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現代日本語の従属文のテンスとアスペクト

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Academic year: 2021

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(1)現代日本語の従属文のテンスとアスぺクト 藤. 工. Tense. and. Aspect. in. Subordinate Mayumi. は. 工. じ. め. 真 由美. Clauses. of Modern. Japanese. KuD6*. に. 「ある,いる」など若干の動詞(状態動詞)を除く,大部分の動詞(運動動詞)には, スル,シタ,シティル,シティタというテンス-アスペクト的意味を表わす形態論的なか たちがある。このような形式が終止の位置にある(単文,主文の述語である)ときに,ど のようなテンス-アスペクト対立をなしているかについては,現在かなりのことが明らか になってきている。理論的にも記述的にも,さまぎまな問題点があるが,これらの形式が, 習慣的,恒常的運動ではなく,個別-具体的な運動を表わしている′ときには,次のように 対立していると考えられる。. 基本的にスル(シタ). (詳細は工藤1989参照). -シティル(シティタ)ほアスペクト的に対立している。シティ. ル(シティタ)は運動をおしひろげて,持続的にとらえ,スル(シタ)は運動を圧縮して. 一点集約的-ひとまとまり的にとらえる.それぞれを<完成性(ひとまとまり性)><持続 性>とよんでおこう。そして,どう運動を圧縮し,おしひろげるかは,動詞の語義的意味 と法則的にむすびついている。 ス/レ. シティル. <動作全体>. ・主体動作(動き)動詞(無限界動詞) あるく,おどる,たべる,よむ,. <動作持続>. (<動作成立の限界達成>). みる,たたく,うごく,もえる. <動作全体. ・主体動作-客体変化動詞(限界動詞) あける,ころす,とめろ,けす,. -結果(限界)達成>←-<動作持続>. きる,だす,いれる,つける. <結果(限界)達成>. ・主体変化動詞(限界動詞) *. 日・中・口教室(°ept.. of Japanese,. Chinese. and. Russian). ←-. <結果持続>.

(2) 2. 工. 藤. 真由美. あく,しぬ,とまる,きえる, でる,いく,くる,け.っこんする. シティルには2つのバリアント<動作持続><結果持続>がある。スルは,主体の動作 (動き)をのみとらえていて,そこで動作が尽きるべき限界(限度)のない動詞の場合は, 動作(動き)が始まって終わるまで全体をひとまとまり的にとらえるか,動作成立(始ま り)の限界の達成をとらえる。主体の変化をとらえて,そこ(限界)に至れば運動が尽き て新たな状態-結果が生じる限界のある動詞の場合桔変化結果の達成を表す.主体の動作 と共に客体の変化を捉えている動詞では動作全体をとらえることは同時に客体の変化結果 (限界)の達成をとらえることになる.このように語桑的意味に応じてバリアソトをもつ が,シティルほ運動を持続的-拡張的に,スルは運動を一点集約的-ひとまとまり的にと らえる点では共通しているo. (詳細は工藤1987を参照されたい). この基本的なアスペクト対立にさらに,次のようなアスペクト的意味が対立していると 思われる。. あなたが帰国した時には,わたしほこの世にいないでしょう。とっくに死んでいる (RT). でしょう。. <未来パーフェクト> /私の父はもう葬にま+した. ・私の父はもう10年前に死んでし 二旦. <現在パーフェクト> 彼が帰国した時には,. これほ,. 父親は既に3か月前に死んでいた。. <過去パーフェクト>. <設定時点(reference. time)において,それに先行して起こる(以前の)運動 がひきつづき関わり-効力をもっている>というアスペクト的意味を表わしている。これ を<パーフェクト性>とよんでおこう。従来,このパーフェクト(完了)をめく小ってほ, シタが注目されてきたが,シタが現在パーフェクトしか表わせないのに対して,シティル. は現在,未来,過去すべてにわたってのパーフェクトを表わしうる。現代日本語における (この パーフェクトを表わす中心的な形式は,むしろシティルの方であるかもしれない。 問題についての詳細は,工藤1989を参照されたい) スル(シティル). -シタ(シティタ)はテンス的に対立する。ひとまとまり性のスルは.. アスペクト的に運動をひとまとまり的ニー点集約的にとらえるがゆえに,基本的に,発話 時と同時-現在を表わすことができず,発話時以後-未来を表わすのみである. (甘「彼 は目下(現在)中国に行く」)これに対して,持続のシティルほ,そのアスペクト的意味 からいって当然現在を表わし(「彼は日下中国に行っている」),また未来も表わす。以上 の<ひとまとまり性><持続性>のテンスほ,発話時(speech time)と出来事時(event <パーフェクト>のテンスほ一次的には発話時と設定時点 time)との関係であるが, (reference time)の関係である。従って「もう死んだ。もう10年前に死んでいる」がテン. ス的に現在であるというのは,出来事時(運動自体)と発話時が同時であるのではなく, 設定時点と発話時とが同時なのである。同じくテンス的に現在であるといっても「今テレ.

(3) 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト. ビを見ている。今そこに犬が死んでいる」. (持続性)と,. 3. 「もう見た(死んだ),既に見て. (パーフェクト性)とでは,現在の意味が異なることに注意. いる(とっく'に死んでいる)」. しなければならない。このようにアスペクトとテンスほ絡み合っているのである。 く完成性〉. F-T. sT. く持続性〉. E'T. ET. ST. くパーフェクト性〉. ET. II. ET. EtRT F'tRT EE:HTT. さて,スル,シタ,シティル,シティタが,非終止.の位置㌢こある(従属文の述語であ る)ときには,以上のような終止の位置にあるときとは異なるテンス,アスペクト的意味 を表わして,異なるテンスエアスペクト対立をなすようになる。次の例を見られたい。. 「ぼく,明日の午後,友達と映画を見に行くんだ」 「じゃあ,あさって学校で,映画を見に箆ユをことを先生にちゃんと報告するの、よ」 「ぼく,昨日,友達と映画を見に行ったんだ」. 「お母さんに,映画を見に行く. ことをちゃんと言ってでかけましたか」. 発話時を基準にすれば,上の例ほ,発話時以後-未来であり,下e)例は発話時以前-過去 である。従って終止の位置では,それぞれ,スル,シタになIる:申だ■が,従属文化すると, 主文の出来事時との関係が問題になってくる結果,未来のことでほあっても主文の出来事. 時以前であればシタが,逆に,過去のことであっても主文の出来事時以後であれば,スル. が使われる.次の場合も,発話時からみれば過去のことであるの如ミ,主文の出尭事時を 基準にすれば,それと同時であるがゆえに,シティルが使われている。. ・僕,たしかに昨日,お姉ちゃんがこっそりケーキをたLベているのをみたよ。 このように,従属文化すると,発話時との関係は主文の述語にまかせて,従属文の述語 のスルーシタ(シティルーシティタ)は,主文の出来事時を基準にして,それと同時か,. それより以後,以前であるかによって対立するようになるoこれを<相対的テヤス>とな づけよう。単文,主文の述語である場合のように発話暗が基準となって,それと同時か, 以前か以後かをしめす場合を<絶対的テンス>となづけよう。 しかし,現代日本語の従属文の時間的意味ほ,これ(相対的テンス)のみではとけない ものをもっている.・すでに多くの研究者によって指摘されているように,一定の構文的条 件のもとでほ,スルとシタがアスペクト的に対立するようになるからである。. ・先月,京都に亘土とき,汽車のなかで偶然小学校時代の恩師に逢った。. 先月,京都に毎ヱ主とき,清水寺で偶然小学校時代の恩師に逢ヱ畏o ・みんな,学校が焼けるのをみて,泣き出してしまいま-した。.

(4) 4. 工. 藤. 真由美. みんな,学校が焼けたのをみて,泣き出してしまいました。. この場合には,スルーシタが主文の出来事時を基準にして以後一以前で対立しているとほ 言い難い。スルであろうと,シタであろうとどちらも主文の出来事時との関係でいえば,. <同時>である。そして,その上で,スルーシタほ,運動のどの展開段階を表わすかでア スペクト的に対立しているといえよう。以上の例においては,スルは過程段階-運動の限. 界達成前の段階を,シタほ,結果段階-運動の限界達成後の段階をあらわしている。 従来,この点が完了一未完了の対立として前面におしだされてきたが,しかし,このよ うなアスペクト的対立は,非終止の位置であればどこででも常に実現するわけではない。 既に述べたように,次のような場合にほ,スルーシタは,アスペクト的には対立せず,棉. 対的テンスとして以後一以前で対立している. (朝6時に出掛ける)ことを知っていた。. ・昨日私は,子供が午後映画を見に行く 昨日私は, 子供が午後映画を見に行った(朝6時に出掛けた). ことを知っていた。. この場合,スルは過程段階をとらえているわけではないし,シタもスルとアスペクト的に 対立しつつ結果段階を特にとらえているわけではない。スルとシタは,ともにアスペクト 的には<ひとまとまり性>を表わしていて違いがないのである。 さらに次の例を見られたい。. ・去年,ソ ビュトに登土ときは,新潟からの船を度じ弘去. 去年,ソビエトに行ったときは,新潟からの船を使いました。 この場合も,スルーシタは,限界達成前の段階か後の段階かでアスペクト的に対立してい ない。しかし,また相対的テンスとして,以後か以前かでも対立していない。この場合, シタは,主文の出来事と同様従属文の出来事時も過去であるがゆえにシタが使われてとい えようo次の場合のシティタも同様であるo. ・昨日,本を読んでいるときに,おもしろいことに気が付いた。 昨日,本を読んでいたときに,おもしろいことに気がついた。. こうして,従属文化しても,絶対的テンスが現われることもある。しかし,常に相対的テ ンスの代わりに絶対的テンスが現われるわけではない。次のような場合には,主文の出来 事と同様,従属文の出来事時も発話時以前-過去であるからといってスルの代わりにシタ 杏,シティルの代わりにシティタを使うわけにほいかないだろう。. ・. 「僕,昨日,友達と映画を見に行ったんだ」 、l一■、■一一ヽ一′ 、■′.ヽ_′ヽ_. 「お母さんに,映画を見に行くことをちゃんと言ってでかけましたか」.

(5) 5. 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト. ・僕は,昨日映画館から家に電話して,. お母さんに映画を見に来ていることを伝えた。. このように考えてくると,従属文における動詞述語がどのようなテンス,アスペクト的. 意味を表わすかは,以前一以後,あるいは,完了一未完了といったようなおおざっばなと らえかたではとけないものをもっているといえようo非終止の位置(従属文の述語)にあ ればどこででもスル,シタ,シティル,シティタが常に同じテンス-アスペクト的意味を. 表わすわけではないのである。 本稿の目的は次の3点である。. 第1に,構文的条件に応じて,異なるテンス-アスペクト対立が形成されることを記述 したい。今,そのすべてを包括的に扱うことはできないのだが,次のように,大きくほ2. つ,こまかくは3つの構文的条件のもとで,スル,シタ,シティル,シティタが,異なる テンス-アスペクト対立をなすことをみていきたい。 「言う,知ら遭. (a)主文の動詞が「思う,考える」のような知的認識活動を表わすか,. る」のような伝達活動を表わす場合。 (b)①主文の動詞が「見る,聞く」のような知覚活動を表わす場合。 「トキ(ニ,ニ-, ②「行く時,食べた時」のように, -)」の前に位置する場合。 第2に,従属文においても,一定の条件の下で絶対的テンスが現われること,そしてこ. の現象はテキスト(ディスコース)のタイプとも相関していることを記述したい。 第3に,次のような疑問をなげかけてみたい。従来,終止の位置のシタが,. 「もう」と. むすびつ桝ま「完了」を表わし,対応する否定形式は「シナカッタ」ではなく「シティナ イ」であるといわれてきた。そして,このアスペクト的意味が,ただちに「シタとき」の. 場合のシタが表わすアスペクト的意味と同一視されてきた。ところが,だとすれば「京都 「完. にもう行ったとき,先生に逢った」といえるはずであるのに,いえないのである。. 了」という用語はかなり広義にあるいはルーズに使われてきた僚向があると思われ,本稿 では一方を<パーフェクト>とよび,もう一方を<限界達成性>とよんで,両者を区別す る必要があることを記述したい。. Ⅱ. 主文の動詞が知的認識,伝達活動を表している場合 主文の動詞が,. 「言う,話す,知らせる」のよう. 「思う,考える」のような知的認識か,. な伝達活動を表わす動詞(基本的にノではなくコトをとる動詞)である場合,スル,シタ・. シティル,シティタは次のような対立をもつといえよう。伝達活動の本質が,感性的認識 ではなく,知的認識を変えることにあるとすれば,これらはすべて,人間の知的認識に関 わる動詞であるといっていいだろう。なお,. 「知る,分かる,気づく」のような動詞は,. 感性的認識(知覚)も表わすことがあるが,基本的にはこのグループに属しているo 主文の出来事時より. 以後 同時. <完成性> スル. /. <持続性> (シティル) シティル. <パーフェクト性> (シティル) シティル. / シタ.

(6) 工. 6. 以前. 藤. シタ. 真由美. (シティタ) /. シティタ. この対立は<終止>の位置にある場合と基本的には一点でだけ異なっている。それは,チ (. ンスの基準となる軸が,発話時でほなく,主文の出来事時となることである。なお,. ). でくくったものは用例としてでてきていないものである。以下,例を示そう。. ①<以後-ひとまとまり性>スル ・また取り上げて手紙を見た。山梨-広介が講演に行くこ. とは明子も知っていた。. (くれない) この日,夫の理-は8時前に帰ってきた.澄江ほ,夫が着替えをすませたところで. 行介が戻ってくることを話した。. (冬の旅) (蒼い措点). 「坂本君が,串の窓から私達に凶器を振るうことほ分かっていたの?」 ②<同時-持続性>シティル ・思い出したが,あのときは河野径子と河奈でゴルフをしたあと,箱根に行っていた。 その前日に,その少女が来たときも径子が河奈にいて,待っていることを考え,時間. (霧の旗). を気にしながら,落ち着かなかったものだ。 明くる日,安は,宇野理-を会社に訪ねた。しかし理-ほ多くを語らなかった。そし. (冬の旋). て,美ケ崎特別少年院にはいっていることを教えてくれたのである。. 「だって,ときどきしか釆ない奥さんが,どうして田倉さんがあの晩箱根の宿にfi_2 (蒼い描点). ていることが分かったんでしょう?」. ③<同時-パーフェクト性>シタ,. ・シティル. (香). ・操は近づいた。三人は旦旦夕飯の支度が三豊墨ことを垂jJB;. ・午後から友人の悔やみに行った。妻君は7年も前になくなっていることを,信吾はほ. (山の音). じめて知った。. ④<以前-ひとまとまり性>シタ ・捨吉は裏口の方から僅かに射し入る熱い日の光りを眺めて,兎も角もその一夏のF乱 皆なと一緒に手伝いして暮らしたことを思った. (桜の実の熟する時) ・一通りの興奮がおさまると,村山ほ3日前大西とすれ違いに29歳の男の病人の生体が (分水嶺) 届けられたことを伝えた。 ⑤<以前-持続性>シティタ ・おそらくマリ・テレーズほ話題を変えようと思ったためであろう。私が学生でパリに 住んでいたこと,思想史の勉強をしていたことなどを話した。. (北の岬). ・重松はシゲ子が手を放してから,自分が手を引かれていたことに気がついた。 (黒い雨). 以上は,主文が発話時以前-過去である。次は主文が発話時以後-未来の場合である。 <以後-ひとまとまり性>スル ・近いうちにブダペストを発つことを伝えておいてくれ。. (ドナウの衆人).

(7) 7. 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト. <同時-持続性>シティル を使っていることを知れは,決して面白くは思わない筈です。 ・会長が山岸以外に我々 (死定席) 山岸に気を許してはいけません。. <以前-ひとまとまり性>シタ ・おれの判断では,ここはまちがいなく敵地だと思う。. --しかも,この作戦命令書ほ,. 重大な機密書類だ。たとえここが友軍の領域であったとしても,万全を期すためとり. あえず処分したいから手伝ってくれ。どちらが一人でも助かったら,総軍指令本部に (大本営が震えた日). 完全に処分したことを伝える甲だ」. <以前-持続性>シティタ 「きみは,ここを出たら,復学するかい?」. ・. 「もちろん復学するよ」. 「少年院帰りだということが気にならないかね」 「なぜ気にする必要がある?ここの生活は面白いよ。できたら,気のおけない友達 に,ここでの生活を語りきかせてやるつもりでいる」 「そうかなあ--僕は,とてもじゃないが,. ここに入っていたことを話せないな」. (冬の族) 以上の例すべてにおいて,スルとシタ,シティルとシティタをおきかえることはできない。. 主文の出来事時を基準にして,以後か以前か,同時か以前かで相対テンス的に対立してい るからである。またスル,シタとシティル,シティタとをおきかえることもできない。ひ、 とまとまり性か持続性かでアスペクト的に対立しているからである。 そして,ここで,. <相対的テンス>と<パ-フェクト>とほ,異なるものであることが. はっきりするであろうo. 次の図を見られたいo 「もう夕飯の支度ができた」 「妻君は 7年も前になくなっている」. 「3日前に生体が届けられた」. Tt く以前-過去〉. SRLFT ]く同時-現在〉. くパーフェクト〉. 「3El前に生体が届けられたことを伝えた」. 「もう夕飯の支度ができたことを知った」 「妻君は7年も前になくなっていることを知った」. 従文のET. 主文のET. 」________. 」. く以前〉. (ST). 従文のET. T. (ST). ]く同時, E叉ク)tCxRTTE くパー7ェタト〉. <相対的テンス>とは,主文の出来事時と従属文の出来事時,または設定時点との関係で ある。. (上の図における<以前><同時>が相対的テンスである。)一方<パーフェクト>. 紘,設定時点と出来事時との関係である.従って<パーフェクト>は,終止の位置(単文, 主文の述語)にもあるが, <相対的テンス>は,従属文にしかあらわれないのである。発.

(8) 8. 工. 真由美. 機. 話時を基準軸とする<絶対的テンス>,主文の出来事時を基準軸とする<相対的テンス>, 設定時点との関係を問題とする<パーフェクト>それぞれを区別する必要があると思われ る。. く絶対的テンス〉 STとET, ET. RTとの関係 ET. RT. く相対的テンス〉 主文のETと従文のET,. ET. ET. RT. (RT). ET. 主文のET. くパーフェクト〉. RTとの関係 ET. RTとETとの関係. (RT). E,.i: RJT. RT ・}. こうして,従属文でほ,. <相対的テンス>となるのであるが,しかし,. <会話文-はな しあいのテキスト(ディスコース)>においてほ,次のように,主文の出来事時と同時で あるにも関わらず,シティルでほなく,シティタがつかわれることがある。. 「--本当のことを言ってしまえoその方がお前のためだ.やってしまったことほ仕 様がないじゃないか。. ・--その写真をみろ。可真相に。その女ほお前を愛していたん だろう.妊娠していたこともお前は知っていたんだろう. 結嬉してくれって言われて お前ほ困ったんだな。そうだろう。. --・だからって何も殺すことは無いじゃないか」. (青春の践鉄) この場合,シティタをシティルにかえても,主文の出来事時との時間関係は変わらず,と. らえている現実は同じである。このシティタは,主文の出来事時以前ではなく,絶対的テ ンスとして,発話時以前であることを表わしているからである。従って,. <ほなしあい>. において,シティタがでてきた場合にほ,相対的テンスとしての以前を表わしているか,. 絶対的テンスとしての以前(主文の出来事時との関係では同時)を表わしているかを,場 面-文脈から判断しなければならないことが起こってくる。しかし,. <地の文-かたりの テキスト>においてほ,基本的にこのようなことはおこらない。 (後述参照) <はなしあい>の場合のシティタにほ以上のようなこともおこるが,基本的にほスル, シタ・シティル,シティタの対立の仕方は,最初に図式化したとおりである。従属文のテ. ンス=アスペクト対立がすべて以上のようであれば,この4つの形式の使い分桝ま複雑で はないであろう。なぜなら,終止と非終止でほ,テンス対立の基準軸の取り方でのみ違っ ているのであるから,体系全体はかえないままに平行移動させればよいのであるo そうほいかない場合がある.それを次にのべよう。. Ⅱ. ・. 1主文の動詞が知覚を表Lている場合. 主文の動詞が,. 「見る,見える,ながめる,聞く,聞こえる」のような知覚を表わして. いる場合(コトではなく,ノをとる動詞)にほ,以上の場合とは大きく違ってくる。 知的認識の場合と同様に<非終止>の位置にあるのであるから,絶対的テンスではなく. しかし,.

(9) 9. 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト 相対的テンスである点ではどちらも同じである。従って,次のように,過去のことであっ ても,主文の出来事と同時であるがゆえに,シティルがつかわれるo あなたがあそこ. の岩場をやっているのを,. 僕ほ見ていたのですよ。. (岩尾根にて). しかし,知的認識とほ違って,知覚は<今(この時),ここ(この場)>の具体的現象し かとらえることができない。だとすれば,このような動詞の従属文においてほ,スル・シ. タがテンス的に<以後-相対的未来><以前-相対的過去>であること,あるいはシティ タも<以前-相対的過去>であることはありえないであろう。つまり,テンスの分化ほな く,常に同時的関係しか表わせないのである。しかし,アスペクトの分化はあるo基本的 には,動作動詞,変化動詞に関わらず,すべての運動動詞においてスルとシティルが,. <ひとまとまり性>か<持続性>かで対立すると思われるo まず、シティルほ,次のように<同時-持続性>を表わし,知的認識動詞の場合と同じ である。. ・私は戸外に出て,戸の前の小さな空地で,早くも矢野が半裸体で薪を手際よく塑ヱ (鶴). ているのを見た。 ・堤防の道のまんなかに,. 一人の女が横に伸びて死んでいるのが遠くから見え卑。 (黒い雨). 「そんな酒落た小唄いつ覚えたの」 「会社の慰安施行で声自慢がやって るのを聞いたのさ」. (食卓のない家). このシティルに対立して,スルほ<同時-ひとまとまり性>を表わす。知的認識動詞の 場合にはスルは<以後-ひとまとまり性>を表わし,同時関係を表わすことは基本的にな いのだが,知覚の場合には同時関係しか表わせないのである。. 「主体動作動詞の場合」 「そうだと私も思うんですけど,そういう修験者は鳥を殺すわよ。私,現に一人の (食卓のない家) 山伏がつぐみを落とすのを見串んだもの」. ・. 「ちくしょう」浮上は,. 長谷川がののしるのを聞いた。. (小説日本銀行). 「主体変化動詞の場合」. ・10時,ローズ・--セントの寝室にランプがつき,数分後に塑皇旦のが見られたo. (無罪). ・信之ほ巨大な機体が-鎮静かに滑走路を売り出して徐々に速度を増して行き,やが (食卓のない家) て地を笹薮旦のをほっきり見たo ■\ノヽー′ヽ.へ. ・大滝ほ家の前に大型外車が皇室旦のを見て,おそろしく不吉な予感に襲われたo. (監督).

(10) 10. 工-. 藤. 真由美. スルはシティルと同じく相対テンス的に<同時>を表わすが,以上の例をシティルにか えることほできないo両者は<持続性>か<ひとまとまり性(動作全体,限界-結果達 成)>かでアスペクト的に対立しているからである。 スルはこのように,動作動詞においても変化動詞においても<ひとまとまり性>を表わ すが,次のように<過程性-限界未達成性>を表わすこともある。 「主体動作(動き)動詞の場合」 ・彼はひとつだけつまんで,あとはみんなが食べるのを見ていた。. (静物). ・霞町の広い通りに出て,青山の方に向かった晩むこうで赤いランプの塾上のが. 具象去。 「いけわえo警官だ」. (ただいま浪人). ・褒軌ま王宮の一室から鷹山の稜線に沿って一定の間隔を置いて火の燃えるのを見た. ■. ヽ…. ・. (楼蘭). 「主体変化動詞の場合」 I. 「そこの横町であんたが,自動車で行くのを見たよo気がつかんかったようだな」 -. ・. -・.}・一、仙.. (終の棲家). 「すると,被告人と会い・話したのほ,そのすれ違った時の20秒く、、らいの間だけで すね」. 「いや,遠くから,宏が丞ろのほ見えていました」 ●めらめらと裸の女が焼けましたよ。 奮してうっとりしましたよ。. (事件). --・僕ほその時,女の体が壁吐旦のを見て,輿 (冬の宿). 主体変化動詞-限界動詞の場合はシティルにかえることができないが,主体動作(動き) 動詞-無限界動詞の場合にほシティルにかえてもアスペクト的意味はわからない。変化を 捉えていず,そこで運動が尽きるべき限界がない動作(動き)の場合にはスルーシティル の対立が中和することもおこってくるo. (この点については工藤1987を参照). (注1). ところで,シティタ,シタが次のように使われる場合がある。. <シティタ> ・. 「コケちゃんが時々吐いていたのを見たのよ。胃が悪いって言ってたけど---ここ. の奥さんは彼女が『妊娠と分娩』って本をもっていた のを見たんですって」 (食卓のない家) 「朗が自分の絵を見せたいとか何とか話. していたのを昨日あたり. 聞きましたよ」. (食卓のない家) <シタ>. 。一度私は,テレーズがギュンタ-のことを「野蛮人」と亘ユをのを聞いて,ひどく 驚いたことがあるo ・. (洪水のおわ如. 「嘘を言ってはいけない。 目撃した人がいるo. ・--」. -ツ子が-ンドバックだけ持って長後駅前で降りたのを (事件).

(11) 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト. ・. 「私ほ確かにこの下宿屋の,. ll. 4階の小泉春哉という人の部屋にをユをのを自分の日. で見たんですがねえ」. (ドナウの旅人). このシティタ,シタをシティル,.スルにかえても主文と従属文の出来事間の時間関係は変 わらず,どちらも同時性をしめして.いる。またアスペクト的意味も変わらない。スルであ ろうと,シタであろうと運動をひとまとまり的にとらえている.この場合のシティタ,シ. タは発話時との関係,つまり<絶対的過去>であることをあらわしているのである。 このような現象ほ,知的認識動詞のように,スルとシタ,シティルとシティタが相対的. テンスとして<以後か以前か><同時か以前か>ではっきり対立している場合には基本的 におこりにくい。知覚動詞の場合のように,テンスの分化がなく,主文の出来事との同時. 性しか表わさないときにはこのようなことがかなり頻繁におこってきても不思議ではない。 そして,やはり基本的に<はなしあい>にこの絶対的テンス化の現象はおこる。次のよう な<かたり-地の文>でほ,シティタを使うことはできないだろう.-(注2) ・そうした或日,海中に丈が1丈ほどの金色の魚が泳いでいるのを見た。見付けたのは. (天平の責) (無罪). 祥彦だった。. かけけったオドンネル医師は,アルマが酔っているのを見て驚いた。 ところで,シティタは常にシティルにそのままおきかえることができるのだが,シタの 方ほ次のようにスルにおきかえられない場合がある。すべて主体変化-限界動詞である。. 「ああそう-・-」言いながら信之もあの美しい滝の傍で突然妖精のように現われて来. ・. たリュックザックの女が,薄いブルーの訪問着に帯を小さく蝶結びした和服姿に変旦 上皇里を,別人を見るような目で眺めた. ・. (食卓のない家). 「月が出ています。タンポチェの僧院で,あの月のまるくなったのを見るわけです。. ニューデリーでも月を見ましたが,実に確実にまるみを帯びて釆ています」. (星と祭). ・けれども,ぼくのとうさんのかあさんは,そのねこがきたのをみると,とてもおこり (エルマーのぼうけん) ました。かあさんほ,ねこがきらいでした.. スルがひとまとまり性を表わさず, <過程性-限界未達成性>を表わす場合があることは 既に述べた。以上の例を,スルに変えれば,その意味になる。このスルが表わす<限界未 達成性>に対して,シタは<限界達成性>を表わしているといえよう。こうして,変化動 詞の場合,部分的に,スルとシタが<限界未達成>か<限界達成>かで対立することがあ る。しかし,変化動詞の場合,必ずこの対立になるわけでほない。既に例としてあげたよ. うに,スルが<ひとまとまり性-限界達成性>を表わして,対立がない場合も多い。おそ らく,限界-結果に達するのに時間がかかる変化の場合に,スル,シタのアスペクト対立 がうまれてきやすいだろう。 以上,まとめれば,次のようになる。.

(12) 12. 藤. 工. 真由実. く主文の出来事との関係-同時〉. ㌫. `シティタ'-. :;Lt;>t""性, (く限界差違馳,叫限品性. ①知的認識動詞の場合と異なり,テンスの分化-対立がなく<同時>のみである。 ②しかし,アスペクトの分化-対立はある。基本的にはスルとシティルが<ひとまとま り性>か<持続性>かで対立する。これは,動作動詞,変化動詞どちらにもある。 ③<ほなしあい>ではシティタ,シタが<絶対的テンス>として現われる場合がある。 ④主体変化-限界動詞では,スルとシタが<限界達成の有無>で対立することもある。 ⑤従って,シタはスルとアスペクト的に対立しないで<発話時以前-ひとまとまり性> を表わす場合と,スルとアスペクト的に対立しつつ<同時-限界達成性>を表わす場 合がある。. この対立を知的認識動詞の場合の対立の仕方と比べられたい。主文の動詞の性格(語嚢 的意味)に応じて,異なるテンスエアスペクト対立をなすことがはっきりするであろうo この相違は人間の知的認識,感性的認識-知覚がとらえうる時間の相違を反映していると いえよう。 そして,従来問題とされてきた,従属文におけるスルーシタの対立のありようについて. いえば,知的認識の場合にほ,アスペクト的に<ひとまとまり性>を表わす点では共通し つつ相対的テンス的に<以後一以前>で対立するのに対して,知覚の場合にほ,相対的テ ンス的に<同時>の点で共通しつつ<限界達成の有無>でアスペクト的に対立することも あれば,シタが<絶対的テンス>を示してアスペクト的には対立しないこともあるのであ る。. そしてさらに,知覚動詞の場合には,知的認識動詞の場合と違って,シタほアスペクト 的に<限界(結果)達成性>を表しても,. 「も. <パーフェクト>は表わさないのである。. うご飯を食べたことを話した(知った)」とはいえても「もうご飯を食べたのを見た」と 「もうどなったのを聞いた」といえば「聞いた」は伝達動詞としてしか解釈 できないだろう。 (またシティルも動作,結果持続は表しても,パーフェクトは表さな はいえない。. い。)<パーフェクト>は<先行-以前性>という要素を含みこんでいるが, 性>ほそうでほない。両者は異なるアスペクト的意味なのではないかと思われる。 Ⅱ・2. <限界達成. 「トキ」の前に位置する場合. 以上,主文の動詞が,知的認識か,知覚かで,従属文のテンスエアスペクト対立のあり ようが大きく異なることをみてきた。この相違をもたらすものは,時間的にいうなら,. <同じ(同一の)時間帯に2つの運動がしめあわされているかどうか>である. さて,. 「-トキ」の前に位置する場合の対立の仕方ほ,基本的には,知覚動詞の場合に. 近い。なぜなら,この場合も,主文の出来事と従属文の出来事とは,. <同じ時間帯>にし. めあわされているからである.この点をまず説明しようo. 時間の従属文には「-トキ」の他に「-マ-,. -アト,. -アイダ,. -マデ」等がある。.

(13) 13. 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト. これらがどのような体系をなしているかまだ精密にはとらえられてはいないが,今おおぎ っばではあるが次のように整理してみよう。. <時期>. <期間>. <期限>. <以後>. スルまえ. スルまで. スルまでに. く同時>. シティル. 主文の出来事より. 〉 とき三三イル)ぁいだ三三イル. スノレ. シタ. <以前>. ころ. (シテから). シタあと. この<以後><同時><以前>の対立は,やはり発話時ではなく,主文の出来事との時 間関係である。従って「奈良に行ったあと,京都に行く」のように未来であってもシタが・ 「京都に行く前に,奈良に行った」のように過去であってもスルが使われるo こうして主文の出来事より<以後>をしめす場合には,従属文の動詞ほスルに限られ, <以前>をしめす場合にはシタにかぎられる。 <同時>をしめす場合には,知覚動詞の場 合でみたように基本的にほ,スル,シティルにかぎられよう。これは「-アイダ(ニ),. -. 「-トキ」においてほ,スル,シティルのみ. ウチニ」に典型的にあらわれる。ところが,. ならず,それと対立しつつ,シタも現われるのである。 「マ-」. 「アト」に対立しつつ,. 杏,同じ時間帯にしめあわせながら,. 「トキ」は基本的に,主文の出来事と従属文の出来事と 2つの出来事の<同時性-接触性>を表わす。つぎ. の例を比べられたい。 東京にいく前に先生に会った。. /東京にいく時に先生に会?ち.. ご飯を食べる前,テレビを見ていたo. /ご飯を食べる時,. 。東京にいった後,先生に会った。 本を読んだ後,テレビをみていた。. テレビを見ていた。. /東京にいった時,先生に会っキ. /本を読んだ時,テレビをみて_i_、_I_=。. 「マエ,アト」の場合は2つの出来事の間には時間的gapがあり,同じ時間帯にしめあわ されてはいない。従って,. 「東京にいく3年まえに,東京-いったあと2か月ほどして」. のようにもいえる。これに対して,. 「トキ」は,時間的gapがない。基本的に主文の出来. 事と従属文の出来事との<同時性-接触性(広義同時性)>を表わすとすれば,スル,シタ, シティルは当然,アスペクト的に対立していると考えられる。既に知覚動詞のところで, <限界未達成性><限界達成性>で部分的な対立をもつことをみたo. スルとシタが,. 対立が前面化するのが「トキ」の場合の特徴である。 シティル,スル,シタの順序で例をみていこう。. まず,シティルは,アスペクト的に<(動作,変化結果の)持続>を表わす。これほ,終 止の位置にあるときと変わらない。そして,この場合,主文がスル(シタ)である場合に は.. 2つの出来事は<部分的同時性(従属文の運動の持続中の一時点で主文の運動がおこ. この.

(14) 14. 藤. 工. 真由美. ること)>の関係にある。 「この前,ここを歩いている時,君のことを思い出した」 ・酒も終り,. (花壇). 緒方がお茶漬けを叫、を時,小女が知らせに釆た.. (蛇と鳩). \一へJ'tへ. ・古久板がはなれの風呂にはいっている時,急な坂を上ってくる自動車の音が聞こえ (蛇と鳩) f^=/o 次に,スルは次のようなアスペクト的意味になる。 第1に<運動(動作,変化)が,まだ完全にはおこってほいないが,まさにおこらんと する段階にあること>を表わす場合がある.そしてこのような運動の将然段階をとらえる ことはまた同時に,同じ時間帯のなかでの<後続性-現実化されようとしている直後の運 動>をとらえることである。 「主文が未来の場合」 ・丁君,帰るとき金をおいていってくれ」 「おい,充子o おまえが嫁に行く時には,預かってあるものほ, するぜ」. (不信のとき) 今度こそちゃんと (女の一生). 「主文が過去の場合」. ・焼跡で弁当を全ゴ旦とき,牛缶をあけたところ,どっと噸がたかって来て忽ちその ヽ′ヽ-′ヽノヽ_.′\ノーヽ.′■. 肉を黄色くしたそうだ。. (黒い雨). 「ごめんください」 (ピエロの歌) ・扉を担ヰ時,さすがにためらったが, あの男は丞些時,一番最後に何を感じただろうか-投げるような眼差しで紙面を 見やりながら明ほまた思った。. (亀裂). 「君の事は忘れないよ。向こうで結婚する時にも,. 君の事を考えて,ずいぶん席捲 ∼'∼. 上宝んだ」. (独りきりの世界). ・その夜,義三は病院をでる時,薬局に頼んで,ペニシリンと強心剤の注射をわけて もらった。 (川のある下町の話). 以上のように,主文がスル(シタ)の場合にほ,. 2つの出来事ほ,同じ時間帯(広義同 時)のなかでの<後続一先行>の時間関係にあることになる.次のように,主文の述語が シティル(シティタ),否定,状態述語である場合ほ<運動の将然段階と(狭義)同時>の 関係にあることになる。. ・僕は,多摩の少年院を出るとき,今日を予感していたのです。. (冬の旅). ・私の長男が生まれるときは,家内は10カ月ろくに喰わなかったですよ。 (不信のとき). ・船が旦旦時,浩は船首の甲板にいた. 一ヽ仙へ、. ・あの猫死ぬ時どんな気持だったでしょう。. (アポロンの島) (呑気眼鏡).

(15) 15. 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト. 第2にスルは<動作,変化過程の段階にあること>を表わす場合がある。この場合は主 文の出来事とまさに<同時>(狭義同時)関係になる。 ・すく小その中からチョコレートを塗った鳶色のカステラを出して頬張った。そうして. それを金主ときに,必きょうこの菓子を私にくれた二人の男女は,幸福な一対とし (こころ). て世の中に存在しているのだと自覚しつつ味わった。. ・翌8月10日,衛生兵が私の背中のガーゼを型旦ときにほ,思わず私も叫び声をあげ (黒い雨). てしまった。 ・. 「ここ-塞旦とき,護送車のなかで,きみほそう言ったが,嘘だったんだな」 (冬の族). ・. 「ここから昼を時,ぼろぼろ涙をこぼしながら,坂を下って行ったそうよo肉屋の (青梅雨). 小僧が途中で逢って,びっくりしたって」. 従って,動rF動詞の場合にほ,次のように,スルとシティルのどちらでもいいようなこ ともおこってくるだろう。. ・彼はぶらぶら日本銀行の方-歩き出した。小さい郵便局の前を塾旦時に丁度4時が (暗夜行路). 鳴っていた。. ・いったん部屋にもどるべく例の暗い廊下を通ユ吐旦ときに,重い日程のもとで自 分が何かあえいでいる気管音のようなものを聞いたような気がし,自分の半生でこ (北京にて). んなしんどいことがあったかどうかふと思った。. しかし,全く同じでほない。. 「こころ」の例の「食うときに」を「食っているときに」に. 「お茶漬けを食べている時,知らせに釆た」の場合 はかえにくい。また「蛇と鳩」の例の 「食べる時」とはいいにくい。動作動詞のスルほ<過程性>をとらえて,シティルと共通. するが,しかしシティルのように<持続>を前面化しないであろう。スルほ限界達成(終 わりの局面)を明示しないままに過程全体をとらえている。従って,主文の動詞がスル. (シタ)の場合,従属文がシティルだと<部分的同時性>の関係となり,スルの場合には 「こころ」の例のように<全体的同時性>の関係になることが多いだろう。. (注3). 以上,スルの表わす2つのアスペクト的意味をあげたが,次のように,運動の将然段階 をとらえているのか,過程段階をとらえているのか,どちらか分からない場合も多い。. 昨夕の事を考えて見ると,何だか不思議でした。私ほことによると,凡てが夢でほ ないかと思いました。それで飯を食う時,. Kに聞きました。. (こころ). ・知多半島の東の沖に,佐久島という漁村3つばかりの島がある。家康の船がそこを. 通るとき,島影から-そうの早船がすすんでき. ち 。. (覇王の家). ・焼き場の窯に棺桶を越冬とき,信利は茂造の顧を見たが,彼は格別の感情も示さ なかった。. (枕惚の人).

(16) 16. 工. 藤. 真由美. 「本当なら,母親がいて,細いことは面倒みる筈なのが由美子がああいう状態なん. ・. ですから・--」菩和は由美子の名里量うとき,ちょっと辛そうに眉をしかめた。 (食卓のない家) ・正面の祭壇ほ,教室から運んできた教壇の台が一面に敷き詰められていて,地上よ. りも-段たかくなっていたoそこに塵埜旦とき,どうしたのか,きぬ子ほ少しよろ -\ノ〈・Jヽ-′、\. けたo. (波) (集い雨). ・八重子。府中-帰るとき三原-よれ,父。. この事実は,どちらにしても<運動がその限界に達していず,未達成的である>点でほ, 同じであって, <将然性><過程性>が<限界未達成性>の2つバリアソトであることを 示しているだろう。. 従って,主体動作動詞においては<過程性>を明示したいときにはシティルが選ばれる だろう.. (海と毒薬). ・彼が気胸針をゴム管にはめているとき,私は何気ない口調で言った。. この場合スルにすれば,過程段階か将然段階かわからなくなる。一方,将然段階を明示し たい場合には「ショウトシタとき」がつかわれるだろう。この場合もスルにすれば将然段 階を明示しなくなってしまう。. ・義三がスプウンを取り上げて,砂糖を入れようとした時,義三の手の上に,民子の 手が重なった。 (川のある下町の話) ・シギィがそんな考えを麻沙子に言おうとした時,ガピーの声が聞こえた。. (ドナウの旅人) こうして,スルは基本的に<限界未達成性>を表わすと考えられるが,これに対立する のがシタ<限界達成性>である。 シタもスルと同様に<限界達成性>の2つのバリアソトをもつ。この2つのバリアソト は動詞の語桑的意味と相関している。ここで運動動詞を大きく次の2つのグループに分け ておこうo. (. ・主体変化動詞(死ぬ,開く,抜ける,焼ける,行く,来る,着く) ・客体変化動詞(殺す,開ける,抜く,焼く,出す,下ろす,切る) ②無限界動詞-(歩く,踊る,見る,食べる,読む,覗く,鳴る,燃える,叩く) ①限界動詞-. 限界動詞は,主体あるいほ客体における変化を捉えていて,そこに至れば必然的に運動が ●. ●. 尽きて新たな状態-結果が生じる内的限界のある動詞である。これに対して無限界動詞ほ, 変化を捉えていず,必然的に運動が尽きるべき限界のない動詞である.この無限界動詞は, 語桑的意味の中にほ限界はとらえていないが;. のように<外的に>限界をつけることほできる。. 「駅まで歩く,半分食べる,. 3ページ読む」.

(17) 17. 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト ●. ●. ●. ●. まず,限界動詞の場合にはシタは<結果達成-限界達成>を表す。 「主文の述語が未来の場合」. A. こんなにして焼かれたいもんですな。. ・私などもー生山で暮らしたから,死んだ時は,. (氷壁) 「又来るといってたから,今度来た時,. (人間の運命). 是非君にも会わせたい」. (ドナウの旅人). ・バラシャ夫妻が来年日本に畳吐塁ときに払う. 「主文の述語が過去の場合」. ・そして掛川邸の見か桝ま質素に出来ている玄関の格子戸を盟吐を時,そこに先客が (あすなろ物語) あるのを餐ヱ去。 。紀伊守がゆるやかに立ち上がり,太刀を些ヒをとき,頭上で三河老の群れ騒ぐ声を. (覇王の家). 聞いた。 「お葬式って,作法がすごく日本的なのよ.. 私もお姑さんがなくなヱたとき随分覚 /へへ. (階惚の人). えたわ.湯潅はもう済んだの」 雪枝がボートから降りた時, B. ・. 鮎太はそれを雪枝に手渡した。. 「私,乙彦にも行く前に一度面接して行きたいの.. (あすなろ物語). ・--帰って来たときには乙彦だ. ってどうなっているかわからないでしょう」. (食卓のない家). ゆっくり歩いて,信之がホテルの前まで丞左時,乙彦は泣き出しそうに顔をゆがめ て立っていた。. (食卓のない家). ・翌朝,限が覚めた時,私の頭ほまだ重かった。. (八つ墓相). 主文の動詞がAのようにスル(シタ)である場合にほ,基本的に2つの出来事は,同じ時 間帯での<先行一後続>関係となる。 Bのように,主文の述語がシティル,否定,状態述 語の場合にほ<限界達成>と<狭義同時>関係となるだろう。スルと同様にシタも,主文 がスル(完成性)であるか,シティル(持続性)あるいは状態述語であるかによって広義 同時関係のなかでの先行性を示すか,狭義同時性を示すかの違いがでてくる。. (注4). (注. 5) 次に無限界動詞の場合にはシタは<動作(動き)の成立-始まりの限界達成>を表す。. ・ひと通り飲んで,背を伸ばし海を逃些時,私の喉の真に欲している水ほ,別にあ るのに気がついた。. (野火). しばらくして戸があき,女が戸のあいだから顔をだした。行助ほその女の顔を車重 (冬の旅) とき,これはいかん,と思った。 草むらへ踏み込んで,崖の下をのぞいた時ついたにちがいないんで--. (事件). 彼ほ妻が楠と踊りながら白い喉元を見せて笑うのを見た.次に彼女と墜ヱ主ときに 彼はことさらどぎつい口調でからかった。. 従って,無限界動詞においては次のシティルをシタにかえても,道にシタをシティルにか. (純白の夜).

(18) 18. 工. 藤. 真由美. えても,意味の変更ほおおきくほ生じないだろう。どちらも,すくなくとも「動作が終わ りの限界には達していない」点でほ共通しているからである。. ・・・・・・・主人がレコードを買って釆まして,ジャケットをおばあちゃんがなにげなく墾ヒ 三上二旦とき,あらこの歌の文句はあの患者がよく口ずさんでいた詩と似ているねと 言ったんです。. (青春の証明). さっき,メモをとり出そうとひっかきまわした時,. しまってあった古い資料が上の方. にとび出したのだ。. (復活の日). そしてさらにほ,スルが既に述べたように<過程段階>をも表すとすれば,次のように, シタをスルにかえても,逆にスルをシタにかえても意味の変更がおこらない場合もでてく るoやはり「終わりの限界に達していない」点では共通するからであるo. ・笛だけを-レ-ヌが壁土左時にも,ニコは寝そべって,指の聞から砂を落としながら それを見ながら,低音をつけていた。. (アポロンの島). ・僕ほ「三帰戒」を読み,つづいて「白骨の御文章」を置塑ときにほ声がつまった. (黒い雨). しかし,最初の4例はシティルにおきかえられない。前の動作「飲む,顔をだす,踏み込 む,見る」と継起の関係でむすばれていて,先行する運動との関係のなかで,動作の成立. -始まりの限界達成をとらえているからである。また,最初の4例のうちの例えば「塾三 塁ときに」を「踊るときに」にかえれば, <将然段階-始まりの限界達成前の段階>か <過程段階>かわからなくなってしまう。従って,無限界動詞のシタは<動作成立-はじ まりの限界達成>というかたちで<限界達成>を表すといえようo そのため,.このような無限界動詞でほ<終わりの限界達成>を明示するときにほ「しお わったトキ」. 「しやんだトキ」のかたちが選ばれることになる。. ・梅子は代助の様子が真面目なので,何時ものごとく無駄口も入れずに聞いていたが, 聞き終わった,始めて自分の意見を述べた。. (それから). いちばんひどい状態がすんだということほ,台所のステンレスが整地宣時に分か ったo. ・修一郎は,寿司をたべおわったとき, えた。. (夕べの雲). とにかくしばらく発声練習に通ってみようと考 (冬の旅). 「鳴ったとき,食べたとき」だと,終わりの限界に至るまえに「分かった,考えた」こと になってしまうだろう.しかしこのような無限界動詞でも次のように外的に限界がつ桝ゴ, 終わりの限界達成を表すようになる. (注6).

(19) 現代日本語の従属すのテンスとアスペクト. 弁当を半分はど食べたとき,. 19. 電車が動きだした。. (冬の旅) (蒼い措点). ・編集者がここまで話した時,彼は呼ばれて立ちあがった。 こうして,シティル,スル,シタは,バリアソトをもちつつも,基本的には次のように アスペクト的に対立しているといえよう。 く同じ時間帯へのしめあわせ-主文の出来事と同時、接触〉 スルく限界未達成性〉. Ⅰ. 詰k::昌一‡ シタ. く限界達成性〉. ところが,常にこうであれば,単純なのだが,そうではないのである。すでに知覚動詞 のところでみたように,. <終止>の位置にある場合とかわらないテンスエアスペクト的意. 味をスル,シタ,シティタが表わす場合もあるからである。 まず,次のシティタの例をみよう。これをシティルにかえても時間関係ほ変わらない。. 「僕もあの学会報告を聞いていたとき,そのことを考えたんだo」. ・. (氾濫). 隊長の半白の頚を見下ろして立っていた時,彼は不意に悲哀の感じが瞬間ではあっ たが胸-ばいになっていたのである。. (日の果て). これは,既に述べた<絶対的テンス>用法である。従属文の出来事が発話時からみても過 去であるがゆえにシティタがつかわれている。従って,次のように主文が未来の場合には, シティルのかわりに,シティタをつかうことはできない。. ・やはり夜がいいだろう。眠っているときに襲おうか,失敗は許されないだろうo (冬の旋) これと同じ現象がスル,シタの場合にもおこる。次の例のスルをシタにおきかえても,. 時間関係の変更がおこらず,とらえている現実は同じである。従属文の運動の限界未達成 段階で主文の運動が起こるわけではないからである。. 「また今度i旦とき堤,知子の些垂竪扱き 」. (日々の背信). 「横浜にその鶏が着くときほ,君が受け取明にいってくれたまえ」. 「考古学なんて,しょせん,一生キャンプして土方するんだからo. (大変だあ) ・・・-」. 「わかってますよ」. 「それなら,うちの大学の史学科の連中が発掘に毎⊥とき,その手伝いに行け」 ヽヽノヽこノヽヽ〈_. (太郎物語) 「私も今度生まれる時ほ,大学生になれるような身分になりたいわ」 (あいつと私).

(20) 20. 藤. 工 ●. 真由美. ●. この場合主文はすべて未来である.主文が過去のときには,スルは一義的に<未達成性> しか表わせない。従って,. 「うちの大学の史学科め連中が発掘に行土卓き,その手伝いに. 行った」のように主文が過去であれば,準備段階の手伝いをしたことになる.主文が未来 のときにはスルが,. <未来-限界達成性>をとらえる場合もで. <終止>の場合と同じく,. てくる。この場合には,発話時との時間関係,つまり未来であることのはうが,前面にだ 「また今度くる。その されつつ,アスペクト的意味も同時に変わるといえようo従って, ときは知子の世話になろう」のように独立文2つで述べる場合と従属文のテンスエアスペ (注7) クト的意味ほ同じなのである。 ●. ●. シタの方はスルの場合とは道に,主文が過去である場合に,運動の<限界達成性>を前 面に出さないことがおこってくる。次の例においては,限界動詞であるにも関わらず,シ. タをスルにかえても,時間関係の変更がおこらない。従属文の運動の限界達成後の段階で 主文の出来事が起こったわけでほないのである。. ・何しろ古木で,. 生霊がついているという噂で,切り倒した時に. はt. めりめり音をた. てて,あたり一面,樟脳の香りを放ちましてね。何か,断末魔の苦しみのようで, (人間の運命). 胸が痛かったですよ。. ・数年前に昭子の母親が肝臓癌で死んだとき,光子がずっと看病して. 死水をとってく. (焼惚の人). れたのを昭子は思い出した。 「私が帰ってきたときだって,道で会ったじゃありませんか。何故あのときすく小私. (陳惚の人). に言わなかったんですか」 「母が結婚し た時は,三そうの船にのばりを立て,. 花嫁と両親と仲人が荷物といっ. しょに乗り,若い衆がそろいの半被を着て,黄色い鉢巻きをして,. 六丁櫓を漕いで,. (人間の運命). 狩野川口からはいって釆たそうだ」. ・俺が, 私立大学でも三流といわれている大学に裏口入学したとき,. その世話をして (冬の旅). くれたのが,奴のおふくろだった。. 去年の夏, 彼女と共に針の木峠を越えた時は,彼女は常に先導者であった。 +■. ′〉\._. (縦走路). このようなことは,主文が未来の場合にはおこらない。 しれない」. 「帰って釆たとき,道であうかも. 「あなたが死んだときには,私がずっと看病して死水をとってあげるわ」. 「来年. 針の木峠を越えたときは彼女ほ先導者だ」とほいえないだろう。この場合のシタは,スル とは逆に,発話時との時間関係-過去であることを前面にだしているといえよう。従って,. 「去年の夏,針の木峠を塾生阜.その時は彼女が先導者だった」のように独立文2つで述 べる場合と従属文のテンス-アスペクト的意味は同じであ畠. このようなことは,. 「シティタとき」を別にすれば,基本的に<かたりのテキスト>に. はおこりにくく<ほなしあい>においておこる。しかも「-」を伴った場合において多く 「トキニ」が主文の出来事時を限定する機能 おこり「トキニ」の場合にはおこりにくい。 ●. をはたし,. 「トキ-,トキニ-」が,従属文の出来事時をトピック-主題化する棟能をは.

(21) 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト. 21. たすとすれば,この機能と絶対的テンス化の現象は相関しているといえるかもしれない。 従属文の出来事がトピック化されて,その時点(時期)における状況を主文が表すとすれ ば,従属文において絶対的テンスがあらわれてきても不思議でほないだろうoそして同時. にアスペクト的意味もそれに応じてかわるのである。 この事実は,終止の位置にある(単文,主文の述語である)場合には,スルは未来-ひ とまとまり性(限界-結果達成性,動作全体性)を,シタは基本的に過去-ひとまとまり 性を表すというテンスエアスペクト的意味を確立していることを示すものである。この事 実を認めない限り,以上のような現象を説明できないと思われる。 以上まとめれば,次のようになる。. まず基本的には,発話時ではなく,主文の出来事時との時間関係において<広義同時性 <持続 -接触性>を表すという前提のもとで,シティル,スル,シタの3つの形式が, 性>か,. <限界未達成性>か,. <限界達成性>かで対立しているといってよいだろう。. (p.19の図参照)シティルは終止の位置にある場合とそのアスペクト的意味はかわらない。 <ひとまとまり性>という点で共通しつつ,チ しかし,スル,シタは,終止の位置では, ンス的に<未来>か<過去>かで対立するのにたいし,ここでは<(広義)同時性>で共 通しつつ<限界達成の有無>で対立するようになる。 しかし,また同時にスル,シタが<終止>の位置にあるときと全くおなじテンス-アス <非終止>の位置にあっても,発話時から ペクト的意味を実現する場合もある。つまり, みて未来である,過去であるがゆえに,スル,シタが使われる。確かに,歴史的にみれば, スルーシタはテンス的対立ではなかったであろう。しかし,現代日本語では,少なくとも. <終止>の位置では,もはやともに<ひとまとまり性>を表わしてアスペクト的には対立 せず,テンス的対立を確立しているのである。 現代日本語において,スルーシタの対立を,構文的条件ぬきに,アスペクト対立だとも, テンス対立だとも,わりきることはできない。そしてまた同時にテンス的に対立する場合 にはアスペクト的意味の共通性が,道にアスペクト的に対立する場合にほテンス的意味の 共通性が前提となっていて,スル,シタという文法的形式が常にテンス的意味とアスペク ト的意味を統一させていることを見失ってはならないと思われる。. Ⅳ. お. ぁ. り. に. 以上,次の5点についてのべてきた。 第1に,従来問題とされてきた従属文におけるテンスエアスペクト対立のありようは, その構文的条件に応じて,一定の型があり,その条件ぬきにじっばひとから捌こ扱うこと べほできないと思われる。本稿では3つの型を記述し,. p.5\-6,. p.12,. p.19に図式化し. てのた。そして細かくほ語柔的意味(正確にはカテゴリカルな意味)とも相関しつついく つかのバリアソトがあることも記述した。. 第2に,従属文におけるスル,シタ,シティル,シティタの基本的使命ほ,その横能上 主文の出来事時との時間関係をしめすことである。従って,従属文のテンスエアスぺクト. 対立の仕方にいくつかのバリエーションがあったとしても以上のすべてにおいて,発話時.

(22) 22. 工. 藤. 真由美. ならぬ,主文の出来事時との時間関係を問題とするという<相対的テンス化>の原則が働 2つの出来事を1つの文にまとめあげるとすれば,従属文の述語がこのような 意味-機能をもってくJるのは必然であろう.スルーシタがアスペクト的に対立する場合で いている。. も主文と従属文との時間関係が同時であるということが前提として存在する. 、第3に,にもかかわらず,従属文が発話時との関係を直接的に表わしてしまう場合もあ るo. この<絶対的テンス化>の現象は「シティタとき」の場合を除桝ま,基本的に<ほな しあい>にあらわれ, <かたり-地の文>には現われにくい。テキスト(discourse)に本 質的に異なる2つのタイプがあることは,バングェニストをはじめ多くの研究者によって 指摘されている。. <はなしあい(discours, conversation)>とは<わたしとあなたとの,′ い 普,ここでの対話>であり, <かたり(bistoire, narrative)>とはこのようなシチュエー. ションのない<過去におこった(おこったこととしての)出来事の連鎖そのものの描写記述>である。従って<はなしあい>でほスルーシタが,発話時以後一以前で対立するが, <かたり>には未来としてのスルはない。発話行為者としての<わたし>の介入のない出 来事自体の連鎖そのものに未来はありえないであろう。また, <現在パーフェクト>を表わすこともない。. <かたり>においてシタが. <現在パーフェクト>の本質ほ発話時以前の. 出来事を,わたしの発話行為の今に関わらせることだからである。だとすれば,出来事を 時間のながれに沿って記述することを本質とする<かたり>では,基本的に出来事問の時 間関係そのものが問題とされて絶対的テンス化がおこりにくく,一方,わたしの発話行為 の今が,常にdeictic. centerとしてアクチュアルにある<ほなしあい>では,従属文では あっても,特に「-」を伴ってトピック(主題)化される場合,発話時との関係こそを問 題とすることがおこってくることには必然性があるといえるかもしれない。. 第4に,従来同一視されてきたシタが表わす2つのアスペクト的意味<パーフェクト> と<限界達成性>とは同じものではないであろうoパーフェクトほ主文が知的認識動詞の 場合(2つの出来事が同じ時間帯にしめあわされない場合)にはあるが,知覚動詞あるい ほ「トキ」につづく場合(2つの出来事が同じ時間帯にしめあわされる場合)にはない。 <限界達成性の有無>とは<運動がみずからの限界に至っているか否か>というとらえ方 ●. の相違であり,. ●. <運動内部の時間的展開のありようの相違>である。一方<パーフェク ●. ●. ト>ほ, <運動自体の外部にある設定時点に,先行する運動を関わらせること>であり, 運動内部の時間的展開の相違ではない。例えば,次のように,主文のシティタが<過去パ ●. ●. ーフェクト>を表していて,従属文がその設定時点として機能している場合,この従属文 のシタも<パーフェクト>を表わすと考えるのは奇妙であろう。 ・私が日本に帰って来た時には,父はもう3か月前に(とっくk)死んでいたo (RT). 主文の「しんでいた」が<′く-フェクト>を表わすとすれば,従属文の「かえってきた」 が表しているのは<限界達成性>である。. 「父がもう死んだとき,私ほ日本に帰って来た」. とほいえないだろう。 第5に従来問題となってきたスルーシタの対立のありようは基本的に次のようであろう..

(23) 23. 現代日本語の従属文のテンスとアスペクト スル. 「終止」. シタ. ー---. <未来-ひとまとまり性><過去-ひとまとまり性>絶対的テンス対立. 「非終止」. <以後-ひとまとまり性><以前-ひとまとまり性>相対的テンス対立 アスペクト対立 <同時-限界達成性> <同時-限界未達成性>. ・知的認識 「トキ」 ・. 主文と従属文の時間関係が<同時>関係にある場合にほアスペクト対立となるが,同時関 係にしばられない場合にはテンス対立となると思われる。. 以上,発話時を基準軸とする時間関係<過去一現在一夫釆>主文の出来事時との時間関 <ひとまとまり性一持続性-パーフェクト性><限界達成性の 係<以前一同時一以後>, 有無>というテンス的,アスペクト的意味をそれぞれ区別しつつ,従属文におけるスル, シタ,シティル,シティタの対立のありようを記述してきた。現在まず必要なことほ,棉 文的あるいはテキスト的機能と相関しつつ,テンスエアスペクト形式がどのような個別-. 具体的な意味を実現するのかの記述であろうと思われるoそしてさらにその上で,これが 1つの文法形式においてどのように統一されているのか,厳密な意味での<意味-meaning>であるのか<implication>であるのか等を今後追究していかなければならないと思 われる。 (注1)無限界動詞の場合,次のように<動き成立の限界達成>をとらえる場合もあるo た。す ベルが鳴るのが聞こえ 美郷子ほ二階の書斎を片付けていたが,その時,階下の電話の (氷壁) く小春枝が出てくれるものと思って,そのままにしておいたが, あるいは前文の出来事時から (注2) <地の文-かたり>においても次のように,登場人物の観点 みて以前の出来事をとらえる場合にはスル,シティルの代わりにシタ,シティタが使われる ことがある。. 前に,時計を売って昔の部下に金をやったのを見たが,三村氏ほやることがおおざっばで, (宗方姉妹) 親分風で,小さいことに拘らないひとのように見えたo 駐在所に知らせておく方がいいと清水ほ芳さんにいった。 灯がぽつんとついて. いたのを彼は先刻見て. 200メートルばかり先に駐在所の. (巨人の磯). いた。. (主文の出来事時を基準軸とすること)とは (注3)ボンダルコはこのような現象を相対的テンス (同じ時間帯における,主文と従属文のアスペクト的意味の相互関係 区別して<タクシス> によるシソタグマティックな時間関係)といい,両者が重なって現われる場合もそうでない. 場合もあるという。例えば「お茶漬けを塵ゴ吐旦時,知らせに釆た」と「お茶漬けを食ゴ ていた時,知らせに釆た」の場合,どちらもタクシス的に<部分的同時性>を示している点 では等しい。が,前者は相対的テンスであり,彼者は絶対的テンスであるo (注4)この現象もボンダルコによれば<タクシス>であることになるo同じ時間帯に2つの出来 事がしめあわされる場合に生ずるタクシス的な時間関係を示すことほ・アスペクトの重要な 磯能の1つであり,この点については改めて考察しなければならないoまたバングユニスト は「(複合時称の機能の1つの)言語内的先行性は過程を相関する単純形が表すのと. 同一の時. 園のなかに固定する.これこそまさに言語独特の最高度に独創的な,物理的世界には等価物 のない観念である」と述べている。 (注5)主体変化動詞の場合,シタが限界達成性そのものというよりも<限界達成後の段階(結果 段階)にあること>を前面にだす場合もあり,その場合シタとシティルの対立が中和するo (影の地帯). 保子は姉が死んだあとへ手伝いに匝ユ吐宣時,美男の義兄のネクタイ .誓…5tu芸,,y詣芸芸:1芸芸;,:笠宣言書悪霊聖霊 を結んでやったこと.

(24) 24. 藤. 工. 真由美. があるのだろうか。. (山の音) しかし全く同じというわけではなく,シタほ<限界達成と共にその結果段階>を表し,シティルは 限界達成そのものには触れずに<結果持続>を表すという差ほ残る。従って次のように,先行する 「見る」という動作とも継起関係でむすばれている場合にはシタである。 ・彼ほ,ナマケモノを自称するところのユーモリストであるが,そういう彼が,私どもととも. に『四庫全書』を見,やがて毛沢東の書の恥こ重ユ旦とき,その横顔から平素の表情が消え てしまっていることに私は驚かされた。 (北京にて) (注6)無限界動詞が,文脈上, <終わりの限界達成性>を表す場合はあるo その謡を聞いた時,伸子はむしろ 悦んで賓象ヒをo (伸子) ■■■\/ ヽ._. (北条政子) ・俺がそう量三塁時,そなた同意したでほないか。 この場合主文はスル<完成性>である。主文がシティ′ン<持続性>,状態述語の場合にほ従属文の 無限界動詞のシタは<終わりの限界達成>を表さないだろう。上の例のシタほスルにかえることは できないが,次の例ではスルにかえることができる。. (事件). ・被害者が金田町に連れてってくれ,と量ヱ皐時,上里きjヱ法主か。. (注7)習慣的-規則的な場合,スルが<限界未達成性>を表さずにスルーシタの対立が中和する ことがある。. 夫婦であっても,外に旦旦嘩は,ほなればなれで歩かねばならない。. (青い山脈). 主要参考文献(紙幅の都合上詳細は工藤1989を参照されたい) 奥田靖雄,. 1985. 『ことばの研究・序説』むぎ書房. 1988. 工藤真由美,. 「時間の表現(1)(2)」 『教育国語』 94, 95 「現代日本語のアスペクトについて」 『教育国語』 91 1989 「現代日本語のパーフェクトをめく.,って」 『ことばの科学・3』むぎ書房 1987. 鈴木重辛,. 1979. 「現代日本語のテンス」. 高橋太郎,. 1974. 寺村秀夫,. 1983. 「連体形のもつ統語論的な機能と形態論的な性格の関係」 『教育国語』 「時間的限定の意味と文法的機能」 『副用語の研究』明治書院. 6oH月apKO, Chung,. A・B・ S・ and. Dahl, Giv6n,. B1 0.. Timberlake,. 1976・. 1985.. 0・. and Aspect.. Tense. T・ 1984・. Heinamaki,. ¢yHKIIHOHaJlhHa兄rpaMMaTHKa・. 1984・. tyPology Comrie,. A,. :. 1985・. Tense,. 39. Hayf(a・. In T. Shopen, (cd,) Language and mood・ description ⅠⅠⅠ. Cambridge Univ. syntactic Press. vol. Cambridge Univ. Univ. Press. Press./1985. Tense. Cambridge. and. Syntax 1978・. 『言語の研究』むぎ書房. systems.. aspect A. aspect. oxford. :. functional-i.vpological. Semantics. of. English. temporal. Basil. Blackwell.. vol, Ⅰ, John Benjamins. Indiana connectives. University Linguis-. introduction.. tics. Schopf,. A・. Benveniste,. (ed・). 1987・. E. 1966.. Essays Probl∼mes. tensing. on. de. in. linguistique. English.. Vol.. gindrale.. Club.. I. Tubingen.・Niemeyer. Paris. :. Gallimard.. 岸本通夫監訳, 1983 『一般言語学の諸問題』みすず書房 (付記)本稿は昭和63年度-65年度文部省科学研究費・一般研究(B)課題番号63450058 テンス・アスペクト・ボイスについての総合的研究」の研究成果の一部である。. 「現代日本語の.

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参照

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