 2 )A-官報 ⑦3 40 9号 ②3 430号 6293 038号 ⑦3 446号 ①3 9号 ①3 110号 ⑩3 081号 ⑮34 431号 ⑦3 43 9号 ◎3 42号 ⑦3 435号 ⑦3 437号 ⑰3 441号 ⑦343 4号 ⑰3 B④ B◎. 創立フ 十年 (秋田県師範学校) 創立六十年青山師範学校沿革史. 次に, 府県報告の学事年報を手がかりに, 講習科の修業期間を検討してみたい。 修業期間は, 「従 1 8 ) 来ノ講習ニ比スレハ学科目少ク修業期限長キラ以テ其成績大ニ見ルヘキモノアリ{ 」という香川県 0年代の講習に比べて, 類型のいかんを問わず全般に長期化しているの 年報の指摘のとおり, 明治 1. 6年)中講習期間の明らかなものをかかげたのが第1表であるが, 6 が注目される.28府県(明治2 0府県, さらに3か月以上のものを加えると1 8府県となり総 か月以上の期間にわたるものが延べ1 1 9 ( ) 数の3分の2に達する. 明治前期の講習が, せいぜい3か 月程度で終ったのに比べれば, 講習期 間がのびたことは明らかである. 修業期間の延長は, その間の講習教員の生活保障や講習費負担, さらに補充教員の問題にもかかわるだけに困難なこと であったが, 講習科が師範学校の一課程に編 制されることにより, 全般的に期間が延長され, 一段と整備されるようになっ たことは明らかであ る。. 講習科に招集された教員の補充をどのように行なったかは資料の制約があっ て明らか でないが, 講習員の俸給および講習費支給を明確に規定する府県がふえた点では制度上進歩のあとがうかがえ 2 0 ) る. 「町村立小学校教員講習中町村ノ・其俸給ヲ支給スヘキモノトス{ 」(奈良県) , 「生徒ニ薦挙セラ レタル者ノ月俸ノ・土地ノ情況ニ依り町村長ニ於テ本県知事ノ許可ヲ得テ三分ノー マテ減給スルコト 2 1 } ラ得{ 」(福島県) ,「講習中別ニ定メタル規則ニ拠り給料ノ一部若クハ全額ノ支給ヲ受ケタルモノハ 2 2 } 講習ヲ了ヘタル日ヨリ三箇年間ノ・自己ノ便宜ニ依り退職スルラ許サ・ル{ 」(兵庫) ,「教員在職中俸. 給ヲ得テ講習ヲ受ケタル者ニハ講習ヲ終タル後二箇年 間尚ホ其学校ニ奉職スヘ キ義務ヲ負ハシ 2 3 ) ム( 」(香川)などの規定から俸給支給の実態が明らかであるが, さらに講習経費の支給を規定する ものもあり, 公費負担拡大の様子が知られる. 「甲種ノ講習員ニハ食費ヲ給与ス」 「乙種講習員ニハ 2 4 2 5 ) ( } 往復旅費ラモ支給スヘキモノトス( 」(奈良) , 「在学中ノ・生徒ニ食費ヲ給ス 」(福島) , 「講習員ノ・ 6 2 ) 「 服務ノ義務ヲ負フラ以テ之ニ要スル経費ノ・地方費ノ支弁ニ関ス{ 第一種第二種共ニ定員 」(熊本) , ニ満タシムルラ得ス依テ通常県会ノ議決ニ依り明年度ヨリ講習生一名ニ就キー箇月金二円ノ給費ヲ 2 7 ) 与フ{ 」(滋賀) ,「期限ノ・満一箇年ニシテ講習員ニハ手当トシテ一人一箇月金二円五十銭ヲ支給スヘ 3.

(5) . 佐. 竹. 道. 盛. 第2表 小学校教員講習料科目一覧 (明治2 6年) 修 算 歴 地 理 身 術 史 類型 府 県 璽 科 理. 警. 秋 田. 補. 沖 縄. 習 千 葉. ○. ○. ○. ○. ○. ○. ○. ○. ○. ○. ○. 栃 木. ○. ○. ○. ○. 東 京. ○. ○. ○. ○. 群 馬. ○. O. ○. ○. 養 京 都. ○. 成 新 潟. ○. ○. ○. ○. 型 兵 庫. ○. ○. ○. ○. 型. 複. ○. 蔓. ○. 長 野. ○. ○. ○. 奈 良. ○. ○. ○ ○. ○. ○. 楽. ○. ○. 績. 習字. 典拠. ○. A①. ○. A②. ○. A③. ○. A④. ○. ○. B①. ○. B②. ○. ○. A⑥. ○. A⑥. ○. A⑦. ○ ○. ○. O. ○. ○. ○. ○. ○. ○. ○. B③. ○. ○. ○. ○. ○. ○. ○. B④. ○. A⑧. ○. ○. A⑨. ○. A⑲. ○. A⑪. ○. A⑫. 香 川. ○. 合 愛 媛. ○. 宮 崎 型 福 島 ○. ○. ○. ○. ○. 岡 山 ○. ○. ○. ○. ○. (備考). 図 画. O ○. ○ ○. ○. ○. Aー官報 ①34 450号 ④2968号 47号 ②34 48号 ③3 ⑤3 446号 ⑥30 38号 ⑦3072号 ⑧3 43 4号 ⑨3 446号 ⑩3435号 ⑪3 437号 ⑫3 451号 B① 創立六十年青山師範学校沿革史. B② 群馬県教育史第2巻 B③ B④. 長野県教育史第11巻・史料編5 奈良県師範学校五十年史. 2 8 ) キ見込ナリ( 」(山形)など小額ながら食費, 旅費, 手当の形で公費負担がふえつつある. もとより, こう した公費負担は, 慢性的な教員欠乏の中 で教員を教育界にひきとめておこうとする当局の配慮 によることも否定 できない. その証拠に, 上記引用文のなかにも散見するように, 講習費支給に 対 2 9 ) 応して講習終了後の服務義務を規定する事例が数多くみられるの である{ . このように, 俸給およ び講習費支給と平行してすすめられる服務義務制の採用は, 明治前期には 全くみられないもの であり, それだけ現職教員に対して, 講習を媒介に規制が強まっ たことを意味 する. 次にあげる講習員の郡市長による薦挙 (推薦) 制とともに 現職教員管理システムの一環を , 構成するものとなる.. 講習員の人選には,「郡市区長ノ薦挙ニ依り尋常小学校本科徒教員タルノ資格アル者四十名ヲ入学 3 0 } 3 1 ) これを明治前期の セシメタリ( 」 というような薦挙制 が広く採用されるように なっているが{ , 3 2 ( } 「講習員選挙ハニ連合若クハ三連 合内訓導准訓導ノ公選ニ拠 ルモノトス 」(広島) 「小学校教授法 , 3 3 } 練習員ノ・各教育会区域内ニ於テ校長 又ノ・訓導中ヨリ公撰又ノ・協議ヲ以テー名ヲ派遣 スルラ要ス( 」 (静岡) という公選制に比べれば, 管理体制の強化は一見して明瞭である また, このことは 郡 . , 市長の選抜機能によっ て一定の教師像が現職教員に植えつけられていくことをも意味する . 最後に, 講習学科目の分析を通して講習科の求めた教師像を明らかにしていきたい 第2表は府 . ★ 4.

(6) . 明治後期における教員現職教育の展開. 第3表 小学校教員講習科学科目毎週時間配当 修身 漢文 歴史 図画 習字. ぷ 琴ミ目 県 長野. 福島. 奈良. 警翼. 2. 5. 7. 2. 纂轟 斗 6. 地. 理 2. 2. 2. 簿 記. 楽. 績. 2. 3. 34. I. 計. 甲 種. 3. 7. 7. 6. 6. 5. 34. 乙 種. 3. 7. 7. 6. 6. 5. 34. ①. 2. 5. 2. ②. 2. 6. 6. ③. 2. 4. 4. ④. 2. 6. 6. 2 △5 △ 6 2. 2. 2. l. 3. 32. 2. 2. l. 4. l. 4. 34. 2 △4 △2 2. 2. 2. 2. 2. 3. 2. l. 4. l. 4. 6. 6. 2. l. 32 34. (備考)1, 資料. ( 1 1巻・史料編5 ) 長野県教育史第1. ( 2 ) 福島県尋常師範学校第7年報(明治2 6年) { 3 ) 奈良県師範学校五十年史 2. 奈良県の番号は講習の種類 (① 小学校本科正教員 , ② 尋常. 小学校本科正教員, ③ 小学校本科准教員, ④ 尋常小学校 本科准教員) を示す。. 4 3 ) 第3表は学科目毎週教授時間配当の事例をあげたもの であ 県の講習学科を一覧したもの であり( ,. る. 表によると, 教育, 国語, 算術, 理科の四科目が, 開設府県数および毎週教授時数の両面で他 5機 3 の学科目を圧倒 していることが知られる. これらのうち教育は, 長野県小学校教員講習科規程{ 例をとれば, 「教授ノ原理」 , 「授業法」 を教授するものであり, その用書は, 有 , 「学校管理ノ方法」. 賀長雄訳述 『麟氏教授学』 , 湯原元一著 『教授新論』 などヘルバルト派 , 湯原元一訳 『倫氏教育学』. 教育学の紹介書として知られたものがあげられている. 周知のとおり, 明治20年代半ば以降我が国 の教育 界は,2 0年のハウスクネヒトの来朝による帝国大学特約生教育学科の開設を契機に, 米国系. 教育学から ドイツ系のそれへ教育理論の転換をなしつつあったの であり, こうした動向が師範学校 6 3 )られるの で の教育学教科書の上にも反映して, 明治26年頃からヘルバルト派教育書の導入がみ(. ある, この動きが講習科の教育学教科書にもおよんだことを長野県の事例は示している, 講習科が ヘルバ ルト派教育学の 現職教員への普及ルートとして機能している一例といえる, 他の府県の講習 科の教育学教科書は, 資料の制約のため明らかにしえないが, 師範学校の教育学書の傾向からみて 3 7 )と推測される 講習科もヘルバ ルト派のそれを採用 したの ではないか( . このようにみてくると, 第2表, 第3表の講習学科目の特徴は, 基礎教科としての国語, 算術に. 「務メテ農業工業其他人民ノ生活上ニ適切ナル事項ヲ授ケ」(24年小学校教則大綱)る実用主義の理 科を結合し, それにこれらの教科を効果的に教授するためのヘルバ ルト派教育学を配したところに. あるといえよう. 国語, 算術の基礎教科と実用 主義の理科を効果的に教授し, 十分に定着させて, 民衆の日常生活に役立て, 民衆の信頼をつなぎとめ教育の一層の普及をはかる教師像, これが講習 科の求める教師像 であったといえる, このように, 教育を別にすれば, 第2表の学科目はほぼ小学. 校の教科目に対 応しており, その点で講習科は教員欠乏の現実ともかかわりきわめて実際的な構成 をとっ ていたのであっ て, とうてい 「省令第8号説明」 にいう 「学術ノ教授」 のような高度な内容. のものとは いえない. なおそのほか一部に, 「教育ニ関スル勅語ノ旨趣ニ基キ人倫道徳 ノ要領ヲ 8 3 ) 授( 」 ける修身科を加えるものがあり, 天皇制教育理念の現職教員への浸透チャンネルとして機能 する講習科の実態をも示している,. 以上のとおり, 20年代には講習の機能の分化, 修業期間の延長, 俸給・手当の支給, 法令準拠の 5.

(7) . 佐. 竹. 道. 盛. 学科自制など現職教育が制度的に整備されて, 教員の資質向上や免許状上進のための再教育を展開 3 9 ) 修業後の服務義務など していっ たが, 一方, 講習員の郡市長による薦挙, 成績の知事への報告( , 管理体制の強化も同時に進行していっ たの である. また, 標本・模型・地図の自作, 実験器具・器 機の製作, 動物解剖, 実験, 実地授業の批評会等多様な形で展開された明治前期の講習に比べて法 令に準拠した画一化が一段と進んだことも事実 である. 2. 「師範教育令」 と現職教育. 明治30年には, 師範学校の拡張を期して師範教育令(1 0月 9 日勅令第346号) が制定され, 現職 教育は2 0年代の制度構造を継承しつつさらに整備されることとなっ た. 師範教育令第9条は, 「師 範学校ニ予備科小学校教員講習科及幼稚園保婦講習科ヲ置クコトラ得」(圏点引用者)と規定して,. 26年の制度を基本的に継承していっ た. しかも, この規定に基づいて府県の師範学校に設置された 講習科 の実態は, 制度の実質的な整備の様相を明らかにしている, 講習科の整備はまず機能分化 が一層すすんだ点にみることができる. つまり, 第1表に示した三. 類型中の 「補習型」 や 「養成型」 が 「複合型」 へ移行する動きがそれである. 具体的にいうと, そ れま で正教員を対象に資質向上のための補習のみを行なっ ていたものが,さ らに准教員を入学させ, 検定による免許状上進にそなえて教育する養成機能をとり入れたり, またそれとは反対に, 養成機. 能のみを行なっ ていたものが, 正教員のための補習をも行なうようになっ ていくのなどがそれにあ たる. しかも, この機能分化は数種の機能を併存させるところま で進展していくの である. さらに, われわれは講習科の整備の姿を分化した機能のうち養成機能の充実にみることもできる.. ここ では, 以上のよう な動きを例証する具体的な事例として長野県をとりあげたい, 長野県の講 4 0 )によっ て設置されたが 当初は 「一 ヶ年以上尋常小学校本 習科は, 明治27年4月の県令第1 4号{ , 科准教員ノ職ニアリシ者ニシテ小学校教員タルヘキ志望確実ナル者」を対象に,「本科正教員タルニ. 必須ノ学科ヲ講習ス」 る養成型の課程と して出発したの である. その後, 明治30年1 2月県令第 4 1 { } 56 号として講習科規程が新に制定され, 第一種およ び第二種の講習所が置かれることとなっ た. これら二種の講習所のうち第一種は, 従前とほぼ同じ機能を果すものであるが, 第二種は,「年齢十 六年七ヶ月以上ノ男子ニシテ高等小学科 ” 参業年限四ヶ年) ヲ卒業シ若クノ・之ト同等以上ノ学力ヲ 1 有」 する者を対象に 「尋常小学校本科准教員タルニ必須ノ学科ヲ講習スルモノ」 であっ て, 従前の 養成機能を拡張して, 単に教職経験者のみならず, 高等小学校卒業者をも募集の対象に含めること と な っ た も の で あ る.. 4 2 } ここに同県の講習科は 第1から第5 ま での 5 その後明治3 7年2月, 講習科規程が改正され( , , 種に分化することとなっ たのである. 従前の第1種講習所が男女別に区分されて, 第1種およ び第 2種と改称され, それまでの第2種が第3種に改められ, 第4種およ び第5種が新に加わったもの である. しかも, 第4種は, 「小学校正教員又ノ・尋常小学校本科正教員在職中ノモノ」 を☆ず象に学力 の補習を行なうもの で, ここに, 長野県の講習科は, 養成機能のほか補習機能をもあわせることと. なり, そのうえさらに,「小学校手工専科正教員ニ必須ノ学科ヲ講習スル」 第5種を加えて機能の多 4 3 } 様 化 がは か ら れ た の であ る{ .. 次に, 分化成立した講習所のうち, 養成機能を果す第一種について, その内容充実の様子を明ら かにしていきたい, 第4表にみるとおり第一種講習所は, 明治27年から30年, さらに37年に至る 1 0年間に, 修業期間の延長, 学科目の高度化(算術から数学, 理科から物理化学・博物へ) , 実地授 業の実施, 講習費の支給等が実現し, 制度の内実が一層充実 したことを示している ,.

(8) . 明治後期における教員現職教育の展開. 第4表 小学校教員講習科 (長野県) 1 89 4(明治2 7) 年 修業期限 6 時. 間. 学 科 目. カ. 月. 週 3 4 時 間. 1 8 )年 9 7(明治30. 90 4(明治3 1 7) 年. 第1種1カ年. 第1種2カ年. 週 3 2 時 間. 週 3 4 時 間. 実地授業1ヵ月. 実地授業1ヵ月. 修身(週2時) ) 5 ) 2 4 ) 6 ) 2 ) 5 ) , 教育( , 国語 修( , 教( , 算( , 国{ , 漢( , 修(1年1時, 2年1時) ( ) 2 ) 6 ) 2 ) 2 ) 2 ) 7 ) ) ) 2 3 3 7,7 4, 4) , 算術( , 地( , 漢文( , 地理( , 歴( , 理( , 図{ , 習 教( , 数( , 国( , ,2) 歴史( ( 2 音 ( 1 音 体 2 ) 図画 ) 習字 ( 1 ) ) 2 3 地 ( 1 ) 歴 ( 1 ) 博物 ( 4 ( ) ( ) 1 1 5 ) , , , , , ,, ,, ,, 楽( ) 2 ) 3 , 体操(. 物理化学( 4 3) , 図(3 ,音 ,5) , 体 ( ( 2, 2) 4 3 ) , ,. 年齢満1 9年6ヵ月以上4 0年未 年齢19年以上, 1カ年以上尋 年齢1 6年以上, 尋常小学校准 講習 員. 満, 1カ年以上尋常小学校本 常小学校本科准教員経験者 科准教員経験者, 郡長の薦挙, 郡長の薦挙, 男子7 0人 男子3 7人. 講 習 費 自 義. 毎月学資3円50銭支給. 費. 教員免許状所持者 (および同 等以上の者) 郡市長の薦挙, 男子80人 食 費 補 給. 指定学校奉職, 除名 4 ヵ年 奉職, 放校者の給費 者の学資償還 償還 3ヵ年. 務 規 定 な し. (備考) 資料1. 明治2 1巻 7年4月長野県令第14号 (長野県教育史第1 . 史料編5) 2, 明治3 0年1 2月28日長野県令第56号 (同上) 2日長野県令第2号 (長野県師範学校 3, 明治3 3年1月1 要覧, 明治38年). 4 4 } 」と指摘さ このように養成機能を担う講習科は,「教員ノ鉄乏ノ・各地方一般ニ於ケル状況ニシテ{ れる事情のもとで, 教員補充のため充実の一途をたどっ ている が, 他方補習機能を果す講習科は, 教員の養成に比して緊 急性がなかっ たのであろう, それほどの進展をみない. 修業期限を指標に群 4 5 ) 全く進展がない 養成機能の充実と補 馬, 長野, 福島の各県の実態を年次別に 比較してみても( , . 習機能の停滞, これが三十年代の講習科の特色のひとつである. 一方, 講習科の整備は, 郡市長による講習員の薦挙制, 師範学校長による講習員在学中の成績の 6 4 ) 修業後の服務義務制 放校者の学資償還義務などを通じて, 知事, 郡市長および 知事への報告( , , 師範学校長を一体とする, 現職教員管理のシスブムの完成に貢献していっ たといえよう, ところで,このように府県レ ベルで規則が整備されても,それが現実化するには幾多の困難があっ たことを福島県教育史が伝えている, 同県下の町 村では, 講習科入学を希望する教員に, 2年ない し3年の勤 続や同一俸給での勤 続を条件づけたり, 6か月間も職務をとらない者に給料の3分の2 も支給することはとうていできないと拒絶する等の事実があっ て入学者は定員に満たなかっ たとい 4 7 〉 これらの問題は根本的には統 一的な財政方策や補充方策を要するものであり, すべ われている( , ての町村に 共通なものであっ たといえる. 3. 「師範学校規程」 と現職教育. 明治40年3月, 小学校令の改正 (勅令第52号) によっ て多年懸案となっ ていた義務教育年限の ワ 十.

(9) . 佐. 竹. 道. 盛. 延長が実現した, 義務教育年限の延長に伴ない, 従前の尋常小学校 (4年制) 教員に, ひきつづき 教員資格を認める措置がとられた. ここに, これらの教員 が年限延長後の尋常小学校 (6年制) 教 員として,十分にその任務を果しうるよう資質の向上をはかること が緊急の課題となっ たのである. 4 8 }(明治40年3月 25 日) は この間の事情とこの課題の解決方法を次のとおり指摘し 訓令第1号( , て い る.. 尋常小学校教員ノ試験検定ニ就テハ其ノ程 度ヲ進メ且試験ヲ間クコトラ得ル科目ノ数ヲ減シタリ 是し修業年限ノ延長ニ伴ヒ其ノ学力ノ程度ヲ進メサルラ得サ ルニ 至りタルラ以テナリ而シテ従来. 四箇年ノ尋常小学校ノ教員タルヘキ資格ヲ有スル者ヲ以テ改正後直ニ六箇年ノ尋常小学校ノ教員 タルヘキ資格ヲ認メタル力故ニ 之ニ対シテハ適当ノ方法ヲ設ケ理科其他必要ナル学科目ヲ講習セ シ メ 以 テ 其 学 力 ヲ 補 習 セ シメ ン コ ト ラ 努 ム ヘ シ. 2号) が制定さ 7日に, 師範学校規程 (文部省令第1 こうした事 態に対応すべく, 明治40年4月1 「 れた. 師範学校規程第3章は, 講習科に関して規定している. それによると, 小学校教員講習科ノ、 小学校教員免許状ヲ有スル者ニ必要 ナル講習ヲ為スモノ」 とされ, さらに 「特別ノ必要アルトキハ. 尋常小学校教員タラントスル者ニ必要ナル講習ヲ為ス為小学校教員講習科ヲ設クルコトラ得」 と定 められている. ここに 講習科は, 教員の資質向上をはかることを本体とし, 特別の場合に教員養成. をも行なうことが明確に示されたの である. この規定の趣旨を明らかにした訓令第6号は, 次のよ うに記している, 小学校教員講習科ノ・現ニ小学校教員タル資格ヲ有スル者ニ 必要ナル補習ヲ為サシムルラ以テ本体 トシ特別ノ必要アルトキハ尋常小学校教員養 成ノ為ニ之ヲ設クルラ得ルコトトシ且其ノ講習期間 ニ関スル制 限ヲ定メタリ今ヤ小学校令ノ改正ニョリ従来尋常 小学校教員ノ資格ヲ有スル者ト難将 来ノ尋常小学校教員トシテハ学力ノ不足ヲ免カレ サルニ至ルヘキカ故ニ此等教員ノ為特ニ講習 科 4 9 } ヲ 設 ケ 学 力 ノ 補 習 ヲ 計 ルコ トノ・今 日 ノ 最 モ 急 務 ト ス ル 所ナ リ( .. ここに, 文部省は国庫支出金普通教育奨励費による学力補習講習会を府県に督励することと なっ 5 0 }いる たの である, 同講習会開始の模様を雑誌教育時論は次のように伝えて{ .. 来る41年度より実施せらるべき改正小学校令の結果,尋常小学校正教員に対する学力補修の講習 会を開くことの必要は, 今更いふま でも無き所なる が, 過般文部省よりも夫れ夫れ各府県に向け 右の講習会は今夏季休暇を利用 して開催すべしと促し, 殊に 左の諸件を具備する講習 会には, 各 府県配当教育奨励費 (前号所報) を以て, 其半額を補助することを得せしめたりと云ふ.. 1. 目的は尋常小学校教員の学力を補修せ しむる為めとす. 1. 講習員は一学級の最多人を五十人とす. 1. 会期は期間九週間以上にして一週三十時間以上たる べし.. 1, 学科目は教育国語算術地理歴史理科図画体操とす, 1, 講師は師範学校中学校高等女学校教師免許状を有するもの又は 地方長官の適宜と認むるもの た る こ と.. 1 5 }表である 同講習会につ この学力補習講習会の実施情況を文部省報告によっ て示したのが第5( , いて報告は,「沖縄県外一二府県ヲ除ク外其計画ノ適切ナルノミナラス経過甚タ良好ノ状況ナルカ如. シ各府県ノ・初回ヲ夏季酷熱ノ季節ニ於テ開催セシニ拘ラス講師, 会員共ニ整モ倦怠ノ色ナカリシカ 如キ又ノ・遠隔ノ地方ヨリ通学スル者ニシテ尚ホ鉄席ノ極テ僅少ナリシカ如キノ、何ノ府県ヨリモ報告. セシ事実ニシテ山形県乳児アル女教員ノ尚ホ能ク講習 会ニ出席セシ事実アリシカ如キニ至りテハ以 テ如何ニ各講習員ノ 聴講研鍛ニ熱心ナリシカラ知ルニ足ルヘシ」と評価してその詳細を伝えている, そこには, この時期におけるわが国の教育制 度, 教育内容, 教育方法等の特質と問題点を端的に示 8.

(10) . 明治後期における教員現職教育の展開. 第5表 尋常小学校教員学力補習講習会 (明治4 0年) 道 府 県. 予 定 回 数. 完 了 回 数. 北 海 道 4カ所ニテ各1回 東. 4ヵ所ニテ各1回. 予定人員. 修了人員. 200. 200. 京. 9ヵ所ニテ各1回. 7ヵ所ニテ各1回. 874. 558. 神 奈 川. 4 ヵ所ニテ各1回. 1 カ 所 ニ テ1 回. 233. 40. 新. 潟. 3ヵ所ニテ各8回. 埼. 玉 1 0カ所ニテ各1回. 千. 葉. 茨 群. ヵ所 「ニ テ 各2 回 城 4 1 ヵ 所ニ テ 1 回 馬 1 ヵ 所ニ テ 2 回. 栃. 木 各都市ニテ各1回. 静. 岡 1 0ヵ所ニテ各2回. 山. 梨. 1 ヵ 所ニ テ4 回. 1 ヵ 所ニ テ 1 回. 長. 野. 8ヵ所ニテ各1回乃至4回. 8 カ所ニテ各1回. 1,045. 1 0ヵ所ニテ各1回. 1 カ 所 ニ テ,3回. 1 カ 所ニ テ 1 回. .. 682. 685. 240. 58. 4ヵ所ニテ各1回. 500. 200. 1 ヵ 所ニ テ 1 回. 100. 50. 各都市ニテ各1図. 779. 779. 2ヵ所ニテ各1回. 458. 109. 350. 100. 1,202. 389. 宮. 城. 1 ヵ 所ニテ 4 回. 1 ヵ 所ニ テ 2 回. 200. 100. 福. 島. 2カ所ニテ各3回. 2ヵ所ニテ各2回. 360. 240. 1ヵ所ニテ各1回. 330. 100. 岩. 手. 3 ヵ所ニテ各1回. 青. 森. 3 ヵ所ニテ各1回. 山. 形. 2ヵ所ニテ 2 回 又ノ、12回. 秋. 田. 1 カ 所ニ テ 1 回. 京. 150 2ヵ所ニテ各2回. 640. 4 ヵ 所ニ テ 各 2 回 1 力戸 狩ニ テ 1 回. 681. 大. 斤ニ テ 各 2 回 カ戸 都 4 行ニ テ 1 回 1 ヵ月 阪 8ヵ所ニテ各1回. 8ヵ所ニテ各1回. 739. 405. 兵. 庫. 3ヵ所ニテ各3回. 3ヵ所ニテ各2回. 348. 232. 159. 70 689. 奈. 良. 1 カ 所ニ テ 7 回. 1 カ 所ニ テ 2 回. 355. 100. 三. 重. 5ヵ所ニテ各1回. 5ヵ所ニテ各1回. 388. 388. 愛. 知. 4ヵ所ニテ各1回. 4ヵ所ニテ各1回. 200. 200. 滋. 賀. 1 ヵ 所ニ テ4 回. 1 カ 所ニ テ 3 回. 165. 124. 岐. 阜 1 カ 所ニ テ 3 回. 1 カ 所ニ テ1 回. 150. 50. 福. 井. 5ヵ所ニテ各2回. 5ヵ所ニテ各2回. 250. 250. 石. 川. 7 ヵ所ニテ1回乃至2回. 7ヵ所ニテ1回乃至2回. 581. 531. 富. 山. 3 ヵ 所ニ テ 各 3 回 2 ヵ所 「ニ テ 各1 回. 4ヵ所ニテ各1回. 699. 259. 和 歌 山 1 ヵ 所ニ テ 5 回. 1 カ 所ニ テ 3 回. 439. 220. 鳥. 取 1 ヵ 所ニ テ7 回. 1 カ 所ニ テ 2 回. 353. 100. 島. 根 3ヵ所ニテ各1回. 岡 広. カ所 「ニ テ 3 回 山 1 6 カ 所ニ テ 各1 回 1 力戸 狩ニ テ 1 回 島 1 力戸肝ニ テ 2 回 1 ヵ 所ニ テ 3 回. 150 1 ヵ 所ニ テ 2 回 6 ヵ所 「ニ テ 各1 回. 444. 357. 2カ所ニテ各1回. 150. 100. 1 ヵ 所ニ テ 1 回. 240. 80. 山. 口. 徳. 島 4ヵ所ニテ各1回. 4 ヵ所ニテ各1回. 216. 216. 香. 川. 5ヵ所ニテ各1回. 279. 297. 5ヵ所ニテ各1回. 9.

(11) . 佐 竹. 道. 盛. 第5表のつ づき 道 府 県. 予 定 回 数. 愛. 媛 5ヵ所ニテ各1回以上. 完 了. 回 数. 5ヵ所ニテ各1回 1 カ 所ニ テ 2回. 予定人員. 修了人員. 950. 350. 120. 80. 高. 知. 1ヵ所ニテ各3回. 長. 崎. 6ヵ所ニテ各1回. 福. 岡. 6 ヵ所ニテ各1回. 6 ヵ所ニテ各1回. 300. 300. 大. 分. 1 ヵ 所 ニテ 6回. 1ヵ所 1回. 600. 99. 佐. 賀. 1 ヵ 所 ニテ 3 回. 1 ヵ 所ニ テ 1 回. 150. 50. 熊. 本. 1 カ 所 ニテ1 回. 1 ヵ 所ニ テ 1 回. 300. 300. 宮. 崎. 1 ヵ 所ニ テ 6回. 1 ヵ 所ニ テ 1 回. 311. 55. 1 ヵ 所ニ テ 1回. 1 ヵ 所 ニテ 1 回. 50. 鹿 児 島 沖. 縄. 1 ヵ所 狩 「ニ テ 2 回 7 力戸 ニ テ 各1 回乃 至 2 回. 311. 弄ニ テ 各1 回 7 カ戸 1 ヵ 所ニ テ 2 回. 408. 224. (備考) 資料は文部省報告による。. す事実が無数にみられる. 以下, それらの点について考察し, この時期における現職教員形成の実 態と問題を明らかにしていきたい. 講習の期間は,ほぼ文 部省の指示 どおり9週から10週にわたるものが多数をしめている.場所は, 師範学校のほか 中学校, 高等女学校が使用されている. 講習学科目およ び教授時数は, 教育27時, 国語30 , 図画27 , 体操27となっ ており, 理数科中心の講習 , 数学36 , 歴史27 , 地理27 , 理科90 と な っ て い る, こ こ で特 に 注 目 す べ き は, そ の 内 容 で あ る.. 細目ノ・材料ヲ国定教科書ニ取りタル等概ネ適切ニシ テ歴史講習ニ於テ王政維新以後ノ史実ヲ比較 的詳密ニ説キ地理ニ於テ新領土朝鮮満州ニ関スル材料ヲ加ヘタルカ如キハ其宜シキラ得 タルモノ ト謂 フ ヘ シ. 国定教科書の解説, 天皇制国家体制の成立, 帝国主 義段階における対外政策の理解が講習の主眼 となり, そうした方向へ現職教員を形成していく意図が明白である, なお, こうした講習へ教員を 招集する方法についても, 官制講習の本質をあらわにする方法がとられている,「埼玉県力今回ノ講 習ヲ以テ職務上ノ講習ト為シ命令ヲ以テ招集シタルカ 如キ若クハ広島県力師範学校ヲ卒業セサル者 ノ 中 ヨ リ 郡 市 長 ラ シ テ 選 定 セ シ メ タ ル」 と い う の が そ れ であ る.. そのほか, 講習教員の補欠方法についても 注目すべき事実が伝えられている. 講習ノタメニ招集セラレタル教員 ノ補鉄方法ニ就キテハ各府県 多少苦心ノ状態アリ其 多クハ他ノ 教員ラシテ 補敏セシメ又ノ・臨時教員ヲ雇入レタルカ如シト雌モ福島県力分教場ノ児童ヲ本校ニ通. 学セシメタルカ如キ京都府力学級数ヲ合併シ若クハ上級ノ児童ヲ利用シタルカ如キ岡山県力時間 割ヲ変更シタルカ 如キ愛媛県ニ巡回教授ニ依 りタル学級アリタルカ如キハ 特殊ノ方法ニシテ福 井, 愛媛二県ニ今回講習ニ招集セラレタル教員ノ補鉄方法ヲ 講スルニ道ナクシテ数日間臨時休業 セシ単級学校ノアリシ外一般府県ニ於テ峯モ支障ナカリシカ如シ このように講習員補欠の方法も根本的な改善はみられない, 一方, 講習員の管理は従前の諸講習. の先例を集約したような内容の ものとなり, 厳格になっ ている. テヒテ修了証書ヲ下付スルモノ極メテ稀ナルニ今 普通講習会ニテハ出席日数ヲ計算スル外試験ラキ テフ府県群馬, 福井, 富山, 和歌山, 鳥取, 岡山, 山口, 愛媛, 大 回ノ講習会ニ在りテハ試験ライ. 分, 神奈川等数県アリテ特ニ愛媛県ノ・百点法ニ依りテ採点シ其 成績ヲ出身地ノ県庁又ハ郡市役所 ニ内報セシメ他日任用ノ参考ニ供セリ, 富山県力他日ノ参考ニ供センカタメニ単級学校教員ノ成. 10.

(12) . 明治後期における教員現職教育の展開. 績物ヲ保存セリト云ヘリ試験ヲ才 テハサル府県ニ在りテモ平素問題ヲ与ヘテ答案ヲ出サシメ若 クハ 出席日数ニ就キテ比較的厳格ナル調査ヲ為シツ・アリ例ヘハ 岐阜県ニ在りテハ七日以上 鉄席セル 者ニハ如何ナル事情アリトモ修了証書ヲ下付セサル規程ヲ定メタル力如キ是ナリ こうして, 41年度には 「既ニ尋常小学校本科正教員ノ過半数ヲ講習シ了ルヘキ状況ナルラ以テ此. 種ノ講習会ヲ更ニー両年度継続シテ開催スルニ至ラハ総数ノ学力ヲ補習 スルラ得ヘシ現ニ奈良県ノ・ 5 2 ) しかも報告は 山梨県の実況 尋常小学校本科正教員ノ全部ヲ講習シ了へ」 たと伝えられている{ , . の紹介に託して講習の方向を示唆して,「修身講習ニ関シ特ニ講話ノ 時間ヲ設ケテ国民教育ノ意義,. 市町村ト教育事業, 教育勅語ノ普及及実践教師ノ人格及修養教師ノ学識及学問研究等ノ題 目ニ就キ 講師ノ講話ヲ請ヒタルカ如キハ時宜ヲ得タルモノト謂フヘシ」 と記している 学力補習を名目に全 . 国の中堅教師を対象として大がかりに展開された官制の講習は, このように, この時期における国 家的要求にそっ て教師像を統一的に形成していく重要な場として機能させられていったの である , ところ で, 滋賀県の講習に関して伝えられている次の報告は, 補習講習における方法上の合理化 5 3 }している 明治16年以来長年にわたる講習実践の経験が 方法の合理化をもたらす素 の動きを記( . , 地 に な っ て い る の であ ろう.. 講習ノ方法ニ至りテハ特ニ此ニ意ヲ用ヒ従来各地ノ講習ニ於ケルカ如キ講師ノ講演ヲ専ニシテ講. 習員ノ・唯之ヲ聴聞スルノ常套ヲ避ケ本講習会ノ・講師ノ講義風ヲ廃シテ講習員ラシテ目ラ学業ヲ研 究セシメ教師ノ・之ヲ示導シテ講習員ラシテ目ラ活動セシムルノ方法ヲ取りタリ また, これを教科別に具体化して, 国語では 「教科書ニ依り説明ノ方法 児童ニ説明スル言語ヲ講 究セシメ 児童ニ作ラシムヘキ模範文ヲ作ラシ」 め, 算術については 「教科書ニ依り説明ノ方法ヲ考 ヘシメ児童ニ課 スルト同一ナ ル問題ヲ課シ児童ニ説明 スルト同一ナ ル説明ヲ為サシ」 め 地理歴史 , では 「教科書編纂ノ主 旨戯ニ実際教科書ノ取扱方ヲ授ケ又樺太, 朝鮮, 満州ノ地誌並に世界ノ大勢 ヲ教」 え, 博物の場合 「各人又ノ・数人ニー箇ノ材料ヲ与へ以テ実物ニ就キ外形並ニ解剖上ノ観察ヲ. 為サシメ講習員ラシテ終始目ラ観察実験ニ従事セシムルラ以テ主 眼ト」 するなどの実践を展開して いる .. .. .. これを要するに, 補習講習は教育勅語の実践を基調とし天皇制国家の対外政策の成果としての朝 鮮, 「満州」 等 「新領土」 についての理解を有し, 帝国主義段階の世界の大勢を見通して それに対 , 応しうる自然科 学的思考力をそなえた人物, これを形成していくよう現職教員を再教育していくこ と を目 ざし て い た と い えよ う.. 1 1 私設講習会の展開 明治後期には, 師範学校の教員講習科として現職教育が制度的に整備される一方 で, ・教育会その 他の団体や個人によっ て私設の講習が組織され, 検定による免許状昇進 を希望する教員の需要に応 じていっ た, 講習科の組織化と私設講習の盛況, これが明治後期における現職教育の二大特色をな している, 私設講習の講師として東奔西走し, 講習会の場を通 して, しばしばわが国の教育界の革. 新を理論的 にリー ドした 谷本富は, 私 設講習の成立と その意義に つい て次のとおり 総括 してい 5 4 ) る( ,. 教育界に今日起っ て居る事業の中 で最盛んに行はれて居ると云ふものは健かに講習会が其 一つで. あらうと恩ひます不日欧羅巴に参りまして我が国教育界の事業を紹 介する機会も御座いましたら 健かに紹介すべきことの一つであらうと思います 色々人の話を聞き書 いたものを調べると講習会 11.

(13) . 佐 竹. 道. 盛. 第6表 全国の夏期講習会情況 年度. 富豪 \ 阻有 別 \. 明. 治 37 年. ル 公 設. 私 設. 38. ル 公 設. 39. 私. 凡 公 設. 設. 40. 私. 設. 公. ル 設. 私 設. 開 設 府 県 数. 47. 47. 41. 47. 39. 47. 44. 47. 開 設 講習 会数. 142. 480. 214. 543. 268. 748. 237. 649. 数. 288. 1’007. 390. 1,171. 470. 1,411. 411. 1,294. 講 習 員 数. 講. 師. 10,439. 43,410. 17,581. 60,175. 23,683. 68,212. 20,820. 72,426. 544. 183. 455. 講習科目. 2 以 下. i05. 321. 172. 350. 225. 3以 上. 37. 147. 42. 193. 43. 204. 54. 194. 7日以下. 42. 155. 83. 194. 99. 303. 83. 233. 修業期限 3 0日以上. 5. 12. 8. 27. 7. 26. 6. 30. そ の 他. 58. 313. 123. 322. 162. 419. 148. 386. 収. 24. 242. 26. 244. 23. 352. 30. 309. 不 徴 収. 118. 238. 188. 301. 245. 396. 207. 340. 1,184円 38,886 (備考) 資料は文部省報告 による{“} 。. 15,908. 54,063. 23,804. 63,116. 24,474. 73,850. 講 習 料 講. 徴 習. 費. を初めたは 十六七年の頃であっ た様 で御座います彼の今岡山の関西中学に居る西 村貞君が福島県 で初め たのが近頃講習 会の初め であらう と思ひます其れと略同じ頃に教育博物館に於て学者を招 きまして 一 つの講義をしたのも今のに比べると 講習会の初と申すことが出来る様 であります此頃. )ましたは私の見る所では 二十六七年の頃から は教育会は 盛んになってきましたが其の 盛んにな1 大なるは全郡を通して連 ÷ であると患 、ひます特に 昨年より 漉かに盛んになり小なるは数村連合し 合し今は既に 講習会のない処はない様に思ひます昨年は不肖なる私も二十一 ヶ所程招待を辱うし. た様なことで一人で皆廻はることは出来ませぬで其内を五 ヶ 所丈け請合うて参いっ た様な次第で ありましたが本年は昨年に 比べると亦盛んな有様 でございます此の如き次第で今日教育界に盛ん に行はれ居る有益なる事業といふは先講習会であると信じて居りますさて斯く盛んになりました も全く当局者の奨励其宜しきを得たの であ ると思ひます けれ ども又教員諸君の学を 好 むの 致す所 に由るものと誠に感服に堪へ な いの でご ざ ひ ます… … 私 設 講 習 は, た と え ば明 治 39 年 に お け る 京. 都 府 ・ 市 両 教育 会 主 催 の 講 習 が, 谷 本 富 の 新 5 5 )と なり 大 正 新 教 育 の 先 駆 教 育 論 提 示 の 場{ , 的 業 績 と な る 『新 教 育 講 義』 を 生 み 出 す 契 機 と な っ た こ と に み ら れ る よう に, 官制 講 習 の 法 令 準 拠 の 画 一 主 義 に 比 し て, よ り 自 由 な,. 第7表 夏期講習会 (兵庫県, 明治3 6年) \ \ \ 公私別 ル 別 i / 設 設 ム 奴 私 \裂き 公 開 設 郡 数. を も っ て い た と い え よ う. 私 設 講 習 は, そ の. 延 長 線 上 に 大 正 新 教 育 の 一 大 デモ ン ス トレ ー. シ ョ ン の 場 と な っ た, あ の 八 大 教 育 主 張 講 演 12. 1 9. 計 22. 講 習 会 数. 3. 2 2. 25. 講 習 員 数. 4 43. 2 75 ,3 1 9 6. 講習科目 講習科目. 2 以 下. 2. 1 93 2 , 1 7. 3 以 上. l 1. 5. 日 以下 7日以下. 2. 7. 9. ・ l 1. l 1. l 1. 1 4. 15. i o. l o. 1 2. 15. 修業期限 3 0日以上 そ の 他. 積 極 的 な教 育 論 提 示 の 場 と なり, した が っ て よ り 自 由 な 教 師 像 形 成 の場 と なり う る 可 能 性. 3. 講 習 料 講. 徴. 収. 不 徴 収. 習. 費. 3 331. 2,56 3 (備考) 資料は, 兵庫県教育会報第1 6 8号 (明治36年9月25日) による。. 2, 9 4円 8.

(14) . 明治後期における教員現職教育の展開. 会を位置 づける ことも できる と考えられる が, ここ では紙幅の都合上 私設講習についての詳細 , な考究は割愛せ ざるを得ない, 別稿による考察を期している, ここには, 明治後期における私設講 習の全国的な実態およ び郡レベ ルの実態を公設のそれと対比して表示し結びと したい .. 注 9年22 3%,30年22. 2%,31年2 1. (1) 小学校教員総数中の師範学校卒業生の比率は, 明治28年には,22,5%,2 , 406頁参照) 9%である. (日本近代教育百年史4 学校教育 (2) ,1 2頁 明治1 6年 (2) 文部省第11年報附録 1 (3) 明治10年代における教員講習の普及情況については, 拙稿 「教育令期における教員現職教育の展開」(北海 道教育大学紀要第一部C, 第27巻第2号)および「教育令期における教師像近代化の施策とその現実化過程」 (北海道教育大学函館分校人文学会人文論究第37号) を参照されたい, 98頁 (4) 教育史編纂会編修 明治以降教育制度発達史 (以下単に 「発達史」 と略す.) 第三巻 5 5年7月 30 日 1 8号 41 6一422頁 明治2 (5) 省令第8号説明 大日本教育会雑誌第1 (6) 文部省令第1 4条は, 「正教員ノ免許状ノ・其府県限り終身有数トス」 と規定している. 発達史第三巻 9号第1 (7) 文部省第20年報 (明治2 5年分) 2頁 1日 文部省令第8号 第4条 発達史第三巻 5 9 8頁 (8) 明治25年7月1 (9) 省令第8号説明 大日本教育会雑誌 42 1頁 明治25年7月 30 日 (1 0) 学事年報摘要 (明治26年, 大分県) 官報第3 4 35号 明治2 2月 8 日 7年1 (11 ) 学事年報摘要 (明治26年, 岐阜県) 官報第3 43 2月13日 9号 明治2 7年1 451号 明治27年1 2月27 日 (12 ) 学事年報摘要 (明治26年, 岡山県) 官報第3 6年 (1 3 ) 文部省第21年報 2 9頁 明治2 4 4 ) 学事年報摘要 (明治26年, 沖縄県) 官報第3 4 (1 8号 明治2 7年1 2月24 日 4 47号 (15 ) 学事年報摘要 (明治26年, 秋田県) 官報第3 2月 22 日 明治27年1 ) 学事年報摘要 (明治26年, 鹿児島県) 官報第3 53 (16 9号 明治28年4月 20 日 (17 ) 学事年報摘要 (福井県, 明治27年) 官報第3 4 42号 2月1 7日 明治27年1 434号 明治27年1 2月 7日 (1 8 ) 学事年報摘要 (香川県, 明治26年) 官報第3 (1 9) 東京1~3か月(同府規則 大日本教育会雑誌第10号) , 群馬3~30(同県規則 群馬県教育史第1巻) ,石 川2か月 (同県規則 石川県学事報告第1号) , 兵庫1~3か月 (同県規則 大日本教育会雑誌第1号) , 広島 8週間 (同県規則 官報1 9 9号) 0日 (同県概則 長野県教育史第1 0巻・史料編4) , 長野3 (2 0 ) 奈良県尋常師範学校小学校教員講習科規則 (明治29年) 奈良県師範学校五十年史 ) 小学校教員講習科ノ学科程度並ニ生徒募集規則 福島県尋常師範学校第7年報 明治26年1 0月 26日 (21 (2 2 ) 小学校教員講習科規則 (兵庫県) 官報第29 39号 明治2 6年4月20日 43 4号 明治27年1 2月7 日 (2 3 ) 学事年報摘要 (香川県, 明治26年) 官報第3 4 ) 奈良県尋常師範学校小学校教員講習科規則第3条および第4条 (2 (2 5 ) 福島県 小学校教員講習科ノ学科程度並ニ生徒募集規則第9条 43 1号 明治27年1 2月 4 日 6 6年) 官報第3 (2 ) 学事年報摘要 (熊本県, 明治2 44 0号 明治2 2月14日 6年) 官報第3 7年1 (2 7 ) 学事年報摘要 (滋賀県, 明治2 6年) 官報第3 409号 明治27年1 1月 7 日 (2 8 ) 学事年報摘要 (山形県, 明治2 (2 9 ) 「甲種ノ講習ヲ修了シタルモノハ五ヶ年間管内指定ノ小学校ニ奉職スルノ義務アルモノトス」 と指定学校奉 職義務を規定した奈良県は, 典型的な事例といえよう. 奈良県師範学校五十年史 161頁 44 2月1 4日 0 0号 明治27年1 (3 ) 学事年報摘要 (大阪府, 明治26年) 官報第3 4 8号 4 0 9号 34号) 兵庫 ( 官報2 9 ) 山形 ( 官報3 ) (31 ) たとえば, 香川 (官報34 , , , 長野 (同県教育史第11巻) 福島 (福島県尋常師範学校第7年報) などその一部である. 2 99号 明治17年3月1日 pp 0 (3 ) 官報第1 .9~1 31頁 昭和4 ( 3 3 ) 静岡県教育史資料篇上巻 2 8年 4) 全般的な傾向を明らかにするには, これだけの府県では資料不足は否めないが, 表と同じ傾向は 「科目ノ・教 (3 育及小学校数科目中ニ就キ之ヲ定〆」(大阪府教育百年史第4巻)るものや「定期講習科は九月より六箇月間, 13.

(15) . 佐 竹. 道. 盛. 或は国語算術教育など特定教科又は小学全科にわたった」(百年史埼玉大学教育学部)ものなど, その後に規則 を定めた府県にもみられる. 7年 長野県教育史第11巻. 史料編5 (35 ) 長野県令第14号 小学校教員講習科規程 明治2 (36 ) 湯原元一は, 「私がリンドネルの教育学の邦訳を公にしたのは明治二十六年の五月であったが, これが凡そ 七, 八年の間は, 全国師範学校の約八分位に採用されて大いにヘルバルト主義の鼓吹の役を務めたのである,」 82頁 と述べている. 教育五十年史 (民友社) 1 (37 ) たとえば, 明治2 6年の奈良県尋常師範学校の教育学教科書は, ヘルバルト派教育学の訳書として知られる, 能勢氏 『教育学』 であり, 埼玉県尋常師範学校では,「二十六年にはヘルバルト派の教育学を講じた大瀬甚太 郎著教育学が教科書となり, 二十七年よりは同じくヘルバルト教育学の 『リンドネル教育学』 が用いられ」 た といわれている (前掲 百年史) , (38) 福島県尋常師範学校第7年報 明治26年 (3 9) 長野県小学校教員講習科規程第11条 0) 長野県教育史第11巻. 史料編5 99 5頁~99 6頁 (4 4頁 (41 ) 長野県教育史第11巻. 史料編5 1 00 3頁~1 00 2) 長野県師範学校要覧 29一48頁 明治38年4月 (4 ) このような講習科の機能の分化については, 群馬県でも, 同じ時期に同じ展開を示したことがしられる. 群 (43 1年制定の規則では, 講習科を甲乙二種に区分し, 馬県は, 明治2 7年に補習型の講習科を発足させ, その後3 さらに36年には, 5種類の講習科を設置している. 群馬県教育史第2巻 同じことが, 福島県, 東京府, 大 阪府でも見られる, 福島県尋常師範学校第7年報 福島県教育史編さん資料第1集 創立六十年青山師範学校 沿革史 大阪府教育百年史第4巻参照 (44 ) 文部省第25年報 (目明治3 0年 至明治31年) 25頁 7年(3~3 0日) 1年(6 (45 ) 群馬県の補習期間を示すと, 明治1 7年(60日) 0日) ,2 ,3 ,36年(2か月) となる, 群馬県教育史第1巻. 同第2巻参照 長野県の補習講習科の期間は, 明治1 7年 (30日) ,37年(3か月) であ る. 長野県教育史第1 0巻, 長野県師範学校要覧(明治38年)参照, 福島県では, 補習講習の期間は明治2 7年 2年 (3か月) となっている. (6か月) , 同3 (46 ) 大阪府教育百年史第4巻 684頁 昭和49年 1一992頁参照 (4 7) 福島県教育史第2巻 99 (48 ) 訓令第1号 小学校令及小学校令施行規則改正ニ関シ其要旨並ニ施行上特ニ注意ヲ要スル事項 (49 ) 明治40年4月1 7日 文部省訓令第6号師範学校ノ規定改正ニ付注意事項ノ件 発達史第5巻 5 7 5頁 ) 教育時論第8 (50 0 0号 明治4 0年7月 5日 39 (51 ) 尋常小学校教員学力補修講習会状況 官報7 9号 明治41年2月 28 日 2 (5 ) 尋常小学校教員学力補習講習会状況 官報761 5号 明治41年11月1 2日 (53 ) 小学校教員講習会状況 官報7 4 68号 明治41年5月 21 日 (54 ) 谷本富述 広島県私立教育会編輯発行 教育学講義録 1-2頁 明治33年 ) 谷本富著 新教育講義 序言 明治39年 (55 (56 ) 地方夏期講習会ノ状況 (明治37年) 官報第6 4 8 3号 明治38年2月1 3日 地方夏期講習会ノ状況 (明治38年) 官報第6 76 6号 明治39年1月 22 日 地方夏期講習会/状況 (明治39年) 官報7 02 2月 3 日 9号 明治39年1 地方夏期講習会状況 (明治40年) 官報7 35 3号 明治4 2月 29日 0年1 (本 学助 教授 ・ 函 館分校). 14.

(16)

参照

関連したドキュメント

専攻の枠を越えて自由な教育と研究を行える よう,教官は自然科学研究科棟に居住して学

青少年にとっての当たり前や常識が大人,特に教育的立場にある保護者や 学校の

  「教育とは,発達しつつある個人のなかに  主観的な文化を展開させようとする文化活動

「職業指導(キャリアガイダンス)」を適切に大学の教育活動に位置づける

● 生徒のキリスト教に関する理解の向上を目的とした活動を今年度も引き続き

 履修できる科目は、所属学部で開講する、教育職員免許状取得のために必要な『教科及び

 履修できる科目は、所属学部で開講する、教育職員免許状取得のために必要な『教科及び

 日本語教育現場における音声教育が困難な原因は、いつ、何を、どのように指