Title
草の根の連携による都市シカゴの再生
Author(s)
小野, 啓子
Citation
地域開発(363): 33-35
Issue Date
1994-12-01
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/10027
Rights
日本地域開発センター
草の根の連携による都市シカゴの再生
前号 (94年 9月号)で紹介したサンフランシス コに続いて、中西部の大都市、シカゴにおける コミュニティによる都市再生の取り組みを紹介 したい。 1. 草の根のコミュニティリーダーたち 「コミュニティ組織がなければ都市に希望はな ) l i - - J O、
' ν シカゴのインターミデイアリ一、 『全国研修 情報センタ-J
を率いるゲイル・チンコッタは、 今日のシカゴが抱える問題はあまりに膨大で、 あまりに深く、草の根の人々の支えを欠くこと ができないと考える。 シカゴに生まれ、シカゴで育ったゲイルは、 1960年代、過密化するままに放置されていた学 校、荒廃する市街地、融資を拒絶する銀行に怒 り、そのまま 30年間「怒り続けてきたJ2lo 6 人の子持ちの未亡人であった彼女は、 大学教育 も専門教育も受けていない。まったくの草の根 から住民を組織し、市長に立ち向かい、州都に 押し寄せ、デモを繰り広げ、 やがてコミュニティ 再投資法 (CRA) を連邦議会で成立させる全 国運動の原動力となった。 70代の現在も、全国 にその名を知られるコミュニティ・リーダーだ。 シカゴの西部、サウス・オースティン地区の ウエスト・ガーフィールド・ノTークと日子lまれる 近隣地域で同じく学校問題から立ち上がったメ アリー・ネルソンも、ゲイルたちは30年以上の つきあいだ。メアリーは、住宅開発からコミュ ニティ・ピジネスの「起業」まで、総合的なコ ミュニティ再建に取り組む教会ベースのコミュ ニティ開発法人 (CDC)、『ベセル・ニュー・ ライフJ
を率いている。 シカゴのコミュニティ・リーダーと言えば、 もうひとりの伝説的存在、ソウル・アリンスキー を忘れることはできない。アリンスキーは 1930 年代から1970年代までシカゴを拠点として権力 と戦ったコミュニティ運動の参謀である。彼の 戦術はアメリカ全土に波及し、シカゴは長年コ ミュニティによる変革運動の震源地であった。 その遺志を受け継ぐコミュニティ・リーダーた ちも活動を続けている。 人口 300万人、郊外部をあわせて 700万人の大 都市シカゴ。ここでも、多くの草の根ベースの コミ ュニティ ・リーダーたちが、近隣の一人一 人の力を集め、行政や銀行の方針に挑み、コミュ ニティのための住宅、雇用を創り出し、草の根 からの都市再生に取り組んできた。2
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厳しい社会的背景 シカゴは、広大な中西部の穀倉地帯を背景と して 19世紀の終わりから商工業が発達した都市 であるが、その工業化が必要とした低賃金の労 働力を、南部の農村音防、ら流入する黒人人口に 頼ってきた。 シカゴ市内では、 1940年から 1960年の聞に黒3
3
地域開発 94・12草の根の連携による都市シカゴの再生 人人口が28万人から 81万人に増加している。そ の一方で、中流の白人層は市内から郊外に流出、 コミュニティの激変が起こった。 60年代には5 年間の聞に 100%の白人コミュニティが100%の 黒人コミュニティに転じた例も少なくない。銀 行は、こうした地区に赤線をヲ
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いて安定した収 入のある世帯にも融資を拒否(いわゆるレッド ライニング)、コミュニティの住民は住宅を買 うことも改善することもできなくなった。人種 聞の緊張による暴動も多発し、市街地の荒廃が 著しく進行した。 さらに、 70年代以降は労働力を吸収していた 重軽工業が海外や郊外に移転、インナーシティ の低所得者層の失業は深刻な問題となった。1990 年現在、市内では中間所得値の50%以下の最低 所得世帯が総世帯数の 35%を占めている3)。 こうした低所得者向けの住宅としては、シカ ゴ市の住宅公社が管理する公共住宅があるが、 総ストック9
万戸のうち2-4
万戸が空き家と いう状態で、治安も環境水準も劣悪なものとなっ ている4)。 厳しい社会事情の中、雇用開発や各種の社会 的支援も行うCDC
は、低所得者コミュニテイ に対する最も重要な住宅供給主体となっている。3
.
市の消極的サポートCDC
をはじめとするシカゴのコミュニティ ベースの紐織は、非常に政治的だ。政策の転換、 改善、交渉の場を求めて、強い組織力を発揮す る。当局へ住民が押しかけての直接交渉など、 その戦略も激しい。 彼らが政治的な力として結集せざるを得ない 理由のひとつは、市の消極的なサポートである。 地域開発 94.1234
『よりよい住宅のための弁護士委員会 jによる と、 1991年のシカゴ市のコミュニティ総括補助 金によるアフオーダブル住宅関連費用は人口 1 人あたり66セントに過ぎず、ミルウォーキー市 の8
ドル、ワシントンD
.
C
.
の1
2
ドル、ニュー ヨーク市の1
0
2
ドルを大きく下回っている。そ の一方で、ダウンタウンの商業開発には積板的 に公的補助金を出す市に対するコミュニティ組 織の反発は強い。CDC
への充分なサポートも せず、採算性だけを求めてCDC
を批判する市 とCDC
の対立が、昨年も社会問題となった。 現在、市は直接的な住宅供給をほとんど行っ ていないため、CDC
やその他の民間が行うア フオーダブル住宅が公的住宅供給の主軸である にもかかわらず、公的な財源や総合的なパック アップの不足はシカゴのCDC
の恒常的な問題 になっている。 4. 銀行とコミュニティのパートナーシップ 市の消極的な姿勢に対し、シカゴにおける民 間金融機関のコミュニティ融資は、 全国的にも 進んでいるといえよう。1984年にゲイルらが中 心となって運動を繰り広げ、 民間銀行に一定額 のコミュニティ融資を確約させ、その後の5年 間に 1億1,750万ドルの投資が市内の低所得者 コミュニティに行われた。これ以降、シカゴの コミュニティ開発融資は市場としての成熟を見、 今ではCDC
がより有利な条件を求めて銀行を 選択するほどだと言われている。 また、CDC
によるコ ミュニティ再生だけで なく、シカゴ市南部、サウスショア地区のサウス ショア銀行のように、市民運動出身の「銀行家」 たちが、地域の銀行を買い取り、銀行を核として営利/非営利の組織を巧みに道具として使い つつ、市場の仕組みの中での自立的、継続的な コミュニティの再建に実績を上げている例もあ る。サウスショア銀行の試みは、コミュニティ による都市再生を持続的・自立的に進める金融 の仕組みを探る上で重要なモデルとなっている。 5. ローカルなインターミディアリー シカゴでも地域ベースでの多数のインターミ デイアリーがCDCの活動を様々な側面から支 えている。 まず、ゲイル・チンコッタの率いる『全国研 修情報センターjは、 CDCや住民が必要とす る情報や研修サービスを提供している。ゲイル らは、地域のCDCが住宅を直接住民の手に届 ける事業を進める後方で、行政の施策や連邦政 府の政策をコミュニティのために変えていくこ とを目的としている。 『よりよい住宅のための弁護士委員会jは、 CDCの活動を法的な側面からパックアップす るインターミディアリーだ。『近隣技術センターj は、低所得者地域の都市問題の分析・政策提言 等を行っている。民間非営利の研究機関、 『ウッ ドストック研究所』は、 CRAに関連して低所
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う 草の恨の力による変革 得者コミュニティへの投資の現状やニーズに関 する膨大なデータを持ち、分析や調査研究、情 報の提供をCDCと金融機関の両方に行ってい る。これら以外にも数多くの草の根の連合体、 支援組織がある。 また、全国ベースのインターミデイアリー LISCのシカゴ支部は州レベルのイリノイ住宅 開発公社による「イリノイ・アフオーダブル住 宅トラスト基金」の設置に協力している。この 基金は、CDC等が行う低所得者向け住宅開発 に対する助成や融資の重要な財源となっている。 この他、個別の詳細については、後出の各項 に譲りたい。 1主 1) Chicago Sun-Times (April8, 1990)の ゲイ ル・チンコッタへのインタビューより。 2) 1)に同じ。3) Cityof Chicago, 'Comprehensive Housing
Affordability Strategy', 1994
4) 1993年9月10日シカゴ市住宅局へのインタビュー より。
(計画技術研究所/小野