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梅若万三郎家所蔵写真乾板のデジタル化について

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Academic year: 2021

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(1)

梅若 万三郎家所蔵写 真乾板のデジタル化にういて

Digitalazed Images of Photographic Plates Owned by the Manzaburo

Umewaka's Family

椙山女学園大学文化情報学部教授

六 丿      .

・.

・   .

・・      

・ 飯 塚  恵 理 人

はじ め に 上          上 \梅 若 万 三 郎 家 に は 能 に 関 係 す る 乾 板 が300 枚 ほ ど 保 存 さ れ て い る 。梅 若 研 能 会 の 八 田 達 弥 先 生 に仲 介 し て 頂 き 、 梅 若 万 三 郎 先 生 に デ ジ タ ル 化 の 許 可 を頂 い た の で 、 今 年 度 よ り 椙 山 女 学 園 大 学 に 研 究 予 算 を 申 請し 、 デ ジ タ ル 化 さ せ て 頂 く こ と と し た。今 年 度 予 算 で は 乾 板 約80 枚 分 を デ ジ タ ル化 し 、完 成 し た デ ー タ DVD は 梅 若 研 能 会 と 椙 山 女 学 園 大 学 飯 塚 研 究 室 の 二 箇 所 で 保 存 し て い る 。今 回 は こ れ ら の デ ジ タ ル 化 さ れ た 写 真( 以 下 、 デ ー タ は 「DVD 番 号 」−「 デ ー タ 番 号 」の形 の 番 号 十タ イ ト ル で 示 す) を 紹 介 し 、そ の 撮 影 さ れ た背 景 に つ い て 考 察 し た い 。なお 、本 稿 で は 初 世 梅 若 実 を「 初 世 実 ム十初 代 万 三 郎 を「 万 三 郎 」、\明 治 30 年 代 後 半 の 梅 若 六 郎 を「 二 世 実 」と 呼 ん で い る 。 一  乾 板 写 真 が 撮 影 さ れ た 経 緯 明 治30 年 代 後 半 は 、雑 誌『能 楽 』が 創 刊 さ れ る な ど 新 興 の 知 識 人 階層 が 能 の 愛 好 者 とし て 育 ち つ つ あ る 時 期 だ っ た。一 方、明 治 初 年 か ら 能 楽 の 大 パ ト ロ ンで あ っ た 三 井 ・ 三 菱 な ど の 財 閥 も 健 在 で あ っ た 。『梅 若 実 日 記 』(注1) 明 治37 年9 月7 日 の 記 事 に 、梅 若 家 で 稽 古 し て い た 三 菱 財 閥 二 代 総 帥 の 岩 崎 弥 之 助 か 、ト 写真 技 師 を 派 遣 し て《 翁 》の 写真 を 撮 影 し た 記 事 が あ る 。こ れ を 引 用 す る と 「 一 \岩 崎 氏 よ り 翁 Erito lizuka 万 三 郎  千 歳 六 郎  三 番 叟 三 人 装 束 に て 写 真 を取 る に 付 て 輝 弥  宇 佐 見 被 参 。写 真 師同 道 。 三 番 叟 ハ 山本 東 次 郎 を 呼 。山 本 へ 五 円 出 ル。新 太 郎  只 一 へ 参 円 挨 拶 。」 と な る 。こ の 写 真 は 岩 崎 の 依 頼 で撮 影 、費 用 も 岩 崎負 担 で 、呼 んだ 山 本 東 次 郎 に は お 金 が 渡 さ れ た。こ の 謝 礼 も 岩 崎 負 担 と 考 え ら れ る 。万 三 郎 ・六 郎 へ の 謝 礼 は 書 か れ て い な い 。なお 写 真 撮 影 の 準 備 を し た の が 新 太 郎 と 只 一 だ っ た 可 能 性 が あ る。 こ の 時 撮 影 し た 写 真 と考 え ら れる の が02-042 「 鈴 之 段 」三 番 叟 043「 鈴 之 段 」三 番 叟 、02-048 左 側「 三 番 叟 揉 之 段 」右 側「 千 歳 」ま た は 「 面 箱 」(共 に 誰 か 不 明) 、02-049「 鈴 之 段 」三 番 叟 であ る 。 02-048 は 揉 之 段 な の で 黒 色 尉 の 面 はつ け て い ない 。た だ し 、こ の 時 期 の 山 本 来 次 郎 は二 代 目の 則 忠 だ が 手 元 に 則 忠 の 写真 が な い た め 確 認 が 取 れ な か っ た こ と、 こ の フ ォル ダ に《 翁 》の シ テ の 万 三 郎 、 千 歳 の 二 世 実 の 写 真 が 含 ま れ て い な い の で 確 定 は 出 来 な い 。し かし02-003「 鶴 亀 」シ テ(観 世 清 廉) の よ う に 観 世 清 廉 の 写 真 を含 む こ と も あ り 、\こ れ ら の 写 真 は梅 若 家 の 記 録 と し て撮 影 し た も の と 考 え る よ り も 、 外 部 の 後 援 者 が 記 録 もし く は 能 の 広 報 の為 に 費 用 を 負 担 し て 撮 影 し ゝ レ梅 若家 も そ れ に 協 力 し た と考 え る の が 自 然 だ ろ う 。後 述 す る が 、梅 若 家 は 明 治36 年5 月 に万 三 郎家 と六 郎 家 が 家 計 を 別 に す る 。こしの 頃 、ユ出稽 古 す る 弟 子 も 両 家 で 分 け た と 考 え ら れ、(代 理 で 行

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く こ と は あ る ど し て も) 岩崎 弥 之 助 は 主 に 万 三 郎 が 担 当 し た と 考 え ら れ る 。こ の こ と は、 『梅 若 実 日 誌 』(注2) 明 治37 年4 月29 日 の「 ○ 万 三 郎 大 磯 の 岩 崎 弥 之 助 へ 稽 古 二 参 止 泊 。五 月 五 日 二 帰 ル。」 な ど の 記 事 か ら知 ら れる 。乾 板 は ま だ 全 体 の 四 分 の 一 程 度 が デ ジ タ ル化 さ れ た に す ぎ ず、 撮 影 の 経 緯 な ど も伝 わっ て い ない が 、 現 段 階 で は 岩 崎 弥 之 助 の 依 頼 に よ っ て 写真 技 師 が 撮 影 し た も の を、 岩 崎 家 の稽 古 を万 三 郎 が 担 当 し た こ と か ら万 三 郎 家 に 伝 え ら れ た と 考 え る 仮 説 が 自 然 で あ ろ う 。 二  明 治30 年 代 後 半 の 梅 若 家 一 万 三 郎 家 ・ 六 郎 家 の分 家 と初 世 実 の 形 見 分 け 一 明 治36 年5 月1 日 、梅 若 家 で は 普 請 を行 い 万 三 郎 家 ・六 郎家 の家 計 を分 け て 独 立 させ た ( 注3 )。現 在 の 梅 若 万 三 郎 家 ・ 梅 若 六 郎 家 の 実 質 的 な 出 発 点 と 考 え ら れ る。こ の 一 年 後 の 明 治37 年4 月27 日、 初 世 実 は 喜 寿 の祝 い に 親 戚 一 同 へ 形 見 分 け と し て お 金 を 渡 し た 。こ の 記 録 か ら初 世 実 が「 親 戚 ⊥と 認 識 し て い た 範 囲 が 伺 わ れ る。『梅 若 実 日 記 』( 注4 ) の記 事 を 引 用 す る と、「 一 、自 分 事 当 年 七 十 七 歳 賀 の 祝 二 付 親 戚 一 同 江 形 見 分 に 銘 々 へ 金 円 ヲ 遣 ス。 本 日 午 後 ヨリ 一 統 を 拙 宅 へ 招 く 。加 多 美 金 高 左 之 通 リ 。金 弐 百 円 ツ ヽ。お み ね  安 五 郎  お つ る  万 三 郎  六 郎 五 人 。右 ハ 表 面 ニ テ 。お み ね  お つ る 丿万 三 郎  六 郎 四 人ヘ ハ 金 五 百 円 ツ ヽ遣 ス 。/ 金 弐 千 弐 百 円 也 。金 百 円 ツ ヽ。鉄 之 丞  豊 作  新 太 郎  勇 治 郎  亥 三 郎  織 雄 平 野 又 乙 郎  お ゆ き  お た か  お みつ  お は ま お 千 代 /十 二 人 。内 お は ま  お 千 代 ヘ ハ 金 弐 百 円 内 々 ニ 遣 ス 。/金 千 四 百 円 也 。金 三 拾 円 。広 田 き く 。金 弐 拾 五 円 ツ ヽ。お 年  お 松 お 糸  お 繁 四 人 。/金 百 三 十 円 也 。金拾 円 ツ ヽ。 お 久  美 雄  お 竹  観 世お あ き 平 野 進 /五 人 。/金 五 拾 円 。金 五 円 ツ ヽ。お 米  春 男  竜 雄 静 江  喜 久 松  真  重 亥  一男 /八 人 。金 四拾 円 也 。右 子 供 ハ 惣 領 の 者 計 リ 。金 高 惣 /金 参 千 八 百 弐 拾 円 也 。右 の 外 人 親 戚 ニ ハ 無 之 候 へ 共 拙 者 の 心 を 以 左 ノ ニ 人 江 遣 ス 。外 人 ニ テ 一 噌 銑 二 江 金拾 円 青 木 只 一 江 金 五 円 遣 ス 。」と な り 万 三 郎 、二 世 実 だけ で な く、鉄 之 丞 、織 雄 も 親 戚 と し て 認 識 さ れ て い る 。ま た こ こ に は 載 ら な い が 、観 世 華 雪( 明 治37 年 当 時 は織 雄) の 妻 と な るお 花 に も弐 百 円 か 渡 さ れ た ら し い 。 こ の こ と は 翌28 日 の『梅 若 実 日記 』(注5) に 「 安 田 銀 行 へ お み ね 参 り 昨 日 の 筥 金 を 皆 々 預 る。お み ね  お つ る  万 三 郎  六 郎 四 人 八 五 百 円 ツ ヽ。お 高  お 光 八 百 円 ツ ヽ。お 花 ハ 弐 百 円 。皆 々 一 ヶ 年 預 。」と あ るこ と で 分 か る。こ の 時 期 の 梅 若 家 は 現 在 の 梅 若 研 能 会( 梅 若 万 三 郎 家) ・ 梅 若 会(梅 若 六 郎 家) ・ 銕 仙 会( 観 世 銕 之 丞 家) が そ の 妻 も含 め た「 親 戚 」と し て 交 際 し て い る 。し か し 、万 三 郎 家 と 六 郎 家 が 家 計 を 別 と し 、 そ れ以 前 か ら 家 計 が 別 で あ っ た 鉄 之 丞 ・織 雄 と 一 噌 銑 二 の グ ル ー プ が あ る の で 、 一 族 の 中 で 三 つ の「 家 」(劇 団) が 分 か れ て 行 く 素 地 は す で に こ の 時 期 にあ っ た と 言 え る。 三  写 真 が 撮 影 さ れ た 日 時 こ れら の 乾 板 が 撮 影 さ れ た 日時 や 演 目 の 記 録 は な く、明 確 で は な い 。デ ー タ の「 タ イト ル 」 は 写 真 の 内 容 か ら 独 自 に付 け た も ので あ る 。 そ の 中 で 判 明 し て い る も の を 挙 げ る と、01-001「鞍 馬 天 狗 」前 シ テ は『観 世 華 雪 芸 談 』(注 6 ) に掲 載 さ れ てい る 写 真 の 原 版 、01-013「小 袖 曽 我 」 右  ツ レ ニ 世 梅 若 実  左 シ テ 初 代 梅 若 万 三 郎 は、『亀 堂 閑話 』( 注7 ) の口 絵 写 真

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「『小 袖 曽 我 』 シ テ万 三 郎 先 生  ツレ 六 郎 先 生 明 治 借 六 年 」の 原 版 と 認 め ら れ る 。こ の こ と か ら ほ か の 乾 板 も 明 治30 年 代 後 半 の 撮 影 で あ る 可 能性 が 高 い 。なお01-013 「小 袖 曽 我 」に つ い て は『梅 若 実 日 記 』明 治36 年5 月17 日 の 「 宅 別 会 能 」の 記 事( 注8) に「小 袖 曽 我 万 三 郎 / 六 郎 」が 載 っ て お り 、梅 若 舞 台 で の 催 し の 当 日、 能 の前 後 に 装 束 を つ け た 姿 の 撮 影 か と も 考 え ら れ る が 、『梅 若 実 日 記 』・ 雑 誌『能 楽 』等 の 調 査 が ま だ 済 ん でい な い の で こ れ も 可 能 性 を示 す に と ど め た い 。 四  完 成 デ ー タ ー 覧 以 降 に こ れ ま で の完 成 デ ー タ リ スト を 示 す 。 DVD 1 に は01-001( 以 降01- は 省 略)「 鞍 馬 天 狗 」前 シ テ( 観 世 紅 雪 『観 世 華 雪 芸 談 』18 頁 写 真 の 原 版 と 認 め ら れ る 。)、002 「 景 清 」 シ テ、 003「 井 筒 」後 シ テ 、005「 蟻 通 」前 ジ テ 、006 仕 舞( 二 世 梅 若 実) 、008「 熊 野 」右 が シ テ 、左 ツ レ 、 010[ 素 抱 上 下 出 立]( 二 世 梅 若 実)、012[ 厩 橋 舞 台正 面 図] 、013「 小 袖 曽 我 八 右 ツレ ニ 世 梅 若 実  左 シ テ 初 代 梅 若 万 三 郎『亀 堂 閑 談 』口 絵 「『小 袖 曽 我 』 シ テ 万 三 郎 先 生  ツ レ 六 郎 先 生 明 治 世 六 年 」 写 真 の 原 版 と認 め ら れ る)、014 [ 長 絹 大 口 出 立] 、016「 海 士 」前 シ テ 、017「 石 橋 」 後 ジ テ(赤 頭)、018「 石 橋 」後 ジ テ(大 獅 子 か 師 資 十 二 段 之 式 八 白 頭) 、019「 石 橋 」後 ジ テ( 白 頭) 、020「石 橋 」か「小 鍛 冶 」前 シ テ 、021「 松 虫 」 前 シ テ と ツレ ・ ト モレ022[ 初 世 梅 若 万 三 郎 仕 舞] 、023「 朝 長 」前 シ テ と ツ レ ・ ト モ 、024[ 着 流 女 出 立] 、025「 土 蜘 蛛 」頼 光( 二 世 梅 若 実) 、 027 寸 海 士 」(左 側 前 シ テ 、 左 側 子 方 は不 明)、 028[ 着 流 女 出 立] 、031「 放 下 僧 」(右 側 後 シ テ ニ 世 梅 若 実 、左 側 後 ツ レ 不 明)、031[弓 矢 立 合] (左 か ら 二 世 実 、初 世 万 三 郎) 、032「 通 小 町 」(右 側 後 ツレ 、左 側 後 シ テ) 、033「 通小 町 」後 シ テ 、 034[ 着 流 尉 出 立]、035 「春 日 龍 神 」 前 シ テ 、 036「 春 日 龍 神 」後 シ テ、038「 放 下 僧 」(右 側 前 シ テ  二 世 梅 若 実  左 側 前 ツ レ 不 明)、040「 安 達 原 」前 ジ テ、041「 安 達 原 」後 ジ テ、042「 鉢 木 」 前 シ テ( 観 世 紅 雪) 、043「 鉢 木 」後 シ テ(観 世 紅 雪)、044「 千 手 」シ テ か? 、045「 恋 重 荷 」(右 側 ツ レ 、左 側 前 シ テ)、047「 龍 太 鼓 」シ テ 、048「小 袖 曽 我 」(左 側 ツ レ ニ 世 実 、 右 側 シ テ 初 世 万 三 郎)、049「 富 士 太 鼓 」(右 側 子 方 不 明 、左 側 後 シ テ)、050[ 着 流 女 出 立] DVD 2 に は、02-001( 以 降02- は 省 略)独 吟 二 世 実 、002 仕 舞「 忠 度 」二 世 実 、003「 鶴 亀 」 シ テ( 観 世 清 廉) 、004「 羽 衣 」シ テ、005[ 着 流 女 出 立] 、006 「 鞍 馬 天 狗 」 子 方( 誰 か 不 明) 、 007「 融 」後 ジ テ 、008「 石 橋 」後 ジ テ( 白 頭) 、 009「巴 」後 ジ テ 、010「 融 」後 シ テ 、on「 満 仲 」(中 央 初 世 梅 若万 三 郎 、 左 右 子 方 誰 か 不 明) 、012 「 船 弁 慶 」前 シ テ 、013「 田 村 」(右 側 ワ キ 誰 か不 明 、左 側 前 シ テ) 、014「 融 」前 シ テ 、015「 融 」後 ジ テ 、017「石 橋 」後 シ テ( 赤 頭) 、019「 船 弁 慶 」 ( 右 側 子 方 、 左 側 ワ キ  二 人 と も 誰 か 不 明) 、 020「 船 弁 慶 」(右 側 子 方 、 左 側 ワ キ  二 人 と も 誰 か 不 明) 、021「 船 弁 慶 」後 シ テ、024[ 着 流 尉 出 立]、025「 海 士 」子 方?( 誰 か 不 明)、026「石 橋 」後 シ テ( 赤 頭)、027[ 山 伏 出 立]( 誰 か 不 明) 、 029[ 着 流 尉 出 立]、030[ 着 流 尉 出 立] 、031[ 男 神 出 立 汀 女 郎 花] 後 ジ テ?]( 左 側 で 撮 影 を 見 て い る 人 物 は 誰 か 不 明) 、032[ 着 流 尉 出 立] 「 石 橋 」もし く は「 忠 度 」「 小 塩 」前 ジ テ 、034[ 妃 出 立] 、035「 鞍 馬 天 狗 」もし く は「 善 界 」「 車 僧 」 な ど の後 ジ テ 、036「 松 風 」(右 側 シ テ 、 左 側 ツ レ) 、037「 松 風 」シテ 、038 丁恋 重 荷 」後 ジ テ、 039[ 着 流 女 出 立] 、040「 菊 慈 童 」もし く は「 天 鼓 」シ テ 、041「 小 督 」シ テ(二 世梅 若 実) 、042「 鈴

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之段」三 番叟、043「鈴之段」三番叟 、044「 源氏 供養」後 ジテ、045「羽 衣」シ テ、046「 船弁慶」 前シ テ、047「 野宮 」もしく は「半 蔀」「夕顔 」な ど( 右 側ワキ誰 か不 明、左 側後シ テ)、048 左 側「三番叟揉 之段」(右側「千歳」また は「面箱 」。 共 に誰 か不明)、049「鈴之段」三番 叟、050「屋 島」もし くは「 田村」後シテ。 ま と め ゛    フ        ¶     。 明 治30 年 代 の 能 楽 の 写 真 は 、現 在 ほ と ん ど 残 っ て い な い 。今 回 紹 介 し た 梅 若 万 三 郎 家 の 乾 板 は 梅 若 家 に 所 属 し た 能 楽 師 ・ 面 ・ 装 束 が 分 か る 点 で 、 明 治 期 の 能 を 研 究 す る 際 に 非 常 に 価 値 の 高 い 画 像 資 料 で あ る と 言 え る 。今 後 ま だ デ ジ タ ル 化 さ れ て い な い 分 の 乾 板 の デ ジ タ ル 化 を 進 め る と と も に 、『 梅 若 実 日 記 』や 『 能 楽 』 等 に 見 ち れ る 梅 若 舞 台 で の 催 し の 記 録 ・ 図 版 と の 照 合 な ど か ら 、 こ れ ら の 乾 板 の 撮 影 さ れ た 日 時 ・ 演 目 等 を 特 定 し て 行 き た い 。 DVD1 142 01-001 01-002 注 ◇          ∇  \ △ ニニ 1『梅 若 実 日 記 』第 七 巻  梅 若 六 郎 ・ 鳥 越 文 蔵 監 修  梅 若グ実 日 記 刊 行 会 編  八 木 書 店 犬 2003 年12 月 発 行 152 頁 犬 2  注1 112 頁 3  注1 22 頁        ニ 4  注1 Ill − 112 頁       犬 5  注1 112 頁        犬 6 『観 世 華 雪 芸 談 』 沼 呻 雨 編 集  檜 書 店 丿 1960 年3 月 発 行 18 頁 写 真    ヶ 7 『能 楽 随 想 亀 堂 閑話 』(復 刊 ) 十 二 世 梅 若 万 三 郎  玉 川 大 学 出 版 部 1997 年5 月 発 行  口 絵 写 真       + 8  注1 26 頁  補 記 貴 重 な 乾 版 の デ ジ タ ル 化 を 許可 頂 き ま し た 当 代 梅 若 万 三 郎 先 生 、 仲 介 の労 を取 っ て く だ さ い まし た梅 若 研 能 会 八 田 達 弥 先 生 に 心 よ り感 謝 い た し ま す 。本 稿 は平 成23 年 度科 学 研 究 費 基 盤 研 究(C )「 東 海 地 域 近 世 ・ 近代 能 楽 資 料 め 収 集 ・ 整 理 ど デ ー タベ 十 ス 化 」( 課 題 番 号: 23520256 )に よ る 成 果 の 一 部 と な り ます 。 01-003

Journal of Sugiyama Human Research 2011

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01-006       01-008       01-010 01-013 01-012 01-014      01-016      01-017 01-018      01-019      01-020      01-021 01 -022      01 -023      01 -024      01 -025

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01-048 01 -047       01 -049      01 -050 DVD2      犬          , つつ    =        ニ          上  し       ‥ ‥ ‥ 02-001         ・.・・・.      .02-002 02-003 02-005      02-006      02-007       02-008 02-009      02-010      02-011      02-012

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02-019     十      二       〇2-020    ご      02-021       02-024

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02-035 02-039 02-043 02-047 02-036 02-040 02-044 02-048 02-037 02-041 02-045 02-049 02-038 02-042 02-046 02-050

参照

関連したドキュメント

②立正大学所蔵本のうち、現状で未比定のパーリ語(?)文献については先述の『請来資料目録』に 掲載されているが

注1) 本は再版にあたって新たに写本を参照してはいないが、

平成 28 年度については、介助の必要な入居者 3 名が亡くなりました。三人について

朝日新聞デジタル  LGBTの就活・就労について考えるカンファレンス「RAINBOW CROSSING TOKYO

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 渡嘉敷島の慰安所は慶良間空襲が始まった23日に爆撃され全焼した。7 人の「慰安婦」のうちハルコ

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