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多重化する「公」を基盤とする市民教育への展開 : Beyond Boundaries: Law in Global Ageを手がかりに

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社会系教科教育学会『社会系教科教育学研究』第16号 2004 (pp.13-20)

多重化する匚

公」を基盤とする市民教育への展開

Beyond Boundaries: Law m Global

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A Study of Citizenship m Global Education based

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谷 口 和 也 (東北大学) 橋 畸 頼 子 (東北大学大学院) I。はじめに 本論文は,多重化された匚公」(Public Good) を基盤とした社会における市民教育のあり方を,

召砂ond Bo四加ries: Law in A Global Age1

を手がかりに考察するものである。 従来,社会系教育は,国民国家の主要な価値観, もしくは研究者・実践家や諸団体が理想とする社 会認識を基盤としてカリキュラム原理が導き出さ れ,厂認識形成」の論理が導き出されてきた。し かしながら, 1980年代以降つぎつぎに提案されて きた新しいテーマや学習方法は,このような視点 からは説明できないものとなっている。 その背景には,教育における参加や合意形成の 強調のほかに, 1980年代以降の教育が,国家の主 要な価値観の相対化し,グローバル化にともなう 国家や民族を超えた様々なイシューを判断して意 思決定できる市民像を目指したことにあろう。こ のような教育では,国家を「 ̄公」として唯一の基 盤とする教育を考えるのではなく,個人が異なる 利害を持つさまざまなレベルの集団(匚公コにパ ラレルに所属しつつ,意思決定,政策決定を行わ なければならない状況を想定していた。 本論文は,このような多重化された「公」 (Public Good)を前提とした市民教育観につい て,具体的なプログラムの位置づけと分析を通じ て論じるものである。     (谷口和也)

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教育と,「 ̄地球市民教育」としての第一世代グロー バル教育とが提唱されてきた2.そこでは,アメ リカ的Public Goodへの単純な同化ではない3, 従来の国民国家を中心とする教育に取って代わる ものとして,匚地球市民教育」の必要性が提唱さ れてきた4。 工980年代半ばに入ると,地球規模の社会的問題 への注目や冷戦終結後の各地の民族運動を受けて, グローバルな論争問題や歴史の学習を行う, Hanveyらの第二世代グローバル教育に転換して いった。だが,この時代のグローバル教育は,主 に以下の三つの批判を受けることになった。 第一の批判は,グローバル教育が「地球市民」 的価値観を強調レ,アメリカ社会のマイナス面 に言及するため,従来のアメリカ的価値観に対立 するような価値の注入となるという6,主として 保守派からの批判である7.これはCunningham による批判に端を発し,全米的な論争となった 「 ̄デンバー論争」として著名である8。第二の批 判は,本来匚文化的価値対立」等に起因する論争 問題を,匚人類の普遍的道徳性」を基に共感させ, これらに直結した行動で解決させようとしている という批判である9.第三の批判は,グローバル 教育は,扱う内容や方法が明確ではなく,カリキュ ラム原理が欠如しているという批判であるlo。 このような第一世代,第二世代のグローバル教 育への批判を受け, 1990年代以降のグローバル教 育は,多様な文化的・歴史的な知識をふまえ,よ り複雑提供す化する現実社会のるべきであると考えられ知的理解のための見方るようになった11 ― 13

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だが一方で, 1990年代におけるアメリカでは, コミュニティの価値観や政治参加の急速な衰えが 問題となってきた。 Putnamの分析によれば, 1990年代のアメリカ社会は,家族形態の多様化, 社会の中核的指導層の多文化化,情報のグローバ ル化により,コミュニティ問題に対する関心が相 対的低下にした。それによって,アメリカの市民 性の基盤となっているコミュニティの崩壊と再構 成の時代に入ったとされる12.このような状況下 における1990年代のアメリカの市民教育観は,① 無国籍化した多文化教育・グローバル教育に対し て,再び国家なり民族なりの求心力を求めるべき であるとする主張と,②抽象的な匚グローバル社 会」よりもコミュニティの構成員として具体的な 実効性を持った市民教育を行うべきであるという 主張に二極化したように思われる13。 1980年代以降,従来の国民国家の構成員として の厂市民」教育のみではグローバル化しつつある 現実社会に対応できなくなってきた。また,アメ リカ国内の文化的価値観(民族由来の価値観にと どまらない,ライフスタイル全体の価値観)の多 様化もすすんでおり,国民を単一の価値観に集約 することも難しい。だが一方で,従来の国民国家 やコミュニティの構成員としての厂市民」教育は 依然として必要である。このような市民教育の 厂混乱」を反映するように, 1990年代最後半には, 厂教育における民主主義的な価値]を問い直すよ うな論文が急激に増えることになった140 (谷口和也) Ⅲ。多重化する「公」を基盤とする市民像 先に見てきたように,グローバル教育と従来の 教育との対比の中でなされてきた論争では,国民 国家の価値観において育成される匚市民」像と 匚地球市民」,また厂グローバル社会における抽象 的な理想・理念」と「 ̄具体的な社会生活」を,そ れぞれ対立するものとして捉えてきた。この対立 を解消するために,多くのグローバル教育は,以 下の二つの考えから社会観を捉え直した。 第一のものは,グローバル社会がすでに成立し ているという前提でっくられたカリキュラムをも つ教育である。これらの教育では,多くの場合グ ローハル化の是非や,グローバル社会・経済の構 造をほとんど学習しない。学習内容になるのは, 社会や経済のグローバル化に対応しきれない弱者 の問題である。例えば, World Studies: 8-13で は,厂環境」匚少数民族」厂性差別」「 ̄資源配分」 匚飢餓」がグローバル化によって顕在化してきた イシューとして取り上げられてきている。その背 景には, 1980年代以降のグローバル社会・経済の 進展の中で取りざだされてきた厂人間の安全保 障」15という考え方があると考えられる。従来, 安全保障は国家が担っており,人々は国民として 国家に所属する限り匚市民」の安全は保障されて きた。だが,国家がグローバル社会・経済に対応 していく中で,グローバル化に乗れない弱者や国 家の枠組みに入れない弱者(難民や,国家を超え た弱い集団)のための新たな安全保障の枠組みが 必要となってきた。教育の世界においても,この ような観点から匚グローバル」匚ジェンダー」匚エ スニック」16などのテーマがイシューとして取り 上げられてきた。 第二のものは,グローバル社会はいまだ成立途 上であるという考え方を前提として作られたプロ グラムである。この場合,アメリカとアメリカ市 民は,社会のグローバル化のなかで匚責任ある」 政策決定を行うことが求められている。アメリカ 市民は,アメリカ的な価値観を保持しながらも異 文化としての他国の考え方を理解した上で,グロー バル経済やヒトの移動にともなう不法就労・難民 等の問題に対して,匚グローバル社会を目指すア メリカ」としての厂責任ある」政策決定をする必 要かおる。典型例である『21世紀の選択』シリー ズ17においても,アメリカ合衆国の政策的立場を 決定するという視点からグローバルな環境問題を 分析させている18。 このような,第二のグローバル教育観の背景に は,次のような社会観,市民観が認められる。 国民国家は依然として我々の生活に多大な影響 を与える枠組みであり,その体制化において生活 し,その枠の中で政策決定をすることが市民とし て重要であることに変わりはないoしかしながら, 我々はも所属し,国家を超,特に国家の利益と矛盾する地域や団体にえて結合する民族や宗教団体

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経済機構に所属する多重な存在である。また,国 民国家は,国際的な問題を解決する主要な手段で あるけれども,現在,国民国家以外の国際団体や, 民間団体,時には個人が,場合によっては国民国 家以上に大きな影響を与える場合もある。さらに, 国民国家が有効に働くことのできないような社会 的問題も,グローバル化しつつある社会・経済の 中で発生している。 世界をこのようにとらえると,従来の国民国家 の主要な価値観を唯一の前提に市民教育を構築す るのではない,新たな視俶を必要とするのではな かろうか。だが,それは1980年代のある種のロー ルプレイゲームが提案したような,社会の価値観 や文化的背景を無視した言語上のコミュニケーショ ン的合意ではない。社会問題に対しては国民国家 を主要な枠組みとしながらも,それ以外の多様な 匚アクター」の活動を考慮し,意思決定に際して は自らの所属する多様なレベルの集団の利益を調 整できるような,多重化する匚公」を基盤とする 市民像である。 本論文でとりあげる召砂ond Boに血r洫は, 1983年と発表年は古いが,このような多重化する 世界の中の多重化する「 ̄公」のおり方についてひ とつの示唆を与える実践であると評価できよう。 (谷口和也) IV.・・Beyond Boundaries"の実際 1 . "Beyond Boundaries"の概要

召りond Bo皿加バe&・£αωin A Global Age は,アメリカでグローバル教育の教材開発を積極 的に行ってきた団体である「教育にグローバルな 視点を(Global Perspectives in Education)」 により1983年に開発されたカリキュラムである。 本プロジェクトは,グローバル教育としての法教 育(Law-related Education)として開発され, 特に「国際法」について取り扱ったものである。 本団体「教育にグローバルな視点を」は,後にそ の委員会報告において以下の四点をプロジェクト 開発の目標とすることを提言している190

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本論文では,第一の目標に関連する匚一連の相 互関係にあるシステムとしての世界の理解」をプ ロジェクトにおいて具体的にどのように行わせよ うとしているのかに注目し,分析を試みた。なお, プロジェクトの全体構成については,以下の【表 工】に示した。       (橋崎頼子) 2。政策決定の多重性と「相互関係にあるシステ ムとしての世界」 召りEd召oundaパesは,どのように匚一連の 相互関係にあるシステムとしての世界上を理解さ せようとしているのか。法教育としてつくられた 本プロジェクトは,政治システムとして[ ̄一連の 相互関係にあるシステムとしての世界]を多様な レベルの法という観点から扱っていると考えられ る。このような本プロジェクトの特徴は,以下の 二点てあるといえる。 第一に,多重なレベルの意思決定を,匚個人の 法」から「 ̄国家における法」,匚国際社会における 法」,匚グローバル社会における法」へと扱う範囲 を拡大していくシークエンスによって理解させて いる。 第二に,これらの法を子ども自身の視点から理 解させるのではなく,「 ̄他の国家における法」「世 界各国との関係の中での法」匚グローバル社会に おける法の限界と他の合意形成の方法」との比較 の中で理解これらの特徴させようとして【図1】に示いるした 次に, Beyond Boundariesを単元ごとに具体 的に見ていく。 「中単元匸では,学校で一般に行われる匚ア メリカ合衆国憲法」についての学習を取り扱って いる。その際,「アメリカ合衆国憲法」を「世界 人権宣言」厂国連子どもの権利条約」や,イギリ 15−

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表1 "Beyond Boundaries: Law in A Global Age" の全 体構成 中 単 元 /」ヽ単 元 学 習 領域 目的 学 習 内 容 1 教 室 の 中 の 人 権 ① ど の 権 利 が 正 し い の ・合 衆 国 史 ・ 世 界 史 ・文 化 の学 習 ・ 人 権 の 概 念 の 理 解 ・ 人 権 を 定 義 し 、 権 利 を 挙げ る ・世 界 人 権 宣 言 、国連 子 ど も の権 利 条 約 と合 衆 国 憲 法 で 扱 わ れ て い る 人 権 を 比 較 す る ・ 合 衆 国 で の 権利 の扱 われ 方 を 知 る 個 国 家 に お け る 法 他 の 国 家 に お け る 法 ② 他 国 に お け る 人 権 と の 比 較 ・合 衆国 史 ・ 世 界史 ・文 化 学 習 ・ 法学 習 ・ 他 国 の 法文 言 に共 通に 含 ま れ て い る 人 権 につ い て の 理解 ・ 他 国 の他 の 人 々 も ま た 、こ の よ う な 権 利 を 保 護 す る こ と に 関 心 か お るこ とを 知る ・ 英 国 の 権 利 章 典 で 示 さ れ て い る 権 利 と 合 衆 国 憲 法 、台湾 、シ ン パ ブ エ の憲 法 で 示 さ れ て い る 権 利 を 比 較 し 、 共 通点 を 指 摘 す る ・ そ れ ぞ れ 独 自 の 権利 を 指 摘 す る 。 ・ 合 衆国 憲 法に 含 ま れ て い な い 権 利 の 扱 わ れ 方を 知 る 2 移 動 の 中 で 移 民 ③ 難 民 と 法 律 : グ ローノ ベノレ な 問 題 ・ 世 界史 ・ 地 球的 諸 課 題 ・ 時 事 問 題 ・ 法 学 習 ・ 世 界 に多 数 存 在 す る 難 民 に つ い て 学 ぶ。 ・ 難 民 に 関す る 国 際 法 の歴 史 的 発 展 と 、現在 の国 際 社 会 に お け る 難 民 支 援 の 努 力 に つ い て 述 べ た 読 み物 を 読む ・グロ ー バ ル な 難 民 のパ タ ー ン につ い て 地 図を 用 い て 学 ぶ ・ 移 民 と難 民 の 定義 の違 い を 学 ぶ ・ 難 民 問 題 の 主 な原 因を 知 る 。 ・ 難 民 の 定義 を めぐ る 国 際 的 な 緊 張 関 係 につ い て話 し 合 うo ・グロ ー バル な 難 民 のパ タ ー ン を 学 ぶ ・ 移 民 の タイ プ に つ い て 書 い た 地 図 を 作 るo 国 際 社 会 に お け る 法 世 界 .各 国 と の 関 係 の 中 で の 法 ④ 地 位 を 探 し 求 め て : 合 衆 国 に 避 難 所 を 求 め る ハ イ チ 人 ・ 合 衆国 史 ・ 世 界 史 ・ 地 域 学 習 ・ 地 球 的 諸 課 題 ・ 時 事 問 題 ・移 民 法 の 重 要 性 と 、そ れ を 施 行 す る 際 に 生 じ る 複 雑 さ に つ い て 知 るo ・ ハ イ チ 難 民 を 取 り 上げ、1980 年 の難 民 条 約 を め ぐ る 論 争 を 検討 す る。 ・ 合 衆 国 の移 民 法 の 国 内 にお け る 影 響 と、 避 難 場 所 に 関 わる 経 済 的・政 治 的 ・道 徳 的 ・社 会 的 な 問 題 の 複雑 さを 知 る 。 ・1980 年 の 難 民 条約 を 知る 。 ・ ハ イ チ 難 民 が 増 加 し て い る 背 景 で あ る 、ハ イ チ の 社 会 的 政 治 的 状 況 を 話 し合 うo ・ハイ チ に 対 す る 合 衆 国 の 政 策 を 知 る ・ ハ イ チ 難 民 の間 で の 異 な る 利 益 に つい て知 る ・ 合 衆 国 の難 民 法を 分 析 し 、ハ イ チ の ボ ー ト ピ ー プ ル に 対 す る 応 用 に 関 し て 提案 す る 。 3 国 際 的 な 対 ⑤ 合 衆 国 vs イ ラ ン : 国 際 法 に お け る ケ ー ス ス タ デ ィ ー ・ 合 衆 国 史 ・ 公 民 ・ グ ロ ー バル シ ステ ム ・ 国際 事 項 に 関 わる グ ロ ー バ ル ネ ッ ト ワ ー ク につ い て の理 解 ・ 国 際 法 の 影 響力 や 国 際組 織 、 国 家 組 織 、そ の 他 の 組 織や 、イ ラ ン に い る ア メ リ カ の 人 質 を 解 放 し よ う と 努 力 し て い る 個 人 の 役割 を 検 討 す る 。 ・ 問題 に つ い て ジ ャ ー ナ リ ス ト の 短い 原 稿を 制 作し、 擬 似 的 な 放 送 の 中 で伝 える 。 ・ 異な る 国 際 社 会 のア クク ー に つい て 知 るO ・ イ ラン で 起 こ っ た 人 質 危 機 に つい て 重 要な 出来 事を 知 る 。 ・ 重 要な 国 際 的 な ア ク タ ー の 視 点 か ら 人 質 危機 を 分析 す る 。 ・問 題 解 決 に お け る 国 際 法 の 役 割 を 検討 す るO ・ 国 際 的・ 政 治 的・ 法 的 な 出 来 事 に お け る 個 人 の力 と 責 任 に つ い て 知 るO グ ロ | バ ル 社 会 お け る 法 グ 囗 | 法 バ ´ ル 界 石 お け る

表 は% M. Crum, D. Kendall & C. Roeback, eds., 五 翻E 。叭 Vo1.203 ,Global Perspective in Education, 1983 よ り 橋 崎 が 作 成 。 ス の 匚権 利 章 典 」 匚ジ ン バ ブ エ の憲 法 」 な ど 他 国 の 憲 法 と の比 較 に よ っ て子 ど も た ち に 学 ば せ よ う と し て い る点 が 本 プ ロ ジェ ク ト の 特 徴 で あ る と い え る。 [中 単 元 工] の 小 単 元 ① 匚ど の 権利 が 正 し い の」 で は, 子 ど も た ち に , 自 分 た ち の 権 利 が 「 ̄ア メ リ カ 合 衆 国 憲 法」 で は ど のよ う に守 ら れ て い る の か, を学ば せ る。 そ の後, そ れを 匚世 界人 権宣言」 や 「 国 連子 ど もの権 利条 約」 と比 較 し, 相違点 や 共 通点 を 検討さ せ る。同 様 に, 小単 元 ②「 他国 にお け る人 権と の比較」 で は, 合衆 国憲法 の ルーツを 示 す イギ リスの「権利 章典」 や, 歴史 的・文 化的 背景 の異な る台湾 や ジンバブ エの憲法 と の比較 を 行い, 法文化 の相違点 や共 通点 などを 子ど もたち

(5)

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図1 "Beyond Boundaries: Law in A Global Age" のカリキュラム構成原理(槓崎作成)

に指摘させている。 このような学習過程を通して,子どもたちは, 匚アメリカ合衆国憲法」とその他の条約や憲法が 普遍的な権利という共通点を定めている一方で, 異なる歴史的・文化的背景に基づく独自の権利を 定めていることを学ぶ。このことは,人権規定の 多揄歐を子どもたちに認識させ,「 ̄アメリカ合衆 国憲法」が示す価値観を客観的に捉えさせること を可能にしている。 [中単元2]では,世界規模で広がる匚難民問 題」に対するアメリカの法規定について取り扱っ ている。本単元では,国際社会における国家の法 を,他の国家や機関か,国内への影響などの観点からの要請,国際的な緊張関ら検討させている -点に特徴があると考えられている。 [中単元2]の小単元③匚難民と法律」では, 難民問題と難民認定をめぐる対立について概要を 説明している。その後,小単元④匚地位を探し求 めて一合衆国に避難場所を求めるハイチ大−」で は,合衆国議会の委員会による新しい提案に関し てのヒアリングのロールプレイを子どもたちに行 わせている。これは, 1980年の難民法の規定が, ハイチからのボートピープルに対する難民認定に ついて明示していないため,ハイチ人の難民認定 に関する新しい法を検討しなければならないとい う状況を再現したものである。ハイチの社会状況, 他国との外交関係,難民認定による国内への社会 的・経済的影響などを踏まえて,難民法を検討す 17−

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る必要かおる,という認識のもとに,それぞれの 意見を代表する委員会メンバーと証人が役割を演 じるように作られているO このような学習過程を通して,子どもたちは, 国際社会においては,国家の法であっても,もは や一国内の問題にはとどまらず匚国家間の相互関 係」を前提とするものであるということを理解す べきであると考えられている。 [中単元3]では,主に「国際的な対立」にお ける法規定について取り扱っている。本中単元で は,国際対立における法の限界を扱うと同時に, このような国家や国際間の法にもとづいた解決が 難しい場合の新たな合意形成の模索としてさまざ まな厂アクター」が交渉を行うようなケース・ス タディを行っている点が特徴である。 [中単元3]の小単元⑤「合衆国VS.イランー 国際法におけるケース・スタディー」は,イラン 人学生かアメリカ大使館員を人質にとって閉じこ もった当時の事件について取り扱っている。アメ リカは,国連の仲介を要請するなど匚国際法」を 適用することによる問題解決を図ろうとしたが, イランは受け入れず解決には至らなかった。その 一方で,影響力のある個人や国内団体が仲介や交 渉に加わることによって解決への道が開かれた。 子どもたちは,このように国際組織,国家組織だ けではない,さまざまな「アクター」が関わった 交渉場面についてのシミュレーションを行い,紛 争解決において彼らが果たした役割について学ぶ。 以上のような学習過程より,子どもたちは,グ ローバル社会における国際法を客観的にとらえ, その役割と限界について学んでいる。それと同時 に,グローバル社会においては,国家はひとつの 主要な匚アクター」であるに過ぎず,またグロー バル社会は,国家を含めた多様な匚アクター」が っくり出す匚相互関係にあるシステム]であると 考えられている。 このように,本プロジェクトは,子どもの認識 の範囲を拡大しながらも,その軸を,彼らが所属 するアメリカ以外の「客体」に置いて世界を理解 させている。 このように多重に存在する意思決定のレベルを 個人からグローバル社会に拡大するようなグロー ノ勺レ教育は,どのような利点があるのだろうか。 第一に,個人の社会認識を直線的に匚国家」 厂国際社会」匚グローバル社会」に拡大するのでは なく,相互関係にあるグローバル社会として複線 的に理解させることができるという点てある。従 来,社会科で用いられて来た同心円拡大原理(同 紿円筒状拡大原理)では,個人の社会認識は,自 分が所属する集団の延長上のものとしてとらえら れてきた。それゆえ,日本においては厂世界の中 の日本」匚世界と日本」という関係において匚グ ローバル」社会が捉えられることになる。しかし ながら,現在では,さまざまなメディアを通して 情報が行き交い,子どもの関心は自らの所属集団 を超えて広がっている。また,国際社会における 相互関係がますます強まっている中,グローバル 社会における問題解決も,複線的なチャンネルで 解決を模索するほうが現実的になろう。 第二に,多様な価値観との比較によって自らが 所属する諸集団の価値観を学ぶことになるため, それらの価値観を相対化して学ぶことも可能にな ろう。         (橋崎頼子) 3。多重化する「公」を基盤とした法教育 先に述べたように,本プロジェクトにおいて, 法は匚普遍的な権利を定めた共通点」匚異なる歴 史的・文化的背景に基づく独自の権利」からなる と述べられていることを明らかにした。このよう な法観にもとづく本プロジェクトにおいて,社会 的な論争問題は,①より上位の法概念や権利概念 による解決,②歴史的・文化的な差異を実際的な 交渉や合意形成の中ですりあわせていくことによ る解決,の大きく二通りの解決策が示されている。 このような考え方を,[中単元3]の小単元⑤ 「合衆国VS.イランー国際法におけるケース・スタ ディー」に即して明らかにしていく。 小単元⑤匚合衆国VS.イランー国際法における ケース・スタディー」では,アメリカとイランの 紛争問題を,匚国際組織」匚国家組織」匚国内団体」 「’個人」の四つのレベルで捉えさせようとしてい る。これらは,具体的には【図2】のように, 厂国家組織」として当事者としてのアメリカとイ ランの政府,厂国際組織」としての国連委員会,

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図2 さまざまな「アクター」が関係した事件の構造(橋崎作成) 「 ̄国際組織」または匚国内集団」としてP L 0, 匚個人」としての厂弁護士」「オーストラリア首相」 という 匚アクター」からなる。 子どもたちは,ここまでの各中単元で匚個人と 法」厂国家の法」「国際社会における法」について 順を追って学び,それぞれの匚アクター」が法と の関連でどのように振舞うことができるかを学ん でいる。 子どもたちは実際に起こった人質事件に即して 各厂アクター」がどのように振舞ったかをシミュ レートし,ニュース速報のようにして自らがその 解説を行う。ここでポイントとなるのが,①「国 際法」のような上位概念からの合意形成と,②既 存の法にふくまれる価値観では合意が得られない 状況下において実際的な合意形成との関連である。 子どもたちは,それまで学んできた匚国家法」や 匚国際法」の機能を否定するのではない。ただし, 他国との法比較や[中単元2]のハイチ難民の単 元で見たように,法は歴史的・文化的背景や社会 情勢の変化よって改善される部分かおるというこ とをすでに学んでいる。子どもたちは,法に含ま れる普遍的な価値観や法の有効歐を否定するので はなく,さまざまな紛争解決の主要な方法のひと つとして現実問題に対処していくのである。 このように,本プロジェクトにおける法教育の 目的とは,グローバル社会を,厂アクター」すな わち冂固人」匚国内集団」厂国家」「 ̄国際組織」に おける相互関連と社会的文化的多揄壯してとらえをあわせもつ現行法,その中で普遍性とを相対的 なものとして利用し,現実の社会的論争問題のよ りよい解決を模索できる市民を育てることである といえよう。        (橋崎・谷口) V。おわりに 1990年代以降,アメリカにおいても従来のコミュ ニティの価値観や政治参加の衰えが問題となって きた。その反動で,国家や民族により求心力を求 めるような教育や,具体的で実効哇のある参加能 力の育成が求められ,グローバル教育はかつてほ ど重要視されなくなってきたようにも見ることが できる。しかしながら,「 ̄グローバル」匚ジェンダー」 匚エスニック」の各テーマは,確実にカリキュラ ムの中に取り込まれてきている。そこには,厂地 球市民」として麗々しく理念的な市民観を掲げる のではなく,社会科全体が多重化する匚公」を基 盤とした市民観にパラダイムシフトしてきた動向 をうかがわせる。 本論文では,発表時期こそやや古いものの,こ のような現状をいち早く考慮したプロジェクトを 通して,多重化する匚公」を基盤とする市民教育 のあり方を提示した。 今後, 1980年代以降の新しい学習方法やテーマ を提示してきた社会系教育をこのような視点で再 検討することで,新たな社会科教育論を構築して いく時期にあると考える。    (谷口和也) 19− [追記]本研究はEプログラム「 ̄,本学会発表分に,一部,男女共同参画社会における法 21C

(8)

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発表

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もの

である

1 Martha Crum, Diana Kendall &Charles Roeback

eds., Intercom, vol.103, Global Perspective in Education, 1983.

2 J. M. Becker & L. R Anderson,”Global Perspective in Social Studies,”Journal 可 ReseaΓch and Development in Educaねon, vol. 13, No.2, pp.83-87.

3 C. J. Anderson & L.F.Anderson,”Global Education in Elementary Schools: An Overview," NCSS, Social Studies and 沽召 Elementaり

Teacher: Promises CLTld jFΓactices,) Bulletin 53, 1977, pp.138-140. R. Schuker,”Controversy in

Global  Education:  Lessons  for  Teachers Educators", Theoり 加詒?Γαc£ice, vol.32. No.l,

winter, The Ohio Sta七e University Press, 1993, p.53- 54.

4安藤輝次「グローバル教育の理論と背景」大阪市立 大学文学部教育学研究室『教育学論集』第7号, 1981, p.6.

5 Roland Case, "Key Elements of A Global Perspective", Social Educaがon, 1993, Oct. p.320・

6 K. A. Tye, "Global Educai七on: A Worldwide Movement", Issues in Global Education.t No. 150,

News Letter of American Forum for Global Education, 1999. R. Schuker, "Controversy in

Global  Education:  Lessons  for  Teachers Educators”, Theory into Practice, vol.32. No.l,

winter, The Ohio State University Press, 1993, p.53- 54.

7安藤輝次「国際教育関係センター(CTIR)論争」 福井大学教育学部附属教育実践研究センター『福井 大学教育実践研究』第16号, 1991, p.1-7.

8 G. L. Cunningham, Bowing the Whistle on Global Education, Denver C0. Region W office, U. S. Department of Education, 1986. 9ユートピアニズムは,個々人の道徳的内容の共有で はなく,抽象的・形式的ルール・原理の共有化でし かなく,それに従うか否かの「感情の表明」である。 蔓田悦生「理想主義と現代政治理論」『法学研究』第 68巻10号, pp.215-241. 10新谷正徳[グローバル教育の転換―Global]:ssues for the 90sの意義一」中国四国教育学会『教育学研 究紀要』第45巻第二部, 1999, p.187.

11 The Ad Hoc Committee on Global Education, "Global Education in Bounds or Out?,r, Social

Education, 1987, p.249. L. S. Lamy, Global Education: From Thought £o Action, ASCD, 1991, pp.49-63.

12 R. D. Putnum, Bowling Alone: The Collapseαnd

reり詒αZ of American Community, Simon & Schuster, 2000.

13例えば,”Texas Standards for United States History’1,ゐ『nal of£尨丿Middle State Council for

Social Studies, 1998, pp.70-78.などがアメリカ的価 値観を強調したものの典型である。

14 L. A. Pinhey ed。 Resources cびFor Trends in£尨

Social Studies, ERIC Clearinghouse for Social Studies/Social Education, 2000, pp.56-74・

15人間の安全保障委員会事務局・同訳『安全保障の今 日的課題』朝日新聞社, 2003, pp.9-18.

16例えば, William F. Pinar,et.a1.,びndersなm冱昭 Curriculum: y1π瓦£ro血ction to the Study of HistoパcαZ  朋d  ContemporaΓ:y  CαΓΓiculum Discourse, Peter Long, 2002は, 1928年∼1979年ま でを主流となる教育学的理論の枠組みで, 1980年以 降を,グローバルやジェンダーなどのいくつかの文 脈で説明している。

17 The Cんo沿μΓ 2j“ Ca加り 泯血cαねon Project, Brown University Press, 1992-2000.桑原敏典『中 等公民的教科目内容編成の研究』風間書房, 2004, pp.221-255.

18 The Choice foΓ 2? Ck詒りEduca£ion Project: Implications forびS. poliりBrown University

Press, 1992.

19 "The United States Prepares for Its Future: Global Perspective in Education," Report of the

Study Commission 071 Global Educa£ion, Global Perspective in Education, 1987.

図 2  さま ざま な 「ア ク ター 」が 関係 した 事 件の 構 造 (橋 崎 作 成 ) 「 ̄ 国際組織 」または匚 国内集団」としてP L 0, 匚 個 人」としての厂 弁護 士」 「オース トラ リア首相」 という 匚 アクター 」からなる。 子 どもたちは ,ここまでの各中単元で匚 個 人と 法 」厂 国家の法」 「国際社会における法 」について 順 を追って学び ,それ ぞれ の匚 アクター 」が法と の関連で どの ように振舞うことができるか を学ん で いる。 子どもたちは実際に起 こ

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