椙山女学園大学
社会情報学の試み (2)
著者
田中 美栄子
雑誌名
椙山女学園大学研究論集 社会科学篇
号
28
ページ
49-57
発行年
1997
URL
http://id.nii.ac.jp/1454/00001437/
社会情報学の試み (2)
田 中 (山脇) 美栄子
A Practice toward Social Information Studies(2)
Mieko TANAKA-YAMAWAKI
社会情報学とは何か,という問に対する答えが二つの方向から見えてきた。一つは卒業 研究の題目として平成 6年度より 3年間にわたって試行錯誤を重ねてきた様々のテーマに ついて或る程度の評価が出せる実績が揃ってきたこと,もう一つは全国の大学で過去数年 間に新設されてその概念規定に苦慮してきた社会情報学部が学会 (「社会情報学会 (Society for Socio-Information Studies) を設立するに至ったことである。社会情報学とは現在ど のように定義されつつあるのか,どのような要素から成り立っているのか,自然科学出身 の研究者からの寄与としてどのようなものが可能か等について考察する。 1. 社会情報学の現状 3 年前の拙稿 「社会情報学の現状」1)では主にアメリカにおけるコンピュータサイエン スの形成を端的に反映する資料である ACM レポートとの対比において日本における社会 情報学の誕生の歴史をさぐりつつその概念規定を行おうと試みた。そこでの議論の要点を まとめると次のようになる。 アメリカにおいては1960年代の終り頃から近い将来に予測されるコンピュータ技術者の 養成に対応できる学問体系の確立を目指してカリキュラムの確立が急がれた。1968年にま とめられた最初の報告 ( ACM レポート,詳細は文献 1を参照)にはコンピュータサイエ ンスの中核となる科目名が目的別に分類されてコンピュータ・サイエンスのコア・カリ キュラムとして提示されている。その後,各大学に作られたコンピュータ・サイエンス学 科のカリキュラムは「 ACM レポート'68」 に準拠して作られた。この段階では新分野にお ける研究実績の確立と教育の中核を担う大学教員の養成がひとつの大きな目的であったた め,アカデミックな色彩の濃いものとなっている。その後十年を経て1978年に前レポート を発展させる形でまとめられた 「 ACM レポート'78」 は教育のためのカリキュラム作りに 配慮したより包括的な内容となっている。これはさらに十年後の 「 ACM レポート'88」 で 整理され,必修科目となる九つの分野が抽出された。その三年後に出された 「 ACM レポー ト'91」 では主としてパーソナルコンピュータの普及によって急速にコンピュータが大衆 のものとなった社会事情に対応すべく,文化的,社会的,法律的,倫理的,それに職業技 能的側面をカリキュラムに取り入れようとしている。ちょうどこれと時期を同じくして日 本に登場した社会情報学部はこの 「 ACM レポート'91」 で強調されたものと同種の内容を
田 中 美栄子 中心に据えた,技術志向の弱い情報学とみてよい。その背景にはコンピュータサイエンス の技術的な部分を選択的に輸入することで発展してきた情報工学がカバーしてきていな かった部分を新たな枠組みの中に作って行くことへの必要性が高まってきたという社会事 情があり,しかもこういった部分は異なる国ごとに別個に扱わなければならない部分も多 く存在するために単純な輸入に頼ることは難しいという理由から,「社会情報学」 という, 和製の,新しい旗のもとに新しい学問の構築を始めることとなった。 しかしそれによって社会情報学の基盤となる研究・教育上の実績が着々と積み重ねられ ていったかというとそうではない。個人差はあるが,高年齢層の教員には新しい分野を開 拓するという志向が希薄である。一方,若年層の教員は新しい分野を開拓するに必要な研 究経験が足りない。また,行政側からも今までは社会情報学部をかなり作ったから次は情 報社会学部,または類似の,しかし新しい響きのある名前にする等といった形で焦点がぼ かされてきた。こういったなかで,社会情報学というテーマを公式・非公式にもつ各大学 ではそれぞれに社会情報学とは何かという問になんらかの解答を用意すべく努力が重ねら れてきていた。3)そういった新しい分野での研究成果はすぐさま教員の研究実績につながる ようなものではないという難点を持つが,学生の卒業研究のテーマを幾つか用意しなけれ ばならないという差し迫った事情から,いくつものテーマが試され,淘汰されるという過 程を経て或る程度の実績が作られてきたというのが現状である。2) 言うまでもないことだが卒業研究だけがすべてではない。どういった人材を育てるのか という目標を定め,そのためにどのようなメニューをどんな順序で教育に取り込めばよい かという問題が重要である。しかし大まかなカリキュラムは発足当時に決まっているの で,多少の修正は随時加えてゆくにせよアウトラインは決められていると言ってよい。ど このカリキュラムを見てもパーソナルコンピュータを使った文書処理 (一太郎, Word な どのアプリケーションソフトの使用に慣れる) と表計算 (LOTUS 1-2-3,EXCEL などの 使用), および BACIC, FORTRAN, PASCAL, C などの言語のうちいずれかを使って簡単な 自作プログラミングをする実習をなんらかの形で含むとともに,情報化社会に生きる人間 はどうあるべきかといったテーマでの講義やゼミが用意されているのが普通である。その 学習結果をもっと具体的な形で残すための資格の取得に対しては,大抵の大学が前向きに 考えてはいるものの,カリキュラムに取り入れるまでには至っておらず学生の自主的な努 力を期待するという形をとっている場合が多い。椙山女学園大学の生活科学部・生活社会 科学科においては社会情報学をメインテーマの一つに置くものの学部や学科の名称とはせ ず,そのために情報処理技術を磨くことに焦点を絞るのではなく,むしろ生活,政治的な ことがら,経済活動に関係したことがらの理解や処理にパーソナルコンピュータを利用す ることのほうに焦点が置かれてきたため,情報を一般的にとらえるといった漠然としたや り方ではなく個々の具体的な情報を直接扱うことを比較的抵抗なく行うことができた。そ ういう意味では「情報学」ではなく「社会情報学」と規定したことのメリットが見られる のであるが,全体としてみれば概念規定のはっきりしない「社会情報学」をメインテーマ にすることによる様々の問題を無視し去ることはできない。 現状での最大の問題は卒業生の就職と大学院進学をどう考えるかである。バブル経済時 に華やかに見えた証券市場やコンピュータ産業のマーケットに,情報学を専攻した学生を 大勢きり込めるであろうという期待は,バブル経済崩壊後の景気後退によって壊滅的な打
撃をこうむった。(それでも見落としてはならないのは,大勢とは言えないまでも確実に かなりの数の学生がコンピュータ産業に就職していることである。) やはり現行のカリ キュラムに「広く浅く」の傾向が強くて卒業生を特定の職種に大勢送り込めるような方向 性が弱いことと,学生自身のほうにも職業志向が弱いことがその主な原因であろう。しか し景気が回復すれば一般サラリーマンの需要も今よりは増えるので就職状況は好転するは ずである。学生の職業志向の減少は,少子化に加えてバブル経済時の蓄積が或る程度残っ ているために親がいつまでも子供の面倒を見る家庭が多いことから,現代の日本社会全体 の特徴と見てよいであろう。また,女子学生が長期の就職を考えたがらないのは日本にお ける専業主婦の地位の高さと,日本女性が一般企業の職場に進出した歴史の浅さを思えば, むべなるかなという気がしないでもない。 一方,大学院のほうは社会情報学の確立を待たずにとりあえず作らなければならないと いう面があるため,かなりの困難が予想される。実際,平成 8年度からの大学院発足を計 画した大妻女子大学では,社会生活情報学,社会環境情報学,社会情報処理学の三専攻の うち社会生活情報学のみが予定時の大学院設立に成功し,あと二つの専攻ではもっと時間 を掛けて大学院を作ることになったと聞く。時間をかけるということが,もっとしっかり した学問的基盤を作るという気運につながるのであればそれはむしろ望ましいことである と考えられる。平成 8年 4月に発足した社会情報学会がそのような機能を果たすものであ ることを期待したい。 2. 社会情報学の確立に向けて 学生の就職にせよ大学院設立にせよ,社会情報学という新分野が社会的に認知されて行 くにつれて好転の方向に向かうであろうことは必定である。社会情報学を学んだ卒業生は いったい何を勉強してきたのかというアイデンティティの確立が必要である。また,社会 情報学専攻の大学院に行って何を研究するのかという見通しが明確にされなければならな い。更には社会情報学が短期に消えてなくなるものでないことを実績によって示さなけれ ばならない。行政も,一旦そういった学部をまとめて認可した以上,そういう新分野が確 立するまでバックアップをする必要があろう。 社会情報学のように未確立の新分野における研究活動は教員の研究業績に直結しないと いう難点を抱えている。試行錯誤が多く無駄が多い上に,発表の場がない。テーマが多岐 にわたり,しかも思いつきに頼ることが多く,一貫性を保ちにくい。似たようなことをやっ ている仲間を見つけるのは難しいので,議論をする相手がいない。研究費にも恵まれない 上に時間的余裕もない。しかし一方では学生それぞれに卒業研究のテーマを考えて与えな ければならないから,やむにやまれず何らかのアイデアをひねり出す羽目になる。こう いったさまざまのテーマをいくつも消費しながら淘汰を重ねて行くうちに社会情報学の基 盤が形成されて行く,というのが目下のところ一番確実な成果を期待できる部分であろう かと思われる。だとすれば社会情報学を気長く追求して行くうちにその形が見えてくる, つまり時間が必要だということになる。その間,アイデアの源泉となる人的交流や情報交 換を或る程度サポートする体制が作られることが望ましい。社会情報学会の設立はその意 味で機を得たものであるが,やはりそれに参加する個人の活動を支援する研究資金の整備
田 中 美栄子 や,精神的サポートとなるような評価体制の確立もあって欲しいところである。 3. 椙山女学園大学内での活動 平成 7年度には生活社会科学科内の有志による「社会情報学研究会」が,発起人である 岡本宏教授の呼び掛けで約 1年にわたって持たれた。月に一度のペースでメンバーが「私 の考える社会情報学」という題名の講演を行い,出席者がそれをもとに議論するという形 で進められたこの研究会の前半期の概要については,本誌第27巻に掲載された岡本氏の論 文4)にまとめられている。 少なくとも平成 3年から 7年までの問は生活社会科学科という新しい学科をどのように 形成して行くかという問題と平行して社会情報学をどう作って行くかという問題が学科内 の情報担当教員に課された最大の懸案事項であった。それを考えるなかで教育と研究の内 容が方向付けられて行ったと言える。第一期生が四年生となって卒業研究を始める平成 6 年になると学生の実際の能力や志向性を考慮して教員それぞれが理想的と考える方向性に 修正を加えなければならないことがわかり,試行錯誤のなかで次第に教員と学生との合意 点を模索しながら様々のテーマが試され,消費されて行った。教員の出身分野が互いに非 常に異なっていることによる不都合よりもそのことから引き出せる利点のほうが期待され た。特にいわゆる文科系出身者と理科系出身者が混在していることはいろいろな軋轢の元 となるものであるが,そのこと自体を発展のエネルギー源とすることもまた不可能ではな い。 教員はそれぞれにいろいろなテーマを考え,多くの学生もまたそれによく応じた。情報 系に限って言えば大抵のテーマはそれを遂行することによってパーソナル・コンピュータ に慣れるという副産物を得ることができるように考えられていた。尤も,論文をワードプ ロセッサで作成してそれを一太郎を使って印刷するというだけの使い方も含めてではある が。比較的多くの学生が表計算ソフトウエアを用いたデータ処理を卒論に取り入れること により情報教育の成果を形として残そうと努力した。また,何人かの学生は統計学的検定 を実際に使ってみることでやはり教育の成果を形にしようとした。コンピュータ志向の もっと強い学生は CAI などのプログラム作りに熱中した。こうなると理科系と同じよう にコンピュータに付ききりになって常時計算室に詰めているという学生も或る程度の人数 現れた。その中にあって特に, BACICで可能ないろいろなテクニックを使っ て CAIを 作 成した学生の一人は卒業後約一箇月 でC言語を自習してプログラムを書くようになったと いう例もあり,これなどは情報処理能力の開発が理想通りに行った例と言える。 しかし多くの学生はアプリケーションソフトの使用がやっとというレベルで終わってお り,授業や演習でやったことはなかなか身につかないように見受けられた。環境問題等を テーマに選ぶ学生はこういうタイプの学生のなかに非常に多いが,少数の例外を除くと, その多くはあまり学校に出てこず,あまり時間と労力をかけずに本や雑誌の抜き書きをつ なぎあわせてなるべく要領よく論文を書いてしまおうという傾向が強く,このようなテー マを指導することの難しさを痛感させられる結果となった。 就職となるとほとんどの学生がコンピュータ関連の会社を受験したが大抵が不成功に終 わった。これは第 1節にも述べたように不況で業界全体が不振なことがその主因であるが,
学生本人の適性の低さということも無視できない。カリキュラムの問題で演習時間が少な すぎるなどの欠点も指摘されるがすべての学生がもっとハードなカリキュラムに適応でき るというわけでもなさそうである。
4. 私自身の試み
平成 6年度の卒業研究については拙著「社会情報学の試み (1)」2)に書いたのでここで は主に平成 7年度と現在進行中の平成 8年度について述べるが,必要に応じて平成6 年度 のものも引用することがある。 (a) 源氏物語の情報学的研究 一番社会科学の範疇から外れそうなものから始めるのもどうかと思うが,3 年間を通じ て最も多くの学生がこのテーマを選び,論文としての成功度も高かったので,それだけ学 生に受け入れられ易いという要素をもったテーマであったことになる。最初は源氏物語に 挿入された和歌だけに的をしぼり,さまざまな単語の出現度数を数えて検定にかけること によって54巻の等質性を探ろうというものであった。平成 6年度はデータベースを作ると いう作業に追われたが,6 人掛かりで調べあげた結果は42巻から44巻までがそれ以外の51 巻と比べて異質であり,よく議論される宇治十帖(45巻から54巻まで)の異質性は検出で きないという結果となった。しかしその結論にあきたらず,和歌中の語句の出現頻度では なく語句の季節感の変遷から宇治十帖の執筆された季節とその期間の長さを考察した論文 が一つ現れて,それが平成 7年度に同じテーマを追求した学生に引き継がれることとなっ た。これは 6人が同じテーマを追求したので,論文を書くときにひとりひとりが他の学生 と一緒にやった部分だけに頼るわけにはゆかず,オリジナリティーを主張するためにもう ひと頑張りしなければならなかった,ということが主な原因である。無論指導上そのよう なプレッシャーをかけることによってそうさせたのであるが,それに答える学生とそうで ないのとが存在するわけである。初年度に多くの学生が手掛けてたくさんの論文があった せいかどうか,次年度の平成 7年度にはとくにポテンシャルの高い学生が二人このテーマ に取り組んだ。このときには全文のデータベースが手元にあったので和歌だけでなく全文 を対象にすることが可能であった。しかし限られた期間にまとまった研究をするには対象 を絞らざるを得ないので,ひとりは代名詞の出現頻度をしらべ,あと一人は全体の筋書き の構成から各巻の成立順序を考察の対象とし,まずオリジナル源氏物語ともいうべき原型 が作られた後で,なんらかの理由によってあとから挿入されたと推定される「加えの巻」 を割り出して分離した。5)1年後の1996年夏に偶然これと非常に良く似た内容の本が1989年 に自費出版されていることを知り,あらためてこういう解析を楽しむ精神的風土の存在に 心打たれた。さて話を平成 8年度の始めに戻すと,この題目で三年目の研究にかかろうと する一人の学生が本文も含めた源氏物語に出現する用言の語尾を非常に丁寧な語とそうで ない語とに分けて54巻の均一度を議論しようとしていた。丁度このころ,偶然訪れた統計 数理研究所で文部省科学研究費の重点研究として行われている「源氏物語の文献情報学的 研究」の発表会が行われているのに遭遇した。そこで源氏物語を含めた歌物語の性格分類 を,出現する体言の種類と用言の種類との比を用いて行うという研究がなされていること田 中 美栄子 を知り,帰ってから当の学生に出現する体言の総数と用言の総数の比を調べてみることを 提案してみた。その結果はあまり明確な結論を導かなかったのであるが,このことが契機 となって最初に追求していたテーマである丁寧語の比についての解析が進み,宇治十帖を ほかの巻とを分ける証拠のようなものが引き出されてきた。 ひるがえって何故このテーマが学生に広く受け入れられるのかを考えて見ると,第一に 源氏物語という対象そのものに対する興味の強さが挙げられる。したがって,他に源氏物 語と同程度に学生の興味を惹き得る文献を対象にすれば同じ程度に面白い研究ができる可 能性があることになる。第二に手間はかかるがとっつきやすいという点が挙げられる。コ ンピュータを使うにしても検索機能くらいで済み,一応だれにでもできるという安心感が あるために,テクニックにわずらわされず,謎そのものの追求に専念できる。第三に統計 学を実際に応用してみる良い練習場である。授業や演習だけでは理解しきれていなかった 概念が卒業研究を通して良く理解でき身につく。この最後の要因は「勉強になった」とい う満足感につながるため真面目な学生にとっては非常に重要な要素なのである。こういう 反応が学生から返ってくることは大変健全なことだという気がする。学生自身が卒業研究 を授業で学んだことの応用として位置付けているのである。 この研究は平成 8年度の社会情報学会の一般研究部門で発表する予定である。統計数理 研究所での重点研究発表会で見聞した先行する研究とかなりの部分共通しているので,オ リジナリティーを主張できる部分はそれほど多くない。しかし独立にやっているので他で は見ていないことを見ている部分もかなりの程度あり,一応 3年が経過したところで発表 してみるのもよいかと考えている。 (b) 景気循環モデルとそのコンピュータ・シミュレーション これは前出の源氏物語とは反対にまだひとりも学生を得ていない。どうも難しそうで とっつきにくいという印象を学生に与えているらしい。カリキュラム上,プログラミング 演習は 3年生の終りにやることになっているため, 4年生になったばかりの学生のほとん どがプログラムを扱うことにまだ習熟しておらず精神的負担が大きいというのが主な原因 のようである。 この研究のきっかけは平成 6年の米騒動のさい,研究仲間の一人が面白がって作ったプ ログラムに興味を引かれ,複雑系の物理として共同研究をはじめたことである。その前の 年の秋が米不作であったため,米の値段が急騰した。そうすると,売る時期が後になるほ どもうかるので,米屋は米を隠し店頭から米が消えて価格はさらに急騰することになった。 これは典型的な「正のフィードバック・メカニズム」の例である。研究の初期には定数の 強制在庫期間を入れただけの単純な系が安定な振動を示すことをおもしろがっていただけ であったが,プログラムで使っているパラメータをいろいろに変えてコンピュータを走ら せてみると思いもよらないことが次々と現れてきて,結局典型的なカオス系になっている ことがわかり,そうなるとカオスについて本格的に勉強しなければならなくなって,非線 型経済学の研究にのめりこむこととなった。 経済現象は大体においてこの「正の」と「負」のフィードバックメカニズムがバランス を保ったり崩したりしながら進行していくものであるといわれている。しかしこういった 「時間発展する現象」を説明する経済理論は実はまだない。研究の最先端ではむしろ,理
学・工学系の研究者がコンピュータ・サイエンスや複雑系の研究テーマとして追求してい る問題である。非線型経済学といってもさしあたりそういう名前をつけているだけで,確 立したなんらかの理論体系があるわけではない。しかし大変ホットな話題であり,研究発 表をすると大勢が興味を示す。 最初平成 6年度10月に京都で行われた第 3回複雑系研究会でポスター講演し,その内容 をまとめた論文を物性研究に出した。6)その後広範囲のパラメータ領域についてシミュレー ションを実行し,カオスの縁に相当すると思われる大変興味あるパターンが現れることを 見出したことにより平成 7年 3月の日本物理学会年会で概要を発表し,1)かなりの反響を得 たのが契機となって 6月 1日に日本大学理工学部の非線型物理学の研究会に招かれて講演 し,また葉山の総合研究大学院大学における非線型の数理科学研究会でも発表したあと, 12月に京都で行われた第 4回複雑系研究会でポスター発表した。前年度と異なり,大勢が 議論にやってきた。これも論文にまとめて物性研究に投稿済みである。8)同様の内容をオー ストラリアのアデレードで開かれた国際会議でも講演したが。9)聴衆の興味がかなり違った ところにあるようで,これは手応えに乏しかった。葉山での講演内容は本として出版予定 である。10) (c) 意見集約のイジング型モデルとそのコンピュータ・シミュレーション 強磁性体のモデルとして知られているイジングモデルの各要素を,意志決定する人間と 見なして人間特有の行動を取り入れたモデルに作り替えてみよう,という研究である。簡 単に取り組むことができてプログラムを書く練習になる。しかしこれも前テーマと同様, 4 年生はプログラムを自作できるレベルになかなか達しないのでまだひとりもこれで卒論 を書かない。一方,卒業生の北御門佐知子が研究生として 1年あまりいた間にこのテーマ を選んで沢山のプログラムを作り,さらにウルフラムのセル・オートマトン研究との関連 を追求しておもしろい仕事につながることとなった。 はじめ応用数理学会で発表し,11)そのあとの発展を第 4回複雑系研究会で北御門にボス ター発表させてみた。12)これを更にセルオートマトンの立場から整理したものは雑誌の特 集に掲載されることとなった。13)更にその続きを平成 8年 4月の日本物理学会年会で話し,14) 5 月に名古屋大学で開かれた IEEE 主宰の Evolutional Computation の国際会議 (ICEC '96)
においてポスター発表15)に応募し採択されている。 (d) 人 間 乱 数 「 1分間(または適当に決めた時間)のあいだにできるだけたくさんの数を,なるべく ランダムになるように言う」というテストをして,そのデータを解析するという研究であ る。 二人の学生が平成 7年度のテーマとし,各自別々のデータをとって論文にした。まず, 人間特有の,文化や言語の違いにあまりよらない特徴が現れることがわかった。これをヨー ロッパなどで発表されている同趣旨の論文と比較研究するという方向がでてきた。さらに このユニバーサルな特徴からのばらつきを調べることができる。また,同一人物について の時間的変化をみることによって,精神状態の変化との対応を見ることができる。(実際, 精神医学の分野ではこのような目的に利用されているらしい。)こうしてできた卒業論文
田 中 美栄子 に手を加えてまず1995年12月の複雑系研究会で伊庭が発表し,16)それを論文にして1996年 10月に福岡県飯塚市で行われるソフトコンピューティングの国際会議 (Iizuka '96) に応 募したところ採択されたので発表講演の予定である。論文は会議で参加者に配られる Proceedings に掲載されることが決まっている。17)どのような反響があるか興味のあるとこ ろである。 (e) 宇宙・環境・社会 このテーマは先に述べたように失敗も多く指導も困難ではあるが,テクニックにわずら わされずに取り付くことができ,学生のオリジナリティーを発揮しやすいので捨てがたい。 学生の資質と取り組みかた次第で非常に面白いものができる。昨年も一昨年も 1名から 2 名は大変良い結果となった。 5. 結論と今後の見通し 社会情報学をつくり始めて 6年目をむかえ,主として教育現場での実績の積み重ねに よってある程度の形ができてきた。しかし学生の就職問題や大学院設置の際の概念規定と 目標の設定,および教員の業績評価について多くの問題が残されている。丁度こうした時 期に設立された,社会情報学会の今後の活動に期待したい。 謝 辞 いろいろ議論して頂いた学科内「社会情報学研究会」のメンバー,特に岡本宏,太田正光両教 授,および学外では月例の「CSD研究会」のメンバー,特に事務局を引き受けてくださった大妻 女子大学社会情報学部の中野美雅助教授,会場を提供しいろいろ議論していただいた愛知大学教 養部の浅野俊夫,坂東昌子両教授に厚く感謝したい。また,「複雑系研究会」および「日本物理 学会」を通して多くの知的刺激を頂いた東京大学教養学部の金子邦彦教授と統計数理研究所の伊 庭幸人氏に深く感謝したい。また,「源氏物語のバトグラフィー」という書物を紹介して頂いた 統計数理研究所の伊藤栄明教授にもお礼を申し上げたい。最後に平成 7年度椙山女学園大学生活 科学部研究費(c)が「社会情報学の現状調査と人的交流の推進」の目的で認可されたことにより他 大学で行われている試みについて学外から講師を招いて話を聞いたり,資料を集めることが出来 たこと,また,平成 7-8 年度の文部省科学研究費 (一般 C O7808036) によって資料を集めた り環境整備が可能になり,また研究会等に参加でき,発表なども可能になったばかりでなく,研 究生のための研究費もわずかながら捻出できたこと等によって本稿のなかで報告した様々の活動 の大部分が可能になったことを付記しておきたい。 文 献 1) 田中美栄子,“社会情報学の現状”, 椙山女学園大学研究論集 第25号 (社会科学篇) (1994) 19-30. 2) 田中美栄子,“社会情報学の試み(1)”,椙山女学園大学研究論集 第26号 (社会科学篇)(1995)
27-32. 3) 中野美雅,“社会情報学を考える <行動理論の立場から>”, 社会情報学研究 (大妻女子大学 紀要-社会情報系-) 4号(1995)131-146. 4) 岡本 宏,“社会情報学とは何か”,椙山女学園大学研究論集 第27号(社会科学篇)(1996) 75-86. 5) 塚田博子,“源氏物語の「加えの巻」”,椙山女学園大学卒業論文 (1996年 3月). 6) 田中美栄子・長谷部勝也,「景気循環のモデル」,物性研究vol.63, N0. 6(1995) 803-808, 「第 3回複雑系研究会報告」収録. 7) 田中美栄子・長谷部勝也,“景気循環のモデル”,日本物理学会第50回年会講演概要集 3巻 (1995). 8) 田中美栄子・長谷部勝也,「景気循環のモデル (続)」,物性研究vol.66 No.5 (1996) 952-955「第 4回複雑系研究会報告」収録.
9) Mieko Tanaka-Yamawaki, Katsuya Hasebe and L. C. Jain,“A Dynamical Model of the Trade Cycle and its Computer Simulation”,Edited Proceedings of ETD 2000,23-25 May,1995,Ade-laide,Australia(1995 IEEE Computer Society Press,Los Alamos,CA,USA)571-577. 10) 田中美栄子,“経済問題の多体物理学的アプローチ”, 非線形現象の数理科学研究会第 3回ワー クショップ(1995年 7月14日)報告(総合研究大学院大学, 1996年出版予定). 11) 田中美栄子, 松山智恵子, “イジング型社会における意見集約について”, 日本応用数理学会 平成 6年度年会講演予稿集(1994)60-61. 田中美栄子, 御門佐知子,“格子型意見集約モデルにおける個性の混合”,日本応用数理学 会・平成 7年度年会講演予稿集(1995)276-277. 12) 田中美栄子, 北御門佐知子, “意見集約モデルと総和型セルオートマトン”, 物性研究Vol.66 No.5 (1996) 971-973 第 4回複雑系研究会報告.
13) Mieko Tanaka-Yamawaki,Sachiko Kitamikado and Toshio Fukuda,“Consensus Formation and
the Cellular Automata”,to be published in‘Evolutional Robotics’: special issue of the Jourrtal
of Robotics & Autonomous Systems.
14) 田中美栄子, 北御門佐知子, “セルオートマトンルールの分類”, 日本物理学会第51回年会講 演概要集(日本物理学会, 1996).
15) Mieko Tanaka-Yamawaki,Sachiko Kitamikado,“Classification of the Totalistic Rules and the Semitotalistic Rules of Cellular Automata”,ICEC '96: Proceedings of 1996 IEEE International
Conference on Evolutionary Computation(1996)748-753.
16) 伊庭幸人, 田中美栄子, 平岡千佳, 可児美佳子,“人間舌L数”,物性研究 Vol.66 No.5(1996)
914-924「第 4回複雑系研究会報告」収録.
17) Yukito Iba and Mieko Tanaka-Yamawaki,“A Statistical Analysis of Human Random Number
Generators”,in“Methodologies for the Conception,Design,and Application of Intelligent Sys-tems”,edited by T. Yamakawa and G. Matsumoto(World Scientific.1996): Proceedings of the
4 th International Conference on Soft Computing (September 30-October 5,1996),vol.2 476