明治中期の幼児教育関係書における保育者の「公正さ」概念についての比較
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(2) っていくことは,生活上のきまりを理解し,守ろうとす. があるという仮定に基づいており,その分析のための試. (7). る力の基盤になっていく。」 と,幼児にとってもルー. 論である。. ルが可変であることを知ることが,ルールに対する態度. 次に,「公正さ」または「公正」に関する先行研究の. の基盤であると述べている。また,幼児にとって葛藤を. 動向から,本稿の意義を確認しておきたい。幼児の「公. 経験することが善悪の判断基準を再構成させ,ルールに. 正さ」に関しては、1980年代より「公正」あるいは「道. 対する態度を練成させていくのであるが,それに対する. 徳」に関する研究が見られる。公正観について渡辺 (10). 保育者の態度として,(12)「共同の遊具や用具を大切に. が1980年代より幼児・児童の分配活動における公正観の. し,みんなで使う。」(8) の解説において,「その時々の状. 研究を行っていたが、現在はテーマが公正から思いやり. 況や幼児の気持ちを無視して,機械的にじゃんけんなど. へと転換している。規範やルールに関しての研究は首藤. で決めるような安易なやり方ではなく,自分たちの生活. (11). を豊かにしていくために,自分の要求と友達の要求に折. 性の発達を道徳性の発達ととらえての研究は、橋本(13). り合いを付けたり,自分の要求を修正したりする必要が. や斉藤(14)に見られる。その他テーマは共感・所有・嫌. あることを理解させていくことが大切である。」(9) と,. 悪など細分化されるか、コールバーグ理論などの検証と. じゃんけんという方法ではなく,幼児の理解を重視し自. なっている。以上のように,幼児の「公正さ」に関わる. や鈴木(12)に見られる。幼児の人間関係における社会. 己解決する方法を示し,後者が望ましいと述べている。. 研究は,発達心理学的研究のみであり,保育学的また幼. まとめると,(1)幼児は善悪の判断基準の枠を大人の反. 児教育史的研究はなされていない。. 応を通して確認していく,(2)遊びの中でルールに関わ. 一方、保育者の道徳性に関する研究は、橋川・松本(15). る経験をし,ルールを可変のものと理解し善悪の判断基. が「子どもの"こだわり"に寄り添う保育(2) : トラブル. 準を練成していく,(3)幼児の葛藤場面に対して,保育. 場面に見られる保育者の道徳性と乳幼児のこだわりと. 者の解決方法は幾つかあり,その中から教育的配慮によ. の関係を探る」として、保育者の道徳性に視座をもった. って一つの解決方法を選択する,の 3 項目となる。. 研究を始めている。橋川らは、保育士小林友子によるト. では,保育者が子ども同士の人間関係を不公平と判断. ラブル対処法を検証し、三つの特徴を見出した。それ. する基準は何であるのか。ここでは,保育者の「公正さ」. は、①乳幼児が自らの手で解決法を探し、②互いに全力. に関する概念は,自明の事として説明されていない。し. を出し切って問題に挑む中から負の気持ちを吐き出し、. かし,問われるべきは,子どもとともに問題の解決に向. ③仲間のトラブルをしっかりと見守ることで協調性を育. き合う保育者自身の「公正さ」の基準ではなかろうか。. む、というものである。この研究もまた心理学的研究で. 保育者が自らの「公正さ」の基準を自覚しつつ,個々の. あり、保育者の道徳性に関する史的研究は今のところな. 子どもの行為と向き合って初めて,保育課程を客観的に. い。. 評価し保育内容を再構築することができ,また個々の子. 本稿におけるような保育者の「公正さ」概念について. どもの活動を展開させることができるのである。このよ. の幼児教育思想史的研究は,未だ試みられたことのない. うな幼児を保育する者の「公正さ」概念とはいかなるも. 方法であり,まずその研究方法に独創性があると言え. のかが,問題の所在で ある。子どもが他の子どもとの関. る。また,その文化的歴史的文脈を通して照射された保. 係や自己の行為について,善悪の判断を下して行動する. 育者の「公正さ」概念についての 分析結果は,現代の保. 注5. ような場面 で,保育者は無意識的慣習的に対応してい. 育者の「公正さ」概念に対して示唆を与える実践的な研. ることが多い。無意識的慣習的行動ではあっても、そこ. 究意義があると考えている。. には何らかの価値観が働いている。「公正さ」という道. (2) 本稿の目的. 徳的価値観においても同様である。このような問題意識. 問題の所在は,幼児を保育する者の「公正さ」概念と. を持ち、保育者の無意識的慣習的行動がどこから来たの. はいかなるものかであるが,この大きな問題に対して,. かと問うと、日本における「公正さ」とは、というよう. 本稿では明治中期の幼児教育関係書をてがかりにして,. に、保育現場から一歩ひいた立ち位置から、問題を眺め. 幼児を保育する者の「公正さ」概念を描き出す事に焦. る視野の広さが要求される。たとえば,アイゼンシュタ. 点を絞ることとする。すなわち, 3 冊の幼児教育関係書. ット. 注6. 注7. や丸山 は,日本における「公正さ」に独自のも. に見られる保育者の「公正さ」概念と思われる項目をま. のを指摘している。日本的なる「公正さ」概念があると. ず描き出し, 3 冊の比較によって共通性や独自性を考察. すれば、日本における幼稚園教育の始まりから保育者の. し,そこから,保育者の日本的なる「公正さ」概念がも. 「公正さ」概念の系譜を今一度たどる作業は、現在を考. つ幾つかの側面を見出したい。. 察していくときに必然の過程となるであろう。別の言い. 本稿で取り上げる明治中期は,儒教思想に基づく身分. 方をすれば、本稿における保育者の「公正さ」概念につ. による社会構造が長く続いた江戸時代の後,民主主義な. いての史的検証は、保育者の日本的なる「公正さ」概念. どの欧米の思想が流入し修身教科書においても翻訳書が ―2―.
(3) 中心となった明治初期を過ぎて,再び儒教思想に基づい. て1885(明治18)年 8 月に発行された保育指導書である。. た道徳を復興させようとする動きが起こった時期であ. 飯島は,旧幕臣であり,明治政府の文部省編輯局で教科. る。善悪の判断基準を伴う「公正さ」概念の視座からみ. 書編纂に従事し,1875(明治 8 )年大槻磐渓らと洋々社. れば,明治初期は,初めて民主主義思想などの新しい. を結成,雑誌『洋々 社談』の編輯人となったこともある. 「公正さ」概念が流入し,不消化のまま教育制度や教. (19) によれば, 人物である。 『幼稚園初歩』は,小林(1977). 育内容に取り込んでいった。中期になると,民主主義な. 「フレーベルの精神をよく理解し,遊戯による幼稚園教. どの思想に基づく「公正さ」概念は,自由民権運動が広. (20) しており,翻訳書に頼らず「現 育の重要性を主張」. まり激化したというような社会現象にみられるように,. 状の日本の子どもの生活をふまえ,広い知識と機知に富. 徐々に多くの人々に理解されるようになっていったと考. む独自の保育を展開」(21)し,「日本古来の玩具,遊びに. えられる。同時に,この動きに反発して儒教思想に基づ. (22) という内容の保育指導書 注目し教育的価値をみた」. く「公正さ」概念を日本社会の基礎としようとする動き. である。フレーベルの恩物を形式的に扱うのではなく,. も強まった。このような明治中期の思潮は,欧米から流. 子どもの生活の中にある遊びを保育に取り入れたところ. 入した民主主義的な「公正さ」概念が,日本的なるもの. に,明治初期の欧米文化導入期には見られない,日本独. に変質していくダイナミックな様相を示していると言え. 自の幼稚園教育の展開を示す書物と言えるであろう。. るであろう。明治中期の幼児教育関係書を取り上げる意. (2)飯島半十郎の幼稚園教育観. 義は,このような「公正さ」概念の変質の始まりの時 期. 『幼稚園初歩』の著者である飯島半十郎に関しては,. における,保育者の「公正さ」概念を描き出すことがで. 1977年に小林がその来歴を発見するまでは,詳細は不明. きるという所にある。. であった。その後,小川(2002)(23)によって,幼稚園教. そこで本稿では,明治中期の思潮を端的に表すと思わ. 育観に関する考察が加えられた。小川は,飯島半十郎と. れる 3 冊の幼児教育関係書を選択した。第一は,欧米思. 中村正直の思想的継承を,幕府昌平坂学問所の師弟関係. 想を取り込みながら日本的保育方法を独自に追加した幼. に始まる明治政府内での関係まで順に検証し,飯島半十. 児教育指導書である飯島半十郎による『幼稚園初歩』. 郎が中村から「啓蒙的教育観,特に女子教育観や幼児教. (16). 育観,さらには幼稚園教育観」(24)を学んでいると述べ. 業を通して幼児教育に関する知識を会得していった人物. ている。. である。『幼稚園初歩』は,幼稚園に関して明治政府の. その中村正直の幼稚園教育観については、「フレーベ. 意向に近い所にあり,広まりつつあった幼稚園において. ル主義幼稚園教育の主旨について深く学んでいる」(25). 現実に保育していくために書かれている。保育者の「公. (26) と小川は述べている。同様のことは,湯川(2001). 正さ」概念の視座からは,より現実に近い保育者の「公. も述べている。1876(明治 9 )年に中村は『フレーベル. 正さ」概念の一様相を表すと思われる。第二は,儒教思. 氏幼稚園論ノ概旨』を訳出し文部省より刊行している. 想に基づく道徳復興の中心人物であった元田永孚による. が,その原典であるジョセフ・ペイン著『フレーベルと. である。飯島は,明治初期から政府内におり翻訳作. (17). である。元田が儒学者として当時大き. 初等教育としての幼稚園システム』には,「フレーベル. な影響力をもっていたことは今更言うまでもない。その. の略伝からはじまって,幼児教育の理念や遊びの教育的. ような人物による子どものための道徳書である。明治中. 意義が簡潔にまとめられて」(27)おり,明治初期にはフ. 期の代表的な儒教思想に基づく教育者の「公正さ」概念. レーベルの思想は理解されていなかったという従来の見. 『幼学綱要』. の様相を表すものとして選択した。第三は,自由民権論. 解を覆し,中村正直が明治初期からフレーベルの教育理. 者である植木枝盛による『育幼論』(18)である。民主主. 念を深く理解していたと湯川は考えている。. 義思想の視座から従来の養育態度を批判し,自主独立の. また,飯島半十郎は,1875(明治 8 )年に文部省報告. 精神を養うための養育方法を啓蒙しようとした新聞記事. 課に奉職する。その翌年明治 9 年に東京女子師範学校附. をまとめたものが『育幼論』である。ここでは明治中期. 属幼稚園が開園している。飯島半十郎が働いていた時期. の民主主義思想に基づく養育者の「公正さ」概念の様相. は,「文部省において我が国に幼稚園教育を導入せんと. を表すものとして選択した。3 書では,保育者,教育者,. する機運が高まっていた時期で,欧米の幼稚園関係の書. 養育者と異なるが,子どもを保育する者の「公正さ」概. 物が数多く移入され,明治六年から刊行される『文部省. 念として等しく考察した。. 雑誌』や明治九年にその誌名を変更した『教育雑誌』 に幼稚園関連の記事が多く掲載される。飯島は,恐らく. 2.『幼稚園初歩』における. は校訂の仕事に携わりながら幼稚園関係の「欧米諸家ノ. 保育者の「公正さ」概念の様相. 説」に接して幼稚園教育観を形成する上で多くのことを. (1)『幼稚園初歩』の幼児教育史における位置. 学んでいた」(28)と小川は推定している。このように,. 『幼稚園初歩』は,飯島半十郎(1841-1901)によっ. 飯島半十郎は,中村本人との交流関係からまた自身の仕 ―3―.
(4) 事上から得た知識に基づいて,独自の幼稚園教育観を形. もから離して憤怒がおさまるのを待ってから,部屋に入. 成していったと考えられる。. れること 7.子どもがけんかをしたときは,長幼の序,. では飯島半十郎は,『幼稚園初歩』において実際にど. 親からもらった体を傷つけないことなどを言い聞かせ,. のように述べているであろうか。巻一「幼稚園の大意」. えこひいきなく審判すること 8.子どもにそれぞれ 1. では,まず幼児の教育について,「幼稚の遊戯は自然の. 箱の所有物を持たせて,毎日物を出したり直したりさせ. 工藝にして教育ハ即此の自然の工藝を擴充するに過ぎざ. ることは幼稚園における大切な教課であること,の 8 項. るなり,されバ遊戯に就きて保育をなし,保育に就きて. 目である。. (下線 遊戯をなさしむるこそ,幼稚教育の要領なり」(29). 「保母の注意」項目 4 では,明確に「公平に」子ども. 部,飯島による傍点)と遊びによる保育を強調してい. に接するとし,また項目 7 においても「えこひいき」な. る。フレーベルにおける子どもの神性を自己発展させる. くという言葉があり,子ども同士においてはそれぞれの. 受動的,追随的な保育の精髄を,飯島は幼児の天性,. 子どもを等しく考えている。また,項目 8 では,それぞ. 自然性を遊びによって発達させると表現している。その. れの子どもに個々の所有物を持たせ,個人としての自立. 遊びに関しては,フレーベルの恩物だけではなく日本の. を目標としている。. 伝統的な玩具を教材として用いようとしているところに. 2)善悪の判断基準に関わる「公正さ」の様相. 飯島の独自性があり,彼の幼児教育観を端的に示してい. 巻一項目 7 では,善悪の判断基準として長幼の序,親. る。巻一における遊びや巻二折物においても,幼児の認. 孝行という儒教道徳が示されている。儒教においては,. 識や想像性を養うことを 目的としており,遊びのもつ教. 孟子による五倫,つまり,父子には親愛が,君臣には義. 育性への視座を有していることを示している。. が,夫婦には区別が,長幼には序列が,朋友には信義が. また,幼児は集団で遊ぶことが自然の性質を育成する. 大切であるといった五つの人間関係において大切にしな. のに必要であると述べ,幼稚園の設立を促している。そ. ければならない規律を重視している。江戸時代に主流で. のための理想的な幼稚園施設を説明し,それができない. あった日本の朱 子学においても非常に重視されており,. 場合の簡易な幼稚園施設,またそれも不可能な場合の母. 明治期において問題のある事態に対する判断基準として. 親による幼児の集団保育を薦めている。. 引き続き重視されていたと考えられる。同様に,巻二で. このように飯島は,幼児の遊びの重要性を理解すると. は人形遊びが教材として示され,その目的は修身学の一. ともに,自己の幼児教育観を述べたこの書籍を,幼稚園. 端と述べられている。保育者が五等親の人形を示して,. の普及のための啓蒙書として位置づけており,歴史の中. 家倫の道を教えるとし,前述したような儒教道徳におけ. での意義を認識していたと言えるであろう。寺院の庫裏. る親子関係,家族の関係を学ぶ教材としている。. などでの母親による簡易幼稚園の薦めも,幼児の群れ遊. 巻二の楠正成の画は桜井駅で息子正行に遺言している. びの重要性を認識し,少しでも幼稚園が普及するように. 場面であり,「忠臣の明鑑なり」(31)と解説されている。. との思いからの工夫である。このような幼稚園教育の社. 子どもに道徳として忠を尽くすことを教えている。ま. 会的役割への認識においても,フレーベル思想に基づい. (32) (33) では, 「孝ハ人の常行なり」 た,比喩話の「不孝者」. ていると言えるであろう。. として親孝行の大切さを話すよう解説している。. (3)『幼稚園初歩』における. すなわち,『幼稚園初歩』で保育者が子どもに伝えよ. 保育者の「公正さ」の様相. うとしている善悪の判断基準は,儒教思想における孝や. 『幼稚園 初歩』は二巻から構成され,内容は,巻一の. 忠と考えられる。また,五倫として伝えられる儒教的家. 初めに保育の心得などを述べた後は,保育教材について. 族関係や長幼の序という年齢による上下関係も,善悪の. の詳細な解説となっている。それらの中で「公正さ」の. 判断基準である。. 様相を示していると思われる事を以下に述べていく。. 3)事態の把握に関わる「公正さ」の様相. 1)個人に関わる言説. 談話の内容や比喩話の後に付けられた飯島の解説に,. 「保母の注意」(30)において, 個人概念とまではいか. どのように事態を把握するかという価値の基準が示され. ないが,子どもを個々の存在として捉えている言説が. ており, 「公正さ」概念の様相を表す視点と考えられる。. ある。巻一「保母の注意」の内容を列記すると,1.朝. この事態の把握に関しては二つの特徴が見られる。第一. の出席確認 2.年齢別クラスの人数および縦割り保育. は人からどう思われるかという問題把握の仕方,第ニは. のすすめ 3.遊戯の時間を幼児に合わせること(小学. 事態の悪い面を取り上げ,禁止事項を強調するという問. 教則のように何時間は何科と規則を設けるのはよくな. 題把握の仕方である。. い) 4.保母は公平に子どもに接すること 5.保母は. 第一は,比喩話の後に付された解説に見ることができ. 子どもが泣いても,いい加減なことを言ってなだめない. る。比喩話「志摩の亀島」(34)は,小さな島で育った子ど. こと 6.子どもが怒って何もしないときは,他の子ど. もが父親と始めて鳥羽の町に行き,これが日本かと尋ね ―4―.
(5) たのに対し,父親が日本はこの 3 倍だと教えたという話. る。一人の子どもよりも,他の子ども集団を優先し,成. である。これに対し,飯島は,地理学を学習しておれば. り行きにまかせる解決方法と考えてよいであろう。. このような事はなく,父親や子どもが無知であることを 「笑うべし」(35)とまとめている。確かに学ぶ事は大切. 3.『幼学綱要』における. であるが,人に笑われるという理由が,事態の把握とし. 教育者の「公正さ」概念の様相. て注目される点である。つまり,学問を修めておらず知. (1)『幼学綱要』の教育史における位置. 識がないこと自体の問題を認識させるのではなく,人か. 『幼学綱要』は,宮内省より1882(明治15)年頒布さ. らどう思われるかという人間関係重視の事態の把握であ. れた勅撰修身書であり,明治天皇の勅命を受けた元田永. る。同じように,西洋の訓話であるイソップ物語の「兎. 孚(1818-1891)によって編纂された。これにさきだち,. (36). と亀」. の解説においても,最後に兎が負け「大に恥. 1879(明治12)年,元田は明治天皇の意を受けて,「智. (37). ちて去る」. 識才芸ノミ尚トビ,文明開化ノ末ニ馳セ」(40)と文明開化. と結び,恥じる気持ちを強調している。. 第二は,イソップの寓話やワシントンの話など西洋の. による知識偏重の教育を批判し,日本の教育の基本とし. 比喩話が,成功やハッピーエンドの話であるのに対し,. て「仁義忠孝ヲ明カニシ,道徳ノ学ハ孔子ヲ主トシテ」. 日本の話は,失敗を通して幼児に禁止事項を教えようと. (41). と儒教思想に基づく教育を主張する『教学大旨』を. する話が多いことに見られる。それはたとえば,西洋の. 著している。『幼学綱要』は,『教学大旨』をより幼少の. 話においても見られ,ワシントンが桜の木を切った逸話. 児童用にしたものである。. の解説においても表れる。少年ワシントンの正直さを強. 『幼学綱要』が宮内省より全国の学校へ配布されたの. 調するよりも,逃げることは卑怯であるということを強. は1882(明治16)年であり,のちの教育勅語の基となっ. 調する。事態の把握においては,良い事態を取り上げる. た。しかし,矢治(1990)(42)による『幼学綱要』の徳育. のではなく,悪い事態を取り上げ,禁止事項を強調する. 政策史上の意味に関する研究では,『幼学綱要』は文部. という特徴を指摘できるであろう。. 行政からは排除されるべき対象であり,実際の取扱いに. 4)問題解決方法に見られる「公正さ」の様相. おいても頒賜された後保存されるのみで活用はされなか. 前述したように,「公正さ」概念の様相は問題解決方. ったとしている。また,教科書検定制度史の視点から掛. 法に表れる。『幼稚園初歩』で述べられている問題解決. 本(2004)(43)は,文部省が教科書検定制度を始める間際. 方法を,二つの視点からまとめてみた。第一は人間関係. に出版されようとしており,勅選教科書として扱うかど. を重視する解決方法,第ニは成り行きにまかせる解決方. うかとの宮内省とのやりとりでは,『幼学綱要』に対し. 法である。. 批判が起こった場合,天皇の権威が傷つくという見解を. ① 人間関係を重視する問題解決方法. 文部省が持っていたのではないかと推察している。この. 巻一「保母の注意」項目 7 (38)に,人間関係を重視す. ように,現実には小学校において教科書としてあまり使. る問題解決方法が見られる。項目 7 では,子どもがけん. 用された形跡はないが,この時期の儒教主義的復古主義. かをするという問題解決場面において,長幼の序,親か. にもとづく教育を思想的に代表する書物と位置づけられ. らもらった体を傷つけないことなど善悪の判断基準を子. るであろう。. どもに示し,保育者が言い聞かせるという解決方法が示. (2)元田永孚の教育観 . されている。ここで注目すべきは,保育者が審判する際. 元田永孚は,熊本藩の儒学者であり明治天皇の侍講や. の留意事項である。えこひいきなく審判することと「公. 枢密顧問官などを歴任した。元田永孚の教育観は,儒教. 正」な態度を強調しているのであるが,この「公正さ」. 思想によって構築されている。. の基準は,あるルールに対して問題となる事態を公正に. 前述したように,『教学大旨』は,教育において文明. 判断するという事ではなく,問題場面に関わる子どもに. 開化のため知識の伝授を重視している文部省に対して,. 対する保育者の好悪に影響されて判断しないようにとい. 方向転 換を要請するものであった。そこで,教育とは何. う注意である。いかに問題場面 注5を公正に捉えるかに対. かについて述べている。日本においては,仁義忠孝とい. して,保育者と子どもとの人間関係に視点をおいた注意. う徳を高めることを基礎として,その上に智識を学習し. が為されており,人間関係を重視した問題解決方法であ. たり武芸を身につけたりすることが教育であるとする。. ると言えるであろう。. 全人的な成長を意図するものが教育であるとしたとも言. ② 成り行きにまかせる問題解決方法. えるであろう。その人間としての中核に儒教思想をおい. 同じく巻一「保母の注意」項目 6 (39)に見られる。保. ているのである。. 育者と子どもとの間のトラブルにおいて,子どもが怒っ. また,『教育附議』(44)において元田は,六つの項目を. て何もしないときの対処方法として,他の子どもから離. たてている。その中で,「西洋ノ修身學ニ云所,君臣ノ. して,子どもの憤怒がおさまるのを待つようにとしてい. 義薄ク,夫婦ノ倫ヲ父子ノ倫ノ上ニ置クカ如キ,固ヨリ ―5―.
(6) 我邦ノ道ニ悖ル,且修身ノ書,多クハ耶蘇教法ニ出ツ」. とが普通である。その中で日本は「萬世一系」の君を載. (45). いている。このように元田は,天皇を国の主宰者として. と,欧米思想は日本の修身の書として適当ではない. と述べている箇所がある。元田は,欧米と日本との人. 位置付け,君臣関係の頂点に置く。他の国々と異なり,. 間関係の質が異なることを見抜き,五倫を尊ぶ日本にお. (48) であることが日本の特徴である 天皇が「萬世一系」. いては不適切としたのである。また,欧米においてはキ. とし,このような天皇を頂点にした儒教倫理に貫かれた. リスト教を国教としているのであり,それに対し日本は. 国家観に基づいて,善悪の判断がなされると言えるであ. 「欽明天皇以前ニ至リ,其天祖ヲ敬スルノ誠心凝結シ,. ろう。. 加フルニ儒教ヲ以テシ,祭政教学一致,仁義忠孝上下二. 2)事態の把握に関わる「公正さ」の様相 『幼学綱要』の20徳目のうち,本稿に関する項目とし. アラザルハ,歴史上歴々証スベキヲ見レバ,今日ノ国教 (46). 他ナシ」. と儒教を国教とすべきであると論じている。. て第十七に,「公平」という徳目があげられている。「公. このように,元田永孚の教育観は,五倫に基づく人間. け」の仕事に「私」を持ち込まない事が「公平」である. 関係を基礎として儒教的倫理を教え,その上で智識を教. という解説が行われている。『幼学綱要』における公平. 授するという全人教育であり,祭政教学一致という社会. は,「公正さ」の定義である「偏りがない」という意味. 的構想の中に教育を位置づけたところに特徴があると言. を表す軸として,「公け」と「私」という関係軸におい. える。その社会的な視点は,後に続く国体思想の萌芽と. て述べているのである。『幼学綱要』においては,仕事. 見ることもできるであろう。. が「私」事に優先するという事態の把握の仕方に特徴が. (3)『幼学綱要』における. あるといえるであろう。. 教育者の「公正さ」の様相. 3)問題解決方法に関わる「公正さ」の様相. 1)善悪の判断基準に関わる「公正さ」の様相. 『幼学綱要』のおける解決方法では,『幼稚園初歩』. 『幼学綱要』における善悪の判断基準は,言うまでも. と同じく人間関係を重視していることが,特徴である。. なく儒教倫理であるが,儒教倫理の中でも五倫を重視す. 第一の徳目「孝行」の例話において,元田は孝行と法. る,日本国の君子として天皇を位置づける,という二つ. 令が衝突する問題場面に関する話をあげている。京都の. の特徴をもつと思われる。. 僧の例話で「老母が魚を好んで食べ,魚なくしては食が. 前述したように,『幼学綱要』では,20の徳目があげ. 進まなかった。白河上皇のとき,生き物を殺すことを禁. られているが,その順序に元田における儒教倫理の特徴. じる令が出たが,老母が求めるので,魚を捕まえたとこ. が顕れていると考えられるだろう。第一から第五までは. ろ,巡吏に捕まった。『病気の老母が求めるので,僧の. 人間関係における徳目である。始めに親子があり,以下. 身でありながら屠殺し令を犯した。この魚はもう生き返. 順に君臣,夫婦,兄弟,友人と続いて,五倫がまず述べ. らないから,母に送ってほしい,そうすれば私は刑につ. られている。その後は,学問に努めること,志をもつこ. く』と言っているのを,白河上皇が聞いて罪を許した。 」注 8. となど特に青少年のための徳目が来て,その後に,人格. という話である。ここから読み取れることは,親の願い. に関する徳目が来る。それらは, 誠実,仁恵, 礼譲,. を,法令を犯してでも行うことが求められ,またそれが. 倹素,忍耐,貞操,廉潔である。そして,最後に処世上. 許されるということである。親への孝行などの善いとさ. あるいは行動に関する徳目がくる。それらは,敏智,剛. れる行為に対して,法令が可変であることが示唆されて. 勇,公平,度量,識断,勉職である 。このように,善悪. いる。. の判断基準では,まず五倫の関係において判断すること. また,第五の徳目「信義」では,問題場面である戦い. を重視していると言えるであろう。. において,自分に有利には動かずに,友の窮状を助ける. 第ニの天皇を国家の君子として位置づける事に関して. 話が多い。たとえば,上杉謙信が武田信玄を助けた話,. は,第一の徳目である「孝」の最初の例話から元田の意. 羽柴秀吉が荒木村重を助けた話,徳川家康が細川氏を助. 図が顕れる。『幼学綱要』には221話の例話が示されてい. けた話などである。特異なものとしては,細井徳民とい. るが,最初の例話が天より来る神々である皇祖を神武天. う人が,知人 2 人の家族を養い仲良く暮らしたという話. 皇が祭る話である。天皇の「孝」を示して,日本という. がある。ここで友という場合,前文で「一タビ相友トス. 地域の歴史的な時間をも含む空間に子どもたちが自分を. レバ」(49)とのみ述べられているが,これは人間の自由. 位置づけ,万世一系の天皇と自分との関係を認識するよ. な選択であるだろう。信義は,友という関係において問. うにしている。それに続く第二の徳目である「忠節」の. 題解決場面に直面したときの判断基準であり,そこでは. 前文において,元田は日本の中に天皇を位置づける国家. 自己の利益や思いよりも友との約束なり思い入れなり経. 観について述べる。世界の国々にはそれぞれの特徴があ. 済的支援なりを優先することが,信義という理念の行動. り主宰者がいる。人臣は,「其君ヲ敬シ,其國ヲ愛シ,. として示されている。問題解決場面において,判断基準. 其職ヲ勤メ,其分ヲ盡シ,以テ其恩義ニ報ズル」(47)こ. が友という人間関係なのである。 ―6―.
(7) 元田における義や孝を重んじる儒教倫理による問題解. 示し自らプロテスタント教徒であると公言したことさえ. 決方法においては,法令よりも人間関係が重視されると. あったが,1877(明治11)年土佐に戻り立志社で自由民. 考えられるであろう。. 権運動に関わるようになってからは,キリスト教への傾 倒はみられなくなり,翌1878(明治12)年の「無天雑録」. 4.『育幼論』における. にはすでにキリスト教に対する批判が現れてくる。この. 養育者の「公正さ」概念の様相. 心情に関し,家永は「最初からキリスト教を衷心から信. (1)『育幼論』の幼児教育史における位置. 仰していたのではなかったにちがいない。ただキリスト. 『 育 幼 論 』 は, 植 木 枝 盛(1857-1892) に よ り1887. 教が封建的習俗と相容れない立言をしているのに魅力を. (明治20)年に,土佐の土曜新聞紙上に無署名で14回に. 感じ,一時これに大きな関心を注いだものの,結局その. 渡り掲載された連載記事をまとめたものである。植木枝. 教義を是認することができず,むしろ仏教の教義の方に. 盛は,土佐藩の致道館で学んだ後,立志社に加わり板垣. 高い思想的意義を認めて,そちらのほうに志向を転ずる. 退助のもとで,自由民権運動を行った。1887年当時,土. にいたったもの」(56)と述べている。そして,仏教に対. 曜新聞の補助員として,主に婦人解放論や道徳論につい. する植木枝盛の理解について,家永は「『尊人論』をみ. ての論説を執筆している。『育幼論』は,3 月 8 日,10. ると,彼は宋明儒学や華厳の三界唯心の教義を援引して. ~ 12日,18 ~ 20日,24 ~ 26日,30日,4月 1 ~ 2 日,. 唯心論的に人間至上主義を基礎づけようとしているので. 5 日に掲載されたもので,育児方法を第一から第八まで. あって,彼の主張する『無神論』は決して唯物論ではな. 分け,内容を徐々に深めながら,従来の育児方法を批判. く,むしろデイルタイのいわゆる客観的観念論の類型に. し,婦人解放思想,幼児の発達観に基づいた新しい育児. 属する考え方に立っているのであるが,それは,唯心論. 方法を提案している。『育幼論』は,自由民権 思想に基. 的汎神論の方向をもつ仏教哲学の基調とまさしく一致す. づく育児論の一つと考えられるだろう。. (57) と考える。植木枝盛はキリスト教を信仰すること る」. (2)植木枝盛の教育観. なく,また仏教に対しても「信仰でないのはもちろん,. 植木枝盛の教育観に関しては,多くの研究がなされて. 成仏の道でさえなく,一片の『方略』としてのみ受容さ. いる。彼の教育観の特徴を一言で表すならば,自由民権. れていることを注意すべきであろう。それは,仏教が枝. 論を基礎にした「教育の自由」である。1877(明治10). 盛の思想体系の中に占め得る地位の限界点」(58)であっ. 年の『普通教育論』(50)では,「人ノ目的タル自由幸福ヲ. たと家永は考える。では,植木枝盛の世界観,人間観の. (51). 享クル」. ために,教育の必要性を説いた。植木は教. 中核にあるものは何かと言えば,『尊人論』に書かれて. 育内容を 3 分類または 5 分類していた。3 分類では,身. いる「人間の能力の無限の可能性に対する強い信頼を示. 体の教育,心智の教育,道徳の教育とし,5 分類では,. し,人間の将来の無限の発展に無条件に明るい希望を託. 物理の教育,知識の教育,倫理の教育,政法の教育,法. し,徹底的な人間讃歌(中略)その根抵において,この. 教の教育としている。いずれにしろ,教育の目的を, 「人. ような歴史の無限の進歩による人類の福祉の無限の向上. ヲ善良叡明ナラシメ,以テ此世ニ生レタル務ヲ行ハシ. を確信していた(中略)人間信頼の人生観は,彼の革新. ムル」(52)ことと考えていたと思われる。1880(明治13). 的政治思想を支える哲学的基礎」(59)であると家永は指. (53) 年に執筆された論説「教育ハ自由ニセザル可ラス」. 摘する。. では,教育内容に国家が介入すべきではなく,それぞれ. これに対し,小畑は「キリスト教が枝盛の政治思想形. の地域によって異なる教育内容であるべきだと論じてい. 成にとってその根幹のところで深く関わっていた」(60)と. る。欧米と日本を比べた場合,欧米には知識の蓄積があ. 考え,1876(明治 9 )年に書かれた『思想論』の再検討. るが,日本にはない。日本では,知識の普及は寺子屋な. を行った。植木枝盛のキリスト教への関心は,神によっ. どによって行われているから,これ以上統制された知識. てすべての人間に平等に賦与された「思想ノ二力」(61). を教えるような制度ではなく,知識の蓄積のために,国. にあり,「西洋文明をもたらしたキリスト教の見出され. 民の精神を一体一様に養成せずに,それぞれ異なる精神. (62) したがって,植木枝盛 るところの人間観であった。」. を養成して独立の気象を養うべきだとの論旨が展開され. のキリスト教理解について小畑は,「キリスト教の神の. て,植木枝盛の教育論の特徴を現している。. 実在を,『勉強』,すなわち,『疑』をもって『講究』す. この植木枝盛の教育論の特徴は,その世界観・人間観. れば認識(『心視』)できるとするところに議論の焦点が. から演繹されたものであるが,家永(1958)(54)は仏教と. あり,そこに枝盛のキリスト教理解の独自性がある」(63). (55) はキリスト教との関係から, の関係から,小畑(2004). としている。このように,キリスト教における信仰の部. 植木枝盛の思想の独自性について論及している。. 分は無視した形ではあったが,「『尊キ神』を認識できる. 家永によれば,植木枝盛は1874(明治 8 )年から1876. 存在として神の尊厳に与っているという認識が,枝盛を. (明治10)年の東京遊学中に,キリスト教に深い関心を. して人間の尊厳を確信」(64)させたのであり,1877(明治 ―7―.
(8) 10)年に書かれた『宗教概論』では,「キリスト者とし. (71) 川氏が覇 政を行ひ頗る干渉を事といたしたもので」. て,より内面化と他方では戦闘性を強め(中略)祭拝の. と,その管理統制を日本の文明開化・富強隆盛を遅らせ. 対象を唯一神としての『上帝』のみに収斂することによ. た原因としている。. って,彼は,それ以外の者には精神において決して跪か. したがって,『育幼論』における善悪の判断基準の様. (65) と小畑は考えている。 ない『自由の精神』を感得した」. 相は,儒教倫理に基づく行動と西洋倫理に基づく行動を. (3)『育幼論』における養育者の「公正さ」の様相. 対比させ,前者を否定し後者を善しとする。自主独立を. 育幼論において植木は,従来の育児法を批判して,育. 基本とするが,より具体的には,勇敢であり元気にあふ. 児に際しての母親や親の子どもへの望ましい対応を具体. れ前向きであることを善しとする判断基準を掲げている。. 的に示している。主に,子どもを脅して育児すると子ど. 3)事態の把握に関わる「公正さ」の様相. もを臆病・卑屈にする,幽霊や天狗などの非科学的な話. 3 月20日付山中の霧の話にあるように,科学的に事態. をしてはならない,叱り方は子どもの自尊心を育てるよ. を理解する必要を説いている事が,事態の把握に関わる. うに諌める,大人が間違いを認め子どもに謝る,添い寝. 「公正さ」の様相として考えられるであろう。「たまた. は子どもの依頼心を育てる,また子どもに干渉しすぎて. ま高山などに登るとき空気光線の工合により忽ち物象の. はいけない,などの育児方法を述べている。. 非常に大きく見ゆること」(72)と,登山の途中で山頂の. 1)個人に関わる言説. 方に大きな影が見えることを例にあげ,科学的に理解し. 植木枝盛の『育幼論』では一貫して自主独立の精神を. なければいたずらに怖がることになると,植木は解説す. もつことを訴えている。た とえば,『育幼論』の最後の. る。また,物事を理解することに関し植木は,「人の心. 文言「日本全国内の親々達に望みまする。扨ても斯の大. 神脳髄は細かに分析すれば種々の名目あれども,約めて. 八洲はお前さん達の国でござりまするぞ。(中略)此の. 申さば,其の著大なるものが三つあります。即ち想像,. 豊葦原はどのやうにでもなりまするぞ。斯の亜細亜の東. 記憶,分別でござります。左れば今此想像,記憶,分別. 方に位する一大社会は文明煌々とでも,草茫々とでもド. の三官能が均しく相並んで活動し作用を為しあるときに. (66). チラにでもなりますぞ。」. は当り前のことにて」(73)と述べ,事態を理解するのに. に見ることができる。『育. 幼論』においては,フェアネス概念の基礎にある個人に. 幽霊などを想像する弊害を繰り返し述べ,事態を把握す. 関わる言説が全体を通して見られるのである。. るときには,分別すなわち科学的に理解することについ. また,育児論の基礎には,幼児に対する認識が存在す. て言及している。植木は,子どもへの話として,簡単な. るが,植木は幼児の精神は白紙であるとの見解である。. 格言,世界の地理風俗,動植物の話,身近な物の話,戦. 白紙の状態から自主独立の精神をもつように育てる方. 争斬合の話を薦めているが,戦争の話を除くと,道徳的. 法として,「子を打つたり撚つたり毟つたりいたし,又. な話よりも知識を広める百科事典的な話を推薦書として. は用捨なく無法に言ひ罵り,虫にも螻にも劣るものか何. 記載している。. んのかのやうにくさし付け,限りもなくに賤しめ辱しむ. 4)問題解決方法に見られる「公正さ」の様相. (67). ようなことをしてはならないと述べ,「子が横着. 問題解決方法において植木は,個々の人間の自覚によ. をすれば成るべくは道理を以つて(ママ)諄々之を説諭. って,それぞれが自発的に問題に取り組むという問題解. するように為し,いかほど面倒でも矢張道理を以て制止. 決方法を基本としている。具体的には,三つの特徴ある. る」. (68). し」. というように,「子を育てるには随分尊重に取扱. 問題解決方法を主張する。第 一は子どもを脅さないこ. (69). ひ」 ,子どもが「自から我身の大事なるを感ずるに至. と,第ニは親が間違った場合は謝ること,第三は干渉し. (70) になるとしている。植木の れば,心思自から高尚」. 過ぎないことである。. 子ども観,養育観においては,子どもを一個の人間,個. ① 子どもを脅さない育児方法. 人として認識していると言えるであろう。. 3 月10日から18日にかけての記事に述べられている。. 2)善悪の判断基準に関わる「公正さ」の様相. 子どもに幽霊話や妖怪話にして,怯えさせ,泣き止ませ. 『育幼論』においては,自由であるべき人民に対し,. たり悪戯を止めさせたりしてはいけないと述べる。子ど. 管理統制する政府という対立構造を,判断基準としてい. もが泣いていたり,いたずらをしているという養育者に. る。 3 月10日および 4 月 1 日の論説に見られるように,. とっての問題場面で,脅かしたりする事は「第一に之を. 明治政府に対しては,人民に対立するものとして捉えて. 欺き偽はるに当り,第二に之を恐どし脅かすに当り,固. いる。また,江戸幕府に対しては,子育てにおいて干渉. より其場合は因ってしばらく啼きを停め,いたずらを止. し過ぎるという論説の中で,「一国の政治が専制なれば. めることもありましよふ,随分親の為めには便利となる. 一家の内も亦馴知して専制の風が行はれ,全社会に殺伐. こともありましよふけれど,其結果たる児子をして臆病. の風あれば各人の間にも亦決闘などの事が行はれるでご. と為らしめ卑屈とならしめ」(74)と現状を分析する。植. ざります。是と同じことにて我国に於ては稍以前まで徳. 木にとっての卑屈とは,「単に人民が政府官吏へ対ひて ―8―.
(9) (75) の卑屈には限」 らず「天下の事々物々に関し人間自. (1)三つの幼児教育関係書における. 主の力を振ひて活発発地に勇往進取する能はず,而して. 保育者等の「公正さ」概念の様相の比較. (76). と言. まず,『幼学綱要』において個人に関する言説が全く. うとしている。このように,自主的な勇往進取できる人. 見られない事が,三つの幼児教育関係書の比較では特徴. 間を育てるという目的を明確に示して,そのために養育. 的である。. 中の問題場面においては,子どもを脅さずに育てよと述. 次に,善悪の判断基準では,儒教思想を主な 基準とす. 狐疑萎縮すること夥しき有様をば概して卑屈」. べている。. るものが『幼稚園初歩』と『幼学綱要』であり,『育幼. ② 子どもに嘘を言わない育児方法. 論』では自立して判断する人間という基準に基づいてい. 3 月26日の記事で,親が子どもに対してちょっとした. た。また,『幼学綱要』と『育幼論』においては,教育. 方便で嘘をつくことがよくあるとしてとりあげている。. を社会的視野において捉えており,それが判断基準の基. たとえば,親がでかけようとする際に子どもが泣くと,. 礎となっている。すなわち,『幼学綱要』においては,. 適当に泣き止むような事を言うことである。このような. 天皇を頂点とする君臣関係に基づく国家であり,『育幼. 状況を養育場面における問題場面とすれば,植木は「斯. 論』では,政府に対立する自立した人民という構図であ. くして子を育てるゆゑ,第一に子は親の言ふことを真偽. る。. に拘はらず信ぜざるやうに成り,甚だ善きことを教へて. 事態の把握では,それぞれが独自の様相を示してい. も狐疑して進み悪く,第二には自ら仿ふて虚言を突くこ. る。『幼稚園初歩』では,人からどう思われるかと事態. (77) と,その対 とはずいぶん構はないものヽやうに感じ 」. の悪い面を取り上げ,禁止事項を強調するという問題把. 応の結果を示す。その問題解決方法として,孟子の母の. 握の仕方である。『幼学綱要』においては,「公け」と. 例を引きながら,養育者が子どもに安易に嘘をつかな. 「私」との対比を問題把握の軸としている。『育幼論』. いこと,また嘘を言ってしまった場合には,親が謝るこ. では,事態を科学的に理解するという問題把握の仕方で. とという儒教倫理では考えられない育児方法を述べてい. ある。. る。. 最後に,問題解決方法において,三つの書籍は様相の. ③ 子どもに干渉し過ぎない育児方法. 具体性において異なる段階を示した。すなわち,『幼学. 4 月 1 日の記事では,育児方法として干渉し過ぎない. 綱要』ではあまり具体的解決方法は示 されず,幾つかの. ことを薦め,乳児から添い寝することなく,一人で寝か. 例話から人間関係を重視した問題解決方法が示されたの. せることを薦める。「其他何に限らず親が子の為に干渉. みである。『幼稚園初歩』においては,「保母の注意」. すること過度にて常に己れの側を離れず,少し脇へ往け. により実際の行為に近い形での問題解決方法が示された. ば早や此ちらへ戻れと呼び,一寸外へ出ずれば早や手を. が,人間関係を重視する問題解決方法および成り行きに. 引いてやり,稍歩くことが速かなれば危ないと止め,些. まかせる問題解決方法であり『幼学綱要』に近い内容で. と長き間門外に遊んで居ればモー止して這入って来よと. あった。『育幼論』では,母親の啓蒙を目的とするため,. 命じ,全く放任して置きて宜しきことを入らぬ世話を焼. 子どもを脅かさない,子どもに嘘をつかない,子どもを. くものでござりますから,其の子は随つて干渉を受くる. 干渉しすぎないと非常に具体的に問題解決方法が述べら. に馴れ,而して自治の気象を起し精神の発展を十分する. れている。. (78). に由なく」. と親のよくある干渉を描き,その結果を. (2)保育者の「公正さ」概念を描き出す側面について. 示す。ここでも,自立した人間を育成するためという目. 本稿において,三つの幼児教育関係書における保育者. 的を明確にして,子どもに干渉し過ぎない育児方法を示. 等の「公正さ」概念の様相を描くとき,まず「公正さ」. している。. 概念の定義より,すなわち,「不正やごまかしがない」 という定義を満たす善悪の判断基準,また「さ」によっ. 5. おわりに. て表される「状態や態度」に関わる問題解決方法を,幼. 本稿の目的は,欧米思想を取り込みながら日本的保育. 児教育関係書の文中から抽出し,それがどのような「公. 方法を独自に追加した幼児教育指導書である飯島半十. 正さ」を示しているかを 分析しようとした。その過程に. 郎による『幼稚園初歩』,儒教思想に基づく道徳復興の. おいて,善悪の判断基準に関わって,『幼稚園初歩』お. 中心人物であった元田永孚による『幼学綱要』,自由民. よび『育幼論』では個人に関する言説,『幼学綱要』で. 権論者である植木枝盛による『育幼論』における「公. は公私という考え方が浮かび上がってきた。また,「状. 正さ」概念の様相を描き出し比較する事であった。2 .. 態や態度」に関わる問題解決方法においては,まずある. 3 .4 節において,それぞれの「公正さ」概念の様相を. 状態をどのように把握するのかも,「公正さ」概念を特. 描き出したので,おわりにあたり,三つの書籍の「公正. 徴づけるものであることを見出した。. さ」概念の比較を行いたい。. すなわち,本稿の問題の所在である保育者の「公正 ―9―.
(10) さ」概念とはいかなるものであるか,という問いに対し. る。本稿では,不正・ごまかしがないことという意味. て以下のことが明らかになった。第一に,善悪の判断基. に焦点をあてて,「公正」を取り扱っていく。. 準とされる①思想的背景という側面に加えて,②個人あ. また,岩波哲学・思想事典には,日本における公. るいは公私という側面が加わることが明らかとなった。. 私観が記載されており,本稿の「公正さ」概念に含有. 第二に,問題解決方法においては,様々な正義論から予. される概念である。儒教思想における「公」と「私」. 想される③問題解決の基軸が,規則のような人為的に策. を軸とした「公正」観であり,荻生徂徠に丸山真男が. 定され可変のものであるのか,神の掟や天の理のような. 注目してから近代思想成立の主題となった概念とされ. 不変のものであるのか,人間関係という相対的なもので. ている。辻本雅史によれば,日本における伝統的公私. あるのか,または全くの偶然に委ねるのかなどの具体的. 観では,「公」は共同的公共的であることと首長であ. 解決方法に加えて,④問題場面において何を問題として. ることが基本特性であり,共同体の重層からなる日本. 捉えるか,言い換えれば何に価値を置くのかという事態. 社会では,より上位の共同体を「公」と意識する。そ. の把握という側面が明らかとなった。. のため,公私関係は共同体の上下関係としてとらえら. 保育者の「公正さ」概念は、これらの 4 側面の組み合. れ,公私は上下の関係に応じて転移する相対的概念と. わせによって特徴づけられる。例えば,『幼稚園初歩』. なったという事である。つまり,本稿における「公正. と『幼学綱要』を比較してみると、①思想的背景と③解. さ」概念の判断基準という視座から,この公私観を照. 決方法が近似しているが,②個人や公私に関する言説と. 射すれば,善悪の判断基準が上下関係によって変化す. ④事 態の把握において異なるという特徴となる。このよ. るという事である。より上の者の「私」は,下の者の. うな「公正さ」概念の側面について,本稿の結論では,. 「公」となるという関係である。. ①~④の側面を並列して示した。今後は,他の資料を分. 2 広辞苑によれば, 「さ」は形容詞の語幹等について,. 析することを通して,保育者の日本的なる「公正さ」概. その程度,状態を表す名詞を作るとされている。. 念を描き出すために必要な側面を析出し,これらの側面. 3 「不正やごまかしがない状態や態度」という意味の. を分類整理していきたい。. 「公正さ」は,フェアネスという英語に翻訳される. そのことによって,現代の保育者の言葉かけや保育課. が, フェアネスについて,20世紀半ばにアメリカで. 程における文言,保育活動における行為が,どのような. 正義論論争が起きている。自由主義者とされるロー. 「公正さ」概念の表象であるかを示し得るようにした. ルズによる”Justice as Fairness”(2001 The President and. い。. Fellows of Harvard College ,Second Edition) で は, 社 会 と契約する個人に条件を課することで「公正さ」が保 - 謝 辞 -. 障されるとした。これに対し,自由至上主義者とされ. 本稿を執筆するにあたり、ご指導いただきました兵庫. るノージックによる主張は,「アナーキー・国家・ユ. 教育大学名須川知子教授に感謝申し上げます。. ートピア」(島津格訳1998木鐸社)における「夜警国 家」という言葉に端的に表されるように,個人に「他. - 注 -. 人の生活を悪化させない範囲内」での最大限の自由を. 1 日本語大辞典(講談社)によれば,「公正」は「か. 与えることで,国家の中で「公正さ」が保障されると. たよらず・正しいこと・さま justice」であり,公平. 考えた。ロールズにおいては,社会を形成するために. は「えこひいきのないこと・さま。全部のものを同じ. ある条件下で契約する個人がおり,ノージックにおい. ように平等に扱うこと・さま impartiality」と定義さ. ては,アナーキーな状態から国家を形成する自由を保. れている。類似した語であり,英訳と和訳の間におい. 障された個人がいる。アメリカにおける正義論論争で. て,多くの辞典で 公正と公平が並列されている。しか. は,前提として社会に対峙する独立した個人が存在す. し,日本語の公正と公平の違いは,大辞泉(小学館). ると考えられる。. によれば用法において明らかとなる。つまり,「公平. またフェアネスではなく,ジャスティスとしての. は『おやつを公平に分配する』『公平無私』など,物. 正義(日本語における公正)に関する歴史は古い。. 事を偏らないようにすること」に重点があるのに対. 岩波哲学・思想事典に基づいて概観すれば,ギリシア. し,「公正は『公正な商取引を目指す』のように,不. 時代にアリストテレスが,『二コマコス倫理学』にお. 正・ごまかしがないことを主にいう。」したがって,. いて正義について論及し,正義をあらゆる徳を包括す. 「『受験のチャンスは公平に与えられる』では公平が. る「完全徳」とした。この思想より広義には正義とは. 適切であり,『行政は常に公正でなくてはならない』. 「共同体的な徳」という意味となり,狭義には「平等」. では公正が適切である。」となる。このように公正と. となる。(岩田靖夫)中世では,トマス・アクィナス. 公平は,日本語において厳密に言えば,意味が異な. がストア派の自然法思想とアリストテレスの倫理・. ― 10 ―.
(11) 政治思想を,キリスト教的観点から統合しようと試み. 書 館, 近 代 デ ジ タ ル ラ イ ブ ラ リ ー,1881 巻 之 一 . た。彼は,永遠法,自然法,実定法の三層からなる法. p.7 「京師」に始まる話を著者が現代語で要約した。. 思想を基に,人々の共通善が直接対象となる法的正義. 4. 原文は以下の通りである。. を一般正義,他の人格が対象となる交換的正義と分配. 「京師ノ倌某母ニ亭ヘテ至孝。家甚貧シ。其母生魚ヲ嗜. 的正義を間接的な正義と規定した。トマスの正義論は. ム。之無レバ箸ヲ下スコト能ハズ。倌常ニ買テ之ヲ進. 現在に至るまでカトリック的社会理論の骨子となって. ム。時ニ白河上皇屠殺ヲ厳禁ス。故ニ魚ヲ得ルコト能. いる。その後,近代に入ると,正義は人間相互の契約. ハズ。母頗ル食ヲ絶テ疲弊幾ムド死セムトス。倌悲ニ. あるいは黙約によって成り立つという見解,社会契約. 勝ヘズ。自桂河ニ往キニ小魚ヲ捕ヘ得タリ。巡吏之ヲ. 説が有力になる。この流れには,まずホッブスがお. 執ヘ魚ト併セテ宮ニ送ル。法司訊問ス。倌涙ヲ揮ウテ. り,ロック,ルソー,カントなどがそれぞれの正義論. 曰ク法ノ禁ズル所□□□□守ラザラムヤ。況ヤ身釈門. を展開した。他方,功利主義,ベンサムによる最大多. ニ在テ戒律ヲ破ル。罪逃ル可カラズ。但我ガ母老テ且. 数の最大幸福へと続く系譜にはヒューム,A,スミス,. 病ミ肉ニ非レバ食ハズ。今比魚ヲ放ツト雖モ復活ク可. J,S,ミルがいる。(山脇直司). カラズ。幸ニ母ノ所ニ□□一タビ箸ヲ下スト聞カバ則 刑ニ就ク亦憾ル所ニ非ズト。□気懇切ナリ。吏卒皆感. 本稿において様相とは,「公正さ」概念の有り様を. 泣ス。上皇之ヲ聞キ金帛ヲ賜テ放還ス。」. 表す。その有り様は,「公正さ」概念が「公正」とい う認識部分と「さ」という状況や態度を含有している. -文 献-. ので,言説によって表象される場合と行為によって表 象される場合がある。. ( 1 ) 文部科学省 『幼稚園教育要領』. 5 本稿における「問題場面」は,幼児や保育者などそ. http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/you/,. の状況に関わる人間が,善悪の判断を行うような場面 を言う。. 2008 ( 2 ) 文部科学省 『幼稚園における道徳性の芽生えを培 うために事例集』ひかりのくに,2001. 6 アイゼンシュタットは、日本の紛争と紛争解決の特 徴を次のように述べている。「第一に、紛争を自然な. ( 3 ) 同上 p.43. ことではなくむしろ当惑すべきものと捉えること、第. ( 4 ) 文部科学省 『幼稚園教育要領解説』. 二に、直接的の公然とした対立にはできるだけ正当性. http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/. を与えない傾向があること。第三に、あからさまな紛. youkaisetsu.pdf,2010. 争や対立に利害や意見の相違が見られるときも、その. ( 5 ) 同上 p.88. 相違をできるだけ小さく捉える傾向。第四に、対立す. ( 6 ) 同上 p.90. る当事者間にも一致と調和があるとの想定に基づき、. ( 7 ) 同上 p.91. インフォーマルと見られるやり方で相違を解決しよう. ( 8 ) 同上. p.91. とする傾向である。」参照先は,アイゼンシュタット. ( 9 ) 同上 p.92. ,S.=N.著 梅津順一・柏岡富英訳『日本比較文明論的. (10) 渡辺弥生 『幼児・児童の分配行動における公正さ に関する研究』 風間書房,1992. 考察 1・2 』岩波書店 2004・2006 1巻 p.187。 7 丸山は「原型・古層・執拗低音」で「執拗に繰り返. (11) 首藤敏元 「社会的規則に対する子どもの価値判断. される低音」として、日本的なるものについて端的. の発達」科研基盤研究(C) 1995-1996. に述べている。「執拗低音」は、明確な思想ではない. 「児童の社会道徳的判断の発達」 『埼玉大学紀要〔教. が、日本では古来新しい世界観・宗教・思想を取り込. 育学部〕教育科学』48(1-1),pp.75-88,1999. む際、いつの間にか「日本的なもの」になっていると. 「子どもの社会道徳的判断における大人の権威の受. いう、その「ものの考え方や感じ方のパターン」を意. 容、拒否と自己決定」科研基盤研究(C) 1997-1999. 味している。仏教・儒教などの外来宗教や民主主義思. 首藤敏元・二宮克美「幼児の社会道徳的逸脱に対. 想・マルクス主義思想のようなイデオロギーなどを取. する 教師 の働き かけ方」『埼 玉大 学紀要』51号(2),. り込むが、いつの間にか「日本的なるもの」になって. pp.17-23,2002. いるのであり、歴史的流れの中で「執拗低音」が常に. (12) 鈴木敦子「幼児の道徳的規範、社会的ルールの発達. 存在していると丸山は考えている。参照先は,丸山真. : 文脈依存的表現の調整という視点から」『東京大学大. 男「原型・古層・執拗低音 -日本思想史方法論につ. 学院教育学研究科紀要』36,pp.361-367,1996. いての私の歩み-」『日本文化のかくれた形』p.87-151. (13) 橋本祐子「社会道徳的発達に関する研究の教育実践 への適用――認知発達的アプローチを中心に―1―」. 岩波現代文庫 1984。 8 元田永孚 『幼学綱要』宮内省所蔵版 国立国家図 ― 11 ―. 『聖和大学論集』19,pp.123-130,1991.
(12) (14) 斉藤浩一「道徳教育への心理療法からのアプローチ. (37) 同上 p.294. ( 4 ) : 来談者中心療法の「共感的理解」を中心に」『高. (38) 同上 p.113. 知大学学術研究報告. 人文科学』48,pp.217-224,1997. (39) 同上 p.112. (15) 橋川喜美代 松本なるみ「子どもの“こだわり”に. (40) 元田永孚 「教学大旨」『近代日本思想大系』30 明. 寄り添う保育( 2 )トラブル場面に見られる保育者の. 治思想集Ⅰ,筑摩書房,pp.264,1976. 道徳性と乳幼児のこだわりとの関係を探る」『鳴門教. (41) 同上 p.263. 育大学紀要』20,pp.27-36,2005. (42) 矢治佑起 「『幼学綱要』に関する研究-明治前期徳. (16) 飯島半十郎 「幼稚園初歩」 岡田正章監修『明治保. 育政策史上における意味の検討」『日本の教育史』通. 育文献集』第四巻, 日本らいぶらり,1977. 号33,pp.37-52,1990. 本史料は,『明治文献集』に復刻された,明治18年 8. (43) 掛 本 勲 「 教 科 書 検 定 制 度 成 立 過 程 に 関 す る 一 考 察」『皇学館論叢』37巻2号,pp.1-24,2004. 月出版,青海堂発行による「幼稚園初歩」である。 (17) 元田永孚 『幼学綱要』宮内省所蔵版 国立国会図. (44) 元田永孚「教育附議」『近代日本思想大系』30 明 治思想集Ⅰ,筑摩書房,pp.268-270,1976. 書館,近代デジタルライブラリー,1881 本史料は,国会図書館書誌情報によれば,出版社不明. (45) 同上 p.268. の宮内省所蔵版,出版年は1881(明治14)年とされて. (46) 同上 p.269. いるものである。関明氏より国会図書館に寄贈された. (47) 元田 『幼学綱要』 前掲書 巻之一 p.21. と書籍内に刻印されている。国会図書館に所蔵されて. (48) 同上. いる『幼学綱要』では最古のものを用いた。. (49) 同上 巻之ニ p.68. (18) 植木枝盛 「育幼論」『植木枝盛集』第 5 巻,岩波書. (50) 植木枝盛 「普通教育論」『植木枝盛集』第3巻,岩波. 店,pp.45-70,1990. 書店,pp.100-114,1990. 本史料は, 『植木枝盛集』第 5 巻に収録されている「育. (51) 同上 p.103. 幼論」であるが,外山光広の外題によれば,1887(明. (52) 同上 p.101. 治20)年 3 月から 4 月にかけて『土陽新聞』に無署名. (53) 植木枝盛「教育ハ自由ニセザル可カラズ」愛国新誌. で掲載されたものである。この期間に『土陽新聞』の. 10号『植木枝盛集』第3巻, 岩波書店,pp.193-195,1990. 論説欄は植木が独占して執筆しているとされており,. (54) 家永三郎「植木枝盛と仏教-近代的革新思想と仏教. これらの稿も植木のものと認められている。. との結びつきの一例-」『日本仏教史』 通号4,pp.1-. (19) 小林恵子 「『幼稚園初歩』を著わした飯島半十郎 について」『日本保育学会大会発表抄録』30,p.112,. 11,1958 (55) 小畑隆資 「植木枝盛とキリスト教-枝盛における 『天賦自由』論の成立-」『文化共生学研究』. 1977. 第 2 号,pp.49-69,2004. (20) 同上 (21) 同上. (56) 家永 前掲書 p.4. (22) 同上. (57) 同上 p.7. (23) 小川澄江 「飯島半十郎の幼稚園教育観」『国学院大. (58) 同上 p.9 (59) 同上 p.6. 学栃木短期大学紀要』37号,pp.49-81,2002 (24) 同上 p.59. (60) 小畑 前掲書 p.49. (25) 同上 p.49. (61) 同上 p.54. (26) 湯川嘉津美 『日本幼稚園成立史の研究』 風間書. (62) 同上 p.55. 房,2001. (63) 同上 p.55. (27) 同上 p.137. (64) 同上 p.54. (28) 小川 前掲書 p.61. (65) 同上 p.65. (29) 飯島 前掲書 p.103. (66) 植木 「育幼論」前掲書 p.70. (30) 同上 p.110. (67) 同上 p.58. (31) 同上 p.266. (68) 同上 p.60. (32) 同上 p.276. (69) 同上 p.60. (33) 同上 p.277. (70) 同上 p.60. (34) 同上 p.281. (71) 同上 pp.65-66. (35) 同上 p.282. (72) 同上 p.55. (36) 同上 p.293. (73) 同上 p.49 ― 12 ―.
(13) (74) 同上 p.47 (75) 同上 p.48 (76) 同上 p.48 (77) 同上 p.61 (78) 同上 p.65. . ― 13 ―.
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