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棲神 第51号

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(1)

研究紀要

第51号

I

昭和54年3月

身延山短期大学学園

(2)

編集後記

身延山における日蓮聖人⋮:⋮⋮・⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮:。⋮上田本昌乃︶

随喜功徳品について⋮⋮:⋮⋮・⋮:.:⋮⋮⋮⋮・・::⋮⋮⋮..⋮⋮⋮:⋮⋮︲・・望月海淑︵ど 五品弟子位について:.⋮;⋮⋮⋮⋮・⋮⋮⋮。:.⋮⋮⋮・⋮。:・・⋮::.:⋮⋮⋮若杉見龍?︶

l弘安二年の秋から弘安三年の冬へl

﹃立正安国論﹄の略本・と広本について:⋮・⋮⋮⋮⋮・⋮::.:⋮⋮⋮:::.⋮中條暁秀︵g 道元の﹁時﹂の観念:⋮:⋮⋮⋮:.:。:.⋮⋮⋮::.⋮⋮⋮⋮⋮:::⋮⋮⋮⋮町田是正伽︶ 成仏への道.::。⋮・⋮⋮⋮::::⋮⋮⋮:。⋮。:⋮⋮⋮⋮::⋮⋮:⋮。:.:奥野本洋耐︶ ラダク︵西チベット高原︶その自然,と文化。:.:::⋮⋮⋮⋮:::::⋮:⋮・・高橋堯昭盆︶ 身延山の棟梁⋮:⋮⋮:::.⋮・⋮⋮:⋮:。:.⋮.::⋮::.:。:::⋮::。:::林是幹励︶ 言語についての一考察︲I!その②︲︲︲I︲::。⋮::::⋮⋮:⋮:⋮::⋮⋮.:大森孝危︶ 学園奨報・学園だより.⋮⋮::⋮⋮・⋮⋮⋮..⋮⋮・・:・・⋮⋮⋮⋮⋮⋮⋮..⋮・⋮⋮⋮⋮⋮・⋮⋮:⋮・・⋮⋮:⋮.:︵唖

棲神第五十一号目次

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H 智領の親撰と見られる維摩経義疏から難出した四教義や維摩経玄疏によれば円教の位は五十二位であるが、法華玄 義によれば、五十二位の前に五品弟子位が附加されているのである。しからば、この五品弟子位は智領が法華玄義を 講ずるに当り、初めから之を附加したものであろうか、叉その附加した理由は何であったか等を検討したのが此の小 論である。 智顔が荊州において法華玄義を説いたのは、開皇十三年︵棚︶のことであり、四教義は開皇十五年︵繩︶六・七月 頃、晋王広に献上された維摩経義疏から離出した一部分であって、智領の数少ない親撰書であり、維摩経玄疏は開皇 ︵1︶ 十六年︵剛︶頃から執筆された親撰書である。この.うち、現行の法華玄義は吉蔵の法華玄論や自筆の四教義等を引用 しているので、明かに後代において完成したものであり、法華玄義に記載されているからといって、直ちにそれを智 頴の親説であると断言することはできない。それは同時期の他の智顔の説述と比較して推定することができるといっ てよい。四教義と維摩経玄疏は智顔の法華玄義開講よりやや後に成立した親撰書である。よって小論においては、四 教義・維摩経玄疏・法華玄義の三書における円教の位を比較することから始めたいと思う。

五品弟子位にっ

若杉見龍

(I)

(4)

右のうち、総明七位と別明七位の中、一明十信位を除いた二明十住位以下七明妙覚地名までを維摩経玄疏と法華玄 義について比較すると、結論的にいえば、三書の中、四教義が最も詳細で、他の二書は四教義をやや省略した程度に

︵2︶︵3︶

三書を比較するに先立って、維摩経玄疏は﹁別有大本﹂とか﹁具在四教大本﹂とかいって、四教義に説明を譲った り、或は四教義を要約したりしており、円教全体についての説明も書名通り四教義が三書の中で最も整っているので 四教義の中の円教の位の私科を示せば次の通りである。 正明円

教位I

’一馴蠅 ’一錨鋤 l l l l l l l l l l 七六五四三二一三二 (二) 明明明明明明明評挙挙 妙等十十十十十諸諸七 覚覚地廻行住信師師位 地地位向位位位異異名 名名 位 解解

(5)

記載している。ただし、総叩 更にいえば、四教義が基L 対比した上で、詳細に述べ王 都合で残念ながら割愛する。 ただし、総明 四教義の総明七位の釈を更に七科に細分して、三書を比較すれば、次のようになる。なお、本文に加えた棒線と棒 線につけた数字は筆者による。 第 如此学者。即不従一地至一地。又有 刑墹伽謝謝鯏刷川副叫劉矧捌圏到引 悟。一悟即是仏。無復位別之殊。説 ③

I

四十廻向。五十地。六等覚地。七妙

四教義巻第十一 七位についていえば、玄義には附加した部分もある。 四教義が基となって、他の二書の相当箇所が作られたといってよいであろう。これについては三書を 詳細に述べるべきであろうが、今は総明七位の象比較し、その他の箇所については与えられた紙数の ︷征一ハ迦計睦巻﹀ 維摩経玄疏巻第四一垂四澤秣八巻︶ 郷。刺副捌胤塾引到削鋼刷判叫剛馴別 十二位不同。一十信。二十住。三十行。 如此学者。即不従一地至一地。又有 師解言。円教既是頓悟。初心一悟即 四十廻向。五十地。六等覚地。七妙

③ 二明位数者又為三。一明数。二引証多 少。三料簡数者。人解不同。有言。頓 悟即仏無復位次之殊。引思益云。如此 悟初心即究寛円極。而有四十二位者。 学者。不従一地至一地。又有師言。頓 是化鈍根方便。立浅深之名耳。引拐伽 如有何次位。又有師言。初頓悟至十住 云。初地即二地。二地即三地。寂滅真 法華玄義巻第五上︵証一二三計程巻︶ ③ ( 3 )

(6)

終日蛸然。是以今還約七位。以明円 寛。無過華厳大集大品法華浬薬。錐 教菩薩之位也。 敦論浅之与深。不悟而論悟者。不浅 、 明法界平等。無説無示。而菩薩位行 ⑦ 偏取。平等法界。尚不論悟与不悟。 不深論浅深也。尋諸大乗経。明理究 地者。此是重説。意謂此諸解釈悉是 有何次位也。又有師云。円教初頓。 ③ 初地即二地。二地即三地。寂滅真如 ④ 至十住即是十地。而説十行十廻向十 方便。立浅深之名耳。故梼伽経云。 究寛円極。而有四十二位。但是化物 無過華厳大集大品法華浬藥。明法界

位也。 然。是以今還約七位以明円教菩薩之 平等無説無示。而菩薩位行終自畑 ⑦ 深論浅深也。尋諸大乗経。明理究寛。 論浅之与深。不悟而論悟者。不浅不 、 取。但平等法界尚不論悟与不悟。執 者。此是重説。意謂此諸解釈悉是偏 住即是十地。 有何次也。又有師言。円教頓悟至十 初地即二地。二地即三地。寂滅真如 ④ 物方便。立浅深之名耳。故拐伽経云。 究寛円極。而有四十二位者。但是化 而説有十行十廻向十地 ③ 亦諸法実相。論諸次位。非徒臆説。随 賢観云。大乗因者諸法実相。大乗果者 深浅。若実相判位。如入海深浅。故普 到中者至彼岸者。若見真判位。如江河 位何特。大論云。響如入海有始入者。 今実相平等。雛無次位見実相者。判次 見真之者。判七賢七聖二十七賢聖等p 此語。真諦有分別耶。真諦無分別耶。 順契経。以四悉檀明位無妨。還約七種 又有人言。平等法界定無次位。今例難 法界無説無示。而菩薩行位終自炳然。 乗。無過華厳大集大品法華浬藥。雛明 得論悟与不悟。何妨論於浅深。究寛大 法界。尚不論悟与不悟。敦弁浅深。既 是重説耳。今謂諸解悉是偏取。然平等 即是十地而説有十行十廻向十地者○此

(7)

以上、全体的にいえば、円教の位を明す箇所においては、十信位を除いて三書ともよく一致しているのであるが、 十信位の釈については三書の記述は多くの一致点を見出せない。三書の比較は後に検討することとして、先づ四教義 の十信位について大要を述べよう。 四教義と維摩経玄疏は①から⑦までほとんどといってよい程の同一の文章で、玄疏が四教義によっていることは直 ちに観取される。四教義と法華玄義を対比すると、両者は②から⑥まで文章も順序もほぼ同様であるが、玄義は四教 義の①の部分を最後に移し、それによって、行文の都合で四教義の⑦の部分が削除されたことが判る。しかし玄義に おいては﹁又有人言。平等法界⋮⋮︵中略︶⋮⋮以二四悉檀一明し位無し妨﹂を加えているが、これは円教︵頓悟︶に次 位があることを疑っているのに対し、その反駁を内容としているのであって、四教義や玄疏において明かにされなか ?︶ った点を明かにしているので、この部分は四教義より後のものであろうと推察される。 四教義巻第十一 一明十信位者。 四明経説不同。 即為四意。一明因聞法生信。二明因信修行。三明因行入位。︵但し説明文中では因修十法入十信心︶ に 日 位等以 _云覚明 発妙階 覚位 。 ◎ 今謂 於十 十信 信十 之住 前十 ・行 更十 明廻 五向 品十 之地 (5)

(8)

この円教の名字の信心により、菩提心を発し、菩提の道を行じようとするならば、まづ大乗経典を受持・読・論・ 解脱・書写すべきであって、出世の行人が疾く十信位に入らんと欲したならば、六根清浄にして精進すべきである。 身命を惜まず四種三昧を加修すべきである。︵本文は次に四種三昧の名を挙げているが、今は略す︶四種三昧を行じ 上根利智の者は円教は因縁即中道、無作の四実諦の理を聞き、更に一実諦を信解し、如来・虚空・仏性は世間にあ らず、出世間にあらず、因にあらず、果にあらず、宣説すべからず、顕示すべからず、無説にして世間の因果を説く は無作の苦集、出世間の因果を説くは無作の道滅であり、此の経︵維摩経︶に維摩居士が弥勒を呵して﹁仏は一切衆 生は畢寛して寂滅なり。浬梁の相は復た減すべからず。一切衆生は即ち菩提相なり﹂といっているのを知るのであ る。もし浬桑即生死と知れば、是は無作の苦諦であり、もし菩提即煩悩と知れば、是は無作の集諦であり、もし生死 即浬桑と知れば、是は無作の滅諦であり、もし煩悩即菩提と知れば、是は無作の道諦である。生死に非ず、浬薬に非 ず、菩提に非ず、煩悩に非ざるを以って、是は一実諦である。一実諦を以って此の四諦を論ずれば、是は無作の四実 諦である。もし、此を聞いて信解し、無砿なれば、一切衆生は即ち是不思議解脱であると信ずる。即ち是は大乗であ り、般若であり、首拐厳定であり、仏性であり、法身であり、実相であり、中道第一義諦であり、如来蔵であり、法界 であり、畢寛空であり、一切仏法である。此の慈悲誓願によって、菩提心を発するのが円教の名字即の信解である。 と見出しを掲げて、十信位を四意に分け、更に細釈しているので、今はその順序に随って、細釈の要点を記してゑ たい。ただし、要点のみにても相当の長文になるので、本論の裁述にあまり必要でないと思われる部分は省略する。 ただし、要点の

二明因信修行

一明因聞法生信

(9)

ては十法を信解すべきである。十法とは一には善識思議不思議因縁である。︵以下、思議と不思議の因縁について説 明する︶二には明真正発心である。︵以下、無縁の慈悲と無作の四弘誓願について説明する︶三には明行菩提道勤修 止観である。︵以下、善修止と善修観について説明する︶四には明破諸法遍である。︵以下、二種の生死と一切界内 外の煩悩の遍を破する︶五には善知通塞である。生死即浬藥等と知れば一切皆通、浬藥即生死等と知れば一切皆塞で ある。六には善修道品である。一実諦を知れば虚空・仏性を見る。此によって道品を修する。七には対治助道修諸波 羅蜜である。諸度を修し、三解脱門を聞き、対治もし成ずずれば煩悩即菩提である。八には善識次位である。浬梁即 生死・菩提即煩悩というのは理即であり、生死即浬梁、煩悩即菩提を知れば名字即である。之を観行して五品弟子位 を成ずれば観行即、六根清浄を得れば相似即、四十一位を成ずれば分証真実即、妙覚果を証すれば究寛即である。九 には安忍成就である。生死即浬藥と知れば、陰界入・病患・業相・魔事・禅門・二乗・菩薩の諸境の壊する所となら ない。煩悩即菩提と知れば、煩悩・諸見・増上慢の諸境の壊する所とならない。十には順道法愛不生である。順道法 において、愛せず著せず、不住不著を知れば、初信心乃至十信心を成ずることができる。 三明因行入位︵因修十法入十信心︶ 一には正因縁不思議無作四諦を解して、初信心を修する。二には真正発菩提心によって、念心を修する。︵以下、 十法の順に随って︶三には進心。四には慧心。五には定心。六には不退心。七には廻向心。八には護法心。九には戒 心。十には願心。と十信心を進むのである。十信心を修するのを観行即と名け、これによって三昧陀羅尼門を得れば 初信心位に入ることを得るのである。︵十法を修することが十信心を修することであり、十信心を修するのが観行即 であり、修した結果、得られるのが初信心位である。︶このように、一信に十あり、十信に百あって、鉄輪十信心位 (7)

(10)

を成ずるのである。︵これは十信位の一信一信に十乗観法を具足するから百信を成ずるというのであって、四教義の 文面による限り、初信位から第十願心に至る過程は明かではない。このことは法華玄義との比較上、特に注意を要す 以上、四教義に説く円教の十信位の要旨を記したが、これを維摩経玄疏の十信位と対比して承ると、総明七信の釈 や他の諸位が驚く程一致しているのに対し、次の資料が示すように、僅かの語句しか一致しない。文章の長さで象る に、四教義は大正蔵経でいえば、約四段半、行数にして百三十六行であるに対し、玄疏は一段の半ばにも及ばない十 四行ほどで、四教義の十分の一程度である。そのため、両者の記述が大きく相違するのであろうが、しかし、僅かで はあるが、同一の語句が見出せるし、内容的にいって相違していないので、両者は全くの無関係とはいえないと思わ れるが、五品弟子位について、玄疏は全く説いていないことを指摘するに止め、詳論は別の機会としたい。ただし、 参考までに、両者を対比して、資料として次に掲げておく。棒線は筆者が加えた。

四教義巻第十一一鉦一ハ迦計転巻一維摩経玄疏巻第四︷垂四醒計和巻一

一明十信位者.即為四意。一明因聞法生信。二明因信修一十信者。若利根頓悟深妙善根。聞説一切衆生即大浬藥 行。三明因行入位。四明経説不同o一明因聞法生信者。羽訓樹測引釧荊劉悉笥捌梱。即発大慈大悲。縁無作四実

四明経説不同

華厳経、維摩経、大品経、仁王般若経、法華経、普賢観経、浬藥経に説く要文や諸階位を理路経に説く十信位、即 ちここでは円教の十信位と比定する。 る。︶

(11)

上根利智。聞円教詮因縁即中道。無作四実諦理。即便信 寸で 解一実諦。即是如如来来虚空仏性。非世間非出世間。非 因非果。不可宣説非可顕示。無説而説世間因果。即是無 作苦集。説出世間因果。即是無作道滅。故此経大士呵弥 作苦集。説出世間因果。即是無作道滅︽ 勒云。仏知一切衆生畢寛寂滅。即浬藥相不可復滅。一切 衆生即菩提相。若知浬藥即生死。是為無作之苦諦。若知 菩提即煩悩。是為無作之集諦。若知生死即浬桑。是為無 作之滅諦。若知煩悩即菩提。是為無作之道諦。但以非生 死非浬桑。非菩提非煩悩。是一実諦。一実諦論此四諦 者。即是無作四実諦也。所以者何。約一実以明四。一実 諦不作於四。四不自作四。不他作四・亦非共作四。亦非 無因縁而作四也・而説為四者。此是無作之四。此四畢寛 不可得。即是一実諦。名為無作四実諦也。若聞此信解無 磯者。即信一切衆生即是不思議解脱也。即是大乗即是般 若。即是首拐厳。即仏性。即是法身。即是実相。即是中 道第一義諦。即是如来蔵。即是法界。即是畢寛空。即是 一切仏法。因此慈悲誓願菩提心発。是為円教名字即之信 解也。二明因信修行者。因此名字信心。即已発菩提心。 勒云。仏知一切衆生畢寛寂滅。即浬盤 心。長別三界苦輪海。法華経叩 無漏智慧。而其意根清浄如此。 相似中道之解伏界外無明。 断界内見思。亦能見俗諦理分別十法界法。心無謬乱。生 清浄。即是入十信之位也。若得十信成就。即能見真諦理 達無闇。成随喜心五品弟子因。 生即是真性解脱具足一体三宝一生即是真性解脱具足一体三宝一心三観。観二諦三諦理通 諦。起四弘誓願。是名円教発菩提心。信心者。信一切衆

11

明 。 故仁王経云。十善菩薩発大 法華経明意根清浄云。雌未得菩薩 是若得三昧及陀羅尼六根 ( 9 )

(12)

若欲行菩提道。応当受持読調解説書写大乗経典。出世行 人若欲疾得入十信位。具六根清浄。宜起糖進。不惜身 命。応当加修四種三昧。四種三昧者。一常坐三昧。如文 殊般若経説。二常行三昧。如般舟経説。三半行半坐三昧 如方等経法華経説。四非行非坐三昧。即是諸大乗経所説 種種行法。此諸三昧行法。具如諸大乗経中説。此即代於 初停心観。今約円教。明修初信心行諸三味応信解十法。 十法者。名字如前三観中説。一善識思議不思議因縁者。 思議因縁者。如上三教所明。不思議因縁者。即是今所 説。不思議無作四実諦。如前三観中明。警如一念眠心具 一切法。不縦不横即是不思議因縁。無作四実諦也。如此 的取維摩大士呵弥勒云。一切衆生即大浬藥。即菩提相。 明此不思議因縁。余九法亦如是。義意玄隠。今次第明。 尋者可善思之。二次明真正発心者。即是無縁慈悲。無作 四弘誓願也。無縁大慈。観生死即浬藥。煩悩即菩提。与 衆生此滅道之楽也。無縁大悲。観浬藥即生死。菩提即煩 悩。欲抜衆生此之虚妄苦集也。無作四弘誓願者。知浬藥 即生死。未度苦諦令度苦諦也。知菩提即煩悩。未解集諦

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名真正菩提心也。三明行菩提道勤修止観者。知生死即浬 薬。即是善修止也。若知煩悩即菩提。即是善修観也。如陰 陽調適万物長成。若善巧修止観。即能一心具万行也。問 日以何為集。答日依此経及浬薬経。無明愛一切煩悩為集 諦。集局於苦。於今対義為便也。四明破諸法遍者。若知 生死即浬梁。即破分段変易二種生死皆遍。若知煩悩即菩 提。即破一切界内外煩悩遍也。響如転輪聖王。能破一切 強敵。亦不有所破。般若波羅蜜亦復如是。能破一切法。 亦不有所破。五善知通塞者。知生死即浬桑。煩悩即菩 縁無念而覆一切衆生。猶如大雲不加功用。如磁石吸鉄是 死即浬藥。未得浬桑令得浬藥也。菩薩如是慈悲誓願。無 令解集諦也。知煩悩即菩提。未安道諦令安道諦也。知生 提。則一切皆通。知浬薬即生死。菩提即煩悩。則一切皆 塞。六善修道品者。観十法界五陰生死。即是法性五陰。 即是性浄浬藥。即是四念処破八倒。知浬藥即生死顕四枯 也。知生死即浬藥顕四栄也。知一実諦。即是見虚空仏 性。住大浬藥也。因此四念処。修正勤如意足根力覚道。 即是道品善知識。由是成正覚亦是荘厳墜樹。是則煩悩即 (")

(14)

提。生諸陀羅尼門。四無所畏十八不共法四無礦智一切種

智。於順道法不愛不著。若生愛著是名頂堕。知如虚空不

住不著。即得成初信心。乃至十信心也。三明因修十法入

(15)

等法界仏法僧三宝也。二真正発菩提心。慈悲誓願憐懲一 切。即是修念心也。三勤修止観成一切万行。即是修進進 心也。四用観破諸法遍。即是巧修慧心。五止心証静。一 切得失通塞之相自現。即是修定心也。六道品次第増長善 根。不退不没。即是修不退心。七廻事中諸度。助開三解 脱門。即是修廻向心。八善知次位。所防増上慢離施陀羅 業。即是修護法心。九安忍成就。内外悪法皆不得生。即 是修戒心。十順道法。愛不生。若願求勝果。即不愛著所 得浅近法門。故名願心。是以菩薩知生死即浬梁。知煩悩 即菩提。故能巧修此十法。即是修十信心。名観行即。因 此若得三昧陀羅尼門。得入初信心位。如此一信有十。十 信有百。成鉄輪十信心位。住此信中。得六根清浄功徳不 可思議。如法華経説。是名円教教柔順忍位。亦是円教之 煥頂忍世第一法之位也。故仁王般若経云。十善菩薩発大 心。長別三界苦輪海。故知住此十信之位。断界内見思 尽。破界外塵沙無知。伏無明住地之惑也。四明経説不同 者。如華厳経。法慧菩薩答正念天子。明菩薩観十種梵行 空。学十種智力。入初住位。即是此教十信位也。所以者 (I3)

(16)

次に四教義と法華玄義との対比であるが、玄義は総明七位釈の最後の部分で、﹁今於二十信之前一。更明二五品之位一 云云。﹂といっているので、初めに五品の位について述べたいと思うが、これは四教義との関係において重要な箇所で あるから、原文を挙げ、私見を加えたいと思う。 如来行也。 即観浬藥行道。若観浬藥行道。生相似解。即是一行。是 行。所謂大乗大般浬藥。如大智度論云。菩薩従初発心。 十種証相。此即是十信之位。浬藥経云。復有一行是如来 浄。住十信位。普賢観経明。修大乗人未得無生忍。前有 如来衣坐如来座。此即是修四安楽行。行処近処得六根浦 善菩薩発大心。長別三界苦輪海。法華経明。入如来室著 又大品経云。警如入海先一見平相。 三界出也。十法成乗如前三観中説。初出三界即十信也。 止若観生相似解。即是理路経明十信。大品経云。是乗従 無作四諦。此経即是方等之教。明即大浬藥即菩提相。若 何。観十種梵行空。即是観一実諦。学十種智力。即是観 法華玄義巻第五上 五 即是仁王般若明。十

(17)

一初随喜品位︵正蔵三十三巻七三三頁上︶ 若人宿殖深厚。或値二善知識一。或従二経巻一円聞二妙理一。謂一法一切法。一切法一法。非レー非二一切一。不可思議。 如二前所移説。起二円信解一。信丁一心中具二十法界一・如丙一微塵有乙大千経巻中。欲し開二此心一而修二円行一。円行者。一 行一切行o略言為し十・謂識二一念平等具足不P可二思議一。傷二己昏沈一慈及二一切一。又知二此心常寂常照一。用二寂照 心一破二一切法一。即空即仮即中。又識二一心諸心若通若塞一。能於二此心一具二足道品一。向二菩提路一・又解二此心正助之 法一。叉識二己心及凡聖心一。又安レ心不レ動不レ堕不レ退不レ散。錐し識二一心無量功徳一。不し生二染著一。十心成就。挙レ 要言し之。其心念念悉与二諸波羅蜜一相応。是名二円教初随喜品位一。 右によれば、円教の理を知って、円の信解を起し、円行を修すというのであるが、円行とは十法成乗であり、これ によって十心成就するというのである。玄義はこの最初の十心成就を初随喜品の位とするのである。 二第二品位︵読調品︶︵同前書七三三頁上︶ 行者円信始生善須二将養一。若渉レ事紛動令二道芽破敗一。唯得丁内修二理観一。外則受乙持読両調大乗経典上。聞有二助し観 之力一。内外相籍円信転明。十心堅固。金剛般若云。一旦一蒔以二恒河沙身一布施。不し如下受二持一句一功徳上。初品観 智如レ目。次品読諦如レ日。日有し光故目見二種種色一・論云。於レ実名二了因一。於レ余名二生因一。福不し趣二菩提一。二能 趣二菩提一。聞有二巨益一意在二於此一。是名二第二品位一。 円信の増長のため大乗経典の読諭を加える。 三第三品位︵説法品︶︵同前書七三三頁中︶ 行者内観転強外資叉著o円解在し懐弘誓無動。更加二説法一如レ実演布。安楽行云。但以二大乗法一答。設以二方便一随宜 (お)

(18)

終令レ悟レ大。浄名云。説法浄則智慧浄。毘曇云。説法解脱聴法解脱。説法開導是前人得道全因縁。化功帰し己。十 心則三倍転明。是名二第三品位一。 更に説法を加えることによって、十乗の観心は三倍も明かになるという。 四第四品位︵兼行六度︶︵同前書七三三頁中︶ 上来前熟一観心︸未し暹レ渉レ事。今正観梢明。即傍兼一利物一・能以二少施一与一虚空法界一等。使一二切法趣壱檀。檀為二法 界一。大品云。菩薩少施。超二過声聞辞支仏上一当レ学一般若一。即此意也。余五亦如し是。事相錐し少運懐甚大。此則理 観為し正事行為し傍。故言壽一兼行二布施一。事福資し理則十心弥盛。是名一第四品位一。 前三品に加えるに六度をもってする。この段階ではまだ理観を正とし、事行を傍とする。 五第五品位︵正行六度︶︵同前書七三三頁中︶ 行人円観梢熟。理事欲し融。渉レ事不レ妨レ理。在し理不レ隔レ事。故具行二六度一・若布施時無一三辺取著一。十法界依正 一捨一切捨。財身及命無畏等施。若持戒時。性重識嫌等無一差別一。五部重軽無し所二触犯一。若行レ忍時。生法寂滅荷 負安耐。若行一精進一。身心倶浄。無し間無し退。若行レ禅時。遊二入諸禅一静散無し妨。若修レ慧時権実二智究了通達。 乃至世智。治生産業。皆与一実相一不二相違背一。具足解一釈仏之知見一。而於二正観一如二火益壱薪。此是第五品位。 第五品まで来れば、理観と事行とが一致するようになるというのである。 この五品を説き終って、この五品位は蔵教の別総四念処位、通教の乾慧地位、別教の十信位に相当するといい。更 に私に謂うとして、この五品位は蔵教の五停心の如しと述べている。次に玄義は十信位を明すのであるが、玄義の十 信位を大別して、﹁十信位を明す部分﹂と﹁他経位との比較の部分﹂に分けると、﹁十信位を明す部分﹂は四教義の

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三明修十法入十信心と、﹁他経位との比較の部分﹂は四教義の四明経説不同と一致する箇所が多いので、次に之を対 比して染よう。棒線と数字は筆者が加えた。最初は﹁十信位を明す部分﹂である。 修初信心。信平等法界仏法僧三宝也。二真正発菩提心。

胸③

慈悲誓願憐懲一切。即是修念心也。三勤修止観成一切万 @ 行。即是修進進心也。四用観破諸法遍。即是巧修慧心。 、 五止心澄静。一切得失通塞之相自現。即是修定心也。六 、 四教義巻第十一︿鉦迦誹澤中一 三明因修十法入十信心者。解正因縁不思議無作四諦。 ① 如此一信有十。十信有百。成鉄輪十信心位。住此信中。別二三界苦輪海一。亦此位也。 ⑭ 道品次第増長善根。不退不没。即是修不退心。七廻事中 pllll 諸度。助開三解脱門。即是修廻向心。八善知次位。所防 @ 増上慢離旛陀羅業。即是修護法心。九安忍成就。内外悪 ③ 法皆不得生。即是修戒心。十胴道法。愛不生。若願求勝 、 果・即不愛著所得浅近法門。故名願心。是以菩薩知生死 ⑪ 即浬藥。知煩悩即菩提。故能巧修此十法。即是修十信 心。名観行即。因此若得三昧陀羅尼門。得入初信心位。

⑤⑬

得六根清浄功徳不可思議。如法華経説。是名円教柔順忍 即

善修一寂照一即入一進心一・善修一破法一即入一慧心一・善修一通 、

'

是名一円教鉄輪十信位。即是六根消浄。 喫略云。 、 即入二廻向心一。 、 即入二戒心一。坐 ⑫ 塞一即入二定心一。 ⑦

③④

以三善修二平等法界一即入一信心一。

一明二十信位一者。初以一門聞一能起二円信一。 巧増益。令二此円行五倍深明一。因一此円行 因 一 此 円 行 伏二無明住地之惑一。仁王般若云。十善菩薩発二大心一・長 入二此信心一能破一界内見思一尽。又破二界外塵沙無知一。能 忍世第一法。普賢観明一無生忍一・前有一千境界一即此位也。 ⑭ 法華玄義巻第五上︿型一弐澤下一 一信有レ十十信有レ百・百法為一二切法之根本一也。

⑭⑮

善修一蕪著一即入二願心一。是名し入二十信位一 善修一遺品一即入一禾退心一。善修一正助一

善修二凡聖位一即入一護法心一・善修一不動一

⑬⑪

一 得 し 入 二 円 位 一 ・ ② 善修一慈感一即入二念心一。 、 円教似解。煥頂 修二於円行一善 (I7)

(20)

界即十信也。又大品経云。醤如入海先一見平相。即是仁 経云。是乗従三界出也。十法成乗如前三観中説。初出三 智力。即是観無作四諦。此経即是方等之教。明即大浬藥 ③ 即菩提相。若止若観生相似解。即是理路経明十信。大品 位也。所以者何。 薩観十種梵行空。 断界内見思尽。破界外塵沙無知。伏無明住地之惑也。 十善菩薩発大心。長別三界苦輪海。故知住此十信之位。 右によって解るように、四教義は十法を信心・念心・進心等と順にあてはめて、十心の成就を説くに対し、玄義も 同様に信心・念心・進心とあてはめてはいるが、玄義の信心・念心等は四教義と違って、十信位である。四教義で説 いていない十信位の一信一信の行法を玄義が説いていることに注目したい。 位。亦是円教之煙頂忍世第一法之位也。故仁王般若経云。 四明経説不同者。如華厳経。法慧菩薩答正念天子。明菩 ① 次は﹁他経位との比較の部分﹂である。 四教義巻第十一︵鉦廻牙津下一 、 観十種梵行空。即是観一実諦。学十種 学十種智力。入初住位。即是此教十信 ③ ⑬

I

亦是是乗従二三界中一出也。仁王般若普賢観。如一前引一下

文入如来室座衣等。即是修一西安楽行。行処近処一。浬築 諦一。即十信位也。若一天品云一。醤如雪一入し海先見二平相一・ 空即一実諦。亦無作之滅諦。学二十種智力一即観二無作之道 菩薩観二十種梵行空一。学一千種智力一入中初住上。十種梵行 llllllllllllllllllllllbllll 此位経経出し之不レ同。華厳法慧菩薩。答一正念天子一。明下 ③ ① 法華玄義巻第五上︷鉦一癖産上一

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入如来室著如来衣坐如来座。此即是修四安楽行。行処近 処得六根清浄。住十信位。普賢観経明。修大乗人未得無 ⑤ 初発心。即観浬藥行道。若観浬梁行道。生相似解。即是 生忍。前有十種証相。此即是十信之位。浬薬経云。復有 、 王般若明。十善菩薩発大心。長別三界苦輪海。法華経明。初発心一。即観一連薬一行し道。若観二浬薬一行し道。生二相似 ’ 。◎。○ ①から⑥までの対応を見るのであるが、玄義の④の未は﹁即是修四安楽行。行処近処﹂とあって、意味がよく判ら ないが、四教義は﹁行処近処得六根清浄﹂とあって理解し得る。③の末も玄義は﹁所謂大乗﹂とあるの桑であるが、 四教義は﹁所謂大乗大般混梁﹂とあるのである。これらによってぶても、玄義のこの部分は四教義によったものであ 以上見たように玄義の十信位は四教義によったものであろうことが推察される。しからぱ、四教義の一明因聞法生 信と二明因信修行の部分はどうなったのであろうか。 四教義の一明聞法生信の部分はすでに述べたように円教の理の説明である。二明因信修行の部分は円行即ち十法 成乗の実践である。このことに留意して、玄義の初随喜品の前半の部分︵前掲文参照︶を見るに﹁一法一切法。一切 百︶ 法一法。非レー非一二切こ等とあって、これは四教義の﹁円教詮二因縁即中道。無作四実諦理一。即便信一解一実諦こ ろう。 一行。是如来行也。 一行是如来行。所謂大乗大般浬藥。如大智度論云菩薩従 、 解一即是一行如来行也云云。 (”)

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四教義は智顎によって開皇十五年の前半に成立し、維摩経玄疏は開皇十六年頃に執筆されたものである。いい換え れば、智顔は没年まで、円教においては五十二位の象を説いたのであって、五品位については説かなかったのではな かろうか。もし仮に智頷が法華玄義開講に当って、五品位を説いたとすれば、四教義や維摩経玄疏に何らかの形で、 一切行。略言為し十・謂識二一念平等具足不P可二思議一⋮⋮︵中略︶⋮⋮不し生二染著こ等といっているが、これは四教 等という表現とは相違するにしても、同じく円教の理を示したものであろうし、玄義は更に続けて、﹁円行者。一行 ︵R︾︶ 義に説く十法の内容とその意義を同じくするものといってよい。このように見れば、玄義の五品位は四教義の十信位 と深い関係にあるといわざるを得ない。即ち玄義の五品位は四教義の十信位中の前半、一明聞法生信と、二明因信修 行の部分を核として成立したものであるといってよいであろう。先に指摘したように、四教義では十信心を修すると いう因によって、初信位の果を得るのであり、十信位の一信一信に十乗観法を具足して百信を成ずるという、いわば 横の十信を明かにはしたが、初信位から願心位に至る過程は明かではなかった。玄義は五品位を設けることにより、 五品位の観行の力により、円位即ち初信位に入り、更に十法を十信位の一つづつに配当して、十信位を竪に明かにす ることができたのである。四教義では十法を十信心に配したため、重ねて十法を十信位に配することはできなかった のである。 ユー ノ、

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と述べるのゑで五品位と十信位の関係は明かではない。法華玄義において十信位の前に弟子五品位を出すことによ って、前掲の十七頁に承られる如く、四教義の修十信心は玄義では明瞭に十信位の修行の内容とされ、観行即たる五 品位の修行内容は別に新しく加えられるようになったものであろう。 より明瞭に五品位の説明がなされてよい筈である。四教義についてゑると ︵7︶ 若円教所明。従初随喜心。修一心三観。入十信位。 と五品の第一の随喜品が十信位の前にあることを示しているほか、明因信修行段︵前掲の十二頁︶に 因此観行分明成五品弟子。即是観行即。 と五品弟子は観行即であることを示している。明因修十法入十信心段︵前掲の十七頁︶では 修十信心。名観行即。因此若得三昧陀羅尼門。得入初信心位。 と説き、観行即の名を挙げるとともに、観行即は因、十信位は果とみる如くではあるが、観行即と相似即との関係 は不明である。維摩経玄疏でも十信位︵前掲の九頁︶の中で 信心者。⋮⋮観二諦三諦理通達無闇。成随喜心五品。 信心者。 ︹註︺ ︵ 1 基 ︶ ︵ ワ ﹄ ︶ ︵ の ○ ︶ ︵ 4 塁 ︶ 弟子因。 棲神第五十号拙稿﹁被接について﹂参照 正蔵三十八巻五三四頁上 正蔵三十八巻五四二頁上 。。 因みにいえば、②の部分で、四教義の﹁円教頓悟。 ⋮⋮入十信之位也。 。◎ 一悟即是仏﹂の文を玄義は﹁頓悟即仏﹂と略したため、玄義の文意はよ (2I)

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︵5︶正蔵四十六巻七六一頁中 ︵6︶正蔵四十六巻七六一頁下 ︵7︶正蔵四十六巻七六○頁中 本稿を草した後、本問題について既に、佐薩哲英博士の﹁天台大師における円蕊行位の形成﹂︵印仏ml2一○一頁以表しで 論ぜられているのを知ったが、弟子五品位を法華玄義において確定することによって、四教義・維摩経玄疏においてあまり明瞭 でなかった十信位の内容が理解し易くなったことに意義があると思い、敢て本誌に掲載することにした。 付記 役立つであろう。 く理解できなくなっているが、その理解のため、証真の私記は四教義のこの文を引用するのであるが、仏教大系本の法華玄義

二︽ナ9タピレバチナリ

第三巻三五八頁には﹁一攪即仏﹂と送りがなをつけている。しかし、これは.悟即仏﹂とつける方がよいであろう。また⑥ の文中、玄疏・玄義ともに﹁終自炳妖辿とあるが、これは四教義のように﹁終日炳妖世とすべきであろう。文字の同異につい てはなお、二・三触れたい点もあるが、今はあまり触れないでおく。これらの対照は将来、法華玄義の校訂本の作製に当って

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随者随一順事理一無レニ無し別。喜是慶レ己慶レ人。聞二深奥法一順し理有二実功徳一。順し事有一朧功徳一。慶レ己有二智慧一。 す︶ 慶レ人有二慈悲一。権実智断合而説し之。故言一随喜功徳品一・ として、理・事・実・権・智慧・慈悲合したものであるとし、更にこれは、仏の本地の深遠なるを聞いて信順して逆 らわないのが順理で、仏の三世の益物は一切処に遍するを聞いて一毫の疑もなく深理に即して広事に達し不二にして ︵屯且︶ 随喜功徳品は分別功徳品が滅後の五品の一つとして説示した初随喜について、詳述したものだといわれている。そ して随喜功徳品は、梵文法華経のP目日8習働︲冒葛”当時号綴も且§風呂を訳したものであるから、如来の教説 ︵2︶ に随順して違わず聞いて心に喜びを生ずることの功徳に関する章を意味するとせられている。すなわち随喜とは、仏 の教えを聞いてこれに随順し、そこに喜びを生ずるということを意味することになる。 ﹃法華文句﹄はこれを

随喜功徳品にっ

○口四口巨討目○・四口画己宮口望脚0回時。①笛1℃画国ぐ画風画壷 ● ● 1

望月海淑

(23)

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而も二なることの信解を随というのだと説いている。 として、通・別の随喜をあげているが、﹃法華経疏﹄によれば、これが﹁随喜法﹂と﹁随喜人﹂ということになり、 前者は法華経に順じて歓喜を生ずれば金剛般若で信心して逆らわなくなり、後者は法華経を受持し乃至解脱するを見 ︵尽凹︶ て歓喜を生ずるからであるとしている。 随者順従之名。喜者析悦之称。身心順従深生二折悦一。以レ此為し因生二功徳果一・此品広明故名二彼品一・随し所二聞思修一 で︶ 皆生一随喜心一・論経従レ初但説し聞故。 と、身心の順従によって恢悦の果が生ずることを示しているが、更に、自ら随喜を生ずるの象ならず亦、人にも教え ︵ 7 ︶ 勧めるものであることにも言及している。 これら先師の所説によると、法華経を深奥の法とし、これは絶対なる法であるから、それに随うべきであるが、随 うというのはやみくもではなく、事理や覚りや聞思修するところに随うというから、それは単に感情的なものではな いことを意味しており、それ故にこそ法を聞き得たということに自ら大いなる喜悦が生ずべきものであることを示し ているように思われる。すなわちこの法の存在、法の見聞と随喜とは不二なるものであろうから、法華経に対しての ひたすらな心・信解こそが、随喜功徳においてあるべき心のあり方といえるであろう。 ﹃法華玄論﹄は 随喜有三一種一・ 随而歓喜。故名 ﹃法華玄讃﹄は、 ︵4︶ 故名一別随喜一。 一通随喜若見若聞若覚若知三他所二作福一。皆随而歓喜謂二通随喜一。二者別随喜者。且拠レ聞二法華経一

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と示されている。すなわち、妙法華経が随喜の心を起すとなしたのは、号毒冒口匡日o8国亀目建の訳であることにな り、而して、深信解相と訳したものは、且底箇箇急旦冨目色穴冨であり、正法華経はこれを誹誇せず歓楽受持すればと し、如来のために擁護せらるるところとなると訳出していることになる。この時、法門を聞いてと語られるから、随 喜し一心に信解せる人々の対象は法門であり、法華経であるということになるが、法華経に対して心から把握し、自 己の身心をまかせ切ってしまうことを、それは意味すると思われる。そして、そう捉らえる時に、正法華経の意訳の 意味が生きて理解せられるであろう。 しかして、ここで注目したいことは、この随喜するであろうものは一心に信解せるものである、と随喜が信解と同 分別功徳品は後半において、如来の滅後におけるあり方に言及し初随喜を語っているが、それは、 ︵8︶ 如来滅後若聞一是経一。而不二穀呰一起一随喜心一。当し知已為二深信解相一・ と示されて、随喜の心がとりあげられている。この箇所の正・梵両法華経はそれぞれ、 ︵9︶ 如来滅度後族姓子女。聞二此経巻一亦不一誹誘一。歓楽受持・則為二如来一所し見一擁護一。 “凰冒宍冨旨己目閏鈩芦煙敵国四日國富目且毒箇綴怠口置目鼻融口汽昌砦匡可習函忌昌蔚厨房侭騨尉冨 ︵ 皿 ︶ 9国凰弓其尉誌日脚召Q底日日平口胃]凶壁画日野貝ぐ倒口、冒胃涛滞己亀四口ご員薗国&すず望画ご昌昌8画営選四口は ︵しかし実にアジタよ如来の完全な浬藥の後、この法門を聞いて捨てず随喜するであろう善男子を、私は一心に信 解せるものと語る︶ 2 (25)

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︵如来の滅後にこの法門を説き語られているのを聞いて、比丘比丘尼、男の信者女の信者、少年少女は聞いて随喜 するであろう。⋮⋮彼は聞いて随喜し、随喜して他のものに語った。彼は聞いて随喜し⋮⋮︶ として、随喜︵勧助︶と訳されたものは、§こく目且であり、随喜はまたこの法門︵法華経︶を聞くということによ っておこるべきものであることを示している。 列にして語られているということである。 そこで更に、随喜功徳品における随喜に関する説示を見ると、 如来滅後。若比丘比丘尼優婆塞優婆夷。及余智者若長若幼。聞二是経一随喜已。⋮⋮ ︵ 、 ︶ 復行転教。余人聞已亦随喜転教。 として、五十展転随喜の功徳を語っている。これに対する正法華経は、 如来滅度後其有し聞二是所説経一者。若比丘比丘尼清信士清信女。男子女人大小春属。 為二父母宗室一歎詠。聞二大士言一亦読代し喜・所可聞知展転相伝。不見法師威容色貌。 とあり、梵文法華経は 梵文法華経は ⋮⋮ be 薗普凶隠冨亀画冨昌巨g﹃冨亀g︺四ョ・彦胃日脚1息尉再幽昌脚昌号欝閏昌脚口画g闇昌冒禺幽曾四日目四目野包巨鼠・ず旨涛l ● ◆ ⑫匡制ぐ”ず画一丙如匡恒国ぐ○℃蝉の四丙◎ぐ○℃画里丙幽ぐ画く一一.脚1℃巨司屋や◎ぐ”丙巨両目勵吋“宍◎ぐ凹丙巨口︼凶昼汽働く脚癖吋巨行ぐ働○蝉ぴぽ望画目匡I goQ①丘⋮・・・8.宮昌画昌野昌ぐ凶・ロ日昌○国①厨四国自画。Q望画8℃宮口閏四国罠用日脚四8丙盤圃一のo・凰望四日脅昌ぐ画 ︵ 蝿 ︶ や口巨H旨○口①蔵四画目匡尉目CQ田圃。。:。. 随レカ演説。 聞巳勧助。⋮⋮為し人解説。若 若転学者代之勧助。

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とあり、正・梵両法華経は、 と語って一句一偶なりとも陸 さらには示されてはいない。 このような、法門から言 すなわち法師品の冒頭には、 聞二妙法華経一偶一句一・了 という言葉が見え、しかも︾ 一 句 聞一二頌一偶一。一 とし、梵文法華経は は 、 ●甲も む四吋四目ロ卸吋脚1閂画く①桓凹勺匡H匡如画涛。QぽいH目色1℃四句竜働琶画・煙口圃箇①汽凹’ぬ画舜彦腎旨卸ロ]⑦丙画1℃画且四目四℃唱伽冒昌昌○口受煙。色 ︵聰︶ 其聞一是経一句一偶一勧助代喜。 ︵肥︶ 己匡包望画討巨口吊画の画く凹蝕 そして五十番目の人に関して ︵卿︶ 不し如下⋮聞二法華経一偶一随喜功徳上。 ● 竜四月脚の胃脚昌口卸刷四旦黒画邑薗蟹①宍哩凰唄騨彦画吟具凹丙“1℃画・関口画凰野屋国昌昌画胃ぐ四℃匡口四円四口箇箇①丙画19耳91 ●■8 ︵法門から一偶一句を順次に聞いた人さえ随喜すれば功徳を生ずる︶ 唱て一句一偶なりとも随喜すれば、というあり方を明示しているが、ここでは随喜が信解と同列の説示は、こと ︵蝿︶ 一発意頃歓喜歓助。 ︵ Ⅳ ︶ 句一・乃至一念随喜者。 しかもこの言葉は再度くり返して語られているのを認めることが出来る。 一偶を聞いて随喜すればという表現によく類似したものは、法師品の中に見出される。 これに対する正法華経 (27)

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法師品はこのような説示につれて五種法師のあり方をのべ、如来滅後に法華経の一句偶を説示することを勧め、そ れをなす人は如来の使であり、如来を肩にする人であることを示しており、その点では分別功徳品の内容に似たもの を表現しているということが出来るようである。 そこで分別功徳品の表現を見ていくと、一念信解を語り、更にこれについて偶で再説をするところに、 ︵釦︶ 聞三我説一寿命一乃至一念信其福過二於彼一 という言葉が見られる。これに対する正法華経は ︵副︶ 其聞二仏寿限一一時歓喜信此徳為二最上一 とのべ同様の意を伝えており、梵文法華経には、 “冒昌8日四日”旨脅晨乱9国くぎg貝匡g︾凰乱一禺四爾呂“冒凰野呂鼻騨目烏冒冒葛画昌目自薗百日一一 ︵女であれ男であれ、私の寿量を聞いて一瞬間でも信ずれば、その功徳は無限である︶ であって、一念信、一時歓喜信と訳されたものは臂四目園であることを示しているから、法師品・随喜功徳品では 随喜“ご匡日osmとなされるものが、ここでは信として表現されていることになるであろう。しかして、分別功徳品 は右の文章に引き続いて、﹁深心須曳信﹂﹁信楽大法誼﹂﹁且ご日巨gg昌匡毎日冨日﹂と表現して、ここでは信にあ 出来るであろう。 となされており、 ︵明︶ ロ凹旦①口唖口弓四口匡尉目。Q詳画員]﹄・画閂目印画計吋画ヨ ︵この集りにおいて、この経典のただ一偶でも聞くか、ただ一句でも聞くか、或は一心を生じ随喜をしただけで︶ なされており、妙法蓮華経同様にやはり一心を生じという一句を除けば、随喜功徳品の説示に似た表現見ることが

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たるものが且置日巨富一であることをも示している。野画&颪と且冨日ロ冨一との相違は微妙なところであるが、と もに仏・法・僧の三宝に対する心のあり方であることには変りがないといえる。しかし、この箇所での且冨白鳥昼 の使用に際しては、疑惑ぐざ旨8脚動揺且冒分別自画昌目“を捨てよ︵妙・無有一切諸疑悔、正・棄損猶予諸思 想事︶となされており、一個人の思慮・判断などを離れてありのままにものを見るという仏のものの見方に立つべき ︵麓︶ ことを示しているから、その信解は対象に対して明確に決定する心作用ということになるであろう。 しかして分別功徳品では前掲のように、随喜と信解とが同列にして語られてもいるので、ここでの随喜は信解とい うあり方を基盤においていると理解することが出来よう。中国の先師の事理や覚り等に随喜は随うとする見方もここ に理由が存すると思われる。しかし、随喜功徳品の随喜が分別功徳品の見方をそのままにうけたものかどうかには疑 布施浩岳博士によると、法師品の一念随喜は無条件授記であり、授学無学人記品以前における条件附授記とは趣き を異にしており、妙法華経に聞妙法華経一偶一句とあるのも、梵本には嵐四日の目国昌とあるの象で経名は出ていな い、等を挙げ、更に以前には見られなかった書写く]涛昏が説かれ、廟8群旨の建立供養礼拝が力説されている等の ことから、法師品は前の授学無学人記品等に接続するものではなくて、第二期成立にかかわるものであることをのべ ている。更に、博士は随喜功徳品についても、この品は法華経を高調しその前の分別功徳品が如来寿量品を高調する のとは調子を異にし、滅後の随喜をとりあげることは法師品・分別功徳品に似てはいても、分別功徳品が如来寿量品 問が存する。 3 (29)

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そこでこれらの点を法華経実践のあり方を説いたとする五種法師について検討を加えてみよう◎ 五種法師に関する説示は、法師品・分別功徳品・法師功徳品・如来神力品等に見ることが出来るが、この法行は最 昂︶ 初から五種類のものに決定されていたものではないらしい、といわれる。これら諸品を妙法華経に見る限り、それは すなわち、法師品が第二期︵新層︶の成立にかかわるものとしては、両博士の意見は一致するのであるが、随喜功 徳品に関しては、全く相反していることを知りうる。この相異は鈴木博士が随喜功徳品を説示の内容だけからとりあ げたのに対して、布施博士がそこに使用されている書写行の有無などの点検からなされた結果から生じたものと思わ うれば好都合としている。かくて博士は、随喜功徳品は第一類成立の法華経であり、法師品は分別功徳品とともに第 品々の間に入るべき余地がないとし、さればとて分別功徳品と併記するのも困難であるとして、第一類の経に接続し 難がある上に、分別功徳品・法師功徳品等は如来寿量品と一類の経であるから、随喜功徳品が是に連絡するためには の流通分であるに反し、随喜功徳品は純然たる法華経の流通分であるとし、更に塔観の発達における思想発達上の困 ︵ 塑 ︶ 二期成立の法華経であるとなしている。 しかし、鈴木宗忠博士は原始分成立の法華経には古層と新層とがあるとし、分別功徳品は新層に属し、法師品は勧 持・安楽行品とともに新古両層の中間にあり、随喜功徳品は法師功徳・不軽菩薩とともに新層の終りにあるとしてい る。そしてそれは、新層の結末は、一方では、法門の功徳であり、他方では、法門の付嘱であるとし、随喜功徳品は 心の上から、法門の功徳を説いたものであるから、寿量法門の功徳を述べた分別功徳品に連続するのは、適当である れる。 盆︶ となしている。

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そして、その複雑さの度合いは法師品において最もはなはだしくて、そこではとても五種法師として五種類に要訳 することは不可能なさまであるといえよう。これに対して分別功徳品は読・調にあたるものがく菌。の一語ですまさ ︵ ” ︶ れている外は妙法華経と相通ずる型態をとっており、これは法師功徳品に至ると更に整理された型をとっている。こ のことは五種法師が妙法華経で示されるような型に定型されるまでには、少念の年数がかかったであろうことを想起 せしめ、この三品の順で型成せられたかと想起せしめる。 これらに対して随喜功徳品には、五種法師にかかわると思われる説示が長行の末と偶の末とに僅かにあらわれるの 象である。ちな象にそれを列記すると、 ︵ ” ︶ 何況一心聴レ説読調。而於一大衆一為し人分別如レ説修行。 ︵配︶ 何況一心聴解一説其義趣一如レ説而修行其福不レ可し量 となっているが、この中には布施博士の指摘する書写行は見えない。これに対する正・梵両法華経もそれぞれ、 罰︶ 何況有し人専精聴受供養思惟。而復具足為し人説者。 罰︶ 穴四呑口匡口“H1ぐ凶・○国画昏の凹含1宍﹃庁望煙か﹃ロロ里幽歳の画争︲丙﹃庁雷“ぐ幽○脚望①詩の幽寸1丙伺計望四回①い国電①庁の画計’6丙﹃舜嘗画pH画宍画の画望①Q騨一 ︵まして恭しく聞き、恭しく読涌し、恭しく説き、恭しく説く人はいうまでもない︶ とあり、書写行についてはふれておられないし、正・梵法華経の場合の偶の言葉は、妙法華経が説示したものに該当 すると思われるものは見あたらない。 おびていることが解る。 受持・読・調・解説・書写の型を備えているけれども、梵文法華経に見る場合、この五種法師はかなり複雑な様相を (3I)

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すでに指摘したように、分別功徳品の初随喜は、法門に対し随喜の心を起さば、それは深信解の相であるとして、 随喜の心が信解と同列にとり扱われており、更に一念信解によって示されるように、この信解は信野且昏倒と相通 このように見る時、目頭に掲げた、随喜功徳品は分別功徳品が説いた四信五品中の初随喜について詳述したもので あると、する説は成立しないことになるであろう。 ︵ 狐 ︶ 尚これについては、随喜功徳品も法師品や分別功徳品等と同じく、如来滅後と語っておるから同一内容を意味する となすことが出来るが、布施浩岳博士は、如来滅後の言葉は、授学無学人記品中にすでに、漸入浬藥とのべられてお り、梵文法華経はこれを口唇閏目角日冒画冨舟尊画冒忠凰ご胃ぐ鳶暑の画呂寄胃日巨蔚掛目印画目mBgmg冨亀画建︵滅 後にても法を説き、正法は平等に存続するだろう︶としているので、随喜功徳品はこれをうけたものであることを指 ︵ 謡 ︶ 摘している。 五種法師に関して、随喜功徳品が持っているあり方は、やはりかなり重大な事柄であるように思われる。法師品が

罰︶壷︶

五種法師を語り書写行をのべる時、そこでは、則為二如来一肩所二荷担一とし、与二如来一共宿等となされ、分別功徳品で ︵鍋︶ も斯人則為し頂二載如来一となされており、法華経即仏との立場に立っていることを示している。法華経即仏であるか ら、経典の書写行に意義が出て来るものと思われる。しかるに、その分別功徳品の後をうけた随喜功徳品にこれがな く、逆に法師功徳品に書写行があることは、随喜功徳品の説示は分別功徳品をうけたものではないとしなければなら ないであろう。 4

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じ、信の上に立つもので、疑惑や動揺や分別を捨てたところにおいてありうることを示している。 これに対して随喜功徳品の示す随喜は、この経を聞いて随喜するならば、という型で示されており、随喜がどのよ うな心の状態、あり方に支えられているかについては説明が加えられていない。 そして法師品が示す随喜は、法華経を聞いて一心に随喜すればとして、随喜功徳品のあり方よりは更に一歩を進め 随喜なるものは一心なる心の上に立つものであることは当然のことであるから、それは信解ということにことさら に関連して説く必要はないであろう、という主張も生ずるところではある。しかし、もしそうだとするならば、何故 法師品が一心に随喜すればとなしたものを、分別功徳品は更に詳説したのかとの疑問も生ずるところであろう。そこ で更に、信と信解とが法華経において、どのようにとり扱われているかを検くる必要があろう。 たとえば、方便品は舎利弗が仏にむかって法華経を説くことを懇請する場面、三止三請があり、それに引き続いて 五千人の比丘等が退席するという五千起去がおこったことを示しているが、ここで語られているところを象ると、そ lI111II11lIl ているように思われる。 認︶ ように思われる。 こから次のことが考えられる。 法華経の信に関する記述において使用せられている言葉は、降凹呂冨且匡日匡再一頁画の且餌等であるが、その大半 は野脚呂冨且冨日巨宍感によって説示が展開せられて来ている。そしてこの両語について法華経には使いわけがある 5 (33)

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として、妙法華経の敬信の語に対して、信楽受持奉行として、信がただ心の領域のみにとどまるものではなくて、仏 の説示を受持し奉行するという行いにまでつながることを示しているが、梵文法華経はこれを、 弱︶ 鼠凰ワ毎凋ggoすず塁冨日野且号冴冨昌感冒g言選閏]ご且胃農続冨邑感 ︵世尊が説いたものを信じ、到達し、会得するでありましょう︶ と示しているから、仏の説示をただ信ずるだけにとどまらないで、到達固圖計菖会得且く胃呂にまで及ぶことを示 している。更にこの箇所を重説する形をとる偶の中では、それぞれ、 駒︶ 妙⋮⋮是会無量衆有一能敬信者一 ︵似︶

正⋮⋮恭粛安住欽信慧誼斯之等類必皆欣楽

梵・:⋮野呂号響冒閉目目馨2隠蔚3隠日画乱蔵留︺g匿滿号閏自画目且豐﹃苗昌尉 ︵彼等は善逝を恭しく信じ浄信し、法の説示を理解するであろう︶ とされて、の国登闘と冒画閏崗目伽︵胃画出。eとが並記されて、妙法華経において単に敬信とせられたものが、そこに とどまるだけではなくて仏の法についての説示の理解にまで及ぶべきものであることが示されている。 そして、一仏乗を開顕せられた後、仏は舎利弗にむかって、 ︵訂︶ 聞二仏所説一則能敬信。 と語るが、これに対すス これに対する 仏に対した舎利弗は唯願説し之、唯願説し之として、 ︵ 詔 ︶ 悉当一信楽。受持奉行一。 正法華経は

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となされている。すなわち、一仏乗を説示する法華経なればこそ、そこに住む人は信ずるという心のあり方以外に道 はあり得ないということを強調していると思われる。 しかして法華経は、このことは現前に仏がある時に限ると限定しているが、その理由は、仏滅後の世の中において ︵ 媚 ︶ は、法華経を受持・読諦し、その義を解るものは得難いからだとしている。ここでは、仏滅後に信じることがあり得 ない理由が、受持者、読諦者等にならないという時、これは﹁信﹂ということが同時に受持・読調あるいは教示につ ながるべきことを暗示しているであろう。してゑると信脅画&菌というものは、仏道へ入るための目的ではなくて 出発点であり、目的地までこの信が保たれ、それが受持・読諦・教示等の実際の行いにおいて生かされていかなけれ ばならないことを示していると思われる。 同じ方便品は五千起去に際して、仏が五千人の人々が退席したことについて語った言葉を示しているが、それは ︵ 鞭 ︶ 我今此衆無二復枝葉一。純有一真実一。舎利弗。如レ是増上慢人。退亦佳突。 亀︶ 若有三比丘実得二阿羅漢一。若不レ信一庇法一・無し有一是処一。 と語るが、ここに該当する正・梵両法華経はそれぞれ、 ︵ “ ︶ 諸比丘為一羅漢一者。無し所二志求一諸漏已尽。聞二斯経典一而不一信楽一。 勝昌腎属目の厨。§目冒芽曾男鳥駁◎冨旦ウ匡厨員胃彦自爾冒勝恩ぐ呂留ョ目烏冨ウ言蔚薗嘗幽隠菌目角日 ︵妬︶ 号閏自画ョ野呂§ご画降画&且ご脚 ︵舎利弗よ、煩悩を尽した阿羅漢の比丘らが、如来の面前で、この法を聞いて信じないということは不要であり、 ︵舎利弗よ、 あり得ない︶ (”)

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昌名四面乱目①醗吋呑昌3冨愚且8m隠薗も富億号野画&園lの胃①日呉鍾冨函一m且彦巨の胃言巨胃勘蔚出目 ︵伯︶ 山ウ昼自習弄凹忌日胃Qさ巴閂画日眉画日一 ︵舎利弗よ、私の衆会から不用な者、無益な者は去っていった。すべて信において定住している。舎利弗ょ、これ ら増上慢の者が出ていったのはよいことだ︶ とされている。すなわち妙法華経が純有貞実と表現したものは、信において心が定まっているということであろう。 そしてここで純貞実となされた人々は、五千人の増上慢の人々が立ち去った後も、法華経を聞こうとして残っていた 人々のことであるから、それは退亦佳とされた増上慢の人盈の心とは反対なものであり、その増上慢の人々は法華経 を聞いても敬信しないとされている、この仏が求める信に対する反対のあり方が増上慢にあることは明白であろう。 このような信野且昌圃に関する説示は如来寿量品においても見ることが出来る。すなわち、その冒頭には仏が弥 勒菩薩等にむかって信を呼びかける言葉がある。それは ︵副︶ 諸善男子。汝等当し信一解如来誠諦之語一。 であるが、これに対する正法華経は、 金︶ 諸族姓子。悉当レ信二仏誠諦至教一。勿レ得二猶予一。 であり、その信は猶予すべからざるものであることを示している。梵文法華経は、 となされている。これに 衆会辞易有二穎去一者。 とあり、梵文法華経には これに対する正法華経には、 ︵岨︶ 今者。離広大誼声味所拘。又舎利弗。斯甚慢者退亦佳美。

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︵ 認 ︶ 我等悉信二如来所詔一⋮⋮正 ︵託︶ ぐg四日曾呂樹呉尉冨ず冨浬冨日“ずロ詠国&園の私日g ︵我公は如来の語られたものを信ずるでありましょう︶ との返事がなされている。仏が求めたものは仏の教えをただ信ずるというあり方であることは明白であろう。 このように、法華経の二本の柱といわれる方便品と如来寿量品における説示の展開において見られるものは、信 脅脚呂冨の強調であり、その信において心が決定されると判断をされた時に重要な一仏乗と久遠実成の説示が繰り 広げられている時、信は法華経に入るための第一の心のあり方であり、ここからすべてのものが展開されうる契機と なるものだと判断をすることが出来るのではなかろうか。しかして、その信は増上慢と相反するものであるとされる から、それは一人よがりや、ふたしかなものに頼ろうとし、正論をこえて不可思議なものを信ずるということではな くて、仏の語に直参することによって、ありのままにこの世を見るという仏教の根本精神につながるものでなければ 翁︶ 豊農巴冒冨号厨ョ日の百一号員風呂昏泳国民且冨号箇ョ圃昏画阻冨印怠ぴ言圃日乱8畳ご農閏胃昌 ︵善男子よ、如来の真実の言葉を信ずべし︶ となされている。正法華経のゑが勿得猶予の語をつけ加えたのは、信というものは、あれこれと迷うべきものではな く決定しているべき心のあり方であるところから、かく補足したものなのであろうか。妙法華経の信解の訳語は一見 且匡日匡汽醸と理解されそうであるが、梵文法華経は明白に野口&園としているのでこれはやはり信であろう。 この言葉は三度くり返され、三度とも弥勒菩薩等によって、 この言葉は三度くり返され、 ︵副︶ 我等当し信受二仏語一⋮⋮妙 (37)

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となされていて、信力堅固、履懐信楽と訳されたものは信解且冨日︷烏醸であることを示している。更に同じ偶の中 信解 がある。 る場合の見方ではある。 う。ただしこのあり方は、仏の教えに対する人々の機根の問題︵実践論︶は考慮にいれないで、純粋に教えに相対す よって体得しようとするあり方であり、文字通り信が慧にかわるもので、信と慧の優劣を競うものではないといえよ 慧ロ日言凹によって仏の境界に到達出来ると考えた﹃般若経﹄の説示に関連して、慧が体得しようとしたものを信に ならない。その意味では以信代慧とよばれる言葉によってとらえられる信は、慧を不用のものとする考えとは逆で、 察一諸群黎類一世間 と示し、梵文法華経は い︶ 諸余衆生類無し有一能雫 これに対する正法華経は、 里画の望画圃昌 ︵鉛︶ の]の蔵寄騨倒迂一一 ︵かのダルマを教示されるべき人、教示されたダルマを理解しうる人は、信解に住している菩薩たち以外にはな 且冨日戸骨匿の使用例を方便品の中に求めると、十如是を説かれた仏は偶をのべられるが、その中に次の言葉 ︵駒︶ 無し有二能得P解除二諸菩薩衆信力堅固者一 Q①樹望①Q・昏脚同国画召。①陛薗目。酔凰蔵口唇畔一四口望画禽いずCa冨印凹詳ぐ①ずpo四Q冨再昌匡宍画望画黒① 世間無下与等若説一羅法一時有中能分別解上其惟有菫一菩薩常履一懐信楽一

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とのべられるところでは、 ︵副︶ 告二舎利弗一安一住所説一唯仏具足解達知し彼最勝導利悉暢二了識一 団︶ 望四目の幽門ご巨吋。の巨碩四国哲己吋画ウ写關騨①画・三目匡汽感1の凹日ロ”ppmずずいぐ画匡厨司画 ︵舎利弗よ、善逝が語ったものに信解を具足せよ︶ とのべられ、ここでも信解且匡日︹房感がとりあげられたことを示している。 前者においては、仏によって説かれる法を理解出来るのは信解に住する菩薩だけだとしているが、ここでは法︵法 華経・一仏乗︶を理解しうる人は、すでに信解をもっているということになり、仏の言葉を信ぜよというあり方とは 異っていることを指摘しなければならないであろう。そして後者においては、信ぜよというのと同様のあり方ともと らえうるが、果してどうなのだろう。 方便品は一仏乗を仏が説示した後、過去・未来の諸仏もこのように法を説いたとしているが、そこでは、 圃︶ 以二無量無数方便種々因縁警嶮言辞一。而為一衆生一演一説諸法一。 と示されている。これに対する正法華経も a︶ 以二権方便若干種数。各各異音開化一切一。而為二説法一皆興二大乗一。 と示され同様の意を伝えているが、梵文法華経は、 望のロぎぎ毒目島胃?凰己臥卑ぐ専苞冨胃目l鼠391口箆閏総息目目g急I凰目胃下屋忌冨1冨鼠巴冨苛 で、 ︵印︶ 舎利弗当レ知諸仏語無し異於二仏所説法一当し生二大信力一 (39)

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国倒口幽・冨日巨丙圃昌”ョの騨弓蝕口四日目幽口画邑毒騨ぐふ閻唱四口胃ご駁四国幽召急島弓幽・塚閏目四日・の陛圃ぐ画口冨壹 ︵彼等はこの世の衆生たちの種々な信解と種々な考え方を知って、種盈に敷術し説示し、種々な因縁と理由と想念 と語源的説明とを善巧方便によって法を説示した︶ として、種々因縁警嶮言辞と訳されたのは、衆生たちの心の中の信解且冨自民感考え方駁画冒に理由があることを 示している。これは一仏乗を説示するに至るまでの仏の種々の説示に関して語ったものであるから、ここで考え方 画綴冨とともに示された信解且冨日︷烏匿は一仏乗以前の教えを聞いた衆生が体得しえていた心のあり方を意味する から、それは教えにより到達し得た一つの心の境地を意味するであろう。 厨︶ 回臥臼凰旦彦日日、ョ8ず画毒ロー胃煙汽腎曽。且嵐目色丙耳目画。昏黒獣画望脚司騨ぐ四宮目宮野昌一 ︵生きているものたちの信解と考え方を知って、沢山な種類のダルマを私は説く︶ となして、衆生の性欲とは信解且ご日巨胃一と考え方獣亀凹であることを示している。このように農嵐目色丙睦が 侭︶ 凹掛胃とともに用いられる形はこの外にも方便品においてみることが出来るが、このことは且寓目巨富一が﹁信ずる﹂ というあり方よりもむしろ、仏の教えによって到達し得た心の状態を表現する意の方が強いのではないかと思わせ る。種盈な信解鼠己践ご日一烏建という言葉が度盈語られるのも、旨く匙寓目匡胃一という言葉が示されるのも、その ような状態であるから可能なのではないのだろうか。信解品の中には数多くの且冨目鼻陣に関する説示を見ること 方便品の一○九偶では 我以二智慧力一知二衆生性埜 とあり、これを梵文法華経は 届︶ 知二衆生性欲一

参照

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②上記以外の言語からの翻訳 ⇒ 各言語 200 語当たり 3,500 円上限 (1 字当たり 17.5

エドワーズ コナー 英語常勤講師(I.E.F.L.) 工学部 秋学期 英語コミュニケーションIB19 エドワーズ コナー

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