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ディケンズとロンドン : ディケンズにおける都市と田園

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Academic year: 2021

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デ ィ ケ ン ズ に お け る 都 市 と 田 園 -村 田 信 行 やは りデ ィケンズは大都市 ロン ドンの人であった。彼 の作 品を読 んだ ことのあ る 人 な ら ば,その全ての作品に ロン ドンは不可欠であ り,数多 くの登場人物たち よ りもむ しろ ロン ド ン自体が もっとも重要な主人公だ と気づ く。生涯 を通 してデ ィケンズが一番鮮やかに生 き生 きと描 き出した ものは, ピ ックウィックで も ドンビーで もピ ップで もな く,19世紀 の巨大都 市 ロン ドンではなか ったか。 彼 の措 くロン ドンは,その迫真性や躍動感 において抜 きん出てお り,その量的迫 力は正 に 圧倒的である。そ うした有無を言わせぬ筆 力の基本は, おびただ しい数 の物や事柄をカタ ロ グの ように羅列することだ と言 える。デ ィケ ンズは見た こと経験 した ことを材料 に しない と 書けない作家であった と言われている。あれだけの文章量 の裏 には,それに見合 うだけの行 動や見聞があった。芸術家 の想像力 とは無か ら有 を生 じさせ ること,などとい う科 白はデ ィ ケ ンズには通用 しない。小池滋氏がいみ じくも述べ ているよ うに,彼の文章は全て経験が供 給するものであ り,想像力の効率性を考 えるとき, これほど不経済 な ことはない。 しか し彼 、、11 の芸術の真髄は この不経済性,浪費性にこそある。 実際デ ィケ ンズほ ど街を歩 き回 った作家はいない よ うに思 う。19世紀の人 々が,現代人 に 比べればはるかに歩 くことが多 くまた好んだ ことを考慮 して も,彼は特別 だ った。10歳 で一 家が ロン ドンに引越 して来た ときか ら既にデ ィケ ンズは,誰 に もか まって もらえない淋 しさ (2) に ロン ドンの方 々を歩 き回 った と伝 えられている。作家 に専念す るようになってか らも, ひ と晩 に20マイルや30マイル とい う途方 もない距離を歩いて夜 を過 ごした ことが少 な くなか っ た。材料供給 の街 ロソ ドンを愛する様は, さなが らpソ ドン病 の患者 とい った と こ ろ で あ る。1846年夏デ ィケ ンズ一家がスイスの ローザ ンヌに避暑に来 ていた時,彼は この病に悩 ま され,友人 フォースターに次の ように書 き送 っている。 こ うい った もの 〔街路や大勢の人間〕がぼ くに とってどんなに必要か,言い尽す ことが できない。 こ ういった ものがぼ くの頭脳 に,忙 しい時に失 っては絶対にいけない何 かを 補給 して くれ るみたいに思 える。(中略)ロン ドンで一 日を過せばぼ くは立ち直 って, 普 た仕事を開始 できる。 ところがあのマジ ック ・ランタンのない ところで毎 日毎 日執筆す (3) ることの辛 さ, しんどさといった ら途轍 もない ものき!! 彼に とって ロン ドンは正に 「マジ ック ・ランタ ン」(魔法の ランプ)であ り,その助けを借

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100 研究紀要 (6号) りて次 々と栄養を補給 しては,紙 の上 に ロン ドンのイメージを吐 き出 し続けたのである。 最初 にデ ィケンズの ことを 「ロン ドンの人」 と書いたのには理 由がある。彼は生粋の ロン ドン子ではない。生 まれはイ ングラン ド南岸 の軍港 ポーツマス。五つの時に ロン ドンの東 に ある,非常に牧歌的な田舎町チ ャタムに移 り,平穏 な少年時代を送 った。そ こで過 ごした数 年間は,一生 の うちで も最 も満ちた りた甘美 なものであった らしく,終生彼の頭か ら離れ る ことはなか った。それ と引 き較べ, ロン ドンに移 ってか らの生活は暗か った と言 える。以後 46歳 までデ ィケンズは ロン ドンに暮 らしたのだが, ロン ドン生活の最初 に,生涯 の間一種 の 強迫観念 とさえなって彼を恐怖 させ苦 しめた屈辱的体験 を した。彼の父は,海軍経理局の下 級官吏で,実に人づ きあいの よい愉快 な人物だったが,家 の経済については全 くでた らめで, 実 に頼 りない大黒柱だ ったO ロン ドンに移 ってか ら間 もな く,一家は と うとう借金で首が回 らな くな り,長男であったチ ャールズ ・デ ィケンズは通 っていた学校 もやめ,家計 の足 しに と靴墨工場へ働 きに出され ることになった。その上彼を除 く家族は,当時 の法律に よって債 務者監掛 こ入れ られて しまった。彼の心は大いに傷ついた。痩せて も枯れ ても官吏の子が工 場 で働 くなんて。 しか も父親たちが監獄に入 っていることを隠 さな くては, と。幸い この借 金は数 ヶ月で解 消され,彼 も学校-戻 ったけれ ど, この悲惨 と屈辱 の傷は死ぬ まで彼の心 の 奥底に くすぶ り続けた。後に大文豪 とな り富 と名声を集めてか らも,友人はおろか妻子に さ え もひた隠 しにしていた とい う事実か らも, この傷がいかにデ ィケ ンズに影響を与 えたか推 察 できる。平穏な田舎の生活 とそれに続 く都会での華やかだが厳 しい生活 と彼 自身の苦い体 験。 これが彼の作品のテーマをほぼ決定 して しまった と言 える。 この事実関係か ら当然生 まれて来 るものは,人間 らしさを育む天国 としての田園 と,人間 らしさを損 う地獄 としての都市 とい う二極二元 の考 え方 である。デ ィケ ンズの時代にあって ほ, この対立構造は既に文学上のcliche(常套句)であったが, 彼 自身はい くつかの作品や 未完のまま世に出なか った 自伝 (その大半は 『デイヴィッ ド・カバーフ ィール ド』 として出 版 された)の中で幾度か,幼 き日の田園生活を懐 しみ賞讃 している。 都市 と田園の対比はデ ィケ ンズの作品の至 る処 に見 られ るが,『オ リグァ一 ・トウィス ト』 (4) (OliverTwist,1839) では,大都市 ロン ドンへのイメジャリが豊富 に示 されているO地方 の救貧院でみ じめな生活を送 っていたオ リグァ-は,単身 pン ドン- 向か う。 ここで留意す べ きことは,幼 ない彼のみ じめな生活はあ くまで救貧院 とい う特殊 な場所 での ことであ り, デ ィケンズの田園-の憧れ と必ず しも矛盾は しない とい うことだ。 大都会-逃げ るようにして向か う少年に とって, ロン ドンは言わず もがな夢を見 させて く れ る楽園だ った。 ロン ドン.′- あの大都会/- あそ こなら誰だ って- バ ンブル さん 〔救貧院 の運営 をす る教区吏〕 にだ って- 見つか りは しない.′ それに よく救貧院の年寄 りたちが し ゃべ っていたのを聞いた ことがある。 ロン ドンな ら元気 のいい若者が食 うに ことか くこ とない さ。あの大都会-行けば, 田舎で育 った人間には思い もよらない ような暮 らし方

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(5) が,いろいろある もん じゃ, と。(第8章,p.50) しか し現実を知 るにほ とん ど時間はかか らない。 ロン ドンに入った途端,そ こはオ リグァ 一に とって, この世の もの と思われない世界,貧 困 と恐怖に満ちた空間 となる。 こんな汚な らしい惨めな場所 を見た ことがなか った。通 りは狭 くて泥だ らけ, あた りに ほいやな臭 いが立ち こめていた。(中略)どこもか しこも不景気 じみてい る中で,- カ所 だけ景気が よさそ うなのは居酒屋で,そ こでは最低のアイル ラン ド人がやか ましく口論 の真 っ最中。(中略)路地 の奥には,酔 っぱ らった男女が文字通 り泥 にまみれて転が って いた。あち こちの家 の戸 口か らは大いに人相の悪い連中が こっそ り出て釆たが, と うて い正直 まっとうな用事で出かけ るとは思 えない。(第8章,p.55) そ して更に, フェイギ ソを頭 目とす るす り集団に組み入れ られ るにつれて, ロン ドンは弱 き老無知なる者 を取 って喰 う世界,陰惨 な犯罪のはび こる迷路だ とわか る。 フェイギ ソの-の子分サイ クスの情婦であ りなが ら,いたいけなオ 1)ヴァ一に心動か されたナ ンシーが彼を 救 うために後見人のブラウンp-氏に密告す る場面の情景描写 は,殊更 に この大都会の姿を 象徴的に示 してい る。 女は落ちつ きな く数回行 きつ戻 りつ していたが,やが てセ ン ト・ポール大寺院の重 々 しい鐘が一 日の終わ りを告げ て, このす し詰めの大都会に真夜中がや って来た。王宮, 地下 の安酒場,監獄,気違い病院,誕生 と死,健康 と病 の交錯す る部屋, こわばった死 人の顔,安 らかな子供 の寝顔,そ うい った ものすべ ての上 に真夜中がや って来たのであ る。(第44章,p.348) ロン ドンの二重性(duality)を端的に示 して くれ るこの生 と死 の象徴か ら,読者 が ナ ンシ-の死を予測す ることはそ う難 しくはなかろ う。 フェイギ ソが代表す る ロン ドンの裏の世界は考 えるもおぞ ましい。オ リグァ-の夢見てい た もの とは正反対に位置す るものであ り,それ らに対す る嫌悪感は 通 りの敷石の上 には泥が厚 くたま り,街頭には黒い霧が立ち こめ,小糠雨が し ょぼ し ょぼ と降 っていて,手に触れ るものはすべ て冷た く, じっと りとしていた。(中略)家 の 壁や戸 口の陰に隠れ るように して, こっそ りと進んで行 くこの気味 の悪い老人は, まる で通 り過 ぎる泥 ん こや暗闇の中か ら生 まれた何かいや らしい腫虫類が,餌 にす る うまそ うな腐 り肉を探 しに,夜 の闇の中に這い出 してきたみたいだ った。(第19章,p.135) とい った フェイギ ソを描写 したデ ィケソズ らしいイメージの鮮やかな文章 に よく表われ てい

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102 研究紀要 (第6号) る。デ ィケ ンズの生 まれなが らの表現力 もさ りなが ら, この鮮やか さは,実際 こうした暗黒 の世界に踏み込んで しまいそ うだ った とい う,彼 自身の体験 に負 うところが大 きい。先程述 べた靴墨工場 と債務者監獄の体験 の際にいかにプライ ドを傷つけ られ, また悪の道-の恐怖 感 を味わ ったか,それは十分推測す ることが出来 る。 もしあの時悪の世界に染 っていた らど うなっていただろ うと,デ ィケ ンズは少年時代を しば しば振 り返 っただろ うが, また同時に それは,幸いに も道を外れず に生 きて来 られて よか った とい う安堵感を も生んだ に 違 い な い。 この奇妙 な恐怖感 と安堵感の関係は,デ ィケンズの ロン ドンに対す る複雑 な思いに も通 じ ている。 フェイギ ソらの悪 の世界は考えるも恐 しい ものではあるが,デ ィケンズはそ ういっ た世界に対す る興味 もまた人並み外れて強か った。怖 い もの見た さと安易 に言い切 ってもよ い ものか も知れないが, この天邪鬼な気持 ちを彼は作品の中で特に隠そ うともしなか った。 (6) デ ィケンズは これを 「嫌悪 の魅 力」(theattractionofrepulsion)と表現 している。

デ ィケンズの この方面への興味は,犯罪 とい う特殊 なジ ャンルにおいては一層明 らかに強 烈 である。彼の作品が どれほ ど多 く犯罪者やその心理 を扱 っているか。デ ィケンズの初めて の刊行本 『ボズのスケ ッチ集』 (Sketchesby Bog,1836) におい てさえ, 既にい くつかの 文章が物 されている。 『ピ ックウィック ・クラブ遺文録』(ThePosthumousPapersof the PickwickClub,1837)に挿入 されている

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編の小品 (短編 とも言い切れない)には

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「ある 狂人 の手記」(第11章)

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「奇妙 な依頼人の話」(第21章)の ように,い くつかの典型的な例 も 見 られ る。人間は多かれ少なかれ, こ うした悪や犯罪 または恐怖や異常に対する矛盾 した心 理 を持 ち合わせている。デ ィケ ンズは 自らの性 向は もちろん,当時急増 しつつあった本の読 め る大衆の心理 もしっか り読み切 って,彼 らを捉えるひ とつの手段 として も大い に 利 用 し たO『オ リグァ一 ・トウィス ト』 はその最たる例 であ り, この作品が この文学的 ジャ-/ルの 傑作 と見 られていた ことは,今 日かな り忘れ られているが,重要 なことである。「犯罪小説」

(CriminalRomance)または 「ニューゲイ ト・ノヴェル」(NewgateNovel)と呼 ばれ るこ のジ ャンルについては, この小論の主 旨とは外れ るので多 くは触れないが,今後のひ とつの (7) 研究 テーマ としたい。 さて話を戻 して,デ ィケンズが描いた ロン ドンの町は,総体 としては勿論 こんな暗 くて憂 うつな面ばか りではない。 ロン ドンの半面,人 々を惹 きつけて離 さない数 々の魅 力について は,デ ィケ ンズを研究す るものが今更取 り上げ るまで もなかろ う。何 は ともあれ,デ ィケ ン ズな らず とも

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世紀の ロン ドン,即 ち世界一を 自他 ともに認め人類史上 どの都市 も経験 し た ことのない繁栄をした巨大都市は,何 とも形容 Lがたい怪 しい魅 力にあふれて い た の で (8) ある。デ ィケンズ自身の立身出世や文人 としての名声 の確立それ 自体が この ロン ドンの言い 尽せぬ夢を代弁 して くれ ているとも言 える。 ロン ドンに対 して,ひいては人生に対 してデ ィケンズがひ とつ強 く抱いていた考 え方を挙 げ るとすれば,次の一節 を示 さな くてはなるまい。

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舞台で演 じられ る血 なま ぐさいメロ ドラマの傑作では,悲劇的な場面 と喜劇的な場面 とを,ち ょうどよく保存 されたベーコンの切 り口の赤 と白の縞模様の ように,かわ るが わ る順序正 しく見せ るのが通例 である。(中略) こんな場面転換 は一見馬鹿 らしく見えるか もしれねが,実はそれほ ど不 自 然 で は な い。実生活においてもご馳走の並 んだ宴会か ら死の床-,喪服か らお祭 りの晴れ着- と 変わ ることは,ち っとも驚 くには当た らないのだ。(『オ リグァ一 ・トウ ィス ト』第17章, p.

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「べ-コソの縞模様」(streaky bacon) の ように人生は明るい出来事 と暗 い出来事がほ と ん ど十分な猶予 もな く引 き続いて起 こり,互 いに重 な り合 っている。明や暗 どち らか一方に 偏 りは しない。 どんなに幸せで楽 しい時頼が続いていて も,次にはどれほ ど辛 くて苦 しい時 機がや って来 るかわか らない. この種 の不安感は一生 デ ィケンズの頭か ら離れなか った。 『オ リグァ一 ・トウィス ト』の構成 も, この 「ベーコンの縞模様」 さなが らに, 様 々の事 件 (明暗両様)が入 り混 じるOオ リグァ-は フェイギ ソ一味 の手か ら逃れ, メイ 1)一家の善 良な人 々と静養 のために田舎へ引 きこもって, この上 な く平穏 で愉快 な 日々を送 っていた。 が,そ こに突然何 の前触れ もな く, ローズ .メイ リ-が熱病にかか り危 うく命を落 とす とい う事態が起 こる(第

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章)。 この ような時間的な事態の急変 と共に,場所 的な急変 も見逃せな い。「ベーコンの縞模様」は時間ばか りか空間に も及ぶ。表通 りの華やか さや賑わいの裏で, ほんのひ とつの角,ひ とつの建物の向 こうには,飢 え と貧 しさのはび こる人間の もの とも思 われ ない世界が隣合わせに横たわ っている。『ポズのスケ ッチ集』の頃 デ ィケ ンズは既に こ う した ロン ドンの特性を意識 していた。早 くか ら街を渉猟す る人 となった彼は,都市をスケ ッ チ し報告す るとい う都合の よい観察者 となって, ロン ドンのイメージを続 々と紡 ぎ出 した。 ロン ドンの この地域 の汚な らしくみ じめな様子は,それを見た ことのない人 (そんな 人が多いのだが)にはほ とんど想像がつかない。み じめた らしい家 々の窓 は こ わ れ, ぼ ろや紙 でつ ぎが当て られている。ひ とつひ とつの部屋は,多 くの場合二 つ或 は三つ も の異 なる家族に貸 されている。(中略)家の表 には排水溝が,裏には どぶがあ り,至 る処 に汚稜が見 られ る。(中略)様 々に薄汚れた服を着た男や女が,ぶ らついた り,がみがみ 言 った り,酒を飲んだ り,煙草を契 った り, 口論を した り,取 っ組み合いを した り, の のし り合 った りしている。 ひ とつ角を曲が るO何 とい う変わ り様だろ う.全ては明る く,光 り輝 いてい る。た く さんの声が ざわめ きとなって,あの立派 な酒場か ら聞 こえて来 る。(中略)その派手 な建 物は とい うと,入 口の手す りは素敵に装飾 してあ り,時計に も色模様が施 され,(中略) ぜ いた くに金め っきされた火 口か らガス灯がふんだんにあた りを照 らして,た った今 見 て来た場所 の暗 さや汚なさと比べ てみれば,全 く目もくらまんぼか りの眺 め で あ る。 (『ボズのスケ ッチ集』より 「ジン酒場」pp.

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104 研究紀要 (第6号) デ ィケ ンズの見た, こうした明暗 だんだ ら染 め の ロン ドン,そ して人生 に対す る考 え方は生 涯変わ りは しなか ったO ロン ドンの人 デ ィケ ンズに とっては,巨大都市に対す る このイメ-ジこそ支配的 であ る。 ところが ロン ドン全体の明暗の色調 は微妙 に変わ る0人 の常 として若 い時代には楽観性が 勝 るOデ ィケ ンズにおいて も同様 であ った.彼 は年 を経 るとともに, ロン ドンを よ り苛酷 で 冷た い場所 と感 じるよ うにな り,その反面,幼 い時期楽 しい 日々を送 った 田園チ ャタムに対 して理想 と言 え るものを見 るよ うになった。先 に少 し触れた通 り,デ ィケ ンズは 『デイ ヴ ィ ッ ド ・カパーフ ィール ド』(DavidC

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pperj;eld,1850)を書 く前に本格的 自伝 を手掛けてい たのだが,その中にチ ャタム時代を振 り返 って当時住 んでいた ロン ドンと比較 している個所 があ る。 フ ォースターの伝記 の中にその一部が書 き記 され てい る。それ は明 らかに田園讃美 と都市憎悪 の形 を取 っていて,そ こにはあれ ほ ど魅 力のあ った ロン ドンに愛想 をつか して し まったデ ィケ ンズの姿 があ る。 さて ここでデ ィケ ンズ と田園の生活 を考 え るに,ひ とつ大 きな問題があ る。都 会の人 々の 生活をあれほ ど忠実 に描 けた彼が, 田舎 の農民 の生活を正確 に措 こ うとは しなか った とい う ことだ。 と言 うよ り措けなか ったのだ。 ここに も彼 の 「都市 ロン ドンの人」た る 所 似 が あ (9) る。 この ことは, ジ ョージ ・オー ウェルを含む多 くの人 々に よって既 に指摘 され てい る。 な るほ ど,彼 の作 品をいろいろ と思 い起 こして も,農民 の生活ぶ りなど少 しも頭 には浮かんで 来 ない。 ではデ ィケ ンズは田園 とい うものを一体 ど う理解 していたのか。 ロン ドンの生活 と対比す べ き田園生活 を どんなふ うに捉 えていたのか。 これを解 くのに非常に重要 な研究が行 なわれ てい る。 シ ュワル ツバ ック氏はその 『デ ィケ ンズ と都市』の中で,デ ィケ ンズの実際 の少年 時代 と彼が小説 その他 の中で語 った少年時 代を,資料 の克 明な検索 と共に比較 し て 見 せ て (10) い る。その結果私達は意外 な ことを知 る。両者 には明 らかにず れがあ り,意識的 な 作 り変 えが見 られ る。氏はデ ィケ ンズの この行為を 「自伝 の再構築」 ひいてはあ る 種 の 「神 話」 (myth)の製作 であると言 っている。- ドモ ソ ド・ウ ィル ソンが 「デ ィケンズ- 二 人 の 111ー\ ス クル ージ」 の中で指摘 して以来 , デ ィケ ンズの例 の心 の傷 は 「幼児症痕」(trauma) とさ え見 なされ,常 に執物 な注 目にさ らされ て来 た。その心 の傷 が彼 の作 品へ甚大 な影響 を与 え た こと自体疑 い よ うはない。 しか しデ ィケ ンズの この 自伝再構築 の作 業に は,それに劣 らぬ 重大 な意味があ る。確 かに,デ ィケ ンズは 田園生活の実態 を,その長所短所 を含めて,必ず しもよく知 っていた とは思われ ないOそれ でいて何 の迷 い も見せず に, 自 らの幼少時 の田園 生活を作 り変 えた上 で手放 しの賞揚 を してい る。文学上 の常套手段 であ る都市 と田園 とい う 安易 な考 え方 に 自分 の人生 を当てはめ よ うとしたのは何故 かO それはデ ィケ ンズ自身 の`identity'(正体,身元) を求めての ことではなか ったか。 彼 の 人生 は表 向きの成功 とは裏腹に,精神的には流浪の人生 であ った と思 う。た くさんの子供 を も うけたに もかかわ らず,妻 キ ャサ リンとは不仲であ った。常 に激 しい強迫観念 に 悩 ま さ れ,富や名声 に反 して心 の落着 きに も欠けていた。 この よ うに生涯苦 しみ悩み続 け る自分を

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少 しで も納得 させ安心 させ るには,過去に心 の依 り処 となるべ き場所 や時代 が必要だ ったO 本来 の 自分 を生 か して くれた理想 の時 と場所 が明 らかに存 在 しな くてはいけなか った。 空想的な町 チ ャタムに こ うして心 の逃避 を計 ったデ ィケ ンズ も,実際 には1858年 (46歳) まで ロン ドンに住 んでいた。そ して妻 との別居 を機 に彼 は, い よい よチ ャタムの郊外 ギ ャッ ズ ・ヒルに念願 の屋敷を手に入れ移 り住 んだ。 この屋敷 は,それに関 して父親 との会話 もェ (12) ピ ソ- ドとして残 ってい るように,少年時代か らの憧れであ った. ところがデ ィケ 1/ズほ こ こで も決 して心 の安 らぎを得 ることは出来 なか った。未完 なが ら最後 の小説 『エ ドウ ィン ・ ドル- ドの謎』(TheMysteryofEdwinDrood,1870)は舞台を チ ャタムない しその隣 町 ロチ ェスターに設定 してい るが, もはや芳 しい感想 を与 え られていない. クロイスク ラム 〔チ ャタム〕 ほ古 い町で,騒 しい世 界を追 い求め る人間が住むに相応 しい場所 ではない。単調 な,静 ま り返 った町で,大聖堂 の地下 室か ら湧 いて来 る土 くさ い香 りが,町 じゅ うにみ な ぎっているO(中略) タロイスタ ラムは沈滞 した町 で,そ この住人 は珍 しい とい うよ りも奇妙 な不条理 ,す なわ ち この町の変化 はすべ て過去に存 し,未来 には絶対や って来 ない、 とい う考 えを抱 いてい る らしい。(第3章,pp.18-19) 後期には ます ます悲観的 な社会観を強めて行 ったデ ィケ ンズは,半 ば 自伝 と言 え る 『デイ ヴ ィッ ド ・カバ ーフィ-ル ド』で 自伝 を再構築 した後,『大 いな る通産』(GreatExpectations, 1861)の中でまた別な 自分を表現 して見せた。 自分 の過去 をでっち上げ て も決 して心 は安 ら かにはな らない。その空 しさに気づ くのにそ う時間 はかか らなか った。後者 には今論 じてい る彼 の都市 と田園の考 え方,そ して幸福観 とい うものが,か な り正直 にそ して最終的 な形 で 提示 され てい ると思われ る。 この論文 を まとめ るもの として,『大 いな る通産』の中に,デ ィ ケ ンズ とロン ドンの関係,そ して彼 の求めた安住 の地 について探 って行 きたい。 ピ ップが無 名氏か らの遺産相続 の期待 を胸に勇躍 出かけ る ロン ド1/ほ, オ 1)ヴ ァ一 ・トウ ィス トのそれ とほ とん ど変わ らない。ただ,す でに故郷 でエステ ラや ミス ・- ヴィシャムの 住む今 まで知 らなか った高貴 な世 界に触れ て しまった ピ ップは,紳士 とい う外見 の魅 力に と りつかれ て,それを ロン ドンに求め る。その反動 で,義兄 ジ ョーや、 ピ ップと同 じく孤 児 の ビデ ィが営 々として心豊 かに暮 らしてい る故郷 の町は紳士にふ さわ し くない もの として始 め の うちは無視 され てい る。 じめ じめ した この低地 も, も う二度 と見 ないのだ。堤 も水 門 も, も う二度 と見 ること はないであろ う。それか ら, あの草を食む牛 の群れ も (中略) もはや二度 と見 ることは ないであろ う。わが少年時代 の単調な友 よ, さらば .′ わが行 く手 は, ロン ド ン で あ り,偉大 な るものの世界であ る.′ 鍛 冶屋 の仕事やお まえた ちではないのだ .′(第19章, pp.139-40)

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106 研究紀要 (第 6号) しか しビ ップの初 めて見た ロン ドンも,オ リグァー と同様,幻滅以外 の何物 で も な か っ た.家畜市場 で有名 なス ミス フ ィール ドの きたなさ,公開死刑 で有名 なニ ューゲイ ト監獄 の 陰惨 さ。 ここに早 くもピ ップの ロン ドンにおけ る将来が予示 され てい ると言 え る。弁護士 の 書記を してい る,非常に事務的 で無感情 な男 ウェ ミック

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に導かれ て, ピ ップ は折 りも折 りエステ ラを ロン ドンに迎 える日に, ニ ューゲイ ト監獄 の中を見 て回 る破 目にな る。 この時,様 々の罪人 の醜悪 な姿 と我が星 とあがめ る-ステ ラの余 りの違 いに, ピ ップの 幻減感は頂点に達す る。 ときもあろ うにえ りにえって, き ょうの よ うな 日に, ニ ューゲイ ト監獄 の臭 気を 自分 の 息や服 につ けた りしなけ りゃよか った, と思 った。わた しは, あ っち こっちぶ らつ きな が ら,足 についた監獄 の挨 りをはた きお とし,服 か らふ りお とし,肺 か ら吐 きだ した。

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ピ ップは-ステ ラへ の愛や, ジ ョーや ビデ ィか ら授け られ る思 いや りに よ り,やがて紳士 とい う外見だけの偶像 を捨 て,正 真正銘の人生 を送 ることに気づ くのだが,結局 ロン ドンに も故郷に も自分 の場所 を見つけ られず に,親友 の--バ ー トと共に アフ リカの カイ ロで働 く ことにな る。依 るべ きもののない ピ ップは一体何 を頼 った らよいのか0 ピ ップの生 まれ故郷 には,早 くか ら両親 を失 くしてみ な し子だ った彼を暖 か く包 んで くれ る空間はなか った。デ ィケ ンズの措 くその故郷 は終始寒 々として陰 気 さに満 ちてい る。暗 く 雲が たち こめ, うら淋 しい荒野 の中に仔 む ピ ップー この姿が 『大 いな る遺産』にはず っと ついて回 る。村人たち も決 して夢 を与 えて くれ るような輩 ではない。 ここに もデ ィケ ソズの 厳 しい現実認識があ る。実 の姉 なが らピ ップをいつ も人 とも扱わ ない ミセス ・ジ ョー,人 の 手柄 を全て調子 よく自分 の ものに して しまい皆に吹聴 して回 る偽善者 パ ン ブ ル チ ュック, ジ ョーの弟子 で陰険邪悪 なオー リック,その他金で しか動 かない村 の人 々な ど。唯一 ジ ョー とビデ ィだけが生 まれ なが らに善 良で,結局 ピ ップの救 い とな り,デ ィケ ソズの遂にた ど り つ いた理想 を示す こととな る。 物語 の最後 で ビ ップは11年ぶ りに故郷-帰 る。マ グウィッチの遺産 相続に片が 付 い た 時 (無名氏は流刑者 マ グウィッチだ と判 明)に さえ帰 らなか った ものが, ここに至 って帰 る気 にな ったのは何故 であろ うか。それ は,そ こにジ ョー とビデ イの作 り上げた暖 かい家庭 とい う城 があるか らだ。そ して二人 に生 まれた子供 の名前 は ピ ップとい う。デ ィケ ンズが,主人 公 ピ ップの子供時分 には与 え られ なか った親 の行 き届 いた愛情が この新 しい ピ ップに与 え ら れ ることを願 ってい るのは明 らかであ る。故郷 か らロン ドン-, ロン ドンか らまた故郷-, その果 てに見つけた ものは, ジ ョー とビデ ィたちの団 らんだ ったのではないだろ うか。 これ こそデ ィケ ンズの求めて来 た場所 ,安住 の地だ ったに違 いない。 『大 いな る遺産』には これを裏付け るも うひ とつの話が あ る。先程 少 し触れたが, ウェ ミッ クとい う興味深 い人物が発場 す る。彼 は, ジ ャガーズ とい う冷酷 で腕 の立つ刑事裁判所 の弁

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護士 の許 で働 く, これ また非情 な男である。 ところが面 白い ことに, この男は家に居 る時 と 事務所 にい る時 では まるで性格が変わ って しま う。 この対照性 は小説 の面 白さのための技法 で もあ るが,非常に意味深長であ る。仕事 の時 の顔 は, pソ ドンとい う都会 の厳 しさ,非人 間性 に対抗すべ き無感情 の ものであ り, 自宅 での顔 は ロン ドンを全 て忘れ去 った全 く私的に くつ ろいだ 自由な もの とな る。後者をその住所 にちなんで 「ウ ォル ワース気分」(W alworth sentiments)と呼ぶが,その立場 で ウェ ミックは ピ ップの相談 を快 く受け, 困難 を打開す る 手助 けを して くれ る。象徴的な ことには, ウェ ミックの家は実際小 さいな■が ら城 の造 りに な っていて, 出入 りを遮断す るはね橋 までが作 られてい る(第

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章)0 体 の不 自由な父 と婚約者 を抱 えた ウェ ミックは,そ のが っし りしたお伽話 の よ うな家 で二 人 を守 るのであ る。 ここに も都会 の苛酷 さに対抗すべ き依 り処 とな る家庭 とい う理想が示 さ れ てい る。 デ ィケ ンズが作 品の中で (特に前期)盛 んに措 く- ッピー ・エ ン ドの場面 は,たいていい つ も大規模 な家族 団 らんである. 『ボズのスケ ッチ集 』の 「ク リスマス ・デ ノナ-」 に始 ま り,有名な 「ク リスマス ・キ ャロル」(1843)を代表 に, 様 々な作 品の中で こ うい う場面 は 繰 り返 されてきた。人 々の幸福を措 くのに,デ ィケ ンズは これ以上 の描写に筆 を進 め よ うと は しなか った。満面微笑 を浮 かべ た主人公たち と,彼 らを取 り囲む子供 の賑やかな声,そ し てテーブルか らあふれ んばか りの食事。 こ うした満足 と安心感が全 て と言わ んばか りに,デ ,tケ ンズほそれを繰 り返 し,そ こで急停車す るO即 ち,生涯 を通 して彼 の求めた ものは,都 会や 田舎 とい う地域や住環童 ではな く,ただ暖かな家庭 の団 らん とい う人間関係だ った ので はないだろ うか。 注 (1) 小池滋著『ディケンズ- 19世紀信号手』 英米文学作家論叢書(冬樹社,1979),p.133。 (2)伝記的事実については,ジョン ・フォースター著 『チャールズ ・デ ィケンズ伝』に 依 るoJohn Forster,TheLifeofCharlesDickens(Everyman'sLibrary,1969).

(3) 1846年8月30日。『デ ィケンズ伝』第1巻,pp.419-20。

(4) デ ィケンズの作品については, 長編の場合全てが月刊誌など-の連載の形を取ってい る の で, 連載完了の年を製作年として記しておいた。

(5)作品の引用は全て0XfordIllustratedEdition(London:oxfordUniversityPress,1947-58)に依 る。

(6)『商用でない旅人』 (TheUncommercialTraveller,1860),p.234;『デ ィケンズ伝』第1巻,

p.14。

(7) 和書の文献 としては,北候文緒著『ニューゲイ ト.ノヴェル- ある犯罪小説群』(研究社選書,

1981)が詳しい。

(8) ロソドンの魅力を伝えるものとして,小池滋著『ロンドン- ほんの百年前の物語』(中公新書,

1978)を推薦したい。

(9) "CharlesDickens"(1940)。現在は,SoniaOrwell& Ian Angus(eds.),Collected Essays, Journalism and Letters0fGeorgeOrwell(Seeker& Warburg,1968)VoL Iに収録されて

(10)

108 研究紀要 (第6号) いる。

(10) F.S.Schwarzbach,DickensandtheCity(London:London University Press,1979)の第 1

章 。

(ll) EdmundW ilson,"Dickens: The Two Scrooges",The Wound and theBow (London:

Houghton,1941). (12) 『デ ィケンズ伝』第 1巻,pp.4-5。 (13) 作品の翻訳は次の ものを利用 させて頂 いた。 『オ リグァ一 ・トウィス ト』講談社文庫,小池滋訳 『- ドウ ィソ ・ドル- ドの謎』講談社 世界文学全集29,小池滋訳 『大いなる遺産』新潮文庫 山西英一訳 なお,注3の手紙は,小池泣著 『デ ィケンズ- 19世紀信号手』(p.104)に依 る.また 『ボスの スケ ッチ集』は拙訳である。 (以上)

参照

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