Title
沖縄と日米安保体制
Author(s)
仲地, 博
Citation
法律時報, 61(3): 19-23
Issue Date
1989-03
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10121
Rights
日本評論社
沖縄と日米安保体制
はじめに││沖縄は安保のかなめ 日本の戦後史はアメリカの極東政策に 規定されながらスタートするが、そのな かから、社会主義諸国を排除した片面講 和によるいわゆるサンフランシスコ体制 が誕生した。その軍事的側面が、平和条 約六条但し書きを根拠とした日米安保条 肘一約と、平和条約三条に基づいた米軍の沖 検一一縄支配であった。すなわち、安保条約に 堕より﹁本土﹂で基地を提供し、三条で沖 剣一縄をまるごと基地にする体制であったの E 更である。沖縄は日本国の施政権から切り 一層一離されたが、軍事面では﹁本土﹂の基地 面一も沖縄の基地もアメリカ軍の基地であ- O
一り、軍隊の性質上、その組織においても 一噂一行動においても二つの基地が不可分一体 凡じのものであることは当然であった。返還 以前においても、日米安保と基地沖縄は 表裏の関係であったのである。 沖縄に日米安保条約が適用されるよう になったのは、沖縄返還協定二条によっ てであり、その効力発生の日である一九 七二年五月一五日の沖縄返還以後であ る@返還後は、安保条約が沖縄にもその まま適用されるのである。しかし、つと に指摘されるように、沖縄の返還は沖縄 が安保の枠組みに入ることではなくて、 安保の新しい枠組みがっくりなおされる ことであったのである。すなわち、七二 年安保体制あるいはアジア安保体制への 移 行 で あ っ た 。 安保条約は、基地提供ハ六条)、日本 国内での相互防衛義務(五条)を主な内 容とするが、圏内における米軍専用基地 の七五%が沖縄にある現実は、端的にい って沖縄において基地を提供し、その沖 縄基地の防衛義務を日本が負ったことを 意味しよう。沖縄基地群は、その意味で 日米安保のかなめとしての地位にあるこ とを示している。現在のガイドライン体 制下で﹁見える安保﹂﹁見えない安保﹂ が語られるが、米軍と各国との共同訓 練、基地の安定的継続的提供の努力、在 日米軍経費の一部負担など、沖縄は﹁見 える安保﹂の現実が典型的に﹁見える L ところであり、沖縄で生起する問題は、 日米安保の実態を具体的姿で示すもので あ る 。 ハ 1 ) たとえば法律時報四三巻二ニ号特集 ﹁ 沖 縄 協 定 ﹂ の 浦 回 賢 治 論 文 、 江 藤 紛 泰 ・ 他 論 文 、 野 上 修 市 論 文 な ど 。 ( 2 ) 一 九 六 九 年 の 佐 藤 ニ ク ソ ン 日 米 共 肉 声 明 で 沖 縄 の 返 還 が 合 意 さ れ る の で あ る が 、 こ の 声 明 で は 同 時 に 次 の よ う な 認 識 が の べ ら れ て い る こ と に 留 意 し た い 。 ﹁ 日 米 安 保 条 約 が 日 本 を 含 む 極 東 の 平 和 と 安 全 の 維 持 ﹂ の た め 果 た し て い る 役 割 を 高 く 評 価 し ( 五 項 ど 、 寸 日 本 の 安 全 は 極 東 に お け る 国 際 の 平 和 と 安 全 な く し て は 十 分 に 維 持 す る こ と が 琉球大学仲地 で き な い も の で あ り 、 し た が っ て 極 東 の 諸 国 の 安 全 は 日 本 の 重 大 な 関 心 事 で あ る ( 七 項 ど 。 こ こ で 日 本 の 安 全 が 日 本 の 領 土 と 国 民 の 安 全 と い う 範 囲 を 越 え 、 日 本 の 安 全 と 極 東 の 安 全 が 一 体 化 し た も の と し て の 認 識 が 示 さ れ て い る 。 こ の 認 識 は 、 沖 縄 返 還 協 定 で 、 沖 縄 の 返 還 が 1 共 同 声 明 の 基 礎 の 上 に 行 な わ れ る こ と を 再 確 認 ︿ 前 文 ど す る と い う 一 文 を 婦 人 す る こ と に よ っ て 、 日 米 聞 の 条 約 レ ベ ル と な っ た 。 寸 日 本 の 施 政 の 下 に ある領場﹂をこえた作戦行動は七八年の ﹁ 日 米 防 衛 悔 カ の た め の 指 針 ﹂ い わ ゆ る ガ イ ド ラ イ ン に お い て ﹁ 周 辺 領 域 に お い て 作 戦 行 動 を 行 う L と 具 体 的 に 述 べ ら れ る に い た っ た 。 基 地 を め ぐ る 住 民 の 動 き 基地をめぐる近年の住民の運動は、返 還以前の潮流を受け継ぎ反安保の姿勢を もっ運動と基地反対のレベルで結集する 運動の二つの傾向があり、そして注目す博
19-一一沖縄と日米安保体制べきことは安保容認を基本としながら基 地の整理縮小を要求する立場が目立って き た こ と で あ る 。 第一は、一坪反戦運動や軍用地訴訟に 見られるように正面から安保を問う運動 である。一坪反戦地主の運動は、嘉手納 基地内の民有地を一万円ずつだして買い 取って共有し、いわゆる﹁地主﹂とな り、国への賃貸借を拒否する運動であ る。これは、基地の撤去あるいは基地の 機能まひをねらうことになり正面から反 安保の運動としての性質をもっ。そし て、那覇市、旧来の反戦地主、それに一 坪反戦地主がそれぞれ提訴している裁判 は安保の違憲性を問う裁判になってい る 。 第二は、一九八七年六月に行われた ﹁嘉手納基地を包囲する六・二一大行 動﹂のように反基地のレベルで多様な 意見を収れんし広範囲な運動をめざすい わばやわらかい方向である。六・二一大 行動は、一時間に五
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ミリというどしゃ ぶりのなかで決行され、約二万五0
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人が一七・四キロの嘉手納基地を包囲し た。基地を人間の輪で包囲するという運 動はアメリカや西ドイツで行われてきた が、完全包囲ははじめての成功例だった と新聞は伝えている。しかし、スローガ ンの中には、安保反対も基地撤去も入つ ていなかった。反核反基地反戦の線で広 範な層の結集をめざす潮流である。その 結果は、保守系の嘉手納町長が可すばら しい催しだ﹂と述べたことにつきる。や わらかい運動と表現できよう。また、演 習激化の中で昨年七月二O
日行われた県 民総決起大会もこの潮涜にある。すなわ ち、中道政党を含め五政党、五労働団 体、四民主団体によって主催されたが、 復帰後はじめて安保容認の中道政党も参 加したことが注目されよう。 第三に、基地の整理縮小論に新たなう ねりが生じている。昨年七月県経営者協 会は緊急理事会を開き寸福地ダムにおけ る在沖米海兵隊の軍事訓練の中止を求め る決議﹂を行った。ダム訓練に限ったも のであり﹁安保を容認する﹂という前提 をのべているが、経済団体としては異例 の決議であり注目された。しかし、特定 の演習への反対であり、その姿勢はまだ 明りょうではなかった。その後一一月の 県中小企業中央会は、県知事を囲む懇談 会で知事に米軍基地の早期整理縮小を提 案している 。 基地容認と見られていた経 済界の中に別な潮流が出ていることは疑 いがない。新しい潮流を生み出したのが 何であるかは、雑誌の対談において財界 リーダーの次の発言に見ることができ る。﹁沖縄の大きな政治課題、経済課題 は基地問題であろうかと思います。 . . 基地を縮小して県経済発展の起爆剤とし て、活用していくことも真剣に考えてい くことが必要であると考えております。 : ・ た し か に 安 保 条 約 な ど に よ る 基 地 提 供はある程度やむを得ないと思います が、段階的に撤去していくことこそが、 これから二一世紀にかけての大きな政治 課題であると思っております(傍点筆 者ど。経済の論理が基地撤去の表舞台に 登場してきたのである。基地は、県民生 活にとって﹁諸悪の根源 L であるといわ れたが、他方において基地の経済におい てはたす役割は、あるときは基地は産業 といわれ、あるときは国の財政投資を引 き出す担保として主張された。しかし、 沖縄経済における基地の地位は明らかに 低下している。復帰直前で県民所得のこ 二%が基地収入であったが、一九八五年 は九%に低下している。観光収入は、基 地関係受け取りを上回り、寸今や沖縄経 済のリ l デイングセクター(主要産業) に な っ た L。そして﹁今、沖縄の人々は、 現存する軍事基地が沖縄経済の発展や地 域活性化のためには、むしろ、障害とな ってきていると思うようになってきてい る﹂のである 。 経済の論理に裏打ちされて基地撤去 は、当然、政治行政上の課題となる。従 来からもたとえば、第二次沖縄振興開発 計画(国による地域開発計画)は、基地 について﹁土地利用上大きな制約となっ ている米軍施設・区域をできるだけ早期 に整理縮小し、産業の振興、生活環境の 整備に資するよう跡地の有効利用を図る ための施策を推進する﹂とうたってはい たし、安保容認の立場にある知事も施政 方針では整理縮小を主張していた。最近 はその主張がより目立ち具体的になって きている。知事は八五年、そして昨八八 年訪米しアメリカ関係機関にいわゆる直 訴をしている。その中で知事は、日米安 保体制が貴国の軍事戦略に大きく寄与し ていること、沖縄は大きな役割を果たし ているという認識を述べつつ、那覇軍 港、普天間飛行場、パイプライン、リゾ ート地域など具体的に基地名を挙げて返 還を要求し、基地の整理縮小を求めてい る。また県知事と基地所在市町村の長で 組織する県軍用地転用促進・基地問題協 議会(会長・知事)は八市町村の一三施 設(基地面積の八%﹀について早期返還 を国に要請している。基地の整理縮小は 今日党派やイデオロギーを越えて県民の 世論となっているといってよい。政治の レベルにおいても、昨年秋の那覇市長選 挙で保守系候補の大敗を契機にして、自 民党内部でも、国防部会・安保調査会・ 法律時報61巻 3号一一20基地対策特別部会の合同部会において、 沖縄選出の議員が地位協定の見直しを求 める発言をし、また沖縄県連でも同様な 動きが伝えられており注目される。 ( 1 ) 嘉 手 納 基 地 包 囲 行 動 に つ い て は 、 佐 久 川 政 一 ﹁ 安 保 と 沖 縄 ﹂ 世 界 八 七 年 九 月 参 照 。 ( 2 ) 三 二 世 紀 に 向 け た 沖 縄 経 済 の 課 題 と 沖 縄 経 営 者 協 会 の 使 命 ﹂ 月 刊 自 治 新 報 六 六 号 の 沖 縄 県 経 営 者 協 会 会 長 の 発 言 。 ( 3 ﹀ も っ と も 、 基 地 の 整 理 縮 小 が 業 種 を こ え た 経 済 界 の 総 意 で あ る か ど う か は 明 ら か で は な い 。 ( 4 ) 宮 川 盛 武 ﹁ 基 地 と 観 光 ﹂ 新 沖 縄 文 学 七 七 号 ハ 沖 縄 タ イ ム ス 社 ) 。 ︿ 5 ﹀安座間警松﹁国際交流は平和の守護神 に な れ る か ﹂ 新 沖 縄 文 学 七 七 号 ( 沖 縄 タ イ ム ス 社 ﹀ 。 軍 用 地 使 用 権 原 の 確 保 策 基地の安定的提供は安保条約上の義務 として固にとっては必須の課題である。 しかし、住民にとって基地は平穏な環境 を破嬢し平和的生存権を侵すものとして 歓迎されざるものであり、三宅島にみら れるように住民の激しい反対運動につつ まれる場合もしばしばある。国は基地の 安定的維持のためにすさまじい努力をは らっている。その目標とするところは、 墓地周辺の自治体と住民が墓地を積極的 に容認することであるが、沖縄において
│特集。日米安保体輔の横肘
はその大前提としてまず軍用地の使用権 原を取得することにあるのが現実であ 九 九 沖縄の米軍基地は、住民生活や土地の 有効利用などを考慮しつつ合理的に形成 されたものではない。陸上戦の遂行途上 での野営基地や物資集積所が基地とな り、あるいは後に軍事優先で土地を接収 し基地としたものである。そこから住民 との関係でみた沖縄基地の特徴がでてく る 。 その-つが、民公有地︿住民や県市 町村有地)が多く全体の三分のこをしめ ることである。いわゆる軍用地主は三万 人といわれ、沖縄問題は土地問題といわ れる情況がでてくるのである 。 以下、沖縄での軍用地使用の法形態と 使用権原確保問題を述べる。 -軍用地使用の法形態 軍用地使用の法形態について、所有権 の主体に対応して、固有地、公有地、民 有地に分けて分析紹介する。全体的に は、田山輝明﹃米軍基地と市民法﹄ハ一 粒社)に詳しく、本稿では沖縄基地の特 徴部分を中心にする。 まず、固有地については、寸固有財産 管理米軍特例法 L によって米軍が﹁その 用に供する問﹂提供されている。 ついで、公有地の場合は契約、覚書、 強制使用の三種の形態がある。契約は民 有地の場合と同一であり、私法上のもの で あ る 。 公有地について取られている覚書方式 は恐らく全国に例を見ないものである。 次に紹介するのは、革新県政時代の沖縄 県と固との聞に結ばれた覚書である。 覚書 沖縄県有地及び沖縄県管理の所有者 不明土地の取扱いについて、沖縄県 ︿以下﹁県﹂という﹀と国との聞にお いて協議した結果、下記事項に同意 し、覚書を交換する。 ヨ ﹂ - 一 言 " 1 県は、沖縄振興開発計画の実施 に必要な用地を確保するため、国に対 し県有地返還を要求し、国は、当該要 求の実現について努力する。 2 県は、県有地及び所有者不明土 地の既往使用の事実に基づいて、昭和O
年O
月OB
から昭和O
年O
月O
日 ま での期間にかかる使用について、金O
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円を国に対し請求する。 なお、上記県有地及び所有者不明土地 の物件明細は、別紙のとおりである。 3 国は、県の請求する上記 2 に 示 す金額を県に支払う。 以上で全文である。この文書は実に巧 妙にできているといわざるを得ない 。 土 地の使用について合意する旨の規定もな ければ賃借料という文言もない。損失補 償金という言葉もない。しかし、土地使 用の合意があるともとれるし、単に補償 金支払いの念書ともとれる。国の実務の 処穫においては土地賃借の契約として扱 われているようである。というのは、強 制使用の手続きがとられていないからで あ る 。 覚書の法的性質はいかに理解される か。土地を利用している現実について両 者の聞に何等かの意思の一致があったこ とは認定しえよう。そこで前述したよう に私法上の賃貸借契約とする理解が生じ る。しかし、自治体側には、賃貸借契約 とする意思はなく、現に土地が使用され ていることに対する補償金支払の念書と 解釈する十分な余地もあり、むしろ、あ えて賃貸借の言葉をさけ、またその内容 としてたとえば使用目的、利用権者、解 約の申し入れ権がだれにあるか、契約は いつ終了するか、返還時の補償等重要な 項目を欠いているところを見ると、私法 上の賃貸借契約とするのは無理があるよ うに思える。それでは、行政契約として 理解しうるだろうか。行政契約という概 念自体がかならずしも明確ではないが、 公益上の理由から、個人間の私的利益を 調整する私法規定の適用の排除を目的と する概念であるとすると、契約内容の公 益性公共性が問題となろう。基地の客観 21一一沖縄と日米安保体制j的公共性というレベルの問題と契約当事 者の主観的レベルの問題がある 。 すくな くとも、一方の当事者である自治体側に 基地が公共的存在という認識がないこと はあきらかである 。 なぜなら、覚書を結 んだ自治体は反戦反基地を目標とする革 新自治体であるからである 。 仮に公共性 を問わないとすると行政契約として位置 付ける実益が問題である。 覚書を合理的に解釈すると、せいぜ い、賃貸借契約の合意かあるいはそれ以 外の何らかの合意形成にむけて努力する という中間段階の合意であり、終局的合 意までの聞は土地利用を認めるが、所有 者が返還を要求すれば即時に返還しなけ ればならない、という内容の契約という ふうに理解できよう。 覚書方式は、いわゆる革新自治体のい くつかでとられている。復帰から数年間 は契約拒否の姿勢を取っていた革新自治 体が覚 書 を締結するにいたった経緯は明 らかではない。また、どの自治体が今日 この方式をとっているかも不明である。 紙幅がなく、全文の紹介はできないが、 最近入手した別の覚書では、﹁地主は本 件土地を米軍に使用させるのは本意では ないが、諸般の事情及び米軍が現実に使 用中であるという事実から今後国の使用 を認める﹂となっており、今後の土地使 用の合意が明確になっている。いずれに せよ、覚書については公的に公開された 資料はなく、全体像はベ l ルの中にあ り、その法的問題点の検討はこれからの 課 題 で あ る 。 公有地の強制使用は那覇市所有地およ び管理地のみである。那覇市は強制使用 を不服とし後述の国を相手にした行政訴 訟を提起している。 最後に民有地であるが、民有地の使用 権原は賃貸借契約によるものと強制使用 によるのがある 。 賃貸借契約によるもの は、二つの類型がある。一つは地主会に 加入する地主の場合であり、地主会会長 に委任し(民法六四三条)地主会会長で 固と一括契約している。地主会に加入し ない地主は国との聞に個別に契約をして い る 。 民有地の強制使用は、復帰時約三